思わず顔が赤くなってしまう紗由。 ﹁恥ずかしがらんでええんやで∼﹂ ﹁そ、そんな⋮! 私が、舞菜よりアイドル適正が高いなんて⋮﹂ ﹁さすが紗由さん、凄いです!﹂ ﹁⋮学年でも断トツトップ。今すぐアイドルデビューできるレベル﹂ 少し怒ったように言う紗由を、瑞葉はIPPグラスをつけて眺める。 ﹁なるほどなあ。通常時の紗由ちゃんのIPPは、舞菜ちゃんの倍もあるんか﹂ ﹁そんな! アイドルの良さは見た人の心が決めるものです。そんなもので数値化なんて できるわけないじゃないですか﹂ イドル適正を数値化するという、超々々ビックリな能力があるんよ﹂ 彼女が置いてきたもの そして手にしたもの││ ミニライブの 日 か ら 数 日 後 の 放 課 後 。 舞菜と紗由は 謡 舞 踊 部 の 部 室 で 部 員 集 め に つ い て 話 し 合 っ て い た 。 ﹁せっかくのミ ニ ラ イ ブ も 、 か え 以 外 の 部 員 は 入 ら な か っ た わ ね ﹂ 同じくため息 の 舞 菜 。 そう言ってた め 息 を つ く 紗 由 。 ﹁他の活動をしようとしても、生徒会から認められてないので告知できませんし⋮﹂ ちなみに部室はミニライブの翌日、生徒会の長谷川実副会長が封鎖を解いてくれた。 ﹁部室の閉鎖はいったん解除します。しかし、部員不足が解決しない限り、次の生徒会議 会での廃部は避 け ら れ ま せ ん の で ﹂ 封鎖のテープ を 剥 が す な り 、 そ う 言 っ て 副 会 長 は 去 っ て 行 っ た 。 ﹁どうして副会 長 は あ ん な に う ち の 部 を 目 の 敵 に す る ん で し ょ う か ? ﹂ ﹁理由はわからないわ。でも、そんなことより新部員よ。次の生徒会議会は今週末にある わ。それまでに あ と 一 人 な ん と か し な い と ⋮ ﹂ ﹁うーん。校門 前 で 生 徒 全 員 に 声 を か け て み る と か ど う で し ょ う か ? ﹂ ﹁あかんなあ、そんな非効率な考え方では二十一世紀の勝ち組にはなれへんよぉ﹂ 気が付くと、 瑞 葉 が か え を 連 れ て 部 室 に 入 っ て き て い た 。 ﹁部長! 何かい い 方 法 で も 思 い つ い た ん で す か ? ﹂ ﹁もちろん。か え ち ゃ ん が 開 発 し た こ れ を 使 う ん よ ﹂ 瑞葉が手にしたのは、かえがいつも覗いていたメガネだ。 ﹁⋮IPPグラ ス に 目 を つ け る と は 、 さ す が 部 長 ﹂ ボソリとつぶ や く か え 。 ﹁⋮いつの時代 も 勝 ち 組 は 情 報 強 者 ﹂ ﹁確かそのメガネ、かえちゃんがわたしを見て﹃ミジンコ﹄とか言ってた⋮﹂ ﹁そう、それや。このメガネはな、かえちゃんが今までに収集した超驚異的な質量のアイ ドルデータベースを参照しながら、超々高度な分散処理によってメガネに映った少女のア 080 081 ﹁もう! だいたい部長、新しい部員の話はどうなったんですか?﹂ ﹁そやからな、 こ の 数 値 の 高 い 子 を ス カ ウ ト す れ ば え え わ け や ﹂ ﹁で、でも! 紗由さんみたいな数値の高い人、他にいるんでしょうか?﹂ ﹁⋮一人、いる ﹂ ﹁本城さん、全然、アイドル活動に興味無さそうでしたね﹂ ﹁⋮高いIPPがあるのに、まさに才能の無駄遣い﹂ 舞菜と紗由、 か え は サ バ ゲ 部 の 部 室 に 勧 誘 に 来 て い た 。 ﹁それで、ボク に 何 か 用 な の か い ? ﹂ ﹁まさか、その 人 が こ ん な 部 に い る な ん て ⋮ ⋮ ﹂ ﹁え、舞菜ってボイスノイドのこと、知らないの?﹂ その時、コンビニの店内に新しい曲が流れた。少し電子的な高音域の少女が歌うポップ スが、店内に響き渡った。 ﹁でも一年ちょっと前に活動を全て辞めて、サバゲ部に入部⋮。何か理由があるのかも﹂ かえはグラスに保存されたデータを見せる。そこには一人の少女の名前があった︱︱ 帰り道、舞菜たちはコンビニのフードコーナーでお茶しながら話していた。 ﹁かえ、確か本城さんって学園に入る前は芸能事務所に所属してたよね?﹂ 銃やゴーグル、アーマーなどが多数置いてある部室の中で、不機嫌そうな表情で立って いるのは、二年生の本城香澄。IPPグラスで調べた数値ではこの稀星学園でも断トツト ﹁ボイスノイド?﹂ ﹁⋮その通り。モデルやお芝居、それにアイドル活動もしていた⋮﹂ ップ、紗由を越 え る 数 値 を 叩 き だ し て い る 。 ﹁去年の頭頃から大流行してる音声合成ソフトよ。パソコンで操作すると、自然な声で歌 戸惑って俯くかえ。 ﹁ふ∼ん。⋮舞菜、何してるの?﹂ ﹁⋮いや、その⋮⋮新しい技術の夜明けに、胸が熱くなった⋮だけ﹂ 飲んでいたミルクオレを置いて、かえが口にする。 ﹁どうしたの、かえ。急に早口の高い声で喋り出して?﹂ なアイドルさえもボイスノイドから誕生するかもしれない⋮﹂ ﹁え? これが機械で作った声なんですか? 信じられません!﹂ ﹁⋮ボイスノイドは音楽業界の革命、ここから新しい音楽が生まれる可能性がある。新た を歌えるんだって﹂ ﹁わー、綺麗な声∼。この人の歌、最近よく聞きますね﹂ ﹁あの、本城さ ん っ て サ バ ゲ 部 の エ ー ス っ て 言 わ れ て る ん で す よ ね ﹂ おずおずと話 し か け る 舞 菜 。 ﹁エースってのは言い過ぎだけど、去年からずっとサバゲ部で活動してるよ﹂ ﹁あの! ⋮突 然 で す け ど 、 ア イ ド ル に 興 味 あ り ま せ ん か ! ﹂ 舞菜がそう尋 ね る と 、 香 澄 は 少 し だ け 表 情 を 硬 く す る 。 ﹁⋮⋮興味ない ね ﹂ ﹁お願いです、謡舞踊部でアイドル活動をしませんか? 本城さんにはとても高いアイド ルの素質があるんです。わたしたちとプリズムステージ出場を目指しましょう!﹂ ﹁興味ないって 言 っ た よ ね ﹂ 香澄は冷たい声でそう返事すると、持っていたサバゲ用の銃を持ち上げる。 ﹁これ以上話がしたいなら、ボクにサバゲで勝ってからにしてもらうよ﹂ 舞菜は少し前から、黙ってかかっている歌を聞いている。 ﹁ん︱︱なんだかこの声、聞いた事がある気がして⋮⋮﹂ ﹁だから、最近流行ってるって言ったじゃない﹂ ﹁そんな⋮!﹂ サバゲ部の他の部員たちが戻ってきたので、舞菜たちは帰るしかなかった。 目を閉じて耳を澄ます舞菜。 香澄は厳しい表情になると、走り出した。 ﹁セーフティゾーンで待ってて!﹂ ﹁ボクの⋮声!﹂ ﹁わかりません、でも舞菜とかえが、﹃勝って、香澄さんの声を取り戻す﹄って﹂ ﹁ヒット! ⋮⋮さすがですね﹂ ﹁一年以上やってるからね。君たち、本当にボクに勝つつもりで来たの?﹂ ﹁⋮⋮間違いあ り ま せ ん 。 こ れ 、 本 城 香 澄 さ ん の 声 で す ﹂ ﹁まさか、本当 に サ バ ゲ で 挑 戦 し て く る と は 思 わ な か っ た よ ﹂ 舞菜は壁に隠れ、地面に耳を当てて足音を聞いていた。 ﹁本城さんの足音⋮、近づいてくる﹂ 本城香澄の前にいるのは、舞菜と紗由とかえ。三人共、サバゲの装備をつけている。 勧誘に失敗した翌日の放課後、三人はサバゲフィールドで部活動中の香澄のところに押 しかけて、挑戦 状 を 叩 き つ け た の だ っ た 。 ﹁昨日、サバゲで勝てば、お話を聞いてくれるって言ってくれました⋮よね?﹂ ﹁ええ。昨日コンビニで聴いたんです。えっと、確か⋮⋮ボケノイド?﹂ 弾を当てられて、膝をついて座りこむ舞菜。 ﹁君がボクの声に気づいたのかい?﹂ フラフラして狙いの定まらない舞菜の横で、香澄は狙いすました一撃を放つ。 ﹁わ∼∼! やられちゃいました!﹂ ﹁あれ? 当たらない?﹂ ﹁大きな銃を選び過ぎたね﹂ 慌ててマシンガンを構えて⋮ 壁から飛び出すと、ちょうど目の前に香澄がいる! 撃つ! 立ち上がって壁に近寄ると、もう香澄の足音ははっきりと聞こえていた。 ﹁三、二⋮ 一!﹂ 重そうなマシ ン ガ ン を 抱 え て 、 フ ラ フ ラ し な が ら 言 う 舞 菜 。 ﹁言った。君たち三人とボク一人で勝負して、もし負けたらどんな話でも聞くよ﹂ 自信満々に答 え る 香 澄 。 ﹁⋮その言葉、 録 音 し た ﹂ ピストルを片 手 に 、 も う 一 方 の 手 で ボ イ ス レ コ ー ダ ー を し ま う か え 。 ﹁なら、私達と 一 緒 に プ リ ズ ム ス テ ー ジ を 目 指 し て も ら い ま す ! ﹂ そういうなり 、 ラ イ フ ル を 構 え る 紗 由 。 開始のブザーが鳴ると同時に、紗由が引き金を引いてライフルを連射した⋮⋮が、 ﹁あれ? 本城さんがいない?﹂ ﹁⋮消えた?﹂ 紗由の身体に、香澄の放ったプラスチックのBB弾が数発命中する。 ﹁あ痛っ!﹂ ﹁後、本城さんが芸能活動を辞めた理由も、わたし、わかっちゃいました﹂ るんですよね。それがきっと、本城さんの声だって⋮﹂ ﹁ボイスノイド﹂ 声をあげてしゃがみ込む紗由。 ﹁きゃあっ!﹂ ﹁いや、わかるはずない﹂ ﹁よくわかったね﹂ ﹁それですそれ。あれって音声合成ソフトだそうですけど、サンプルで誰かの声を使って ﹁⋮退避﹂ 強く声をあげると、香澄は走り出す。 ﹁君なんかに、ボクのことがわかるはずない⋮⋮﹂ その時、フィ ー ル ド の 壁 の 間 か ら 銃 声 が し た 。 そばの壁に隠 れ て 逃 げ る 舞 菜 と か え 。 しばらくして、しゃがみ込んだ紗由のそばに香澄が現われる。 ﹁弾に当たった ら ﹃ ヒ ッ ト ! ﹄ と 声 を 上 げ る ん だ ﹂ 082 083 ⋮!﹂ 慌てて香澄が振り返ると、そこにはピストルを香澄に向けて構えているかえがいた。 ﹁サバゲ部のサウザンドキルエンジェルと呼ばれたボクが、素人に背を取られるなんて⋮ 背後で声がする。 ﹁!﹂ ﹁⋮変えてみせ る 。 ボ イ ス ノ イ ド と あ な た の 未 来 の た め に ﹂ 壁に隠れて、息を整えている香澄。 ﹁でも、誰もボ ク の 気 持 ち を 変 え る こ と な ん て 、 で き な い ﹂ 的確な攻めでかえを追い詰める香澄。だがかえも鋭く応戦して、香澄を近づけない。 ﹁まさか、こん な 素 人 の 子 相 手 に こ ん な に 手 こ ず る な ん て ⋮ ﹂ 最後に残った か え と 香 澄 の 戦 い は 、 意 外 に も 長 く な っ た 。 ﹁何が言いたい?﹂ 自分がアイドルの歌を作れるかもしれないって、随分と熱中した⋮﹂ ﹁⋮それからボイスノイドも好き⋮。自分がアイドルになれるなんて思ってなかったから、 リンセスは、FPSのクランでも使っていた名前⋮﹂ ﹁は?﹂ ﹁⋮かえはサバゲが好き﹂ 香澄は遠くを見るような瞳で言う。 ﹁ボクはアイドルへの夢を、ボイスノイドという、モニターの向こうのあの子に譲ってし て、一番芸能活動から遠そうな、そんな部を探して入ったのさ﹂ 口ごもるかえ。 ﹁⋮えっと⋮﹂ ﹁く、くらん?﹂ ﹁⋮やったのは初めてだけど、武器を使った戦いに興味は津々だった。ダークシャドウプ まったんだ。さあ、撃てばいい。君の勝ちだ﹂ ﹁⋮ダークシャ ド ウ プ リ ン セ ス か え を 舐 め な い で ﹂ ﹁ダークシャドウプリンセス 君もサバゲをしていたの?﹂ ﹁⋮いえ。ダークシャドウプリンセスのバックスタブは七倍の打撃力を誇り⋮﹂ ﹁ボクの声?﹂ 気が付くと、そばには舞菜と紗由も来ていた。 ﹁本城さん、かえはあなたの声が聞きたいって言ってたんです﹂ ﹁ボクの⋮?﹂ ﹁そうです。ボイスノイドは好きだけど、あなた自身の声はそれとは違うって﹂ ﹁⋮⋮よくわか っ た ね ﹂ ﹁うん。気が付けばどこに行っても、あの子の、ボイスノイドの歌がかかるようになった。 ﹁⋮それが、大 ヒ ッ ト し た ⋮ ﹂ 誘いが来たんだ。その時はただ、声を使ってゲームか何か作るんだろうって思ってた﹂ ﹁ちょうど中学に入る前のことだった。ボクの声を使って、ボイスノイドを作りたいって ﹁⋮信じて、かえは、あなたとボイスノイド、両方を、好きになりたいの⋮﹂ ﹁嘘だ⋮。信じない﹂ たしたちと話してる本城さんは、決してボイスノイドじゃないんです!﹂ 舞菜も大きくうなずいて言う。 ﹁確かにボイスノイドのサンプルは本城さんの声ですから、似て聞こえます。でも、今わ 驚いたように 香 澄 が か え の 顔 を 見 た 。 ﹁⋮舞菜は、人 の 気 持 ち の わ か る 子 ﹂ 加工はされてても、あの子の声の元はボクだ。それを聞くたびに、これ以上自分の声を、 他の人に聞かせ る 必 要 が な い ん だ っ て 、 そ ん な 気 に な っ て き て ⋮ ﹂ ﹁⋮芸能活動を 、 辞 め た ? ﹂ ﹁ええ。稀星学園の本校に入学が決まってたんだけど、高尾校に変更してもらった。そし ﹁そんな⋮、本 城 さ ん ! ﹂ ﹂ 驚く舞菜たち に 向 か い 、 香 澄 は 顔 を 上 げ て 言 う 。 ﹁でも、もしも 君 た ち が 一 緒 に 歌 っ て く れ る な ら ⋮ 歌 っ て も い い ﹂ ﹁本当ですか ﹁ええ。ボク、 も う 一 度 、 自 分 の 声 で 夢 を 見 た く な っ た ん だ ﹂ 香澄は晴れ晴れとした笑顔で、かえに言う。 ﹁君も一緒だか ら ね 、 ダ ー ク シ ャ ド ウ プ リ ン セ ス ﹂ ﹁⋮ありがとう 、 サ ウ ザ ン ド キ ル エ ン ジ ェ ル ⋮ ﹂ 感動した表情 で 香 澄 を 見 返 す か え 。 ﹁さうざんど? ﹂ ﹁だーくしゃど う ? ? ﹂ 意味が解らず 、 き ょ と ん と す る 舞 菜 と 紗 由 の 二 人 だ っ た ︱ ︱ 舞菜と紗由、かえが部室に戻って香澄の入部を告げると、瑞葉は満面の笑みを浮かべた。 ﹁これで廃部も当面は回避したわ。後はプリズムステージに出場するだけやね﹂ ﹁確か、そろそ ろ 出 場 の 申 し 込 み 期 限 で し た よ ね ﹂ ﹁大丈夫大丈夫 。 う ち が す で に 申 し 込 み は し て あ る か ら な ﹂ 瑞葉は一枚の書類を取り出して見せた。 ﹁⋮まさか部長 が 一 晩 で ﹂ ﹁あれ、でも確か、申し込みにはグループ名が必要じゃなかったですか?﹂ ﹁大丈夫大丈夫 。 う ち が す で に 書 い て 出 し て お い た か ら な ﹂ 書類をニコニコして指差す瑞葉。 ﹁やっぱ名前は大事やしな。今時のトレンドを押さえて決めといたからなー﹂ そう言って指差したグループ名の欄には︱︱﹃梅こぶ茶飲み隊﹄と書かれていた︱︱ 香澄の表情に一瞬笑みが浮かんだ。が、香澄は俯いて首を横に振る。 ﹁今さら、人前で歌うなんて、できるわけない⋮﹂ かえは、恥ずかしそうにそう呟く。 ﹁ボクと、あの子の両方を⋮﹂ ﹁違う⋮? ボクとあの子の声が?﹂ ﹁はい! 違います!﹂ ﹁⋮舞菜が言ってた。あなたは自分の声で歌いたい気持ちがなくなったんだって⋮﹂ ﹁ばっくすたぶ? それ、どういう技? ⋮どうして、ボクを撃たないんだ?﹂ ﹁⋮えっと、そ の ⋮ 勝 ち 負 け は 問 題 じ ゃ な い 。 こ れ は あ な た の 問 題 ﹂ !? 084 085 !?
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