THE ASSOCIATION FOR REAL ESTATE SECURITIZATION Vol.29 January-February 2016 共に市場を創る Vol.29 2016 January-February (水道・下水道) 考察 • 特集: 収益型インフラ こうどうかん 一般社団法人 あしかががっこう 弘道館(水戸市) 足利学校(足利市) 不動産証券化協会 THE ASSOCIATION FOR REAL ESTATE SECURITIZATION かんぎえん きゅうしずたにがっこう 咸宜園(日田市) 旧閑谷学校(備前市) 近世日本の教育遺産群 −学ぶ心・礼節の本源− (水戸市(茨城県)、足利市(栃木県)、備前市(岡山県)、日田市(大分県)) 我が国では、 近代教育制度の導入前から、 支配者層である武士のみならず、 多くの庶民も読み書き・算術ができ、 礼儀正しさを身に付ける など、 高い教育水準を示した。 これは、 藩校や郷学、 私塾など、 様々な階層を対象とした学校の普及による影響が大きく、 明治維新以降のいち 早い近代化の原動力となり、 現代においても、 学問・教育に力を入れ、 礼節を重んじる日本人の国民性として受け継がれている。 写真は、国特別史跡の弘道館 (左上) 。 総合大学ともいえる藩校の代表例。 医学館では種痘が実施され、徳川斉昭は実子 2 人に種 痘を行うなど、 領内に普及を図った。 現在でも館内では論語教室が行われている。 国史跡の足利学校 (右上) は、 現存する日本最古の学校の遺跡。 我が国儒学の学灯を伝える学問の府として全国より学徒が集った。 自由で開放的な学びと自学自習の精神は、 近世の学校の原点となった。 なお、 聖廟は国内現存最古のものである。 国史跡の咸宜園跡 (左下) は、 廣瀬淡窓が創設し、 全国 60か国以上から 5,000人を超える門下生が集まった、 近世日本最大規模の 私塾跡。 毎月成績評価を行う 「月旦評」 などの特色ある教育が評判となり、 各地の私塾に影響を与えた。 は、岡山藩主池田光政が造った世界最古の庶民のための公立学校で、江戸時 国特別史跡・国宝・国重文の旧閑谷学校 ( 右下) 代前期の建物と配置がほぼそのままの形で残る稀有な文化遺産。 一般社団法人 不動産証券化協会 表紙は、「日本遺産(Japan Heritage) 」 に認定されたストーリーとそれを紹介する 写真です。 日本 遺 産は、地 域の歴 史 的 魅 力や特 色を通じて我が国の文化・伝 統を語る 」 ストーリーを「日本遺産( Japan Heritage) として文化庁が認定するものです。 「日本遺産 」ロゴマークについて 日の丸は日本を表し、その下の縦格子のよ うに見える繊細な線の集合は、よく見ると JAPAN HERITAGEの図形文字です。こ の線の集合は、ひとつの「面」を形づくって います。つまり、 日本の遺産を点から線へ、そ して面で捉える「日本遺産」を表現しています。 巻 頭 言 Special 税制から見た J-REITの これまでの15年とこれからの15年 J-REIT 立上げ時には、これまで仕事をすることのな 鬼頭 朱実 PwC 税理士法人 パートナー 公認会計士 税理士 (不動産証券化協会フェロー) かった方々と、一緒に新しいものを作り上げる今まで にない大きな高揚感を味わわせていただきました。そ れから15 年 、税制面では悲願であった税会不一致 の対応策が平成 27 年度に実現し、J-REITの運営は 税の世界では現在 、2015 年 10月5日にOECD 租 今まで以 上に安 定したものになったといえます。 税委員会より公表された、多国籍企業による国際的 J-REITの立ち上げ、税会不一致対応策の導入 、こ な過度の節税を防止するための施策 、BEPS 行動計 れらの歴史的ともいえる場に居合わせることができた 画の最終報告書が話題となっています。この最終報 幸運に感謝し、やりがいのある仕事を与えていただい 告書において、REITを租税条約上の居住者として たJ-REIT 業界の方々、CRES 時代から長年 、業界 認めるか、REITから非居住者への分配金について の声を改正につなげていただいた不動産証券化協 どう取り扱うべきか、についての言及があります。 会の方々にこの場をお借りして御礼申し上げたいと思 OECDのレポートでは、 「 REIT への投資 、REITに います。 よる投資の規模がともに拡大し、国境を越えて世界的 に発展してきたことから、OECDもその国際的な税に 世界有数の規模となったJ-REIT 市場ですが、グ かかる論点について検討せざるをえないほど重要な ローバル化という面ではまだ世界に遅れをとっていま ものとなった」と記載されています。OECDがこう述 す。米国では米国外に投資するREITが数多くあり、 べているように、1960 年代に米国で導入されたREIT 日本より後に制度を導入したオーストラリアやシンガ は2015 年 10月末時点で全世界で29 ケ国、株式時価 ポールのREITがグローバル不動産投資時のビーク 総額 180 兆円ベースにまで拡大しています。 ルとして活用されています。グローバル化における重 要要素の一つに投資対象国の税の取扱いがありま 我が国でも、2000 年の投信法改正により2001 年に すが、例えばオーストラリアでは投資家において外国 2 銘柄から始まったJ-REIT 市場は、15 年後の2015 税額が控除できる税制となっており、日本でも外国税 年 10月末時点で、51 銘柄 、時価総額 10 兆円を超 額も含めた中立的な税制の導入が期待されるところ え、世界第 2 位の規模となっています。これほど大き です。「 投資家の換金性が確保できて、グローバル くJ-REITが拡大した理由は、J-REITが不動産とい 投資が可能 、ファンド自体で租税条約適用ができるよ う優良投資対象と上場市場を活用した金融ファイナン うなビークルはないか」というお問い合わせを受けるこ ス手法を巧みに組み合わせた仕組みだからにほかな とが以前より多くありました。日本ではJ-REITがまさし りません。J-REIT 制度導入以前では、不動産業界 くそのビークルであるといえます。ぜひ次の15 年には と金融業界とは法制・規制面でも異なる点が少なくな J-REITが日本国内外の投資家にとってグローバル不 く、意識の面でも若干距離があったのではないでしょ 動産投資のハブとしての役割を果たすことを期待して うか。J-REIT 制度の導入は、両者をうまく融合するこ いますし、微力ながらそのお役にたてることができれ とに成 功した稀 有な事 例といえます。 私自身も ばと思っています。 January-February 2016 3 THE ASSOCIATION FOR REAL ESTATE SECURITIZATION 共に市場を創る CO N T EN T S Special 巻頭言 税制から見た J-REIT の これまでの 15 年とこれからの 15 年 ……………………………………… 鬼頭 朱実 PwC 税理士法人 パートナー 公認会計士 税理士 (不動産証券化協会フェロー) 一般社団法人 不動産証券化協会 会長 あいさつ 金融担当大臣 年頭所感 麻生 太郎 ………… 6 ………………………………………………………………… 7 金融担当大臣 国土交通大臣 年頭所感 新年のはじまりに当たって 石井 啓一 3 ………………………………………………………………… 9 国土交通大臣 一般社団法人 不動産証券化協会 委員長あいさつ ………… 16 特集:収益型インフラ(水道・下水道)考察 座談会 ………………………………………………………………………………………………………………… 22 収益型インフラ︵ 下水道 ︶におけるPFI・コンセッションの推進 髙田 勝弘 浜松市 上下水道部次長 上下水道総務課長 西澤 政彦 上下水道コンサルタント 長谷川 輝彦 橫浜市 環境創造局下水道施設部 下水道設備課長 藤川 眞行 国土交通省 水管理・国土保全局 下水道管理指導室長 対談 …………………………………………………………………………………………………………………… 36 投資対象としての日本の水道事業 石田 哲也 三菱商事株式会社 新産業金融事業グループ 産業金融事業本部 インフラ金融事業部 担当部長(事業開発担当) 福島 隆則 株式会社三井住友トラスト基礎研究所 投資調査第 1 部 上席主任研究員 NEWS ………………………………………………………………………………………………………………… 43 ARES 年金フォーラム 2015 開催報告 -激動するグローバルマーケットと不動産投資- トップインタビュー …………………………………………………………………………………………………… 45 安部 憲生氏に聞く 野村不動産投資顧問株式会社 代表取締役社長 4 ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.29 Vo l. 29 January-February 2016 Market 不動産市場:2016 年の見通し ………………………………………………… 49 大久保 寛 Business Trend Practical Study & Research ~ 大都市圏企業調査「働き方とオフィス利用アンケート」を中心に ~ 中山 善夫 石崎 真弓 株式会社ザイマックス不動産総合研究所 常務取締役 株式会社ザイマックス不動産総合研究所 マネジャー 岡野先生の不動産歴史探訪 17 不動産業の夜明け 岡野 淳 Law, Accounting & Tax ……………………………………………………………………………………55 変わる働き方とオフィス利用からみる将来のオフィス需要の方向性 第8回 Colum CBREリサーチ エグゼクティブディレクター ………………………………………………………………………………… 63 青山リアルティー・アドバイザーズ株式会社 顧問 不動産関連取引実務に対する民法改正の影響(4)…………… 65 井上 博登 山中 淳二 齋藤 理 長島・大野・常松法律事務所 弁護士 長島・大野・常松法律事務所 弁護士 長島・大野・常松法律事務所 弁護士 不動産ファンドに関する国際財務報告基準 ……………………………………………………………………… 70 国際財務報告基準による財務諸表 ‒ 投資不動産 第40回 清水 毅 太田 英男 藪谷 峰 ARES MASTER Essay プライスウォーターハウスクーパース株式会社 パートナー 公認会計士 PwCあらた監査法人 パートナー 公認会計士 PwCあらた監査法人 第 3 金融部 ディレクター 公認会計士 平成27年度ARESマスターフォーラム 実施報告 ……………………………………………… 75 不動産投資運用業のコンプライアンス研修 開催報告 ………………………………………… 75 平成28年度不動産証券化協会認定マスター養成講座のスケジュール …………………… 76 ニューヨークとその近郊から … ………………………………………………………………………………… 78 色々な意味で凄いアメリカン・フットボール 増田 哲弥 ロックフェラーグループ社 ARES Information ………………………………………………………………………………………………………………………………… 80 書 評 … ………………………………………………………………………………………………………………… 82 証券化と債権譲渡ファイナンス January-February 2016 5 Special 一般社団法人 不動産証券化協会 会長 あいさつ 岩沙 弘道 一般社団法人 不動産証券化協会 会長 わが国経済は、企業収益の改善や、雇用・所得環 を着実に増しています。 境の改善等を背景に、緩やかな回復基調を続けて こうした資産の多様化や広がりとともにCRE 戦略 います。安倍政権はアベノミクスの第 2ステージとし やPRE 戦略のさらなる促進を図り、成長産業や長寿 て、 「名目GDP600 兆円 」など具体的な目標値を盛り 社会が必要とする社会資本形成や都市再生 、地域 込んだ「新三本の矢 」を掲げており、強い経済の実 活性化に寄与することで、引き続きわが国経済の持 現に向け、政府の具体的施策が着実に実行されるこ 続的成長に貢献したいと考えています。 とを期待しています。 また、不動産証券化商品の普及活動にも引続き Jリート市場は、昨年 、35 件のPOと5 件のIPO が 注力してまいります。 実施され、物件取得額は1 兆 6 千億円を超え、資産 機関投資家に対しては、不動産がアセットクラスの 規模は13 兆 9 千億円に達しました。市場規模の拡 ひとつとして位置付けられるよう情報発信に注力する 大等により流動性や安定性が一層向上したことで、 とともに、インデックス等の普及や投資家登録制度を 投資家の優良な運用先としてますます注目が高まっ 活用した連携強化に努めます。個人投資家に対し ています。 ては、本年のNISA 制度の拡充に合わせ 、Jリート投 一方 、私募市場では、オープンエンド型私募リート 資を喚起する活動に一層力を注いでまいります。 が年金等機関投資家の運用先として急速に普及 し、現在 、15 銘柄が運用され 、資産規模は1 兆 3 当協会は、中期事業計画( 2015 年度~ 2017 年 千億円を超えました。さらに数銘柄の新規組成が公 度) において「 2020 年のオリンピック・パラリンピックを 表されており、今後も拡大が期待されます。 好機ととらえ、Jリートおよび私募リート等の資産規模 30 兆円を目指す 」と掲げています。本年を、不動産 投資対象資産の多様化も進んでおり、昨年は、ヘ 投資市場の更なる飛躍に向けた活動を本格化させ ルスケアリートやホテルリートの相次ぐ新規上場が実 る年と位置付け、強い使命感を持って取り組んでま 現しました。また、Jリートの保有する物件が、既に いる所存です。 全国 44の都道府県に広がるなど、市場は幅と厚み 6 ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.29 金融担当大臣 年頭所感 麻生 太郎 金融担当大臣 平成 28 年の年頭に当たり、謹んで新年のお慶び を申し上げます。 おり、経済の持続的な成長を金融面から支えていく ことであります。金融を取り巻く環境が変化する中 においても、①景気のサイクルに大きく左右される 安倍内閣では、日本経済の再生に向けて、平成 ことなく、質の高い金融仲介機能 ( 直接金融・間接 24 年12月の政権発足以降、この3 年間、デフレ不 金融 )が発揮されること、②こうした金融仲介機能 況からの脱却を目指し 、①大胆な金融政策、②機 の発揮の前提として、将来にわたり金融機関・金融 動的な財政政策、③民間投資を喚起する成長戦略 システムの健全性が維持されるとともに、市場の公 を一体とした取組により「経済最優先 」で政権運営 正性・透明性が確保されること、を通じ 、企業・経済 にあたってきました。これらの取組の効果もあって、 の持続的成長と安定的な資産形成等による国民の 企業の経常利益は過去最高水準 ( 2014 年度 64.6 厚生の増大がもたらされることが重要であり、金融 兆円) となり、2012 年度 ( 48.5 兆円) から大幅に改善 庁は、このような姿の実現を目指して金融行政を推 しました。また、賃金上昇率は、17年ぶりの高水準 進していく所存です。 ( 2.20% )、有効求人倍率も23 年ぶりの水準の1.25 倍 ( 2015 年11月) となり、これらいずれも2012 年末 特に皆様に関係の深い、活力ある資本市場と安 から大幅に改善しています。まさに、経済の「 好循 定的な資産形成の実現という観点からは、本年より 環 」が着実に回り始めることで良好な経済状況を達 NISAの限度額を引き上げると共にジュニアNISA 成しつつあると言えると思います。こうした好循環を を開始します。家計金融資産を成長マネーにつなげ さらに拡大するためには、企業が行動を起こし 、過 ていくために、制度の更なる普及と発展を目指さね 去最高水準の企業収益を設備投資や賃金引上げ ばなりません。また、NISAの利用状況や販売され 等に回していくことが必要であり、この認識の共有 ている商品内容及び販売態勢等について総合的な を図っていくことが重要と考えています。 制度の効果検証も実施します。 証券化という観点からは、昨年 4月には、東京証 こうした中で、金融庁の役割は、昨年9月に発表 いたしました「金融行政方針」でも示しておりますと 券取引所に新たに上場インフラファンド市場が開設 され 、更に、平成 28 年度税制改正大綱において、 January-February 2016 7 Special 一定の要件の下、再生可能エネルギー発電設備に プ会議 」において、有識者による議論・提言やベスト 認められている税制優遇期間の延長が盛り込まれ プラクティスを情報発信しながら、上場会社全体の ました。また、不動産証券化協会の皆様方や国土 コーポレートガバナンスの更なる充実を促していきま 交通省等の関係団体と協力し 、ヘルスケアリートを す。 活用した施設運営についての説明会を実施し 、その 更なる普及・啓発に取り組んで参ります。 なお、金融行政を遂行していくに際しては、金融 を取り巻く内外の環境変化に遅れをとらず、むしろ 他方で金融商品を提供する側のフィデューシャ 先取りする態勢構築が必要です。そのため、金融 リー・デューティの浸透・実践も求めていきます。こう 行政に対し外部からの提案や批判等が常に入る 「開 した観点から投資信託等の商品開発、販売、運用、 かれた体制」の構築に取り組んでいくこととしてい 資産管理それぞれに携わる金融機関等が、真に顧 ます。その一環として、金融機関等からの率直な意 客のために行動しているかを検証するとともに、こ 見や批判等を取り込んでいくために、 「 金融行政モ の分野における業者や自主規制団体等の積極的な ニター」 (仮称) の設置を検討しております。さらに、 取組を支援して参ります。 金融庁職員の一人一人が、省益ではなく、真の意味 更に、活力ある資本市場の前提として、企業統治 改革を「 形式 」から「 実質の充実 」へと向上してい で国益に貢献するための意識改革も推進していき たいと考えています。 く必要があります。これまで、スチュワードシップ・ コード及びコーポレートガバナンス・コードを策定し 8 副大臣、政務官とともに、これらの施策を推進 てきましたが、これはゴールではなくスタートです。 し 、国民の皆様の信頼に応える金融行政に全力で 昨年 8月に新たに設置した 「スチュワードシップ・コー 取り組んで参りますので、本年も、皆様のご理解・ ド及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアッ ご協力の程宜しくお願い申し上げます。 ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.29 国土交通大臣 年頭所感 新年のはじまりに 当たって 石井 啓一 国土交通大臣 平成 28 年の新春を迎え、謹んでご挨拶を申し上 げます。 す。 まずは、観光です。昨年 、訪日外国人旅行者数 昨年10月に第 3 次安倍改造内閣が発足し 、国土 が 1,900万人台に達し 、2,000万人という目標達成が 交通大臣を拝命しました。今年も国土交通行政に 十分視野に入ってきました。政府を挙げて、次の時 対する皆様の変わらぬご理解とご協力をお願い申 代に向けた新たな目標の設定に関する議論も始まり し上げます。 ました。その達成に向け、官民総力戦で、受入環境 さて、昨年も、9月の関東・東北豪雨など、多くの自 然災害が発生しました。これらの災害により犠牲と の整備など観光立国の実現に向けた取組を推進し てまいります。 なられた方々に対して謹んで哀悼の意を表しますと また、我が国は人口減少時代を迎えましたが、社 ともに、被害に遭われた方々に心よりお見舞い申し 会のあらゆる生産性を向上させることで、経済成長 上げます。被災地の皆様が、1日も早く元の暮らし を実現していくことができると思います。 を取り戻して頂けるよう、引き続き総力を挙げて取り 組んでまいります。 そのため、まず、これまでの社会資本整備の進め 方を大きく転換し 、 「賢く投資・賢く使う」インフラマ 東日本大震災の被災地では復興への確かな歩み ネジメント戦略へ転換してまいります。わずかな投 が見られますが、今なお多くの方々が避難生活を続 資で過去の投資効果が開花する「ストック効果開花 けておられます。今年 3月には震災から5 年が経過 プロジェクト」への重点投資や、社会資本整備のあ し 、4月からは、 「 復興・創生期間」という新しいス らゆるプロセスにICT 等を導入して生産性を高める テージが始まります。復興の一段の加速化を図り、 「実感できる復興」へとしっかりと取り組んでまいり ます。 「i-Construction」などを進めます。 また、建設産業やトラック事業など、今後中長期 的に人手不足が懸念される産業界においても生産 大きな自然災害を始め、様々な事件があった昨年 ひのえさる でしたが、 「 一陽来復 」を願い、今年1年が 丙 申に 性が向上する様々な施策を講じます。 私は、今年を「生産性革命元年」とし 、国土交通 相応しい、様々な事柄が前進していく年になるよう、 省の総力を挙げて、生産性革命に向けた取組を進 国土交通行政を前に進めていきたいと考えていま めたいと考えます。 January-February 2016 9 Special さらに、一億総活躍社会の実現も大きな課題で ばれる予定です。 す。国土交通省としては、三世代同居・近居への支 JR 常磐線も、昨年 3月に全線復旧の方針が決定 援、高齢者向け住宅の整備加速などに取り組んで され 、特に、津波で被災した相馬~浜吉田間につい まいります。 ては当初予定より3 か月前倒しされて、今年12月末 また、3月末には、新たな住生活基本計画を策定 します。本計画においては、 「居住者」 「住宅ストッ までに運転再開することになりました。 住宅再建・復興まちづくりについても引き続き、 ク」 「産業・地域 」の3 つの視点から新たな目標を設 「住まいの復興工程表 」に沿って事業を着実に推進 定するなど、今後 10 年間の住宅政策の方向性を示 しており、今年度中に、災害公営住宅については約 してまいります。 1万 7,000戸が、高台移転については約 9,000 区画 5月には伊勢志摩サミットが開催され 、9月にはG がそれぞれ完成する見込みです。 7長野県・軽井沢交通大臣会合を開催し、 「自動車及 風評被害を払しょくし 、観光による復興を加速化 び道路に関する最新技術の開発・普及 」、 「交通イン させていくことも非常に重要です。このため、昨年 フラ整備と老朽化への対応のための基本的戦略」 6月に認定した東北地方の広域観光周遊ルートの形 等をテーマとして議論を行う予定です。いずれも我 成に向けた支援、東北観光の魅力を海外に発信す が国を代表する景勝地で行われ 、日本の有する技 る取組など、地域と連携して取り組んでまいります。 術や強みを活かして議論を主導し 、日本の魅力を内 今後も、現場の声を伺いながら、被災者の方々が 外に発信できる絶好の機会でもあります。地元地方 1日も早く復興を「 実感 」できるよう、総力を挙げて 公共団体等とも連携しながら全力で会議の成功に 取り組んでまいります。 向けて取り組んでまいります。 今年 、国土交通省は発足から15 年を迎えて、こ 【 国民の安全・安心の確保 】 れまでの実績を糧とし 、新しい時代への挑戦をス 今後、気候変動の影響により水害・土砂災害の頻 タートします。このため、私は、国土交通省の強み 発化・激甚化が懸念されており、加えて、切迫する南 である現場力をしっかり活かして、その先頭に立っ 海トラフ巨大地震や首都直下地震など大規模な地 て諸課題に取り組んでまいります。 震・津波災害や火山災害等にも備えるため、防災・減 災、老朽化対策をさらに強化する必要があります。 【 東日本大震災からの復興加速 】 東日本大震災からの復興について、インフラ復 る「水防災意識社会」の再構築を図ってまいります。 旧、住宅再建 、高台移転などの取組を一段と加速し 各地域において河川管理者、地方公共団体等から てまいります。 なる協議会等を新たに設置して減災のための目標 道路、鉄道など基幹インフラの復旧は着実に進 んでおります。 常磐自動車道が昨年 3月に全線開通したほか 、 を地域で共有し 、住民目線のソフト対策への転換 、 「洪水を安全に流す」対策の着実な推進 、氾濫した 場合にも被害を軽減する「 危機管理型 」ハード対 復興道路・復興支援道路については、順次、開通予 策の導入に取り組んでまいります。また、今年打ち 定年次が明確になってきており、全体の約 7 割で開 上げる気象衛星「 ひまわり9 号」等により、気象観 通済み又は開通見通しが公表されています。例え 測体制を強化し 、分かりやすい気象情報の提供に ば、平成 31年のラグビーワールドカップ開催が予定 取り組んでまいります。 される釜石は、平成 30 年度に花巻と高速道路で結 10 関東・東北豪雨を踏まえ、社会全体で洪水に備え ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.29 切迫する南海トラフ巨大地震や首都直下地震に 対しては、 「 国土交通省南海トラフ巨大地震対策計 性や建設工事に対する信頼を回復できるよう取り組 画」及び「 国土交通省首都直下地震対策計画」に んでまいります。航空分野では、急速な普及の一方 基づき、想定される地震ごとの被害特性に合わせ、 で落下事案等安全面への課題が指摘されていた無 避難路・避難場所の整備、公共施設の耐震化 、住 人航空機について、基本的な飛行ルールを定めまし 宅・建築物の耐震化や不燃化 、道路啓開体制の確 た。さらに、小型飛行機の事故が目立って発生した 保、緊急輸送道路等における無電柱化等 、実効性 状況に鑑み、機体の点検・整備の確実な実施等によ のある対策を推進してまいります。また、火山災害 る安全性向上のための必要な措置を講じてまいり に対しては、観測・監視体制の強化や迅速な情報提 ます。海事分野では、昨年7月の北海道苫小牧沖 供に取り組んでまいります。 フェリー火災事故を受け、フェリー内の車両火災の 我が国の社会資本は、高度成長期以降に集中的 適切な消火方法を乗組員に習熟させるなどの再発 に整備され 、今後点検・診断、修繕・更新といった老 防止に取り組んでいます。自動車分野では、独フォ 朽化対策が必要となる施設が急速に増加すると見 ルクスワーゲン社の排出ガス不正問題により、排出 込まれています。 ガス規制に対する信頼が揺らいでいる中、検査方 そこで、 「 国土交通省インフラ長寿命化計画」に 法の見直しなど対応に万全を期してまいります。ま 基づき、計画的に点検・診断や修繕・更新などを行う た、伊勢志摩サミットの開催に備え、海上警備を含 とともに、産学官が一丸となって取り組むための「イ むテロ対策にも万全を期してまいります。 ンフラメンテナンス国民会議 」 ( 仮称)の設置等に より、世界に先駆けてメンテナンス産業の育成・活性 今後も国民の安全・安心に直結する課題に対して は、迅速かつ着実に取り組んでまいります。 化 、さらには地域産業化を図ってまいります。 交通における安全・安心の確保は重要な課題で 【 我が国の主権と領土・領海の堅守】 す。踏 切については、踏 切事故が依然約1日に1 尖閣諸島周辺海域では、依然として中国公船に 件 、約 4日に1人死亡するペースで発生するなど踏 よる領海侵入が発生しているほか 、外国漁船の活 切の安全確保が急務です。そのため、ソフト・ハー 動が続いているなど、我が国周辺海域では緊迫し ド両面の幅広な対策を取り込んだ計画的な踏切対 た情勢が続いております。 策を推進してまいります。また、海上交通の分野で 海上保安庁では、我が国の領土・領海を断固とし は、非常災害時における海上交通の機能の維持や、 て守り抜くという方針の下、戦略的海上保安体制を 平時における安全性の向上及び船舶運航の効率化 構築し 、引き続き領海警備や外国漁船の取締り等 のため、湾内における一体的な海上交通管制を行 に万全を期してまいります。さらに、海上保安政策 う体制の構築を進めてまいります。 課程の拡充等を通じ 、法とルールが支配する海洋 昨年は、残念ながら国民の皆様の身近なところで 安全・安心を脅かし 、信頼を損なうような事件が起 きました。 秩序の構築に向けて取り組んでまいります。 また、海洋権益の確保、海洋資源の開発に資す る取組を推進してまいります。 建設工事の関連では、免震ゴム、基礎ぐい工事 、 落橋防止装置の溶接といった分野で次々と問題が 【 質の高い観光立国の実現 】 明らかになりました。いずれも原因の究明、再発防 観光は、急速な成長を遂げるアジアをはじめとす 止策の検討を急ぎ進めました。今年は対策を着実 る世界の需要を取り込み 、日本の力強い経済を取り に実行し 、国民の不安を払しょくし 、建築物の安全 戻すための重要な柱です。 January-February 2016 11 Special 昨年11月には安倍総理を議長とする「 明日の日 本を支える観光ビジョン構想会議 」を立ち上げまし 【 「賢く投資・賢く使う」 インフラマネジメント戦略への転換 】 た。この会議では、今後さらに増加していく訪日外 これからの社会資本整備については、厳しい財 国人旅行者の満足度を高め、リピーターとなっても 政制約の下、限られた予算を最も効果的に活用する らえるよう中長期的観点から総合的・戦略的に政府 「賢く投資・賢く使う」インフラマネジメント戦略へ転 全体で推進していく施策について検討することとし 換してまいります。 ております。併せて、今後も、 「 観光立国実現に向 まず、ストック効果の高い事業を厳選し 、重点投 けたアクション・プログラム2015 」の施策を始め、観 資 ( 「 賢く投資」 )していく必要があります。例えば、 光振興の施策を強力に実行してまいります。 今春開通予定の東九州自動車道の椎田南 IC ~豊 インバウンドが急増する一方、その多くはいわゆ 前 IC間の開通により、宮崎と北九州が直結するこ るゴールデンルートに集中しています。このため、 とは、移動時間の短縮など生産性の向上等大きな 外国人旅行者を全国津々浦々へ呼び込むべく、昨 経済効果が見込まれています。 年 6月に全国で 7つの広域観光周遊ルートを認定い 次に、既存施設を知恵と工夫により最大限活用す たしました。今後、モデルルートの形成や地域資源 る「 賢く使う」姿勢が重要です。例えば、首都圏の の磨上げの取組に対して必要な支援を行ってまいり 高 速 道 路 に おける新 たな 料 金 体 系 の 導入や、 ます。 ETC2.0を活用した効率的な道路利用を推進してま さらに、拡大しております外国人旅行者による旅 いります。また、住民の皆様のご理解を得て羽田空 行消費についても、外国人旅行者への消費税の免 港の飛行経路の見直し等により空港処理能力を拡 税制度について免税対象金額の引下げを行うととも 大する「賢い空港利用」を推進してまいります。 に、地方での免税店拡大を進め、外国人旅行者の 建設現場では、 「 i-Construction」、すなわちICT 地方における地場産品の購入につなげていくこと の新技術を活用して、測量・設計から施工、管理に で、地域経済の活性化を図ってまいります。また、 至るまで全プロセスを通じた情報化 、効率化等の 外国人観光客の地方への誘客を推進するため、地 取組を進めてまいります。さらに、建設技能労働者 方空港の国際線着陸料軽減を図ります。 の経験が蓄積されるシステムの構築も推進してまい 併せて、地方空港等におけるCIQ 体制の充実 、 ります。引き続き、建設技能労働者の処遇の改善 無料公衆無線 LAN 環境の整備、多言語対応の強 を図り、魅力ある職場環境を実現するとともに産業 化など、外国人の受入環境の整備を促進してまいり 全体の生産性を高めてまいります。 ます。 加えて、今後外国人旅行者の急増に伴う宿泊施 設需要に対応するため、関係省庁とともに民泊の適 こうした取組を着実に推進していくために、安定 的・持続的な公共投資の見通しの確保に全力を尽く してまいります。 正なルールのあり方についても検討してまいります。 昨年は、クルーズ船による訪日外国人旅行者数 が年間100万人を超え、当初の目標を5 年前倒して 12 【 豊かで利便性の高い社会の実現 】 今後、著しい人口減少が見込まれる地方圏では、 達成することができました。我が国が掲げている 地域が維持できなくなり、消滅する地方公共団体が 観光立国の実現、地方創生にとってクルーズの振興 数多く発生するのではないかという危機感がありま は極めて重要であり、今後も港湾における受入環境 す。また、大都市圏においても今後、急速に高齢化 の改善を図ってまいります。 が進むことが予想されています。これらの課題に対 ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.29 して、地域の特性や状況に応じながら施策と組織を 今年春を目途に新たな北海道総合開発計画を策定 総動員して対応してまいります。 します。併せて、各ブロックごとの社会資本整備重 まず、これからの人口減少社会を見据え、 「コンパ 点計画を策定します。 クト・プラス・ネットワーク」を具体化していく取組を 奄美 、小笠原をはじめとする離島や半島地域 、豪 進めます。関係省庁からなるコンパクトシティ形成 雪地帯など、生活条件が厳しい地域に対しては、引 支援チームなどの枠組を活用し 、関係施策を連携 き続き生活環境の整備や地域産業の振興等に対す させた支援の充実や、モデルとなる好事例の横展開 る支援を行ってまいります。 を図るなど、地方公共団体の取組を強力に支援して 今後、生産年齢人口が減少する中で日本の経済 まいります。また、昨年創設した鉄道建設・運輸施 を支える産業の担い手の確保・育成と生産性の向上 設整備支援機構による出資制度等により地域の公 は重要な課題です。 共交通ネットワークの再構築を図る取組を推進して まいります。 運輸分野においては、今後深刻化する人手不足 や高度化・多様化する荷主・利用者ニーズに対応する 人口減少や高齢化に伴って生活機能維持が困難 ため、物流生産性革命として、多様な関係者の連携 になってきている地域において、道の駅等にコミュ によるモーダルシフトや物流拠点における輸送フ ニティバスやデマンドタクシーといった交通機関の ローの円滑化等物流の総合化・効率化施策を推進し 結節点、働く場などの機能を持たせるなど、生活 てまいります。加えて、ビッグデータの活用による収 サービスを維持し 、効率的に提供できる「 小さな拠 益性の高いバス路線への再編、タクシー事業の効 点 」づくりを推進してまいります。 率化 、活性化など生産性の向上につながる施策を 若年世帯・子育て世帯が望む住宅を選択・確保で 推進してまいります。建設業や造船業などにおいて きる環境を整備するため、三世代での同居・近居等 も、建設技能労働者の適切な賃金水準の確保や社 を推進してまいります。また、高齢者が自立して暮 会保険の加入促進などにより処遇改善を図るととも らすことができるよう、新しい高齢者住宅のあり方 に、教育訓練の充実強化 、若者や女性のさらなる を提示するとともに、サービス付き高齢者向け住宅 活躍を推進する取組や、ICTの活用など産業界を の需要に対応した供給等を進めてまいります。さら 挙げて生産性の向上と担い手の確保・育成に向けた に、良質な既存住宅ストックの有効な活用や、既存 取組を進めてまいります。 住宅流通・リフォーム市場の活性化を図るとともに、 空き家については使えるものは活用し 、生活環境に 悪影響を及ぼすものについては、解体や撤去を進 めてまいります。加えて、住宅団地の再生とその機 会をとらえた福祉拠点の形成など、住宅地の魅力の 維持・向上を進めてまいります。 【 国際競争力の強化 】 我が国の国際競争力の強化や成長戦略の実現を 通じて、経済成長を促進していく必要があります。 東京、大阪など日本の経済を牽引する大都市に おいては、世界に引けを取らないビジネス環境・居住 昨 年 8月に改 定された国 土 形 成 計 画 (全国計 環境の整備により、国際競争力を大きく高めてまい 画) を受け、 「稼げる国土、住み続けられる国土 」の ります。また、海外企業の投資・立地を促進すると 実現のため、全国 8 つの広域ブロックごとに、概ね ともに、都市開発の海外展開を推進するため、 「日 今後 10 年間の戦略を示す広域地方計画を今年度 本版シティー・フューチャー・ギャラリー(仮称) 」構 中を目途に策定します。また、北海道の強みである 想を東京都ともタイアップして、官民一体となって推 食や観光を担う地方部の「生産空間」を支えるべく、 進し 、日本の都市の魅力を世界に発信してまいりま January-February 2016 13 Special す。 三大都市圏環状道路、新幹線・都市鉄道、国際コ 議の場として「地域プラットフォーム」を今年度末ま ンテナ・バルク戦略港湾、大都市拠点空港など、国 でに全国 8ブロックに形成し 、地方公共団体におけ 際競争力強化に必要な人流・物流を支える交通ネッ る具体的案件の形成と横展開を図ってまいります。 トワークの整備や機能強化を着実に進めてまいりま 日本経済の成長のためには、日本の高い技術力 す。 を活かした国際競争力のある産業を伸ばしていくこ 三大都市圏環状道路については、来年度に、圏 とが重要です。昨年11月に初飛行が実現した国産 央道の境古河 IC~つくば中央 IC間が開通すること 旅客機 ( MRJ ) については、設計製造国の立場から で、湘南から成田空港まで接続されるなど、引き続 安全性審査を適確に実施してまいります。また、自 き、着実に整備を進めてまいります。 動車の自動走行システムを実現させるための取組を 新幹線については、3月の北海道新幹線の新函館 北斗開業を着実に実施してまいります。また、北海 推進していくとともに、国際基準の策定を日本が主 導してまいります。 道新幹線 ( 新函館北斗・札幌間)、北陸新幹線 (金 造船業においては、IoTやビッグデータ等を活用 沢・敦賀間) 及び九州新幹線 (武雄温泉・長崎間) に した先進船舶の開発とその普及方策を一体で実施 ついても、政府・与党申合せに基づき、着実に整備 する海運イノベーションを推進してまいります。加え を進めてまいります。本格的な工事の始まるリニア て、海洋産業の振興に向けた海洋開発人材育成や 中央新幹線については、安全・円滑な工事実施に向 国民の海洋への理解と関心の増進を図る取組も進 けて適切に対応してまいります。さらに、首都圏の めてまいります。 鉄道ネットワークの強化に向けた検討を進めてまい ります。 14 さらに、PPP/PFIの推進のため、産官学金の協 昨年は、インドの高速鉄道への新幹線システム導 入に関する日印両政府間での協力覚書署名や、株 国際コンテナ戦略港湾については、京浜港におい 式会社海外交通・都市開発事業支援機構 ( JOIN ) て今年度内の港湾運営会社の設立に向けた検討が によるテキサス高速鉄道など 3 事業への支援決定 進められているなど、 「集貨」 「創貨」 「競争力強化 」 等の成果が得られました。インフラの海外展開は、 を三本柱とするハード・ソフト一体となった施策を講 海外の旺盛なインフラ需要を取り込み 、我が国経 じてまいります。 済の活性化を図るため、政府をあげて取り組んでい 民間活力の活用については、平成 26 年度から来 る課題です。今後、地域・国別の戦略的取組を明確 年度を集中強化期間に設定しPPP/PFIに係る取組 化した「 国土交通省インフラシステム海外展開行動 を加速化するとの政府全体の方針を踏まえ、コン 計画」を策定し 、 「質の高いインフラ」の更なる展開 セッション方式の積極的な活用を進めてまいりま を推進してまいります。また、相手国に対するプロ す。昨年12月に実施契約が締結された関西空港・ モーションについても、関係省庁と協力しつつ、より 伊丹空港コンセッション及び仙台空港コンセッショ 充実した対応を行うとともに、JOINなどのツールを ンについて、今年 4月の関西空港・伊丹空港 、7月の 活用し 、関係機関とも連携しながら、大手から中小 仙台空港の運営委託に向けた準備を着実に推進す まで我が国企業の海外展開を支援してまいります。 るほか、その他の国管理空港における活用も推進し 昨年10月の環太平洋パートナーシップ ( TPP )協 てまいります。また、浜松市下水道や愛知県道路公 定の大筋合意を受け、政府として昨年11月に「総合 社有料道路のコンセッションについても着実に進展 的なTPP関連政策大綱」をとりまとめました。TPP しております。 はアジア太平洋地域において新しい投資・貿易の ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.29 ルールを作り、地域における経済の発展に大きく繋 大会の安全でスムーズな運営のため、交通、宿 がる非常にインパクトのあるものです。国土交通省 泊、会場及びその周辺地域などの快適性、安全性 としても、TPPに対する国民の不安を払しょくすべ の確保とともに海上警備を含むセキュリティ対策に く丁寧な説明を行いながら、真に経済再生、地方創 取り組んでまいります。 生に直結させるよう取り組んでまいります。 昨年12月の COP21で採択されたパリ協定を踏ま パラリンピックが開催されるということも大切で す。これらを契機として、公共交通や公共施設等の え、温室効果ガスを削減する「緩和策」と気候変動 バリアフリー化を通じた「 人に優しいまちづくり」、 への「 適応策」を両輪とした地球温暖化対策を推 「心のバリアフリー」についても推進してまいります。 進してまいります。 これらの取組を通じ 、安全・安心で国民総参加に よる「 夢と希望を分かち合う大会」の実現 、そして 【 2020 年東京オリンピック・パラリンピック 次世代に誇れる「 レガシー」を創出する大会にする 競技大会への対応 】 とともに、大会の開催効果を地方につなげていくよ 2020 年東京オリンピック・パラリンピック競技大会 う、取組を進めてまいります。 の開催は、東日本大震災から復興した力強い日本 の姿を示すとともに、世界を代表する成熟都市に なった東京を発信する絶好の機会です。 新しい年が皆様方にとりまして希望に満ちた、大 いなる発展の年になりますことを祈念いたします。 January-February 2016 15 Special 一般社団法人 不動産証券化協会 委員長あいさつ ARES は 、中期事業計画 ( 平成 27年度~平成 29 年度 ) において、2020 年の東京オリンピックイヤー を視野に入れ 、Jリートおよび私募リート等の運用資産規模 30 兆円を新たな数値目標に掲げています。 その目標に向けて今年も一歩一歩前進していくとともに、不動産投資市場に期待される社会的要請に応 えるため、さまざまな活動に全力で取り組んでまいります。 【 運営委員会 】 菰田 正信 三井不動産株式会社 代表取締役社長 上場が進んでおり、今後も新規上場が予定されてい ます。 昨年 6月には、国土交通省より「 病院不動産を対 象とするリートに係るガイドライン」が公表されまし た。リートによる病院不動産の取得が、病院に新た な資金調達の道を開き、それが病院の耐震化や施 設改修を促進することで、医療サービスの高度化に も寄与することが期待されます。 運営委員会の委員長を務めております菰田でござ います。どうぞよろしくお願いいたします。 16 また、老朽化したインフラの更新等についても、 民間資金やノウハウの活用が求められており、当協 不動産投資市場は、国内外の投資家に様々な投 会の活動として昨年新設された「 インフラ・PRE 検 資機会を提供するとともに、資金循環機能を通じて 討ワーキンググループ」において調査・研究を進めて 民間資金を活用しながら都市再生と地域活性化を まいります。 推進し、わが国経済の成長に貢献してきました。な 今後も、当協会が中期事業計画において掲げる かでも、Jリート市場は上場銘柄数 52 、資産規模 13 「 Jリートおよび私募リートならびにそれらに準ずる 兆 9 千億円、私募リート市場は運用銘柄数 15 、資産 インフラファンドの資産規模 30 兆円」の実現に向け 規模 1兆 3千億円に達し、合わせて15 兆円を超える て、投資対象資産の多様化や投資家層の拡充に積 市場規模にまで成長を続けております。 極的に取り組んでまいる所存です。 近年では、不動産投資市場における投資対象資 本年は、わが国がアベノミクスにより生まれた「経 産の多様化が進み、成長が期待される産業分野に 済の好循環 」を本格化させる重要な年だと考えてい 不可欠な社会資本を提供する役割も果たしていま ます。当協会の活動を通じて、不動産投資市場の更 す。当初はオフィスビルや商業施設、住宅などが主 なる成長を実現することで、わが国経済の好循環に な投資対象であったJリート市場においても、物流 貢献してまいりたいと思います。引き続き、ご支援、 施設やホテル、ヘルスケア施設に特化したリートの ご協力をよろしくお願い申し上げます。 ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.29 【 企画委員会 】 【 制度委員会 】 仲田 裕一 坂川 正樹 三井不動産株式会社 企画調査部長 (ARES マスター M0600055) 三菱地所株式会社 投資マネジメント事業部 部長 マクロ環境は全般として、グローバルな市場の変動によ る調整局面もありましたが、堅調な米国経済に支えられ先 制度委員会の委員長を務めております仲田でござ います。どうぞよろしくお願いいたします。 進国を中心に緩やかな回復を続けています。国内の不動 Jリート市場では、昨年 、ヘルスケア施設特化型 産投資市場は引続き緩やかな回復基調にありますが、三 リートやホテルリートを含む5 銘柄の新規上場ととも 大都市圏を中心とした地価回復が明確となり、オフィスをは に既存リートの合併が行われました。背景として、当 じめ賃料の上昇が実感できるようになって参りました。不 協会の長年の要望により「税会不一致による二重課 動産市況の先行き期待感が実現してきています。 税の防止 」等が措置され 、正ののれんを伴うJリート こうした中、Jリート市場は、上場銘柄数が52となり、資 合併・再編の制約が解消されたことがあると考えてい 産規模で約14兆円、時価総額はかつての目標であった ます。個々のリートにとって、 「安定性向上」 「外部成 10兆円の大台を超え、次の目標として、Jリートおよび私募 長」 「流動性向上」の自由度が増すことは、市場全 リート等で資産総額30兆円をめざし新たなスタートを切りま 体のさらなる発展を実現するためにも、大変有意義 した。私募リートは15法人、資産規模も1.3兆円を超え、 であると思います。 年金等機関投資家の長期安定的な投資先として着実に 改正不動産特定共同事業法については、昨年だ 認知度が向上しております。今後、政府による成長戦略 けで10 社を超える事業者が、倒産隔離型の共同投 が確実に実行され、実体経済が更なる回復を通じ、市場 資スキームに必要な許可を取得し、いくつかの具体 全体が更に活性化することを期待します。 的プロジェクトが進みつつあります。今後、老朽化し 昨年は、不動産投資市場の成長を支える環境整備の た建物や権利関係の複雑な物件などへの活用が広 ため、制度改善要望や税制改正要望を推進するとともに、 がることを期待するとともに、必要に応じて制度改善 グローバルな視点で欧州ヘッジファンド規制( AIFMD ) の 等にも取り組んでまいりたいと考えています。 課題整理と対応検討に努めました。投資対象の多様化 また、改正金融商品取引法に関しては、当協会の のため、ヘルスケアについて周知活動を継続すると同時 会員会社において第二種金融商品取引業協会に加 に、病院不動産を対象とするリートに係るガイドラインへの 入していない第二種金融商品取引業者に向けて、社 対応にも取り組みました。さらに、証券化普及活動として、 内規則のひな型を作成するとともに、実務対応に関 個人投資家向けJリートフェアに加え、地方都市での全国 する研修会を開催する等、会員各社への支援に努め キャラバンを開催、海外投資家に対する我が国不動産投 てまいりました。 資市場の普及活動の一環としてMIPIM JAPANへの協 力を行うなど、新たなことに積極的に取り組みました。 制度委員会では、上記のように、法令改正やそれ に伴う運用が実務に即したものとなるよう各種要望 今年は中期事業計画の中間年度にあたります。昨年 活動を展開するとともに、会員各社への周知・支援活 からインフラ・PREワーキンググループの設置等、次のス 動も展開しております。引き続き、委員会活動へのご テージに向けた改善策や新たな制度設計が求められるこ 支援、ご協力をよろしくお願い申し上げます。 とについて皆さまと議論を深めており、方向性を定めてい ければと考えています。今後も市場の一層の発展のため、 各委員会の皆さまと連携を密にし、積極的に活動してまい る所存でございます。変わらぬご指導、ご支援のほど、よ ろしくお願いいたします。 January-February 2016 17 Special 【 税務・会計委員会 】 【 市場整備委員会 】 藤沢 洋 百瀬 善健 オリックス株式会社 不動産事業本部 投資事業第一部長 (ARES マスター M1305378) 野村證券株式会社 アセット・ファイナンス部長 昨年より、税務・会計委員会の委員長を務めており ます百瀬でございます。どうぞよろしくお願いいたしま す。 昨年より、市場整備委員会の委員長を務めておりま す藤沢と申します。どうぞよろしくお願い申し上げます。 2015 年の日本経済は、外部環境の影響もあり景気 昨年は、リートの物件取得やそれに伴うファイナン 回復ペースが鈍化したものの、好調な企業業績、雇 スが引き続き順調に行われた1 年でした。上場リート 用環境の改善、輸出の持ち直し等を背景に2016 年 が52 銘柄に、私募リートも15 銘柄に増加し、合わせ は緩やかな回復軌道に戻るものと期待されておりま ると資産規模は概ね15 兆円を超えてきています。 す。 一億総活躍社会 、地方創生が叫ばれる中、投資対 不動産証券化市場に関しては、投資物件供給不 象となるアセットのタイプや所在地も更に拡がりを見せ 足が懸念された中、Jリートによる物件取得額は前年 ています。 同水準の1.5 兆円超を記録し着実な外部成長を持 このような中で、上場リートとして初めて、正ののれ 続、更に私募リートも旺盛な国内機関投資家の需要 んが生じる合併といった動きも見られました。これは、 に応え1.3 兆円超の資産規模に成長し、国内投資市 昨年「 投資法人における税会不一致による二重課 場に於けるプレゼンスを更に高めました。 税の防止 」としてARESより要望して実現した税制 また、国内不動産市場に於いては、オフィス空室率 改正によって可能となった案件でありました。ARES の低下、都内オフィス賃料の上昇に加え、円安及び の活動によって制度改正を実施して頂き業界の発展 物件価格上昇期待により海外投資家の台頭が顕著 に貢献するという良い事例を実現して頂けたものと思 で、期待利回りは低下傾向が続いております。一方、 います。 好調な不動産市場と裏腹に伝統的な投資アセットタイ これら制度改正にとどまらず、会員の皆様 、関係 省庁の皆様 、ARES 事務局の皆様等 、大変多くの 皆様には不動産投資市場の発展のためにご尽力頂 いておりますこと、心より感謝申し上げます。 プの供給は減少傾向にあり、投資アセットタイプの拡 充は喫緊の課題と言えます。 市場整備委員会は、低金利による運用難が続く機 関投資家・年金基金等の不動産証券化市場への参 今後も、マーケット環境が変化していく中で、不動 加を推進すべく、投資家登録制度による登録企業の 産投資市場が安定感をもって存在し続けることによ 拡充、不動産投資インデックス( AJPI・AJFI ) の本格 り、さらなる発展を遂げ、国内外の多くの機関投資家 稼働に向けた取組み及び普及、投資家小委員会の と日本の幅広い個人投資家に認知され、さらに奥行 実施等により、不動産証券化商品に於けるオルタナ きのある市場となるため、税務・会計の分野からサ ティブ投資としての魅力をPRして参りました。 ポートすべく、関係各所への働きかけなどを積極的に 今後も、ARES 第 5 期中期計画の数値目標:30 兆円 行っていきたいと考えております。皆様のさらなるご ( Jリート、私募リート、インフラファンドの資産規模 ) の 協力、ご支援を何卒よろしくお願いいたします。 実現を目指すと共に、アセットタイプの拡充による多様 性ある投資機会の創出により魅力的かつ安定的な不 動産証券化市場を構築すべく努力して行きたい所存 です。 引き続き、ご指導、ご支援のほどよろしくお願い申し 上げます。 18 ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.29 【 市場動向委員会 】 【 国際委員会 】 有村 隆文 海老澤 惠 三井住友信託銀行株式会社 不動産企画部長 JP モルガン証券株式会社 投資銀行本部 不動産投資銀行グループ ヴァイスプレジデント 2015 年は、株価が 2万円に到達する場面もありな 昨年より国際委員会の委員長を務めております海 がら、力強さを感じるところまでは至らず国内経済は 老澤でございます。若輩者ですが委員長の中で紅 足踏み状態が続きました。 一点 、 よろしくお願い申し上げます。 一方、不動産市況においては、3 大都市圏の基準 国際委員会では、委員会で取り上げるテーマにつ 地価が 3 年連続で上昇したほか、オフィス空室率の低 いて委員の方々にアンケートをとらせていただいてお 下基調は変わらず、大阪・名古屋でも募集賃料低下が り、海外の諸制度や市場動向のほか、インバウンド 底を打つなど好材料も見られました。加えて、上場 投資やアウトバウンド投資などがテーマ候補として挙 リート市場では、ヘルスケア施設特化型の投資法人 がっております。「インバウンド」という言葉はもはや やホテル特化型の投資法人が上場し、更には私募 一般用語になりましたが、訪日外国人の多さは肌で リートの設立も続き、不動産証券化市場の裾野が一 感じるところですし、ホテル不足や外国人富裕層によ 段と拡大したと思います。また、東証インフラファンド る住宅の取得も大きな話題となっております。また海 市場が創設され 、太陽光発電施設等を投資対象とす 外機関投資家による日本の不動産に対する投資意 るファンドが上場を目指すなど、まさに2015 年は、当 欲は強く、最近では投資家の裾野が広がっておりま 協会が目指す市場規模 30 兆円に向かって大きく前進 す。数年前には思いもよらなかったことと思います。 した1年になったと実感しております。 おもてなしと和食のファンだから、という投資家ももち 市場動向委員会では、不動産証券化市場の最新 ろんいるとは思いますが、中国など他のアジア諸国に 動向はもとより、資本市場全体を対象範囲として、市 比して、安定した先進国としての日本の存在感がより 場の諸課題を把握すること、そして将来展望を拓くこ 意識されていると考えられます。また、国内企業や とを目的に活動しており、昨年はヘルスケア施設の視 投資家による不動産のアウトバウンド投資も増加して 察や実務者・学識者の方々を講師に招いての賃貸オ おり、関心が高まっていると認識しております。 フィスビルの市場動向・年金投資家の投資動向等に関 不動産は極めてローカルな産業であると言われて する勉強会・意見交換を実施することができました。 おりますが、日本の不動産市場のより一層の拡大に 出席された委員の皆様から有意義な会であったとの は金融面 、特に各国の年金基金など長期投資家が 後評を頂戴しており、開催に携わって頂いた皆様方 投資しやすい環境整備など、グローバル市場での競 に感謝申し上げます。 争優位を高めるための国際的な視点が欠かせない 本年も、当委員会では旬なトピックスに関する意見 と考えております。 交換や、当委員会の目的に則した視察を実施し、委 国際委員会では各国の不動産関係団体との連携 員の皆様の知見を深めるべく活動して参ります。例え を強化し、我が国の不動産投資市場のグローバル ば、株式市場の行方、地方創生に向けた地域活性化 化につなげていきたいと考えております。皆様のご 等のテーマを取り上げて参りたいと考えております。 支援とご協力をよろしくお願い申し上げます。 足許の不動産売買件数は価格高騰もあって若干の 減少となっていますが、皆様と共に市場動向を確りと 捉えて証券化市場の規模拡大に寄与する委員会活動 を目指して参りますので、本年も皆様のご参画・ご支 援・ご協力を何卒宜しくお願い申し上げます January-February 2016 19 Special 【 教育・資格制度委員会 】 【 広報推進委員会 】 田邉 信之 埜村 佳永 公立大学法人宮城大学 事業構想学部 教授 東京建物株式会社 広報CSR部長 (不動産証券化協会フェロー) 昨年の不動産投資市場は、引き続き活況を呈し、 証券化対象となる不動産の用途が拡大するととも 埜村でございます。どうぞ宜しくお願い申し上げま に、投資家層の裾野もさらに広がりました。日本市 す。 場の安定性も評価され 、海外からの投資資金の流 今年はアベノミクス4 年目を迎え、景気の回復基 入も続いています。不動産証券化が日本に浸透して 調が定着するとともに、不動産投資市場・証券化市 から、2回目のマーケットサイクルの上昇期を迎えて 場においても、ここ数年間の堅調な状況の一層の継 いると言えるでしょう。 続が期待されます。 斯かる市況の好調さや市場関係者の熱意に支え Jリート市場も上場銘柄数が 52 銘柄となり、時価 られ 、不動産証券化協会認定マスター( 以下「 マス 総額も10 兆円を超えるなど順調に拡大しています。 ター」と称する) の受験者数は順調に増加しており、 また昨年は「 病院不動産を対象とするリートに係る 昨年は1,595 名 ( 再受験者数を含む)となり、マス ガイドライン」がとりまとめられるなど、今後の日本 ターの有資格者数も約 6,100 名 ( 2015 年12月現在) の少子高齢化社会への対応等Jリートに対するこれ に達しました。昨年の試験の平均点も上昇しており、 まで以上の期待も高まっています。 受験者の質もますます向上してきていることがうか がえます。 当委員会では、市場におけるマスターの重要な役 一方で「 不動産証券化ジャーナル Vol.28 」の座 談会で不動産証券化ビジネスの草創期からご活躍 されている諸先輩方からのご指摘もあったように、 割を認識し、マスター制度のよりいっそうの充実に 一層の市場規模や投資家層の拡大等まだまだ課題 努めております。時代対応を企図した「 養成講座テ があることも事実です。 キスト」の大幅な改定や「継続教育」の充実・多様化 このようななか、広報推進委員会では引き続き不 に加え、講師や参加者の方々とのネットワーキングが 動産証券化の普及に向けて、機関投資家・個人投資 可能な「 ARESマスターフォーラム」も、東京・地方 家の投資促進を図る諸活動を推進していきたいと思 で定期的に開催しております。市場関係者の高い意 います。具体的には一昨年から実施している、主に 識の下、 「 投資運用業のコンプライアンス研修」も定 地方の個人投資家を対象とした「 Jリート全国キャ 着し、基礎編・応用編ともに多くの方々に、ご参加い ラバン」の継続や、メディアコミュニケーションの強 ただいています。 化を企図した記者向けのセミナー等についても開催 このようにマスター制度が着実に普及してきており していきたいと考えております。 ますのは、会員の皆様方や市場関係者のご尽力の これからも不動産証券化市場の健全な発展に向 賜物であります。当委員会といたしましても、マス け、投資層の拡大に向けた施策を実施してまいりま ターの基本理念に基づき、市場の発展・変化に対応 す。引き続き広報推進委員会の活動に対しての皆様 した教育プログラム、継続教育をこれからも提供し のご支援・ご協力をお願い申し上げます。 ていきたいと考えております。本年も引き続き、ご支 援・ご協力をお願い申し上げます。 20 昨年より広報推進員会の委員長を務めております ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.29 【 J リート実務委員会 】 【 規律委員会 】 大久保 淳 高橋 健文 株式会社東京リアルティ・ インベストメント・マネジメント コンプライアンス室 シニアマネジャー 公益財団法人 建設業適正取引推進機構 特別顧問 昨年よりJリート実務委員会の委員長を務めております 大久保でございます。どうぞ宜しくお願い申し上げます。 不動産証券化市場は、都市再生や地域活性化の ための事業に必要な資金を供給する機能を果たして 昨年は不動産市場が全般的に好調を維持したことを背 います。Jリートの投資対象も、社会のニーズに応え、 景に、6 投資法人が新しく上場いたしました。また、昨年 オフィスビル、住宅、ホテル、物流施設、商業施設、 はヘルスケア施設の運用に特化した投資法人が新たに2 物流施設やヘルスケア施設に至るまで極めて多様化 法人加わって3法人に増えるなど、投資法人は質の面でも しています。日本経済の持続的成長のために、さらな 充実度合いが増しています。 る市場規模の拡大と活性化が期待されていますが、 このように投資法人及び資産運用会社の内容が多様に 市場規模の拡大によって国民生活に大きな影響を及 なる中で、Jリート実務委員会は業界各社に共通する実務 ぼすこととなるだけに、内外の投資家から信頼される 面での課題に特化して情報を共有及び交換するために活 ことはもとより、広く社会から信認されることが要請され 動しています。具体的には、委員全社が参加する全社会に ます。 加え、課題に対してより具体的・実践的にアプローチするた 投資家の信頼と社会の信認を得るためには、不動 めに十社程度で構成する分科会をいくつか設置していま 産証券化に携わる事業者が専門家に相応しい公正 す。今年度は以下の各分科会が活動中です。 かつ適切な事業活動を行っていくことが不可欠です。 <常設分科会> 不動産証券化協会では、会員がその社会的使命 ・イベント推進分科会 を自覚のうえ遵守すべき倫理・行動規範として、投資 ・成果物改訂分科会 家ニーズに合致した商品性の確保、適切な情報開 <テーマ別分科会> 示、投資家に対する誠実な対応、受任者としての責 ・第一分科会 (個人情報管理関連) 任、法令等の遵守、専門知識と職業倫理の徹底を定 ・第二分科会 (開示体制関連) めています。 ・第三分科会 (事務過誤防止策関連) また、不動産と金融分野にわたるプロフェッショナル 活動の内容について例をあげれば、毎年設置している常 である不動産証券化協会認定マスターには、高い職 設分科会のイベント推進分科会では、Jリートフェアの企画 業倫理意識と市場の発展を担うという強い使命感が 内容及びその他のJリート普及施策について検討等を行っ 求められています。 ています。また、毎年テーマを変えて設置しているテーマ 規律委員会としては、これらの基本理念を徹底す 別分科会の一つである第一分科会 (個人情報管理関連) るため必要な措置が機動的かつ厳正にとれるようにす では、マイナンバー法への実務面での対応方法について情 る必要があると考えています。社会や投資家が懸念 報の交換等を行っており、 「マイナンバー制度対応チェック するような事案については幅広く検討の対象として説 リスト」等を作成して委員全社に提供いたしました。 明責任を果たすことにより、内外の投資家や社会から Jリート実務委員会では、今後も投資法人及び資産運用 会社運営上の実務的な課題についての検討及び情報の交 の信頼に応えられるよう努めたいと考えていますので、 よろしくお願い申し上げます。 換等を通じて、業界各社の運用力の向上及び内部管理態 勢の整備に資する取組みを行ってまいります。引き続き、 皆様のご支援・ご協力のほど宜しくお願い申し上げます。 January-February 2016 21 Special ●特集:収益型インフラ (水道・下水道) 考察 座 談 会 収益型インフラ (下水道)における PFI・コンセッションの推進 地方自治体における厳しい財政状況や職員数の減少のもとで、下水道事業においても PPP/PFI による民間の資金・人材・ノウハウの活用が重要となっています。 下水道事業については、典型的な社会資本である一方、長期に安定した収益事業の側面も持って おり、民間にとっては新たなビジネス機会や投資機会創出の可能性も秘めています。 本座談会では、下水道における PFI・コンセッションの具体的事例に基づいて、実態をご紹介いた だくとともに、官民連携のあり方についてもお話いただきました。 日 時 :平成 27 年 12 月 2 日(不動産証券化協会 会議室) 髙田 勝弘氏 浜松市 上下水道部次長 上下水道総務課長 22 西澤 政彦氏 上下水道 コンサルタント ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.29 司会進行 長谷川 輝彦氏 藤川 眞行氏 橫浜市 環境創造局下水道施設部 下水道設備課長 国土交通省 水管理・国土保全局 下水道管理指導室長 座談会:収益型インフラ (下水道) におけるPFI・コンセッションの推進 下水道事業と PPP/PFI・コンセッション 生部分の一部に一般会計からの繰入金制度が認 められたこと、②高金利の地方債のペナルティなし の繰上償還制度が時限的に認められたこと、③包 括的民間委託の導入など様々な経営の効率化策が 藤川 不動産証券化協会の方から、収益型イン 推進されたこと等により、10 年前の平成 17年度で フラである下水道における PFI・コンセッションの取 は約 65%であったものが 、平成 25 年度は 92%にな 組の実態について、座談会形式で、分かりやすく説 るまでに改善が進んできています。ただ、節水機 明を行ってほしい旨のご依頼がありました。 器・設備の普及や人口減少等により、この先は予断 PFI については、自治体のいわゆるハコモノの建 を許しませんが。 設・管理を中心に実績が積みあがってきており、ま いずれにしても、このように下水道事業は非常に た、平成 23 年の法改正で創設されたコンセッショ 大きな 事 業 規 模を有して いますので、新 成 長 ンについて、空港の管理運営で実例が出てきてい ( ニュー・グロース)の観点からも PFI・コンセッショ ます。 下水道事業については、現在、自治体の下水道 ンなど民間活力の導入に大きな期待がかけられて いる状況にもあります。 担当職員の数がピーク時に比べ 3 分の2 になるなど ただ、下水道事業は、他の事業とは違って、国民 減少が続いており、巨大なストックを維持し 、巨大 生活と密接な関係があるインフラであり、料金につ なプラントを動かす装置産業として、執行体制が大 いても公共料金としての制約があり、また、水再生 きな課題となっています。 だけでなく、市街地の浸水対策も併せて行ってい このような課題に対応するために、下水道事業に る事業であるなど、固有の特色を有しています。こ おいても、PFI の事例が増加してきており、また、 のため 、PFI・コンセッションの事業化に当たって コンセッションの具体的検討が進められています。 は、他の事業にも増して様々な検討課題がありま また、PFI・コンセッションではありませんが 、処理 す。 ( 下水道事業の仕組みや、PPP/PFI・コンセッ 場の管理でいうと、民間への委託が 9 割 、性能発 ションの全体的な動向については、ARES 不動産 注で包括的に民間へ委託する発注( 包括的民間委 証券化ジャーナル21号 ( 平成26年10月発行) 参照。 ) 託 )が 2 割と他のインフラに比べても相当民間活力 の導入が進んでいます。さらに、今後とも、深刻化 する執行体制の課題に対応していくために、さらな る民間活力の導入が求められています。 下水道は、 資源・エネルギーの宝庫 また、そもそも論になりますが 、下水道は、オー 藤川 導入部分は以上にして、本日の座談会で ソドックスなインフラで、事業規模も非常に大きい は、下水道事業における PFI・コンセッションの内 ものです。平成 25 年度の全国のマクロの数字で見 容をより実践的に見ていくこととし 、資源・エネル ると、管理運営費( 維持管理費+資本費)ベースで ギー利用に関して様々な PFI の事業化を行われて 2.8 兆円、うち浸水対策を除く水再生部分で 2.2 兆 いる横浜市の長谷川課長と、我が国初めての下水 円、さらにそのうち基本的に料金で充当すべきとさ 道事業のコンセッションの事業化に向け具体的な れている部分は1.6 兆円です。 検討を行われている浜松市の髙田次長から、それ 基本的に料金で充当される部分のうち、実際に ぞれお話をうかがっていくことにします。また、併 料金で充てられている割合( 経費回収率) は、この せて、民間の立場から見たご見解をうかがうため 10 年間くらいの間に、①浸水対策部分に加え水再 に、水関係のコンサルタントである西澤さんにも、 January-February 2016 23 Special 参加いただきます。 まず、資源・エネルギー利用関係の PFI の話から 入らせていただきますが 、その前に、下水道事業 その中には資源となる様々な物質が含まれます。 そもそも、水そのものにも資源価値があるため 、 における資源・エネルギー利用については、最近よ 下水処理水は昭和 50 年代からトイレ用水や修景用 くテレビ・新聞報道で取り上げられるようになってき 水として再利用されてきました。 ましたが 、まだ一般的には馴染みの薄い話かも知 また、下水は人間活動から発生した熱を含んで れません。しかしながら、実際、下水道は資源・エ います。藤川室長がご担当された昨年の下水道法 ネルギーの宝庫です。ただ、まだ 「宝の持ち腐れ」 改正により下水道管内に熱を取り出す設備の設置 といえる状況で、今後の資源・エネルギーの活用に が可能となりましたので、今後は、下水熱利用も本 ついては非常に大きなポテンシャルがあるといえま 格的に進んでいくことでしょう。 す。 さらに、下水を濾過してこしとった後に残る「 下 具体例でいうと、まず、再生水は、1年間で約 水汚泥 」にも栄養分が豊富に含まれます。昔から 145 億㎥( H25 )発生しますが 、現在は約1パーセ 肥料分を活用する緑農地利用が行われていました ントしか活用されていません。 が 、現在では、下水汚泥の固形燃料化もあります 水再生の過程で発生する下水汚泥ですが 、1年 し 、下水処理のメタン発酵により生じる消化ガスで 間で約 226 万トン( H25 )、これは、発電可能量で 発電する方法もあります。さらに、水素を取り出し いいますと約 40 億 kWh で、約110 万世帯の年間 てエネルギー源として使う取組も出てきました。 電力使用量に相当するといわれています。しかし 、 今後は、例えば、食品残渣なども下水処理場に エネルギー利用の割合は約1割にとどまっていま 持ち込んで、下水汚泥とともにバイオマスエネル す。施設箇所でいうと、消化ガス発電が 55 箇所 ギーとして利用する事例が増えていく可能性もあり ( H26.3 )、固形燃料化が 10 箇所( H27.3 )です。 下水熱も、年間を通して温度が一定なので、ヒー ます。下水処理場が地域の資源やエネルギーの循 環利用の核になっていく、そのような時代が到来し トポンプにより非常に効率的に空調等を行うこと ており、今後ますます進展していくのかと思います。 ができ、利用可能熱量は約 540Gcal/h で、約 80万 そのような方向の中で、官民連携が進んでいけれ 世帯の年間熱量に相当するといわれています。し ばよいと思っています。 かし 、下水熱利用は、13 箇所( H27.3 )にとどまっ ています。 藤川 平成27年3月には福岡市が「水素リーダー 都市プロジェクト」により下水から水素を作り水素 リンは、農業肥料等に必要な物質で、国際的な 自動車に供給する施設を稼働しました。北海道の 戦略物質といわれますが 、下水道に流入するリン 恵庭市や富山県の黒部市では、少し前から、生ご は、1年間で約 6 万トン、我が国のリン輸入量の約1 みと下水汚泥を一緒にしてバイオガス化して、エネ 割に相当するといわれています。しかし 、利用され ルギー利用を行っています。リーディング・プロジェ ているリンの割合は、約1割にとどまっています。 クトがうまくいって、徐々に普及していき、設備のコ 下水道事業の資源・エネルギー利用について、民 間のお立場から、西澤さんに補足説明していただ ければと思います。 西澤 人の体に例えると、水道は都市の「 動 脈 」、下水道が「 静脈 」です。下水道は使ったもの を排出して、濾過する役割があり、人間の都市活 24 動で生じた不要なものが下水には濃縮されます。 ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.29 ストも下がって、さらに普及していくという好循環に なればいいと思っています。 座談会:収益型インフラ (下水道) におけるPFI・コンセッションの推進 資源・エネルギー化事業における PFI 藤川 全国で見ると、資源・エネルギー化事業に おける PFI はいくつかありますが 、消化ガス発電事 業( 汚泥を発酵させた消化ガスで発電する事業)、 汚泥燃料化事業( 汚泥を燃料チップにして再利用 する燃料化事業)、改良土プラント事業( 下水汚泥 の焼却灰をプラントで改良土にして再利用する事 業) という3 つの事業を PFI で行っているのは横浜 市だけです。資源・エネルギー化事業を PFI で行っ ている背景について、長谷川課長の方からご説明 願います。 長谷川 資源・エネルギー化事業は、当初 、横浜 市が設計・工事・維持管理のそれぞれについて民間 に委託して、建設・維持管理を行ってきました。この ため 、当然のことながら、施設の仕様は、設計段階 長谷川 輝彦氏 Profile はせがわ てるひこ 昭和 52 年横浜市入庁。下水道局(現 環境創造局)に て下水処理施設の建設から維持管理の業務を経験。北部 第一水再生センター長、栄水再生センター長など下水処 理施設の維持管理に従事し現場経験は豊富。現在は、下 水道に関する電気設備及び機械設備工事の設計、施工す る部署で更新・長寿命化業務に携わっている。南部汚泥 資源化センターの汚泥燃料化 PFI 事業を所轄している。 で細かく決められるため 、性能発注でなく仕様発 注です。 3 つの事業については、各々が施設の老朽化に 伴って更新時期を迎えていました。そして、消化ガ ス発電事業であれば、事業開始から20 数年たち機 械の更新を検討する段階で、一層の効率化 、コスト 消化ガス発電事業における PFI 削減といった課題がありました。汚泥燃料化事業 については、汚泥を灰にする焼却炉の更新を検討 藤川 それぞれの事業について、簡潔に事業内 する段階で、温室効果ガスの削減と汚泥の資源化 容をうかがっていきます。まず、消化ガス発電事業 といった課題がありました。改良土プラント事業に は、BTO ( Build Transfer Operate )・サービス購 ついては、改良土の販路の拡大が課題となってい 入型ですが、その事業内容について、教えてくださ ました。このような諸課題に対して、PFI を導入す い。 ることにより、民間の創意や工夫を入れていこうと したのが 、ことの発端です。 長谷川 横浜市は11箇所の水再生センターで発 生する汚泥を、北部汚泥資源化センターと南部汚 なお 、時期的には、改良土プラント事業が PFI 泥資源化センターの2 箇所の資源化センターで集約 事業の最初ですが、これは、平成 11年の PFI 法施 処理をしています。消化ガス発電 PFI 事業は、北 行後すぐの平成 14 年に開始した事業です。当時の 部汚泥資源化センターで行っています。 政策においても PFI をはじめとする民間活力の導 資源化センターで汚泥を処理する過程で、副産物 入が掲げられていたことも背景としてあるところで として消化ガスが発生します。その消化ガスはメタ す。 ンを約60%含むバイオガスです。これを燃料として January-February 2016 25 Special ガスエンジン発電設備を動かし発電をしています。 までの20 年間です。PFI 事業者は、横浜市から汚 本事業については、PFI 事業者がガスエンジン発 泥を有償で購入するので、市にはその収入が入りま 電設備 5台を建設して、建設をしたものを本市に移 す。PFI 事業者は、横浜市から汚泥を購入し 、燃 管していただきます。運営期間は、平成 22 年度か 料化炉に入れて燃料化チップをつくり、利用先まで ら平成 41年度までの20 年間で、市はその間に燃料 運搬してもらいます。利用先は、石炭の代替物とし である消化ガスを無償で供給する一方、発電した て使用するボイラーや発電所を想定しています。燃 電気は市が無償で利用して、余った電力は FIT (固 料化チップの販売による儲けは、PFI 事業者の収 定価格買取制度 )で売却し 、その収入は市の管理 入となります。 費に充てます。 藤川 横浜市で使用する電力以外に電力会社に 売る分もあるのですか。 藤川 全体事業費や、横浜市から事業者に支払 う金銭は、どのようになっていますか。 長谷川 全体事業費は約150 億円です。建設費 長谷川 はい。汚泥資源化センターの隣にはゴ は国土交通省からの交付金を活用しており、建設 ミ工場があり、ここでも発電しています。センター 費のうち補助裏と維持管理費は、サービス購入料 の電力については、この安価な電気を使うこともで として 20 年間の割賦払いで横浜市が事業者に総 きるため 、センターで発電する電力は余ることにな 額約119 億円を支払います。維持管理費の中には、 ります。 20年間の管理運営に係る点検費用や交換部品代も 藤川 全体事業費や、横浜市から事業者に支払 う金銭は、どのようになっていますか。 全て含まれます。 藤川 消化ガス発電事業では電気を FIT で売 長谷川 全体事業費は、約 83 億円です。建設 るお金が横浜市に入りましたが 、ここでは汚泥を買 費は国土交通省からの交付金を活用しており、建 い取ってもらうのが横浜市の収入になるわけです 設費のうち補助裏と維持管理費は、サービス購入 ね。 料として 20 年間の割賦払いで横浜市が事業者に総 長谷川 そうです。しかし収入の期待よりも、将 額約 59 億円を支払います。維持管理費の中には、 来 20 年間に資源化を保証されている意義がむしろ 20年間の管理運営に係る点検費用や交換部品代も 大きいです。汚泥は廃棄物としての処理は考えられ 全て含まれます。 ません。埋めるところがないので、資源化しか道は ないのです。買い取り価格が高ければ収入の足し 汚泥燃料化事業におけるPFI にはなりますが、売買なので、廃掃法の適用がない ことに一番の意味があります。 髙田 一つ教えてください。20 年間には大小の 26 藤 川 次の 汚 泥 燃 料 化 事 業も、BTO ( Build 修繕や改築更新も出てきますね。その費用負担は Transfer Operate )・サービス購入型ですが 、その 当初に予測できないと思いますが 、契約の中でどう 事業内容について、教えてください。 処理されているのでしょうか。 長谷川 汚泥燃料化事業は、南部汚泥資源化セ 長谷川 20 年間の事業継続に必要な全ての修 ンター内において行うこととしています。老朽化し 繕も含めて契約の中に入っています。横浜市は、こ ている汚泥焼却炉( 150トン/ 日)を解体して、そ れまで 20 数年間管理してきた実績があるので、お の敷地に新しく燃料化施設を PFI 事業者が設計・ およその予測は可能なのです。 建設し 、建設後に施設を横浜市に移管していただ 髙田 当初の契約金額の中に、修繕を含めたオ きます。運営期間は、平成 28 年度から平成 47年度 ペレーション費用が全て含まれているという理解で ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.29 座談会:収益型インフラ (下水道) におけるPFI・コンセッションの推進 いいですか。 改良土は、以前は、市の下水道工事のために 長谷川 その通りです。発電施設の稼働期間が 使っていましたが 、焼却灰が増えたので販路の拡 増えれば、定期点検等のコストもかかってくるの 大が必要となり、市の下水道工事だけでなく、道路 で、そのあたりは、シビアに計算されていると思い 工事や水道工事でも使ってもらうように働きかけま ます。 した。ここは、市が PFI 事業者に協力している部 西澤 新設の場合は、民間提案で事業者側が 分です。 全て把握できるのでいいですが 、途中で施設を事 藤川 改良土の民間受け入れはありますか。 業者が引き継ぐ場合だと、管理運営に難しいこと 長谷川 民間のガス工事で受け入れてもらって はありませんか。 長谷川 今回は、新設のようなイメージです。 いますが 、民間は数パーセントといったところです。 やはり、公共工事が 9 割以上です。 改良土プラント事業における PFI 藤 川 最 後 の 改 良 土プラント事 業 は、BTO ( Build Transfer Operate )・独立採算型ですが、 その事業内容について、教えてください。 PFI 事業の具体的なメリット 藤川 それぞれの事業を PFI で行ったことの具 体的なメリットについて、VFM ( Value for Money ) を含め、ご説明ください。 長谷川 下水汚泥の焼却灰は、土を良質なもの 長谷川 消化ガス発電事業は VFM で 8.4%、金 にする石灰分が多く含まれており、また土の水分を 額にして約 4.2 億円のコスト縮減につながっていま 吸収する効果をもっています。この焼却灰の性質 す。また、低公害 、省エネ型のエンジンを採用して に目を付けて従来から改良土を製造していました。 いるので従来に比べて CO2 の排出量も約 25% 削 改良土とは、下水道工事等で掘削された土に焼却 減されています。事業期間の20 年間、横浜市は定 灰を約 5%混合して良質な埋め戻し材とした土のこ 期修繕や故障といった管理リスクから解放されます とです。 し 、割賦払いのサービス購入であれば支払額も変 焼却灰が増えたため設備の増設を行うこととし 、 これまで直営だった事業を PFI 事業にしました。 PFI 事業者が改良土プラントの増設費用を出して、 動しません。PFI 事業者にとってもコンスタントに 収入があるので優良なスキームだと思います。 汚泥燃料 化事業も全く同様で、VFM で 20% 、 能力アップした施設を無償で横浜市に移転してい 金額にして約 23 億円のコスト縮減につながってい ただき、横浜市は平成15 年度から平成 25 年度まで ます。この事業では汚泥の資源化が 20 年間保証 の10 年間とその後 5 年間延長していますが 、PFI されたことで、最終処分を行うことがなくなりまし 事業者に施設を無償でお貸しして、PFI 事業者は た。汚泥の燃料化はこの先も永遠に続く保証はあ 改良土の販売で得た収入により改良土プラント施 りませんが 、市に次の資源化方法を考える期間とし 設の点検・維持管理 、資本費を賄っていただくス て 20 年間与えられた意味は大きいです。 キームです。 全体事業費のうち、建設費は約 4 億円ですが 、 独立採算型なので、横浜市が国から受け取った補 助金分の約 2 億円以外 、市には実質的な負担は発 生していません。 藤川 改良土プラント事業は、民設民営ですか ら、VMF ( Value for Money )ではなく、コスト削 減額でどのくらいでしょうか。 長谷川 市が直営で委託していた時に比べて、 10 年間で約 2 億円になります。 January-February 2016 27 Special しての起債残高の制約もあるので、平準化のメリッ ファイナンス面の比較 トがあります。 藤川 民間資金であると、事業者が金融機関か らモニタリングを受けるメリットもあるという話も聞 藤川 ファイナンス面では、民間資金の PFI と きますが 、実態はどうなのでしょうか。 公的資金の DBO ( Design Build Operate )との比 長谷川 我々の他にも金融機関のモニタリング 較についてはいかがでしょうか。これは、いつも論 が行われれば、事業の安定化に効果があると思い 点になる話ですが 、民間金利と比べれば地方債金 ます。 利は安いはずです。PFI として民間資金を活用し たのはなぜでしょうか。 藤川 他に、DBO と比較した PFI のメリットは ありますか。 長谷川 横浜市は、資金調達は基本的に市場で 長谷川 DBO の場合、設計・建設、運営・維持管 の公募債が多く、10 年後に元金一括で返済するパ 理にあたりの契約がいくつかに分かれるのが実態 ターンが主流ですが 、PFI だと事業者への支払い です。その点、PFI は一つの契約で全部決まり、体 が平準化されるのが最大のメリットです。市全体と 系的でやりやすいと思います。さらに、横浜市では 「 共創」と言っていますが 、行政と民間のコラボを サポートする共創推進室の協力もあり、PFI を推進 しています。 藤川 資源・エネルギー化事業における官民連 携は、技術革新の進展やその普及により、様々な方 式で今後ますます進んでいくと思われますが 、民間 の立場から見た見通しについて、どのようにお考え ですか。 西澤 今後、様々な方式の普及が進んでいくと 思っています。消化ガス発電について最近注目され ているのが民設民営方式です。民間が自己資金で 発電施設をつくり、消化ガスを処理場から買って発 電・売電して、投資資金を回収し 、利益を得ていくと 西澤 政彦氏 Profile にしざわ まさひこ 平成 3 年北海道大学工学部卒、 上下水道コンサルタント。 上下水道事業の経営と運営管理に特化した政策立案に関 する活動を行っている。現在、公共下水道西遠処理区公 共施設等運営事業に係るアドバイザリー業務 ( 浜松市 )、 上下水道事業と民営ガス事業の連携による包括的管理運 営スキームに係る調査 ( 宇部市 )、下水道事業における 執行体制の強化方策に関する検討業務 ( 国土交通省 ) 等 に従事。 いうものです。FIT の利用が前提ですが 、公費負 担は一切ありません。ここ約 2 年で 20 件程普及し ています。 藤川 普及の背景には、何があるのでしょうか。 西澤 公的主体が FIT を利用する場合には消 化槽まで事業認定を得る必要があるなど、仕組み がやや複雑ですが 、民設民営の消化ガス発電は FIT の認定が比較的容易に受けられることもあり、 民間が積極的に乗り出しています。 藤川 理念系で考えても、それで制度が問題な く回るなら、官民連携の究極の到達点は、完全な 28 ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.29 座談会:収益型インフラ (下水道) におけるPFI・コンセッションの推進 民営化ですよね。官が関与する理由が何もなけれ 関西国際空港・大阪国際空港 、仙台空港で事業開 ば、官は関与してはいけませんね。事業期間はど 始に向けた手続きが進められている状況にあるな のくらいでしょうか。 ど、取組が進んでいます。空港事業のコンセッショ 西澤 15 ~ 20 年が主流です。設備投資に対応 ンは、これまで別組織で行われていた滑走路、エ するだけ事業を継続しなければ資金回収は困難で プロン等に係る航空系事業とターミナルビル、駐車 す。何か奇抜な技術革新や制度設計があって民間 場等に係る非航空系事業を一体化することによ の知恵がもっと出てくれば、さらに面白い取組も増 り、非航空系事業であげた収益を活用して着陸料 えてくるのではないでしょうか。 等の値下げを行い 、LCC などの空港利用を促すこ 今のところ、汚泥利用で PFI 方式を採用するこ とは、小規模事業にとっては難しい。ただ、最近、 とでさらに利益を増やし 、空港全体で事業の活性 化を図っていこうとするものです。 民間事業者が小規模事業を対象にした資源利用 他方、下水道事業については、国民生活の非常 方策を考えていますし 、小型で採算が取れるもの に密着したインフラであり、公共料金としての規制 も遠くない将来できてくると思います。昨年の下水 もある中で、どちらかというと、現在想定されてい 道法改正で、広域化・共同化を後押しする協議会制 るのは、職員数の減少で執行体制が脆弱化してい 度も創設されました。汚泥利用についても、広域 る自治体において、下水道の維持管理や施設の改 化・共同化に向けた取組が進められると、さらに普 築更新等について、公権力の行使等の行政固有業 及がしやすい環境ができると思います。 務以外の業務を包括的に、かつ、概ね 20 年といっ さらに、長期的なビジョンですが 、下水道という た長期間で民間事業者に担ってもらうことにより、 枠を超えて、下水処理場にバイオマス全てを持ち込 民間の活力を最大限導入し 、下水道事業の維持を んでエネルギー回収をする方向にだんだん向かって 図っていこうとするものです。 いくと思います。未来都市では、処理場が資源・エ ネルギー利用の拠点となっていることでしょう。 藤川 国においては、一昨年 7月に下水道の新 イメージ的にあえて言えば、前者が 、リスク・リ ターンが比較的高いのに対し 、後者は比較的低い といっていいのでしょうか。構造としては、前半で たなビジョンを策定し 、昨年2月に社会資本整備審 議論した資源・エネルギー化事業 PFI と比べても、 議会から、新たな下水道政策の方向性が示されま その傾向が強いと思います。 したが 、大きな柱の一つが「 資源・エネルギー利 また、下水道事業については、水再生だけでな 用」です。下水道の資源・エネルギー利用をさらに く、浸水対策も行っていますし 、また、下水道法に 大きな流れにしていくためには、制度の合理化をは 基づく様々なルール、補助金制度、地方財政制度等 じめ様々な課題もあるわけですが 、今後とも、自治 が複雑に絡み合って仕組みができています。 体 、民間事業者の方々と連携して、未来都市に向け て歩みを進めたいものです。 処理場の維持管理への コンセッションの導入 このようなことから、下水道事業におけるコン セッションの具体化は、全く新たな制度設計を行う 話であり、様々な制度との調整をはじめ 、いろいろ 綿密な検討が求められます。 現在、浜松市においては、全国初の取組として、 事業化に向けた具体的な検討を進められています 藤川 以上で、PFI の話は、終わりにして、次は、 コンセッションの話に入っていこうと思います。 コンセッションについては、空港事業において、 が 、まず、浜松市がコンセッションの具体的な検討 を始められた背景について、髙田次長にお話をうか がいます。 January-February 2016 29 Special 髙田 浜松市は面積が1,558k㎡で、これは高山市 に次いで日本で二番目の面積になります。政令指定 都市といえども山間部を抱え半分は過疎の状態で、 市街地に加えて、山、川、湖ありで、 「国土縮図型都 市」といえると思います。裏を返すと、浜松市でコン 藤川 先ほども申し上げましたが 、空港事業と セッションが一定の成果を収めることができれば、 違って、下水道事業のコンセッションは、何か大きく 全国の市町村の参考となるのではないでしょうか。 収益を向上させるというのでなく、維持管理 、改築 検討の大きな背景としては、大きく3 つあります。 等の業務を長期間まとめて民間事業者に任せるこ まず、施設の老朽化が進んでいて今後の更新需要 とにより、維持管理等の効率性を向上させていこう が増えていくこと、次に、人口減少と節水機器の普 とするものですが 、浜松市が考えられておられるコ 及で使用料収入が減ってきていること、さらには、 ンセッションの基本スキームについて、今後のスケ 市の職員の減少による今後における技術承継の懸 ジュールを含めご説明をお願いします。 念です。このため 、市では平成 23 年度から上下水 髙田 平成 27年 6月に実施方針の素案を公表し 道事業で何か新たな官民連携の手法が導入できな たところ、400 件以上のご意見をいただきました。 いか研究を始めました。 関心も非常に高く様々な意見があったので、それら そして、静岡県が管理していた西遠流域下水道 を参考にさらに検討を重ね、現在、実施方針の公 が本市に事業移管されることになり、これを機に、 表に向け作業を進めています。年度内には実施方 より具体的な検討に入っていきました。本年度は、 針・募集要項を取りまとめ 、公表に漕ぎ着けたいと まだ静岡県が管理していますが 、合併特例法の猶 考えています。 予期限となる平成 28 年 4月には県から市に移管さ れます。 西遠流域下水道の対象施設には西遠浄化セン ター ( 20万トン/ 日)と2 つの中継ポンプ場( 浜名、 この西遠流域下水道は、市内処理水量の 6 割を 阿蔵 )があります。これらの施設の維持管理と改 占める市最大の処理区です。移管に伴い 、この事 築更新を20 年間にわたってコンセッション方式で 業に従事する職員の新たな配置が必要となります 進めようというものです。コンセッションの導入は が 、下水道事業においても行財政改革の一環とし 平成 30 年度からを計画していますが 、来年度には て組織のスリム化に取り組んでおり、技術系職員も 県から市に移管されるため 、当初 2 年間は、修繕費 減少している中で、西遠処理区を運営するために も含めた包括的民間委託のレベル3 で対応しようと 大幅な増員は難しい状況にあります。また、この移 考えています。 管を機に一層の効率化を進める必要もあります。 30 コンセッションの基本スキーム、 今後のスケジュール コンセッションの対象業務は、維持管理 、施設・ ちょうど、平成 23 年には改正 PFI 法により、コン 設備の改築更新、利用料金収受等で、これらは「義 セッション方式が創設され 、平成 26 年には国土交 務事業 」と位置付けています。また、 「 附帯事業 」 通省から、下水道事業に関するガイドラインが公表 として既存の処理工程にとらわれない新たな処理 されたところでもあり、このような流れを踏まえ、西 工程による事業 、さらには、民間事業者が自らの 遠流域下水道事業の管理手法として、具体的にコ 創意工夫により独立採算で行う「 任意事業 」が含 ンセッションを念頭においた検討が始まりました。 まれます。 公によるピンチを民間との連携により、新たな運営 本事業は、改築更新において国庫補助を受け補 手法を生み出すチャンスに変えられないかという発 助裏を起債する、いわゆる「 混合型コンセッショ 想です。 ン」であるため 、運営権対価はなかなか見えにくい ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.29 座談会:収益型インフラ (下水道) におけるPFI・コンセッションの推進 スキームだと思います。しかしながら、運営権対価 については、応募者には創意工夫による効率化で、 零円以上での提案を期待するところです。 藤川 コンセッションは、民間事業者が別途利 用者から利用料金を徴収するという仕組みです が、下水道事業については、どうしても行政固有の 業務が残りますので、行政から徴収する使用料と 二本立てになると整理されています。もちろん 、運 用上は一体的に徴収することになると思われますの で、家庭サイドから見た違いは少ないと思います が。いずれにしても、具体的に、利用料金、使用料 をどう設定するかの課題もありますね。 あと、維持管理だけのコンセッションなら、その 問題をクリアしたら、基本的には、現在の包括的民 間委託の延長線上で考えられるので、山頂が見え てくるような感じもしますが 、改築更新を含むコン セッションだと、そのあたりの制度設計が難しいで すよね。エベレストでいうと、8,000メートルを超え たデスゾーンに突入ですか( 笑) 。 髙田 勝弘氏 Profile たかだ かつひろ 昭和 58 年明治大学政治経済学部卒・旧舞阪町(平成 17 年合併により浜松市)入庁。昭和 59 年静岡県・平 成 5 年湖西市へ派遣。税務、廃棄物、財政、広報、福祉 など行政を幅広く担当。平成 20 年から浜松市上下水道 部。上下水道総務課・財務グループ長、同課課長補佐、 経営企画担当課長を経て現職。平成 23 年から上下水道 における官民連携手法(コンセッション等)の検討に携 わる。 (公社) 日本下水道協会・下水道使用料調査専門委員。 髙田 当初案では、下水道事業の複雑な収入構 造を考え、維持管理の部分だけでコンセッションが 期間的にもスケールメリットが出てくると思います。 できないかとも考えました。しかし 、それですと、 包括的民間委託では、長くても5 年間というのが相 改築更新部分は実質 DBO方式になってしまい 、民 場ですので、20 年間という長期間による効果は大 間の創意工夫による効率化が限定されてしまいま きいと思います。さらに、民間提案による「 附帯事 す。 業 」、 「 任意事業 」にも期待したいですね。 そこで、対象業務には改築更新も含めますが 、 藤川 ムダのない効率的な改築更新ができる仕 改築更新のファイナンスは、国庫補助 5 割 、地方債 組みをいかに構築していくか 、下水道政策全体か 4 割 、民間事業者調達 1割とする仕組みを考えまし ら見ても、大きな課題ですね。現場の人の話を聞く た。この仕組みは、 「 混合型コンセッション浜松方 と、よく、維持管理を実際に触っている人でなけれ 式 」とでも申せましょうか。 ば、オーバースペックとならない 、いい提案はでき 藤川 民間事業者の創意・工夫として、期待され ているのは、具体的にどのようなところですか。 ないと言われます。確かにそういうことがあるので しょう。 髙田 施設の維持管理と改築更新とセットにし また、包括的民間委託を請け負っている事業者 たことによって、業務範囲におけるスケールメリット からは、よく、現在の契約期間の相場は概ね 3 年く が働きます。維持管理で得たノウハウを基にムダの らいだが 、長くしてくれると、業務全体を大きく効 ない効率的な改築更新を行っていただき、その後 率化できるという話もお聞きします。 の維持管理の効率化も図っていただくという相乗 効果を期待しています。事業期間は20年ですから、 他方、先ほどもありましたが 、契約期間を長期化 することについては、どのように、行政と民間事業 January-February 2016 31 Special 者の間でバランスの取れた適正なルールをつくるか との連携を探っていくという道しかないのだと思い ということが難しい課題となりますね。 ます。 髙田 相当難しい世界に足を踏み入れたことに 間違いありません。 また、もう一つは、これも全国共通の事情です が 、下水道は一時期に投資しているため 、改築も一 今回は西遠流域下水道という具体の課題に直面 時期にきて、財政負担の大きな山ができることにな して、コンセッションの実施を決めましたが 、対外 ります。地方財政の厳しい状況の中で、うまく財政 的なコンプライアンスにも、しっかり対応できるよう 負担を平準化していくことが不可欠ですし 、そのた に、一つ一つ課題をクリアしていかなければなりま めには、維持管理と計画的な改築を一体化してマ せん。先ほど申し上げたとおり、民間の資金調達を ネジメントする能力が求められます。もし 、市町村 10 分の1 組み込む等により、官民バランスの取れた ではなく民間がした方が効率的ならば、必然的に、 制度を構築していきたいと思います。 民間に委託するという方向になりますね。 10 分の1の民間投資部分については、PFI のとこ そのような中で、浜松市が全国の先陣を切って、 ろでも議論がありましたが、金融機関からのファイナ 下水道コンセッションの浜松モデルを提示していた ンスも考えられますので、その場合には、金融機関 だければ、全国の下水道事業体が雪崩を打って追 による経営モニタリングにも期待をしています。事業 随する可能性もあると思っています。 の持続性や安全性が担保できればいいと思います。 浜松市は、市長の方針の下、行財政改革が積極 的に推進されており、上下水道部でも委託化や事業 官民連携の抱負と期待 の効率化を積極的に推し進め、平成 17年の合併か ら平成 26 年までの10 年弱で、下水道の職員は約 40%削減 、水道の職員は約 25% 削減しています。 で、以上で、コンセッションの話は終わりにして、最 このようなことから、西遠流域下水道のコンセッショ 後に、皆様方から、下水道事業全般における今後 ンに限らず、他の10 処理区についても、様々なエリ の官民連携のあり方について、考え・抱負、期待な アの特徴にあった形で官民連携を推進し 、下水道 ど、何でも結構ですので、いただければと思います。 事業の持続を確保していきたいと思っています。 長谷川 横浜市は PFI も包括的民間委託もして 藤川 国土交通省としても、引き続き、支援を いますが、いずれもコスト縮減を求める傾向が強く 行ってまいりたいと思いますので、今後とも、現場 ありました。もちろん、VFM も重要な点ではありま の声を聞かせていただければと存じます。 すが、新しい管理方法や汚泥の価値創造といった それでは、コンセッションの議論の最後として、 イノベーション的なものを導入していくという観点が 民間の立場から見た今後の見通しについて、どのよ 重要です。そして、その分野は民間の力が勝ってい うにお考えですか。 ると思います。 西澤 政府、国土交通省が 、コンセッション案 そのような民の力を十分発揮してもらうよう官民 件形成に大変尽力されている中で、浜松市は大規 連携をもっと広げていく必要がありますが、そのた 模な流域下水道の移管という話を契機として、トッ めには、民間事業者が手を挙げやすいように事業 プランナーを走っておられます。 の内容と規模をよく見極めた上で、適切なリスク分 やはり、その背景としては、自治体職員の不足と 32 藤川 だいたい議論も尽きてきたと思われますの 担を行うことがカギになると思います。それには、 いう全国共通の事情があります。しかし 、自治体 情報提供の仕方も工夫が必要です。包括的民間委 職員を増やしていく状況にはなく、どうしても、民間 託では、既に請け負っている事業者と新たな事業者 ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.29 座談会:収益型インフラ (下水道) におけるPFI・コンセッションの推進 では情報に格差があります。稼働中の PFI では、 条には民間提案の規定もあり、民としても最大限活 施設を設計した事業者の方が有利になります。事 用していくべきでしょう。 業者の枠を広げ、競争を促進する上でも、バランス の取れた競争環境の整備が重要と考えています 加えて、これまでの議論でもありましたが、官民 連携事業については、民間企業のビジネスとして成 藤川 「 リスクの適正な分担 」、 「 情報開示」と り立たせる工夫が必要です。一つは、広域化・共同 言えば、それまでなのですが、細部の仕組みをどの 化です。昨年の下水道法改正で協議会制度ができ ように設計するかということは、実務としての本当に たことは非常によかったと思います。今後、国や都 難しいところですね。もちろん 、いろいろなことを 道府県がイニシャチブを取って、市町村の取組を促 慎重に考慮して具体的な検討をしていくのですが、 進していくことを期待しています。あと一つは、事業 最後は、トライアル・アンド・エラーでやっていくしか 期間の長期化です。安定的な収益の面や、人の確 ない部分もあるのかも知れません。 保の面で、事業期間の長期化は非常に重要です。 髙田 浜松市は、市長の「 民でできるものは民 コンセッションに限らず、包括的民間委託について で」という基本姿勢がありますし 、また、上・下水道 もいえますが、契約期間の長期化について、官民が 合わせて300人足らずの職員で運営している現状の ウィン-ウィンの関係で話し合っていく余地は大きい 中では官民連携の推進は必然の流れです。 のではないでしょうか。 ただ、1点だけ留意しないといけないのは、官民 連携を推進する中にあっても、市職員の技術力を喪 失させず、維持していくことです。包括的民間委託 でも、PFI でも、コンセッションでも、市職員の事業 者に対するモニタリング能力がなければ、必ず支障 が生じてきます。官民連携を強力に推進する一方、 藤川 貴重なご提案を含め、いろいろなお話を 頂戴し 、ありがとうございました。 下水道事業のPPP/PFI・ コンセッションと金融マーケット 市の職員の技術力を派遣や研修等を通じて育成し 藤川 最後に1点だけ、少し話はそれますが、不 ていくことも、しっかり取り組んでまいりたいと思い 動産証券 化 協会の 事務局から、下水 道事 業の ます。 PPP/PFI・コンセッションと金融マーケットとの関係 藤川 極めて重要な点ですね。市町村の上下水 について見解をいただけないかとのお話がありまし 道の管理者に民間企業から就任される方もおられ た。本日のメンバーとしては若干射程から離れるこ ますが、そのような方から、行政プロパー職員よりも とかと思いますが、実は私は、課長補佐として、J むしろ、市職員の技術力の維持を考えない単純なコ リートの立ち上げや、協会の設立にたずさわった経 スト削減策に対して強く疑問を呈されることがあり 験もありますので、ご依頼ということで、あくまで個 ますね。どんな事業であれ 、最後は、人づくりにな 人的な見解となりますが、簡単にお話したいと存じ るのでしょうが、 「 人なくば、立たず」の信念でやっ ます。 ていく必要がありますね。 下水道事業の資金調達については、簡単に言え 西澤 どちらかというと、これまでの官民連携の ば、国庫補助金と補助裏部分等に係る地方債が基 構図は、官の窮地を民に救ってもらうという向きが 本となっています。そして、地方債については、横浜 あったのではないでしょうか。しかし 、時代は、お 市のように市場での公募債により資金調達を行うと 互いの自立した関係の中で、民から有意義な提案を ころもありますが、多くは、公的金融を活用した長 官にしてもらい、官民がともにウィン-ウィンになる 期のファイナンス( 例:5 年据置き・30 年償還) です。 関係を築くことに変わりつつあります。PFI 法第 6 今後、PFI・コンセッションが拡大していけば、当 January-February 2016 33 Special 34 然のことながら、民間事業者の資金調達分につい ク・ミドルリターンのいい投資対象になっているとい ては、民間金融が活用されることとなり、その部分 うことです。 が拡大していくことになろうかと思います。現行の この点について、ざくっと言えば、不動産投資と似 PFI では、金融機関のプロジェクト・ファイナンスが 通った性格があると言ってもいいのでしょうか。昔 主流でしょうか。もちろん、民間における資金調達 話になって恐縮ですが、私が課長補佐で不動産証 方法は、これと決まったものがあるわけでなく、資 券化を担当していた時、先進地ということでオース 金調達を行う事業の特性に応じて、仕組金融を含 トラリアに視察に行ったことがありました。いろい め様々な方式があるのでしょうから、当たり前のこ ろな人に話を聞いたのですが、皆さん、年金基金の とですが、ニーズがあれば、中長期的に金融マー 有力な投資対象に不動産証券化商品- LPT とか ケットでいろいろな受け皿ができてくるのでしょう。 言ってましたでしょうか-、がなっており、リタイア 投資法人等は受け皿になる余地はあるのかとの した人が高い配当を得て非常に安定した実りの多 ご質問もありましたが、ちょっとよく分かりません。 い老後を暮しているとかいう話を聞いたりしました。 PFI・コンセッションの話は横において資産の切り離 日本も成熟した社会にするためには、こういうことも しニーズという話なら、制度的な整理は平成 14 年に 必要なのかな、と感じたことを思い出します。 国土交通省において行われていて、公物管理法上 我が国の年金の運用のあり方については、様々難 も一定の条件を満たせば否定されないことになって しい問題があるのだと思いますが、長期投資の安 いますが、はたして、現在の地方財政制度、公的金 定した受け皿として、ミドルリスク・ミドルリターンの 融制度の下で想定されるのか否か。そういう話で 厚みのある投資先環境をつくっていくことは、超高 はなく、コンセッションの運営権の証券化みたいな 齢化する我が国において大変重要な話ですよね。 話なら、仮に、運営権対価として当初に莫大な資金 不動産投資については、引き続き、いろいろがん が必要となるようなケースなら、資金調達の議論と ばっておられ 、徐々に成果があがってきているのだ して何か出てくるような気もしますが、ただ、現在の と思いますが、水事業運営ビジネスについては、ポ ところ、空港でさえ莫大な運営権対価を当初一括 テンシャルはどのくらい見込まれるのかどうか。 で徴収するという話にはなっていませんよね。いず 脱線ついでに、これは我が国における現実的な れにしても、まず、前門の虎である導管性要件とい 投資評価みたいな話になりますが、私が不動産証 う大きな課題があるのでしょうから、それを破るだ 券化を担当していた時は J リートの立ち上げ期で、 けの強力なニーズ・必要性が出てくるかが課題となる 当時の大臣が J リートの普及に非常に熱心な方で のでしょうか。その点、再生エネルギー発電設備を あったこともあり、私もいろいろの投資家筋の説明 対象とした投資法人の組成が時限的に認められた に回りました。今はどうなっているのか知りません とのことですので、今後どれくらい活用されていくの が、ミドルリスク・ミドルリターンの商品を想定してい か注目したいものです。 ますと綺麗に書いたパワーポイントの資料を持って それはさておき、水事業運営ビジネスと金融マー いって説明すると、イメージがわかないとか結構冷 ケットとの関係について言えば、よく、下水道の維 たく言われたものです。しかし 、いろいろ話をして 持管理を行っておられる比較的大きな会社のトップ いると、安定的な公益事業を行う企業の株式イメー の方から、欧米に調査に行くと、水事業運営会社の ジで配当性向の高い「 配当株 」と言われたら分か 株式は、ペンション・ファンドの投資先として結構人 ると言われたりしました。もちろん、電力業界は大 気があるということを聞きます。公共料金が基本的 変動がありましたので、配当株といっても具体的な な収入源ですので収益が安定していて、ミドルリス イメージは変わってきているのかも知れませんし 、 ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.29 座談会:収益型インフラ (下水道) におけるPFI・コンセッションの推進 また、Jリートが現在マーケットでどのような評価を もだいぶ超過してきましたので、そろそろ締めの言 受けているかも詳しく承知していませんが、水事業 葉とさせていただきたいと思いますが、本日、皆様 運営ビジネスについて言えば、水事業運営もやって 方のお話をお聞きして強く感じたことは、官民連携 おられ 、将来的にこの分野の事業拡大を目指してい 「 協働」 ・ 「コラボレーション」にあるのでは の要は、 る会社が、最近、東京証券取引所に上場されました ないか 、ということです。これらの言葉は、もう新 が、初めて、企業分類上、公益事業 ( 電気・ガス業) 味はなくなってきたのかも知れませんが、現場実務 のグループに入りました。今後、電力事業・ガス事 の観点から見ると、なんのなんのそうではなくて、 業の自由化が進展すると見込まれる中で、不動産投 非常にエキサイティングな言葉でありまして、まさに 資を含め、将来の我が国の投資市場における「ミド 厳しい時代状況にあっても、というかそういう時代 ルリスク・ミドルリターン投資」は、どのようになって であればこそ、官民が真の意味で、協働・コラボレー いくのでしょうか。 ションしていかなければいけない、ということだと かなめ 脱線が過ぎました。まぁ、いずれにしても、その 思います。それも、評論家的に抽象論で言っていて あたりの評価は、すべてマーケットが決めることが も始まらない。実務家が一つ一つ具体的な取組を 基本なので、そのことを肝に銘じる必要があります 積み上げて環境づくりをしていくことしか、前進はあ が、プロジェクト・ファイナンス、インフラ・ファイナン りません。 「 千虚、一実に如かず」です。その点、歴 スという話だけではなく、水事業運営ビジネスとい 史に裏付けられた知恵があるヨーロッパは、官民の う観点から見ても、将来的に、いろいろおもしろい ネットワークも使って、具体的に手堅くやっています 展開があるのかも知れません。 よね。日本にはいろいろな制約がありますが、日本 水事業運営ビジネスのポテンシャルに関しては、 人には官民の現場力がありますし 、下水道には長年 今回の座談会では、インフラ輸出の話は対象になり の民間委託の歴史もあります。明確な旗印の下に ませんでしたが、下水道も、国・自治体・民間等が連 オール・ジャパンで取り組めば、乗り越えていけるの 携してプラットフォームを立ち上げ、アジア諸国の中 ではないでしょうか。 心に、一生懸命がんばっています。日本は、膜技術 最後に、下水道システムの持続と革新に向けて、 等 、相当のシェアを確保している分野もありますが、 益々、官民が連携 ( 協働・コラボレーション) していく できれば、単品製品に加え、水事業運営ビジネスと ことを祈念いたしまして、座談会の締めとさせてい してコミットメントしたい。ただ、民間事業者の方か ただきます。長時間、ありがとうございました。 ら、包括的民間委託が始まってそんなに長い時間が ( なお、下水道政策をめぐる各種論考等について たっているわけでもないので、まだ事業運営のノウ は 、専 用 の サ イト( http://www.gk-p.jp/gkp2/ ハウが確立していないという話を聞くこともありま library-pro.html ) がありますので、ご関心のある方 す。官民連携の推進は、今後のインフラ輸出にも資 は適宜ご参照ください。 ) するところがあるのだと思います。 脱線につぐ、脱線になってしまいましたね。時間 司会進行 本稿の意見にわたる部分は 、参加者の個人的見解であ り、所属する組織の見解でないことをご了承ください。 藤川 眞行氏 ふじかわ まさゆき 平成 5 年東京大学法学部卒・建設省(現:国土交通省)入省。総合政策局不動産投資市場整備室課長補佐(不動産証券化等担当) 、 小田原市理事、大臣官房会計課企画専門官、高速道路機構総務課長、内閣府政策統括官(防災)付参事官(総括)付企画官、総合政 策局情報政策本部室長等を経て現職。編著等: 「開発型不動産証券化の知識と実際」 「 、街づくりルール形成の実践ノウハウ」 (以上、 ぎょ うせい) 、 「建設経済統計ガイドブック」 (建設物価調査会) 、 「日本の社会資本」 (財務省印刷局)等(詳細は、藤川眞行@ Amazon) January-February 2016 35 Special ●特集:収益型インフラ (水道・下水道) 考察 対 談 投資対象としての 日本の水道事業 特集後半では、水道事業を考察します。日本のインフラ投資ビジネスでは先頭を走る三菱 商事の石田氏、そして連載「インフラ・PPP 投資市場の幕開け」でお馴染みの三井住友トラ スト基礎研究所の福島氏に、我が国の水道事業への金融的アプローチについて語って頂きま した。 日 時 :平成 27 年 12 月 18 日(三菱商事にて) 石田 哲也氏 三菱商事株式会社 新産業金融事業グループ 産業金融事業本部 インフラ金融事業部 担当部長(事業開発担当) (ARES マスター M0801880) 36 ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.29 福島 隆則氏 株式会社三井住友トラスト基礎研究所 投資調査第 1 部 上席主任研究員 対談:投資対象としての日本の水道事業 世界規模で高まる 水道事業への投資ニーズ 福島 本日は、国内外のインフラ事業や投資に や GRP ( 域内総生産 )などと密接な連関を持つ上下 水道事業は、安定した投資先として見ることが可能 であり、是非とも中長期的に投資を行いたいインフ ラの一つであろうと思います。 お詳しい石田様と、投資対象としての日本の水道事 福島 2013 年 4月の「 産業競争力会議 」に提出 業について、その現状や課題などを議論していきた された資料によりますと、日本国内の水道事業は、 いと思います。 上水道の資産サイズが約 30 兆円。下水道は地方公 日本にはまだインフラ投資市場が十分に整備され 営企業法の適用事業・非適用事業を併せて約 90 兆 ておらず、ファイナンシャル・インベスターが投資でき 円あるとされています。つまり、水道事業全体では る国内のインフラは限定的ですが、世界的にはオル 百数十兆円という資産サイズです。もちろんこれは タナティブ投資の1つとして人気化する傾向にあり ストックの数字で、この全てが投資対象になるわけ ます。市場 規模は、ファンドだけでも3,000 億~ ではありませんが、ポテンシャルは大きいと言えそう 4,000 億米ドル。投資家は主に機関投資家で、特に です。 年金基金や保険会社が中心になっているようです ただ、ここで素朴な疑問ですが、こうした日本の が、彼らのように長期スタンスで安定的なキャッ 水道事業に、なぜ今、民間の投資資金やノウハウが シュ・フローを期待するいわば本質的なインフラ投資 必要とされているのでしょうか。実際に水道を利用 家にとっては、数あるインフラの中でも生活に密着 する一般の方々の中には、このまま公共による運営 した安定性の高い水道事業は、格好の投資対象と を続けることにどういった問題があるのか、疑問に なるように思えます。石田様はどういうご認識をお 思われる方も少なくないと思いますが。 持ちでしょうか。 石田 全くその通りだと思います。民営化先進国 である英国や水メジャーの母国であるフランスを始 効率的な投資が求められるインフラ めとする欧州、同様の制度体系を持つ豪州、そして 石田 インフラの議論をする際には歴史的な経 南北米州などにおいては、上下水道事業において民 緯を考えないといけないと思います。これまで日本 間を活用するという考え方がかなり浸透しており、 では、上下水道事業は地域住民の生活に密着した ご指摘のようにインフラファンドや年金などを中心と インフラであることから、基本的に都道府県もしく する機関投資家が投資を行っています。 は市町村が管理者となり運営が行われてきました。 グローバルビジネスである空港や港湾などにおい もともと、日本が開国し海外との交流が盛んになっ て、民営化やコンセッションが進むのは、ある意味 た明治時代に、同時に入ってきたコレラなどの伝染 自然な流れです。地域に密着した上下水道というセ 病を防ぐために上下水道が整備されたという経緯も クターにおいても、これらの国々において民間事業 あり、基本的に「 お上」が行う事業でした。また、 者の参入が進んできていることを見れば、これもあ 特に高度経済成長を謳歌した1960 年代以降には、 る意味グローバルな趨勢であり、世界経済にも大き 経済成長に伴い政府が集中的に財源を確保し民政 な影響力をもつ日本で、コンセッションなどの民間 に資する事業を行うことへの要請が大きかったこと 活用がなかなか進まないのは「 不思議 」と言っても もあり、国・自治体といった官による整備・運営が進 過言ではないかと思います。 むようになります。 機関投資家の観点から見ても、地域の人口動態 このように考えると、日本が大きく成長していった January-February 2016 37 Special 時代には、ヒト、モノ、カネといった国民の大切な資 源をうまく配分する役割を官が負ったと理解できま す。 一方、オイルショックを経てバブル経済崩壊以 降、日本の高度経済成長モデルは大きな変革を求 められます。ARESにも縁の深い金融や不動産の セクターにおいては、従来型の護送船団方式や不動 産担保金融などの古いビジネスモデルから抜け出し て90 年代から改革が行われ 、不動産証券化ビジネ スという新しいモデルを展開しJリート市場も誕生し ました。不動産利用の受益者でもある企業にとって も「持たざる経営」で、機動的な企業経営が可能と なり、経済にも様々な良い影響を与えています。 翻って日本のインフラを見れば、新しい経済成長 モデルを考えなければいけないのに、依然として50 年前のモデルを引きずったままです。また50 年前に 集中投資された施設・設備は徐々に更新時期を迎え 石田 哲也氏 てきますが、日本の公的債務もそろそろ限界に到達 Profile しており、借金や増税により官が管理運営を行う状 いしだ てつや 慶應義塾大学経済学部卒、米国ペンシルべニア大 学経営大学院(ウォートン校)MBA。 1989 年日本輸出入銀行入行。外資系金融機関、 三菱商事 UBS リアルティ等を経て 2010 年か ら三菱商事に勤務。13 年5月より現職。 専門分野はインフラファンド、官民連携、インバ ウンド観光戦略。金融庁「インフラファンド勉強 会」委員、国土交通省「独立採算型等の官民連 携事業におけるリスク・ヘッジ手法研究会」委員、 旭川市「医療観光検討協議会」委員等を務める。 不動産証券化協会認定マスター、国土交通省観光 庁 通訳案内士(英語部門、中国語部門)登録。 官民連携に関する講演多数。著作に「官民連携に よる交通インフラ改革」(同文舘出版・共著)「イ ンフラファンドが PFI を変える」( 『週刊金融財政事 情』2013 年 7 月 1 日号)「アジア航空大競争時 代と三位一体による空港経営」(関西学院大学産業 研究所 産研論集 40 号 ,2013 年)「日本のイン フラファンド市場発展のための課題と展望」( 『証券 アナリストジャーナル』2014 年 2 月号)など。 況を見直す必要があることは論を俟ちません。その ような中で、コンセッションなどの仕組みを使うこと で長期に運営が必要とされる事業に、政府に代 わって年金などの資金を投入することが可能になる わけです。 福島 そうしますと、年金基金や保険会社などの 投資家側は投資対象としての水道事業に興味を 持っている。一方の公共側も、厳しい財政事情から 民間の投資資金に期待する部分が大きい。つまり、 需要と供給それぞれのニーズは合っている状態です ね。そう考えますと、水道事業に対する民間投資が もっと盛んに行われてもよさそうな気がしますが、 現実にはそうはなっていません。 一方、政府は、コンセッション方式を活用した PFI 事業に対して、 「 PPP/PFIの抜本改革に向けた アクションプランに係る集中強化期間の取組方針に ついて」 ( 2014 年 6月公表 )で、2016 年度までに 2 兆~ 3 兆円の事業規模と19 件 ( 空港 6 件 、水道 6 38 ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.29 対談:投資対象としての日本の水道事業 件 、下水道 6 件 、有料道路1件)の事業を達成する という数値目標を掲げています。この19 件という目 標の中でも、順調に進んでいるとみられる空港や有 料道路と比べると、水道事業は上下ともに目標達成 が厳しそうな気もします。日本の水道事業への民間 投資が進みにくいことに、特有のボトルネックがあ るのでしょうか。 石田 前に進めようという音頭を政府が取って、 コンセッションという仕組みで変えていこうとする姿 勢は正しいものですが、これまで上下水道について は限定的な改善が多かったと思います。例えば期 間については1年毎の委託契約の更新、長くても5 年という期間で民間の力を使おうということが多 かった。5 年程度で実現できることには限りがあり、 ファイナンスや中長期的なバリューアップのための大 型投資に関しては何もできません。インフラ民営化 先進国における上下水道のアプローチでは期間は 定めない。あっても20 ~ 30 年といった長期契約が 福島 隆則氏 前提です。業務範囲についてもDBFO( デザイン・ Profile ビルド・ファイナンス・オペレーション) と、ファイナン スまで関わるケースが殆どです。残念ながら日本は そういう議論ができていません。 また、今後人口減少が進行していく日本では、現 状の水道事業を行う単位である市町村では小規模 すぎるため、英国のように広域化を進めていくこと も必要でしょう。 コンセッション導入の本来の目的は、ゼロベース の抜本的な改革を可能とするようなリエンジニアリ ングを進めることです。事業期間、事業範囲、そし て広域化等 、従来のビジネスモデルを白地から見直 ふくしま たかのり 早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了 (MBA) 。内外の投資銀行でデリバティブやリス クマネジメント業務に従事し、現職ではインフラ 投資に係るコンサルティング、アドバイザリー、 リサーチ業務。自治体向けの公的不動産(PRE) や PPP コンサルティング業務に従事。 国土交通省 「不動産リスクマネジメント研究会」 座長。国土交通省「不動産証券化手法等による公 的不動産(PRE)の活用のあり方に関する検討会」 委員など。早稲田大学国際不動産研究所招聘研究 員。日本証券アナリスト協会検定会員(CMA) 。 著書に「よくわかるインフラ投資ビジネス」 (日 経 BP 社・共著) 、 「投資の科学」 (日経 BP 社・ 共訳)など。 すことが可能となる制度設計により、改革を更に進 めることが必要になります。 加えて、上下水道に関わる中央官庁の縦割りの弊 害もあるのかと思われます。事業を行っている自治 体はひとつであったとしても、上水道は厚生労働 省、下水道は国土交通省、工業用水は経済産業 省、農業集落排水事業は農林水産省がそれぞれ所 January-February 2016 39 Special 管官庁となっており、自治体の資金調達に関しては に欧州では、民間企業が水道事業を運営すること 総務省・財務省、PPP/PFIに関しては内閣府といっ も一般的です。例えば、英国の代表的な水道事業 た具合に、オリジネーター側の自治体の交渉相手は 会社であるテムズ・ウォーターも、元々は地域の水道 複数に及びます。大変な労力と時間を要することに 公社 ( Thames Water Authority )だったものが 、 なり、それゆえに比較的簡素にできる「 改善」のみ 施設の保守管理に必要な財源確保などの目的で、 に進むことに終始してしまいます。 当時のサッチャー政権の下で民営化され 、その後 福島 確かに、日本の水道事業で官民連携とい は積極的な海外展開も行うようになり、現在ではフ うと、コンセッションなど民間がファイナンスまで関 ランスのスエズ・エンバイロメント、ヴェオリアととも わるものではなく、部分委託や包括委託といった業 に世界3大水メジャーの1つと称されています。 務委託のイメージが強いですね。実際のところ地方 このようなビジネスモデルは、日本の水道事業に 自治体などでは、現在どういった動きになってきて とって参考になり得るでしょうか。また、日本の水 いるのでしょうか。 道事業会社も将来、世界の水メジャーに数えられる 石田 日本においては、2001年に水道法の改正 ような展開は期待できないものでしょうか。 が行われ 、民間委託への道が開かれました。上下 石田 ご指摘のような水メジャーと日本の水道事 水道事業におけるPPP/PFIの進展を期待して、三 業者の一番の大きな違いは、前者は自国市場にお 菱商事等が「ジャパンウォーター」 ( 2000 年)、水メ いて事業として上下水道事業を運営してきた実績が ジャーのヴェオリアが「ヴェオリア・ジャパン」 ( 2002 あり、それをベースに海外展開を行っていることが 年)を設立するなど、民間による水道事業への参入 あります。例えばヴェオリアは19 世紀半ばにリヨン が始まり、水道事業者が委託という枠内で自治体 市で始まった事業を起源としていますが、その後リ のニーズに対応すべく提案をしています。一例をあ ヨンにとどまらず、パリや他の欧州地域へ大きく展 げれば、当社が 2010 年に出資参画した「水 ing 」は 開しています。同じく水メジャーの一角を占めるス 広島県とのジョイントベンチャーで「 水みらい広島」 エズにおいても欧州や文化的に近いラテンアメリカ をつくり、運営型 PPPを受託している実績もありま などで事業を進め、いろいろな地域での事業の経 す。 験があります。日本においても価値観や習慣が近 上下水道事業の多くは範囲や期間を限定した「改 善」が進むのみで、本格的なコンセッションの導入 い場所で展開していくという可能性はあると思いま す。 には至っていないのが現状ですが、そのような中 ただ日本では、上下水道は基本的に「官」が担う で、小さな自治体では目先の問題として技術者不足 という前提でスタートしたこともあり、再三申し上げ の問題が顕在化してきており、それを補完するよう ている通り、民間による国内の事業は期間も業務も に「 水みらい広島」のような形が実現しているのだ 限られた範囲で下請け的な役割を果たしているに と思います。 過ぎません。海外においては、三菱商事も参画して いる 「マニラウォーター」 (フィリピン) や 「 Trility ( 」豪 日本の水道事業者には 意図的な事業参加機会を 40 州)などはあるものの、海外で積んだノウハウを日 本に還流するチャネルも限定され 、海外と国内が分 断されてしまい、せっかくのグローバルな経験やノウ 福島 ここで海外に目を転じてみると、最初に石 ハウが活かされない。水メジャーのような「 面」で 田様がおっしゃったとおり、英国やフランスなど特 攻めるアプローチと比べて、 「 点 」としてのアプロー ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.29 対談:投資対象としての日本の水道事業 チは不利な面が多いのです。このことからも、日本 ではなく先ずは国内マーケットで経験を積む機会を 国内に意図的に水道事業者が活躍できるマーケッ 提供することの方が重要になると思います。 トをつくっていくことがまずは必要ではないでしょう か。 福島 なるほど。日本の事業者の能力は高く、 「プノンペンの奇跡」など、そうした技術力に期待す 一方で、水メジャーにおいても民間事業者ですの る国々も少なくないと思っていましたが、自国市場 で、時代に応じて自らの取り組む事業ポートフォリオ での運営経験の少なさは致命的な欠点になるよう を見直しており、これまでの歴史の中で、事業環境 ですね。 等の変化に応じて撤退などを行ったケースもありま 石田 今の状況は、国内でほとんど実戦経験の す。大切なのは、それらの経験を踏まえて、官民と ないスポーツチームが、いきなりオリンピックに参加 もにPDCAサイクルを回して、枠組みやリスクシェア するようなもので、土俵に上がることさえ難しいので の方法などを常に見直すことで、最終的な受益者で はないかと思います。繰り返しになりますが日本政 ある、利用者にとっての「価値 」を実現していくこと 府として、水道事業を成長産業として位置づけ、そ だと思います。 の高い技術をもって海外でも活躍するのを望むので 福島 「 意図的に水道事業者が活躍できるマー あれば、先ずは自国市場での事業参画の機会を積 ケットをつくる」というのは、興味深い提言ですね。 極的に創造することが大切です。国内の実績がな ただ、日本の水道事業における官民連携の現状を ければ水道事業の海外展開は期待できません。 考えると、水道事業に投資することを待ちきれない 投資家は、合意形成などでまだまだ時間のかかりそ うな国内の水道事業への投資はあきらめて、日本企 官民連携の課題と期待 業が関わるアウトバウンドの水道事業に投資するこ 福島 これまでお話をうかがってきて、日本の水 とを考えた方が早くないでしょうか。交通や都市開 道事業の課題は、そのまま日本の官民連携全体の 発、ポップカルチャーなどの分野では、既にそうし 課題の縮図のように思えてきました。水道事業をは た官民ファンドも組成されています。 じめとする日本の官民連携 、特に民間の投資資金 石田 安倍政権はインフラの海外輸出を重要戦 を活用するという意味での官民連携は、現在決して 略として位置づけており、水道に限らず、交通、通 早いスピードで進展しているようには思えません。 信といったインフラに関して官民ファンドによる支援 これをもっと促進するための方策はあるでしょうか。 が行われています。ここでは安定した利益とリスク 石田 PPP/PFIというのは、従来型の公共事業 コントロールが重要な観点となりますが、海外のイ のようにある程度上意下達で行えるようなものでは ンフラプロジェクトにおいては、自国で関わる以上 なく、民間の持つ力を十分に引き出せるような制度 に、政情、為替 、法制、文化などコントロールが難し 設計や官による協力が必要です。新しいコンセプト いリスク要素が増えるため、国内でほぼ経験が無い であるコンセッションについては、まずは案件をつく 事業者にとっては、いきなり海外でウルトラCに挑 ることです。 戦するような難しさがあると思います。 日本の投資家にとっては、コントロールできない 空港については仙台空港 、関西国際空港のコン セッションが緒に就いたばかりですが、その前段に 要素で損失を被る可能性が高い海外よりも、自分の は「空港運営のあり方に関する検討会 ( 2010 年度) 」 目で確かめることができる東京や大阪といった水道 など、民間の能力を活用した国管理空港等の運営 事業の方が安心感は高まります。一足飛びに海外 に向けた下慣らしの段階があります。水道事業にお January-February 2016 41 Special いても、まずは課題の整理 、方向性の整理が必要 ジャー”に数えられるのに、インフラ・PPPの市場は です。また市町村が中心になるケースが多いもの ほぼゼロというのは極めてアンバランスで、問題が の、オリジネーター側の地方自治体にそのようなノ あると思っています。ただ逆に言えば、ポテンシャ ウハウは十分に蓄積されておらず、ノウハウを持った ルは無限にあるということですから、2016 年こそは 人がいたとしても2~ 3 年毎に行われる人事異動に 石田様のおっしゃるような方策が実現し 、日本にも よって、それが十分に継承されることが困難となっ 水道事業をはじめとするインフラ投資市場が形成さ ています。 れ 、投資やビジネスの機会がもっと広がる年になる PPP/PFIを進めるにあたっては、制度設計が重 ことを期待しています。最後に、水道事業をはじめ 要である一方、現場におけるノウハウ蓄積とそれを とする日本のインフラ投資市場の今後の見通しをお ベースとした、テーラーメイド型の作りこみという うかがいできればと思います。 「アート」な部分が必要であり、それを補う仕組みと 石田 序盤で申し上げた通り、高度成長期真っ して、日本においても例えば PPP/PFI先進国であ ただ中の1960 年代には、上下水道を始めとするイン る英国の「 IUK ( Infrastructure UK ) 」や、韓国の フラが積極的に整備され 、国民の生活水準ととも 「 PIMAC (公共投資管理センター) 」のように案件を に生活環境が改善され 、それを集大成するようなオ デベロップメントするような組織を整える必要があ リンピックが東京で 64 年に開かれました。そして今 ると思います。ここに集中的にノウハウを蓄積させ から4 年後の2020 年には再び東京でオリンピック ることで、後続の自治体は既存のコンセッション事 が開かれます。50 年前のオリンピックが、 「明日は今 業のノウハウを活用することができ、担当者の負担 日より良くなる」という時代の雰囲気を象徴していた を減らせます。また民間事業者にとっても、始めか ように、現在に生きる我々も同じような気持ちで4 ら高度な議論が可能となり案件開発が促進される 年後のオリンピックを迎えたいものです。 ことを期待できます。 また、水道事業の民営化には合理的な料金体系 4 年前の2012 年にオリンピックが開かれたロンド ンでは、民営化等により自国を開いたマーケットとす が重要な要素ですので、水道民営化先進国の英国 ることで、国際金融市場としての地位を得ています。 にある、水道の経済的規制機関である「 OFWAT 日本には先進国の中でも指折りの規模のインフラス (水道事業規制局) 」のような制度を整えることも必 トックを持っているわけですから、英国同様にPPP 要と思います。 市場を開くことによって、アジアそして世界のインフ その結果として民営化・コンセッションのマーケッ ラ投資市場のメッカとなるポテンシャルを備えている トが拡大すれば、官民双方にインフラ投資のノウハ ものと思います。そのためには4 年後のオリンピック ウを持った人材へのニーズも高まりますが、それを へ向けて時代の流れにうまく乗りながら、官民共に 育成する仕組みとしては、 「 ARES 不動産証券化マ 努力を重ねていくことが重要だと思っています。 スター制度 」のインフラ版のようなもので、継続的な 人材供給が可能になるものと思います。 福島 同感ですね。個人的には、証券投資の代 表格である株式市場、実物資産投資の代表格であ る不動産市場で、日本はいずれも世界の “ 3大メ 福島 そのとおりですね。大変よくわかりました。 本日は短い時間でしたが内容の濃い議論ができた と思います。ありがとうございました。 本稿の意見にわたる部分は 、参加者の個人的見解であ り、所属する組織の見解でないことをご了承ください。 ※福島隆則氏による連載「インフラ・PPP投資市場の幕開け」は、今回はお休みしました。次号では掲載します。 42 ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.29 Special NEWS ARES年金フォーラム 2015 開催報告 -激動するグローバルマーケットと 不動産投資- 不動産証券化協会は 、昨年12 月3 日に「 ARES 年金フォーラム 2015-激動するグローバルマーケットと不 動産投資-」を開催しました。 ARES 年金フォーラムは 、日本の機関投資家による不動産投資の進展へ向けた情報提供を目的に毎年開催し ているもので、今回で11回を数えます。 世界経済は緩やかな回復が期待される一方で、正常化に向けたアメリカの金融政策の転換 、新興国経済の減 速 、原油価格下落等 、様々なリスク要因への注目が高まっています。その結果 、株価や為替は大きく変動し、実 体経済への影響や世界経済全体の行方について不透明感が増しています。 基調講演では 、野村證券株式会社エクイティ・マーケット・ストラテジストの若生寿一様から 、 「 2016 年に向け ての投資環境と日本株見通し」と題し、経済・金融の現状と今後の見通しについてご講演いただきました。また、 パネルディスカッションでは 、年金運用に携わる実務家の方々に 、激しく揺れ動くグローバルマーケットにおい て、投資対象としての不動産の位置付けを再確認し、どのように不動産投資に向き合うべきかについて議論いた だきました。当日は年金基金はじめ会員等 、160 名にご参加いただきました。 日 時 :2015 年 12 月 3 日(木)13:30 ~ 17:00 会 場 :日本橋三井ホール 主 催 :一般社団法人不動産証券化協会 協 力 :米国年金不動産協会(PREA) January-February 2016 43 Special ※所属先・役職は開催時のものです。 プログラム ● 主催者挨拶 岩沙 弘道 一般社団法人不動産証券化協会 会長 ● 基調講演 「2016 年に向けての投資環境と日本株見通し」 若生 寿一氏 野村證券株式会社 投資情報部 エクイティ・マーケット・ストラテジスト ● ショートプレゼンテーション 「ARES の不動産投資インデックス AJPI/AJFI の 概要と展望」 澤田 考士 一般社団法人不動産証券化協会 調査部 上席研究員 ● パネルディスカッション 「激動するグローバルマーケットと不動産投資」 【モデレーター】 西迫 伸一氏 野村證券株式会社 フィデューシャリー・サービス研究センター フィデューシャリー・マネジメント部 シニアコンサルタント 【パネリスト】 伊藤 武氏 三井住友信託銀行株式会社 オルタナティブ運用部オルタナティブグループ 運用第 3 チーム チーム長 山下 誠之氏 若山 伸六氏 一般財団法人日本不動産研究所 研究部 副部長 44 星野 晃久氏 アイシン企業年金基金 シニア・ポートフォリオ・マネジャー ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.29 東京建物不動産投資顧問株式会社 代表取締役社長 Special ●トップインタビュー 野村不動産マスターファンド投資法人 野村不動産投資顧問株式会社 代表取締役社長 安部 憲生氏に聞く 野村不動産マスターファンド投資法人(証券コード:3462 ) が 、2015 年 10 月2 日 、東京証券取引所に 上場しました。本投資法人は、旧野村不動産マスターファンド投資法人 、野村不動産オフィスファンド投資 法人 、野村不動産レジデンシャル投資法人の 3 投資法人が合併して誕生しました。 資産運用会社となる野村不動産投資顧問株式会社 代表取締役社長 安部憲生氏にお話を伺いました。 (インタビューは2016 年 1 月に実施 ) ―合併の経緯について教えてください。 野村不動産グループの資産運用事業の歴史は、 すること、つまり、資産規模の拡大 、ポートフォリオの 分散 、財務基盤の安定性の強化等による投資主価 1990 年代後半までさかのぼります。以来 、市場環境 値の向上に資することを目的に、3REIT間で協議を の変化に対応しながら運用実績を着実に積み上げて 重ね、10月1日に合併成立 、翌日、東京証券取引所 1兆円を超える資産をお預かりする運用会社に成長し 上場となりました。これまで投資セクターを同じくする ています。その間 、業界のフロントランナーとして、私 銘柄の合併事例は多々ありましたが、投資セクターの 募不動産ファンドにはじまり、上場 REIT 、私募 REIT 異なる特化型 3REITの合併は国内初であり、本合 及び国内外における FoFs(ファンド・オブ・ファンズ) 併により総資産 9,000億円超の国内最大級の総合型 等 、多彩なリスク・リターンの不動産金融商品を投資 REIT が誕生したのです。 家の皆様に提供してきました。 なお、合併において忘れてはならないのが、ARES 特に、中核となる J-REIT事業については、多様 が平成 27 年度税制改正で要望していた「 正ののれ 化・高度化する資産運用業務において、人材とノウ ん償却費相当の利益超過分配の損金算入 」実現で ハウの集約を図るため、複数の J-REIT の運用に必 す。この改正により、リーマンショックを契機とした市 要な認可を運用会社として初めて取得し、野村不動 場低迷期の過去事例である負ののれんが発生する 産オフィスファンド投資法人(オフィス特化型 )、野村 救済合併ではなく、正常な市場における対等合併が 不動産レジデンシャル投資法人( 住宅特化型 )、野 可能となったのです。今後のJ-REITの発展にとって、 村不動産マスターファンド投資法人(物流・商業特化 合併が成長のための効果的な手段のひとつとなりまし 型) の運用を単独で受託してきました。 た。 昨今の J-REITを取り巻く外部環境を俯瞰すると、 物件取得競争の激化 、J-REITマーケットにおける規 ―「 特化型 」から「 総合型 」へ戦略を転換したこ 模の二極化の進展 、投資対象セクターの拡大等の との理由を教えてください。 環境変化が見受けられます。今回の合併は、これら 今回の合併の意義は、大きく分けると3つあります。 の変化にいち早く対応し、次なる成長の機会を獲得 まず1つ目が、 「 特化型 」から「 総合型 」への戦略 January-February 2016 45 Special 野村不動産投資顧問株式会社 代表取締役社長 安部 憲生 氏 転換による持続的な成長の追求です。2つ目が、 「大 を強く受けるため、セクターによっては賃料増減による 型化 」による安定性の強化と成長戦略の進化です。 分配金の大きな変動を余儀なくされたり、マーケットの 3つ目が、 「賃貸バリューチェーン」の確立による野村 過熱期には、投資リターンの低下により、安定的な外 不動産グループとの相互成長の加速です。いずれ 部成長が妨げられることが考えられます。それに対し、 の REITも、合併こそが、それぞれの投資主価値の 「総合型 」では、安定セクターである物流施設・居住 向上に資する最良の施策であるという共通の認識に 用施設・商業施設(居住地立地 ) とアップサイドが狙え 至り、投資主の皆様のご支持を受け、投資主総会の るオフィス・商業施設(駅前立地 ) を組み合わせること 特別決議で承認を得ることができました。 で、収益と資産価値のボラティリティを抑えた J-REIT 特化型から総合型への戦略転換のメリットは、 「セ クター分散による安定性・成長性の向上 」、 「幅広い 本来の「ミ ドルリスク・ミ ドルリターン」という商品特性の 実現が可能となります。 セクターへの厳選投資による継続成長 」、 「 投資セク 現在 、J-REITの投資対象は複合用途施設 、ホテ ターの多様化による投資機会の拡大 」が挙げられま ル、工場 、ヘルスケアなど多様化が進んでいますが、 す。不動産投資においては、収益構造や投資リスク 適切なタイミングで継続的な投資判断ができる大きな の違いから、各セクターに求める投資家の選好が異 器として、 これら新たなセクターへの投資も検討してい なるため、その結果として、不動産取引市場におい きます。 てはセクターごとに特徴的なサイクルを描きます。 たとえば、オフィスの賃料は景気感応度が高いもの の、一般的な契約更改は2 年おきなので景気に遅行 端的に、 「大型 REITのスケールメリット」の追求で 性があるのが特徴です。住宅は賃料の弾力性がほ す。具体的には、 「 資産規模拡大による安定性の飛 とんどありません。物流は投資額が大きい上 、投資 躍的向上 」、 「 各種施策の実施によるポートフォリオ 適格物件の絶対量が少ないものの、10 年程度の長 価値向上 」、 「財務安定性の向上 」が挙げられます。 期契約による安定収益が見込めます。 資産規模が大きいことで個々の保有不動産に対する つまり、 「 特化型 」では、同じ市場サイクルの影響 46 ―「大型化 」戦略について教えてください。 ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.29 リスクが分散され、 リスク許容度が向上しました。つま トップインタビュー: 野村不動産マスターファンド投資法人 野村不動産投資顧問株式会社 代表取締役社長 安部 憲生氏に聞く り、テナント退去リスク・保有資産の入替え・建替え・大 件運営上の様々な情報・ノウハウを共有し、ハード・ソ 規模リニューアル等の事象が分配金に与える影響を フト両面におけるブランド力の向上を推進するもので 抑制することができるのです。 す。我々は、保有資産のブランド価値の高まりがファ 新生マスターファンドは、保有資産の老朽化・陳腐 化による競争力の低下という全ての J-REIT銘柄が ンドの収益や資産価値そのものへと結ばれていくと考 えています。 潜在的に抱えている普遍的な命題に対して、スケー 野 村 不 動 産グループ の 中 長 期 経 営 計 画 ルメリットを利した戦略的資産入替(「 SPR:Strategic 『 Creating Value through Change 』には、重点分 Property Replacement 」) を推進し、ポートフォリオ 野である賃貸事業がグループ REITと結びつく「 賃 の質的向上を図っていきます。 貸バリューチェーン」が掲げられています。そして、 また、スケールメリットを活かした管理・修繕工事等 我々運用会社にとって大切なのは、REITの投資主 のコスト削減やデット調達コストの低減も見込め、セク の皆様にそのメリットを享受していただくことだと考え ター横断的なリーシング活動などの合理化も進めてい ています。 きます。 今回の合併によって、新生マスターファンドの投資 -2015 年 5 月27 日に合併を公表されました。 口数と投資主数は J-REIT最大となり、時価総額も上 既存の 3 投資法人の投資家の反応はいかがで 位を占めるポジションとなりました。今後とも、機関投 したか。 資家等が組み入れ不可欠な「マストバイ銘柄 」とし 5月27日に3REITは合併契約を締結し、同日公表 て、投資口価格の安定が期待でき、結果的に、資金 しました。市場の驚きと反応は当初の予想を超えるも 調達力及び財務安定性の向上に繋がっていくものと のがありましたが、合併はマーケットで好意的に受け 考えています。 止められたと考えています。実際 、発表翌日に投資 口価格は5%程上昇しました。その後も、東証 REIT -賃貸バリューチェーンについて教えてください。 合併を機に、運用会社( REIT ) と野村不動産グ 指数と対象 3REITの騰落率との比較では全ての REIT で指数を上回っていました。 ループで「賃貸バリューチェーン」に関する基本合意 しかし、合併成就には越えなければならない大きな 書を締結しました。「 賃貸バリューチェーン」の役割 ハードルがありました。それは、7月末に開催を控えて は2 つあります。1 つ目は〈 物件取得パイプライン〉 いたREITの投資主総会で、 3つ全てのREITが「特 です。野村不動産が開発・保有する不動産の情報 別決議( 全投資主の3 分の2 以上の賛同 ) 」の承認 提供を受け、優先的に取得していくものです。オフィ を得なければならなかったことです。それゆえ、合併 スビル「 PMO」、居住用施設「プラウドフラット」、商 発表後は投資主の皆様からの質疑対応に始まり、合 業施設「 GEMS 」、物流施設「 Landport 」という4 併の内容やその意義を説明して歩くことに追われ、5 セクターを安定的に取得可能とすることで、REIT は 月末より2ヶ月を掛けて対話を持った投資家数は国内 着実な成長戦略を持つことができます。また、我々の 外を含めて100 社を超えました。この IR活動は国内 スポンサーである野村不動産も収益不動産開発の事 中央・地方都市を皮切りとして欧州・北米・アジアにも及 業量拡大を図ることができます。 び、移動距離にしてみますと、ざっと8 万km 、地球 2 2つ目は〈マネジメントパイプライン〉です。グループ 各社( 野村不動産、野村不動産投資顧問、野村不 周分にもなりました。 合併に懸ける想い、必ず投資家のためになるとの 動産パートナーズ及びジオ・アカマツ) が一体となって、 強い信念に燃えて行動した結果 、7月末には圧倒的 マーケットの反応やオペレーションサービスを含めた物 な支持に支えられて、合併は承認されました。 January-February 2016 47 Special 今後 、当社の運用によって、新生マスターファンド は様々な環境変化に対応し得る最適なポートフォリオ また、REIT事業に加えて、投資家ニーズを的確に を構築し、持続的成長と安定性強化の両面から投 捉えた新規ファンドの商品供給やグローバル投資ニー 資家の皆様に評価されていくものと確信しています。 ズへの対応にも取り組んでいます。私募ファンド事業 尚、上場後の株価ですが、主要インデックスへの組 ではヘルスケアやホテル等の新しいアセットタイプを対 み入れ等もあって、様々な投資家層から注文が入り、 象としたファンド組成、有価証券ファンド事業ではファン 変動率こそ上昇しましたが、流動性と出来高は大幅 ド・オブ・J-REIT、ファンド・オブ・グローバル REITある に増加しています。これらは、投資家・市場からの期 いはファンド・オブ・海外オープンエンドファンド等の国内 待・注目度の大きさを表していると考えており、運用会 外の不動産ファンドを投資対象としたファンドの商品化 社として改めて身の引き締まる思いであります。 を推し進めてまいります。 -野村不動産グループは常に新しいことに取り組 -結びに、 「資産運用事業者 」として。 まれています。今後の方針について教えてくだ 日本の個人資産は欧米に比べて預貯金に偏って さい。 おり、低金利が続くなか、インフレの進展による資産の まずは、投資主の皆様から負託を受けた国内最大 目減りが懸念されています。経済活性化のためにも、 級の総合型 REITである野村不動産マスターファンド いかに「 貯蓄から投資へ 」の流れを加速させるかが 投資法人の成長を加速させ 、合併の効果を目に見え 課題となっており、政府もNISAをはじめ投資促進の る形でお示し、投資主価値の向上を目指します。そ 施策を打ち出しています。 してまた、拡大し続ける私募 REIT市場においては、 こうした状況下にあって、より魅力ある投資商品を 野村不動産プライベート投資法人が、引続き投資家 開発・提案することで、広く社会全体の投資意欲を高 の皆様の需要を確実に取り込み、本邦初の商品組成 めていくこと、そしてその資金を活用した投資により、 というパイオニアの地位を確固たるものとする着実な 経済活動を支える基盤である社会インフラを整備して 成長を目指します。 いくことは、資産運用事業者の社会的使命といえま いずれにしても、当社において REIT事業は中核ビ す。 ジネスであり、その成長にはスポンサーである野村不 業界の更なる飛躍に向けて、不動産証券化市場 動産グループとの相互成長が不可欠です。先ほど に関わる全ての関係者の皆様とともに、投資家ニー お話しした「 賃貸バリューチェーン」を充実させ 、優 ズの把握に努めるなど原点に立ち返り、今後とも新た 良物件の安定的な確保とブランド力の強化によって、 な挑戦を続けてまいりたいと思います。 「パフォーマンスの向上 」と「 投資主価値の増進 」を 48 図ってまいります。 ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.29 MARKET 不動産市場:2016 年の見通し 大久保 寛 CBRE リサーチ エグゼクティブディレクター イクルの長さから考えても、2017年 規開発物件についても、プレリーシ から2019 年の間のいずれかの時点 ングが進んでいるものが多く見受け でオフィス市況は転換点を迎える可 られる。ただし 、むこう2 年間の新 CBREでは、不動産の主要賃貸セ 能性が高い。東京オフィス市場につ 規供給床の約 30%が集中する「 圏 クターならびに投資市場について、 いて言えば、現状の新規供給計画 央道エリア」では、空室率の上昇な 2015 年を振り返るとともに 2016 年 ならびに経済成長率の見通しを前 らびに賃料の弱含みが予想される。 から2017年にかけての見通しをまと 提とすると、2018 年末頃に賃料は しかしその他のエリアでは需給が めた。経済面で 2016 年は、輸出な ピークを打ち、それ以降は緩やかな 逼迫した状況が続き、賃料は1~ らびに企業設備投資のさらなる増 下落トレンドに転じる可能性があ 6%のレンジで上昇すると予想する。 加に加えて個人消費の回復も見込ま る。 はじめに 不 動 産 投 資 市 場 も好 調な賃 貸 れることで、実質 1.0%程度の成長 が予想されている (出所:日本経済研 首都圏の物流施設も全般的に堅 マーケットを背景に、需給タイトな 究センター) 。不動産市場において 調な市場が 続くだろう。 ただし 、 状況が続くだろう。2015 年は、国 も、概ね好調なトレンドが続くとみら 2015 年に続いて2016 年も過去最高 内外の投資家からの需要が引き続 れる。 の新規供給が計画されているため、 き強い一方で、都心オフィスを中心 エリア間の需給動向の格差は広が に優良な物件の供給が限定的だっ オフィス市場においては、2016 年 るだろう。3PL(サード・パーティ・ロ たことを主因に、投資総額は前年の から2017年にかけて東京のみなら ジスティクス)の業容拡大、eコマー 水 準を下回る見 込 みだ。 しかし ず地方都市においてもタイトな需給 スの持続的な成長、そして小売業界 2016 年は増加に転じ 、2014 年に記 環境を背景に賃料の上昇が続くと における配送サービスの更なる向 録された約 4 兆 9,000 億円 ( 対前年 予想する。ただし 、中期的な展望と 上・効率化等を中心に、先進的大型 比+9%)に近づくとみられる。地 しては市況サイクルのピークは次第 物流施設に対する需要は弱まる気 方都市での案件数の増加が見込ま に近づいていると考える。過去のサ 配がない。現在予定されている新 れることに加え、東京都心において January-February 2016 49 MARKET 図表1 GDP の実質成長率の推移 2012 前年比 2013 2014 2015予想 2016予想 10% 8% 6% 4% 2% 0% -2% GDP(実質) 民間最終消費支出 企業設備投資 輸出 出所: 内閣府, CBRE, 予想は日本経済研究センターによる, 2015 年 12 月 も、2012 年前後に購入された物件 くとも今後 18カ月はオフィスの稼働 東京では、2016 年にグレードAビ の一部について利益確定のための 率も更に上昇する可能性が高いこと ルで139,000 坪の新規供給が予定 出口が模索され始めるとみられるか を示唆している。 されている。ヤフーの入居が決まっ らだ。 2015 年の東京オフィスマーケット 町」や、JR 新宿駅直結の「 JR 新宿 では、特に夏以降 、企業の動きは ミライナタワー」など、リーシングは 2014 年と比べてやや鈍かった印象 順調に進んでおり、グレードAビル 業容拡大のためのオフィス増床、 がある。移転を検討する企業は多 全体としての内定率はすでに 5 割近 ならびにオフィス立地の改善など、 いものの、中国経済の失速や米国 い水準にあると推計される。2017 2015 年も2014 年に続いて「前向き」 の金利引き上げに対する新興国へ 年には 78,000 坪の新規供給が予定 な移転動機がオフィス需要を牽引し の影響など、将来の景気見通しに されている。これは過去8 年間の年 た。企業業績の更なる向上が予想 対する不確実性によって企業のコス 平均 87,000 坪を下回る水準で、こ される中で、この傾向は 2016 年も ト意識が高まったようだ。それでも、 れ自体の需給バランスへの影響は 続くだろう。日銀短観 ( 短期経済観 業容拡大のためのスペース確保の 限定的であろう。結果としてグレー 測調査 )による企業の業況判断指 ニーズは根強く、移転に比べてイニ ドAの空室率は、直近 ( 2015 年 Q3 数は、オフィスの稼働率との間に正 シャルコストが低い館内増床は数多 時点 )の 4.5%に対して2016 年には の相関性 (=空室率と負の相関性 ) くみられた。引き続き、新設や拡張 3.6%、2017年には 3.1%にまで低下 が認められ 、かつオフィスの稼働率 移転の前向きなオフィスニーズは幅 すると予測する。またグレードA賃 に先行して変動する傾向がある。こ 広い業種にわたっている。また、雇 料は、今後 2 年間で 9%程度上昇す のことを表したのが 図表 2 で、業況 用確保が多くの企業にとって課題と ると予想する。2015 年は、7年ぶり 判断指数を18カ月先送りしてオフィ なっている中、採用面で有利な交通 に空室率が 1%を割った「丸の内・大 スの稼働率と並べている。過去1年 利便性の高い立地や設備グレード 手町」エリアの賃料上昇が目立った。 半の間に同指数は概ね上向きで推 の高いランドマークビルを嗜好する 今後は、 「 八重洲・日本橋」や「 新 移しており、企業マインドの改善傾 需要も多い。 宿」など、その他のエリアで稼働率 オフィスマーケッ ト 向を示している。このことは、少な 50 ている「 東京ガーデンテラス紀尾井 ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.29 が高まったビルが賃料の上昇を牽引 図表 2 東京オールグレードオフィスの稼働率と企業の業況判断指数 短観業況判断(大企業・全産業、18カ月先行) Q4 2016 Q1 2016 Q2 2015 Q3 2014 Q2 2012 Q4 2009 Q4 2013 Q3 2011 Q1 2009 Q1 2013 Q1 2010 Q4 2010 Q2 2008 Q2 2009 Q3 2007 Q3 2008 Q1 2007 Q4 2007 Q2 2006 Q3 2005 Q4 2004 Q2 2003 Q1 2004 Q3 2002 Q4 2001 Q1 2001 Q3 1999 図表 3 東京オールグレードオフィスの空室率 14% 12% 10% する需要が旺盛である。 「 グランフ 8% 6% Q1 2015 Q3 2013 Q2 2014 Q4 2012 Q1 2012 Q2 2011 Q3 2010 Q4 2006 Q1 2006 Q3 2004 Q4 2003 Q1 2003 Q2 2002 Q3 2001 Q4 2000 Q1 2000 た。実際、大阪のグレードA 空室率 Q2 1999 0% Q3 1998 前後では、供給過剰が懸念されてい Q4 1997 2% Q4 1991 4% のハルカス ( 2014 年竣工) 」の竣工 は 2013 年 Q1のピーク時に18.2%ま Q2 2000 出所:日本銀行, CBRE, Q3 2015 中小企業に至るまでオフィス床に対 ロント大阪 ( 2013 年竣工) 」と「あべ Q4 1998 92% Q1 1998 93% 50 Q2 1997 40 Q1 1997 あらゆる業種の大手企業から中堅・ 94% Q2 1996 大阪では、景気の拡大を背景に、 30 Q3 1995 ペースの加速が予想される。 95% Q4 1994 においても賃料の上昇もしくは上昇 96% 20 Q1 1994 需給環境を背景に、いずれの都市 10 Q4 1995 来の最低値を更新中だ。タイトな 97% Q3 1996 広島 、福岡の空室率は観測開始以 98% 0 Q2 1993 不足が深刻化しつつある。札幌 、 99% 10 Q3 1992 の潜在化が懸念されるほどに供給 100% 20 Q1 1995 一方、地方都市においては、需要 東京オールグレードオフィス稼動率(右軸) 30 Q2 2005 するだろう。 出所: CBRE, Q3 2015 で上昇した。しかしその後は一貫し て低下し、2015 年には 5%を下回っ た。足元ではむしろ供給不足が懸 念されている。今後も、企業の旺盛 な需要は継 続する見 通しである。 図表 4 都市別のオフィス空室率動向 (オールグレード) 2005 - Q3 2015 15% 給はなく、2017年の新規供給も約 2 10% 万坪と少ない。空室率が 5%を下回 5% り、まとまった面積を確保すること 0% の新築ビルの引き合いは好調だ。こ Q4 2017(予想) 過去平均(2005 -Q3 2015) 20% 2016 年にはグレードAビルの新規供 が困難となっているために、2017年 Q4 2015(見込み) 25% 東京23区 大阪 名古屋 札幌 仙台 さいたま 横浜 金沢 京都 神戸 広島 高松 福岡 出所:CBRE, 2015 年 12 月 うした状況を受けて、グレードAの 空室率は 2016 年から2017年にかけ 車産業を中心としてオフィス需要が 高騰で郊外へ移転した企業が中心 て2%台にまで低下すると予測する。 拡大している。今後も、業績好調な 地に回帰する動きなども当面続くだ また、需給逼迫の継続を背景に、今 企業を中心に、人材確保に有利な ろう。立地改善や拡張移転など既 後 2 年間でグレードAの賃料は約 中心部に移転する動きが継続する 存のグレードAビルへの引き合いは 7%上昇すると予想する。 とみられる。このほか、建築費の高 多く、新築ビルへ移転するテナント 騰で建て替えを諦めた企業による賃 退出後の二次空室の発生は限定的 貸ビルへの移転や、10 年前の賃料 とみられる。2016 年は新規供給が 名古屋では、円安を背景に自動 January-February 2016 51 MARKET 図表 5 都市別オフィス市場の賃料と空室率の予想 想定成約賃料 (2015年末∼2017年末の予想上昇率) 16% 14% 福岡 12% 横浜 10% 東京(グレードA) 札幌 8% 6% 0% 0.0%ポイント 神戸 大阪(グレードA) さいたま 4% 2% 仙台 広島 名古屋(グレードA) 京都 高松 -0.5%ポイント 金沢 -1.0%ポイント -1.5%ポイント -2.0%ポイント -2.5%ポイント -3.0%ポイント 空室率(2015年末∼2017年末の予想変化率) 注:対象ビルは東京・名古屋・大阪はグレード A。その他の都市はオールグレード 出所:CBRE, 2015 年 12 月 ないが 、2017年には 2 棟合わせて て低水準の目安とされる5.0%を常 流施設の稼働面積はまだまだ拡大 25,700 坪程度のグレードAビルの に下回った。このように需給がタイ を続けるだろう。しかし 、大量供給 新規供給が予定されている。このう トな状態が続いた主な理由として、 を経た後だけに、2016 年から2017 ち、特に名古屋駅に直結する「 JR 次の三つが挙げられる。一つは、 年にかけての空 室在 庫は 2015 年 ゲートタワー」については、立地改善 東日本大震災を経験した後の先進 Q3に比べて増加することは避けら や拡張移転の受け皿として高い稼 的物流施設への信頼感の向上。二 れ な い。2015 年 の 新 規 供 給 は 働率で竣工するものと予想される。 つめは、同じく震災後にサプライ 290,000 坪を超え、過去最高を記録 グレ ードA 空 室 率 は 2016 年 から チェーンが破たんしたことの反省か する。2016 年の新規供給はさらに 2017年にかけて現状を下回り、3% ら、倉庫内により多くの在庫を蓄積 増えて約 360,000 坪と、過去最高を 台で推移すると予測する。またグ すると共に、複数の拠点を持つ傾 更新する見込みである。しかも供 レードA 想定成約賃料は、今後 2 年 向がみられたこと。三つめは、効率 給の波はここで終わりではない。現 間で約 3%の上昇を予想する。 的な配送システムを実現するため 時点ですでに、2017年竣工予定の に、フロア面積の広い施設が必要 開発計画は 270,000 坪まで積み上 とされたこと。これらが倉庫使用面 がっている。その結果、2015 年 Q4 積の拡大を伴いつつ、大規模な先 から2017年 Q4にかけての平均空 進的施設への移転を次々に促した。 室率は6.3%に上昇すると予測する。 2015 年 Q3の首都圏全体の大型 2013 年から2014 年にかけては大量 これは、需給バランスがひっ迫して マルチテナント型物流施設 ( Large 供給期だったが、それとほぼ同等 い た 2012 年 ~ 2015 年 Q3 の3 年9 Multi-tenant Logistics Facilities = の需要面積が創出されている。 カ月間の平均空室率 4.0%を2 ポイ 首都圏物流施設 マーケット 「 LMT 」 ) の空室率は 3.5%で、空室 52 ント以上上回る水準である。とはい の少ない状況が続いている。2012 中長期的には、集約移転や、旧 え、賃料に対する影響は限定的だろ 年 Q1~ 2015 年 Q3の3 年9カ月間の 耐震基準の施設から新しい施設へ う。物流施設市場において6%程度 空室率をみても、2014 年 Q2を除い の移転の受け皿として、先進的な物 の空室率は、適正な選択肢が存在 ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.29 する健全な賃貸マーケットの水準と 図表 6 首都圏物流施設:サブマーケット毎の空室率の実績ならびに予想 言える。 ただし 4 エリアに分けた予測で は、エリアごとに動向が大きく異な るので、注意が必要だ。最も都心 に近い「 東京ベイエリア」では、一 旦0%に近づいた空室率は 2017年 後半の再開発計画の竣工で短期的 には10%程度に上昇する。実質賃 料 指数は 2017年 Q4までに+0.6% の上昇 ( 対 2015 年 Q3 比 )にとどま 20% 18% 16% 14% 12% 10% 8% 6% 4% 2% 0% 新規供給床(Q4 2015-Q4 2017、右軸) 空室率の過去平均(Q1 2007-Q3 2015) 空室率(Q3 2015実績) 予想空室率(Q4 2015-Q4 2017平均) (坪) 450,000 400,000 350,000 300,000 250,000 200,000 150,000 100,000 50,000 東京ベイエリア 外環道エリア 国道16号エリア 圏央道エリア 0 出所:CBRE, 2015 年 12 月 図表 7 10 年国債利回りの推移 2.5% ると予測する。 「 外環道エリア」は 立地の強みを発揮し 、空室率は1% 2% 以下のひっ迫した需給バランスが続 1.5% くだろう。また、実質賃料 指数も 2017年 Q4までに4 エリア中最大の 6.3% の上昇 ( 対 2015 年 Q3 比)を見 込む。最もストック面積の割合が大 きい「 国道 16 号エリア」では、むこ 1% 0.5% 0% 2004.12 2005.12 2006.12 2007.12 2008.12 2009.12 2010.12 2011.12 2012.12 2013.12 2014.12 出所:Datastream, CBRE, 2015 年 12 月 う2 年間で最も多くの新規供給 (約 400,000 坪)が予定されている。し 図表 8 不動産投資の実績と見通し かし 、空室率は4~ 7% 程度のレン (十億円) ジ内で比較的堅調に推移し 、実質 賃料 指数も2% 上昇すると予測す る。最も外側の「 圏央道エリア」で は、2016 年に空室率が 17% 程度ま 6,000 5,000 4,000 3,000 で上昇し 、期間を通じて10%を上回 2,000 る見込みである。その結果、実質賃 1,000 料 指 数 は 2017年 Q4に0.6% (対 0 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015予2016予 2015 年 Q3 比) の下落を予測する。 不動産投資 マーケット 注:十億円以上の取引が対象。J-REIT による IPO 時の取得物件を除く 出所:RCA, CBRE, 2015 年 12 月 市場は需給タイトな状況が続くと考 は未だ妙味がある。物価上昇率が えられる。2016 年から2017年にか 未だ日銀のターゲット ( 2016 年後半 低金利 、低インフレ、そして経済 けての実質経済成長率は1%前後と に 2%) を下回っている中で、日銀に の低成長が 2013 年以降の不動産投 いうのが市場での一般的な予想で よる追加の金融緩和の可能性もあ 資市場の活況をもたらしたとするな ある。このような環境下において、 る。投資家にとって良好な資金調 らば、2016 年も引き続き不動産投資 不動産投資で期待される利回りに 達環境はまだしばらく続くだろう。 January-February 2016 53 MARKET 2016 年の不動産投資総額は、前 資家の間では、売却による利益確 引量の拡大のみならず、投資対象 年に 比べて減 少 するとみられ る 定を検討する動きも見られ始めてい の分散化傾向もより顕著となろう。 2015 年に対して、約15%増加すると る。結果として、2016 年はより多く これには、アセットタイプの分散と、 予想する。2017年には、2018 年の の案件が市場に供給される可能性 地域分散の両方が含まれる。その 黒田日銀総裁の任期満了も視野に が高い。これらの資産が、引き続き 背景として、地方都市においてもオ 入り、量的緩和からの出口が議論さ 旺盛な買い意欲の受け皿になること フィスに代表される賃料の上昇が れ始め、これが市場金利の上昇に で、不動産投資市場のボリューム拡 はっきりしてきたことや、より高い利 つながる可能性もある。このような 大につながるだろう。 回りの追求に加え、高齢化の加速 可能性も見据え、2012 年頃に本格 的な投資を開始もしくは再開した投 や訪日外国人の増加などの構造変 不動産投資市場においては、取 化も挙げられる。 おおくぼ ひろし CBRE Japan のリサーチ部門の責任者とし て、オフィス、物流施設、商業施設の賃貸市 場ならびに売買市場のリサーチ業務を統括。 製鉄会社および投資銀行勤務を経て 1997 年 か ら 2013 年 ま で 証 券 ア ナ リ ス ト と し て株式リサーチ業務に従事。2000 年から は JREIT を 中 心 に 不 動 産 セ ク タ ー を 担 当。 UBS 証券、ゴールドマンサックス証券、マッ コーリーキャピタル証券、みずほ証券を経て、 2013 年 10 月より現職。 54 ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.29 Business Trend Practical Study & Research 第 8 回 変わる働き方とオフィス利用からみる 将来のオフィス需要の方向性 ~ 大都市圏企業調査「働き方とオフィス利用アンケート」を中心に ~ 中山 善夫 石崎 真弓 株式会社ザイマックス不動産総合研究所 株式会社ザイマックス不動産総合研究所 常務取締役 マネジャー (ARES マスター M0600051) 通常、オフィスワーカーが増えれば、 ており、建物の取壊しや建替などによ 必要となるオフィス面積も純粋に拡大 る減失をうわまわる新規供給が続け すると考えられるが、こういった働き方 ば、オフィスストックは増加し続けること 日本は、高齢化と生産年齢人口の の変化によって、1 人あたりに必要と となる。そうなると、将来、オフィス需 減少により既に労働力不足の時代に されるオフィス面積や固定コストとして 要が停滞もしくは減退した場合、需給 入っていると言われており、企業に の賃料が影響を受ける可能性があ ギャップが拡大し、大量のデッドストッ とっては人材確保と生産性の向上が る。今後、構造的にオフィスワーカー クが発生する可能性が懸念される。 最重要な課題の一つとなっている。 数が減少する可能性に加え、モバイ はじめに 注1 本稿では、オフィスの需要の源であ オフィス賃貸マーケットでは、足下 ルワーク や在宅勤務のような多様 る企業動向に着目し、弊社で2015 年 のオフィス需要が底堅く推移している な働き方が進んでくると、オフィス面積 に実施した大都市圏企業調査「 働 ことから、空室率の下落、賃料水準 が縮小するだけではなく、その使い き方とオフィス利用に関するアンケー に上昇傾向がみられている。また、 方や立地など、企業にとってのオフィ ト」注 2 の調査結果をもとに、企業の働 近年 ICT(情報通信技術 ) の急速な スのあり方も必然的に変化してくると き方の変化とオフィス利用の関係性に 発展により、企業にもモバイルワーク 思われる。 ついて考察する。具体的には、従来 の導入などが進んでおり、働き方のイ ノベーションが世の中に起こっている。 一方、今後も都心を中心に大規模 の「 働く場所=オフィス」という概念 ビルの新規供給が続くことが予測され が、働き方の変化に伴い、 どう変化す 注1 通常は決められた事業所(オフィス)に勤務することが想定される職種の人が、オフィス以外の場所で業務を行うこと。また、そのような働き方や勤務形態。特 に、IT ツールを活用して、外出先など場所を問わずに働けるようにすること。 January-February 2016 55 Business Trend る可能性があるか、また、その結果、 将来のオフィスマーケットがどのような 影響を受ける可能性があるかについ て考察するものである【 図表1 】。 図表1 本稿の概要 テーマ: 働き方の変化によるオフィスの立地戦略、オフィスの使い方の変化をみる これから?: これまで: 通勤するオフィスの場所は一つ 働く場所は複数。業務にあわせて 選択、移動する? 人材難 社員は固定席 採用強化 営業はオフィスに戻り、事務処理 正社員終身雇用+派遣雇用 1. 従来の働き方とオフィスと の関係について <働き方> <企業を取り巻く 社会環境・課題> <働き方> 労働時間で社員を管理 オフィス内のモビリティも上がる 生産性の向 上 営業は、オフィスに戻らない? 雇用形態の流動化が進む? IT 進化 労働時間で社員を管理しない? 雇用制度の 多様化 育児や介護による退職 多様な人材の雇用が進む? コスト効率 化 WLB 従来、日本企業は、社員が「働く 場所」と「働く時間」をオフィスで画 <オフィス需要> 立地も面積も FIX しがち 人数を基にしたオフィス面積 一的に管理してきた。仕事はオフィス という場所に紐づいており、社員はオ フィスに通勤し、部署ごとに効率よく机 が並ぶ画一的なレイアウトのなか、自 オフィス需要の要素 オフィス需要 (オフィスワーカー数) から、原則社員は、特定のオフィスに 生産年齢人口減 通勤し、就業時間後帰宅するのが一 産業構造の変化 企業のオフィスワーカー採用増 しかし、この数年におけるICTツー 外資・外国 人の流入 図表2 であったといえる。また、社員を労働 般的な働き方であったといえよう。 集約するオフィスにこだわら ない・分散するオフィスへ 都心に全員分のスペースを必 要としない 多様な使い方のオフィス スペースニーズが出てくる? 労働条件等 の法整備 (出所 )ザイマックス不動産総合研究所 分の机で仕事をするスタイルが一般的 時間で管理するという従来の考え方 <オフィス需要> 女性・中高 年層の活用 × 高齢者・女性の新たな雇用 (一人あたり面積) オフィス環境 オフィスレイアウト ITツールの導入 影響 オフィスが分散 都心に全員分のスペースが不要に 多様なオフィスの使い方 会社の雇用・人事評価制度 多様な働き方 (出所 )ザイマックス不動産総合研究所 2. 企業の最重要課題は 「生産性の向上 」 ルと通信環境の進化により、オフィス以 目の一つであった。また、オフィスの 外の場所でも仕事することが可能に 需要面積については、 (オフィスワー なってきている。例えば、iPhoneは カー数 ) ×( 1 人あたり面積 )の式で 2007年、iPadは2010年に販売開始さ 説明され、人の増減により必要となる 生産年齢人口の減少、経済状況 れたが、このようなICTツールを使って 面積が増減するのが従来の一般的 の変化、ICTの進化など、企業を取り 電車のなかやカフェなどで仕事をする な理解であろう。しかし今後、企業が 巻く様々な環境の変化は著しい。そ 姿は、もはや珍しくない光景となってき オフィスワーカーの働き方を多様化さ のなかで、企業は、生産性の向上、 ている。 せていくと、今までより働く場所と時間 業務の効率化、ワークライフバランス、 こういった変化は、立地や面積と が分散することで、オフィスの立地選 女性・中高年層や外国人等の多様な いった企業のオフィス戦略にも影響を 択やオフィス面積の考え方が変化し 人材の活用等、多くの課題に取り組 与える可能性がある。企業にとって、 ていく可能性がある。これからは、オ んでいかなければならない。 オフィスの立地やビルの選択は企業ブ フィス需要を捉えるにあたり、多様化 ランドや信用力を示す一つの物差し する「働き方 」とオフィス利用の変化 OECD加盟国34か国中、 日本は21位 であるため、オフィス選択の諸項目の による影響を考慮する必要があるの ( 2014 年・全産業 ) とその労働生産性 中でも、従来立地は重要視される項 ではなかろうか【 図表 2 】。 特に、生産性の向上については、 の低さが問題とされ、安倍政権の成 注2 ザイマックス総合研究所では、全国主要都市のオフィスビルに入居中のテナント企業に対し、継続してアンケート調査を実施している。2015 年はモバイルワーク などの働き方、オフィスの立地戦略等について、現状と今後の意向に関する調査を実施した。調査概要及び詳細は、以下 URL にて参照可。 https://soken.xymax.co.jp/2015/11/18/151118-workstyle_and_office_space_use_survey_2015/ 56 ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.29 Practical Study & Research 長戦略においても、特に低いとされる サービス産業の生産性向上が重要 課題としてうたわれている。製造業に ついては、従来より、技術革新、海外 図表 3 働き方の取組み状況(複数回答 ,n=1,137) 0% モバイルワークができるように、従業員に ノートPCやタブレット端末などを支給 向上したといわれる一方で、サービス 在宅勤務制度の導入・活用促進 産業の場合、人材にもっぱら頼ってお また、サービス産業にとって生産性の 向上は、製品を安く多く作ることでは なく、より付加価値を高くすることが要 求されるという難しさもあるといえる。 また、企業にとって、オフィスとは、 企業不動産の主なコア資産であり、 人がそこで働くことで、企業収益に貢 60% 12% 7% している 9% 7% 19% 50% していないが検討している 0% 20% モバイルワーク(社外でメールやスケジュールが チェックできるIT環境・仕組み)の活用 65% 80% 100% 5% 8% 54% 23% 7% 12% モバイルワークができるように、従業員に ノートPCやタブレット端末などを支給 54% 20% 8% 13% 在宅勤務制度の導入・活用促進 18% 22% 21% そう思う どちらかと言うとそう思う そう思わない わからない 29% どちらかと言うとそう思わない 図表 5 働き方の課題(複数回答 ,n=1,137) 0% 50% 36% 35% 52% 従業員のモチベーション向上 42% 34% 長時間労働の是正 29% 従業員のリフレッシュ促進 28% 成果に対する適正な評価 25% 仕事と育児・介護などを両立させる従業員の支援 23% BCP対策(災害時などの事業継続計画) 20% 従業員の長時間通勤の負担軽減 離職率の低下 18% 多様な人材(女性・高齢者・外国人など)の活用 18% 17% 従業員の移動コストの削減 11% 新規採用の効率化 特になし 100% 76% ワークライフバランス で2015 年に実施した「働き方とオフィ 1% モバイルワーク(社外で会社のサーバーに アクセスできるIT環境・仕組み)の活用 オフィスコストの削減 そこで、以下より、ザイマックス総研 20% 18% 「生産性」をあげ、より高い付加価値 備するかは非常に重要な観点になる。 3% 12% 60% 社内のコミュニケーション活性化 が最大限に発揮される環境をどう整 18% 興味はあるが検討していない 40% るといえる。つまり、オフィスでいかに ために、いい人材を採用し、その能力 1% 図表 4 中長期的な働き方の意向・方向性(複数回答 ,n=1,137) 献するいわば「知的生産の場」であ いて非常に重要なテーマであり、その 13% 12% 不明 業務の効率化・生産性の向上 を生み出していくかは、企業経営にお 100% 12% 18% 58% 今のところ関心がない 80% 5% 52% り、製造業のような機械化や生産拠 向上することが難しいのが実情だ。 40% 70% モバイルワーク(社外で会社のサーバーに アクセスできるIT環境・仕組み)の活用 への生産拠点移転などで生産性が 点の移転がしづらく、すぐに生産性を 20% モバイルワーク(社外でメールやスケジュールが チェックできるIT環境・仕組み)の活用 3% ス利用に関するアンケート」調査結果 ワークの導入など、オフィス以外の場 (回答 1,137 社 ) をもとに、企業の取り 所でも働ける環境の整備を進めてい また、 「在宅勤務制度の導入」に 組み実態と今後の意向についてみて ることがわかった。ICTツールを使った 取り組む企業は約2割であり、今後は いきたい。 「モバイルワークの導入 」に取り組む 倍の4割の企業が前向きに取り組む 企業は約 6~ 7 割(「している」「し 3.企業アンケート結果からみる 「働き方 」と「オフィス」 3】 【 図表 4 】 。 意向を示している。 ていないが検討している」と回答した 今回の調査で、企業が働き方につ 企業の合計割合、以下同様 ) に達し いての課題としてあげたのは、 「業務 ており、今後、中長期的( 3~ 5 年程 効率化・生産性の向上」がトップであ (1 ) 働き方について ( 実態と今後の 度) には約 8 割が前向きな取り組みの り、 「働き方」が生産性の向上と密接 意向、課題と理想的な働き方を 意向(「そう思う」「どちらかというと に結びついていることがうかがえる。 阻害する要因) そう思う」と回答した企業の合計割 次いで「従業員のモチベーション向 合、以下同様 ) を示している【 図表 上 」「社内のコミュニケーション活性 アンケートにより、企業はモバイル January-February 2016 57 Business Trend 化」と基本的に前向きな課題が挙げ られた【 図表 5 】。企業はこういった 課題への対策として、モバイルワーク や在宅勤務制度の導入、多様な人 図表 6 働き方の意向に対する阻害要因(複数回答 ,n=1,137) 0% 40% 勤怠管理が難しい 情報漏えいのリスクに対する懸念 するなど、働き方をより柔軟にする取り 人事評価が難しい 60% 45% 成果の測定が難しい 材の働く場所や時間の自由度を高く 組みを志向していると推察される。 20% 40% 38% 31% 費用対効果が不明瞭 29% 一方、こういった柔軟な働き方を実 現 するための阻 害 要 因としては、 「 勤怠管理の難しさ」「 成果測定が 難しい」「 情報漏えいのリスク」など の人事評価や情報管理の制度・仕組 みに関わるものがあげられた【 図表 図表 7 オフィスの取り組み状況(n=1,137) 0% 20% 従業員が外出先で使える 7% 4% 「サードプレイスオフィス」などを用意 従業員の自宅近郊でオフィスと同様に働ける 4% 「サテライトオフィス」などを用意 3% 40% 60% 17% 80% 56% 100% 16% 11% 70% 13% 2% 従業員の職住近接が期待できる立地選び 5% 10% 71% 12% 6】 。また、国交省が就業者を対象に フリーアドレス制を活用し、 オフィススペースを高効率化 行った「 平成 26 年度テレワーク人口 リフレッシュスペースの設置 実態調査 注 3 」の結果をみても、弊社 オープンなミーティングスペースの設置 の調査結果と同様に、人事制度や仕 12% 7% 29% 55% 6% 25% 41% している 組みに関する要因がテレワークの阻 18% 6% していないが検討している 今のところ関心がない 7% 32% 20% 27% 8% 6% 興味はあるが検討していない 不明 害要因としてあげられている。具体 の充実や育児・介護などと仕事の両 的には、雇用者テレワーカーのうち、 立などが期待されるはずであるが、 の意向、理想のオフィスの阻害 テレワーク時間を減らしたいと答えた 仮に、ICT 活用が進み、オフィス以外 要因) 人の理由として、 「 労働時間が長くな の場所でもオフィス同様に働ける在宅 次に、働く場所であるオフィスにつ る」が最も多くあげられており、また、 勤務制度やモバイルワークの導入が いての実態と将来の意向をみてみよ テレワークをしていない雇用者で、テ 今後増えたとしても、ワーカーの勤怠 【 図表 8 】 。サードプレイ う【 図表 7 】 レワークをしたくないと答えた人の理 管理や成果測定・人事評価などの制 スオフィス注 4 やサテライトオフィス注 5 な 由として、 「 労 働 時 間が長くなる」 度の導入及び適切な運用が伴わな ど、本社オフィス等以外に働く場所を 「 (テレワークを活用した) 仕事をする ければ、本来の生産性の向上にはつ 用意・検討している企業は1 割程度と 設備環境が整っていない」が多くあ ながらないであろう。当のワーカー自 現状は多くない【 図表 7 】。しかし今 げられている。本来は、通勤や移動 身が、実際に業務効率化や生産性 後の意向では、サードプレイスオフィ の時間が短縮されるなど、効率よく時 の向上を実感できるような運用や環 ス、サテライトオフィスともに現状の導 間を使うことで、ワークライフバランス 境の整備が必要だといえるだろう。 入・検討率を上回った【 図表 8 】。オ (2 ) オフィスについて ( 実態と今後 注3 http://www.mlit.go.jp/report/press/toshi02_hh_000046.html この調査でのテレワーカーとは、仕事で IT を利用している人かつ、自分の所属する部署のある場所以 外で、IT を利用できる環境において仕事を行っている人としている。また、自宅(自宅兼事務所を除く)で IT を利用できる環境において仕事を少しでも行って いる人を含む。 注4 従業員が外出先(主にターミナル駅周辺)で、オフィス同様の環境(IT・セキュリティ面)のもと働ける補助的なワークプレイス 注5 従業員の自宅近郊で主たるオフィスと同様に働ける郊外型のオフィス 58 ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.29 Practical Study & Research フィス内の取り組みの意向について も、座席のフリーアドレス化は約 4 割、 リフレッシュスペースの設置は約 8 割、 図表 8 中長期的なオフィス施策の意向・方向性(n=1,137) 0% 費用対効果が不明瞭 も約 8 割と、多くの企業がオフィス内を 移転コストが高い いきたいと考えていることがわかった。 また、理想的なオフィスの実現に対 40% 60% コストがかかる オープンなミーティングスペースの設置 効率的に働きやすい空間へと変えて 20% 51% 39% 37% 社内調整が難しい、手間がかかる 31% レイアウト工事の手間 17% する阻害要因のトップ3は「コストが かかる」 「費用対効果が不明瞭 」 「移 転コストが高い」であった。オフィス に関しては、コスト意識が重く感じら れていることがわかる【 図表 9 】。 図表 9 オフィスの意向に対する阻害要因(n=1,137) 0% 20% 40% コストがかかる 51% 費用対効果が不明瞭 39% 移転コストが高い (3 ) オフィス施策に前向きな企業の 特徴 このように、働き方については、モ バイルワークなど場所に拘らずに働け る動きが進んでいるのに比べて、働き 方の変化に適応するようなオフィス施 策については、未だ全体的な動きとし ては見られていない。しかしより詳しく みてみると、将来的なオフィス施策に 対してより前向きな一部の企業には、 いくつかの特徴がみられた。 一つ目の特徴は企業規模による違 いである。従業員数が301 名以上の 企業は、300 名以下の企業と比べて、 モバイルワークや在宅勤務制度を導 入・検討している割合が高く、また、 【 図表10 】にあるオフィス施策に対す 60% 37% 社内調整が難しい、手間がかかる 31% レイアウト工事の手間 17% 図表 10 従業員数別にみる今後の働き方とオフィス施策の意向 (「そう思う 」 「どちらかというとそう思う 」合計割合 ) 0% 20% 40% 在宅勤務制度の導入・活用促進 部署・機能ごとにそれぞれ効率的な立地に オフィスを分散させる 従業員が外出先で使える「サードプレイスオフィス」 などを用意 '従業員の自宅近郊でオフィスと同様に働ける 「サテライトオフィス」などを用意 フリーアドレス制を活用し、 オフィススペースを高効率化 60% 38% 80% 90% 46% 31% 24% 20% 27% 23% 15% 35% 48% リフレッシュスペースの設置 75% オープンなミーティングスペースの設置 集中ブース、作業スペースなど、オフィス内に 多様なワークエリアを設置 従業員301名以上(n=324 ) 73% 65% 83% 82% 76% 従業員1∼300名(n=813 ) る意向も高いことがわかった。 二つ目の特徴は、モバイルワークの でも導入・検討している企業は、 してい ドプレイスオフィスやサテライトオフィス 導入・検討状況による違いである。モ ない企業に比べてオフィス施策に対す の活用といった、オフィスの立地分散 。特に、サー る意向が高い【 図表11 】 に関する施策については、モバイル 注6 バイルワークの取り組み のうち一つ 注6 ここでは「移動中や出先など、オフィス以外の場所でメールやスケジュール がチェックできる IT 環境・仕組みの活用」、「移動中や出先など、オフィス以外の場 所で会社のサーバーに アクセスできる IT 環境・仕組みの活用」、「モバイルワークができるように、従業員にノートパソコンやタブレットなどの IT 端末を支給する」 の 3 種類を指す。 January-February 2016 59 Business Trend ワークを導入・検討していない企業の2 倍以上の意向があることがわかった。 図表 11 モバイルワークの導入状況別にみる今後の働き方とオフィス施策の意向 (「そう思う 」 「どちらかというとそう思う 」合計割合 ) 0% 20% 在宅勤務制度の導入・活用促進 (4 ) 各種の取組みが進んでいる企 業の今後の意向 それでは、現在すでにモバイルワー クや在宅勤務、その他オフィスの様々 な施策に取り組んでいる企業は、今 後その取り組みに対してどのような意 向を持っているのであろうか。 の各施策につい 以下の【 図表12 】 従業員の自宅近郊でオフィスと同様に働ける 「サテライトオフィス」などを用意 フリーアドレス制を活用し、 オフィススペースを高効率化 と高い割合で前向きな意向を持って 20% 44% 19% 85% 52% オープンなミーティングスペースの設置 82% 53% 集中ブース、作業スペースなど、オフィス内に 多様なワークエリアを設置 76% 42% モバイルワークの取り組みを1つ以上導入・検討している(n=890) モバイルワークの取り組みを全く導入・検討していない(n=247) いが検討している」 と回答した企業だ みてみると、各施策に対して9 割前後 90% 25% 11% リフレッシュスペースの設置 て、それぞれ「している」「していな けを抽出し、今後の取り組み意向を 80% 29% 15% 9% 60% 47% 18% 部署・機能ごとにそれぞれ効率的な立地に オフィスを分散させる 従業員が外出先で使える 「サードプレイスオフィス」などを用意 40% 図表 12 働き方とオフィスの取り組み状況別にみる今後の意向 フリーアドレス制を導入・検討している企業 のうち、93%が今後も取り組む意向 在宅勤務制度を導入・検討している企業のう ち、87%が今後も取り組む意向 いる注 7ことがわかった。このような企 業は「 施策を評価し、今後も続ける n=226 n=221 意思がある」 と捉えることができるだろ う。現状の導入・検討率が約 1 割にと どまったサードプレイスオフィスやサテ についても、す ライトオフィス【 図表 7 】 93% 87% サードプレイスオフィスを導入・検討してい る企業のうち、59%が今後も取り組む意向 サテライトオフィスを導入・検討している企 業のうち、57%が今後も取り組む意向 でに導入・検討している企業に限ると 約 6 割は前向きな意向を持っているこ とがわかった。 n=128 n=76 59% 57% 以上のことより、モバイルワークや 在宅勤務の導入、またオフィスの様々 な施策など、働き方を変化させている そう思う&どちらかと言うとそう思う そう思わない&どちらかと言うとそう思わない わからない 企業は、さらに生産性を向上するた めに、今後のオフィス施策に対する投 は引き続き、働き方を柔軟に変化させ よく生産的に働ける制度や仕組みと 資意識にも前向きな傾向がみえるとい ていくなか、オフィスを、コスト削減だ それを促進するオフィスをどう整備す えるだろう。 けを意識するコストセンターではなく、 るかに取り組むことが重要となる。今 オフィス環境の生産性向上につい いかに生産性を向上し、付加価値を 回の調査結果から、大企業や既に働 ては語られて久しいが、企業はオフィ あげていくかというプロフィットセンター き方を柔軟に変化させている一部の スについては、これまでコスト削減を として位置づけていくことが必要となろ 企業にその兆しが見えているといえる 優先してきたといえよう。しかし、企業 う。企業はそのために、社員が効率 のではないか。 注7 ここでは、「そう思う」「どちらかというとそう思う」と回答した企業を、「前向きな意向を持っている」と判断する。 60 ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.29 Practical Study & Research 4. 今後のオフィス需要の 変化についての考察 ここであらためて、企業はなぜ働き 方を柔軟に変化させているか、また 今後も促進しようとしているかについ て考えてみる。そのうえで、働き方の 図表 13 働き方とオフィスの取り組み状況別にみるオフィスの 1 人当たり面積 (単位:坪 ) 0 1 2 3 4 モバイルワーク(移動中や出先など、 オフィス以外の場所でメールやスケジュールが チェックできるIT環境・仕組み)の活用 3.71 4.39 3.08 在宅勤務制度の導入・活用促進 3.96 3.00 座席のフリーアドレス化 (個人の席を固定しない) 変化による今後のオフィス需要の変化 5 4.00 している&していないが検討している 興味はあるが検討していない&今のところ関心がない について考察する。 【 図表1 】でみたとおり、現状、企業 をとりまく社会環境の変化は激しく、 測される方向性を示したものである。 企業が抱える課題は、人材難による 多様な人材活用が進むことで、 働く場所が分散する 採用強化、女性や高齢者などの多様 1人あたり面積が変化する な人材活用、従業員のワークライフバ 今回の調査では、モバイルワーク するリスクを補うために、今後、育児 ランスや生産性の向上、コスト効率化 や在宅勤務、座席のフリーアドレス化 や介護などを抱える人や高齢者、外 など、多岐にわたっている。企業が、 などに取り組んでいる企業は、取り組 国人などの雇用が促進されると、彼ら モバイルワーク導入など、働き方を柔 んでいない企業に比べて、従業員1 が働きやすいフレックスタイム制度や、 軟に変化させようとする背景には、進 人あたりのオフィス面積が小さいこと 労働時間ではなく成果による評価な 化を続けるICTの導入などにより業 がわかった【 図表13 】。これらの施 どの人事制度や仕組みの整備が進 務効率化・生産性の向上が期待でき 策が、結果的にオフィススペースの効 む可能性がある。また、彼らの働き方 ることや、育児や介護などを抱える多 率化に影響を与えている可能性があ に即したサテライトオフィスや在宅勤 様な人材の採用強化など、人事面で る。また、クラウド利用によるペーパー 務、職住近接などの働きやすい場所 の効果がある程度期待できることがあ レス化などによってもスペースはさらに の整備に対するニーズが顕在化する るのではないかと思われる。一方 、 効率化される。今後、オフィスの1 人 と、これまでのように都心に全員分の 多様化する働き方に適応するようなオ あたり面積が縮小する結果、オフィス スペースを必要とせず、それぞれの目 フィスの整備が進んでいない背景に 需要面積も縮小する可能性がある。 的と用途に即した場所にオフィスが分 は、阻害要因でみられたコスト意識 一方、今後のオフィス施策の意向 が重く、またそのようなオフィス施策に にみられたとおり、オープンなミーティン より得られる効果が相対的にみえづら グスペースやリフレッシュスペース、集 働く場所が複数になる いことがあるのではないかと思われ 中ブースなど、オフィス内に執務ス ICTツールやサービスの利用によ る。 ペース以外の多様な用途スペースを り、柔軟な雇用制度や勤怠管理の仕 しかし、今後、モバイルワークの導入 設けるニーズは高く、コミュニケーショ 組みが整えば、モバイルワーカーであ など働き方の多様化がさらに進むこと ンやモチベーションのアップをより重視 る営業マンなどが、移動時間を効率よ で、オフィスの内外でフレキシブルに働 することで、オフィス内で働きやすい く使って働けるオフィス外の複数の場 ける様々な仕組み・取り組みが促進さ 環境を整備する結果、オフィス需要 所・環境の整備に対するニーズが顕 れると思われる。それにより、 【図表 2 】 面積を下支えまたは底上げする可能 在化する可能性がある。例えば、直 でみたオフィス需要自体も今後多様化 性もあるといえる。 行直帰の自由度を高め、移動時間を する可能性がある。以下は、その予 現状のオフィスワーカー数が自然減 散・整備される可能性がある。 減らせるサードプレイスのようなオフィ January-February 2016 61 Business Trend スを企業が用意、整備することであ る。従業員は毎日特定のオフィスに 通勤するのではなく、企業が整備・用 図表 14 オフィス需要の方向性 分散 意した複数の働く場所を適宜選んで 利用し、働くようになるかもしれない。 以上はあくまでも可能性であるが、 企業が、オフィスワーカーの働き方の 自宅 サテライトオフィス く シェアオフィス 所 レンタルオフィス 支社・営業所 く場所と時間がフレキシブルとなり、オ 貸会議室 フィス需要も今後影響を受けることは オフィスと自宅の二択であった従業員 の「働く場所 」は、 「働き方 」が多様 化することで、より効率と生産性向上 コワーキングオフィス 場 多様化への取り組みを進めれば、働 否定できないだろう。従来、通勤する SOHOオフィス 働 集約 従来のオフィス 本社など オフィスワーカーの属性・働き方 固定・内勤型 モバイル・外勤型 集団・チーム作業 専門職・個人作業 始業・終業時間が固定 時間が柔軟・フレックスタイム (出所 )ザイマックス不動産総合研究所 をもとめて複数に分散し、選択される マーケットになる可能性がある【 図表 用形態が主である我が国において フィス」はともに連動している関係にあ 14 】 。オフィスマーケットからみれば、 は、特定のオフィスに通勤するため、 り、働き方を変化させるためには、オ 働き方と働く場所の選択肢が広がるこ 働く場所であるオフィスはひとつに固 フィスも変化させていくことが必要とな とで、今はオフィス用途やオフィスエリ 定されてきた。また、企業にとって、オ るからである。この認識が深まれば、 アとして認識されていないところにも、 フィスはコストセンターという意識が定 オフィスは単なるコストセンターではな 新しいオフィスの潜在的なニーズが見 着しており、コスト効率化が最も優先 く、プロフィットセンターとしても位置付 いだせる可能性があるかもしれない。 されるのが実態だといえる。 けられ、オフィス施策は企業経営に しかし、今後、生産年齢人口減を おわりに くことになろう。 上が掲げられるなか、今まで以上に 我々としては、引き続き、将来の需 本稿では、2015 年、弊社が実施し 企業には、従業員に魅力的な働きや 給ギャップが広がるリスクの回避に向 た「 働き方とオフィス利用に関するア すい環境を整備することが求められて けて、オフィス需要と密接に関係する ンケート」の調査結果を中心に、オフィ くる可能性が高い。企業は、今後も 働き方の変化を継続的に捉えること ス需要が働き方の変化によりどう影響 「働き方」 を多様化させていくにあたり、 で、将来のオフィス需要が変化する を受ける可能性があるのかについて 「オフィス」をどう戦略的に整備してい 可能性、さらにはオフィスマーケットの 考察を試みた。 くかということも合わせて考えていく必 方向性について、中長期的な視点で 要がある。なぜなら、 「働き方 」 と「オ 調査分析していく予定である。 労働時間で従業員を管理する雇 62 背景に、雇用の拡大や生産性の向 とって、 より重要な戦略の要になってい なかやま よしお いしざき まゆみ 1985年一般財団法人日本不動産研究所に入所、数多くの不動産鑑定・ コンサルティングに従事。2001年より11年間、ドイツ証券にてドイツ 銀行グループの日本における不動産審査の責任者を務める。12年より現 職。不動産全般に係る調査・研究およびザイマックスグループのPR等を 担当。不動産鑑定士、MAI、MRICS、CCIM。不動産証券化マスター養成講 座「102不動産投資の実務」及び「201不動産投資分析」の科目責任者。 ニューヨーク大学大学院不動産修士 課程修了。 1990 年リクルート入社、リクルートビルマネジメント( RBM ) 出向。オ フィスビルの運営管理や海外投資家物件のPM などに従事。2000 年 RBMがMBO にてザイマックスとして独立後、マーケティング部にて数多 くの投資家向けのマーケットレポートやデューデリジェンスなどを担当。 その後も、ザイマックス不動産マーケティング研究所(ザイマックス総研 の前身) 及び現ザイマックス総研で一貫して不動産マーケットの調査分析、 研究に従事。ザイマックスの不動産データベースの管理担当者。上智大学 外国語学部卒業。 ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.29 岡野先生の不動産歴史探訪 不動産業の 夜明け 江戸時代の武家地は幕府のものでしたが、町方地 の一部は売買の対象となっていたこともあり、江戸時 代の後半には既に豪商による実質的な不動産の所有 が始まっており、 「 町屋敷経営 」と呼ばれる賃貸事業 が成立していました。これは、町方の地主が所有する 土地や 、土地建物を地借あるいは店借に貸し付けし、 その対価として地代や店賃を得るというものなので、 現在の不動産賃貸業と変わるところはなさそうです。 しかしながら、例えば大火災後の不当な店賃の値上げ や 、類焼地以外の場所の便乗値上げを禁止するため 、 幕府の命により「地代店賃値上げ禁止令 」が出され 、 一定の制限がかけられることもあり、現在のような需 要供給バランスによって賃料水準が決定される自由競 岡野 淳 青山リアルティー・アドバイザーズ株式会社顧問 早稲田大学大学院ファイナンス研究科・ 中央大学商学部 非常勤講師 早稲田大学国際不動産研究所 招聘研究員 (ARES マスター M0600008) 争とは程遠い状況でした。また、町屋敷には武士・浪 人・切支丹・遊女・同居人等を置くことは許されないな ど、職業や身分によって居住の制限を受けるなど、賃 貸業ではあるものの 、徳川幕府の行政機能の一部を 代行しているともいえる状況だったわけです( 当時の 町方の支配構造は、町奉行→町年寄→名主→五人組・ 月行事→家守となっていました)。 そういった意味で、明治時代というのは、単に不動 産の私的所有権が認められただけではなく、名実とも に私的な不動産賃貸経営が解禁されたという意味で、 不動産業界にとっての新たな夜明けの時代と言うこと ができます。 これによって、現代的な不動産経営が始まりますが、 明治初年度から明治 31 年 (1898 年 ) の民法施行まで の間は、所有権の移転に関しては地租改正などの問題 おかの じゅん 早稲田大学商学部卒業、三井信託銀行(現三井住友信 託銀行)勤務後、株式会社スペースデザイン社長など を経て、青山リアルティー・アドバイザーズ株式会社顧問。 早稲田大学大学院ファイナンス研究科及び中央大学商 学部 非常勤講師 早稲田大学国際不動産研究所 招聘研究員 不動産証券化マスターで、マスター養成実務講座 202 「不動産ファイナンス」の講師でもある。 もありかなり厳密に決められたようですが、土地建物 の賃貸借については、最低限の規則しか決められてい なかったようです。それほど多くはありませんが、そ の中で面白そうなのが、明治 9 年 1 月に東京府が布達 した 「町規 」の中にあります。 それによると、当事者間の話合いによるとされては いるものの 、立退きに関する規定があり、借家は3か January-February 2016 63 図1 月、借地は6か月間を立退き 猶予期間とすることや 、敷金 を概ね店賃の 3 倍と規定する 条項があることなどは注目に 値します。 明治時代になって、 経営・契約・移動の自由が求め られる一方 、特に不動産賃貸 に関しては、行政の要請とい うよりも、賃借人側からの要 請によってこうした内容が盛 出典:平成 23 年 2 月 21 日 国土交通省国土計画局「国土の長期展望」中間取り纏め資料 り込まれたと言われており、 図2 当時から借地借家に関しては 賃借人を保護する流れがあっ たのでしょうね。 因みに、こ の町規はその他の内容も含め 評判が悪かったようで、翌年 出典:統計局 HP 資料より筆者編集 には取り消されてしまいました。不動産の賃借に関し ては、民法施行まで、実際に行われていた慣習などに また、昔は家長相続が一般的で、兄弟が多い場合に よる解決方法に委ねられることになりましたが、当時 は、長男以外は実家を継ぐことができず、実家に住む の考え方を知る上では興味深い話かと思います。 ことができませんから、居住の場所と生活の糧を得る ところで、こうした制度面の改正は順次行われてい ための職業を探すために、大都市圏へ人口が移動する きましたが、不動産業が発達していくためには、それ ことになります。大都市に職を求めて人口が移動する を利用する人たちの存在が無ければなりません。昨今 のは今でも同じかと思いますが、特に明治時代になっ は少子高齢化の影響から、居住人口の減少や労働力 て、移動の自由が保障されたこともあり、大都市への 人口の減少など不動産賃貸には逆風が吹いています 人口流入が急速に進んだことは想像に難くありません。 が、不動産業の発達のためには人口動態の問題は避 図 2 は明治時代初期のころに100 万人以上の人口が けて通れないことは皆さんご承知のことと思います。 あった都道府県の人口推移を表にしたものですが、現 勿論 、人口減少化の国では不動産業が発達しないと 在の大都市圏である、東京・名古屋・大阪・福岡等の人 言っているわけではありませんので、その点は誤解な 口が伸びていってる様子が分かると思います( 熊本は きようにお願いします。 以前は行政機関が多く設置されていた場所で、新潟は さて、図1は日本の人口推移を表したものですが、 港町として栄えていました)。 明治時代以降の人口の爆発的な伸びを見て取ること 明治時代に入り、現在の不動産業の基礎となる動き ができます。正直 、時代が変わっただけで何故こんな が急速に始まりました。次回もこうした動きを追って にも人口が急増することになったのかは良く知りませ みたいと思います。 んが 、こうした人口の伸びが不動産業発達の支えに 64 なったことは確かだと思います。 ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.29 Law, Accounting & Tax 不動産関連取引実務に対する 民法改正の影響(4) 井上 博登 長島・大野・常松法律事務所 弁護士 山中 淳二 長島・大野・常松法律事務所 弁護士 齋藤 理 長島・大野・常松法律事務所 弁護士 平成 27年 3月31日、民法改正法案 注 1 が閣議決 文) 。かかる規定は強行規定であり、契約で 20 年よ 定され 、国会に提出された。そこで、当職らは、複 りも長い存続期間を定めたときであっても、その期 数回に分けて、典型的な不動産取引に関連する諸 間は 20 年に短縮されるものとされていた ( 同項第 2 契約を取り上げ、民法改正によりそれらの契約の 文) 。 作成実務にどのような影響があるかを検討するこ ととしたい。本稿では、 「不動産賃貸借契約」に対 する民法改正の影響について述べる。 かかる旧法上の存続期間の上限については借地 借家法により修正されており、建物の所有を目的とす る土地の賃借権の存続期間は原則として30 年とし、 1.不動産賃貸借契約に影響を 与える主要な改正事項 (1 ) 賃貸借の存続期間の延長 契約で30 年より長い期間を定めることも可能とされ (借地借家法第 3 条、第 9 条)、また、建物の賃貸借 についても、旧法第 604 条の規定は適用されないも のとされていた (借地借家法第 29 条第 2 項 ) 。 不動産賃貸借契約に影響を与える主要な改正事 項の1点目は、賃貸借の存続期間が 20 年から50 年 に延長された点である。 かように借地借家法により修正されていることか ら、一般的な不動産取引において旧法第 604 条第1 項の存続期間の上限が問題となることは多くはない ア.旧法の規定 ところであるが、建物の所有を目的としない土地の 旧法では、賃貸借の存続期間は、20 年を超えるこ 賃貸借契約、例えば、ゴルフ場の敷地の賃貸借契 とができないとされていた ( 旧法第 604 条第1項第1 約や駐車場の賃貸借契約などでは長期の契約を締 注1 本稿では、民法改正法案により改正予定の条文につき、予定される改正後のものを「新法」、改正前のもの(現行のもの)を「旧法」と表記し、 改正が行われない予定である条文を引用する場合には「新旧民法」と表記するものとする。なお、条文を引用しない場合の「民法」とは、予定さ れる改正前後を通した民法典を指したものである。本稿を含めた本連載では、国会での法案修正がなされないことを前提として執筆していることに 留意されたい。 January-February 2016 65 結する際の妨げとなり得るところであった。また、近 ア.旧法下の判例法理 時は、いわゆる再エネ案件において、太陽光発電設 旧法下における判例においては、対抗要件を具備 備の設置を目的として20 年を超える期間にわたり第 した不動産賃貸借の目的たる不動産が譲渡された 三者の土地を使用する事例が多く、旧法第 604 条第 場合、特段の事情がない限り、賃貸人たる地位は賃 1項に基づく存続期間の上限が実務上の支障となっ 借人の承諾なくして譲渡人から譲受人に当然に移転 ていた注 2。 するものとされていた注 4。また、この点に関しては、 譲渡人と譲受人の間で、賃貸人たる地位を譲渡人に イ.新法における規定 新法では、賃貸借の存続期間が 20 年から50 年に 留保する旨の合意があるとしても、特段の事情には あたらないとする最高裁判例が存在した注 5。 延長されている (新法第 604 条第1項 ) 。なお、新法 の施行日前に締結された契約については、旧法第 かかる判例法理を前提とすると、賃貸用建物の 604 条第1項が適用されることに留意する必要があ オーナーが当該建物を譲渡し 、譲受人からリース る注 3。 バックを受けて、マスターレッシーとして引き続きテ ナントに対して賃貸を行うといったいわゆるセールア (2 ) 不動産の賃貸人たる地位の移転に係る規律 の明確化及び変更 ンドリースバック取引を行う場合注 6 、譲渡人から譲 受人に対する建物の譲渡に伴ってテナント賃貸借契 不動産賃貸借契約に影響を与える主要な改正事 約上の賃貸人たる地位も譲受人に当然に移転してし 項の2点目は、不動産賃貸借契約の対象である不動 まうこととなる。そのため、かかる取引を行う場合 産が譲渡された場合における賃貸人たる地位の移 は、テナント賃貸借契約上の賃貸人たる地位を譲渡 転についての判例法理が明文化されるとともに、実 人に留保するために、各テナントから個別の承諾 (い 務の要請を踏まえ、譲渡人と譲受人の合意により賃 わゆるテナント承諾) を取得する必要があり、実務上 貸人たる地位を譲渡人に留保することが可能とされ の負担となっていた注 7。 た点である。 注2 電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法に基づく再生可能エネルギーの固定価格買取制度において、20 年の調達期 間が適用される場合には、発電設備の設置及び撤去を含めて 20 年を超える期間にわたって土地を使用する必要がある。詳細は、齋藤理・市川瑛里 子「メガソーラー・プロジェクトにおける用地確保に関する諸問題」(2013 年、本誌 Vol.15(September-October 2013))参照。 注3 改正法附則第 34 条(贈与等に関する経過措置)第 1 項。なお、旧法が適用される賃貸借契約を更新する場合の更新後の期間については、新法が 適用される(同第 2 項)。 注4 大判大正 10 年 5 月 30 日、最判昭和 39 年 8 月 28 日、最判昭和 46 年 4 月 23 日 注5 最判平成 11 年 3 月 25 日 注6 不動産流動化・証券化においては、特定目的会社に建物を譲渡した上でリースバックを受ける場合、信託受託者に建物を信託譲渡した上でリースバッ クを受ける場合などが具体的には想定される。 注7 実務上は、テナント承諾が得られていないテナントについては、テナント承諾が得られるまでの間は譲受人からの直貸しとし、マスターリース契約の 対象から除外することにより、テナント承諾を建物の譲渡取引の前提条件とはしないという扱いをすることも多い。 66 ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.29 イ.新法における規定 ( 3 ) 修繕に係る規律の明確化 新法では、上記の判例法理を踏まえて、対抗要件 不動産賃貸借契約に影響を与える主要な改正事 を具備した不動産賃貸借において、その不動産が譲 項の3点目は、修繕に係る規律が明確化された点で 渡されたときは、賃貸人たる地位は当然に譲受人に ある。 移転する旨が明記されている ( 新法第 605 条の2 第1 注8 。また、従来の関連する判例法理注 9 に沿って、 項) ア.旧法の規定 賃貸人たる地位の移転は、賃貸物である不動産につ 旧法第 606 条第1項は、賃貸人は賃貸物の使用及 いて所有権の移転の登記をしなければ、賃借人に対 び収益に必要な修繕をする義務を負うとして、賃貸 抗することができない旨 ( 同条第 3 項 )、並びに賃貸 借における修繕義務の原則について簡略な規定を 人たる地位が移転したときは、必要費及び有益費の 置いているのみであった。 償還債務並びに敷金返還債務も当然に承継される の各規定が置かれている。 旨 注 10(同条第 4 項 ) イ.新法における規定 新法第 606 条第1項ただし書では、上記の原則を これらに加えて、上記のテナント承諾に係る実務 さらに明確化するべく、賃借人の責めに帰すべき事 上の不都合を踏まえ、不動産の譲渡人及び譲受人 由によって修繕が必要となった場合は賃貸人の修繕 が、賃貸人たる地位を譲渡人に留保する旨及びその 義務の例外となる旨が規定されている。 不動産を譲受人が譲渡人に賃貸する旨の合意をし たときは、賃貸人たる地位は譲受人には移転しない また、新たに設けられた新法第 607条の2では、 旨の規定が新たに設けられた ( 新法第 605 条の2 第 賃借物の修繕が必要である場合において、①賃借 2 項第1文) 。これにより、新法施行後は、上記のよ 人が賃貸人に修繕が必要である旨を通知し、若しく うなセールアンドリースバック取引の事例では、テナ は賃貸人がその旨を知ったにもかかわらず、賃貸人 ント承諾は不要となる。もっとも、その地位が賃借 が相当の期間内に必要な修繕をしないとき、又は② 人から転借人に変わることによるテナントの不利益 急迫の事情があるときは、賃借人が自ら修繕をする を考慮して、譲渡人と譲受人又はその承継人との間 ことができる旨が規定されている。賃借人がかかる の賃貸借が終了したときは、賃貸人たる地位は自動 規定に基づき修繕を行った場合、その費用を必要費 的に譲受人又はその承継人に移転するものとされて として賃貸人に対して請求することとなろう注 11。 いる (同項第 2 文) 。 注8 新法第 605 条の 3 は、賃借人の承諾を要しないで、譲渡人と譲受人との合意により、賃貸人たる地位を移転させることができる旨を規定しており、 新法第 605 条の 2 第 1 項との関係が分かりにくいところであるが、 新法 605 条の 2 第 1 項は対抗要件を具備した不動産賃貸借に適用される規定であり、 新法第 605 条の 3 は対抗要件を具備していない不動産賃貸借に適用される規定である。 注9 最判昭和 49 年 3 月 19 日、最判昭和 44 年 7 月 17 日、最判昭和 46 年 2 月 19 日等。 注 10 なお、最判昭和 44 年 7 月 17 日は未払賃料債務に充当した後の残額のみが承継されるとしているが、新法第 605 条の 2 第 4 項においては、敷金返 還債務が当然に承継されるという点のみが明文化されている。 注 11 なお、民法(債権関係)の改正に関する中間試案の補足説明 458 頁においては、賃借人が必要な修繕をしたことにより民法第 608 条第 1 項の必要 費償還請求権が生ずるかどうかは、同項の要件を満たすかどうかによって決せられるため、当該修繕が新法第 607 条の 2 の修繕権限に基づくものか どうかという問題とは切り離して判断されることを前提としているものと説明されている。 January-February 2016 67 (4 ) 一部滅失等による賃料の減額及び解除に係 る規律の変更 (もっとも、残存する部分のみでは賃借人が賃借をし た目的を達することができないとき、との要件は維 不動産賃貸借契約に影響を与える主要な改正事 持されている。 )ほか、旧法とは異なり、賃借人の帰 項の4 点目は、賃借物の一部滅失等があった場合に 責事由の有無にかかわらず解除が可能とされてい おける賃料の減額及び解除に係る規律が変更され る。 た点である。 ( 5 ) 原状回復に関する規律の明確化 ア.旧法の規定 不動産賃貸借契約に影響を与える主要な改正事 旧法第 611条では、賃借物の一部が賃借人の過失 によらないで滅失したときは、賃借人は、その滅失 項の5点目は、賃借物の原状回復に関する規律が明 確化された点である。 した部分の割合に応じて、賃料の減額を請求できる ものとされ ( 同条第1項 )、かかる場合において、残 ア.旧法の規定 存する部分のみでは賃借人が賃借をした目的を達す 旧法における賃借物の原状回復に関する規定とし ることができないときは、賃借人は契約の解除をす ては、旧法第 616 条において使用貸借に関する旧法 ることができるものとされていた (同条第 2 項 ) 。 第 598 条が準用されているのみであり、かつ、旧法 第 598 条は、借主は、借用物を原状に復して、これ イ.新法における規定 に附属させた物を収去することができるとして、その 新法第 611条第 1項では、賃料減額の要件が拡 大され 、一部滅失に限定せず、 「賃借物の一部が滅 文言上は、賃借人の権利を規定しているに留まって いた。 失その他の事由により使用及び収益をすることが できなくなった場合」と規定されている。 「その他の イ.新法における規定 事由」としては、故障や不具合による場合、建築関 使用貸借に関する新法第 599 条第1項及び第 2 項 連法令、消防関連法令等の制限による場合のほか において、借主が借用物を受け取った後にこれに附 様々な事由が想定されるほか 、今後新たな類型の 属させた物についての借主の収去権とともに収去義 事由が主張される可能性もあるところであり、十分 務が明記された。もっとも、同条第1項ただし書に 注 12 留意する必要がある 。 おいて、借用物から分離することができない物又は 分離するのに過分の費用を要する物については収去 また、同項に基づく賃料減額については、賃借人 の請求がなくても、その使用及び収益をすることが 義務の例外とされている。かかる規定は新法第 622 条において賃貸借について準用されている。 できなくなった部分の割合に応じて、当然に減額さ れるものと変更されている。 また、賃貸借についての原状回復義務の規定 (新 法第 621条)が新設され 、通常の使用及び収益に 新法第 611条第 2 項に基づく賃借人の解除権につ よって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変 いては、同条第1項と同様に、解除の要件を一部滅 化を除く注 13 賃借物を受け取った後に生じた損傷に 失に限定せず「 その他の事由」が追加されている ついて、賃借人は原状回復義務を負うが、賃借人の 注 12 消費者契約において新法第 611 条第 1 項についての特約を設ける際は消費者契約法第 10 条に留意する必要がある。 注 13 最判平成 17 年 12 月 16 日の判例法理を明文化したものである。 68 ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.29 責めに帰することのできない事由によるものである 法第 605 条の4 )、転貸された賃借物について賃貸 ときは、賃借人は原状回復義務を負わないとされて 人と賃借人による賃貸借の合意解除を転借人に対 注 14 いる 。 抗することができないとする判例法理の明文化 (新 法第 613 条第 3 項 )、賃借物の全部滅失等による賃 (6 ) その他 貸借の終了に係る判例法理の明文化 ( 新法第 616 条 以上のほか、不動産の賃借人による妨害排除請 求権及び返還請求権に係る判例法理の明文化 (新 の2 )及び敷金に係る基本的な規律の明文化 ( 新法 第 622条の2 ) といった改正がなされている。 注 14 なお、借地借家法が適用される場合、借地借家法第 13 条(建物買取請求権)及び第 33 条(造作買取請求権)についても留意する必要がある。 いのうえ ひろと やまなか じゅんじ さいとう まこと 1998 年東京大学法学部卒業、2000 年長 島・大 野・常 松 法 律 事 務 所 入 所。2005 年 Columbia Law School に留学し、 LL.M. を取得、 2006 年 London School of Economics and Political Science に て LLM Banking Law and Financial Regulation を 取 得、2006 年 に帰国。2010 年から 2013 年まで東京大学 法学部非常勤講師。 不動産、不動産ファンド、不動産ファイナンス、 1998 年東京大学法学部卒業、2000 年長島・ 大野・常松法律事務所入所、2005 年 DUKE 大学ロースクー ル卒業。2005 年 9 月から 2006 年 9 月まで Kirkland & Ellis LLP(Los Angeles Office)にて勤務。現在は、不動産開 発、不動産ファンドや JREIT の組成、不動産関 連会社に関する M&A 案件、CMBS などの不 動産証券化案件、その他不動産に関する取引を 全般的に取り扱っている。 1999 年東京大学法学部卒業、2000 年長 島・大野・常松法律事務所入所、2006 年 University of Michigan Law School 卒業。 ヘルスケア施設、ホテル等を対象とする不動産 流動化・証券化、メガソーラー等インフラ案件 を多数取り扱うほか、ファイナンス、コーポレー ト等、企業法務全般にわたりリーガルサービス を提供している。 不動産証券化、J-REIT 等の案件を中心として取 扱い、ジョイントベンチャー、M&A についても 幅広い経験を有し、日本国内外を問わず、多様 な業種のクライアントを代理している。 January-February 2016 69 Law, Accounting & Tax 不動産ファンドに関する国際財務報告基準 第40回 国際財務報告基準による 財務諸表–投資不動産 清水 毅 プライスウォーターハウスクーパース株式会社 パートナー 公認会計士 (ARES マスター M0600830) 太田 英男 藪谷 峰 PwC あらた監査法人 パートナー 公認会計士 PwC あらた監査法人 第 3 金融部 ディレクター 公認会計士 ます。ただし、当該開示の例については、IFRSで はじめに 本連載は,不動産ファンドに関係する国際財務報 唯一認められたものではないことに注意してくださ い。なお、文中意見に関する箇所については、筆者 の個人的な見解です。 告基準 ( 「 IFRS 」 ) の動向および IFRSの基本的な考 え方を解説することを目的として連載しています。 PwCは、定期的に、各産業別にIFRSに基づく財務 諸表の例を公表しています。2015 年11月に、 「 IFRS 設例」は、架空のInvestment Property社 「 Illustrative IFRS consolidated financial (以下「当社 」 ) およびその子会社 (あわせて以下「 IP statements 2015 - Investment property (以 下 グループ」とする。 ) が、英国、ドイツおよび香港に不 「 IFRS 設例 」とする) ( https://www.pwc.com/ 動産を保有していて、投資不動産の開発およびオ ee/et / home/maja a st a a r ua nded /2 015% 2 0 フィスビルの建設を行っているという仮定のもと、作 illustrative%20investment%20property.pdf )を 成されています。 公表しています。今回は、 「 IFRS 設例」の中から、 70 1. 一般的情報 IPグループの連結財務諸表は、 「 国際会計基準 筆者が興味深いと思った開示項目を紹介したいと思 審議会 ( IASB )によって公表されたIFRSとIFRS います。 「 IFRS 設例」において、PwCは、投資不動 解釈指針委員会 ( IFRSIC ) によって公表された解釈 産を保有する会社のIFRS 基準で作成された連結 指針に準拠して作成されています。 」と注記「2.1.作 財務諸表について、不動産 ( 国際会計基準第 40 号 成根拠 」に記載されています。 「投資不動産 」および同第 2 号「棚卸資産 」 ) に焦点 IPグループの連結財政状態計算書は、 「図表1」の をあてて、なるべく現実的な開示の例を作成してい ように例として作成されています。同様に連結包括 ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.29 図表 1 図表 2 連結財政状態計算書 資産 2015年 2014年 12月31日 12月31日 固定資産 投資不動産 有形固定資産 売却可能金融資産 のれん 繰延税金資産 616,855 132,788 767 1,599 933 600,387 103,178 1,041 496 750 752,942 705,852 棚卸資産 15,917 売上債権 3,742 前払オペレーティング・リース料 6,844 売却可能金融資産 1,578 金融派生商品 1,464 現金および現金同等物 905 5,885 6,958 478 1,196 35,152 流動資産 売却目的として分類した 非流動資産 資産合計 資本 30,450 989 31,439 784,381 親会社の所有者に帰属する持ち分 資本金 62,720 資本剰余金 10,606 利益剰余金 494,791 資本合計 負債 固定負債 借入金 テナントからの預り金 繰延税金負債 流動負債 買掛金およびその他の債務 借入金 テナントからの預り金 金融派生商品 未払法人税等 引当金 売却目的の固定資産に関 連する負債 負債合計 負債および資本合計 49,669 5,421 55,090 760,942 62,720 4,787 490,153 連結包括利益計算書 12月31日を終了日とする事業年度 収益 投資不動産評価益 地代費用 修繕及び保守費 不動産に係るその他の直接営業費用 人件費 前払オペレーティング・リース料の償却 前払手数料の償却 有形固定資産の減価償却費 損益を通じて計上される金融商品の公 正価値の純変動 その他費用 2015 42,354 7,660 (1,736) (7,656) (1,212) (1,448) (104) (237) (5,249) 2014 40,088 5,048 (1,488) (2,801) (1,315) (1,400) (104) (212) (2,806) 571 520 (1,496) (2,029) 金融収益 金融費用 1,915 (8,025) 1,042 (11,640) 税引前利益 法人税 25,337 (6,056) 22,903 (6,152) 営業利益 純金融費用 当期利益 31,447 (6,110) 19,281 その他の包括利益 当期利益にその後に振替えられる可能性のある項目 為替換算調整勘定 5,799 売却可能金融資産の価値の変動 20 33,501 (10,598) 16,751 1,247 2 その他の包括利益 当期包括利益 5,819 25,100 1,249 18,000 568,117 557,660 当期利益の帰属 親会社の所有者 19,281 16,751 107,224 1,978 52,670 102,804 2,247 49,038 当期包括利益の帰属 親会社の所有者 25,100 18,000 0.48 0.42 161,872 154,089 45,562 2,192 590 595 4,735 550 54,224 36,083 2,588 608 747 4,392 1,601 46,019 168 216,264 784,381 親会社の所有者に帰属する一株あたりの当期利益 3,174 203,282 760,942 利益計算書は、例として「図表2」のように作成され れる予定で建設または開発されている不動産 ています。 が含まれています。 オペレーティング・リースの下で保有されたてい 2.投資不動産の会計方針 投資不動産の会計方針については、注記「2.5 投 資不動産 」においてかなり詳細に記載されています。 主な記載は以下のとおりです。 る土地は、投資不動産の定義の要件を満たす 場合、投資不動産として分類し、会計処理して います (筆者注;土地の賃貸借権については、公 正価値処理を選択することが可能です。 ) 。 投資不動産は、関連する取引コストと借入コスト ( 該当がある場合) を含めた取得原価で当初に (1 ) 投資不動産の定義および範囲に関する記載 長期賃貸収益またはキャピタル・ゲインあるいは 測定し、認識します。 当初認識後は、投資不動産は公正価値で計上 その両方のために保有され 、連結グループ内の されます (筆者注;IPグループの選択です。 ) 。 会社によって占有されていない不動産は、 「投 建設中の投資不動産で、信頼性をもって公正価 資不動産 」として分類されます。 投資不動産には、将来投資不動産として使用さ 値を測定することができないものは、取得原価 (減損控除後) で測定します。 January-February 2016 71 公正価値が信頼性をもって測定可能になった時 または、工事が完了した時のいずれか早いタイ の価格設定を行う時に市場参加者が用いると 考えられる仮定などを反映しています。 ミングにおいて、当該不動産は公正価値で測定 されます。 (3 ) 修繕費および資本的支出について 取得後の支出は、当該支出に関連する将来の (2 ) 投資不動産の公正価値に関する記載 経済的便益がグループに流入することが確実に 公正価値は、活発な取引が行われている市場 見込まれ 、関連するコストを信頼性をもって測 価格に基づいていますが、必要に応じて特定の 定することができる場合にのみ、資産の帳簿価 資産の性質、場所や条件の違いについて調整し 額として資産計上されます。 ています。 上記の情報が利用できない場合、IPグループ 上記以外の修繕費及び保守費用は発生時に費 用処理されます。 は、流動性の低い市場における直近の取引価 投資不動産の一部が取り替えられる際に、取り 格や、割引キャッシュ・フロー予測に基づく価格 替えられる部分については、帳簿価額から控除 などの代替的評価方法を使用しています。 されます。 公正価値の評価は、専門家として認知されてお り、当該評価の対象となる不動産の地域および 種類について直近の経験を有する適切な鑑定 人により、決算日において実施されています。 (4) リースの下で保有されている投資不動産に について リースの下で保有されている投資不動産に関す 投資不動産としての継続的使用のため再開発さ る評価額が、すべての支払見込みの控除後の れている投資不動産、または市場があまり活発 額となっている場合、連結財政状態計算書に でなくなってしまった投資不動産についても引 認識されている関連するリース負債の額を足し き続き公正価値で測定されています。 戻して、会計上の投資不動産の帳簿価額を算定 建設中の投資不動産の公正価値を信頼性を しています。 もって測定することが困難なときがあります。IP グループの経営者は、建設中の投資不動産の 公正価値を信頼性をもって測定することができ るかどうかを評価するために、以下の要因を考 慮しています: 工事契約の条項 工事工程 プロジェクト/ 不動産は、標準的であるか 特殊なものであるか (5 ) 公正価値の変動等について 公正価値の変動額は、包括利益計算書上、純 損益として計上されます。 投資不動産が処分された場合は、認識は中止 されます。 IPグループが独立企業間取引において、投資 不動産を公正価値で処分する場合、売却直前 の帳簿価額が取引価格になるよう調整し、その 工事完成後の入金の信頼性の程度 調整額を損益として投資不動産評価益に計上 当該不動産に特有の開発リスク しています。 同様の建設に関する過去の経験 建設許可の状況 ( 6 )投資不動産から他の資産( および他の資産 から投資不動産 ) への振替について 投資不動産の公正価値は、現在の賃貸契約か らの賃料収入および現在の市況下での不動産 72 ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.29 投資不動産が自己使用不動産となる場合は、 有形固定資産に再分類されます。 再分類された日の公正価値は、その後の取得原 価として計上されます。 たがって、建物の建設が完了したときにその不動産 の公正価値が確実なものになることが期待されるも 自己使用不動産の一部について、その用途が変 のの、経営陣は、この段階では決定できないと結論 更されて投資不動産になった際には、当該変更 付けました。従って、当該不動産は、取得原価で計 日における帳簿価額と公正価値の差異について 上されています。 は、国際会計基準第16号に基づいた「再評価」 と同様の方法で処理します。それにより不動産 (2 ) 自己使用不動産か投資不動産かの判断 の帳簿価額の増加となる場合は、過去の減損 ① IPグループは、当期中に、1つのオフィスビルを 損失の戻入となる範囲でその増加額を損益計 購入しました。IPグループは、その一部を投資 算書で認識します。残りの増加額は、その他の 不動産用とし、一部を自社使用として購入しまし 包括利益として認識し、株主資本の再評価剰 た。不動産の異なる部分について、別途売却す 余金に直接に計上します。 ることまたはファイナンス・リースに基づき個別に 不動産の帳簿価額の減少となる場合は、その リースすることは不可能となっています。 IPグルー 減少額を、まずその他の包括利益における以前 プは、25フロア中の24フロアを貸出し、残り1フ に認識された再評価剰余金に対して計上し、残 ロアを自社使用します。したがって、経営陣は、 りの減少額は損益計算書に計上します。 自社使用部分は重要でないと判断し、当該オフィ 投資不動産について用途変更があり、それが売 却を目的とした開発の開始によって裏付けられ る場合、当該不動産は棚卸資産に変更されま す。 会計上、棚卸資産としてのみなし原価は、その 用途変更時の公正価値を使用します。 スビル全体を投資不動産として処理することを決 定しました。 ② IPグループは、10 年のオペレーティング・リース 契約の下で国際ホテルグループが運営するホテ ルを保有しています。当該建物の構築物は、当グ ループの保険によってカバーされているものの、 IPグループは、このホテルグループから月額固定 3.会計方針を適用する際に 用いられた重要な判断 IPグループの会計方針を適用する際に用いられた 重要な判断については、注記「4.重要な会計上の見 料金を受取っており、経営陣は、このホテルを投 資不動産であると決定しました。その理由として は、提供されるサービスが重要ではない上、ホテ ル事業のキャッシュ・フローの主要なエクスポー ジャーが運営会社にあると判断したためです。 積りおよび判断 」 の中で記載されています。主要なも のは以下のとおりです。 (1 ) 建設中の物件 4. 投資不動産に関する注記 投資不動産に関しては、会計方針に加えて、注記 「 IPグループは、当事業年度中にドイツに投資不 「4.投資不動産 」において、各セグメントごとの公正 動産の建設を開始しました。建物の立地は現在非 価値評価額およびその増減分析 ( <図表3>参照) 常に悪い条件にありますが、再開発の可能性が非 が記載されています。また、公正価値の評価に関す 常に高く期待されています。その理由として、その立 るガバナンスおよびプロセスの記載 、DCF 法で用い 地は、現在ドイツで設置される高速鉄道網の駅敷地 られた各インプット情報の説明および使用された見 を含んでいることが挙げられます。この再開発の正 積りの説明等が記載されています。レベル3 投資不 確なタイミングと影響は現在のところ不明です。し 動産については、公正価値のインプットを変更させ January-February 2016 73 図表 3 投資不動産の変動表 公正価値のヒエラルキー 公正価値 期首残高 英国オフィス 英国オフィス レベル3への(からの)変更 当期取得 直接取得 企業結合による増加 企業結合以外の子会社を通じた取得 追加の資本的支出 前払手数料 前払手数料の償却 資産計上した借入コスト 有形固定資産への振替 棚卸資産への振替 売却予定資産からの振替 処分 公正価値の変動の純額 その他包括利益に計上された為替差額 2 9,302 3 84,400 (9,302) 989 200 4,931 (25,456) 29 2,394 (1,500) 第三者の評価に基づく市場価値 10,520 55,467 公正価値 期末残高 10,520 59,420 ファイナンス・リース AFS 賃料保証 リース・インセンティブ受取債権 4,203 (250) た場合の影響度分析の結果等が記載されています。 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ 2.7. 合計 600,387 2,797 17,570 9,732 28,213 2,362 (237) 4,568 (25,456) (14,234) 3,594 (15,690) 7,660 (8,622) 612,644 6,806 (2,345) (250) 616,855 リースの会計方針 2.16. 借入金の会計方針 おわりに 2.17. 借入コスト資産化の処理 2.21. 収益認識 今回は、紙面の関係で、 「 IFRSの設例」の中か 15. 売却目的で保有する非流動資産 ら、投資不動産の会計方針、注記に関する部分のみ 25. 子会社の取得 紹介しましたが、他にも以下の記載が興味深いの 25.a. 企業結合 で、ぜひ、英文ですが、本体にアクセスしてみてくだ 25.b. 資産の取得 さい。 74 しみず たけし おおた ひでお やぶたに たかし 公認会計士、日本証券アナリスト協会 検定会員、不動産証券化協会認定マス ター PwC あらた監査法人・プライス ウォーターハウスクーパース株式会社 パートナー 資産運用インダストリー 公認会計士、PwC あらた監査法人 第 3金融部(資産運用)パートナー 不動 産運用インダストリー全般、J リートお よび私募不動産ファンドなどに対して、 監査およびアドバイス業務を提供。主た 公認会計士、PwC あらた監査法人 第 3金融部(資産運用)ディレクター 不 動産運用インダストリー全般、J リート および私募不動産ファンドなどに対し て、監査およびアドバイス業務を提供。 リーダー 不動産ファンドおよび運用会 社に対して、監査およびアドバイス業務 を提供。主たる著書として、「投資信託 の計理と決算」(中央経済社・共著)、「不 動産投信の経理と税務」(中央経済社・ 共著) 「集団投資スキームの会計と税務」 、 (中央経済社・共著)等。あらた監査法 人の不動産業・IFRS チャンピオン、お よび PwC・Global の IFRS・業種別委 員会・不動産部会の委員を務める。 る著書として、「ファンド投資のモニタ リング手法」(中央経済社・共著)、「不 動産投資法人(J リート)設立と上場の 手引き」(不動産証券化協会・共著)、「集 団投資スキームの会計と税務」(中央経 済社・共著)、 「投資信託の計理と決算」 (中 央経済社・共著)等。不動産証券化協会 IFRS コンバージェンスグループ委員及 び日本公認会計協会 投資信託等専門部 会及び経営研究調査会、バリュエーショ ン専門部会 専門委員。 PwC ニューヨーク事務所で 2 年間勤務、 不動産ファンド及び運用会社の米国基 準・IFRS 基準財務諸表の監査に従事。 ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.29 ARES マスター 継続教育プログラム実施報告 平成 27年度 ARESマスターフォーラム 実施報告 第 4 回 ARES マスターフォーラムおよびマスターフォーラム in 大阪をそれぞれ下記のとおり開催 いたしました。大阪での研修やマスターフォーラムの開催も今年で8回目となり、定着してきました。 まだ参加されたことのない方も是非今年はご参加下さい。 ● 開催概要 第4回 マスターフォーラム in 大阪 テーマ 多様化する自然災害への備え ~最近の動向から 講 師 株式会社イー・アール・エス 中村 直器 氏 日 時 2015 年 12 月 8 日(火)17:30 ~ 19:30 テーマ クラウドファンディングの現状について ~ふるさと投資とまちづくりへの活用を視野に~ 講 師 ミュージックセキュリティーズ株式会社 赤井 厚雄 氏 日 時 2015 年 12 月 10 日(木)17:30 ~ 19:30 不動産投資運用業の コンプライアンス研修 開催報告 不動産投資運用業のコンプライアンス研修の応用編第 2 回を下記のとおり開催いたしました。 社内でコンプライアンスをご担当されている方をはじめ多くの方にご参加いただきました。 応用編第2回 「不動産投資運用業者の利害関係者取引の管理態勢について」 ● 開催概要 日 時 11 月 25 日(水)14:00 ~ 16:30 会 場 都市センターホテル 5階「オリオン」 講 師 梅澤 拓 氏(長島・大野・常松法律事務所 弁護士) 受講料 10,000 円(税込、資料代込み) January-February 2016 75 平成 28年度不動産証券化協会認定 マスター養成講座のスケジュール 平成 28 年度マスター養成講座は下記のスケジュールにて実施いたします。 不動産証券化協会認定マスター資格制度ホームページ http://www.ares-campus.ares.or.jp/ 平成 28 年度コース 1 修了試験を東京・大阪・仙台の 3 会場で実施いたします 会場等の詳細については平成 28 年 7 月頃に発表する予定です。 (平成 28 年) 募集・実施要項などのご案内 不動産証券化協会認定マスター資格制度ホームページにて公開中 申込受付期間(新規受講) 3 月 22 日(火)10:00 ~ 4 月 18 日(月)17:00 コース 1 新規受講料(全て8%消費税込み) 一般・賛助会員 102,000 円 学生 62,000 円 正会員 72,000 円 ※新規受講申込は上記期間のみとなります(追加申込、 2次申込はありません)。 ※再受験の方の申込スケジュールおよび受講料について は、ホームページにてご確認ください。 Course1 受講開始 5 月中旬より科目ごとに順次開始 Course1 修了試験 10 月 23 日(日) 会場:東京近郊、仙台市内、大阪市内(予定) Course2 受講期間 11 月下旬~平成 29 年 2 月上旬 受講料(3 科目合計・全て8%消費税込み) 一般・会員共通 60,000 円 学生 30,000 円 ※再受講の方の受講料についてはホームページにてご 確認ください。 (平成 29 年) 76 資格認定申請、審査、認定発表 ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.29 3 月上旬~ 5 月上旬 ARES Information JAREFE・ARES 不動産投資インデックスセミナー 2016 開催のお知らせ 一般社団法人不動産証券化協会( ARES )は 、2016 年 3 月 に日本不動産金融工学学会( JAREFE )と共催で 、JAREFE・ ARES 不動産投資インデックスセミナー 2016 を開催いたし ます。 開 催 時 期 :2016 年 3 月 JAREFE・ARES 不動産投資インデックスセミナー 2016 今 回 で 第 10 回 を 迎 え る 本 セ ミ ナ ー で は、学 術 的 観 点 や実務的な観点による国内外の不動産投資インデックス に関わるトピックスや、日本における不動産関連指標の 現状と展望等について最新の状況をお伝えいたします。 ま た、ARES が 算 出 す る 不 動 産 投 資 イ ン デ ッ ク ス AJPI・AJFI の最新動向についても、ご紹介いたします。 日時・会場・プログラムの詳細については、固まり次第、 ARES ウェブサイト等でご案内させていただきます。 January-February 2016 77 E S S A Y ニューヨークとその近郊から 色々な意味で凄い アメリカン・フットボール 増田 哲弥 ロックフェラーグループ社 ( ARES マスター M0902403 ) こ のコラムを皆さんがご覧にな る2月には、アメリカン・フット NFL の試合数は年間わずか16 試 ボール最大のイベント、スーパーボウ 合です。幸いニューヨークにはジャ ルが行われます。しかも、今年は第 イアンツとジェッツという2 チームが 50 回の記念大会なので、アメリカで あるので 2 倍楽しめますが。試合数 は一層の盛り上がりを見せているこ が少ない分、高い入場料を払って試 とでしょう。 合を見に来るファンの気合は並々な アメリカの 4大プロスポーツの中 ますだ てつや 1990 年三菱地所株式会社 入社。経理部、ロックフェ ラーグループ社出向、三菱 地所投資顧問株式会社出向 等 を 経 て 2013 年 4 月 よ り再び三菱地所の米国子会 社であるロックフェラーグ ループ社に出向中。 78 ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.29 ものがあります。 らぬものがあります。私も年間何試 でも、全米ではやはりフットボールの 合かスタジアムに足を運びますが、 人気が群を抜いていると感じます。 試合よりもファンを見ている方が楽し というか、日本人の私から見るとアメ めたりします。 リカ人のフットボール好きには異常な 試合中の熱狂振りは言うまでもあ も の が ありま す。NFL ( National りませんが、スタジアム周辺は試合 Football League )の試合は主に日 前から盛り上がります。スタジアム 曜日に行われますが、月曜の朝に同 の駐車場は朝から開いていて、あち 僚と会社で顔を合わせた最初の会 こちで 「テールゲート・パーティー」が 話が前日のフットボールの話題であ 行われています。これは、駐車場に ることは普 通です。また、初めて 停めたピックアップトラックやバンの 会った人でも、出身地を聞いてその 荷台を使ってバーベキュー・パー チームの話をすれば大抵は乗ってき ティーを行うものですが 、ホーム ます。むしろ、フットボールシーズン チームの試合を盛り上げるために試 のディナーの会話には、NFL を見て 合前にビールをガンガン飲んで自分 いないと付いていけません。 「 スー 達を盛り上げます。フットボールは パーボウルのハーフタイムには、全 秋冬のスポーツなので、ニューヨー 米中の人間がトイレに立ち、その結 クでは氷点下になることも珍しくあ 果下水管が破裂する」という有名な りませんが、そんなことはお構いな 都市伝説がありますが、うなずける く寒風吹きすさむ駐車場で皆盛り 上がっています。正直私には付いて いけません。 それにしても、年間試合数が野球 の10 分の1しかないフットボールが、 選手に高額の年棒を払いながらビジ ネスとして成り立っていることにはつ くづく感心します。高額でも売れる 本拠地メトライフ・スタジアムでニューヨーク・ジャイアンツを応援するファン シーズンチケット、NFL 全体で年間 40 億ドルというテレビ放映権、関連 グッズ収入、各種イベントでのスタジ アムの有効利用、チーム間の格差縮 小のためのリーグ挙げての色々な施 策など、アメリカのスポーツビジネス の凄さを感じます。 Forbes 誌 の 直 近 の 試 算 で は、 NFL32 チームの合計の価値は630 億ドルとなり、前年から38%も上昇 しました。中でも最も価値が高いの はダラス・カウボーイズの 40 億ドルで 冬でも試合前のテールゲート・パーティーで賑わうスタジアムの駐車場 す。これは、メジャーリーグのヤン る一要因として、アメリカで人気を キースの32 億ドル、サッカーのレア リで他の会場で戦っている自分の 集めているファンタジー・スポーツと ル・マドリッドの32.6億ドルを上回り、 ヴァーチャルなチームのメンバーの 呼 ばれる仮 想ゲームがあります。 世界のプロスポーツチームで最高額 パフォーマンスをチェックする ( CM フットボールの場合、NFL 自身が です。最近のカウボーイズは、決し の多いフットボールではその時間が ファンタジー・フットボールのサイト て強いチームではないのですが、ビ 充分あります) という形でディープな を運営しています。これは、実在す ジネスの成否は必ずしもフットボール ファンが増えていく仕組です。 る NFL の選手から自分の好きな選 そのものの強さだけでは決まらない 私自身は、そこまでフットボール 手を選んでヴァーチャルなチームを ようですね。我がニューヨークの には嵌っていないと思っているので 編成しておくと、その選手たちの実 ジャイアンツとジェッツも、ニュー すが、ファンの熱狂ぶりやビジネス 際 の試 合での活 躍に応じてその ヨークという大きなマーケットに支え としての成功にアメリカらしさを強く ヴァーチャルなチームにポイントが られ 、2 チーム合計で年間 8 億ドル 感じて、毎週日曜日は試合を楽しみ 加算され 、その結果でチームの勝 を売り上げ、資産価値は併せて54億 にしてしまいます。さて、今年のスー 敗・成績が決まるというゲームです。 ドルとなっています。 パーボウルはどこが勝つ (勝った) の ファンは、スタジアムやテレビでリア でしょうか? また、NFL の成長を後押ししてい ルな試合を見ながら、スマホのアプ January-February 2016 79 ARES Information 会員情報 ■ 入 会 第 85 回理事会(平成 28 年 1 月 25 日開催)において、次の通り入会が承認されました。 ※敬称略 <賛助会員> ● ERI ホールディングス株式会社 代表者:代表取締役社長 増田 明世 所在地:東京都港区赤坂 8 丁目 5 番 26 号 赤坂 DS ビル 6F ■ 代表者の変更 次のとおり当協会会員の指定代表者が変更となりました。 ※新代表者名を掲載。敬称略 <賛助会員> ●有限責任監査法人トーマツ 包括代表 觀 恒平 平成27年11月16日付 ●日本ヴァリュアーズ株式会社 代表取締役 小室 淳 平成27年12月1日付 ■ 退会 <賛助会員> ● 株式会社シンプレクス・インベストメント・アドバイザーズ 平成 27 年 11 月 30 日付 ● ディーティーゼット・デベンハム・タイ・レオン株式会社 平成 27 年 12 月 31 日付 ● 日本GE 株式会社 平成 27 年 12 月 31 日付 ● 株式会社 ERIソリューション 80 ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.29 平成 28 年 1 月 24 日付 ARES 活動カレンダー ※委員会等の議題・開催内容については、ARES メールにて随時ご報告しております。 ARES メールの配信登録は、当協会ウェブサイト(http://www.ares.or.jp/)からお手続きいただけます。 平成 27 年 12 月〜平成 28 年 1 月 12 月 3 日 ARES 年金フォーラム 2015「激動するグローバルマーケットと不動産投資」 12 月 5 日 J リート普及全国キャラバン(金沢市) 12 月 8 日 平成 27 年度第 4 回 ARES マスターフォーラム 12 月 9 日 J リート実務委員会 第 4 回第 1 分科会 12 月 10 日 平成 27 年度マスターフォーラム in 大阪 12 月 11 日 ARES-EPRA European Real Estate Investment Summit 2015 12 月 18 日 第 5 回広報推進委員会 1 月 12 日 第 70 回企画委員会正副委員長会議 1 月 14 日 第 27 回 J リート実務委員会 1 月 15 日 第 78 回運営委員会 1 月 21 日 第 88 回市場整備委員会 平成 27 年度マスターフォーラム in 仙台 1 月 22 日 J リート実務委員会 第 5 回第 2 分科会 1 月 25 日 第 85 回理事会 新年懇親会 1 月 26 日 第 73 回制度委員会 1 月 27 日 J リート実務委員会 第 4 回イベント推進分科会 1 月 29 日 第 84 回税務・会計委員会 第 14 回定時社員総会と懇親会のご案内 不動産証券化協会の総会と懇親会を次の通り開催いたします。 ■ 開 催 日:平成 28 年 5 月 16 日(月) ■ 会 場:帝国ホテル ■ 総 会:11 時〜正午 『桜の間』(本館4階) ■ 懇 親 会:正午〜 13 時 30 分 『孔雀東の間』(本館2階) January-February 2016 81 Book Review [ 書 評 ] 証券化と債権譲渡ファイナンス 評者 江川 由紀雄 新生証券株式会社 調査部長 金銭債権証券化の深い概論書であり歴史書 ひさしぶりに証券化を論じる日本語の書籍が出版され た。著者は、日本資産流動化研究所 ( 2003 年に解散) に日本の金融危機時の1997年から2000 年に掛けて調査 部長として勤務した経験を有する。証券化の上位概念と して著者が創造した「債権譲渡ファイナンス」について、 多面的な考察を加える本格的な概説書であり研究書であ る。日米の証券化取引の発祥からリーマンショック後の 規制強化や市場環境の変化について、重要な事象や事件 が網羅的に記述されている。証券化のみならず、ファクタ リングやローンの流通市場での売買などの金銭債権の譲 著 者 発 行 発 売 日 定 価 高橋 正彦 NTT 出版 2015 年 11月 4,200 円(税別) 渡を伴う様々な取引は金融である。ひとりの著者による 著作物でありながら、こうした取引を多面的に深く論じて いる。本書がカバーする専門分野としては、少なくとも制 度論、法、経済学 、会計・税務にまたがる。 己目的化しがちである」と評している。規制強化に対して 業界は反対または抵抗しそうなものである。しかし、著 日米両国の証券化市場はほとんど接続されていない。 言語や法体系が異なり、通貨も異なる。両国の証券化市 者が挙げているいくつかの規制強化事例では、そうでは なかった。 場はそれぞれに異なる形態で発展を遂げた。それにもか 82 かわらず、証券化を論じる際には、アメリカのサブプライ 本書は2015 年11月下旬に発売されたが、2015 年夏頃 ム住宅ローン問題を避けては通れない。日本でもここ数 までの事象を漏れなく言及している。著者による厳選を 年で規制強化が進んだ。著者は「国際的な政策協調の 経た参考文献リストも充実している。現在の日本の流動 下で、証券化関連を含む金融規制強化の方向が既定路 化・証券化取引は、過去の積み重ねの上に成立している。 線化すると、国内の政策当局や業界・自主規制団体にとっ そうした経緯を学ぶためにも本書は有用である。実務者 ても、それに同調して、規制強化の姿勢を示すことが自 にとっては座右に備え置くべき必須の参考書である。 ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.29 ■ 編集後記 2016 年の株式市場は波乱の幕開けとなりました。北朝鮮の水爆実 験や SMAP 解散騒動など、1 月上旬だけでも世の中は目まぐるしく 動いています。今年の各種予想の中では、 「準備不足でリオ五輪開催 できず」 (みずほ想研のとんでも予想 2016 年) 「 、NY やロンドンなど、 高級不動産が急落」 (バイロン・ウィーン氏)など、的中しないで欲し い予想も多いようですが、色々と騒がしい 1 年となることは間違い なさそうです。 本年が皆様にとって佳き年でありますようお祈り申し上げます。 ( 七沢 ) ■ マスター資格制度に関するお問い合わせ マスター資格制度事務局 TEL:050- 3816- 3695 受付時間:10:00 ~17:30( 土・日・祝日を除く) ARES 不動産証券化ジャーナル Vol. 29 平成 28 年 2 月 1 日発行 編集発行 一般社団法人不動産証券化協会 〒 107 - 0052 東京都港区赤坂 1 丁目 1 番地 14 号 NOF 溜池ビル 3 階 TEL :03 -3505 - 8001 FAX :03 -3505 - 8007 URL:http://www.ares.or.jp ARESNo29hyo2_3.indd 3 2016/01/20 13:08 Vol.09 THE ASSOCIATION FOR REAL ESTATE SECURITIZATION September-October 2012 共に市場を創る Vol.09 2012 September-October 特集 ・鼎談 不動産証券化市場の歴史を振り返り将来を探る 倉都 康行氏 PR テック株式会社 代表取締役 堀江 正博氏 東急リアル・エステート・インベストメント・マネジメント株式会社 代表取締役社長 田邉 信之氏 公立大学法人宮城大学 事業構想学部 教授 一般社団法人 不動産証券化協会 THE ASSOCIATION FOR REAL ESTATE SECURITIZATION ナサリーエス宮殿・アベンセラヘスの天井(スペイン・グラナダ) ライオンのパティオ(中庭)に開口部をもつアベンセラヘスの間は、そ の天井の美しさにおいて抜きん出ている。アルハンブラ宮殿内の各部屋 は、それぞれに意匠をこらした天井をもつが、ここの天井が群を抜いて美 しい。ドーム型の天井でありながら、上層部分を八角型の星形にし、そこ に彩光のための窓を 16 個つくっている。そして、その窓の位置が、かぎり なく天井に近いのである。つまり光が天井からふりそそぐように出来ている。 しかも2階建ての建造物のこの部分だけが吹き抜けになっている。単に 彩光のための窓ならば、もっと下に付けたほうが合理的のはずなのに、な ぜか高いところにある。思うに、この部屋を設計した人は天文学につよい 関心をだいていたに相違なく、宇宙感覚とでもいうべきものを表現したかっ たのだろう。私はそう信じて疑わないのだが、そうと推論できるような資料 はない。だが砂漠の民が天文学を発達させたという歴史に照らしてみれ ば、この部屋こそが最もイスラム的空間と断言していいのではないか。つま り、偶像崇拝を禁じたイスラム教における宇宙観の表現として見れば、 美事というほかないのである。このことを美学的用語で表現すれば抽象 芸術の美しさということになる。逆にいえばアルハンブラ宮殿のどこをさがし ても具象的表現の傑作というものがない。たとえば「ライオンの噴水」と いわれているところのライオンもリアルなライオン像ではなく、馬といわれれ ば馬、犬といわれれば犬という程度のものである。つまりリアリズムというも のが、神学的意味で禁じられているのである。そういうことを承知したうえ で、写真の天井を見直してみると、全体が星の形をしていることはわかる が、細部は名づけようのない凸凹で構成されている。美術史家たちはそれ を「鍾乳石装飾」と名づけているが、もとよりそれはリアリズムではない。 (井尻千男:拓殖大学名誉教授) 一般社団法人 不動産証券化協会
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