公益通報者保護法について ー行政法的視点から 目的

公益通報者保護法について
ー行政法的視点から
東京大学大学院法学政治学
研究科教授
宇賀克也
目的
• 公益通報者の保護(労働者保護)
• 事業者による法令遵守(コンプライアンスの
確保)⇒国・地方公共団体が使用者の場合に
は法律による行政の原理の確保
• 究極目的は、国民生活の安定および社会経
済の健全な発展
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規制の実効性(1)
• 公益上望ましくない状態を抑止するためには、
多様な法的仕組みが存在
誘導行政の仕組み
助言・勧告等の行政指導
経済的インセンティブ(補助金等)
経済的ディスインセンティブ(国民生活安定緊
急措置法の課徴金、ロードプライシング)
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規制の実効性(2)
情報によるインセンティブ(JIS)
情報によるディスインセンティブ(勧告に従わない事実の公
表)
規制行政の仕組み
命令⇒義務履行強制(代執行、執行罰、
直接強制、行政上の強制徴収、民事執行)
命令違反に対する罰則(間接罰)
即時強制(即時執行)
直罰
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規制の実効性(3)
• 規制の実効性を高める鍵は、情報の取得
• 行政による能動的な調査(定期的な立入検
査等)は、行政のリソース不足から十分には
行えない⇒違反行為を知る者からの通報が
最も効果的
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規制の実効性(4)
• 通報を奨励するための方法
通報による不利益の回避
公益通報者保護法
リー二エンシー(刑法、独禁法、金融商品取引法
以外にも拡大する余地)⇒通報者自身も違法行為に
関与していた場合に懲戒等の不利益処分を減免
千代田区職員等公益通報条例
新潟市における法令遵守の推進等に関する条例
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規制の実効性(5)
通報を奨励するための方法
通報による利益の付与⇒報奨金(経済的インセンティブ)
SEC
出入国管理及び難民認定法
66条 第62条第1項の規定による通報をした者がある場
合において、その通報に基いて退去強制令書が発付された
ときは、法務大臣は、法務省令で定めるところにより、その
通報者に対し、5万円以下の金額を報償金として交付するこ
とができる。但し、通報が国又は地方公共団体の職員がそ
の職務の遂行に伴い知り得た事実に基くものであるときは、
この限りでない。
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規制の実効性(6)
• 通報の義務付け
• 刑事訴訟法239条②
官吏又は公吏は、その職務を行うことにより
犯罪があると思料するときは、告発をしなけ
ればならない。
出入国管理及び難民認定法62条②
国又は地方公共団体の職員は、その職務を
遂行するに当つて前項の外国人を知つたと
きは、その旨を通報しなければならない。
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通報者(1)
• 一般論としては、職権発動の端緒としての情報
を広範に得るためには、通報者の範囲は広いこ
とが望ましい
•
•
•
•
•
独禁法45条 事業者の役員・従業者や違反行
為の被害者、一般消費者等 匿名も可
食品表示法12条
出入国管理及び難民認定法62条1項
刑事訴訟法239条1項
行政手続法36条の3(処分等の求め)
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通報者(2)
• 公益通報者保護法は、労働者が労務提供先
またはその役員・従業員等について通報対
象事実を通報することに伴う不利益な取扱い
を禁止することを立法目的の一つとしている
ため、通報者を限定⇒職権発動の端緒として
の広範な情報収集については、通報者を限
定しない他の制度で対応することも立法政策
としてはありうる
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通報対象事実
• 法令遵守という観点からは、通報対象事実を
間接罰や直罰が定められている場合に限定
する必然性はない
しかし、立法政策として通報対象事実を限定
する場合、違反行為が犯罪とされていること
を要件とすることは、刑罰という究極の制裁を
科すに値する悪質な行為への限定といえる
ので、合理性を見出すこともできる
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通報先
• 事業者内部 内部統制
国・地方公共団体の場合も、内部からの通
報の場合には内部統制の問題
行政機関 処分または勧告等をする権限を有
する行政機関⇒監督権限発動のために必要
な情報の取得の手段
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通報先の多元化(1)
• 制度間競争
利用する制度の選択肢があり、他の制度を利
用する障壁が低ければ、実効性の乏しい制度、
利用に危険が伴う制度は選択されなくなる⇒事
業者内部、行政機関の通報処理体制を充実さ
せる有効な方法は、他の制度の利用の障壁を
低くすること
Cf.行政不服審査法の施行に伴う関係法律の整
備等に関する法律による不服申立前置の見直し
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通報先の多元化(2)
• 内部通報によるコンプライアンスの確立を
基本的な目的とする公益通報者保護法の
場合、内部通報を第1次的な通報先とする
ことは理解できるが、外部通報の要件を
もう少し緩和できないか
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内部通報制度の普及(1)
• 情報不足、認識不足に対しては、広報の努力
で対応すればよいが、人手が足りないとか
小規模ゆえ通報者の秘密保護が困難という
理由で未導入の場合には、共同設置が有効
と思われる(事業者団体)
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内部通報制度の普及(2)
小規模市町村の場合には、機関の共同設置、
事務の委託、事務の代替執行等の地方自治
法上の広域連携の仕組みの活用のほか、
事実上の統一的窓口を設ける方法もある
Cf. 長崎県の市町による統一的情報公開審査
会、統一的個人情報保護審査会
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公益通報者の保護(1)懲戒
• 公務員が公益通報者の場合
国家公務員法82条1項
職員が、次の各号のいずれかに該当する場合にお
いては、これに対し懲戒処分として、免職、停職、減給
又は戒告の処分をすることができる。
一 この法律若しくは国家公務員倫理法又はこれらの法
律に基づく命令(国家公務員倫理法第五条第三項の
規定に基づく訓令及び同条第四項の規定に基づく規
則を含む。)に違反した場合
二 職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合
三 国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつ
た場合
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公益通報者の保護(2)分限
(身分保障)
• 国家公務員法75条① 職員は、法律又は人
事院規則に定める事由による場合でなけれ
ば、その意に反して、降任され、休職され、又
は免職されることはない。
• ② 職員は、人事院規則の定める事由に該
当するときは、降給されるものとする。
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不利益処分の司法審査
• 社会観念審査+判断過程統制
形式的考慮事項審査
他事考慮
要考慮事項
実質的考慮事項審査
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公益通報者情報の保護(1)
一般職公務員の守秘義務
• 国家公務員法、地方公務員法上の秘密該当性
秘密の要件
最判昭和52・12・19刑集31巻7号1053頁
(徴税虎の巻事件)
最決昭和53・5・31刑集32巻3号457頁
(外務省秘密漏洩事件)
実質秘 非公知性+要保護性
守秘義務違反に対する罰則
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公益通報者情報の保護(1の2)
特別職公務員の守秘義務
• 特別職公務員については、
①秘密保持義務が課されていなかったり、
②秘密保持義務違反に対する罰則がなかったり、
③罰則が非常に軽かったり重かったり、
④重要な秘密に接することの多い職であるにも
かかわらず、秘密保持規定が一般職より緩和
宇賀克也・行政法概説Ⅲ(第3版)(有斐閣)442
頁以下
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公益通報者情報の保護(2)
利用目的の特定
• 民間(個人情報取扱事業者)
個人情報保護法
(利用目的の特定)
第15条 個人情報取扱事業者は、個人情報を取
り扱うに当たっては、その利用の目的(以下「利
用目的」という。)をできる限り特定しなければな
らない。
2 個人情報取扱事業者は、利用目的を変更する
場合には、変更前の利用目的と相当の関連性
を有すると合理的に認められる範囲を超えて
行ってはならない。
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公益通報者情報の保護(3)
利用目的による制限
• 個人情報保護法
• 16条① 個人情報取扱事業者は、あらかじ
め本人の同意を得ないで、前条の規定により
特定された利用目的の達成に必要な範囲を
超えて、個人情報を取り扱ってはならない。
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公益通報者情報の保護(4)
取得に際しての利用目的の通知等
個人情報保護法
18条① 個人情報取扱事業者は、個人情報を
取得した場合は、あらかじめその利用目的を
公表している場合を除き、速やかに、その利
用目的を、本人に通知し、又は公表しなけれ
ばならない。
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公益通報者情報の保護(5)
安全管理措置
• 個人情報保護法
20条 個人情報取扱事業者は、その取り扱う
個人データの漏えい、滅失又はき損の防止
その他の個人データの安全管理のために必
要かつ適切な措置を講じなければならない。
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公益通報者情報の保護(6)
従業者の監督
個人情報保護法
21条 個人情報取扱事業者は、その従業者に
個人データを取り扱わせるに当たっては、当
該個人データの安全管理が図られるよう、当
該従業者に対する必要かつ適切な監督を行
わなければならない。
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公益通報者情報の保護(7)
委託先の監督
個人情報保護法
22条 個人情報取扱事業者は、個人データの
取扱いの全部又は一部を委託する場合は、
その取扱いを委託された個人データの安全
管理が図られるよう、委託を受けた者に対す
る必要かつ適切な監督を行わなければなら
ない。
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公益通報者情報の保護(8)
第三者提供の制限
23条① 個人情報取扱事業者は、次に掲げる場合を除くほ
か、あらかじめ本人の同意を得ないで、個人データを第三
者に提供してはならない。
一 法令に基づく場合
二 人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場
合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき。
三 公衆衛生の向上又は児童の健全な育成の推進のため
に特に必要がある場合であって、本人の同意を得ることが
困難であるとき。
四 国の機関若しくは地方公共団体又はその委託を受けた
者が法令の定める事務を遂行することに対して協力する
必要がある場合であって、本人の同意を得ることにより当
該事務の遂行に支障を及ぼすおそれがあるとき。
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公益通報者情報の保護(9)
行政機関個人情報保護法
(個人情報の保有の制限等)
3条 行政機関は、個人情報を保有するに当たっては、
法令の定める所掌事務を遂行するため必要な場合に
限り、かつ、その利用の目的をできる限り特定しなけ
ればならない。
2 行政機関は、前項の規定により特定された利用の目
的(以下「利用目的」という。)の達成に必要な範囲を
超えて、個人情報を保有してはならない。
3 行政機関は、利用目的を変更する場合には、変更前
の利用目的と相当の関連性を有すると合理的に認め
られる範囲を超えて行ってはならない。
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公益通報者情報の保護(10)
行政機関個人情報保護法
• 防衛庁情報公開請求者リスト事件
東京地判平成16・2・13判時1895号73頁
情報公開業務に必要のない情報を記載した
リストを作成し情報公開室以外に配布したこ
とはプライバシー侵害
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公益通報者情報の保護(11)
行政機関個人情報保護法
利用目的の明示
4条 行政機関は、本人から直接書面‥に記録された当該本人の個人情報
を取得するときは、次に掲げる場合を除き、あらかじめ、本人に対し、そ
の利用目的を明示しなければならない。
一 人の生命、身体又は財産の保護のために緊急に必要があるとき。
二 利用目的を本人に明示することにより、本人又は第三者の生命、身体、
財産その他の権利利益を害するおそれがあるとき。
三 利用目的を本人に明示することにより、国の機関、独立行政法人等‥、
地方公共団体又は地方独立行政法人‥が行う事務又は事業の適正な
遂行に支障を及ぼすおそれがあるとき。
四 取得の状況からみて利用目的が明らかであると認められるとき。
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公益通報者情報の保護(11)
行政機関個人情報保護法
(安全確保の措置)
6条 行政機関の長は、保有個人情報の漏え
い、滅失又はき損の防止その他の保有個人
情報の適切な管理のために必要な措置を講
じなければならない。
2 前項の規定は、行政機関から個人情報の
取扱いの委託を受けた者が受託した業務を
行う場合について準用する。
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公益通報者情報の保護(12)
行政機関個人情報保護法
(従事者の義務)
7条 個人情報の取扱いに従事する行政機関
の職員若しくは職員であった者又は前条第二
項の受託業務に従事している者若しくは従事
していた者は、その業務に関して知り得た個
人情報の内容をみだりに他人に知らせ、又は
不当な目的に利用してはならない。
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公益通報者情報の保護(13)
行政機関個人情報保護法
• 目的外利用・提供禁止原則
8条 行政機関の長は、法令に基づく場合を除
き、利用目的以外の目的のために保有個人
情報を自ら利用し、又は提供してはならない。
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公益通報者情報の保護(14)
行政機関個人情報保護法
目的外利用・提供禁止原則の例外
8条2項 前項の規定にかかわらず、行政機関の長は、
次の各号のいずれかに該当すると認めるときは、利
用目的以外の目的のために保有個人情報を自ら利
用し、又は提供することができる。ただし、保有個人
情報を利用目的以外の目的のために自ら利用し、
又は提供することによって、本人又は第三者の権利
利益を不当に侵害するおそれがあると認められると
きは、この限りでない。
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公益通報者情報の保護(15)
独立行政法人等個人情報保護法
• 基本的に行政機関個人情報保護法と
同内容の規制
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公益通報者情報の保護(16)
個人情報保護条例
• 各地方公共団体の個人情報保護条例による
規制
• 都道府県、市区町村は100%個人情報保護
条例を有する
• 内容は、おおむね行政機関個人情報保護法
と同じ
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公益通報者情報の保護(17)
情報公開請求
• 公益通報を受けた行政機関、独立行政法人
等、地方公共団体が行政機関情報公開法、
独立行政法人等情報公開法、情報公開条例
に基づく開示請求を受けた場合
個人識別情報は不開示
他の情報との照合により、個人が識別され
るおそれに十分に留意
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公益通報者情報の保護(18)
情報公開請求
• 行政機関情報公開法5条6号の事務・事業
情報にも該当すると考えられる
∵公益通報者の個人情報が守られなければ、
公益通報事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれが
あるため
千葉地判平成13・4・10判例集不登載
(「知事への手紙」事件)
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公益通報者情報の保護(19)
情報公開請求
• 個人が識別されない情報であっても、本人が
自分が通報した情報であると分かる場合、不
信感をいだき、公益通報事務の適正な遂行
に支障を及ぼすおそれ
• 内閣府情報公開審査会答申(当時)平成15
年度(行情)答申第748号
• 宇賀克也・情報公開と公文書管理(有斐閣、
2010年)197頁以下参照
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公益通報者情報の保護(20)
情報公開請求
• 公益通報者情報を情報公開請求を受けて
開示することにより、プライバシーを侵害した
場合⇒国家賠償責任
松山地判平成15・10・2(少なくとも過失)、高
松高判平成16・4・15(大洲市長が住民投票条
例制定の直接請求受任者名簿を開示)
Cf.情報公開実務研究会・情報公開の実務第2
巻(第一法規)4331頁
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公益通報者情報の保護(21)
第三者提供
• 団地住民の市長に対する要望書・署名簿を
反対派の団体自治会会長に交付・開示したこと
が違法なプライバシー侵害とされた例
津地伊勢支判平成、名古屋高判平成20・5・
13(個人情報保護研究会・個人情報保護の
実務第2巻5569頁)
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公益通報者情報の保護(22)
第三者提供
• 国家公務員が、国の建物建設計画に反対す
る住民からの電話による発言内容等を記録
した文書を建設反対派住民に交付したことが
違法な個人情報漏洩であるとして慰謝料請求
を認容
東京地判平成21・4・13( (個人情報保護研
究会・個人情報保護の実務第2巻5703頁)
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公益通報者情報の保護(23)
• 公益通報の窓口となる職員が、公益通報者
情報を正当な理由なく他者に提供する行為
は、プライバシー侵害として不法行為になる
にとどまらず、懲戒等の服務上の処分に値す
る
• さらに、刑罰をもって抑止するに値する悪質
な行為といえる
• 刑罰を科す例 宇賀克也・行政法概説Ⅰ(第
5版)(有斐閣)163頁
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