長さを測る悪魔 相沢愼一(県立広島大学) バクテリアのべん毛モーターには幾匹かの悪魔が棲みついているようだ。ブラウン運動を 整流して回転を生み出す悪魔。精密な軸と軸受を作り上げる悪魔。らせんを紡ぎ出す悪魔。 そして長さを測る悪魔。これらの悪魔たちの所業を簡単に述べた後で、長さを測る悪魔につ いて詳しくお話ししたい。 長いらせん形をしたべん毛の根元にはフックと呼ばれる短いチューブ状構造体があり、モ ーターで発生したトルクをべん毛に伝達するユニバーサルジョイントとして働いている。フ ックの長さはある程度制御されていて、サルモネラ菌の場合、約 55nm(標準偏差は 6nm) である。フックの平均長は菌種によってわずかに異なるが、制御しているのはいずれも FliK (フライケイ)と呼ばれる可溶性のタンパク質である。FliK の分子長とフックの長さは直 線的な比例関係にある。フックの成長は、フックタンパク質が根元のゲートを通過し菌体表 面に出てから自己集合して始まる。FliK はこのフックの成長を、 (フックの中を通過しなが ら!)モニターし、ある一定の長さになると(悪魔が測るのかな?)ゲートを閉める。そう すると、フックの成長が終わり長さが決定される。この通説の背後には明らかに悪魔(ある いは神の目と言い換えてもいい)が存在する。 講演では最新のデータを元に、フックの成長過程と長さの制御機構の現状を詳しく述べな がら、これまで科学者が辿ってきた紆余曲折についても考えるつもりである。その過程で一 つの矛盾(悪魔)を解決すると、また次の矛盾(悪魔)が出てくるのを目撃するだろう。と 言うことは、これらの悪魔は我々の思考法の中に潜んでいるのではないだろうか?その住処 をつきとめてもみたい。
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