主要国によるゼロ金利政策への回帰 (2016/2/19)

MARKET INSIGHTS
Market Bulletin
2016年2月19日
G20を前に政策協調の声が高まる:
主要国によるゼロ金利政策への回帰
要旨
• 20ヵ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議を前に、当局や市場関係者
からは、政策協調を求める声が上がっている
• 実際には、新たな政策協調など必要ない。必要なのは、元の国際的な政策
協調への回帰である。そうした協調からの離脱を考えれば、なぜ今、世界
景気が鈍化し、米国の利上げが困難に見え、緩和競争との批判が高まっ
ているのかについても、すべて説明がつく
• たとえ協調が実現困難でも、引き続き、為替レートの変動に注意が必要
G20を前に政策協調の声が高まる
今月下旬に上海で開かれる予定の20ヵ国・地域(G20)財務相・中央銀行総
裁会議を前に、当局や市場関係者からは、政策協調を求める声が上がってい
ます。
この点に関し、筆者は、特段の新しい政策協調など必要ないと考えています。
Yoshinori Shigemi
なぜならば、実のところ、既に国際的な政策協調の枠組みがあり、主要国は
Global Market Strategist
Market Insights
長年、これを実施してきたと考えられるためです。それは、かつてのプラザ合
意やルーブル合意といった一時的な協調ではなく、永続的な協調とも位置付
けられるものです。
ここ1年余りにわたって、そうした協調から離脱する国が出ているために、金融
市場は混乱している可能性があります。もう少し考えを巡らせれば、主要国の
当局者は、自分たちで創り出した協調の枠組みについて感知していないため、
現在、その協調から離脱してしまっていると言えるかもしれません。
そのような協調の存在を仮定し、そこからの離脱を考えれば、なぜ今、世界景
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気が鈍化し、米国の利上げが困難に見え、緩和競争との批判が高まっている
のかについても、すべて説明がつきます。
MARKET BULLETIN | FEBRUARY 19, 2016
なぜ、世界経済は困難に直面しているのか
最初に、「国際金融のトリレンマ」という言葉を説明します。難しいものでは
ありません。これは「不可能な三角形」とも呼ばれ(→下図を参照)、
 「資本の自由な移動」(→国際間の投資資金の自由な移動)
 「独立した金融政策」(→政策金利の自由な上げ下げ)
 「為替相場の安定」(→固定為替相場制度)
の3つは、同時に達成できないというものです。この中で、2つ選ぶと、残り
の1つをあきらめなくてはなりません。例を挙げます。
【例1】 例えば、「固定相場制(例えば、米ドルとのペッグ)」と「独立した金
融政策」を望むとします。それは、為替相場の水準を(例えば、米ド
ルと)固定しつつ、国内の政策金利を自由に動かすということです
から、自国と他国の間の資本の流れを規制・遮断する(=「自由な
資本移動」をあきらめる)必要が生じます。
そうでなければ、低い金利の国で資金を借り、高い金利を持つ国で
運用をし、為替リスクなしで(→固定相場制)、金利差を稼ぐことが
できてしまいます。最後の部分を一般に、裁定機会と呼びますが、
この裁定機会に基づく資本の過剰な流出入を避けるために、「自由
な資本移動」をあきらめる(=資本規制を導入する)必要が生じる
わけです。「固定相場制」と「独立した金融政策」を持つ代表的な国
としては、(昨年までの)中国が挙げられます。
【例2】 あるいは、「自由な資本移動」と「固定相場制」を望めば、自国金利
と外国金利の間で鞘取り(上記の裁定機会)が生じる結果、国内の
金利は為替ペッグ先の金利と等しくなります。香港がその例です。
参考図表1:国際金融のトリレンマ(不可能な三角形)
参考図表1:国際金融のトリレンマ
自由な資本移動
例:香港
例:米国
中国が目指す方向
固定為替相場制度
例:(昨年までの)中国
出所:J.P.モルガン・アセット・マネジメント
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独立した金融政策
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認識されていない政策協調と、そこからの離脱
【例3】 そして、日本や米国などの多くの先進国については、標準的な教
科書では、「自由な資本移動」と「独立した金融政策」を目指す結果、
「為替相場の安定」をあきらめている(=変動為替相場制度を採用
している)とされます。
上の【例3】は本当でしょうか。この問いを言い換えると、次のようになります。
 「なぜ、世界景気が鈍化し、米国の利上げが困難に見え、緩和競争の
色彩が強まっているのか」
それは、トリレンマに戻れば、各国が「自由な資本移動」と「為替相場の安
定」(実際には「物価の安定」)を目指す結果、「独立した金融政策」を失っ
ているためだと考えられます。逆に言えば、各国は金融政策で政策協調を
行っているということです。
この仮説の下に、最近になって、そうした協調から離脱する国が出ていると
考えれば、先に述べた最近の事象はすべて説明することができます。
参考図表1(再掲):国際金融のトリレンマ(不可能な三角形)
自由な資本移動
例:香港
例:米国
中国が目指す方向
固定為替相場制度
例:(昨年までの)中国
出所:J.P.モルガン・アセット・マネジメント
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独立した金融政策
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知らず知らずのうちの政策協調
過去を見れば、日米欧の金融政策の方向性が最後に異なったのは、1994
年です。1995年以降、最近までは、日米欧の政策金利の方向性は時間差
こそあったものの、概ね同じでした。米国が利上げをすれば、やがて欧州
や日本がこれを追いかけ、利下げについても同様でした。
つまり、結果だけを見れば、金融政策で政策協調が行われていたと言え、
極論すれば、各国は独立した金融政策を放棄していたと言い換えられます。
しかしながら、おそらくは特に米国と中国の当局者にそうした認識がないた
めに、経済規模で世界第1位と第2位の大国は、世界経済の総需要(=景
気)が低迷して協調緩和が必要なときに、引き締めを行っている可能性が
あります。
すなわち、冒頭のトリレンマと金融政策に関する国際協調の仮説が正しい
かどうかは、主要国の金融政策にかい離が見られる今になって、ようやく
検証されていると言えるのです。
参考図表2:1995年以降日米独(のちに日米欧)の政策金利の方向性は、時間差こそあれ、概ね同じであった
出所:Guide to the Markets 2016年第1四半期版12ページ、J.P.モルガン・アセット・マネジメント
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世界経済が1つになっているという仮定
いわゆる「グローバリゼーション」の結果、世界経済が統合され、1つだと仮
定してみます。このとき、政策金利は1本になります。言い換えれば、各国
間で金融政策が協調されている状態です。さらに、トリレンマを考えれば、
金融政策が協調される結果、為替レートは安定化します(→より厳密に考
えたい場合には、世界経済が1つに近づきつつあり、金融政策は緩和・引
き締めの方向性で国際的に協調していると考えればよいでしょう)。
そして今、その世界経済の総需要が鈍化しているとします。したがって、金
融政策は「緩和」が適切な政策対応であり、適切な政策協調になります。こ
のとき、ある地域が利上げを行うと、平均化された政策金利(世界金利のよ
うなもの)は上昇し、世界経済の総需要は引き締め圧力を受けます。他の
地域が、別の地域での(意図せざる)利上げに適切な政策対応を実施する
ならば、総需要の抑制を防ぐため、自分たちの政策金利を(同時に)引き下
げることで、ある地域の利上げによって上昇する世界金利を引き下げようと
試みることになります。
結果、引き締めを行った地域の通貨は上昇し、景気は下押し圧力を受けま
す。これは、他の地域(あるいは世界全体の)の総需要の低迷に、「アリジ
ゴク」的に引き込まれるような状況と言えます。
参考図表3:ドル高が生じ(下段)、米国の生産は伸びが鈍化した(上段)
出所:Guide to the Markets 2016年第1四半期版26ページ、J.P.モルガン・アセット・マネジメント
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『緩和競争』という批判の裏側
さらには、貯蓄と投資をバランスさせる自然利子率(実質均衡利子率)が大
きなマイナス水準にまで落ち込んでいるとします。すなわち(せめて)各国
がゼロ金利で協調することが望ましい状況です。こうした状況にもかかわら
ず、そこからゼロを上回る水準に政策金利を引き上げる地域があれば、他
国は平均化された政策金利(世界金利)をゼロに戻すために、マイナス金
利を目指すことになります。
結果、引き下げを行う地域は、たとえそれが世界の景気動向を考える上で
は適切な対応であったとしても、「緩和競争」の批判を受けます。
参考図表4:『緩和競争』と呼ばれて久しい(左図)。ドル高が進んでいる(右図)。
参考図表3:人民元の騰落率
出所:Guide to the Markets 2016年第1四半期版14ページ、J.P.モルガン・アセット・マネジメント
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モノや資本の移動は進み、物価目標を共有する①
理論的に確認してみると、
 資本移動が自由であり、結果として、資本の実質収益率が等しくなり、
 期待インフレ率が同じならば、
 為替相場の期待変化率はゼロになります。
つまり、上記1点目の自由な資本移動と、3点目の為替相場の安定を望む
ならば、トリレンマから、独立した金融政策をあきらめることになります。
次に、実証的に確認してみます。モノの自由な移動については、オランダ
経済政策分析局のデータに基づけば、世界の鉱工業生産に対する世界の
貿易の比率はデータの取得できる1991年以降、安定して上昇していました。
言い換えれば、生産の拡大を上回る貿易の拡大が続きました。
しかし、この比率は2007年以降、最近まで、世界金融危機の局面を除けば、
横ばいになっており、世界貿易の拡大は、生産(実体経済)の拡大の範囲
に留まっています。中国を含む新興国経済は既に、貿易を通じて、世界経
済に取り込まれてしまっている可能性があります。言い換えれば、モノの移
動は自由度が増しているということです。
参考図表5:世界の貿易量(対鉱工業生産)
1.2
生産量と貿易量が同じ伸び
1.1
1.0
生産量よりも貿易量が拡大
0.9
0.8
0.7
0.6
0.5
'91
'93
'95
'97
'99
'01
'03
'05
'07
'09
'11
'13
'15
出所:オランダ経済政策分析局、J.P.モルガン・アセット・マネジメント
注:貿易量、生産量それぞれ2005年=100。したがって、貿易/生産比率は2005年≒1.0。
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モノや資本の移動は進み、物価目標を共有する②
次に、資本の実質収益率については、実質金利を確認してみます。各国の
10年国債利回りを、コアインフレ率(食品およびエネルギーを除く総合指数
の伸び率)で実質化すると、実質金利は均等化しており、資本の移動は自
由になっていることが確認できます。また、中国政府は、資本の自由な移
動を志向し、市場の力に委ねる中で、資本流出が生じ、外貨準備が減少し
ています。
最後に、各国の期待インフレ率については同じとは言い難いですが、現状、
各国がほぼ共通した水準でインフレ目標を定めていることは明らかです。
したがって、モノと資本の自由な移動が進み、ほぼ共通のインフレ目標を
有する限り、金融政策の協調はむしろ自然なことと言えます。
参考図表6:実質金利の推移
5%
4%
米国
ユーロ圏
日本
3%
2%
1%
0%
-1%
-2%
'97 '98 '99 '00 '01 '02 '03 '04 '05 '06 '07 '08 '09 '10 '11 '12 '13 '14 '15 '16
出所:Bloomberg、米労働統計局(BLS)、欧州統計局(ユーロスタット)、日本総務省、
J.P.モルガン・アセット・マネジメント
出所:Guide to the Markets 2016年第1四半期版14ページ、J.P.モルガン・アセット・マネジメント
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緩和が必要なときに、米国のみならず、中国も引き締め
では、現在の局面では、引き締めと緩和のどちらが適切なのでしょうか。筆
者は、緩和が必要と考えています。
世界の生産の伸び率は鈍化傾向にあります。再び、オランダ経済政策分
析局のデータに基づけば、世界の生産の伸び率は、2014年2月に前年同
月比3.7%でピークを打ち、直近2015年11月には1.2%まで鈍化しています。
過去を見れば、世界の生産の伸びと米国の金融政策の方向性は同じであ
り、今は緩和が必要な局面であると考えられます。
世界経済の成長鈍化は、実体経済の自然な循環や中国経済の構造調整
にもよると思われますが、米国と中国の引き締めが効果を持つ裏側で、日
本や欧州の量的緩和やマイナス金利政策が所期の効果を発揮できずにい
ることも大きいと考えられます。
中国で引き締めというと意外に感じられる方がいらっしゃるかもしれません。
 実際には、中国人民銀行(中央銀行)のバランスシートは外貨準備の取
り崩しによって縮小しています。
 また、特に生産者物価で実質化した1年物の貸出基準金利(つまり、実
質政策金利)は10%を超えています。
 さらには、外貨準備の取り崩しから明らかなように、人民元を強めに誘
導しています。
以上、3つの点で、経済規模で世界第2位の中国は引き締めを行っている
のです。
参考図表7:中国人民銀行のバランスシート(単位:兆元)
参考図表8:中国の実質政策金利
12%
40
10%
35
8%
30
6%
25
4%
20
2%
0%
15
-2%
10
-4%
5
0
-8%
'03 '04 '05 '06 '07 '08 '09 '10 '11 '12 '13 '14 '15
出所:中国人民銀行、J.P.モルガン・アセット・マネジメント
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貸出金利マイナスPPIインフレ率
預金金利マイナスCPIインフレ率
-6%
'03 '04 '05 '06 '07 '08 '09 '10 '11 '12 '13 '14 '15
出所:中国人民銀行、中国国家統計局、
J.P.モルガン・アセット・マネジメント
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主要国による「ゼロ金利政策への回帰」が適切
求められるのは、元の政策協調の枠組みに戻ることでしょう。
本来ならば、潜在成長率の違いを反映して政策金利の水準にも違いが生
じるため、金融政策の(水準ではなく)方向性のみで協調することが適切な
はずです。
しかし、実質金利が大幅なマイナスと想定され、現金貨幣の退蔵にペナル
ティが付かない以上(→マイナス金利政策の効果が限定される以上)、主
要国の金融政策は「世界景気が明確に過熱するまで、ゼロ金利を維持す
る」ことで統一すべきだと思われます。理論的には、限界が意識される量的
緩和も停止できるはずです。
また、ゼロ金利政策への回帰は、バラバラに行っては意味がありません。
例えば、3月の米連邦公開市場委員会(FOMC)で、米連邦準備制度理事
会(FRB)が政策金利を単独でゼロに戻したとしても、金融市場は日銀や
欧州中央銀行(ECB)に対してさらなる利下げの圧力をかけるでしょう。そ
れは際限のない緩和競争を呼ぶのみです。したがって同時に、ゼロに据え
置くと表明することが適切と考えます。
参考図表9:主要中央銀行のバランスシート(対名目GDP)
80%
日本
中国
70%
ユーロ圏
米国
60%
50%
40%
30%
20%
10%
0%
'03 '04 '05 '06 '07 '08 '09 '10 '11 '12 '13 '14 '15
出所:米経済分析局、米連邦準備制度理事会(FRB)、欧州統計局(ユーロスタット)、
欧州中央銀行(ECB)、日本総務省、日本銀行、中国国家統計局、中国人民銀行、
J.P.モルガン・アセット・マネジメント
注:中国の名目GDPについては、季節調整・年率化の上、比率を算出。
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協調が難しくとも、引き続き為替レートの変動に注意
為替レートを考えると、日欧にとっては、為替レートが短期的にオーバー
シュートする(金利をマイナスからゼロに戻す分、円高・ユーロ高になる)こ
とで、不都合が生じるかもしれません。しかし、やがて均衡する為替レート
が主要各国にとって同程度に緩和的で、同程度に引き締め的な水準と考
えられます。
残念ながら、実際には、そうした政策協調は実現が困難との見方が支配的
と見られます。
しかし、金融政策では抗うことが難しい、実体経済の力(方向性、つまり米
国と中国の景気鈍化)は、為替レートをそのような方向に導く恐れがありま
す。つまり、ドルや人民元が下落し、円やユーロが上昇する方向です。
日本の投資家は引き続き、ドル安や円高に注意が必要だと考えます。
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