CVC ファンドを活用した事業シナジー創出で 押さえておくべき 5 つの視点

(AMC)
2015 年 9 月 30 日
PwC マーバルレポート
CVC ファンドを活用した事業シナジー創出で
押さえておくべき 5 つの視点
プライスウォーターハウスクーパース
マーバルパートナーズ株式会社
パートナー
青木 義則
要旨
ここ数年、大企業による CVC*ファンド設立が活発化しており、大企業によるベンチャー
企業への投資が活況を呈している。その目的としては、ベンチャー企業への出資を通じた新
規事業の育成や、ベンチャー企業との協業によるコア事業の強化といった、事業シナジーを
掲げているものが多い。
各社とも積極的に投資を行っている一方で、投資後のベンチャー企業との協業促進という
観点では、まだまだ手探りで取り組みを続けている大企業が多く、十分な成果を出せている
ところは少ないのが実態ではないだろうか。
弊社では、CVC ファンドを運用する大企業に対して、そのコンセプト設計から実際の運
用実務のサポートまで、幅広いサービスを提供しており、筆者もこれまでに複数の CVC ファ
ンドの運用を支援してきた。その経験を通じて、CVC ファンドは大企業にとって非常に有効
なツールであると感じているが、一方で、成果を出すには一定の運用ノウハウが必要である
とも感じている。しかし、比較的新しい取り組みでもあるためか、国内では CVC ファンド運
用実務に関する有益な情報が十分に提供されているとは言い難い状況である。
本稿では、大企業が CVC ファンドを活用してベンチャー企業との協業を推進していく上
で押さえておくべき 5 つの視点を提示する。本稿が、大企業による CVC ファンドの成功事例
を積み上げていく上で、その一助となれば幸いである。
* CVC: Corporate Venture Capital
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1.
CVC ファンドの現状
CVC ファンドとは何か
CVC (Corporate Venture Capital) とは、端的にいうと、事業会社が社外のベンチャ
ー企業に対して投資を行う活動のことである(以降では、投資を行う「事業会社」をベ
ンチャー企業との対比のために「大企業」と呼ぶ)
。
図表 1 に示すように、大企業が資金を拠出し、自社と事業シナジーが見込めそうなベ
ンチャー企業に出資を行う形態をとる。資金の出し手は通常 1 社であり(数社で共同出
資することも稀にある)、CVC ファンドの運用は自社の投資部門、又は投資子会社で行
うことが多いが、外部のベンチャーキャピタル(VC)に運用を委託することもある。
代表的な例としては、インテルの CVC 部門である Intel Capital や、Google Ventures
などがあるが、IT 業界以外でも、ヘルスケア業界では Novartis Venture Fund、エンタ
ーテイメント業界では Disney の Steamboat Ventures などが積極的に投資を行っている。
一方、KPCB (Kleiner Perkins Caufield Byers)や Sequoia Capital といった伝統的な
ベンチャーキャピタルが設立するファンド(VC ファンド)は、複数の機関投資家・事
業会社・富裕層(個人)などから資金を集め、投資領域は広範囲に設定することが多い。
なかには投資領域を限定するファンドも存在するが、主目的はあくまでも財務的な(金
銭的な)リターンを追求することである。
それに対して、CVC ファンドの多くは事業シナジーが見込めそうなベンチャー企業に
対して投資を行っており、そのアプローチは通常のベンチャーキャピタルとは一線を画
していると言えるだろう。
図表 1: 通常のベンチャーキャピタル・ファンドと CVC ファンドの違い
通常のVCファンド
CVCファンド
多数の投資家
資金の
出し手
機関投資家
(保険・年金等)
事業会社
(大企業)
単独の事業会社
個人
(富裕層)
事業会社
(大企業)
資金の拠出
ファンドの
運用
ベンチャー 運用
通常の
キャピタル
VCファンド
(VC)
事業会社の 運用
投資部門・
投資子会社
※ VCに委託
することもある
投資
ベンチャー
企業
狙い
資金の拠出
ベンチャー
企業
ベンチャー
企業
キャピタルゲインによる
財務的なリターン
ベンチャー
企業
CVC
ファンド
協業
投資
ベンチャー
企業
ベンチャー
企業
事業シナジー
(+財務的なリターン)
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国内における CVC ファンドの状況
日本においては、2000 年代のベンチャー・ブーム時に、大手電機メーカーを中心に
CVC ファンド設立の動きが拡がりをみせた。しかし、残念ながら、その多くは撤退や縮
小することになってしまった。当時は、大企業が大手ベンチャーキャピタルに CVC フ
ァンドの運用を委託する形態が一般的であったが、その多くは金融機関系ベンチャーキ
ャピタルであり、大企業との協業アレンジや新規事業育成に関するスキル・ノウハウが
不足していたことが、十分な成果を残せなかった要因と言われている。一方、大企業側
でも、ベンチャー企業との協業促進に適した人材が不足しており、十分な体制を作れて
いなかったことも要因の一つと言えるであろう。
それから約 10 年が経ち、図表 2 に示すように、国内では 2011 年頃から再び CVC フ
ァンドの設立が活発化している。先ずは IT 企業や通信企業での設立が活発化し、その後、
メディア企業や製造業、サービス業など、その動きは徐々に拡がりを見せつつある。2000
年代の取り組みでは大手ベンチャーキャピタルに CVC ファンドの運用を委託する企業
が多かったが、近年の取り組みでは、大企業が自ら CVC ファンドを運用するなど、よ
り主体的に取り組むようになっている。結果として、投資先のベンチャー企業との協業
のプレスリリースが発表される事例や、投資先ベンチャー企業を最終的に買収して自社
サービスに組み込む事例が出てくるなど、成功事例も徐々に増えつつある。
しかし、一部の大企業では成果が出つつある一方で、CVC ファンドを立ち上げはした
ものの、まだまだ模索中という大企業の方が多いというのが、筆者としての実感であり、
本稿を執筆するに至った理由でもある。
図表 2:国内での主な CVC ファンドの設立状況(2010 年以降)
社名/プロジェクト名
GREE Ventures, inc.
Klab Ventures
YJキャピタル(ヤフー)
設立時期
2011年11月
ファンド総額
2011年12月
30億円
2012年9月
30億円
KDDI Open Innovation
2012年12月
Fund
ドコモ・イノベーションファン
2013年2月
ド(DIF)
フジ・スタートアップベン
2013年2月
チャーズ
アイマーキュリーキャピタル
2013年7月
(mixi)
TBSイノベーションパート
2013年10月
ナーズ
サイバーエージェント
2013年10月
(藤田ファンド)
Rakuten Ventures
オムロンベンチャーズ
インフォコム
電通ベンチャーズ
ABCドリームベンチャーズ
(朝日放送)
2014年6月
70億円
50億円
100億円
15億円
50億円
18億円
100億円
1億米ドル
(シンガポール)
ファンド概要
日本、東南アジア圏で、ネットビジネスに関わるテクノロジー・サービス企業に投資。20億円
でスタートし、2014年5月に50億円の2号ファンドを設立
モバイルゲームのKlabとVCのSBIインベストメントのJVとして設立。国内・アジアのインター
ネット企業に投資。ソーシャル、ソフトウェア、EC、クラウド関連が注力領域
Yahoo! Japan グループのシナジー効果にこだわらず、シードからレイターステージのIT系ベン
チャーに投資。2015年1月には200億円規模の2号ファンドを設立
国内外のIT系ベンチャーへの投資・事業運営支援を実施。2014年7月に追加で50億円の2号
ファンドを設立。ファンド運用はVCのグローバル・ブレインが担当
(1)ドコモ・イノベーションビレッジ(企業支援プログラム)、(2)ドコモ・イノベーションファンド、(3)
事業開発の3本柱で、リアル&ネット分野での投資を実施
スタートアップ、アーリーステージのインターネット・モバイル分野に特化したVC。投資上限金
額は1億円
ミクシィ社の事業ポートフォリオを拡大し、非連続な成長を実現するために設立する投資子会
社。スタートアップからレイターステージまで、オンライン事業・オフライン事業の双方が対象
TBSの事業シナジー創出のため、デジタルメディア、コミュニケーションプラットフォーム、動画
製作・流通、Eコマース、エンターテイメント分野に特化。マイノリティー出資が原則
藤田社長自ら投資判断を行う。事業面だけでなく、経営者の人間性も重視し、ミドル、レイター
ステージのIT企業をターゲットとする。ファンド形態ではなく、本社で100億円の予算を確保
イスラエル・アジア太平洋地域・米国でのアーリーステージにおけるベンチャー企業に投資
センサー、ヘルスケア、ライフサイエンス、IOT、農業、ウェアラブルデバイス、環境・エネル
ギー分野で、オムロンとシナジーが見込めるベンチャー企業がターゲット
20億円
米国、アジア新興国におけるヘルスケア、ネットビジネス、IoT 、ウェアラブル分野でのスター
2014年8月
(シリコンバレー) トアップベンチャーに特化
主に海外のベンチャー企業およびシード/アーリーステージの日本企業を対象に投資を行う。
50億円
2015年4月
運用はフィールドマネージメントキャピタルが協力
放送事業とシナジーのあるIT、コンテンツ、エンターテインメント領域の事業者を理想としつつ、
12億円
2015年6月
当面は投資領域を限定せず幅広く検討。アーリーステージからレイターステージの約30社前
後に投資を計画
2014年7月
30億円
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2.
事業シナジー創出で押さえておくべき 5 つの視点
ここでは、CVC ファンドを活用してベンチャー企業との協業を推進していく上で押さ
えておくべき視点を提示したい。筆者は、これまでの CVC ファンド運用サポートの経
験から、CVC ファンドを運用する大企業が成果を出すためには、以下の 5 つの視点を持
って、自問自答を繰り返しながら運用していくことが肝要だと考えている。
①
目的は明確になっているか
②
しっかりとした体制で臨めているか
③
投資先経営者との信頼関係を構築できているか
④
目標達成までのストーリーを持てているか
⑤
マーケットサイクルを意識できているか
以降では、上記のそれぞれについて説明をしていきたい。
① 目的は明確になっているか
大企業が CVC ファンドを設立する目的は何であろうか?これは、簡単なようで、実
は難しい問いである。多くの CVC ファンド関係者は「ベンチャー企業のアイディアを
活用して新規事業を創出する」
「ベンチャー企業との協業によりコア事業を強化する」と
いった事業シナジー追求を目的として掲げていると思うが、可能であれば、そこから更
に一段深掘りし、考えを深めてみることをお勧めしたい。
どのような新規事業を立ち上げたいのか?事業シナジーとして、具体的に何を期待す
るのか?対象となる事業領域はどこか、プロダクト/サービスに投資をするのか、要素
技術への投資も OK なのか、人材獲得目的の投資もありなのか?それらを考えたときに、
設立間もない(社員数人)のベンチャーも対象となるのか、事業が十分に回っているミ
ドルステージ以降のベンチャー企業を対象とするのか?財務リターンはどの程度必要な
のか?IPO(新規株式公開)レベルの高いリターンを狙うのか、
(事業シナジーが主目的
なので)ファンド全体で収支トントンでも良いのか?
「目的」の議論を深めることによって、上記のような様々な問いに対して答えること
が出来るようになり、結果として、投資対象のイメージがより具体化するのである。な
ぜこのようなことを勧めているかというと、投資対象のイメージが曖昧なまま取り組み
を行うと、投資実務を行っている現場では、投資そのものが目的化してしまい、投資実
績の案件数は積み上がるが、そもそも何をするための CVC ファンドだったのかわから
ないようなポートフォリオとなってしまう危険性があるからである。
これは、CVC ファンド担当者の評価体系とも関係しているかもしれない。ファンドの
多くは、運用期間が 7~10 年、そのうち投資期間は最初の 3~5 年、残りは投資回収(EXIT)
の期間と設定されるため、最初の数年間は、CVC ファンド担当者は投資件数で評価され
ることになる。結果として、現場担当者には、1 つでも多くの投資案件を積み上げたい
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とのインセンティブが働くのである。そのため、本来の目的に合わない投資を避けるた
めにも、CVC ファンド設立の目的を明確にし、しっかりとした投資対象イメージを関係
者で共有することが重要となるのである。
次に、少し目線を変えて、CVC ファンドの目的である事業シナジーと、ファンドとし
ての財務リターンの関係についても考えてみたい。CVC ファンドが事業シナジーを主目
的とすることは既に述べた通りであるが、では、財務リターンはどの程度求められてい
るのであろうか?
2008 年にアメリカ国立標準技術研究所が実施した調査によると、図表 3 に示すように、
実に 70%の CVC ファンドが事業シナジーと財務リターンの両方を求めていると回答し
ている。これは、筆者が国内で CVC ファンド関係者と接してきたときの感触に近く、
国内でも同様の傾向にあると思われる。
このように「両方を求める」というところが実は曲者であり、CVC ファンド設立の「目
的」が曖昧であると、CVC ファンドにおける投資の意思決定においても判断がぶれてし
まうのである。目的や投資先のイメージが曖昧なままだと、個別案件への投資可否を決
定する投資委員会において「技術は良いけど儲からなさそう」
「儲かりそうだけど事業シ
ナジーが弱い」といった議論が毎回繰り返され、案件ごとに場当たり的な意思決定が下
されていく(又はどの案件も意思決定できない)危険性があるのである。
そのような事態を避け、一貫性のある意思決定を行う上で、CVC ファンド設立の目的
や投資対象イメージを具体化することは非常に重要なポイントとなる。ただし、ベンチ
ャー投資に不慣れな場合などは、具体的な投資候補案件を検討する前に CVC ファンド
設立の目的や投資対象イメージをしっかりと議論するのは難しいかもしれない。そのよ
うな場合は、最初から完成型を目指すのではなく、まずは暫定的に目的と投資対象イメ
ージを設定し、実際の投資案件の検討を行いながら、徐々にブラッシュアップしていく
といったアプローチも有効である。
図表 3: CVC ファンドの狙い(2008 年の米国での調査)
財務リターンのみ
15%
財務リターンが主目的だが
事業シナジーも求める
20%
事業シナジーのみ
15%
70%
事業シナジーが主目的だが
財務リターンも求める
50%
多くのCVCファンドは、事業シナジーと財務リターンの両方を求められている
出所: MacMillan, I., Roberts, E., Livada, V., and Wang, A., “Corporate Venture Capital (CVC) Seeking
Innovation and Strategic Growth,” National Institute of Standards and Technology (2008).
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②
しっかりとした体制で臨めているか
ベンチャー投資を行う社内体制と聞くと、投資業務経験者による少数精鋭の組織をイ
メージされるかもしれない。単純に投資するだけであれば、それでも良いかもしれない。
例えば、投資後のベンチャー企業への関与は最低限に留めておき、投資した会社の中か
ら順調に成長する会社を見極めていき、期待通りに成長した会社を最終的に買収して子
会社化し、それをもって「新規事業開発」とするアプローチであれば、少数精鋭のチー
ムでも問題ない。
一方、投資後はベンチャー企業との事業シナジーを追求するアプローチを目指すので
あれば、社内の体制をもっと充実させる必要がある。当たり前の話であるが、投資すれ
ば事業シナジーが生まれるわけではなく、ベンチャー企業の経営者と協業の構想・計画
策定から実行まで一緒になって推進するには、1 案件について専任の担当者が必要とな
るであろう。協業が軌道に乗ってくれば、更に人数を増やし、最終的には投資部門から
独立した組織に発展することを想定しながらリソースを投入する必要があるのである。
また、もう一つ重要な視点として、ベンチャー企業との協業推進担当者をバックアッ
プする体制も必要である。協業推進者は、事業シナジー創出におけるプロジェクト・マ
ネージャーであり、ベンチャー経営者との窓口になるだけでなく、協業を推進するため
に、必要に応じて社内の関連事業部門への働きかけを行う。具体的には、ベンチャー経
営者と共に具体的な協業内容のアイディアを議論し、協業案としてまとめる。次に、そ
の協業案の実現のために、関連する事業部門にその案を説明しに行き、その気になって
もらい、協業を実行するための担当者をアサインしてもらうのである(要するに事業部
門への売り込みである)。その後は、ベンチャー経営者と事業部の担当者の双方の具体的
なアクションを決め、プロジェクトを推進していく。
しかし、図表 4 に示すように、ベンチャー経営者、協業推進担当者、事業部門担当者、
大企業経営陣にはそれぞれの思惑があるため、協業推進担当者はベンチャー経営者との
コミュニケーションに加え、社内の調整に大きな労力を割く必要が出てくる。筆者の経
験では、社内調整の方に圧倒的に時間と手間を使うことになることがほとんどである。
その際に、役員クラスなどの経営陣によるバックアップなどが無いと、事業部門からの
協力を得ていくのは容易でなく、協業推進担当者が途中で挫け、心が折れてしまうこと
にもなりかねない。そのうち、ベンチャー経営者にも「話が違う」
「出資を受けていろい
ろ口出しされるけど、全然協力してくれない」という思いが生まれてくるリスクがあり、
結果としてベンチャー経営者の協力を得るのが困難な状況に陥りかねない。
このような事態に陥ることを避け、事業シナジー追及を加速させていきたいのであれ
ば、経営陣によるバックアップ体制も含め、関連する事業部門も巻き込んだしっかりと
した体制を構築して取り組む必要がある。投資は進んでいるものの、事業シナジー創出
に上手く繋がっていないとお悩みの大企業の方は、先ずは体制面で課題が無いかを検討
いただくことをお勧めしたい。
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図表 4: 事業シナジー追及時に留意すべき各自の思惑
協業が上手くいったら
買収まで考えたいし、
ファンドを作ったからには
財務リターンも
狙いたいし・・・
出資
大企業
ベンチャー企業
経営陣
どうやって
自分達の会社を
成長させようか?
(常にこれで頭が一杯)
今期の目標達成の
ための業務で手一杯!
協業で余計な手間が
増えるのは勘弁
してほしい・・・
事業部門
事業シナジー
投資・協業推進室 創出における
プロジェクト・
マネージャー
事業部門担当者
協業推進担当者
ベンチャー経営者
何とか協業で
成果を挙げたい!
事業部のリソースも
上手く活用したい
③ 投資先経営者との信頼関係を構築できているか
CVC ファンドからの出資は、最初の段階ではマイナー投資になることが多いであろう
(出資比率が高くなる場合は、CVC ファンドではなく大企業本体からの出資となること
が多い)。マイナー出資である場合、株主であるとは言っても、ベンチャー企業への影響
力というのは、それほど大きくはない。株主なので話は聞いてくれると思うが、その程
度なのである。もし役員を派遣する権利を得ていたとしても、多数決では簡単に寄り切
られてしまうのである。
つまり何が言いたいかというと、ベンチャー企業と事業シナジーを追求していくには、
(当たり前の話ではあるが)ベンチャー経営者との信頼関係を構築し、ベンチャー企業
側にもメリットのある提案をしていかないと協業は進まないということである。そのた
めには、大企業側の協業推進担当者もしっかりと汗をかくなどして、ベンチャー経営者
から個人としても信頼を勝ち得る努力をする必要がある。株主として上から目線で接す
るようなことがあれば、こちらからの提案は、間違いなく丁重にお断りをされることに
なるだろう。
また、もう一つ別の観点として、協業が非常に上手くいった場合について考えてみた
い。そのような場合、大企業側では、協業相手(且つマイナー出資先)であるベンチャ
ー企業の買収を検討したくなるであろう。その際に、ベンチャー経営者との信頼関係を
構築できているか否かが、買収の成否を決めるといっても過言ではない。
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協業が上手くいき、業績も良くなっているような状況であれば、ベンチャー経営者に
は様々な選択肢があるものである。新しく別の大企業とも協業を始めることも出来るか
もしれないし、資金調達で新しい株主を迎えたり、株式公開を目指したりといったこと
も可能かもしれない。
つまり、ベンチャー経営者との信頼関係が構築できていないと、大企業が買収を考え
るころには、ベンチャー企業はむしろ大企業から離れる方法を考えているという状況に
なってしまいかねないのである。もし、ベンチャー経営者が(自分の持株を売却して)
お金を得たいと考え買収に応じてくれたとしても、信頼関係が無い状況であれば、買収
完了後に、経営者や幹部社員などが相次いで退職するといったことが起こるリスクも出
てくるであろう。もちろん、株式売買契約などでそういった事態を回避するための条項
を盛り込んだりはするのだが、契約書だけでは現実的には限界があるものである。
そのような状況を避けるためにも、大企業側は、協業推進担当者に任せっきりにする
のではなく、経営陣や幹部社員なども動員し、ベンチャー経営者との信頼関係構築に取
り組むことを考えていくべきであろう。
④ 目標達成までのストーリーを持てているか
ベンチャー企業と大企業の協業を円滑に進める上でもう一つ考えておくべきことは、
協業を本格化するタイミングである。ベンチャー企業の一般的な成長過程は、図表 5 に
示すようなものとなる。立ち上げて最初の 1~3 年(期間は企業により異なる)は、製品・
サービスを開発して市場に送り出し、顧客からのフィードバックを得ながら製品・サー
ビスを進化させたり、ビジネスモデルを確立するために様々な試行錯誤を繰り返したり
する時期である。そこで手ごたえを感じたら、成長に向けて投資を行い、勝負をかける
のである。
協業相手がマイナー出資のベンチャー企業の場合、こちらの思惑とは別に、ベンチャ
ー経営者としては、図表 5 の流れをいかに作っていくかに重きを置いているであろう。
大企業の協業推進担当者としても、このような流れを理解しておくことは重要で、現在、
協業相手はどの段階にいるのか。自社との協業を進めるタイミングは、今が良いのか、
それとも相手が次の段階に到達するのを待って協業を進めるのが良いのか、協業に向け
たストーリーを検討するのである。そして、そのストーリーをベンチャー経営者にぶつ
け、双方にとって Win-Win となる協業までのストーリーを共有するのである。
もし、協業を急ぐよりも、ベンチャー企業が次のステージに到達するのを待った方が
良いのであれば、大企業側は、ベンチャー企業側の成長を促すための支援を考えた方が、
目的達成への近道かもしれない。ベンチャー企業が成長して企業価値が高まれば、大企
業側としても保有する株式の価値が高まるため、株主としてサポートする意味があるで
あろう。
協業推進担当者が真面目であればあるほど、投資をしたからには早期に事業シナジー
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を実現しなければという意識が働きやすい。しかし、ベンチャー企業側は大企業が思う
以上に社内リソース(主に人的リソース)が不足しているものである。まだまだ成長途
上で、ビジネスモデルの確立も道半ばで、人的リソース不足の状態であるベンチャー企
業に拙速に協業を持ちかけると、双方にとって大きな負担となりうることも十分に理解
した上で、より戦略的に協業を行うためのストーリーを関係各位で共有することが、結
果として目的達成の近道となるのではないだろうか。
図表 5: ベンチャー企業の成長過程(概念図)
事業規模/企業価値
立ち上げ期
• 製品・サービスの
開発とリリース
• 商品やビジネス
モデルの軌道修正
• 勝ちパターンの模索
成長期
• 一気呵成の投資による
事業拡大
‒ 営業・マーケティング
への投資
‒ 人員・組織の強化
• 上記を支えるための
大型の資金調達
成熟期
• 事業領域の拡大、
地域拡大などによる
更なる成長の模索
時間
⑤ マーケットサイクルを意識できているか
ベンチャー企業への投資は、基本的には未公開企業への投資である。ここで留意して
頂きたいことは、未公開企業の株価も、マーケットの状況に応じて変動するということ
である。端的に言うと、日経平均株価が上昇してマーケットが過熱しているときは、ベ
ンチャー企業の株価も割高となっており、日経平均株価が低迷しているときは、ベンチ
ャー企業の株価も割安となっていると考えてよい。
具体的にいうと、1989 年 12 月 29 日に日経平均の最高値を記録した後、大きく低迷。
その後、2000 年に IT バブルでピークを付け、その後低迷。次のピークは 2007 年で、
その後はサブプライムショック・リーマンショックで大きく低迷。現在は、2012 年末か
ら始まったアベノミクス相場で上昇を続けている。このように、7~10 年程度のサイク
ルでアップダウンを繰り返しており、ベンチャー企業の株価も、その影響を大きく受け
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ている。
純粋に投資目線で考えるのであれば、市況が低迷している時期に投資を行い、市況が
回復したタイミングで売却(EXIT)すればよいのである。ベンチャーキャピタルが運用
するファンドは、米国では、ワインになぞらえて「ビンテージ」という言い方をするこ
とがある。つまり、「1997 年物」は 1997 年に設立されたファンドで、「2010 年物」で
あれば 2010 年設立という意味である。そして、ファンドのパフォーマンスがビンテー
ジよって大きくばらついているのも事実である。株式市場が低迷した時期に設立された
ファンドはパフォーマンスが高い傾向にあり(市況低迷で株価が安い時期に投資をし、
市況が回復して株価が高くなったタイミングで売却できる)
、好況時に設立されたファン
ドは苦戦するものが多い(株価が高い時期に投資を行い、売却したいタイミングには市
況が悪化して EXIT に苦労する)。
しかし、CVC ファンドの主目的は、事業シナジーの追求である。株式市場の状況に左
右されるのは、本来は望ましいことではない。ここで申し上げたいのは、株式市場の状
況に過度に左右されるのは良くないが、一方で、市況を完全に無視するのもリスクがあ
るということである。
一般論として言えば、株式市場が過熱している状況では、新規投資は抑え目にした方
が良いし、低迷している状況であればむしろチャンスと考えるべきであろう。ただし、
市況が過熱している状況でも、事業シナジーの観点から投資を検討すべきこともあるで
あろう。その場合に重要なのは、ベンチャー企業の株価も過熱気味であるという現実を
認識したうえで、それでも本当に投資する価値があるのかをしっかりと吟味した上で判
断する必要があるということである。過度に市場に左右されず、かといって市況を無視
することもなく、むしろ市況を上手く活用するくらいのスタンスで、事業側のニーズと
のバランスを取って CVC ファンドを運用していくことが理想的である。
3.
おわりに
本稿では、筆者のこれまでの経験に基づき、CVC ファンドを運用していく上で押さえてお
くべき視点について説明した。筆者は、大企業によるベンチャー企業への出資・買収による
新規事業育成・既存のコア事業強化は有効な手段であると同時に、日本経済の活性化を促す
重要な活動であると考えており、今後ますます盛んになって欲しいと願っている。
一方で、まだまだ CVC ファンド運用を手探りで行っていたり、CVC ファンドの設立に踏
み切れずに躊躇していたりといった大企業も多いと感じている。このような取り組みを活性
化するためには、先行企業による成功事例の積み重ねと、その運営ノウハウの蓄積・伝搬に
よって国内企業の知見を深めていくことが有益であると考えている。本稿が、大企業による
CVC ファンドの成功事例を生み出す上で、その一助となれば幸いである。
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