(株)高齢社のビジネスモデルを参考に 定年後のシニアが活躍する場を広げる 「会社の仕事自体は順調で、あえて転進する理 とうかい 役 社 長 )は、 高 い 就 業 意 欲 と 社 会 参 加 志 向 を 由もありませんでした。しかし、少子高齢化が 株式会社シニア東海 歳以上のシニア世代」に特化し 進展していることを実感していましたし、バブ 持っている「 た人材派遣会社である。 の辛酸をなめたこともあり、番組で紹介されて ─ 「シニア世代のための人材派遣会社ですから、 年齢の高い人でも迷わずに来社していただける いた『働く人を大切にする』という上田さんが 本事例のポ イ ン ト ように、できるだけわかりやすい場所に事務所 掲げる企業理念に共感する部分も多くありまし ─ を置くのがよいだろうと、当地に本社を置きま た。そこで、すぐに上田さんに連絡を取って面 ◦シニア派遣の先駆者・(株)高齢社のビジ ◦ 地 元 の 製 造 業 の 期 待 に 応 え、 高 い ス キ ル した。おかげさまで好評のようです」と高江洲 会したのです」と高江洲社長は創業を決意した た東海地区における 労をサポート 歳以上の人材の就 する。 「 (株)高齢社のビジネスモデルを東海地区で 展開したい」という高江洲社長の熱い思いを聞 発端を語る。 ル崩壊やリーマン・ショックの際の対応で数々 を身につけた人材を即 戦 力 と し て 派 遣 社長はシニア世代に対する配慮のひとつを説明 ネ ス モ デ ル を 参 考 に、 愛 知 県 を 中 心 と し ◦シニアの生活パターンに合わせたフレキ シブルな就労が可能 同 社 の 設 立 は 2 0 1 1( 平 成 )年 4 月。 創 業の経緯に関しては、シニア派遣の先駆者・株 いた上田さんは、快く同社のビジネスモデルを あ ま す こ と な く 提 供 し、 さ ら に は( 株 )高 齢 社 式会社高齢社の上田研二氏との出会いに触れな いわけにはいかないだろう。 携を行うことになった。 創業のきっかけは(株) 高齢社との出会い 大手技術系人材派遣会社の役員を務め、その 関連会社の社長なども歴任してきた高江洲社長 そ し て 高 江 洲 社 長 は、( 株 )高 齢 社 の 企 業 理 念を含め、同社の豊富な実績に裏打ちされたノ がシニア東海に出資するという形で資本業務提 鉄線が JR東海道本線と中央本 線 、 そ し て 名 かなやま 乗り入れる金山総合駅の南口から徒歩1分とい は、ある時、上田氏がテレビ東京系列の情報番 す すすむ めいてつ う交通至便の場所に本社を置く「株式会社シニ 組「カンブリア宮殿」に出演しているのを見た。 たか え ア東海」 ( 愛 知 県 名 古 屋 市、 高 江 洲 晋 代 表 取 締 23 60 16.1.6 6:32:19 PM 12_jirei1_1602.indd 12 60 1 事例 2016.2 12 ウ ハ ウ を ベ ー ス に し な が ら、( 株 )シ ニ ア 東 海 独 自 の ビ ジ ネ ス モ デ ル の 創 造 に も 力 を 入 れ た。 「東京ガスOBの上田さんが東京ガスから受託 シニア派遣の必要性 では、同社で就労の場を見出そうとしている シニアの意識はどのようなものなのか。同社で は、登録を希望するシニアとの面接の際に「面 目は、「経験がある職種」 、「希望出勤日」(曜日) 、 接シート」を使った調査を行っている。質問項 野 と し て は、 「 工 業・ 産 業 用 機 械 」 ( 工 作 機 械、 同社の派遣スタッフの平均年齢は 歳、最高 齢者は 歳。同社が手がけているおもな産業分 ノづくり』企業が大きな位置を占める東海地区 「 ( 1 週 あ た り の )希 望 出 勤 日 数 」 、 「希望勤務時 人 120人 150人 180人 195人 436人 搬送機械、食品製造機械など) 、「輸送用機械・ の特性を生かそうと考えま し た 。 高 い 技 術 を 身 1.生計を立てるため 間」 、「健康状態」など。このうち「働く理由」に対 年以上の経験を積んだ登録 製品」 ( 自 動 車、 自 動 車 用 部 品 な ど ) 、 「業務用 年から につけていながら、働く場 を 見 つ け ら れ ず に い る があり、 3.社会への参加 ことにしたのです」と高江 洲 社 長 。 るとおり、派遣先から高く評価されている。し 2.健康によいから 製造業を中心とした技術 系 の 分 野 に 特 化 し た 高江洲社長のもくろみは、 東 海 地 区 の 労 働 市 場 かも、同社の派遣スタッフは、自ら現場作業に 4.生きがいを求めて 5.体力に自信があるから スタッフの技量は、本稿後半の事例からもわか のニーズにあてはまり、同 社 の 業 績 は 順 調 に 伸 従事するばかりではなく、中小企業では若手従 長し、現在に至っている。 6.小遣いを稼ぐため 業員を指導する教育係を頼まれることも珍しく 7.その他 人 せるために、フルタイム勤務ばかりではなく、 がまま』ですから、そのライフスタイルに合わ じています。また、 シニア世代はよい意味で 『わ 「高齢の技 こうした 現状に、高江洲社長 は、 術者が派遣先で活き活きと働く姿に手応えを感 こうした現状について、「意欲と能力のある 高齢者でも、ハローワークで仕事を探しても、 とがわかる。 「生計を立てるため」に同社に登録しているこ 込める。 歳を過ぎてから正社員になりた なかなか仕事が見つからないのが現状ではない 歳以上の高齢者に 短時間や短日数の勤務を選択できるようにしま 『派遣』という働き方は、 でしょうか。 この質問は複数回答であり、回答者の総数が 556人であることからすると、8割近い人が ないという。このため同社への人材派遣の要請 する回答は以下のとおりとなっている。 する仕事をベースとしたように、当社では『モ 63 こそ適しているのではないでしょうか」と力を 60 した。時間や収入がかぎられることもありうる は引きも切らないのが現状だ。 15 60 30 製品」 (プラスチック製品、樹脂製品など)など 高江洲晋・代表取締役社長 歳以上の退職者に限定 し た 人 材 派 遣 を 行 う 72 20 60 な選択肢であるはずです」 と高江洲社長は語る。 ア世代の働き方のひとつとして派遣労働は重要 い人ばかりではないことを考慮しますと、シニ 60 16.1.6 6:32:20 PM 12_jirei1_1602.indd 13 高齢者の多様な働き方 特集 13 エルダー 派遣法改正を追い風に、 さらなる飛躍を期す 決・成立し、9月 日に施 行 さ れ た 。 さきの通常国会に提出さ れ て い た 労 働 者 派 遣 法の改正案が昨年9月 日 に 衆 議 院 本 会 議 で 可 11 者となったシニアが、 歳で仕事を失うことに 方々が活躍できる機会を増やしていけるように 歳以上の派遣労働者」は例外と (株) シニア東海からの派遣で働く シニアの声 ひとつといえるだろう。 が、( 株 )シ ニ ア 東 海 の 取 組 み は そ の 成 功 例 の ウハウを提供する」とかねてから公言してきた 「(株)高齢社のビジネスモデ 上田研二氏は、 ルを全国に広めたい。そのためにはすべてのノ 努めてまいります」と、高江洲社長は決意を口 ミ ン グ を と ら え て、 こ れ ま で 以 上 に シ ニ ア の 今回の派遣法改正のおも な 内 容 と し て は 、 ① 特定労働者派遣事業の廃 止 にした。 に 関 し て は、 「 ガスの指定工場となり、ガス発生用設備機械の 製造を始め、現在にいたるまで都市ガス関連の 機器や部品の製造を行っている。 今回の取材では、派遣先企業にご協力いただ き、( 株 )シ ニ ア 東 海 か ら の 派 遣 に よ っ て 就 労 さんは、同社の社員と同様に、毎日8時 分か ( 株 )シ ニ ア 東 海 か ら の 派 遣 に よ り 就 労 し て あか つ みつ のぶ い る シ ニ ア 社 員 は 赤 津 光 伸 さ ん( 歳 )。 赤 津 してその対象外となってい る 。 しているシニア社員の声を聞く機会を設けてい わ ら つ 時 分までフルタイムで勤務している。担 当しているのはNC旋盤を使った機械加工で、 み ただいた。 派遣先企業は、 「株式会社三ツ輪機 。同社は東 械製作所」 (宇佐美國男代表取締役) プログラミングも含めた機械のオペレーション 14 あつ た ば、以前は派遣期間の最長 と さ れ て い た 3 年 が 邦ガス関連の仕事を多く手がけ、名古屋市熱田 60 い 経過した後に、改めて新た な 派 遣 先 を 獲 得 す る せんばん が赤津さんの役割だ。取材当日、赤津さんは鋳 もの 区 に 本 社 工 場 を 構 え て い る。 設 立 は 1 9 2 9 (株) シニア東海には、派遣社員をフォローするスタッフにもシニア世代が多い ということが現実的には非 常 に 困 難 で あ る と い み くにお 63 物製の都市ガス用マンホールのふたの旋盤加工 15 )年 7 月。 そ の 後、 1 9 4 4 年 に 東 邦 さ 今回の労働者派遣法の改 正 に つ い て 、 高 江 洲 社 長 は「 歳 以 上 の 派 遣 労 働 者 に 関 し て い え な ど が あ る が、 い わ ゆ る「 期 間 制 限 の ル ー ル 」 ととする 者に係る労働者派遣を行ってはならないこ 3年を超える期間継続して同一の派遣労働 ③ 派 遣 元 事 業 主 は、 同 一 の 組 織 単 位( い わ ゆ る「 課 」な ど を 想 定 )ご と の 業 務 に つ い て、 遣可能期間の上限を3年 に 設 定 す る 先の事業所その他派遣就業の場所ごとに派 ② 派 遣 可 能 期 間 を 業 務 ご と に 設 定 す る 仕 組 み を 廃 止 し、 一 部 の 労 働 者 派 遣 を 除 き 、 派 遣 風となることを期待しています。こうしたタイ 確保することにつながる』という意味で、追い て、『シニアのためにより安定した就労の場を 今回の派遣法改正は私どものような企業にとっ なりかねなかったからです。こうした意味で、 63 (昭和 う 30 30 う問題をもたらしていまし た 。 歳 で 派 遣 労 働 17 60 16.1.6 6:32:21 PM 12_jirei1_1602.indd 14 60 2016.2 14 あるメーカーに転職し、機 械 の オ ペ レ ー タ ー と にあい、最終的に校長になる夢を断念。その後、 ている」という記事を目にした家族から猛反対 が、「民間出身の校長が現場でたいへん苦労し 験にも合格し校長としての配属先も決まった に取り組んだ。努力のかい が あ り 、 め で た く 試 人から登用される学校の校 長 に な る た め の 勉 強 赤 津 さ ん の 経 歴 は ユ ニ ー ク で、 歳 で サ ラ リーマン生活に別れを告げ 、 一 念 発 起 し て 民 間 わりなく働いていてほしいと思っています」と 目を置いています。こういう人には年齢にかか ます。実際、赤津さんの技量は当社の社員も一 に仕事をしてもらって構わない』とお話してい はわかります。ですから『現場では好きなよう れまで身に付けてきた技術が本物だということ でよく知っています。このため、赤津さんがこ 会社は、当社と縁がある仕事を手がけているの 宇佐美社長は「赤津さんがかつて在籍していた 赤 津 さ ん の 仕 事 に 対 す る 姿 勢 を( 株 )三 ツ 輪 機械製作所としても高く評価しており、同社の 仕事に対するスタンスは生涯現役の道に通じて 腕前を引き合いに出すまでもなく、赤津さんの 締まった表情を見せる。ゴルフやボーリングの が動くうちは働いていたいですね」と一層引き らです。何歳までとはいえませんが、現場で手 は口ばかりで手が動かない人は生き残れないか 問題ではないかと思います。つまり、町工場で しかし、最終的には現場で手が動くかどうかが がやりにくいと思う人もきっといるでしょう。 宇佐美社長の言葉に対して赤津さんは「現場 の人のなかには、私のような世代がいると仕事 に取り組んでいた( 頁写真上)。 して 歳の定年まで勤務し た 。 職 探 し を 始 め た いるといえるのではないだろうか。 赤津さんの仕事は「若手の教科書」の役割を果たしている 話す。 45 定 年 後 の 赤 津 さ ん の 目 に 留 ま っ た の が( 株 )シ ニ ア 東 海 の 募 集 広 告 で、 早 速 同 社 に 応 募 、 (株) シ ニ ア 東 海 か ら( 株 )三 ツ 輪 機 械 製 作 所 へ の 派 遣が決まった。 赤津さんは「何事もトコトン極めないと納得 できない性格です。ですか ら 、 い わ れ た 仕 事 を こなすだけでは物足りない の で 、 派 遣 先 の 了 解 はいただきましたが、より 効 率 よ く 仕 事 を 進 め 年来の趣味のゴ 赤 津 さ ん が 並 は ず れ た 成 績 を 残 し て い る の も、 ルフの腕前はハンデ4、ひ と に 勧 め ら れ て 1 年 くなったはずです」と話す。 的に書き直しました。ずい ぶ ん 仕 事 が や り や す るために、会社の工作機械 の プ ロ グ ラ ム も 徹 底 前から始めたボーリングはアベレージ185と、 30 16.1.6 6:32:21 PM 12_jirei1_1602.indd 15 15 高齢者の多様な働き方 そうした性格を物語ってい る と い え る だ ろ う 。 宇佐美國男社長(左)と赤津光伸さん 60 特集 15 エルダー
© Copyright 2024 ExpyDoc