どれだけ技術を学んでも、 技術の進化は測れない

どれだけ技術を学んでも、
技術の進化は測れない
顧客の価値観
マーケティング起点
均一・便益
(客観、
合理性)
製品
マーケットイン
多様化・受動的
(主観、情緒)
製品×市場ニーズ
(顕在)
マーケットアウト
多様化・能動的
(自己表現)
市場ニーズ
(潜在)
プロダクトアウト
テクノロジー・ロードマップは、経営戦略を立案するうえで欠かせないツールである。
ところが、従来型のロードマップはすでに、無用の長物になってしまったようだ。
ビジネス環境の変化は速く、技術進化の根拠となる「顧客ニーズ」の変化もまた激しさを増しているためだ。
業界の垣根が消え、他分野の技術がある分野に強烈な影響を及ぼすといった事例も増えてきた。
ロードマップを作成法から根本的に見直すべき時期に差し掛かっているようだ。
製品が提供する価値
=市場ニーズ
市場ニーズに合う
製品を提供
製品で新たな
市場ニーズを提案
日経BP未来研究所 上席研究員
朝倉博史
市場ニーズ
(潜在)
氏
製品が
提供する価値
プロダクトアウト
市場ニーズ
(顕在)
市場ニーズ
(顕在)
マーケットイン
マーケットアウト
図1 顧客の価値観とマーケティング起点の変化
2枚のテクノロジー・ロードマップがあったとしよう。ぱっと
能性がある基礎研究段階にある新技術についても目を配り、その
に合わない」ものになっているかもしれない。ならばと、それを
ここで改めて「技術偏重の考え方をやめ、もっとマーケットを
見ても、大差があるようには思えない。けれども、そのうちの1枚
潜在能力を十分に理解する。こうした知見に基づいてロードマッ
捨てることができるか。できれば英断であろうが、しばしば人は
見ろ、顧客ニーズを知れ」という主張を検証してみたい。注意深
は企業にとって有用ではなく、むしろ大きな損害を与えかねない
プを作成するのである。
自己否定をきらい、すでに投じてしまった資金を惜しむものだ。
く見れば、それが指摘しているのは、先の話で言えば後段の部分、
ものだ。ところがもう1枚の方は、
きちんと利益を約束してくれる。
かつては、こうしたものでも十分に通用したのかもしれない。
「せっかく開発したんだから」とばかりに、この技術を「売り」
すなわち「開発してしまった技術を惜しむあまり、顧客ニーズを
「パラダイムシフト」と呼ばれるような急激な変化はまれにしか
にした商品を作ってしまう。当然ながら売れない。結果として、
無視して商品化を進めてしまった」
ことに対する戒めにすぎない。
起きず、ユーザーはひたすら性能向上、小型軽量化、高解像度化
開発コストの回収どころか、それを上回る大きな損失を出すこと
問題の本質はむしろその前段にあると私たちは考えている。研
を望むといった「機能飢餓期」にあっては、それがかなりの確度
になってしまう。
究開発に着手する時点で読み違いがあり、それが修正されること
で的中するからである。
こうした事例を「技術(者)主導のものづくり」と呼び、それ
なく技術の完成を見てしまったという部分である。それさえなけ
だが、顧客ニーズがめまぐるしく変化し、業界という概念が崩
を戒める声が高まっている。
「技術偏重の考え方をやめ、もっと
れば、後段の問題も発生しなかったはずなのであるから。
説明を始める前に、一つ再認識しておきたいことがある。それ
れ去るほどビジネス環境が変化する時代にあっては、もはやそれ
マーケットを見ろ、顧客ニーズを知れ」と。実際、商品企画など
は、
「技術の進化には燃料が必要」ということだ。
は通用しない。なぜなら、
こうして作成されたテクノロジー・ロー
の分野では、
早くから
「プロダクトアウト」
から
「マーケットイン」
、
燃料の代表的なものは技術開発のための資金と人材である。技
ドマップは、技術に関する理解という点では完璧であったとして
さらには「マーケットアウト」的な発想への転換が進められてき
術は放っておいても勝手に進化してくれるわけではない。開発費
も、
「燃料の投下」
、つまりはビジネス環境と市場の変化というこ
た(図1)
。先の主張はその動きに沿ったものであり、実に妥当な
この問題に対処する方法は一つしかない。
正しいテクノロジー・
と開発スタッフが投入されて初めて進化するもので、そのスピー
とに関する認識が希薄になっているからである。
ものといえるだろう。それを知りつつも、この主張が思わぬ弊害
ロードマップをベースに研究開発戦略を立案し、経営計画を練る
を呼ぶ可能性があることを指摘しておかなければならない。すな
ということである。ただ、正しいロードマップというものは、世
わち市場重視の反作用としての技術軽視の風潮である。
「それは
の中のどこにも存在しない。
それが未来予測的な要素を含む以上、
誤り」というのが私たちの考えだ。
必ず当たるということはあり得ないからである。
これから書こうとしていることは、このようなことが実際にあ
り得るかもしれないということである。
技術が進化するのは「燃料」があるから
ドは燃料の多寡に依存する。数人の開発員が1000万円を資金に技
術開発を遂行する場合と、1000人、100億円が投じられる場合で
問題の本質は「技術偏重」ではない
は、進化のスピードが全く違う。
ビジネスこそが技術を進化させる
このことを確認したうえで、テクノロジー・ロードマップの話
ある技術が5年後には「ここまで進化する」というロードマップ
ニーズを先取りしたすばらしいアイデアを生み出すことは極め
そうではあっても、より正しくする方法、つまり予測の確度を
題にもどりたい。
があり、
それを頼りにある企業が研究開発戦略を立案したとしよう。
て重要である。しかし、しばしばそうしたアイデアは新技術の出
上げる方法はあるだろう。確度を高めたロードマップを使うこと
まず、
「利益をもたらさないロードマップ」についてである。
おそらくその企業は、ロードマップで示された技術水準を上回る
現によって誘発されるものだ。そうであってもなくても、アイデ
で、
「10のうちひとつでも当たれば大成功」などといわれる研究
例えばそれは、このように作られる。各分野の技術について、現
進化を目標に、研究開発を進めることになる。担当者の卓越した
アをこれまでにない新商品に落とし込む過程においては、必ず技
開発において、その1を10にすることはできなくても、2にし、3
在のレベルを認識するだけでなく、
技術の本質にまで目を向け
「ス
能力とたゆまぬ努力の結果としてその目標が見事に達成されれば、
術力が求められる。すばらしいアイデアは必ず追随者を呼ぶ運命
にすることはできるはずだ。
ジのよさ」
、すなわち進化させやすい技術か、伸びしろはどれほ
本来ならばその成果に見合うリターンが得られるはずである。
にあるが、そうした場合にも技術力は競争優位を確保するための
そのためにすべきは、テクノロジー・ロードマップの作成プロ
どあるか、限界があるとすればネックになるのは何かといった事
ところが、あてにしたロードマップに致命的な読み違いがあれ
有効な手段となるのである。それほど有用なものを軽視していい
セスにおいて「技術進化のメカニズム」
、すなわち「燃料なくし
項についても的確に推測する。さらには、この技術を代替する可
ば、せっかく開発した技術は、その時点ではすでに「顧客ニーズ
はずはない。
て技術の進化なし」
ということを強く認識するということである。
時期(年)
技術起点(従来)
技術の積み上げで
製品を設計
市場に適合する
製品を投入
市場レベル
現状を踏まえた
技術進化を計画
∼
2014 2015
2016 2017 2018
2019 2020 2021 2022 2023 2024 2025
全体潮流
市場レベルの未来像を
明確にする
市場ニーズ
市場規模
商品レベル
市場起点(今回)
市場ニーズに合う
製品機能を定義
製品機能に必要な
技術を特定
図2 今回の
『テクノロジー・ロードマップ 2015-2024』
と従来のアプローチの違い
技術レベル
市場の将来像を
描く
予定製品
市場レベルと関連付けて
商品レベルを作成
期待機能
個別重要技術
共通技術
商品レベルと関連付けて
技術レベルを作成
図3 『テクノロジー・ロードマップ』
(日経BP社発行)
の構造
もう少し解きほぐして考えてみたい。燃料とは、先に述べたよ
うに開発費や開発スタッフ、さらにいえば開発に必要なツールな
ニーズの変化予測を起点にする
どを指す。それを投入することで技術は進化し、進化のスピード
あえてこのことを強調するのは、世の中に多く流布するテクノ
が急速に増えてきた。
ロジー・ロードマップのうちの多くが、実は前者の手法によって
だから、ある分野だけを見て技術の進化を見通すことはできな
作成されているのではないかとの疑念を持っているからである。
い。あらゆる分野の技術の進化を総覧し、垣根を越えた技術の飛
はその投入量に依存する。
ただ、顧客ニーズは変化していく。携帯電話機であれば、薄く
こうした思いから作成したのが『テクノロジー・ロードマップ』
び火や融合、競合などについても十分に考慮しなければならない
その投入量は、
「その技術はどれだけの利益をもたらすか」と
て軽くて待ち受け時間が長ければ売れた時代があった。しかし、
シリーズである。起点となるのは顧客ニーズの変化予測。従来の
のである。
いうことによって決まる。企業は事業を営むことで利益を上げ、
携帯電話の用途が通話から情報取得へと変わり、通信速度の向上
失敗多き事業プロセスを「技術起点」と呼ぶならば、
本書は「ニー
このことを重視し、最新版の『テクノロジー・ロードマップ
その利益を技術開発などに投資する。利益の源泉となる技術には
によってクラウド型のサービスが多数登場したことで、顧客ニー
ズ起点」の事業プロセスを実践するためのツールということにな
2015−2024』では、あらゆる産業分野を網羅し、技術の進化過
大きな資金と人材を投じるが、そうではない技術にリソースを投
ズは一変した。
る(図2)
。
程を予測した。自動車、エネルギー、医療・健康、エレクトロニ
入することはない。
いまの顧客ニーズがどこにあるかは、市場調査によって知るこ
未来の顧客ニーズを予測したら、これを基に将来出現するであ
クス、情報通信、材料・製造、ネット・サービス、農業・食品工
その「どれだけの利益をもたらすか」ということこそが技術の
とができるかもしれない。けれども、それを踏まえて技術開発に
ろう商品を予測し、そこで実現されている機能や性能について推
業、建築・土木、社会インフラ、航空宇宙・海洋開発、エマージ
価値ともいえる。誤ってはならないのは、その価値とは学術的価
着手したとしても、成功するとは限らない。調査結果はあくまで
定する。その後に、この機能や性能を実現するために必要な技術
ングなど各分野で合計100テーマを選定し、今後10年間(2015 ∼
値ではなく、マーケット的価値だということだ。顧客ニーズがあ
現時点のニーズを示したものであり、未来のニーズを保証するも
を割り出し、それをプロットしていくことによって技術進化の道
2024年)を見通す内容となっている。
るものがマーケットにおいては「価値がある」ものであり、それ
のではないからだ。
程を描いていくのである(図3)
。この作業を細分化されたすべて
図4 ICT との融合で新たな価値を生む10 分野
を具現化する技術こそが価値のある技術、燃料投下の対象となる
必要なのは、いまのニーズを知ることではなく、トレンドを読
の技術分野について進め、それらを集計、編集し、さらに各分野
技術なのである。
み、いまだ顕在化していないニーズの芽を発見するということで
の技術動向について先進事例などを紹介しながら解説したのが本
短絡的に言ってしまえば「顧客ニーズのある技術は進化し、な
ある。このことの重要性は、商品企画などの分野ではかなり以前
レポートである。
い技術は停滞する」ということだろう。そうであれば、技術の進
から指摘されていた。同様に、企業の経営計画もまた、現時点で
ここでもう一つ、指摘しておかなければならないことがある。
化を予測するためには、まずは顧客ニーズの将来について予測し
はなく将来の顧客ニーズを見越したものでなければならないはず
技術は単独で進化するわけではなく、他分野で生まれた技術に強
なければならないということになる。マーケットの変化を読み、
だ。その根拠となるテクノロジー・ロードマップに、同じ要件が
い影響を受け、ときに融合しながら進化していくものだというこ
将来の顧客ニーズを予測し、それを満たす製品やサービスの出現
求められるのは当然のことといえるだろう。
とだ
( 6 ∼ 9ページ
「当たらない未来予測が当たらないワケ」
参照)
。
さらに、新たなレポートも用意した。ICTの融合領域にフォー
を予測する。それができて初めて、それら製品やサービスを実現
冒頭の主張を繰り返したい。ロードマップには2種類があり、
この傾向はどんどん強まっている。このことは、技術進化の原
カスした『テクノロジー・ロードマップ 2015−2024[ICT融合新
するための手段としての技術を想定することができ、技術の進化
一つは企業に利益をもたらさず、むしろリスクを与えるが、もう
動力となる「ビジネス」が、業界や分野といった垣根を越えて連
産業編]
』である。現在、さまざまな分野で新たなビジネスの出
過程をテクノロジー・ロードマップというかたちで表現すること
一つはきちんと利益をもたらす。その差は作成方法によって生じ
携や融合の度合いを強めていることと無縁ではない。実際、発祥
現を促し、劇的な技術進化をもたらす台風の目となっているのが
が可能になるのである。
るもので、前者は技術論を重視し、後者は顧客ニーズの将来予測
はエレクトロニクス・メーカーでありながら、医療機器分野で事
ICTだ。そのダイナミズムを既存分野×ICTという切り口で分類し、
を起点に作成したものである。
業の拡大を図ったり、新たに農業の分野に参入したりという事例
その融合によって新たな価値を生んでいく過程を示した(図4)
。
農業
医療
社会インフラ
自動車
小売・
マーケティング
ICT
企業経営
メディア
金融
教育
製造