日本企業の国内投資不振の謎を読み解く

日本企業の国内投資不振の謎を読み解く
康 仲植、朴實
2015 年 9 月 10 日
米国では日本車が日常的に使われており、日本車を見かけないことは珍しいくらいで
す。これらの日本車は、日本の自動車会社によって製造されていますが、うち約 7 割
は北米で生産されています。世界的には、2014 年に製造された日本車の約 3 分の 2
が日本国外で作られています。海外で日本車の需要が増加している一方、日本国内で
の設備投資や工場建設の増加にはつながっていません。
こうした背景を踏まえ、IMF ワーキングペーパー「日本企業による海外生産と投資」
は、日本国内の設備投資の回復が鈍い原因を、日本企業の海外における役割に焦点を
当てて検証しました。
2013 年 4 月に日本銀行
図 1: 資産利益率
が量的質的緩和策を
(単位、パーセント)
開始して以来、日本企
全体
製造業
非製造業
3
業の利益率は改善し、
資産収益率も株価収
2.5
益率も前回の 2000 年
2
代半ばの好況期の水
準まで上昇しました
1.5
(図 1)。しかし、設
1
備投資の回復は抑制
されたままであり、特
0.5
に大企業ではここ 2、3
0
年は投資がおおむね
80-90
91-02
03-07
08-10
11-13
横ばいという状態で
出典: Haver AnalyticsとIMF スタッフ試算
す。過去の景気循環局
面では、設備投資は利
益率の遅行指標であったことを考えると、設備投資の伸びは最近顕著に鈍っていると
言えます(図 2)。
iMF ダイレクトブログ・ホームページ: http://blog-imfdirect.imf.org/
2
図2: 設備投資(ソフトウェアを除く)
(単位:兆円)
大企業
中堅企業
小企業
10
9
8
7
6
5
4
3
2
1
2014Q1
2012Q1
2010Q1
2008Q1
2006Q1
2004Q1
2002Q1
2000Q1
1998Q1
1996Q1
1994Q1
1992Q1
1990Q1
1988Q1
1986Q1
1984Q1
1982Q1
1980Q1
0
出典:Haver AnalyticsとIMFスタッフ試算
iMF ダイレクトブログ・ホームページ: http://blog-imfdirect.imf.org/
2014Q4
2013Q4
2012Q4
2011Q4
2010Q4
2009Q4
2008Q4
2007Q4
2006Q4
2005Q4
2004Q4
2003Q4
2002Q4
2001Q4
2000Q4
1999Q4
1998Q4
1997Q4
1996Q4
過去数十年間、世界金融危機の短い期間を除き、日本企業は海外生産を増加させてい
ます。特に直近の 20 年は、生産移転先国の安価な労働力と需要増を見越し、海外移
転を拡大させました。1990 年代半ばには 7%であった海外設備投資増加率は、世界金
融危機前の 2000 年代
図3: 製造業部門/1の設備投資
半ばには 12%にも達
(単位:兆円)
しました(図 3)。海
海外設備投資
国内設備投資 (右軸)
1.2
6
外設備投資の増加ペ
ースは、金融危機時
1.0
5
の円高と 2011 年の東
0.8
4
日本大震災後のエネ
0.6
3
ルギー供給懸念によ
って加速された側面
0.4
2
もあります。この結
0.2
1
果、海外設備投資は
0.0
0
今や製造業全体の投
資の約 25%に上る一
方、日本国内の生産
出典:Haver AnalyticsとIMFスタッフ試算
能力は 2011 年以来約 1/ 投資フロー。2014年第4四半期。
4%低下しました。そ
3
の結果、日本企業の海外子会社による日本向けを除く輸出量は、日本国内からの輸出
量を 40%以上も上回っています。
これまでの研究で、日本企業の設備投資は、収益率とキャッシュフロー、そしてレバ
レッジが重要な決定要因となっていたことが判明しています。しかし、大企業、とり
わけ海外生産を拡大させた企業においては、日本国内での収益率は設備投資の影響要
因としてそれほど重要ではありません。その代わりにキャッシュフローの重要度が増
しています。ただし、大企業は中小企業と比べると流動性制約は小さくなっています。
金融機関の立場からすると、海外における操業はリスクが高いため、企業が外部の金
融機関から資金調達する際はコストが高くなります。そのため、海外投資に必要な資
金は内部調達に頼らなくてはなりません。海外投資全体の約 60%を占める輸送機器部
門では、設備投資を決定する際にキャッシュフローがより重視され、利益率の重要性
が低下していることは、その顕われです。
アベノミクスの「第三の矢」に伴う構造改革は、国内の消費心理を大きく刺激するに
至っておらず、国内の需要見通しは改善されていません。アベノミクスは大幅な円安
などを通じて金融環境を改善しましたが、海外生産の増加は、人口高齢化と共に国内
投資の足枷となっています。長期的な経済見通しを改善し、短期的な需要を確保する
ためには、一層踏み込んだ構造改革が必要と言えるでしょう。
***
康 仲植は IMF のアジア太平洋局のシニアエコノミスト。IMF「世界経済見
通し」や「G20 サーベイランス」、コモディティー関連などの調査を IMF
調査局で担当。研究分野は多岐にわたり、国際間リスクシェアリング、欧
州域内での賃金・物価の切下げ、グローバル・リバランシング、為替など
を分析。
朴實は IMF アジア太平洋局のリサーチアシスタント。IMF 勤務前はソウル
国立大学でマクロ経済専攻の博士課程に在籍。研究分野は国際金融、金融
政策、マクロ経済など。
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