難度高まる中国の経済政策運営~「サプライサイド

みずほインサイト
アジア
2016 年 1 月 26 日
難度高まる中国の経済政策運営
アジア調査部中国室エコノミスト
「サプライサイドの構造改革」を推進できるか
03-3591-1367
玉井芳野
[email protected]
○ 2016年初頭から人民元と中国株が急落したことなどを受けて、中国経済の先行きに対する懸念が一
段と高まっている。こうした状況ゆえ、中国指導部の政策運営能力に市場の注目が集まっている
○ 2016年は財政・金融政策による下支えに加え「サプライサイドの構造改革」により持続的成長を目
指す方針。過剰ストックの調整とともに、新たな財・サービスの供給拡大による需要の喚起を図る
○ 政策運営の成否の鍵は、改革の推進ペースにある。急ペースな改革は金融リスクの高まりや金融市
場の混乱を引き起こしうる。一方、改革の歩みが遅れると持続的成長が危うくなることに
1.はじめに
(1)中国経済先行き懸念の再燃
2016年の中国の金融市場は波乱の幕開けとなった。対ドル人民元レートは、2015年12月以降、米国
の利上げなどを受けて元安基調が強まっていたが、年明け後にさらに元安ペースが加速した(図表1)。
その主因は、中国当局が元安容認姿勢を示したとの見方が市場に広がったためであろう。
2015年12月、中国外貨取引センター(CFETS)が主要13通貨からなる通貨バスケットに対する人民元
指数を新たに公表し、単一通貨に対する人民元の動きよりも重視すると述べた1ことを受け、当局が対
ドル人民元レートの減価を容認するとの観測が高まっていた。さらに1月6日と7日に、中国人民銀行が
対ドル人民元レートの基準値を前日16時半時点の実勢レートの終値よりもやや元安に設定したことが
図表 1
為替・上海総合指数
(人民元/米ドル)
6.10
図表 2
人民元/米ドルレート(左目盛) (ポイント)
60
5,500
上海総合指数(右目盛)
製造業
58
5,000
6.20
財新版PMI
非製造業
56
元高
54
4,500
景気拡大
6.30
52
4,000
50
6.40
3,500
48
6.50
46
3,000
元安
6.70
15/01
景気縮小
44
6.60
2,500
15/03
15/05
15/07
15/09
15/11
42
2,000
16/01 (年/月)
(注)直近の値は、1 月 25 日。
(資料)Bloomberg より、みずほ総合研究所作成
40
10/01
11/01
12/01
13/01
14/01
15/01
(年/月)
(注)サンプル数は製造業で 420 社、非製造業で 400
社強。
(資料)財新、Wind より、みずほ総合研究所作成
1
上述の観測の高まりにつながり、大幅に元安が進行した。12月の財新版PMIが製造業・非製造業と
もに悪化を示したこともあり(前頁図表2)、2015年8月の人民元の基準値調整による元安進行の際と
同様2、「輸出促進のための元安誘導を迫られるほど中国経済の減速が急ペースなのではないか」との
懸念が市場に広がった。
元安の進行は株価も押し下げた。上海総合指数は2015年8月後半の株価急落後と同程度の水準まで低
下し、1月中旬には節目の3,000を割り込んだ。これを契機に、主要国・地域の株価も年初から大きく
下落した。今回の上海株急落には、株価安定のために1月4日から導入されたサーキットブレーカー制
度がかえって株価の売り要因になったことや、昨夏の株価急落時に導入された大株主の株式売却規制
の解除期限が1月8日とされていたことなど、個別の制度要因も影響している。しかし、サーキットブ
レーカー制度が一時停止となり株式売却規制の継続が決まった後も、なお株価に力強い反発が見られ
ないのは、元安進行を契機に中国経済に対する先行き懸念が再燃しているためだろう。
(2)注目集まる中国指導部の政策運営能力
中国経済に対する先行き懸念が払拭されていない以上、再びマーケットの変動が激しくなる可能性
は残存している。そのため、中国指導部が中国経済をソフトランディングさせることができるのか、
その政策運営能力に市場の注目が集まっている。
2015年通年の中国の実質GDP成長率は前年比+6.9%と(図表3)、2014年の+7.3%から減速した
ものの、政府目標の「+7%前後」を達成した(図表4)。中国政府は、世界経済の回復力が乏しい中
でも「中高速度」の成長率や物価の安定、雇用確保を実現できたのは、マクロコントロールの成果で
あるとしている。ただし、汚職腐敗撲滅の広がりによる地方政府官僚の委縮などがインフラ投資の遅
れにつながったり、意図の伝わりにくい政策の実施によって金融市場が大幅に変動したことなどによ
り、中国の政策対応能力や市場とのコミュニケーション能力に対する不信感が高まったことも確かだ。
中国指導部は今年、ソフトランディング実現のために必要な政策を着実に実行に移すことで、政策
執行能力に対する不信感を払拭し、中国経済に対する先行き懸念の広がりを抑制することができるの
だろうか。以下、中央経済工作会議や要人発言の内容を基に、今年の経済政策の方向性や重点を整理
した上で、中国指導部が経済運営において直面する課題について考察し、リスクの所在を示したい。
図表 3
16
実質GDP成長率
図表 4
主要経済指標の目標値と実績値
(前年比、%)
14
2015年
2014年
指標
12
10
6.9 8
目標
実績
目標
実績
実質GDP成長率(前年比)
7.0%前後
6.9%
7.5%前後
7.4%
消費者物価上昇率(前年比)
3.0%前後
1.4%
3.5%前後
2.0%
15%
10.0%
17.5%
15.3%
12.0%
6
全社会固定資産投資(前年比)
4
社会消費品小売総額(前年比)
2
輸出入総額(前年比)
0
M2伸び率(前年比)
1990
1995
2000
2005
2010
2015
(年)
都市部新規就業者数
(資料)中国国家統計局より、みずほ総合研究所作成
13%
10.7%
14.5%
6%前後
▲8.0%
7.5%前後
3.4%
12%前後
13.3%
13%前後
12.2%
1,000万人以上
1,312万人
1,000万人以上
1,322万人
(注)網掛けは 2014 年から目標が変化した指標。輸出入総
額伸び率は名目米ドル建て。
(資料)中国国家統計局、海関総署、中国人民銀行、中国政
府ホームページより、みずほ総合研究所作成
2
2.2016 年は景気下支えの強化とともに、「サプライサイドの構造改革」を進める方針
(1)財政・金融政策による下支えは強化の方向
2016 年の経済政策方針を定める中央経済工作会議(2015 年 12 月 18~21 日開催)の議事概要を見る
と、2016 年は「小康社会(ある程度豊かな社会)の全面的完成の勝敗を決める段階の始まりの年」と
されている。これは、2015 年 10 月末に開催された五中全会(中国共産党第 18 期中央委員会第 5 回全
体会議)で、2016~2020 年の中期政策大綱である第 13 次五カ年計画の草案が採択された際、同計画
の期間が「小康社会の全面的完成の勝敗を決める段階」と位置付けられたことに対応している。同計
画では具体的な数値目標として、「2020 年のGDPと都市・農村 1 人当たり所得を 2010 年対比で倍
増させる」ことを掲げており、そのためには 2016~2020 年の年平均成長率を+6.5%以上とする必要
があると習総書記が述べている(三浦(2015a))。こうした中期的な成長目標を踏まえ、2016 年は
+6%台後半の成長率が目指される可能性が高い。したがって、通年の成長率目標も 2015 年の「+7%
前後」から引き下げられるだろう。
ただし、成長率目標が引き下げられるといっても、過剰生産能力の調整など多くの構造問題に直面
する中で減速ペースを緩やかなものにとどめるためには、財政・金融政策による下支えが欠かせない。
中央経済工作会議でも、「積極的財政政策をより力強く、穏健的金融政策はより柔軟に」との表現が
用いられ、景気下支え強化が示唆された。また、2014 年末開催の同会議では言及のなかった「必要に
応じた財政赤字拡大」という文言が組み入れられていることからも、より財政政策に軸足を置いた政
策運営が行われる可能性が高いとみられる。
(2)「サプライサイドの構造改革」の推進を強調
今回の中央経済工作会議で注目すべきは、景気対策への過度の依存に対する弊害が意識され、「サ
プライサイドの構造改革(中国語では「供給側結構性改革」)」の推進により持続的成長を目指すこ
とが強調されている点である。「サプライサイドの構造改革」とは、2015年11月頃から習総書記や李
克強首相などが度々用いていたキーワードで、過剰な資本ストックを調整するとともに、新たな財や
サービスの供給を拡大し人々の需要の充足や喚起を図ることを意味している。具体的には、①過剰生
産能力の解消、②企業コストの軽減、③不動産在庫の解消、④有効供給の拡大、⑤金融リスクの防止
図表 5
中央経済工作会議で示された「5 つの任務」
任務
主要な政策方針
・破産手続きの市場化、破産処理に関する審理の迅速化
1
過剰生産能力の解消
2
企業のコスト軽減
・行政手続きコスト、税負担、社会保険料、財務コスト、電力料金、物流コスト等の引き下げ
3
不動産在庫の解消
・都市化や戸籍改革を通じた、農民工を中心とした住宅需要の拡大
・住宅賃貸市場の発展
4
有効供給の拡大
・需要の充足や喚起を図れる新産業、技術、製品、業態の育成
・企業の技術向上・設備更新の支援
5
金融リスクの防止・解消
・法に則ったデフォルトの処理
・地方政府債務リスクの解消
・不良資産処理、失業者の再就職支援などに対する財政・税制面の支援
・できるだけ合併・再編で対応し、破産・清算を少なくする
(資料)「中央经济工作会议在北京举行 习近平李克强作重要讲话」(『中国政府网』2015 年 12 月 21 日)より、みず
ほ総合研究所作成
3
の「5 つの任務」に取り組むことが掲げられている(前頁図表 5)。
3.2016 年の「5 つの任務」
(1)過剰生産能力の解消
では、上述の「5つの任務」が設定された背後にはどのような事情や問題があり、どのような政策が
打たれようとしているのだろうか。
まず、1番目に挙げられている「過剰生産能力の解消」については、李首相が2016年最初の視察地と
して山西省太原市を訪れ、鉄鋼業・石炭業を主産業とする地方政府の代表(山西省・陝西省・内モン
ゴル自治区・山東省)と同業種の主要企業24社を集め、過剰生産能力の解消についての会議を開催し
ていることから、かなり重要度が高いと考えられる3。
中国における過剰生産能力問題は、2008年の世界金融危機後に実施された大規模な景気対策が契機
となり、深刻化した。中国国内企業を対象としたアンケート調査によると、過剰生産能力が「非常に
深刻」または「やや深刻」と答える企業の割合は年々増加しており、2015年時点で全体(サンプル数:
約2,500社)の7割超の企業が過剰生産能力を深刻な問題として捉えていることが分かる(図表6)。業
種別にみると、鉱業、非金属鉱物製品・非鉄金属・鉄鋼業などの素材産業のほか、輸送機器や一般機
械など機械類でも深刻度が高い。
また、同アンケートによると、過剰生産能力の深刻化に伴い製造業全体の設備稼働率も低下し、2015
年で66.6%と低水準になっていることが確認できる(図表7)。
過剰生産能力の解消のためには、新規生産能力を抑制するとともに、企業合併・再編や破産・清算
が必要とされるが、中央経済工作会議では「できるだけ合併・再編で対応し、破産・清算を少なくす
図表 6
過剰生産能力に関するアンケート
図表 7
製造業の設備稼働率
(単位:%)
非常に
深刻
全 産 業
1 6 .1
2014年
15.5
12.8
2013年
12.8
2012年
鉱 業
3 3 .3
製 造 業
1 9 .8
31.1
非金属鉱物製品
非鉄金属冶金・圧延加工
30.8
28.6
鉄鋼冶金・圧延加工
鉄道・船舶・航空宇宙・その他輸送機器
25.0
25.0
化学繊維
23.0
自動車
22.7
産業機械
22.4
一般機械
コンピュータ・通信・その他電子機器
21.6
20.5
アパレル・服飾
製紙・紙製品
19.0
18.8
電機・電器
化学原料・同製品
18.8
18.3
金属製品
18.1
紡織
17.1
ゴム・プラスチック製品
16.0
食品・酒・飲料
精密機器・計器
8.8
5.4
医薬
やや
深刻
58.6
58.5
58.3
54.3
52.4
60.3
63.1
50.0
64.3
41.7
62.5
68.8
54.6
65.1
58.8
61.3
66.7
61.2
62.4
63.4
69.5
62.2
53.4
44.1
62.2
問題
なし
25.3
26.0
28.9
32.9
14.3
19.9
5.8
19.2
7.1
33.3
12.5
8.2
22.7
12.5
19.6
18.2
14.3
20.0
18.8
18.3
12.4
20.7
30.6
47.1
32.4
非常に深刻
+やや深刻
7 4 .7
74.0
71.1
67.1
8 5 .7
8 0 .1
94.2
80.8
92.9
66.7
87.5
91.8
77.3
87.5
80.4
81.8
85.7
80.0
81.2
81.7
87.6
79.3
69.4
52.9
67.6
85
(%)
80
75
70
65
60
2006 07
08
09
10
11
12
13
14
15
(年)
(注)
2010 年のデータは存在しないため、2009 年と 2011
年の平均値で補間。
(資料)中国企業家調査系統(各年版)より、みずほ総
合研究所作成
(注)1.中国の企業経営者を対象としたアンケート調
査。調査対象期間は、2014 年 8~9 月および 2015
年 8~10 月。
2.網掛けは、2015 年調査での「非常に深刻」の
回答率が 2014 年調査より上昇した業種。
(資料)中国企業家調査系統(2014、2015)より、みずほ
総合研究所作成
4
る」との方針が掲げられている。その上で、破産処理の迅速化、不良資産処理、失業者の再就職支援
などに対する財政・税制面の支援にも取り組むことが明記されており、調整に伴うマイナスの影響を
最小化しようとの意向がうかがえる。特に、雇用への悪影響が顕著になると、中国指導部に対する支
持も低下することが想像されるため、人員の再配置や新たな就職先の創出にとりわけ力点が置かれる
ことになるだろう。
(2)企業のコスト軽減
2番目の任務には「企業のコスト軽減」が挙げられている。3(1)で言及したアンケート調査を参
照しても、企業が経営上直面する主要な問題は何かという問いに対し、「人件費上昇」や「過重な社
会保険料・税負担」といったコスト負担にかかわる回答が上位に位置しており、特に後者は年々上昇
傾向にある(図表8)。また、中国中小企業発展促進センターが発表した報告書によると、全体(サン
プル数:約4,000社)の66%の企業が資金調達コスト高に直面していることが明らかにされている4。
中央経済工作会議では、複数の政策の組み合わせによって企業のコスト軽減に対応するとしている。
具体的には、①行政改革を通じた行政手続きコストの引き下げ、②不合理な費用徴収の見直し、製造
業の増値税(付加価値税)引き下げ検討などによる税・諸費用の引き下げ、③社会保険の精査による
社会保険料の引き下げ、④金融改革を通じた財務コストの引き下げ、⑤価格自由化を通じた電気料金
の引き下げ、⑥流通体制改革による物流コストの引き下げ、などである。
一時的な景気対策としてのコスト削減ではなく、行政改革・財政税制改革・金融改革などを通じて
不要なコストの発生を抑えることが狙いだ。なお、このうち⑤については早くも着手済みで、2016年1
月1日から一般工業・商業用電力小売価格が引き下げられている5。
(3)不動産在庫の解消
3番目の任務として掲げられている「不動産在庫の解消」は、(1)の過剰生産能力の解消と合わせ
図表 8
企業の抱える主な問題に関する
図表 9
アンケート
90
住宅仕掛在庫面積の対販売面積比
(倍)
6
(%)
1級都市
80
3級都市
5
70
2級都市
60
4
50
3
40
30
2
人件費上昇
過重な社会保険料・税負担
過剰生産能力問題
企業収益減少
資金ひっ迫
20
10
0
2011
12
13
14
15
1
全国平均
0
2006 07
(年)
08
09
10
11
12
13
14
15
(注)1.仕掛在庫面積=施工面積-竣工面積。
2.1 級都市は、北京、上海、広州、深圳の 4 都
市。2 級都市は、南京、杭州、合肥、寧波、
アモイの 5 都市。3 級都市は、海口、貴陽、
昆明、銀川、ウルムチの 5 都市。
(資料)中国国家統計局より、みずほ総合研究所作成
(注)各課題に対して「経営上の主な問題」と回答した
企業の割合。
(資料)中国企業家調査系統(2015)より、みずほ総合研
究所作成
5
(年)
て、資本ストックの調整のために不可欠な取り組みである。2015年末に、都市計画を討議する「中央
都市工作会議」が1978年以来37年ぶりに開催されたことからも、当該課題の重要度の高さがうかがえ
る。
中国の不動産在庫のうち、規模の大きい住宅在庫についてみてみると、販売面積対比の在庫面積は
2010年以降増加傾向にあり、2015年は前年からやや低下したものの依然として高水準にある(前頁図
表9)。この背景には、地方政府が土地使用権譲渡収入拡大などを目的に、住宅用地の供給を増やした
ことがあるとみられる(三浦(2014))。特に、人口流入が少ない地方都市ほど、高水準の住宅在庫
を抱える傾向にある。こうした在庫の積み上がりが不動産市況の重しとなり、実体経済や地方財政、
金融の健全性にも悪影響を及ぼしている。
不動産在庫解消のための政策として、中央経済工作会議では、都市化や戸籍制度改革を通じて、農
民戸籍を持つ都市居住者などに就業地での定住を認め、住宅需要を拡大することが掲げられた。また、
住宅賃貸市場の発展や、不動産企業の再編・合併なども挙げられている。すでに、住宅購入制限の緩
和や、商品住宅の保障性住宅(低中所得者向け政策支援住宅)への転用などの住宅在庫解消策は実施
されているが(三浦(2015b))、そこから一歩踏み込み、改革を通じた住宅在庫の削減に本格的に取
り込むことが目指されている。
(4)有効供給の拡大
上述の(1)(3)は生産能力や不動産など過剰な供給を削減する政策だが、4 番目の任務「有効
供給の拡大」はこれらとはベクトルが異なり、新たな財やサービスの供給を拡大し、需要の充足や喚
起を図ることを目指すものだ。
中央経済工作会議では、①貧困問題の解決、②企業の技術向上・設備更新の支援、③ソフト・ハー
ドインフラの導入、④質の高い農産品の供給、などが挙げられた。これだけ並べると、ややばらつき
感のある内容だが、いずれも現在満たされていない需要に対応するため、または新たな需要を作り出
すために財やサービスを供給する必要があるものだ。
「有効供給の拡大」の必要性を説明する分かりやすい例として、日本などで近年見られるようにな
った中国人観光客による「爆買い」がある6。この現象は、日本などで提供されている質の高い製品や
行き届いたサービスに対する、中国人の潜在的な消費ニーズを示すものだと考えられる。裏返せば、
中国で供給されている製品やサービスが、人々のニーズを十分に満たしていないということだ。今後、
ニーズや消費能力に見合った供給の拡大を促すことにより、質の高い経済を目指しているといえよう。
(5)金融リスクの防止・解消
過剰資本ストックの調整が進められる過程で、不良債権の増加や企業債のデフォルトなどの金融リ
スクが高まることを踏まえ、5番目の任務には「金融リスクの防止・解消」が掲げられている。
中国の不良債権比率は、2015年9月末時点で1.59%と低水準ではあるものの、要注意債権を含めると
5.36%となり、近頃その上昇ペースが加速している(次頁図表10)。生産能力過剰業種や不動産関連
業種などで不良債権比率が高まっている模様だ。また、上述の統計が示すよりも実際には不良債権比
率は高いのではという報告もあり7、金融リスクをめぐる不透明性は高い。
中央経済工作会議の議事概要では、金融リスクの防止・解消に資する政策として、「法に則ったデ
フォルトの処理」が最初に言及されている。これは「債券は必ず償還される」という中国国内に存在
6
する暗黙の前提を打ち破り、個別のデフォルトを認めることを改めて強調したものと考えられる。2014
年3月に中国社債市場で初めてとなるデフォルトが発生し、李首相もシステミックリスクに発展しない
範囲内で個別のデフォルトを容認する、という姿勢を示してはいた。しかし、2015年末になっても、
中国人民銀行の潘功勝副総裁が「必ず償還するという暗黙の前提を秩序だった形で打ち破る」と発言
していることから8、実際にはデフォルトが発生していたとしても救済措置がとられていた可能性があ
る。しかし、このような状態が続くと、投資家のモラルハザードが横行しリスクの高い商品に資金が
偏ってしまうとともに、債券市場の適正な価格形成にも悪影響が及ぶ。今後、景気減速に伴ってデフ
ォルトの発生が増えると予想される中、これまでのようにデフォルトの発生自体を無理に抑えればま
すます金融リスクが高まるため、ルールに基づいたデフォルトの処理の必要を今回の中央工作会議で
強調したとみられる。
このほかに、地方政府債務リスクの解消も課題として挙げられている。2015年から、地方政府債務
の返済負担軽減のため、地方債発行による債務の借り換えが始まった。地方債の発行状況をみると、
2015年の地方債発行額は予定通りの約3.8兆元(うち3.2兆元が借り換え用、0.6兆元が新規発行)とな
っており、借り換えは進展した(図表11)。財政部の楼継偉部長によると、この借り換えによって債
務コストが平均10%から3.5%に低下し、約2,000億元の負担軽減に寄与したという9。今後も借り換え
の継続による負担軽減が継続されるとともに、地方政府債務のリスクに対する管理監督がさらに強化
される方針だ。1月11日に発表された財政部の指導意見によると、特にリスクの高い地方政府は、中長
期の債務リスク解消計画とリスク発現時の緊急対応策の制定を求められている10。
4.改革実施のペースと市場とのコミュニケーションが課題に
財政・金融政策による景気下支えに頼るだけではなく、上述の「5つの任務」を中心にサプライサイ
ドの構造改革を実施し、持続的な成長を実現しようとする姿勢は高く評価できるものだ。問題は、こ
の改革をどのようなペースで進めるかである。速いペースで積極的に資本ストック調整を進めれば、
図表 10
不良債権比率
(10億元)
6,000
図表 11 地方債の発行額
(%)
要注意債権残高
(左目盛)
不良債権残高
(左目盛)
不良債権比率
(右目盛)
不良債権比率+要注意債権比率
(右目盛)
5,000
4,000
3,000
(億元)
10,000
6.0
5.0
2015年5~12月で
合計約3.8兆元発行
(1~4月は発行無し)
8,000
4.0
6,000
3.0
4,000
2,000
2.0
1,000
1.0
0
0.0
2,000
0
09/3
10/3
11/3
12/3
13/3
14/3
2013
15/3
(年/月末)
14
15/5 15/06 15/07 15/08 15/9 15/10 15/11 15/12
(年/月)
(資料)中国銀行業監督管理委員会より、みずほ総合研
究所作成
(注)新規および借り換えの地方債。2013 年および 2014
年は通年のデータ。
(資料)Wind より、みずほ総合研究所作成
7
不良債権の急増や失業者の増加など改革に伴うマイナスの影響が大きくなり、金融リスクが高まって
しまう。市場での中国経済に対する見方も一層悲観的なものになり、金融市場の混乱を引き起こす可
能性も高まるだろう。一方、改革のペースが遅れ、財政・金融政策による景気下支えに過度に頼るこ
とになれば、資本ストックの積み上がりを放置ないしは助長することになり、後の調整圧力が高まっ
てしまいかねない。
また、冒頭で紹介したように、中国の金融市場の変動が世界の金融市場にも大きな影響を与えるよ
うになったため、改革を実施するにあたっては今まで以上に金融市場への影響にも配慮しなければな
らない。この点から見ても改革実施の難度は高まっている。改革による景気への悪影響が懸念され、
再び元安が大幅に進行することになると、当局は為替介入を余儀なくされ、それにより外貨準備が減
少し、そのことが政策対応余地の縮小と受け止められ、再び元安が進行・・・という悪循環も想定で
きなくはない。また、金融市場の変動が大きくなっている際には改革が実施しづらく、それによって
改革の進捗に遅れが出る可能性もゼロとはいえない。市場参加者とのコミュニケーションをうまくと
りながら改革を推進することができるかという点が、これまで以上に重要なリスク判断材料となるだ
ろう。
【参考文献】
三浦祐介(2015a)「中国・新五カ年計画の骨格と特徴~小康社会の全面的完成にむけた習政権の政策
課題~」(みずほ総合研究所『みずほインサイト』11月13日)
三浦祐介(2015b)
「調整局面を脱する中国不動産市場~ただし回復のペースは緩慢となる見込み」(み
ずほ総合研究所『みずほインサイト』6月9日)
三浦祐介(2014)「中国不動産市場の底入れはいつか~住宅市場の循環に基づく考察と今後の展望~」
(みずほ総合研究所『みずほインサイト』10月23日)
中国企业家调查系统(2015)「企业经营者对宏观形势及企业经营状况的判断﹑问题和建议」(『管理
世界』2015年第12期)
――――――――― (2014) 「企业经营者对宏观形势及企业经营状况的判断、问题和建议」 (『管理
世界』2014年第12期)
1
中国外汇交易中心「观察人民币汇率要看一篮子货币」2015 年 12 月 11 日。
2015 年 8 月の人民元の基準値調整については、玉井芳野「トピック:人民元切り下げの狙いは何か」
(みずほ総合研究所『みず
ほ中国経済情報』2015 年 8 月号、2015 年 8 月 28 日)を参照。
3
「李克强:综合施策 标本兼治 以结构性改革促进困难行业脱困发展」(『中国政府网』2015 年 1 月 7 日)
。
4
中国工业和信息化部「《2015 年全国企业负担调查评价报告》发布」2015 年 10 月 20 日。
5
国家发展和改革委员会「国家发展改革委关于降低燃煤发电上网电价和一般工商业用电价格的通知」2015 年 12 月 28 日。
6
国家発展改革委員会の徐紹史主任も、海外で多くの中国人観光客が風邪薬や化粧品を買っていることを例に挙げ、中国の製品
やサービスの有効供給が不足していることを指摘している(「国新办就贯彻落实党的十八届五中全会精神,编制好国民经济和社
会发展第十三个五年规划纲要有关情况举行发布会」(『中国网』2015 年 11 月 3 日)。
7
「不良贷款腾挪术」(『财新周刊』2015 年第 46 期、2015 年 11 月 30 日)。
8
「潘功胜:有序打破刚性兑付 消除信用市场定价扭曲」(『新浪财经』2015 年 12 月 22 日)
。
9
「楼继伟:地方偿债能力下降」(『财新』2015 年 12 月 22 日)
。
10
财政部「关于对地方政府债务实行限额管理的实施意见」2015 年 12 月 21 日成立、2016 年 1 月 11 日発表。
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