兜町への効果が減衰した日銀の緩和政策

藤戸レポート
兜町への効果が減衰した日銀の緩和政策
2016 年 2 月 8 日
強力な投薬を実施した黒田日
銀
「金融緩和手段に限界はない」
日銀緩和策の振り返り
晩年のマイケル・ジャクソンは、度重なる整形手術に伴う痛みから逃れる
ために、数多くの鎮痛剤、催眠剤を使用していたと言われる。裁判の過程
で名前が出た薬剤だけでも、プロポフォール(麻酔・鎮静剤)、ロラゼパム
(抗不安薬)、ミダゾラム(麻酔薬)、ジアゼパム(抗不安薬・催眠鎮静薬)、オ
キシコンチン(鎮痛薬)、メペリジン(麻薬性鎮痛剤・商品名デメロール)等々
がある。鎮痛剤の一覧表の如き凄さだが、1997年にはデメロールの歌
「Morphine」まで作っている。ロサンゼルス検視当局は、死因をプロポフォー
ルとロラゼパムの複合使用と公式発表し、主治医は過失致死で禁固4年の
有罪判決となった。過剰な薬物投与が、天才マイケル・ジャクソンの生命を
奪ったのだ。エピローグは、悲惨な物語だった。
黒田日銀総裁は、「消費者物価 2%」の目標を掲げ、「あらゆる手段を使っ
てデフレ脱却を実現する」と繰り返し宣言している。金融緩和手段が限界に
近づいているとの見方に対しても、「とても違和感のある表現だ。果たすべ
き目的のために必要であれば、新しい手段や枠組みを作って行けばよい」
と高らかに宣言している。投資家にとっては、極めて頼もしい発言だ。債券
関係者の中でも、「いずれ 10 年国債利回りもマイナスになる」との強気節が
出ている。確かに、新発 10 年国債利回りは、2/5 に一時 0.020%にまで低
下する局面があった(グラフ 1)。黒田総裁は、「必要なら量・質・金利の 3 つ
の次元で躊躇なく追加緩和を講じる」と表明しており、日銀参与の河合正弘
氏も「マイナス金利には原則として下限はない。いくらでもやろうと思ったら
できる。マイナス 1%まで行ってもおかしくない」と述べている。もし、そうであ
るならば、10 年国債利回りがマイナスになるのも時間の問題となる。しかし、
多くの投資家は、「たとえ 10 年国債利回りがマイナスになることはあっても、
未来永劫に続くはずがない。その後の反動は、峻厳かつ無惨なものになる
のが避けられない」と警戒している。これは、リスクに対する根源的な防御本
能と言っても良い。
過去の黒田日銀の緩和策を振り返って見よう(表1)。
① 2013年4月4日異次元緩和・・・マネタリー・ベース年間60~70兆円
増、長期国債を年50兆円枠の買入。デュレーションを3年弱から7年
程度へ。ETF(上場投信)年1兆円・J-REIT同300億円の買入。
② 2014年10月31日追加緩和・・・マネタリー・ベース年間80兆円増、長
期国債を年80兆円枠の買入。デュレーションを7年~10年程度へ。
ETF年3兆円・J-REIT同900億円の買入。
③ 2015 年 12 月 18 日「補完措置」・・・デュレーション 7 年~12 年程度
へ。設備・人材投資に積極的に取り組んでいる企業に ETF3,000 億円枠を
付加。 次第に強い「クスリ」を用いていることが明瞭だ。
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。
2016 年 2 月 8 日
ストラテジー
マーケット分析
(グラフ 1)
日銀のマイナス金利政策で
長期金利が 0.020%に低下
(%)
新発10年国債利回り推移
0.700
(出所)BloombergのデータよりMUMSS作成
0.545%
(6/11)
0.600
0.500
日銀、マイナス
金利政策発表
(1/29)
0.400
新発10年国債利回り
0.300
0.200
0.100
0.020%
(2/5)
0.000
2015/4
2015/5
2015/7
2015/9
2015/11
2016/1
(表 1) 【日銀のマネタリーベースの目標とバランスシートの見通し】
日銀の緩和策推移
12年末
13年末
14年末
見通し
13/4/4~年間増加 14/10/31~年間増
(見通し)
ペース(QQE1)
マネタリーベース
138
202
275
60-70兆円
(バランスシート内訳)
長期国債
平均残存期間
CP等
社債等
ETF
J-REIT
貸し出し支援基金
89
n.a.
2.1
2.9
1.5
0.11
3.3
142
3年弱
2.2
3.2
2.5
0.14
13
200
7年程度
2.2
3.2
3.8
0.18
18
50兆円
(実績)
資産計
(実績)
158
224
297
87
47
90
107
93
177
銀行券
当座預金
1兆円
約300億円
加ペース(QQE2)
約80兆円
約80兆円
7-10年程度
残高維持
残高維持
約3兆円
約900億円
(単位:兆円)
16/1/1~年間増加
ペース
約80兆円
約80兆円
7-12年程度
残高維持
残高維持
約3.3兆円*
約900億円
*補完措置(15/12):
設備・人材投資に積極
的な企業のETFを3000
億購入(16/4~)⇔日
銀保有の株式(=金融
機関が保有していた株
式)の売却開始3000
億円
(出所)日銀のデータをもとにMUMSS作成
株式市場へのインパクトを検
証
この日銀の緩和策が、株式市場に与えたインパクトを検証してみよう。
① 異次元緩和・・・日経平均は4/4安値12,075円から5/23高値15,942
円まで3,867円高・+32.0%。5/23の東証一部売買代金は、空前の
大商いで5兆8,376億円をマーク。5月の1日当たり売買代金も3兆
6,047億円を記録した。名実ともにアベノミクス相場の全盛期であり、
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。
2
2016 年 2 月 8 日
ストラテジー
マーケット分析
ほぼ全面高を記録した。しかし、バーナンキ前FRB(連邦準備制度
理事会)議長のtapering(量的緩和政策の段階的縮小)示唆で、外
国人が大量売りに転じ、急反落となった。日経平均は6/13安値
12,415円まで3,527円安・▲22.1%である。ほぼ全値押しになった点
に注目すべきだ。
② 追加緩和・・・日経平均は10/31安値15,817円から12/8高値18,030
円まで・2,213円高+13.9%。その後、日経平均は外国人の利益確
定売りで、2015年1/16安値16,592円まで売られた。1,438円安・▲
8.0%の調整を見せた。そこからは、企業業績の好調さを評価して、
6/24高値20,952円まで上昇トレンドを描いたのは御存知のとおり
だ。しかし、中国の想定を上回る減速、上海株の暴落で、9/29には
安値16,901円まで下落した。
③ 「補完措置」・・・12/18の政策発表後に、日経平均は一時19,869円・
前日比516円高まで買われる局面があったが、一転して売り込ま
れ、大引けは18,986円となった。当日の高値からは実に883円安で
ある。前日比でも367円安で、「補完措置」が株式相場のトレンドを
粉砕する形になった。その後は、新年以来の6連続安を始め、1/21
には16,017円まで売り込まれて苦悶している。
④ 「マイナス金利」・・・政策発表後、日経平均は12:46に17,638円・前
日比597円高まであったが、その後一転売られて13:19に16,767円
まで下落した。約30分で871円の急落である。為替が円安に振れた
こともあって、結局大引けは17,518円・前日比477円高で引けた。典
型的な「ジェット・コースター相場」である。2/1には17,905円まで上
昇したが、足下では17,000円割れとなっている(グラフ2)。
(グラフ 2)
株式市場が好感しなくなった
「補完措置」以降
(兆円)
(円)
日経平均と東証1部売買金額
55.00
50.00
24,000
日銀
追加緩和
(2013/10)
日銀
異次元緩和
(2013/4)
45.00
40.00
20952
(6/24)
日銀
補完措置
(2015/12)
22,000
20,000
18030
(12/8)
18,000
15942
(5/23)
35.00
16,000
日銀
マイナス金利
(2016/1)
30.00
日経平均
(右メモリ)
25.00
20.00
14,000
12,000
10,000
東証1部売買金額(左メモリ)
15.00
8,000
10.00
6,000
(出所) AstraManagerのデータをもとにMUMSS作成
5.00
2013/1
2013/7
2014/1
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。
3
2014/7
2015/1
2015/7
2016/1
4,000
2016 年 2 月 8 日
ストラテジー
マーケット分析
鎮静効果は一時的
黒田日銀の超緩和政策を振り返ると、株式市場の反応では、①が最も効
果的だったが、次第に勢いをなくしているのが鮮明だ。特に、本格的な緩
和政策ではない「補完措置」に至っては、トレンドをぶち壊している。今回の
「マイナス金利」にしても、今のところ効果は約 2 営業日で、メディアが大騒
ぎした割には明瞭なプラス効果が顕現していない。マイケル・ジャクソンの
主治医が、次第に強いクスリを投入したにもかかわらず、痛みが去るのは一
時的で、安寧な睡眠が訪れることがなかったのと同様な現象だ。
「日銀プレイ」に集結する内
外の投機筋
兜町を席巻する「日経レバレッ
ジ軍団」
(表2)
しかも注目すべきは、最も効果的だった①も、バーナンキ tapering で色
褪せてしまい、ほぼ全値押しとなった事実だ。②にしても、中国減速や原油
下落に伴うグローバル・マネーフローの変化には抗し得なかった。いわんや
「補完措置」や、今回の「マイナス金利」に至っては、「クスリが効いたのか否
か」という確認さえ難しい。明瞭に言えるのは、グローバルに打撃を与えるよ
うなネガティブ材料に対しては、日銀の緩和政策が一瞬の痛み止め機能し
か有していないことだ。少なくとも、株式市場からは、その事実を指摘でき
る。さらに重要なことは、日銀の緩和政策自体が、株式市場のボラティリティ
を上げていることだ。これは、①~④に共通している。つまり、投機筋にとっ
ては、日銀の政策発動が格好の稼ぎ場になっている。しかも、クスリの効果
が短期間になりつつあることから、思惑でロング(買い)から入り、効果一巡
と見ればショート(売り)で「一粒で二度おいしい」トレードが可能である。1
日で数百円の乱高下が常態化したマーケットとなれば、良質なマネーは敬
遠することになる。日銀緩和に絡んだ売買は、CTA(商品投資顧問)に象徴
されたヘッジファンドと、「日経レバレッジ投信」をアイテムとした国内投機筋
の独断場と化しつつある。
抽象的な文言よりも、以下の表を御覧いただこう。(表2)
日付
日経先物売り枚数
日経先物買い枚数
差引枚数
日経平均騰落(円)
1月18日
1月19日
1月20日
1月21日
1月22日
1月25日
1月26日
1月27日
1月28日
1月29日
2月1日
2月2日
2月3日
5,832
3,911
9,354
7,856
4,291
3,509
8,795
4,217
5,280
5,501
2,556
4,530
10,408
3,973
5,013
4,750
6,082
12,937
5,471
3,513
8,763
2,841
9,723
5,712
2,496
4,256
-1,859
1,102
-4,604
-1,774
8,646
1,962
-5,282
4,546
-2,439
4,222
3,156
-2,034
-6,152
-191
92
-632
-398
941
152
-402
455
-122
476
346
-114
-559
*出所 QUICKデータをもとにMUMSS作成 これは国内大手A証券の日経平均先物の手口である。もちろん、機関投
資家のヘッジ売買や、裁定取引の売買等、多種多様な売買がこの中には
含まれている。しかし、昨夏から秋の急落局面で指摘したように、その多く
は、「コード1570 日経平均レバレッジ・インデックス連動型上場投信」にか
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。
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2016 年 2 月 8 日
ストラテジー
マーケット分析
かわる売買の可能性が濃厚である。昨年来で最大の人気商品であり、デイ
トレーダーが大挙して参戦しているものと思われる。「ウマクやれば 2 倍(ヤ
ラレも 2 倍)」という商品性格が、この乱高下相場にピタリ適合した。1/22 の
941 円高は、実に 8,646 枚の記録的な買い越しが主因だった(グラフ 3)。
(グラフ 3)
日経レバの大幅買い超しで
日経平均が+941 円(1/22)
日経平均と国内大手証券の先物売買動向
(枚)
32,000
(円)
20,000
(出所)AstraManagerのデータをもとにMUMSS作成
28,000
19,000
17905
(2/1)
24,000
18,000
20,000
日経平均(右)
17,000
16,000
12,000
16,000
8,000
15,000
国内大手証券
日経先物売買(左)
4,000
14,000
0
13,000
-4,000
-8,000
日経先物売買シェア4割に迫
るCTA
世界の中銀の緩和競争で出現
したモンスター
12/14
12/22
1/4
1/13
1/21
1/29
12,000
「マイナス金利」発動後も、1/29 に 4,222 枚、週明け 2/1 に 3,156 枚の
買い越しが、日経平均の各 476 円高、346 円高に直結している。そして
2/3 の▲6,152 枚の売り越しが、日経平均の 559 円安を招いているのだ。こ
の「レバレッジ軍団」の売買が、兜町を席巻していると言っても過言ではな
い。これに、御馴染み CTA が加わる。欧州系 B 証券の日経平均先物の売
買手口は、1/18~2/3 の間の平均で、日中全出来高の実に 37.7%を占めて
いる。「マイナス金利」が発動された 1/29 の B 証券の日経平均先物売買
も、売り 64,847 枚・買い 60,839 枚で、日中全出来高 168,219 枚に対する
売買シェアは、やはり約 37%に達している(表 3)。ナノセカンドで執行される
HFT(超高速高頻度取引)が、ウナリを上げて膨大な回数の鞘取りを行って
いるのだ。つまり、黒田総裁が高邁な金融政策の理念に基づいて発動した
崇高な政策は、日本軍のデイトレーダーと欧米ヘッジファンドのアルゴリズ
ム売買の投機材料に堕しているわけだ。これが、兜町の現実である。
英調査会社ブレキンによると、2015年末のヘッジファンドの全資産運用
額は3.2兆ドルに達したとのことだ。上場企業で最大のヘッジファンドである
英マン・グループの資産運用額は、昨年9月末時点で768億ドル(約9兆円)
である。非上場では、ブリッジウォーター・アソシエイツが昨年末で1,695億ド
ル(約20兆円)と膨大だ。世界の中銀が緩和競争に明け暮れた結果、こうし
たブロントサウルスのようなモンスターが生まれたのだ。そして、このモンスタ
ーの類がレバレッジを掛けたトレードを行えば、日経平均が1,300円上がっ
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。
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2016 年 2 月 8 日
ストラテジー
マーケット分析
(表 3)
連日で 40%前後の
先物売買を実施する欧州系証券
欧州系証券の日経平均先物売買動向
月日
日経平均
前日比
先物売り
先物買い
「慎重な様子見」に転じたFRB
合計
シェア
( %)
1/18
16,956
-192
33,133
34,296
1,163
67,429
39.1
1/19
17,048
93
31,952
33,591
1,639
65,543
40.4
1/20
16,416
-632
35,459
41,879
6,420
77,338
37.0
1/21
16,017
-399
43,789
44,681
892
88,470
37.2
1/22
16,959
941
44,142
38,838
-5,304
82,980
36.2
1/25
17,111
152
26,602
28,126
1,524
54,728
37.6
1/26
16,709
-402
22,365
24,558
2,193
46,923
35.8
1/27
17,164
455
27,600
24,802
-2,798
52,402
34.9
1/28
17,041
-122
24,769
24,419
-350
49,188
39.6
1/29
17,518
477
64,847
60,839
-4,008
125,686
37.4
2/1
17,865
347
32,625
31,858
-767
64,483
40.2
2/2
17,751
-115
24,790
23,932
-858
48,722
42.9
2/3
17,191
-559
32,212
34,444
2,232
66,656
35.6
2/4
17,045
-146
33,711
31,651
-2,060
65,362
41.4
23,252
206
46,298
36.6
16,820
-225
23,046
2/5
(出所)AstraManaagerのデータをもとにMUMSS作成
兜町にはクスリが効き難い
差引
たり、数百円下がったりするのは至極当然のことである。ブリッジウォーター
を率いるレイ・ダリオ氏の「ピュア・アルファ・ファンド」は、1975年以来の累積
利益で450億ドル(約5.3兆円)を稼いだとブルームバーグが報じている。ま
た興味深いのは、ダリオ氏がダボス会議で、「世界の市場には、非対称的
に下向きのリスクがある」と指摘したことだ。巨艦ファンドが、「非対称的に下
向きのリスク」に備えるとしたら、今後も相当な荒れ相場を覚悟しなければな
らないだろう。
おそらく、今後も黒田総裁は追加緩和策を折に触れて発動することだろ
う。しかし、今や兜町は、マイケル・ジャクソンの晩年のように、クスリが効き難
くなっている。株高効果は一両日から数日となれば、日米投機筋の思惑に
よる先回り買いと、戻り一巡後のショートで大荒れ相場が続くことになる。「限
界はない」とする総裁のことだから、さらに強い劇薬を投与する動きも出るか
もしれない。しかし、「その後」はいったいどうするのか?債券強気筋のよう
に 10 年債がマイナス金利となっても、長期にわたって継続することを想定
する投資家は僅少だろう。いずれ、「出口」に向かう日は訪れる。その時に
捌き方を誤れば、日本は再び「失われた 10 年」に向かおう。
タカ派的発言が懸念された FRB も、さすがに発言に慎重さが増してき
た。年初には、「年 4 回の利上げが妥当」と宣言していたフィッシャー副議
長も、「金融市場の混乱や中国の不透明感が金融状況を引締め、世界的
な景気減速に繋がる可能性がある。そうなれば、米国の成長やインフレにも
影響を及ぼすであろう」と軟化の姿勢が見え始めた。イスラエル中銀総裁時
代には、サブプライム・ローン問題に対して、主要国で最も早く利下げを実
施し、混乱収束後には最も早く利上げに転じた実績を持っている。フィッシ
ャー副議長の変わり身の速さは群を抜いている。また、ニューヨーク連銀の
ダドリー総裁も、「金融市場の混乱は、成長見通しへのリスクが変わる過程
を示唆しているのかもしれない。12 月 FOMC 時に比べて、金融状況は顕
著にタイト化している」と、ハト派的匂いが漂い始めた。もちろん、カンザスシ
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。
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2016 年 2 月 8 日
ストラテジー
マーケット分析
ティ連銀のジョージ総裁のように、「最近の金融の混乱は予期されたもので
あり、利上げを先送りする理由にはならない」と語るタカ派もいる。おそらく、
MLB のカンザスシティ・ロイヤルズが、昨年 30 年ぶりにワールド・シリーズを
制覇した酔いが、いまだに続いているのだろう。こうした例外を除けば、首
脳部の体制は、「慎重な様子見」に傾斜している。米国株が下値に抵抗力
を見せ始めたのも、FRB のハト化が寄与しているものと思われる。1 月の
ISM の非製造業景況指数が 53.5 に軟化したこともあり、リセッション状況の
製造業と合わせて勘案すると、FRB も変化せざるを得なかったのだろう(グラ
フ 4)。フェデラルファンド・レート(短期の政策金利)先物は、3 月の利上げ
確率を僅か 10%と見ている。それどころか、12 月限でさえ 0.505%であり、
「年内 1 回の利上げも怪しい」状況だ(2/4 時点)(グラフ 5)。
(グラフ 4)
ISM 非製造業景況指数も
鈍化傾向に
ドル/円相場は「元の木阿弥」
問題は、この米国の景況感悪化、長短金利低下が、「ドル安=円高」に
直結したことだ。日銀の「マイナス金利」発動前の 1/26 時点では、CFTC
(米商品先物取引委員会)が発表しているヘッジファンドのドル/円先物ポ
ジションは、50,026 枚の円買い越しだった(グラフ 6)。これは、2012 年 2 月
以来の久々の円ロングだった。そこに、「マイナス金利」発動で、一気に投
げを強制されたものと思われる。これが 1 ドル=121 円台まで円安に振れた
要因である。ところが、この急速なポジション調整が終わると同時に、米景気
の鈍化、FRB のスタンス変化の兆候が現出したのだ。「マイナス金利」発動
1 週間で、再び 116 円台に回帰してしまった。株式と同様に、日銀の主治
医の投薬は、一時的な安息を与えるだけだった。2013 年 5/1 以降の日経
平均をドル建てで見ると、下値 135 ドル前後、上値 160 ドル台の巨大なボ
ックス圏を構成していることが分かる(グラフ 7)。平均軸は 150 ドルで、昨春の
高値はオーバー・シュートだった。外国人は 2013 年に 15 兆円の日本株大
幅買い越しだったが、足下は大幅売り越しで短期以外は儲け難い相場だ。
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。
7
2016 年 2 月 8 日
ストラテジー
マーケット分析
(グラフ 5)
FF 金利先物からみると
3 月利上げ確率は 10%
(%)
FF金利先物からみた利上げ確率
120.0
(出所)BloombergのデータをもとにMUMSS作成
2016年12月限月
100.0
80.0
60.0
40.0
46.2%
(2/4)
2016年3月限月
20.0
10.0%
(2/4)
0.0
2015/1
2015/3
2015/5
2015/7
2015/9
2015/11
2016/1
(グラフ 6)
マイナス金利による円安は
円ロングの一時的な処分売り
リセッションが危惧される日
本
年初来の株価下落要因は、中国減速・上海株の混乱や原油価格下落に
伴うグローバル投資マネー・フローの変化で説明できた。東証の投資主体
者別売買動向(1 月)では、外国人が現物株式▲1 兆 556 億円・株式先物
▲1 兆 1,647 億円で、実に▲2 兆 2,203 億円の売り越しだ。12 月第 1 週か
らは、既に総計▲4 兆 2,073 億円の莫大な売り越しである(表 4)。日経平
均が 16,000 円台に下がるのも、ある意味当然だろう。しかし問題は、こうした
海外要因だけではなく、日本の景気、企業業績の劣化が株安の要因として
機能し始めたことだ。12 月の全世帯消費支出は前年比▲4.4%、12 月の実
質賃金は▲0.1%で、「賃金上昇による消費の自律的回復」シナリオは挫折し
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。
8
2016 年 2 月 8 日
ストラテジー
マーケット分析
(グラフ 7)
ボックス圏で推移する
ドルベース日経平均
(ドル)
日経平均(ドルベース)の推移
180.0
169.04
(2015/4)
170.0
日経平均(ドルベース)
160.0
150.0
140.0
137.15
(2016/1)
136.89
(2014/4)
130.0
120.0
(出所)AstraManagerのデータよりMUMSS作成
110.0
2013/1
(表 4)
外国人投資家の売り越し
4 兆円超(12 月~1 月)
2013/7
2014/1
2014/8
2015/2
2015/9
2016/3
外国人投資家の売買動向 (億円)
年月日
N225
先物
現物
TOPIX
先物
N225
先物
( ミニ)
TOPIX
先物
( ミニ)
JPX4 0 0
先物
先物計
現物先物
合計
2015/12/4
780
-599
-2,447
-1,342
4
-8
-4,392
-3,612
2015/12/11
82
-2,820
-8,248
-588
-12
-129
-11,797
-11,714
2015/12/18
-330
-621
-1,140
519
-4
-161
-1,407
-1,737
2015/12/25
-216
-761
-1,591
-256
-26
-251
-2,885
-3,101
2016/12/30
14
-190
168
375
4
-76
280
294
2016/1/8
-4,471
-3,709
-1,824
48
-32
25
-5,493
-9,964
2016/1/15
-2,109
-1,648
-3,076
-402
-12
-1
-5,139
-7,248
2016/1/22
-1,902
1,821
-2,579
424
-14
-78
-427
-2,329
2016/1/29
-2,073
-1,022
523
-48
0
-41
-588
-2,662
-10,226
-9,550 -20,214
合計
(出所)東証、大証のデータをもとにMUMSS作成
-1,271
-92
-721
-31,847
-42,073
ている(グラフ 8)。一方、設備投資の先行指標である工作機械受注は、昨年
12 月で前年比▲25.7%に落ち込んでいる。特に、昨春には 4 割以上の伸
びを見せていた内需が、12 月には▲11.6%と急減速だ。鉱工業生産も出荷
が鈍化して在庫が増えるトレンドに変化はない。個人消費、生産が停滞し、
設備投資が先送りとなれば、リセッションが危惧される状況だ。10~12 月期
の実質 GDP 成長率予想は、前期比年率▲0.7%に沈んでいる。
「最も暗い時が買い」
唯一の期待材料であった企業業績も、急速に下方修正が進んでいる。
日経新聞によれば、64.3%の企業の決算発表段階で、2016/3期の純利益
は▲0.3%の減益だ。昨秋の二桁増益予想は消失してしまった。日経平均の
EPS(一株当り利益・2/5時点)も1,137円に下落している。昨秋比約130円の
下振れだ。したがって、セオリーのサポートラインである予想PER14倍が、
15,918円にまで低下している。しかも、業績モメンタムはさらなる下振れであ
り、最終的には一段の下値余地が出る恐れもある。今期がこの状況では、
来期見通しも企業経営者が強気に転じるとは思えない。おそらく、横ばいか
期初には減益予想となるかもしれない(グラフ9)。
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。
9
2016 年 2 月 8 日
ストラテジー
マーケット分析
(グラフ 8)
賃金上昇による
消費の自律的回復は困難に
(%)
実質賃金と消費支出(前年同月比)
10.00
消費支出
8.00
実質賃金
実質賃金
▲0.1%
(2015/12)
6.00
4.00
2.00
0.00
2.00
4.00
6.00
10.00
▲10.6%
(2015/3)
(出所)BloombergのデータをもとにMUMSS作成
12.00
2008
(グラフ 9)
企業利益予想の下方修正と
株価下落が同時進行
消費支出
▲4.4%
(2015/12)
▲8.2%
(2011/3)
8.00
2009
2010
(円)
2011
2012
2013
2014
2015
2016
日経平均と予想EPSの推移
1,900
(円)
(出所) AstraManagerのデータをもとにMUMSS作成
20952
(6/24)
1,800
20012
(12/1)
1,700
23,000
21,000
1,600
19,000
日経平均(右)
1,500
17,000
16901
(9/29)
1,400
1,300
1,200
1175
(11/30)
16017
(1/21)
15,000
予想EPS(左)
13,000
1,100
1,000
2015/4
藤戸 則弘
投資情報部長
1137
(2/5)
11,000
2015/5
2015/7
2015/8
2015/10
2015/12
2016/2
日本株を取り巻く環境は、容易ではない。しかし一方では、夏に選挙を
控えた安倍総理や菅官房長官が、この状況を傍観するとも思えない。おそ
らく、強力な景気対策を構築し、場合によれば日銀の主治医がさらなる投
薬を行う可能性もあろう。金融政策だけでは機能不全でも、財政政策との両
輪が揃えば、「総合景気対策」として株式市場にも効くはずだ。3 月メジャー
SQ 後には、「神の見えざる手」が株高で作用するものと思われる。GPIF も、
3 月本決算接近を強く意識していることだろう。状況が容易ではないのは百
も承知だ。しかし、四面楚歌の項羽の下に、春風と共に援軍が到来する希
望はある。ファンドマネージャー時代の経験論でも、「最も暗い時が買い」だ
った。したがって、下値メドを 16,000 円割れとし、16,500 円前後から買い下
がるスタンスを継続したい。徹底した逆張りで、先般のような急騰局面では、
評価益を実現益に振り替える作業も忘れずに。
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。
10
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