(2016/2/26)これまでに経験していない円金利環境と住宅

新生ストラテジーノート 第 218 号
2016 年 2 月 26 日
調査部長 江川 由紀雄
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これまでに経験していない円金利環境と住宅金融支援機構 MBS
円建て債券の価格形成メカニズムを理解し、円資金の運用の方針策定に役立てる
住宅金融支援機構 MBS 第 106 回債は、2 月 19 日に新発 10 年国債(利付国債 341 回債)
流通利回りに 0.54%乗せた表面利率・発行利回り 0.54%で発行条件が決定した。この日(2 月
19 日)は、10 年国債の利回りがほぼゼロであったため、「スプレッド」と発行利回りが一致するこ
とになった。同じ日に条件決定された日本通運の 10 年債(普通社債)は、ローンチスプレッドが
0.28%、表面利率 0.28%、発行価格 100 円、発行利回り(応募者利回りともいう) 0.28%とな
った。どちらも 10 年国債利回りに対する「スプレッド」と発行利回りが一致している。
住宅金融支援機構 MBS 第 106 回債の「0.54%」という表面利率・発行利回りは、2001 年に
住宅金融支援機構が MBS の発行を開始して以来、発行された(177 銘柄)および既に発行条件
が決定している MBS (106 回債)の合計 178 銘柄中、最低の水準である。先月(2016 年 1 月)
発行条件が決定し、今月発行された MBS 105 回債の 0.79%が 2 番目に低い。発行条件時期の
わずか 1 か月の時間差で、106 回債は、これよりも 0.25%も低くなっている。かつての債券バブ
ル期(いわゆる「VaR ショック」の直前)である 2003 年(平成 15 年)6 月に発行条件が決定した住
宅金融公庫 MBS 第 11 回債の表面利率・発行利回りが 0.92%と、初めて 1%を下回ったと話題
になった。かつての債券バブルのピーク時に条件決定した回号に比べても住宅金融支援機構
MSB 第 106 回債の発行利回りは顕著に低い。
日本通運の社債と住宅金融支援機構 MBS とでは、どちらも 10 年国債の流通利回りをベース
に 2 月 19 日に発行条件が決まったものの、実は、両者は同列に比較できるものではない。社債
に限らず、地方債や財投機関債を含め、ほとんどの円建ての債券は、半年毎に利払いを行い、元
本は満期に一括で償還する。ところが、住宅金融支援機構の MBS は、毎月元利払いを行い、
徐々に元本残高が減少して行くタイプの債券である。キャッシュフローの形状が顕著に異なる。そ
れにもかかわらず、発行条件決定のプロセスにおいて、元本期限一括償還の特定の年限の国債
の利回りと比較されるのは、10 年国債の利回りは、広く市場参加者が日々認識しているひとつの
指標的な存在になっているからに過ぎない。住宅金融支援機構 MBS を購入する投資家は、元本
一括償還型の国債や社債を購入する場合とは大きく異なる「キャッシュフロー」を得られる権利を
買っているのである。強いて言えば、短期から超長期までにわたる元本一括償還型の多数の債
券を少額ずつ買っているのに近い。ただし、MBS は、毎月の元本償還額が予め完全に決まってい
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るのではなく、裏付けとなる信託財産(住宅ローン債権プール)の残高の減少に連動するため、あ
る程度予想はできるが、予想はあくまで予想に過ぎず、住宅ローン債権に生じる繰上げ返済動向
等次第で、変動してしまう。いわば、住宅ローンの繰り上げ返済リスクを MBS 投資家が負担してい
ることになる。このリスクを負担することに対する対価は、オプション料(またはコスト)として概念す
ることができる。なお、発行利回り・流通利回りのうち、そうした概念上の「オプション料」を控除し
た利回りの国債イールドカーブに対するスプレッドとしての「OAS」を弊社を含め多くの証券会社が
それぞれ独自のモデルに基づき算出して公表している。もっとも、各社が異なるモデル、異なる前
提条件を用いて算出していることもあり、各社算出の OAS の絶対値に顕著な差異があり、絶対値
を比較してもあまり意味がない。同じモデルで算出した結果が拡大したか縮小したかは参考情報
になる。
中短期の資金運用をプラスの利回りで行える資金運用手段として
住宅金融支援機構 MBS は、最終満期が発行から 35 年後(ただし、実際に満額償還される時
期は大きく前倒しになる可能性がある)、毎月分割償還で、発行時の予想平均年限(WAL)が 8 年
~10 年弱といった範囲にあるタイプの円建て固定利付債券である。前述の通り、誤解を恐れず
に表現すれば、短期から超長期までにわたる元本一括償還型の多数の債券を少額ずつ買ってい
るのに近い。(全く同じではないことは前述の通りである。)
今月に入ってからは、短中期の国債以外の債券の発行条件として、先月まで見られた 0.1%の
フロアが消滅した。先月までは地方債、財投機関債等で中期年限のものは、発行利回り 0.101%
となるものが多く見られたが、今月に入ってからは、0.001%で発行条件が決定する銘柄が散見
される。いまのところ、国債と政府保証債以外には、発行利回りがマイナスになるものは見られな
いが、政府保証債でマイナス利回りの発行が出現し始めていることにも着目しておきたい。
国債流通利回りが 10 年前後の年限までマイナス領域に陥っているのは、必ずしも日銀が当座
預金残高の一部にマイナスの付利を行う政策を開始したからではなく、発行額を大幅に上回るペ
ースでどんなにマイナス利回りであっても国債を買い続けていることによる影響が大きいと考える
べきであろう。なにしろ、日銀は年間 80 兆円残高を増加させるペースで国債を買い続けているの
である。日銀がこうした政策を遂行している間は、金融機関は、マイナス利回りで国債を落札し、
それを日銀に売却することで収益をあげる機会もある。また、通貨金利スワップ市場で、円ドルの
ベーシスが大きく拡大しているが、これは、円を元手にドルを調達している邦銀にとってはドルの
調達コストの高騰を意味する一方で、ドルを邦銀に提供している外国銀行等にとっては、大幅なマ
イナス金利で円を調達できてしまうことを意味する。大幅なマイナス金利で円を調達できてしまう
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外国銀行等にとっては、マイナス利回りの円資金の運用手段(マイナス利回りの国債、マイナス
0.1%が適用される日銀の当座預金)も意味のあるものとなる。しかし、それ以外の投資家―保険
会社や年金基金を含む―にとって、わざわざマイナス利回りで円資金を運用しようというニーズは
ないものと思われる。しかし、かといって、中短期の運用でプラスの利回りを確保することが急速
に困難になってきている。日銀がマイナス金利付き量的質的緩和政策を後退させない限り、この
ような状況は反転しそうにない。
住宅金融支援機構 MBS は、債券市場で一般的に語られる(厳密な定義はないが)「中短期」(7
年程度まで)か、「長期」(10 年程度)か、「超長期」(20 年以上)か、という区分では、「長期」に属
するものであろう。しかし、「長期」でありながら、漏れなく、「中短期」のキャッシュフローも「超長期」
のキャッシュフローも一緒に付いてくる債券なのである。そのキャッシュフローうち、「短中期」の部
分だけを抜き出して考えてみれば、他の円建ての債券対比、依然として大幅に高い利回りを享受
できるものと考えることが可能である。また、「超長期」の一般的な債券との比較では、元本一括
償還型の債券であれば 20 年債に匹敵するような水準の利回りをそれよりは大幅に短い WAL の
債券を保有することで享受することができると考えることもできよう。
日本銀行が大胆な量的質的緩和政策を開始してほぼ 3 年が経過し、今年 1 月 29 日に「マイ
ナス金利付き」政策を決定、2 月 16 日からは実際に当座預金残高の一部にマイナスの付利が適
用されている。国債の需給が逼迫し、国債利回りが極端に低く抑えられている。こうした状況が早
晩反転することは考え難いことを踏まえると、円資金の運用については、発想の転換も必要であ
ろう。国内債券市場関係者は、これまで経験したことのない市場環境に直面しているのである。こ
れまでの短中期の債券運用に代えて住宅金融支援機構 MBS を購入するということも十分に検討
可能な状況にあると考える。
なお、偶々、住宅金融支援機構 MBS 第 106 回債の発行条件が決定した 2016 年 2 月 19 日
に日本通運 10 年債の発行条件も決定したため、本稿で日本通運の社債について言及したが、
本稿は、同社の社債についての投資判断を行うものではない。
(調査部長 江川 由紀雄)
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一般社団法人日本投資顧問業協会
一般社団法人第二種金融商品取引業協会
資本金
:87.5 億円
主な事業 :金融商品取引業
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