講演要旨集 - JSBBA KANSAI 日本農芸化学会関西支部

日本農芸化学会関西支部
第 第 回 講演会
493
講演要旨集
日時:平成 28 年 2 月 6 日(土)
会場:京都大学楽友会館
日本農芸化学会関西支部
日本農芸化学会関西支部
支部賛助企業
関西支部の活動は、下記の支部賛助企業様からのご支援により支えられています
アース製薬株式会社
東洋紡株式会社
植田製油株式会社
ナカライテスク株式会社
株式会社ウォーターエージェンシー
日世株式会社
江崎グリコ株式会社
株式会社日本医化器械製作所
株式会社カネカ
日本新薬株式会社
菊正宗酒造株式会社
ヒガシマル醤油株式会社
黄桜株式会社
不二製油株式会社
月桂冠株式会社
松谷化学工業株式会社
甲陽ケミカル株式会社
三井化学アグロ株式会社
三栄源・エフ・エフ・アイ株式会社
株式会社三ツワフロンテック
サントリーホールディングス株式会社
安井器械株式会社
住友化学株式会社
大和酵素株式会社
株式会社第一化成
理研化学工業株式会社
大日本除虫菊株式会社
和研薬株式会社
宝酒造株式会社
和光純薬株式会社
築野食品工業株式会社
50 音順 敬称略
プログラム
一般講演(13:00∼17:24)[講演 9 分:質疑応答 3 分]
(*印は若手優秀発表賞および支部賛助企業特別賞対象講演)
1.酵素合成グルカンデンドリマーの構造と形成過程
○蔭山 茜 1、柳瀬美千代 2、鷹羽武史 2、湯口宜明 1 (1 阪電通大院・工、2 江崎グリコ(株))
2.ペプシンによるウシⅠ型コラーゲンテロペプチド分解反応の解析
○銭 鈞 1、伊藤慎二 2、佐藤淳子 2、田中啓友 3、服部俊治 3、滝田禎亮 1、保川 清 1
(1 京大院農、2 京大院医、3 株式会社ニッピ・バイオマトリックス研究所)
3.システインデスルフラーゼを用いた CdS ナノ粒子の酵素的合成
○綾田真人 1、戸部隆太 1、田島寛隆 2、三原久明 1 (1 立命大・生命、2 立命大・R-GIRO)
4.部位特異的変異による SDR ファミリー酵素の高次構造変化
○奥野隆弘 1、橋本 渉 2、村田幸作 1、丸山如江 1 (1 摂南大・理工、2 京大院・農)
*5.ヒト HSP47 の大腸菌における発現と構造評価
〇古川健人、高橋延行、水谷公彦、三上文三 (京大院・農)
*6.膜電位変化伝播の電気化学的解析に基づく活動電位伝播モデルの提案
○高野能成、白井 理、北隅優希、加納健司 (京大院・農)
*7.ストレス条件下における酵母 MAP キナーゼ Hog1 の細胞内動態
○日置貴大、白石晃將、由里本博也、阪井康能 (京大院・農)
*8.シアノバクテリアにおけるホルムアルデヒド固定経路の構築
○天野 彩 1、由里本博也 1、小山時隆2、阪井康能 1 (1 京大院・農、2 京大院・理)
*9.プレバイオティクス評価系であるヒト大腸フローラモデルのメタゲノム検証
○高木理沙 1、佐々木建吾 2、佐々木大介 2、福田伊津子 1、大澤 朗 1
(1 神戸大院・農、2 神戸大・自然)
*10.メチルグリオキサールによる酵母 DNA 損傷チェックポイントの活性化
○塩尻敦史、野村 亘、井上善晴 (京大院・農・応生科)
*11.超好熱性アーキア Thermococcus kodakarensis における新規 serine kinase の機能解析
○川村弘樹 1、牧野勇樹 1、佐藤喬章 1,3、今中忠行 2,3、跡見晴幸 1,3
(1 京大院・工・合成生化、2 立命館大、3JST, CREST)
*12.細菌 ABC トランスポーターの ATP 加水分解は closed 型の基質結合タンパク質との相互作用
によって惹起される
○上西加純 1、金子あい 1、丸山如江 2、水野伸宏 3、馬場清喜 3、熊坂 崇 3、三上文三 1、
村田幸作 2、橋本 渉 1 (1 京大院・農、2 摂南大・理工、3SPring-8/JASRI)
13.褐藻類主要成分アルギン酸とマンニトールを原料とした出芽酵母を用いた有用化合物生産系の
構築
平山 誠 1、田中秀樹 1、柏原貴幸 1、松岡史也 1、村田幸作 2、○河井重幸 1
(1 京大院・農、2 摂南大・理工)
14.PGC1αノックアウトマウスを用いた筋サテライト細胞の分化能解析
○広瀬優真 1、山下敦史 1、畑澤幸乃 1,2、小野悠介 3、亀井康富 1
(1 京府大・生命環境、2 学振特別研究員、3 長崎大・医歯薬)
15.PGC1α欠損マウスにおける分岐鎖アミノ酸分解経路および持久運動能力の解析
○藤田礼人、吉村亮二、南 貴美子、亀井康富 (京府大・生命環境)
*16.ジアシルグリセロールキナーゼαの核-細胞質間シャトリングの生理的意義の解明
〇渡辺真以 1、木曽裕子 2、上田修司 1、山之上 稔 1、齋藤尚亮 2、白井康仁 1
(1 神大院・農、2 神戸大・バイオ)
*17.ダイゼインはエストロゲン受容体βを介して雌マウスの骨格筋量を増加させる
○河田夏初、原田直樹、山地亮一 (大阪府大院・生命環境)
*18.唾液検査による不完全 IgA 欠損の発見と解析̶イムノクロマトグラフィーの開発̶
○松永安由 1、木津久美子 2、小西陽介 3、佐藤 優 3、新蔵礼子 3、成田宏史 1
(1 京女大・食物、2 大阪成蹊短大・総合生活、3 長浜バイオ大・生体応答)
*19.X 線散乱を用いた低温等温保持過程における菜種油の構造的な経時変化
○宮川弥生、新谷圭佑、香月和敬、中川究也、安達修二 (京大院・農)
20.凍結が誘起するカゼイン凝集体の構造改変と模擬消化過程における凝集構造の変化
○中川究也 1、Jarunglumlert Teeraya 1,2、安達修二 1 (1 京大院・農、2 兵庫県大院・工)
*21.麻痺性アルカロイド、アスペルパラリンの合成研究
○出口 哲、大向宏明、園田素啓、谷森紳治 (大阪府大院・生命環境)
22.Characterization of the venom of the vermivorous cone snail Conus fulgetrum
○Mohammed Abdel-Wahab1, 2, Atsushi Kitanaka2, Hironori Jyuichi2, Masahiro Miyashita2, Moustafa
Sarhan1, Maged Fauda1, Mohamed Abdel-Rahman3, Samy Saber1, Hisashi Miyagawa2, Yoshiaki
Nakagawa2
(1Al-Azhar University, 2Graduate School of Agriculture, Kyoto University, 3Suez Canal University)
休憩(17:24∼17:35)
特別講演 (17:35∼18:00)
農芸化学奨励賞受賞講演 「昆虫の脂肪酸―アミノ酸縮合物(FACs)の生理・生態学的機能解析」
吉永直子 (京大院・農)
若手優秀発表賞および支部賛助企業特別賞表彰式(18:00-18:05)
懇親会(18:15∼20:00)京都大学楽友会館食堂
一般 3,000 円 学生 無料
1
酵素合成グルカンデンドリマーの構造と形成過程
○蔭山茜 1、柳瀬美千代 2、鷹羽武史 2、湯口宜明 1
(1 阪電通大院・工、2 江崎グリコ(株))
【背景と目的】グリコーゲンはグルコースがα-(1,4)結合でつながったアミロー
ス鎖に対し、α-(1,6)結合によって高度に分岐した構造をもち、その分子形態は
径が数十nmの球状である。分子量は由来によって異なるがおよそ数百万程度であ
る。グリコーゲンは動物の肝臓や筋肉に多く含まれているエネルギー貯蔵多糖で
あり、エネルギー源であることから食品に利用されている。最近では酵素を用い
ることでグリコーゲン様多糖を合成することが可能となり、サイズや分子量を制
御することができる。一方デンドリマーとは有機合成された樹状高分子のこと
で、触媒や分子カプセルなどに応用が期待されているが、合成の難しさや生体へ
の安全性などが問題となる。しかしグリコーゲンは生体内に存在するため安全性
が高く、医薬品など他の分野への応用が期待できる。そこで本研究では酵素合成
することでサイズや分岐度を変化させたグリコーゲン様多糖(グルカンデンドリ
マー)の精密構造を把握することを目的とし、ナノレベルでの溶液構造を解析す
る手法である小角X線散乱法(SAXS)により観察した。ここでは強力なX線源を得る
ことができるシンクロトロン放射光を利用しており、時分割測定を行うことも可
能である。
【方法と結果】SAXS測定は大型放射光施設SPring-8のビームラインBL19B2で行っ
た。試料としてサイズの異なるグルカンデンドリマー試料を準備した。それぞれ
の試料より得られた散乱曲線は球体からの散乱挙動を示しており、分子の大きさ
によって系統的な変化をとらえることができた。各試料の水溶液中における慣性
半径Rgをギニエプロットにより評価することができた。あわせて原子間力顕微鏡
(AFM)観察を行うことにより、各試料のサイズの違いおよび分子形態が球状であ
ることを確認した。
また10%DMSO水溶液に溶解した基質にブランチングエンザイムを作用させ、グ
ルカンデンドリマーの形成過程を時分割SAXS測定により追跡した。酵素反応が進
行するにつれて散乱曲線における変化を観測した。各反応時間における散乱体の
慣性半径を評価したところ、反応が進むにつれて徐々に散乱体の慣性半径が減少
してく様子を追跡できた。これは反応が進むにつれて高度に分岐鎖が形成され、
分子が小さくなったためである。つまり基質からブランチングエンザイムによっ
てグルカンデンドリマーが形成されていく動的過程をSAXSによって追跡できた
といえる。
2
ペプシンによるウシⅠ型コラーゲンテロペプチド分解反応の解析
○銭鈞 1, 伊藤慎二 2, 佐藤淳子 2, 田中啓友 3, 服部俊治 3, 滝田禎亮 1,
保川清 1
(1 京大院農, 2 京大院医, 3 株式会社ニッピ・バイオマトリックス研究所)
【目的】ウシⅠ型コラーゲンは 2 本のα1 鎖(1,056 残基)と 1 本のα2 鎖(1,038
残基)から成る 3 量体分子で、分子内部に三重らせん領域をもち、N 末端と C 末
端にテロペプチドをもつ。α1 鎖の N 末端のテロペプチド(pQLSYGYDEKSTGISVP、
pQ はピログルタミン酸)とα2 鎖のそれ(pQFDAKGGGP)は、一定の割合で Lys
残基が架橋されている。ペプシンで処理したコラーゲンは未処理のものより、溶
解度が高く、抗原性が低いことが知られている。ペプシンはα1 鎖の Tyr6 と Gly12
の C 末端側およびα2 鎖の Phe2 の C 末端側を切断する 1)。本研究では、本反応に
おけるα1 鎖の切断部位の優先度や順序を解析した。また、α1 鎖の N 末端のテ
ロペプチド配列を有する蛍光標識ペプチドを用いて速度論的解析を行った。
【方法】①切断部位の解析:ウシ真皮由来酸抽出Ⅰ型コラーゲン(ニッピ)ある
いは蛍光物質と消光物質で標識したペプチド pQLSK(MOCAc)GYDEKSTGISK(Dnp)
P-NH2(ペプチド研究所)を基質とし、0.3 µM ブタ膵臓由来ペプシン存在下、pH
4.0、37℃で反応させた。コラーゲンを基質とする反応物は Bio-Gel P-4 Gel(バ
イオラッド)でペプチド溶出画分を濃縮し、標識ペプチドを基質とする反応物は
そのまま精製した後、ナノ液体クロマトグラフ-四重極飛行時間型質量分析装置
(TripleTOF5600+システム(SCIEX))で測定した。②速度論的解析:合成ペプ
チドを基質とし、0.3 µM ペプシン存在下、pH 2.1-5.5、30-65℃で反応させた。
【結果と考察】①切断部位の解析:コラーゲンを基質とすると、pQLSYGY(配列
1-6)が最も強く検出され、pQLSYGYDEKSTG(1-12)が次に強く検出された。DEKSTG
(7-12)は検出されなかった。このことから、ペプシンはコラーゲンの Tyr6 と
Gly12 の C 末端側を切断するが、pQLSYGYDEKSTG(1-12)の Tyr6 の C 末端側を切
断しないことが示された。合成ペプチドを基質とすると、pQLSK(MOCAc)GYDEKSTG
(1-12)と ISK(Dnp) P-NH(13-16)
が強く検出されたのに対して、pQLSK(MOCAc)GY
2
(1-6)、DEKSTGISK(Dnp) P-NH2(7-16)、DEKSTG(7-12)は相対的に極めて弱く
しか検出されなかった。このことから、三重らせん領域は、ペプシンによる Gly12
の C 末端側の切断に不要であるが、Tyr6 の C 末端側の切断に必要であることが
示唆された。②速度論的解析:37℃において、活性は pH 2.1 で最も高く、pH が
増加すると低下した。これはコラーゲンを基質とした結果 2)と同様であった。pH
4.0 において、活性は 40℃で最も高く、コラーゲンを基質とした結果と異なった。
1. K. Sato et al. (2000) J. Biol. Chem. 275, 25870-25875
2. J. Qian et al. (2016) J. Food Sci. 81, C27-C34
3
システインデスルフラーゼを用いた CdS ナノ粒子の酵素的合
成
○綾田真人 1、戸部隆太 1、田島寛隆 2、三原久明 1
(1 立命大・生命、2 立命大・R-GIRO)
【背景と目的】硫化カドミウム (CdS) 等の半導体ナノ粒子は、その粒径に応じ
て光学的・電気的特性が変化し、生体分子の蛍光標識や太陽電池のバッファー層
等に利用されている。CdS ナノ粒子は、これまで、種々の物理的・化学的方法に
よって合成されてきたが、酵素を用いた合成法については報告例が無い。システ
インデスルフラーゼ(IscS)は L-システインの脱硫黄反応を触媒するピリドキサ
ール 5´-リン酸 (PLP) 依存性酵素である。本酵素の反応機構において、基質の遊
離 L-システインに由来する硫黄が IscS の活性中心システイン残基 (Cys328) に
結合し、ペルスルフィド中間体 (IscS-Cys328-S-SH) を生じる。本ペルスルフィ
ド硫黄は、IscU をはじめとする硫黄キャリアータンパク質へと転移され、モリ
ブドプテリンや鉄硫黄クラスター、チアミン、ビオチンといった含硫黄コファク
ターの生合成に利用される。本研究では、IscS の触媒反応特性に着目し、基質
2+
L-システイン由来のペルスルフィド硫黄と Cd を反応させる酵素反応系による、
新たな CdS ナノ粒子の合成法について検討した。
【方法と結果】大腸菌 JW2514 を宿主とし、His-tag 融合タンパク質として大腸菌
由来 IscS を高発現させ、Ni-NTA カラムを用いて酵素を精製した。本酵素と Lシステインを CdCl2 存在下で反応させ、励起波長 350 nm における蛍光スペクト
ルを測定した。その結果、460 nm 付近に強い蛍光ピークが観測され、L-システ
イン濃度や反応時間に応じた蛍光ピーク波長の変化が認められた。また、反応産
物について、透過型電子顕微鏡観察およびエネルギー分散型 X 線分析を行った。
これらの結果から、IscS を用いた酵素反応により、CdS ナノ粒子が合成されるこ
とが示された。CdS ナノ粒子合成における IscS のペルスルフィド中間体形成の
意義を調べるため、比較対象として、L-システインをピルビン酸、アンモニア、
硫化水素に分解するシステインデスルフヒドラーゼ (MetC) を用いた CdS ナノ
粒子合成反応についても検討した。IscS を用いた場合は、MetC を使用した場合
と比べ、CdS 粒子の蛍光ピーク波長に与える酵素濃度の影響が小さいことが明ら
かとなった。従って、IscS を利用した場合の方が、CdS ナノ粒子の粒径の調節が
比較的容易であると考えられた。
4
部位特異的変異による SDR ファミリー酵素の高次構造変化
○奥野隆弘 1、橋本 渉 2、村田幸作 1、丸山如江 1
(1 摂南大・理工、2 京大院・農)
【背景と目的】SDR(short-chain dehydrogenases/reductases)ファミリー酵
素は、生物に普遍的に存在し、糖やアルコールなどの多様な基質を NAD(P)(H)
依存的に酸化還元する。連鎖球菌 Streptococcus agalactiae 由来の DhuD
(SagDhuD)は、不飽和グルクロン酸(あるいは不飽和イズロン酸)の代謝中間
体 3-デオキシ-D-グリセロ-2,5-ヘキソジウロソン酸を還元し、2-ケト-3-デオキシ
-D-グルコン酸に変換する SDR ファミリー酵素である。連鎖球菌による動物細胞
感染の際、DhuD は細胞外マトリックス構成成分(グリコサミノグリカン)の資
化に関与する。最近明らかにした結晶構造 1 によると、他の SDR ファミリー酵
素において補酵素・基質結合部位を構成する二つの領域の構造が変化しているた
め、SagDhuD は不活化していると推測された。しかし、溶液中では SagDhuD
は酵素活性を示すことから、補酵素や基質の結合に伴う高次構造変化の可能性が
示唆された。本研究では、SagDhuD が特異な立体構造をとる構造要因を明らか
にすることを目的として、部位特異的変異体を作製し、酵素活性と立体構造の相
関を解析した。
【方法と結果】SagDhuD の構造的特徴は、二つのループの歪みとそれぞれに隣
接するαへリックスとβストランドの折れ曲がりにあることから、これらの二次
構造中に位置し、折れ曲がりの原因と予想される Pro126、Gly168、Gly169、
Pro193 をそれぞれアラニン残基に置換した。組換え大腸菌を用いて発現させた
変異 SagDhuD(P126A、G168A、G169A、P193A)を精製した。5-ケト-D-グ
ルコン酸を代替基質として用いた酵素活性の測定では、P126A では野生型と同
様に活性が見られたのに対し、G168A、G169A、P193A ではほとんど活性が見
られなかった。P126A の立体構造を X 線結晶構造解析により調べたところ、野
生型とは異なり、他の SDR ファミリー酵素と同様の構造をとっていたことから、
SagDhuD の特異な構造はαへリックス中の Pro126 に起因することがわかっ
た。しかし、他の連鎖球菌 DhuD では、Pro126 が保存されているにもかかわら
ず、
SagDhuD に見られる構造の歪みが見られないことから、他の連鎖球菌 DhuD
には、αへリックス中にプロリン残基を含みながらも構造を保つ要因が示唆され
る。この構造機能相関の解明は、グリコサミノグリカンを標的とする連鎖球菌の
感染機構の理解に重要である。
1Maruyama
Y. et al., (2015) J. Biol. Chem. 290, 6281-6292.
*5
ヒト HSP47 の大腸菌における発現と構造評価
○古川健人、高橋延行、水谷公彦、三上文三
(京大院・農)
【背景と目的】
HSP47は、Heat shock protein の一つであり、小胞体に存在するタンパク質である。
また、このタンパク質はコラーゲンに特異的な分子シャペロンとしての機能を持
っており、正しく3量体に折りたたまれたコラーゲンを認識して結合する。HSP47
をコードした遺伝子をノックアウトしたマウスは死に至ることが報告されてお
り、またヒトにおいては、骨形成不全症(osteogenesis imperfecta)の患者におけ
るHSP47の特定部位の変異が報告されている。イヌのHSP47については、すでに
アポ型の結晶構造、コラーゲンとの複合体の結晶構造ともに報告されているが、
ヒトのHSP47の結晶構造は未だ解かれていない。そこで、本研究ではヒトHSP47
の安定性を構造面から着目し、このタンパク質の大腸菌における発現系の構築と
精製、結晶化を目的とした構造評価を行った。
【方法と結果】
HSP47をコードした遺伝子をpET22bベクターに挿入し、BL21(DE3)に導入した。発
現条件の検討を17℃∼37℃の範囲で行ったところ、20℃以上ではHSP47は不溶性
沈殿を形成するが、17℃では可溶性のHSP47を得られることが分かった。さらに
Ni-NTA agaroseカラムを用いて精製し、種々の条件における安定性を、示差走査
蛍光定量法(DSF法)を用いて測定した。その結果、pHに関してはpH6∼9の広い
範 囲 で 安 定 で あ る が 、 15%(+/-)-2-Methyl-2,4-pentandiol や 、 7.5 ∼ 15%
polyethylene glycol 8000などの結晶化剤存在下では構造は不安定化されること
が分かったことから、これらの結晶化剤を含まない条件での結晶化を行ってい
る。また。骨形成不全症の原因となる変異体(L62P)の大腸菌での発現を試みてい
る。
*6
膜電位変化伝播の電気化学的解析に基づく活動電位伝播モ
デルの提案
○高野能成、白井理、北隅優希、加納健司
(京大院・農)
【目的】Hodgkin と Huxley の発表から 50 年余り、神経細胞における活動電位は
軸索上をパルス状に伝わると考えられてきた。細胞膜を隔てた細胞内外に異なる
組成でイオンが存在する場合、膜を介して電位差(膜電位)が生じることは以前
から知られていたが、イオンチャネルの実態が解明されてくるにつれ、活動電位
パルスの正体は開寿命が 1 ms 程度の電位依存性 Na+チャネルの働きによる Na+
の流入と、続く K+の流出によると説明されるようになった。しかし、隣接する
膜部分へ膜電位変化が一方向に伝播する理由は明確にされておらず、比較的長時
間(約 20 ms)開いているシナプスのチャネル型受容体の影響も考慮されていな
い。また、過分極の原因とされている K+の流出については、カチオンの流出が
促進されるにも関わらず膜電位が負に増大するという理論的な予測とは逆の説
明がなされている。我々は、膜電位変化の伝播を物理化学的に検討するために、
Na+および K+のチャネル透過を模擬した液膜型セルを連結した人工神経の解析
を行ってきた。その結果に基づき、従来の解析で行われてきた電流変化を膜電位
変化に換算する際の問題点を指摘し、活動電位の新規伝播モデルを提案する。
【方法】イオンのチャネル透過を模擬するため、水相1|有機相|水相2からなる有機
液膜型セルを用意した。シナプスでの膜電位変化に伴って、軸索上のランビエ絞
輪部分において活動電位が伝播する現象を模擬して、膜電位変化の発信側と受信
側に分けてセルを設置した。発信側にはK+を透過させるセル(静止電位セル)お
よびNa+を透過させるセル(活動電位セル)を用意し、受信側との接続をスイッ
チにより切り替えた。受信側には複数の静止電位セルを並列に接続した。さらに、
電位依存性Na+チャネルの働きを模擬して、リレーを用いて受信側の膜電位が閾
値を超えると隣接する活動電位セルが接続されるようにした(図参照)。
【結果】発信側を静止電位セルから活動電位セルに切り替えると、受信側にも膜
電位変化が伝播し、図の矢印の方
向に各イオンが移動することで
環電流が生じた。また、電位依存
性Na+ チャネルを模擬したモデル
系を導入することにより、伝播の
一方向性の説明が可能になった。
これらを踏まえて新規伝播機構
について解説する。
図 神経細胞の概観図と構築した人工神経
*7
ストレス条件下における酵母 MAP キナーゼ Hog1 の細胞内動
態
○日置貴大、白石晃將、由里本博也、阪井康能
(京大院・農)
【背景と目的】酵母からヒトまで、真核生物に広く保存されているシグナル伝達
タンパク質として、MAPキナーゼが知られている。出芽酵母のHog1は浸透圧応答
において中心的な役割を果たすMAPキナーゼである。細胞が高浸透圧ストレスを
感知するとHog1 はリン酸化を受け活性化、核に移行し、下流の遺伝子発現を調
節する。この経路の主な役割として、グリセロールの合成・蓄積を活性化するこ
とで細胞内の浸透圧を上昇させることが知られている。また、先行研究において、
熱ストレスによってもHog1が部分的にリン酸化を受けること、Hog1のホスファタ
ーゼであるPTP2/3の破壊株は熱ストレス感受性を示すことが報告されている。
本研究では4種類の酵母を用い、ストレス条件下におけるHog1の細胞内動態を
解析し、新たなHog1の局在変化を見出した。
【 方 法 と 結 果 】 出 芽 酵 母 Saccharomyces cerevisiae 、 分 裂 酵 母
Schizosaccharomyces pombe、メタノール資化性酵母Candida boidinii、Pichia
pastorisにおいて、それぞれの酵母が持つScHog1ホモログタンパク質と蛍光タン
パク質の融合タンパク質を作製し、ストレス条件下における局在を観察した。そ
の結果4種すべての酵母において、高浸透圧ストレスによるHog1の核移行が見ら
れた。さらにS. cerevisiaeを除く3種の酵母において、Hog1は熱ストレス条件
下で細胞質にドット状の局在を示した。C. boidiniiにおいて、熱ストレスによ
って形成されるCbHog1-mCherryのドット局在は、ストレス顆粒のマーカータンパ
ク質であるCbPab1-Venusと共局在を示した。熱ストレスによって形成された
CbHog1-Venusのドット状局在は、熱ストレスを取り除くことで速やかに消失し
た。また、S. cerevisiaeにおいてCbHog1-Venusを発現させたところ、熱ストレ
スによるドット形成が見られた。逆にC. boidiniiにおいてScHog1-Venusを発現
させたところ熱ストレスによるドット形成は見られなかった。このことからHog1
の熱ストレスによるドット形成は宿主依存的ではなくアミノ酸配列依存的に起
こると考えられる。
*8
シアノバクテリアにおけるホルムアルデヒド固定経路の構築
○天野彩 1、由里本博也 1、小山時隆 2、阪井康能 1
(1 京大院・農、2 京大院・理)
【背景・目的】
ホルムアルデヒドは合成樹脂や接着剤などの合成原料として使用されるが、生
体に対して強い毒性を示し、シックハウス症候群の原因物質とされる。メタノー
ルを唯一の炭素源として生育するメタノール資化性細菌は、ホルムアルデヒドを
重要な代謝中間体とするが、ホルムアルデヒド固定経路の一つであるリブロース
モ ノ リ ン 酸 ( RuMP ) 経 路 で は 、 hexulose-6-phospahte synthase (Hps) と
6-phospho-3-hexuloisomerase (Phi) によりホルムアルデヒドがリブロース 5リン酸(Ru5P)に固定され、フルクトース 6-リン酸(F6P)を生じる。Ru5P
と F6P はペントースリン酸経路やカルビン回路の代謝中間体であること、Hps,
Phi 反応には補酵素が不要であることから、Hps と Phi を同時に大腸菌や植物に
導入してホルムアルデヒド固定経路を構築することで、異種生物に対してホルム
アルデヒド耐性を付与することに我々は成功している。本研究では、植物よりも
生育が早く、地球規模での炭素固定および有機物生産に重要な役割を果たしてい
る光合成細菌シアノバクテリアに着目し、Synechococcus elongatus PCC7942
株に Hps と Phi を導入し、ホルムアルデヒド耐性の付与および炭素固定能力の
強化を目指した。
【方法・結果】
メタノール資化性細菌 Mycobacterium gastri MB19 株の Hps, Phi をコード
する遺伝子を融合させた hps-phi 遺伝子を trc プロモーター支配下に発現するよ
うに設計した発現ベクターを PCC7942 株に形質転換した。PCR、Western 解析
および Hps-Phi 活性測定により、Hps-Phi の発現を確認した。Hps-Phi 発現株
とベクターコントロール株をホルムアルデヒド含有 BG11 平板培地、および液体
培地にて培養したところ、いずれの場合も Hps-Phi 発現株はベクターコントロ
ール株に比べて高い生育度を示した。またホルムアルデヒド含有 BG11 液体培地
で培養した際の培地中ホルムアルデヒド濃度を経時的に測定したところ、
Hps-Phi 発現株はコントロール株に比べてホルムアルデヒド濃度が速やかに減
少した。これらの結果から、hps-phi 遺伝子の導入により S. elongatus にホルム
アルデヒド耐性を付与することに成功した。
*9
プレバイオティクス評価系であるヒト大腸フローラモデルのメタ
ゲノム検証
○高木理沙 1、佐々木建吾 2、佐々木大介 2、福田伊津子 1、大澤朗 1
(1 神戸大院・農、2 神戸大・自然)
【背景と目的】近年、ヒトの健康に有益とされる機能性成分を含んだ食品が市場
に多く流通している。一般に、食品成分の機能性評価は、実験動物への経口投与
試験にて行われているが、実験動物とヒトとでは腸内細菌叢を含む生体の構造が
根本的に異なるため、実験結果をそのままヒトでも同様の結果が得られると推測
することは困難である。そこで今回、我々はヒト腸内細菌叢を培養器の中で再現
し、そこに種々の機能性食品成分を投入する事で簡便に腸内細菌叢の変動や代謝
変換をモニタリングできる「ヒト大腸フローラモデル」を確立した。機能性食品
成分が腸内細菌叢構成に影響を与える例として、有用細菌の増殖を特異的に向上
させるプレバイオティクスが挙げられる。そこで、すでに有益効果が報告されて
いる種々のプレバイオティクスを本モデルに添加し、主要な有用細菌である
Bifidobacterium属を含めた腸内細菌叢の変動を調べることで、本モデルの有用
性を検証した。
【方法と結果】ヒト大腸フローラモデルの基礎培地としてGifu anaerobic medium
を使用した。培養器内に窒素ガス及び炭酸ガスを曝気する事で嫌気状態を保ち、
pHは一定になるようコントロールした。本モデルに、健康な成人の糞便を投入し
て、投入した糞便と24時間後培養液において、HPLCによる短鎖脂肪酸(SCFA)産
生量の測定及び、16S rRNA遺伝子を標的としたメタゲノム解析による網羅的な細
菌叢変動の検証を行った。SCFA組成及び優先細菌叢構成が投入した糞便に近似し
ており、本モデルはヒトの腸内細菌叢を再現できていると考えられた。次にプレ
バイオティクス効果検証のために、糞便とフラクトオリゴ糖、ガラクトオリゴ糖、
イソマルトオリゴ糖、キシロオリゴ糖、ラフィノース、ラクツロース、またはラ
クトスクロースをそれぞれ投入した試験群において、24時間後培養液を採取し、
Bifidobacterium属を含めた腸内細菌叢の定量PCR法による菌数測定を行い、さら
にSCFA測定も行った。プレバイオティクス添加群においては、ラフィノースを除
いたほぼ全ての糖において有意な Bifidobacterium 属菌増殖促進効果がみられ
た。このことからヒト介入試験においても報告されているような有益効果が本モ
デルにおいても同様に得られることが示唆された。よって本モデルはヒト介入試
験に先立った機能性食品成分の評価試験に有用であることが示唆された。
*10
メチルグリオキサールによる酵母 DNA 損傷チェックポイントの
活性化
○塩尻敦史、野村 亘、井上善晴
(京大院・農・応生科)
【目的】遺伝情報を正しく継承するためには、染色体DNAの複製と分配は厳密に制御される必要
がある。真核生物の姉妹染色分体は、複製時にはコヒーシンにより繋ぎ止められており、複製が
完了するとコヒーシンがセパレースにより切断され、染色体が分配される(図)。一方、DNAに
損傷が生じると、DNA損傷チェックポ
Ub!
Ub! ubiquitination!
Ub!
Esp1!
イントが活性化され、異常が修復される
まで一時的に細胞周期が停止すること
で誤った遺伝情報の継承が未然に防が
of securin!
Pds1!
activated
separase!
inactive!
Esp1!
degradation of securin!
Esp1!
checkpoint off!
spindle!
Pds1!
inactive!
れる。今回、我々は、解糖系から派生す
phosphorylation !
of securin!
る2-オキソアルデヒドであるメチルグ
Esp1!
リオキサール(MG)が、Saccharomyces
cohesin!
!Scc1"!
P!
Pds1!
inactive!
sister chromatids!
anaphase!
P!
cell cycle arrested!
checkpoint on!
cerevisiaeの核分配を阻害することを見
い出した。本研究では、MGによる核分
配阻害が、DNA損傷チェックポイント
の活性化に起因するかどうかついて検
討を行なった。
G2 phase!
metaphase!
DNA !
damage!
Mec1!
Chk1!
Pds1!
(checkpoint kinase 1)!(securin)!
Esp1!
(separase)
M phase!
図. 出芽酵母におけるDNA損傷チェックポイントによる姉妹染
色分体の分配阻害
【方法】核の染色にはHoechst 33342を用いた。MGによるDNAダメージの検出は、損傷DNAに結
合するDdc2のfoci形成を、GFP融合タンパク質を用いて蛍光顕微鏡で観察することによって行な
った。DNA損傷チェックポイントの活性化は、Chk1ならびにPds1のリン酸化により評価した。
コヒーシンの分解は、コヒーシンサブユニットScc1の切断により評価した。
【結果および考察】S. cerevisiaeを亜致死量(12.5 mM)のMGで処理すると、生存率は低下しない
ものの細胞の生育は停止し、芽(娘細胞)が十分大きいにもかかわらず、芽に核が分配されてい
ない細胞の割合が増加した。この時、スピンドル極体は母細胞の核膜上で複製され、成長軸方向
に配置されていたが、スピンドルは短く、G2/M期で細胞周期が停止していると考えられた。一
方、MG処理により核内においてDdc2のfociが観察され、Chk1ならびPds1のリン酸化が亢進した。
また、MG処理によりScc1の切断が阻害された。これらのことから、MGによりDNA損傷チェッ
クポイントが活性化され、姉妹染色分体の分配が阻害されている可能性が示唆された。さらに、
MG処理によりWee1キナーゼであるSwe1依存的にサイクリン依存性キナーゼであるCdc28のチ
ロシン(Tyr19)リン酸化が起こった。以上のことから、S. cerevisiaeにおけるMGによる核分配阻
害の原因として、DNA損傷チェックポイントの活性化ならびにCdc28の不活性化が考えられた。
*11
超好熱性アーキア Thermococcus kodakarensis における新
規 serine kinase の機能解析
○川村弘樹 1, 牧野勇樹 1, 佐藤喬章 1,3, 今中忠行 2,3, 跡見晴幸 1,3
(1 京大院・工・合成生化, 2 立命館大, 3JST, CREST)
【背景と目的】真核生物・細菌とは異なる第3の生物界を構成するアーキアは、特
有の代謝経路を数多く持っている。超好熱性アーキアThermococcus kodakarensis
には、生合成能があることは分かっているものの、ゲノム情報からはその生合成
経路が同定できないアミノ酸がいくつかあり、その1つにCysが挙げられる。
先行研究において、本菌はSerからphosphoserine (Sep)を介して Cysを生合成す
る可能性が示唆されていた。無細胞抽出液中からSer依存的なkinase活性を示すタ
ンパク質を精製・同定したところ、chromosome partitioning protein ParBとannotate
されていたタンパク質が、実はSer kinase (serK)であることが明らかとなった。こ
のSerKは、ATPではなくADPをリン酸基供与体とする珍しいタイプのkinaseであ
った。また、タンパク質中のSer残基をリン酸化するSer protein kinaseは多数知ら
れているが、遊離のSerをリン酸化するkinaseとしては初の同定例であった。そこ
で我々は、in vitro実験によるSerKタンパク質の生化学的特性の解析、in vivo実験
による生体内におけるserK遺伝子の機能解析を目的として研究を進めた。
【方法と結果】SerK反応によりSepが生成することが予測されていたものの、これ
までに確認はされていなかった。そこで、HPLCにより反応産物を解析し、Sep
が生成していることを確認した。また、SerKの基質特異性を解析したところ、リ
ン酸基受容体はSer特異的であり、ADPとCDPをリン酸基供与体とした際に他の
NDPより高い活性を示した。金属イオンとしてはMg2+とCa2+を用いることがで
き、至適反応温度は85℃であった。さらに、各速度論的パラメーターも算出した。
次に、serKのin vivo機能解析を行った。serK遺伝子を破壊し、予測Cys生合成経路
(Ser→Sep→Cys)を遮断した株を作製して、合成アミノ酸培地での増殖特性を解
析した。その結果、Cys非添加条件で、serK破壊株は宿主と比べ増殖の遅れを示
し、serKのCys生合成への関与が示唆された。しかし、完全なCys要求性は示さな
かったことから、本経路を相補できる別の経路の存在が示唆された。そこで、一
般 的 な Cys 生 合 成 経 路 の 1 つ で あ る 3-phosphoglycerate (3-PGA) か ら の 経 路
(3-PGA→→Sep→Cys)に着目した。遺伝子破壊により、本経路のみを遮断した
株は宿主と同様の増殖を示したが、serKの破壊に加えこの経路も遮断した株は完
全なCys要求性を示した。以上より、本培養条件におけるCys生合成では、3-PGA
からの経路も寄与し得るが、serKを介したSerからの経路が主要であることが明
らかとなった。
*12
細菌 ABC トランスポーターの ATP 加水分解は closed 型の基
質結合タンパク質との相互作用によって惹起される
○上西加純 1、金子あい 1、丸山如江 2、水野伸宏 3、馬場清喜 3、
熊坂 崇 3、三上文三 1、村田幸作 2、橋本 渉 1
(1 京大院・農、2 摂南大・理工、3SPring-8/JASRI)
【背景と目的】細菌の取り込み型 ABC トランスポーターは、ATP 加水分解のエ
ネルギーを用いて、細胞膜外の基質結合タンパク質に依存した物質輸送を行う。
基質結合タンパク質は、基質と結合すると open 型から closed 型に構造変化する。
細菌 ABC トランスポーターは、構造に基づいて TypeⅠと TypeⅡに分類される。
大腸菌のマルトーストランスポーターを筆頭に、数種類の TypeⅠ型の細菌 ABC
トランスポーターの構造と機能が解析され、その輸送機構が提唱されている。現
在、基質結合タンパク質との相互作用が ATP 加水分解の引き金であると示唆さ
れているが、その相互作用様式について解析が進められている。これまでに、グ
ラム陰性 Sphingomonas 属細菌 A1 株由来の Type I 型 ABC トランスポーター
AlgM1M2SSS が、基質結合タンパク質 AlgQ1 または AlgQ2 とともにアルギン酸
の輸送に機能することを明らかにしている。そこで本研究では、細菌 ABC トラ
ンスポーターにおける ATP 加水分解の制御機構を明らかにすることを目的と
し、AlgM1M2SS の in vitro 機能解析および X 線結晶構造解析を行った。
【方法と結果】アルギン酸オリゴ糖(四∼七糖)を基質とし、リポソームに再構
成したAlgM1M2SSを用いて、ATPase活性と輸送活性を測定した。その結果、全
ての基質で同程度のATPase活性の上昇が認められた。一方、輸送活性測定では、
アルギン酸四糖は輸送されたのに対し、五糖以上のアルギン酸オリゴ糖は輸送基
質とならなかった。そこで、AlgM1M2SSおよびAlgQ2とアルギン酸オリゴ糖と
の複合体をX線結晶構造解析により調べた。六糖以上のアルギン酸オリゴ糖をリ
ガンドとして結晶化を行い、HAG(Humid Air and Glue-coating)法を用いて複合
体の立体構造を分解能3.6 Åで決定した。複合体において、AlgM1M2SSは内向き
構造をとり、AlgQ2はアルギン酸オリゴ糖と結合してclosed状態になっていた。
この時、AlgQ2はアルギン酸オリゴ糖の非還元末端から五糖目までを認識してい
た。AlgQ2単体と六糖以上のアルギン酸オリゴ糖との共結晶構造を、分解能2.0 Å
で決定したところ、複合体の場合と同様に、非還元末端から五糖目までの糖残基
がAlgQ2と結合していた。輸送基質にならない糖質、ABCトランスポーター、お
よび基質結合タンパク質の複合体構造が決定されたのはこれが初めての例であ
る。今回、in vitro機能解析およびX線結晶構造解析から、基質と結合してclosed
状態になったAlgQ2がAlgM1M2SSと相互作用することにより、ATP加水分解が引
き起こされることが示唆された。
13
褐藻類主要成分アルギン酸とマンニトールを原料とした出芽酵
母を用いた有用化合物生産系の構築
平山 誠 1、田中秀樹 1、柏原貴幸 1、松岡史也 1、村田幸作 2、
○河井重幸 1
(1 京大院・農、2 摂南大・理工)
【背景と目的】 広大な海域を有する我が国にとって、国産可能な海洋バイオマ
ス(褐藻類)を原料とした有用化合物の発酵生産技術の開発は重要である。これ
により、藻場効果による海洋資源の涵養や水産業の振興という相乗効果も期待で
きる。出芽酵母 Saccharomyces cerevisiae は有用化合物の優れた生産微生物で
あるが、褐藻類の主要成分であるアルギン酸とマンニトールを資化できない。
我々は、アルギン酸とマンニトールを原料とした、出芽酵母を用いた有用化合物
生産系の構築を進めている。本発表では、特に出芽酵母へのアルギン酸とマンニ
トール利用能の付与という問題に焦点を当て、当該研究の現状を報告する。
【方法と結果】 2 種類の出芽酵母(BY4742 株と D452-2 株)を宿主として用い
た。マンニトールに関しては、「マンニトールデヒドロゲナーゼホモログ遺伝子
(DSF1)と推定マンニトールトランスポーター遺伝子(HXT17)の強制発現」1)、
または我々が開発した「cyc8Δ1139-1164 アリルの導入」2)という二つの方法によ
りマンニトール資化能の出芽酵母への付与が可能である。両方法の優劣を明らか
にするため、BY4742 と D452-2 両株に各々の方法でマンニトール利用能を付与
し(各々のゲノム DNA に当該アリルと両遺伝子を導入し [当該アリルは CYC8
と置換し])、得られた 4 株のグルコース培地およびマンニトール培地での性能比
較を行った。その結果、D452-2 株が BY4742 株よりも、DSF1/HXT17 の強制発現
による付与法が cyc8Δ1139-1164 アリルの導入によるそれよりも優れている傾向
にあった。更にアリル導入では、別途導入した DEH 資化遺伝子(後述)の発現
が抑制された。本結果に基づき、DSF1/HXT17 の強制発現によるマンニトール利
用能付与法を採用した。アルギン酸に関しては、DEH 資化に必要な 4 遺伝子(出
芽酵母コドンに最適化)各々のプロモーター‒ターミネーター間への挿入、ゲノ
ム DNA への導入、並びにその機能的発現の確認を完了した。更に上述の方法で
マンニトール資化能も付与し、DEH とマンニトール両方を資化できる目的の出
芽酵母株を構築した。現在、最初に DEH 利用能の付与に成功した米国グループ
1)
の例に倣い、DEH 培地での馴養(適応進化)を進めている。
1)
Nature 505:239-243 (2014). 2) Appl. Environ. Microbiol. 81:9-16 (2015).
14
PGC1α ノックアウトマウスを用いた筋サテライト細胞の分化能
解析
○広瀬優真 1、山下敦史 1、畑澤幸乃 1,2、小野悠介 3、亀井康富 1
(1 京府大・生命環境、2 学振特別研究員、3 長崎大・医歯薬)
【背景と目的】骨格筋は体重の約40%を占める人体最大の組織であり、筋機能
の維持は正常な代謝や運動のために重要である。骨格筋は損傷を受けたときに成
体幹細胞である筋サテライト細胞の働きによって再生する能力を有しており、筋
サテライト細胞の再生能は運動により促進されることが報告されている。一方、
peroxisome proliferator activated receptor-ɤ coactivator-1α(PGC1α)は様々な核内受
容体や転写因子の転写共役因子で運動時に骨格筋で発現増加する(Hatazawa et
al., 2015)
。さらにPGC1αの骨格筋での過剰発現はミトコンドリア生合成や脂肪酸
β酸化活性化、そして酸化的な筋線維タイプへの変化を引き起こす。一方、PGC1α
は筋損傷後の筋再生時に発現増加することが報告されている。本研究では、我々
が樹立した骨格筋特異的なPGC1αノックアウトマウス(KO)より筋サテライト
細胞を単離し、筋分化能を比較・検討することでPGC1αが筋分化に及ぼす影響
を検討した。
【方法と結果】頸椎脱臼により屠殺した野生型マウス(WT)、KOの長趾伸筋(EDL)
を採取し、0.2% collagenase溶液中で約2時間インキュベートして単一の筋線維ま
で分解した。不純物を取り除き、過収縮を起こしていない筋線維のみを精製した
(単一筋線維法)。精製した筋線維をトリプシン/EDTAで10分間処理後、増殖培地
で懸濁しマトリゲルコーティングした6well plateで培養した。培養6日目に細胞を
同密度で再播種し、分化培地で2日間培養後、顕微鏡で分化能を観察した。しか
しWTとKOの筋サテライト細胞では分化能に差がないことが観察された。これは
WTの定常状態におけるPGC1αの活性が低く、KOとの差が小さいためである可
能性が考えられた。そこでPGC1αを活性化し、ミトコンドリア活性を誘導する
ことが報告されているレスベラトロールを含む分化培地(終濃度0, 50, 100 µM)
で筋サテライト細胞を培養し、分化能を検討した。顕微鏡で観察したところWT、
KO由来の筋サテライト細胞の分化能には差が見られなかった。一方、筋線維の
形態はレスベラトロール用量依存的に短縮し、分化の程度が低下することが観察
された。
15
PGC1α 欠損マウスにおける分岐鎖アミノ酸分解経路および
持久運動能力の解析
○藤田 礼人、吉村 亮二、南 貴美子、亀井 康富
(京府大・生命環境)
【背景と目的】分岐鎖アミノ酸(BCAA)は運動時の骨格筋の重要なエネルギー
源であり、ヒトやラットにおいてBCAA摂取は持久運動能力を増加させる。しか
し、そのメカニズムは明らかにされておらず、マウスでのBCAA摂取による運動
能力増加は報告されていない。 BCAA分解経路はBCAAアミノ基転移酵素2
(BCAT2)と分岐鎖α-ケト酸脱水素酵素(BCKDH)により触媒される。peroxisome
proliferator activated receptor-ɤ coactivator-1α(PGC1α)は運動によって骨格筋で発
現増加する転写調節因子であり、ミトコンドリア生合成など運動に関連する遺伝
子発現を活性化する。これまでに本研究室では、骨格筋特異的にPGC1αを過剰発
現させたマウスでは持久運動能力が増加し、同時にBCAT2やBCKDHの発現増加
とBCAA濃度の減少が生じていることを明らかにしてきた。一方、骨格筋特異的
にPGC1αを欠損したマウス(PGC1α-KO)や全身でBCAT2を欠損させたマウスで
は持久運動能力が低下することが報告されている。そこで、本研究において我々
はBCAA摂取による持久運動能力の向上はPGC1αを介したBCAA利用によるもの
かPGC1α-KOを用いて明らかにすることを目的とした。
【方法】PGC1α-KOと野生型マウス(WT)の運動能力をトレッドミルの走行時間
により評価し、WT群間、PGC1α-KO群間でそれぞれ運動能力に差がないように
群を設定した。その後回転かご付きのケージで3週間飼育し、トレッドミルを用
いて運動能力テストを行った。運動テスト30分前に生理食塩水あるいはBCAAを
経口投与した。BCAA(LIVACT, Ajinomoto, Leu:Ile:Val=2:1:1.2)を生理食塩水で
溶解して0.15 mg/5 μL/ g body weightで経口投与した。運動能力テスト終了後、6
日間回転かご付きケージで飼育した。解剖前に生理食塩水あるいは BCAAを経
口投与し、25分間トレッドミルで運動させ解剖を行い、骨格筋を採取した。
【結果と考察】BCAA投与によりWTでは持久運動能力の増加が見られた。この結
果は、我々の知る限り、マウスにおいてBCAAにより持久運動能力の増加を観察
した初めての例である。一方、PGC1α-KOではBCAAによる持久運動能力の増加
は見られなかった。BCAT2やBCKDHのmRNA量はWTと比べてPGC1α-KOで有意
に減少していた。血中のBCAAの濃度は、WTに比べてPGC1α-KOで、BCAA投与
により有意に高い値を示した。PGC1α-KOではBCAAの分解能が低下しているこ
とを示唆している。本研究の結果からBCAA摂取による持久運動能力の増加には
PGC1αが必要であり、PGC1αにより制御されるBCAA分解経路が寄与しているこ
とが示唆された。
*16
ジアシルグリセロールキナーゼαの核-細胞質間シャトリングの
生理的意義の解明
○渡辺真以 1、木曽裕子 2、上田修司 1、山之上稔 1、齋藤尚亮 2、白井康
仁1
(1 神戸大院・農、2 神戸大・バイオ)
【背景と目的】ジアシルグリセロールキナーゼ(DGK)は、ジアシルグリセロール
(DG)をリン酸化し、ホスファチジン酸(PA)に変換する脂質キナーゼである。DG
はPKCの活性化物質であり、PAも様々な酵素の活性を調節することから、DGK
はPKCの抑制やPAの産生を介して生体内で重要な働きをしていると考えられ
る。DGKは10種類のサブタイプを持つが、そのうちDGKαは血清の有無によって
細胞内での局在が変化することがわかっている。即ち、NIH3T3細胞において
DGKαは、無血清にすると核内へ移行し、血清を再添加すると核外へと移行する。
一方、COS7細胞においては、血清の有無によるDGKαの核-細胞質間シャトリン
グはみられない。しかし、このDGKαの核-細胞質間シャトリングの生理的意義や
メカニズムは明らかになっていない。そこで本研究では、これら二種類の細胞に
加え、DDT1-MF2細胞を用いて、各細胞におけるDGKαの核移行に着目し、核細胞質間シャトリングの機能解明を行うことを目的とした。
【方法と結果】まず、無血清状態におけるDGKαの局在及び細胞増殖を比較した。
GFP融合DGKαを各細胞にトランスフェクションし、24時間後に無血清培地に交
換後、0, 24, 48時間後のDGKαの局在をGFPの蛍光により観察した。また、一定
数の細胞を培養し、無血清培地に交換後、0, 24, 48時間後の細胞数をカウントす
ることにより、各細胞の無血清状態における細胞増殖能を比較した。その結果、
NIH3T3細胞、DDT1-MF2細胞では、無血清化直後と比較すると、時間が経つに
つれて、細胞質に対する核のGFP蛍光強度が増し、DGKαが核内移行したことが
示された。また、この二種類の細胞増殖は停止した。一方、COS7細胞ではDGKα
の核内移行がみられず、無血清状態でも細胞は増殖し続けた。そこで、COS7細
胞に核移行シグナル(NLS)を付加したDGKα(CFP-NLS-DGKα)を発現させた場合
の、無血清時の細胞分裂の様子を観察した。蛍光を有する細胞の分裂を観察した
結果、無血清状態においてCOS7細胞の増殖は抑制された。このことから、DGKα
が核に局在することで無血清状態では細胞分裂は停止することが示唆された。次
に、shRNAによってDGKαの発現を抑制したNIH3T3細胞に、核内移行しない変
異体(GFP-DGKα C1A mutant)を発現させ、同様に観察した。その結果、無血清
状態においてNIH3T3細胞の増殖が促進された。以上のことから、無血清状態に
おいてDGKαが核に局在化することにより細胞分裂が停止し、DGKαが細胞質に
局在することで細胞周期が進行することが示唆された。現在、そのメカニズムに
ついて検討中である。
*17
ダイゼインはエストロゲン受容体βを介して雌マウスの骨格筋
量を増加させる
○河田夏初、原田直樹、山地亮一
(大阪府大院・生命環境)
【目的】ヒトの体重の大部分を占める骨格筋は、運動機能以外に、糖や脂質の代
謝も担う。骨格筋の重量は筋タンパク質の合成と分解のバランスによって調節さ
れており、骨格筋量の維持・増加に寄与する食品成分を日常の食事から摂取する
ことは運動機能障害や代謝性疾患を予防・改善する上で重要である。骨格筋には
女性ホルモンに特異的な受容体である2つのエストロゲン受容体アイソフォー
ム(ERαと ERβ)が発現しており、我々は雌マウスの下肢の骨格筋の ERαをノ
ックダウンすると筋量が増加することを見いだした。しかし ERβの骨格筋にお
ける詳細な機能は不明である。我々は、女性ホルモン様作用を有する大豆イソフ
ラボンのダイゼインが骨格筋の細胞で ERαよりも ERβに対するアゴニスト活性
を示すことを見いだした。そこで本研究ではダイゼインが骨格筋量に及ぼす影響
について検討した。
【方法と結果】マウス筋芽細胞株 C2C12 細胞を分化培地で培養して筋管細胞に
分化させた後、ダイゼイン存在下で培養した。その結果、ダイゼインは筋管細胞
の短径を増加、つまり筋管細胞を肥大させた。そこで筋肥大の要因となるタンパ
ク質合成に及ぼすダイゼインの影響を検討したところ、ダイゼインが筋タンパク
質の合成を促進することが明らかとなった。骨格筋量の主要な調節因子であり、
筋タンパク質合成を促進するインスリン様成長因子(IGF-1)の mRNA レベルは
ダイゼインにより増加したが、ERβをノックダウンした筋管細胞ではダイゼイン
による Igf-1 mRNA レベルの増加は抑制された。また筋管細胞においてダイゼイ
ンは mTOR の下流標的因子である 4E-BP1 のリン酸化を増加させたが、ERβをノ
ックダウンした筋管細胞では 4E-BP1 のリン酸化はダイゼインにより増加しなか
った。さらに 8 週齢の雄と雌の C57BL/6J マウスに 0.1%ダイゼイン含有食を 1
週間摂食させたところ、雌マウスでのみ下肢の骨格筋の重量が増加した。筋重量
が増加した雌マウスの骨格筋では Igf-1 mRNA レベルが増加した。しかし、下肢
骨格筋の ERβをノックダウンした雌マウスにダイゼイン含有食を摂食させたと
ころ、ダイゼイン摂食による骨格筋量の増加と Igf-1 mRNA 発現レベルの増加は
抑制された。以上の結果より、雌マウスの骨格筋においてダイゼインが ERβを介
して筋量を正に制御していることが判明し、またその制御機構に IGF-1/mTOR シ
グナル伝達経路が関与していることが示唆された。
*18
唾液検査による不完全 IgA 欠損の発見と解析
―イムノクロマトグラフィーの開発―
○松永安由 1、木津久美子 2、小西陽介 3、佐藤優 3、新蔵礼子 3、
成田宏史 1
(1 京女大・食物、2 大阪成蹊短大・総合生活、3 長浜バイオ大・生体応答)
【目的】我々はこれまでにヒト母乳および唾液中に食品タンパク質が分泌型IgAと
免疫複合体 (IC) を形成して存在することを明らかにしてきた。また動物実験に
より,母乳哺育を介して母親が摂取したタンパク質特異的に仔に経口免疫寛容が
誘導されること,さらにICがその誘導因子であることを報告してきた。本研究で
は唾液中のICに着目し,その生理的意義並びに測定の重要性の解明を目指した。
【方法・結果】唾液は,被験者に歯磨きとうがいをしてもらった後,舌下に脱脂
綿を含ませて採取した。唾液中の総IgA,総分泌型IgA,総IgA1およびIgA2,OVA
およびカゼイン特異的IgAおよびそのICはELISA法で解析した。
ライフステージ別に唾液中の特異的IgAとICを測定した結果,乳児<成人<授
乳婦の順に高値を示し,乳児においてはIgA産生が未熟,授乳婦では活性化状態
であることが判明した。したがって,乳幼児の唾液中ICを測定することで経口免
疫寛容の獲得の過程をモニタリングできる可能性が示された。
また,健常な女子大生より提供してもらった唾液の解析から,唾液中IgAが特
徴的に少ない被験者が見つかり,この被験者がIgA欠損症である可能性が考えら
れた。IgA欠損症とは,血中IgA値が10mg/dL以下である遺伝的な疾患である。そこ
で本被験者の血液検査を行ったところ,IgA値は81mg/dLで欠損症ではなかったも
のの,健常人の95%が該当する基準値(110-410mg/dL)は下回っており,IgAの
不完全欠損状態であることが判明した。さらに両親および祖父母の唾液・血液検
査も行った結果,父親および父方の祖母も同様にIgAが低値を示した。本結果よ
りIgA低値の原因として遺伝的要因が疑われたため,IgAのクラススイッチに関与
する遺伝子を中心に遺伝子解析を行ったが,被験者本人と父親および父方の祖母
のみに共通する変異は検出されなかった。現在さらにこの被験者と両親,父方の
祖父母の全エキソーム解析を行って原因遺伝子の特定を試みている。
IgA欠損症は,わが国では3,000∼19,000人に1人と欧米に比べて頻度は低いが,
無症候の場合が多いため潜在的な患者数はもっと多いことが予想される。そこで
ヒトIgAに対するモノクローナル抗体を作製し,唾液を検体としたIgAのイムノク
ロマトグラフィーを開発した。本法は定性的ではあるが,IgA濃度依存的なバン
ドを検出可能な条件を見出すことができた。これにより,従来のELISA法では約5
時間を要した解析時間を10分に短縮でき,無痛・無侵襲な唾液検査によって潜在
的な欠損者のスクリーニングが可能となった。
*19
X 線散乱を用いた低温等温保持過程における菜種油の
構造的な経時変化
○宮川弥生、新谷圭佑、香月和敬、中川究也、安達修二
(京大院・農)
【背景と目的】低融点の油を冷蔵または冷凍保存すると結晶化することがある.
食品中の油の結晶化は食品の品質を低下させる場合があり,適切に品質期間を設
定するためには結晶化が生じるまでの時間(結晶化の誘導期)に対する理解が重
要である.そこで本研究では,低融点の食用油である菜種油を対象として,低温
(−17,−20または−25°C)で等温保持した場合の構造的な経時変化を,X線散乱を
用いて観察し,菜種油の結晶化の誘導期に生起する現象について考察した.
【方法と結果】菜種油を充填したキャピラリーチューブ(2 mmφ)を−17,−20ま
たは−25°Cに等温保持した.経時的に試料を取り出し,試料と同温に予冷した試
料台に設置し,X線散乱分析(SAXSおよびWAXS)を行った.測定は大型放射
光施設(SPring-8,BL19B2)で行った.−17および−20°Cで等温保持した場合に
は,三鎖長の不安定な結晶が生じ,それが融解したのちに,二鎖長の構造が生じ
た.一方,−25°Cでは,三鎖長の構造が生じたのちに,その構造を維持したまま,
新たに二鎖長の安定な結晶が生じた.この鎖長構造の変化が誘導期と関連するこ
とが示唆された.
トリアシルグリセロール(TAG)の結晶構造は,構成する脂肪酸の種類に依存
する[1].菜種油には,融点の低い,二鎖長構造をとるTAGが多く含まれ,融点
の高い,三鎖長構造をとるTAGの割合は少ないと推察される.
以上より,−17および−20°Cでは,菜種油中に不安定な結晶構造を生じたのち,
それが一旦融解し,主成分である低融点のTAGとともに結晶化し,一種類の混合
物を形成したと推測される.一方−25°Cでは,融点の高いTAGが結晶化したのち,
低融点のTAGが結晶化し,二種類の混合物が形成したと推測される.それぞれの
保持温度で結晶化した菜種油の融解挙動をDSCにより測定したところ,−17およ
び−20°Cで結晶化した菜種油では一つの融解ピークが観測されたのに対し,
−25°Cで結晶化した菜種油では二つのピークが観測された.この結果は上記の推
測を支持する.したがって,鎖長構造の変化は菜種油に含まれるTAGの構造と関
連することが示唆された.
1) C. Himawan, V. M. Starov, and A. G. F. Stapley. Advance in Colloid and Interface
Science, 122, 3–33 (2006).
20
凍結が誘起するカゼイン凝集体の構造改変と模擬消化過程に
おける凝集構造の変化
○中川究也 1、Jarunglumlert Teeraya 1,2、安達修二 1
(1 京大院・農、2 兵庫県大院・工)
【背景と目的】タンパク質の凝集体は,疎水性相互作用により脂溶性物質を安定
化させた固体分散体を形成でき,脂溶性物質の生体内への送達キャリアとしての
利用が期待できる.演者らはこれまでにカゼインナトリウム水溶液のpHを調整
することにより得られる自己凝集体に脂溶性物質(βカロテン)を包含させたマ
イクロカプセルの作製を試みてきた.特に,凝集体構造を改変させ得る前処理操
作の適用により凝集微粒子の特性を制御することを目指し,凍結やエージング
(常温・凍結下)の影響や,種々の条件下で形成する凝集体の構造を分析してき
た.本研究では,凍結下におけるエージング操作を経てカゼインナトリウム溶液
から作製した凍結乾燥粉末を,模擬消化液で反応させた時の凝集体の構造の変化
を検討した.
【方法と結果】蒸留水に溶解したカゼインナトリウム溶液を作製した.この溶液
に1 %(w/v)酢酸水溶液を適量加え,pH 5.5に調整し,2.0 mLの試料溶液を凍結乾
燥した.昇華過程の前に,‒20ºCで12時間のエージングを行い,その後減圧下で
凍結乾燥して乾燥試料を得た.得られた乾燥粉末を塩酸でpH 2.0に調整した水溶
液中に溶解させ,37ºCでペプシンを作用させた.一定の時間間隔で試料をサンプ
リングし,速やかにpHを6.0に調整し酵素反応を停止させた.この溶液に分散し
ているカゼイン凝集体の構造を,放射光X線を用いた小角X線散乱測定
(SPring-8/BL19B2)によって分析した.
カゼインナトリウム凝集体はpH 4.2付近で形成するが,pHを5.5付近に調整し
た時には凍結とエージングを経ることでその形成が顕著に促進された.カゼイン
の自己凝集体は,数十nmの一次凝集体が複数凝集し,数 µmに及ぶ凝集構造を形
成すると考えられている.本研究では,エージングを経たものと経ていない乾燥
試料を作製したが,これらは主に数百nmから数µmの大きさの凝集構造が異なるこ
とことが確認できた.模擬消化液による加水分解の進行に伴い,この一次凝集体
と考えられる構造体の大きさの増加がいずれの試料においても認められた.エー
ジングを経た乾燥試料は,数µmレベルの凝集体はさらにその大きさを増し,慣性
半径の大きな粗な凝集体が形成されることが示唆された.一方,エージングを経
ていない乾燥試料は,数µmレベルの凝集体の大きさは逆に減少し,消化の過程で
より密な凝集体が形成することが示唆された.
*21
麻痺性アルカロイド、アスペルパラリンの合成研究
○出口哲、大向宏明、園田素啓、谷森紳治
(阪府大院・生命環境)
【背景と目的】
アスペルパラリンは 1997 年、林らにより、糸状菌 Aspergilus japonicas JV-23
株をオカラ培地で培養し、その培地抽出物から得られた顕著な麻痺及び殺虫活性
を有するアルカロイドである。本化合物はカイコ幼虫の神経を用いた電気生理学
的な研究から、nAChRs(ニコチン性アセチルコリン受容体)において、アセチル
コリンの作用を競合的に阻害する新たな化合物であることが判明している 1)。こ
の nAChRs に対する阻害活性の半数効果濃度は 20nM とかなりの低濃度であった。
さらに、3種の脊椎動物の nAChR に対する阻害活性が極めて低かったことから、
その麻痺活性は昆虫類に対する高い選択性を持っていることが示唆されている。
しかし、本化合物は天然からは微量でしか得ることができず、全合成は未だ達成
されていない。そこで、本研究ではアスペルパラリンの全合成の経路を確立する
ことにより、構造活性相関などの応用研究に役立てたいと考えた。
【方法と結果】
当研究室ではこれまでアスペルパラリン (1) をターゲットとした合成研究に
つ い て 、 L-proline (2) を 出 発 物 質 と し た 逆 合 成 経 路 に 従 っ て 行 っ て お り
(Scheme 1)2)、これまでに
三環性中間体 (3) までの
合成を4段階、全収率20%
で達成している。また、
アスペルパラリンの誘導
体合成の一環として中間
体 (3) のgem-ジメチル基
欠如体の合成も試みている(Figure 1)。
現在、この二つの化合物に対して、ラクタム環ならびにスピロ環構築について
の条件検討を行っている。
1)H. Hayashi, K. Matsuda, et al., PLoS ONE, 2011, 6, e18354.
2)S. Tanimori, et al., Tetrahedron Lett. 2001, 42, 4013.
22
Characterization of the venom of the vermivorous cone
snail Conus fulgetrum
○Mohammed Abdel-Wahab1, 2, Atsushi Kitanaka2, Hironori Jyuichi2,
Masahiro Miyashita2, Moustafa Sarhan1, Maged Fauda1, Mohamed
Abdel-Rahman3, Samy Saber1, Hisashi Miyagawa2, Yoshiaki
Nakagawa2
(1Al-Azhar University, 2Graduate School of Agriculture, Kyoto
University, 3Suez Canal University)
Introduction: Cone snails are arguably both the largest genus of living marine
invertebrates and the largest single genus of venomous animals that use venom for prey
capture and self defense. The venom of cone snails is composed of a highly complex
mixture of peptides (conopeptides or conotoxins) that target a variety of ion channels
and receptors, which represents a largely untapped resource of bioactive compounds of
potential pharmaceutical values. Conus species have evolved to express a variety of
conopeptides to adapt to the biological targets of their own specific preys (fish, worm
and snails) at their living environments. Therefore, the proteomic characterization of
conus venom, which has been poorly studied, is of great interest. Here, we used mass
spectrometry techniques to uncover the extent of variability in venom components in
Conus fulgetrum, a worm-hunting (vermivorous) cone snail species.
Methods & Results: Cone snails (C. fulgetrum) were collected from the Egyptian Red
Sea. The venom apparatus was dissected from the snails. The venom duct was cut into
small pieces and suspended in 2% acetic acid to extract the venom. LC/MS analysis
revealed that over 400 components, whose molecular mass ranged from 500 to 5000 Da,
were included in the C. fulgetrum venom. The number of disulfide bridges in each
peptide was estimated based on the mass difference after derivatization of Cys residues. Many disulfide-rich peptides were observed in the venom, and most of them have 3
disulfide bridges. Finally one component having a monoisotopic molecular mass of
2902 Da was purified by HPLC, and its primary structure was determined by a
combination of Edman degradation and MS/MS analysis. This peptide, which was
named fu6a according to the nomenclature of conotoxins, is composed of 26 amino acid
residues containing six cysteine residues and two post-translationally modified residues,
4-hydroxyproline (O) and γ-carboxyglutamate (γ). Primary sequence of fu6a,
TCREKGEOCSVYVγCCSRICGYYACA, is similar to that of the γ-conotoxin-like
peptide as7a, which was isolated from the vermivorous cone snail C. austini venom. To
the best of our knowledge, this is the first example of isolation and identification of a
conopeptide from the C. fulgetrum. Further investigation of the biological activity of this
unique toxin will reveal its biological role in the venom.
特別講演 農芸化学奨励賞受賞講演
昆虫の脂肪酸‐アミノ酸縮合物(FACs)の生理・生態学的機能解析
京都大学大学院農学研究科 吉永 直子
はじめに
近年、害虫や病原菌に対し、植物がどのような防御機構を持つのかが明らかに
なりつつある。中でも、直接的に微生物の侵入・繁殖を阻害するメカニズムは遺
伝子からシグナル伝達経路まで明らかになってきた。一方で、植食性昆虫の食害
に応答して、植物が天敵を利する揮発成分を放出する、いわゆる間接防御応答に
ついては未解明の部分が多い。たとえば、昆虫の食害を受けた際、植物は唾液に
含まれるエリシターを識別することで特異的反応を誘導する。鱗翅目幼虫から同
定されたFACs(図1)もそうしたエリシターの一つである。何故一部の鱗翅目
幼虫がFACsを持つのか、また数ある唾液成分の中から何故植物がFACsを識別す
るようになったのかなど、興味深い点がいくつかある。この複雑なメカニズムが
機能するに至ったプロセスに着目し、関連領域の最近の知見と合わせて、発表者
らのこれまでの研究を紹介する。
図1
最初に同定されvolicitinと命名されたFACs
1.FACsに誘導される間接防御応答の起源
昆虫が出現して高等植物と共進化を始める遥か以前から、植物は微生物と様々
な相互作用関係にあり、今日見られる対病原菌の防御応答は昆虫に対するそれよ
りも古い歴史をもつと考えられている。食害応答に関わる因子の多くが病害応答
と共通しており、また近縁の遺伝子が関与していることが近年明らかになってき
た。このことから、FACsに誘導される食害応答は病害関連の応答システムから
分岐した可能性も指摘されている。実際に、植物が放出する揮発成分の中には、
共生微生物に栄養源もしくは情報伝達物質として利用される成分があり、病原菌
に対して殺菌・制菌活性を持つ成分も知られている。またFACsと同様の脂肪酸
‐アミノ酸縮合物を産生する微生物は鱗翅目幼虫の腸内細菌からも報告されて
いる。微生物由来のFACsがかつて植物‐微生物の相互作用のエリシターとして
機能していた可能性は否定できない。
これに対し発表者らは、幼虫がもつFACsは幼虫自身によって生合成されてい
ること、また生合成・代謝サイクルの全体像を明らかにし(図2)、FACsが幼虫
のグルタミン代謝の効率化に寄与していることを発見した。このことは、鱗翅目
幼虫のFACsにおけるアミノ酸部位がグルタミン及びグルタミン酸に限られるこ
とと関係している。後に、鱗翅目昆虫以外にもコオロギやショウジョウバエが
FACsを持つことを明らかにしたが、同定した類縁体のバリエーションは鱗翅目
幼虫と同じで、アミノ酸部位はグルタミン/グルタミン酸に限られていた。共生
微生物ではこのようなアミノ酸特異性が見られず、鱗翅目昆虫が持つFACsは祖
先種からの遺伝である可能性が高い。おそらく微生物由来のFACs様エリシター
が誘導していた(植物―微生物相互作用のための)揮発成分生合成システムが、
幼虫唾液中のFACsによって誤作動的に発動したのが、現在のFACsに誘導される
間接防御メカニズムの発端であると想像できる。ただし、昆虫由来の植物揮発成
分誘導エリシターはFACs以外にもいくつか見つかっており、inceptinは植物由来
のATP合成酵素が幼虫体内で分解されたペプチドである。2種のエリシターは、
少なくとも受容体レベルで誘導メカニズムが異なることが予想され、様々なルー
ト・起源をもつ防御応答が同一の現象を引き起こしていると考えられる。
図2
ハスモンヨトウにおけるFACs生合成・代謝メカニズム
2. FACs類縁体組成に見る昆虫と植物の鬩ぎ合い
植物のFACs受容体は同定されておらず、類縁体の化学構造の違いがどのレベ
ルで識別されるかはまだわかっていないが、各類縁体を植物に処理した場合、放
出される揮発成分量には有意な差があった。特に、トウモロコシやナス、タバコ
では水酸化型FACsに対して非水酸化型の2-3倍量の揮発成分を放出する傾向が
見られた。ナス科植物の害虫であるタバコスズメ幼虫から発見したFACsは、脂
肪酸上の水酸基が通常の17位ではなく18位にあり、この新規FACsはナスやタバ
コに対しては通常の水酸化型と同等のエリシター活性を示したが、トウモロコシ
では非水酸化型と同程度の活性しか示さなかった。この結果から、植物は自身の
害虫が持つFACsにカスタマイズした受容機構を発達させてきた可能性が示唆さ
れた。
FACs応答性の植物を餌とする場合、FACsを持つ/持たない/どの類縁体を持
つかの選択は幼虫の生存戦略に重要である。鱗翅目約30種を対象にFACsの有無
を調べたところ、3分の2が保有種であり、その類縁体組成は種特異的であった。
比較的初期に分化した種でもFACsを持つ一方、系統とは無関係にFACsを持たな
い種が散見されたことから、3分の1の種がFACsを作らなくなったと考えられる。
また、FACsを持つ種の中には、エリシター活性の低いFACsしか生合成できない
ように敢えて栄養価の低い果実部位を食べるように適応した種や、FACsによっ
て誘導されるシグナル伝達を攪乱するエフェクターを作る種もある。これに対
し、エリシター活性の強いFACsを作る種は概して成長が早く農業害虫として知
られる。寄生蜂が若齢幼虫にのみ産卵することを考えれば、この戦略は一見理に
適っているが、餌となる植物が改良品種のように栄養豊富で生育阻害成分の少な
い植物でなければ、逃げ切るのに十分な生育速度は得られないだろう。
植物がFACsに応答するかどうか、また鱗翅目幼虫がFACsを持つかどうかは、
今日の植物‐昆虫ネットワークから推察される生存戦略だけでは説明できない。
植物側のFACs受容体と昆虫側のFACs生合成酵素の同定、それに続く物質的基盤
の解明が急務である。
<お知らせ>
○第 493 回支部参与会は、12:00 より京都大学楽友会館(2 階会議・講演室)にて開
催いたします。
○次回例会(494 回)予定
日時:平成 28 年 5 月 21 日(土)
会場:京都府立大学
講演申込締切:平成 28 年 4 月 15 日(金)
講演要旨締切:平成 28 年 4 月 22 日(金)
問い合わせ先:〒606-8522 京都市左京区下鴨半木町 1‐5
京都府立大学大学院生命環境科学研究科
森田重人
Tel: 075-703-5675
E-mail: [email protected]
公益社団法人日本農芸化学会関西支部
〒606-8502 京都市左京区北白川追分町
京都大学大学院農学研究科内
発 行 日:平成 28 年 2 月 5 日
庶務幹事:橋本 渉
E-mail : [email protected]
Tel : 0774-38-3756、Fax : 0774-38-3767
会計幹事:安部 真人
E-mail : [email protected]
Tel : 075-753-6405、Fax : 075-753-6408
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