トリチウム増殖材中でのトリチウム移行素過程の解明とその体系化

SURE: Shizuoka University REpository
http://ir.lib.shizuoka.ac.jp/
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トリチウム増殖材中でのトリチウム移行素過程の解明と
その体系化に関する研究
小林, 真
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2013-12
http://doi.org/10.14945/00007980
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静岡大学
博士論文
トリチウム増殖材中での
トリチウム移行素過程の解明と
その体系化に関する研究
2013 年
12 月
大学院 自然科学教育部
環境・エネルギーシステム専攻
小林
真
トリチウム増殖材中でのトリチウム移行素過程の解明とその体系化に関する研究
目次
第1章
諸言
1
1.1 はじめに
1
1.2 トリチウムと核融合発電
2
1.2.1
核融合反応
2
1.2.2
トリチウム
3
1.2.3
核融合発電炉
6
1.3 ブランケットおよび固体トリチウム増殖材内部でのトリチウム挙動
1.3.1
ブランケットの機能と定常的トリチウムサイクル
1.3.2
トリチウム増殖材
13
1.3.3
固体トリチウム増殖材内部におけるトリチウム移行素過程
15
1.4 まとめ
第2章
9
9
17
トリチウム移行素過程のモデル化
19
2.1 トリチウム移行素過程と数値モデル
19
2.2 トリチウム拡散速度
19
2.2.1 ランダムウォーク理論
19
2.2.2 Fick の拡散方程式
22
2.2.3 拡散係数の物理的意味
24
2.2.4 トリチウム拡散速度解明既往研究
27
2.2.5 トリチウム拡散機構解明研究
29
2.3 トリチウム捕捉・脱捕捉平衡反応速度
30
2.3.1 固体中でのトリチウム存在状態
30
2.3.2 捕捉サイトからの脱捕捉速度
31
2.3.3 捕捉サイトへのトリチウム捕捉速度
32
2.3.4 トリチウム捕捉・脱捕捉反応の既往研究
33
2.4 トリチウム捕捉サイト生成・消滅速度
35
2.4.1 照射欠陥形成過程
36
2.4.2 照射欠陥消滅機構と速度論
37
2.4.3 照射欠陥消滅に関する既往研究
38
2.5 トリチウムの表面反応速度
40
2.5.1 トリチウム表面反応の数値モデル
40
2.5.2 トリチウム表面反応の既往研究
41
2.6 トリチウム移行モデルのパラメータ
43
2.7 実験のアプローチとフローチャート
43
2.8 まとめ
46
第3章
材料の調製と分析手法
48
3.1 材料の調製
48
3.2 水素同位体注入法
50
3.2.1 はじめに
50
3.2.2 中性子照射
50
3.2.3 重水素・トリチウムイオン照射
52
3.2.4 トリチウムガス曝露装置
54
3.3 昇温脱離法
3.3.1 はじめに
55
3.3.2 昇温脱離法の原理
55
3.3.3 重水素分析測定技術及び昇温脱離実験装置
56
3.3.3 トリチウム分析測定技術及び昇温脱離実験装置
57
3.4 材料構造・化学状態変化分析手法
第4章
55
63
3.4.1 はじめに
63
3.4.2 X 線光電子分光法
63
3.4.3 フーリエ変換赤外分光法
65
3.4.4 電子スピン共鳴法
66
トリチウム拡散機構と速度論
70
4.1 はじめに
70
4.2 分析理論と実験アプローチ
70
4.3 実験手順
74
4.4 結果・考察
75
4.4.1 トリチウム放出挙動
75
4.4.2 等温加熱実験
76
4.4.3 昇温速度依存性実験
76
4.4.4 トリチウム拡散機構
79
4.5 トリチウム拡散に関するまとめ
第5章
トリチウム捕捉サイトと脱捕捉機構および速度論
5.1 はじめに
81
83
83
5.2 分析理論と研究アプローチ
83
5.3 実験手法
84
5.4 結果・考察
85
5.4.1 チタン酸リチウムの化学状態変化
85
5.4.2 水素同位体化学状態
87
5.4.3 水素同位体放出挙動と脱捕捉速度論
89
5.5 まとめ
第6章
照射欠陥の生成・消滅機構と速度論
6.1 はじめに
97
98
98
6.2 分析理論と実験アプローチ
100
6.3 実験手法
101
6.4 結果・考察
102
6.4.1 欠陥密度の測定
102
6.4.2 照射欠陥消滅挙動
105
6.5 まとめ
第7章
表面反応とトリチウム放出挙動への影響
107
108
7.1 はじめに
108
7.2 分析理論と実験アプローチ
108
7.3 実験手法
110
7.4 結果・考察
110
7.4.1 パージガスによるトリチウム放出挙動の変化とそのメカニズム
110
7.4.2 同位体交換反応の影響
115
7.5 まとめ
第8章
数値解析およびモデルの妥当性検証
120
122
8.1 はじめに
122
8.2 算出された素過程速度のまとめとモデルの最適化
122
8.3 数値計算手法
124
8.4 トリチウム TDS スペクトルの解析と捕捉速度係数の最適化
127
8.5 実機環境下におけるトリチウム放出挙動の予測
131
8.6 まとめ
136
第9章
長期間運転を想定するためのトリチウム移行モデルの改良
137
9.1 はじめに
137
9.2 分析理論と実験アプローチ
138
9.3 試料調製と実験・分析手法
139
9.4 結果・考察
142
9.4.1 リチウム燃焼・蒸発効果に関する研究
142
9.4.2 リチウム濃度増加によるトリチウム放出挙動変化
145
9.4.3 トリチウム移行過程に及ぼすリチウム濃度依存性
148
9.4.4 トリチウム移行過程に及ぼすヘリウム滞留効果
149
9.5 まとめ
第10章 リチウム酸化物におけるトリチウム移行現象の一般化
150
152
10.1 はじめに
152
10.2 分析手法
152
10.3 結果・考察
152
10.3.1 アルミン酸リチウムにおけるトリチウム移行過程
152
10.3.2 リチウム酸化物におけるトリチウム移行素過程速度の一般化
156
10.4 まとめ
第11章 総括
160
161
11.1 研究の総括
161
11.2 本研究の核融合炉開発への貢献
163
11.3 本研究の今後の展開
163
謝辞
論文及び学会発表
第1章
諸言
第1章
諸言
1.1 はじめに[1-4]
世界の人口は発展途上国で急増しており、それらの国々の人々も文化的生活を享受しよ
うとするため、世界経済の成長はますます加速される。しかし、経済成長に伴ってエネル
ギーをはじめとする資源消費は増大し、いずれ、間違いなく世界規模での資源制約に直面
せざるを得ない。一方、経済成長や資源消費の拡大は様々な形で環境を汚染し、人間を含
めた全生物に恵みをもたらす能力は地球規模で限界に近付いている。人類は、経済成長、
エネルギー・資源、環境の三者の間の二律背反、いわばトリレンマ問題に直面している。
90 年代に入り、リオ・デ・ジャネイロで開かれた地球サミットでは「持続可能な発展」
という基本理念が改めて確認され、会議の共通の認識となった。そして「持続可能な発展
という課題の中心は人間である」とリオ宣言にも述べられているように、より広い視野に
立ち、自然に環境と調和したヒューマニズムが求められている。
自然環境保全のうち、現在特に深刻である地球温暖化問題を例にとれば、この防止対策
としては、第一にエネルギー効率の向上である。これは世界的視野に立てばまだまだ大き
な改善余地がある。第二に、継続的な供給や温室効果ガスの低減といった理由から、化石
燃料に替わるエネルギー源の確保が挙げられる。これまで、これら二つの条件を満たす代
替エネルギー源として原子力発電が注目されてきた。
しかしながら、2011 年に発生した東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所事故により
大量の放射性物質が環境中に放出された。我が国では原子力エネルギーに対する危機意識
が高まり、今後原子力発電所の建設は非常に高い制限が掛けられることが予想され、結果
的に原子力発電は縮小方向にある。一方、経済活動をする上でエネルギーは必要である。
我が国では燃料資源に乏しく、海外からの化石燃料供給が不安定になると経済活動が滞る
可能性が高い。さらに前述の通り、化石燃料は枯渇問題、環境問題は避けられない。また、
太陽光や風力、地熱などの再生可能な自然エネルギーも利用出来るが、発電効率が不安定
なことやエネルギー出力が低いため、エネルギーの安定供給の観点から問題がある。従っ
て、安全且つクリーンで、燃料が普遍的に豊富で持続的であり、安定な電力供給を行える
発電方式の開発が急務である。以上の要求から、燃料が無尽蔵であり、二酸化炭素などの
温室効果ガスを発生せず、事故時に暴走が起こらないといった利点を持つ、核融合発電の
研究が行われている。しかしながら、核融合発電の実用化には様々な課題を克服する必要
があり、これらの重要課題をひとつずつ包括的に解明していくことが必要である。
本論文では、特に持続的な核融合炉運転に必須である、核融合炉の定常的燃料サイクル
の確立に注目した。核融合炉の燃料であるトリチウムを生産するトリチウム増殖材とトリ
1
チウムの相互作用及びトリチウム移行過程の解明を目的とした。特に、トリチウムとトリ
チウム増殖材とのホットアトム的化学反応、トリチウム増殖材内部でのトリチウム拡散・
捕捉脱捕捉平衡反応・表面反応等の移行素過程を、トリチウムの化学状態・放出挙動・材料
の損傷・構造回復などの知見を基に速度論的に理解し、核融合炉材料中のトリチウム滞留
及び効率的なトリチウム回収のためのトリチウム輸送現象のデータベースを構築すると
共にその体系化(モデル化)を目指すものである。
1.2 トリチウムと核融合発電[5-9]
1.2.1 核融合反応
空に輝く星のエネルギーは核融合によるものと考えられている。二つの軽い原子核が融
合してより強く結合し、より大きい原子核に変換する。核融合エネルギーとは、二つの軽
い原子核が反応して、質量数の大きな原子核をつくるときに発生するエネルギーをいう。
そのとき核融合によって新たに発生した原子核の運動エネルギー、または γ 線などのエネ
ルギーが核融合エネルギーの内容である。ここで、核融合反応の、前と後での質量の変化
分を Δm とすると、核融合エネルギーΔE は
ΔE = Δm・c2
(1-1)
で表される(Einstein の特殊相対性理論におけるエネルギーと質量の等価性)。c は真空中で
の光速である。
地球上でこのような核融合反応を起こす際の状態はエネルギーの高いイオンを十分に
含み、反応を起こすために十分な高温であり、気体は電離してプラズマ状態となり、原子
核(イオン)と電子はバラバラになって全体として電気的中性を保っている。一般に物質 A
と物質 B の核融合反応速度 Rf は
Rf = nAnB<σν>AB
(1-2)
と表現することが出来る。ここで NA 及び NB は物質 A 及び物質 B の密度であり、<σν>AB
は反応率(反応断面積)である。つまり効率的な核融合発電には、物質の密度を上昇させる、
または断面積の高い反応を選定する必要がある。特に太陽などの恒星では、巨大な質量に
より発生する重力により物質が高密度に閉じ込められ、圧縮された原子同士が核融合反応
を引き起こす。しかしながら、地球上でそのような重力場を発生することは困難であり、
物質の密度を上昇させることには限界がある。従って、反応率の高い核融合反応を適切に
選定し、利用することが求められる。
ここで、比較的反応しやすい原子核は重水素、三重水素(トリチウム)、ヘリウム-3 など
で、これらが核融合の「燃料」である。主な核融合反応の例を以下に示す。
2
p + 6Li → 3He + 4He
p + 7Li → 24He + 17.3 MeV (20%)
→ 7Be + n – 1.6 MeV (80%)
p + 11B → 34He + 8.68 MeV
核融合反応断面積 (barn)
D + D → p + t (50%)
→ 3He + n (50%)
D + T → 4He + n
D + 3He → 4He + p
D + 6Li → 24He + 22.4 MeV
→ p + 7Li
→ n + 7Be
粒子エネルギー (keV)
→ p + t + 4He + 2.6 MeV
→ n + 3He + 4He + 1.8 MeV
Fig. 1.1
様々な核融合反応断面積
特に D-T 核融合反応は Fig. 1.1 から、他の核融合反応よりも全反応断面積が大きい。燃
料となるトリチウムや重水素は海水を利用して得ることができ、D-T 核融合反応により発
生するエネルギーは、水素 1 g あたり火力発電で使用する石油 8 t 分に相当するため低炭素
排出量でエネルギーを得ることができると考えられている。このため D-T 核融合発電の早
期の実現が期待されており、これら核融合エネルギーを利用するため、核融合反応により
発生する熱エネルギーを取り出すための装置である核融合炉の実用化に向けて広範な研
究分野から基礎的研究が積み上げられている。
Fig. 1.2
D-T 核融合反応
1.2.2 トリチウム[9-11]
核融合炉発電の燃料であるトリチウムは大気圏中の核反応等により、天然にもわずかな
がら存在する放射性同位体であり(T/H = 10-16 %)、実用に供される水素の放射性同位体とし
3
ては唯一のものである。記号としては 3H または T で表わされ、中性子 2 個、陽子 1 個の
原子核構造を持つ。水素の同位体としては安定同位体 1H(プロチウム)、2H(デュテリウム,D)
のほか、3H、4H、5H 等の放射性同位体があるが、放射性同位体のうちでトリチウムは最も
実用的であり重要である。
トリチウムが、同位体である水素及び重水素と性質を全く異にする点は、その原子核が
12.3 年の半減期で β-壊変をして 3He になることにある。
3
1
H  T23 He2  e  e
(1-3)
このことに起因する数々の効果を別にすれば、トリチウムは水素と同一の化学的性質を
有している。しかし、トリチウムの原子質量は 3.016049 であり、水素(1.007825)および重
水素(2.014102)に対する重量比が大きいため、反応速度、熱力学的性質、物性あるいは分光
学的性質などに顕著な変化(同位体効果)が表れやすい。トリチウム崩壊の際に放出される β
-
線のエネルギーは平均 5.7 keV, 最大で 18.6 keV 程度で非常に小さい。そのため放出した
β-線は人間の皮膚を貫通しない。また、低エネルギーの β 線の測定は難しく、トリチウム
の正確な測定は非常に困難である。
環境中にはすでにトリチウムが存在しているが、そのトリチウムには天然起源のものと
人工起源のものがある。天然起源のトリチウムの大部分は、上層大気中における宇宙線と
窒素や酸素との反応によって生じたものである。また、人工起源のトリチウムには、核実
験起源のもの、原子力エネルギー利用に伴うもの、産業、研究等に伴うものがある。トリ
チウムは、大気上層で宇宙線と大気構成元素との核反応で生成されており主な核反応は次
の通りである。
14
N(n, t)12C
16
O(n, t)14N
14
N(p, t)Product (核破砕反応)
16
O(p, t)Product (核破砕反応)
ここで、n は中性子、t はトリチウム、p は陽子である。地球上のトリチウム量は、宇宙線
による生成と自然の放射壊変とが釣り合った平衡状態に保たれており、年間 3.2-4×1025 個
のトリチウムが作られ、同じ数のトリチウムが壊変で失われている。自然界でのその他の
生成機構としては地殻での反応が考えられる。
6
Li(n, t)4He
238
U(n, t)Product
地殻を構成する岩石に含まれるウランやトリウムの自然核分裂で発生した中性子が、岩石
中のリチウムやウランに衝突しトリチウムを生成する。しかし、上記の大気中での生成量
に比べると無視できるほど少なく、地球中トリチウムインベントリーに寄与するほどでは
4
ない。1950 年代と 1960 年代の前半におこなわれた核実験で人工のトリチウムが環境に放
出された。核実験によって環境中に放出されたトリチムインベントリーの総量は、約 240
EBq と評価されており、これは天然存在量の 180-240 倍に相当する。その後の崩壊により
核実験起因のトリチウムインベントリーは減少しており、1990 年現在で約 52 EBq と推定
されていることから、2010 年においては約 42 EBq であると推測される。
トリチウムは、医療、産業、研究等の分野においても多く使用されている。工業的には、
古くから自発光塗料の光源として夜光時計等に利用され、各種施設の非常誘導灯や飛行場
の誘導標識にも利用されている。これらは、トリチウムの壊変に伴う β-線で蛍光体を励起
して発光させるものである。この β-線を利用するものにガスクロマトグラフの検出器があ
り、農作物や食品に対する残留する農薬の分析、生体試料中のステロイド分析等に利用さ
れている。また、水素自身の反応、種々の有機物反応、生物の代謝の酵素反応の研究、年
代測定など、様々な研究にも使用されているほか、β-線を用いた種々の検査や薬等、医学
的診療にも実用されている。Fig. 1.3 にその利用分野をまとめる。最も重要なトリチウムの
利用方法の一つに核融合炉の燃料が挙げられ、日本で大量に使用されている目的の一つに
その研究開発が挙げられる。
Fig. 1.3
トリチウムの利用分野 9)
トリチウムは種々の核分裂、核反応等により人工的に生成しうるもので、最もトリチウ
ムを生成している施設は、原子炉の一種である CANDU(Canadian Deuterium oxide Uranium)
炉である。CANDU 炉では燃料棒から放出した中性子の減速材に重水を用いる。そのため、
重水炉では運転時間の経過とともに重水中の D が中性子を捕獲して T が生成し蓄積されて
5
いる。実際に核融合炉の点火時には CANDU 炉で生成したトリチウムを使用することが考
えられている。しかしながら、核融合炉でのトリチウム燃焼速度は CANDU 炉でのトリチ
ウム生成速度よりも速く、従って持続的に核融合炉を運転するには別のトリチウム生成方
法を検討しなければならない。世界中の原子力エネルギーの利用に伴う 1989 年のトリチ
ウム放出量の全合計は約 24 PBq/y であったことが報告されている。
今後大量のトリチウムインベントリーを有すると考えられる施設は核融合炉である。ヨ
ーロッパの JET(Joint European Torus)や米国の TFTR(Tokamak Fusion Test Reactor)では、トリ
チウムと重水素を用いた核融合実験が実施され、それぞれにおいてトリチウム放出量の結
果報告がなされている。我が国の核融合開発研究は、文部科学省核融合科学研究所の大型
ヘリカル装置(LHD)の建設は 1997 年に完成し、独立行政法人日本原子力研究開発機構の青
森研究開発センターにおいては国際核融合エネルギー研究センターの建設が進められて
いるなど、活発におこなわれている。また国際協力の下で作業が進められている国際熱核
融合実験炉(ITER, International Thermonuclear Experimental Reactor)もフランスにて建設が進
み、ITER 開発で蓄積された基礎技術をもとに発電実証炉の概念提案がなされ、実現に向
け着実にその進歩を遂げている。
1.2.3 核融合発電炉
核融合発電では、核分裂による現在の原子力炉と異なり、暴走事故が起こらず、使用済
み核燃料や二酸化炭素が発生しないなどの利点があるため、より安全でクリーンなエネル
ギーとして期待されている。
核融合反応を地上で起こす装置として、これまでに数多くの形状や手法を用いた核融合
炉が提案されてきたが、現在、トカマク型と呼ばれる磁場閉じ込め型核融合炉が最も有望
視されている。トカマク型を発明・考案したのは、旧ソビエト連邦の首都モスクワにある
クルチャトフ研究所の科学者達であったといわれているが、1940~1950 年代の当時、核融
合もアメリカとソビエト連邦が秘密研究として開始していたため、そこで行われたであろ
うトカマク型の発明にいたった発想の詳細は不明である。ここで、磁場閉じ込め式核融合
炉の概念図を Fig. 1.4 に、トカマクのマグネット配置構造図を Fig. 1.5 に示す。このマグネ
ット配置により発生する磁力線は、プラズマの中心から外に向かって捻れ方が変化してい
るため、磁力線に巻きついて周回している粒子の散逸の仕方が大きく変化することでトカ
マクプラズマの閉じ込め性能を高くしている。
6
Fig. 1.4 核融合炉システムの概念図
Fig. 1.5 トカマクマグネット配置構造
現在、国際的な試みとして、ITER の建設がフランス、カダラシュにて予定されている。
この ITER の概略図を Fig. 1.6 に示す[12]。ITER の主要な目的は発電プラントとして利用で
きるかどうかの実証、すなわち出力として 50 ~ 70 万 kW が見込まれており、そのエネル
ギー増倍率の目標値を 5 ~ 10 としている。また、Fig. 1.4 において示されるように、中心か
らプラズマ、第一壁、ブランケットの順に現してあり、この外側に真空容器、超伝導コイ
ルが存在する。
7
第一壁の役割はプラズマから漏出する高エネルギー荷電粒子の遮蔽が主な役割であり、
高エネルギー中性子にも曝されるため、高温における安定性、高い熱伝導率、低放射化特
性が求められ、ITER においてはベリリウムの使用が予定されている。また、トリチウム
増殖ブランケットの場合、第一壁はブランケットのユニットセルに組み込まれた形で設計
されている[12,13]。核融合装置において、プラズマの閉じ込めに要する真空を維持するために
真空容器が必須となる。また、真空容器は放射性同位体であるトリチウムを閉じ込めるた
めの安全障壁でもあり、高い信頼性が必要とされる。そのため、真空容器には以下に示す
機能が要求される。
① 超高真空の生成と維持
② 放射性物質の閉じ込め
③ ブランケットやダイバータ等の容器内機器の支持
④ 超伝導コイルへの放射線の遮蔽
⑤ ベーキング(焼き出し)に耐えうる高温特性
⑥ 磁場誘起電流や核反応による発熱の除去
⑦ プラズマを立ち上げ、維持するための特性
プラズマを発生させ安定化させるためには 10-5 Pa 以下の超高真空が要求され、かつ大きな
原子番号を有する元素がプラズマ内に混入しないようにする必要がある。基本的な真空容
器構造材には低放射化フェライト鋼(SUS316L(N)-IG)が用いられ[14]、特に熱負荷の高い機
器にはタングステンなどの使用が検討されている。
磁場閉じ込め型の核融合炉において、プラズマを閉じ込めるための磁場を発生するた
め、その磁場を発生させるためのコイルには非常に大きな電流密度が要求される。そのた
め、電力の損失を抑えると同時にオーム加熱を低減するために超伝導コイルを必要とする。
ITER においては 13 T まで磁場を変動させる必要があるため、超伝導体としてスズとニオ
ブの合金(Nb3Sn)やチタンとニオブの合金(NbTi)、アルミニウムとニオブの合金(Nb3Al)など
が用いられる[15]。
核融合炉において、燃料となるトリチウムはシステム全体に分布し、その濃度は 100 %ト
リチウムから法的規制外レベルと広範囲に渡っている。そのため、これらのトリチウムの
静的および動的な挙動、さらに、材料中の分布を 3 次元的に理解する技術を確立すること
により、核融合炉の運転状況や安全性を評価することが可能となる。熱出力 3000 MWh の
核融合炉を考えると、1 日当たりのトリチウム燃焼量は約 400 g 程度となる。D-T プラズマ
内のトリチウムの 5 %が燃焼すると仮定すると、プラズマ燃料処理系(トリチウム回収・精
8
製・再供給)でのトリチウム循環量は 1 日あたり 8 kg である。トリチウム回収率を 99.9 %
とすると、1 日に 8 g のトリチウムが失われる計算になる。この量は燃焼量 400 g と比較す
ると決して小さな値ではない[6]。また、一部のトリチウムは核融合炉構造材中を透過し、
環境中へ放出される。核融合炉は核融合炉の安全性の理由からも低濃度のトリチウムを正
確に測定する技術や効率よく回収する技術が必要である。
Fig. 1.6 ITER の断面図
1.3 ブランケットおよび固体トリチウム増殖材内部でのトリチウム挙動
1.3.1 ブランケットの機能と定常的トリチウムサイクル
D-T 核融合反応エネルギーにおいて極めて重要な特徴は、放出されるエネルギーの
80%を中性子が、
残りの 20%を 4He が担っているという点である。
この際、
生成時に 3.5 MeV
のエネルギーをもつ 4He はプラズマ加熱に寄与するが、14 MeV のエネルギーをもつ中性
子は容易にプラズマと真空容器の壁面 (第一壁)を貫通する。外部へのエネルギー取り出し
の観点から言えば、あくまで中性子のもつ運動エネルギーを熱エネルギーに変換すること
が重要となる。そのため、エネルギー発生装置として D-T 核融合炉を利用する場合、反応
により生成した高速中性子の運動エネルギーを熱エネルギーに変換した後、電気エネルギ
ーに変換することが考えられている。ここでこの運動エネルギーを熱エネルギーに変換す
る部分をブランケットと呼ぶ。D-T 核融合炉におけるブランケットは、おもに以下に示す
9
3 つの機能を持っている。
① 発電(発生熱の利用)機能
② 中性子遮蔽機能
③ 燃料(トリチウム)増殖機能
特にトリチウムの増殖機能は核融合炉運転の持続性に直結するものであり、非常に重要な
機能である。核融合炉ではブランケットに上記の機能を持たせるため、リチウム化合物の
使用を検討している。核融合反応により発生した高エネルギーの中性子はブランケットに
おいて減速され、遮蔽される。エネルギーを失い熱化した中性子はトリチウム増殖材であ
るリチウム化合物と反応してトリチウムが生成する。
6
Li + n(thermal) = T + 4He + 4.78 MeV
(1-4)
7
(1-5)
Li + n(fast) = T + 4He + n(thermal) - 2.47 MeV
自然界のリチウムは 6Li(同位体存在比: 7.5%)
と 7Li(同位体存在比: 92.5%)から構成されて
いる。ここで、Fig. 1.7 に示すように熱中性
子と 6Li の核反応断面積は 942 barn であるの
に対し、7Li と 14 MeV の中性子の核反応断
面積は 0.5 barn であるため 6Li は 7Li に比べ
てはるかに反応しやすい。また中性子増倍材
と し て 、 高 速 中 性 子 に よ る 核 反 応 nM(n,
2n)n-1M を用いて、核融合で発生した中性子
の数を増倍させることも検討されている。
Fig. 1.7 各反応式における中性子エネル
ITER においては Fig. 1.8 に示すような 2
ギーに対する反応断面積 11)
種類のブランケット、遮蔽ブランケットとテ
ストブランケットモジュールの設置が考えられている。ブランケットは、核融合炉内プラ
ズマ対向面に設置され、プラズマから入射する中性子を利用し、(1.4)式、(1.5)式に示され
る核反応を利用した、燃料となるトリチウムを増殖する機能が要求される。また、ここで
高速中性子の熱化に伴い発生する熱エネルギーや核反応により発生するエネルギーを利
用して発電することが考えられている。これらの機能は核融合発電を行う核融合炉にとっ
て必須の機能となるものの、Fig. 1.8 で示すように、ITER のブランケットではその目的か
ら主に中性子遮蔽を目的とした遮蔽ブランケットが主に用いられている。そのため、Fig.
1.8 に示されるように、将来の核融合炉において用いられるべきブランケットに対する研
10
冷却水の流路
トリチウム
増殖材
第一壁
約 0.5 m
中性子増倍材
テストブランケットモジュール
Fig. 1.9 固体トリチウム増殖材使用、水冷却式の
Fig. 1.8 ITER の断面図[6]
テストブランケットモジュール[13]
.
.
究のための水平ポートが存在し、そこに現在考案されているトリチウム増殖テストブラン
ケットモジュールの設置が予定されている。現在、下記のように 5 種類のテストブランケ
ットモジュールが提案されている[16]。
① 固体トリチウム増殖材・ヘリウム冷却方式
② LiPb・ヘリウム冷却方式
③ 固体トリチウム増殖材・水冷却方式
④ 液体リチウム・自己冷却方式
⑤ 溶融塩増殖材・自己冷却方式
Fig. 1.9 に水冷式固体トリチウム増殖材を用いた場合のテストブランケットモジュールの
構造を示す。テストブランケットモジュールは、主に第一壁(ベリリウム)、トリチウム増
殖材、中性子増倍材(ベリリウムまたはベリリウムチタン合金)、冷却配管を含む構造材(低
放射化フェライトマルテンサイト鋼 F82H)から構成されている。ここで、中性子増倍材と
11
は、高速中性子による核反応 nM(n, 2n)n-1M を用いて、核融合で発生した中性子の数を増倍
させる役割を持つ。現在、9Be(n, 2n)8Be、nPb(n, 2n)n-1Pb, (n=204, 206 ,208)などの反応から、
ベリリウムや鉛が中性子増倍材として考えられているが、それ以外にも 90Zr(n, 2n)89Zr 反応
などもトリチウム増殖材によっては利用される[6]。中性子を増倍させる必要がある理由は、
実効的なトリチウム増殖比を高めるためである。ここで実効的トリチウム増殖比 TBRe は
TBRe 
Tbred
Tburn  Tleak  Tdecay
(1-6)
と表現できる。ここで Tbred はトリチウム生成速度、Tburn はトリチウム燃焼速度、Tleak は核
融合炉系外へのトリチウム透過速度、Tdecay はトリチウム壊変速度であり、半減期に相当す
る。(1-4)式を見るとひとつの中性子がリチウム原子一つと反応してひとつのトリチウムが
生成することが分かる。しかしながら、実際の核融合炉系では D-T 核融合反応により発生
した中性子が他の核融合炉機器に吸収されてしまい、発生した中性子全てがリチウムと反
応するわけではない。また、Fig. 1.10 のように、生成したトリチウムは輸送、純化、保管、
再供給プロセスにおいて構造材や外部へ透過(Tleak)したり、3He へ核変換(Tdecay)してしまう。
そのため、核融合炉設計において TBRe は 1 よりも高く設定する必要がある(1.05 程度)。
Fig. 1.10 核融合炉におけるトリチウム輸送系 14)
12
1.3.2 トリチウム増殖材[15]
核融合炉においてトリチウムを自己増殖させることは必要不可欠であり、その役割は
ブランケット中のトリチウム増殖材が担っている。トリチウム増殖のためには、(1-4)式お
よび式(1-5)式で示したようにリチウムが含まれている必要がある。そのため、様々なトリ
チウム増殖材が考案されてきている。大別して、固体トリチウム増殖材、液体トリチウム
増殖材、溶融塩トリチウム増殖材があげられる。特に液体トリチウム増殖材としては金属
リチウムやリチウム-鉛合金などが実用的に考えられている。前者は非常にリチウム密度が
高く、自己冷却機能も持つため研究が進められているが、リチウムはトリチウムと化学的
に安定な LiT を形成するため、トリチウム溶解度が大きくなるという欠点がある。リチウ
ム-鉛合金は鉛が中性子増倍材として働き、化学的反応性も低いためトリチウム増殖材とし
て有望視されているが、密度が高く、ブランケットが非常に重くなってしまうという欠点
も持つ。また、磁場中を導電性の流体が流れると、流体内および流体と外壁との間に電流
が流れ、流体に流速と反対方向のローレンツ力が作用する。その結果、ポンプ圧力が失わ
れる現象を MHD 圧力損失というが、自己冷却のため液体金属トリチウム増殖材を循環さ
せることで MHD 圧力損失が生じる。この低減もまた一つの重要な課題である。自己冷却
型としてこの課題の解決法の一つとして、溶融塩トリチウム増殖材が考えられている。溶
融塩トリチウム増殖材としては、フッ化リチウムベリリウム(Li2BeF4)などが考案されてい
る。しかし、この増殖材において中性子照射により生成したトリチウムは、非常に腐食性
の高いフッ化トリチウム(TF)を形成するため、配管防食などの課題があるほか、トリチウ
ム溶解度が小さいため、トリチウムの透過・漏洩への対策も講じる必要がある。TF 生成に
Table 1.1 各トリチウム増殖材系の基礎的性質
Li
Li17Pb83
LiF-BeF2*
Aqueous
密度
[g/cm3]
0.48
(473 K)
9.5
(508 K)
1.971
(873 K)
1.02
Li 密度
[g/cm3]
0.48
(573 K)
融点 [K]
453
508
653
熱伝導性
[W/m ・ K]
50
~16
107
6.86
(433 K)
熱容量
[J/mol・K]
29
33
(573 K)
231.8
(873 K)
4.2145
(363 K)
空気との反応性
(high temp.)
激しく反応
反応性有
水との反応性
激しく反応
反応性有
熱伝導度
[cm2/s]
10-9
(873 K)
10-9
(673 K)
使用温度領域[K]
473 ~ 873
573 ~ 773
実効的トリチウム
増殖比 (TBRe)
1.08
1.3
1.0
1.07
中性子増倍材及
びリチウム濃縮し
た場合のTBRe
1.2-1.3
-
1.0-1.3
1.5-1.6
放出トリチウムの
化学形
T2(HT)
T2(HT)
T2,TF,(HT)
DTO
0.0043
(373 K)
*LiF-BeF2 composition (mol %) 50-50
13
反応性無
反応性無
4 x 10-5 (TF)
2 x 10-4 (HF)
< 603
対する対策として、金属ベリリウムをフッ化リチウムベリリウムに溶解させることにより
TF 生成を抑制する研究が行われている[16-18]。Table 1.1 に代表的なトリチウム増殖材の主な
特性比較を示す[15]。
現在、特に化学的に安定で取扱が容易な固体トリチウム増殖材の実用化が進んでいる。
固体トリチウム増殖材としては主に酸化物系セラミックスが考えられている。最も単純な
酸化物である Li2O は、リチウム密度が非常に高く同位体濃縮のみで 1 以上の実効トリチウ
ム増殖比が得られるが化学的反応性が高い。そのため、三元系の酸化物もまたトリチウム
増殖材として有望視されている。トリチウム増殖材に要求される性能を以下に示す[15]。
① リチウム原子密度が高い
② リチウム以外の中性吸収断面積の大きな核種が含まれていない。
③ トリチウムを容易に放出する。
④ 熱伝導率が大きく、熱膨張率が小さい。
⑤ スエリングや放射化生成物が少ない。
⑥ 化学的に安定であり、取り扱いが容易である。
また、Table 1.2 に有望視されている固体トリチウム増殖材の主な特性比較を示す。この表
からわかるように、現在考えられているトリチウム増殖材はそれぞれ一長一短があり、総
合的に判断して適切な増殖材を決める必要がある。
Table 1.2 各固体トリチウム増殖材の材料特性
Li2O
Li2TiO3
Li2ZrO3
Li4SiO4
LiAlO2
融点 / K
1946
1808
1888
1523
1883
理論密度 / g cm3
2.02
3.43
4.15
2.21
2.55
Li原子密度 / g cm-3
0.94
0.43
0.38
0.51
0.27
熱伝導度 (773 K)
/ W m-1 K-1
4.7
1.8
0.75
2.4
熱膨張率(773 K)
/ kJ kg-1 K-1
1.25
0.8
0.50
1.15
0.54
水との反応性
大
無
無
小
小
<0.7
1.7
<0.5
スエリング率* / %
核反応生成物
16O(n,
p): 7s
90Zr(n,
2n): 78 h
p): 59 d
92Zr(n, γ): 106 y
94Zr(n, γ): 64 d
46Ti(n,
p): 84 d
47Ti(n, p): 3.4 d
48Ti(n, p): 1.8 d
91Zr(n,
:
14
28Si(n,
2n): 4 s
p): 6 m
30Si(n, p): 9 m
29Si(n,
*6Li燃焼率
2.4
27Al(n,
2n): 6 s
p): 9.5 m
27Al(n, α): 15 h
27Al(n,
3at. % (773 K)
1.3.3 固体トリチウム増殖材内部におけるトリチウム移行素過程
核融合炉の持続的な運転にはトリチウム増殖材中で生成したトリチウムの挙動を制御
し、効率的に回収する技術が必要であるため、固体トリチウム増殖材中でのトリチウムの
生成から放出までの移行挙動の素過程の解明が求められる。D-T 核融合反応によって生成
した中性子は、第一壁を通過し、ブランケット内トリチウム増殖材まで到達する。ブラン
ケットにおいて中性子は減速され、リチウムとの 6Li(n, α)T および 7Li(n, n’α)T 反応によっ
てトリチウムが生成する。この際、生成したトリチウムは核反応に準じた反跳エネルギー
を得る。つまり、生成したトリチウムはエネルギー保存則に従い、反応粒子(中性子、リチ
ウム)と生成粒子(トリチウム、ヘリウム)の質量差に相当する運動エネルギーを持つ。6Li(n,
α)T 反応では 4.73 MeV のエネルギーが発生する。このエネルギーはトリチウムとヘリウム
の運動エネルギーとなる。Er のエネルギーが発生する核反応では、質量 mr1 と mr2 の粒子の
持つ反跳エネルギーEr1, Er2 はそれぞれ
Er 1 
mr 2 Er
mr1  mr 2
(1-7)
Er 2 
mr1Er
mr1  mr 2
(1-8)
となる。即ち、トリチウムの持つ反跳エネルギーは 2.78 MeV, ヘリウムの反跳エネルギ
ーは 2.03 MeV と見積もることが出来る。反跳トリチウムは MeV 領域の高エネルギーを持
つために、中性子と反応したリチウムの格子点から飛び出し、トリチウム増殖材とホット
アトム的な相互作用を引き起こす[19-22]。Fig. 1.11 に、トリチウム増殖材中において生成し
たトリチウムのもつエネルギーおよびプラズマからのトリチウムがもつエネルギーの分
布を示す。核融合炉内のプラズマ対向壁、またブランケット中リチウム化合物には高エネ
ルギーのトリチウムが打ち込まれ、Fig. 1.11 に示すようにホットアトム領域にエネルギー
分布をもつことになる。そのため、これらホットトリチウムの各種材料中における知見を
Fig. 1.11 トリチウム増殖材中におけるトリチウムのエネルギー
15
得ることは放射化学的見地からも非常に興味深く、これら放射化学的特異性を理解するこ
とが重要となる。また、固体内部で反跳粒子が生成するような、濃縮系におけるホットア
トム過程の研究はその反応性の複雑さや測定の難しさなどから十分に理論体系が整って
おらず、その理解や体系化は学術的にも非常に興味深い。
一方、高エネルギーのトリチウムは固体トリチウム増殖材中の構造原子と衝突し、構造
原子を格子点から弾き出す(Knock-on)。従って、トリチウム生成に伴い固体トリチウム増
殖材中には照射欠陥が生成することが予測される。これらの照射欠陥は固体増殖材におけ
るトリチウムの安定な捕捉サイトに成り得る。従って、生成し、熱化したトリチウムは固
体増殖材内部の格子間サイトまたは照射欠陥に存在すると考えられる。一方、運転時にお
いてブランケットは高温になる。従って、安定な捕捉サイトに存在するトリチウムは熱振
動し、捕捉サイトから脱捕捉する。脱捕捉したトリチウムは拡散し、固体トリチウム増殖
材表面に向かう。この際、拡散時に安定な捕捉サイトがあれば拡散しているトリチウムは
そのサイトに再捕捉され、再度脱捕捉・拡散する。最終的に表面に到達したトリチウムは
表面の安定サイトである酸素と結合し、他の水素同位体と分子を形成し放出する。トリチ
ウムの放出化学形はトリチウム回収ガスに依存する。
以上をまとめると、Fig. 1.12 に示すように生成したトリチウムの固体トリチウム増殖材
中での移行過程には次のような 6 つの過程が考えられる[23]。
① 6Li(n,α)T および 7Li(n,n’α)T 反応によるトリチウムの生成
② 弾性および非弾性衝突によるトリチウムの熱化とそれに伴う照射欠陥の生成
③ 捕捉サイトへのトリチウムの捕捉
④ 捕捉サイトからのトリチウムの脱捕捉
⑤ バルクからグレイン表面へのトリチウムの拡散
⑥ 拡散トリチウムと捕捉サイトの捕捉・脱捕捉平衡反応
⑦ 表面での水酸基の分解および同位体交換反応によるトリチウムの放出
これらのホットアトム過程にて生成されたトリチウムの増殖材中における移行素過程
の解明は、ブランケットがトリチウム滞留量の多くなる機器のひとつと考えられることか
らトリチウムのハザードポテンシャルを評価する上でも重要な研究課題である。従って、
本研究では固体トリチウム増殖材中に生成したトリチウムの移行素過程の解明とその体
系化を目標とする。第 2 章ではトリチウム移行素過程の数値モデルを確立すると共に、こ
れまでに行われた各素過程解明研究をレビューし、数値モデルを実証するために必要な物
理化学反応速度定数の特定を行う。
16
①6Li (n, a) T
②熱化にともなう照射欠陥形成
T+
③捕捉
⑥放出
T+
T
⑤拡散
④脱捕捉
T+
:照射欠陥
Fig. 1.12
固体トリチウム増殖材中でのトリチウム移行過程のモデル
1.4 まとめ
本章ではエネルギー問題を提起することで本博士論文の背景を説明すると共に、現在研
究開発が進められている核融合発電について紹介した。さらに核融合開発における本研究
の位置づけ・意義を定義した。
参考文献
[1] J&L Bockris 著, “石油に代わるエネルギー”, 講談社.
[2] 竹内榮次 著, “原子力発電の話”, 日本電気協会新聞.
[3] 環境省, STOP THE 温暖化, 2008 (2008) 2.
[4] 環境省, 低炭素社会に向けた 12 の方策, 2008, 1-12.
[5] 池田英雄 他, 「核融合研究 I 核融合プラズマ」, p. 7 (1996), (名古屋大学出版会).
[6] 池上英雄 他, 「核融合研究 II 核融合炉工学」, p. 1-123 (1995), (名古屋大学出版会).
[7] 井上信幸、芳野隆治 著,「トコトンやさしい核融合エネルギーの本”」 日刊工業新聞
社
[8] 狐崎晶雄、吉川庄一 著,「新・核融合への挑戦 -いよいよ核融合炉実験炉へ-」, 講
17
談社
[9] 杉浦賢、谷本充司
著,「核融合」, オーム社
[10] 財団法人放射線影響協会編, 「トリチウムに関する Q&A 集」 (1997).
[11] 「トリチウム化学」研究専門委員会, 「トリチウムの化学-基礎から応用まで-」, 日本
原子力学会, (1982).
[12] 野口 宏, “トリチウム利用の現状と発生源”, 日本原子力学会誌, 39, 915-916 (1997).
[13] 田中知 他, J. Plasma Fus. Res., 81, 434 (2005).
[14] A. Baba, Ph D. Thesis, Kyushu University, (2002).
[15] 小柳津誠, 静岡大学大学院修士論文,( 2007)
[16] A. Suzuki, T. Terai and S. Tanaka, “Change of tritium species in Li 2BeF4 molten salt breeder
under neutron irradiation at elevated temperature”, J. Nucl. Mater. 258-263, 519-524 (1998).
[17] H. Nishimura, A. Suzuki, T. Terai, M. Yamawaki, S. Tanaka, A. Sagara and O. Motojima,
“Chemical behavior of Li2BeF4 molten salt as a liquid tritium breeder”, Fus. Eng. Des. 58-59,
667-672 (2001).
[18] D. Olander, “Redox condition in molten fluoride salts Definition and control”, J. Nucl. Mater.
300, 270-272 (2002).
[19] 海老原寛, 「反跳化学], @210 (), (化学教育)
[20] 佐伯正克, 「ホットアトムの化学」, p311 (), (化学教育)
[21] 富永健 佐藤博敏 著, 「放射化学概論」, 東京大学出版会
[22] 日本化学会 編, 「同位体の化学」, 学会出版センター
[23] 石川寛匡, 静岡大学大学院修士論文, (2009)
18
第2章
トリチウム移行モデル
第2章
トリチウム移行素過程のモデル化
2.1 トリチウム移行過程と数値モデル
第 1 章で示したように捕捉サイトから脱捕捉したトリチウムは表面へ拡散し放出するこ
とが考えられる。また、拡散しているトリチウムは捕捉サイトと捕捉・脱捕捉平衡状態に
あると考えられる。捕捉サイトは照射欠陥であると考えられ、加熱により照射欠陥は消滅
する。さらに、表面に到達したトリチウムは表面反応の後放出する。以上の素過程の組み
合わせが実際のトリチウム移行過程である。従って以下の素過程の反応速度を解明し、各
素過程速度を組み合わせて数値モデルを構築することが必要である。
①トリチウム拡散速度
②トリチウム捕捉・脱捕捉平衡反応速度
③トリチウム捕捉サイトの生成・消滅速度
④トリチウムの表面反応速度
以下にこれらの素過程に関する速度式を議論し、数値モデルを提案すると共に、これまで
行われた素過程解明研究を包括的にまとめ、本研究を遂行するうえで必要になる物理化学
反応速度定数を明らかにする。
2.2 トリチウムの拡散速度
本節では固体内部における物質の拡散現象について記述する。固体中における物質拡散
機構及び理論とその数学的取り扱いを議論すると共に、これまでに行われた研究のレビュ
ーを行う。
2.2.1. ランダム・ウォーク理論[1,2]
拡散とは対象物質がランダムな動きによってある 1 つの系から他の系に移行することで
ある。ここで、任意の時間における拡散の駆動力は拡散方向の濃度変化の大きさ、すなわ
ち濃度勾配である。セラミックス中におけるトリチウム拡散の一般系として、固体内部に
おける不純物原子の拡散機構について考察する。Fig. 2.1 に示したのは不純物原子が介在し
た結晶の二次元模型である。不純物原子が格子間に入る際、不純物原子の大きさが重要に
なる。即ち、格子間に入るには不純物原子は十分に小さくなければならない。水素同位体
であるトリチウムは十分に小さく、格子間サイトに比較的容易に入り込む。不純物原子の
拡散機構はある格子間サイトにいる不純物原子が元の位置と近い、別の安定な位置へ移動
するものである。この移動の際には、通り道で移動を妨げている母結晶原子を押しのけね
19
ばならない。Fig. 2.1 (b) は不純物原子が初めの安定位置から次の安定位置のちょうど中間
にきた状態を示す。この原子配置で生じる変化は、不純物原子に近い母結晶原子が不純物
原子によって横に押され、結晶構造に局所的なひずみが生じることである。不純物原子が
中間地点まで動くと、押しのけた母結晶原子から強い反発力を受ける。したがって、移動
する原子は通り道の原子の内側に割り込むために大きなエネルギーを使う。つまり、不純
物原子の通り道を塞いでいる原子の反発力に十分打ち勝てるだけのエネルギーが不純物
原子になければ、不純物原子の移動は成功しない。このエネルギー源は原子の熱的な振動
である。Fig. 2.1 (b)に示されている拡散原子の過渡的状態は活性化状態と呼ばれる。Fig. 2.1
(c)はジャンプが終了した状態であり、拡散原子は新たな格子間サイトを占有している。
(a)
(b)
(c)
Fig. 2.1 格子間拡散過程の二次元模型
次に不純物原子が格子間サイトから隣の格子間サイトへジャンプする頻度について考察
する。格子間サイトにおいて不純物原子は常に振動しているが、エネルギー障壁によって
ジャンプは妨げられている。したがって、不純物原子がジャンプする頻度は不純物原子の
振動数と不純物原子が熱ゆらぎにより活性化エネルギーED を得る確率との積になると考
えられる。従って次の式が得られる。
  p
(2-1)
ここで Γ は原子のジャンプ頻度、ν は原子の振動数、p は ED より大きなエネルギーを得る
確率である。統計学的に考えると、確率 p は Ed と温度 T とに関係しており、次式で示され
る。
p  e  E D / k BT
(2-2)
ここで kB はボルツマン定数である。以上からジャンプ頻度は以下のように表現できる。
  e  E
D
/ k BT
(2-3)
ジャンプ頻度は原子が正常な位置からどの程度頻繁に隣の正常な位置へ移動するかを
示しているが、それぞれのジャンプにおいて原子がどのような向きへ移動するかについて
20
は不明である。例えば Fig. 2.1 では格子間サイトの不純物原子は 1 回のジャンプで等価な 4
個の格子間サイトへジャンプ出来る。4 個の格子間サイトは完全に等価であるため、4 個
の中のひとつの位置へジャンプする確率は 1/4 である。原子がジャンプするのは原子の振
動数から考えるとほんのわずかな時間の出来事であり、ジャンプしたあとの原子は平衡状
態に戻って次のジャンプまで静かな状態を保つことになる。そのため、次に起こるジャン
プは前回のジャンプの影響を受けず、結果的に無秩序なジャンプを繰り返すことになる。
つまり、結晶中を移動する不純物原子は非常にでたらめな道筋をたどる。継続して起こる
ジャンプには前後の繋がりがなく、その動きも相関がない。このような移動は無秩序な歩
き(random walk)と呼ばれる。
しかしながら、結晶の格子間位置を不純物原子が置換しているような、置換型の不純物
原子が結晶中の原子空孔を介して移動する拡散(空孔機構)では、ランダムウォークは無相
関ではない。置換型不純物原子がジャンプするには、近接位置に原子空孔が必要である。
原子空孔はまわりの格子点原子と互いに位置を交換しながら移動する。空孔機構で相関性
のないジャンプをするには不純物原子を取り囲んでいる格子点が全て空孔でなければな
らず、現実的でない。さらに、一度不純物原子がジャンプした後の格子点は空孔となって
いる。この空孔が、不純物原子の隣から離れる(他の構成原子に占有される)までの時間と、
不純物原子が次のジャンプをするまでの時間は同程度である。したがって、次のジャンプ
が起こるまで空孔が隣に存在する確率が大きい。空孔の存在確率が高ければこの位置へ原
子がジャンプする確率も高くなる。このため、新しい格子点に移動するよりも空孔となっ
ている元の格子点へもどる機会のほうが多くなる。
Fig. 2.2 空孔拡散の二次元モデル
以上のような現象を考えると、空孔機構でのジャンプは厳密にはランダムウォークではな
く、ジャンプ間に相関があると考えなければならない。この相関の程度が非常に高ければ
不純物原子は新しい位置へジャンプする前に何回も同じ場所を往復するはずである。この
ような場合には、母結晶原子が空孔へ向かってジャンプする頻度より不純物原子が空孔へ
向かってジャンプする頻度の方が著しく大きくなる。
21
2.2.2 Fick の拡散方程式[3]
前節ではひとつの不純物原子の拡散機構について議論した。一方、実際の実験では原
子ひとつひとつを区別するのは困難であるため、系全体における不純物原子の拡散を、不
純物原子の濃度の増減で表現し、数値モデルの確立を行う必要がある。はじめに、一次元
の物質拡散を考える。任意の時間における拡散の駆動力は拡散方向の濃度変化の大きさ、
すなわち濃度勾配∂C/∂x である。C は濃度、x は一次元の拡散方向の座標である。拡散の実
験による研究から、単位面積あたりの断面を通過する拡散速度と、その断面における濃度
勾配∂C/∂x の間には比例関係が成り立つ。したがって x 方向の拡散速度を Jx とすると次式
が書ける。
Jx 
C
x
(2-4)
拡散の方向は濃度の減少する方向、すなわち∂C/∂x が負の方向である。この比例式は比例
定数 D を導入することによって等式に直すことができる。
J x  D
C
x
(2-5)
右辺にマイナスの符号が付いていることで、拡散係数は正の値となる。(2-5)式は拡散過程
の観測結果に基づいており、拡散に関する Fick の第一法則として知られている。拡散係数
D は、拡散する対象および拡散する場の両方の性質に依存する。
ある体積素片中の濃度に及ぼす拡散の効果を表すためには体積素片 1 × dx (1 は単位面積
を表す)中に拡散物質が蓄積される正味の速度を計算する必要がある。それは位置 x で体積
素片中に拡散物質が入ってくる速度と、位置 x + dx で出ていく速度の計算から求められる。
一般に濃度勾配∂C/∂x は x により変化し、その変化の割合は次のようになる。
  C   2C


x  x  x 2
(2-6)
したがって(2-6)式を用いると、次のように表される。
J x  D
C
x
 C  2 C

J x  d x   D
 2 d x 
 x x

(2-7)
(2-8)
これら 2 つの速度の差分より次式が求まる。
J a  D
 C  2 C

C 
 2C
  D
 2 d x   D 2 d x
x 
x
 x x

22
(2-9)
ここで Fa とは蓄積する速度であり、すなわち体積素片中の量が変化する速度をその体積素
片の体積 1 × dx で割ると濃度変化の速度∂C/∂t が次のように求められる。
C
 2C
D 2
t
x
(2-10)
この関係式は Fick の第二法則(拡散方程式)として知られており、ほとんどの拡散に関する
結果を導く基礎となる。
上の拡散方程式は一次元に対するものであるが、トリチウム増殖材のような粉末試料は
球形であると近似出来るので球状媒体中の三次元の物質拡散方程式を理解する必要があ
る。
(x,y,z) = (0,0,0)の点を中心に持つ球を極座標で表現すると Fig. 2.3 のようになる。さらに
Fig. 2.3 で示される微小領域を切り抜いたものが Fig. 2.4 である。
Fig. 2.3 極座標表現による球状媒体内部の拡散速度
Fig. 2.4 の様に r = r 側の拡散 flux を J1,r + dr 側の flux を J2 とする。濃度勾配は球の中
心から放射状に広がっていると仮定する(θ,φ に依存しない)。以上の仮定から、
J1   D
J2  D
C
t
r
C
t
r  dr
である。r = r 側の表面積を S1, r + dr 側の表面積を S2, 微少体積を dV とすると
S1  (rd )(r sin d )  r 2 d
S2  (r  dr ) 2 d
dV  r 2 drd
23
d  sin dd
微少体積に流れ込む物質量から流れ出る物質量を差し引いた分が,濃度の増加になるので
C
dV  J1S1  J 2 S 2
t
 D
C 2
C (r  dr )
r d  D
(r  dr ) 2 d
r
r
  Dr 2 d
C
C (r  dr )
C
 D[r 2  2rdr  (dr ) 2 ]d
(c ( r ) 
dr  ....)
r
r
r
  Dr 2 d
C
C
 2C
C
 Dr 2 d
 Dr 2 drd 2  2rDdrd
r
r
r
r
(neglect _ O[(dr ) 2 ])
 2C
C
 Dr drd 2  2rDdrd
r
r
2
両辺を dV = r2drdΩ で割ると
  2C 2 C 
C

 D 2 
 r

t
r

r


(2-11)
が得られる。この(2-11)式が球における物質の拡散方程式であり、トリチウム増殖材中で
のトリチウム拡散モデルを構築する上での原型となる。
2.2.3 拡散係数の物理的意味[2]
2.2.2 節で用いた濃度勾配項に掛かる比例係数,D は拡散係数と呼ばれる。本節では拡散
係数の物理的な意味について議論する。
L
O
R
λ
x
Fig. 2.4 一次元での拡散流束モデル
Fig. 2.4 のような 2 平面間の原子拡散を考える。L 及び R は結晶面を示している。L 面の
原子数を N(L)、R 面の原子数を N(R)とする。N(L),N(R)間に差があれば、濃度勾配が存在
24
すると考えることが出来る。即ち濃度勾配が均等になるように原子の拡散が起こる。ここ
で拡散速度とは O の位置を x 方向へ移動する原子の数となる。したがって、O 面を L から
R に向かって通過する原子の数(流速,JL→R)は ΓN(L)であると考えられる。しかしながら、実
際には原子はいくつかの等価な経路を移動する場合が多い。このような原子の移動経路は
結晶構造によって決まるものである。したがって構造に依存した因子を掛ける必要がある。
この因子は幾何学的ジャンプ因子とよばれ、α で示すと、JL→R は以下のようになる。
J LR  N (L)
(2-12)
反対に R から L 方向へ移動する原子の流量は
J RL  N (R)
(2-13)
となる。最終的に x 軸の正の向きに移動する原子の実効的な流速は上の 2 つの式を差し引
いたものである。即ち、
J   N ( L)  N ( R)
(2-14)
さらに、単位体積における原子濃度を C と仮定すると、




N ( L )  C ( L ) 
N ( R )  C ( R ) 


C
N
(2-15)
となり、
J   C ( L)  C ( R)
(2-16)
である。
一方、濃度勾配は微小距離間の濃度差で表現できることから、
C
C ( x  x)  C ( x)
C
 lim
 lim
x x0
x
x 0 x
(2-17)
であり、即ち、
C C ( L)  C ( R)

x

(2-18)
ここで、濃度の高い方から低い方へ原子が移動すると、(2-18)式の微分項は負になる。し
たがって x 軸方向への流速を正とすると、濃度勾配は
25
C ( L )  C ( R )  
C
x
(2-19)
であり、この結果に(2-16)式を代入して
J  2 
C
x
(2-20)
(2-20)式と(2-5)式を比較すると拡散係数は以下の様に表現できるということが分かる。
D  2e  ED / kBT
(2-21)
(2-21)式からわかるように、拡散係数は温度依存性を示す。活性化エネルギーが正の値(吸
熱反応)の場合、拡散係数は温度と共に指数関数的に上昇する。
しかしながら、(2-21)式は格子間拡散に関する D を表現しており、置換型機構では原子
空孔密度やジャンプ時の相関性などを考慮しなければならない。置換型機構では近接した
空孔が存在しなければジャンプは成功しない。つまり拡散速度は空孔の存在率に依存する。
空孔の存在確率を nv とすると、置換型機構における拡散係数は次のようになる。
D  2 Rnve  ED / k BT
(2-22)
ここで R は無次元の定数で相関係数(correlation factor)と呼ばれる。体心立方格子や面心立
方格子の場合 R=0.8 程度である。
(2-21)及び(2-22)式の右辺の全指数項は全て定数である。そのため全指数項をひとつの定
数として扱うことが可能であり、以下のようにまとめることが出来る。
D  D0 e  ED / kBT
(2-23)
(2-23)式の D0 は拡散の頻度因子と呼ばれ、拡散速度を理解するうえで重要なパラメータで
ある。
トリチウム増殖材中でのトリチウム拡散速度を予測するには、トリチウム増殖材中での
トリチウム拡散係数、即ち拡散の頻度因子,D0 と拡散の活性化エネルギーED を算出する必
要がある。次節ではこれまでに行われたトリチウム拡散係数解明研究について紹介し、こ
れまでの知見を議論し、まとめる。
26
2.2.4 トリチウム拡散速度解明既往研究
トリチウム増殖材中でのトリチウム拡散
係数の算出は、炉内中性子照射下でのトリ
チウム放出実験、炉外でのトリチウム放出
実験、水素同位体ガス吸収実験などの実験
的研究だけでなく、理論的研究も進められ
てきた。しかしながら、比較的再現性のあ
る拡散係数が得られている金属材料と異な
り、概してこれまでに算出した拡散係数に
は不一致が目立つ。Fig. 2.5 は酸化リチウム
(Li2O)におけるトリチウム拡散係数の温度
依存性である[4]。Li2O は最も単純なリチウ
ム酸化物であるため、これまでに様々な研
Fig. 2.5 Li2O 中でのトリチウム拡散速度
究が行われてきた[5-7]。これらの実験は様々
に関する過去の研究のまとめ 4)
な温度でトリチウム放出実験を行い、各温
度で算出された拡散係数をプロットしたも
のである。また、温度変化に伴う、熱膨張な
どの試料の形状変化については考慮してい
ない。Li2O における水素同位体拡散係数は
研究者ごとの大きく異なり、算出された拡散
の活性化エネルギーは 30-150 kJ/mol と非常
に煩雑である。また、実験に用いた Li2O 試
料の形状により、拡散係数が大きく異なるこ
とが分かる。単結晶試料を使用した研究では、
比較的高温での実験が行われてきた。これは、
単結晶試料では必然的にトリチウムの拡散
距離が長くなり、高温まで加熱しなければす
べてのトリチウムを放出させることが出来
ないためである。単結晶試料を用いた研究で
は、拡散係数に若干の差異はあるが、拡散係
数はおよそ 100 kJ/mol 程度と算出され、再現
性があるように見える。Tanifuji らの単結晶
Fig. 2.6 LiAlO2 中でのトリチウム
を用いた実験によると、Li2O 中のトリチウ
拡散速度に関する報告 11)
27
ム拡散係数は
D = 1.2 × 10-5 exp(-1.0 eV / kBT) m2s-1
である[4]。一方、ペレットや粉末を使用した実験では拡散係数は非常に煩雑である。特に
高温領域における実験では非常に低い拡散の活性化エネルギーが報告されている。特に単
結晶試料と粉末試料で異なるのが、試料の表面積である。特に Li2O は水と反応して表面に
LiOH を形成することから[8]、表面まで拡散した水素同位体が表面水酸基として捕捉され、
見かけ上拡散係数が減少することが考えられる。また、特に低温領域での実験では照射欠
陥などのトリチウム捕捉サイトが消滅しておらず、それらによる捕捉効果も影響する可能
性が高い。
アルミン酸リチウム(LiAlO2)に関しても拡散係数解明研究が精力的に行われてきた[9,10]。
しかしながら Fig. 2.6 に示されるように、算出された拡散係数には再現性が殆どない[11]。
LiAlO2 は Li2O と比較して化学的に非常に安定であり、水などの表面不純物とも反応しな
い。そのため、このような拡散係数の不一致は試料内部の捕捉サイト密度などの差異に起
因するものと予測される。Kurasawa らの中性子照射下でのトリチウム回収実験では LiAlO2
中でのトリチウム拡散係数は
D = 8.9 × 10-7 exp (-2.0 eV / kBT) m2s-1
であると報告している[12]。特に拡散の活性化エネルギーが Li2O と比較して非常に高い。
結果的に LiAlO2 中のトリチウム拡散速度は非常に遅いことが分かる。
ジルコン酸リチウム(Li2ZrO3)中でのトリチウム拡散係数に関するデータは殆ど存在しな
いが、Nishikawa らにより算出された拡散係数は以下の通りである[13]。
D = 2.5 × 10-3 exp(-1.34 eV / kBT) m2s-1
この値は Li2O などと比較しても桁違いに高い。つまり Li2ZrO3 中でのトリチウムの拡散速
度は非常に速いことを意味している。しかしながら、比較し得る十分なデータがないため、
妥当性の議論は困難である。
オルソケイ酸リチウム(Li4SiO4)に関しては、実用上の理由から比較的多くのトリチウム
拡散係数解明研究が行われている。Table 2.1 には Li4SiO4 におけるトリチウム拡散係数と
共にメタケイ酸リチウム(Li2SiO3)中でのトリチウム拡散係数を示している[14]。Li4SiO4 では
拡散の活性化エネルギーが約 0.4 eV と報告されており、トリチウムが拡散しやすい構造で
あると示されている。また、Li2SiO3 構造では 0.8-1.0 eV 程度であり、Li4SiO4 と比較してト
リチウム拡散が遅いことが示唆されている。
Table 2.1 リチウムシリケート中のトリチウム拡散速度 14)
28
2.2.5 トリチウム拡散機構解明研究
トリチウム増殖材中のトリチウム拡散機構の解明はこれまでに実験的、理論的に進めら
れてきた。これらの研究では様々な材料のリチウムセラミックス中のトリチウム拡散速度
を統計的にまとめ、トリチウム拡散機構の一般化を目指すものである。しかしながら、上
記の通り、算出されたトリチウム拡散係数には同じ材料でも殆ど系統性がない状態である
ため、実際のトリチウム拡散機構の一般化は未だに達成されていない。ある程度理論体系
が確立している拡散機構モデルはリチウム空孔を介した拡散である。このモデルの根拠は、
リチウムがトリチウムの安定な捕捉サイトであると考えられること、リチウム拡散エネル
ギーとトリチウム拡散エネルギーが近いこと、リチウム密度の高い材料ではリチウム拡散
は速くトリチウム拡散速度も速いこと、などの事実に基づいている。以下にこれらのデー
Conductivity log σT / Ω cm-1 K
タを示す。リチウムセラミック
スは固体燃料電池などへの応用
も期待されていることから、リ
チウムセラミックス材料の電気
伝導特性は詳細に研究されてき
た[15]。特にリチウムを含んだセ
ラミックス材料では材料内部で
最も動き易い Li+ が伝導特性を
支配することが分かっている。
2
1
Li8PbO6
Li2O
0
-1
Li8ZrO6
-2
Li2SiO3
LiAlO2
-4
0.8
1.0
1.2
1.4
1.6
-3
Reciprocal temperature / 10 K
従って、温度変化に伴うリチウ
におけるリチウム伝導度の
化を調べることで、リチウムセ
温度依存性 16)
ラミックス中のリチウム拡散
-13.5
速度が明らかにされた。Fig. 2.7
ムセラミックスにおける電気
伝導度の温度依存性をまとめ
[16,17]
た
。リチウムの拡散速度は
ある温度以上になると急激に
増加している。これは材料の相
Li4SiO4
-1
-14.0
2
log D / m s
って調査された、様々なリチウ
-14.5
-15.0
-15.5
Li2SiO3
-16.0
LiAlO2
-16.5
1.2
変化によるものであると考え
られている。トリチウム移行過
1.8
Fig. 2.7 様々なリチウムセラミックス
ムセラミックスの電気伝導度変
に Ohno 及び Konishi などによ
Li4ZrO4
-3
Li2O
Li8ZrO6
Li2ZrO3
1.4
1.6
1.8
-3
Reciprocal temperature / 10 K
Fig. 2.8 様々なトリチウム増殖材中の
トリチウム拡散速度 18)
29
2.0
程で重要なのは低温領域での拡散であるので、高温の相変化後のリチウム拡散速度は重要
ではない。低温領域におけるリチウム拡散速度をリチウムセラミックスごとに比較すると、
リチウム濃度の高い試料の方がリチウム拡散速度が速いことが分かる。次にトリチウムの
拡散速度を比較する。Fig. 2.8 は Okuno 及び Kudo らの研究で明らかになった、様々なトリ
チウム増殖材中のトリチウム拡散速度である[18]。トリチウムの拡散速度もリチウムの拡散
速度と同様にリチウム濃度の高い材料ほど速いという傾向にあることが分かる。また、
Li4SiO4 を除いて、トリチウムの拡散エネルギーも材料による依存性は大きくない。上記の
ような同じようなトリチウムとリチウムの拡散速度の傾向は、トリチウムとリチウムが似
たような拡散機構をもつことを示唆しており、このような類似性がリチウム空孔を介した
トリチウム拡散機構の有力な根拠である。
2.3 トリチウム捕捉・脱捕捉平衡反応速度
本節では固体中のトリチウム存在状態のポテンシャルモデルについて考察する。さらに
そのモデルに基づき、捕捉サイトからのトリチウム脱捕捉速度、捕捉サイトへのトリチウ
ム捕捉速度の数値モデルを確立する。最終的にこれまでの既往研究に関して評価を行う。
2.3.1 固体中でのトリチウムの存在状態[19]
固体内の水素同位体挙動研究は、特に水素の貯蔵や水素脆化機構の解明を目的として、
金属材料に対して広く研究されてきた。一方、固体トリチウム増殖材などのセラミックス
に関する研究は非常に限られている。そのため本研究では金属中の水素同位体ポテンシャ
ルモデルを参考に数値モデルの作成を行う。
Fig. 2.9 に材料における水素のポテ
気相
ンシャルエネルギーの模式図を示す
固体材料
。固体材料内部の小さな周期的変動
が結晶格子を示している。従って、変
エネルギー
動の幅は、格子間サイトと隣の格子間
サイトの距離, λ に相当する。また、変
λ
ED
[19]
ES
EB
½ H2 (g)
動の振幅は格子間サイトを介して水
½ H2 (ads)
素原子が移動するために必要なエネ
H (ads)
ルギーである。即ち、拡散の活性化エ
ネルギー, ED である。固体材料が水素
Fig. 2.9 固体内部における水素同位体の
反応配座とポテンシャルエネルギー19)
ガスに曝露している場合、気相の水素
30
分子は表面で解離吸着し水素原子が内部に侵入する。侵入した水素原子が格子間サイトに
存在している状態を固溶(solute)状態と呼ぶ。したがって、Fig. 2.9 の結晶格子部の周期変動
の底と、水素分子のエネルギーの半分との差が水素原子の固溶熱(固溶エネルギー, ES)であ
る。固溶状態の水素は格子間サイトを介して移動(拡散)し、捕捉サイトに近づく。Fig. 2.9
では欠陥などの捕捉サイトが結晶中に存在しても、結晶中にひずみ場が生成しないと仮定
しており、拡散している水素は空いている捕捉サイトに出会うとそのまま捕捉される。結
晶中の捕捉サイトは水素を安定に捕獲できる場であり、したがって捕捉サイトの水素のポ
テンシャルエネルギーは固溶状態よりも低い。よって拡散している水素が捕捉サイトに到
達したとき、水素のポテンシャルエネルギーは下がり、再度固溶状態に戻るにはより大き
なエネルギーが必要である。この、固溶状態とトラップ状態のエネルギー差は結合エネル
ギー(Binding energy, EB)と呼ばれる。EB は捕捉状態の違いにより変化する値であり、捕捉サ
イトの性質を示す重要なパラメータである。EB が大きな値の場合、捕捉された水素の脱捕
捉には大きなエネルギーが必要であり、脱捕捉は困難である。
2.3.2 捕捉サイトからの脱捕捉速度
2.3.1 節では、固体材料内部の水素のポテンシャルエネルギーについて議論した。本節で
は捕捉サイトに存在しているトリチウム(トラップされたトリチウム)の捕捉サイトからの
脱捕捉速度について議論し、数値モデルの確立を行う。
捕捉サイトに存在しているトリチウムは格子間サイトに存在している時と同様に、捕捉
サイトにおいて熱振動している。固体内部の原子の振動数は一般に Debye frequency とよ
ばれ、およそ 1013 s-1 である[20]。脱捕捉現象とは熱振動しているトリチウムが熱揺らぎによ
りエネルギーを得て、捕捉サイトのポテンシャル障壁を乗り越えたときに起こる。また、
ポテンシャル障壁を乗り越えた先の格子間サイトが既に別のトリチウムに占有されてい
る場合、脱捕捉は失敗することになる。したがって、トリチウム脱捕捉速度は、①トリチ
ウムの振動数、②捕捉サイトからの脱捕捉が成功する確率、③捕捉サイトに存在するトリ
チウムの数(濃度)、④隣接した格子間サイトが空いている確率の積になる。捕捉サイトか
らのトリチウム脱捕捉速度を Jdt、捕捉サイトのトリチウム濃度を Ct とすると、
J dt 
dC t
 k dt C t (1   I )
dt
(2-24)
(2-24)式における θI はトリチウムによる格子間サイトの占有率であり、1-θI は格子間サイト
の空いている確率を示す。ただし、一般に格子間サイト数と比較して、トリチウムの濃度
は圧倒的に低い。つまり θI <<1 であり、1-θI =1 として取り扱うことが出来き、(2-25)式が
得られる。この仮定は気体水素と材料の熱平衡状態でも成り立つと考えられる。
31
J dt 
dC t
 k dt C t
dt
(2-25)
kdt は脱捕捉の速度定数であり振動数と脱捕捉の活性化エネルギー, Edt に依存する。
kdt  kdt0e  Edt / k BT
k dt , 0  
(2-26)
(2-27)
kdt,0 は脱捕捉の前指数因子で、理論的には Debye frequency である 1013 s-1 に近い値になる。
しかしながら、材料や捕捉サイトの状態により変化すると考えられる。指数項は捕捉サイ
トからの脱捕捉起こる確率を意味し、Edt は脱捕捉の活性化エネルギーであるが、Fig. 2.9
のポテンシャルエネルギーの関係性から以下のように書ける。
Edt  EB  ED
(2-28)
以上の関係性から、トリチウムの捕捉サイトからの脱捕捉速度をモデル化するには、kdt0
と Edt の算出し、(2-25)式を数値的に解く必要がある。
2.3.3 捕捉サイトへのトリチウム捕捉速度
次にトリチウムの捕捉サイトへの捕捉速度を議論する。脱捕捉の場合とは逆に、捕捉過
程では格子間サイトに存在するトリチウムが捕捉サイトへ移動し安定化する現象である。
従って、格子間サイトにおけるトリチウム濃度を C と置くと、
捕捉サイトへの移動速度, JI→t
は以下のようになる。
J I t 
dC t
 kt C
dt
(2-29)
ここで、kt は捕捉サイトへの移動速度定数であり、捕捉速度定数である。kt は脱捕捉反応
と同様に以下のようになる。
k t  k t 0 e  Et / k BT
(2-30)
(2-30) 式における kt0 は捕捉反応の前指数因子、Et は捕捉反応の活性化エネルギーである。
(2-29) 式及び (2-30) 式では格子間サイトのトリチウムが捕捉サイトに移動し捕捉される
速度を表現している。しかし実際にはトリチウムが存在している格子間サイトの近接位置
に捕捉サイトが存在する確率は低い。また、捕捉サイトが既に別のトリチウムに占有され
ている場合、捕捉は起こらないと仮定出来る。従って、 (2-29) 式に空いている捕捉サイ
トが近接位置に存在する確率を掛ける必要がある。よって、
J I t 
dC t
T  Ct
 kt C t
dt
M
32
(2-31)
となる。ここで Tt は材料中の捕捉サイト濃度、M は単位体積あたりの材料の全原子数で
ある。さらに、捕捉サイトのトリチウムによる占有率は Tt を Ct で差し引くことで記述して
いる。
次に格子間サイトにいるトリチウムの捕捉サイトへ移動する速度について理論的に考
察する。Fig. 2.9 のように格子間サイトのトリチウムが捕捉サイトへ移動する現象は拡散現
象と等価である。したがって、格子間サイトのトリチウムが捕捉サイトへジャンプする速
度であり、拡散係数, D に依存する。しかし、拡散係数は Fig. 2.5 のように単位面積あたり
の物質流速であるため[m2s-1]の単位を持つ。従って、ジャンプする距離を考慮する必要が
ある。格子間サイトから隣の捕捉サイトへのジャンプによりトリチウムは格子間距離, λ 移
動する必要がある。よって、
kt 
D
2
(2-32)
となり、最終的にトリチウム捕捉速度 Jt は(2-33)式で表現される。
Jt 
dC t D Tt  C t
 2C
dt
M

(2-33)
(2-33)式において、λ 及び M は定数である。従ってトリチウム捕捉速度、捕捉トリチウム
濃度を概算するには拡散係数 D 及びトラップ密度 Tt が必要である。
2.3.4 トリチウム捕捉・脱捕捉反応の既往研究
リチウムセラミックス中でのトリチウム捕捉によるトリチウム放出挙動の影響は昇温
脱離実験などから研究されてきた。Moritani と Moriyama はメタ-ケイ酸リチウムに対し、
中性子フルエンスを変化させることで試料内部の照射欠陥密度などを変化させ、フルエン
スの増加に伴い見かけのトリチウム拡散速度が減少することを明らかにした[21]。この見か
け上の拡散速度の減少は拡散しているトリチウムが捕捉サイトによる捕捉の影響を受け
ているものと考えられた。また、Inagaki らはチタン酸リチウム表面に重水素イオンを注入
し、昇温脱離実験から重水素の放出ピークが複数存在することを示した[22]。これは単純な
拡散による放出過程以外にも重水素の放出過程が存在していることを示しており、重水素
の捕捉サイトからの脱捕捉過程などが律速段階である重水素放出の可能性が高い。
トリチウム捕捉サイトの同定は Okuno や Kudo らによって詳細に研究されてきた[23-25]。
この研究では酸化リチウムを試料として用い、中性子照射により生成・材料内部に捕捉さ
れたトリチウムの化学状態を重水溶解法により調査した。重水溶解法とは重水に可溶な材
料中のトリチウムの化学状態は材料の溶解過程において変化しないという仮定に基づい
ており、材料内部で正電荷をもったトリチウム T+は溶解後に重水中にトリチウム水として
残り、負電荷をもつトリチウム T-は溶解後に気相中に移る。従って材料内部でのトリチウ
33
ムの化学状態を調査出来るという手法で
ある。この研究において、トリチウムガス
に曝露した酸化リチウム中のトリチウム
は全て T+状態であったが、中性子照射した
試料では 30 %程度のトリチウムは T-状態
で存在していることが示された。これは、
中性子照射に伴い発生する反跳トリチウ
ム、反跳ヘリウムにより生成する照射欠陥
がトリチウムの捕捉サイトとなることを
示している。また、Okuno らは中性子照射
した酸化リチウムを真空中で加熱し、加熱
後のトリチウムの化学状態を重水溶解法
Fig. 2.10 中性子照射した酸化リチウム中の
により調べ、T+と T-の割合には温度依存性
トリチウムの化学状態と
があり、T-の割合は低温領域で一度増加し、
温度による割合変化 23)
高温領域になると減少し全て T+になるこ
とを示した。これは低温では酸化リチウム中のトリチウムが拡散し捕捉サイトへ移ること
による T-の増加と、捕捉サイトの消滅に伴う脱捕捉による T+の増加を意味している。実際
に T-から T+へトリチウムの割合が変化する領域では酸素空孔である F+-center の消滅が報
告されている。F+-center は O2-が抜けた空孔であるため、見かけ上正電荷をもつ。従って
酸素空孔にトリチウムが入り込むと T-の状態となり、重水溶解法での結果と矛盾しない。
また、リチウムセラミックスは酸素を含んでいるため、水酸基の形成が考えられる。Oda
らは重水素イオン照射やガス曝露を酸化リチウムに対して行い、FT-IR 測定により酸化リ
チウム中に O-D 結合が形成したことを示した[26]。また、O-D 結合には複数の状態があり、
表面や近接 O-D との水素結合効果、照射欠陥などにより O-D 結合の結合エネルギーに差
異があることが分かった[27]。また、Kudo らは中性子照射した酸化リチウムからのトリチ
ウム放出挙動を化学反応モデルを用いて解析し、トリチウムの放出が一次化学反応に従う
Table 2.1 酸化リチウム及び水酸化リチウムにおける水酸基熱分解速度 28)
34
と共に放出の活性化エネルギーが水酸化
リチウムの熱分解エネルギーと等しいと
-1
2640 cm
LiAlO2 single crystal
いうことを示した[28]。この結果は中性子
Irr-500
Absorbance /arb.unit
照射した酸化リチウム中で殆どのトリチ
ウムが水酸基を形成しており、放出は水
酸基の熱分解過程に支配されていること
を示している。また、Baba らは酸化リチ
ウムと水蒸気との熱平衡状態において、
-1
2605 cm
Irr-440
酸化リチウム表面に水酸化物が形成する
-1
Irr-380
2600 cm
ことを示した[8]。これは酸化リチウムと水
との高い反応性に依るものであるが、こ
のように表面に形成した水酸化物がトリ
2750 2700 2650 2600 2550 2500 2450 2400
チウムの捕捉サイトとなることは十分に
Wave numbers /cm-1
考えられることである。さらに、Luo ら
Fig. 2.11 重水素イオン照射したアルミン酸
はアルミン酸リチウムやチタン酸リチウ
リチウム単結晶の IR 吸収挙動 29)
ムへ重水素イオン照射を行い、FT-IR を用いて重水素の化学状態を調査することで、酸化
リチウムだけでなく三元系リチウムセラミックス中にも O-D 結合が形成することを明ら
かにした[29]。一方、上記の研究は水酸基の形成を示しているが、定量性には欠けている。
Tanigawa らは酸化リチウム中に O-D 結合は形成するが、全体の重水素滞留量と比較すると
その割合は決して大きくないと報告している[30]。これは、O-D 結合形成の捕捉サイト密度
が十分に存在しないことを示している。リチウムセラミックス中には酸素は豊富にあるが、
実際に全ての酸素がトリチウムと化学反応し水酸基を形成するわけではない。酸素の反応
性は酸素の化学ポテンシャルに依存するものである。化学ポテンシャルは励起状態、隣接
原子との結合切断、結晶構造が乱れにより高くなり、それに伴いトリチウムと酸素の反応
断面積も増すことになる。このように酸素の反応性と欠陥形成過程との相関を明らかにす
ることで、トリチウムの捕捉サイトとして機能する酸素の密度を明らかに出来ると考えら
れる。
2.4 トリチウム捕捉サイトの生成・消滅速度
本節ではトリチウムの捕捉サイトであると考えられる照射欠陥がどのような過程でト
リチウム増殖材内部に生成するか議論すると共に、各欠陥がどのように消滅するのか数値
的に解説する。
35
2.4.1 照射欠陥形成過程[31-36]
材料中の安定なトリチウム捕捉サイトのひとつとして欠陥が挙げられる。欠陥とは材料
構造が乱れた箇所であり、特に原子配向がずれた部分である転位や、格子点が空いたまま
の状態である原子空孔などがある。通常欠陥は材料中に存在し、欠陥濃度は熱平衡状態に
依存する。しかしながら、外的な要因により材料中に欠陥が導入されることもある。特に
核融合炉環境のような放射線場では、放射線のもつエネルギーを材料に与えることにより
構成原子が不安定化し欠陥が形成する。このようなエネルギー照射により形成する欠陥を
照射欠陥と呼ぶ。照射欠陥形成過程には、高エネルギー粒子が格子点原子に衝突し格子点
原子を弾き出す衝突過程と、高エネルギー粒子のエネルギーが格子点原子の軌道電子を励
起し、不安定化することに起因する欠陥形成過程である電子励起過程がある。
衝突過程では、衝突粒子が標的原子に直接運動エネルギーを与え、標的原子が格子点
に結び付けられている力に打ち勝つと、変位が生じる。非相対論的に考えると、エネル
ギー保存則および運動量保存則を用いて、正面衝突に際してのエネルギー移動を計算す
ることができる。質量 mi、速さ vi、運動エネルギーEi (= 1/2 mivi2)をもつ入射粒子を想定
する。この入射粒子が初め静止していた質量 mt の標的原子と正面衝突し、衝突後 2 個の
粒子はそれぞれ v1 と v2 の速さをもつとする。運動量保存則から
mivi = miv1 + mtv2
(2-34)
が成り立ち、エネルギー保存則によると
1
1
1
2
2
2
mi vi  mi v1  mt v2
2
2
2
(2-35)
が成り立つ。これら 2 方程式から v2 を消去し、入射粒子から標的原子へ移るエネルギーを
Ep, max とすると
E p ,max 
4mi mt Ei
(mi  mt ) 2
(2-36)
が得られる。以上のようなエネルギーの伝搬式から、Ziegler らは 1985 年に SRIM(Stopping
and Range of Ions in Matter)コードを開発した[37]。SRIM とは、モンテカルロ法により入射粒
子と標的原子の弾性衝突による、標的原子の変位、反跳粒子の分布などを計算するコード
である。金属材料中の照射欠陥密度を概算する際は SRIM code を一般に用いる。
電子励起過程では、高エネルギー光子や荷電粒子と相互作用した電子は、別の電子を固
体内の満ちたバンドの一つから伝導帯の上にある束縛されていない連続準位へと励起す
る。この後の過程は金属と絶縁体で異なるが、特に絶縁体や半導体ではエネルギーに富ん
だ電子と正孔が固体内の他の電子にエネルギーを分け与える。多数の電子励起が引き起こ
された後、その電子はゆっくりと熱化するが、依然として伝導帯にとどまり、また正孔も
価電子帯内にとどまる。この方法で作られた電子と正孔は、互いにクーロン引力相互作用
36
をもち二つの粒子が安定な束縛状態を作ることが可能である。この電子的に中性な電子正孔対を励起子とよび、Frenkel、Mott と Wannier によって概念化されている[38,
39]
。励起
子は結晶内部を自由に動くことが出来ると考えられるが、実際の系において格子点原子は
振動しており、励起子と格子振動との相互作用により励起子が結晶格子を大きく歪ませて
しまうため励起子自体が動くことができなくなる(自己捕獲という)。この自己捕獲励起子
は最終的に断熱不安定性によりエネルギーを失うが、その際準安定状態である照射欠陥が
生成する。
トリチウム増殖材であるリチウムセラミックス中では核融合反応生成中性子や炉内の
ガンマ線だけでなく、中性子とリチウムとの核反応により生成する反跳トリチウム、反跳
ヘリウムの発生により上記の衝突過程及び電子励起過程が引き起こされ照射欠陥が形成
する。特にこれまでによく知られている照射欠陥として、酸素空孔である F-center がある。
F-center は一種のカラーセンターである。また、セラミックス中では特に電子をひとつ捕
獲した状態である F+-center が安定であると知られていると共に、有力なトリチウム捕捉サ
イトと考えられている。また、酸素空孔である F+-center の生成はダングリング酸素原子で
ある O--center の形成も意味する。さらに、特に欠陥の拡散が起こりやすい酸化リチウムな
どでは、加熱により欠陥同士が集合し欠陥集合体を形成することが知られている。このよ
うな大きな欠陥は熱的に安定であり消滅には高い温度を必要とする。
2.4.2 照射欠陥消滅機構と速度論
F+-center と O--center は Frenkel 対(1 個の格子間粒子と 1 個の空格子点とから成る対)の関
係で、お互いが再結合することで欠陥が消滅することは様々な研究から明らかになってい
る。従ってこれらの欠陥はお互いとの再結合反応によって消滅する。この対消滅は 1:1 の
割合で進行するため、ある時間,t における照射欠陥の総和(F+-center + O--center = Nid)の減少
傾向は二次反応モデルに従うことが考えられる。

dN id
 krcda N id2
dt
(2-37)
(2-37)式において、kre-da は再結合反応律速の欠陥消滅速度定数(recombination limited-damage
annihilation)である。さらに(2-37)式を変数分離し積分した形が(2-38)式である。

N id
N 0 ,id
t
dN id
   krcdadt
2
0
N id
(2-38)
N0,id は反応開始時の F+-center と O--center の総和である。この式を Nid と t の関数として整
理すると以下のようになる。
N id 
N 0,id
N 0,id k rc dat  1
37
(2-39)
よって、実際の測定によって得られたある温度での照射欠陥消滅挙動を(2-39)式と比較す
ることで、その温度における再結合律速欠陥消滅速度定数を算出することが出来る。
一方、集合などにより安定化した欠陥は、Frenkel 対が消滅する高温領域でも存在し続け、
ある程度の熱エネルギーを吸収すると単一の欠陥(点欠陥 = F+-center, O--center)に分解し消
滅する。この際、集合体分解後の点欠陥は非常に不安定であり、消滅機構は非常に短期間
に進行する。従って、照射欠陥の消滅速度は集合体の熱分解が律速となっており、一次化
学反応であると見なせる。よって欠陥消滅挙動は

dN id
 k dc da N id
dt
(2-40)
となる。ここで、kdc-da は熱分解律速欠陥消滅速度定数 (decomposition limited- damage
annihilation)である。また、再結合律速の場合と同様に(2-40)式を積分し、Nid と t の関数と
して整理したものが、(2-41)式である。
N id  N 0,id exp( k dcda t )
(2-41)
(2-41)式も同様に時間変化に伴う Nid を予測できるものであり、実際の欠陥消滅挙動と比較
することで欠陥消滅速度定数を算出できる。
本節では欠陥の消滅挙動について数値モデルを確立することが出来たが、トリチウム増
殖材中の全ての照射欠陥がトリチウム捕捉サイトとなるかは不明瞭である。例えば、照射
欠陥でも正電荷をもつものはトリチウムの侵入が困難であり、エネルギー的にも不利であ
るため、トリチウム捕捉サイトとして機能する可能性は高くない。従って欠陥密度と捕捉
サイト密度は比例するものの、定量的に等しいとは言えない可能性もある。よってどの照
射欠陥が捕捉サイトとして機能するのか明確化する必要がある。しかし、照射欠陥消滅速
度定数は捕捉サイト密度消滅速度と同じであると考えられるため、照射欠陥消滅速度は捕
捉サイト消滅挙動の予測にそのまま適応できる重要なパラメータである。
2.4.3 照射欠陥消滅に関する既往研究
リチウムセラミックス中の照射欠陥消滅挙動に関する研究は、可視・紫外光吸収分析、
ルミネッセンス分析、電子スピン共鳴法等の分光学的手法などから広く研究されてきた。
特に単純な構造を有する酸化リチウムは、トリチウム増殖材中の照射欠陥挙動の共通知識
を得ることを目的として広く研究され、トリチウムの状態と照射欠陥消滅の関係性が広く
研究された(Fig. 2.10)。照射欠陥の形成には中性子照射だけでなく、イオン照射や電子照射、
ガンマ線照射などが行われたが、全ての場合で F+-center 及び O--center の形成が確認されて
いる[40]。さらに、酸化リチウムに対して行われた実験は三元系リチウムセラミックスに対
しても同様に行われた。Grismanovs らはチタン酸リチウムにガンマ線を照射し、線量の増
38
加に伴う照射欠陥形成過程を調査し、ガンマ線量の増加に伴い照射欠陥密度も増加するこ
とを示した[41]。また、Moritani らはケイ酸リチウムに対し、イオン照射を照射温度を変化
させて行うことで、照射欠陥形成の温度依存性を調査した[42]。一方で、照射欠陥の定量に
関しては殆ど進展していないのが現状である。
また、照射欠陥の消滅挙動についても
多くの研究が行われた。Noda らは中性子
照射した酸化リチウム中の F+-center を電
子スピン共鳴法で調査し、加熱温度の上
昇に伴い F+-center が消滅することを示す
と共に、F+-center の消滅は 2 段階で進行
することを明らかにした[43]。同様の挙動
は前述の Grismanovs によるチタン酸リチ
ウムに関する研究でも明らかとなってい
Fig. 2.12 ガンマ線照射したチタン酸リチウム
る。Fig. 2.12 に Grisimanovs によって行わ
中に生成した照射欠陥の消滅挙動 41)
れたガンマ線照射したチタン酸リチウム
中の照射欠陥消滅挙動である。450 K ま
では照射欠陥はなだらかに減少するが、
それ以上の温度では急速に減少している。
さらに、Osuo らはガンマ線照射線量を変
化させたチタン酸リチウムの照射欠陥消
滅 挙 動 を 系 統 的 に 調 査 し て い る (Fig.
2.13)[44]。この研究では線量の増加に伴い
欠陥密度が増加し、高温領域で消滅する
照射欠陥の割合が増加することを明らか
にした。この結果は欠陥密度増加に伴い
欠陥同士が相補的に相互作用し、安定化
しているものと考えられた。一方、トリ
チウムの放出と照射欠陥消滅の相関関係
に関する研究が行われてきているが、照
射欠陥中にどの程度のトリチウムが捕捉
Fig. 2.13 異なる線量でガンマ線照射した
チタン酸リチウム中に生成した
されているのか、はっきりした事実は明
照射欠陥の消滅挙動 44)
らかになっていない。
39
2.5 トリチウムの表面反応速度
材料表面に到達したトリチウムは表面反応を経て最終的に放出する。材料内部において
トリチウムは原子状であるため、放出するには表面で分子を形成する必要がある。従って
表面反応とは、トリチウムと他のトリチウムとの再結合反応や、雰囲気ガス中に含まれる
水素、水蒸気などとの反応である。特に雰囲気ガス中の水素同位体はトリチウム増殖材表
面で吸着・脱離平衡にあるので、この平衡状態においてトリチウムと同位体交換が進行す
ることが考えられる。基本的に水素同位体を雰囲気ガスに用いることでトリチウムの放出
は速くなることが予測される。
2.5.1 トリチウム表面反応の数値モデル
表面に到達したトリチウムは表面に原子状で吸着した状態であると言える。その後、ト
リチウムは表面のトリチウムまたは水素同位体と再結合して放出する。つまり、トリチウ
ムの放出量は表面の被覆率 θ[m-2]に依存する。よって放出速度は被覆率を時間に対して微
分したものであると考えられる。このような被覆率と放出速度の関係性は Polanyi-Wigner
の式として以下のように表現されることが知られている[45]。
EREL

d
q(t )  
  n n e kBT
dt
(2-42)
ここで、q(t)はトリチウム放出速度、νn は頻度因子であり、EREL は放出(Release)の活性化エ
ネルギー、n は反応次数である。Polanyi-Wingner の式を見ると、表面被覆率の増加に伴い
放出速度は増加することが分かる。一方、表面被覆率は面積の項を含んだ値であり、取り
扱いが不便である。よって、表面被覆率を表面濃度に変換する。また、他の水素同位体を
完全に排除した実験系ではトリチウム放出はトリチウム同士の再結合反応(Recombination
reaction)で進行することになる。したがって n は 2 である。(2-42)式に表面濃度 CSurf [m-2] 及
び表面再結合速度定数 krc[m4 s-1]を導入すると、表面からのトリチウム放出速度は以下のよ
うになる。
q(t )  
dCsurf
dt
k rc  k rc,0e

2
 krcCsurf
Erc
k BT
(2-43)
(2-44)
ここで、krc,0 は再結合反応の前指数因子であり Erc は再結合の活性化エネルギーである。さ
らに Erc は(2-42)式の EREL と同値であることが分かる。つまり、再結合反応速度を理解する
ためには、表面濃度を概算すること、再結合速度定数を求めることが必要であることが分
かる。
上ではトリチウム以外の水素同位体が系内に存在しない場合を考えた。しかし、一般に
40
水素は雰囲気ガス中に多量に存在する。また、最近のブランケットデザインではトリチウ
ム回収ガス中に水素同位体を含ませることで、能動的にトリチウムを回収することが考え
られている。また、トリチウム増殖材への中性子照射によりトリチウム増殖材表面から水
分が放出することも報告されている[46]。従って雰囲気ガス中の水素同位体の存在は避けら
れないものである。そこで、雰囲気ガス中の水素同位体がどのようにトリチウム放出に影
響を与えるのか考察する。雰囲気ガス中の水素同位体はトリチウム増殖材表面に吸着する
ことが考えられる。また、吸着した水素同位体は表面で解離し原子状になる。ここで、バ
ルク領域から表面まで拡散してきたトリチウムと表面で解離吸着(dissociative adsorption)し
た水素を合わせて水素同位体(hydrogen isotopes)と考えると、水素同位体の表面濃度は
C HI  C surf  C DisAd
(2-45)
ここで CHI は表面の水素同位体濃度、CDisAd は表面解離吸着した水素同位体濃度である。こ
こで、一般にトリチウム増殖材中のトリチウム濃度は、解離吸着する水素同位体濃度より
も圧倒的に低い。従って、
CDisAd >> Csurf
(2-46)
であると言える。さらに(2-43)式から、トリチウム放出速度は表面の水素同位体濃度に依
存する。ここで、(2-46)式の関係性から殆ど全てのトリチウムはトリチウム同士での再結
合反応ではなく、表面解離した水素同位体と結合し放出することが考えられる。よって、
トリチウム放出速度は(2-43)式で示した二次反応ではなく、擬一次反応として取り扱うこ
とが出来る。つまり、表面での放出速度は以下のようになる。
q(t )  
dC surf
dt
 k rc C Surf
(2-47)
表面に到達したトリチウムには再結合のペアとなる水素同位体が圧倒的に存在するため、
再結合反応速度に従い直ちに放出する。本研究での実験系は完全に水素を排除出来ている
わけではない。従って希ガス雰囲気下での実験においても、この条件に当て嵌まる可能性
もある。
2.5.2 トリチウム表面反応の既往研究
トリチウムの表面反応に関しては、トリチウム放出実験時のトリチウム回収ガス種を変
化させることで調査されてきた。Kinjo らは中性子照射したチタン酸リチウム粉末試料か
らのトリチウム放出実験をヘリウム、水素を含んだヘリウム、水蒸気を含んだヘリウム、
という 3 種類の回収ガスを用いて実験を行い、水蒸気、水素、純ヘリウムの順でトリチウ
ム放出ピークが低温領域に現れることを示した(Fig. 2.14)[47]。これは回収ガス中の水がチタ
ン酸リチウム表面で解離吸着し、トリチウムが脱離しやすくなったものと考えられた。水
41
素ガスは解離エネルギーが高いため、
ヘリウムのみの場合よりも回収速度
は速くなるが、水蒸気の方が効果的
であることが分かった。しかしなが
ら、Tanifuji らが行った、中性子照射
したチタン酸リチウム単結晶での実
験では、純水素ガスやアンモニアガ
スを使用して同様の実験を行ったが、
トリチウム放出挙動に大きな変化は
見られなかった(Fig. 2.15)
Fig. 2.14 チタン酸リチウム粉末試料からの
異なる雰囲気ガス下でのトリチウム放出 47)
[48]
。さらに、
Okuno らによって行われた真空下で
のトリチウム放出実験では様々なリ
チウムセラミックスからのトリチウ
ム放出速度は拡散過程のみに支配さ
れていることを示しており、拡散過
程と比較し表面反応はトリチウム放
出速度への影響が少ないことが報告
されている[23]。以上のような研究結
果はお互いに一致しておらず、その
原因は不明瞭である。上記の実験は
それぞれ異なる中性子照射量、試料
粒径など一貫した実験ではないため、
このような回収ガス依存性の差異が
Fig. 2.15 チタン酸リチウム単結晶試料からの
異なる雰囲気ガス下でのトリチウム放出挙動
みられたと考えられた。また、上記
の研究はトリチウム放出挙動の変化のみに注目しており定量的なものではないため、実際
にモデルに組み込むためには、表面での反応速度を算出する必要がある。
また、Nishikawa らは水素同位体の化学形を水素分子形、水形に分け、同時に加熱した
トリチウム増殖材表面に導入することで、トリチウム増殖材表面で起こる同位体交換反応
を定量的に評価している[49,50]。特に同位体交換反応として、解離吸着した水素同位体が水
素分子と交換する速度よりも水分子と交換する速度の方が速いということが分かってい
る。これはトリチウム回収速度向上には水蒸気の使用が効果的であることを示している。
42
2.6 トリチウム移行モデルのパラメータ
これまでに各素過程速度の数値モデルを提案した。本節では最終的に、これらの素過程
速度を組み合わせ、トリチウム移行過程の数値モデルを作り上げる。本モデルは、トリチ
ウム増殖材内部でのある位置及び時間(r, t)における拡散しているトリチウムの捕捉・脱捕
捉平衡及び表面での反応を記載するものである。従って、拡散過程の数値モデルをベース
とし、捕捉項、脱捕捉項を追加することで試料内部でのトリチウム移行過程を表現する。
捕捉項の記述には捕捉サイトの消滅速度論を導入する。また、脱捕捉項の表現には捕捉サ
イトにおけるトリチウム濃度を導入する。また、捕捉サイトは複数種ある可能性もあるた
め、それぞれの捕捉サイトにおける捕捉項、脱捕捉項が必要である。表面まで到達したト
リチウムは表面反応に従って放出する。以上をまとめると以下の式となる。
C (r , t )
 D0 e
t
dC ti (r , t )
 k dti ,0 e
dt
 ED
kT
  2 C (r , t ) 2 C (r , t )  n C ti (r , t )



2
r r  i 1
t
 r
 Eti
i
 Edt
kT
C (r , t )  k e
i
t
dT ti (r , t )
dt
q(t )  
i
t ,0
 k
dC surf (t )
dt
i
da, 0
e
 k rc,0 e
k BT
 T ti (r , t )  C ti (r , t ) 

C (r , t )  


N


i
 E da
k BT
 Erc
k BT
T
i
t

(r , t )
n
C Surf (t ) 
(2-48)
(2-49)
(2-50)
dC
dt
(2-51)
r R
上の(2-48)式で捕捉項脱捕捉項にある i は捕捉サイトの種類を表現している。また、(2-50)
式では捕捉サイトの消滅機構ははっきりしないので反応次数 n を導入している。実際の解
析ではこれらの微分方程式の連立方程式を解く必要がある。そのためには実験的に算出し
なければならないパラメータが多数ある。以下では各パラメータをどのように算出するの
か説明するとともに各素過程速度解明実験のフローチャートを示す。
2.7 実験のアプローチとフローチャート
本節ではどのようなアプローチで各トリチウム移行素過程速度定数を算出するのかに
ついて記載する。最も単純な方法はトリチウム放出スペクトルを(2-48)-(2-51)式のパラメー
タを最適化することで再現する方法である。これまでに Nishikawa らの研究ではこの方法
によりトリチウム拡散速度などが算出されてきた[51]。しかしながら、スペクトル再現のた
43
めに、様々な素過程が(2-48)-(2-51)式の他に追加され、モデルが複雑化するという問題があ
る。また、実際に測定された拡散速度は試料の形状や作製手法などにより大きく異なり厳
格な数値の算出方法とは言えない。従って本研究では各素過程の効果のみが表れやすいよ
うに実験条件を変化させ、各素過程速度をひとつずつ解明し、最終的にモデルに組み込む
という方法を採用する。本研究ではチタン酸リチウムをモデル材料として使用し、上記の
数値モデルの妥当性を検証する。チタン酸リチウムを使用する理由は化学的に安定な材料
であるという理由と、工学的な理由がある。チタン酸リチウムは国際熱核融合実験炉のト
リチウム増殖材として使用されることが考えられているため、チタン酸リチウム中のトリ
チウム移行過程の理解はますます重要となっている。従って本研究でチタン酸リチウム中
のトリチウム移行素過程を解明し体系化を達成することで核融合研究へ大きく貢献する
ことが期待出来る。
単純に中性子照射材のトリチウム放出スペクトルを測定するだけでは、各素過程を分離
し、その速度を算出することは困難である。そのため本研究では複数の手法を用いて反応
の律速段階を制御し、素過程速度を解明する。Fig. 2.16 に本研究のフローチャートを示す。
トリチウム拡散
機構と速度論
(第4章)
トリチウム脱捕捉
機構と速度論
(第5章)
照射欠陥消滅
機構と速度論
(第6章)
表面反応の影響
(第7章)
トリチウム移行モデル構築
核融合環境下での
トリチウム放出挙動
トリチウム再捕捉・脱捕捉
平衡反応速度
(第8章)
Fig. 2.16 博士論文のフローチャート (1/2)
拡散速度解明研究は第 4 章に記載する。拡散過程が律速段階となるには拡散距離を長く
し、捕捉サイト密度を下げることが必要であるため、中性子照射によりトリチウムをチタ
ン酸リチウム中に均一に導入することで拡散係数の算出を行う。脱捕捉過程については第
5 章で研究を行う。脱捕捉過程を抽出するためには拡散の影響を小さくすることが重要で
44
あるため、水素同位体イオン照射をチタン酸リチウム表面に行う。脱捕捉したトリチウム
は直ちに表面に到達し放出するため、脱捕捉速度の算出が可能である。照射欠陥の生成と
消滅挙動は第 6 章に記載する。照射欠陥消滅速度はアニーリング実験と欠陥密度定量測定
を交互に行うことで算出した。表面反応の影響については第 7 章で行う。この実験では先
に算出した拡散速度、脱捕捉速度、欠陥消滅速度を基にし、トリチウム放出実験を異なる
雰囲気ガスの下行うことで、表面効果の影響解明を試みた。一方、捕捉速度定数に関して
は実験的に直接算出することは困難であるため、第 4 章から第 7 章までに算出した各素過
程速度定数を(2-48)-(2-51)式に導入し、捕捉速度定数をパラメータとして実際のトリチウム
放出挙動の再現を試みることで算出した。第 8 章では捕捉速度定数をモデルに加えること
で、チタン酸リチウムにおけるトリチウム移行モデルの構築を行うと共に求まった全ての
速度定数を用い、核融合環境下におけるトリチウム放出挙動の予測を行う。
さらに、第 9 章では本研究で構築したチタン酸リチウムにおけるトリチウム移行モデル
が先進的なチタン酸リチウムに対しても適応できるのか調査すると共に、長期間の核融合
炉運転を想定した際に引き起こされる現象がどのようにモデルに影響するのかを検討す
る。特に核融合炉では高温・高粒子負荷によるチタン酸リチウム中のリチウム燃焼・蒸発
が起こると共にヘリウムが内部に滞留し、材料構造に影響を与えるため、これらの現象が
トリチウム移行挙動へ与える影響を評価する。第 10 章では本研究のモデル材料であるチ
タン酸リチウムにおいて構築されたトリチウム移行モデルから得た知見がほかの固体ト
リチウム増殖材に適応できるか検討する。モデルにおいて導入されている素過程速度の材
料依存性を調査すると共に、素過程速度を決定する材料内部でのトリチウム-材料構成原子
相互作用を定量化することで、どのような固体トリチウム増殖材にも適応出来るトリチウ
ム移行モデルを提案する。
(第9章)
先進材料への適応
リチウム過剰チタン酸リチウムの使用
長期間の核融合炉運転
環境へのモデル拡張
(第8章)
トリチウム移行モデル構築
リチウム燃焼・蒸発効果
ヘリウム滞留効果
(第10章)
モデルの一般化
トリチウム移行素過程速度の一般化
Fig. 2.17 博士論文のフローチャート (2/2)
45
2.8 まとめ
本章ではトリチウム増殖材におけるトリチウム移行素過程として、トリチウム拡散、
トリチウム捕捉、トリチウム脱捕捉、照射欠陥消滅の速度論モデルについて検討し、速度
論モデルを計算するうえで必要な素過程速度定数を提案すると共に、これまでに行われた
素過程速度解明研究のレビューを行った。また、これら素過程速度定数を算出し、最終的
にトリチウム移行モデルを構築するための研究フローチャートの提案を行った。
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47
第3章
分析手法
第3章
材料の調整と分析手法
3.1 試料の調整
本研究ではチタン酸リチウム(Li2TiO3)粉末(株式会社 化研 製)をモデル試料として用
いた。チタン酸リチウムの分子量は 109.75 のリチウムセラミックスの一種である。物質・
材料研究機構に記載されているチタン酸リチウムの結晶格子定数等の結晶パラメータを
Table 3.1 及び Table 3.2 に示す[1]。実際の試料はチタン酸(H2TiO3)と水酸化リチウム(LiOH)
を混合した懸濁液を加熱することで作製された。作製した試料のキャラクタリゼーショ
ンは富山大学の X 線回折(XRD)装置を用いて行われた。その結果を Fig. 3.1 に示す。また、
XRD 測定に際し、チタン酸リチウム粉末にシリコン粉末をリファレンスとして混合して
用いた。得られた XRD スペクトルの比較として、これまでに報告されている固体結晶デ
ータベースに存在するチタン酸リチウムの構造から予測される XRD ピーク位置を示す[1]。
Fig. 3.1 の結果から、作製したチタン酸リチウムの結晶構造と文献による結晶構造ピーク
との一致が確認され、チタン酸リチウム結晶構造が健全であることが確認された。Fig. 3.2
に試料の SEM(Scanning Electron Microscope)像を示す。試料の形状はグレイン同士が集ま
ったものと、個々にばらばらになっているものが混在していた。グレインのサイズを見
積もったところ、直径が約 3 μm であることが分かった。
Table 3.1 チタン酸リチウムの原子配座パラメータ 1)
No
Site
notation
Atom
1
O1
O
8
Site
symmetry
x
y
z
Occupancy
f
1
0.1102
0.0844
0.6342
1.0
Multiplicity Wyckoff
2
O2
O
8
f
1
0.1337
0.2403
0.1333
1.0
3
Li1
Li
8
f
1
0.261
0.078
0.001
1.0
4
O3
O
8
f
1
0.3654
0.0908
0.3671
1.0
5
Ti1
Ti
4
e
2
0
0.0835
1/4
1.0
6
Li2
Li
4
e
2
0
0.417
1/4
1.0
7
Ti2
Ti
4
e
2
0
0.7492
1/4
1.0
8
Li3
Li
4
d
-1
1/4
1/4
1/2
1.0
Table 3.2 チタン酸リチウムの結晶格子定数 1)
a = 0.505 nm, b = 0.876 nm, c = 0.968 nm,
α = 90 , β = 100 , γ = 90
Cell volume
0.4217 nm3
Cell density (calculated) 3.46 Mg m-3
Z
8
Cell parameters
チタン酸リチウム粉末に対する中性子照射やイオン照射を行う前に、試料の処理や成形
が行われた。中性子照射において試料は粉末のまま用いられた。まず試料表面・内部に存
在する水などの不純物を除去するため、石英管に 0.3 g 詰めた試料を He 減圧化にて室温か
ら 1173 K まで 3 時間かけて加熱を行った。3 時間温度を保持した後、1173 K から室温まで
3 時間以上かけて冷却した。その後大気に曝露せずに石英管に封入した。イオン照射試料
は粉末のまま使用することは困難であるため、焼結整形処理を行った。Li2TiO3 粉末 0.3g
48
をプレス機でディスク状に圧縮した。その後、作製したディスクの焼結を大気中でセラミ
ックヒーターを用いて行った。焼結過程において、セラミックヒーターの温度を 1173 K
で 3 時間保持し、その後 5 K/min の降温速度で室温まで冷却し、焼結試料を作製した。イ
オン照射の前には、不純物除去のための加熱処理を真空下で 1173 K にて行った。
2500
Li2TiO3
2000
Intensity / arb. unit
1500
1000
●
500
●
●
0
1.0
reference
0.8
0.6
0.4
0.2
0.0
20
30
40
50
60
2 theta / degs.
70
80
Fig 3.1 チタン酸リチウムの XRD スペクトルと文献値 1)との比較
Li2TiO3
10 μm
Fig 3.2 チタン酸リチウムの SEM 像
49
3.2 水素同位体注入法
3.2.1 はじめに
本研究では水素同位体をチタン酸リチウムに注入し、その水素同位体の挙動を調査・理
解することが主要な目的である。従ってチタン酸リチウムへの水素同位体注入方法は適切
に選定する必要がある。通常核融合材料への水素注入はイオン照射やガス曝露により行わ
れることが多い。一方、本研究で用いるチタン酸リチウムはリチウムを含有した試料であ
るため中性子照射も有効な手段である。中性子照射とイオン照射による水素同位体の存在
状態を比較したものが Fig. 3.3 である。中性子照射ではトリチウム及び照射欠陥は試料粉
末中に均一に生成する。そのため、均一なトリチウム分布、照射欠陥分布の形成が期待出
来る。一方、イオン照射ではイオンの打ち込み深さが数十 nm 程度であることから、水素
同位体及び照射欠陥は表面に偏析することになる。中性子照射と比較してイオン照射では
水素同位体が表面に到達するのが容易であることが分かる。従って中性子照射では表面に
到達するまでの拡散過程の寄与が大きい。一方、イオン照射では拡散距離が短いため水素
同位体の拡散過程は無視できると考えられる。また、イオン照射の特徴は、非常に高い照
射欠陥密度を達成できることである。照射欠陥は水素同位体捕捉サイトであると考えられ
るため、イオン照射後の試料中の殆どの水素同位体は捕捉状態にあると想定される。その
ため、実験では水素同位体の捕捉サイトからの脱捕捉過程の寄与を明らかにすることが出
来る。水素同位体ガス曝露では試料中に照射欠陥を生成せずに水素同位体を注入すること
が可能である。一方、ガス曝露での水素同位体注入には試料表面で水素同位体分子が解離
する必要があるのである程度高い温度が必要であることから、曝露温度の選定がポイント
である。
(b) 焼結材へのイオン照射
(a) 粉末試料への中性子照射
D
D
Diffusion length
= grain radius : LN
kdt
Tritium and
irradiation defects
distribute uniformly
Diffusion lengh =
projectile range : LI
LN >> LI
Tritium and
irradiation defects
distribute locally
Fig. 3.3 各水素同位体注入法における水素同位体・照射欠陥分布
3.2.2 中性子照射
京都大学原子炉実験所の京都大学研究用原子炉(KUR)はスイミングプールタンク型の原
子炉で、科学に関する実験研究に広く利用されている。炉心は低濃縮ウランの板状燃料要
素と黒鉛反射体要素とからなり、軽水を減速・冷却材とした熱出力 1000 kW、平均熱中性
50
子束 5.5 × 1012 n cm-2 s-1 の原子炉である(Fig. 3.4)。KUR 運転の制御は、ホウ素入りステンレ
ス鋼製の粗調整棒 4 本とステンレス鋼製の微調整棒 1 本で行われる。KUR 本体は、直径 2
m、深さ 8 m、厚さ 1.2 cm のアルミニウム製タンクに水を張り、その底部に炉心が設けら
れている。炉心で発生した熱は、タンク水を強制循環することにより取り出し、熱交換器
から二次冷却水に移して冷却塔から大気中に放散される。KUR 建家は、直径 28m、地上
22m、地下 7m の円筒型で、コンクリート壁と溶接鉄板により気密が保たれ、送排風機で
常時減圧されていて、予期しない場所からの空気の漏出がないようにしてある。事故時に
は吸気・排気口が機械的に封鎖され、同時に水を用いて空気の出入りダクトを密閉する。
この場合、建家内の空気は非常用の各種フィルタを通して清浄され、スタックから排出さ
れる。
KUR に付属する実験設備には、実験孔(4 本)、照射孔(4 本)、熱中性子設備(重水、
黒鉛)、圧気輸送管(3 基)
、水圧輸送管、傾斜照射孔、貫通孔、及び炉心内には照射中の
試料温度を制御できる精密制御照射管、週単位で照射が行われる長期照射設備がある(Fig.
3.5)。
Fig. 3.4 京都大学原子炉実験所
Fig. 3.5 KUR の垂直断面図
本研究では圧気輸送管(Pn-2)及び長期照射設備を用いて中性子照射が行われた。中性子
照射により生成するトリチウムの量は以下の式から算出可能である。

 T 
 T 
Ai   i N i10 24 1  exp  irr  exp   w 
 Ti 
 Ti 

(3-1)
ここで、Ai は生成核の放射能(Bq)、σi はこの反応断面積であり本反応においては 945 barn、
Ni は被反応核数、φ は熱中性子フラックスであり本反応においては ε は 0.693、Tirr は照射
51
時間、Ti は生成核種の半減期でありトリチウムの半減期は 12.3 年、Tw は照射後取出しまで
の時間である。
3.2.3 重水素・トリチウムイオン照射
重水素照射はトリチウムと異なり放射性物質の使用を伴わないため、非常に有効な手段
である。本研究において重水素イオン照射には静岡大学総合研究棟に設置されている、
TDS-XPS 装置に付属された低速イオンガンを用いて行われた。装置の写真を Fig. 3.6 に示
す。イオン照射を行う際には、予めガスボトルに封入されている重水素ガスをイオンガン
に導入し、イオンガン内部のタングステン-レニウムフィラメントから発生する熱電子によ
り重水素ガスをイオン(D2+)化させる。その後 D2+を加速し試料に注入する。イオン照射に
おいて試料温度は試料表面に設置された熱電対により測定する。また、イオンフラックス
の測定にはファラデーカップを用いた。
QMS
Photo-electron
detector
Ion gun
X-ray source
XPS chamber
TDS chamber
Fig. 3.6 TDS-XPS 装置写真
トリチウムイオン照射には静岡大学放射科学研究施設に設置されているトリチウムイ
オンガンを用いた。Fig. 3.7 に装置の概略図を示す。使用したトリチウムガスは水素吸蔵合
金であるジルコニウムコバルト合金に保管されているものを用いた。このガスは純トリチ
ウムガスではなく、重水素にて希釈されている。このトリチウムガスにおけるトリチウム
の割合は 2.2 %である。イオン照射の際には、ジルコニウムコバルトを 673 K まで加熱し
トリチウムガスを脱離させ、イオンガンに供給する。トリチウムガス圧力はイオンゲージ
にて測定し、バリアブルリークバルブを用いて制御する。イオンフラックスは試料正面に
52
Faraday
cup
Ionization
gauge
Ionization
gauge
Glove box
Vacuum
chamber
Sample
Aperture
Valuable
leak valve
Manual
valve
Gate valve
ZrCo
TMP
Monitoring
system
SP
Fig. 3.7 トリチウムイオンガンの概略図
設置されたファラデーカップを用いて測定する。このファラデーカップはマニピレータに
より垂直方向に可動であるため、イオン照射開始時にはイオンビームが試料に到達するよ
うにファラデーカップを動かす。また、イオン照射では常にトリチウムガスをイオンガン
に供給し続けると共に、チャンバー内部を真空に保ち続けなければならず、従って大量の
トリチウムガスが排気されることになる。このようなトリチウムの消耗は安全上問題があ
るため、イオン照射時には真空チャンバー下部のゲートバルブを閉じ、手動バルブのみを
通じて排気を行うことでトリチウムガス排気量を低減させた。排気されたトリチウムはタ
ーボ分子ポンプ及びスクロールポンプを経由し最終的に排気トリチウムガス測定系に運
ばれる。排気トリチウムガス測定システムの概念図を Fig. 3.8 に示す。この系は 2 つの比
例計数管、水バブラー、酸化銅、電離箱から成っているものである。スクロールポンプの
PR gas
Proportional
counter 1
MF
CuO
Proportional
counter 2
Ion chamber
Fig. 3.8 排気トリチウムガスモニタリングシステム
53
排気口から排気されたトリチウムを含んだガスは一度水バブラーを通過して水蒸気を十
分に含んだ PR ガス(Ar: 90%, CH4: 10%)により比例計数管に輸送される。従って、最初の比
例計数管では排気されたトリチウムの全量を測定する。ここで、ジルコニウムコバルト合
金から放出したトリチウムは分子状(DT)であるため、反応性が低く捕集が難しい。そこで
773 K 程度に加熱した酸化銅と接触させることで水形へと化学状態変化させた。排気トリ
チウムガス測定システムにおいて使用した酸化銅の量は 20 g である。また、PR ガス中に
は水蒸気が豊富に含まれているため、トリチウムガスとの反応により還元した酸化銅は直
ちに再度酸化されるため、その機能を維持する。トリチウム水蒸気はその後水バブラーを
通過する。この際、トリチウム水はバブラーに捕集される。その後の比例計数管及び電離
箱ではトリチウム水蒸気が健全に水バブラーで捕集されているのかを確認することで、実
験における安全性を保障している。
3.2.4 トリチウムガス曝露装置
Fig. 3.9 に静岡大学に設置されたトリチウムガス曝露装置の概略図を示す。本装置におい
てはトリチウムガスはジルコニウムコバルト合金に設置されており、そのトリチウムガス
の重水素との比率は 0.5 %である。試料へのトリチウム曝露には石英管フランジを用いて
いるため、粉末やディスク等の試料形状に依存せずにトリチウムガス曝露を行うことが出
来る。石英管フランジへのトリチウムガスの導入量についてはコンベクトロンゲージ真空
計及びバラトロンゲージ真空計を用いて測定しバリアブルリークバルブで制御した。本装
置に設置してあるバラトロンゲージは 1000 Torr ヘッドであるため、10 kPa 以上の圧力を測
定し、1 -1000 Pa の圧力領域の測定にはコンベクトロンゲージを主に用いた。試料へのト
リチウムガス曝露においては、曝露時間や曝露温度により試料内部のトリチウム分布は変
化する。トリチウムは試料表面で解離し試料内部へ拡散するため、曝露時間が短い場合ト
リチウム分布は試料表面に偏ることになる。また、曝露温度が低いと内部へのトリチウム
拡散も遅いため、この場合も表面におけるトリチウム濃度が高い。本研究においては Fig.
3.4 に示したようにトリチウム分布などをしっかりと把握し、その分布に基づく速度論モ
デルを用いて解析する必要があるため、予めある曝露条件におけるトリチウム分布を把握
しておく必要がある。ある曝露条件におけるトリチウム分布の予測には第 2 章の(2-10)式
で示した Fick の拡散方程式を表面濃度一定という境界条件の下で解いた以下の厳密解を
用いて行った[2,3]。
 x 

C ( x, t )  C 0 erfc
 2 Dt 
54
(3-2)
ここで erfc は補正誤差関数である。この式において C(x,t)はある時間 t における位置 x での
トリチウム濃度を示す。C0 は表面濃度であり、境界条件により一定である。従ってある温
度におけるトリチウム拡散速度 D を代入し、ある時間 t におけるトリチウム分布を定量的
に算出することが出来る。基本的に本研究では材料内部のトリチウム分布が均一になるま
で曝露を行った。また、曝露では様々な方向からトリチウムが試料内部へ拡散するため、
その和からトリチウム分布を算出し、十分に試料厚さ、粒径以上にトリチウムが拡散して
いることを確かめた。
Capacitance
manometer
ZrCo
QMS
TMP
Reactor tube
Furnace
SP
Mo crucible
Fig. 3.9 トリチウム曝露装置の概略図
3.3 昇温脱離法 (TDS: Thermal Desorption Spectroscopy) [4-6]
3.3.1 はじめに
本研究の大きな目標はトリチウム移行素過程速度を明らかにし、トリチウム増殖材内部
におけるトリチウム移行モデルを確立することである。拡散等の素過程速度には温度依存
性が存在する。従って、試料温度が定常・非定常である条件の下、トリチウム移行素過程
速度がどのように変化するのか調査し、その温度依存性を明らかにする必要がある。この
ような実験のためにはトリチウムをプローブとした実験が望ましい。従って、温度変化に
伴うトリチウム放出挙動を分析する昇温脱離法の適用が最も適していると考えられた。本
節では昇温脱離法の原理及び実際の測定にて用いられる水素同位体測定機器について解
説する。
3.3.2 昇温脱離法の原理
昇温脱離(TDS)法は、一般に真空系内で試料の温度を制御して変化させた場合の脱離速
55
度曲線から、活性化エネルギーや前指数因子など、また試料中のガス種の滞留量に加え捕
捉状態や脱離挙動を間接的に測定することができ、1960 年代に Readhead と Carter によっ
て開発された。特に本研究では、Li2TiO3 中に導入されたトリチウムの放出挙動を評価する
ことを目的としており、TDS は優れた分析手法であるといえる。
TDS 法では一般に温度を一定に保ち脱離スペクトルの経時変化を観察する等温加熱
(Isothermal)実験と初期温度 T0、昇温速度 β、加熱時間を t とすると T = T0 + βt で試料を等速
昇温加熱し、脱離してきたガス種を分析する等時加熱(Isochronal)実験がある。
本研究においてはイオン注入された重水素の測定には四重極型質量分析計を用い、中性
子照射材やトリチウムガス曝露材からの極微量のトリチウム測定には比例計数管を検出
部に用いた。比例計数管を用いた分析では、装置自体を真空系にせず、キャリアガスを流
しながら測定を行う。また、材料中に滞留しているガスを全て放出させることが望ましい
が、装置上の限界があるため他の手法(トリチウムの場合は液体シンチレーションカウンタ
ーなど)を用いてガス種の滞留量を評価することも必要になる。
以下に、各分析技術の原理について言及すると共に本研究で実際に用いた装置について
説明する。
3.3.3 重水素分析測定技術および昇温脱離実験装置
水素同位体放出ガス種として水素、重水素を用いる場合、真空下で四重極質量分析計
(QMS : Quadrupole Mass Spectrometer)がよく取り扱われる。QMS では以下のプロセスで気
体分子を測定する。
② 調べたい試料を高真空化でガス化する。
②ガスに一定電子流をあてると試料中か
ら電子がたたき出されて、カチオンラジカ
ルが生成し、さらにそれが開裂した断片(フ
ラグメントイオン)が生成される(電子衝撃
イオン化法)。
③これらの生成物はその質量(m)と電荷(e)
の比、すなわち質量電荷比(m/e)として分離
され、それぞれの m/e ごとにイオン電流値
Fig. 3.10
四重極質量分析装置の概念図
として検出される。
QMS 内には約 20 cm の 4 本のロッドが設置され、隣り合うロッドには異なる電位が印加
され、対抗するロッドには同一の電位が印加されている。ここで印加される電位は高周波
電位に電流電位を重ね合わせたものである。ガスが左下から導入され、電子線衝撃により
56
イオン化される。イオンが 4 本のロッドの空間内に入ると、印加される高周波により振動
する。このとき、ある電位においては特定の m/e のイオンが検出管である電子増倍管に入
っていく。電位を変化することにより、異なるイオンが増倍管に入る。こうしてイオンが
検出される。本研究における重水素の測定には重水素イオン照射を行った TDS-XPS 装置
を用いた。この装置にはイオンガンと QMS が併設されているため、重水素を行った試料
を大気に曝すことなくその場昇温脱離実験を行うことが可能である。昇温脱離実験では重
水素照射面とは反対側に設置されたセラミックヒーターにより試料を加熱し、照射面の温
度は照射面に接地している熱電対を用いて測定した。また、QMS では様々な m/e について
測 定 す る こ と が 可 能 で あ る た め 、 D2(m/e=4) だ け で な く HD(m/e=3) や D2O(m/e=20),
HDO(m/e=19)等の重水素に関与する化学形の測定も同時に行った。
3.3.4 トリチウム分析測定技術および昇温脱離実験装置[7,8]
トリチウムの分析測定技術は、その測定対象によって 2 つに大別される。トリチウムそ
のものが放出する β-線およびそれに起因する放射線量を測定する方法と、トリチウムその
ものの物理量を測定する方法がある。目的対象のトリチウムの存在状態、要求精度などを
考慮して測定方法が決定される。
放射線測定には Fig. 3.11 に示すように、β-線による気体の電離作用を利用した測定法、β放射線測定
気体電離作用
電離箱
比例計数管
GM計数管
発光作用
液体シンチレーション計測
固体シンチレーション計測
熱量法
熱量計
制動放射線測定法
その他
トリチウムイメージング
オートラジオグラフ
物理量測定
重量測定
体積測定 (PVT-C法)
分離分析
ガスクロマトグラフ
質量分析
質量分析計
分光分析
赤外分光法
ラマン分光法
レーザー誘起蛍光分光法
電磁波分析
核磁気共鳴吸収法
Fig. 3.11 さまざまなトリチウム測定技術 7)
57
線の作用による発光現象、β-線による発熱を利用する方法、および β-線が二次的に発する
電磁波を利用する方に大別される。ここでは特に本研究で用いた検出装置、比例計数管と
液体シンチレーションカウンターについて記述する。
比例計数管は、β-線が気体中で生成する一次イオン対の電子を強電場中で衝突電離を繰
り返させてイオン量を増倍し、生じた陽イオンの移動に伴う電気的パルスを電極から取り
出すもので、印加電圧はパルス出力が生成一次イオン対数に比例する比例領域で作用され
る。比例計数管は電離箱領域で使用される電離箱に比べ、気体増幅現象により感度が高い。
また、出力パルスの波高弁別により入射エネルギーのスペクトル測定が可能になり、トリ
チウム以外の他の放射線の影響を除去できる。一方、比例計数管による測定ではイオンの
増幅を抑え安定した測定を可能にするための計数ガスが必要で、主にメタンガス等が使用
される。本研究では ALOKA 社製の比例計数管を用いてトリチウム測定を行った。この比
例計数管の容積は 30 cc であり、通常の放射線測定装置と比較して小さい。従って、トリ
チウム回収ガスにより運ばれてきたトリチウムは速やかに比例計数管外へ排気されるた
め、トリチウム回収ガス中のトリチウム濃度の時間変化の誤差を小さくすることが出来る。
高エネルギー電子による
気体増幅
放射線の
入射
電子
検出器へ
計数ガス雰囲気
Fig. 3.12 比例計数管の基本原理
Fig. 3.13 比例計数管 (ALOKA GC-2003BU)
58
陰極
陽極
液体シンチレーション測定は、測定試料を直接シンチレ
ータに溶かしこむため、幾何学的検出効率は 100%であり、
β-線測定の際に問題となる自己吸収、後方散乱、検出器の
窓による吸収などの問題が全て解決される。そのため、実
用検出感度は 2 × 10-8 μCi/cc 程度と非常に高く、環境レベル
のトリチウム計測に適している。これはトリチウムから飛
び出した β-線が物質内で生ずる励起、電離過程を介して発
光した蛍光を光電子増倍管で受けて増幅、電気信号に変え
て測定するものである。実際の測定ではトリチウムは水バ
ブラーに捕集されるため、このトリチウムを含んだ水をシ
Fig. 3.14 バイアル瓶
ンチレータ溶媒に溶解し、Fig. 3.14 に示すバイアル瓶に入れ測定を行う。シンチレータと
しては、放射線による吸収エネルギーへの変換率が高いこと、蛍光の減衰時間が短いこと、
生じた蛍光に対し透明度が良いこと、蛍光の波高分布が使用する光電子増倍管の光電子面
の波長感度特性によく整合していることが望まれる。本研究で用いたシンチレータ溶液と
して Parkin Elmer 社製の Emulsifier Scintillator Plus を用いた。この溶液は 12%の水を含有す
ることが出来るものでトリチウム水を測定するのに適している。Fig. 3.15 にシンチレーシ
ョンカウンターの構造を、Fig. 3.16 に実際に測定で用いた液体シンチレーションカウンタ
ーの装置図を示す。液体シンチレーション測定の上で最も問題となる点はクエンチング効
果である。これはシンチレータから放出された蛍光が液体内部の他の化学物質により吸収
され、測定されたトリチウム量を低く見積もってしまうことである。このようなクエンチ
ング効果は液体シンチレーションカウンターの外部標準チャンネル比を算出することに
より補正することが可能である。この補正を行うため、本研究では液体シンチレーション
カウンターの校正を行った。本校正において Perkin Elmer 社製の Quenched Standards を用
いた。これはクエンチング効率の異なる 10 種類の溶液中に同量のトリチウムを含有させ
たものである(Fig. 3.17)。これらの溶液を測定することにより、クエンチング効率と実際の
トリチウム量との相関性を求める。実際の測定時にはクエンチング効率に対する見かけの
トリチウム量のプロットから最小二乗法により算出された校正曲線を用いた。
59
測定試料
バイアル瓶
光電子増倍管
シンチレータ
光電子増倍管
放射線の入射
光電子
光電子増倍
光電面
同時計数回路
合算増幅器
Fig. 3.15
波高分析器
電極群
計数器
液体シンチレーションカウンターの構造
Fig. 3.16 液体シンチレーションカウンター
Fig. 3.17 クエンチ効率の異なるトリチウム標準試料
トリチウム放出挙動の測定は、静岡大学のトリチウム TDS 装置を用いて行われた。本装
置の概略図を Fig. 3.18 示す。本装置において、トリチウムを含有した試料はモリブデンの
坩堝に導入され、反応管(Reactor tube)に設置される。この反応管の概要図を Fig. 3.19 に示
60
す。この反応管は主に石英管で構成されており、石英管の両端は Swagelok 社製のステン
レス配管に直接接続される。反応管はアサヒ理科製作所製のセラミックヒーター(瞬間最大
温度: 1373 K(100 V), 定常最大温度: 1423 K 以下)にて覆われており、試料の加熱が可能で
ある。試料が入っているモリブデン坩堝の下部には鉄片があり、磁石を用いて坩堝を動か
すことが可能である。通常の昇温脱離実験のように一定の昇温速度で試料を加熱する場合
は坩堝を動かす必要はない。一方、等温加熱実験のような、試料温度をある一定温度に速
やかに到達させる必要のある実験では予め坩堝を加熱部から離して設置し、マグネットで
固定する。その後、セラミックヒーターにて反応炉の温度を実験温度まで上昇させる。ヒ
Molecular
sieve
He
MFC
Reactor
tube
CH4
MFC
Proportional
counter 1
Proportional
counter 2
CuO
Fig. 3.18 トリチウム TDS システムの概略図
He
Quartz tube
Mo crucible
Ceramic furnace
Quartz cap
Stainless steel joint
Stainless steel tube
Proportional counters
Water bubblers
Humidified CH4
Fig. 3.19 トリチウム TDS システムの反応管部概略図
61
ーターの温度が実験温度まで到達したら坩堝を反応炉の加熱部に移動させ試料を加熱す
ることで、等温加熱実験を行う。放出したトリチウムはトリチウム回収ガスによって回収
される。本研究ではトリチウム回収ガスとしてヘリウムガスを用いた。このヘリウムガス
の流量はマスフローコントローラにて制御されており、本研究での流速は 75 sccm である。
また、Fig. 3.18 から明らかなようにトリチウム回収ガスの加熱部への到達経路には 2 通り
あり、3 方ボールバルブによりトリチウムガスはどちらか片方にしか流れないようになっ
ている。モレキュラーシーブ(MS-5A)を通る場合はヘリウムガス中の不純物が吸着される
ため、純トリチウムガスをトリチウム回収ガスとして用いることが出来る。もう一方の水
バブラーを通る場合、水バブラー通過後のヘリウムガスは水蒸気を含むため、水蒸気とヘ
リウムの混合ガスをトリチウム回収ガスとして用いることが出来る。トリチウム回収ガス
は反応管に到達し、トリチウムを回収後、比例計数管へ導かれる。ここでトリチウムはト
リチウム水であることが多く、装置の主要構造であるステンレス配管内壁に吸着し、容易
に脱着しないという現象が起こる。また、比例計数管等の測定部においてはこのようなト
リチウム水の吸着によりバックグラウンドが高くなり、実際の量よりも高く計数されると
いった現象が起こり正確な測定が困難になる。このようなメモリ効果を抑制するため、本
装置では 2 種類の対策が施された。まずは装置を高温に保つことである。トリチウム水が
ステンレス配管に吸着することは避けられないものであるが、吸着後の脱着が非常に速け
れば見かけ上測定に問題はないと考えられる。従って、本装置の、反応管の後に設置され
ているステンレス配管及び比例計数管の温度は 373 K 以上に保たれている。もうひとつの
対策は水蒸気を導入することである。トリチウム水はステンレス表面に容易に吸着するが、
(トリチウムを含まない)水蒸気が存在する場合、水蒸気の吸着-脱着平衡状態が速やかに達
成される。水蒸気がトリチウム水と比較して圧倒量に存在する状態において、吸着したト
リチウム水は直ちに水蒸気と置き換わり、トリチウム回収ガス中に戻ることになる。本装
置では水蒸気導入系として比例計数管の計数ガスであるメタンガス導入ラインを用いた。
比例計数管の計数ガスであるメタンの流量はマスフローコントローラにて 25 sccm に設定
されている。はじめにメタンガスは水バブラーを通過することで水蒸気を含有する。この
水蒸気がメモリ効果防止に寄与する。Fig. 3.19 の反応管の概略図において、モリブデン坩
堝の下の加熱部の外側にこの水蒸気を含んだメタンガスを導入する。つまり、加熱部にお
いては温度が高いためトリチウム水吸着が防止されており、さらに加熱部を出た後は水蒸
気や配管温度などによりメモリ効果が防止されている。最終的にトリチウム回収ガス、ト
リチウム、メタンガスの混合ガスが比例計数管に導入され、特に最初に設置された比例計
数管では全てのトリチウムが観測される。その後トリチウムを含んだトリチウム回収ガス
は水バブラーを通過する。水バブラーには 100 ml の純水が用いられており、実験前に水バ
ブラー内部の純水におけるトリチウム濃度測定を行う。水バブラーにおいては特にトリチ
ウム水が捕集されるため、その後の比例計数管では水バブラーで捕集されない水素分子形
のトリチウムが測定される。従って、各比例計数管におけるトリチウム観測データを比較
することにより、試料からトリチウムがどのような化学形でどのように放出するのかを理
解することが出来る。水素分子形のトリチウムはその後酸化銅により酸化され、トリチウ
62
ム水となる。最終的に水バブラーにて捕集されるため、系外に放出されるガス中にはトリ
チウムが含まれないことになる。実験後にトリチウムの定量のため、それぞれのバブラー
から水を 100 μl 採取し、
液体シンチレーションカウンターによりトリチウム量を測定した。
3.4 材料構造・状態変化分析手法
3.4.1 はじめに
3.3 節ではトリチウムをプローブとして試料温度が定常・非定常である場合のトリチウ
ム放出挙動を分析する昇温脱離法について解説した。一方、トリチウム移行素過程の変化
を考察するうえで材料内部の情報も重要である。特に第 2 章においてトリチウム捕捉・脱
捕捉サイトとして照射欠陥の影響が提案された。従ってトリチウム放出挙動変化と材料構
造・化学状態変化との相関性を調査することで、トリチウム移行モデルを確立するための
知見を得ることが可能である。そこで本研究では試料の化学状態分析として X 線光電子分
光法及びフーリエ変換赤外分光法を用いた。さらに、材料内部の照射欠陥測定のため電子
スピン共鳴法を用いた。本節ではこれら測定法の原理について解説する。
3.4.2 X 線光電子分光法 (X-Ray Photoelctron Spectroscopy: XPS) [9,10]
単色光を物質に照射すると光電効果により電子が放出される。このときに発生する電子
を光電子と呼ぶ。この電子のエネルギーおよび強度分布を測定する方法が光電子分光法で
ある。プローブに X 線が用いられるとき、この分光法は X 線光電子分光法(XPS)と呼ばれ
る。したがって、試料は気体、液体、固体、いずれも測定可能である。この現象は次の式
で表される。
EVkin=hν-Eβ-φ
(3-3)
ここで、EVkin は発生した光電子のエネルギー、hν は入射した X 線のエネルギー、Eb は放出
した電子の試料中における結合(束縛)エネルギー、φ は試料の仕事関数である。電子の運
動エネルギーはフェルミレベルから測定すると物質間の比較がしやすいので、この場合は、
Ekin=hν-Eb
63
(3-4)
となる。この模式図を Fig. 3.20 に示す。測定する電子のエネルギー分布は物質の内殻や荷
電子の情報を持っている。したがって、(3-4) 式から hν が一定であれば結合エネルギーEb
が求めることができる。各軌道電子の結合エネルギーは元素ごとに異なるから、Ekin を測
定することにより、容易に元素の同定が可能である。また、同一元素の同一軌道の結合エ
ネルギーは、注目している原子のまわりの状態・環境により、その値はわずかに変化する。
この変化量(化学シフトと呼ばれる)を測定することにより、元素の化学状態を分析するこ
とが可能である。この光電効果の現象は Hertz により 19 世紀後半に発見された。最終的に
はアインシュタインが光量子仮説によりその理論的根拠を与え、量子論の発展に寄与した
ことで知られている。
・・・・・・・・・・・
N(E)
|
e
h
光電子スペクトル
h
V
h
G
l
真空レベル

フェルミレベル
M
[
Eb
内殻準位
Fig. 3.20 固体からの光電子放出メカニズム
表面分析が可能であるとは、その表面部分の信号強度を分離してとらえることが可能だ
からであり、信号の発生領域が表面に偏在していることは必ずしも必要ではない。X 線照
射で生成する光電子は非弾性散乱や弾性散乱により、容易にエネルギーの一部を失ったり、
方向を変えたりし、大部分は試料に吸収されてしまう。この模式図を Fig. 3.21 に示す。わ
ずかに発生した光電子がエネルギーE を保ったまま真空中に脱出し検出され、光電子ピー
クとして認識される。これは図に示してあるように、表面近傍の電子に偏る。その他の大
部分は非弾性散乱を受けエネルギーの一部 ΔE を失ってしまい、検出されてもバックグラ
ウンドの一部を形成するだけである。すなわち、そのエネルギーは E-ΔE であり、低運動
エネルギー側に当然ずれてくるので、もはや光電子ピークとは見なされない。したがって、
電子が発生したときのエネルギーを保っている距離、すなわち非弾正衝突を起こすまでに
移動する平均距離が重要になる。
64
E-E
E
E
E-E
*
*
*
*
Fig. 3.21
*
光電子の固体中における挙動の模式図
(E は光電子のエネルギー、ΔE は非弾性散乱によるエネルギー損失量。
*は光電子の発生、○は非弾性散乱、●は弾性散乱を表す)
本研究で用いた XPS 装置(Fig. 3.6, ESCA 1600 Series: ULVAC Phi 社製)は機器分析センタ
ーに設置されており、その真空チャンバーの定常真空度は 10-8 Pa である。排気機構として、
イオンポンプ、ターボ分子ポンプ、ロータリーポンプ及びチタンサブリメーションポンプ
を使用している。主に測定試料の表面調整及び深さ方向分析を行うためのスパッタリング
用の Ar イオンガン、汎用性の広いコンベンショナル X 線源(Al K: 1486.6 eV, Mg K:
1253.6 eV)、高分解能なスペクトルの測定を可能とする単色 X 線源(Al K: 1486.6 eV)及び
モノクロメータ、試料のチャージアップを緩和するための電子中和銃が設置されている。
3.4.3 フーリエ変換赤外分光法 (Fourier Transform Infrared Spectroscopy)[11]
フーリエ変換赤外分光法化合物分子の赤外線吸収スペクトルを利用して化合物を定性・
定量する測定法である。赤外吸収が起こると赤外光(の光子)のエネルギーが分子に移り、
分子(中の電子)は励起され高いエネルギー準位に移る。この他にも与えられたエネルギー
は、分子を構成している原子間の振動、回転・並進運動等に使われる。赤外線の吸収スペ
クトルでは分子の運動エネルギーに相当するエネルギーが吸収され、特に赤外線の領域で
吸収ピークが現れることになる。しかしすべての分子が赤外線を吸収するわけではなく、
分子が双極子モーメントを持つことが条件となる。この双極子モーメントを持ちうる場合
として、化合物分子の電気陰性度の差により恒常的に双極子モーメントを持っていること
や、永久双極子モーメントを持たない分子のうち、振動(反対称的な伸縮振動や変角振動)
により双極子モーメントが誘起されることが条件である。本研究で使用した FT-IR 装置
(VERTEX, Bruker Bio Spin)を Fig. 3.22 に示す。本装置は真空チャンバーと測定部が併設さ
れており、真空チャンバーでは重水素イオン照射を行うことが出来る。また、真空下でそ
の場 FT-IR 測定も可能である。一方、本研究で用いた焼結材は表面が非常に荒い。そのた
65
Fig. 3.22 FT-IR 装置
め、照射した赤外光が試料表面で散乱し正確な測定が難しい。そこで本研究では粉末材料
等に使用される拡散反射セル(Fig. 3.23)を用いた。拡散反射セルにおいて、試料表面に照射
され表面で散乱した赤外光はパラボラ状のミラーにより集光され測定部へ導かれる。拡散
反射法では試料表面のみの測定となるため、FT-IR 測定は重水素イオン照射を行った試料
に対して行った。また、拡散反射セル内部は真空排気を行うことが可能であると共に加熱
ヒーターを内蔵しているため試料の加熱もその場で行うことが出来る。
Fig. 3.23 FT-IR 装置の拡散反射セル
3.4.4 電子スピン共鳴法 (ESR: Electron Spin Resonance)[12-14]
電子スピン共鳴(ESR)法は電子スピン(不対電子)を観測する唯一の分光法である。電子は
原子・分子・物質の構造・反応・物性に深く関与しているため、幅広い分野で利用される
66
分光法である。不対電子をプローブするとはいえ、化学の構造・反応・物性の主役である
電子を直接的に観測するため、有益な情報を多数得ることができる。
電子は、電荷 e (= 1.602 × 10-19 C)、静止質量 m (= 9.109 × 10-31 kg)をもつ素粒子である。
ある空間に孤立した電子を考慮に入れると、電子は空間に広がりをもち、ある軸の周りに
自転運動している。そのため電子は固有の磁気モーメントをもち以下の式で表される。
e 
eh
 B
4m
(3-5)
ここで h (= 6.626 × 10-34 J s)は Planck 定数、μB (=
9.274 × 10-24 J T-1)は Bohr 磁子を示す。試料中の
電子がお互いに十分離れていて、おのおのの磁
気モーメントの間にはたらく力が小さい時には、
おのおのの磁気モーメントは乱雑な配向をとり、
集団全体としては磁気モーメントをもたない。
しかし、電子に磁場 H を働かせると、微小な磁
気モーメントをもつ電子のエネルギーは量子化
され、離散的になる。すなわち、磁場の方向に
対して、磁気モーメントが平行(下向き)か反平
行(上向き)になる。この現象を Zeeman 分裂と呼
ぶ。この際の 2 つのエネルギー準位は
Ems  2 B ms H
1
ms  
2
Fig. 3.24
(3-6)
Zeeman 分裂と ESR 吸収
スペクトル
となる。一般的に、電場が最低エネルギー準位から最高エネルギー準位の遷移間隔に相当
するエネルギーhν をもつ電磁波が Bohr の振動数条件を満たしたとき、2 つの準位間の遷
移が起こる(Fig. 3.24)。このときの共鳴条件は、
h  2 B H 0
(3-7)
となり、共鳴振動数 ν と共鳴磁場 H0 が比例関係にあることを示しており、これが ESR の
基本関係式となる。ここで、現実的な系において電子は原子や分子中の原子核の周囲を軌
道運動している。そのため、軌道運動による寄与は (3-7) 式の右辺の定数’2’への補正とな
って現れる。しかし一般的には定数’2’の代わりに’g’を用いる。
g  ge  g
(3-8)
(3-8)式中の ge は孤立電子の場合には相対論的補正が加えられたときの値であり、2.002316
という値になる。また Δg は不対電子の運動エネルギー、他の電子からの影響などをすべ
て含んでいる。この g を用いて (3-8) 式を書き直すと、
67
h  g B H 0
(3-9)
となり、ESR の共鳴条件式と呼ばれる。このように、電子と電磁波間のエネルギー授受に
よって電子の磁気モーメント(つまり電子のスピン)の向きが変わる現象を電子スピン共鳴
と呼ぶ。またこの現象は反磁性分子には見られず、常磁性分子にだけみられため、常磁性
共鳴とも呼ばれる。
本研究では、機器分析センターに設置されている ESR 装置(BRUKER 社製)(Fig. 3.25)を
使用し測定を行った。本装置はマイクロ波発生器、空洞共振器と検出器および得られたデ
ータを解析するパーソナルコンピュータから構成されている。本研究において測定試料は
粉末体であるので、ESR 測定の前に粉末試料を ESR 管に真空封入した。実際の ESR 測定
では試料温度を液体窒素温度まで冷却する必要がある。ESR 用デュアー瓶は ESR 管を液体
窒素中に保持したまま ESR 測定を行うための機器であり、本研究で用いられた。
Fig. 3.25
ESR 装置
参考文献
[1] 無機材料データベース「Atom Work」
http://crystdb.nims.go.jp/index.html
[2] J. Crank, “THE MATHEMATICS OF DIFFUSION”, (1956), (Clarendon, Oxford).
[3] T. Otsuka et al., Phys. Scr. T138 (2009) 014052.
[4] P. A. Readhead, Vacuum, 12, 203 (1962).
[5] 熊谷寛夫, 富永五郎, 「真空の物理と応用」, p. 117-191 (1970), (裳華房).
[6] 山科俊郎, 広畑優子, 「真空工学」, p. 69-101 (1991), (共立出版株式会社).
68
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[8] M. Kobayashi et al., BUNSEKI KAGAKU, 62, (2013), 99-105.
[9] 青野正和 編,「表面科学シリーズ 5 表面の組成分析」, 丸善株式会社
[10] 日本表面科学会 編,「表面分析技術選書 X 線光電子分光法」, 丸善株式会社
[11] 石平次郎 編, 「フーリエ変換赤外分光法」, 学会出版センター
[12] 栗田雄幸生 著, 「電子スピン共鳴入門」, 講談社
[13] 大矢博昭 著, 「電子スピン共鳴」, 講談社サイエンティフィック
[14] 山内淳 著, 「磁気共鳴-ESR ―電子スピンの分光学―」, サイエンス社
69
第4章
トリチウム拡散過程
第4章
トリチウム拡散機構と速度論
4.1 はじめに
本章ではチタン酸リチウム中のトリチウム拡散速度の解明を行う。トリチウムの拡散速
度論の調査は熱分析的手法を用いて行われた。まずはじめに、分析手法について説明し、
次に具体的な実験内容、結果の説明を行う。
4.2 分析理論と研究アプローチ[1]
第 2 章において、材料中でのトリチウム拡散速度の関係式は Fick の第二法則(拡散方程
式)で表現できることを示した。さらに本研究で使用したチタン酸リチウムの粉末は、球状
材料と取り扱うことが出来るため、以下の球状における拡散方程式を用いて解析を行う。
  2C 2 C 
C

 D 2 
t
r r 
 r
(4-1)
r は球の半径であり、u = C r とすると(4-1)式は(4-2)式の形に書き換えられる。
u
 2u
D 2
t
r
(4-2)
この場合、球表面における濃度は一定であり、初期濃度分布を f(r)と仮定すると境界条件
は次のようになる。
u  0, r  0, t  0

 u  aC0 , r  a, t  0
u  rf (r ), t  0, 0  r  a

(4-3)
C0 は球表面における濃度である。この境界条件は、球状の問題を簡潔にするため厚さ a を
もつ平面からの拡散を仮定することで得られる。特に問題とする球が t = 0 において均一な
濃度 C1 をとり、常に試料表面濃度が C0 で一定であるとすると、次の三角関数解が得られ
る。
  Dn2 2t 
C  C1
2a  (1) n
nr


 1
sin
exp

C0  C1
r n1 n
a
a2


(4-4)
さらに、r → 0 としての制限から、中心濃度は次式で表される。

  Dn2 2t 
C  C1

 1  2 (1) n exp 
C0  C1
a2
n 1


これら式を用いると、トリチウムの放出率 α は次のように表される。
70
(4-5)
  1
6
2

1
n
n 1
2
  Dn2 2t 

exp 
a2


(4-6)
(4-6)式は、ある温度におけるトリチウム放出率の時間変化を示している。また、拡散速度
の温度依存性は、
  ED 
D  D0 exp 

 RT 
(4-7)
  ED  1 
ln D  ln D0  
 
 R  T 
(4-8)
さらに、両辺を対数表記にすると
つまり(4-6)式と等温加熱下における実際のトリチウム放出率の時間変化を比較すること
で、その温度でのトリチウム拡散速度を算出することが可能である。さらに、(4-8)式のよ
うに各温度でのトリチウム拡散速度の対数と温度の逆数には直線関係があり、直線の傾き
は-ED/R, 直線の切片が ln D0 となる。
(4-6)式はある一定の温度におけるトリチウム拡散を表現する式であり、材料からのトリ
チウム放出が拡散のみに従う場合良い一致を示す。しかしながら、固体材料からのトリチ
ウム放出は複雑になる場合が多く、トリチウムの放出ピークも複数存在することが多い。
従って、昇温脱離実験で観測された複数のトリチウム放出ピークそれぞれの反応機構及び
反応速度論を一度に解析出来れば非常に有用である。そこで、本研究では昇温速度依存性
実験において、Akahira らによって提唱[2-11] された「反応率: α = 1-C(t)/C(0), C は濃度を表
す」による測定量の変化の度合いから活性化エネルギーおよび前指数因子の算出を試みた。
次にその方法を示す。
まず、n 次熱分解反応のモデル関数は(4-9)式であらわされる。
d
 k (1   ) n  kf ( )
dt
(4-9)
ここで、t は反応時間、k は反応速度定数、f(α)は速度論的モデル関数である。1/f(α)の積分
形を g(α)と定義すると、

g ( )  
0
d
 kt
f ( )
(4-10)
また、Arrhenius の式より反応速度定数 k は次式で表される。
  Ea 
k  A exp 

 RT 
A は前指数因子、Ea は活性化エネルギー、R は気体定数、T は絶対温度である。
(4-9)および(4-11)式から
71
(4-11)
d
  Ea 
 A exp 
 f ( )
dt
 RT 
(4-12)
が得られ、(4-10)式と(4-12)式から次式が得られる。

g ( )  
0
d
  Ea 
 A exp 
dt
f ( )
 RT 
0
t
(4-13)
特に本試験では等速昇温実験を行うため、温度と時間の間には次式が成り立つ。
T  T0   t
(4-14)
式中の T0 は昇温開始温度、β は昇温速度を表す。つまり(4-13)および(4-14)式から g(α)は次
のように変換できる。

g ( )  
0
d
A
  Ea 
  exp 
dT
f ( )  T0
 RT 
T
(4-15)
ここで、Arrhenius の式の積分は算術的操作により Ea / (RT)の関数として表すことができる
ため、(4-15)式は次のように書き換えられる。


AE a
d
g
(

)


0 f ( )  R p( x)


exp(  x)
 E i ( x)
 p ( x) 
x



exp(  x)
dx
 E i ( x)   
x

x
(4-16)
さらに第一項を変形し両辺を対数表記にすると


AE a
d

p ( x)
 g ( )  
f ( ) R
0


AE a
p ( x)
 
Rg ( )


AE a
 ln p( x)
ln   ln
Rg ( )

(4-17)
p(x)は p 関数と呼ばれ、積分指数関数 Ei で表される。また、x = Ea / (RT)である[5]。そして、
(4-17)式は速度論的モデル関数の積分型と呼ばれ、p(x)の級数展開により活性化エネルギー
を算出するために有用な式が得られる。ここではその 1 つとして、多重部分積分漸近展開
を示す。
72
p ( x) 
exp(  x)  1 2! 3!

n 1 n!
  
  2  3      (1)
n
x
x
x
x x

(4-18)
特に Akahira らは(4-18)式中部分積分級数の第 1 項のみを用いる近似により、次に示す解析
式を提唱した。
ln
 AR  Ea
 ln 

T
 g ( ) Ea  RT

(4-19)
2
ここで、g(α)は α により一義的に決まることを利用することで、(4-19)式から活性化エネル
ギーを算出することができる。つまり、異なる複数の昇温速度での測定から得られた、一
連の速度論的データ系列の内、任意の α に対する T を用い、縦軸に ln(β/ T2)を、横軸に 1 /
T をとってプロットすると、傾きが-Ea/R になるため、これより活性化エネルギーを導くこ
とができる。また、切片が ln{AR/(g(α)Ea)}として得られる。この手法は律速段階・反応モデ
ル に 依 存 し な い 反 応 速 度 の 分 析 法 で あ り 、 Kissinger-Akahira-Sunose (KAS)
model-free-kinetics method と呼ばれる[5]。
反応速度を記述するためには活性化エネルギーだけでなく、前指数因子の算出も必要で
ある。KAS 法において直線の切片は重要な ln{AR/(g(α)Ea)}となるため、g(α)を導入するこ
とで前指数因子, A を算出する。g(α)は(4-16)式に示すように、1 / f(α)を積分したものであり、
放出の律速段階により変化する値である。これまでに様々な反応形態における反応モデル
関数は数学的に求められている。本研究では拡散現象や化学反応を取り扱うため、各次元
系での拡散モデル、及び各反応次数での化学反応モデルを Table 4.1 にまとめた。
Table 4.1 各反応過程におけるモデル関数 5)
Function name
differential model function, f() integral model function, g()
Rate determining mechanism
zero order
1
α
first order
1-α
-ln(1 - α)
(1-α)2
[1/(1 - α)] – 1
(1-α)3
(1/2)[(1 - α)-2 - 1]
second order
chemical reaction, etc.
third order
Palabora equation
one-dimensional diffusion
1/(2α)
α2
Valensi equation
two-dimensional diffusion
-[1/ln(1 - α)]
((1 - α)ln(1 - α)) + α
Jander equation
three-dimensional diffusion in spherical symmetry
[3(1 - α)2/3]/[2(1 - (1 - α)1/3)]
(1 - (1 - α)1/3)2
Ginstling–Brounstein equation
three-dimensional diffusion in cylindrical symmetry
3/[2((1 - α)-1/3 - 1)]
1 - (2/3) α - (1 - α)2/3
特に本章で取り扱う三次元球状媒体中の拡散過程のモデル関数は Jander model と言われ、
f(α)及び g(α)は以下のようになる。
f ( ) 
3(1   ) 2 / 3
1/ 3
2 1     1


73
(4-20)
1
g ( )  1  1   3 


2
(4-21)
よって、(4-19), (4-21)式を用いることで KAS 法により拡散の活性化エネルギー及び前指数
因子の算出を行う。また、トリチウムの脱捕捉過程についても KAS 法を用いることでそ
の速度の算出を行うことが出来る。ここで、脱捕捉反応は一種の一次化学反応として取り
扱うことが出来るため、
f ( ) 1  
g ( )   ln(1   )
(4-22)
(4-23)
となる。従って KAS 法を用いることで、拡散律速での放出、脱捕捉律速での放出を同時
に分析することが可能である。
以上の(4-6), (4-19)式で表される 2 つのモデルは試料内部のトリチウム濃度が均一である
ことが成立条件である。また、捕捉・脱捕捉・表面反応の寄与が大きい場合、トリチウム
拡散速度に関する情報を得られない。従って、試料内部の捕捉サイト濃度を極力下げると
共に、出来るだけ拡散距離を大きくし、試料内部にトリチウムを均一に注入する必要があ
る。そこで、本研究ではチタン酸リチウムに中性子照射を低フルエンスで行い、試料内部
に均一にトリチウムを注入した。また、中性子照射により試料内部に照射欠陥が生成する
が、本研究で用いたチタン酸リチウム粉末試料の粒径は 3 μm であり比較的大きいため、
捕捉サイトの影響の小さい、トリチウム拡散現象のみを抽出して解析できるものと期待で
きる。
4.3 実験手順
本研究ではチタン酸リチウム中にトリチウムを導入するため、中性子照射を低フルエン
スで行った。
中性子フルエンス 3.3 × 1014 及び 3.3 × 1015 n cm-2 の 2 種類の試料を調製した。
今後それぞれ Sample A, Sample B と呼ぶ。上記の試料に対し、昇温速度 5 K/min で昇温脱
離実験を行った。TDS 実験における雰囲気ガスは He である。その後、Sample B に対して、
等温加熱実験を行い、加熱温度を変化させた際のトリチウム放出率からトリチウム拡散速
度の算出を試みた。さらに、両試料に対し、昇温速度依存性実験を 0.5-20 K/min の領域で
行い、トリチウム放出ピークの解析を行った。Table 4.2 に本章で行った実験をまとめた。
74
Table 4.2 各試料の中性子照射と放出実験条件
Sample name
Sample A
Sample B
Neutron fluence / n cm-2
3.3 × 1014
3.3 × 1015
Isothermal heating
experiments
×
○
Purge gas
NA
He
Temperature range / K
NA
450- 600
Heating rate dependency
experiments
○
○
Purge gas
He
He
0.5 - 20
0.5-20
Heating rate / K
min-1
4.4 結果・考察
4.4.1 トリチウム放出挙動
Fig.4.1 に昇温速度 5K/min, He 雰囲気下におけるトリチウム放出スペクトルを示す。
400-800 K の温度領域にトリチウム放出が見られた。特に Sample B では 580 K にトリチウ
ム放出ピークが確認された。一方、Sample A では 580 K だけでなく、650 K 付近にトリチ
ウム放出ピークが見られた。本研究では上記のトリチウム放出ピークをそれぞれ Peak I,
Peak II と呼ぶ。特に Sample B では Peak I のみが観測されたため、等温加熱実験を行い、
Peak I におけるトリチウム放出機構及びその速度論の解析を行った。また、Sample A に関
しては複数の放出ピークが観測されたため、等温加熱実験による解析を適当ではないと判
3.3
1014 n cm-2
3.3
1015 n cm-2
50
4
40
3
30
2
20
1
10
0
300
400
500 600 700
Temperature / K
800
0
900
-1
Tritium release rate / Bq s
5
Tritium release rate / Bq s
-1
断し、昇温速度依存性実験から Peak II の解析を行った。
Fig. 4.1 昇温速度 5 K/min における各試料からのトリチウム TDS スペクトル
75
4.4.2 等温加熱実験
Fig. 4.2 に各温度における Sample B からのトリチウム放出率を示す。トリチウム放出率
は経過時間及び加熱温度の上昇に伴い増加した。さらに、(4-6)式から得られた拡散律速で
のトリチウム放出の理論曲線を示す。実際のトリチウム放出挙動と拡散律速での理論曲線
は殆ど一致しており、Peak I からのトリチウム放出の律速過程はトリチウムの拡散過程で
あることが分かった。さらに、各温度で得られたトリチウム拡散速度の対数を温度の逆数
に対してプロットしたものが Fig. 4.3 である。(4-7)式のように、トリチウム拡散速度の対
数と温度の逆数には直線関係があり、直線の傾き及び切片からトリチウム拡散エネルギー
及び前指数因子を以下のように算出した。
D = 6.88 × 10−7 exp (−1.07 eV / kBT) m2 s−1
(4-24)
以上の結果から、Sample A 及び Sample B で確認された Peak I はトリチウムの拡散過程に
支配されたトリチウム放出であることが分かった。さらに、Peak II は Peak I より高温領域
に存在することから、安定な捕捉サイトにトラップされたトリチウムの放出過程であるこ
とが考えられた。
T release fraction / -
1.0
0.8
0.6
0.4
0.2
0.0
Fig. 4.2
573 K
533 K
500 K
475 K
450 K
diffusion model
0
500 1000 1500 2000 2500 3000
Time / s
各温度におけるトリチウム放出率と拡散方程式による理論曲線
4.4.3 昇温速度依存性実験
次に Sample A 及び Sample B に対して昇温速度依存性実験を行った。Fig. 4.4 に昇温速度
を変化させた際の Sample B からのトリチウム放出挙動の変化を示す。
昇温速度の増加に伴い、Peak I の放出速度は増加し、ピークは高温領域にシフトした。
各昇温速度における Peak I の温度を基に、ln(β/Tp2) を 1/Tp に対してプロットし(Fig. 4.5)、
直線の傾きから拡散の活性化エネルギーを算出した。また、式で与えられる Jander model
から拡散の前指数因子を算出し、以下の式を得た。
76
-15.5
2
log D / m s
-1
-16.0
-16.5
-17.0
-17.5
-18.0
1.7
Tritium release rate / arb. unit
Fig. 4.3
1.8
1.9
2.0
2.1
2.2
-3
-1
Reciprocal temperature / 10 K
2.3
チタン酸リチウム中のトリチウム拡散速度の温度依存性
2.5
0.5 K/min
5 K/min
20 K/min
2.0
1.5
1.0
0.5
0.0
300
400
500 600 700
Temperature / K
800
900
Fig. 4.4 Sample B におけるトリチウム TDS スペクトルの昇温速度依存性
D = 5.8 × 10−7 exp (−1.03 eV / kBT) m2 s−1
(4-25)
昇温速度依存性実験で得られた、Sample B におけるトリチウム拡散速度はほぼ同値であり、
異なる実験手法、解析モデルで信頼性のあるデータを得ることが出来た。
次に Sample A での、各昇温速度における Peak I 及び Peak II のピーク温度変化を Table 4.3
にまとめる。Sample B の結果と同様に各ピーク温度は昇温速度の増加に伴い上昇した。さ
らに、ln(β/Tp2) を 1/Tp に対してプロットし、Fig. 4.6 にまとめた。Peak I の活性化エネルギ
ーを算出すると共に、Jandar model から拡散の前指数因子を以下のように算出した。
D = 4.99 × 10−7 exp (−1.08 eV / kBT) m2 s−1
77
(4-26)
-15.0
2
ln ( / T )
-14.0
-16.0
-17.0
1.60 1.65 1.70 1.75 1.80 1.85 1.90 1.95
-3
-1
Reciprocal temperature / 10 K
Fig. 4.5 Sample B におけるトリチウム放出ピークの KAS 法による解析結果
Table 4.3 Sample A におけるトリチウム放出ピーク温度の昇温速度依存性
Heating rate
Peak I
Peak II
Tp1 (K)
Tp2 (K)
0.5 K/min
536
636
5 K/min
591
655
10 K/min
607
728
20 K/min
625
755
Peak I
Peak II
2
-ln ( / T )
-14
-15
-16
-17
-18
1.3
1.4
1.5
1.6
1.7
-3
-1
1/T / 10 K
1.8
1.9
Fig. 4.6 Sample A における各トリチウム放出ピークの KAS 法による解析結果
この拡散速度は Sample B で得られたものと殆ど変らない。従って、本研究によって中性子
フルエンスの増加に伴う照射欠陥密度の変化に依存しない、チタン酸リチウム中のトリチ
ウム拡散速度を算出出来たと考えられる。
78
Peak II は Peak I、つまり拡散律速でのトリチウム放出ピークよりも高温領域に存在する
ため、安定な捕捉サイトからの脱捕捉過程が支配的なトリチウム放出過程と考えられた。
脱捕捉過程は一次化学反応であると考えられるので、反応速度は一次化学反応モデルで表
現できる。従って、(4-23)式に基づきトリチウム脱捕捉速度を以下のように算出した。
kdt = 8.39 × 105 exp(−1.17 eV / kBT) s−1
(4-27)
脱捕捉速度と拡散速度は単位が違うので前指数因子の比較は単純ではないが、トリチウム
脱捕捉の活性化エネルギーは拡散エネルギーよりも約 0.1 eV 高い。従って Peak II が Peak I
よりも高温領域で脱離するという結果と矛盾しない。一方、Peak II におけるトリチウム捕
捉サイトは不明瞭である。しかし、Sample A では Peak II が確認されたが Sample B では確
認されなかったことから、トリチウム捕捉サイトが照射欠陥に起因するものではなく、内
因的にチタン酸リチウム中に存在するものであることが示唆された。また、Sample B でも
トリチウム捕捉サイトは存在するが、Peak I でのトリチウム放出量が圧倒的に大きいため、
ピークが隠れてしまっているものと考えられた。
以上の研究結果から、チタン酸リチウムからのトリチウム放出はトリチウムの拡散過程
が律速となった放出と、捕捉サイトからのトリチウム脱捕捉が律速となった放出に分けら
れることが分かった。また、それぞれの律速過程の速度論を算出した。
4.4.4. トリチウム拡散機構
上記の研究では、トリチウムの拡散速度の算出を行った。本節ではトリチウム拡散速度
や既往研究などからトリチウムの拡散機構について考察する。Sample A 及び Sample B に
おいて、ほとんどのトリチウムは拡散律速で放出することが分かった。また、トリチウム
の拡散エネルギーは 1.04 eV であることが分かった。この値は Kinjo[12]らが算出したトリチ
ウム拡散エネルギーよりも小さな値であるが、Tanifuji[13]らのチタン酸リチウム単結晶を用
いた実験で算出されたトリチウム拡散の活性化エネルギー、1.08 eV とほぼ同値である。一
方で、この拡散エネルギーは TiO2 : 0.38 eV, SiC : 0.23 eV, Al2O3 : 0.50 eV などのセラミック
材料中の水素同位体拡散エネルギーと比較して非常に高い[14-16]。水素同位体はこれらのセ
ラミックス中の格子間サイトをジャンプしながら拡散すると考えられている。従って、チ
タン酸リチウム中のトリチウム拡散機構は格子間サイトのジャンプではなく他の過程に
支配されており、その結果高い拡散エネルギーが必要であることが示唆された。
チタン酸リチウム中に生成した殆どのトリチウムは、チタン酸リチウム中で弱い(脱捕捉
エネルギーの小さい)捕捉サイトに捕捉されており、加熱により容易に脱捕捉し、拡散する
ことが考えられる。この弱い捕捉サイトとしては、格子間サイト及びリチウム空孔などが
考えられる。特にリチウム空孔はリチウムセラミックス中に多数存在することが知られて
79
いると共に、格子間サイトと比較して安定にトリチウムを捕捉出来ることが分かっている
[17]
。また、第 2 章で示したように、トリチウムの拡散とリチウムの拡散には関連性がある
ことが示されている。従ってリチウム空孔がトリチウム拡散経路となっていることが考え
られる。チタン酸リチウム中のリチウム拡散エネルギーは、電気伝導度測定などから明ら
かにされており、およそ 0.6-0.9 eV の値であることが分かっている[18-20]。本研究で得られ
たトリチウム拡散エネルギーはおよそ 1.0 eV であり、リチウムの拡散エネルギーよりも若
干高い。高いトリチウムの拡散エネルギーは、拡散しているトリチウムがリチウム空孔の
近接酸素により影響を受けていることに依るものと考えられる。Fig. 4.7 に Oda らが行っ
た、チタン酸リチウム中のトリチウム拡散に関する分子動力学計算の結果を示す[21]。この
研究ではトリチウムの拡散をリチウム空孔-リチウム空孔間のジャンプと、酸素周囲での回
転運動に分けて計算し、前者のエネルギーを 0.5-1.0 eV, 後者のエネルギーを 1.2-1.6 eV と
概算している。実際の拡散機構は上記の 2 つの過程の組み合わせであり、見かけ上のトリ
チウム拡散エネルギーは 2 つの過程のエネルギー領域内となる。今回得られた拡散エネル
ギー1.04 eV は上記の 2 つの過程のエネルギーと大きく異ならない。また、トリチウム拡散
の前指数因子は 6 × 10-7 m2 s-1 程度であった。ここで、第 2 章の式(2-21)から、トリチウム
拡散の前指数因子はトリチウム原子の振動数と拡散距離の二乗の積であることが示され
た。トリチウムの振動数は Debye frequency と同値の 1013 s-1、リチウム間の距離を 2.9 Åと
して計算すると、拡散の前指数因子は 8.4 × 10-7 m2 s-1 と見積もることが出来る。この値は
本研究で算出されたトリチウム拡散の前指数因子と殆ど同値である。以上のことから、本
研究で得られた拡散の活性化エネルギーは信頼の出来るものであると言える。さらに、チ
Fig. 4.7 チタン酸リチウム中のトリチウム拡散過程のモデル 21)
80
タン酸リチウム中のトリチウム拡散機構は、リチウム空孔中に存在し近接酸素と相互作用
しているトリチウムの、リチウム空孔を介したジャンプ機構であるということが明らかと
なった。
トリチウム拡散はリチウム空孔を介して進行することが分かった。つまり、チタン酸リ
チウム中のトリチウム拡散は一般に置換型拡散機構と言える。第 2 章の式(2-22)で示され
たように、置換型拡散機構のジャンプ頻度は拡散経路である空孔の濃度に依存する。従っ
て、リチウム燃焼によりリチウム空孔濃度が常に変化する中性子照射材中のトリチウム拡
散速度は中性子フルエンスの変化に伴い変化することが示唆される。しかしながら、中性
子フルエンスが 10 倍異なる Sample A, Sample B ではトリチウム拡散速度の差異は殆ど見ら
れなかった。この理由として、リチウムセラミックス中には多数のリチウム空孔が存在す
ること、トリチウム濃度が非常に低いことが挙げられる。さらに、リチウム拡散エネルギ
ーは 0.6-0.9 eV であり、トリチウム拡散エネルギー1.04 eV よりも低いため、リチウムの拡
散はトリチウムの拡散よりも容易に起こることが考えられる。つまりトリチウムから見る
と、チタン酸リチウム中ではリチウムが非常に速く動き回っており、リチウム空孔が常に
近接位置に存在していると見なせる。従って、トリチウム拡散速度は中性子フルエンスの
影響を受けず、一定の値となることが考えられた。
4.5 トリチウム拡散に関するまとめ
本章ではチタン酸リチウム中でのトリチウム拡散速度及び拡散機構に関して研究を行
い、トリチウム拡散エネルギーとその前指数因子は理論計算から見積もられた値と同値と
なった。最終的に、チタン酸リチウム中のトリチウム拡散機構は、リチウム空孔中に存在
し近接酸素と相互作用しているトリチウムが、リチウム空孔を介してジャンプすることで
あるということが明らかとなった。また、チタン酸リチウム中にはトリチウムの安定な捕
捉サイトが内因的に存在することが分かった。
参考文献
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[15] J.D. Fowler et al., J. Amer. Ceram. Soc., 60 (1977) 155.
[16] R.A. Causey et al., J. Amer. Ceram. Soc., 61 (1978) 221.
[17] 深田智, 小田卓司, 原子力学会学会誌, 51 (2009) 40.
[18] Th. Fehr, E. Schmidbauer Solid State Ionics 178 (2007) 35–41.
[19] H. Ohno et al., J. Nucl. Mater., 133 (1985) 181.
[20] S. Konishi and H. Ohno, J. Nucl. Mater., 152 (1988) 9.
[21] T. Oda, S. Tanaka, Proceedings of CBBI-15, 2009.
82
第5章
トリチウム脱捕捉過程
第5章
トリチウム捕捉サイトと脱捕捉機構および速度論
5.1 はじめに
第 4 章ではトリチウムの拡散について取り扱った。一方で、中性子照射材中にはトリチ
ウムの安定な捕捉サイトが存在することも明らかとなった。本章ではトリチウムの捕捉サ
イトの同定を行い、チタン酸リチウム中でのトリチウムの捕捉状態を明らかにする。さら
に速度論的解析からトリチウム脱捕捉速度を算出する。
5.2 分析理論と研究アプローチ
トリチウムの脱捕捉過程の寄与を抽出し、その速度を算出するためには、可能な限りト
リチウム拡散過程の寄与を少なくする必要がある。第 4 章で拡散速度を算出する際はトリ
チウムの拡散距離を長くし、拡散過程の寄与を大きくすることがポイントであった。つま
り、拡散距離を出来るだけ小さくすることで脱捕捉の寄与が相対的に大きくなり、脱捕捉
過程を詳細に研究することが可能となる。従って、本研究では水素同位体イオンを低エネ
ルギーでチタン酸リチウムの表面近傍に注入し、昇温脱離法により拡散過程の影響のない
トリチウム放出挙動に関する知見を得る。さらに捕捉サイトの同定を行うため、XPS 及び
FT-IR を用いて水素同位体及びチタン酸リチウムの化学状態分析を行う。また、チタン酸
リチウム中のトリチウム捕捉サイトであると考えられる照射欠陥の密度を変化させるた
め、イオンエネルギーをパラメータとした実験も同時に行い、照射欠陥密度の変化に伴う
水素同位体放出・滞留挙動を明らかにし、照射欠陥とトリチウムの相互作用を明らかにす
る。
水素同位体の放出挙動の分析は、複数の放出ピークそれぞれを一度に分析できる、第
4 章の(4-19)式で示した化学反応モデルを用いて行う。昇温速度を変化させた際の水素同位
体放出スペクトルを Gaussian 分布関数を用いてピーク分離し、各ピーク温度変化から水素
同位体脱捕捉速度の算出を行う。ここで、試料内部に捕捉サイトが過剰にある場合、一度
脱捕捉した水素同位体はすぐに再捕捉されてしまうため、水素同位体脱捕捉速度の詳細な
解明は困難となる。そのため水素同位体のチタン酸リチウム表面への注入は、表面におけ
る水素同位体滞留が飽和するまで行う必要がある。また、この表面水素同位体濃度の飽和
は表面再結合反応律速での表面被覆率依存性を小さくするという効果もある。
試料中に捕捉サイトが存在しない場合、水素同位体は単純な拡散過程に従って放出する
ことになる。ここで、表面近傍へのイオン照射では、水素同位体放出は試料表面のごく薄
い層に滞留するため、拡散律速脱離は、この層における水素同位体移動現象に依るもので
ある。捕捉が全くない場合、この放出過程は一次元拡散現象と同様に取り扱うことが可能
83
であると考えられる。昇温脱離実験下での拡散律速脱離に関する研究は広く行われており、
特に一次元拡散は Fick の拡散方程式を拡張し数値的に解くことで以下のように変形する
ことが出来ることが分かっている[1,2]。
  2m  1T   RD 0 

2c 0 D 0
 ED  
 ED 
 exp  
exp  
   exp  
 
  (T )

d
2d
 RT  m 0
  ED 
 RT 
 

2
q(T ) 

 (T )  
j 1
 RT
j !  
 ED
j 1


(5-1)
ここで q(T)は水素同位体放出速度[s-1]である。式(5-1)で重要なパラメータは拡散距離, d [m]
である。d が大きい場合、水素同位体が拡散し表面に到達するまでの時間が長くなり、水
素同位体放出温度は高くなる。従って、拡散現象を理解するためには、水素同位体イオン
のチタン酸リチウムへの打ち込み深さを明らかにし、d を算出する必要がある。
5.3 実験手法
本研究で用いた試料はチタン酸リチウムの焼結材である。実験前に試料表面及び内部の
不純物除去を行うため、加熱処理を真空下で行った。加熱温度は 1173 K であり、加熱時間
は 3 時間である。真空装置の到達真空度は 10-7 Pa 以下であり、加熱処理中の不純物脱離挙
動は QMS を用いて観察することで、不純物の除去が確実に行われたことを確認した。加
熱処理後の試料の化学状態は XPS で確認した。
各元素の分析軌道電子は Li-1s, O-2p, Ti-2p3/2
軌道である。その後重水素イオン(D2+)照射を行った。重水素イオン照射実験において、イ
オンエネルギーは 3.0 keV D2+, イオンフラックスは 1.0 × 1018 D+ m-2 s-1 であり、イオンフル
エンスが 1.0 × 1022 D+ m-2 まで重水素イオン照射を行った。その後、XPS 測定を再度行うこ
とにより、重水素イオン照射によるチタン酸リチウムの化学状態変化を調査した。さらに、
重水素イオン照射後の試料を FT-IR により分析した。分析波数領域は 2300-2700 cm-1 であ
り、この領域は主に水酸基(O-D 結合)の伸縮振動に該当するものである[3]。FT-IR 測定と 50
K 毎, 20 分間の等時加熱実験を繰り返し行うことにより、チタン酸リチウム中の重水素化
学状態の加熱による変化を明らかにした。外部からの水素導入の影響を無視するため、等
時加熱実験は真空下で行われた。さらに、重水素イオン照射後の試料に対し”その場”昇温
脱離実験を行った。昇温速度は 5-30 K/min の領域で変化させ、昇温領域は R.T.-1173 K で
ある。脱離した重水素を含んだ分子(HD, D2, HDO, D2O)は QMS にて測定した。また、トリ
チウムイオン照射においてはトリチウムイオン照射装置を用いた。ZrCo に保管されている
トリチウムガスをイオンガンに供給しイオン照射を行った。イオンソースガスのトリチウ
ムは重水素で希釈されているため、イオンビームの成分は D2+と DT+である。ファラデー
カップで測定されたイオンビームのフラックスは、上記 2 種類のイオンの合計値である。
84
イオンフラックス及びイオンフルエンスは D2+照射実験と同等である。一方、イオンエネ
ルギーは、イオンエネルギーの変化による欠陥密度変化を目的として 3.0 keV と 0.6 keV
DT+の 2 種類が採用された。トリチウムイオン照射後の試料に対しトリチウム TDS システ
ムにてトリチウム放出実験を行った。イオン照射装置から TDS システムに試料を輸送する
際に、試料は短期間大気に曝露された。トリチウム TDS 実験において、昇温速度は 5 K/min
である。トリチウム TDS 測定においてはトリチウムの放出速度のみが得られるが、イオン
ソースガス中のトリチウムと重水素の割合を換算することで、水素同位体全量の放出速度
に変換した。また、TDS 測定後の試料を過酸化水素水に溶解させることで、残留トリチウ
ム量の測定も行った。
5.4 結果・考察
5.4.1 チタン酸リチウムの化学状態変化
チタン酸リチウムはセラミックス材料であり、一般的には絶縁体である。XPS 測定では
X 線を材料に照射し光電子を弾き出す。電気伝導性の高い材料では表面で放出した光電子
の分を材料内部からの電子供給によって保障するが、絶縁体材料では電子移動が容易では
ないため表面への電子供給が殆ど起こらない。従って、X 線照射により表面電子密度が下
がってしまうという現象が起こる。この現象はチャージアップと呼ばれるが、荷電子の結
合エネルギーを測定し化学状態を分析する XPS 測定ではチャージアップによる影響は大
きく、絶縁体材料では実測した結合エネルギーは実際の値よりも大きくなる[4]。このよう
なチャージアップによる結合エネルギーの過大評価を校正するため、本研究ではチタン酸
リチウムの Ti-2p3/2 軌道のピークを基準点とした。本校正では過去に行われた TiO2 及び
Intensity / arb. unit
0.6
Before imp.
After imp.
0.4
0.2
0.0
535
530
525
Binding energy / eV
Fig. 5.1 D2+照射前後の O-1s XPS スペクトルの変化
85
MTiO3 (M = Ba, Pb, Sr, Ca)において報告された Ti-2p3/2 の結合エネルギーはチタン酸リチウ
ムでも同様の値となるという仮定に基づくものである。TiO2 及び MTiO3 において、T-2p3/2
軌道の結合エネルギーは 458.5 eV であると報告されている[5-8]。実測されたチタン酸リチウ
ムの Ti-2p3/2 軌道の結合エネルギーは高い値となったが、その値と 458.5 eV との差分を補
正することでピーク位置を校正した。またこの差分は O-1s 及び Li-1s 軌道でも同様と考え
られるので、同じ差分値を用いて校正することで、全ての元素のエネルギー校正を行った。
重水素イオン照射前後の O-1s XPS スペクトルを Fig. 5.1 に示す。O-1s XPS スペクトルのピ
ーク位置は 528.5 eV 付近であった。また、重水素イオン照射前後で若干高エネルギー領域
にシフトした。しかしながら、O-1s XPS スペクトルのピーク位置は結合状態により大きく
変化することが知られている。例えば重水素などの水素同位体が結合した場合でも O-1s
XPS スペクトル位置は変化する[9]。
以上の理由からピークの帰属は困難であった。また Li-1s
XPS スペクトルの観察も同時に行ったが、リチウムは XPS 測定の感度が低く信頼の置ける
データを得ることが出来なかった。従って、材料の化学状態及び重水素イオン照射による
状態変化は Ti-2p3/2 XPS スペクトルの解析から解明することとした。重水素イオン照射前
後の Ti-2p XPS スペクトルを Fig. 5.2 に示す。464 eV 付近のピークは Ti-2p1/2 軌道によるも
のであり、本研究における分析では取り扱わない。校正の結果、重水素イオン照射前の
Ti-2p3/2 軌道のピーク位置は 458.5 eV である。さらに、458.5 eV のピークはほぼ正規分布関
数であり、試料中でチタンがほぼ単一の化学状態を形成していることを示している。つま
り、チタン酸リチウム焼結材は元々の化学状態を維持しており、実験が健全に行われてい
ることが支持された。重水素イオン照射により Ti-2p3/2 XPS スペクトルは低エネルギー側
にシフトした。これはイオン照射によりチタン酸リチウム構造が変化したことを意味して
Ti4+ Ti3+
Intensity / arb. unit
0.8
0.6
Before imp.
After imp.
0.4
0.2
0.0
468
464
460
456
Binding energy / eV
452
Fig. 5.2 D2+照射前後の Ti-2p XPS スペクトルの変化
86
いる。スペクトルのショルダーの位置は 456.5 eV であり、これは典型的な Ti3+状態を示し
ている。チタン酸リチウムでは、Ti は 2 つの Li+、3 つの O2-と結合するため、Ti4+状態であ
ると考えられる。従って Ti3+の形成は酸素との結合が分解したことを示唆していると考え
られ、酸素空孔の形成が予測された。
XPS 測定の結果から示された酸素空孔は水素同位体の有効な捕捉サイトであると考えら
れる。従って、酸素空孔の形成に伴い水素同位体の捕捉サイト密度も増加し、その放出挙
動も変化するものと示唆された。
5.4.2 水素同位体化学状態
Fig.5.3 に重水素イオン照射後及び各等温加熱後の IR 吸収スペクトルを示す。重水素イ
オン照射前にこの波数領域には殆どピークが見られなかったことから、重水素イオン照射
により水酸基(O-D 結合)が形成したことが示唆された。特に重水素イオン照射後の試料で
は、2630, 2560, 2500 cm−1 に 3 つのピークが存在していることが分かった。これらのピー
クは全て O-D 結合であり、重水素の存在状態や周囲の原子との相互作用によりピーク位置
が 3 つに分離されたものと考えられた。これらのピークは高波数側からそれぞれ Peak A,
Peak B, Peak C と名付けられた。また、これまでの酸化リチウム(Li2O)における重水素イオ
ン照射実験では Li-OD 結合が高濃度に存在する Li-OD 相が形成することが示唆されてきた
[10]
。Li-OD 相が形成するとピーク位置は 2700 cm-1 付近になることが示されてきたが、本実
験結果では 2700 cm-1 付近にピークは存在しないことから、Li-OD 相は形成していないと考
えられた。Peak A に関しては、Peak B, Peak C と比較して波数が高い。従って最も安定な
O-D 結合である。これまでの Li2O や LiAlO2 などにおける研究では、Peak A を表面の水酸
基(O-Dsurf)と同定している[11]。これは表面における O-D 結合は周囲の原子による反発力を
Peak A
受け
Peak B Peak C
Intensity / arb. unit
0.30 Before heating
673 K
0.20
773 K
0.10
0.00
873 K
2700
2600
2500
-1
Wavenumber / cm
2400
Fig. 5.3 D2+照射後及び各温度での加熱後の IR 吸収スペクトル
87
Peak area / arb. unit
4
Total
Peak A
Peak B
Peak C
3
2
1
0
300 400 500 600 700 800 900
Temperature / K
Fig. 5.4 各温度での加熱後の IR 吸収スペクトルの面積変化
ないため、ポテンシャル的に安定であるという考えに基づくものである。この考えは十分
に支持できるものであり、本研究でも Peak A は O-Dsurf による IR 吸収ピークであると同定
した。一方、Peak B 及び Peak C はバルク領域に存在する O-D 結合であると考えられた[12]。
バルク領域における O-D 結合では、重水素が格子間サイト(interstitial site)に存在する場合
(O-Dint)、または正電荷を持つ原子(Li+, Ti4+)の原子空孔を置換して存在する場合(O-DLi,
O-DTi)が考えられる。ここで、Peak B は Peak C よりも高波数領域に存在していることから、
Peak B における O-D 結合が Peak C の O-D 結合よりも安定であることがわかる。チタン酸
リチウム中の水素同位体はリチウムなどの空孔に安定に捕捉されることが分かっている
ことから、Peak B は O-DLi または O-DTi であると同定した。最終的に Peak C は格子間サイ
トの水酸基, O-Dint であると考えた。
Fig. 5.3 には各温度での等温加熱後の IR 吸収スペクトルも示しており、加熱温度の上昇に
より IR 吸収スペクトルのピーク面積が減少していることが明らかとなった。また、873 K
での加熱後にはほぼピークが消滅していることから、873 K までの加熱によりチタン酸リ
チウム中の全ての O-D 結合が分解し、放出したと考えられた。次に、Gaussian 分布関数に
より各等温加熱後の IR 吸収スペクトルをピーク分離し、各ピークの面積を加熱温度に対
してプロットしたものが Fig. 5. 4 である。IR 吸収スペクトル全体のピーク面積は 600 K 付
近から減少し、873 K での加熱後にはほとんどのピークは消滅した。各ピークの加熱温度
上昇によるピーク面積の減少もほぼ同様であった。しかし、Peak B, Peak C が 673 K 付近
から減少傾向にあるのに対し、Peak A は 673 K では変化せず、773 K 付近から減少した。
若干の高い温度までの Peak A のピーク面積の維持は、バルクにおいて分解した O-D 結合
からの重水素が表面に供給され、再捕捉反応が進行することが原因と考察された。Peak B
88
及び Peak C の減少はバルクで脱捕捉した重水素が表面に供給されたことを意味している。
また、O-Dsurf も分解するが、分解して減少した分とバルクからの供給・再捕捉により増加し
た分が釣り合っており、見かけ上 Peak A の減少は見られないものと考えた。さらに高温に
加熱すると、表面での脱離が速く、表面における再捕捉は困難となり、Peak B, Peak C だ
けでなく Peak A の減少も進行する。以上の結果から、チタン酸リチウム中には複数の O-D
結合が形成するが、その分解・重水素脱捕捉挙動にはほぼ同等であることが示された。
FT-IR 測定の結果から、表面、格子間、原子空孔に生成した O-D 結合が観測された。ま
た、O-D 結合の熱分解は 600-900 K の温度領域で進行することが示された。従ってこの温
度領域において O-D 結合由来の重水素放出が観測されるはずである。
5.4.3 水素同位体放出挙動と脱捕捉速度論
上の 2 節では、重水素イオン照射により導入されたチタン酸リチウムの構造変化と導入
された重水素の存在状態を明らかにした。本節ではこれらの知見と、昇温脱離実験の結果
を基に、どのような状態で存在する重水素が、どの程度の速度で放出するのか明らかにす
18
-2
Desorption rate / 10 D2 m s
-1
る。
0.15
0.10
TDS spectrum
Total
Peak 1
Peak 2
Peak 3
Peak 4
0.05
0.00
300
Peak 5
500
700
Temperature / K
900
Fig. 5.5 昇温速度 5 K/min で得られた D2 TDS スペクトルとピーク分離結果
89
-2 -1
5 K/min
10 K/min
15 K/min
30 K/min
0.8
18
Desorption rate / 10 D2 m s
1.0
0.6
0.4
0.2
0.0
300
500
700
Temperature / K
900
Fig. 5.6 各昇温速度で得られた D2 TDS スペクトル
Fig. 5.5 は昇温速度 5 K/min における D2 TDS スペクトルである。TDS の結果からほとん
どの重水素が D2 として放出することが分かった。従って以下では D2 の TDS スペクトルを
中心に議論する。350-900 K の温度領域に重水素の脱離が見られた。TDS スペクトルの
Gaussian 分布関数を用いて 5 つの重水素放出ピークに分離した。各ピークは低温側から
Peak 1 (380 K), Peak 2 (420 K), Peak 3 (520 K), Peak 4 (680 K), Peak 5 (800 K)とした。特に
Peak 3 や Peak 4 は第 4 章で示した拡散律速でのトリチウム放出ピークのピーク温度と近い。
また、Peak 4 は中性子照射材で見られた捕捉サイトから脱捕捉に伴うトリチウム放出温度
と同様の温度領域である。ここで、特に Peak 1, Peak 2, Peak 3 における重水素放出量が最
も多いため、この 3 つのピークにおける重水素放出機構、放出速度の理解が重要である。
これら 3 つの重水素放出ピークに対して注目して分析を試みた。
昇温速度依存性実験から各ピークの解析を行った。Fig. 5.6 に各昇温速度における D2
TDS スペクトルを示す。各昇温速度で得られた TDS スペクトルをピーク分離し、ln(β/Tp2)
を 1/Tp に対してプロットしたものが Fig. 5.7 である。各ピークとも直線関係が得られた。
さらに各ピークの直線の傾きから、重水素放出の活性化エネルギーは、Peak 2 は 0.53 eV,
Peak 3 は 0.68 eV, Peak 4 は 1.19 eV となった。活性化エネルギーだけ比較すると、Peak 4 は
中性子照射材の捕捉サイトからの脱捕捉に起因したトリチウム放出ピークの活性化エネ
ルギーと同様であり、ピーク温度も近い。一方、Peak 2, Peak 3 の活性化エネルギーは低く、
中性子照射材では確認されなかったものである。
90
-13.0
2
-ln(/T )
-13.5
Peak 4
-14.0
Peak 2
-14.5
Peak 3
-15.0
-15.5
1.4
1.6
1.8
2.0
-3
-1
1/T / 10 K
2.2
2.4
Fig. 5.7 KAS モデルによる各ピークの速度論解析
まず、これまでに得られているトリチウム拡散速度に関する知見から、拡散律速での重
水素放出を見積もった。一次元拡散に伴う重水素放出挙動は (5-1)式で再現ができる。し
かし、(5-1)式を用いた TDS スペクトルの再現には拡散距離の情報が不可欠である。そこで、
本研究で行った 3.0 keV D2+の打ち込み深さを計算により見積もる。イオンの打ち込み深さ
の概算には SRIM code を用いた。この計算コードは Stopping Range of Ions in Mater の略称
であり、固体内部に高エネルギーで注入された粒子の固体内部でのカスケード散乱、エネ
ルギー付与、欠陥分布などの情報と共に、イオンの打ち込み深さの計算も行うことが出来
る。本研究における計算は、チタン酸リチウムの密度を 3.43 g/cm3 とし、Li, Ti, O の弾き出
しエネルギー(displacement energy)を 25, 25, 28 eV として行った。この弾き出しエネルギー
は SRIM code に予めインプットされているものであり、一般的な値と言える。SRIM code
Abundance / arb. unit
3.0
2.5
2.0
1.5
1.0
0.5
0.0
0
20
40
60
80
100
Distance from surface / nm
Fig. 5.8 SRIM code による 1.5 keV D+の打ち込み深さ計算
91
による打ち込まれた重水素の深さ方向分布を Fig. 5.8 に示す。重水素は表面から 50-60 nm
付近に分布している。計算結果によると、重水素の平均打ち込み深さはおよそ 25 nm であ
った。したがって、 (5-1)式における拡散距離 d を 25 nm とした。各昇温速度における拡
散律速での重水素放出挙動を Fig. 5.9 に示す。拡散距離が非常に短いので、中性子照射材(拡
散距離 = 粒子半径 : 1.5 μm)と比較して拡散律速での重水素放出温度は低く、最も速い昇
温速度である 30 K/min の場合でも、重水素の放出は 350-550 K の温度領域に現れることが
分かった。昇温速度 5 K/min において、重水素の放出ピークは約 450 K 付近に存在してい
る。この温度は Peak 2 の放出温度に近い。従って、Peak 2 はチタン酸リチウム表面に注入
された重水素の拡散律速に伴う放出であると考えた。一方で、水素同位体拡散のエネルギ
ーは約 1.1 eV であり、Peak 2 での重水素放出の活性化エネルギーである 0.53 eV よりも 2
倍程度高い。この理由として、イオン照射材では表面における重水素の物理・化学吸着が
起こりやすいことが考えられる[13]。吸着した重水素は Peak 1 や Peak 2 のような低温領域
で脱離しやすく、複数の放出ピークが重なり、結果的に Peak 2 における重水素放出の活性
化エネルギーの算出が困難となっているものと考えた。
Release rate / arb. unit
2.0
30 K/min
1.5
15 K/min
1.0
10 K/min
0.5
0.0
300
5 K/min
400
500
600
Temperature / K
700
Fig. 5.9 拡散律速モデルによる重水素放出シミュレーション結果
Peak 3 に関しては重水素放出の活性化エネルギー(0.68 eV)しか情報がない。しかし、こ
の活性化エネルギーは Suzuki らによって報告された酸素空孔消滅の活性化エネルギー,
0.68 eV と全く同じである[14]。Okuno らの研究により酸素空孔はリチウムセラミックス中
の水素同位体の安定な捕捉サイトであることが示されてきた[15]。また、酸素空孔の形成は
XPS の結果などから明らかとなっている。従って、打ち込まれた重水素が酸素空孔中に捕
捉されていることは十分に考えられることである。さらに、重水素放出の活性化エネルギ
ーと酸素空孔消滅の活性化エネルギーが等しいことから、酸素空孔に捕捉された重水素の、
92
酸素空孔消滅に伴う脱捕捉過程が律速段階となっていると考えた。
Peak 4 に関しては FT-IR 測定による O-D 結合の分解温度と一致したことや、比較的高い
活性化エネルギーから、O-D 結合を形成した重水素の熱分解に伴う脱捕捉過程が律速段階
であると考えた。また、Oda らにより報告された FT-IR 測定による酸化リチウム中の O-D
結合の熱分解エネルギーは 1.3 eV であり[10]、本研究で得られた Peak 4 の活性化エネルギー
とほぼ等しい。この結果も上記の重水素捕捉サイトの帰属及び脱捕捉機構の予測を支持す
るものと考えられる。また、Peak 4 の活性化エネルギーは第 4 章の Sample A で見られた内
因性捕捉サイトからのトリチウム脱捕捉エネルギーと等しい。従って内因性捕捉サイトは
O-T 結合の形成を進行させるものである。中性子照射材での O-T 結合が形成し、トリチウ
ム放出挙動に影響を与えることが明らかとなった。
上記の実験において、トリチウム捕捉状態として酸素空孔に捕捉された状態及び水酸基
を形成した状態の 2 種類が挙げられた。照射欠陥である酸素空孔による捕捉と異なり、水
酸基の形成と照射欠陥の相関性に関する知見は不十分と言える。そこで、トリチウム照射
試料におけるトリチウムイオンエネルギー依存性実験の結果から、照射欠陥の形成とトリ
チウム放出・滞留挙動との相関関係について解明した。Fig. 5.10 に 3.0 keV DT+ 照射した
チタン酸リチウムからのトリチウム放出挙動を示す。トリチウム TDS 実験で用いられたト
リチウム回収ガスは He であり、昇温速度は 5 K/min である。試料中のトリチウム滞留量
は重水素照射の場合とほとんど同等であり、実験装置や測定手法による実験誤差などは小
さいことが確かめられた。トリチウムの放出化学形として、ほとんどのトリチウムが水形
(HTO)で放出した。また、加熱開始前に約 20%のトリチウムが放出していることが分かる。
一方、上記の重水素”その場”TDS 実験においてほぼすべての重水素は D2 の化学形で放出
した。トリチウム実験においてはトリチウムイオン照射後に試料を TDS 測定装置まで移動
1000
HTO
HT
Temp.
2.5
-2
Release rate / m s
-1
3.0
2.0
900
800
700
1.5
600
1.0
500
0.5
400
0.0
300
16000
0
4000
8000
Time / s
12000
Fig. 5.10 3.0 keV DT+ 照射材からのトリチウム放出挙動
93
させる必要があり、その際に大気中の水分が試料表面に吸着したことがトリチウム化学形
に影響を及ぼしたと考えられた。特に表面におけるトリチウム濃度は非常に低く、表面吸
着した水分とほぼすべてのトリチウムが同位体交換し、水形として放出したことが示唆さ
れた。さらに、加熱前のトリチウム放出は表面に吸着した水分が回収ガスとの吸着・脱着
平衡反応を経て放出したことを示唆している。Fig. 5.11 には温度変化を横軸としたトリチ
ウム TDS スペクトルを示す。トリチウム TDS スペクトルの形状は Fig. 5.6 で示した D2 TDS
スペクトルとほぼ同様であった。ここで、トリチウム TDS スペクトルは HTO の放出を測
定しているものであり、放出プロセスには表面での化学状態変化を含んだものである。つ
まり、異なる化学形での水素同位体放出挙動に差がみられないことは、表面での化学反応
は水素同位体放出挙動へほとんど影響しないことを示唆していると考えた。さらに Fig.
8.11 は、トリチウムイオンエネルギー変化に伴うトリチウム TDS スペクトルの変化を示し
ている。低エネルギーでのトリチウムイオン照射試料において、トリチウム放出温度は低
温領域に集中していることがわかる。また、低エネルギーでのトリチウムイオン照射試料
ではトリチウム滞留量が低いことがわかる。このトリチウム滞留量の差は、3.0 keV DT+ 照
射と 0.6 keV DT+ 照射ではトリチウム打ち込み深さが異なることから考察することができ
る。Fig. 5.8 で示したように 3.0 keV DT+ 照射の場合トリチウムの平均打ち込み深さは約 25
nm である。一方、0.6 keV DT+ 照射の場合トリチウムの打ち込み深さは 6.1 nm 程度であり、
約 4 倍の差がある。Fig. 5.11 における 2 つのトリチウム TDS スペクトルには約 3 倍のトリ
チウム滞留量の差があり、打ち込み深さの差がこの滞留量の違いの原因のひとつであると
考察された。一方で、低エネルギーでのトリチウムイオン照射試料では 600 K 以上の温度
でのトリチウム放出、つまり水酸基を形成したトリチウムの放出ピークが殆ど存在しない。
この結果は打ち込み深さの差だけでは説明することができず、イオンエネルギー変化に依
存してトリチウム捕捉状態が変化していることを示している。特にイオンエネルギー変化
2.5
+
3.0 keV DT
+
0.6 keV DT
17
-2
Release rate / 10 m s
-1
3.0
2.0
1.5
1.0
0.5
0.0
300
400
500 600 700
Temperature / K
800
900
Fig. 5.11 トリチウムイオンエネルギー変化に伴うトリチウム TDS スペクトルの変化
94
により打ち込み深さ領域における照射欠陥密度が変化することからも、水酸基の形成には
照射欠陥が影響すると考えた。特に水酸基の形成にはトリチウムが酸素原子と化学的に結
合する必要がある。そのため、高エネルギー粒子の衝突により活性化(不安定化)した酸素
原子がトリチウムと反応し水酸基を形成することが考えられた。このような活性化した酸
素原子は一種の欠陥であると考えられ、水酸基形成過程には照射欠陥の形成が大きく関与
することが示された。照射欠陥の同定に関しては次章で議論する。
本章において、2 つのトリチウム脱捕捉過程が示し、その速度論を算出した。ここで、
第 2 章で得たトリチウム移行過程の数値モデルの捕捉項、脱捕捉項はそれぞれの捕捉サイ
トに依存する。よって捕捉脱捕捉項は以下のように変換される。
dCtOV
 T  CtOV 
 k dtOV CtOV  k tOV C   OV

dt
N


dCtOT
 T  CtOT 
 k dtOT CtOT  ktOT C   OT

dt
N


(5-2)
(5-3)
第 4 章で得られたトリチウム拡散速度及び O-T 結合からのトリチウム脱捕捉速度と本章で
得られた酸素空孔(OV)からの重水素脱捕捉速度、
O-D 結合からの重水素脱捕捉速度は Table
5.1 にまとめた。重水素イオン照射材で得られた重水素拡散速度(Peak 2)は十分に信頼の置
けるものか不明瞭であるため、表には記載していない。また、第 4 章で示したように、中
性子照射材では酸素空孔からの脱捕捉に伴うトリチウムの放出は確認されていない。中性
子照射材及び重水素イオン照射材における水酸基からの水素同位体脱捕捉速度を比較す
ると、活性化エネルギーは等しいが、脱捕捉速度の前指数因子は 1 桁ほど重水素イオン照
射材の方が大きい。これは、イオン照射材では拡散過程が無視出来るが、中性子照射材で
は脱捕捉したトリチウムは拡散過程を経る必要があるため、見かけ上トリチウム脱捕捉速
度が減少したものと考えられた。従って、イオン照射材で得られた水素同位体脱捕捉速度
の方が実際の値と近いと考えられる。一方、第 2 章で述べた様に、脱捕捉の前指数因子は
理論的には Debye frequency である 1013 s-1 に近い値となると考えられたが、実際に算出し
た値は 102 ~ 106 s-1 程度であり両脱捕捉過程において圧倒的に小さい。この差は捕捉サイト
中で振動しているトリチウムの状態、またはトリチウム捕捉サイトから脱捕捉した後の移
Table 5.1 各素過程の前指数因子と活性化エネルギー
Process
diffusion
migration of tritium in lithium
Mechanism
vacancy with interacting
Neutron irr.
oxygen atoms
D0 [m2 s-1]
Ea [eV]
Arrhenius parameters
6.88 10-7
1.07
Process
+
D2 imp.
Mechanism
Arrhenius parameters
95
detrapping
decomposition of hydroxylgroups
detrapping
dtrapping from annihilated
irradiation defects
A [s-1]
Ea [eV]
7.54 103
0.66
A [s-1]
Ea [eV]
8.39 105
1.17
detrapping
decomposition of hydroxylgroups
A [s-1]
Ea [eV]
4.05 106
1.19
行経路・機構の差が原因であると考えた。Table 5.1 における各脱捕捉過程の活性化エネル
ギー及び前指数因子を(5-2), (5-3)式にインプットすることで、脱捕捉速度のシミュレーシ
ョンが可能となった。ここで、各素過程の速度の比較は、脱捕捉過程と拡散過程で単位が
異なるので直接的には行えない。そこで、拡散速度の距離項を補正するため、試料粒径の
異なる試料での拡散速度に変換し、2 つの脱捕捉過程の速度と比較した。試料粒径の変化
に伴う各素過程の反応速度を Fig. 5.12 に示す。拡散速度は試料粒径の二乗の割合で変化し、
試料粒径が小さくなると拡散距離が短くなるため速い過程となる。逆に試料粒径が大きく
なると拡散過程は最も遅い過程となる。例えば、試料粒径が 10 μm の場合、拡散速度は他
の脱捕捉過程よりも 10 倍以上遅い過程となる。Billone らの報告によると、ある素過程の
反応速度が他の素過程よりも 10 倍以上遅い状態では、見かけ上最も遅い素過程のみがト
リチウム放出挙動を支配するということが分かっており[16]、試料粒径が 10 μm 以上大きい
場合、トリチウムの放出は殆ど拡散過程に支配されることが分かった。一方、試料粒径が
0.1 μm と小さい場合、拡散過程は最も速い素過程となる。従って、脱捕捉過程がトリチウ
ム放出過程を支配する。また、第 4 章における Sample A でのトリチウム滞留率(1/α)を Fig.
5.12 に追加し、トリチウム放出にどの過程が影響しているのかを可視化した。本研究で用
いた試料粒径は 3 μm であるが、この粒径では酸素空孔からの脱捕捉過程は他の素過程と
比較して圧倒的に速いため、影響がほとんどないことが予測できる。そのため、 (5-2)式
は無視できる。
この予測は第 4 章で得られた TDS スペクトルからも正しいことが分かった。
一方、拡散過程と O-T 結合からの脱捕捉過程の速度はほとんど同じ程度で、これが両過程
が律速となったトリチウム放出のピーク温度が近いという結果になっている。しかしなが
ら上記の速度論比較は各素過程に対するトリチウム捕捉サイトが十分に存在する場合に
成り立つ。従って、Fig. 5.12 だけではトリチウムの放出挙動を予測するのは困難であり、
Peak II
4
Peak I
-1
2
Rate constants / s
1.0
detrapping from irradiation defects
decomposition of hydroxyl groups
diffusion
10
0.8
0
10
0.6
-2
10
0.4
-4
10
0.2
-6
10
1.0
1.2
1.4
1.6
-3
-1
1/T / 10 K
1.8
2.0
0.0
Fractional tritium retention / -
10
Fig. 5.12 各素過程の温度変化に伴う反応速度定数の変化
96
捕捉サイト密度を正確に把握しなければならない。
5.5 まとめ
本章では水素同位体の脱捕捉速度を明らかにした。チタン酸リチウム中の水素同位体
脱捕捉過程には 2 種類あることが分かった。ひとつは酸素空孔に捕捉された水素同位体の
酸素空孔の消滅に伴う脱捕捉で、捕捉サイトは酸素空孔である。もうひとつの脱捕捉過程
は水酸基(-O-T 結合)を形成した水素同位体の水酸基熱分解に伴う脱捕捉過程であり、捕捉
サイトは酸素原子である。しかし全ての酸素原子が捕捉に寄与するというわけではなく、
高エネルギー粒子の衝突により不安定化した酸素原子がトリチウムと相互作用すること
が示唆された。一方、各素過程の反応速度を比較した結果、酸素空孔からの脱捕捉速度は
他の素過程と比較して圧倒的に速く、実際のトリチウム放出挙動には影響を与えないこと
が示された。
参考文献
[1] 熊谷寛夫,富永五郎,辻 泰,堀越源一、「噴空の物理と応用」裳華房, (1986)
[2] 辻
泰、「真空技術」 共立出版, (1985)
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[4] T. Luo, J. Nucl. Mater., 408 (2011) 7-11.
[5] C.D Wagner et al., Handbook of X-ray Photoelectron Spectroscopy, (Perking-Elmer
Corporation, Physical Electronics Division, 1979)
[6] C. Hagendorf et al., Surface Science 436 (1999) 121-130
[7] M. El Kazzi et al., Mater. Sci. Semiconductor Processing 9 (2006) 954-958.
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[13] 小柳津誠, 静岡大学大学院博士論文, 2007.
[14] S. Suzuki et al., Fusion Eng. Des., 85, (2010) 2331-2333.
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[16] M. C. Billone, J. Nucl. Mater., 233-237 (1996) 1462-1466.
97
第6章
照射欠陥消滅過程
第6章
照射欠陥の生成・消滅機構と速度論
6.1 はじめに
第 5 章ではチタン酸リチウム中のトリチウム捕捉サイトからのトリチウム脱捕捉挙動に
ついて議論し、酸素空孔(F-center)からの脱捕捉過程と水酸基(O-T 結合)からの脱捕捉機構
が存在することが分かった。また、水酸基の形成には高エネルギー粒子の衝突により生成
したダングリング結合を有する酸素原子が関与するものと考えられた。本章では中性子照
射したチタン酸リチウム中に生成した照射欠陥の同定を行うと共に照射欠陥密度の定量
評価を行い、トリチウム捕捉・脱捕捉に影響している照射欠陥を特定し、その照射欠陥の
消滅機構及び消滅速度について議論する。
通常、照射欠陥密度の予測には SRIM
0.025
に生成する照射欠陥の大半は反跳トリチ
ウムや反跳リチウムに起因するものであ
る。そこで反跳トリチウムにより生成す
る照射欠陥を SRIM code により計算した。
Vacancy / nm-ion
code が用いられる。チタン酸リチウム中
反跳トリチウムのエネルギーは 2.73 MeV
0.020
0.015
0.010
0.005
0.000
であり、インプットデータとして用いた。
Fig. 6.1 は 2.73 MeV T+を打ち込んだ際の
vacancies / ion であった。通常、結晶を形
成している原子同士の結合エネルギーは
100 eV 程度である。従って、2.73 MeV が
Absrobed energy / eV
ま た 、 計 算 結 果 で は 欠 陥 生 成 率 は 79
全て付与されれば反跳トリチウム 1 つあ
たり 105 程度の欠陥が形成することにな
る。一方、SRIM code での結果はそれより
5
10
15
20
25
Distance from surface / m
30
Fig. 6.1 反跳トリチウムによる空孔形成分布
酸素空孔の分布である。酸素空孔は反跳
トリチウムの飛程付近に集中している。
0
10
1
10
0
10
-1
10
-2
10
-3
for ionization
= 2.71 MeV
for knock-on
=0.01 MeV
Total = 2.72 MeV
0
5
10
15
20
25
30
Distance from surface / m
Fig. 6.2 反跳トリチウムの各エネルギー付与
過程の割合と分布
も 1/103 程度低い。この理由を明確にする
ため、どのように反跳トリチウムのエネルギーがチタン酸リチウムに付与されているのか
分析した。その結果が Fig. 6.2 である。Fig. 6.2 では衝突過程によるエネルギー付与及び電
子励起過程によるエネルギー付与を個別に表記している。衝突過程によるエネルギー付与
は反跳トリチウムの飛程付近で急速に進行するが、その割合は全エネルギーの 1/100 以下
98
である。一方、電子励起過程によるエネルギー付与は反跳トリチウムの全エネルギー2.73
MeV に対して 2.71 MeV である。また、エネルギー付与は飛程付近で若干高いが、基本的
に均一に起こっていることが分かる。SRIM code による欠陥密度計算では衝突過程によっ
て生成する欠陥のみが考慮されている。これは、金属材料などは電子励起過程での欠陥形
成が起こらないためである。しかし、チタン酸リチウムのようなセラミックスでは電子励
起過程で励起子が形成し、断熱不安定性により照射欠陥が形成する(第 2 章)。さらに、ほ
とんどのエネルギーが電子励起過程により材料に付与するため、SRIM code でのチタン酸
リチウム中の欠陥密度予測は不適当であると結論付けられる。従って、チタン酸リチウム
中に形成した照射欠陥を定量的に、直接測定できる手法が望ましい。そこで本研究では上
記照射欠陥測定のために ESR 法を用いた。
ESR 法はローンペア電子を検出する手法であるためローンペアを持った照射欠陥のみ
が測定される。従って全ての照射欠陥を測定出来ない。例えば、リチウム空孔などはロー
ンペアを持たないため、ESR 法での検出は困難である。酸素空孔である F+-center はローン
ペアを持つため ESR 法で測定が可能である。しかし、酸素空孔には、電子が 2 つ入った
F0-center, 電子が捕獲されていない F2+-center などの種類があることが分かっており、これ
らの欠陥は ESR 法では測定出来ない[1]。一方、Wang らは Gaussian を用いて TiO2 中の各
F-center の形成エネルギーを算出した[2]。
F+-center の形成エネルギーは F0-center や F2+-center
の半分程度であり、F+-center が圧倒的
Table 6.1 TiO2 における各酸素空孔形成エネルギー2)
に形成しやすいことを示した (Table
6.1)。さらに Chen らは DVx-α を用い
た計算により TiO2 における F0-center,
F+-center, F2+-center の安定性に関して
定量評価を行っており[3]、Fig. 6.3 に示
す よ う に F+-center > F0-center >
F2+center
の順で安定性が高くなるこ
とを示した。また、加熱の段階で以下
のような反応により、他の F-center か
らの F+-center への変換が起こることを
Fig. 6.3 TiO2 における酸素空孔の安定性 3)
示した。
F2+-center + e- → F+-center
(6-1)
F0-center → F+-center + e-
(6-2)
つまり、最終的にほとんどの F-center は F+-center に変換されると考えられる。従って ESR
法を用いることで全ての F-center の定量が可能であると考えられた。また、このような挙
99
動はセラミックスでは共通の現象であり、Al2O3 においても F+-center が主な F-center であ
ることが確認されている[4]。そのため本研究で用いる ESR 法によりチタン酸リチウム中の
全酸素空孔の定量も十分に可能と考えた。また、F-center と Frenkel 対の関係にある O-center
は、F-center と同量形成されることになる。従って、ESR 測定により定量された F+-center
の密度と O-center の密度は同程度と仮定出来るため定量することが出来る。一方、リチウ
ム空孔の定量はやはり困難であるが、第 4 章、第 5 章で示された通り、リチウム空孔はト
リチウム拡散経路として機能し、強い捕捉サイトとしては機能しない。また、リチウム空
孔はチタン酸リチウム中に元来多量に存在するものである。従って中性子照射量の変化に
伴うリチウム空孔の密度変化はトリチウムの放出に影響しないと考え、定量評価は重要で
ないと考えた。上述の背景を踏まえ、以下の実験を行った。
6.2 分析理論と実験アプローチ
第 2 章で示したように、チタン酸リチウム中の照射欠陥消滅挙動は中性子照射量に伴
い変化する。特に欠陥密度が低いと低温領域での消滅が起こる。一方、欠陥密度が増加す
ると高温領域での消滅が主な過程となる。これは低温領域で消滅する欠陥は不安定であり、
加熱により集合、安定化するものと考えられる。従って低温領域での消滅は Frenkel 対の
再結合、欠陥同士の拡散・集合、等の複数の過程に支配され、その解析は困難であると考
えられる。一方、高温領域での消滅は単純な熱分解反応に支配されると考えられる。これ
は熱分解後の点欠陥は拡散が速く、直ちに再結合して消滅するという考えに基づくもので
ある[5]。
熱分解律速過程における欠陥密度の消滅速度を概算するためには第 2 章の(2-40)式を用
いた。各欠陥密度を Nid とすれば、

dN idi
dt
i
i
 k dc
 da N id
(2-40)
この式は微小時間における欠陥密度変化は欠陥密度と欠陥消滅速度の積としている。この
式を微小時間 Δt を導入して書き換えると、

N idi (t  t )  N idi (t )
t
i
i
 k dc
 da N id (t )
(6-3)
Nid(t+Δt)は Δt 後の欠陥密度である。これについてまとめると、
i
i
N idi (t  t )  N idi (t )  k dc
 da N id (t )t
(6-4)
i
i
N idi (t  t )  N idi (t )  k dc
 da N id (t )t
(6-5)
となる。従って、ある時間 t における欠陥密度に消滅速度定数と微小時間を掛けたものが、
100
微小時間変化による密度変化率に相当する。また、等速昇温下において、T = βt + T0 であ
るため、欠陥消滅速度定数は以下のようになる。
  E i dc da 
i
i


k dc
(
t
)

k
exp
 da
dc da , 0
 k B ( t  T0 ) 
(6-6)
(6-6)式を(6-5)式に代入すると等速昇温下での欠陥消滅挙動を再現できる。逆に、等時加
熱実験における欠陥消滅挙動と(6-5)式を比較することで、kdc-da,0 及び Edc-da といった欠陥消
滅速度定数を算出することが出来る。
同様の数値解析方法を再結合反応律速モデル、つまり二次反応に対しても行う。二次反
応での照射欠陥密度の減衰は、(2-37)式で表現される。

dN id
 krcda N id2
dt
(2-37)
熱分解反応と異なるのは、(2-37)式の Nid は再結合する欠陥の和、つまり、F+-center と
O--center の欠陥密度の総和である。(2-37)式に対しても微小時間 Δt を導入し、微小時間後
の欠陥密度の総和について解くと、
N id (t  t )  N id (t )
 krcda N id2 (t )
t
(6-7)
Nid (t  t )  Nid (t )  krcda N id2 (t )t
(6-8)

となる。つまり再結合反応では欠陥密度項の部分が二乗されているところが一次反応と
の差である。Nid の時間変化率は各欠陥の時間変化率と同じである。また、再結合律速欠陥
消滅速度定数である krc-da の温度依存性は(6-6)式と同様である。
6.3 実験手法
本研究では中性子照射したチタン酸リチウムを試料として用いた。本研究では第 4 章で
使用した Sample A 及び Sample B の他に、中性子フルエンスが Sample B の 5 倍である Sample
C, 10 倍である Sample D を KUR Pn-2 にて照射した。さらに、KUR での長期照射(LI)によ
Table 6.2 各試料の照射条件とリチウム燃焼率
Sample A
KURRI
Irradiation
facility
Pn-2
Sample B
Name
Thermal neutron
flux (n cm-2 s-1)
Thermal neutron
fluence (n cm-2)
Li burn-up
level (%)
5.5
1012
3.3
1014
2.3
10-6
Pn-2
5.5
1012
3.3
1015
2.3
10-5
Sample C
Pn-2
5.5
1012
1.7
1016
1.2
10-4
Sample D
Pn-2
5.5
1012
3.3
1016
2.3
10-4
Sample E
LI
9.3
1012
2.2
1019
101
0.17
り、
Sample B より中性子フルエンスが約 105 倍大きい Sample E を準備し、
試料とした。
Table
6.2 に本研究で用いた試料の条件をまとめた。Table 6.2 には欠陥密度のひとつの指標であ
るリチウム燃焼率も記載している。最も高い中性子フルエンスをもつ Sample E ではリチウ
ム燃焼率が 0.17 %であり、比較的大きい。
ESR 測定において、試料を導入していない ESR 管の測定を行うことで、バックグラウン
ドのシグナルを得た。その後、試料約 0.1 g を ESR 管に真空封入し、ESR 測定を液体窒素
温度で行った。さらに、照射欠陥の消滅挙動を把握するため等時加熱実験を行った。等時
加熱実験では試料温度を 25 K ずつ上昇させた。また加熱時間は各温度で 5 分である。加
熱温度領域は室温から 900 K 程度まで行い、照射欠陥に起因するピークが消滅することを
確認した。ESR 測定で観測されるのは電子のスピン数であるが、その校正には CuSO4・5H2O
結晶を粉末化したものを用いた[6,7]。CuSO4・5H2O は錯体構造中にスピンをひとつ持つこと
が知られており、一般的に ESR 測定の校正に使用される。CuSO4・5H2O の量を変化させた
際のスペクトルを順次測定し、スピン数と ESR スペクトルの面積との校正曲線を作成し、
チタン酸リチウム中の照射欠陥の定量に用いた。
6.4 結果・考察
6.4.1 欠陥密度の測定
Fig. 6.4 に ESR 管のみの場合と Sample B を 0.1 g 導入した場合における ESR スペクトル
を示す。Sample B の測定においてはシグナルの大部分が ESR 管からのものであると分か
る。以降のスペクトルでは ESR 管からのシグナルを除去したものを示す。Fig. 6.5 は Sample
B 及び Sample E の ESR スペクトルである。Sample E は質量あたりの ESR ピーク強度が高
いため、Sample B のシグナルを 100 倍している。両試料でスペクトルの形状に大きな差異
はなかったが、Sample E では g = 2.08 付近に小さなピークが見られた。ESR スペクトルは
1200
Intensity / -
800
400
0
Sample B
w/o sample
-400
2.15
2.10
2.05
g value / -
2.00
1.95
Fig. 6.4 Sample B と ESR 管のみの場合の ESR スペクトル
102
15
5
5
ESR intensity / 10 g
-1
10
0
-5
-10
-15
Sample B (100)
Sample E
-20
-25
2.15
2.10
2.05
g value / -
2.00
1.95
Fig. 6.5 Sample B 及び Sample E の ESR スペクトル
5
(a) Sample B
ESR absroption spectrum
4
+
F -center
3
2
-
O -center
1
0
2000
18
ESR absrobunce / 10 g
-1
18
ESR absrobunce / 10 g
-1
6
1500
(b) Sample E
ESR absroption spectrum
+
F -center
1000
-
O -center
500
0
2.15
Peak 3
2.10
2.05
g value / -
2.00
1.95
Fig. 6.6 ESR 吸収スペクトル(a) Sample B, (b) Sample E
マイクロ波吸収の微分形であるため、Fig. 6.5 で示した ESR スペクトルを積分し、吸収ス
ペクトルに変換したものが Fig. 6.6 である。Sample B では g = 1.98-2.06 付近に吸収スペク
103
トルが見られた。一方、Sample E では g = 1.98-2.11 と高 g 値側にピークが出現した。特に
これまでの研究から、g = 2.002 付近に酸素空孔に電子がひとつ捕捉されたものである
F+-center が、g = 2.03 付近に酸素正孔中心である O--center が位置することが分かっている[8]。
Sample B 及び Sample E の吸収スペクトルでは、F+-center,
O--center が上記の g 値付近に同
程度の割合で生成していることが分かる。一方、Sample E で確認された g = 2.08 付近のピ
ーク(Peak 3)の帰属は未だ明らかになっていないが、高い g 値などからチタン原子や酸素原
子に関連した欠陥であると考えた。
さらに各欠陥の密度を試料ごとにまとめたものが Table
6.3 である。ここで Sample C の結果は Sample B と Sample D の結果の平均値としている。
また Table 6.3 にはチタン酸リチウム分子数に対する欠陥数や生成トリチウム濃度に対す
る欠陥密度も比較している。全ての試料において、F+-center と O--center の密度は同程度で
あった。ESR 測定において酸素空孔の全量が測定出来ると仮定しているため、ESR 測定に
よりダングリング結合を有する酸素原子に関しても全て測定出来ていることが分かった。
Sample D 以下の中性子フルエンスの低い試料では Peak 3 は見られず、この種の欠陥が高密
度な欠陥構造に由来するものであると考えられた。さらに、Table 6.3 において、欠陥密度
は中性子フルエンスの増加に伴い上昇しているが、トリチウム濃度に対する欠陥密度は減
少傾向にあることが分かった。特に Sample E では欠陥密度は高いものの、トリチウムとの
割合は Sample B の 10 倍程度となっている。トリチウム濃度に対する欠陥密度の比率が小
さい場合、トリチウムに対して照射欠陥が豊富に存在することになる。従ってトリチウム
の捕捉は起こりやすい。これは、捕捉確率が欠陥密度に比例するためである。特に Sample
A では、内因性の欠陥量に対しトリチウム量が低かったため、高い割合のトリチウムが捕
捉サイトに捕捉された。そのため、中性子フルエンスが高くなるに従い、捕捉されるトリ
チウムの割合は減少傾向にあるものと予測された。
Table 6.3 各試料中の欠陥密度とトリチウム濃度との比率
F+-center (g-1) O--center (g-1) Peak 3 (g-1)
[defect /g]
[defect / Li2TiO3]
[T/defect]
8.2
1016
8.0
1016
0
1.6
1017
3.0
10-5
0.016
Sample C* 5.2
1017
4.4
1017
0
9.6
1017
1.7
10-4
0.015
Sample D
9.5
1017
8.0
1017
0
1.8
1018
3.2
10-4
0.015
Sample E
3.6
1019
3.7
1019
1.0
1020
Sample B
2.8
1019
104
0.018
0.17
6.4.2 照射欠陥消滅挙動
Fig. 6.7 に等時加熱実験における Sample B 及び Sample E 中の各照射欠陥消滅挙動を示す。
Sample B 及び Sample E において、低温領域に若干の欠陥密度増加傾向が見られた。これ
は(6-1), (6-2)式で考えられた、不安定な欠陥が安定な欠陥へ変換しているものと解釈され
た。Sample B 中の照射欠陥消滅は 500 K 付近から開始し、550 K 以降で急激に消滅する。
最終的に全ての欠陥は 700 K までに消滅することが分かった。一方、Sample E に関しては
600 K 以上の温度で照射欠陥は消滅しはじめ、750 K 付近までの加熱で全ての欠陥が消滅
する。また、Peak 3 の消滅挙動は F+-center や O--center の挙動とは異なっており、独立に消
滅していると考えられた。
Sample B と Sample E では欠陥の回復温度に 100 K 程度の差が確認された。一方、Sample
B と Sample E では ESR スペクトルには大きな差は見られなかった。従って、形成してい
る照射欠陥は同じであると考えられる。つまり以上の照射欠陥消滅温度の差は欠陥密度の
1.2
+
F -center
O -center
1.0
0.8
Damage density / 1017 g-1
(a) Sample B
0.6
0.4
2nd order model
1st order model
0.2
0.0
400
+
F -center
O -center
Peak 3
300
200
100
(b) Sample E
0
400 450 500 550 600 650 700 750 800
Temperature / K
Fig. 6.7 等時加熱アニーリングによる各照射欠陥の消滅挙動
と反応モデルによるフィッティング(a) Sample B, (b) Sample E
105
増加により引き起こされたと予測された。欠陥は通常の結晶構造であれば不安定(準安定)
な状態であるが、結晶構造自体が変化すればその安定性も変化することになる[9]。照射欠
陥密度が増加するとチタン酸リチウム結晶構造が乱れ、欠陥同士がお互いに相互作用でき
るようになる。従って、照射欠陥は安定化し消滅温度も高くなると考えられた。
次に Sample B で観測された低温領域での照射欠陥消滅機構及び Sample E で確認された
高温領域での照射欠陥消滅機構についてその反応速度を分析した。照射欠陥消滅機構とし
て Frenkel 対同士の再結合反応が挙げられる。これまでの研究で Suzuki らは再結合による
照射欠陥消滅エネルギーを等温加熱アニーリング実験から 0.68 eV と算出している[8]。また
Osuo らはこの温度領域での欠陥消滅エネルギーを約 0.5 eV と算出している[10]。6.1 節で述
べたように、低温領域での欠陥消滅は再結合反応だけでなく拡散・集合などが起こり複雑
であるが、本研究では簡便化のため上記の反応が全て F+-center と O--center の再結合反応の
みで進行すると仮定し、二次反応モデルで解析したものを Fig. 6.7 の Sample B における欠
陥消滅挙動と比較した。欠陥消滅エネルギーは Suzuki らが算出した値を用い、再結合律速
欠陥消滅速度定数はフィッティングの結果 1.0×103 m3 s-1 とした。しかし、二次反応モデル
では完全に欠陥消滅挙動を再現することは困難であった。これは、特に 550 K 付近での欠
陥消滅が急速に進行することに起因している。この速い消滅領域では、再結合反応だけで
なく、集合反応等も同時に進行していることが原因と考えられた。また、照射欠陥密度は
550 K で急速に減少した後緩やかに減少した。一方、Sample E の場合、欠陥の安定化が起
こっているため安定した欠陥の熱分解反応が律速段階と考えた。そこで一次反応モデルで
の解析を行い、その結果を Fig. 6.7 に追加した。一次反応モデルにおいて、欠陥消滅エネ
ルギーは Osuo らが算出した 0.9 eV を用いた。また、欠陥消滅速度定数はフィッティング
から実際の消滅挙動を最も再現可能な値を算出した。その結果、以下の(6-9)式で示される
欠陥消滅速度を用いることで、Sample E における照射欠陥の消滅挙動を良く再現すること
が分かった。
kda = 1.0 × 102 exp(-0.9 eV / kBT)
(6-9)
ここで、
Sample B における欠陥消滅挙動は 2 段階になっていると解釈することができる。
600 K 付近からの 2 段階目の消滅挙動は Sample E における欠陥消滅挙動と消滅温度が一致
している。従って、Sample B 中には不安定な点欠陥が大部分を占めているが、一部の欠陥
は安定化しており、この高温領域では Sample E と同様に熱分解反応によって照射欠陥が消
滅しているものと考えた。従って(6-9)式の欠陥消滅速度を用いて照射欠陥消滅挙動を解析
し、その結果を Fig. 6.7 に追加した。高温領域での照射欠陥消滅挙動は一次反応モデルで
再現でき、Sample B でも一部の欠陥が安定化していることが明らかになった。
リチウムに関しては ESR 測定での観察は出来なかったが、リチウムの拡散はトリチウム
106
よりも速いことなどから、F+-center や O-center の回復よりも低温でリチウムは拡散するこ
とが考えられる。しかしながら、燃焼したリチウム分は不足してしまうのでリチウム空孔
が完全に回復することはない。また、安定化した照射欠陥付近では結晶構造などが大きく
異なる可能性があるので、その領域ではリチウムの拡散は極端に遅くなる可能性もある。
6.5 まとめ
本章ではチタン酸リチウム中に生成した照射欠陥の同定、照射欠陥密度の定量測定、温
度変化に伴う消滅挙動及びその速度論を ESR 法にて明らかにした。照射欠陥として
F+-center と O--center の形成が確認され、中性子フルエンスの増加に伴い照射欠陥密度は増
加した。照射欠陥の密度が低い場合、照射欠陥は基本的に点欠陥であり、比較的低温領域
で再結合や拡散・集合などにより消滅することがわかった。一方、欠陥密度が高くなると、
欠陥同士の相互作用により安定化し、欠陥消滅温度が高温領域にシフトした。この領域で
の欠陥消滅は熱分解過程で表現することが可能であった。実際の照射欠陥消滅挙動と熱分
解反応モデルを比較することで欠陥消滅速度定数を算出した。
参考文献
[1] M. Ghamnia, C. Jardin, M. Bouslama, J. Electron. Spectrosc. Relat. Phenom 133 (2003) 55–
63.
[2] S.G. Wang et al., Surf. Science, 577 (2005) 69
[3] J. Chen et al., J. Phys. Chem. Sol. 62 (2001) 1257-1262.
[4] A.N. Kislov, I.A. Weinstein A.S. Vokhmintsev, J.Phys. Conf. Series 92 (2007) 012144.
[5] 石川寛匡 静岡大学大学院修士論文, 2008.
[6] J.C. Bissey, R. Berger and Y. Servant, Solid State Communications, 93 (1995) 243
[7] R.P. S. Chakradhar et al., Spectrochimica Acta Part A 62 (2005) 761–768.
[8] S. Suzuki et al., Fusion Eng. Des., 85, (2010) 2331-2333.
[9] Y. Asaoka et al., J. Nucl. Mater., 268 (1992), 191-194.
[10] J. Osuo et al., Fusion Eng. Des. 9 (2011) 2362-2364.
107
第7章
表面効果とトリチウム放出への影響
第7章
表面効果とトリチウム放出挙動への影響
7.1 はじめに
本章ではトリチウム移行過程の最終過程である表面反応に関して議論する。第 2 章で議
論されたように表面反応に関してはこれまでにパージガスを変化させることによりその
影響が評価されてきた。しかしながら、パージガスによる差異は実験条件等により変化す
ることも報告されている。そこで本研究ではパージガスを変化させると共に、中性子照射
フルエンスの異なるチタン酸リチウム試料を分析することで、パージガス及び照射欠陥密
度変化の影響を系統的に解明した。
7.2 分析理論と実験アプローチ
第 2 章で示した通り、表面における水素濃度の変化に伴いトリチウム放出挙動は変化す
ると考えられる。特に水素同位体が含まれない場合は表面でのトリチウム同士の再結合が
起こりやすい。また、水素濃度が高くなればトリチウムは水素と結合し脱離する。このよ
うに表面水素濃度がトリチウム放出挙動に影響し得る。しかしながら、表面水素濃度を実
時間で測定することは困難であり、パージガス変化に伴うトリチウム放出挙動変化を観測
することで、その影響を評価する必要がある。
実際に、パージガスを変化させることでトリチウム放出挙動が変化するのか判断するに
は、トリチウム TDS スペクトルの変化を視覚的に比較するだけではなく、定量的な解析が
必要である。トリチウム放出を n 次化学反応と仮定すると、第 4 章における(4-9)式で表す
ことが出来る。
d
 k (1   ) n  kf ( )
dt
(4-9)
ここで n は反応次数であるが、上述の通り表面における水素濃度変化に伴い、反応次数も
変化する。従って、パージガスを変化させた際のトリチウム放出の反応次数を定量的に解
明し、その変化を明らかにすることで、パージガスの影響を定量的に評価することが出来
る。そこで本研究では昇温脱離実験で得られたトリチウム TDS スペクトルを解析し、その
反応形態を定量的に分析することで、パージガスの影響を評価する。(4-9)式を変形すると
(7-1)式になる。これは Arrhenius の関係式に基づくものである。
d
  Ea
 A exp 
dt
 RT

(1   ) n

(7-1)
また、昇温脱離実験(等速昇温)下では T = βt + T0 である。従って、(7-1)式を時間変化に
対する反応率から温度変化に対する反応率変化に変数変換する。
108
d
d
  Ea 

 A exp 
(1   ) n
dt
dT
 RT 
(7-2)
さらに、(7-2)式に対し、Freeman-Carroll 法[1]を用いて解析を続ける。(7-2)式を常用対数
に変換すると以下のようになる。


  Ea 
 d 
 d 
log
(1   ) n 
  log 
  log  A exp 
 dt 
 dT 
 RT 


(7-3)
(7-3)式を整理すると
 Ea
 d 
 d 
log
 n log(1   )
  log 
  log A 
2.303RT
 dt 
 dT 
(7-4)
ここで 2.303 は自然対数から常用対数に変換過程で出現するもので、ln10 に相当する。
トリチウム放出スペクトルを積分し、規格化することで反応率(α)や未反応率(1-α)は定量可
能である。同様に、ある時間における反応速度(dα/dt)は、規格化した積分曲線を再度微分
することで算出出来る。さらに、未反応率と反応速度の対数値を数点取り、それらの差を
(7-4)式に代入することで活性化エネルギー及び反応次数に関する情報を得ることが出来
る。つまり、
 Ea  1 
 d 
 d 
   n log(1   )
   log 

 dt 
 dT  2.303R  T 
 log
(7-5)
さらに両辺を Δlog(1-α)で割ると
 d 
 d 
1
 
  log 

 dt  
 dT    E a
T   n
 log(1   )  log(1   ) 2.303R  log(1   )
 log
(7-6)
(7-6)式の重要な点は(7-6)式で表される直線の傾きから活性化エネルギーを得られるこ
と、直線の切片が反応次数 n を意味することである。従って、ひとつの TDS スペクトルか
ら活性化エネルギーの情報と反応次数の情報を一度に得ることが出来る。しかしながら、
このモデルは単一反応を原則としており、トリチウム放出のような拡散や脱捕捉等の複合
反応に対応していない。ただし、見かけ上の反応速度を明らかにすることで、律速段階の
評価や律速段階における活性化エネルギーの算出が可能な点に意義がある。また、(7-6)式
では反応の活性化エネルギー及び反応次数の算出は出来るが、反応速度の前指数項の算出
が出来ない。そこで前指数項に関しては等温加熱実験から算出を行った。さらに、最終的
に得られた前指数因子及び反応の活性化エネルギーを用いてトリチウム TDS スペクトル
の再現が行えるか調査した。第 6 章において化学反応モデルにおける反応速度は以下のよ
うになる。
109
dC
 kC n
dt
(7-7)
さらに微小時間 Δt を導入して書き換えると、
C  kC n t
(7-8)
(7-8)式により等速昇温下での化学反応律速でのトリチウム放出速度のシミュレーショ
ンを行うことが出来る。
7.3 実験手法
本研究では第 6 章で照射欠陥密度測定に用いた中性子フルエンスの異なるチタン酸リチ
ウム試料、5 種類を用いた。さらに、第 5 章で調製した 3.0 keV DT+ 照射試料を用いた。
これらの試料に対し、希ガスであるヘリウム雰囲気下、水蒸気を含んだヘリウム雰囲気下、
水素ガス 0.1%を含有したヘリウム雰囲気下で昇温脱離実験を昇温速度 5 K/min にて行った。
さらに、等温加熱実験を、ヘリウム雰囲気下及び水蒸気を含んだヘリウム雰囲気下で行う
ことで、異なる雰囲気ガス下でのトリチウム放出挙動の温度依存性を明らかにした。また、
モデル関数による理論曲線との比較からトリチウム放出機構変化に関して分析した。
7.4 結果・考察
7.4.1 パージガスによるトリチウム放出挙動の変化とそのメカニズム
Fig. 7.1(a) にヘリウム雰囲気下及び水蒸気を含んだヘリウム雰囲気下におけるトリチウ
ム TDS スペクトルを示す。Sample C 以上のフルエンスの高い試料ではトリチウム放出ス
ペクトルが高温領域にシフトした。Sample B よりも中性子フルエンスが 5 倍高い Sample C
ではトリチウムの放出ピーク幅は広がり、ピーク温度は 620 K 付近にシフトした。さらに
Sample B よりも中性子フルエンスが 10 倍高い Sample D ではピーク温度は 680 K となった。
第 4 章において、トリチウムの拡散律速での放出ピークは 580 K 付近に相当すると明らか
になったが、中性子フルエンスの高い試料では拡散過程以外の過程が支配的であると明ら
かになった。特に中性子フルエンスの一番高い試料である Sample E では 580 K 付近のピー
クは殆ど存在せず、690 K 付近にピークが存在している。
中性子フルエンスが高い試料でトリチウム放出がどのような過程に支配されているの
かを調査するため、等温加熱実験を行った。Fig. 7.2 に等温加熱実験における Sample C か
らのトリチウム放出挙動を示す。第 4 章で示した、Sample B での実験結果と同様に、トリ
チウム放出速度は加熱温度と共に上昇した。一方、Fig. 7.1 の結果から予想されたように、
Sample C におけるトリチウム速度は Sample B よりも遅いことが分かった。例えば、575 K
付近での実験では、Sample B におけるトリチウム放出率は 3000 秒程度で 100 %付近まで
達するが、Sample C では 60 %程度である。次に、トリチウム放出の支配過程を調査する
110
ため、(4-6)式で表現される拡散方程式の厳密解による理論曲線との比較を行った。Sample
Sample A (
Sample B (
Sample C (
Sample D (
Sample E (
Tritium release rate / Bq s-1 g-1
12
8
1)
1/10)
1/50)
1/100)
1/50000)
1st order reaction model
(a) Only He
4
0
Sample B ( 1/10)
Sample D ( 1/100)
Sample E ( 1/50000)
12
(b) He + H2O
8
4
0
300
400
500 600 700
Temperature / K
800
900
Fig. 7.1 各試料における T-TDS スペクトル (a) He 雰囲気下, (b) 水蒸気を含んだ He 雰囲気下
T release fraction / -
1.0
625 K
575 K
540 K
500 K
diffusion model
0.8
0.6
0.4
0.2
0.0
0
1000
2000
3000
Time / s
Fig. 7.2 Sample C における等温加熱下でのトリチウム放出挙動
111
C は Sample B よりもトリチウム放出速度が減少し、トリチウムは捕捉サイトによる捕捉・
脱捕捉の影響を受けていると考えられたが、Sample C における等温加熱下でのトリチウム
放出は拡散方程式の厳密解により殆ど再現出来ることが分かった。トリチウムの拡散速度
については Fig. 7.3 にまとめた。Sample B におけるトリチウム拡散速度と比較し、Sample C
におけるトリチウム拡散速度は小さい。また、拡散エネルギーも同様に低い値が算出され
た。この結果は、トリチウム捕捉・脱捕捉の影響はあるものの、Sample C におけるトリチ
ウム放出挙動の見かけの支配的過程は拡散過程であると示された。このような見かけ上の
拡散律速はトリチウム捕捉サイト密度が比較的小さいことに依るものであると考えられ
た。従って、トリチウム捕捉サイト密度が増加することで、トリチウム放出挙動は拡散過
程から捕捉・脱捕捉過程に支配されることが考えられた。また、Sample C で見られた見か
けの拡散係数や拡散エネルギーは過去の研究で報告されてきた拡散速度のばらつきを説
明できるものであると考えられた。一方、Fig. 7.4 では Sample E からのトリチウム放出挙
動を拡散方程式の厳密解と比較しているが、再現性が低いことが分かる。つまり、トリチ
ウム放出の律速過程が既に拡散過程から他の過程へ変化しているものと考えられた。
-15.0
Sample B (He)
Sample C (He)
Sample C (He+H2O)
-16.0
2
log D / m s
-1
-15.5
-16.5
-17.0
-17.5
-18.0
-18.5
1.5 1.6 1.7 1.8 1.9 2.0 2.1 2.2 2.3
-3
-1
Reciprocal temperature / 10 K
Fig. 7.3 各試料における異なる雰囲気ガス下での見かけの拡散速度
Fig. 7.1(b)は Sample B, Sample D, Sample E に対する、水蒸気を含んだヘリウム雰囲気下
でのトリチウム TDS スペクトルである。Sample B に注目すると、トリチウム放出ピーク
は 580 K であり、ヘリウム雰囲気下での結果と殆ど変らなかった。この結果はパージガス
中に含まれている水蒸気はトリチウム移行過程に影響を及ぼさないことを示している。第
4 章でも示された通り、Sample B におけるヘリウム雰囲気下でのトリチウム放出は拡散方
程式で殆ど再現することが出来る。つまり、表面の水素濃度が低いヘリウム雰囲気下にお
112
Release fraction / -
1.0
0.8
0.6
0.4
T release at 625 K
diffusion model
0.2
0.0
0
2000
4000 6000 8000
Elapsed time / s
10000
Fig. 7.4 Sample E における 625 K でのトリチウム放出挙動と拡散モデルによる理論曲線の比較
いても、拡散速度と比較して表面反応は圧倒的に速いことが考えられる。さらに、水蒸気
雰囲気下では表面反応速度はさらに上昇することが予測される。従って、水蒸気を含んだ
ヘリウム雰囲気下での実験においてトリチウム放出挙動に変化がないことはこれまでの
研究と一致している。以上の結果から、トリチウム移行過程において表面反応は律速段階
にならないと考えられた。一方、Sample D ではトリチウム放出スペクトルは低温領域にシ
フトした。この結果と Sample B の結果と比較すると、照射欠陥密度の高い試料に対してパ
ージガス中の水蒸気がトリチウム放出に影響を与えたと考えられた。つまり、表面反応に
水素同位体濃度は関与しないが、試料内部のトリチウム捕捉過程には影響を与えることを
示している。この結果は、表面から溶解した水素同位体がトリチウム捕捉サイトと相互作
用していると考えることで解釈できる。つまり、パージガス中に含まれる水素同位体がチ
タン酸リチウム表面に解離吸着し、内部へ拡散する。拡散した水素同位体はトリチウム捕
捉サイトを占有することで、見かけ上トリチウム捕捉サイト密度が減少することが考えら
れた。このパージガス中に含まれる水素同位体の影響をトリチウム捕捉・脱捕捉速度を表
現した(2-49)式に導入する。(2-49)式では実効的トリチウム捕捉サイト密度はトリチウムが
捕捉サイトを占有する分だけ減少することを表記している。水素同位体雰囲気下ではトリ
チウムだけでなく水素同位体も捕捉サイトを占有するので、トリチウムと水素同位体によ
る占有の分だけ実効的捕捉サイト密度は減少する。従って
i
 Tti  Cti  CHI
dCti
i
i
i

 kdtCt  kt C 

dt
N





(7-9)
となる。(7-9)式において CHI はトリチウム捕捉サイトに捕捉された水素同位体濃度であ
113
る。この濃度は溶解した水素同位体濃度に依存する。また、その捕捉速度、脱捕捉速度は
トリチウムと同様と考えることが出来る。従って CHI の変化は以下のように決まる。
i
i
 Tti  Cti  CHI
dCHI
i
i
i
 k dtCHI  kt CD  HI  

dt
N





(7-10)
ここで CD-HI は拡散している水素同位体濃度である。また、水素同位体濃度が飽和状態、つ
まりパージガス中の水素同位体とチタン酸リチウム内部の水素同位体濃度が平衡状態で
あるとき、チタン酸リチウム内部の水素同位体濃度は水素同位体溶解度, S で表すことが出
来る。
i
i
 T i  Cti  CHI
dCHI
i
 k dti CHI
 kti S   t

dt
N





(7-11)
実際の核融合炉環境下では核融合反応炉運転の前にトリチウム増殖材にパージガスを供
給する。従って、炉運転時にはトリチウム増殖材内部の水素同位体濃度は平衡状態になっ
ていることが考えられるため、トリチウム増殖材中の水素同位体溶解度を把握しておくこ
とは重要である。
上記の考察が妥当であるかどうか、実験的に調査した。上記の通り、Sample C における
トリチウム放出の律速段階は拡散過程であった。また、見かけの拡散速度はトリチウム捕
捉サイトの影響で遅くなることが示された。そこで、パージガス中の水素同位体が捕捉サ
イト密度を減少させる効果を確かめるため、水蒸気を含んだヘリウム雰囲気下での等温加
熱実験を Sample C に対して行った。各温度での等温加熱実験で得られたトリチウム拡散速
度を Fig. 7.3 に追加した。トリチウム拡散速度は Sample B と比較して依然遅いものの、ヘ
リウム雰囲気下での場合と比較して上昇した。また、第 4 章で得られた各試料におけるト
リチウム拡散係数、拡散エネルギーを Table 7.1 にまとめた。捕捉サイト密度の高い Sample
C でも、水蒸気を含んだヘリウム雰囲気下ではトリチウム拡散のエネルギーは Sample B,
即ち捕捉サイトの影響がない条件のものと一致した。従って、パージガス中の水素同位体
Table 7.1 各試料における見かけ上のトリチウム拡散速度のまとめ
D0 [m2 s-1]
Sample
Purge gas
Sample A
He
5.0
10-7
0.31
1.14
0.04
Sample B
He
6.9
10-7
0.44
1.07
0.05
Sample C
He
4.7
10-11
0.59
0.73
0.07
Sample C
H2O + He
3.6
10-7
0.31
1.12
0.04
114
Error (log D0) Ea [eV] Error (Ea)
が内部へ侵入することによりトリチウム捕捉サイト密度が見かけ上減少していることが
確かめられた。
7.4.2 同位体交換反応の影響
上記の(7-9), (7-10), (7-11)式では表面から内部へ拡散した水素同位体によるトリチウム
捕捉サイトである照射欠陥の占有効果について表現している。つまり、水素同位体がトリ
チウム増殖材内部に存在することで、見かけ上トリチウム捕捉サイト密度が下がり、トリ
チウム捕捉速度が減少することを示している。一方、水素同位体濃度増加のもうひとつの
効果として捕捉サイトに捕捉されているトリチウムの脱捕捉を促進する効果が考えられ
る。これは、隣接位置に存在する水素同位体による同位体交換反応が引き起こされること
に基づくものである。このような効果の有無を検討するため、本研究では中性子照射材だ
けでなく、トリチウムイオン照射材についても同様に検討した。第 5 章においてヘリウム
雰囲気下でのトリチウムイオン照射材からのトリチウム放出挙動について検討した。本章
では水蒸気雰囲気下でのトリチウム放出挙動を解明した。イオン照射材ではトリチウムは
表面領域のみに存在するため、雰囲気ガス中の水素同位体の影響が表れやすいと考えられ
た。Fig. 7.5 にヘリウム雰囲気下及び水蒸気を含んだヘリウム雰囲気下におけるトリチウム
イオン照射材からのトリチウム放出挙動を示す。Fig. 7.5 において水蒸気を含んだヘリウム
雰囲気下でのトリチウム TDS スペクトルでは特に 400 K 付近の表面吸着したトリチウム水
の放出温度が低温領域にシフトした。一方、520 K 及び 630 K 付近の捕捉サイトに存在す
るトリチウムの脱捕捉過程に支配されたトリチウム放出ピークの温度は殆ど変化しなか
った。特に 400 K 付近の表面吸着したトリチウム水の放出量の増加が確認された。この結
果は回収ガス中の水蒸気の存在により水蒸気が試料表面に供給され、吸着・脱着平衡反応
-1
-2
3.0
2.5
Release rate / 10 m s
3.5
17
4.0
Recovery gas
He
He+H2O
2.0
1.5
1.0
0.5
0.0
300
400
500 600 700
Temperature / K
800
900
Fig. 7.5 異なる雰囲気ガス下におけるイオン照射材からのトリチウム TDS スペクトル
115
により絶えず水分子が表面を移動することに依るものであると考えられた。つまり表面の
トリチウム水は回収ガス中の水蒸気との吸着・脱着平衡反応を経て回収ガス中に放出され
るため、放出速度が増加したと考えられた。一方、高温領域におけるトリチウム放出ピー
クのピーク温度が変化しなかったことからも、これらの捕捉サイトに存在するトリチウム
の放出挙動は表面水素同位体濃度に依存しないことが確かめられ、Fig. 7.1 などの結果と一
致していると考えられた。しかしながら、特に酸素空孔に捕捉されたトリチウムの滞留量
は水蒸気雰囲気下ではヘリウム雰囲気下と比較して減少した。この結果は、酸素空孔に捕
捉されたトリチウムが通常の脱捕捉機構以外に、試料表面に解離及び内部に拡散した水素
同位体による脱捕捉促進効果を受けているものと考えられた。即ち、解離状態の水素同位
体と酸素空孔に捕捉されたトリチウムの同位体交換反応が起こり、酸素空孔からのトリチ
ウム脱捕捉が促進されているものと考えられた。一方で、水酸基を形成したトリチウムの
滞留量は雰囲気ガスの影響を受けないことが分かった。この結果はトリチウムと酸素の結
合エネルギーが高いことに起因すると考えられた。酸素空孔からのトリチウムの脱捕捉の
活性化エネルギーは第 5 章において 0.68 eV と算出された。一方、水酸基の分解エネルギ
ーは 1.2 eV であり約 2 倍大きい。試料内部を拡散する水素同位体は結合エネルギーの低い
酸素空孔中のトリチウムとは同位体交換反応を起こすが、結合の強い水酸基との同位体交
換は殆ど起こらないことが示された。特に(7-9)式では酸素空孔に捕捉された状態及び水酸
基を形成した状態を区別するために捕捉サイトの種類を表す i を用いているが、上記の結
果はトリチウムの捕捉状態により水素同位体の効果が若干異なることを示しており、これ
らの結果を基に(7-9)式の分離を行った。水素同位体を含んだパージガスを用いた場合、水
酸基を形成したトリチウムは脱捕捉促進効果を受けない。そのため未占有の捕捉サイトが
水素同位体を捕捉し、捕捉サイト密度が減少するという効果だけが表れることになる。従
って、水酸基を形成したトリチウムの捕捉脱捕捉を表す式は(7-9)式を参考にして以下のよ
うになる。
dCtOT
 T  CtOT  CHIO T 
 kdtOT CtOT  ktO T C   O T

dt
N


(7-12)
(7-12)式の形状は(7-9)式と全く同じものである。一方、酸素空孔に捕捉されたトリチウム
の脱捕捉は、同位体交換の影響も含めて考慮する必要がある。同位体交換速度は拡散して
いる水素同位体の濃度、水素同位体が隣のサイトのジャンプする確率、隣のサイトが酸素
空孔でトリチウムにより占有されている確率、同位体交換反応が起こる確率の積となる。
従って、以下の式が得られる。
dCtOV
DC
 T  CtOV  CHIOV 
 kdtOV CtOV  kex CHI 2 tOV  ktOV C   OV

dt
 N
N


(7-13)
(7-13)式には(7-12)式と異なり、第 2 項に同位体交換反応速度を導入している。ここで、kex
116
は同位体交換反応速度係数であり、未知の値である。実機環境におけるトリチウム放出挙
動を理解するうえでは kex の算出も重要と成り得る。
0.5
Purge gas : He
Ea = 1.18 eV, n = 1.06
Purge gas : He + H2O
0.0
Ea = 1.22 eV, n = 1.13
-0.5
-1.0
-1.5
-2.0
0.00005
0.00010
0.00015
0.00020
Fig. 7.6 Sample E における Freeman-Carroll プロット
一方、Sample E ではトリチウム放出ピークは高温領域に存在した。また、水蒸気を含ん
だヘリウム雰囲気下では若干(10 K 程度)の低温領域へのシフトが見られた。Sample E では、
Sample B などと比較して中性子フルエンスが約 4 桁程度高い。従って、第 6 章でも確認さ
れたように Sample E における照射欠陥は高密度であり、欠陥同士の相互作用により安定化
しているものと考えられる。また、トリチウムとも相互作用しやすいことが予測された。
Fig. 7.4 で示した通り、Sample E からのトリチウム放出挙動は拡散方程式により再現する
ことは困難であった。従って他の過程を考慮する必要がある。第一候補は試料内部に生成
した照射欠陥による捕捉・脱捕捉過程である。しかし、表面状態変化に伴う表面再結合過
程が寄与する可能性もある。この考えは、表面に欠陥が生成することで表面反応過程が変
化し、それに伴い表面反応速度が変化するというものである。従って本論でははじめに、
上記の 2 つの過程のどちらが支配的かを明らかにする。照射欠陥からの脱捕捉過程は一次
反応であり、表面再結合反応は二次反応であることから、(7-6)式である Freeman-Carroll 法
を用いた解析を行った。Fig. 7.1 で示されているヘリウム雰囲気及び水蒸気雰囲気下でのト
リチウム TDS スペクトルを解析した。その結果を Fig. 7.6 に示す。Fig. 7.6 ではトリチウム
放出ピークに着目するため、反応率 α = 0.3~0.8 付近の解析結果を示している。尚、(7-6)
式では常用対数を用いた際の関係式を示しているが、Fig. 7.6 では簡便のため自然対数を用
いている。この結果に示されるように、Freeman-Carroll 法により直線が得られ、この切片
および傾きから反応次数および活性化エネルギーを算出した。ヘリウム雰囲気下において、
117
Release fraction / -
1.0
573 K
600 K
625 K
673 K
723 K
first order reaction model
0.8
0.6
0.4
0.2
0.0
0
2000
4000 6000 8000
Elapsed time / s
10000
Fig. 7.7 各温度での等温加熱下における Sample E からのトリチウム放出挙動と
一次反応モデルによる理論曲線の比較
Sample E からのトリチウム放出の活性化エネルギーは 1.18 eV、反応次数は 1.06 と算出さ
れた。一方、水蒸気雰囲気では活性化エネルギー, 1.22 eV, 反応次数, 1.13 となった。これ
らの結果から、雰囲気ガスの種類に依存せず、トリチウムの活性化エネルギーは約 1.2 eV
であり、反応次数は約 1.1 であることが分かった。特に反応次数は 1 に近く、一次反応と
みなすことが出来る。よって、Sample E からのトリチウム放出は照射欠陥に捕捉されたト
リチウムの脱捕捉過程に支配されていることが示された。
Fig. 7.7 において Sample E からのトリチウム放出は一次反応で表現できることが示され、
-1
Li2O
Sample E
Fitting results
log k / s
-1
-2
-3
-4
-5
LiOT
1.4
1.6
1.8
-3
-1
Reciprocal temperature / 10 K
Fig. 7.8 Sample E におけるトリチウム脱捕捉速度定数と Li-OT を形成する材料からの
トリチウム脱捕捉速度の比較
118
照射欠陥からの脱捕捉過程が支配的であることが予測された。次に捕捉サイトからの脱捕
捉速度を詳細に理解するため、Sample E に対し等温加熱実験を行った。ヘリウム雰囲気下、
温度領域 573- 723 K での実験結果を Fig. 7.8 に示す。これまでの等温加熱実験の結果と同
様に、加熱温度を上昇させることによりトリチウム放出速度は増加した。また、Sample C
における等温加熱実験結果である Fig. 7.2 と比較すると、Sample C では 575 K での 3000 秒
間の加熱により滞留トリチウムの約 50 %が放出しているのに対し、Sample E でのトリチ
ウム放出率は 10 %以下であり、これは Fig. 7.1 で示されたトリチウム TDS 実験結果と一致
している。次に(4-9)式で示される一次化学反応式による解析を行った結果を Fig. 7.8 に追
加した。一次反応モデルにより Sample E からのトリチウム放出挙動は殆ど再現することが
可能であり、Freeman-Carroll 法の結果と同様に捕捉サイトからの脱捕捉がトリチウム放出
挙動の支配過程であることが示された。
Fig. 7.8 は各温度で得られた反応の速度定数をまとめたものである。Arrhenius の関係に
より、反応速度の対数表記と温度の逆数には直線関係があり、直線の傾き、切片からトリ
チウム脱捕捉の活性化エネルギー及び反応速度係数を以下のように算出した。
kdt [s-1] = 2.0 × 106 exp (- 1.2 eV / kBT)
(7-12)
等温加熱実験で得られたトリチウム脱捕捉の活性化エネルギーは Freeman-Carroll 法で求め
た値と同値であった。また、この活性化エネルギーは第 5 章で得られた、水酸基を形成し
たトリチウムの水酸基熱分解エネルギーと等しい。従って、Sample E 中で殆どのトリチウ
ムは水酸基を形成していることが分かった。一方、反応速度係数は第 5 章で得られた、重
水素イオン照射材と比較して若干小さい値となった。これは本章では Sample E からのトリ
チウム放出を脱捕捉律速の単一過程として扱っており、実際の状況では考慮する必要のあ
る、脱捕捉後の拡散過程の影響によるものと考えられた。また、Fig. 7.8 にはこれまでに報
告された、中性子照射した Li2O 及び LiOH からのトリチウム放出速度を併せて記載してい
る[2,3]。特に LiOH 中に生成したトリチウムは水酸基の水素原子と置換し、O-T 結合を形成
することが分かっている。また、Li2O は大気中の水分と反応し、表面に水酸基を形成する
ことから[4]、中性子照射により導入されたトリチウムは最終的に O-T 結合を形成するもの
と考えられる。Fig. 7.8 による Sample E におけるトリチウム放出速度との比較から、これ
らの 3 種類の試料からのトリチウム放出速度は殆ど同様であり、この結果も、トリチウム
放出が水酸基の熱分解律速であることを支持するものと考えられる。
119
最終的に(7-12)式で表されるトリチウム脱捕捉速度を(7-8)式に代入し、等速昇温下にお
けるトリチウム放出挙動をシミュレートした。また、第 5 章で得られた重水素イオン照射
したチタン酸リチウムにおける水酸基熱分解速度からシミュレートされたトリチウム放
出挙動と併せて Fig. 7.9 に示す。(7-12)式で表現されるトリチウム脱捕捉速度を用いてシミ
ュレートされたトリチウム放出曲線は Fig. 7.1 で示された Sample E のトリチウム TDS スペ
クトルと一致しており、本章で実行された等温加熱実験により妥当性のある速度式が得ら
れたことが示された。一方、重水素イオン照射材で得られたトリチウム脱捕捉速度に基づ
くシミュレーション結果では、トリチウム放出ピークは 660 K 付近に存在し、Sample E の
実際のトリチウム放出ピークよりも若干低い。これは上記の通り、イオン照射により表面
に注入された水素同位体は脱捕捉後の拡散過程の影響を受けにくいため、純粋な脱捕捉速
度の情報が反映されているものと考えられた。従って、Fig. 7.8 における 2 つのシミュレー
ション曲線の差異は脱捕捉したトリチウムが捕捉サイトによる再捕捉及び拡散過程の影
響を反映するものであると示唆された。
1.5
6
T release rate / arb. unit
kdt = 2.0 x 10 exp(-1.2 eV / kBT)
6
kdt = 4.05 x 10 exp(-1.19 eV / kBT)
1.0
0.5
0.0
300
400
500 600 700
Temperature / K
800
900
Fig. 7.9 Sample E における T-TDS スペクトルと脱捕捉律速での理論曲線の比較
7.5 まとめ
本章では中性子フルエンスの異なる試料におけるトリチウム放出挙動を比較すること
で、照射欠陥密度変化に伴うトリチウム捕捉・脱捕捉の寄与がどの程度変化するのか定量
的に評価すると共に、パージガス中の水素同位体がトリチウム放出挙動に及ぼす影響に関
しても並行して明らかにした。試料中の照射欠陥はトリチウム捕捉サイトとなり見かけの
拡散速度が減少したが、パージガス中の水素同位体により捕捉サイトが占有され、実効的
な捕捉サイト密度が減少することが分かった。パージガス中に水素同位体を含有させる手
120
法は効率的なトリチウム回収を行う上で効果的な方法であると考えられた。
参考文献
[1] E. Segal and D. Fatu, J. Therm. Anal., 9 (1976) 65.
[2] H. Kudo and K. Okuno, J. Nucl. Mater., 101 (1981) 38.
[3] M. Kobayashi et al., J. Plasma Fusion Res. SERIES, 10 (2013) 7-11.
[4] K. Munakata, M. Nishikawa, K. Yoneda, FusionTechnol., 15, (1989) 1451-1457.
121
第8章
トリチウム移行モデルの数値解析
8.1 数値解析によるモデルの妥当性検証
8.1 はじめに
本章では第 2 章で提案されたモデル及び、第 4 章から第 7 章までに算出された素過程速
度定数の整理を行う。さらに得られた素過程速度をモデルに組み込み、実際のトリチウム
放出挙動と比較することで、モデルの妥当性について検証を行う。最終的に得られた、妥
当性のあるモデルを用い、実機環境下でのトリチウム放出挙動に関して議論を行う。
8.2 算出された素過程速度のまとめとモデルの最適化
第 2 章において、チタン酸リチウムからのトリチウム放出挙動は以下の微分方程式の連
立で表現できることが予測された。本章では以下の式を(8-1, 2, 3, 4)式として再度定義する。
  2C 2 C  n Cti
C

 D 2 
t
r r  i 1 t
 r
 T ti  C ti
dC ti
i
i
i
 k dt C t  k t C  
 N
dt

dTti
dt




 
i
 k da
Tt i
q(t )  
(8-1)
dCsurf
dt
n
 krcCSurf 
(8-2)
(8-3)
dC
dt
(8-4)
r R
本節ではこれまでの研究で得られた反応過程や素過程速度定数をまとめ、上記の式の最適
化または近似を行う。
第 4 章においてチタン酸リチウム中の拡散速度は(4-24)式として以下のように表現出来
ることが分かった。
D = 6.9 × 10−7 exp (−1.07 eV / kBT) m2 s−1
(8-5)
本章では(4-24)式を(8-5)式として取り扱い議論を進める。(8-5)式で表される拡散速度, D は
(8-1)式に直接代入出来る。
第 5 章における水素同位体イオン照射実験の結果から、トリチウムは、表面吸着状態、
酸素空孔に結合した状態、水酸基を形成した状態で存在することが分かった。表面吸着し
ているトリチウムの脱着速度の情報は未だ不明瞭であるが、表面吸着したトリチウムの放
出温度が 400 K 付近と非常に低温領域に存在することからも、その反応速度が非常に速い
ことが分かる。一方、酸素空孔に捕捉されたトリチウム及び水酸基を形成したトリチウム
の脱捕捉速度は第 5 章における Table 5.1 から、それぞれ以下のように表現できることが分
かった。
kdtOV = 7.54 × 103 exp (−0.66 eV / kBT) s−1
(8-6)
kdtO-T = 4.05 × 106 exp (−1.19 eV / kBT) s−1
(8-7)
122
(8-2)式における脱捕捉速度定数, kdt には、上付き文字 i で表現したように、酸素空孔からの
脱捕捉及び水酸基からの脱捕捉の 2 種類を考慮する必要がある。従って第 5 章では(8-2)式
を以下の 2 つの式に分解することが提案された。
dCtOV
 T  CtOV 
 k dtOV CtOV  k tOV C   OV

dt
N


dCtOT
 T  CtOT 
 k dtOT CtOT  ktOT C   OT

dt
N


(8-8)
(8-9)
第 6 章では照射欠陥の消滅機構やその速度論について検討した。トリチウムの捕捉状態
である水酸基の形成には、ダングリング結合を有する酸素原子が関わっていることが考え
られた。さらに、照射欠陥同士が相互作用し、安定化した状態ではないと捕捉サイトとし
て機能しないことが分かった。この安定化構造が分解する過程が照射欠陥消滅の律速段階
であるため、欠陥消滅は一次反応で表現できることが分かった。従って(8-3)式において、
反応次数, n は 1 である。また、ESR 法で測定された安定化した照射欠陥の密度がトリチウ
ム捕捉サイト密度に相当することが考えられた。最終的に照射欠陥消滅速度係数は以下の
式であることが算出された。
kda = 1.0 × 104 exp(-0.9 eV / kBT)
(8-10)
(8-10)式を(8-3)式に代入し次節で数値解析を行う。
第 7 章では(8-4)式で表現できると考えられた、表面反応について議論した。その結果、
表面反応速度は拡散や脱捕捉などの過程と比較して圧倒的に速く、トリチウム放出挙動に
影響を及ぼさないことが分かった。従って、(8-4)式は無視出来るものとした。一方、パー
ジガス中の水素同位体の影響は、チタン酸リチウム表面に解離吸着した後に、チタン酸リ
チウム内部へ拡散し、トリチウム捕捉サイトである酸素空孔やダングリング結合を有する
酸素原子と結合形成することで、トリチウム捕捉サイト密度を下げることであると分かっ
た。特に酸素空孔に捕捉されたトリチウムは拡散している水素同位体と同位体交換により
脱捕捉速度が促進されることも明らかとなった。したがって、水素同位体を含んだパージ
ガス雰囲気下では(8-8)及び(8-9)式はそれぞれ以下のように変換される。
dCtOV
DC
 T  CtOV  CHIOV 
 kdtOV CtOV  kex CHI 2 tOV  ktOV C   OV

dt
 N
N


dCtOT
 T  CtOT  CHIO T 
 kdtOT CtOT  ktO T C   O T

dt
N


(8-11)
(8-12)
また、各捕捉サイトの水素同位体による占有速度は以下の式で表現される。
 T  CtOV  C HIOV
dC HIOV
 k dtOV C HIOV  k tOV C D  HI   OV
dt
N





 T  C tO T  C HIO T
dC HIO T
 k dtOT C HIO T  k tO T C D  HI   O T

dt
N

(8-13)




(8-14)
一方、トリチウムの酸素空孔及び酸素原子のダングリング結合による捕捉速度係数,ktOV,
123
ktO-T に関しては実験的なデータが得られていない。また、水素同位体を含んだパージガス
を用いた場合、同位体交換反応速度 kex も考慮する必要がある。従って、モデルの複雑化を
回避するためにも本章ではヘリウム雰囲気下でのトリチウム放出挙動を重点的に解析し
た。特に未知の定数である捕捉速度定数を算出するため、これまでに得られた素過程速度
をモデルに組み込み、実際のトリチウム放出挙動を再現するための最適な捕捉速度係数を
見積もる。
8.3 数値計算手法
本節では前節で記述した微分方程式を実際にどのように計算するのか説明する。非定常
拡散現象は(8-1)式で表現される微分方程式である。微分方程式の解法としては陽解法や陰
解法などが挙げられる[1-4]。本研究では簡便のため陽解法のひとつである有限差分法を用い
た計算を行った。微分方程式を解く場合、導関数の差分近似を求める必要がある。関数 f(x)
の Taylor 展開を行うと以下のようになる。
f ( x  h)  f ( x)  hf ( x)  (1 / 2)h2 f ( x)  (1 / 3!)h3 f ( x)  
(8-15)
f ( x  h)  f ( x)  hf ( x)  (1 / 2)h2 f ( x)  (1 / 3!)h3 f ( x)  
(8-16)
となり、h を微小量とすると
f ( x)  (1 / h) f ( x  h)  f ( x)
(8-17)
f ( x)  (1 / h2 ) f ( x  h)  2 f ( x)  f ( x  h)
(8-18)
次に、一次元における拡散方程式の計算方法を解説し、(8-1)式のような球状材料における
三次元拡散方程式への拡張及び計算を行う。一次元拡散方程式は
C
 2C
D 2
t
x
(8-19)
で表すことが出来る。さらに、無次元変数 T=Dt/L2, X=x/L を使うと(L:媒体の長さ)、
C  2 C

T X 2
(8-20)
ここで、X 軸及び T 軸を刻み幅 h,k でそれぞれ刻み、任意の位置 X=ih, T=jk の濃度 C を
C(ih,jk)=Ci,j で表す(Fig. 8.1 参照)。(8-16)及び(8-17)式を用いると、(8-20)式は
(1 / k )(Ci , j 1  Ci , j )  (1 / h 2 )(Ci 1, j  2Ci , j  Ci 1, j )
(8-21)
Ci , j 1  Ci , j  (k / h 2 )(Ci 1, j  2Ci , j  Ci 1, j )
(8-22)
すなわち、
となる。また、無次元変数を用いた(8-22)式の時間変数のみを再度変換し、拡散係数を考
慮した形にしたものが(8-23)式である。
124
Ci , j 1  Ci , j 
D
(k / h 2 )(Ci 1, j  2Ci , j  Ci 1, j )
2
L
(8-23)
T
C=0
C=1
Ci , j 1
j+1
k
j
Ci 1, j Ci , j
h
i-1
Ci 1, j
h
i
i+1
X
Fig. 8.1 陽解法における格子点の取り方
次に一次元拡散の場合と同様に球状媒体中の拡散方程式を近似する。球状媒体中の拡散
方程式である(8-24)式を変換すると(8-25)式が得られる。
  2 C 2 C 
C

 D 2 
t
r r 
 r
(8-24)
C
1   2 C 
D 2
r

t
r r  r 
(8-25)
一次元拡散の場合と同様に無次元変数 T=Dt/R2, X=r/R を導入する。ここで R は粒子半径で
ある。無次元変数を導入することで(8-25)式は以下のようになる。
C
1   2 C 
 2
X

T X X 
X 
(8-26)
(8-26)式を差分系に変形すると
Ci , j 1  Ci , j
k


1 1  2 C 
 2 C 

 2
r
r


r h  r  r  1 h  r  r  1 h 
2
2 

2
2
1 1 
1  Ci 1, j  Ci , j 
1  Ci , j  Ci 1, j 
 2  r  h 
 r  h

r h 
2 
h
2 
h


(8-27)
さらに、未知の変数(時間 jk 後の濃度)Ci,j+1 について整理すると
Ci , j 1  Ci , j 
Ci , j 1 

1
GPCi 1, j  (GP  GM )Ci , j  GM Ci 1, j
M
GPCi 1, j  ( M  GP  GM )Ci , j  GM Ci 1, j
M
125

(8-28)
(8-29)

h2
M 
k

2

h 

GP  1  
 2r 

2

GM  1  h 

 2r 
(8-30)
さらに無次元変数を用いた式から拡散係数に依存した式に変換すると(8-31)式が得られる。
Ci , j 1 
D GPCi 1, j  ( M  GP  GM )Ci , j  GM Ci 1, j
R2
M
(8-31)
一次元拡散方程式の近似解である(8-23)式と球状三次元拡散方程式の近似解(8-31)式を比
較すると式の形状は殆ど同じである。式の意味は、ある時間 T=(j+1)k におけるある位置
X=ih でのトリチウム濃度 Ci,j+1 は、ih 及びその前後位置(i+1)h, (i-1)h での濃度 Ci,j, Ci+1,j, Ci-1,j
から計算できるというものである。ただし、(8-31)式では球媒体を極座標で記述している
ため、(8-21)式と異なり位置に依存した項である GP,GM が考慮されている。
さらに、実際のトリチウム放出挙動をシミュレートするには、(8-31)式に捕捉・脱捕捉項
を追加する必要がある。脱捕捉速度は捕捉サイトに捕捉されたトリチウム濃度と脱捕捉速
度係数から算出出来る。特に、微小時間 k の間に脱捕捉するトリチウムの量(濃度)は第 7
章の(7-8)式で示されたように、
 C  C dt  k dt Ct k
(8-32)
となる。ここで Cdt は微小時間中に脱捕捉したトリチウム濃度である。
次に捕捉速度の計算方法について検討する。微小時間 k 中に捕捉されるトリチウム濃度
捕捉速度は脱捕捉の場合と同様に一次反応として考慮出来る。しかしながら、拡散してい
るトリチウムが捕捉サイトに接近する確率を考慮する必要がある。したがって以下の式が
得られる。
 C   C t  C t  k t C
Tt  C t
k
M
(8-33)
ここで Ct は微小時間の間に捕捉されるトリチウム濃度である。
拡散方程式の近似解である(8-31)式では時間だけでなく、位置による依存性も考慮され
ている。一方で(8-32), (8-33)式では時間変化のみが議論されており、位置の情報は考慮さ
れていない。ここで、固体中に照射された中性子は、固体構成原子と殆ど相互作用しない
ため、容易に拡散することが出来ると考えられる。従って、チタン酸リチウム中で中性子
は殆ど自由に拡散し、反応断面積に従って 6Li と核反応を起こすことが考えられる。6Li は
チタン酸リチウム中に均一に分布しているため、チタン酸リチウム内部では均一な分布で
中性子と 6Li の核反応が発生し、反跳トリチウム及び反跳ヘリウムが生成すると考えられ
る。反跳トリチウムおよびヘリウムは高いエネルギーによりチタン酸リチウム中に照射欠
陥を生成し安定化するが、その飛程方向などはランダムであり特定の方向性を持たない。
126
このような事実から、チタン酸リチウム中のトリチウムおよび照射欠陥(トリチウム捕捉サ
イト)は均一に分布していると考えられる。従って、(8-32), (8-33)式はどの位置(ih)でも一定
の値となると考えられた。
また、微小時間中に消滅する照射欠陥(トリチウム捕捉サイト)の密度は(8-32)式と同様に
考えることが出来るため、以下のようになる。
Tt  kdaTt k
(8-34)
(8-34)式も照射欠陥がチタン酸リチウム内部に均一に存在していることを前提としている。
最終的に(8-31), (8-32), (8-33), (8-34)式で表現できる拡散、脱捕捉、捕捉、照射欠陥消滅の
近似式を Fortran 言語でコーディングし、チタン酸リチウムからのトリチウム放出挙動の
シミュレーションを行った。
8.4 トリチウム TDS スペクトルの解析と捕捉速度係数の最適化
Fig.8.2 は第 7 章で示された Sample B におけるトリチウム TDS スペクトルである。トリ
チウム放出ピークは 580 K 付近に位置しており、第 4 章で議論された通り、拡散過程が律
速段階となったトリチウム放出である。そこで(8-31)式を用いた拡散律速でのトリチウム
放出の理論曲線と実際の Sample B におけるトリチウム放出挙動の比較を行った。拡散係数
には(8-5)式の値を用いたところ、理論曲線のピーク位置は実際の放出スペクトルと比較し
て若干高い値となった。拡散係数を誤差を考慮し変化させ、最も良くトリチウム放出挙動
を再現出来たものが(8-33)式であり、その理論曲線を Fig. 8.2 に追加した。
D = 6.9 × 10−7 exp (−1.04 eV / kBT) m2 s−1
(8-35)
(8-35)式を用いたトリチウム放出の理論曲線は実際のトリチウム放出挙動を十分に再現し
ている。また、(8-35)式は(8-5)式と比較して誤差が 5%以下であり、本研究で行った等温加
Tritium release rate / arb. unit
熱実験や昇温速度依存性実験により信頼性の高いトリチウム拡散速度の算出が行えたこ
8
D0 = 6.7 10-7 m2 s-1
Ed = 1.04 eV
6
TDS spectrum
simulation
4
2
0
300
400
500 600 700
Temperature / K
800
900
Fig. 8.2 Sample B におけるトリチウム TDS スペクトルと拡散モデルでの理論曲線
127
とが示された。さらに、(8-35)式のトリチウム拡散速度が妥当なものであるのか確認する
ため、本研究でこれまでに使用した化研株式会社性チタン酸リチウムの他に、フルウチ化
学株式会社製のチタン酸リチウムについても同様にトリチウム放出挙動を調査した。フル
ウチ化学株式会社製チタン酸リチウムの表面観察を SEM にて行った結果を Fig. 8.3 に示す。
フルウチ化学株式会社製のチタン酸リチウムは粒径が約 1 μm と小さく、従ってトリチウ
ム拡散距離が短い。そのため、拡散律速でトリチウムが放出するならばトリチウム放出ス
ペクトルは化研製のものよりも低温領域に出現すると考えられる。そこで、粒径の小さい
チタン酸リチウムに対して Sample B と同条件で中性子照射を行い、トリチウム TDS 実験
を行った。粒径の異なるチタン酸リチウムからのトリチウム放出挙動及び拡散律速でのト
リチウム放出挙動のシミュレーション結果を Fig. 8.4 に示す。粒径の小さいフルウチ化学
株式会社製のチタン酸リチウムでは、トリチウム放出温度は 500 K 付近に存在し、粒径の
3 倍大きい試料と比較して低温領域であった。これはチタン酸リチウムからのトリチウム
放出が試料粒径、つまり拡散距離に依存することを示しており、拡散律速でトリチウムが
放出していることが確かめられた。さらに、(8-33)式を用いたシミュレーション曲線は粒
径の大きい試料と同様に粒径の小さい場合にも十分にトリチウム放出挙動を再現するこ
とが出来ており、(8-35)式で表されるトリチウム拡散速度が妥当性のあるものであること
が確かめられた。
Fig. 8.3 フルウチ化学株式会社製チタン酸リチウム
一方、化研株式会社製の粒径の大きい試料において、450 K と 650 K のトリチウム放出
はトリチウム拡散機構だけでは再現することが出来なかった。450 K 付近のトリチウム放
出ピークは表面に吸着したトリチウムの放出と考えられ、第 7 章で示されたように中性子
フルエンスの増加に従い小さくなる。一方、高温領域のトリチウム放出は中性子フルエン
スの高い試料では主な放出ピークとなる。このピークは特に水酸基を形成したトリチウム
の脱捕捉過程が律速となったトリチウム放出ピークであると、これまでの研究で解明され
た。第 5 章及び第 7 章においてはこのピークを単純な脱捕捉律速過程で解析し、その速度
論の算出を行った。一方、第 7 章における Fig. 7.1 で示した各中性子照射試料からのトリ
チウム放出挙動において、特に中性子フルエンスの低い Sample A と中性子フルエンスの高
い Sample E において、このピークは確認されたが、これらの試料間ではピーク温度は 50 K
128
Tritium release rate / arb. unit
8
D0 = 6.7 10-7 m2 s-1
Ed = 1.04 eV
grain size (m)
3.0
1.0
6
4
2
0
300
400
500 600 700
Temperature / K
800
900
Fig. 8.4 粒径の異なる試料のトリチウム TDS スペクトルと拡散モデルでの理論曲線
程度変化していることが分かる。この結果はチタン酸リチウム中の欠陥密度が増加するこ
とによりトリチウム捕捉過程の効果が表れていると解釈出来る。そこで、脱捕捉速度、捕
捉速度を含んだ(8-1)式を用いて Sample E におけるトリチウム放出挙動の再現を行う。まず
はじめに、脱捕捉-拡散過程のみ(捕捉過程を無視)によってトリチウム放出挙動が再現可能
かどうか検討した。Fig. 8.5 は各捕捉サイトから脱捕捉したトリチウムが捕捉効果を受けず
拡散過程を経て放出した際のトリチウム放出挙動である。特に捕捉状態として酸素空孔に
よる捕捉状態と水酸基状態の 2 種があるため、(8-6), (8-7)式を用いてこれらの捕捉状態か
らの放出挙動を再現した。特に酸素空孔からの脱捕捉、その後の拡散過程を経た放出挙動
では、トリチウムの放出ピークは 500 K 付近に存在している。このピークは Fig. 7.2 で示
した、拡散過程のみが律速段階となったトリチウム放出挙動と一致している。この結果は、
Tritium release rate / arb. unit
酸素空孔からの脱捕捉速度と比較して拡散速度が圧倒的に遅いという事実から解釈する
10
TDS spectrum for Sample E
8
6
T release from O-T by
detrapping & diffusion model
T release from F+-center by
detrapping & diffusion model
4
2
0
300
400
500 600 700
Temperature / K
800
900
Fig. 8.5 Sample E におけるトリチウム TDS スペクトルと脱捕捉-拡散モデルに基づく理論曲線
129
ことが出来る。即ち、酸素空孔から脱捕捉したトリチウムは脱捕捉後の拡散過程が律速段
階となり放出するということが考えられた。一方、水酸基を形成したトリチウムの脱捕捉、
拡散過程を経たトリチウム放出ピークは 660 K 付近に存在することが予測された。このピ
ーク温度は Sample A における水酸基を形成したトリチウムの放出ピークをよく再現して
おり、Sample A においては脱捕捉し拡散しているトリチウムの再捕捉反応は殆ど起こって
いないことが分かった。この結果は Sample A は中性子フルエンスが低く、内因性の照射欠
陥のみが捕捉・脱捕捉反応に関わっており、捕捉サイト密度が小さいという予測からも支
持されるものである。一方、Sample E におけるトリチウム放出ピークは 690 K 付近に存在
し、捕捉効果を含まないモデルでこのピークを再現することは困難であることが分かった。
Sample E では中性子フルエンスが高いため、
第 6 章で示された通り照射欠陥の密度が高く、
欠陥同士が安定化しトリチウム捕捉サイトとして機能していることが考えられた。従って
脱捕捉したトリチウムは直ちに再捕捉されることが予測され、結果的にトリチウム放出ピ
ークは高温領域にシフトすると考えられる。そのため、Sample E からのトリチウム放出挙
動を再現するためには捕捉効果をモデルに組み込む必要があると考えられた。
再捕捉効果を理解するためには、捕捉速度係数 ktOV 及び ktO-T を算出する必要がある。こ
こで、Fig. 8.5 では酸素空孔から脱捕捉したトリチウムの放出は脱捕捉後の拡散過程により
支配されていることが示唆された。この結果に基づき、本研究で得られた中性子照射した
チタン酸リチウムのトリチウム TDS スペクトルにおいて、酸素空孔からの脱捕捉過程の影
響は無視出来るものとして扱うことが可能であると考えた。従って酸素空孔からのトリチ
ウム捕捉・脱捕捉項である(8-8)式は数値モデルから取り除き、トリチウム放出挙動は拡散
過程と水酸基としての捕捉過程、水酸基の分解過程のみに支配されると仮定した。従って
数値モデル中の未知の値は ktO-T のみである。この ktO-T を求めるため、本研究では Samples
A-E の 5 種類の中性子フルエンスの異なる試料に対し、拡散速度係数, D、脱捕捉速度係数,
kdtO-T、欠陥消滅速度,kda を固定し、捕捉サイト密度, TO-T に ESR 測定で得られた照射欠陥密
度をインプットした。つまり、拡散速度は(8-35)式、脱捕捉速度は(8-7)式、照射欠陥消滅
速度は(8-10)式の値を用いている。
さらに ktO-T をパラメータとして各試料のトリチウム TDS
スペクトルの再現を試み、最終的に全てのスペクトルに対しその放出挙動を十分に再現す
る最適な ktO-T を算出した。ここで、トリチウム捕捉速度係数の最適化に関し、第 2 章で議
論された通り、トリチウム捕捉速度は拡散するトリチウムが捕捉サイトに接近する確率に
依存することから、その活性化エネルギーは拡散エネルギーに相当すると考えた。従って、
(8-35)式で最適化されたトリチウム拡散エネルギーを採用し、捕捉速度係数の前指数因子
のみをパラメータとして最適化が行われた。Fig. 8.6 には Sample B 及び Sample E において、
最適化した捕捉速度係数を用いたトリチウム放出挙動の理論曲線を示す。捕捉・脱捕捉項
の追加によって Sample B におけるトリチウム放出挙動は 580 K の拡散律速でのトリチウム
放出だけでなく、650 K 付近にもピークが存在し、全体的なトリチウム TDS スペクトルの
形状を殆ど再現することが出来ている。また、Sample E においては、690 K 付近の放出ピ
ークだけでなく、高い照射欠陥密度のため高温領域まで存在するトリチウム放出スペクト
ルの再現も可能である。これらの数値解析による理論曲線で用いられた水酸基として捕捉
130
されるトリチウムの捕捉速度は以下の式で表現出来る。
ktO-T = 4.2 × 108 exp (−1.04 eV / kBT) s−1
(8-36)
また、この値は Fig. 8.6 で示されていない、Sample A、Sample C 及び Sample D においても
十分にその放出挙動を再現出来ており、本章で求められた捕捉速度係数や本研究で構築さ
Tritium release rate / arb. unit
れたトリチウム移行モデルが妥当なものであるということが明らかとなった。
10
8
Sample E
Sample B
6
4
2
0
300
400
500 600 700
Temperature / K
800
900
Fig. 8.6 中性子フルエンスの異なる試料におけるトリチウム TDS スペクトルと
本研究で確立したトリチウム移行モデルに基づく理論曲線の比較
8.5 実機環境下におけるトリチウム放出挙動の予測
本研究のこれまでの解析において、トリチウム移行素過程である、拡散過程、脱捕捉過
程、捕捉過程、照射欠陥消滅過程の速度論の算出が完了した。本節では上記過程を基に構
築した数値モデルを用い、核融合炉運転環境におけるチタン酸リチウムからのトリチウム
放出挙動の予測を目指す。中性子照射下ではチタン酸リチウム内部でのトリチウム生成速
度、照射欠陥の生成速度をモデルに組み込む必要がある。TDS 測定におけるチタン酸リチ
ウム内部のトリチウム濃度変化は(8-1)式で表されるが、中性子照射下ではトリチウム生成
速度を追加し、以下のようになる。
  2 C 2 C  n C ti
C

 D 2 
 GT
t
r r  i 1 t
 r
(8-37)
ここで GT はトリチウム生成速度[m-3]である。熱中性子照射のみを考慮すると、このトリ
チウム生成速度は中性子フラックス、6Li と熱中性子の反応断面積、単位体積あたりの 6Li
の量の積となる。従ってトリチウム生成速度は以下の式となる。
GT   C6 Li  10 24
(8-38)
ここで φ は熱中性子フラックス[cm-2 s-1]、σ は 6Li と熱中性子の反応断面積[barn]であり、
131
その値は 945 barn であることが分かっている。C6Li はチタン酸リチウム中の 6Li の濃度で
あり、チタン酸リチウムの密度(3.43 g/cm3)及びモル質量(109.6 g/mol)、6Li の割合(7.6 %)か
ら算出出来る。
欠陥密度変化については TDS 測定の場合は消滅挙動のみを考慮した(8-3)式が用いられ
た。中性子照射環境下では欠陥の消滅だけでなく欠陥の生成も同時に進行するため、(8-3)
式は以下のように変換される。
dT ti
dt
 
i
 k da
T ti
n
 G defect
(8-39)
ここで Gdefect は欠陥生成速度[m-3]であり、比例係数 α を掛けることにより欠陥の安定化に
よる捕捉サイトとしての機能発現を表現した。基本的に照射欠陥は中性子の衝突により生
成するのではなく、核反応により生成した反跳トリチウムや反跳ヘリウムに起因して生成
する。従って、Gdefect と GT には比例関係があると考えられる。
GT  Gdefect
(8-40)
ここで β は比例定数である。本研究では、(8-39)、(8-40)式に導入された定数、α、β の算出
は行っていない。これらの値を得るためには中性子照射条件を変化させると共に、Sample
A などで見られた内因性の照射欠陥密度などを定量し算出していく必要がある。本研究で
はこれらの値の算出は行わないが、中性子フルエンスの変化に伴う照射欠陥密度変化の実
測値として ESR 測定の結果を得ている。そのため、これらの実測値を用いることで中性子
照射中の照射欠陥生成速度の見積もりを行った。照射欠陥の密度は第 6 章の Fig. 6.7 で見
られたような、安定化していない照射欠陥が十分に消滅する 600 K 付近での照射欠陥密度
を用いた。また、各試料間で得られた欠陥密度の差分は中性子フルエンスの増分に対して
比例するとして計算した。
上記のトリチウム生成速度、照射欠陥生成速度を含んだモデルを用いて中性子照射下で
のトリチウム放出挙動の予測を行った。トリチウム放出挙動の予測に際し、以下のような
実験条件を想定した。トリチウム回収ガスはヘリウムなどの希ガスを用いる。中性子のエ
ネルギーは熱エネルギー領域であり、熱中性子フラックスは 5 × 1013 n cm-2 s-1、試料温度は
650-700 K を想定した。はじめに熱中性子照射を 650 K にて 10000 秒行い、その後中性子
照射を止めて全てのトリチウムを放出させる。さらに温度を 700 K まで上昇させ、同様の
条件で中性子照射を行った際のトリチウム放出挙動を見積もる。チタン酸リチウムの試料
粒径は 10 μm を想定した。第 5 章における Fig. 5.12 では、この試料粒径では酸素空孔から
の脱捕捉速度は拡散速度よりも 3 桁以上速いことが分かる。従って酸素空孔からの脱捕捉
過程はトリチウム放出挙動に影響を与えないものと考えられるため、無視出来る過程とし
た。従って、本計算条件ではトリチウムの生成、トリチウム拡散、ダングリング結合を有
する酸素原子の生成・消滅、水酸基としてのトリチウム捕捉・水酸基熱分解の速度式の連立
解を算出し、トリチウム放出挙動の予測を行った。
Fig. 8.7 では上記の中性子照射条件の下でのトリチウム放出挙動を示している。比較のた
め、生成したトリチウムが捕捉サイトと相互作用せず、そのまま拡散過程に従って放出す
132
-1
6
11
1013 n cm-2 s-1
n flux : 5
1013 n cm-2 s-1
700
with trapping
w/o trapping
5
690
4
680
3
670
2
660
1
0
Temperature / K
Tritium release rate / 10 Bq s mol
7
-1
n flux : 5
650
0
10000
20000 30000
Time / s
40000
Fig. 8.7 捕捉・脱捕捉過程の有無による中性子照射下でのトリチウム放出挙動の変化
るモデルで計算(捕捉過程を無視)した場合のトリチウム放出曲線も示した。捕捉・脱捕捉過
程を無視した場合の放出曲線において、650 K と比較し 700 K での中性子照射下ではトリ
チウム放出速度は中性子照射開始後すぐに定常状態に到達した。この状態ではトリチウム
生成速度とトリチウム放出速度が釣り合っていると考えられた。また、中性子照射を止め
ると、滞留しているトリチウムが 2000 秒程度で速やかに放出していることが分かる。650
K での中性子照射下では定常に到達するまでの時間が長く、中性子照射後の残留トリチウ
ムが全て放出するのに掛かる時間が長い。これはトリチウム拡散速度が 700 K と比較して
遅いためであると考えられた。捕捉・脱捕捉過程まで含んだモデルでは 650 K におけるト
リチウム放出挙動は捕捉・脱捕捉過程を除いたモデルと大きく異なることが分かる。この
場合、トリチウム放出速度は 10000 秒間の中性子照射で定常状態に到達しない。また、中
性子照射を中止した直後からトリチウム放出速度が上昇し、最終的に全ての残留トリチウ
ムが放出する。これは、中性子照射下においてトリチウム捕捉サイトであるダングリング
結合を有する酸素原子が生成し、トリチウム放出を阻害しているものと解釈された。さら
に、中性子照射後のトリチウム放出速度の上昇は照射欠陥の生成が起こらなくなったこと
により捕捉サイトから脱捕捉したトリチウムが再捕捉の影響を受けなくなったことによ
るものであると考えられた。中性子照射下では酸素原子のダングリング結合の生成と消滅
は競合関係にあり、その差分が実効的なトリチウム捕捉サイト密度となる。従って中性子
照射下では水酸基の熱分解により脱捕捉したトリチウムは周りのダングリング結合をも
つ酸素原子により再捕捉される確率が高い。しかし、中性子照射を停止すると、酸素原子
のダングリング結合のアニーリングのみが一方的に進行し、脱捕捉したトリチウムの再捕
捉反応は起こりにくい。そのためトリチウム放出速度が上昇したと考えられた。また、こ
の中性子照射停止後に放出したトリチウム量はブランケットシステムにおけるトリチウ
ムインベントリに相当するものであるため、核融合炉におけるトリチウムハザードポテン
シャルを評価するうえでも本モデルの有用性が示された。一方、700 K における中性子照
133
射下では、捕捉・脱捕捉効果のないモデルでの放出と比較して殆ど差異は見られなかった。
650 K での中性子照射とは異なり、700 K での中性子照射ではダングリング結合をもつ酸
素原子の生成速度と比較し、そのアニーリング速度の方が速い。そのため、実効的な捕捉
サイト密度が低く、捕捉・脱捕捉効果のない場合と見かけ上同じトリチウム放出挙動が得
られたと考えられた。
-1
12
700 K
n irr.
7
n irr.
-2
neutron flux / n cm s
6
C5
H5
5
7
-1
6
1014
1012
5
3
3
2
2
1
1
0
10000
20000 30000
Time / s
40000
0
-1
0
-1
4
10
4
Tritium release rate / 10 Bq s mol
Tritium release rate / 10 Bq s mol
-1
650 K
Fig. 8.8 中性子フラックスの変化に伴うトリチウム放出挙動の変化
Fig. 8.7 の結果で明らかとなったように、トリチウムの捕捉・脱捕捉効果の出現にはダン
グリング結合をもつ酸素原子密度の生成・消滅速度の差分である、実効的捕捉サイト密度
が重要となる。この実効的捕捉サイト密度が小さい場合、捕捉・脱捕捉効果は現れず、中
性子照射により生成したトリチウムは拡散過程に従って放出される。一方、実効的捕捉サ
イト密度が高い場合、トリチウム放出挙動は大きく変化することが分かった。捕捉・脱捕
捉効果をさらに詳細に理解するため、実効的捕捉サイト密度をパラメータとしたシミュレ
ーションを行った。実効的捕捉サイト密度を変化させるためには、中性子フラックスを変
化させた。Fig. 8.8 は異なる中性子フラックスでの中性子照射下でのトリチウム放出挙動の
予測である。試料温度や試料サイズなどは Fig. 8.7 での場合と同様である。中性子フラッ
クスが Fig. 8.7 の場合と一桁大きい場合、小さい場合について検討した。中性子フラック
スが小さい場合、実効的トリチウム捕捉サイト密度は小さいため、捕捉・脱捕捉効果は見
られない。一方、中性子フラックスの高い場合では、トリチウム捕捉によるトリチウム放
出速度の減少が見られた。さらに、700 K での中性子照射下においても捕捉・脱捕捉効果が
確認され、中性子フラックスの上昇による実効的トリチウム捕捉サイト密度が増加してい
ることが確かめられた。また、700 K での中性子照射直後にトリチウム放出速度が一桁程
度増加しており、照射欠陥の消滅速度が非常に速いことを反映しているものと考えられた。
さらに実機環境において想定される条件に近づけるため、トリチウム回収ガス中に水素
を含んだ場合でのトリチウム放出挙動についても検討した。ブランケット内のトリチウム
134
回収ガスの圧力を 1 気圧とし、ヘリウムとヘリウム中に 0.1 %水素ガスを含んだ場合につ
いて検討する。トリチウム回収ガス中の水素は中性子照射前に十分チタン酸リチウムに曝
露されていると想定する。従って、チタン酸リチウム中の水素濃度は溶解度に到達してい
る状態である。チタン酸リチウムにおける水素溶解度に関する既往研究は殆ど存在しない
[5,6]
。Gierszewski らにより報告されている値は正確なものではないが、唯一のデータである
ため本研究ではこのデータを用いて解析を行う[5]。Gierszewski らの報告ではチタン酸リチ
ウム内部の水素溶解度は以下の領域である。
S ≦ 3 × 10-7 exp (3600/T)
[mol. fr. / Pa0.5]
(8-41)
この溶解度は最大値の値を示すものであるが、本研究ではこの最大値まで水素溶解度が到
達するものとして計算を行った。Fig. 8.7 は異なる回収ガスを用いた場合におけるトリチウ
ム放出挙動である。中性子照射や温度、試料形状などの実験条件は Fig. 8.7 での場合と同
様である。Fig. 8.9 において、水素を含んだヘリウムを回収ガスに用いた場合、中性子照射
中のトリチウム放出速度が大幅に上昇していることが分かる。また、それに伴い、中性子
照射直後のトリチウム放出速度の上昇も見られなかった。この結果はチタン酸リチウムに
おけるトリチウムインベントリの減少を意味している。水素を含んだ回収ガスを用いるこ
とにより、トリチウムの放出が拡散過程のみに依存した場合と殆ど同じになった。生成す
るトリチウムの濃度に対し溶解している水素の濃度は圧倒的であるため、殆どの酸素原子
のダングリング結合が水素により占有され、見かけ上トリチウム捕捉サイト密度が減少し、
トリチウム捕捉・脱捕捉効果が表れなくなることが考えられた。このようにトリチウム回
収ガス中に水素同位体を混入させることにより、トリチウムの回収効率が大幅に上昇する
ことが示され、核融合炉における燃料サイクル確立の上での本研究で示された結果は意義
深いものであると考えられた。しかしながら、実機環境では中性子のエネルギー領域は幅
があり、核融合反応で生成する高エネルギーの中性子照射も考慮する必要がある。本モデ
ルで照射欠陥の生成は中性子フルエンスに依存することとしたが、実機環境では炉内ガン
-1
6
11
1013 n cm-2 s-1
n flux : 5
1013 n cm-2 s-1
700
He
He + 0.1 % H2
5
690
4
680
3
670
2
660
1
0
Temperature / K
Tritium release rate / 10 Bq s mol
7
-1
n flux : 5
650
0
10000
20000 30000
Time / s
40000
Fig. 8.9 トリチウム回収ガスの差異によるトリチウム放出挙動の変化
135
マ線の照射により照射欠陥が生成することも考えられる[7,8]。また、中性子照射が長期間と
なると、リチウムの燃焼やヘリウムの滞留が無視出来ないものとなる可能性もある。リチ
ウムが燃焼するとリチウム空孔が生成するが、この空孔は熱により回復することはない。
また、ヘリウムはチタン酸リチウム内部において高温領域においても安定であり、ヘリウ
ムバブルを形成することが報告されている[9]。さらに、高温でのトリチウム回収はチタン
酸リチウからのリチウム蒸発を発生させる原因となる。特に中性子照射下のような粒子負
荷も複合的に存在する環境ではリチウムの蒸発も無視できないものとなる可能性がある
[10]
。これらの影響についてはその効果を定量的に明らかにすることが困難であったため、
本モデルでは想定されていない。しかし、ヘリウム滞留の効果やチタン酸リチウム中のリ
チウム濃度の変化は実機環境においては不可避の問題であるため、これらの現象がどのよ
うにトリチウム放出挙動に影響を与えるかについてはその知見を深める必要がある。そこ
で、特に次章において、本研究で達成したモデルの発展に向けた基礎研究として、これら
の現象の影響について検討する。
8.6 まとめ
本章ではこれまでに得られたトリチウム拡散、トリチウム脱捕捉、ダングリング結合も
つ酸素原子の消滅に関する速度論をまとめると共に、モデルの最適化を行った。さらに、
数値解析により水酸基の形成速度を算出することで、チタン酸リチウムにおけるトリチウ
ム移行素過程の体系化を達成することが出来た。また、このモデルの妥当性を検証すると
共に、実機環境におけるトリチウム放出挙動の予測が行われた。
参考文献
[1] 化学工学協会 編「化学工学プログラミング演習」, (1976), 培風館
[2] 化学工学会 編「化学工学プログラミング演習」, (2000), 培風館
[3] 宗像健三、守田幸路 著「輸送現象の基礎」, (2006), コロナ社
[4] 大島榮次 監修「工業化学のための FORTRAN77」, (1987), 日刊工業新聞社
[5] P. Gierszewski., Fusion Eng. Des. 39–40 (1998) 739–743.
[6] S. Kumar et al., J. Nucl. Mater. in press.
[7] Y. Seki et al., J. Nucl. Mater. 258-263 (1998) 1791-1797.
[8] A. Kumar et al., Fusion Eng. Des. 42 (1998) 319–327.
[9] S. van. Til et al., Fusion Eng. Des. 85 (2010) 1143.
[10] K. Katayama et al., Fusion Eng. Des. 87 (2012) 927–931.
136
第9章
長期間運転を想定するための
トリチウム移行モデルの改良
第9章
長期間運転を想定するためのトリチウム移行モデルの改良
9.1 はじめに
これまでの研究で構築されたチタン酸リチウムにおけるトリチウム移行モデルは実際
の核融合炉運転時間よりも短時間の中性子照射を行った試料を分析し導かれたものであ
る。一方、第 8 章で提言されたように、長期間の核融合炉運転環境ではチタン酸リチウム
中にヘリウムが蓄積すると共に、高温での中性子照射環境下でのリチウム燃焼・蒸発が進
行し、トリチウムの放出挙動に影響を与えることが予想される。本節では構築したモデル
の改良のため、上記の現象が進行した際のチタン酸リチウムからのトリチウム放出挙動を
分析し、モデルの更なる改良のための知見を得ることを目的とする。
ヘリウムは希ガス元素であるため、化学的な相互作用
を殆ど引き起こさない。従って、チタン酸リチウム内部
のトリチウムとヘリウムの相互作用は殆ど起こらない
と考えられる。ヘリウムの影響として、ヘリウム蓄積に
よるチタン酸リチウムの構造変化が考えられる。ヘリウ
ムの蓄積に関しては van Til らによって行われた、長期間
高中性子密度下でのトリチウム回収研究などから調査
されている[1]。この研究では中性子照射により発生する
ヘリウムの蓄積により、チタン酸リチウム内部のポアの
体積が増加することが示された(Fig. 9.1)。また、Kulsartov
らの研究ではチタン酸リチウム内部に蓄積したヘリウ
ムの放出は 1400 K 付近で起こることが報告されている[2]。
ヘリウムはチタン酸リチウム内部を拡散・凝集すること
Fig. 9.1 長期間の中性子照射に
によりヘリウムバブルを形成し、安定化しているものと
よるチタン酸リチウム
考えられた。また、このようなヘリウムバブル形成は原
内部構造の変化
子空孔やポアなどを核として起こることから、van Til ら
の研究で示されたポアの体積増加に寄与しているもの
と考えられる。このように、ヘリウムバブルの形成がど
のようにトリチウム放出挙動に寄与するのか調査する
必要があると考えられる。
中性子との核反応によるリチウム燃焼は、トリチウム
放出挙動への影響が懸念されているにも関わらずその
解明研究は殆ど行われていない。これは、リチウム燃焼
効果が表れるような実験試料を調製するために長期間
の中性子照射が必要であるという問題に依る。しかしな
がら、ITER では最終的に 5 %程度のリチウム燃焼が予測
されていることからもその影響を解明することは重要
である。高温・高粒子負荷によるリチウムの蒸発に関し
137
Fig. 9.2 Li-TiO2 系 Phase diagram
ては、Katayama らなどがリチウム蒸発の温度依存性や雰囲気ガス依存性などの研究を行っ
ている[3]。しかし、そのトリチウム放出への影響は未調査の領域である。一方、リチウム
の燃焼や蒸発は核融合炉運転下では避けることのできない現象であるため、予めリチウム
を過剰に含んだチタン酸リチウムを使用することも検討されている。このような先進的チ
タン酸リチウムはその構造や化学的安定性を損ねることなく、過剰なリチウムを含有する
ことが出来る。これは Fig. 9.2 に示す Li-TiO2 の Phase diagram において、チタン酸リチウ
ム(Li2TiO3)を単層とする条件の TiO2 濃度は 47-51 %程度の幅を持つことから期待されるも
のである[4-6]。一方で過剰なリチウムはトリチウムとの相互作用を引き起こすことも懸念さ
れる。本章ではリチウム濃度が燃焼・蒸発などにより減少した場合だけでなく、先進材料
の使用も考慮しリチウム濃度が増加した場合でのトリチウム放出挙動を調査することで、
トリチウム移行過程に及ぼすリチウム濃度依存性について検討する。
9.2 理論と実験アプローチ
チタン酸リチウム中におけるヘリウムの蓄積やリチウム濃度の減少は、基本的に長期間
の中性子照射により引き起こされるものである。しかしながら、そのような長期間の中性
子照射が可能な装置には限りがあり、また、生成する大量トリチウムの取り扱い問題も存
在するため、中性子照射により試料調製を行うことは現実的ではない。そこで本研究では
実験条件や試料作製条件などを変化させることにより、その長期間の中性子照射を経たチ
タン酸リチウムの再現を試みた。
特にヘリウムの蓄積を再現するため、本研究ではイオン照射法を用いた。中性子照射に
より発生するヘリウムはチタン酸リチウム全体に均一に分布するのに対し、イオン照射で
は表面のみにヘリウムを注入することが可能である。従って短時間のイオン照射によりヘ
リウムが蓄積した状況を再現することが出来る。そのようなヘリウムが蓄積した状態のチ
タン酸リチウムに対し、トリチウムイオン照射を行い、昇温脱離実験によりトリチウム放
出挙動を観察した。ヘリウム前照射の有無によるトリチウム放出挙動・滞留挙動の変化か
らヘリウム蓄積効果について検討した。
リチウムの燃焼・蒸発効果に関しては株式会社 化研で調製されたリチウム濃度の低い
チタン酸リチウム(Li1.8TiO2.9)を試料に用いることでその影響解明を試みた。また、リチウ
ム濃度増加の影響に関しても同様に株式会社 化研製のリチウム過剰チタン酸リチウム
(Li2.2TiO3, Li2.4TiO3)を用いた。これらの試料に中性子照射を行い、試料内部に生成したトリ
チウムの放出挙動を昇温脱離実験にて測定した。また、リチウム濃度の減少、リチウム濃
度の増加により、チタン酸リチウム中に不純物構造としてそれぞれ TiO2 及び Li4TiO4 構造
が発生する可能性が考えられる。従って、これらの材料単体に対する実験も行った。Li4TiO4
に対してはチタン酸リチウムと同様の実験を行った。一方 TiO2 はリチウムを含まないので
中性子照射ではなくトリチウムガス曝露により内部にトリチウムを導入し、昇温脱離実験
を行った。
138
9.3 試料調製と実験・分析手法
リチウム濃度の異なるチタン酸リチウムの調製は株式会社 化研にて行われた。原料に
は水酸化リチウム(LiOH)及びメタチタン酸(H2TiO3)が用いられた。希望するリチウム濃度
のチタン酸リチウムを調製するため、始発原料である水酸化リチウム及びメタチタン酸の
分量を変化させて混合し焼結が行われた。焼結温度は 1073-1173 K 程度で焼結処理は 15 時
間程度行われた。焼結後に希望するリチウム濃度を保持したまま焼結が行われたのかを確
認するため、ICP-AES 測定により Li/Ti 比などを調査している。
調製した各試料の構造解析を行うため、富山大学水素同位体科学研究センターに設置さ
れた X 線回折(XRD)装置を用いた。X 線源は Cu-Kα である。粉末状の試料とシリコン粉末
を混合したものをプレパラート上に配置し、構造解析を行った。ここで、シリコンはこれ
までに多くの研究が行われてきた材料であることから、シリコン粉末は X 線回折測定が問
題なく行われたかの参照として用いた。Fig. 9.3 には Li1.8TiO2.9 及び Li2TiO3 の XRD スペク
トルの比較を示す。XRD スペクトルには複数のピークがあり、これらは各結晶格子面に起
因したピークである。特に 28°、38°、56°付近にはシリコンに由来するピークが存在して
いる(●にて表現)。従って上記以外のピークが各試料の構造に由来するピークである。
Li2TiO3 の XRD スペクトルと Li1.8TiO2.9 の XRD スペクトルにおいて、ピーク位置に差異は
見られなかった。これは Li1.8TiO2.9 はリチウム濃度が低いにも関わらず Li2TiO3 の構造が維
持されていることを示している。リチウム濃度が減少した場合、TiO2 などの不純物結晶の
2500
Li2TiO3
2000
Intensity / arb. unit
1500
1000
●
500
●
●
0
Li1.8TiO2.9
600
400
200
●
0
20
30
●
●
40
50
60
2 theta / degs.
70
80
Fig. 9.3 Li2TiO3 及び Li1.8TiO2.9 の XRD スペクトルの比較
139
Fig. 9.4 Li1.8TiO2.9 の SEM 像
形成は進行しておらず、欠陥などが主に形成していることが考えられた。 Fig. 9.4 は
Li1.8TiO2.9 の SEM 像である。結晶の直径は約 3 μm 程度である。従ってこれまでの研究で用
いた Li2TiO3 と殆ど同様である。Fig. 9.5 には Li2.4TiO3 及び Li2TiO3 の XRD スペクトルの比
較を示す。Li2.4TiO3 の XRD スペクトルにおいて、33°、40°付近に Li2TiO3 では観測されな
かったピークが出現した。これは過剰なリチウムにより導入された不純物結晶構造である
と考えられた。Fig. 9.6 には Li4TiO4 の XRD スペクトルを示す。Li4TiO4 においては Li2.4TiO3
2500
Li2TiO3
2000
Intensity / arb. unit
1500
1000
●
500
●
●
0
Li2.4TiO3
1500
1000
●
●
500
0
20
●
30
40
50
60
2theta / degs.
70
80
Fig. 9.5 Li2TiO3 及び Li2.4TiO3 の XRD スペクトルの比較
140
●
Intensity / arb. unit
300
Li4TiO4
200
●
●
100
0
20
30
40
50
60
2 theta / deg.
70
80
Fig. 9.6 Li4TiO4 試料の XRD スペクトル
で観測された、33°及び 40°付近にピークが見られた。Hara らの Li2.4TiO3 及び Li2.2TiO3 に対
する実験でも同様の結果が得られており、リチウム濃度の高いチタン酸リチウムは Li2TiO3
構造だけでなく Li4TiO4 構造が混入している材料であると考えられた[7]。一方、Li4TiO4 の
XRD スペクトルでは 45°付近に Li2TiO3 に由来するピークが見られ、Li4TiO4 試料には不純
物として Li2TiO3 構造が含有されていることが分かった。これは、Li4TiO4 の焼結過程にお
いてリチウムが蒸発したことによるものであると考えられた。実際に、Li4TiO4 試料の
ICP-AES 測定では Li/Ti = 3.7 程度であることが分かった。Fig. 9.7 には Li2.4TiO3、Fig. 9.8
には Li4TiO4 の SEM 像を示す。Li2.4TiO3 の SEM 像では大きな粒子の周りに細かい粉末が付
着した状態が観察され、Li2TiO3 や Li1.8TiO2.9 とは異なり均一な試料粒径でないことが示さ
れた。また、大きい粒子にも粒界が確認でき、ある程度小さい粒子が纏まって大きな粒子
を形成しているものと考えられた。そのため、実効的な試料粒径は不明確である。一方
Li4TiO4 は平均で 10 μm の粒径試料であることが明らかとなった。
上記の各チタン酸リチウム試料に対し、中性子照射を行った。中性子照射前に各試料を
真空下にて加熱処理し、石英管に真空封入した。その後京都大学原子炉実験所の圧気輸送
Fig. 9.7 Li2.4TiO3 試料の SEM 像
141
Fig. 9.8 Li4TiO4 試料の SEM 像
管 Pn-2 にて中性子照射を行った。中性子フラックスは 5.5 × 1012 n cm-2 s-1 で中性子フルエ
ンスは 3.3 × 1015 n cm-2 である。この中性子照射条件は第 6 章などで用いた Sample B と同
様の条件である。
酸化チタンに対する実験も同様に行った。試料としてフルウチ化学株式会社製の酸化チ
タン(TiO2, rutile)を用いた。試料粒径は 0.5 μm 程度であると SEM 観察から確認された。こ
の酸化チタン試料に対し真空下での加熱処理の後、トリチウムガス曝露を行った。トリチ
ウムガス曝露を 573 K にて 10 時間行った。第 3 章の(3-2)式からこの温度及び曝露時間に
おいて、試料中のトリチウム拡散距離は十分に試料粒径以上であると確認されたことから、
トリチウム溶解-脱離平衡状態が達成されているものと考えられた。その後、液体窒素温度
まで試料を急冷することにより、曝露中のトリチウム溶解状態を保持した。
ヘリウム効果解明研究においては、第 5 章と同様に焼結処理したチタン酸リチウムを試
料として用いた。加熱処理後にトリチウムイオン照射装置に導入し、トリチウムイオン照
射前にヘリウムイオン照射を行った。ヘリウムイオンエネルギーは 3.0 keV He+であり、イ
オンフルエンス 1.0 × 1022 He+ m-2 まで室温にて照射を行った。その後、トリチウムイオン
照射を室温で行った。トリチウムイオンエネルギーは 3.0 keV DT+であり、このエネルギー
での照射により、ヘリウムとトリチウムの打ち込み深さは同じ程度である。イオンフルエ
ンス 1.0 × 1022 T+ m-2 まで照射を行った。
以上のトリチウム導入試料に対し、昇温脱離実験を行った。トリチウム回収ガスとして
ヘリウムガスが用いられた。また、昇温速度は 1-20 K/min の領域で変化させて実験を行っ
た。
9.4 結果・考察
9.4.1 リチウム燃焼・蒸発効果に関する研究
リチウム燃焼・蒸発効果を研究するため、中性子照射した Li1.8TiO2.9、Li2TiO3、トリチウ
ムガス曝露した TiO2 の分析を行った。Fig. 9.9 は上記試料のトリチウム TDS スペクトルで
ある。この実験において昇温速度は 5 K/min である。殆どのトリチウムはこれまでの研究
142
T release rate / arb. unit
Peak 1
Peak 2
Peak 3
Li2TiO3
1.0
Li1.8TiO2.9
0.8
TiO2
0.6
0.4
0.2
0.0
300
400
500 600 700
Temperature / K
800
900
Fig. 9.9 Li2TiO3, Li1.8TiO2.9, TiO2 におけるトリチウム TDS スペクトル
と同様に HTO として放出した。また、Li2TiO3 のトリチウム TDS スペクトルは、第 4 章や
第 7 章などで示された Sample B と同じものである。Li1.8TiO2.9 のトリチウム TDS スペクト
ルではトリチウムの放出温度領域は 450-750 K であり、Li2TiO3 と比較してピーク幅が広く
高温領域にシフトしていることが確認された。一方、TiO2 においては、450 K 及び 660 K
にトリチウム放出ピークが見られた。各試料で確認されたトリチウム放出ピークを、Peak
1 (450 K), Peak 2 (580 K), Peak 3 (660 K)とした。特に Peak 1 は TiO2 のみで確認されたトリ
チウム放出ピークであり、TiO2 の構造に起因するものであると考えられた。Peak 2 に関し
ては Li2TiO3 及び Li1.8TiO2.9 で確認された。このピークは第 4 章などでの研究から、Li2TiO3
構造中をトリチウムが拡散する過程が律速段階となったトリチウム放出ピークであると
T release rate / arb. unit
70
60
20 K/min
50
10 K/min
40
5 K/min
30
20
1 K/min
10
0
300 400 500 600 700 800 900 1000
Temperature / K
Fig. 9.10 Li1.8TiO2.9 試料におけるトリチウム TDS スペクトルの昇温速度依存性
143
Tritium release rate / arb. unit
1.2
1 K/min
5 K/min
10 K/min
20 K/min
1.0
0.8
0.6
0.4
0.2
0.0
300
400
500 600 700
Temperature / K
800
900
Fig. 9.11 TiO2 試料におけるトリチウム TDS スペクトルの昇温速度依存性
分かっている。Fig. 9.3 で示されたように、Li1.8TiO2.9 の結晶構造は Li2TiO3 と同様である。
従って、トリチウムの放出機構は Li2TiO3 と同様となると考えられた。Peak 3 に関しては
Li1.8TiO2.9 及び TiO2 で確認された。また、中性子フルエンスの高い Li2TiO3(Sample E など)
でも確認されたトリチウム放出ピークである。Li2TiO3 においては第 7 章などでこのピーク
は水酸基を形成したトリチウムの放出ピークであることが分かっている。従って Li1.8TiO2.9
や TiO2 でも同様にトリチウムは水酸基を形成しているものと考えられた。そこで、
Li1.8TiO2.9 及び TiO2 に対し、昇温速度を変化させ昇温脱離実験を行った。その結果をそれ
ぞれ Fig. 9.10 と Fig. 9.11 に示す。Fig. 9.10 において、Li1.8TiO2.9 のトリチウム TDS スペク
トルはその形状は昇温速度変化によりあまり変化しないが、昇温速度上昇に伴う放出ピー
ク温度の上昇が確認された。Fig. 9.11 も同様で、TiO2 のトリチウム TDS スペクトルは昇温
速度の上昇により高温領域にシフトしている。このような放出ピークのシフトは第 4 章の
Table 4.3 や第 5 章の Fig. 5.6 の結果と一致している。また、第 4 章及び第 5 章と同様に、
Fig. 9.10, Fig. 9.11 に関しても昇温速度変化と放出ピーク温度の変化から KAS 法による分
析を行い、トリチウム放出の活性化エネルギーの算出を行った。それぞれの試料における
KAS 法での解析で得られた活性化エネルギーを Table 9.1 にまとめた。Li1.8TiO2.9 における
Peak 2 の活性化エネルギーは 1.11 eV 程度であり、Li2TiO3 中のトリチウム拡散エネルギー
と非常に近い。従って Li1.8TiO2.9 においても Li2TiO3 構造中のトリチウム拡散過程が主なト
リチウム放出機構となることが分かった。さらに拡散過程に基づく Jandar model を用いて
Li1.8TiO2.9 中のトリチウム拡散の前指数因子の解析を行い、第 4 章で得られた Li2TiO3 の場
合と比較的近い値を得た。また、Li1.8TiO2.9 及び TiO2 において Peak 3 の活性化エネルギー
はそれぞれ 1.20 eV, 1.17 eV であることが分かった。このエネルギーは第 5 章や第 7 章で議
論された水酸基の熱分解エネルギーと同値である。さらに一次反応モデルによる解析で得
られた前指数因子もこれまでの研究と一致するものである。従って、Li1.8TiO2.9 や TiO2 内
部ではトリチウムは主に水酸基を形成しているものと考えられた。また、TiO2 のみで確認
された Peak 1 の活性化エネルギーは 0.37 eV であった。このエネルギーは TiO2 中の水素拡
散エネルギーと殆ど同様である[8]。Li1.8TiO2.9 では Peak 2 と Peak 3 が確認されそのピーク面
144
積比はおよそ 50:50 程度であった。従って、Li1.8TiO2.9 中に生成したトリチウムの約半分は
格子間サイトやリチウム空孔に存在し、リチウム空孔を介した拡散過程により放出する。
また、残りの半分は水酸基を形成しており、水酸基の熱分解に伴い脱捕捉し、表面へ拡散、
放出すると考えられた。TiO2 においてはトリチウムガス曝露の条件などで各ピークの割合
は変化することが考えられる。トリチウムは格子間サイト中に存在すると共に水酸基を形
成した状態で存在しており、それぞれ拡散過程、水酸基熱分解過程に従い放出することが
考えられた。
Table 9.1 各ピークにおけるトリチウム放出機構と速度論
Mechanism
Arrhenius
parameters
Peak 1
Peak 2
Peak 3
Diffusion in TiO2
structure
Diffusion in Li2TiO3
structure
Decomposition of
hydroxyl groups
D0 (m2 s-1)
Ea (eV)
kdt (s-1)
Ea (eV)
Li1.8TiO2.9
2.8 × 10-7
1.11
1.1 × 106
1.20
Li2TiO3
6.9 ×
1.04
9.2 × 105
1.17
TiO2
D0 (s-1)
1.8×10-13
Ea (eV)
10-7
0.37
9.4.2 リチウム濃度増加によるトリチウム放出挙動変化
Fig. 9.12 は Li2.2TiO3 及び Li2.4TiO3 におけるトリチウム TDS スペクトルである。この TDS
スペクトルの昇温速度は 5 K/min である。Fig. 9.9 における Li2TiO3 とは異なり、リチウム
濃度の高い試料ではトリチウム放出ピーク温度は 650 K 付近に存在する。また、700 K 以
上の高温領域にショルダーピークを有している。このようなピーク温度の差異は試料粒径
の差異によるものか、新しい捕捉状態がリチウム濃度の高い試料中に存在するためと考え
られた。これらの予想のどちらが正しいのか判断するため、中性子フルエンスの高い
Tritium release rate / Bq s
-1
Li2.4TiO3 を分析した結果を Fig. 9.13 に示す。中性子フルエンスは Li2TiO3 の Sample E と同
40
30
Li2.2TiO3
Li2.4TiO3
diffusion limited
tritium release
20
10
0
300
400
500 600 700
Temperature / K
800
900
Fig. 9.12 Li2.2TiO3 及び Li2.4TiO3 におけるトリチウム TDS スペクトル
145
T release rate / arb. unit
3.5
3.0
Li2TiO3
Li2.4TiO3
2.5
2.0
1.5
1.0
0.5
0.0
300 400 500 600 700 800 900 1000 1100
Temperature / K
Fig. 9.13 高中性子フルエンスで照射した Li2.4TiO3 におけるトリチウム TDS スペクトル
様であり、Fig. 9.13 では Sample E のトリチウム TDS スペクトルとの比較を行っている。
この結果からわかるように Li2.4TiO3 におけるトリチウム TDS スペクトルは 800 K 付近にピ
ークを持ち、Li2TiO3 と比較して 100 K 程度温度が高い。中性子フルエンスの増加により生
成するダングリング酸素原子がトリチウムを捕捉し水酸基を形成するが、この水酸基の熱
分解速度は材料に殆ど依存しない。それは第 7 章で比較した LiOH や Li2O だけでなく、本
章での TiO2 や Li1.8TiO2.9、またこれまでに報告されている Ca(OH)2 の熱分反応速度[9]などと
比較しても明確である。従って、Li2.4TiO3 でも水酸基の熱分解速度は同じであると考えら
れる。Fig. 9.13 で示されたような Li2.4TiO3 の非常に高温領域の放出ピークは脱捕捉したト
リチウムがその後の拡散の影響を大きく受けていることを意味している。つまり、拡散距
離が長いため、表面に到達するまでに時間を要し、結果的にトリチウム放出ピークは高温
領域にシフトするものと考えられた。従って、Fig. 9.12 における 650 K 付近のピークはト
リチウム拡散過程が律速となったトリチウム放出ピークであると考えられた。ここで、
Li2.4TiO3 試料の主な結晶構造は Li2TiO3 であるから、Li2TiO3 で得られているトリチウム拡
散速度を適応し、トリチウム放出挙動の再現を行い、Fig. 9.12 にその結果を追加した。試
料粒径: 5 μm を想定することによりトリチウム放出挙動を再現出来ることが分かった。一
方、700 K 以上の領域は拡散モデルでは再現できなかった。これは、水酸基から脱捕捉し
たトリチウムの放出ピークであると考えられたが、同様の中性子フルエンスで照射された
Li2TiO3 の TDS スペクトルと比較してリチウム濃度の高い試料では水酸基を形成するトリ
チウムの割合が高いことが分かった。このような差異はリチウム濃度の高いチタン酸リチ
ウム中に含まれる Li4TiO4 構造に起因するものであると予測された。
そこで次に Li4TiO4 に対して昇温脱離実験を行った。Fig. 9.14 は中性子照射した Li4TiO4
のトリチウム TDS スペクトルである。このスペクトルにおいて昇温速度は 0.5 K/min であ
る。この結果から、Li4TiO4 からのトリチウム放出ピークは 460 K 及び 600 K の 2 つ存在す
ることが分かる。これらのピークの解析を行うために行った等温加熱実験の例を Fig. 9.15
に示す。この実験ではある温度での加熱下でのトリチウム放出速度が非常に小さくなり次
146
-1
-1
Tritium release rate / Bq s g
30
20
10
0
300
400
500 600 700
Temperature / K
800
900
Fig. 9.14 Li4TiO4 におけるトリチウム TDS スペクトル
Release fraction / -
1.0
0.8
475 K
573 K
0.6
0.4
673 K
873 K
0.2
0.0
0
10000
20000
Time / s
30000
Fig. 9.15 等温加熱下での Li4TiO4 からのトリチウム放出挙動
第、温度を上昇させ、各温度での等温加熱データをひとつの実験で行ったものである。特
に 573 K における加熱では約 10 %程度のトリチウムが放出しているが、さらに高温の 673
K では 20 %以上のトリチウムが放出している。この結果は、40 %程度のトリチウムは 573
K でも強い捕捉状態により安定であることを示している。Fig. 9.14 では 2 つのトリチウム
放出ピークが確認されているように、高温領域のトリチウム放出ピークには強い捕捉サイ
トが関与していることが考えられた。等温加熱実験の結果から、低温領域のトリチウム放
出は拡散律速での放出であり、Li4TiO4 構造中の拡散過程が放出挙動を支配していると考え
られた。また、拡散活性化エネルギーは約 0.34 eV であると算出された。一方、高温領域
でのトリチウム放出に必要な活性化エネルギーは 1.2 eV と算出された。これは水酸基の熱
分解エネルギーであり、Li4TiO4 においてもトリチウムは水酸基を形成し、安定化している
ことが明らかになった。Li4TiO4 は化学的に不安定な構造でありトリチウムとの反応性が高
いことから、Li4TiO4 中のトリチウムは水酸基を形成しやすいことが分かった[10]。ここで、
147
Li2.4TiO3 は Li2TiO3 構造と Li4TiO4 構造の混合物であるため、これら各構造の影響を受けた
トリチウム放出挙動となることが考えられる。しかしながら、Li4TiO4 構造中のトリチウム
拡散速度は Li2TiO3 構造と比較して圧倒的に速いため、トリチウム放出挙動には影響しな
いことが考えられた。この考察は Fig. 9.12 において、殆どのトリチウム放出挙動は Li2TiO3
中のトリチウム拡散速度から再現が出来ることからも支持出来る。一方、Li2.4TiO3 におけ
る水酸基の形成は Li4TiO4 構造に関連するものであると考えられた。これまでの Li2TiO3 に
おける水酸基の形成はダングリング酸素原子がトリチウム捕捉サイトとして機能してい
ることが示され、ダングリング酸素原子の加熱による消滅により捕捉サイト密度が減少す
ると考えられた。一方、Li2.4TiO3 などのリチウム濃度の高いチタン酸リチウム中のトリチ
ウム捕捉サイトは Li4TiO4 構造であることから加熱による消滅機構は存在しない。従って、
第 8 章で構築されたトリチウム移行モデルの欠陥消滅に関する速度式を除外し、トリチウ
ム拡散、トリチウム捕捉・脱捕捉だけを考慮し、トリチウム放出挙動の再現を行った。そ
の結果を Fig. 9.12 及び Fig. 9.13 に示す。モデルによる理論曲線は Li2.4TiO3 からのトリチウ
ム放出挙動を殆ど再現しており、Li2TiO3 の基礎研究で構築したトリチウム移行モデルを用
いることで先進材料におけるトリチウム移行過程の予測も十分に行うことが可能である
ことが示された。
9.4.3 トリチウム移行過程に及ぼすリチウム濃度依存性
これまでに上記の研究において、リチウム濃度の異なるチタン酸リチウムからのトリチ
ウム放出挙動を比較した。リチウム濃度が高い場合 Li4TiO4 構造が不純物として存在し、
Li4TiO4 構造が化学的に不安定なことから水酸基が形成することが分かった。中性子照射環
境を考慮すると、リチウム濃度の高い試料の有用な点はチタン酸リチウムから燃焼・蒸発
したリチウムを余剰のリチウムが補完することであるが、本章で得られた結果は、余剰リ
チウムは異なる結晶構造形成に寄与するため、チタン酸リチウムの不足したリチウムを供
給することは起こりにくいことが考えられた。一方、リチウム濃度が減少すると、トリチ
ウム捕捉反応が起こり易いことが分かった。ここで、同条件で中性子照射したチタン酸リ
チウムでは水酸基の形成が殆ど進行していないことと比較すると、リチウム濃度が減少し
たチタン酸リチウムでは中性子照射により生成したダングリング酸素原子だけでなく、リ
チウム空孔が水酸基の形成に大きく寄与することを示唆していると考えられた。
リチウム濃度が減少するとチタン酸リチウム構造中にリチウム空孔が存在することにな
る。水酸基形成過程を考察すると、まずトリチウムはリチウム空孔を介して拡散しており、
安定化したダングリング酸素に接近して水酸基形成が起こる。ここで、完全結晶のチタン
酸リチウムでは酸素周囲のリチウムイオンによる反発のためトリチウムイオンの酸素イ
オンへの接近は通常起こりにくい。このような現象は酸化リチウムにおいて Shah らによ
る分子動力学計算からも確かめられている[11]。一般的にリチウムセラミックス中には十分
なリチウム空孔が内因的に存在するが、第 7 章の Sample B の例のように、殆どのトリチウ
ムはリチウム空孔を介して拡散するだけで酸素との化学結合を形成しない。さらに、低フ
148
ルエンスでの水素同位体イオン照射や水素同位体ガス曝露ではチタン酸リチウム中に水
酸基が殆ど形成しないという事実からも、リチウムとトリチウムの反発により水酸基が形
成しにくいという現象は支持されるものである。ダングリング酸素原子とは隣接位置に空
孔を有する酸素原子であるため、基本的にリチウム空孔を内因している。この状態ではチ
タン酸リチウム中に内因的に存在するリチウム空孔及び隣接位置がリチウム空孔である
酸素原子と殆ど同じであり、周囲のリチウムイオンによる反発のためトリチウムとの化学
結合形成も起こらない。従って、第 6 章で提案されたトリチウムと化学結合を形成する安
定化したダングリング酸素原子とは複数のリチウム空孔と相互作用しているダングリン
グ酸素原子と結論付けられた。今回使用したリチウム濃度の低いチタン酸リチウムは中性
子フルエンスが低いため、照射欠陥の密度は比較的低い状態と言える。しかしながら、内
因的にリチウム空孔密度が高いため、生成したダングリング酸素原子と相互作用し、トリ
チウム捕捉サイトとして機能する割合が高くなることが考えられた。このようにリチウム
の燃焼や蒸発が進行することによりトリチウム捕捉サイト形成速度が上昇することが分
かり、核融合炉の長期的運転にはリチウム空孔形成速度を含んだトリチウム移行モデルが
必要であると考えられた。
9.4.4 トリチウム移行過程に及ぼすヘリウム滞留効果
ヘリウム前照射したチタン酸リチウムに対してトリチウムイオンを照射し、トリチウム
の昇温脱離実験を行った結果が Fig. 9.16 である。また、比較のため、ヘリウム前照射を行
っていない試料の TDS スペクトルも示した。これらのスペクトルの比較から、ヘリウム前
照射によりチタン酸リチウム中のトリチウム滞留量が減少したことが分かる。ここで、ヘ
リウム前照射によりチタン酸リチウム中に照射欠陥が形成するため、トリチウムの滞留量
は増加するはずである。従って、このようなヘリウム照射によるトリチウム滞留量の減少
は、ヘリウムによる照射欠陥消滅機構が導入された、またはヘリウムバブルが安定なトリ
チウム捕捉サイトとなり、TDS 後の試料に未だトリチウムは滞留していることが考えられ
る。Kulsartov らの報告ではヘリウムは 1400 K 程度まで安定に存在するということが示さ
れていることから[2]、ヘリウムバブルは依然実験後の試料に残っているものと思われた。
そこで、試料を過酸化水素水(H2O2)を用いて溶解させその溶液中のトリチウム濃度を液体
シンチレーションカウンタにて測定することで、ヘリウムバブルに滞留したトリチウムの
測定を行った。その結果、チタン酸リチウム中に残留トリチウムは殆ど存在しないことが
分かった。従って、ヘリウムが蓄積することにより、チタン酸リチウムにおけるトリチウ
ム滞留量は減少することが確かめられた。この結果は、ヘリウム蓄積によりチタン酸リチ
ウム中の照射欠陥密度が減少することを意味している。ヘリウムはチタン酸リチウム内部
でバブルを形成することが予測されるが、このバブル内壁の表面積は非常に大きい。照射
欠陥は加熱により試料中を拡散し対欠陥と再結合により消滅する。一方、バブル表面に到
達した照射欠陥はバブル表面で消滅することが出来る。これは一般的に表面や結晶粒界で
見られる現象であり、シンク効果と呼ばれる[12,13]。ヘリウムバブルの形成によりこのよう
149
な欠陥消滅過程がチタン酸リチウム中に導入され、結果的に照射欠陥密度が減少すると共
にトリチウム滞留量が減少すると考えられた。本研究で行われたヘリウム照射では、照射
したヘリウムの 100 %がチタン酸リチウムに滞留すると仮定した場合、ヘリウム滞留量は
ITER などで予測される最大で約 5 %のリチウム燃焼率でのヘリウム滞留量よりも多いこ
とになる。しかしながら、実際の核融合炉ではトリチウム増殖材は高温であり、ヘリウム
は容易に内部を拡散・凝集することが出来る。そのため、ヘリウムバブルの形成は比較的
起こり易いと考えられる。従って、本研究で明らかになったヘリウムバブルによる照射欠
陥消滅機構は実機環境においても十分に想定されるものである。本研究では速度論的解析
が不十分であるためこのヘリウム蓄積効果をモデルに組み込む作業は行っていないが、チ
タン酸リチウム内部でのヘリウム拡散速度や照射欠陥の拡散速度などの素過程速度を解
明することで、より実機環境への適応を想定したモデルを確立出来るものと考えられた。
-2
2.0
Release rate / 10
2.5
17
m s
-1
3.0
+
only T imp.
+
+
He -T imp.
1.5
1.0
0.5
0.0
300 400 500 600 700 800 900 1000
Temperature / K
Fig. 9.16 ヘリウム前照射したチタン酸リチウムのトリチウム TDS スペクトル
9.5 まとめ
本研究ではチタン酸リチウム中のリチウム濃度の増減やヘリウム滞留量の変化がトリ
チウム放出挙動にどのように影響を与えるのかを調査した。チタン酸リチウム中のリチウ
ムが燃焼や蒸発などにより減少した場合、リチウム空孔がチタン酸リチウム中に生成する
ことで水酸基の形成が進行することが明らかとなった。一方、リチウム濃度が増加すると
余剰リチウムが不安定なオルソチタン酸リチウム構造を形成するため、結果的に水酸基の
形成が起こり易くなることが分かった。ヘリウム滞留量が増加することでチタン酸リチウ
ム中にヘリウムバブルが形成し照射欠陥消滅サイトとなることが考えられた。照射欠陥消
滅はトリチウム捕捉サイト密度の減少を意味するので、トリチウム放出が起こり易くなる
ことが分かった。
150
参考文献
[1] S. van. Til et al., Fusion Eng. Des. 85 (2010) 1143.
[2] T. Kulsartov et al., Fusion Sci. Technol., 60 (2011) 1139.
[3] K. Katayama et al., Fusion Eng. Des. 87 (2012) 927–931.
[4] T. Hoshino et al., J. Nucl. Mater., 386–388 (2009) 1098–1101
[5] T. Hoshino et al., Fusion Eng. Des. 84 (2009) 956–959
[6] T. Hoshino et al., Fusion Eng. Des. 82 (2007) 2269–2273.
[7] M. Hara et al., J. Nucl. Mater., 404 (2010) 217–221.
[8] J.V. Cathcart et al., J. App. Phys. 50 (1967) 4110.
[9] P. Ramamurthy, E. A. Secco, Can. J. Chem., 47 (1969) 3915.
[10] M. Kobayashi et al., J. Plasma Fusion Res. SERIES, 10 (2013) 7-11.
[11] R. Shah et al., Phys. Rev. B, 53 (1996) 8257-8261.
[12] M.V Sorokin, A.E Volkov, J. Nucl. Mater., 295 (2001) 290–294.
[13] A. Sarce, J. Nucl. Mater., 288 (2001) 130–136.
151
第 10 章
リチウム酸化物における
トリチウム移行現象の一般化
第 10 章
リチウム酸化物におけるトリチウム移行現象の一般化
10.1 はじめに
これまでの実験・分析ではチタン酸リチウムまたはその派生物質、先進材料をモデル材
料としてトリチウム移行過程の体系化を行ってきた。つまり、本研究で構築したトリチウ
ム移行モデルはチタン酸リチウムのみに対応するものである。一方、核融合炉におけるト
リチウム増殖候補材には第 1 章にて示したようにそれぞれ使用上の利点があり、将来の核
融合炉ではどの材料が使用されるのか、未だ議論を要する課題である。従ってチタン酸リ
チウムだけでなく、他の候補材にも使用出来るモデルの確立が最終的には必要となる。本
章ではこれまでにチタン酸リチウムで得たトリチウム移行過程の知見及び構築したモデ
ルを他の材料への適用することを目指すと共に、トリチウム増殖候補材であるリチウム酸
化物中のトリチウム移行素過程における共通の知見を得ることを目的とする。
10.2 分析方法
本章ではこれまでに用いてきたチタン酸リチウムではなく、他の材料に注目する必要が
ある。特に化学的な安定性に優れたアルミン酸リチウムを材料とし実験を行う。特にチタ
ン酸リチウムで得られた知見がアルミン酸リチウムに対しても適用できるのか確認する
ため、中性子フルエンスの変化に伴うトリチウム放出挙動の変化を調査する。また、照射
欠陥の消滅挙動も中性子フルエンスに依存することがチタン酸リチウムにおける実験か
ら明らかとなっているため、同様の現象がアルミン酸リチウムでも起こるか調査する。こ
れらの調査を基に、チタン酸リチウムにおけるトリチウム移行モデルを用いてトリチウム
放出挙動をどの程度再現出来るのかを評価する。また、過去に行われたトリチウム増殖候
補材料中のトリチウム拡散や脱捕捉などの移行素過程をまとめ、トリチウム増殖材の種類
とトリチウム移行素過程速度の関連性についてまとめる。
10.3 結果・考察
10.3.1 アルミン酸リチウムにおけるトリチウム移行過程
Fig. 10.1 は中性子フルエンスの異なるアルミン酸リチウムにおける昇温速度 5 K/min で
のトリチウム TDS スペクトルである。チタン酸リチウムで得られた結果と比較してアルミ
ン酸リチウムからのトリチウム放出ピークは高温領域に存在する。これは試料粒径が大き
い、またはトリチウム拡散速度が遅いことに起因すると考えられる。さらに、中性子フル
エンスの増加に伴いトリチウム放出ピークは高温領域にシフトしている。この結果はチタ
ン酸リチウムで得られたものと同様であり、中性子フルエンスの増加により照射欠陥密度
が増加することで、トリチウム捕捉・脱捕捉過程の寄与が大きくなることが考えられた。
従って、アルミン酸リチウムで見られた 720 K 付近のピークは拡散過程が律速となったト
リチウム放出ピークであると考えられた。次に照射欠陥の消滅挙動について調査した。Fig.
152
Tritium release rate / arb. unit
15
2.0
-2
3.3 x 10 n cm
16
-2
3.3 x 10 n cm
18
-2
4.5 x 10 n cm
1.5
1.0
0.5
0.0
300 400 500 600 700 800 900 1000 1100
Temperature / K
Fig. 10.1 中性子フルエンスの異なるアルミン酸リチウム試料のトリチウム TDS スペクトル
10.1 において、中性子フルエンスが一番高い試料について ESR 測定により照射欠陥を定量
すると共に等時加熱アニーリング実験により照射欠陥消滅挙動を分析した。アルミン酸リ
チウム中の照射欠陥としてチタン酸リチウムと同様に F+-center と O--center が観測された。
両欠陥の密度は殆ど同程度である。さらに照射欠陥の消滅挙動は Fig. 10.2 に示している。
Fig. 10.2 では各照射欠陥の合計を加熱温度に対してプロットしたものである。特に照射欠
陥は 450 K 付近で急激に消滅する。しかし、さらなる加熱により照射欠陥消滅挙動は変化
し、その後温度上昇に対して緩やかな減少傾向を示した。この結果からわかるようにアル
ミン酸リチウムにおける照射欠陥消滅挙動は温度上昇に対し 2 段階で進行することが分か
った。これはチタン酸リチウムにおける照射欠陥消滅挙動と同様で、低温での欠陥消滅過
程は点欠陥同士の再結合反応、高温での欠陥消滅は欠陥密度上昇により安定化した照射欠
陥の熱分解反応であると考えられた。従って、安定化した照射欠陥、特にダングリング酸
素原子によりトリチウムが捕捉されることで、トリチウム放出ピークが高温領域にシフト
するというチタン酸リチウムと同様の現象が起きていると予測された。上記の結果は、ア
ルミン酸リチウムとチタン酸リチウム内部で起こる物理化学現象の進行機構が似通って
いることを示しており、従ってチタン酸リチウムにおける知見により構築したトリチウム
移行モデルがアルミン酸リチウムでも十分に適用できる可能性を示唆している。
これまでの知見から、アルミン酸リチウム中のトリチウム移行挙動は、チタン酸リチウ
ムに対する研究で得られたモデルを用いて再現出来ることが考えられた。従って、Fig. 10.1
で得られたトリチウム TDS スペクトルに対する解析を行った。アルミン酸リチウム中のト
リチウム拡散速度、トリチウム脱捕捉速度、トリチウム捕捉速度などに関する解明研究は
本研究では行っていないため、可能な限り文献値を用いて解析を行う。特にトリチウム拡
散速度に関しては Okuno らが算出した値を用いた[1]。この研究では等温加熱実験によりア
ルミン酸リチウム中のトリチウム拡散速度を用いており、解析方法は本研究での拡散速度
算出法と同様である。Okuno らによって報告されたアルミン酸リチウム中のトリチウム拡
散速度は以下の通りである。
153
[defect / LiAlO2]
0.16
0.14
0.12
0.10
0.08
0.06
0.04
0.02
0.00
300
18
-2
4.5 x 10 n cm
400
500 600 700
Temperature / K
800
900
Fig. 10.2 中性子フルエンスの高い試料における等時加熱アニーリング実験の結果
D = 2.1 × 10-9 exp (-0.94 eV / kBT)
(10.1)
チタン酸リチウムにおけるトリチウム拡散速度と比較すると、アルミン酸リチウムにおけ
る拡散エネルギーは殆ど同じ程度であるが、前指数項は 2 桁程小さい。この拡散速度を用
いて拡散律速でのトリチウム放出の理論曲線を求め、その結果を Fig. 10.3 に示した。Fig.
10.3 において拡散律速でのトリチウム放出の理論曲線は中性子フルエンスの低いアルミン
酸リチウムからのトリチウム放出挙動を比較的良く再現していることが分かる。この結果
から、中性子フルエンスが低い場合、アルミン酸リチウムからのトリチウム放出挙動はト
リチウムの拡散過程に支配されていることが分かった。この結果もチタン酸リチウムで得
られたものと同様である。また、この結果は表面反応の影響が殆どないことも示唆してい
る。表面反応が律速段階となる場合、拡散し表面に到達したトリチウムは最終的に表面反
応に依存して放出することになるが、本研究で明らかになったようにトリチウム放出挙動
は殆ど拡散過程のみで表現される。従って、表面反応はトリチウム放出挙動に殆ど影響し
ていないと言える。この結果もチタン酸リチウムと同様である。
一方、中性子フルエンスの高い試料で見られた高温領域におけるトリチウム放出ピーク
は拡散律速での理論曲線では再現できなかったため、捕捉・脱捕捉機構を追加することで
再現を試みた。トリチウム捕捉・脱捕捉過程の速度式についてもチタン酸リチウムで考え
られたものと同じものを用いた。しかしながら、捕捉速度、脱捕捉速度に関する情報は本
研究では算出していない。これらの速度論に関する研究は過去に行われていないため、以
下のような仮定を行いフィッティングを進める。捕捉速度に関してはチタン酸リチウムと
同様の仮定を行う。トリチウム捕捉反応は拡散しているトリチウムが捕捉サイトに出会う
確率となるため、トリチウム捕捉反応の活性化エネルギーはトリチウム拡散エネルギーと
同値になると考えられる。(10.1)式においてアルミン酸リチウムにおけるトリチウム拡散エ
ネルギーは 0.94 eV であった。従ってこのエネルギーはトリチウム捕捉反応エネルギーと
して扱う。脱捕捉反応に関しては、チタン酸リチウムで得た結果やこれまでに報告された
事実から経験的に考えられる以下のような仮定を行った。第 7 章や第 9 章において、チタ
154
Tritium release rate / arb. unit
2.0
15
1.5
-2
3.3 x 10 n cm
18
-2
4.5 x 10 n cm
diffusion limited T release
1.0
0.5
0.0
300 400 500 600 700 800 900 1000 1100
Temperature / K
Fig. 10.3 トリチウム TDS スペクトルと拡散モデルの理論曲線との比較
ン酸リチウムだけでなく、酸化チタンや酸化リチウム、オルソ構造チタン酸リチウムなど
様々な材料における水酸基を形成したトリチウムの脱捕捉速度について議論した。ここで、
これらの異なる材料におけるトリチウム脱捕捉の活性化エネルギーは材料に依存せずお
よそ 1.2 eV であることが分かっている。従って、水酸基の熱分解エネルギーは材料に依存
しない一般的な値であり、そのためアルミン酸リチウムでも同様の値を用いることが可能
であると仮定することが出来る。この仮定は Cu(OH)2 や Cu2(OH)3Cl[2]、HTPB(Hydroxyl
terminated
polybutadiene)[3] 等の水酸基を含んだ様々な材料でも水酸基熱分解エネルギー
が約 1.2 eV であるという報告からも妥当性のあるものであると考えられる。この仮定が成
り立つことは材料内部の水酸基が水素同位体と酸素原子との強い化学結合であり、水酸基
の周囲の原子・構造の影響を殆ど受けていないことを示唆している。一方、捕捉反応及び
脱捕捉反応の前指数因子についてはその予測は困難である。これらの値に関してはフィッ
Tritium release rate / arb. unit
ティングのパラメータとして扱い、トリチウム放出を再現出来る最適な値の算出を行う。
2.0
15
1.5
-2
3.3 x 10 n cm
18
-2
4.5 x 10 n cm
1.0
0.5
0.0
300 400 500 600 700 800 900 1000 1100
Temperature / K
Fig. 10.4 トリチウム TDS スペクトルとトリチウム移行モデルの理論曲線との比較
155
Fig. 10.4 には拡散過程、捕捉過程、脱捕捉過程から計算されたトリチウム放出の理論曲線
である。この理論曲線において、トラップ密度の項にはチタン酸リチウムでの場合と同様
に ESR 測定で得られた O--center の密度をインプットしている。Fig. 10.4 で分かる通り、中
性子フルエンスの異なるアルミン酸リチウムからのトリチウム放出挙動を本研究で構築
されたモデルにより殆ど再現することが出来た。中性子フルエンスの高い試料において、
700 K 付近には理論曲線と実際の放出曲線には若干大きな差異が見られたが、これは試料
粒径が一定でないことが原因の差異であると予測された。
10.3.2 リチウム酸化物におけるトリチウム移行素過程速度の一般化
本章で得られたアルミン酸リチウムのトリチウム放出挙動を再現出来るトリチウム拡
散速度、トリチウム脱捕捉速度、トリチウム捕捉速度を Table 10.1 にまとめた。また、本
研究で得られたチタン酸リチウムにおける上記の速度論と Kudo らによって報告された酸
化リチウム中のトリチウム拡散及びトリチウム脱捕捉速度についても併せて記載した[4]。
ここで酸化リチウムにおけるトリチウム捕捉速度に関してはこれまでに報告がないため
空欄としている。各試料の素過程速度を比較すると、特に拡散エネルギー(捕捉エネルギー
と同値)や脱捕捉エネルギーに関しては材料間での差異は小さい。これはトリチウム拡散及
び脱捕捉機構が材料間で同様であるためであると考えられる。リチウム酸化物中でのトリ
チウムの拡散機構はリチウム空孔を介した拡散である。トリチウム拡散過程はリチウム空
孔内部のトリチウムが隣接したリチウム空孔にジャンプする現象であり、トリチウム拡散
エネルギーはリチウム空孔中のトリチウムと隣接する酸素原子との相互作用により決定
する。この相互作用はリチウム空孔中のトリチウムと隣接した酸素原子間の距離に依存す
ることになる。Table 10.2 は独立行政法人 物質・材料研究機構で公開されているデータベ
ースを基にして各材料の構成原子の原子間距離をまとめたものである [5]。また、Shannon
により報告されているリチウムイオン、酸素イオン、チタンイオン、アルミニウムイオン
のイオン半径はそれぞれ 0.06-0.09、0.13-0.14、0.04-0.08、0.04-0.05 nm であり[6]、各イオン
半径の和から原子間距離を計算して Table 10.2 の値と殆ど同等の値が得られることからも、
Table 10. 2 の値の妥当性が確認された。特にトリチウム拡散に関与する部分は Li-O 間距離
である。Table 10.2 から分かるように Li-O 間距離は各材料で殆ど変化しない。さらに、リ
チウムイオンと比較してトリチウムイオンのイオン半径は小さいためある程度自由に位
置を取ることが出来る。従ってリチウム空孔内部のトリチウムと隣接した酸素原子との結
Table 10.1 各リチウム酸化物中のトリチウム移行素過程速度
Material
Li density [g/cm3]
Researcher
Diffusion [m2s-1]
Detrapping [s-1]
Trapping [s-1]
Li2O
0.94
Kudo
1.9 × 10-6
exp (-1.08 eV / kBT)
5.5 × 107
exp (-1.24 eV / kBT)
Not reported
Li2TiO3
0.43
This work
6.8 × 10-7
exp (-1.04 eV / kBT)
4.1 × 106
exp (-1.19 eV / kBT)
4.2 × 108
exp (-1.04 eV / kBT)
LiAlO2
0.27
This work
2.1 × 10-9
exp (-0.94 eV / kBT)
1.1 × 105
exp (-1.21 eV / kBT)
1.7 × 106
exp (-0.94 eV / kBT)
156
Table 10.2 各リチウム酸化物の構成原子の原子間距離 (単位: nm)5)
Material
Li-Li
Li-O
O-O
Ti, Al - O
Li2O
0.23
0.20
0.33
-
Li2TiO3
0.29
0.21
0.28
2.0
LiAlO2
0.31
0.20
0.29
1.8
合エネルギーは材料間で殆ど依存しないことは妥当な現象であると考えられる。同様なこ
とが脱捕捉エネルギーに関しても言える。これまでに議論したように、水酸基は高い化学
的安定性を有するため水酸基熱分解エネルギーに対して周囲の原子や構造の影響は殆ど
無視出来るものであると考えられる。従って各材料中に生成した水酸基の熱分解エネルギ
ーも殆ど同様の値となる。
次に拡散、脱捕捉、捕捉過程の前指数項に着目すると材料依存性が存在することが分か
る。特にリチウム密度の高い材料では各過程の前指数項は高い傾向にある。このような傾
向は特に拡散速度に関してこれまでにも報告されている。特に Okuno らは各リチウム酸化
物中のトリチウム拡散速度をリチウム密度を関数として比較検討している[7]。Fig. 10.5 は
横軸にリチウム酸化物のリチウム密度をとり、縦軸に 673 K でのトリチウム拡散速度をプ
ロットしたものである。チタン酸リチウムの点に関しては本研究で得られたトリチウム拡
散速度を用いている。Fig. 10.5 において、リチウム酸化物のリチウム密度が増加するとト
リチウム拡散速度も上昇しており、相関関係があることが分かる。トリチウム拡散、脱捕
捉、捕捉反応の前指数項の理論的意味は第 2 章で議論したように固体内部におけるトリチ
ウム原子の振動数である。この原子振動数の理論値はデバイ振動数であり約 1013 s-1 である。
このデバイ振動数と本章で Table 10.1 にまとめられた各素過程の前指数項には大幅な差異
がある。この素過程速度の前指数項と理論値との差異及びリチウム密度との相関関係から、
リチウム酸化物中のトリチウム移行素過程速度は材料内部でのリチウムの移動度に依存
1.2
2
log D / m s
-1
1.0
0.8
Li8ZrO6
Li2TiO3
Li2O
Li4SiO4
0.6
0.4
0.2
0.0
Li2ZrO3
Li2SiO3
LiAlO2
0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8 0.9 1.0
-3
Li density / g cm
Fig. 10.5 673 K でのトリチウム拡散速度のリチウム密度依存性 7)
157
することが考えられた。トリチウム拡散過程について考察すると、第 4 章で議論したよう
にトリチウム拡散現象はリチウム空孔を介したものであるためトリチウムを保持してい
るリチウム空孔の隣接位置に別のリチウム空孔が存在する確率が拡散速度(特に前指数項)
を決定することになる。つまりリチウム空孔の拡散現象によりトリチウムの拡散速度が決
定することになる。リチウム空孔の拡散とはリチウム原子の拡散を意味するため、トリチ
ウム拡散速度とリチウム密度に相関性が存在することになる。脱捕捉過程に関しては、あ
るダングリング酸素原子から脱捕捉したトリチウムが同じダングリング酸素原子に再捕
捉される過程を考慮することにより低い前指数項を説明することが出来る。第 9 章で議論
したように、水酸基の形成にはダングリング酸素とリチウム空孔が複合的に存在すること
が不可欠である。従って水酸基を形成したトリチウムが脱捕捉した際、トリチウムはリチ
ウム空孔に存在することになる。この水酸基を形成したトリチウムが拡散出来る状態へ戻
る”厳密な”脱捕捉過程ではその前指数項はデバイ振動数と近い値になると考えられる。し
かしながら、トリチウムの脱捕捉が最終的に成功するためには、脱捕捉したトリチウムが
リチウム空孔から隣接したリチウム空孔にジャンプし、捕捉サイトであるダングリング酸
素原子から離れる必要がある。従って隣接位置にリチウム空孔がない場合、脱捕捉したト
リチウムは直ちに元のダングリング酸素原子に再捕捉されてしまうため見かけ上脱捕捉
反応は起こらない。このように、実験的に得られたトリチウム脱捕捉反応とは(i)トリチウ
ム-酸素間の化学結合分解、(ii)リチウム空孔間ジャンプを複合した過程であるため、特に(ii)
の過程により反応速度が著しく制限される。また、(ii)の過程は水酸基周囲のリチウム密度
にトリチウム脱捕捉速度が影響を受けることを示しており、Table 10.1 で示したトリチウ
ム脱捕捉反応のリチウム密度依存性を説明するものである。トリチウム捕捉速度に関して
もリチウム密度による影響を受けると考えられる。トリチウムはトリチウム増殖材内部の
リチウム空孔を介して拡散する。つまりリチウムも同時に拡散していることになる。複数
のリチウム空孔とダングリング酸素原子が複合的に存在するとトリチウム捕捉サイトと
して機能するが、拡散するリチウム原子によりリチウム空孔は絶えず補完されるので、ト
リチウム捕捉サイトとして機能するのは、リチウム原子が隣接したリチウム空孔にジャン
プして、局所的に複数のリチウム空孔がダングリング酸素原子に隣接した状態となった瞬
間である。また、ダングリング酸素原子周囲のリチウムはダングリング酸素原子の表面電
荷が通常より高いことから若干安定化していると予測される。従って、ダングリング酸素
原子の隣接位置にリチウム空孔が形成する確率は通常のリチウム拡散に比べて低くなる
ことが予想され、それに伴いトリチウム捕捉速度も減少すると考えられた。以上の考察か
ら、トリチウム移行素過程速度の増減にはリチウム密度が大きく関わっていることが考え
られ、Fig. 10.1 で見られたトリチウム移行素過程速度のリチウム密度依存性を説明できる
ものである。
158
上記の研究・考察ではリチウム酸化物中でのトリチウム素過程速度のリチウム密度依存
性・傾向とそのメカニズムについて議論した。次にトリチウム移行モデルを一般化するに
あたって、各素過程速度の定量化が求められる。上記のように各材料におけるトリチウム
移行素過程速度を定量するうえでのひとつの基準はリチウム密度である。しかしながら、
リチウム密度は単に体積当たりのリチウム重量を表すものであり、材料の化学的性質や構
造の情報を詳細に反映しない。従って、リチウム密度でトリチウム移行素過程の定量的予
測を行うことは困難である。上記の議論ではトリチウム移行素過程速度はリチウム拡散速
度に依存していることが示されたことから、各材料におけるリチウム拡散速度を比較する
ことでトリチウム移行素過程との関連性について考察する。リチウムはリチウム酸化物の
構成原子の中で最も動き易い原子である。これはリチウムイオンの表面電荷電位が低いこ
とにより Li-O 間の結合エネルギーが比較的低いためである[8,9]。従って、リチウム酸化物
の電荷移動は全てリチウムイオンの移動に依るものであると考えることが出来る。そこで、
リチウム酸化物の電気伝導性を測定することで、材料内部におけるリチウム拡散速度を算
-1
0
-1
Coductivity log ( cmK )
1
-1
Li2O
-2
-3
Li2SiO3
LiAlO2
Li2ZrO3
-4
Li2TiO3
-5
1.0 1.1 1.2 1.3 1.4 1.5 1.6 1.7 1.8 1.9
-3
Reciprocal temperature / 10 K
Fig. 10.6 各リチウム酸化物の電気伝導度の温度依存性
-12.0
Li2O
2
log D / m s
-1
-13.0
-14.0
-15.0
-16.0
Li2TiO3
LiAlO2
Li2SiO3
-17.0
1.2
1.4
1.6
1.8
-3
Reciprocal temperature / 10 K
2.0
Fig. 10.7 各リチウム酸化物におけるトリチウム拡散速度
159
出するという試みがこれまでに行われてきた。Fig. 10.6 は酸化リチウム[8,9]、ケイ酸リチウ
ム[10]、ジルコン酸リチウム[11]、アルミン酸リチウム[8,9]及びチタン酸リチウム[12]の電気伝導
度の温度依存性を示している。これらの測定には焼結材や基板蒸着物などが用いられてい
る。また、特に Li2SiO3 に関しては低温領域での測定結果を高温領域に外挿して表現して
いる。さらにこれらのリチウム酸化物中のトリチウム拡散速度を比較したものが Fig. 10.7
である。Fig. 10.7 に示されている各材料間のトリチウム拡散速度の材料依存性はリチウム
拡散速度と同様である。また、Table 10.1 の例のようにトリチウム拡散速度だけでなく、
トリチウム捕捉・脱捕捉反応についてもリチウム拡散速度と相関関係を持つことが考えら
れる。本研究では全ての材料に対して実験を行うことはできなかったが、このようなリチ
ウム拡散速度とトリチウム移行素過程速度の相関関係はトリチウム移行素過程速度の概
算の指標となるだけでなく、トリチウム増殖材内部のトリチウム移行過程の一般化及び定
量化に向けた重要な基礎データとなると考えられた。
10.4 まとめ
本章ではこれまでにチタン酸リチウムに対して構築されたトリチウム移行モデルの一
般性について検討した。同様のモデルを用いてアルミン酸リチウムにおけるトリチウム放
出挙動も再現することが出来、基本的に本研究のトリチウム移行モデルがリチウム酸化物
におけるトリチウム挙動を記述できるものであることが確かめられた。さらに、トリチウ
ムの拡散、捕捉、脱捕捉等の素過程速度の材料依存性についても検討し、リチウム酸化物
中のリチウム拡散速度とトリチウム移行素過程速度に相関関係が認められた。これらの相
関関係を定量的にまとめることが今後求められる。
参考文献
[1] K. Okuno and H. Kudo, J. Nucl. Mater., 138 (1986) 210-214.
[2] P. Ramamurthy, E. A. Secco, Can. J. Chem., 47 (1969) 3915.
[3] K. N. Ninan, K. B. Catherine and K. Krishnan, J. Therm. Anal., 36 (l990) 855-867.
[4] H. Kudo and K. Okuno, J. Nucl. Mater., 101 (1981) 38-43.
[5] 無機材料データベース「Atom Work」 http://crystdb.nims.go.jp/index.html
[6] R.D. Shannon, Acta. Cryst. A32 (1976) 751-767.
[7] K. Okuno and H. Kudo, Fusion Eng. Des., 8 (1989) 355.
[8] H. Ohno et al., J. Nucl. Mater., 133 (1985) 181.
[9] S. Konishi and H. Ohno, J. Nucl. Mater., 152 (1988) 9.
[10] A. Nakagawa et al., J. Phys. Soc. Jpn. 79 (2010) 98-101.
[11] S. Furusawa et al., Solid State Ionics 180 (2009) 649–653.
[12] Th. Fehr, E. Schmidbauer Solid State Ionics 178 (2007) 35–41.
160
第 11 章
総括
第 11 章
総括
11.1 研究の総括
本研究では中性子照射によりトリチウム増殖材中に生成したトリチウムの移行素過程
の解明とその体系化を目的とした。第 2 章ではモデル材料であるチタン酸リチウム中のト
リチウム移行素過程をトリチウムの拡散、捕捉サイトからの脱捕捉、捕捉サイトへの捕捉、
表面における反応に分解し、各素過程の数式化を行うと共にトリチウム移行挙動の数値モ
デルを提案した。
第 4 章ではトリチウム移行素過程の中心的部分であるトリチウム拡散過程について調査
した。トリチウム拡散過程の分析には定常・非定常温度下での材料からのトリチウム放出
挙動を拡散律速過程での理論曲線と比較するなどして行い、最終的にトリチウム拡散機構
がチタン酸リチウム中のリチウム空孔を介して進行することを明らかにすると共に、トリ
チウム拡散エネルギーやその前指数因子などの定量を行った。
第 5 章ではトリチウム脱捕捉機構について調査した。チタン酸リチウム中のトリチウム
は、リチウム空孔だけでなく酸素空孔に捕捉された状態や酸素原子と化学結合し水酸基を
形成した状態にあることが分かった。酸素空孔からのトリチウム脱捕捉過程は酸素空孔が
消滅することが律速段階であることが分かり、速度論的解析から脱捕捉エネルギー等の定
量を行った。水酸基を形成したトリチウムの脱捕捉反応は水酸基の熱分解速度に支配され
ることが分かった。水酸基熱分解エネルギーは酸素空孔からのトリチウム脱捕捉エネルギ
ーより 2 倍程度高いため、チタン酸リチウムにおける主要なトリチウム捕捉状態となるこ
とが考えられた。
第 5 章において明らかとなったトリチウム捕捉サイトは酸素空孔と活性化した酸素原子
であることから、第 6 章では ESR 法により中性子照射したチタン酸リチウム中に生成した
照射欠陥の定量と加熱アニーリングによる欠陥消滅挙動やその速度について調査した。
ESR 測定によりチタン酸リチウム中に酸素空孔(F+-center)及びダングリング酸素原子
(O--center)が形成したことが明らかとなった。これらの照射欠陥は対の関係にあるため再結
合反応により消滅することが考えられた。一方、中性子フルエンスの異なる試料ではこれ
らの照射欠陥消滅挙動は異なることが分かった。特に中性子フルエンスの高い試料では照
射欠陥消滅温度は高温領域にシフトしたことから、欠陥密度上昇に伴い欠陥同士の相互作
用が引き起こされ、照射欠陥が安定化しているものと考えられた。さらに、安定化した照
射欠陥は安定化構造の熱分解過程が律速段階となり消滅すると考えられた。また、このよ
うな安定化欠陥構造はトリチウムを捕捉し易いと考えられた。照射欠陥の消滅速度は加熱
アニーリングの結果から算出した。
第 7 章では表面効果を明らかにするため、トリチウム回収ガスを変化させた際のトリチ
ウム放出挙動の比較を行った。トリチウム回収ガスに水蒸気を含ませた際、中性子フルエ
ンスの高い(照射欠陥密度の高い)チタン酸リチウムからのトリチウム放出速度が上昇した。
一方、欠陥密度の低い、中性子フルエンスの低い試料からのトリチウム放出挙動はトリチ
ウム回収ガスの影響を殆ど受けないことが分かった。これらの結果はトリチウム回収ガス
161
に含まれる水蒸気がチタン酸リチウム内部の照射欠陥と相互作用していることを示唆し
ていると考えられた。水蒸気はチタン酸リチウム表面で原子状に解離し、水素原子が内部
へ拡散、照射欠陥を占有することが考えられた。照射欠陥が水素同位体により占有される
ことで、見かけ上照射欠陥密度が減少し、結果的にトリチウム放出速度が上昇するものと
考えられた。一方、表面に到達したトリチウムは表面で水分子を形成しトリチウム回収ガ
ス中に放出されるが、表面での一連の反応の速度は非常に速く、トリチウム放出挙動に影
響を与えることはないと考えられた。
第 8 章では第 4 章から第 7 章までに明らかになった、トリチウム拡散速度、酸素空孔か
らのトリチウム脱捕捉速度、水酸基を形成したトリチウム脱捕捉速度、照射欠陥の消滅速
度を第 2 章で提案したトリチウム移行モデルに適応することで、トリチウム放出挙動のシ
ミュレーションを行った。その際、実験的に抽出することが困難であったトリチウム捕捉
速度を明らかにするため、中性子フルエンスの異なる試料からのトリチウム放出挙動を再
現出来るようにトリチウム捕捉速度を変化させることで、トリチウム捕捉速度の最適化を
行った。さらに、算出したトリチウム捕捉速度を含めたトリチウム移行モデルを構築する
と共に、中性子照射環境下へモデルを拡張した。最終的に得られたモデルを用い、中性子
照射環境下でのトリチウム放出挙動への知見を得た。特に中性子照射環境下では試料温度
が高いため、中性子照射による照射欠陥の生成速度と高温での照射欠陥の消滅速度が競合
し、その差分である実効的照射欠陥密度の差異によりトリチウム放出挙動が大幅に異なる
ことが分かった。また、本モデルを用いることでチタン酸リチウムを用いたブランケット
システムにおけるトリチウムインベントリ評価が十分に行えることも明らかとなった。ト
リチウム回収ガス中に含まれる水素同位体の影響についても定量的に評価し、トリチウム
回収ガス中への水素同位体の含有はトリチウム回収を促進する上で有効な方法であるこ
とが示された。
第 9 章では、第 8 章までに構築したモデルを長期間の核融合運転を想定した場合でも使
用出来るように、モデルの拡張のための研究を行った。特に長期間の核融合運転により引
き起こされると考えられるリチウム濃度の減少やヘリウムの滞留効果について検討した。
また、リチウム濃度の影響を多角的に明らかにすると同時に先進的研究として、リチウム
濃度を上昇させたチタン酸リチウムについても調査した。特に実機環境で予測されるリチ
ウム濃度の減少効果については、予めリチウム濃度を減らして調製したチタン酸リチウム
を用いた。このリチウム濃度の低いチタン酸リチウムは通常のチタン酸リチウムと比較し
リチウム空孔密度が高いことによりダングリング酸素原子の近接リチウム空孔密度高く、
トリチウムとリチウムの反発が起こりにくいため、水酸基の形成が起こり易いことが分か
った。リチウム濃度を上昇させた場合、不純物構造であるオルトチタン酸リチウム構造が
生成することが分かった。この構造は不安定なものであり、中性子照射により導入された
トリチウムの一部は水酸基を形成して滞留することが分かった。さらに、チタン酸リチウ
ム中に高密度のヘリウム滞留を実現させるため、ヘリウムイオン照射によりチタン酸リチ
ウム表面にヘリウムを導入し、トリチウムの滞留・放出挙動への影響を調査した。ヘリウ
ムは固体材料内でバブルを形成し、そのバブルは照射欠陥の消滅サイトとなることが考え
162
られた。そのためヘリウムバブルにより照射欠陥消滅が促進され、結果的にトリチウム滞
留量が減少すると分かった。
第 10 章ではこれまでにモデル材料として用いたチタン酸リチウムで構築されたトリチ
ウム移行モデルの他材料における適応について検討すると共に、モデルの一般化について
評価した。他のリチウム酸化物の例としてアルミン酸リチウムについてチタン酸リチウム
と同様の実験を行い、トリチウムの放出機構や照射欠陥の消滅機構など、トリチウム移行
挙動に関与する現象はチタン酸リチウムと同様であることが分かった。従って、チタン酸
リチウムにおいて構築されたトリチウム移行モデルがアルミン酸リチウムについても同
様に適応出来ると考えられ、実際に理論解析からトリチウム放出挙動の再現が可能である
ことが確かめられた。さらに、酸化リチウムやケイ酸リチウムなどの様々なリチウム酸化
物におけるトリチウム移行素過程速度を比較することで、リチウム拡散速度とトリチウム
拡散速度の相関関係を示した。リチウム酸化物中のトリチウム移行素過程はリチウム空孔
を介したものであるため、リチウム拡散速度がトリチウム移行素過程速度を決定する重要
なパラメータであることが分かった。
11.2 本研究の核融合炉開発への貢献
本研究では国際熱核融合実験炉でも使用予定のチタン酸リチウムをモデル材料として
用い、トリチウム移行素過程を明らかにすると共に、その体系化を達成することが出来た。
このような素過程解明研究を体系化するという成果はこれまでに十分に成されなかった
ものである。また、本モデルを用いることで核融合運転環境下でのトリチウム放出挙動を
シミュレート出来ると共に、ブランケットシステムにおけるトリチウムインベントリの評
価が可能であることが示され、核融合燃料サイクルの健全性やトリチウム安全評価などへ
の知見が得られることが分かった。このように本研究はトリチウム増殖材内部のトリチウ
ム移行挙動及び放出挙動を包括的・定量的にまとめたものであり、核融合炉を実現する上
で最も重要な燃料輸送を評価出来るものであり、核融合炉研究開発への貢献は非常に大き
いと考えられる。
11.3 本研究の今後の展開
本研究ではトリチウム増殖材におけるトリチウム移行素過程の解明とその体系化を目
標とし、実際にトリチウム移行モデルを構築することが出来た。しかしながら、以下のよ
うな課題を解決することで、本モデルをさらに拡張すると共に全てのリチウム酸化物に適
応出来るものになると考えられた。
① リチウム濃度変化、ヘリウム滞留量変化のトリチウム挙動への影響を定量化、数式化
することでトリチウム移行モデルを核融合炉運転時間に依存しないものへと拡張で
きると考えられる。リチウム濃度変化については特にリチウム空孔密度を定量し照射
欠陥の安定化にどのように寄与するか評価する必要がある。ヘリウム滞留効果に関し
163
てはヘリウムバブルの形成速度やヘリウムの拡散速度などを算出すると共に、照射欠
陥の拡散速度を明らかにすることで、ヘリウムバブルの形成とヘリウムバブル内壁表
面での照射欠陥消滅速度を定量化出来るものと思われる。
② 照射欠陥であるダングリング酸素原子は欠陥同士の安定化によりトリチウム捕捉サ
イトとして機能することが明らかになった。このような欠陥安定化プロセスには温度
依存性があると考えられる。本研究での中性子照射はほぼ室温で行われたためこの温
度依存項について検討しなかった。また、核融合炉環境下でのトリチウム放出のシミ
ュレーションにおいても安定化した照射欠陥密度は実測値で補間したため温度依存
性を含んでいない。そのため、照射欠陥の拡散速度や安定化メカニズムなどを調査し
モデルの高度化が求められる。
③ トリチウム移行モデルを一般化するにあたり、材料依存性を詳細に明らかにすべきで
あると考えられた。特に本研究ではある程度化学的に安定なメタ構造のチタン酸リチ
ウムやケイ酸リチウムなどを比較したが、オルト構造のチタン酸リチウムやケイ酸リ
チウムはトリチウム移行メカニズムが大きく異なる可能性がある。特に第 10 章で比
較したリチウム拡散速度の材料依存性においては、オルソ構造のケイ酸リチウムなど
ではリチウム拡散エネルギーが非常に低い。また、トリチウム拡散エネルギーも相対
的に小さいことが分かっている。オルソ構造ではリチウムが十分にあるため、リチウ
ムが不安定な状態であり、拡散も非常に速いものと考えられるため、トリチウム移行
挙動にも差異があると考えられる。例えば、第 10 章で示したトリチウム拡散速度の
材料依存性ではトリチウム拡散エネルギーが各材料である程度近い値であることが
分かる。一方、第 9 章にてオルソ構造のチタン酸リチウム中のトリチウム拡散エネル
ギーは約 0.34 eV と求められており、非常に低い。トリチウムの拡散過程はリチウム
空孔を介して起こるものであり、隣接酸素原子との相互作用によりある程度高い拡散
エネルギーとなることが第 4 章で議論されたが、オルソ構造における非常に低い拡散
エネルギーはトリチウムと酸素の相互作用が非常に弱いか、トリチウム拡散機構が異
なることを示唆している。このようなトリチウム移行過程の差異をひとつずつ明らか
にし、包括的なトリチウム移行モデルを構築していくことが必要である。
164
謝辞
本研究の遂行ならびに本論文執筆にあたり、多くの方より貴重なご指導、ご助言を賜
りました。特に、静岡大学理学部附属放射科学研究施設の奥野健二教授には、公私にわ
たり、多大なるご指導、ご助言を賜りました。改めて、深く感謝いたします。また、同
講座の大矢恭久准教授には日常の研究に対する取り組み方、論文のまとめ方など、ご指
導、ご助言賜り、深く感謝いたします。同研究施設の矢永誠人准教授、宮澤俊義技官、
清水絵美子事務官、ならびに望月歩私設秘書官の皆様には日常生活から研究まで、貴重
なご助言、ご指導賜り、深く感謝いたします。
京都大学原子炉実験所の山名元教授、藤井敏行准教授ならびに中野幸広技官の皆様に
は熱中性子照射に関してご指導、ご助言を賜り、深く感謝いたします。
富山大学水素同位体科学研究センターの松山政夫教授、波多野雄治教授、原正憲准教
授には材料構造解析やトリチウム取扱等のご指導、ご助言を賜り、深く感謝いたします。
秋田大学工学資源学部の宗像健三教授にはモデルの数値解析に関してご指導、ご助言
を賜りました。深く感謝いたします。
京都大学大学院工学研究科の高木郁二教授にはトリチウム移行モデルについて有益
なご助言を賜りました。心より感謝いたします。
北海道大学大学院工学研究科の山内有二准教授には研究体系について有益なご助言
を賜りました。深く感謝いたします。
日本原子力研究開発機構の落合謙太郎様、今野力 GL をはじめ、核融合中性子工学グ
ループの職員の皆様には、核融合中性子源 14 MeV 中性子照射に関してご指導、ご助言
を賜り、マシンタイムを優遇して頂きました。心より感謝いたします。
また、静岡大学理学部附属放射科学研究施設に所属する学生の皆様には、日々の研究
生活において、貴重なご意見、ご協力を頂き、深く感謝いたします。
最後に、これまでの学生生活を常に暖かく見守ってくれ、支えてくれた両親に心から
深く感謝し、お礼申し上げます。
本論文は、これらの方々ならびにここに名前を列記しきれなかった、多くの方々のご
指導とご協力、激励によって完成し得たものです。ここに深く感謝の意を表します。
2013 年 12 月
小林 真
学術論文(査読有)
1.
Makoto Kobayashi, Sachiko Suzuki, Wanjing Wang, Rie Kurata, Katsuya Kida, NaokoAshikawa,
Akio Sagara, Naoaki Yoshida, Yasuhisa Oya and Kenji Okuno, “Trapping behaviour of deuterium
ions implanted into tungsten simultaneously with carbon ions”, Phys. Scr., T138 (2009) 014050.
2.
Makoto Kobayashi, Sachiko Suzuki, Rie Kurata, Wanjing Wang, Toshiyuki Fujii, Hajimu Yamana,
Kaiming Feng, Yasuhisa Oya and Kenji Okuno, “Study on annihilation behavior of gamma-ray
induced defects in Li2O”, J. Nucl. Mater., 417 (2011) 700-702.
3.
Makoto Kobayashi, Wanjing Wang, Rie Kurata, Masao Matsuyama, Takumi Hayashi, Toshihiko
Yamanishi, Yamato Asakura, Yasuhisa Oya and Kenji Okuno, “Dynamic behaviors of deuterium
retained in SS-316 oxidized at various temperatures”, Fusion Sci. Technol., 60 (2011) 403.
4.
Makoto Kobayashi, Kiyotaka Kawasaki, Tetsuo Fujishima, Yuto Miyahara, Yasuhisa Oya, Kenji
Okuno, “Release kinetics of tritium generated in lithium-enriched Li2+xTiO3 by thermal neutron
irradiation”, Fusion Eng. Des. 87 (2012) 471–475.
5.
Makoto Kobayashi, Akiko Hamada, Katsushi Matsuoka, Masato Suzuki, Junya Osuo, Yuki Edao,
Satoshi Fukada, Toshihiko Yamanishi, Yasuhisa Oya, Kenji Okuno, “Kinetics of tritium release
from thermal neutron-irradiated Li0.17Pb0.83”, Fusion Sci. Technol. 62 (2012) 56-60.
6.
Makoto Kobayashi, Kiyotaka Kawasaki, Katsuyoshi Tatenuma, Masanori Hara, Masao Matsuyama,
Toshiyuki Fujii, Hajimu Yamana, Yasuhisa Oya and Kenji Okuno, “Effects of Li4TiO4 Structure on
Tritium Release Kinetics from Lithium-Enriched Li2+xTiO3”, J. Plasma Fusion Res. SERIES, 10
(2013) 7-11.
7.
Makoto Kobayashi, Masashi Shimada, Yuji Hatano, Takuji Oda, Brad Merrill, Yasuhisa Oya and
Kenji Okuno, “Deuterium trapping by irradiation damage in tungsten induced by different
displacement processes”, Fusion Eng. Des., 88 (2013) 1749-1752.
8.
Makoto Kobayashi, Yasuhisa Oya, Kenji Okuno, “Migration of hydrogen isotopes in lithium
metatitanate”, J. Nucl. Mater., 439 (2013) 159-167.
9.
Makoto Kobayashi, Kensuke Toda, Yasuhisa Oya, Kenji Okuno, “Dependency of irradiation
damage density on tritium migration in Li2TiO3”, submitted to Journal of Nuclear Materials.
10. Makoto Kobayashi, Yasuhisa Oya, Kenzo Munakata and Kenji Okuno, “Developing a tritium
release model for Li2TiO3 with irradiation-induced defects”, submitted to Journal of Nuclear
Materials.
11. Makoto Kobayashi, Hiromichi Uchimura, Kensuke Toda and Yasuhisa Oya, “Effects of helium and
ambient water vapor on tritium release from Li2TiO3”, submitted to Journal of Nuclear Materials.
12. Yasuhisa Oya, Sachiko Suzuki, Wanjing Wang, Rie Kurata, Makoto Kobayashi, Naoko Ashikawa,
Akio Sagara, Naoaki Yoshida and Kenji Okuno, “Correlation between deuterium retention and
microstructure charge for tungsten under triple ion Implantation”, Phys. Scr., T138 (2009) 014051.
13. Sachiko Suzuki, Makoto Kobayashi, Rie Kurata, Wanjing Wang, Toshiyuki Fujii, Hajimu Yamana,
Kaiming Feng, Yasuhisa Oya and Kenji Okuno, ‘‘Elucidation of Annihilation Processes of Defects
Induced by gamma-irradiation in Li2TiO3’’ Fusion Eng. Des., 85 (2010) 2331-2333.
14. Kenji Okuno, Sachiko Suzuki, Makoto Kobayashi, Rie Kurata, Masao Matsuyama, Naoko
Ashikawa, Akio Sagara and Yasuhisa Oya, “Retention Behavior of Hydrogen Isotopes in Boron
Film Deposited on SS-316 for LHD first wall”, Fusion Eng. Des., 85 (2010) 2328-2330.
15. Rie Kurata, Makoto Kobayashi, Sachiko Suzuki, Wanjing Wang, Naoko Ashikawa, Akio Sagara,
Naoaki Yoshida, Yasuhisa Oya and Kenji Okuno, “Correlation between desorption of deuterium and
recovery of irradiation defects in simultaneously deuterium and carbon ion- implanted tungsten”, J.
Plasma. Fusion Res. 9 (2010) 193-196.
16. Wanjing Wang, Makoto Kobayashi, Rie Kurata, Sachiko Suzuki, Naoko Ashikawa, Akio Sagara,
Guangnan Luo, Yasuhisa Oya and Kenji Okuno, “Temperature Dependence of Retention Behavior of
Energetic Deuterium and Carbon Implanted into Tungsten Simultaneously”, J. Nucl. Mater., 417
(2011) 555.
17. Yasuhisa Oya, Makoto Kobayashi, Rie Kurata, Wangjing Wang, Naoko Ashikawa, Akio Sagara,
Naoaki Yoshida, Yuji Hatano and Kenji Okuno, “Dynamics of hydrogen isotope trapping and
detrapping for tungsten under simultaneous triple ion (C +, D2+ and He+) implantation”, J. Nucl.
Mater., 415 (2011) S701-S704.
18. Masato Suzuki, Rie Kurata, Makoto Kobayashi, Naoko Ashikawa, Akio Sagara, Yasuhisa Oya and
Kenji Okuno, “Retention behaviors of hydrogen isotopes in boron film exposed to H-H discharge in
LHD”, J. Nucl. Mater., 415 (2011) S728-S730.
19. Junya Osuo, Makoto Kobayashi, Rie Kurata, Akiko Hamada, Wanjing Wang, Toshiyuki Fujii,
Hajimu Yamana,Tianyong Luo, Kaiming Feng, Yasuhisa Oya and Kenji Okuno, “Dependence of
gamma-ray Dose on Annihilation Processes of Irradiation Defects in Li2TiO3, Fusion Eng. Des., 86
(2011) 2362-2364
20. Yasuhisa Oya, Makoto Kobayashi, Rie Kurata, Naoaki Yoshida, Naoko Ashikawa, Akio Sagara,
Masanori Hara, Yuji Hatano and Kenji Okuno, “Comparison of hydrogen isotope retention and
irradiation damage behaviors in tungsten and SS-316 with simultaneous C+-D2+ implantation”,
Fusion Eng. Des., 86 (2011) 1776-1779.
21. Kenji Okuno, Makoto Kobayashi, Rie Kurata and Yasuhisa Oya, “Role of energetic tritium
chemistry on developing thermonuclear fusion reactors”, Fusion Eng. Des., 86 (2011) 2358-2361.
22. Qiang Li, Wanjing Wang, Zhongshi Yang, Makoto Kobayashi, Masato Suzuki, Junya Osuo, Akiko
Hamada, Katsushi Matsuoka, Rie Kurata, Jing Wu, Chunyi Xie, Liping Zhao, Kenji Okuno,
Yasuhisa Oya, Guang-Nan Luo “Deuterium retention in SiC coated graphite by D2+ implantation”,
Fusion Eng. Des., 86 (2011) 1689–1692
23. Akiko Hamada, Makoto Kobayashi, Rie Kurata, Masato Suzuki, Hajimu Yamana, Toshiyuki Fujii,
Yasuhisa Oya and Kenji Okuno, “Retention and desorption behavior of hydrogen isotopes in
gamma-ray irradiated Li2TiO3”, Fusion Sci. Technol, 60 (2011) 399.
24. Katsushi Matsuoka, Makoto Kobayashi, Rie Kurata, Junya Osuo, Naoko Ashikawa, Akio Sagara,
Yasuhisa Oya and Kenji Okuno, “Impurity effects on hydrogen isotope retention incarbon-oxygen
contained boron film”, Fusion Sci. Technol., 60 (2011) 412-416.
25. Yasuhisa Oya, Masashi Shimada, Makoto Kobayashi, Takuji Oda, Masanori Hara, HideoWatanabe,
Yuji Hatano, Pattrick Calderoni and Kenji Okuno, “Comparison of deuterium retention for
ion-irradiated and neutron-irradiated tungsten”, Phys. Scr. T145 (2011) 014050.
26. Yasuhisa Oya, Makoto Kobayashi, Junya Osuo, Masato Suzuki, Akiko Hamada, Katsushi
Matsuoka, Yuji Hatano, Masao Matsuyama, Takumi Hayashi, Toshihiko Yamanishi and Kenji Okuno,
“Permeation behaviors of tritium through a type 316 stainless steel”, Fusion Eng. Des., 87 (2012)
580.
27. Akiko Hamada, Makoto Kobayashi, Katsushi Matsuoka, Masato Suzuki, Junya Osuo, Naoko
Ashikawa, Akio Sagara, Yuji Hatano, Yasuhisa Oya and Kenji Okuno, “Study on the retention
behavior of hydrogen isotopes and the change of chemical states of boron film exposed to hydrogen
plasma in LHD”, Fusion Eng. Des., 87 (2012) 1214.
28. Masashi Shimada, Y. Hatano, Y. Oya, T. Oda, M. Hara, G. Cao, M. Kobayashi, M. Sokolov, H.
Watanabe, B. Tyburska-Püschel, Y. Ueda, P. Calderoni, K. Okuno, “Overview of the US–Japan
collaborative investigation on hydrogen isotope retention in neutron-irradiated and ion-damaged
tungsten”, Fusion Eng. Des., 87 (2012) 1166.
29. Katsushi Matsuoka, Makoto Kobayashi, Kiyotaka Kawasaki, Tetsuo Fujishima, Yuto Miyahara,
Naoko Ashikawa, Kiyohiko Nishimura, Akio Sagara, Yasuhisa Oya and Kenji Okuno, “Hydrogen
Retention Behaviors in Boron Film Affected by Impurities Introduced by Hydrogen Plasma
Exposure at LHD”, J. Plasma Fusion Res., 7 (2012) 2401157.
30. Yasuhisa Oya, Makoto Kobayashi, Naoaki Yoshida, Naoko Ashikawa, Akio Sagara, Yuji Hatano,
and Kenji Okuno, “Implantation Energy Dependence on Deuterium Recycling and Retention
Behaviors for the Carbon Implanted Tungsten”, J. Plasma Fusion Res. SERIES, 10 (2013) 76-80.
31. Tomohisa Taguchi, Makoto Kobayashi, Kiyotaka Kawasaki, Yuto Miyahara, Naoko Ashikawa,
Akio Sagara, Naoaki Yoshida, Mitsutaka Miyamoto, Kotaro Ono, Yuji Hatano, Yasuhisa Oya and
Kenji Okuno, “Dynamic deuterium recycling on tungsten under carbon-deuterium implantation
circumstance”, J. Nucl. Mater., 438 (2013) 1117.
32. Y. Hatano, M. Shimada, V. Kh. Alimov, J. Shi, M. Hara, T. Nozaki, Y. Oya, M. Kobayashi, K.
Okuno, T. Oda, G. Cao, N. Yoshida, N. Futagami, K. Sugiyama, J. Roth, B. Tyburska-Püschel, J.
Dorner, I. Takagi, M. Hatakeyama, H. Kurishita, M. Sokolov, “Trapping of hydrogen isotopes at
radiation defects formed in W by neutron and ion irradiations”, J. Nucl. Mater., 438 (2013)
1117-1120.
33. Kenji Okuno, Makoto Kobayashi, Toshihiko Yamanishi, and Yasuhisa Oya, “Formation of
lithium-tritide by hot atom reactions of tritium produced in Pb-16Li”, Fusion Eng. Des., 88 (2013)
2328-2331.
34. Kensuke Toda, Makoto Kobayashi, Tetsuo Fujishima, Hiromichi Uchimura, Ryo Miura, Toshiyuki
Fujii, Hajimu Yamana, Yasuhisa Oya, and Kenji Okuno, “Study of correlation between tritium
release behaviors and irradiation defects produced by electronic excitation processes in Li 2TiO3”,
Fusion Eng. Des., 88 (2013) 2369-2372
35. Y. Hatano, M. Shimada, Y. Oya, V. Kh. Alimov, M. Hara, J. Shi, M. Kobayashi, T. Oda, G. Cao, K.
Okuno, T. Tanaka, K. Sugiyama, J. Roth, B. Tyburska-Püschel, J. Dorner, N. Yoshida, N. Futagami,
H. Watanabe, M. Sokolov, Y. Katoh “Deuterium Trapping at Defects Created with Neutron- and
Ion-Irradiation in Tungsten”, Nucl. Fusion 53 (2013) 073006.
36. Wanjing Wang, Qiang Li, Makoto Kobayashi, Yasuhisa Oya, Kenji Okuno, Guang-Nan Luo
“Retention behavior of deuterium and oxygen in boronized VPS-W”, J. Nucl. Mater., 438 (2013)
1138.
37. Chengjian Xiao, Xiaoling Gao, Makoto Kobayashi, Kiyotaka Kawasaki, Hiromichi Uchimura,
Kensuke Toda, Chunmei Kang, Xiaojun Chen, Heyi Wang, Shuming Peng, Xiaolin Wang, Yasuhisa
Oya, Kenji Okuno, “Tritium release kinetics in lithium orthosilicate ceramic pebbles irradiated with
low thermal-neutron fluence”, J. Nucl. Mater., 438 (2013) 46–50.
38. Yasuhisa Oya, Makoto Kobayashi, Tetsuo Fujishima, Kiyotaka Kawasaki, Yuto Miyahara, Naoaki
Yoshida, Yuji Hatano, Naoko Ashikawa, Akio Sagara and Kenji Okuno, “Behaviors of Deuterium
Retention and Microstructure Change of Tungsten Simultaneously Implanted with Carbon and/or
Helium Ions, Materials Transactions, 54 (2013) 430-436.
39. Yuji Hatano, Masashi Shimada, Yasuhisa Oya, Guoping Cao, Makoto Kobayashi, Masanori Hara,
Brad J. Merrill, Kenji Okuno, Mikhail A. Sokolov and Yutai Katoh, “Retention of Hydrogen
Isotopes in Neutron Irradiated Tungsten”, Materials Transactions, 54 (2013) 437-441.
40. Ryo Miura, Tetsuo Fujishima, Hiromichi Uchimura, Kensuke Toda, Makoto Kobayashi, Naoko
Ashikawa, Akio Sagara, Naoaki Yoshida,Yuji Hatano, Yasuhisa Oya, Kenji Okuno, “Influence of
tungsten–carbon mixed layer and irradiation defects ondeuterium retention behavior in tungsten”,
Fusion Eng. Des., 88 (2013) 1827-1830.
学術論文(査読無)
1.
小林
真、大矢
恭久、奥野
健二, “核融合炉材料中のトリチウム移行過程の解明に向け
たトリチウム測定技術”, BUNSEKI KAGAKU, 62 (2013) 99-105.
国際会議口頭発表
1.
Makoto Kobayashi, Wanjing Wang, Rie Kurata, Junya Osuo, Masato Suzuki, Toshiyuki Fujii,
Hajimu Yamana, Kaiming Feng, Yasuhisa Oya and Kenji Okuno, ‘‘Trapping and desorption behavior
of hydrogen isotopes in gamma-ray irradiated Li2TiO3’’, 3rd Japan-China Workshop on the tritium
and breeding blanket technology, Kunming, China, Jun. 20-23, 2010.
2.
Makoto Kobayashi, Rie Kurata, Masao Matsuyama, Takumi Hayashi, Toshihiko Yamanishi,
Yamato Asakura Yasuhisa Oya and Kenji Okuno, “Study on permeation behavior of tritium in
cooling pipe materials”, 19th Topical Meeting on the Technology of Fusion Energy, Las Vegas,
Nevada, Nov. 7-11, 2010.
3.
Makoto Kobayashi, Kiyotaka Kawasaki, Katsuyoshi Tatenuma Masanori Hara, Masao Matsuyama,
Toshiyuki Fujii, Hajimu Yamana, Yasuhisa Oya and Kenji Okuno,4th Japan-China workshop on
fusion-related tritium science and technology, “Effects of Li4TiO4 Structure on Tritium Release
Kinetics from Lithium-Enriched Li2+xTiO3”, Toyama, Japan, 9-11 May, 2012.
国際会議ポスター発表
1.
Makoto Kobayashi, Sachiko Suzuki, Wanjing Wang, Rie Kurata, Katsuya Kida, Akio Sagara,
Naoaki Yoshida, Yasuhisa Oya and Kenji Okuno, “Trapping behaviour of deuterium ions implanted
into tungsten simultaneously with carbon ions”, 12th International Workshop on Plasma Facing
2.
Materials and Components of Fusion Applications, Julich Germany, 11-14 May, 2009.
Makoto Kobayashi, Sachiko Suzuki, Rie Kurata, Wanjing Wang, Toshiyuki Fujii, Hajimu Yamana,
Kaiming Feng, Yasuhisa Oya and Kenji Okuno, “Study on Annihilation Behavior of gamma-ray
Induced Defects in Li2O”, 14th International Conference on Fusion Reactor Materials, Sapporo,
Japan, Sep.7-12, 2009.
3.
Makoto Kobayashi, Sachiko suzuki, Rie Kurata, Wanjing Wang, Masao Matsuyama, Naoko
Ashikawa, Akio Sagara, Yasuhisa Oya and Kenji Okuno, "Retention behavior of hydrogen isotopes
in boron film deposited on SS-316 for LHD first wall", JSPS Asian CORE program Winter School
Seminar on Fusion Blanket and liquid Metal Technology, Sapporo, Japan, Feb.22-23, 2010.
4.
Makoto Kobayashi, Wanjing Wang, Rie Kurata, Masao Matsuyama, Takumi Hayashi, Toshihiko
Yamanishi, Yamato Asakura Yasuhisa Oya and Kenji Okuno, “Dynamic behaviors of deuterium
retained in SS-316 oxidized at various temperatures”, 19th Topical Meeting on the Technology of
Fusion Energy, Las Vegas, Nevada, Nov. 7-11, 2010.
5.
Makoto Kobayashi, Kiyotaka Kawasaki, Tetsuo Fujishima, Yuto Miyahara, Yasuhisa Oya and
Kenji Okuno, “Release kinetics of tritium generated in lithium-enriched Li2+xTiO3 by thermal
neutron irradiation”, 10thInternational Symposium on Fusion Nuclear Technology, Portland, Oregon,
USA, Sep 11-16, 2011.
6.
Makoto Kobayashi, Akiko Hamada, Katsushi Matsuoka, Masato Suzuki, Junya Osuo, Yuki Edao,
Satoshi Fukada, Toshihiko Yamanishi, Yasuhisa Oya, Kenji Okuno, “Kinetics of Tritium Release
from Thermal Neutron-Irradiated Li0.17Pb0.83”, 15thInternational Conference On Fusion Reactor
Materials, Charleston, South Carolina, USA, Oct 16-22, 2011.
7.
M. Kobayashi, H. Uchimura, T. Taguchi, K. Toda, R. Miura, Y. Oya and K. Okuno, “Tritium
release mechanism for lithium-titanate with excess lithium”, International Symposium on Advanced
Energy System and Materials,
8.
Aomori, Japan, 20-22, August, 2012
Makoto Kobayashi, Masashi Shimada, Yuji Hatano, Takuji Oda, Brad Merrill, Yasuhisa Oya and
Kenji Okuno, “Deuterium trapping by irradiation damage in tungsten induced by different
displacement processes”, 27th Symposium of Fusion Technology. “Deuterium trapping by irradiation
damage in tungsten induced by different displacement processes”, Liege, Belgium, Sep. 24-28,
2012.
9.
Makoto Kobayashi, Hiromichi Uchimura, Kensuke Toda and Yasuhisa Oya, 16th International
Conference on Fusion Reactor Materials. “Effects of helium and ambient water vapor on tritium
release from Li2TiO3”, Beijing, China, Oct. 20-26, 2013.
国内会議口頭発表
1.
小林 真、石川寛匡、鈴木祥子、稲垣祐治、落合謙太郎、大矢恭久、奥野健二、‘‘固体にお
ける高エネルギーイオンのホットアトム化学的過程に関する研究(XVIII)-14 MeV 中性子
照射によりオルトケイ酸リチウム中に生成したトリチウムの放出挙動の解明-’’、日本放射
化学学会/第 52 回放射化学討論会、2008 年 9 月、広島大学
2.
小林 真、菊池洋平、稲垣祐治、鈴木祥子、木田克也、倉田理江、相良明男、芦川直子、吉
田直亮、岩切宏友、大矢恭久、奥野健二、‘‘タングステン-炭素混合層におけるトリチウム
捕捉過程の解明’’、日本原子力学会/第 40 回中部支部研究発表会、2008 年 12 月、名古屋大
学
3.
小林 真、鈴木祥子、石川寛匡、菊池洋平、稲垣祐治、林巧、山西敏彦、大矢恭久、奥野健
二、‘‘ステンレス酸化層におけるトリチウム捕捉過程の解明’’、日本原子力学会「春の年会」、
2009 年 3 月、東京工業大学
4.
小林 真、倉田理江、鈴木祥子、大矢恭久、” ステンレスにおけるトリチウム透過挙動に及
ぼす曝露圧力依存性”、日本原子力学会「春の年会」
、2010 年 3 月、茨城大学
5.
小林 真、押尾純也、鈴木優斗、濱田明公子、松岡和志、大矢恭久、奥野健二、藤井俊行、
山名元、“熱中性子照射したチタン酸リチウム中に生成した反跳トリチウムの放出機構に関
する速度論的研究” 、日本原子力学会「春の年会」、2011年3月、福井大学
6.
小林 真、川崎淨貴、藤島徹生、宮原祐人、林巧、山西敏彦、大矢恭久、奥野健二、“SS-316
ステンレス鋼酸化層中におけるトリチウム捕捉・脱離メカニズムの速度論に関する研究”,
日本原子力学会「秋の大会」、2011年9月、北九州国際会議/西日本総合展示場
7.
小林 真、押尾純也、鈴木優斗、濱田明公子、松岡和志、川崎淨貴、藤島徹生、藤井俊之、
山名元、大矢恭久、奥野健二, “チタン酸リチウムにおけるトリチウム放出挙動に及ぼすリ
チウム濃度依存性に関する研究, 日本原子力学会「秋の大会」、2011年9月、北九州国際会
議/西日本総合展示場
8.
小林 真, M. Shimada, G. Cao, B. Merrill, 波多野雄治, 大矢恭久, 奥野健二, “タングステンに
おける照射損傷形成プロセスの重水素捕捉への影響”, プラズマ・核融合学会 第29回年会,
福岡県春日市クローバープラザ.
2012年11月27-30日
9.
小林 真、田口僚久、佐藤美咲、蓼沼克嘉、藤井俊行、山名元、大矢恭久、奥野健二, “チタ
ン酸リチウム中のリチウム燃焼に伴うトリチウム放出挙動変化”, 原子力学会2013年春の年
会, 2013年3月26-28日
近畿大学東大阪キャンパス
10. 小林真、戸田健介、藤井俊行、山名元、大矢恭久”中性子照射量増加に伴うチタン酸リチウ
ム中の照射欠陥の生成と消滅挙動の変化”, 原子力学会2013年秋の大会, 2013年9月3-5日, 八
戸工業大学
国内会議ポスター発表
1.
小林 真、鈴木祥子、倉田理江、王万景、藤井俊行、山名元、大矢恭久、奥野健二、‘‘核融
合炉トリチウム増殖材中トリチウム移行過程に及ぼす照射効果 ~γ 線照射により Li2O 中に
生成する照射欠陥の消滅挙動~’’、京都大学原子炉実験所/第 44 回学術講演会、2010 年 1 月、
京都大学原子炉実験所
2.
小林 真, M. Shimada, G. Cao, B. Merrill, 波多野雄治, 大矢恭久, 奥野健二, 第9回核融合エネ
ルギー連合講演会, “中性子照射したタングステンにおける水素同位体滞留挙動に関する研
究(日米協力TITAN計画)”, 2012年6月28,29日, 兵庫県神戸市神戸国際会議場.
3.
小林 真、川崎淨貴、藤島徹夫、宮原佑人、藤井俊行、山名元、大矢恭久、奥野健二
回
京都大学原子炉実験所学術講演会, “核融合炉トリチウム増殖材中トリチウムの移行過
程に及ぼす照射効果”, 2013 年 1 月 29-30 日
表彰
第 47
京都大学原子炉実験所
1.
“Excellent presentation award”, Asian-Core University Program on Advanced Energy Science,
International Symposium on Advanced Energy Systems and Materials, Aug, 20-22, 2012, Aomori,
Japan
2.
“日本原子力学会 第 10 回核融合工学部会賞 奨励賞”, Sep. 4, 2013.