待望される「総合経済対策」 - 三菱UFJ証券

藤戸レポート
待望される「総合経済対策」
2016 年 2 月 15 日
米「非製造業ショック」で長
短金利が急低下
(グラフ 1)
14,000 円台まで
売り込まれた日経平均
日経平均は、14,000 円台にまでダイブした(グラフ 1)。日銀の「マイナス金
利」政策が 2 営業日しかもたず、投資家のセンチメントは極端なリスク回避
に傾斜している。この不安心理は、どこから発生しているのか。まずは要因分
析をしてみよう。第一に、米国景況感の急速な悪化を挙げられる。従来は、
「製造業は不振だが非製造業は堅調だ。雇用の改善、内需の好調は続き、
米国経済の優越性は動かない」という見方が大勢を占めていた。ところが、
1 月の ISM(供給管理協会)非製造業景況指数が 53.5 に急低下したこと
が、「非製造業は堅調」というテーゼに疑問を投げかけた(グラフ 2)。昨年 7
月のピークが 59.6 と、2005 年 8 月の 61.3 以来の高水準だっただけに、急
速な悪化である。内容も、前月比で景況指数 59.5→53.9、新規受注指数
58.9→56.5、雇用指数 56.3→52.1 と芳しくない。この「ISM 非製造業ショッ
ク」とも呼べる状況が、米長短金利の急低下を促進した。10 年国債金利は
1.6%台にまで低下し、フェデラルファンド・レート先物では、利上げ確率が 3
月ゼロ、6 月確率 1.9%、12 月 11.2%となっている(2/11 時点・グラフ 3)。つま
り、マーケットは、「年内の利上げは難しい」と見ているのだ。その後に発表さ
れた雇用統計の内容は概して良好だったが、金利の低下バイアスには変化
がない。「新債券王」と称されるジェフリー・ガンドラック氏(ダブライン・キャピ
タル CEO)に至っては、「グローバル経済のさらなる悪化が進めば、FRB は
QE4(第 4 次量的緩和策)の実施を迫られる」との見解を表明している。
日経平均と東証1部売買金額
(兆円)
(円)
12.00
23,000
(出所) AstraManagerのデータをもとにMUMSS作成
22,000
11.00
20952(6/24)
20012
(12/1)
10.00
日銀
マイナス金利
(2016/1)
21,000
20,000
9.00
19,000
8.00
7.00
18,000
日経平均
(右メモリ)
17,000
16901
(9/29)
6.00
5.00
4.00
16,000
日銀
補完措置
(2015/12)
東証1部売買金額(左メモリ)
15,000
14865
(2/12)
14,000
13,000
3.00
12,000
2.00
1.00
2015/1
11,000
2015/3
2015/5
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。
2015/7
2015/9
2015/12
2016/2
10,000
2016 年 2 月 15 日
ストラテジー
マーケット分析
(グラフ 2)
ISM 非製造業景況指数も
急低下
(グラフ 3)
マーケットの予想は
「年内の利上げは難しい」
米国の利上げ確率(3月、6月、12月)の推移
(%)
(出所)BloombergのデータよりMUMSS作成
3月利上げ確率(2016年)
6月利上げ確率
(%)
12月利上げ確率
100.0
80.0
60.0
40.0
20.0
0.0
2015/7
急速な円高進行で「倍返し」
が現実化
FOMC
(12/15-12/16)
利上げ開始
2015/8
2015/9
2015/11
2015/12
2016/2
米長短金利の急低下と共に、一気にドル安が進行した。ICE(インターコ
ンチネンタル取引所)が算出するドル実効レートは、1/29 に 99.8 をマーク
していたが、ISM 非製造業景況指数発表で、2/3 に 96.8 まで軟化した。そ
の後もドル安は続き、2/11 安値 95.2 まで下落している。日本にとっては、こ
れがストレートに円高を呼び込み、2/11 には 1 ドル=110.99 円まで進んだ
(グラフ 4)。「マイナス金利」発動後の 1/29 には 121.69 円までの円安があっ
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。
2
2016 年 2 月 15 日
ストラテジー
マーケット分析
(グラフ 4)
米景況感の鈍化で
ドル安が進行
(P)
ドル実効レートと円ドル
(円/ドル)
110
128
(出所)BloombergのデータをもとにMUMSS作成
108
124
121.69
(1/29)
106
120
104
102
116
円ドル(右)
99.8
(1/29)
100
110.99
(2/11)
112
98
108
ドル実効レート(左)
96
95.2
(2/11)
94
92
2015/9
104
100
2015/10
2015/11
2015/12
2016/2
ただけに、典型的な「ダマシ」となった。日銀の「マイナス金利」政策が、「元
の木阿弥」になっただけではなく、115 円の重要なサポートラインを容易に
突破 させ てしま ったのだ。一頃流行 ったドラマの「倍返 し」で行 けば 、
「121.69 円-115.98 円(1/20 高値)=5.71 円」で、「115.98 円-5.71 円=
110.27 円」となる。この「倍返し」が極めて現実的なのだ。為替関係者の中
には 107 円とか、極端な論者は中期的に 100 円といった水準を掲げる向き
もある。12 月日銀短観の大企業・製造業の想定為替レート 119.40 円を前
提にすれば、「為替差益の剥落」に留まらず、「為替差損」という言葉が浮上
してくる。ただでさえ下方修正ラッシュの企業業績なのに、この円高は痛
い。しかも、円高トレンドがどこまで、いつまで続くのかは不透明な状況であ
り、来期の業績モメンタムに重要な影響を及ぼすのは必至だ。
原油安に伴う外国人の換金売
りが続く
第二には、年初から続いている「原油安→産油国の財政悪化→中東
SWF(政府系ファンド)の換金売り→株価下落」の構図だ。東証の投資主体
者別売買動向では、結局 1 月の外国人投資家は、現物株式▲1 兆,556
円・株式先物▲1 兆 1,647 億円で、計▲2 兆 2,203 億円の大幅売り越しと
なった。現物株式比率は 47.5%に達している。昨年 8 月第 2 週~9 月第 5
週の間も、現物株式▲4 兆 26 億円・株式先物▲3 兆 776 億円、計▲7 兆
802 億円の莫大な売り越しだったが、現物株式比率は 56.5%だった。昨年
9/29 には、ウォールストリート・ジャーナルが、「SAMA(サウジアラビア通貨
庁)が米国から 700 億ドルの資金を引き揚げた」との報道があったことを想
起すべきだ。明らかに、急速な原油安が換金売りを惹起したのだ。今年の年
初以来の売りは、同様な実需筋の売りが主体と考えるべきであろう。この実
需筋の売りに、ヘッジファンドの仕掛けが加わったものと思われる。対照的
なのは、昨年 12 月の外国人売買動向だ。12 月は、現物株式 330 億円の
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。
3
2016 年 2 月 15 日
ストラテジー
マーケット分析
買い越しに対して、株式先物は▲2 兆 201 億円の売り越しだった。つまり、1
月と同様に月間 2 兆円規模の大幅売り越しだったが、12 月の売り越しの全
ては株式先物だったのだ。12 月の外国人売りはヘッジファンドだった可能
性が高い。今後も原油価格が下がるたびに、産油国の実需売りが出ると見な
ければならない。2 月第 1 週も▲6,112 億円の現物株売り越しだ(表 1)。
(表 1)
2 月に入っても続く
外国人投資家の現物売り
●投資部門別株式売買状況
区
年月
分
12年
13年
14年
15年
8月
月
9月
間
10月
動
11月
向
12月
1月
12月3週
12月4週
週 12月5週
間 1月1週
動 1月2週
向 1月3週
1月4週
2月1週
2月1週
売買シェア
年
間
(億円)
法人
外国人
(海外
投資家)
28,264
151,196
8,527
-2,510
-11,582
-25,772
4,630
6,777
330
-10,556
-330
-216
14
-4,471
-2,109
-1,902
-2,073
-6,112
金融機関
生損保 都・地銀 信託銀
-6,978 -1,182 -10,193
-10,751 -2,830 -39,664
-5,038 -1,290 27,848
-5,841 -3,094 20,075
188
-20
2,700
-102
-238
7,682
-486
-428
3,001
-944
-280 -4,506
-392
-726
7,427
233
-78
6,076
-195
-8
1,071
-128
-65
1,688
-18
-102
1,904
170
80
346
61
108
1,201
-37
-144
1,822
39
-122
2,708
-107
-178
252
73.8%
0.3%
0.1%
3.1%
個人
事法
投信
信用
3,804
6,297
11,018
29,632
4,762
7,707
923
1,130
8,744
1,140
200
64
-155
608
379
239
-86
312
460
4,267
-2,105
2,429
854
2,525
-557
-874
2,741
967
138
827
470
272
177
580
-62
545
5,774 -24,886
29,774 -117,282
13,189 -49,512
16,748 -66,744
2,165
3,687
677
3,507
-574
-8,504
1,035 -10,186
2,093
-3,506
826
7,148
250
-822
121
-1,144
-672
-1,394
1,876
3,939
68
2,499
-834
1,112
-284
-401
885
1,057
0.9%
2.2%
11.6%
現金
6.5%
(出所)東証のデータをもとに、MUMSS作成
原油供給を上方修正・需要を
下方修正したIEA
その問題の原油価格だが、明るい見通しは描き難い。IEA(国際エネル
ギー機関)が9日に発表した「月報」では、「上期に原油の過剰供給が平均
で日量175万バレルになる」としている。前月は150万バレルの予想だっただ
けに、さらなる供給過剰だ。一方、世界の需要は、前月比で10万バレル下
方修正している。IEAは、「OPEC(石油輸出国機構)がさらなる増産に踏み
切れば、供給過剰はさらに悪化する可能性がある」と厳しい見方を表明して
いる。1月の原油生産量(日量・ブルームバーグ)を見ると、サウジアラビアは
1,000万バレルを超え、イラクも437万バレルと過去最高水準だ(表2)。湾岸
戦争とイラク戦争という二つの大戦を経験したイラクだが、油田の復興に米
ハリバートン等の原油サービス企業が寄与したこともあって、油田の生産能
力が効率化している。IEAは2018年までの予測でも、最も増産余力が高い
のがイラクとしている。豊富な埋蔵量に、欧米の技術が加わった成果だ。し
かも、約1割に相当する北部油田は、「IS」(イスラミック・ステート)に占領され
たままである。他方では、イランも286万バレルの生産だが、核協議が合意
に達し、経済封鎖が解けてマーケットにイラン産原油が出回ることになる。
非OPECでは、ロシアが1,088万バレルと大増産を続けている。つまり、サウ
ジ、ロシアが日量1,000万バレル超で、米国も約920万バレルとなれば、需
給面から原油価格の上昇は想定し難い。
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。
4
2016 年 2 月 15 日
ストラテジー
マーケット分析
(表 2)
原油需給を崩す
OPEC による供給過剰
OPEC(石油輸出国機構)の原油生産の動向 (2016年1月)
単位:1000バレル(日量)
生産量(A)
1月
12月
サウジアラビア
イラク
クウェート
UAE
イラン
ベネズエラ
ナイジェリア
アンゴラ
アルジェリア
インドネシア
カタール
エクアドル
リビア
OPEC全体 12カ国
OPEC(除くイラク)
10,200
4,370
3,000
2,970
2,860
2,466
2,028
1,751
1,100
815
650
533
370
33,113
28,743
10,250
4,440
2,900
2,940
2,800
2,476
1,919
1,859
1,100
793
680
533
375
33,065
28,625
前月比
-50
-70
100
30
60
-10
109
-108
0
22
-30
0
-5
48
118
生産可能量 増産可能量
(C)
(C-A)
12,500
4,450
3,000
3,150
2,900
2,500
2,200
1,870
1,150
828
780
535
780
37,387
32,937
2,300
80
0
180
40
34
172
119
50
100
130
2
410
4,274
4,194
(出所)BloombergのデータをもとにMUMSS作成 ※1バレル=約158.98リットル
このところ、「減産」とか「減産協議も」といった報道が多い。しかし、出所
は、ロシア、ベネズエラ、イラク等の関係者からで、相当疑わしい内容だ。
「イランとサウジが協議」という報道まであるが、イエメンで代理戦争を行って
いるスンニー派とシーア派の宿敵同士が、本気で減産を話し合うとは到底
思えない。むしろ、「願望」とか「妄想」に近い内容と解釈すべきだろう。ま
た、国家破綻に直面しているベネズエラとサウジが会合を持ったところで、
そこから得られる成果は乏しい。この「減産報道」は、ガセネタか困窮した産
油国の悲鳴と見た方が妥当である。サウジアラビア政府か、サウジの有力
王族が公的に発言した内容以外は、ほとんど無視しても良い。WTI 原油先
物は金融商品としての性格が強く、こうしたガセネタや「意図あり」報道でも
動く。直近でも、1/20 安値 1 バレル=26.19 ドルから 1/28 高値 34.82 ドル
まで戻りがあったが、典型的なショート・カバー相場である。需給の本質に
変化がないならば、やがてテクニカル・リバウンドは急反落することになる。
「減産」順守はサウジ以下のペ 2/11 には 26.05 ドルまで売り込まれ、再び安値を更新した(グラフ 5)。さらに
は、「減産」の内容について、吟味する必要がある。過去の「減産」実施期を
ルシャ湾岸穏健派のみ
見ると、国ごとに与えられた生産枠を順守したのは、サウジを始めとしたペ
ルシャ湾岸の穏健派産油国のみだった。その他の OPEC 諸国、特にイラン
やベネズエラ等は、減産による価格上昇の恩恵のみを享受して、ほとんど
減産を守らない。いわんや、「非 OPEC との協調減産」との美辞麗句が紙面
で躍っても、ロシアに至っては「口だけ減産・実態フル生産」の常習犯だっ
た。足下でも、シリア空爆等の軍事費膨張を考えれば、歳入のほとんどを原
油と天然ガスに依存するロシアが、減産に応じるとは思えない。つまり、正
直に減産を守るのはサウジ以下の穏健派産油国だけで、それが生産シェア
の低下に繋がって割を食うのが常だった。
ガセネタが多い「減産」報道
エネルギー企業の「終わりの始
まり」
新春号では、今年のリスクに大手企業の破綻を挙げた。どうも、「終わりの
始まり」がスタートしたようだ。かねてから財務体質の悪化が指摘されていた
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。
5
2016 年 2 月 15 日
ストラテジー
マーケット分析
(グラフ 5)
ショート・カバーに留まった
原油先物 1 月の反発
(ドル/バレル)
原油先物(WTI)の価格推移
70.0
(出所)BloombergのデータよりMUMSS作成
60.0
WTI(原油先物)
50.92
(10/9)
50.0
40.0
34.82
(1/28)
30.0
26.19
(1/20)
20.0
2015/6
2015/7
2015/8
2015/10
2015/11
2015/12
26.05
(2/11)
2016/2
米石油ガス生産 A 社に対して、格付け機関の一角が「CCC・見通しネガテ
ィブ」に格下げし、「選択的デフォルトの可能性あり」と厳しい判断を表明し
た。A 社は S&P500 種に採用されており、2014 年には 206 億ドル(112 円
換算で約 2.3 兆円)の売り上げを記録していた企業だ。株価は、2/8 に 1.5
ドルにまで急落している(グラフ 6)。信用リスクを表す CDS スプレッドは、一
時 10,000 ベーシス・ポイント(bp)を超えた。A 社の苦境は、原油・天然ガス
価格の急落が、単なる期間損益に与える影響だけではなく、企業の存立を
脅かしていることの証左となろう。同様に、エネルギー、素材企業の中に
は、CDS スプレッドが 3,000 bp を超える企業が少なくない。破綻には必ず
「前兆」がある。株価や信用リスク指標を毎日チェックすべきであろう。
「マイナス金利」に喘ぐ欧州
金融機関
第三には、世界的な金融株の急落だ。既に、昨年から欧州の大手金融
株の業績不調は伝わっていた。例えばドイツ銀行だが、2015 年通期の決
算では▲68 億ユーロ(約▲8,840 億円)の赤字決算だった。通期の赤字は
リーマン・ショックに揺れた 2008 年以来のものだ。また、スイスの大手クレデ
ィ・スイス・グループも、昨年 10~12 月期が▲58.3 億スイスフランの赤字だ
った。こうした欧州大手行は、程度の差こそあれ、いずれも収益で苦しんで
いる。ECB(欧州中銀)のマイナス金利政策もあり、長短金利が異常な低水
準にまで下落していることが背景にある。指標となるドイツ国債の利回りは、
2/11 時点で 8 年債までがマイナス金利であり、10 年債でさえ 0.1%台にあ
る。したがって、「短期で調達して長期で貸出」という銀行の本来業務で、預
貸のスプレッドが潰れてしまい、稼ぐことが至難となっている(グラフ 7)。欧州
の景気は底打ちから浮揚傾向だが、世界経済鈍化の悪影響は色濃く、資
金需要は弱い。したがって、稼ぐためには投資銀行業務やデリバティブのリ
スク・テイクとなるが、昨今の混乱もあって成果よりも損失が目立っている。
昨年 10~12 月期のドイツ銀行の投資銀行部門は、税引き前損益で▲11.5
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。
6
2016 年 2 月 15 日
ストラテジー
マーケット分析
(グラフ 6)
米石油ガス生産大手の
株価下落継続
(ドル)
米石油ガス生産大手(A社)の株価推移
25.0
(出所)BloombergのデータよりMUMSS作成
21.49
(2/3)
20.0
15.0
米石油ガス生産大手(A社)
10.0
5.0
0.0
2015/1
(グラフ 7)
過去最低水準に接近する
ドイツ 10 年国債利回り
1.50(2/8)
2015/2
2015/4
(%)
2015/6
2015/7
2015/9
2015/11 2015/12
2016/2
ドイツ10年国債利回り推移
1.200
1.057%
(6/10)
(出所)BloombergのデータよりMUMSS作成
ECB、マイナス
金利拡大
▲0.2%⇒▲0.3%
(12/3)
1.000
日銀、マイナス
金利政策発表
(1/29)
0.800
0.600
ドイツ10年国債利回り
0.400
0.200
0.000
2015/3
0.049%
(4/17)
2015/4
2015/6
0.132%
(2/11)
2015/7
2015/9
2015/11
2015/12
2016/2
億ユーロの赤字だった。投資銀行部門は、米国勢が強力であり、思うように
収益が挙げられないのが現実だ。また、株式や債券のトレーディング部門
も、マーケットの異常なボラティリティ上昇で芳しくない。これはドイツ銀行だ
けではなく、欧州の銀行が直面している問題である。根底にあるのは、「マ
イナス金利政策」で、収益獲得が困難という事実だ。
際限のない緩和競争が金融機
関の収益を直撃
ドイツ銀行の株価は、昨年 4 月高値 33.4 ユーロに対して 2/9 安値 13.0
ユーロで 2.5 分の 1、同様にクレディスイスは昨年 7 月高値 28.1 スイスフラ
ンが 2/11 安値 12.2 で半値以下である(グラフ 8)。こうした大手行が苦しめ
ば、不良債権問題・資本不足を抱えるイタリアやギリシャの銀行が急落する
のは当然であろう。ギリシャ国立銀行は、昨年 2 月高値 25.8 ユーロが 2/11
安値 0.099 ユーロという惨状だ。実に 260 分の 1 という大暴落である。ギリ
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。
7
2016 年 2 月 15 日
ストラテジー
マーケット分析
シャの銀行は、ECB の ELA(緊急流動性支援)が、「ゾンビに生命維持装
置」の役割を果たして、かろうじて生存している。こうした中で、日銀の「マイ
ナス金利」が発動されたのだ。日本の金融株は急落しているが、おそらく黒
田総裁にとっては想定外の展開であろう。「マイナス金利」の効果が発露さ
れる前に、重大な副作用が顕在化したわけだ。しかも、日銀の政策発動は
国内に留まらず、欧州にもインパクトを与えた。なぜならば、ドラギ ECB 総
裁は 3 月に追加緩和を発動することを強く示唆している。もし、実施されれ
ば欧州金融機関の収益基盤が一段と脆弱化する側面を持つことになる。つ
まり、日銀、ECB、中国人民銀行を含めた際限のない緩和競争が、金融機
関の収益環境に思わぬ悪影響を与えるリスクが潜んでいるのだ。
(グラフ 8)
金融緩和競争で
欧州銀行株の下落続く
(スイスフラン)
欧州銀行株の株価推移
(ユーロ)
30.0
50.0
28.1(7/23)
クレディスイス(左)
45.0
25.0
40.0
33.4(4/14)
20.0
35.0
30.0
15.0
25.0
ドイツ銀(右)
12.2(2/11)
20.0
10.0
15.0
(出所)BloombergのデータをもとにMUMSS作成
5.0
2015/1
ハト派的に軟化したイエレン
議長
「マイナス金利」に言及
金融株の天敵
13.0(2/9)
10.0
2015/3
2015/6
2015/9
2015/11
2016/2
2/10、11 に実施されたイエレン FRB 議長の証言は、①中国リスク、②原
油価格の急速な下落、③ドル高のネガティブな影響、④海外経済や金融の
混乱が米国の成長率やインフレ見通しに影響を及ぼすリスク、等を認めた
率直なものだった。「雇用環境は好調を維持しており、物価の押し下げ圧力
も一時的。米金利は、年内に緩やかに上昇していくとの考えを変えていな
い」との従来の見解も述べたが、明らかに昨年 FOMC(公開市場委員会)
時に比べると、マーケットに近づいた感がある。「利下げが必要な状況に突
入するとは思っていない」と釘を刺すことも忘れなかったが、いわば、ハト派
的要素を盛り込んだ内容と解釈できよう。問題は、質疑応答で、「マイナス金
利」に言及することがあった点だ。まず、「我々は 2010 年にマイナス金利に
ついて検討し、緩和促進に向けて上手く機能しないとの結論に至った」と過
去の経緯の説明があった。続いて、「既に欧州等で導入された事実から、
我々はマイナス金利を再び見直す作業を行っている。多くの検討事項があ
り、米国の制度に照らし合わせて機能するか否かを考えなければならない。
なぜならば、追加緩和を行う必要が生じた場合に備えておきたいからだ」と
述べた。FRB とすれば、政策の選択肢を増やすために当然の準備と思わ
れる。ところが、今や「マイナス金利」という言葉は、金融株にとって「天敵」
なのだ。ECB が先行し、日銀が追随したこの実験的な政策は、効果測定は
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。
8
2016 年 2 月 15 日
ストラテジー
マーケット分析
未定ながら、金融株の急落を招く巨大な副作用が実証されている。2/11 の
米株市場では、JP モルガン▲4.4%、シティグループ▲6.5%、バンカメ▲6.8%
等、大手行が軒並みギャップ(窓)を伴って下落した。仏ソジェンの株価が
▲12.5%の急落となったことが寄与したこともあるが、株式市場は明白に「マ
イナス金利」に拒否反応を示している(グラフ 9)。
(グラフ 9)
米銀行株も
「マイナス金利」に拒否反応
(ドル)
(ドル)
米国銀行株の株価推移
26.0
70.0
イエレンFRB議長
「マイナス金利」に言及
(2/10-2/11)
60.9
(7/23)
24.0
シティグループ(右)
60.0
22.0
50.0
20.0
18.4
(7/22)
18.0
40.0
16.0
34.5(2/11)
30.0
バンカメ(左)
14.0
20.0
12.0
(出所)BloombergのデータをもとにMUMSS作成
10.0
2015/1
金融株の急落は個人消費の減
退に直結
中央銀行緩和政策の限界
2015/3
2015/6
10.9(2/11)
2015/9
2015/11
10.0
2016/2
「マイナス金利」の株価への影響は、「金利の消失→経済活動の活発化
→企業収益の拡大→株価の上昇」という構図のはずだった。おそらく、効果
が実現するためには、少なくとも半年以上の期間を要することになろう。とこ
ろが、この正統的だが迂遠な効果に対して、金融株の急落は即効的かつ
劇的に投資家マインドを冷却させる。金融機関の株主には、機関投資家だ
けではなく、幅広い個人投資家が存在している。したがって、大手金融株の
時価総額のシュリンクは、巨大な個人消費減退機能を有しているのだ。学
者センセーの中には、「マイナス 1%」まで可能とか、極論者は「マイナス 2%
まで実行できる」としている。センセーの論理では、そうかもしれない。しか
し、その時には、日本の金融株が幾らになるとの想像性が欠如している。ど
うも、こうした極論を聞くと、「風の谷のナウシカ」の土鬼(ドルク)の博士達を
想起してしまう。「マイナス金利」政策は巨大な粘菌となって金融株安を惹
起し、個人消費意欲を呑みこんでしまうだろう。
既述の 3 つのファクターが混交して、今回の世界的な株安を引き起こし
ているものと思われる。しかし、一歩進めると、リーマン・ショック克服にも著
効のあった各国中央銀行の超緩和策が、既に限界に達して、有効に機能
しなくなっているリスクがクローズアップされてくる。一時は特効薬と思われ
た量的緩和、マイナス金利といった非伝統的政策が常態化することによっ
て、効果が減衰している可能性が濃厚だ。緩和策を連続する ECB、日銀、中
国人民銀行に共通するリスクだが、特に株価への影響が著しく減退してい
る。しかも日銀は、ETF(上場投信)の買入という直接マーケットに介入する
手法も採っている。日銀の ETF 買入残高累計は、2/12 時点で 7 兆 4,671
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。
9
2016 年 2 月 15 日
ストラテジー
マーケット分析
億円という膨大なものだ(グラフ 10)。他の中銀が不採用の株式市場直接介
入策をもってしても、コントロール不能の状態になっている。黒田総裁が、
「金融政策に限界はない」と力めば力むほど、株式市場はその言葉の裏に
ある金融政策の限界性を見つめてしまう。日銀の命題である「消費者物価
2%」に対する反応も、市場は極めてクールである。究極は、日銀の信認性と
いう重大な問題に及ぶことになろう。
(グラフ 10)
7 兆 5,000 億円に接近する
日銀の ETF 購入金額
(億円)
160,000
(円)
日銀ETF購入と日経平均
26,000
(出所)AstraManagerのデータをもとにMUMSS作成
140,000
20868
(6/24)
日銀
異次元緩和
(2013/4/4)
120,000
15627
(5/22)
100,000
日銀
マイナス金利
(2016/1/29)
10兆1000億円
(2015年末)
日経平均
(右メモリ)
24,000
22,000
20,000
18,000
16,000
14,000
80,000
日銀
追加緩和
(2014/10/31)
60,000
12,000
10,000
2016年
3兆3000億円
40,000
20,000
0
2012/1
日銀ETF購入額
(左メモリ)
2015年
3兆円
2014年
1兆円
2012/9
2013/5
2014/1
2014/9
6,000
4,000
7兆4671億円
(2/12時点)
2015/5
8,000
2016/1
2,000
0
2016/9
従来から指摘していることだが、現在の苦境は、金融政策だけでは克服
が難しい。金融政策のみで無理に無理を重ねれば、それだけ副作用や将
む
来的な弊害が大きくなってしまう。黒田総裁の任期は2018年までだ。さらに
「限界のない金融政策」に踏み込めば、後任総裁は非伝統的政策の後始
末に七転八倒することになろう。今必要なのは、金融政策のみの片輪走行
ではなく、財政出動による景気対策だ。それも思い切った需要創出策が必
要である。補正予算3.3兆円枠に、さらに上積みする覚悟で臨むべきだ。場
合によっては、急激な為替変動に対して介入も厭うべきではない。できるだ
け速く、財政出動の景気対策、金融政策、為替介入策を含めた「総合経済
対策」を煮詰めることが重要だ。本筋は、規制緩和や構造改革による潜在
3 月メジャーSQ がターニング・ 成長率の引き上げだが、今は非常事態である。バラ撒きとの批判が出ても、
景気浮揚に突進すべき局面と思われる。
ポイント
世界景気やマーケットの変化があまりにも速く、政治家や当局者の景況
感との乖離が極大化している。そのギャップは危険なほどだ。財務大臣や
日銀総裁の「日本のファンダメンタルズは良好だ」との発言が伝わるたび
に、株価が鋭角的に落ち込んでいるのは、投資家の失望感の表れに他な
らない。政治力学的には、安倍総理が決断すれば、この難局を克服できる
だけの政策が策定できるはずである。当面は、明日をも知れぬ相場だが、3
月メジャーSQ以降は混乱も徐々に終息するものと考えている。3/10ECB理
事会、3/14、15日銀政策決定会合、3/15、16FOMCというスケジュールを見
藤戸 則弘
ても、桜の蕾が膨らむと共に株価の復元が強まろう。
投資情報部長
「総合経済対策」の策定を望
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。
10
【重要な注意事項】
(本資料使用上の留意点について)
・ 本資料は当社が信頼できると考える情報ベンダーから取得したデータをもとに作成されておりますが、機械作業
上データに誤りが発生する可能性があります。当社はその正確性、完全性を保証するものではありません。ここに
示したすべての内容は、当社の現時点での判断を示しているに過ぎません。本資料は、お客様への情報提供の
みを目的としたものであり、特定の有価証券の売買あるいは特定の証券取引の勧誘を目的としたものではありま
せん。本資料にて言及されている投資やサービスはお客様に適切なものであるとは限りません。また、投資等に
関するアドバイスを含んでおりません。当社は、本資料の論旨と一致しない他のレポートを発行している、或いは
今後発行する可能性があります。本資料でインターネットのアドレス等を記載している場合がありますが、当社自
身のアドレスが記載されている場合を除き、アドレス等の内容について当社は一切責任を負いません。本資料の
利用に際してはお客様御自身でご判断くださいますようお願い申し上げます。
(利益相反情報について)
・ 当社および関係会社の役職員は、本資料に記載された証券について、ポジションを保有している場合がありま
す。当社および関係会社は、本資料に記載された証券、同証券に基づくオプション、先物その他の金融派生商品
について、買いまたは売りのポジションを有している場合があり、今後自己勘定で売買を行うことがあります。また、
当社および関係会社は、本資料に記載された会社に対して、引受等の投資銀行業務、その他サービスを提供
し、かつ同サービスの勧誘を行う場合があります。
・ 当社の役員(会社法に規定する取締役、執行役、監査役又はこれらに準ずる者をいう。)が、以下の会社の役員を
兼任しております。:三菱UFJフィナンシャル・グループ、三菱倉庫
(外国株に関する注意事項について)
・ 外国株式に関する資料は、Form 10-K 等当該外国法に基づく「有価証券報告書」と同等の公的書類、年次報告
書(Annual Report)、四半期報告書、アーニングリリース等の会社発表による公開情報をもとに作成しております。
当社によるレーティング、投資判断、業績予想等は含みません。また、データの取得・入力時期の違い等により、
本資料と外国証券情報の数値等が異なる場合があります。
・ 本資料で取り上げられている外国証券は、我が国の金融商品取引法に基づく企業内容の開示は行われておりま
せん(金融商品取引法上の情報開示銘柄を除く)。当該外国証券の開示情報は、主要取引所の所在する国の開
示基準に基づいています。
(リスク情報について)
・ 日本および外国の株式・債券への投資は、株価の変動や、発行者の経営・財務状況の変化及びそれらに関する
外部評価の変化、金利・為替の変動等により、投資元本を割り込むリスクがあります。
(手数料について)
・ 国内株式の売買取引には、約定代金に対し最大1.404%(税込み)の売買手数料をいただきます(ただし約定
代金が193,000円以下の場合は最大2,700円(税込み))。株式は、株価の変動等により、損失が生じるおそれ
があります。
・ 外国株式の売買取引には、現地委託手数料と国内取次手数料の両方がかかります。現地委託手数料等は、その
時々の市場状況、現地情勢等に応じて決定されますので、その金額等をあらかじめ記載することはできません。
詳細はお取引のある部店までお問合せください。国内取次手数料は、約定代金に対して最大1.080%(税込
み)の手数料が必要となります。外国株式は、為替相場の変動等により損失が生じるおそれがあります。
・ 非上場債券(国債、地方債、政府保証債、社債)を当社が相手方となりお買付けいただく場合は、購入対価のみ
お支払いいただきます。債券は、金利水準の変動等により価格が上下し、損失を生じるおそれがあります。外国債
券は、為替相場の変動等により損失が生じるおそれがあります。
(著作権について)
・ 本資料は当社の著作物であり、著作権法により保護されております。当社の事前の承諾なく、本資料の全部もしく
は一部引用または複製、転送等により使用することを禁じます。
Copyright 2016 Mitsubishi UFJ Morgan Stanley Securities Co.,Ltd. All rights reserved.
〒100-0005 東京都千代田区丸の内二丁目 5 番 2 号 三菱ビルヂング
三菱 UFJ モルガン・スタンレー証券株式会社 投資情報部
(商号等)
三菱 UFJ モルガン・スタンレー証券株式会社 金融商品取引業者 関東財務局長(金商)第 2336 号
(加入協会) 日本証券業協会、一般社団法人日本投資顧問業協会、一般社団法人金融先物取引業協会、
一般社団法人第二種金融商品取引業協会
投資情報部
東京都千代田区丸の内 2-5-2
三菱ビルヂング