分析電子顕微鏡による組成分析技法 ~EDS について

6202 レーダー
牧
第 5 稿(事務局版)
レーダー
分析電子顕微鏡による組成分析技法 ~EDS について~
MAKI Tei
牧
禎
東京農工大学 学術研究支援総合センター 特任助教/日本電子株式会社
主な特性X線と軌道電子の遷移の関係
電子銃
(電子源)
液体窒
素タンク
M5
M4
3 2 5/2 (3d 5/2)
3 2 3/2 (3d 3/2)
M3
M2
3 1 3/2 (3p 3/2)
3 1 1/2 (3p 1/2)
M1
3 0 1/2 (3s 1/2)
a1 a2 b1 b3
コンデンサーレンズ
(集束レンズ)
試料ホルダー
TEM(右)とEDS装置(左)の実物写真。EDS装置はTEM 本体の外側
にあり,測定のときだけ検出器が試料近くまで接近しX線を検知する。
対物レンズ
投射レンズ
入射電子
拡大ルーペ
L3殻
蛍光板
L2殻
a1 a2 b1 b3
L1殻
K殻
カメラ
TEMとEDS装置の外観図
K系列
1 0 1/2 (1s 1/2)
n l j
主量子数(n), 軌道量子数(l), 核運動量量子数(j)
特性X線の種類はKa1 , Ka2 などの記号で表わす
a1, a2は各殻間の遷移の種類を表わす*1 。
一般的に特性X線の発生確率は原子番号に依存
して増大するためホウ素以下の原子番号の元素
をEDSで定量分析することは非常に困難で ある。
L3殻
L2殻
L1殻
K殻
原子
核
原子
核
L系列
K
特性X線(Kα線)
励起
した電
子
2 0 1/2 (2s 1/2)
L1
(撮影場所) 東京農工大学先端産学連携研究推進センター
ベンチャービジネス ラボラトリ ー
(装置名) TEM: JEM-2200FS (日本電子株式会社)
EDS: JED-2300 (日本電子株式会社)
中間レンズ
2 1 3/2 (2p 3/2)
2 1 1/2 (2p 1/2)
L3
L2
EDS
K殻へ移動
EK EL1
EL2
EL3
エネルギーレベル
E = EL2 - EK
L2 → Kへの遷移
K殻( 内殻1s軌道)に出来た空孔
非弾性散乱電子
特性X線が放出される過程の模式図: 電子銃から照射された入射電子が試料を突き抜ける時,試料を構成している元素の内殻電子と相
互作用(非弾性散乱)するものがある。非弾性散乱した内殻電子は,基底の電子軌道よりも高いエネルギ ー準位まで励起し,その時でき
た空孔には,高エネルギー準位にある別の外殻電子が落ちてくる。この時、安定化したことで生じる余分なエネルギーが特性 X線となり放
出される。特性X線のエネルギー値から,どのエネルギ ー準位の電子がどの空孔に落ちてきたかは電子遷移の選択則より判別できる 1)。
物の形態を調べるとき,適切な顕微鏡(光学顕微鏡,電
子顕微鏡,原子間力顕微鏡など)でその微細構造を詳しく
観察することが有効である。それは観察像を見てわかった
視覚情報が形態を語る上で強い説得力を持つからである。
しかし“形”がわかっただけでは形態を説明するのに十分
ではない。その試料が何でできているか,どの元素がどこ
にどれくらい分布しているかまで知ることも構造を理解す
る上で必要になる場合がある。透過電子顕微鏡(TEM:
Transmission Electron Microscope)は,光より波長の短い電
子線を利用することで,光学顕微鏡では見えない小さな対
象物の観察に使われてきたが,最近は別の分析装置を搭載
した分析電子顕微鏡,所謂「分析電顕」と呼ばれる TEM
が主流になりつつある。ここでは TEM の組成分析技法の
一つ,
エネルギー分散型 X 線分光法
(EDS: Energy Dispersive
X-ray Spectroscopy)について簡単に説明する。
EDS は別名 EDX ともいわれ,1970 年代から開発が進め
られてきた。しかし,広く普及し始めたのは,TEM の性能
が向上した 2000 年代からである。
これは主に装置本体の安
定性とビームを絞る技術が飛躍的に進歩したことによる。
これに伴い EDS も発展していき,現在も各メーカーが独自
の工夫を織り交ぜて開発を行っている。測定から解析まで
ほぼ自動化されており,ユーザーは通常の観察と同じく目
的の視野を探し,気になる場所を見つけたら PC 上の操作
で EDS 測定モードに切り替えデータ取得するだけでよい。
EDS に限らず様々な分析装置が TEM に搭載されてきて
いる。現在は研究段階だが,実用化に向けて開発中のもの
もある。あらゆる試料(生物系試料,化学系試料,材料系
試料)の組織構造を調べるとき,このような「分析電顕」
による組成分析技法を用いることが期待される。
6202 レーダー
牧
入射電子
特性X線
測定されたスペクトル
元素の定量値
(積分値)
Counts
ポールピース
試料
ホルダー
第 5 稿(事務局版)
a
b
c
バックグラウンド
EDS検出器
Energy /keV
20 nm
C K
d
20 nm
e
O K
20 nm
Si K
20 nm
IMG1(frame1)
f
図 1 EDS 測定時における TEM 試料室の断面図とスペクト
ルの検出方法:EDS 検出器はグリッド*2 や厚い試料から発
生する強力な X 線を避けるため普段は試料から離れてい
る。これまで EDS 検出素子は高純度のシリコン単結晶(Si)
に微量のリチウム(Li)をドープした Si(Li)半導体検出器が
主流であった。X 線が素子内に入射するとその X 線のエネ
ルギーに比例した電荷が発生し,この電荷を電界効果型ト
ランジスタのゲート電極に蓄積させることで電荷量に比例
した電流に変換する。この X 線ごとの電流変化をパルス変
換,さらに多重波高分析器で波高ごとのパルス数(X 線カ
ウント数)として計測し,横軸に X 線のエネルギー値(k eV)
を,縦軸に X 線のカウント数をとってスペクトルにする。
同時に発生する連続 X 線などのバックグラウンドを差し引
けば各元素の定量分析も可能であるが,X 線の発生効率は
元素種に依存するため補正が必要になる。測定中は Li の安
定と熱揺らぎを抑えるため液体窒素で冷却が必要だが,最
近は液体窒素を用いない新しいタイプの検出器が普及し始
めている(SDD: Silicon Drift Detector)
。SDD は液体窒素充填
が不要なだけでなく,発生した電子を効率よく電気信号に
変換できるため信号対雑音比が良く高分解能で,今後の
EDS 装置の主流になりつつある。
偏向コイル
PC
入射電子
(収束ビーム)
20 nm
20 nm
S K
25 nm
図 3 EDS による組成分析例:メソポーラスシリカは二酸
化ケイ素からなる規則的かつ均一な細孔を持った多孔質物
質である。比較的簡単に合成ができ,安全・安価なので新
機能性材料への応用が期待されている。近年,この細孔内
表面をスルホ基で化学修飾したメソポーラスシリカが固体
高分子形燃料電池の新規電解質膜の材料として注目されて
いる 2)。これまで,合成の過程でスルホ基の原料となる試薬
を多く加えると高いプロトン伝導性を示すことはわかって
いたが,細孔内表面部分にスルホ基が存在していることを
示す直接的な証拠はなかった。そこでこのスルホ基修飾メ
ソポーラスシリカ(SMPSi)の細孔断面方向から EDS で測
定し,元素の分布状況を調べた。TEM の試料作製は,SMPSi
をエポキシ樹脂で包埋し,ウルトラミクロトーム*3 で均一な
厚さ(70nm)にスライスした。EDS マッピングの結果,硫
黄元素由来の特性 X 線が斑点状に表れた(d)。このことか
ら,細孔内表面が期待通りにスルホ基側鎖で覆われている
ことがわかった。また,SMPSi の主成分であるシリコン,
酸素がシリカ骨格部分に,エポキシ樹脂の成分であるカー
ボンが細孔内部と試料外部に存在していることも確認でき
た(a, b, c)。各元素のマッピング画像を重ね合わせた合成
画像(e)と,同時に撮影した像(f)を比較することで,形
態観察だけではわからない SMPSi の詳細な構造を理解する
ことができた(EDS mapping; a: C Ka, b: O Ka, c: Si Ka, d: S Ka,
e: Overlay of b, c, d and f: original STEM-HAADF image)。
モニター
用語解説
試料
EDS検出器
*1 軌道量子数が同じなのでL1からK,
M1からKへの遷移は起こらない。
図 2 画像取得のしくみ:EDS 測定時は TEM の電子レンズ
*2 グリッド:TEM の試料を載せる厚さ 20-30μm の金網。
の励磁を切り替え,電子線を試料表面上で 1 nm 程度にまで
絞った収束ビームとする。そして収束ビームをプローブと
し,鏡筒内にある偏向コイルでビームの向きと角度を変え
ながら試料上を走査していく。ビームが当たった場所から
発生する X 線を EDS 検出器で取り込みながら,偏向コイル
の情報からその位置を PC で計算し,観察像と共にモニター
上に同期して表示する。輝度強度に変調を加え,指定した
元素ごとに色分けすれば元素の分布図(マッピング画像)
ができあがる。微量元素や軽元素は特性 X 線の信号自体が
少なくノイズに埋もれて識別しにくい。このようなときは
同じ場所を何回も繰り返し走査して X 線カウント数の総量
を稼ぐ必要がある。二対の偏向コイルの走査方向を変える
特定領域の組成を調べる面分析,注目箇所だけにビームを
当て続けその地点の組成を調べる点分析,ライン上で成分
がどう変化していくかを調べる線分析も可能である。
*3 ウルトラミクロトーム:ダイヤモンドナイフ、あるいはガラスナイフ
を使って,生物組織や化学樹脂などを 40~100nm 程の厚さにスライスでき
る TEM 用超薄膜作製装置。
参考文献
1) 進藤大輔, 及川哲夫, 「材料評価のための分析電子顕微鏡法」 2004.
2) Y. Tominaga, T. Maki, Int. J. Hydrogen Energ. 2013.
[連絡先] 184-8588 東京都小金井市中町 2-24-16 (勤務先)
。