戦鬼絶叫ノイズギアA ネク ︻注意事項︼ このPDFファイルは﹁ハーメルン﹂で掲載中の作品を自動的にP DF化したものです。 小説の作者、 ﹁ハーメルン﹂の運営者に無断でPDFファイル及び作 品を引用の範囲を超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁 じます。 ︻あらすじ︼ ││少女はその日、再び青年と出会った。 導いたものは歌。繋いだものも歌。 ずっと、きっと、もっと、導き繋ぐべき歌。 少女はその歌を、青年と紡いだ。 ※わかりにくい描写や細かい設定は活動報告で随時更新します。 もしも﹁ここがわからない﹂というところがあれば、 活動報告にてお気軽にお問い合わせください。 ︵メッセ・感想欄での質問もお待ちしております︶ 守られた約束│再会│ ││││││││││││││││││ すべてのはじまり│悲劇│ ││││││││││││││││ 1 目 次 力と心│指切│ │││││││││││││││││││││ 4 巡り廻る意図│錯綜│ ││││││││││││││││││ 眠る二人を見守る者たち│仲間│ │││││││││││││ 本当に守りたいもの│平穏│ │││││││││││││││ フルムーン│救済│ │││││││││││││││││││ 始まりの事件│異変│ ││││││││││││││││││ 与えられるもの│邂逅│ │││││││││││││││││ 生きるために必要なこと│生活│ │││││││││││││ 新たな旅立ち│終焉│ ││││││││││││││││││ 信じたいという願い│別離│ │││││││││││││││ 交わした約束│変身│ ││││││││││││││││││ 9 15 21 28 32 40 45 54 60 65 70 すべてのはじまり│悲劇│ ﹄ ﹄ たとえ 詠一さんを置いて行くなんて、わたしは││ッ ﹃ここは私に任せて逃げろ、セレナ ﹃嫌ですッ ﹄ ﹃大丈夫だ。君が私を信じてくれる限り、私は負けないッ 相手が、抗い難い災厄であってもッ ││半年前、米国連邦聖遺物研究機関﹃F.I.S.﹄にて、生体型 聖遺物﹃ネフィリム﹄の起動実験が行われた。 ﹁なぜ﹂や﹁なんのために﹂という、小難しくて面倒なところを省いて 結果論だけにまとめてしまえば、その実験は失敗に終わった。 ネフィリムの暴走。すべては、それが原因だった。 ﹃F.I.S.が管理するレセプターチルドレンの中で、狭義にて﹃適 合者﹄と称される少女││セレナ・カデンツァヴナ・イヴの活躍によっ て、その騒動はひとまずの終結を迎えた﹄という、飾られた筋書き。 確かに彼女の活躍によって救われた命があるのは、偽りではない。 しかし、いや⋮⋮加えて、飾られた言葉に隠されたもう一人の﹁英雄﹂ がいたことも、また事実。 ただ、人並み外れた格闘技術があったというだけの、普通の人間で はあるが⋮⋮彼がいなければ、彼がネフィリムを鎮静化していなけれ ば、続くノイズによって被害はさらに甚大なものになっていたに違い ない。 ﹂ ﹁いやだよ⋮⋮もう会えないなんて、わたしは嫌だよ⋮⋮。会いたい えいいち よ⋮⋮詠一さん⋮⋮ ◆ ⋮⋮、⋮⋮ ⋮⋮⋮⋮ッ ﹂ !! ﹁⋮⋮ッ !! 青年は、飾られた事実の裏で、戦っていた⋮⋮。 ! うな痛み。 それは決して彼女││セレナ・カデンツァヴナ・イヴの肉体を傷付 1 ! ! !! ! ! 首を締め上げられるような息苦しさと、全身を内側より灼かれるよ ! ﹂ けることなく、しかしそれ以上の苦痛を確かに与えていた。 ﹁⋮⋮詠一さんッ 耐えかねて飛び起きたその身には、大粒の灼ける雫がいくつも滴っ ていて、額から顎へと伝ったそれは重力という法則に従って純白の シーツへと零れ落ちた。 生ぬるく濡れた身体が気持ち悪くて、セレナはベッドを抜け出して シャワールームへと向かう。途中、何度か姉を起こしてしまいそうに なったが、どうにか起こさず部屋を抜け出せた。 ﹁⋮⋮また、あの夢を⋮⋮﹂ 不気味に火照る身体をぬるま湯にて熱を冷ます。その頬に流れる ものはシャワーの水か、それとも││。 セレナの脳裏に焼き付いて離れない半年前の惨劇⋮⋮。施設で暮 らすようになって初めてできた無二の友達。いつだって一緒に居た、 少しだけ年上の幼馴染。 ネフィリムの鎮圧に伴い犠牲となった彼の右腕⋮⋮。直後に急襲 したノイズから、三肢となった彼はどう生き延びられたというのだろ うか。誰のものかもわからない塵と塵に混ざりて同じく塵となった か。 いくら考えても、彼女にとって都合のよい結末が現実になっていた たとえ誰もが信じ とは思い難く、ただ不穏と不安と不満だけが満ち満たされるような、 涙に濡れた未来しか描けない。 ﹁生きてる⋮⋮詠一さんはきっと生きてる⋮⋮ いとッ⋮⋮ ﹂ てくれなくとも、わたしだけは⋮⋮わたしだけは、詠一さんを信じな ! にいるかもわからないが、それでもいてほしいと願うもの。 どうか、どうかと願い、火照るどころか冷め切ってしまった身体に 気づいてシャワールームを出た途端、慟哭にも似たけたたましいア ラートが施設の内部に鳴り渡った。 │緊急特別警報が発令されました│ 2 ! セレナの胸に浮かべられたかつての景色に映るもの⋮⋮今はどこ !! ﹂ │速やかに最寄のシェルターまで避難してください│ ﹁ノイズ⋮⋮ッ 髪を拭く暇すら構うことなく、体についた水だけをバスタオルで拭 き取ると、乱暴に服を着て駆け出した。 自分から大切な人を奪ったノイズ。彼らへの恐怖と、一抹の怒りを 胸に、彼女は戦場へと走る。 3 !? 守られた約束│再会│ Λ セイレーン コフィン アガートラーム トローン Λ セレナ・カデンツァヴナ・イヴは﹃アガートラーム﹄のシンフォギ アを纏う正規適合者である。 ただでさえ数の限られる適合者の中でも類稀なる才能を持ち、その 力は絶大にして精錬され尽くしており、まるで流水の如く相手をいな し、最低限の力のみで制圧する。 故に彼女のギアには﹃争う﹄力││アームドギアを必要とせず、自 らのフォニックゲインによる波動光線と波動障壁の二つが、ある意味 では武器と言えよう。 Λ あ な た を 照 ら す あ の 月 共 に 見 つ め て 何 も 言 え ず に 笑 顔を作る Λ こ て 4 Λ な ん て こ と な く 好 き だ と 言 お う と し て も い つ も 最 後 の勇気が出ない Λ FG式回天特機装束﹃シンフォギア﹄は、聖遺物の欠片を鎧として 加工、そこに秘められた力を特定振幅の波動によって発揮する。 た 彼女が今まさに口ずさむ歌も同じ││あらゆる攻撃をすり抜ける ほ ﹃位相差障壁﹄と、あ ら ゆ る 防 御 手 段 を 通 り 抜 け て 塵 へ と 変 え る ﹃炭素転換﹄を無効化し、ノイズを塵とする﹃対ノイズ兵器﹄⋮⋮。 相手がどのような存在であるにせよ、セレナ自身は争いを望まない 性格・性質ではあるものの、今ここで戦わなければ犠牲にしたくない ものを犠牲にしてしまう。 Λ 想いが募るたびに 言えないことも溜まってくから Λ Λ せめて紡いだ言の葉は けして嘘で飾らないで Λ ︶ ︵数が多い⋮⋮。半年前に現れたばかりなのに、どうしてこうも立て 続けに⋮⋮明らかに出現頻度が普通じゃない ! 認定得意災害﹃ノイズ﹄の出現頻度は、けして高いものではない。本 来ならば一生涯に一度でも会うことになっても、低いとはいえないの だ。 それが同年内に二度⋮⋮まだ13歳の少女ですら、その数字の異常 性に気付けるほど、前回と今回のノイズ出現はまともではなかった。 ︶ ︵避難誘導はもう終わったみたい⋮⋮。けれど、この数のノイズたち をどう切り抜ければ⋮⋮ッ Λ 狭い世界にわたしだけの 場所を少しでもくれるなら Λ Λ あの日 繋いだ 指もきっと 絶対 嘘にせず 明日へ Λ Λ あなたと歩みだそう Λ 数は目測およそ40⋮⋮切り抜けられない数と布陣ではないが、容 易に打破できるような状況でもない。 1体のノイズがその身を弾丸として撃ち出すと同時、セレナの波動 障壁がその軌道を受け流すようにして90゜偏向、他のノイズとぶつ かって共に消滅する。 Λ FLEXIBLE PROTECTION Λ ︶ 詠い続けていられますよ ︵今ので3体が同時に消滅⋮⋮。普通に倒すより、こうやって同士討 ちさせた方がいいのかな⋮⋮ Λ こと気付くのΛ 詠うと同時に駆け出した。固く握られることのない掌で、彼女はノ イズを向き合った。 数は未だに減った気がせず、大型のノイズが出現していないことだ 5 ! Λ 輝 く 月 に 想 い を そ っ と 託 す よ うに⋮⋮ " ? Λ ふ と 気 が つ く と あ な た の 声 が 消 え て い て 独 り 奏 で て い た " けに安堵する。 Λ 悲しい唄を聴くと あなたの最期 思い出すから Λ Λ どうか生きてと囁いた 笑顔なんて見たくないよ Λ 最初の1体目、アイロンのような手を持つ人型ノイズの腹部を強 打、周囲のノイズに向けて打ち出すと、攻撃を直接受けたノイズを含 め2体のノイズが塵と消えた。 続きナメクジ型の触手による攻撃がセレナに迫るも、彼女はこれを 波動障壁にて阻み、後方に構えたノイズらに向けて攻撃を偏向、ナメ クジ型ノイズの攻撃が止むと、白銀の波動光線にてそれを駆逐。 小型でダメならば、と何体かのノイズが集合、巨大なカエル型ノイ ズに変化するが、彼女はそれに慌てる様子もなく、ノイズから放たれ た6つの羽らしき投擲武器による攻撃をこれまた波動障壁にて阻み、 その攻撃ベクトルを集合型ノイズに返す。 Λ 狭い世界にあなただけの 場所が今でもあるのなら Λ Λ 紡ぐ約束 虹も花も 二人で見ると誓ったのに Λ Λ あなただけがいない Λ そうして1体ずつを確実に倒していくと、残されたノイズはわずか 10体にまで追いやることができた。 これでトドメ、とばかりに彼女は詠い、自らのフォニックゲインを 高めて生み出されたエネルギーを胸の前で光球として形成。 Λ 遠 い 場 所 か ら 聞 こ え た よ う な 想 い 込 め ら れ た 歌 L o v e and Kind Λ Λ 今も聞こえる それはきっと あなたに続く調べなんだ Λ Λ もうはなしたりしない Λ そしてついにフォニックゲインの充填が完了した光球を押し出す 6 ように手を添えると、そこから凄まじいパワーの波動光線が放射され た。 Λ FLOW WAVE Λ 波動光線に直撃したノイズらは僅かにも耐え切れず、触れたそばか ら浄化しているあたり、この光線のパワーを物語っているものの、ノ イズの掃討││光線が止むと同時に、彼女のギアに備わった胸の赤い 石が点滅を始めた。 彼女の波動を用いた技は、本来ならば全て絶唱の際に見られる﹃エ ネルギーベクトルの操作﹄の特性を通常攻撃に加えたもの。故にこの 方法を用いてで戦える時間はわずか3分だけなのである。 まして、自らのフォニックゲインそのものを攻撃力に変換して打ち 出す﹃FLOW WAVE﹄などは、その反動も絶大。故に、胸の赤 ﹂ 突如として新たにノイズが出現。 無防備な彼女に襲い掛かる。 ︵ギアの再展開が間に合わない⋮⋮ッ 思われた。 ︶ ﹄ それは、生身でのノイズとの接触、即ち﹃死﹄を意味する⋮⋮かに その身に圧し掛かる異形の身体。 α エヴァラスティン エンゲイジ ノイズ トローン α ! と、いうより⋮⋮この姿は何⋮⋮ ? しかし││。 ﹃⋮⋮生き、てる⋮⋮ ? 7 い石が点滅していることは、彼女がギアを残り僅かな時間しか維持で きないことを意味していた。 ⋮⋮ッ ﹁や、や っ た の ⋮⋮ か な ⋮⋮ よ か っ た ⋮⋮ こ れ で み ん な 無 事 に ? 心身共に疲れ果てた彼女がギアを解除した途端、どこからともなく !? 消滅したのはノイズのみ。全身を覆う灰銀のスーツは、シンフォギ アなのか、それとも⋮⋮。 いや、そんなことは問題ではない。問題なのは、自らの胸元に輝く 蒼の石。それはかつて、彼女が大切な人物へと贈ったものに酷似して いた。 く そ く ﹄ ﹃待たせてすまない。だが⋮⋮約束は守れたようだ。君を必ず守ると や ﹄ いう、私にとって最大の存在意義は⋮⋮ ﹃この声⋮⋮やっぱり、あなたは⋮⋮ ! そう、彼だ││。 いていたいと思っていた、彼の声。 頭の中に直接語りかけるような声⋮⋮ずっと聞いていた、ずっと聞 ! ﹄ ﹃ああ、私だ⋮⋮。君との約束を守るため、私はもう一度ここに立ち上 アクセス 8 がるッ ! ノイズギアエース││星見詠一だ。 ! ﹄ 力と心│指切│ ﹃アクセス セレナの危機を救った灰銀のスーツ、ノイズギアエース。 突如として彼女の身に与えられたそれは、彼女が信じて求めてやま なかった﹃彼﹄自身であった。 ﹃よく聞いてくれ、セレナ。今の私たちは、私の肉体に君の精神が同調 している状態だ。君の精神の乱れはそのまま私のコンディションに も影響する。気を付けてくれ﹄ 全身を彩る灰銀のスーツ。頭部には赤いトサカのような突起があ り、何より目を引くのはその背に畳まれたふたつの翼。 体中から漲るこのエナジーからは、詠一の慈愛に満ちた温かさすら も感じる。 まずは一体目。両腕に鎌のついた歩行型ノイズの攻撃をことごと く回避し、右の掌を腹部に深く当てて押し戻す。続く二体目。飛行型 ノイズによる射出攻撃を両手で挟むように捉え、その勢いを遠心力に て利用し空へ投げ返した。 さ ら に 三 体 目 と 四 体 目。蛞 蝓 型 ノ イ ズ と 蛙 型 ノ イ ズ の 挟 み 討 ち。 これを避ければ両者を相討ちにさせることができるが、この姿が﹃ノ イズを守る姿﹄であることを理解したセレナはそれをよしとしなかっ た。 比べて小型の蛙型へと接近、足の爪先を地面と胴の隙間にすべりこ ませ、巴投げのようにして放り投げると、背後に寄る蛞蝓型の側面を 振り返りざまに両手で叩き、体勢を崩させる。 これが、詠一さんの手 ﹁すごい⋮⋮。アガートラームと比べるとちょっと体が重いけれど、 ﹂ それを補いきれるだけのパワーがある⋮⋮ にした力⋮⋮ノイズギアエースの力 ! 制す。 げ、流す。その手は決して拳を握らず、ただ相手の力を許すかの如く を払い、転倒させる。六体目以降もこれ以前らと同じく押し、払い、投 五体目。アイロンのような形の手で押し寄せる人型ノイズの足元 ? 9 ! そうして全てのノイズを一箇所に集めると、その灰銀の体に巡って いたノイズ因子が体の外に、オーラのように溢れ始めた。いったい何 事かと思っていれば、不意に詠一から声が掛けられる。 ﹄ ﹃今だセレナ。フルムーンモードになるんだ﹄ ﹃フルムーンモード ﹃ああ。この体に宿るノイジウムを制御し利用することに長けた姿、 それがフルムーンモード。今のスペースモードほどの動きはできな いが、彼らを本来あるべき場所に帰すにはフルムーンの力が最も有効 的だ﹄ 何を言っているかは、半分ほども理解できないだろう。しかし、最 も大事なことは││たとえどんな存在であっても、命あるのであれ ば、ノイズさえも﹃守るために﹄できることがあるということは、しっ かりと伝わった。 ﹂ だからセレナは、自分に与えられた力に躊躇しない。 ﹁ダイナミックキャスト・フルムーン 復、治療などを行う﹃慈しみの青き月﹄││フルムーンモードである。 て傷付けず、ノイズ因子を様々な形に変化させることで沈静化や修 そう、この姿こそがノイズギアエースの真の力。対峙する者を決し まっていく。 青色に変わり、彼女の体を覆っていたオーラが体に馴染むように収 すると、その身を彩っていた灰銀のスーツのアクセントが、黒から ぎ、深呼吸するように両の手を頭上からゆっくり下ろす。 そしてセレナが右の掌を天に翳すと、彼女の身に青い光が降り注 ﹁すぅっ⋮⋮、はぁぁぁー⋮⋮﹂ 覆った。 掛け声と同時に、全身のオーラがいっそう輝きを増し、彼女の姿を ! ﹂ ﹁凄い⋮⋮エネルギーの流れが頭じゃなく感覚でわかる⋮⋮。これな ら⋮⋮ッ 10 ? 胸の石││ノイジウムゲージから零れ出た青色の光を掬うように ! 両手を構えたセレナは、その光を押し出すようにノイズたちへ照射。 その光はノイズに浸透するように消えていき、当たり損ねた光はノ イズらの背後に空間の歪みを作り出した。 α PHOTON TRANQUILIZER α 光の粒子を受けたノイズたちは、瞬く間に行動を停止、まるで吸い 込まれるように自ずと空間の歪みへと入っていった。 ﹃ノイズたちが自分から⋮⋮﹄ ﹃ノイズには思考力、即ち理性がない。故に基礎となる本能を少し落 ち着かせてしまえば、行動への意欲を失う。今セレナが放った技は、 彼らのノイズ因子││肉体的本能を沈静化させる作用があったのだ ろう﹄ だろう、ということは詠一自身も自分の力を全て把握しきってはい 11 ないということか。セレナは一抹の不安を拭えぬままに、周囲を警 戒。ノイズの気配が今度こそなくなったことを把握して、体から力を 抜く。 すると同時に、セレナから灰銀のスーツが離れ、彼女が会いたくて ﹂ たまらなかった青年が姿を現す。 ﹁詠一さんッ わってしまった。あのままでは、触れる者全てを炭にしてしまいかね ﹁心配をかけてすまなかった。だがあの日、私はヒトからノイズに変 に、セレナは詠一の胸に縋り付く。 一度は離してしまった大切な人を、今度こそは離すまいとするよう いる詠一さんのままです⋮⋮﹂ わってしまいましたけど、雰囲気も、声も、匂いも、わたしの知って ﹁その髪、その肌、その腕⋮⋮それに、その目も。見た目は随分と変 やはり半年前の事件が原因か、失われていた。 青紫色に変色。健康的だった肌は病的なほど白くなっており、右腕は 東洋人特有の艶のある黒い髪は灰色にくすみ、黒真珠のような瞳は ﹁説明もなくギアを纏わせてすまなかったな、セレナ﹂ ! なかった。だから、君との約束を││君を守るという約束を破らない 詠一さんは絶対、わたしと ためにも、私は私自身を理解する時間が必要だったんだ⋮⋮﹂ ﹁わかってた⋮⋮わかってました⋮⋮ ﹂ わたしの気持ちを裏切ったりしな だから⋮⋮わたしはずっとあなたを信じてましたッ の約束を破ったりしないって いって ! だが、そんな彼と仲間を繋いでいた絆が、ノイズとしての自分自身 ﹁あいも やさしさも きみがくれたよ⋮⋮﹂ るほどに。 なった。それこそ、ネフィリムから仲間を守るために命を賭して戦え そして、彼らのためにならどんなことでもしたいと思えるように を教えてくれたし、スタッフたちはこの施設で働かせてくれた。 最低限の会話しかできない詠一のために、仲間たちは少しずつ言葉 を、セレナに、この﹃白い孤児院﹄の仲間たちに救われた。 カへと渡り、こちらに住む親戚からも追われて行き倒れていたところ 二年前。中学を卒業した詠一は親の虐待から逃げるようにアメリ ﹁いつだって ずっと、たえなく、おもってる⋮⋮﹂ スクで独り、詠っていた。 の心をズタズタに引き裂き、彼はスタッフルームに置かれた自分のデ が﹃仲間﹄と信じてきた者たちからの迫害にも等しい恐怖の視線は、彼 完全な孤立││と呼ぶべきほど寂しいものではないが、それまで彼 ﹁きみを おいかけて ひかりが みちる⋮⋮﹂ あったりした。 であったり、或いは⋮⋮ヒトならざる﹃バケモノ﹄の襲来への恐怖で それは、変わり果てた姿への驚愕であったり、仲間の生還への歓喜 ﹃白い孤児院﹄の仲間たちに衝撃を与えた。 数時間後、白い孤児院にて。陸上詠一の帰還は、さまざまな意味で ◆ 今はただ、優しく、強く、縋りたいものに、彼女は両腕を捧げた。 ! ! ││﹃ノイズギアエース﹄によって奪われた。 12 ! 仲間を守り、セレナとの約束を守るために、己を侵していたものを 受け入れながらも手に入れた力が、今は自分と仲間との間を阻んでい る。 ﹁いまだって そうさ││﹂ ﹂ ﹁こころに、きえることなく⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮セレナ 不意に、背後から幼い少女の歌声が己のそれに重なる。 ﹁⋮⋮半年前までも、こうやって二人で歌ってたじゃないですか。そ れなのに、わたしを放って一人で歌っちゃうなんて、ずるいですよ、詠 一さん﹂ ﹁半年前と今とでは、私の立場は異なりすぎている。セレナ、君だって 本当は││﹂ 胸 の 内 に あ る 恐 怖 を ご ま か し て 接 し て く れ て い る の で は な い か。 そう詠一が問おうとした瞬間、セレナは彼を後ろから抱きしめた。 セレナの想い。セレナの隠し切れない気持ちが、ようやく詠一の心 に真実味をもって染み渡る。 ﹁本当は││じゃありません。本当に、あなたのことを信じています。 怖い力があるってことも含めて、わたしはあなたの全てを信じます﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁だから⋮⋮今は酷かもしれないけれど、みんなのことも信じてあげ てください。みんな、いつか必ず詠一さんのことを理解してくれるっ て﹂ 差し出されるのは、小指。 初めて彼女と出会い、 ﹃絶対に君を守る﹄と誓った時と同じ、細くて 柔らかい指。 ﹁⋮⋮もう、君には敵わないな﹂ ﹁もちろんです。だって、わたしは詠一さんと﹃一心同体﹄になったん ですから﹂ 苦笑いしながらも、セレナの小指に自らの小指を絡め、零すように 誓う。 ﹁約束しよう。君と⋮⋮この施設のみんなを絶対に信じ抜くと﹂ 13 ? ﹁⋮⋮はいっ ﹂ ! 14 交わした約束│変身│ 数日後。詠一は﹃白い孤児院﹄の門前でひとり立っていた。 この施設に帰還し、ノイズだということを知られたことで一部の子 供や職員に怯えられてしまい、一度は施設を出ようとした詠一だが、 かつて自分を助けてくれたスタッフリーダーが﹁一緒に子供の相手が できないのなら、門番をしてくれると助かる﹂と言って、彼をこの施 設に留まらせた。 しかし門番といわれても、実際することといえば通行人に会釈や挨 拶を送る程度で、ノイズの気配すら感じられない。門番の仕事がない のは平和な証拠とはいっても、さすがにやりがいというものがなさす ぎる。 ともなれば、数少ない理解者であるセレナと思い出深い曲でも歌い ながら日向ぼっこでも、と思ったところで、セレナの姉・マリアも彼 ﹂ んでいてくれるって ﹂ ﹁それは私だってわかっているわ 詠一さ けど、もしものことがあるかも ﹂ そうなってしまったら⋮⋮セレナの身に何か あったら、私はどうすればいいの ノイズ ともしれない危険因子に数少ない肉親が近づけば、その身を案じて距 それに反して、マリアの意見はあまりにも常識的。いつ死神になる て、信頼性と危険性のバランスが後者に傾きすぎている。 セレナの意見は、あまりにも希望的観測と個人的見解に偏ってい いている。その片方とは、言うまでもなくマリアの言い分だろう。 二人の意見は平行線を描きながら、現実的な意見は確かに片方に傾 !? しれないじゃない ! ! ! 15 の元に現れた。 ﹁マリア姉さん わたしだって昨夜言ったはずでしょう ? んはノイズの力を持ってしまったけれど、それでも詠一さんは詠一さ ﹁そんなっ⋮⋮ どこか言い苦しそうな様子で、しかしそれでも彼女は言い放った。 いって﹂ ﹁⋮⋮セレナ、昨夜言ったでしょう。彼の傍に居続けるのはやめなさ ? ! 離を置かせようとするのは当然の理と言える。 ﹁⋮⋮何も金輪際かかわるな、とまでは言わないわ⋮⋮。でもせめて、 ﹂ 私の目の届く場所で、時間と距離を定めて接してほしいの。本当は私 だって、詠一さんを信じたいのだから⋮⋮ ﹁マリア姉さん⋮⋮﹂ マリアと詠一の関係もまた、ノイズであることが発覚するまでは決 して悪いものではなかった。いや、むしろセレナほどではないにせ よ、彼には大幅の信頼を寄せていたと言っても過言ではなかったろ う。 事実、彼女の中では今でも﹁詠一を信じたい﹂という気持ちは残っ ているし、いざ信じるに足る確信のようなものがあれば、セレナと同 じく彼の信頼を取り戻すため奮闘することも厭わないはずだ。 だが、そんな想いよりも優先しなければならないのが、大切な妹・ セレナの身の安全。そのためには詠一とセレナに嫌われることも、彼 女は覚悟しているのだろう。その覚悟は、当の二人にも察することが できた。 ﹁セレナ、私のことはいい。今はマリアに││﹂ そんな時だった。 │緊急特別警報が発令されました│ ﹂ │速やかに最寄のシェルターまで避難してください│ ﹁まさか⋮⋮ノイズッ ぐ ﹂ ﹁詠一ッ バ ケ モ ノ でも、それではまた貴方が⋮⋮ ﹂ ﹁ノイズの相手は、同じバケモノである私の役目だ ! ﹂ 出し、それを自らの目にかけ、瞬時に灰銀のノイズギアエースの姿と なった。 彼が変身に必要とするプロセスは、わずか0.01秒にすぎない。 16 ! ﹁マリア、セレナを連れてみんなと逃げろ。そのための時間は私が稼 !? 詠一はそう言うと、懐から青紫色のサングラスのようなものを取り ! !? ! では、その変身プロセスをもう一度見てみよう。 ルミナイズ ま ず 彼 が サ ン グ ラ ス の よ う な 変 身 ア イ テ ム﹃コ ン ト ロ ー ル バ イ ザー﹄を装着した瞬間、一度彼の肉体は膨大な熱量を伴って光子化さ れ、灰銀のスーツとして再構成される。 その後、イナーシャルコントローラーと呼ばれるマフラー型の姿勢 制御装置と、空中での戦闘を可能にするスラスターウィングが装着さ れ、最後に心臓と心電図の役割を同時に果たす﹃ノイジウムゲージ﹄が 胸に形成、変身を完了する。 一人じゃエネルギーが⋮⋮ ﹂ しかし、セレナと合体変身した時とは異なり、そのノイジウムゲー ﹂ 無茶はダメです ジは赤く点滅していた。 ﹁詠一さん ﹁⋮⋮アクセス⋮⋮ ! 保つことができない。 ﹁今の⋮⋮。今のが、詠一⋮⋮ ントを取り出しながら、彼女に呼びかける。 ﹁しっかりしてマリア姉さん そうだよ⋮⋮今のが詠一さんだよ ﹂ ! ﹁マリア姉さんも、本当は知ってるはずだよ⋮⋮。ノイズになって、怖 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ との約束を絶対に守ってくれる詠一さんなんだよ この前、わたしがノイズに襲われたときも助けてくれた⋮⋮わたし ! しかし、セレナはスカートのポケットにしまっていた真紅のペンダ 呆然とするマリア。 ﹂ ちら側に出してしまっている。このままでは、僅か1分程度しか姿を 者﹄の表面にのみ顕現するのだが、今の彼はそのノイジウムを全てこ そのためこちら側の位相にズラす全体量を限りなく薄めて﹃装着 側﹄の位相では急激に消耗する。 伝子││ノイジウムによるものだ。しかしそのノイジウムは﹃こちら そもそもノイズギアエースの力の源は、言うまでもなくノイズの遺 はいなかった。その証拠が、ノイジウムゲージの点滅である。 しかしセレナの言う通り、彼にはノイズと戦う力などろくに残って 飛び立つ詠一⋮⋮いや、ノイズギアエース。 ! ? ! 17 ! ! ﹂ だ くてたまらないのは詠一さん自身だって。怖くてたまらないのに、い いかせてマリア姉さん つもわたしたちのために傷ついてるのが詠一さんなんだって から⋮⋮お願い ! ﹁⋮⋮ダメよ、セレナ﹂ ﹁そんな⋮⋮マリア姉さんっ ﹂ セレナの瞳は、必死だった。 駆けること。 一の信頼も得られない。大事なのは、マリアの了承を得て彼の元へと もしここで勝手に動いてしまえば、マリアの思いを無駄にする。詠 縋る。 今にも駆け出したい気持ちを必死で抑えながら、セレナはマリアに ! ﹂ ! ありがとうマリア姉さん ! を託すに相応しい﹃人間﹄なのか見極める ﹁⋮⋮マリア姉さんっ ﹂ ﹁一人でなんて行かせられない。私も行く。私の目で、詠一があなた ! ◇ ﹁はぁッ とぉあッ ﹂ かめると、彼女たちは詠一の元へと駆け出した。 念のため既に空となった施設を二人で見回り、誰もいないことを確 !! ! 降下攻撃を受け止め、空へと返す。 ﹂ 胸のノイジウムゲージの点滅が激しくなっていく中、彼はそれでも 力強く構えた。 ﹁はぁぁぁッ、せぇいあぁぁぁッ してゆく。 の振動が激しいほどノイズギアエースは力を増すが、同時に消耗も増 ノイズギアエースの力の源は、使用者の﹃絶叫﹄による振動音波。そ ど、それによってノイズを駆逐することはない。 による防御と受け流し、時として投げることや押し飛ばすことはあれ 暴力を極度に嫌う詠一の手は一切握られることなく、ひたすら平手 !! 18 ! 5体の歩行型ノイズを平手で次々といなし、飛行型ノイズからの急 ! 既に変身から40秒が経過している。このままでは時間切れまで 戦線を保つことができない。ノイズギアエースの限界はもうすぐそ ぉあッ ﹂ こまで近づいてきている。 ﹁││ッ ︶ 希望の星は、瞬くのだ。 ︵この波動障壁は⋮⋮ 詠一はノイズギアエースから元の姿へと戻ると、セレナへと視線を ﹁⋮⋮セレナ﹂ の迷いは、決して矛盾などではない。 がノイズなのかと問われれば、彼の仲間たちは迷うだろう。そしてそ 星見詠一という存在は間違いなくノイズだが、それ即ち﹃星見詠一﹄ く意味を変えてしまう。 それだけが真実だというわけではない。事実と真実は、時として大き 星見詠一はノイズだ。それは、誰にも否定できない事実。しかし、 ナを守るに値する﹃人間﹄なのか、それとも││﹂ はいない。けど、だからこそここで証明してほしい。あなたが、セレ ﹁詠一⋮⋮。悪いけれど、私はあなたのこと、まだ全てを信用しきれて ││。 おそらく自分を助けようと駆けつけたのであろうセレナと、そして 視線を向けると、そこにあったのは二つの影。 地を這うように倒れ伏していた体をどうにか持ち上げ、声の方へと ! ! ﹁大丈夫ですか、詠一さん ﹂ Λ FLEXIBLE PROTECTION Λ ス、最大のピンチ。だが、そんな時だからこそ││、 消耗するエネルギー、押し寄せるノイズの群れ。ノイズギアエー ない。 ドのノイズギアエースとて、これを受けきるには手もスピードも足り 10体のノイズによる袋叩き。いかに防御に秀でたスペースモー !? 向け、彼女も同じようにギアを解除した。 19 ! ﹂ ﹁﹃君のことは、私が守る﹄⋮⋮。君と交わしたかけがえのない約束は、 ﹂ 行こう、詠一さん 今も忘れてはいない⋮⋮ ﹁⋮⋮うん ! ! 詠一からコントロールバイザーを受け取ると、セレナはその身に ﹂ ﹃詠一﹄を纏う。 ﹁アクセス 20 ! ! 信じたいという願い│別離│ 黒いアクセントカラーのついた灰銀の体に、涼やかな青色のマフ ラーを首に巻いたヒトのカタ。 今、凛然としてそこに立つAnotherノイズギアの姿は確かに ﹂ セレナ・カデンツァヴナ・イヴであり、そして陸上詠一であった。 ﹁これが、セレナと詠一の⋮⋮本当の力⋮⋮ マリアの目に映るノイズギアエースの姿は、ノイズに侵され苦しみ ながらも、愛する人々のために、守りたい誰かのために絶えず叫び続 ける戦鬼のようにも見えた。 そして、そんな彼らの姿を見て、マリアは確信した。陸上詠一は人 間だ、ノイズであることは否定のしようもない事実であるが、少なく とも彼の心はまだ人間のそれなのだと信じられた。 ◇ セレナが駆けつけてからの決着は、早いものだった。 いや、その力の源はセレナだけではない。彼らの後ろにはマリアが いた。大好きな姉が、大切な仲間が、背中の向こうで見守っていてく れた。 だから彼らは負けなかった。力だけの強さではない。絶対に信じ てくれる誰かがいるという安心感が、大好きで大切なものを守りたい という願いが、彼らに宿る潜在能力以上のパワーを与えたのだ。 ﹁なんとか、全てのノイズを帰してあげられましたね⋮⋮﹂ 今回はだいぶ制限時間に余裕を持って決着をつけられたが、さすが にシンフォギアとノイズギアエースを連続で装着して戦った負荷は あれだけの力があるなら、帰す 少なくないのか、セレナはその場に座り込みながら苦笑いを浮かべ た。 ﹁⋮⋮なんで、ノイズを倒さないの くさんの命を、守れるとは思わないの ﹂ ? 21 ! より倒した方が簡単で、確実で、迅速に、絶対に、たくさんの人を、た ? ﹁⋮⋮君は、もしも自分が何もわからないまま他の世界に行き、普段通 ﹂ りの過ごすことがその世界の住人を殺してしまうことだとしたら、そ れを怖いとは思わないか ﹁ノイズもね、知性を持っていたらきっと怖がってたと思うの。だか ら、理不尽に傷付けることなく、出来る限りヒトもノイズも傷付けな い方法をとっただけ。そのほうが、ただ倒すよりもきっと素敵だか ら﹂ その言葉たちは、どれもこれもが普通ならキレイゴトと片付けられ てしまうだろうものだが、彼も彼女もそれを口にすることに躊躇いは ない。 誰もがみんな、本当はキレイゴトが好きなのだ。ただ、それを実現 することがあまりにも難しくて、諦めて、不貞腐れてしまっているだ けなのだ。 彼らは、そんな誰もよりほんのちょっと、理想やキレイゴトという ものに素直だったというだけで。 ﹁倒すよりも、素敵な戦い方⋮⋮﹂ 戦いは暴力だ。どんな立派な理由を掲げていても、どんなに素敵な 名目を唱えていても、していることは暴力に他ならない。それが、マ リアにとっての﹃戦い﹄というものに対する持論だった。 綺麗とは言えない行いを、キレイゴトで着飾るやり方は好むところ ではないし、もしもするのなら最初から汚れることを覚悟して得物を 構えるべきだと思っていた。いや、今もそう思っている。 しかし、詠一とセレナの戦いは違った。戦いの中で、最低限の暴力 ﹂ すらなかった。ただ相手をいなし、かわし、防ぎ、守り、そして帰す。 戦いって、怖いものじゃないの その両の手が拳を握ることはついになかった。 ﹁⋮⋮セレナは、怖くないの ? い放った。 セレナは、静かに、静かに、震えるような声で⋮⋮しかし凛然と言 戦っているの﹂ ないし、一人じゃ怖くてたまらないから、詠一さんと二人で一緒に ﹁怖いよ。すっごく怖い。けど⋮⋮だから誰にも同じ思いをさせたく ? 22 ? ﹁⋮⋮私は先ほどの戦いで、セレナの存在の大きさを知った。あそこ でセレナが来てくれなければ、私は間違いなくこの身を炭と換えてい ただろう﹂ 前触れなく、詠一は本題に入った。 きっと、マリアが一番気にしているだろう話をするために。 ﹁お願いだマリア。たとえどんなことがあっても、君の妹は守り抜く と約束する。だから、私にセレナを託してはもらえないだろうか﹂ だから│ ﹁わたしからもお願い、マリア姉さん。わたしも、詠一さんと一緒に戦 ﹂ いたい。詠一さんと一緒に、大好きなみんなを守りたい │ 間﹄として認めていた。 し、スタッフたちも怯えながらではあるが、彼を同じスタッフの﹃仲 かった。セレナ以外にも、数人の子供たちは詠一のことを信じていた 元より詠一の信用は、必ずしも全員から失われていたわけではな 起こした。しかし、それは決して簡単なことではなかった。 施設に戻ったマリアは、詠一の信用を取り戻すためすぐさま行動を ﹁⋮⋮ごめん、マリア⋮⋮。私も、さすがにそれはまだ⋮⋮﹂ ﹁いくらマリアのお願いでも、それは聞き入れがたいデスよ⋮⋮﹂ ◇ 青年の感情は、ついに溢れ出した。 な表情をしている青年に、とびきりの笑顔を。 マリアの言葉を聞いて、セレナの背の向こうで今にも泣き出しそう 微笑んだのは、可愛い妹のためにだけではない。 嘘偽りのない本物のそれだということも﹂ その上で詠一が詠一だってことも承知した。そして二人の気持ちが、 ﹁いまさら、皆まで言う必要はないわ。詠一がノイズなのも承知した。 さなかった。 最後まで言うことは、セレナの口元に添えられたマリアの指先が許 ! しかし、その信用は回復が遅れるにつれて疑念、困惑、不信へと変 23 ! わっていった。ノイズ発生が頻繁になり始めた時期と、詠一がノイズ となって生還した時期が、どういう偶然からかほとんど一致している ことが、その原因だ。 もしもこの二つの事実に因果関係があるのなら、﹃詠一が現れてか ら、ノイズが頻繁に現れるようになった﹄と考える者がいてもおかし くはない。いや、むしろそれは当然の帰結だ。 そして、この過程をさらに深読みすれば、 ﹃詠一がノイズを操ってい る﹄と思い至ることも、おかしなことではないだろう。 まして、ここは幼い子供たちを預かる児童養護施設である。誰か一 人がその結論に至り、口を滑らせでもすれば、たちまち噂は﹃子供の 真実﹄となって詠一の信用を地に落とす。 マリアによく懐いている二人の少女、調と切歌もまた、その例外で はなかった。 そもそも、詠一は子供たちにもよく好かれる方ではあったが、自分 から子供たちに接するようなタチではなかった。子供もスタッフも 場を共にする食事の時間でもなければ、ほとんどはスタッフルームで 事務の仕事をしていたからだ。 もちろん話しかければ愛想よく接していたし、忙しい時でもそう いった素振りはまったく見せず、子供たちを最優先して相手してい た。そういう意味で、他のスタッフと比べれば群を抜いて大人気だっ たといえる。 しかし、切歌はともかく調はよっぽどスタッフに構ってほしがるタ イプではなかったし、切歌もまた調やマリアと行動を共にすることが 多かったため、詠一のことは他のスタッフと同じ程度にしか思ってい なかった。 ﹁も ち ろ ん 元 の エ ー イ チ が 悪 い 人 じ ゃ な い っ て こ と は 知 っ て る デ ス よ。でも、今のエーイチはわかんないんデス⋮⋮もしかしたら、って 気持ちが晴れきらないんデスよ⋮⋮﹂ ﹁私もきりちゃんと同じ⋮⋮。元の詠一なら、他のスタッフよりは信 用できたけど⋮⋮今の詠一は⋮⋮﹂ ノイズだから。言わなくても、わかってしまった。そう、星見詠一 24 はノイズなのだ。 ノ イ ズ たとえどれほどの徳を積んでも、たとえどれほどの善行をなして あたしたちがもっとエーイチ も、彼が認定特異災害であることには変わりない。 ﹁⋮⋮そう。ごめんね、二人とも﹂ ﹁マ、マリアが謝ることないデスよ のことわかってたら⋮⋮信じてあげられたらよかっただけの話デス ⋮⋮﹂ ﹁けど、それはもうどうすることもできない⋮⋮。信用っていうのは、 誰かに言われて得られるものじゃないから⋮⋮﹂ それはマリアもわかっていた。 詠一の信用を取り戻すには、詠一自身がそれを望み、そのために行 動を起こさなければ意味がない。 しかし、今の彼はその方法があまりにも限られていた。ノイズと戦 い、人々を守ることでしか、それを示せないのではないかというほど に、今の彼は﹁信頼﹂というものに対して弱々しくなっていたのだ。 ﹂ ﹁けど、マリアがそう言うなら根が悪いヤツじゃないのは確かデス。 そこだけは、信じられるデスよッ ﹁うん⋮⋮。怖いけど、悪い人ってわけじゃなさそう⋮⋮。私も、もう ちょっとだけ彼をよく﹁観て﹂みることにする⋮⋮﹂ だが、どんな行動にも起こした以上は﹁何か﹂を得られる。それは 時として悪い方向にも転ぶだろうが、調と切歌の目には、詠一が信じ るに足る存在であることを望む、また変わったかたちの﹁信頼﹂が生 まれ始めていた。 マリアが起こした行動は無意味などではなかったのだ。詠一が自 分自身に対して無意識の内に投げやりになっていたことを誰より早 く察し、それを補おうと働いた行動は、こうして調と切歌を変えた。 噂話は伝染する。恐怖も、不安も、感情は知らぬ間に、しかし瞬く 間に伝染するのだ。だがそれは逆説、彼ら彼女らの心に宿るプラスの 感情も他者に影響を与えることを意味している。マリアがしたこと は、まさにそれだったのだ。 25 ! ! ◇ 翌朝。ノイズとなって以来、すっかり自分の仕事になってしまった ﹂ 門番の勤めを果たしていると、スタッフの一人が彼に声をかけてき た。 私にできることなら構わないが⋮⋮﹂ ﹁ホシミ、アナタに頼みたいことがあるんだけど、今いい ﹁頼みたいこと F.I.S. たのかはわからないが、詠一がノイズ⋮⋮ひいてはノイズギアエース 今回の通信も、おそらくは詠一の身柄の引渡しだろう。どこで漏れ なくスタッフたちの胃を脅かす。 だがそれだけに、F.I.S.からの通信というものは内容に関係 からすれば﹃F.I.S.から抜け落ちた良心﹄とも言えるのだ。 てしまえばF.I.S.という組織の一員でもあり、子供たちの視点 そのため、この施設のスタッフたちは、かなり大まかな言い方をし いるからだ。 子供たちの﹃共通する秘密﹄を隠すため、公的なスポンサーを遮って I.S.﹄という政府直下の聖遺物研究機関が、この施設に預けられた それは、白い孤児院の資金提供や運営を一部請け負っている﹃F. らかなほどではないが低いといえる。 白い孤児院の立場は、一般社会的な﹃児童養護施設﹄と比べて、明 ことよ。たぶん、そういう話だと思うわ﹂ ﹁悪いけど、いくら隠し伏せていてもバレちゃう時はバレちゃうって ﹁⋮⋮それは、やはり⋮⋮﹂ から、ちょっと急いでね﹂ ﹁ああ、別に力仕事なんかじゃないわ。ただお 上から通信が入ってる ことではない。 たようなことと言えば力仕事やプリント作成などで、今の彼にできる 子供の話し相手くらいならできるが、かつてスタッフに頼まれてい は両腕がないのだから。 頼みごとと言われて、詠一は首をかしげた。それもそのはず、彼に ? であることが、F.I.S.に知られてしまったのだろう。 26 ? もちろん、この施設のスタッフでないことは間違いない││と、詠 一は信じている。セレナと﹃約束﹄した通り、彼は自分の信頼を取り ﹂ 戻す手段はわからないながらも、この施設の仲間のことは信じ続けて いた。 ﹁││遅れました。こちらは星見詠一、そちらは 通信の内容は、言うまでもなく予想していた通りのものだった。引 渡しは今日の昼3時。ちょうど年少組がお昼寝をしている頃がいい だろうと、詠一からその時間を指定した。 引き渡された後の待遇については、 ﹁悪くはしない﹂の一点張り。人 前では言えないような実験やら研究やらの被研体にしたい、と暗に 言っているかのようだった。 スタッフには、自分がF.I.S.の元へ行くことはしばらく伏せ てもらうよう頼みこんだ。特にセレナには、何がなんでも誤魔化して もらうようにと。 詠一の知る限り、セレナ・カデンツァヴナ・イヴという少女は、柔 らかな物腰や優しげな雰囲気に反して、頑固なところはとことん頑固 なのだ。こうと決めたら動かないタイプというより、こうと決めたら たとえ動いてもそこに戻ってしまうような。 だ か ら、も し も 詠 一 が F.I.S.に 連 れ て 行 か れ た な ど と 聞 け ば、彼女は単身F.I.S.に乗り込んで詠一を取り戻そうとしかね ﹂ ない。もはやどちらがヒロインなのかというほどである。 行かないでください詠一さんっ ﹁⋮⋮どうしてもう知られているんだ⋮⋮﹂ ﹁絶対にダメですっ ! マリアを信用しすぎるスタッフにも、妹に弱すぎるマリアにも、そ して何より涙目になりながら詠一を思い留めさせようと必死なセレ ナにも、詠一はただ一言だけ言いたかった。 ︵みんな、なぜもう少し考えてから行動できないのだろうか⋮⋮︶ 27 ? ﹁珍しくマリアちゃんが口を滑らせちゃったみたいで⋮⋮﹂ ! 新たな旅立ち│終焉│ 陸上詠一が白い孤児院を離れてから一週間。 F.I.S.に訪れた彼に待っていたのは、度重なる薬物投与と全 身に及ぶ改造手術。 その過程で詠一は何度も気を失いかけたが、その度にノイズの因子 ││﹃ノイジウム﹄を活性化させる特殊な電流を流し込まれ、朦朧と 明確な意識を取り戻させられた。 ぁぐっ⋮⋮ぐぅううぅぅぅ⋮⋮ぅぁあ はぁっ、はぁっ、がふっげほっ、は⋮⋮あぁぁあぁッ ﹃うぁぁあああぁあぁぁっ ああぁぁッ ﹄ ! ノイジウムを活性化させる薬物と電流を投与し、よ たった1分程度しか変身が持続できないのだ ﹂ ? 止、詠一の回復を待とうとした。すると││、 被研体の体から⋮⋮火花 ? ⋮⋮5倍まで爆発的に増加 このままでは⋮⋮ ! ﹂ ﹁ア、ALPHALIASのノイジウムゲージ、許容限界の3⋮⋮4 ﹁なんだあれは⋮⋮ ﹂ 仕方なく、という様子を隠すこともせず、彼らは電流を一時的に停 だ。 にも珍しい﹃人間とノイジウムの融合体﹄⋮⋮。失うには惜しい人材 いくら詠一がノイズだとはいえど、研究者たちからすれば、彼は世 くはない状態。 るノイジウムの限界量は既に越え、体力もとっくに尽きていておかし 既に電流を流し始めて2時間40分が経過、詠一が体内に許容でき ! ? ﹁ノイジウムゲージ、許容限界を大幅に突破。ですが⋮⋮ッ ﹂ りノイジウムを効率的に使える体に仕立て上げたというのに、なぜ ﹁⋮⋮何故だ が心を育む⋮⋮それだけを信じて。 らば、まるで渇望するように実験へ臨んだ。痛みが力になり、苦しみ この痛みが、この苦しみが、誰かを││セレナを守るためのそれな かった。 しかしそんな苦痛と絶望の中でも、彼は﹁やめてくれ﹂とは言わな !! ? ! 28 !? ノ イ ズ ギ ア エー ス セ レ ナ ァ ァ ァ ァ よからぬ予感を感じたオペレーターの言葉よりも早く、詠一⋮⋮い や、ALPHALIASの肉体は変化を始めた。 ﹄ ﹃う ⋮⋮ う ぅ う ぅ ぉ お お あ ぁ あ あ あ ぁ あ あ ッ アァァァアアァッ 絶叫。 同時に砕け散るガラスと研究機材たち。 れ ら ﹂ おぉおおおぁぁぁぁぁッ のか武装研究員たちが彼に銃口を向けていた。 ﹁Fire ﹁待っ、てはくれないようだな ﹂ ようやく周囲に気付いた時には既に遅く、暴走したとでも思われた れた自己解決。 周りの惨状に気付くよりも早く浮かんだ疑問と、僅かな時間で行わ ⋮⋮いわばサンブレイズモードといったところか⋮⋮︶ ムーンモードの﹃救い出す力﹄でもない⋮⋮。これは﹃戦い抜く力﹄ ︵⋮⋮この姿⋮⋮スペースモードの﹃守り抜く力﹄でもなければ、フル に﹃ヒトを守る最大の犠牲者﹄のものでもあった。 研究者たちの望んだ﹃ノイズを狩る究極の英雄﹄のそれであり、同時 か 悲 痛 と 辛 苦 が 形 に な っ た か の よ う な そ の 姿 は、紛 れ も な く うにも見える。 ザーから零れるフォトンラインは、まるで血の涙を流しているかのよ を 失 っ た 彼 自 身 を 表 し て い る の だ ろ う か。表 情 の な い 紫 色 の バ イ 灰銀の体に真っ赤な傷痕。無残に破れたマフラーと片翼は﹃半身﹄ もくもくと立ち込める黒煙の中から、何かがぬっと現れた。 !! そして同時に、サンブレイズモードからフルムーンモードへとモー エースの絶叫が音波の障壁となって全ての弾丸を遮断。 撃て、という号令が行動に替わるよりも遥かに素早く、ノイズギア ! 29 !! α HOWLING BARRIER α ! !! ドチェンジし、研究員たちに虹色の波動を放った。 α PHOTON TRANQUILIZER α 虹色の波動に宿ったのは、肉体的本能を沈静化させる少しだけ強引 な鎮静剤。 本来はノイズを元の位相に帰すために用いる技だが、彼はその濃度 を極限まで薄めることで研究員たちの肉体に負担の少ない倦怠感を 与えた。 もちろん、相手は思考という名の﹃理性﹄を持つヒトだ。ノイズの ように肉体的本能を落ち着けた程度で動きを止めてくれるほど単純 ではない。それは、倦怠感を与えたところで同じ。 ︵このままではジリ貧⋮⋮だが、きっとこういう時にこそ︶ 詠一さんと居られる ! 30 Λ FLEXIBLE PROTECTER Λ ﹂ ︵本物の﹃ヒーロー﹄というものが、颯爽と現れるのだろう︶ ﹁詠一さんッ ﹁それでも私は、詠一さんと一緒に居たいッ ないわけではないだろう⋮⋮。なのに、君は││﹂ ﹁私がここを出てしまえば、君の身に危険が降りかかることがわから くれる犠牲者ではなく、ただ隣に佇んで笑ってくれる半身を││。 あいぼう あらゆる悲劇を救ってくれる英雄ではなく、あらゆる災難を庇って たのだ。 ときめくように踊る心は止まらない。そうだ、本当は彼も求めてい 一人﹄ということか︶ ︵君という子は本当に⋮⋮。だが、やはり君と私はどこまでも﹃二人で らスペースモードへとモードチェンジし、変身を解く。 辛抱弱い子だ、という言葉も口には出ず、彼はフルムーンモードか れらからノイズギアエースを守るように出現した白銀の波動障壁。 勢いが落ちたといえども未だ相次ぐ弾丸の嵐に辟易していた時、そ ! のなら、私は⋮⋮ッ ナを襲った。 ﹂ ! に⋮⋮ ﹂ ﹁マリア⋮⋮ ここから飛び出して、セレナと共に逃げ それに、調と切歌まで⋮⋮どうして君たちまでここ な連携は、事実そのように示し合わされていた。 刃が切り裂くのは、彼らの武装のみ。まるで示し合わせたかのよう ように庇い、通路の向こう側から赤と緑の刃が飛び出す。 たちの放った銃弾がセレナに届く直前、真っ黒な何かがセレナを覆う が││何も援軍は武装研究員たちだけではなかった。武装研究員 ﹁セレナには指一本も触れさせやしない ﹂ 全てを言い終えるよりも早く、武装研究員たちの援軍が今度はセレ ! ﹂ もしもエーイチがマリアとセレナを泣 かせたら、その時はこのイガリマで⋮⋮デースッ ! ﹂ ! │ ﹁はい、詠一さんッ ﹁いくぞセレナ。変身だ﹂ それはこわい、と苦笑した詠一はセレナにバイザーを投げ渡す。 ! ﹁あたしも調と同じデスッ たが二人の信頼に相応しい人なのかを見極めたい⋮⋮﹂ ﹁私はそんなマリアとセレナについていきたい⋮⋮。旅の中で、あな この状況に怯えているのだろう。しかし、詠一は何も言わない。 ふふん、と強がるような表情の奥には、きっと彼女本来の優しさが るというのなら、私だってそれについていくわ﹂ ﹁あら、私はセレナの姉よ !? │アクセスッ ! 31 ? !? 生きるために必要なこと│生活│ セレナ・カデンツァヴナ・イヴの手によって星見詠一がF.I.S. から助け出されて三ヶ月。 マリア・カデンツァヴナ・イヴ、月読調、暁切歌の助力もあり、彼 らはこれといった危機を迎えることもなく遥か東の島国、日本へと歩 を進めることができた。 しかし、日本に訪れた彼らを待っていたのは、決して穏やかで優し い日々だけではなかった。 アメリカでは不自然なほど高頻度な自然発生によるノイズによっ て人々の生活が脅かされていたが、この地ではそれがさらに機を増 し、何度も詠一たちに襲い掛かった。 そして、幾度もの戦いの中で、彼らは日本の有する﹃力﹄││特異 災害対策機動部二課の存在を知った。 彼らならば、シンフォギアの存在を知っている。事実、それを纏っ た青い髪の少女を何度か見かけたことがある。 シンフォギア装者の存在は貴重だ。特に、セレナのような先天的因 子適合者││狭義における﹃適合者﹄は、決して悪く扱われることは ないだろう。 マリアと調と切歌も、今はまだ研究所から盗み出したLiNKER があるが、これがいつ切れるか、そして想定外の悪作用を生み出すか わからない。 彼女たちだけでも、特異災害対策機動部二課に預けるべきではない のか。本来、自分がF.I.S.から逃げるために彼女たちを巻き込 んでしまったようなものだ。詠一は何度もそう考えた。 だがその度に、セレナの悲しげな表情が脳裏を過ぎり、一日、また 一日と日々が過ぎていってしまった。そう、彼はもう気付かないフリ ができなくなってしまったのだ。 ︵私は本当に、セレナがいないと何もできなくなってしまったのだな ⋮⋮︶ 詠一は気付いていた。気付いていて、気付かないフリをしていた。 32 さ け フリができていた。できなくなってしまった。 三ヶ月前、セレナの名を絶叫んでノイズギアエースとなった時のこ とは鮮明に覚えている。 か わ 中途半端な変身だった。力は湧き出ているのに、体を全て構築しき れずイナーシャルコントローラーが半分だけ未構築の状態で変身っ てしまった。 あれは、決して詠一の力が半端だったわけではない。心の支えと なっていた半身を失ったことが、形となって現れたに違いないのだ。 ノイズの出現が多発する東京を発ち、詠一の日本での貯金を切り崩 しながら旅を続けてきたが、最年長の詠一とてまだ17歳。次ぐマリ アですら15だ。 二年間アメリカで過ごしていた分、日本での貯金がほとんど使われ ていなかったのは幸いだが、それでも育ち盛りの少年少女が5人もい れば食費という負担は大きくなる。 特異災害対策機動部を頼らないと決めた以上、彼らは詠一という ﹃ノイズ﹄にとって脅威以外の何者でもなくなった。彼らに討伐され ないために、詠一たちはF.I.S.だけでなく特異災害対策機動部 からも逃げなくてはならなくなった。 食費と交通費、他にも金銭的問題は尽きないが、主にこの二つが今 の詠一ら一行を苦しめ続けていた。 ︵東京はノイズの出現頻度が高すぎ、愛知には私を苦しめ続けた実家 がある⋮⋮。足早にここまで来たはいいが、問題は今後の稼ぎと金銭 管理⋮⋮。後者はマリアに頼めばいいだろうが、前者は私の歳でも 雇ってくれる職場が果たしていくつあるか⋮⋮︶ この逃避行の始まりは、全てが﹃ノイズ﹄である自分のせいに他な らない。それは、どんなに優しい言葉を与えられたところで、詠一の 中で変わりなく在り続けるのだろう。 しかし、始まりがどのようなものであったにせよ、終わりまでもが うしろ こ こ 全て﹃逃げ﹄だけで済むはずがないのもまた事実。いつかどこかで、自 分の業と向き合う時が来るはずだ。 だ か ら こ そ、彼 は │ │ 星 見 詠 一 は 思 う。過去 に 支 え ら れ、現在 に 33 むこう 立って、未来に駆け出すために、逃げながらでも立ち向かう勇気を、彼 女たちと一緒に見つけ出さなければならないのだと。 ︵今の私にある勇気は、私自身が持っているものではない⋮⋮。この ︶ ﹃勇気﹄は、セレナが私にくれた﹃約束﹄という名の勇気。私が彼女と の約束を守るためにある勇気⋮⋮ 大切な少女から受け取った勇気は、彼にとって掛け替えのない宝物 であることは言うまでもない。 しかしそれゆえに、彼はその勇気だけは、 ﹃セレナ・カデンツァヴナ・ イヴの勇気﹄だけは﹁自分の業と闘う勇気﹂にしたくはなかった。で きるはずがなかった。 だから、見つけなければならない。いつかセレナが自分から離れて い く 時、独 り で も 自 分 自 身 と 闘 い 続 け ら れ る﹃星 見 詠 一 の 勇 気﹄を ⋮⋮。 ︵﹃ノイズへの変異症例第一号﹄⋮⋮か。ノイズの因子と結合して肉体 か れ を再構築するのではなく、ノイズの因子に適応して肉体を再構築する ⋮⋮。その差異はよくわからないが、研究員らは何故あれほどまでに ﹃変異症例﹄としての私にこだわっていたのか⋮⋮︶ 自分自身の勇気、それを見つけ出すためには自分自身の弱さと脆さ を見つめなおすことが一番の近道だと、白い孤児院で同僚のスタッフ の一人から聞いたことがある。 自分の弱さとは何か。詠一は目を閉じると、そよ風の音を聞きなが ひとり ら思案し始めた。すると、セレナたちに頼りきってしまっている現状 が真っ先に脳裏を過ぎった。孤独が強さだとは思わないが、甘えもま た弱さだ。 が、だからとて仲間との別離は、今以上の弱さを生むばかりか、か つて誓ったはずの﹃セレナを必ず守る﹄という約束すらも破ってしま う。彼女との約束を己が命よりも尊ぶ詠一にとって、それは身も心も 引き裂く暴挙だった。 仲間と一緒には居たい。だが甘えてばかりはいたくない。矛盾し ない願いでありながら、その折り合いは決して簡単にはつけられず、 性根の真面目さがマイナスな方向へと傾く。 34 ! ︵このまま旅を続けるのは、あまり得策ではない。四人を養うために も職場を見つけなければならないし、信頼し始めてくれてはいるが、 未だに警戒している調と切歌の気を少しでも早く楽にしてやらなけ れば、彼女たちも気疲れしてしまうだろう︶ ノイズとの戦いには、極力セレナと自分だけで対応することになっ ている以上、セレナの負担も大きくなる。公園で野宿ができるのは、 気候の暖かいあと数ヶ月程度のものだろう。その点においても、真っ 先に必要なものは金。 詠一とて無能ではない。京都に着いてから一週間、職場はもちろん 賃金の安い部屋もいくつか探した。だがやはり、子供の貯金⋮⋮それ も長旅で底も見え始めている金で借りられる部屋などあるわけがな く、食費というタイムリミットがあと数日まで迫っていた。 ﹁今日こそは⋮⋮﹂ ◇ 橙の宵と群青の夜が交わる暮れの刻、詠一は項垂れながら商店街を 歩いていた。 今日も一日、町を走り回りながら仕事探し。しかし面接に行き着く どころか、中卒ではそもそも就労条件を満たす職場自体がかなり限ら れていて、コネもなしではどこに行っても門前払いを受けてしまっ た。 ︵残された食費もあと僅か⋮⋮。ノイジウムを言い訳に食事のいらな い身だと偽ってきたものの、さすがに二週間も水と塩だけでは空腹で 気が狂いそうだ⋮⋮︶ ノイジウム⋮⋮ノイズの因子さえ吸収できれば理論上は食事のい らない身体であることは、決して嘘ではない。 しかし、戦闘時ですらノイズを極力倒さず元の位相に帰している詠 一が不用意にノイズを﹃喰う﹄ことなど出来るはずもなく、逃避行を 始めて三ヶ月間、虫や爬虫類の死骸を食べてやり過ごしてきた。 だがそれすらも既に限界。警鐘を鳴らし始めた⋮⋮いや、ずっと前 35 から鳴り続けていた生命の警鐘が、とうとう彼に危険信号を出し始め たのだ。 このまま何も食べなければ、餓死だけでは済まない。気が狂い、大 切な人たちを傷付けてしまう可能性が高くなってしまう。それは彼 にとって、飢えて死ぬよりも恐れるべき事態だった。 ︵⋮⋮調と切歌は育ち盛り。たくさんご飯を食べてもらわなければ。 ︶ セレナとマリアも今が大事な二次性徴期。栄養をたっぷり取っても らいたい⋮⋮。だから、私はまだ諦めない⋮⋮ さっき断られたブリキ工房の店長さんが教えてくれた、﹁もしかし たら詠一でも働けるかもしれない職場﹂⋮⋮そこに一縷の望みを託 し、彼はついにそこへとたどり着いた。 吉井修理工場。建付けの悪いガタガタのドアを少しだけ力を入れ て引くと、外からも聞こえていた騒音がいっそう激しさを増して詠一 の鼓膜を響かせた。 ﹁すみません。﹃ブリキの金子﹄の小野さんから紹介していただいた星 ああ、君がアルバイト志望の星見君だね。じゃあさっそくで 見という者ですが、吉井さんはいらっしゃいますでしょうか﹂ ﹁ん 面談室のようなものは無くてね﹂ ひとつ前の工場で聞いた通りの名前をすぐ近くの女性事務員に聞 いてみると、そのすぐ後ろで作業をしていた三十代ほどの男性が手を 止めて彼に近づいてきた。 胸元のプレートを見ると、 ﹃事務係長・吉井﹄と書かれていて、なる ほどよく見れば細身ながらも逞しい体つきをしていることが見てと れた。 ﹁金子さんのところから連絡はもらっているし、履歴書の内容と人柄 については目を通させてもらった。若いのに大変な暮らしをしてい るそうだね﹂ ﹁はい。ですが、仲間⋮⋮家族を養えるのは私だけですから、弱音は吐 きません。右腕は義手ですが、細かい作業や力仕事もできる特別製で すから、決して邪魔にはなりません﹂ 36 ! 悪いけど、こっちのテーブルに来てもらえるかな。うちは会議室とか ? ﹁ふむ、義手か⋮⋮。うちは細かい仕事も多いが、君に頼もうと思って ﹂ いるのは主に力仕事の方でね、どれくらいまで耐えられるか聞いてお いてもいいかな 右腕の義手は、F.I.S.の実験に従うかわりに要求した交換条 件のひとつだ。実験が終わってセレナと再会できた時、また昔のよう に﹁指切り﹂ができるように作ってもらった灰銀の右腕。 決して格好のいいものではないが、セレナを、約束を、守り抜くた めに必要なものだ。そしてそれは、今こうして彼女を養うための﹃仕 事﹄に活かされる。 どれだけ力を込めてもスペック以上の力など出ないとわかってい ながらも、詠一の腕に気合が入る。 ﹁片腕でも30kgまでのものは持ち上げられます。足と体力にも自 信はあります。両腕を使っていいのなら、80kgの荷物を持って2 時間程度なら直立できます﹂ ﹁そ り ゃ す ご い ね。細 身 な 割 に な か な か 頼 り に な り そ う だ。あ と は そこは大丈夫かな。できなければ正直に行ってくれ ⋮⋮そうだね、新人の内は事務のほうも時々手伝ってもらうが、君は 中卒だろう していましたので、Word、Excel、PowerPointの 扱いは心得ていますし、文法にも不備はありません。暗算には自信あ りませんが、電卓はそれなりに早い方だと自負しています﹂ F.I.S.製の義手が持つオーバースペックと、白い孤児院で自 然と身についたスキル。そこに彼自身が本来持つ誠実さと素直さが 加わり││なぜか一周して胡散臭くなる。 今まで門前払いを受け続けたおかげで披露されることはなかった が、右腕を得た彼の技能は総合的に高い。吉井は試すように三枚のプ リントとノートパソコンを彼に与え、その言葉に偽りがないかを見 守った。 すると彼は、尋常ならざるほどのスペックは見せないものの、概ね 言葉通り﹃早く﹄ ﹃確実に﹄三枚のプリントとまったく同じ内容のもの 37 ? ﹁はい、大丈夫です。アメリカで働いていた頃はデスクワークを主と て構わないよ﹂ ? を作り、吉井が仕掛けた罠││たった一枚のプリントの中にあった僅 かな誤字と表記ミスまでもを正してみせた。 ﹁ほう⋮⋮これは凄い。まだ現役の事務員には敵わないけれど、十分 すぎるほど早くて的確な仕事だ。誤字と表記ミスにもよく気がつい たね﹂ ﹁ありがとうございます﹂ 吉井は彼の技能を見終わると、一息おいてから改めて彼と向き合っ た。 あ、は い。免 許 が あ る だ け で、バ イ ク は 持 っ て い ま せ ん が ﹁そういえば君、確か普通二輪の免許を持っているらしいね﹂ ﹁え ⋮⋮﹂ ﹁ウチは廃品の修理はもちろんだが、一部お客さんから直接壊れた物 を預かることがあってね。修理できるできないに関係なく、一定期限 ﹂ を過ぎると現物を返すことになっている。その運搬にバイクを使う んだが、君⋮⋮外回りはできそうかい から始まるから、7時半には来るように。いいね ﹂ 調達もあるから、仕事には明後日から来てもらおうかな。業務は8時 ﹁そうか、では今日はここまでにしよう。シフトの調整や作業道具の 要素だろう。 られる﹃言い訳﹄がひとつでもあるというのは、決して小さくはない しかしそれでも、外回りの仕事││いつノイズが現れても駆けつけ ジが浮かんでしまうのが原因だろう。 はいるが、バイクというと暴走運転や騒音問題などでマイナスイメー 彼自身、特別バイクが好きというわけではない。偏見だとわかって ﹁はい、ぜひやらせていただきます﹂ すると詠一はこれにすぐさま食いついた。 吉井。 バイクといってもオンボロマシンもいいところだがね、と付け足す ? させていただきますので、よろしくお願いします﹂ ﹁はい。どうも、ありがとうございました。明後日から一生懸命やら 採用、の言葉に等しいものが、詠一の耳に届く。 ? 38 ? ﹁最後まで礼儀正しい子だね。では、期待させてもらうよ。気をつけ て帰りなさい﹂ その帰り道、彼の表情は今までになく晴れやかなものだった。 39 与えられるもの│邂逅│ その日、詠一は一人の男と出会った。 全身を真っ黒なライダースーツとロングコートで覆った巨漢。数 字に直して2メートルはあるだろうか。 男の名は﹃大地古唄﹄⋮⋮。普段は世界中をバイクひとつで旅して いるが、今日に限って実家に荷物を置きにきたところだったらしい。 ﹁そうか、住む場所を追われて日本に⋮⋮。大変だったな⋮⋮﹂ 彼は口数こそ少ないが、話を聞く方に回ればほどよく相槌も返し、 聞き上手であることがすぐにわかった。 そのせいだろう。僅かに、微かに、ほんのちょっとだけ、一般人に 言うべきではない研究のことや、そのために大切な人を見失いそうに なったことまで話してしまったのは。 し か し 古 唄 は そ の 話 を、た だ 静 か に 聞 き な が ら、最 後 に﹁そ う か ﹂ 40 ⋮⋮﹂とだけ返した。無暗に慰められたり同情されたり、まして知っ たようなことを言われるより、ずっとありがたかった。 ﹁⋮⋮もし、キミたちがいいなら、うちに来ないか⋮⋮ の身に何かあるようでは、詠一は死んでも死にきれないだろう。 れに、タダより高いものはない。ここで勝手に話を纏めてセレナたち 確かに野宿するよりはいい話だが、いくらなんでも突然すぎる。そ が、野宿し続けるよりはいいと思うぞ⋮⋮﹂ ば、深く訊くこともしてこないだろう。もちろん無理にとは言わない ﹁俺は苦手だが、母の性格は決して悪くはない。軽く事情を説明すれ やたら大きい実家で暮らしているとのことだった。 しており、さらには父親も幼い頃に亡くなっているらしく、母だけが さっきも言ったように、彼は一年のうち300日近くを国外で暮ら 世話をしてほしい﹂と言ってきた。 になるわけにはいかない、と断ろうとしたが、古唄は﹁それなら母の 当然、詠一は飯屋で会って意気投合しただけの他人にそこまで世話 けた。 一分ほどの間が空いた頃だろうか。彼は突然に、そんな話を持ちか ? だからこそ、彼は古唄に尋ねた。なぜ、そこまでするのかと。つい さっき会ったばかりの、どこの誰ともわからない人間に、家を貸し、母 を預けようとするのかを。 すると、彼はこう言った││。 ﹂ ﹁キミは⋮⋮俺の希望だからだ﹂ ﹁⋮⋮﹃希望﹄⋮⋮ 希望。古唄は確かにそう言った。 かつて彼は父親の虐待から己の身を守るために護身術を使って父 親を殺し、それゆえに周囲からは﹃親殺し﹄の名で呼ばれ、今は母か らも逃げるように旅をしているのだと。 そんな彼の言葉は、確かに両親の虐待から逃げてアメリカへと渡っ た詠一にも共感ができた。だからだろう、古唄と詠一の苦しみには大 きすぎるほどの差があったことにも、すぐに気がついた。 ﹁仲間⋮⋮か﹂ ﹁そうだ⋮⋮。キミは俺と同じ﹃過去﹄を持ちながら、俺とは違う﹃今﹄ を送っている⋮⋮。だからこそ、俺はキミの﹃未来﹄を守りたい⋮⋮﹂ それは、詠一に自分を投影することでしか幸せを見出せない現実へ の報復か、それとも彼に投影した虚像を現実に変えようとする覚悟の 表れか。 どちらにせよ、彼が詠一に持ちかけた話には、ただの親切心という 曖昧で非現実的な感情ではなく、よくも悪くも確かな﹃欲望﹄が見て 取れた。人は、欲望の為にはどこまでも素直だ。 ﹂ ﹁⋮⋮じゃあ、そのお話に甘えさせてもらいたい。いつ、どこに行けば いい 母にも、事情を説明しなければならないしな⋮⋮﹂ そう言うと、彼は目前に停めていたZZR1400のサイドミラー にかけていた黒いヘルメットを手にとった。 このバイクで送っていく、ということなのだろう。ライダー≒暴走 族というイメージが定着しているわけではないが、それを未だ拭いき れない詠一にとっては、正直タンデムという手段はあまり好ましくな 41 ? ﹁キミの時間の都合さえいいのなら、これから俺が案内しよう⋮⋮。 ? い。 だが、せっかくの好意を無碍にするわけにもいかないし、自分は家 を 借 り る 身 だ。贅 沢 は 言 え な い。詠 一 は 少 し だ け 躊 躇 し な が ら も、 ただのご飯でどこまでいったデ ﹁ありがとう。お願いする﹂と答えた。 ◇ ﹁エーイチってば遅すぎデースッ ﹁セレナはエーイチに甘すぎるデスよッ いくらエーイチがあたし ら。自分を帰る場所としてくれるのなら。 だからこそ、セレナは怒りはしない。きちんと帰ってきてくれるな た。 ろう。この旅を始めてからは、彼のそうした素振りは一気に身を潜め から離れて、どれだけ自分がセレナに依存しているかを自覚したのだ しかし、三ヶ月前の研究所脱走からそれは一変した。実際にセレナ れ、時にはセレナたちの元を離れようとした時があった。 レナたちの重荷になっているのではないか﹂という思い込みに悩まさ 詠一は自分が﹃ノイズ﹄になってからこれまで、何度か﹁自分がセ ない。というか、怒りの感情よりも心配が先んじているようだ。 セレナも同じように待たされてはいるが、切歌ほど腹を立ててはい 憤慨していた。 つ切歌は、昼前から出かけておいて三時になっても帰ってこない彼に 一方、散歩ついでに食事も済ませてくると言って出かけた詠一を待 てもいいんじゃないかな﹂ 時間って少ないから⋮⋮。たまには自分の過ごしたいように過ごし ﹁ま、まぁまぁ⋮⋮。わたしたちと違って、詠一さんはプライベートの たのに、これじゃセレナが可哀想デスよッ ﹂ スか 久しぶりにお仕事がお休みでみんな一緒にいられると思っ ! ﹂ ! ﹁わ、わたしはほら、帰ってきてくれさえすればどこに行ってくれても を置いて一人でお出かけなんてあんまりデスッ たちの中で唯一お金を稼いでくれてるとはいっても、他ならぬセレナ ! 42 ! ! 構わないから。それに、いつも働きづめで大変なんだから、ちょっと くらい豪勢なもの食べてほしいじゃない﹂ その豪勢な食べ物というのがジャンクフード︵280円︶とはいっ たい。 マリアは ﹁それよりも、詠一さんを探しに行ったマリア姉さんたちも遅いね。 見つけたらまっすぐ帰ってくるって言ってたのに﹂ ﹁ま、まさか変な男たちに連れていかれたりデスか⋮⋮ いな言い草ね ﹂ ﹁調﹃は﹄しっかりしてるって⋮⋮まるで私がしっかりしていないみた 突然に背後から聞こえる二色の声に、切歌は思わずぎくりとする。 ﹃ありえないから﹄ │﹂ 気が優しいし、調はしっかりしてるデスけどちっちゃいからありえ│ !? ﹂ ﹁体が小さいことは自覚しているけれど、まさか切ちゃんに言われる なんて思わなかったな﹂ ﹁は、はわ⋮⋮はわわわわわ⋮⋮ ﹂ この後めちゃくちゃ怒られた。 ◇ ﹁居候、ですか⋮⋮ ! ﹂ ? セレナは困り果てた。詠一は人を見る目がない⋮⋮というより、相 ﹁少なくとも、私の個人的な印象としては﹂ ﹁信用のできる人なんですか いでいたら、詠一の方がそれに触れてくれた。 昼前から出ておいて、随分と長い散歩だったことにはあまり触れな のは、やはりセレナだった。 夕方。ようやく廃工場へと帰ってきた詠一へ真っ先に声をかけた 思うんだ﹂ をいくつか充ててくれると言ってくれてな。その言葉に甘えようと ﹁ああ。細かい事情は後に回すが、とある人物が私たちに自宅の部屋 ? 43 ? 手が悪い人だとわかっていても﹃いいところ﹄だけを見ようとしてし まう癖があるからだ。 せめて相手が男性なのか女性なのか、信用できる根拠はなんなの か、何か交換条件でもあるならそれがなんなのかくらい聞かせてもら いたかった。 すると、そんなセレナの心中を察したのか、詠一は﹁大丈夫、セレ ナたちに危害を加えるような人じゃないことだけは、言い切れる﹂と 付け足した。 ︵だからその根拠を言ってほしいんですが⋮⋮︶ セレナは頭を抱えながらも、同時に安心感を得ていた。 彼は人を疑わない。それはいいことでもあれば、悪いことでもあ る。しかしだからといって、セレナたちに迫る脅威に鈍感ではない。 詠一は﹁大丈夫﹂と言ったのだ。信用のできるできないを自分だけ の判断で済ませることをせず、セレナたちにもそれを託した上で、身 詠一さん﹂ もちろんだ。セレナたちの安 44 の安全に限っては﹁大丈夫﹂と言ったのだ。 ﹁約束、覚えていますか ﹁﹃君だけは、必ず守る﹄⋮⋮だろう 全だけは、必ず保証する﹂ のだ。 約束。それを彼が覚えている限り、セレナは詠一を信じ続けられる ? ? 始まりの事件│異変│ 大地古唄の提案で、大地家に居候することになった詠一たち。 最初は生活サイクルの不安定さを家主である古唄の母││唱子に 叱られたりもしたが、一週間もすればそれも改善された。 そしてついに先日、古唄も愛車﹃ZZR1400﹄と共に姿を消し てしまった。唱子曰く、彼はいつも自分が寝静まった時を見計らって 旅に出てしまうのだと言う。 大地家の一日は、まずセレナの起床から始まる。早朝5時に起きて 朝食を作ると、詠一を起こしに行き、詠一が身支度をしている間に食 器の配膳。 詠一が起きてきたら、他のみんなよりも少し早く二人で朝食をと り、彼が出勤する7時までしばしの雑談に花を咲かせ、彼を見送って から食器の片付け。 45 7時半にもなれば、唱子以外の全員が起きてくる。唱子の仕事は基 本的に昼、お天道様が真上に上った頃からのパートなので、夜の10 時からまるっと12時間は寝っぱなしなのである。 ﹁おはようセレナ。今日も早いわね⋮⋮﹂ ﹂ ﹁おはよう、マリア姉さん。ご飯はもう出来てるから、顔を洗ってきた ら れる。おかげで最近はだいぶ寝不足である。 ちょうどいい湯たんぽであり、布団に潜り込まれては身動きを封じら まだまだ寒いこの時期、体温の高いマリアは調と切歌にとっても で、マリアが子供に好かれるのは当然ともいえた。 も、人間らしく弱い一面のある人物に親近感を覚える。そういう意味 子供は母性のある女性に惹かれるし、完璧で頼りになる人間より るいはその両方か。 なものか、それとも時折見せる子供のような打たれ弱さのせいか、あ マリアは子供によく懐かれる。先天的に持ち合わせた母性のよう い湯たんぽにはなったけれど﹂ ﹁そうするわ。昨夜も調と切歌のせいで寝不足なのよ⋮⋮。まぁ、い ? ﹁あまり眠いようなら、大人しく二度寝した方がいいんじゃないかな。 唱子さんが起きる前に起こしてあげるから﹂ ﹁まぁ、ごはんを食べたら目が覚めてしまうから、別にいいわ。いざと いう時は調と切歌に言い聞かせるし﹂ ︵聞いてくれないと思うなぁ⋮⋮︶ 詠一が仕事に出ている間、セレナたちに与えられた仕事というもの は多くない。 家事のほとんどはセレナが一人で行い、マリアがその一部を手伝い ながら調と切歌の世話を焼いている。 買い物は唱子から預かった予算内で納めなければならないが、家計 のやりくりはマリアが得意としていたので問題はなかったし、買い物 自体は調と切歌が率先して手伝ってくれたので、自由な時間は多かっ た。 顔を洗いに洗面所に行ったマリアを見送ると、セレナは次の仕事に 46 とりかかる。 お皿とおかずは既に並べてあるし、ごはんとお味噌汁は各自が自分 で好きな量をよそうことにしているので、彼女達が食事を終えて食器 が空になるまでに、洗濯物をしなければならないのだ。 大地家ではズボン・デニム用のカゴと下着・Tシャツ用のカゴ、そ れ以外︵上着など︶用のカゴの三つに分けられており、下着・Tシャ ツ↓ズボン・デニム↓エトセトラの順で洗濯機を使っている。 環境的に、詠一は自分だけ別々に洗おうと提案したのだが、セレナ と唱子はもちろん、マリアと調、そして一番そういうことに敏感な年 頃の切歌までもが﹁別にそのくらい気にしない﹂というスタンスだっ たので、一緒に洗っている。 こういう時、周囲に気を使いすぎて空回りするのが詠一の男性らし いところだ、とセレナは笑っていた。もっとも、切歌はやはり少しだ け気にしていたようだが、セレナの手間を増やすくらいなら、と考え 直したようだ。 ︶ ︵⋮⋮そういえば、詠一さんってスーツの下はいつも同じシャツばっ かりだけど、いったい何着持ってるんだろう⋮⋮ ? 詠一の普段着は、黒いTシャツの上に白いスーツとスラックス。そ して細いチェーンで繋がれた青い宝石のようなガラス玉のネックレ ス。 スーツとスラックスはしばしばクリーニングに出していて、スラッ クスに至ってはスペアまで持って日本に来たので、よほどのことがな い限り、﹁詠一=白﹂というイメージはなくならないだろう。 ただ、そうそう脱衣場で見かけないスーツとは違い、Tシャツはい つも黒。似ているだけの別物というわけでもなく、左胸には青色の翼 を模したロゴが入っており、彼がこのブランドを好んでいることがわ かる。 ︵施設にいた時は誰も同じロゴの服は持ってなかったから、日本のも のなのかな︶ 詠一とはアメリカで出逢い、アメリカで長い時を共有したが、彼の 母国は日本の愛知県である。 慌てふためくセレナの様子に対してさほど関心を示すことなく、切 歌は彼女の持つカゴの中からタオルをひとつ摘み、踵を返した。 47 親の虐待から逃げてアメリカまで訪れたはいいが、すぐにお金が尽 きて行き倒れになっていたところをセレナが拾ったのが、彼と彼女の 出逢いだった。 おかげで両者は互いに最も親しい友人同士になれたのだが、それだ けに彼の﹃日本人らしさ﹄は忘れがちになりつつあった。 ︵⋮⋮詠一さんの匂いって、なんだか安心するなぁ⋮⋮︶ 詠一のシャツに顔をうずめて、すんすんと鼻を鳴らすと、彼の持つ ほら、詠一さんの エーイチの服なんて握り締めて、いったい何してるデス 慈愛に満ちた温かみに包まれるような感覚が、セレナの心を満たし た。 ﹂ あっ、ううん な、なんでもないよ ﹁セレナ か ﹁えっ ﹂ だ か ら 何 着 あ る の か と ほんとに 服って同じのがたくさんあるでしょう 思ってぼーっとしてただけなの ! ! ! ? ﹁は、はぁ⋮⋮。さいデスか⋮⋮﹂ ! ? !? ? ﹁それはまだ洗ってないよ ﹂ だけでなく調や切歌から見ても明らかなのだが。 どうしたの切歌﹂ ﹁⋮⋮セレナは﹂ ﹁うん ﹂ が確認できてしまうほど盛大に。 ﹁すっ、すすすすすっ⋮⋮ ? 思うデスよ ﹂ エーイチだって鈍感じゃないんデスから今頃とっくに気付いてると ﹁えっ、いやまさかアレで今まで隠し果せてたと思ってたデスか おお 転けた。それはもう、お気に入りのワンピースの裾から見事に中身 ﹁⋮⋮セレナは、エーイチのどこが好きなんデスか ﹂ 実際のところ、雑巾を作るだけの手間が面倒なだけなのは、セレナ というのが唱子の言い分。 ブルの上にこぼれた程度ならわざわざ雑巾を作る必要はないだろう、 床にこぼれてしまった場合はさすがに専用のタオルを使うが、テー オルがその代わりだ。 キッチンに雑巾を置くという習慣のない大地家では、使用済みのタ ﹁こぼれたお茶を拭くだけデスから、これでいいデスよ﹂ ? !? ﹁嘘⋮⋮っ ﹁そんなっ ◇ ﹂ 京都にノイズッ !? セレナが街に訪れた時、既にそこは地獄絵図だった。 ﹂ │速やかに最寄のシェルターまで避難してください│ │緊急特別警報が発令されました│ ことにして││﹂ 諦めが入ってるから、気付いてたとしてもたぶんもう気のせいだった ﹁いやぁ、それはないと思うな⋮⋮。詠一さんって恋愛関係にかなり ? !? !? 48 ? ? 観光地としても人気の高い京都という街だからこそだろう。ノイ いくら人が多いといっても、どうしてこんなに被 ズと共に炭素と散った人々の黒い痕跡ばかりが、その街を彩ってい る。 ﹂ ﹁そんな⋮⋮ッ 害が⋮⋮ ﹃⋮⋮⋮⋮﹄ 動光線は彼女にとって唯一の攻撃手段であると同時に、﹁砂漠の砂粒 Anotherノイズギアほど多くの光線技は持たないが、この波 る。 よる波動障壁での防御と、光の波動を用いた波動光線が主力武器とな 戦闘スタイルは極めて防御的で、アームドギアを用いることなく音に 絶唱特性を﹃エネルギーベクトルの操作﹄とするに相応しく、その ガートラーム。 セレナが身に纏うは、白銀にして純白のシンフォギア。その名をア Λ セイレーン コフィン アガートラーム トローン Λ 故に、彼女は詠う││。このノイズギアエースは⋮⋮﹃敵﹄だ。 いと。 もいうべき根本的な部分で、このノイズギアエースは﹃詠一﹄ではな だがセレナには即座にわかった。理屈などではなく、本能や直感と だった。 そこにいたのは、紛れもなくセレナの半身││ノイズギアエース ﹁⋮⋮なっ⋮⋮ ﹂ には大きな紫色のバイザーがかけられている。 胸には丸い宝玉のような器官が存在し、背中には巨大な翼が生え、顔 真っ黒なボディに、傷痕のようなオレンジ色のカラーアクセント。 気味な影が現れた。 ふと、セレナを襲う急激な悪寒。咄嗟にその身を翻すと、そこに不 !? !? ひとつを撃ち抜く﹂とすら言われるほどの、極めて高い精密射撃能力 を持つ。 49 ! ﹁あなたが何者かはわかりませんが、その姿を⋮⋮詠一さんを騙りな がら悪事を働くのであれば、わたしはあなたを見過ごせません﹂ ﹃⋮⋮⋮⋮﹄ 牽制はしない。まずは相手の出方を伺い、明確に攻撃の意思がある かどうかを探る。敵とはいえ、もしも会話で和解が可能なら、それに 越したことはない。 故にその掌もまた拳を握らず、身構えることもしない。ただ、相手 がいつ攻撃を仕掛けてきてもいいように、その動作のひとつひとつに 注意しながら、返事を待つ。 シンフォギアを纏ったのは、ノイズギアエースとは違い、炭素分解 能力を持つ可能性がないとは言い切れないが故の、自己防衛手段でし かないのだ。 ︵あの全身から漏れ出てる不快な違和感のような感覚は、たぶん前に ︶ 詠一さんが言ってた﹃殺気﹄⋮⋮。きっとコスプレとかじゃない、こ の人⋮⋮ノイジウムを投与された人間なんだ⋮⋮ ノイジウム、あるいはノイズ因子と呼ばれるそれは、常人では届き 得ぬほどに健全かつ強靭な肉体と理性を持つ人間にしか﹃融合﹄でき ず、さらに詠一のようなノイジウムに﹃適合﹄した者でしか、自由に 操ることはできない。 おそらくこのニセノイズギアエースは、常人にノイジウムを強制的 に投与して生まれた、謂わば﹃失敗作﹄ともいえる暴走ノイズギア⋮⋮ いわばカオスノイズギア。 こんなものが作れる知識・設備・技術を持つ機関など、セレナには ひとつしか思い浮かばなかった。 ︶ ︵F.I.S.は、あの時に詠一さんから取ったデータを使って、こん な実験までしてたんだ⋮⋮ ﹂ ﹂ 二つの感情がひとつになる時、それを拭う﹃手﹄は現れる。 ﹁セレナッ ﹁詠一さんっ 50 ! ふつふつとこみ上げてくる怒り。そしてじわりと零れ出る悲しみ。 ! セレナとカオスノイズギアの対峙を見た詠一は、すぐさまセレナに ! ! 向かって駆け出す。 しかしその瞬間、これまで沈黙を保っていたカオスノイズギアが、 ﹄ 避けて詠一さんッ ﹂ まるでスイッチを入れたように絶叫を上げながら、詠一へと襲い掛 かった。 ﹃ゼェアッ ﹁いけないっ ﹂ 炭素分解 ! ﹂ ﹁詠一さん されるかもしれません 生身でその人の攻撃を受けちゃダメです ﹁なんて酷いことを⋮⋮。これは、もしやF.I.S.の仕業か⋮⋮ で回避すると、すぐさま状況を理解した。 凄まじい勢いで放たれた飛び蹴りを、詠一は上体を横に逸らすこと ! う術はない⋮⋮ ︶ るかどうかわからないが、ノイジウムを除去するしか、この人物を救 ︵確かに、自分の力をきちんと制御できてはいなさそうだ⋮⋮。でき ! ﹂ ﹄ ﹁この程度ッ ﹃ゼェアッ はたった1分間しか保てない。 を著しく低下させる。ノイジウムゲージが点滅している今、彼の変身 セレナを介さない単独での変身は、彼のノイジウムへの適合係数を オスノイズギアと対峙する。 ならば、と詠一はすぐさまその身をノイズギアエースに変えて、カ ! 間という厳しすぎる制限が存在する。 ! ! ド。 ﹁はぁぁぁ⋮⋮ッ ﹄ 悪を憎み、強き心を持って討ち斃す赤き姿││サンブレイズモー 判断し、その右手を天高く掲げ、青い光を経て赤い光を全身に浴びた。 短期決戦。この戦いを制するためには、それしかない。詠一はそう ﹁ダイナミックキャスト・サンブレイズッ ﹂ 間制限のないカオスノイズギアとは違い、ノイズギアエースには1分 二人のノイズギア。しかしノイジウムに取り込まれている故に時 ! ! 51 ! !! ! ! ノイズギアエースとカオスノイズギアは、互いに作った拳を突き出 すと、その拳同士をぶつけ合った。 両者の力はまったくの互角。﹃守る姿﹄から﹃救う姿﹄を経て﹃戦う 姿﹄となったノイズギアエースではあるが、最初から理性や身体制御 能力が外れているカオスノイズギアとは、元々のパワーに差があるの だ。 ノイズギアの性質上、シンフォギアを纏うセレナが攻撃を加えれ ば、カオスノイズギアを構成しているノイジウムの大部分を著しく損 だが、本 傷させてしまう。そうなれば、変身者も無事では済まない。それは詠 一とセレナにとって、望むところではない。 ﹁くっ、さすがに並のノイズほど楽な相手ではないか⋮⋮ ﹂ 今の私だけでは押さえきれない⋮⋮ み、強引に上へと放り投げる。 ︵なんというパワーだ⋮⋮ ! ことなく、続けざまに放たれたノイズギアエースの拳をむんずと掴 だがカオスノイズギアはそれを受けきってなお勢いを衰えさせる 両手によるパンチを相手の腹部に叩き込むノイズギアエース。 カオスノイズギアの放った右の拳を両腕で外向きに弾き、すぐさま いッ 能任せの攻撃なら、先んじて読みかわすことも、難しいことではな ! の表情が過ぎった。 ! ︶ ならばこそ、私には彼女を巻き込んだ ︵⋮⋮いや、既に彼女は﹁巻き込まれている﹂ッ この私が巻き込んだのだッ 者として果たすべき義があるッ ! して見ていた時も、彼女だけはまっすぐに詠一のことを見ていた。 だったら、彼女は中途半端な気持ちで巻き込まれてなどいないッ 今、こうして詠一が足踏みしている時も、彼女は全力で詠一を応援 ! 彼がノイズとなって帰ってきた日も、周りの誰もが彼をバケモノと そうだ、セレナはいつだってまっすぐに﹃星見詠一﹄を見ていた。 中途半端は、嫌だから。 他の誰でもなく、 瞬間、ノイズギアエース⋮⋮いや、詠一の脳裏に、寂しげなセレナ しかし、これほどの強敵を相手に、セレナを巻き込むわけには⋮⋮︶ ! ! 52 ! し、そして、彼が口にするたった一言を待ち続けているのだッ ﹂ ﹄ 助けるための力がほしかった。 け シンフォギアのように、何かを討つ力ではなく││ただ守り、救い、 ⋮⋮わたしに、誰かを助ける力をくれて﹂ ん が わ た し を 頼 っ て く れ て。わ た し を 必 要 と し て く れ て。そ し て ﹁⋮⋮謝らないでください、詠一さん。わたし、嬉しいんです。詠一さ ⋮⋮﹂ ﹁すまない、セレナ⋮⋮。また君の力を借りなければならないようだ 間の姿へと戻り、セレナにコントロールバイザーを投げ渡す。 この一瞬を逃す手はない。詠一は即座にノイズギアエースから人 た。 の足をひっ掴んで、10メートルほど先まで思い切りよく投げ飛ばし たカオスノイズギアが勢いのままに倒れると、ノイズギアエースはそ 両の手で胸部を強打し、のけぞる瞬間に足を払う。バランスを崩し ﹃ドォアッ⋮⋮ ﹁せぇあッ 言葉があるッ ウ﹄が求めている。ならばッ、今だからこそ絶叫ばなければならない さ ならば、言うしかないだろう。彼女が待っている。自分の﹃ホント ! ﹂ そんなセレナの願いと想いに応えるかのごとく、コントロールバイ │ ! ザーは輝いた。 ﹂ ﹁⋮⋮いこう、セレナ。私には今、君の力が必要だッ ﹁⋮⋮はいッ │アクセス ! ! 53 ! !? ! フルムーン│救済│ ﹄ ﹁すぅーっ、はぁぁぁ⋮⋮﹂ ﹃アァァァッ、ィイヤッ 対峙する二人のノイズギア。 人としての意識だけでなく、権利や尊厳までもを奪われたカオスノ イズギアを救うには、ノイジウムの操作に優れるノイズギアエース・ フルムーンモードしかない。 しかし、カオスノイズギアは強敵だ。単純な格闘能力の差だけでは ない。まるで今の自分を呪うように、それとも目の前のノイズギア エースを呪うように、そしてそれ以上に、ただ生命ある者として生き ることにしがみつくように、必死だ。 そんなカオスノイズギアと戦う以上、ノイズギアエースも半端な気 持ちで向き合うことはできない。生きたいと願う生命に、本当の意味 で﹁生きて﹂もらうために、彼と彼女は手を抜かない。 ︵セレナ、彼は強敵だ。私の﹃力﹄だけでは、いかにフルムーンモード といえど、彼の心と体を両方救うことはできないだろう⋮⋮。だが、 君がいれば⋮⋮︶ ︵わかっています。力だけじゃダメだってことも、詠一さんが本当に 私のことを求めてくれているってことも。だから私も、本気の心で彼 と向き合います。心のない力なんて、ただの暴力だから⋮⋮︶ 向けられる拳を全て寸でのところで回避しながら、二人は一人で会 話する。 この拳を避けているのはどちらだろう、とセレナは思った。ノイズ ギアエースの肉体は、間違いなく詠一のものだ。しかし、それを動か しているのはセレナだ。 拳を避けているのはセレナ。けれど拳を避けさせているのは詠一 の動体視力と運動能力の影響に違いない。だから、セレナは悩む。こ の心と体は、本当はいったいどっちのものなのかと。 その答えを知るよりも早く、カオスノイズギアの攻め方が変わっ た。怒涛の勢い、という表現が適切であった拳の連撃から、今度は閃 54 ! くように鋭い回し蹴りが二発。 一発目は頬を掠めるだけに終わったが、二発目は脇腹に直撃し、ノ イズギアエースは大地を大きくバウンドしながら10メートル以上 の距離を開けられた。痛い、という愚痴よりも先に、マズい、という 焦りが腹の底から湧き上がる。 その戦慄とも形容し得る感情が消えない内に、カオスノイズギアは トドメの一手へと歩を進めていた。両腕を左右に広げ、胸の前でノイ ジウムの光球を作り出し、それを撃ち放とうとしているのだ。 おそらく、あの光球こそがカオスノイズギア最大の攻撃。そう本能 的に理解したノイズギアエースは、咄嗟にノイジウムを放出、自らの ﹄ ﹂ このままでは、破ら 前でバリアを張ることに成功する。だが⋮⋮、 ﹃ダァァァァッ ﹄ ﹃ダメだセレナ バリアの展開が遅かった れる⋮⋮ッ 証だ。 だから││ノイズギアエースは立ち上がる。 ﹁痛い、辛い、苦しい⋮⋮これが、ヒトと戦うってことなの⋮⋮ ﹂ 死で否定するための、人間としての尊厳を保とうと必死になっている でもない。そう、これは﹃攻撃﹄ではなく﹃抵抗﹄⋮⋮今の自分を必 手加減なんて一切ない、しかし呪いや憎しみが込められているわけ エースに直撃する。 するも、ガラスのように細かく散って、その後ろにいたノイズギア 虹色のバリアは、僅かに一瞬その光球の勢いを緩めさせることに成功 通常時よりもノイジウムをしっかり練りこむことができなかった 咄嗟、というのが悪かったのだろう。 ﹁けれど、もう避けきれな⋮⋮きゃああああああっ ! ! ! セレナは、今ようやくわかった。カオスノイズギアとノイズギア ﹁うん⋮⋮泣いてる人には、手を差し伸べてあげなくちゃ、ですよね﹂ ⋮⋮﹄ 痛 み を、あ の カ オ ス ノ イ ズ ギ ア も 背 負 っ て い る。だ か ら、私 た ち は ﹃そうだセレナ。そしてこの苦痛を、この泣きたくなるような寂しい ? 55 ! ! エースの違い⋮⋮それは、心と体。 ノイズギアエースは、セレナと詠一の心がひとつになることで、初 めてその身体をひとつに纏めることができる。だから、二人で一人│ │どっちの体でも、どっちの心でもなく、二人でひとつの心と体。 けれど、カオスノイズギアはそうじゃない。彼は、彼の心は、カオ スノイズギアを受け入れようとはしていない。むしろ、必死で自分か らカオスノイズギアを引き剥がそうとしている。 だから、勝機は必ずある。今は見えないが、見えないだけだ。無い ﹄ わけじゃない。 ﹃ドォアッ ﹂ ﹃ダァァァァッ ﹄ て空中へと跳び上がる。 反撃を受けたカオスノイズギアは一瞬よろめくも、すぐに立て直し ばす。 イズギアエースは掌で弾き、同じように掌を上下に重ねて胴を突き飛 両の拳を上下に重ねた風変わりなカオスノイズギアのパンチを、ノ ﹁はぁっ ! ! つく。 ﹁一気に墜としますッ ! せて地面へと落ちていく。 掌をカオスノイズギアの胸に当て、身動きをさせないまま重力に任 α LIGHTNING STRIKE α ﹂ る高さを、ノイズギアエースは助走もなしにひと跳びし、それに追い バランスなど整える余裕は与えない。軽く20メートル以上はあ 計らってカオスノイズギアの足を掴み、再び空中に放り投げる。 は直線だ。ギリギリのところで避けることに成功し、通過の一瞬を見 凄まじい勢いのついた跳び蹴りがノイズギアエースに迫るが、軌道 あって動きが速い⋮⋮ッ ﹂ ﹁き ゃ っ ⋮⋮ 危 な か っ た ⋮⋮。さ す が に 人 の 形 を し て い る だ け ! ! 56 ! LIGHTNING STRIKEの威力は、ノイズギアエースの 体重+対象の重さと、上昇高度と落下速度に比例して強力になる。 そんなこの技の性質を理解したカオスノイズギアは、どうにかして ﹄ そこから離れようと身をよじるが、ノイズギアエースの手はそれを許 さない。 ﹃ォオォァッ ドスン、という重い衝撃音を伴って、カオスノイズギアの背中が大 地に叩きつけられる。 掌によって抑えられていた胸は、地面にぶつける直前で離されてい るため、肋骨が折れるようなことはないが、肺を強打して呼吸困難に は陥っているだろう。 この隙を逃すわけにはいかない。ノイズギアエースは胸のノイジ ウムゲージからノイジウムを放出すると、それを押し出すようにカオ スノイズギアへと照射する。 α PHOTON TRANQUILIZER α Anotherノイズギアの最大の特徴は、ノイジウムの性質変 換。体内のノイジウムの粒子振動を加速させることで攻撃的な性質 を与え、逆に減速させることで体力が衰退する。 普段のAnotherノイズギアは前者によって格闘能力や動体 視力などの感覚器官を向上させ、後者は対象の気力を奪う光線技とし て使っている。 おそらくPHOTON TRANQUILIZERは、後者の性質 を最も顕著に表した技でありながら、同時に最もかけ離れた性質を持 つ特殊な光線だろう。 PHOTON TRANQUILIZERの性質││それは、放出 したノイジウムを対象のノイジウムに馴染ませること。 ただ粒子減速させたノイジウムをぶつけて体力を減退させるので はなく、対象の体内にあるノイジウムを持続的に減退させ続ける特殊 なノイジウムを放射・定着させるのが、この技の真価だ。 故に、本来ならばノイズかノイズギアにしか意味をなさない真価で もあるのだが⋮⋮。 57 ! ﹃オォ⋮⋮ァァァ⋮⋮﹄ PHOTON TRANQUILIZERを受けると同時に、カオ スノイズギアの体から邪悪な光が抜けていくのが見えた。おそらく、 その光こそがカオスノイズギアを蝕んでいたノイジウムだったのだ ろう。 そう理解すると、Anotherノイズギアは全身を赤く発光さ せ、その姿をフルムーンモードからサンブレイズモードへと変化さ せ、胸の前で赤色の光球を作り出し、それをカオスノイズギアの背後 に佇むノイジウムへと放つ。 α PHOTON PROMINENCE α カオスノイズギアという肉体と思考能力を得ていたからこそ凶悪 ともいえるほどの力を持っていたノイジウムだが、実体を失ってしま TRANQUILIZERの運用は二人にとっても初めての試み だった。 そのため、まだ完全にノイジウムが抜け切っているか否かわからな い以上、不用意に近づいて抵抗できなくなるような失態は避けなけれ ばならなかった。 ﹁幸い、呼吸はある。セレナは一度戻って救急車を呼んでくれ﹂ 58 えば抵抗力などは持ち合わせていない。 PHOTON PROMINENCEの直撃を受けたノイジウム は即座に霧散、カオスノイズギアの肉体も徐々に人間のそれへと戻っ ていくのを見届けると同時に、胸のライフゲージが点滅を開始。 Anotherノイズギアの合体変身を解除し、詠一とセレナは静 かにカオスノイズギアであった人物を見守る。 ﹁この顔には見覚えがある⋮⋮。私がF.I.S.の研究施設に居た 頃、何度か顔を合わせたことがあったはずだ⋮⋮﹂ ﹂ ﹁自分の仲間の研究員を実験台にしたってことですか そんな⋮⋮ ひどい⋮⋮ !? すぐにでも駆け寄って様子を看てやりたいが、先程のPHOTON ! 携帯電話を買う金のない詠一たちにとって、連絡手段といえばもっ ぱら家か職場の固定電話だ。 ここから大地家まで、歩いて15分。走っていけば、少しは早くな るかといえば、2分か3分程度の違いしか生まれないだろう。それで もセレナは、自分の体力の許す全力を以て、家へと駆け出した。 詠一は、万が一に備えてコントロールバイザーを右手に握り締めな がら、倒れた研究員の傍で立ち続けた。 できることなら、病院につくまで目を覚ましてほしくはない。 ノイズギアエース││彼らの言う﹃ALPHALIAS﹄がこの京 都に存在していることがわかれば、間違いなく彼らは自分を追ってこ こへ訪れるだろう。 そうなれば、今し方ここで戦ったばかりのカオスノイズギアが、複 数この街へ襲ってくる可能性も否めなくなる。 F.I.S.からは逃げなければならない。しかし、ノイズやカオ スノイズギアが現れれば、戦う力を持った自分たちがこの街を守らな ければならない。 だからこそ、研究員を今、目覚めさせることは避けたかった。 しかし、もう遅い││。 ﹁⋮⋮くっ、うぅ⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮セレナを行かせて正解だったな﹂ ぼうっ、とした研究員の視線と、詠一の視線が、ひとつの線となっ て結ばれた。 59 ﹂ 本当に守りたいもの│平穏│ ﹁⋮⋮ここ、は⋮⋮ ﹁⋮⋮目が覚めたか、ドクター・ジオ﹂ セ レ ナ が 走 り 去 っ て 数 刻 と 待 た ず、F.I.S.研 究 員﹃ジ ャ ス な ぜ A L P H A L I A S が ⋮⋮。い パー・ジオ﹄は目を覚ました。 ﹁A L P H A L I A S ⋮⋮ ﹁⋮⋮なぜ、私を助けた 私は⋮⋮いや私たちは、君をノイズとして だが同時に、それが彼に新たな疑問を持たせることになった。 況を確認し、自分がされたこと、自分のしたことを瞬時に理解した。 ジャスパーは自らを見下ろす詠一の視線に怯むも、冷静に周囲の状 や、確か私はノイジウムの投与実験で⋮⋮﹂ ? ので、セレナとの約束を汚させるわけにはいかない。だから、詠一は 弱者と強者を必ず生み出し、そこに敗者と勝者を形作る。そんなも ない。 としても、争うということは他者を傷つけること、貶めることでしか 戦いとは醜いものだ。たとえどれほど崇高で切実な理由があった 汚したくないとも思っていた⋮⋮︶ めだけに戦ってきた⋮⋮。だが、俺が戦う理由で、セレナとの約束を ︵そうだ⋮⋮。俺は今まで、セレナのために⋮⋮セレナとの約束のた なかった。だが、ようやくその答えが見えた気がした。 今までなぜ自分が他人のために戦い続けるのかなど、考えたことも けようとする。 助けられるかもしれないものは助ける。助けられないとしても助 になるはずだ﹂ だけの力があった。だとすれば、私があなたを助けるには十分な理由 前に助けられるかもしれない命があり、私の手にはそれを助けられる ﹁私ひとりの感情で、目の前の命を見捨てることなどできない。目の だ⋮⋮﹂ 扱い、実験動物のように扱った。君にとっては類なき仇敵であるはず ? 今この瞬間、ついに見つけた。 60 ? 彼の戦う理由。それは││ めに、私は││ ︶ ために私自身が犠牲になろうとも、私以外の誰もを英雄にさせないた バケモノ ︵目の前で苦しんでいる人を、可能な限り救いたい⋮⋮。たとえその ! れを待て﹂ ﹁ただひとつ、私が言えることがあるとすれば⋮⋮貴方は私のように、 れていた籠の中の鳥ではない。 自身の責任感が判断すべきこと。彼はもう、ただ研究所に飼いならさ そしてそのすべきこと、すべきでないことに従うか否かもまた、彼 は自分のすべきこと、すべきではないことがわかるはずだ。 責任を感じ、責任を背負い、責任を果たすことのできる大人なら、彼 の甘さではない。貴方自身が背負うべき﹃生きる責任﹄だからだ﹂ が ど ん な 結 果 を 伴 お う と 追 わ な い。止 め な い。責 め な い。そ れ は 私 ﹁だから私は、貴方が﹃生きようと﹄抗うために行動するのなら、それ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ものなんだと、いまさらになってわかった﹂ た。ヒトの生きようとする意志はこんなにも尊く美しく、そして強い く願う貴方の⋮⋮ヒトの強さを見た。すばらしい感情だ、私は感動し ﹁私は貴方との戦いの中で、ノイジウムに抗いながら﹃生きたい﹄と強 そんな彼を一瞥すると小さく笑み、 無防備な背を向けた詠一に、ジャスパーは忠告する。だが詠一は、 伝えるかもしれないのだぞ﹂ ﹁いいのか 私を逃がせば、君がここに居るという情報を研究所に ﹁⋮⋮さて、そろそろ救急車がここに来るはずだ。あなたはここでそ たくの真逆⋮⋮﹂ は本来、そう扱われるべきものだ⋮⋮。私が君にしたこととは、まっ ﹁目の前の命を見捨てることなどできない、か⋮⋮。そうだな、生命と となる。 誰に押し付けられたものでもない鉄の意志は、鋼の強さを持って力 決意は揺らがない。揺らがないこその決意。 ! 星を見上げながら詠うこと一つしか覚えられない獣ではない。鳥は 61 ? ⋮⋮自由と責任という、二つの翼で飛べばいい﹂ ﹁自由と責任の翼⋮⋮。なるほど、確かに私は君よりも遥かに自由な の か も し れ な い ⋮⋮。君 に は 完 敗 だ よ、A L P H A L I A S ⋮⋮ い や、エイイチ・ホシミ⋮⋮。君のことは私の研究者としての誇りにか けて、秘密にしよう﹂ ﹁⋮⋮ありがとう。そして、さらばだ﹂ │アクセス│ コントロールバイザーを大きく掲げ、それを装着すると、詠一はノ イズギアエースとなって空へと飛び立っていった。 そして数分後、セレナが呼んだ救急車が現場に駆けつけた時、ジャ スパーは静かに眠っていた。 ◆ 場所は変わって大地家の座敷にて、詠一とセレナは並びながら眠り こけていた。カオスノイズギアとの戦いは、詠一に宿るノイジウム と、セレナの精神力を大きく削った。その疲労感が、戦いを終えたこ とでとうとう追いついたのだろう。 先んじてセレナから事情を聞いていたマリアたちは、彼女たちに毛 布をかけると、今晩の料理を何にするか考え始めた。正直、これまで 二人がこんなにも疲れきった状態になったことはほとんどなかった 分、驚きと心配が半々なのだ。 ﹁それにしてもホントによく寝てるデス。エーイチがこんな安らかな 表情で寝てるとこ、あたし見たことないデスよ﹂ ﹁切歌、そもそもあなた、詠一の寝顔なんて今日初めて見たでしょう﹂ ﹁野宿してた時、切ちゃん真っ先に寝ちゃってたもんね⋮⋮﹂ 寝 る 子 は 育 つ。確 か に 切 歌 は 同 世 代 の 女 子 に し て は と て も よ く 育った体型と言えるだろう。 しかしだからといって調が寝てないわけではない。まだ成長期が 来てないだけなのだ。本人はそう信じている。 ﹁でも、知っているかしら。その真っ先に眠ってしまった切歌を見て、 62 詠一が、デスか⋮⋮ ﹂ 詠一はずっと頑張り続けてくれたのよ ﹁え⋮⋮ ﹂ ? ﹂ あ、あたしがデスかッ いや、でもほら、詠一にはセレ ナがデスね⋮⋮ ﹁ええっ のかもしれない﹂ ﹁切歌、あなたは詠一にとって、ある意味では最も守りたい﹃理想﹄な に眠る切歌の安らかな寝顔を守るためと言って譲らなかった。 セレナには止められたし、マリアにも心配されたが、それでも真っ先 だから、彼は彼女たちを守るために出来る限りの努力をしていた。 のだから。 を持っているとはいっても、ギアを纏わない彼女たちは普通の少女な 野宿は危険と隣り合わせだ。いくらLiNKERとシンフォギア ずっと、外で見張りをしてくれていたの⋮⋮﹂ る必要なんてないんだって。だから、切ちゃんや私たちが寝てる間 ﹁うん。詠一はノイズだから、ノイジウムが減らない限り、本当なら眠 ? 言葉が見つからない。 ﹂ ﹂ ﹁切歌、セレナのごはんは好き ﹁大好きデス ﹂ ﹁じゃあ、調とするお昼寝は ﹁それも大好きデスッ ﹂ ﹁とってもとっても大好きデスッ ﹁なら、私と一緒に遊ぶのは ? 彼はいつだって、ノイズだったのだ。ノイズだから戦った。ノイズ ら、彼女と向かい合って眠り続ける詠一を見て、そして気付く。 はっと気付いたように、切歌は詠一を見る。セレナに腕枕をしなが から守りたいと願っているのよ﹂ い遊ぶ⋮⋮そんな誰もができるはずの﹁普通﹂や﹁日常﹂を、心の底 ﹁そういうところよ。詠一は、いっぱい食べて、いっぱい寝て、いっぱ つまりね、とマリアは笑う。 ﹂ ﹂ うろたえる切歌を諌めようとする調だが、どう伝えればいいのか、 ﹁そういう意味じゃなくて⋮⋮﹂ ! ! ! ! ? ? ! 63 ? !? だから蔑まれた。ノイズだから避けられた。ノイズだから││自分 を投げ出すような生き方をしていた。 そんな彼を救ったのはいつもセレナで、そしてセレナはいつも彼の 帰る場所を守り続けた。そうだ、彼は誰かを守り続けながらも、心の どこかで守ってほしかったのだ。自分の帰る場所││なんでもない、 ただみんなが笑っている日常を。 ﹁⋮⋮あたし、今までずっと、詠一のことをノイズとしか見れなかった デスよ⋮⋮。仲間だと思ってたけど、それは詠一にしかない戦う力が あったから、戦力として││詠一の﹃ノイズとしての部分﹄しか見て なかったんデス⋮⋮﹂ ﹁私 も、最 初 は そ う だ っ た ⋮⋮。マ リ ア が 信 じ た 詠 一 を 信 じ る と は 言ったけれど、心の中では仲間として認めきれていなかった⋮⋮。あ くまでセレナが纏う鎧⋮⋮﹃ノイズギアエース﹄としてしか見ていな かった⋮⋮﹂ 二人が吐露する、今まで抱き続けていた本当の心の内。 信じようと思いながらも、信じきれなかった弱さ、臆病さ。そして その弱さと臆病さを曝け出す強さと勇気。それは確かに、マリアの胸 に届いた。 ﹁だったら、後で謝ればいいのよ。いけないことをしたら﹁ごめんなさ い﹂って言える強さと勇気を、あなたたちは持っているのだから﹂ 64 眠る二人を見守る者たち│仲間│ ﹁で、この二人はいつまで寝てるデスか⋮⋮﹂ ﹁セレナと詠一が寝ていると、家事が進まない⋮⋮﹂ その日の夕方、いつもなら夕飯の準備をしている時間になっても起 きてこないセレナの様子を見に来た調と切歌は、昼からずっと寝っぱ なしの詠一とセレナを見て、呆れを隠し切れずにいた。 実はこの二人、昼からずっと寝てはいるが、途中に何度か目を覚ま してはいるのである。しかし、片方が起きても片方が眠っているの で、お互いがお互いを起こすまいと、寝直しを繰り返しているのだ。 ﹁マリアー、いい加減この二人起こした方がいいと思うデース﹂ ﹁まぁまぁ、セレナと詠一はLiNKERがないと戦えない私たちに 私 と 切 ち ゃ ん は ま だ 代わって、積極的にノイズと交戦してくれているのだから、このくら いは大目に見てあげましょう﹂ ﹁で も、じ ゃ あ お 夕 飯 は 誰 が 作 る の ⋮⋮ ちょっと自信がないし、こう言ってはなんだけど、マリアだってその、 セレナほどじゃ⋮⋮﹂ 唱子は夜8時半まで帰ってこないし、何より唱子がいない時間の家 事は居候組の担当になっているので、彼女が帰ってきた時に食事が用 意されていないと、お叱りは避けられない。 となると、セレナを起こすことは急事だ。ではどうやって起こす か。セレナは決して寝起きの機嫌が悪いわけでも、低血圧であるとい うこともない。 だが、問題なのはどこで寝ているかだ。詠一の白いスーツをしっか りと握り締めながら、彼と向かい合って抱き合うように寝ているセレ ナの表情は、察するまでもなく幸せそうだ。 ﹂ 65 ? ﹁あ の 二 人 だ け の 空 間 に 入 り 込 む 勇 気、マ リ ア と 調 に は あ る デ ス か ⋮⋮ ﹁二人ともこっち向くデス﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ? 切歌の問いに、マリアと調はただ顔を背けることしかできなかっ た。 もしもうっかり頷いたりすれば、きっと一過性の糖尿病に侵される ことは免れない。そう思ったからだ。そしてその予想は遠からず当 たっている。あるいは糖尿こそ免れたとしても慢性的な胸やけに陥 ること請け合いだ。 念のため、そして彼女たちの尊厳を守るべく先んじて断っておく が、彼女ら三人の体は今現在すこぶる健康である。決して胸やけ・吐 き気・胃もたれがあるということはない。もしそうなら今頃は産婦人 科行きである。 ﹁せめてエーイチが起きて、セレナが起きるまで待ってくれるよう説 得できればいいんデスけど⋮⋮﹂ ﹁それは難しいわね。ノイズギアとなった詠一は本来なら眠る必要が ない。そんな彼が寝ているということは、それだけエネルギーを消耗 ており、そのパターンと手を出す者の人とナリを深く理解する者から すれば必勝法もさほど無いわけではないが、今回この三人にその心得 はないので完全に運任せだ。 そして運というものは誰によって影響されるものではなく、まして 66 した証拠だわ。自然と起きるのを待つなら、もうちょっと時間が必要 ね⋮⋮﹂ マリアの言う通り、ノイズギアエースこと星見詠一のエネルギー源 は、ノイズの因子││ノイジウムだ。 ノイジウムはノイズを捕食することで急激に回復するほか、単純な 身体の休息⋮⋮食事や睡眠によっても若干ながら回復していく。 戦いや争いを嫌う詠一は後者によって自然回復を待ってはいるが、 本来の回復手段はやはり﹁ノイズの捕食﹂だ。それだけに、回復のス ﹂ ピードは通常よりも格段に遅い。 ﹁⋮⋮じゃんけんで決める ﹂ ! じゃんけんは人の深層心理によって出しやすい手が変わるとされ ﹁ま、負けられないデース⋮⋮ ﹁そうね、そうしないと、らちが明きそうにないわ﹂ ? 神などという曖昧で定義のあやふやな謎概念に左右されるものでは 断じてない。 つまりこのじゃんけんはカミサマの言う通りではなく﹁運も実力の 内﹂という言葉の通り、彼女たちの運パラメータにどれほどのポイン ﹄ トが割り振られているかという、純粋な実力勝負なのである。 ﹃ねぼすけおはようジャンケンポン 相子はなかった。ただの一度きりで、その短くも長く、儚くも辛い 闘いは終わった。 マリアの硬く握られた左手は誰にも手折られることのない無双の 一振り。しかし、調と切歌の繰り出した互いを繋ぐ手のひらはそんな 拳すらも柔く包み込み、その笑顔はマリアに勇気を与え、彼女を戦地 へと導いた。 要約するとマリアの一人負けである。 ﹁⋮⋮まだ私15歳なのに糖尿病になるのかしら⋮⋮﹂ ﹁ほ、ほ ら 元 気 出 す デ ス よ マ リ ア 最 近 は 若 い 人 が 糖 尿 病 に な る ケースも珍しくないみたいデスし⋮⋮﹂ ﹁切ちゃん、それまったくフォローになってないよ﹂ 深呼吸を三度、マリアは覚悟を胸にふすまを開けた。 高鳴る胸の鼓動は決してセレナが詠一に抱くような甘酸っぱいも のに由来しているのではなく、純粋に己が苦手とする戦場へと足を踏 み入れることへの戦慄。 そして一歩、二歩、三歩ほど歩を歩めた時、詠一とセレナの目は同 ﹂ ﹂ 直前まで眠っていた二人の素早い動きに驚いたのか、マリアは尻餅 をつき、詠一とセレナは相手が彼女だとわかると、咄嗟の警戒を解い た。 67 ! ! 時に開き、詠一はセレナをかばうようにマリアと対面した。 ﹁ひゃっ ﹁⋮⋮ん ? !? ﹂ ﹁あれっ ? おそらく、詠一はセレナに近づく気配に対して常に警戒していたの だろう。セレナも、自分を守る詠一が目覚めたことで、警戒すべきも のが近づいていると本能が察し、彼の後ろに隠れたのだ。 護る者と、護られる者。二人の完結された関係が、あまりにも素早 く乱れのない動きを可能にした。しかし、 ﹁突然﹂というものはその性 ﹂ ﹂ 質の良し悪しに関係なく、よくない結果を招くことがある。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁マ、マリア姉さん⋮⋮ ﹁どうしたマリア。転んだ拍子にどこかぶつけたのか 生来、マリアは気が優しくちょっと臆病な性分であり、気丈に振舞 う姿は、セレナの姉としての威厳を守ろうとする強がりと、調や切歌 のような小さな子を安心させるための思いやりから来るものだ。 事実として、行動力や純粋な勇気という点ではセレナのほうが強く 性格に現れている。その最たるものが、詠一との合体変身だろう。も しもセレナの勇気がマリア並みだったら、詠一はセレナに合体変身を 頼みもしなかっただろう。 だからだろう、突然のことにびっくりして、立てなくなってしまっ たのは。さすがに畳を汚すほどではなかったが、腰は抜けたらしい。 ホラー映画によくあるパターンだ。話自体は決して怖くはないの に、大きな音や突然の視点切り替えで驚かせる、あれだ。 ﹁あなたたち、そこに正座しなさい﹂ ﹁えっ、どうし││﹂ ﹁しなさい﹂ 感情の籠っていない目は、時として殺意を籠めた視線よりもおそろ しいものなのだと、この時の詠一とセレナは痛感した。 片方が眠っているのなら起きるまで待てばいいだけの話 ﹁そもそもあなたたち眠るにしても二度寝三度寝といくら眠れば気が 済むの あなたたちは付き合ってもいないのにべたべたと身を寄せながら ⋮⋮セレナも女の子なら少しは恥じらいを持ちなさい。詠一も、セレ ナを想うのなら少しはセレナの情操教育も考慮しながら行動なさい﹂ 68 ? ? じゃない。外を見てみなさい外を。もう日も暮れているというのに、 ? ﹁いや、私たち本当に疲れてて⋮⋮﹂ あなたたち普段から距離が近いのよ。なんで常にキス ﹁よそうセレナ。言い訳をすると説教が長くなるぞ⋮⋮﹂ ﹁それに何 ﹂ マリアも、無理に引き離すつもりはないのだろう。言葉の上で注意 セレナの手がそれを強く握って離さない。 詠一は気づいていたのか、苦笑いをしながら手を放そうとするが、 を 底不思議そうな顔をやめてまずその恋人繋ぎをやめなさい恋人繋ぎ う自覚が足りないてないんじゃないのかしら。特にセレナはその心 できそうな距離で会話するのよ。今だってお説教を受けているとい ? するだけで、説教はベクトルを変えながらも、その後30分ほど続い た。 69 ! 巡り廻る意図│錯綜│ ﹁ALPHALIAS│Chaosの消失を確認。やはりオリジナル は日本に潜伏している模様です﹂ 詳細な位置情報は追って連絡する ﹂ ﹁よし、捕獲要員はすぐにALPHALIAS│Chaosがロスト した日本・京都へ向かえ だ。ですな ││主任﹂ ﹁無論だ。だからこそ、今はオリジナルの確保が最優先事項となるの ろう﹂ ﹁これを発表すれば、国は我々の研究にさらなる投資をしてくれるだ イズギア兵器は量産可能であることが明確になる﹂ ﹁然様。ゆえに再びオリジナルを捕え、素体データを取り直せば、対ノ りオリジナルのデータが不十分だったことに由来する﹂ ﹁今回、ALPHALIAS│Chaosの生成に失敗したのは、やは 本のシンフォギアシステムにも並びうる先端技術となるだろう。 このノイズギアエースを自らの占有技術とすることができれば、日 らの﹃炭素分解﹄も受け付けない、まさに対ノイズ兵器。 対的な盾である﹃位相差障壁﹄を無視した攻撃を可能とし、さらに彼 ノイズと同じ位相に存在するノイズギアエースは、ノイズの持つ絶 のが、﹃ALPHALIAS﹄⋮⋮ノイズギアエースである。 新たな対ノイズ兵器の研究に乗り出していた。その只中に見つけた 彼らは日本の占有する対ノイズ兵器﹃シンフォギア﹄に対抗すべく、 の現在地を割り出すことに成功していた。 究機関﹃F.I.S.﹄は、その反応を追うことで、ノイズギアエース 少し時は遡り、カオスノイズギアを京都に放った米国連邦聖遺物研 ! る。 他の研究員たちとは真逆に、真っ黒なロングコートで全身を隠した その﹃主任﹄という男は、虹のように輝く不定色の瞳をギラつかせな がら、静かに頷く。 ﹁皆の言う通りだ。ALPHALIASは我々﹃F.I.S.﹄にとっ 70 ! 白衣を纏った初老の研究員たちの視線が、ひとつの場所に注がれ ? て救世主となるだろう。彼を捕えることができれば、我々の聖遺物研 究は飛躍的な進歩を遂げるだろう。なぜなら⋮⋮﹂ ││ノイズを知ること。それは先史文明期の技術に触れることに 相応しいのだから。 ◆ F.I.S.の 動 き か ら 日 を 跨 い だ 翌 日。米 国 が 既 に 自 分 た ち の 居場所を掴みかけているこということなど露ほども知らない詠一た ちは、日本に来てようやく得た平穏を噛みしめていた。 セレナの見送りを背に受けながら、やっと慣れ始めた修理工場への 仕事へと向かう。 ︵さて⋮⋮。昨日の事件でようやく私自身のこと、そしてF.I.S. の本当の狙いがわかってきた。職場まではまだ40分ある、じっくり 思考を纏めよう︶ まず昨日の事件でわかったこと。それは、ノイズギアエースには ﹃ノイズを引き寄せる﹄性質が備わっているということ。 そもそも、アメリカで頻発していたノイズの自然発生の時点で、何 かおかしいと気付くべきだった。ノイズの自然発生は、本来まさしく ﹃災害﹄級の頻度であり、そう頻発するものではない。 にも関わらず、詠一がセレナの前に帰還したその日から、ノイズの 出現は激化した。昨日の一件にしてもそうだ、セレナの話を聞く限 り、ノイズが出現したのはカオスノイズギアが現れる直前だった。 これらの事象を無関係と断定できるほど、詠一は鈍感ではない。仮 に﹃ノイズを引き寄せる﹄性質でなかったとしても、ノイズギアエー スとノイズの出現には何か密接な関係があるはずだ。 そして二つ目。カオスノイズギアが、ノイズギアエースと同じ存在 になり得ることはまず無いと言って間違いないであろうということ。 そもそもノイズギアエースの誕生は、10か月前のネフィリム起動 実験においてネフィリムが暴走したことで、詠一が右腕を犠牲にしな 71 がらもこれを駆逐したことから始まる。 あの時、セレナを庇って右腕を喰われた詠一は、全員の避難を確認 した後、ネフィリムの心臓を抉り出して破壊することに成功するも、 直後に出現したノイズによって絶体絶命の危機に追い込まれた。 しかし、一体のノイズが詠一を襲った瞬間、彼が咄嗟に突き出した 右腕の傷口から、そのノイズが侵入。詠一の遺伝子はノイズへの﹃適 合﹄を果たし、そして同じ存在へと﹃変異﹄したのである。 つまり、ノイズギアエースの誕生は﹃詠一が詠一であったからこそ﹄ 可能であったことであり、彼ほど肉体的・精神的に完成された個体で なければ、ノイズの因子に呑まれて炭素分解されていたに違いない。 む こ う が わ そして、人間からノイズへとシフトした肉体を、再び人間へと再シ フトする術を得るまで、詠一は﹃バビロニアの宝物庫﹄で半年間も足 掻き続けた。 それはつまり、仮に詠一のクローンのようなものを用いてカオスノ イズギアが生成できたところで、その制御には途方もない技術と時間 を必要とするということ。 コストと時間を無駄に浪費できないF.I.S.にとって、カオス ノイズギアの開発は、余程の奇跡が起きない限り無駄なことなのだ、 と詠一は判断した。 ︵そ し て、今 回 わ か っ た 最 大 の 収 穫 は、F.I.S.の 本 当 の 狙 い ⋮⋮︶ 昨日、カオスノイズギアを見た時には、自分と同じような存在の量 産こそが、F.I.S.の目的だと詠一は考えていた。しかし、その 読みはあまりにも短絡的であったことに、昨晩ふと気づいた。 今も述べたように、カオスノイズギアの量産には莫大なコストと時 間、そして運が絡んでくるのは、昨日マリアに怒られながら結論とし て纏まっていた。 詠一しか知りえない経験的要素も練り込んだ結論とはいえ、ノイズ 研究について専門的な知識があるわけでもない詠一ですら辿り着い たこの答えに、F.I.S.が気付いていないとは思い難い。 となると、彼らはこのコスト・時間・運の三つをすべてクリアする 72 か、あるいは度外視できるアイデアを持っていることになる。詠一は それが気になっていた。 そもそもF.I.S.の研究は、聖遺物を歌以外の方法で起動する 術を見出すことに執着していたはず。ノイズそのものの研究は、決し て専門外ではないものの、聖遺物の研究ほど熱心ではなかったはず だ。 だというのに、いくらノイズギアエースという異例の存在を発見し たからといって、こうもしつこく追い回すのかと考えてみれば、彼ら にとってノイズギアエースがいかに重要な存在なのかが自ずとわか る。 問題は、それが﹃どのように﹄重要なのかということだが⋮⋮それ についても、おおよその目星はついた。 聖遺物とノイズ⋮⋮これら二つの共通点は何かと問われれば、それ は先史文明期の技術によって生み出された﹃科学兵器﹄であることだ。 ノイズギアエースが人間からの変異体である以上、そして詠一が人 間への敵意を持っていないことが明らかである以上、通常のノイズを 捕えるよりも、ノイズギアエースを捕えた方が、安全かつ確実に﹃先 史文明期の技術﹄に触れられる。 そう⋮⋮彼らは詠一を分解・解析することで、ノイズではなく﹃古 代の技術﹄そのものへの理解を試みようとしているのだ。 ︵彼らにとって最も欲しい情報は聖遺物の安定した起動方法。だがそ れが得られなかったとしても、ノイズの構造さえわかれば、その分解 方法もわかるはず。彼らはそう踏んだのだろう︶ 詠一の読み通り、ノイズを理解するということは、ノイズの分解が 可能になるということでもある。 となれば、聖遺物の安定した起動方法がわからなくても、現代科学 によってノイズを駆除できるようになるかもしれない。 そうなれば、聖遺物ほどのコストを支払う必要もなく、運が絡む確 率も下がるだろう。その代わり、時間に関しては聖遺物以上になって しまうかもしれないが、そのくらいは目を瞑ってもらえるだろう。 そう、これはF.I.S.にとっての革命なのだ。聖遺物研究機関 73 がノイズを研究し、現代科学によって対ノイズ兵器を生み出す。 それは││後に自分たちの作り出した兵器が﹃聖遺物﹄として扱わ れるかもしれないということ。故に、一周回って﹃聖遺物の研究﹄で もあるのだ。 もっとも、本人たちにとって重要なのは﹃対ノイズ兵器の開発﹄な どという、この世界の命運を担う使命感などではなく、自分たちが後 の聖遺物を生み出すという、科学者特有の欲求。 思考を巡らせるまでもなく辿り着いたその結論には、詠一すらも嘆 息せざるをえなかった。 ︵自分たちの生み出した技術が後に世界を牛耳るかもしれない。そん な欲望まみれの力を求めたところで、この世界は簡単にはひっくり返 らない︶ ぴしゃり、と詠一は断定する。この実験に成功はない。自分がF. I.S.に再び捕われることになっても、そして彼らの望む答えが得 られたとしても、彼らの望む未来は手に入らない。 だからこそ、詠一はこの実験に付き合うつもりも、素直に彼らの手 駒となるつもりも一切ない。詠一の望みも、使命も、最初からずっと ひとつきり││。 │君だけは、必ず守る│ いつか結んだ小指の契りを、彼は未だ忘れていない。 74
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