大脳皮質形態の脳の機能への役割を示す

平成28年2月29日
情報提供 本紙含め 4 枚
大脳皮質形態の脳の機能への役割を示す
本学解剖学講座神経形態学部門 勝山裕教授は、藤田保健衛生大学、神戸大学、東北大
学並びに新潟大学との共同研究により、大脳皮質形態の脳の機能における役割の実験的な
証拠を示しました。
大脳皮質では脳の表面から脳室に向かって6層をなしてニューロンが配置しています。
これが哺乳類の脳の特徴であり、特にヒトの大脳皮質では層構造が発達して高度な脳機能
を担い、この形態的特徴を作り出す Reelin-Dab1 シグナルが精神疾患と関連する可能性が
議論されてきました。
このたび Reelin-Dab1 シグナルの機能低下により大脳皮質の層構造が乱れた遺伝子組み
換えマウスを作成し、行動解析によって脳の高次機能への影響を調べました。
研究成果は、オックスフォード大学の Cerebral Cortex 誌(オンライン版)に掲載されま
した。
(論文名)Dorsal Forebrain-Specific Deficiency of Reelin-Dab1 Signal Causes Behavioral
Abnormalities Related to Psychiatric Disorders
・ 大脳皮質形態が、脳の機能にどのような役割をしているのか明確に示す実験
的な証拠はこれまでなかった。
・ 統合失調症などの精神疾患には、Reelin-Dab1 シグナルという分子機構が関
わると考えられており、今回、大脳皮質でこの分子機構を欠損させたマウス
の行動異常(不安情動の低下など)を世界で初めて示した。
・ 大脳皮質の形態と機能の関係について進化的・動物学的知見を与えるのみで
なく、精神疾患の発症に関わる分子機構の解明が期待される。
■詳細を、以下の日時にてご説明いたしたく、ご来学いただければ幸いです。
日時:平成28年3月8日(火) 10:30から
場所:滋賀医科大学 マルチメディアセンター会議室(2頁目:会場案内)
■内容詳細:3頁目から
≪ 詳細に関するお問合せ先 ≫
滋賀医科大学医学部 解剖学講座
教授 勝山 裕(かつやま ゆう)
TEL:077-548-2143
≪ プレスリリース発信元 ≫
滋賀医科大学
企画調整室(叶・鎌田)
TEL:077-548-2012
e-mail:[email protected]
■会場案内(滋賀医科大学)
「大脳皮質形態の脳の機能への役割を示す」の説明
○日時:平成28年3月8日(火)
10:30から
○場所:マルチメディアセンター(下記マル13の建物)
※管理棟(下記マル12の建物)前に駐車場をご用意いたします。
○キャンパス内案内
■内容詳細
大脳皮質は人類に至る脳進化の過程で最も膨大化
し、ヒトの脳のほとんどの容量を示す構造となって
います。このような脳の発達は社会性などの高度な
脳機能を担う解剖学的・組織学的基盤となっている
と考えらえてきました。古典的研究では精神疾患患
者の脳に器質的な異常を見出して、発症との間の関
係が議論されてきました。そのために精神疾患患者
の死後脳の形態を調べる研究が長く行われていまし
た。しかし、今日では、自閉症、統合失調症、双極
性障害や鬱など精神疾患モデル動物の解析から、シ
ナプス形成やその機能との関連について注目した研
究がより多くなされてきています。
大脳皮質には細胞の分布から6層構造がみられま
す。(右図プロメテウスアトラスより)各層のニュ
ーロンには神経回路的役割の違いがあります。例え
ば4層は視床からの入力を受けるニューロンがあり、
5層は大脳皮質から脊髄や脳幹の運動性ニューロン
への出力を担う投射ニューロンがあります。この縦
方向に並んだニューロンの配置には脳機能にとって、どのような役割があるので
しょうか?
ヒトを含む動物の胎生期の脳の発生発達過程では、
この層構造を作るのには Reelin という細胞外糖タ
ンパク質と Reelin が細胞表面に結合した時に細胞
内でリン酸化修飾を受ける Dab1 がはたらいている
ことが明らかになっています。この Reelin-Dab1 シ
グナルが欠損すると、明瞭な層構造が失われます。
左図の左カラムに示す正常なマウスの大脳皮質体
性感覚野では色の違い(mRNA 発現の違い)で明瞭な
層構造が見られますが、右カラムに示す Reelin 変
異の大脳皮質では各層を作るはずのニューロンが
散在しています(Dekimoto et al., 2010)。
近年、SNP 解析などのヒトゲノム研究によって
Reelin-Dab1 シグナルへの変異が統合失調症や双極
性障害、不安障害、痴呆症などの様々な精神疾患と
関連があることを示唆する報告が多数あります。ま
た精神疾患患者死後脳で Reelin や Dab1 タンパク質
の発現が減少しているという報告もあり、また統合
失調症患者の血液でも Reelin タンパク質量が変化しているという報告もあります。
これまで多数の研究室で、Reelin-Dab1 シグナルを欠損した自然発症変異マウス
で精神疾患の症状に類似した行動異常の検証が行われてきましたが、明瞭な結果
は得られませんでした。それには大きな原因が2つあると考えられます。1つに
は Reelin-Dab1 遺伝子の機能を完全に欠損すると小脳性の運動失調が認められ、
このような運動障害がある動物では試すことができる行動実験が限られてしまい
ます。もう1つの理由は、統合失調症脳で報告されている Reelin の発現を半減さ
せたモデル動物として Reelin 遺伝子を半分だけ失ったヘテロ変異体を用いた実験
も多く行われましたが、その結果は研究報告ごとに異なり、明瞭な行動異常を得
ることができずどのような脳機能が障害受けるかわかりませんでした。
今回、我々は Dab1 遺伝子の機能を大脳皮質だけに欠損させた変異マウスを作成
し、行動実験を行いました(Imai et al., 2016)。このマウスでは先に述べた本来
5層に分布する大脳皮質からの投射ニューロン
(左図 Con)が大脳皮質全体に散在しています
(左図 cKO)。一方で小脳は正常であり、これま
でのモデル動物で見られた小脳性運動失調は観
察されませんでした(右下図)。さらに様々な
運動能力を調べた結果でも、この大脳皮質特異
的 Dab1 欠損マウス(Dab1 cKO)では正常な値を示
しました。
そこで、次に
我々は20近く
にわたる網羅的
行動実験を行い、
この大脳皮質層
構造が壊れてい
るマウスの行動
を評価しました。その結果、この変異マウスでは軽
微な多動、軽微な記憶能力の低下、そして顕著な不
安情動の低下が見出されました。下に示す図はとも
に不安情動を測る明暗選別箱テストと高架式十字
迷路の結果です。黒いバーが Dab1 cKO マウスの行
動を示しており、白棒で示す正常マウスに比べて、
本来マウスが不安を感じる状況の滞在時間やその
状況にいる確率が増えることを示しています。
今回の研究の結果は大脳皮質層構造という形
態が壊れると、特に不安が低下することを示しまし
た。Reelin-Dab1 シグナルは精神疾患の発症と関係
がある可能性がこれまで示唆されていましたが、今
回、初めて大脳皮質でこの分子機構の障害によって
多動、記憶能力の低下、情動の低下などの精神疾患に関連した行動異常が明瞭に
示せたことから Reelin-Dab1 シグナルの研究が精神疾患発症機構や治療法の開発、
発症初期の診断技術の開発につながることが期待できます。また、興味ぶかいこ
とに大脳皮質の層構造という特徴的な形態が壊れた時に見られた最も顕著な行動
異常は不安の低下であったことから、動物の大脳皮質の進化が不安という機能を
強化した可能性が示唆されます。不安は人間社会の生活の中ではよくないものと
考えられますが、動物社会が高度になるにつれ大脳皮質形態が複雑さを増し、そ
の機能によって起こるちょうど良い不安が、動物・人間の社会を円滑にする要因
になっているのではな
いでしょうか。