インフレ目標政策-その正しい理解のために-

2015 年 4 月 7 日
片岡剛士コラム
インフレ目標政策-その正しい理解のために-
経済・社会政策部
主任研究員
片岡剛士
前回のコラム(
『2015 年はアベノミクス再機動成功の年となるか?』)において、筆者は 3%の消費税
率引き上げによる消費者物価指数押し上げ効果が剥落する今年の 4 月以降は、物価上昇ではなく物価下
落が再び意識されると述べた。
3 月 27 日に公表された 2015 年 2 月の総務省「消費者物価指数」によれば、生鮮食品を除く総合指数
の前年比は+2.0%であり、食料・エネルギーを除く総合指数の前年比も+2.0%である。2014 年 4 月か
ら実施された消費税増税による物価押し上げ効果(生鮮食品を除く総合指数の場合 2.0%、食料・エネ
ルギーを除く総合指数の場合 1.7%)を除けば、消費者物価指数の前年比は+0.0%、+0.3%まで落ち込
んでいる。2014 年 3 月時点の消費者物価指数前年比が生鮮食品を除く総合指数で 1.3%、食料・エネル
ギーを除く総合指数で 0.7%であったから、消費税増税による物価への直接的影響を除いてみても物価
上昇率は低下基調で推移していることは否めない。
日本銀行が「消費者物価の前年比上昇率 2%の「物価安定の目標」を、2 年程度の期間を念頭に置い
て、できるだけ早期に実現する」ことを表明し、
「量的・質的金融緩和」の導入に踏み切ってから 2 年
が経過した。2 年後の現在において物価安定の目標を達成できていない現状をどう考えれば良いのだろ
うか。以下、順を追って検討することにしたい
■インフレ目標政策とは何か
議論をはじめるにあたり、インフレ目標政策とは何かを確認しておこう。インフレ目標政策とは、以
下でみる 5 つの特徴を持つ政策である。
1 つ目の特徴は数値目標の設定である。これは明確な数値を設定して、目標達成の有無を明確化する
ということだ。数値目標の設定には、2%といったかたちで目標数値を設定する方法(ポイントで指定
する方法)と、1%~3%といった範囲で指定する方法の 2 つがある。
ポイントで指定する方法のメリットは、ターゲットが明確であるために、数値目標の周知が容易であ
ることだ。一方でターゲットがポイント指定であるために、この目標を達成できない場合には中央銀行
への信認が失われるというリスクもある。これを回避するのが、範囲で指定する方法である。範囲で指
定すれば、ポイントで指定するよりも目標はあいまいとなるリスクがあるが、目標を達成する可能性が
高まるために信認を維持する可能性も高まるだろう。
ご利用に際しての留意事項を最後に記載していますので、ご参照ください。(お問い合わせ) 革新創造センター 広報担当 TEL:03-6733-1001 [email protected]
1
2 つ目の特徴は、達成期間の明確化である。中央銀行は短期的にはインフレ率と失業率(景気)のト
レード・オフがあることを前提にして金融政策を行っている。ただ、原油価格上昇といった要因が企業
のコストを引き上げ、それが価格転嫁というかたちで物価上昇に結びつくケース(コストプッシュ要因
にもとづく物価上昇)が、インフレ目標値以上の物価上昇をもたらした際には、インフレ目標値を上回
るといって中央銀行が即座に金融引き締め策を行うと、それが失業率(景気)の悪化に結びつくリスク
を高めてしまう。インフレ目標政策ではこういった場合に目標インフレ率を逸脱する可能性を認めてい
る。ただし、原油価格上昇といった要因が物価上昇率に影響するのはあくまで短期であるため、中長期
的には目標を達成するというかたちで達成期間を明確化することが必要となる。
3 つ目の特徴は、数値目標の決定と達成手段の決定の区別である。これは、数値目標の設定は政府が
基本的に行い、数値目標の達成手段(インフレ目標を達成するための金融政策)は中央銀行が選択する
ということである。中央銀行はこのことで、インフレ目標という制約条件のなかで自律的に金融政策を
行うことになる。
4 つ目の特徴は説明責任である。目標となるインフレ率を設定しても、それを達成するためにどのよ
うな金融政策を行い、金融政策はどのような効果を持つのかということが明らかでなければ、設定した
目標を国民が信認することはできないだろう。現実のインフレ率が中央銀行の目標とするインフレ率か
ら逸脱する場合にも、その原因が何かを明確に説明することが必要なのはいうまでもない。
5 つ目の特徴は動学的整合性である。これは金融政策によってインフレ率が安定的になり、かつイン
フレ目標値を達成する前に、政策変更をしないということを意味する。
以上のように、数値目標の決定と達成手段の決定の区別といった「政策の枠組み」としての側面がひ
とつ。そして、数値目標の設定や達成期間の明確化、説明責任、動学的整合性といった要素を通じて、
国民に広くインフレ目標と金融政策の理解を促すという「コミュニケーション戦略」としての側面。こ
と 2 つの側面を兼ね備えた政策が、インフレ目標政策であるといえよう。
■「インフレ目標政策」と日銀の金融政策
それでは、以上の 5 つの特徴に照らした場合に、日本銀行が現在行っている金融政策はどのように評
価することができるのだろうか。
まず、1 つ目の特徴である数値目標の設定に関しては、2013 年 1 月 22 日に政府と日本銀行が連名で
公表した「デフレ脱却と持続的な経済成長の実現のための政府・日本銀行の政策連携について(共同声
明)
」が対応する。ここでは「2%の物価安定目標」を定めており、ポイントで指定することでデフレか
ら完全に脱却するための政府・日銀の強いコミットメントを示したものだ。
政府と日本銀行が共同声明を公表し、量的・質的金融緩和に踏み切るまでのわが国の物価上昇率は、
「2 年程
長きにわたり持続的に低下(デフレ)を続けていた。2 つ目の達成期間の明確化に対応するが、
度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現する」と 2013 年 4 月 4 日の公表文 1で明記したのは、
1
「量的・質的金融緩和」の導入について
http://www.boj.or.jp/announcements/release_2013/k130404a.pdf
ご利用に際しての留意事項を最後に記載していますので、ご参照ください。(お問い合わせ) 革新創造センター 広報担当 TEL:03-6733-1001 [email protected]
2
期間を明確化することでデフレ脱却へのコミットメントを強め、予想(期待)インフレ率の引き上げを
狙ったためである。原油価格の下落による物価下落が、インフレ目標値以下の物価上昇率につながる場
合には、インフレ目標値を下回るといって中央銀行が即座に追加緩和を行うと、それが時間的なラグを
伴いながら景気とインフレ率の過熱につながってしまう。インフレ目標政策ではこういった場合に目標
インフレ率を逸脱する可能性を認めているが、原油価格下落による影響が沈静化した段階では、2%の
物価安定目標を達成・維持すべく金融政策を行う必要があるのは言うまでもない。
そして「消費者物価の前年比上昇率 2%の「物価安定の目標」を、2 年程度の期間を念頭に置いて、
できるだけ早期に実現する」ことが困難であるのならば、日本銀行はその原因を説明する責任がある。
筆者は、日本銀行が物価安定目標を現状達成できていないのは、昨年 4 月以降の消費税増税による経
済の悪化を予測できなかったこと、そして昨年後半から続く原油価格の下落が影響したためだと考える。
黒田総裁は、上記の二つについて明確に説明する必要がある。例えば、4 月 7 日・8 日に開催される金
融政策決定会合ないしは 4 月 30 日の展望レポートの見直し時期に合わせ、文書として明確に「量的・
質的金融緩和」から 2 年が経過した物価上昇率の現状と金融政策の先行きについて説明することも一案
ではないか。
昨今の物価上昇率の動きをみて、目標インフレ率を 2%から 1%に引き下げる、達成期限を延期すべ
きといった議論があるが、動学的整合性の観点から言えば、インフレ目標が未達の現状で目標の再設定
を行うことは自ら動学的非整合な政策を行うことを意味し、コミットメントの毀損につながる。現状の
枠組みを維持しつつも、説明責任を明確化することがインフレ目標政策の観点からみて必要なのである。
■インフレ目標政策が目指すものとは何か
インフレ目標政策に関しては、目標とする物価上昇率のみに重点を置いて政策を行うものだという指
摘がなされることがある。これはインフレ目標政策そのものを全く理解していない不当な批判だ。当然
ながら物価上昇率「だけ」を達成していれば良いというのではないし、こうした指摘は誤りであること
に留意すべきである。
それでは、目標インフレ率の近傍に物価上昇率を維持・安定化させることを通じて、中央銀行は何を
目指しているのだろうか。図表 1 は、消費者物価指数の基調的な動きをみるため、縦軸に消費者物価指
数(食料・エネルギーを除く総合指数)前年比上昇率、横軸に完全失業率をプロットしたものである。
前々節で述べたように、物価と失業率の間には短期的にトレード・オフの関係が成立している。低い
失業率を達成しようとすると過度に高いインフレ率が持続するリスクが高まる。一方でマイルドなデフ
レに突入した 1998 年 1 月以降の物価と失業率の関係をみると、マイルドなデフレが持続すると失業率
が悪化するリスクを高めることにつながる。2015 年 2 月時点の完全失業率は 3.5%であり、2013 年 3 月
時点の 4.1%と比較して改善しているものの、2%のインフレ目標が目指す領域(赤線で囲まれた部分)
には未だ不十分である。インフレ目標政策は、物価上昇率を目標インフレ率 2%の近傍で安定化させる
ことを通じて、図表 1 のデータに即して言えば 3%未満の失業率を維持し、短期的な景気動向を安定化
させることを目指す政策なのである。
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3
図表 1:フィリップス曲線
( 消費者物価指数(食料・エネルギーを除く総合)前年比上昇率:%)
8
1980年1月~1997年12月
(白抜点)
6
インフレ目標政策で目指
す領域
4
1998年1月~2015年2月
(灰色点)
2
0
より低い失業率を
達成するには高
いインフレ率を許
容する必要がある
-2
デフレ下では高失業率に甘ん
じざるをえない。
-4
1
2
3
4
5
6
( 完全失業率:%)
(注)1997 年 4 月から 1998 年 3 月まで、2014 年 4 月から 2015 年 2 月(直近値)までの物価上昇率からは消
費税増税による物価上昇率の上昇分を除いている。
(出所)総務省「労働力調査」、
「消費者物価指数」より作成
フィリップス曲線について、段階を追ってもう少し具体的に検討してみよう。図表 2 は、縦軸に消費
者物価指数(生鮮食品を除く総合)の前年比上昇率を、横軸に完全失業率をとってプロットしたもので
ある。なお、図表中には 2 つの点線と 1 つの直線が描きこまれている。2 つの点線のうち左側の点線は、
1990 年から 1997 年末までの「インフレ期」における物価と失業率の傾向線を示したものだ。そして右
側の点線は 1998 年 1 月から「量的・質的金融緩和」が開始される直前期までの「デフレ期」における
物価と失業率の傾向線を示している。
「インフレ期」と「デフレ期」の傾向線を比較すると、「デフレ期」の傾向線の方が、失業率の係数
(傾き)は小さく、切片も小さいことがわかるだろう。失業率の係数の値が小さい(傾きが小さい)と
いうことは、1%の失業率改善による物価上昇率の押し上げ効果が「デフレ期」の方が小さいことを意
味する。そして切片の値が小さいということは、ニューケインジアンフィリップス曲線(物価上昇率は
予想物価上昇率と失業率の二つの要因で定まる)を念頭におけば、「インフレ期」から「デフレ期」へ
の移行に伴って、予想インフレ率が低下したことを示唆する。つまり 1998 年以降のデフレの持続は失
業率(景気)の改善が物価上昇率の高まりに結びつきにくくなったことと、予想インフレ率自体の低下
の二つが引き起こしたものというわけだ。
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4
図表 2:フィリップス曲線からみた量的・質的金融緩和の効果①
4
( 消費者物価指数(生鮮食品除く総合):前年比上昇率:%)
1990年1月~1997年12月
コアCPI上昇率 = 6.28-1.83×完全失業率
R² = 0.82
3
2013年4月~2014年7月
コアCPI上昇率 = 9.742.31×完全失業率
R² = 0.67
2
1
0
-1
-2
1998年1月~2013年3月
コアCPI上昇率 = 4.27-0.98×完全失業率
R² = 0.47
-3
1
2
3
4
5
6
( 完全失業率:%)
(注)1997 年 4 月から 1998 年 3 月まで、2014 年 4 月から 2015 年 2 月(直近値)までの物価上昇率からは消
費税増税による物価上昇率の上昇分を除いている。
(出所)総務省「労働力調査」、
「消費者物価指数」より作成
図表 2 には合わせて直線が描きこまれている。これは「量的・質的金融緩和」が開始された 2013 年 4
月から、わが国の原油輸入の 8 割を占める中東地域の原油価格を代表するドバイ原油価格が前年比で下
落を始める前の時期である 2014 年 7 月までの期間までの物価と失業率の傾向線を示している。この傾
向線を先程の「インフレ期」
、
「デフレ期」の傾向線と比較すると、切片は「デフレ期」の値を上回って
増加し、
「インフレ期」の切片を超えている。傾きも「デフレ期」の値を上回って増加して、
「インフレ
期」の傾きを超えていることがわかる。先程の議論に即して言えば、
「量的・質的金融緩和」以降の予
想インフレ率は「デフレ期」の値からジャンプして、さらに失業率(景気)の改善が物価上昇率の高ま
りに直結しやすくなったということだ 2。これが、図表 2 から得られる「量的・質的金融緩和」の効果
である。
図表 2 における「量的・質的金融緩和」以降の物価と失業率の傾向線を念頭に置くと、消費者物価指
数(生鮮食品を除く総合)前年比で 2%のインフレ率を確保するための完全失業率はどの程度となるの
だろうか。傾向線のパラメーターに基づいて試算すると、必要な完全失業率は 3.3%程度となる。つま
2
量的・質的金融緩和前後の予想インフレ率の推計については、例えば Yano, Iida, Kataoka, Okada and
Okada(2014),”The End of One Long Deflation: An Empirical Investigation”, SSRN Working Paper Series を参照され
たい。
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5
りフィリップス曲線を念頭に置くと「2%の物価安定目標」とは「完全失業率 3.3%未満を維持する」こ
と意味するということだ。
■原油安と量的・質的金融緩和
前節で述べたように、2013 年 4 月に開始された「量的・質的金融緩和」とは、2%のインフレ目標を
達成するための金融政策であり、それを完全失業率に置き換えれば、
「完全失業率 3.3%未満を維持する」
金融政策ということであった。次に原油安と量的・質的金融緩和との関係を考えてみることにしよう。
まず原油価格の動向と消費者物価指数に含まれるエネルギー価格の動きを確認しておこう。図表 3 は
ドバイ原油価格(ドル/バレル)前年比と、消費者物価指数に含まれるエネルギー価格(電気代、都市
ガス代、プロパンガス、灯油及びガソリン価格を消費者物価指数のウエイトを用いて加重平均した値)
前年比の推移をみたものである。2005 年 1 月以降のデータを用いて 2 つの価格の時差相関係数を計算す
ると、3 カ月のラグで最も相関が高い(相関係数 0.79)ことがわかるため、ドバイ原油価格の変化は 3
カ月の遅れを伴いながら、消費者物価指数に含まれるエネルギー価格に影響する。
時差相関係数の結果からは、ドバイ原油価格前年比は 2015 年 1 月に下落率が最大となり、2 月はわず
かに下落率がマイルドとなっているため、ドバイ原油価格前年比の動きが消費者物価指数に含まれるエ
ネルギー価格に最も深刻な形で影響するのは 2015 年 4 月時点であることが予想される。
図表 3:ドバイ原油価格前年比とエネルギー価格前年比の推移
(前年比、%)
(前年比、%)
120
ドバイ原油価格
100
20
15
エネルギー価格(右軸)
80
10
60
5
40
0
20
-5
0
-10
-20
-15
-40
-20
-60
-80
-25
2006
2007
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2014
2015
(年、月)
(出所)総務省「消費者物価指数」
、IMF, Primary Commodity Prices から作成。
こうした原油価格の下落に伴うエネルギー価格の低下が消費者物価指数(生鮮食品を除く総合)に与
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6
える影響はどの程度で、ドバイ原油価格の将来予想を前提にすると、エネルギー価格の低下が消費者物
価指数に与えるインパクトはどの程度だと考えられるのだろうか。
図表 4 は、ドバイ原油価格が 2015 年 2 月の 56.15 ドル/バレルから、日本銀行が 2015 年 1 月の展望
レポートで想定しているドバイ原油価格の動き(見通し期間の終盤である 2016 年度にかけて 70 ドル程
度に緩やかに上昇していく)を踏まえて、2016 年 3 月に 70 ドル/バレルを達成するように緩やかに上
昇していくと仮定して、消費者物価指数前年比とエネルギー価格の寄与度を試算した結果である。なお、
2013 年 1 月から 2015 年 2 月までのデータは、消費者物価指数前年比を消費税増税による物価押し上げ
の寄与度、エネルギー価格の寄与度、エネルギー以外の価格の寄与度の 3 つに分解し、2015 年 3 月以降
のデータについては、エネルギー価格の消費者物価指数(生鮮食品除く総合)前年比に与える寄与度の
み掲載している。
なお 2015 年度(2015 年 4 月から 2016 年 3 月)までのエネルギー価格の寄与度の平均値は-0.7%pt
となり、1 月展望レポートに記載されている 2015 年度の消費者物価指数に与えるエネルギー価格の寄与
度(-0.7~-0.8%pt)とほぼ一致する。
図表 4:消費者物価指数前年比と各価格の寄与、エネルギー価格の寄与の予測
4.0
3.5
3.0
2.5
2.0
1.5
1.0
0.5
0.0
-0.5
-1.0
-1.5
(前年比、寄与度、%)
予測
2.0
1 2 3 4 5 6 7 8 9 101112 1 2 3 4 5 6 7 8 9 101112 1 2 3 4 5 6 7 8 9 101112 1 2 3
2013
2014
2015
2016
エネルギー価格の寄与
エネルギー価格以外の価格の寄与
消費税増税による物価押し上げ分
消費者物価指数(生鮮食品除く総合)前年比
(注)エネルギー:電気代、都市ガス代、プロパンガス、灯油及びガソリン。消費税増税による物価押し上げ分は、14
年4月1.7pt、5月以降は2.0ptとした。エネルギー価格の寄与は原油価格(ドバイ)が足元(2015年2月:56ドル/バレル)
から2016年3月にかけて70ドルまで緩やかに上昇すると想定し、原油価格とエネルギー価格との間に3期ラグを仮定
した回帰式から得たエネルギー価格の推移から試算した結果。
(出所)総務省「消費者物価指数」、IMF,Primary Commodity Pricesから作成。
公表されている 2015 年 2 月までの消費者物価指数前年比と寄与度の推移をみると、消費税増税によ
る物価押し上げ分が 2014 年 4 月以降の消費者物価指数の押し上げに寄与する一方で、消費税増税の影
響を除いたエネルギー価格やエネルギー以外の品目の寄与は低下傾向にある。エネルギー以外の品目の
寄与の低下には、消費税増税以降の総需要の低下の影響が作用していると考えられる。そして 2015 年 2
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7
月の値をみると、消費者物価指数前年比 2.0%増のうち、消費税増税による物価押し上げ分が 2.0%pt、
エネルギー価格の寄与が-0.2%pt、エネルギー価格以外の寄与が 0.2%pt という内訳になる。
筆者の試算が正しいとすれば、2015 年 2 月以降、ドバイ原油価格の動きを折り込んだエネルギー価格
の寄与度は 2015 年 4 月にかけて-1.1%pt まで高まった後、8 月まで-1.0%pt 程度を維持して、9 月以
降緩やかにマイナスのインパクトが剥落していき、ようやく 2016 年 3 月に+0.2%pt の寄与度となるは
ずだ。つまり原油価格の動きに応じたエネルギー価格の消費者物価指数へのマイナスインパクトは 3 月
以降徐々に高まっていき、4 月から 8 月にかけて 1%pt 程度のマイナスインパクトが持続することが予
想されるのである。
以上のように、原油安が消費者物価指数に与えるマイナスインパクトは今後さらに高まると見込まれ
る。図表 2 では量的・質的金融緩和が開始された 2013 年 4 月からドバイ原油価格が下落に転じる直前
期である 2014 年 7 月までの物価と失業率の傾向線の特徴を見たが、2014 年 8 月から 2015 年 2 月までの
データを含めた場合に物価と失業率の傾向線にはどのような変化が生じるのだろうか。図表 5 は、図表
2 の直線に加えて赤線が加えられている。この赤線は、量的・質的金融緩和が開始された 2013 年 4 月か
ら 2015 年 2 月までの物価と失業率の傾向線である。
図表 5:フィリップス曲線からみた量的・質的金融緩和の効果②
4
( 消費者物価指数(生鮮食品除く総合):前年比上昇率:%)
1990年1月~1997年12月
コアCPI上昇率 = + 6.28-1.83×完全失業率
R² = 0.82
3
2013年4月~2014年7月
コアCPI上昇率 = 9.742.31×完全失業率
R² = 0.67
2
1
0
2013年4月~2015年2月
コアCPI上昇率 = 3.820.80×完全失業率
R² = 0.11
-1
-2
1998年1月~2013年3月
コアCPI上昇率 = 4.27-0.98×完全失業率
R² = 0.47
-3
1
2
3
4
5
6
( 完全失業率:%)
(注)1997 年 4 月から 1998 年 3 月まで、2014 年 4 月から 2015 年 2 月(直近値)までの物価上昇率からは消
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費税増税による物価上昇率の上昇分を除いている。
(出所)総務省「労働力調査」、
「消費者物価指数」より作成
赤線と黒線と比較すると、2015 年 7 月以降のデータを考慮した赤線では切片の値が低下し、
「デフレ
期」における切片の値をも下回っている。そして傾きの値も再び低下して「デフレ期」における値をも
下回っている。赤線の傾向線を用いて原油安が始まる前に 2%インフレ目標達成のために必要な失業率
3.3%を代入して物価上昇率を試算すると 1.2%程度となる。つまり原油安の影響を考慮に入れると、
「2%
インフレ目標を達成・安定化する金融政策」で達成可能な物価上昇率は 1.2%程度ということになるの
である。
2015 年 3 月に新たに審議委員に就任した原田泰氏は、3 月 26 日の就任記者会見において、記者から
完全雇用失業率の水準ないしは潜在成長率について問われた際に次のように答えている。
「以前に失業率について、3.5%が完全雇用ではなく 2.5%くらいが完全雇用であるかもしれない、と
申し上げました。それは、物価が上がっていない状況での失業率を完全雇用であるということはできな
いのではないかということです。もちろん、失業率が 2.5%に近づく過程で――私は 2.5%くらいが完全
雇用の失業率ではないかと思っていますが――、物価がさらに上がる、2%を超えて上がるということ
が起きれば、
「2.5%くらいが完全失業率ではないか」という私の推測が間違っていたということになり
ます。
」
「また、潜在成長率あるいは潜在GDPのレベルについては、先程申し上げた完全雇用失業率とも関
係しています。完全雇用失業率が 3.5%であればそれに応じたGDPギャップが計算できます。ただ、
先程申し上げたように、失業率 3.5%でも物価が上がらないのですから、これは完全雇用状態のGDP
ではありません。3.5%の失業率がさらに低下する過程で、GDPのレベルは増えますので、潜在GDP
は実はもっと大きいということになります。
」3
図表 5 の議論を先程とは別の観点からまとめると、2013 年 4 月から 2015 年 2 月までの物価と失業率
の傾向線を前提とすると、
2%のインフレ率を安定的に達成するために必要な完全失業率は 2.3%となる。
もちろん原田氏が指摘する完全雇用失業率を厳密な形で計測・分析するには構造的・摩擦的失業率や
NAIRU の計測が必要であり、筆者も別の機会にまとまった形で検討したいと考えている。以上の点は
留保するとしても、筆者は「3.5%が完全雇用失業率」というのは誤りであり、むしろ原田氏が述べる
「2.5%が完全雇用失業率」の方が正しいと思うのである。
だとすれば、図表 2 で示したように、物価上昇率の加速というデメリットを気にすることなく、3.5%
よりもさらに低い完全失業率の達成が可能なのだから、インフレ目標達成に向けてより強力な金融緩和
策を行うことが必要とも言えるだろう。
3
http://www.boj.or.jp/announcements/press/kaiken_2015/kk1503d.pdf
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9
■追加緩和はどのような局面が生じたら必要なのか
これまでインフレ目標政策の意味について様々な観点から論じてきた。三菱UFJモルガン・スタンレ
ー証券の嶋中雄二氏は、2 月 25 日付のレポート(日銀は、「インフレ目標」の早期達成に全力を!~株
高・円安下でも、デフレ再突入阻止が重要に~ 4)において、消費者物価指数のマイナス化の進行を水際
で阻止するという断固とした姿勢を再びアクションで示すべきと主張し、4 月 7 日・8 日の金融政策決
定会合か 4 月 30 日の「展望レポート」公表時に 10 兆円の追加緩和を行うことを提案している。
図表 4 で具体的に試算したように、今後日本銀行のシナリオ通りにドバイ原油価格が推移するとして
も、エネルギー価格の消費者物価指数(生鮮食品を除く総合)前年比に及ぼす寄与が 4 月から 8 月にか
けてマイナス 1%pt 程度で推移する蓋然性が高い。こうした状況下で当面エネルギー価格のマイナスイ
ンパクトを打ち消すような総需要の拡大が生じる可能性は低いと見込まれる。消費者物価指数の前年比
マイナスが仮に 4 月から 8 月までの 5 カ月間持続することになれば、こうした動きが予想インフレ率の
低下や、ひいてはインフレ目標の達成にとって重大な障害につながる可能性は捨てきれない。
もちろん、原油価格の下落「のみ」が消費者物価指数の停滞の原因であるのならば、さらなる追加緩
和は逆に景気の過熱やインフレ率の急上昇という形で作用する可能性もありうる。しかし相変わらずさ
えない動きを続ける家計調査や商業動態統計、そして先行きの業況判断は悪化となり、2014 年度と比べ
ても低調なスタートとなった設備投資計画、企業・家計の予想インフレ率はほぼ横ばい、といった期待
外れの結果に終わった日銀短観(2015 年 3 月)
、有効求人倍率や完全失業率といった指標は堅調に推移
するものの、有効求人倍率を構成する有効求人数の先行指標である 2 月新規求人数は昨年 2 月以来の大
幅減少、さらに 2013 年 1 月以降、2 カ月連続で増加することがなく安定的に減少していた有効求職者数
が 2 月に入り 2 カ月連続で増加しているといったように雇用環境も懸念なしの情勢とは言えない現状を
考慮に入れれば、原油安で生じると期待される景気の持ち直しが期待外れに終わる可能性もあり得るの
ではないか。
このように考えていくと、総需要の拡大や予想インフレ率の観点からみて、早期の追加緩和を行うこ
とが日本銀行にとって必須だと言える。日本銀行は 2015 年 1 月の展望レポートで 2014~2016 年度の消
費者物価指数(生鮮食品除く総合)前年比につき政策委員の見通しを公表している。この見通しを検討
しつつ、消費者物価指数の動きがどのような推移を辿った場合に追加緩和が必要になるのかを考えてみ
ることにしよう。
図表 6 は、2015 年 1 月の展望レポートにおける 2015 年度の物価上昇率の中央値 1.0%を達成するため
に必要な消費者物価指数の動きを図表 4 のエネルギー価格の寄与度を前提として検討した結果である。
検討にあたり、図表 5 の原油安の影響を考慮した赤線のフィリップス曲線を念頭におき、量的・質的
金融緩和が達成可能な物価上昇率は 1.2%であると仮定する。さらに 1.2%を達成した後の月のエネルギ
ー価格を除く品目の消費者物価指数前年比に対する寄与度が変わらないとして 2015 年度の物価上昇率
が 1.0%となるために必要な消費者物価数前年比の推移を試算してみた。
4
http://www.sc.mufg.jp/report/business_cycle/snb_report/pdf/snb20150225.pdf
ご利用に際しての留意事項を最後に記載していますので、ご参照ください。(お問い合わせ) 革新創造センター 広報担当 TEL:03-6733-1001 [email protected]
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図表 6: 消費者物価指数(生鮮食品を除く総合)前年比が 2015 年度に 1%を達成すると仮定した場合の
シミュレーション
4.0
3.5
3.0
2.5
2.0
1.5
1.0
0.5
0.0
-0.5
-1.0
-1.5
(前年比、寄与度、%)
予測
2.0
2.3
1.9
1.2
-0.4
1 2 3 4 5 6 7 8 9 101112 1 2 3 4 5 6 7 8 9 101112 1 2 3 4 5 6 7 8 9 101112 1 2 3
2013
2014
2015
2016
エネルギー価格の寄与
エネルギー価格以外の価格の寄与
消費税増税による物価押し上げ分
消費者物価指数(生鮮食品除く総合)前年比
(注)エネルギー:電気代、都市ガス代、プロパンガス、灯油及びガソリン。消費税増税による物価押し上げ分は、14
年4月1.7pt、5月以降は2.0ptとした。エネルギー価格の寄与は原油価格(ドバイ)が足元(2015年2月:56ドル/バレル)
から2016年3月にかけて70ドルまで緩やかに上昇すると想定し、原油価格とエネルギー価格との間に3期ラグを仮定
した回帰式から得たエネルギー価格の推移から試算した結果。エネルギー以外の価格の寄与は15年9月に2.1%ptと
なり、以降一定と想定。
(出所)総務省「消費者物価指数」、IMF,Primary Commodity Pricesから作成。
図表 6 の結果からは、2015 年 1 月公表の展望レポートにおける政策委員の大勢見通しである前年比
でみて 1.0%の物価上昇率を達成するために必要な物価上昇率の推移は、2015 年 3 月と 4 月の 2 カ月間
は消費税増税の影響を除いたベースで前年比マイナスを許容するものの、その後は 2015 年 9 月に前年
比 1.2%を達成すべくじりじりと上昇を続け、エネルギー価格のマイナスインパクトが剥落していく中
で 2016 年 3 月に前年比 2.3%程度にまで物価上昇率が高まるといった姿であるということだ。
前年比 1.2%の物価上昇率を達成する時期が後ズレしたらどうなるだろうか。図表 7 は 2016 年 3 月に
物価上昇率が 1.2%になると想定した上で、図表 6 と同様の試算を行った結果である。結果をみると、
2015 年 3 月から 10 月までの間消費税増税の影響を除いたベースで物価上昇率はマイナスが続く。そし
て 2015 年度物価上昇率はマイナス 0.1%となる。
つまり以上の試算の結果からは、1 月展望レポートにおける 2015 年度物価上昇率 1.0%を達成するた
めには、2015 年 4 月から 2016 年 3 月までの期間において 1 回は物価上昇率がマイナスとなることを許
容できるものの、2 カ月連続でマイナスとなった場合には早期の物価上昇率の高まりが見込めない限り、
達成可能性が低くなる公算が大ということになる。
2015 年 4 月末に公表される予定の新たな展望レポートにおいて、2015 年度の物価上昇率の中央値が
1%を割り込む予想結果になるとすれば、それは消費者物価指数前年比のマイナスが一時的ではなく長
期にわたる可能性が高まったことを意味する。そうなれば、予想インフレ率が低下する可能性や、総需
要の拡大が不十分なものに留まることで、結果、物価上昇率への押し上げ効果が小さくなる可能性が高
ご利用に際しての留意事項を最後に記載していますので、ご参照ください。(お問い合わせ) 革新創造センター 広報担当 TEL:03-6733-1001 [email protected]
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まるだろう。日本銀行は消費者物価指数のマイナス化を、追加緩和という具体的なアクションで断固阻
止するという姿勢を早期に示すべきではないだろうか。
図表 7: 消費者物価指数(生鮮食品を除く総合)前年比が 2016 年 3 月に 1.2%を達成すると仮定した場
合のシミュレーション
4.0
3.5
3.0
2.5
2.0
1.5
1.0
0.5
0.0
-0.5
-1.0
-1.5
予測
(前年比、寄与度、%)
2.0
1.6
1.2
-0.2
-0.8
1 2 3 4 5 6 7 8 9 101112 1 2 3 4 5 6 7 8 9 101112 1 2 3 4 5 6 7 8 9 101112 1 2 3
2013
2014
2015
2016
エネルギーの寄与
エネルギー以外の品目の寄与
消費税増税による物価押し上げ分
消費者物価指数(生鮮食品除く総合)前年比
(注)エネルギー:電気代、都市ガス代、プロパンガス、灯油及びガソリン。消費税増税による物価押し上げ分は、14
年4月1.7pt、5月以降は2.0ptとした。エネルギー価格の寄与は原油価格(ドバイ)が足元(2015年2月:56ドル/バレル)
から2016年3月にかけて70ドルまで緩やかに上昇すると想定し、原油価格とエネルギー価格との間に3期ラグを仮定
した回帰式から得たエネルギー価格の推移から試算した結果。エネルギー以外の品目の寄与は足元から段階的に
拡大して、2016年3月に物価上昇率が前年比1.2%を達成するように推移すると想定。
(出所)総務省「消費者物価指数」、IMF,Primary Commodity Pricesから作成。
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