核磁気共鳴法を用いる分子運動状態解析法の開発と応用

平 成 27 年
研度究 報
告教 授
客員
核磁気共鳴法を用いる分子運動状態解析法の開発と応用
−リアルタイム計測法としてのNMR−
大学院理工学府 分子科学部門 教授 山延 健
1. はじめに
2.リアルタイム NMR 観測
核 磁 気 共 鳴 法という分 析 装 置をご 存 知でしょう
NMR の欠 点の一つが観 測に時 間がかかる点
か。NMR と呼ばれている分析機器で、病院で検
です。特にフーリエ変換を行う高分解能 NMR で
査に使われる MRI の原 理 的な装 置 です。NMR
運 動 情 報を得るためには日単 位の測 定 時 間が必
は有機化合物の構造決定には必要不可欠な装置
要になります。 一 方でフーリエ変 換する前の FID
です。特に立体規則性など高分子材料の一次構
も運動状態に関する情報を含んでおり、これを使う
造の決定は NMR で行われております。現在、理
と短時間で運動状態に関する情報を得ることが可
工 学 府には NMR は4台あり、ほぼフル稼 働して
能です(パルス NMR)。FID の減 衰する速さが
います。装置は基本的に磁石と分光器から構成さ
横緩和時間 T 2 であり、T 2 は運動の速さと対応し
れています。 試 料を磁 場中に挿 入し、ラジオ波 照
ています。運動が束縛されていると FID は速く減
射より励 起された核 磁 子の緩 和(自由誘 導 減 衰、
衰( 短い T 2 )し、 速い運 動をしているとゆっくり
FID)を計測するのが NMR の原理です。一次構
します。T 2 は液体の秒のオーダー
減衰(長い T 2 )
造 決 定には得られた信 号(FID)をフーリエ変 換
から固い固体のマイクロ秒のオーダーまで 10 6 オー
し、ピーク位置、強度から構造解析を行います(図
ダーの変 化 があるため分 子 運 動に非 常に敏 感で
1)。NMR から得られるデータとしてはこのような構
す。FID から T 2 を得るためには指 数 関 数などの
造情報に加えて、運動状態に関する情報を得るこ
何種類かの関数を用いてフィッティングを行います。
とができます。材料において分子の運動状態は物
しかし、この方法は短時間に行うことは難しく、任
性や性能に直接関係するため非常に重要な情報で
意 性も生じます。そこで運 動 状 態の目安として提
す。様々な分析機器がありますが、分子運動の情
案したのが FID の強度の和(FID の面積)です。
報を測定できる方法は少なく、その一つが NMR で
これは 信 号 の 足し算を行うだけで得られるため、
す。MRI も体の中の水の運動情報を画像化したも
例えば試料の温度変化に伴う運動状態の変化をリ
のです。
アルタイムに観測することが可能です。図2に示し
たのはフェノール樹脂の硬化にともなう NMR 信号
(FID) の 面 積 の 変 化を示したものです。 架 橋
剤を含まないフェノール樹脂では温度上昇とともに
FID の面積(MP)値は増加しています。これは
試 料が融 解し、T 2 が長くなっていることに対 応し
ます。これに対して架 橋 剤を含む系 では 80 ℃付
図1 NMR から得られる情報
近から架橋剤を含まない系と同様に MP 値が増加
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延 伸 過 程における分 子 鎖 絡み合いに関する情 報
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を得ることができ、最適な延伸条件を決めることが
できました。
図 2 フェノール樹脂の運動性の温度依存性
しますが、130 ℃付 近で頭 打ちとなっています。こ
れは 80 ℃以 上でフェノール樹 脂 が 軟 化して運 動
性がある程度増加しますが、それ以上では架橋剤
図 4 ポリスチレンの緩和時間分布の温度依存性
が 反 応して、 三 次 元 架 橋 が 進 行 することで運 動
性の増加が制限されることを意味しています。1 回
3.運動状態解析
の測定が数秒以内であるために、ほぼリアルタイム
FID の面積は試料全体の平均的な運動性(硬
に変化を観測することが可能です。架橋反応のよ
さ、 柔らかさ)の目安になります。 一 方で FID は
うに運 動 性の変 化が現れる場 合にはパルス NMR
緩和時間の分布に関する情報も含んでいます。観
を用いることで架 橋の程 度をリアルタイムに監 視す
測した FID を逆ラプラス変 換することで緩 和 時 間
ることが可能です。
T 2 の分布を得ることができます。図4に示したのが
この手 法を用いると温 度 変 化だけでなく、変 形
ポリスチレンの温 度 変 化に伴う T 2 の分 布の変 化
に伴う運 動 状 態の変 化もリアルタイムに観 測するこ
です。ポリスチレンは非晶であり、室温はガラス転
とができます。 高 分 子 材 料は延 伸 処 理を行うこと
移温度より十分に低いために分子運動が束縛され
により高 強 度 化を行うことがあります。その 際に、
ており、 短い T 2 を中 心に分 布しています。 温 度
最適な条件で行わないと目標としている構造を作り
が 上 昇してガラス転 移 温 度 以 上になると T 2 の分
出すことはできません。図3に示したのは高分子材
布が長い T 2 側 へ 移 動し、 試 料 全 体の運 動 性が
料の延 伸に伴う分 子 運 動 状 態を観 測 するパルス
増しています。 結 晶 性 高 分 子ではこのような変 化
NMR 観 測システムです。 材 料を加 熱し、延 伸し
でなく、結晶成分が消失し、長い T 2 の成分が増
ながら NMR 信 号を観 測 することができます。 実
加します。このように分子運動成分の分布状態が
際にこれを使って超 高 分 子 量ポリエチレンの溶 融
わかると例えば 力学 的にどのような緩 和 時 間 成 分
が多いと高性能な状態であるかを決めることができ
ます。
4.おわりに
このように、リアルタイムに分子運動状態の解析
が 可 能であれば、 精 密 材 料 設 計だけでなく、 品
質 管 理にも応用でき、NMR 法の更なる応用の可
能性が期待されます。
図 3 in-situ 延伸 NMR 観測システム
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