シリーズ 商圏分析と立地診断[第13回] 競合店の出店による影響度を ハフ・モデルで分析 新規出店する際には商圏内の人口だけでなく競合店の ハフ・モデルを簡単に説明すると、1 人の顧客が何% 存在も重要な要素だが、商圏調査や売上予測などで我が の確率で我が店を選ぶのかを、①店との距離と、②店の 店のシェアを集計する際によく使われてきたのがハフ・モ 魅力度に応じて推計したもの。店の魅力度を示す指数は デルだ。今月はこのハフ・モデルを使って、千葉県船橋 企業や業態によって様々なバリエーションが作られている 市周辺にあるホームセンター(HC)の吸引力を分析する。 ようだが、ここでは売場面積を使用した。 (田中) 地図データ提供:国際航業(株)/資料提供:技研商事インターナショナル(株) 大型店が相次いで出店 下の図 1 は、千葉県船橋市周辺に が相次いで出店している。厳密に言う とこの 2 店の商圏は若干異なるため、 析などに代表される「統計モデル」だ。 重回帰分析を簡単に説明すると、 出店しているホームセンター(HC)を 今回は2 店それぞれについて出店前と ①既存店の実績をパターン化し、② 示したもの。 出店後の吸引力の変化を集計した。 調査対象の店をそのパターンに当て この地域は昨年 11 月にカインズ船 ちなみに売上予測の集計モデルは はめて売上高を予測するもの。したが 橋習志野店(屋内売場面積 3,697 坪) 大きく分けて2 つある。1 つは今回の ってその集計にはなるべく多くの既存 が、今年の 3 月にホームセンターコー 集計に使ったハフ・モデルに代表され 店データが必要になるうえに、精度を ナン船橋花輪インター店(同 3,658 坪) る「空間モデル」、もう1 つは重回帰分 上げるためには店のフォーマットが標 図1 54 ● 2015:06 シリーズ 商圏分析と立地診断[第 13 回] 準化されている必要がある。HCよりも ターを含む買回り品 小型で店数の多いコンビニエンススト 業種の年間販売額は アやフードサービス業などに向いてい 3,543 億円になる。 る手法だ。 都市型のコーナン商圏 各店を集計する前に、それぞれの一 人口の多い カインズ商圏 次にカインズの商 次商圏について調べてみた。商圏範 圏は人口 47.7 万人、 囲については立地と競合店を加味し 約 20 万 世 帯。人 口 て、コーナンは車 15 分圏(高速利用な はコーナン商 圏より し)、カインズは車 20 分圏(同)とした。 も多いものの世帯数 まずコーナンの商圏は人口 44.3 万 は少ないので、カイン 人、20.3 万世帯。小売業全体の店数 ズ商圏の方が世帯 が 2,746 店と多く、駅ターミナルなども 人数は多いことが分 商圏範囲に含まれるため、小売業年 かる。これは、コーナ 間販売額は 6,549.4 億円と非常に大 ンの方がカインズに きい。 比 べ て人 口 密 集 地 業種別の店数では買い回り品業種 (詳しくは後述)の比率が 54.1%と高 に出店しているから だと思われる。 く、最寄り品業種の比率は 37.2%と低 小売業全体の店 い。年齢構成は 65 歳以上の高齢者 数 は 2,086 店とコー の比率が県平均よりも低く、25 ∼ 44 ナン商 圏よりも少な 歳までの比率が県平均よりも高い。中 い。また小売業年間 でも30 ∼ 34 歳と35 ∼ 39 歳 の 人 口 販 売 額も3,077.4 億 比は、県平均に比べてそれぞれ 2 ポイ 円と、コーナン商 圏 ント以上も高い比率を占めている。 の半分以下だ。 小売業の売場面積別店舗数は、50 2 ∼ 500m (約 15 ∼ 150 坪)の比率が 2 表1 業 種 別の店 数で は、買回り品業種の もっとも高い。 また、 3,000m(約900坪) 比率はコーナン商圏 以上の比率は県平均の約 2 倍ある。 に比 べて約 7 ポイン 業種別の概略を簡単に説明すると ト少なく、最寄り品業 A 買回り品業種は衣料、家具・什器・ 種の比率は逆に約 7 機械器具、農耕用品、本・文具、スポ ポイント多い。結果と ーツ・玩具、自転車など。したがって して、買回り品業種と最寄り品業種の HC が競合とする多くの店はこの買い 比率が近い数値になっている。 回り品業種に区分されている。B 最寄 表 1・表 2 の出典:2010 年国勢調査/ 2007 年商業統計 年齢構成はコーナン商圏とほぼ同 り品業種は食品、医薬品・化粧品など。 じ傾向にあり、49 歳以下の人口比が ドラッグストアと食品専門店はこの区 県平均よりも高く、50 歳以上の人口比 分だ。C 各種商品小売業は百貨店と が県平均よりも低い。ただしコーナン スーパーマーケットなど。Dその他は自 商圏ほど顕著な差がある訳ではない。 動車ディーラーとガソリンスタンドなど。 売 場 面 積 別 店 舗 数 で は、50 ∼ 2 商圏内の需要金額を細かく集計する 500m (約 15 ∼ 150 坪)の比率がも こともできるが、ここでは大雑把に「小 っとも高い。またコーナン商圏ほどで 2 表2 なっている。 カインズ商圏もコーナン商圏と同様 に買回り品業種の年間販売額を概算 すると、1,468 億円になった。 競合により吸引率の低い コーナン商圏 前述した 2 店の吸引率をハフ・モデ ルによって集計した。 図 2 はコーナンが出店する前の吸 売業年間販売額×業種別店数比率」 はないにしろ、3,000m ( 約 900 坪 ) 引率を地図上に可視化したもの。図 3 で計算すると、この商圏のホームセン 以上の比率も県平均より高い数値に は出店後のもの。それぞれの数値の 2015:06 ● 55 詳細は表 3 に示した。 図 2と図 3をパッと見ても分かる通 り、競合店が増えているので全体の 吸引率が低く(=マス目の色が薄く) なっている。獲得世帯数の想定で比 べると、 もっとも影響を受けているのは ケーヨーデイツー東船橋店で、獲得世 帯数はコーナン出店前に比べて68.4 %に減っている。同様に 70%を切っ ているのは東急ハンズの 69.9%。一 番影響が少ないのは自社競合である コーナン市川原木店で同 84.0%。 前述の通りハフ・モデルは店からの 距離を指標の 1 つにして吸引率を計 算するため、コーナンに近い店は吸引 率の落ち幅が大きく、遠い店は落ち幅 が小さいという数値になっている。 図2 売上予測ではこの吸引率に様々な 数値を掛けることで売上高を推計す る。何の数値を掛けるかによって予測 値が変わるので、幾つかの切り口で 複数の推計値を出しておいて、その上 限と下限を知っておくのが良いのでは ないだろうか。例えば特定カテゴリー の 1 世帯当たりの支出額が分かって いれば、カテゴリーごとに集計した値 を足せば店全体の予測値が出る。ま た自社の会員データを利用して来店 頻度や客単価を加味すれば、さらに 精度は上がる。 ただしここでは、 「HC の 1 人当たり 年間消費額は 7 万円」という前提のも とに売上高を推計してみる。この前提 は、以前から「HCI ホームセンター経 図3 営統計」で参考値として用いている数 値で、HC 企業への取材を基にした推 計値。以前に比べて食品やHBC 商品 などHC の取扱品が増えたので、その 意味ではもう少し高い需要があるの かも知れない。一方でこれは需要全 体を示す金額で、今回の推計ではカ テゴリーごとに存在する業種店などの 競合店を無視しているため、実際より も高い金額になるものと考えられる。 若干乱暴ではあるがこの前提でコ 56 ● 2015:06 表3 シリーズ 商圏分析と立地診断[第 13 回] ーナンの売上高を予測すると、吸引率 24 % × 人 口 44.3 万 人 × 年 間 消 費 7 万円= 74.4 億円になる。 ちなみに同商圏内の競合他社の売 上高も同様の方法で推計できるが、こ れはあくまでコーナン商圏内のみの推 計値に過ぎない。 2店で商圏を分けあう カインズ商圏 続いて図 5・6 は、カインズの出店 前後の吸引率を可視化したもの。カイ ンズ商圏には競合店が 3 店しかない ので、 もともと出店していた 3 店が受け る影響はコーナン商圏よりも大きい。 カインズ出店後の獲得世帯数を出 図4 店前と比べると、55 ∼ 65%程度の影 響を受けている。その分カインズの吸 引率は 42%と、コーナンよりも高い。 地図でそれぞれの吸引率を比べて みると、ロイヤル HC は全体の数値で は吸引率が落ちているものの、同店よ り南側の商圏では依然として高い吸 引率であることが分かる。一方でカイ ンズは、同店より北側でより高い吸引 率を示している。地図を見ると、これま でロイヤル HC が独占していた 1 つの 商圏が、カインズの出店により南北に 分割されたような形になっている。 カインズもコーナン同様に大雑把な 売上予測をしてみると、吸引率 42% × 人 口 47.7 万 人 × 年 間 消 費 7 万 円 = 140.2 億円になる。 今回はとても大雑把な数値を使っ 図5 てしまったので、両店の売上予想は実 現不可能なほど高い金額になってし まった。これは、掛け合わせる数値の 精度を上げていけば実際に近い数値 になる筈だ。それよりも、出店前後の 吸引率を可視化できるという効果はと ても大きいのではないだろうか。新規 出店する企業はもちろんだが、出店さ れてしまった企業にとっても参考にな 表4 る指標だ。 2015:06 ● 57
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