G20 は市場安定の契機になるか

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2016 年 2 月 25 日
G20 は市場安定の契機になるか
市場調査部主任エコノミスト
通貨安定や景気刺激の観点での国際協調に期待
03-3591-1419
有田賢太郎
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○ 新興国経済の先行き不透明感が先進国経済の減速懸念にまで広がったことなどから、国際金融市場
は不安定化しており、今回のG20では市場の不安心理払しょくに向けた国際協調に期待が集まる
○ 具体的には、大幅な通貨変動の抑制に向けた協調対応や、危機対策としての通貨金融安定ファシリ
ティの強化、国際協調が機能した2008年G20でもみられた各国協調による景気刺激などを想定
○ 実効的な国際協調により金融市場が安定に向かえば、ドル円相場は円安に戻すことが期待される。
ただし協調へのハードルは高く、失望による更なる円高進展の可能性は十分にあり、注視が必要
1.はじめに
中国・上海で2月26・27日に開催予定のG20(20カ国財務大臣・中央銀行総裁会議)に注目が集まっ
ている。本会議では従来からの主要テーマである国際課税システムの構築や、新興国インフラ投資の
促進についても議論される見通しだが、足元で特に関心が集まっているのは不安定な金融市場に対処
するための各国の国際協調姿勢を今回いかに打ち出せるかである。
2016年に入って以降、原油安や中国をはじめとする新興国経済への先行き不透明感が先進国経済へ
の減速懸念にまで広がりをみせており、そのことが国際金融市場の不安定化や金融システムに対する
不安にまで繋がっている側面があった。こうした市場の不安心理の払しょくにむけて、今回のG20で
は金融政策や財政政策の観点からの国際協調が期待されている。
2.G20 での実効的な政策協調の事例は限られる
ただ過去の事例をみると実効的な政策協調に至ったケースは限られている。これまでのG20でも、
政策協調に関する議論は継続的になされてきた(次頁図表1)。2013年以降のG20声明文をみても、金
融政策については、通貨の競争的な切り下げ回避や柔軟な為替市場システムへの移行、2015年からは
一部先進国の金融引き締めに対し国際金融市場への配慮を求める文言などが入ることとなった。
また財政政策については、機動的な財政政策の実施が謳われており、経済状況を踏まえた短期的な
財政出動とともに、中期的な財政健全化への取り組みを示唆する声明となっていた。ただし、声明は
抽象的な内容にとどまり、個別国への言及は少なく、また具体的な目標を掲げるには至らなかったこ
となどから、市場で必ずしも評価されたとは言い難かった。
例えば、昨夏に発生した世界同時株安後に実施されたG20(トルコ・アンカラ、9/4・5)において
も、金融市場安定にむけた各国協調が期待されていたが、必ずしも市場の期待に十分に応える内容と
1
はならなかった。同声明では、「いくつかの先進国において金融政策の引締めの可能性が高まってい
ることに留意する」「通貨の競争的な切り下げを回避し、あらゆる形態の保護主義に対抗する」など
の発信がなされたものの、実効性のある内容までには至らなかった。足元と同様に国際金融市場は不
安定な状況ではあったが、当時は米国が9月FOMCでの利上げ判断を控えていたこと、また新興国も必ず
しも足並みが揃っていなかったことなどが、抽象的な声明に留まった背景にあるとみている。
図表 1
年
月
議長国
G20
金融政策関係
財務大臣・中央銀行総裁会議
柔軟な為替市場システムへの移行
通貨の競争的引下げ回避
各国の財政健全化への取り組み推進
財務大臣・中央銀行総裁会議
柔軟な為替市場システムへの移行
通貨の競争的引下げ回避
米国・日本への中期財政健全化計画の更なる進展
財政黒字国は自国への成長強化への更なる措置
財務大臣・中央銀行総裁会議
柔軟な為替市場システムへの移行
機動的な財政政策実施
10
財務大臣・中央銀行総裁会議
-
機動的な財政政策実施
11
サミット(首脳会合)
通貨の競争的な切り下げ回避
金融政策変更時の説明責任
健全性を考慮し個別に中期的財政政策策定
2
財務大臣・中央銀行総裁会議
先進国金融緩和策の必要性と中期的な正常化
機動的な財政政策実施
財務大臣・中央銀行総裁会議
-
-
9
財務大臣・中央銀行総裁会議
先進国の金融政策(緩和)は経済を下支え
機動的な財政政策実施
11
サミット(首脳会合)
経済回復を支え、デフレ圧力対処にコミット
機動的な財政政策実施
2
財務大臣・中央銀行総裁会議
金融緩和政策に合意
ECB追加緩和はユーロ圏回復に寄与
機動的な財政政策実施
財務大臣・中央銀行総裁会議
先進国引締めへ留意
通貨の競争的引下げ回避
機動的な財政政策実施
9
財務大臣・中央銀行総裁会議
先進国引締めへ留意
通貨の競争的引下げ回避
機動的な財政政策実施
11
サミット(首脳会合)
金融政策変更時の説明責任
機動的な財政政策実施
財務大臣・中央銀行総裁会議
??
??
2
4
2013
7
ロシア
4
財政政策関係
豪州
2014
4
2015
2016
2013 年以降の主なG20 声明における金融・財政政策に関する内容
トルコ
2
中国
(資料)財務省、外務省より、みずほ総合研究所作成
3.金融市場安定に寄与した 2008 年のG20、通貨水準是正に寄与した 1995 年の G7
一方でG20による政策協調が機能したケースもある。事例としては、リーマン・ショック後に米国
で緊急開催されたG20ワシントンDC・サミット(2008/11/14・15)、及びその後のG20ロンドン・
サミット(2009/4/2・3)があげられる。ワシントンDC・サミットでは危機への対応措置として、金融
システム安定への協調的取組や即効的な内需刺激策の活用、新興国・途上国の資金調達支援、及び支
援にむけたIMFの資金基盤確保などが合意された。
また約半年後に行われたG20ロンドン・サミットでは、ワシントンDCでの合意を受けた各国の具
体的な措置として、「回復と改革のためのグローバル・プラン」が提示された。具体的には銀行シス
テムへの包括的な支援を実施すること、必要とされる間各国で金融緩和政策を維持すること、約5兆ド
ルに上る財政拡大を実施すること、IMFの資金を約7,500億ドルと3倍増に拡大することなどが合意
された。こうした取り組みがリーマン・ショックの波及を抑える一定の役割を果たしたと考えられ、
G20はその後国際経済協力の第一のフォーラム(premier forum)として位置づけられた 1。
ワシントンDC及びロンドンでのG20における政策協調が機能した背景には、危機対応と金融安定
2
化いう目的に対し、各国の政策方向性が一致したことが大きな要因と考えられる。ただそれ以前は
G20よりも、G7などの先進国間会議が協調政策に大きな役割を果たしていた。
先進国間での会議体での金融政策の協調事例としては、1995年のG7(蔵相・中央銀行総裁会議)に
おいて、円高是正がなされたケースがあげられる。同会議では「最近の(為替の)変動は、主要国に
おける基礎的な経済状況によって正当化される水準を超えている」とし、「こうした変動を秩序ある
形で反転させることが望ましいこと」、また「為替市場において緊密な協力を継続すること」が声明
に明記された。同声明とともに円に対する協調介入が実施されたことから、その後円は大きく対先進
国通貨で急速に減価することとなった 2。
4.今回のG20 で期待されるのは通貨水準是正よりも金融市場安定に向けた国際協調
では今回のG20で期待されるのは、どういった形での国際協調であろうか。市場の一部には、人民
元安に向けた国際協調を求める声もある。背景には、人民元は為替の変動幅を一定の範囲に留める管
理フロート制を採用しているが、その結果として他の新興国通貨と比べて人民元は通貨高になってお
り、中国経済減速の一因になっているという見方がある。そのため各国協調により人民元安を進める
ことで、輸出拡大などのパスを通じた中国経済の回復を市場に意識させ、それによって中国経済への
不安の解消を図るというものである。
ただ人民元安方向での協調は困難とみており、また足元の局面では実施すべきでもないだろう。1995
年のG7での円高是正の局面でみられた通り、協調介入後には急激な通貨変動が起きる可能性がある。
今回人民元の通貨是正に向けた政策協調が実施されれば、各国当局が想定する以上に急激に人民元安
が進む可能性もあり、その場合更に国際金融市場を不安定化させることに繋がる恐れがあるだろう。
またドル高新興国通貨安に伴う新興国からの資金流出リスクが懸念されている環境下にあるなかでは、
新興国各国が必ずしも同じ方向を向いているとは言い難い。さらに日本や欧州ではマイナス金利を導
入し、通貨安圧力となる金融緩和を実施しているため、人民元安方向での合意は難しいと考えられる。
むしろ足元で求められるのは、金融市場の安定にあるだろう。具体的には昨年からのドル高新興国
通貨安による資金流出リスクの払しょくである。こうした観点では今回は各国が歩み寄れる余地が出
てきており、既にその兆しはみえつつある。まず米国では政策金利の引上げがしばらく見送られる可
能性が高まっている。1月のFOMC議事要旨(2/17)では、多くの委員から金融市場の不安定な動向に対
し、中期的な見通しの不確実性の高まりを示唆する意見が出された。既に市場は2016年内の米政策金
利据え置きを相応に織り込んでおり、対新興国通貨でのドルの名目実効為替レートは1月半ば以降上昇
が一服している(次頁図表2)。
一方中国でも、春節明けの2月15日に中国人民銀行が基準値を前日参照値よりも元高に設定したこと
で市場に安心感が広がり、一旦各国の株価が上昇する一因となった。こうした動きはあくまで個別国
の対応ではあるが、当面の金融政策について通貨安定に向けた協調余地は相応にあると考えられ、よ
り実効的な声明の発表が今回のG20では期待される。具体的には、人民元を含めた大幅な通貨変動の
抑制に向けた協調対応、米利上げ検討にあたっての国際金融市場への配慮、新興国の金融危機時の支
援に向けた通貨金融安定ファシリティの強化などが想定される。
また通貨安定に向けた協調ととともに、世界経済の減速に対処するため、財政政策での国際協調も
3
期待される。前述のG20ワシントン、ロンドン・サミットでは、金融危機対応に向けて約5兆ドルの財
政拡大が実施されており、同様の措置を検討することが想定されよう。具体的には世界的な景気浮揚
に向けて財政余力がある国が中心となり、各国協調による財政拡大を促すことなどが考えられよう。
ただ金融市場安定に向けた国際協調のハードルは相応に高いと考えらえる。今後4月にG20(20カ国
財務大臣・中央銀行総裁会議)、9月にはG20サミットなどが予定されており(図表3)、今回は合意
に至らずとも継続的な取り組みを期待したい。また日本が議長国となる5月のG7サミットにおいても、
金融市場の安定に向けた先進国間の協調が期待される。
金融市場の不安定化は、当然ながら日本においても対岸の火事ではない。ドル円相場は1月以降急激
に円高が進んだが、その背景の一つには国際金融市場が不安定化したことで、安全資産とされる円が
買われる動きが強まったことにある。米利上げ期待のはく落は円高圧力にはなるものの、今回のG20
において国際協調によって金融市場が安定に向かえば、投資家の不安心理改善とともにドル円相場も
円安に向かうだろう。ただし、前述の通り国際協調へのハードルは高く、今回のG20で実効的なメッ
セージが出てこなければ、失望からさらに円高に進む可能性は十分にあり、注視が必要だろう。
図表 2
160
ドルの名目実効為替レート
(1997/1=100)
ドル名目実効為替(対OITP、主として対新興国通貨)
155
150
145
140
135
15/1
15/3
15/5
15/7
15/9
15/11
(注)OITPはOther Important Trading Partnersの略。主として新興国が対象。
(資料)FRBより、みずほ総合研究所作成
図表 3
日程
16/1 (年/月)
今後の主なG7,G20 開催日程(2016 年)
会議体
場所
2月26・27日
中国・上海
4月13・14日
米国・ワシントン
5月20・21日
日本・仙台
5月26・27日
日本・伊勢志摩
7月23・24日
中国・成都
9月3・4日
中国・杭州
10月6日
米国・ワシントン
(資料)財務省などより、みずほ総合研究所作成
G20(財務大臣・中央銀行総裁会議)
G20(財務大臣・中央銀行総裁会議)
G7(財務大臣・中央銀行総裁会議)
G7(伊勢志摩・サミット)
G7(財務大臣・中央銀行総裁会議)
G20(杭州・サミット)
G20(財務大臣・中央銀行総裁会議)
G20 ロンドン・サミット後に開催されたG20 ピッツバーグ・サミット(2009 年 9 月)にて各国首脳により合意。
過去の通貨高、通貨安是正に対する評価は「購買力平価予測にみるドル円相場」
(みずほ総合研究所「みずほインサ
イト」2015 年 11 月 30 日、http://www.mizuho-ri.co.jp/publication/research/pdf/insight/mk151130.pdf )参照。
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