IFRS第13号 「公正価値評価」 ―欧州での不動産の

Law, Accounting & Tax
不動産ファンドに関する国際財務報告基準
第35回
IFRS第13号 「公正価値評価」
―欧州での不動産の公正価値の
ディスクロージャー
清水 毅
太田 英男
プライスウォーターハウスクーパース
株式会社
パートナー
公認会計士
(ARES マスター M0600830)
あらた監査法人
パートナー
公認会計士
会社においてどのように適用されているかサンプル
1.はじめに
本連載は,不動産ファンドに関係する国際財務報
告基準
(
「 IFRS 」
)
の動向および IFRSの基本的な考
え方を解説することを目的として連載しています。
今回は欧州で行われた投資不動産の公正価値開
示についての調査のご紹介をしたいと思います。
調査し、特に、投資不動産の公正価値を測定する際
に使用された重要で観察不能なインプットに関する
センシティビティ( 感応度)
についての数値的開示の
調査を行っています。
なお、本調査で調査対象とした欧州の不動産会
社は 37 社の上場会社であり、英国、フランス、ドイ
ツ、オランダ、スイス及びイタリアの会社です。
2011年 5月、国際会計基 準委員会
( IASB )は、
「公正価値測定 」
( IFRS第13 号)
を公表しています。
これは、米国の財務会計基準審議会
( FASB )
との
共同プロジェクトによるもので、公正価値の測定方
法を説明し、公正価値に関する開示の強化を目的と
2.投資不動産の会計処理と開示
IFRSにおける投資不動産の会計処理と開示につ
いて整理します。
したものです。この基準では、資産や負債の公正価
IAS第 40 号「 投資不動産 」では、当初認識後の
値の測定にあたり用いられた前提条件や手法につい
会計処理について公正価値モデルまたは取得原価モ
ての詳細な開示が求められており、2013 年1月1日
デルによる方法のいずれかの方法が選択できます。
以降に開始する事業年度より適用されています
(早
公正価値モデルでは、毎期の公正価値の変動によ
期適用可能)
。
る損益は当期の損益として処理されます。取得原価
本調査では、このIFRS第13 号が、欧州の不動産
モデルでは取得後は、減価償却を継続的に行う方
March-April 2015
83
法です。参考までに現行の日本基準との比較を行う
評価技法そのものについてはどの手法が望ましいも
と次ページの図表1のとおりとなります。
のとしているわけではありません。なお、これらの3
投資不動産は、IFRS第13 号では、事後測定や開
示に関連して公正価値を検討する必要があります。
種の評価技法は不動産鑑定評価においても、取引
事例比較法、原価法および収益還元法として、類似
した概念があるため、理解しやすいと思われます。
3.公正価値の開示とレベル
IFRS第13 号では、
評価技法の優先順位を定
めておらず、観察可能なインプットを最大限使用し、
IFRS第13 号によれば、公正価値は、使用される
状況を踏まえて最も適切な評価技法を使用すること
評価技法へのインプットの種類に基づき、レベル1
を求めています。投資不動産は、将来の収入に基づ
から3までのヒエラルキーに順位づけされます。説
いて価格を決めることが多いため、一般に、インカ
明は図表2のとおりです。
ム・アプローチまたはマーケット・アプローチが、公正
定期的に取引されるものではない、個別性が強い
価値の測定にあたっては最も適合することが多いと
といった不動産の資産としての性質上、同一資産の
思われます。複数の評価技法を使用する場合には、
観察可能なインプットがなければ、レベル2またはレ
それらの評価技法により算定される評価額のレンジ
ベル3に区分されることになります。
の合理性を考慮して、公正価値の適切性をチェック
IFRS第13 号では、レベル2または 3に区分され
する必要があります。
た場合、公正価値の算定にあ
たり使用した評価技法とイン
図表 1 投資不動産
プットを開示することを求め
ています。さらにレベル3の
IFRS
賃貸収益もしくは資本増価またはそ
賃貸等不動産については 、原価評価
の両方目的として保有する投資不動 (取得原価から減価償却累計額を控
産は 、公正価値評価または原価評価 除した金額で測定します。公正価値
のいずれかを会計方針として選択する 評価を選択することはできませんが 、
ことができます。なお 、一定の場合 一定の時価情報を開示する必要があ
を除いて 、当該方針を全ての投資不 ります。
動産に適用することになります。
また 、原価評価を選択した場合でも 、
一定の公正価値情報を注記する必要
があります。
役務提供のための不
動産
例えばホテルなど自己が保有する不
賃貸されている不動産はすべて賃貸
動産の占有者に対して、付随的なサー 等不動産として扱われ 、時価情報の
ビスを提供する場合には 、提供され 開示が求められます。
るサービスの重要性を勘案して 、重
要性が低い場合には投資不動産とし
て取り扱い 、重要な場合には 、自己
使用不動産として取り扱うことになり
ます。
場合には、公正価値の算定
にあたり使用した重要で観
察不能なインプットに関連し
て感応度などの計数的な開
示が必要となります。
IFRS第13 号では、公正価
値を測定するにあたり十分な
データが利用可能な評価技
法を使用することとともに関
連性のある観察可能なイン
プットの使用を最大限にし、
観察可能でないインプットの
使用は最小限にすることを求
めています。一般に広く使用
されている評 価 技法には、
図表 2 公正価値のヒエラルキー
レベル
レベル毎に求められるインプットの説明
レベル1
インプットは対象の資産と同一のものに関する活発な市場における公表価格
です。活発な市場における公表価格がある場合には 、それを調整せずにそ
の価格を使用します。
レベル2
レベル1となるような活発な市場における公表価格までではない 、直接また
は間接に観察可能なインプットです。
レベル3
観察不能なインプットで 、通常 、経営者が推定に基づいて使用するものです。
当該推定は資産の価格を決定するにあたり市場参加者が使用するであろう
推定を反映したものになる必要があります。
マーケット・アプローチ、コス
ト・アプローチおよびインカ
ム・アプローチがありますが、
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ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.24
日本基準(参考 )
取得後の処理
ここで実際の評価技法の使用状
図表 3 評価手法の種類
。
況を見てみます
(<図表 3 >参照)
7%
調査対象とした37 社では、インカ
Income
ム・アプローチを採用する会社が圧
Market
倒的多数
( 93% )
でした。残りはマー
ケット・アプローチを採用しており、
全ての会社はインカム・アプローチま
93%
たはマーケット・アプローチのどちら
かを使用していました。なお、37 社
中、2 社は、異なるタイプの投資不動
産についてインカム・アプローチと
マーケット・アプローチの両者を使用
していました。
図表 4 インプットの数
インカム・アプローチのうちで最も
12
よく使用されている手法は、直接還
元法とディスカウント・キャシュフロー
10
らの手法では、不動産から生ずるで
あろう将来の収入に基づいて現在
価値による公正価値を測定する方法
です。これらの手法により公正価値
を測定している会社では、開示して
Nu m ber of com pan ies
法
( DCF 法 )と考えられます。これ
いる定量的なインプットの数にはか
8
6
4
2
なりのばらつきが見られました
(<図
表 4 >参照)
。
2
また、インカム・アプローチにおい
4
て使用されているインプットの種類
を図表 5 に示します。
インカム・アプローチでは将来の収
入に基づいて評価を行うため、イン
カム又はイールドに関するインプット
について多く開示されています。
さらに、定量的なデータの開示方
法についても様々なものがありまし
た。図表 6 に示します。
このように加重平均とレンジの両
方を開示している事例が半数を超え
6
8
10
12
14
Number of quantitative inputs disclosed
図表 5 インプットの種類
100%
90%
80%
70%
60%
50%
40%
30%
20%
10%
0%
Income
Yield
Discount
rate
Growth
rate
Capital
value
Vacancy
rate
Other
ていますが、加重平均とレンジのど
March-April 2015
85
ちらかのみの開示を行っている会社
図表 6 インプットの開示方法
もあります。
4.アセット・クラスの
開示
27%
57%
16%
Weighted average
Range
Weighted average
and range
IFRS第13 号による公正価値の開
示ではアセット・クラス毎に行う必要
がありますが、その際、次の点を踏
まえて、資産または負債の適切なク
ラスを決定することを求めています。
1)
当該資産または負債の性質、特
性およびリスク
2)
公正価値ヒエラルキーのレベル
図表 7 アセット・クラス
35%
30%
25%
20%
レベル3に区分される場合には、
15%
公正価値の測定の際、不確実性や主
10%
観性が高いため、アセット・クラスの
5%
数も増やす必要があると思われます
0%
ので、経営者が適切に判断を行う必
Geographical
Class of
property
Geographical
and class
of property
Other
Single
要があります。すくなくとも、財政状
態計算書
( 貸借対照表 )で表示され
ている科目よりも増やす必要がある場合が多いと思
われます。
5.感応度(センシティビティ)
本調査では対象会社の、オペレーティング・セグメ
IFRS第13 号によれば、レベル3に区分される投
ント情報における開示とアセット・クラスの区分との
資不動産で公正価値により測定されるものについて
比較を行いました。結果、アセット・クラスの開示に
は、以下の開示が必要となります。
おいて、43%の会社は開示されたオペレーティング・
観察可能ではないインプットの変動に対する公
1)
セグメントに基づき不動産を細分化していました。
正価値の感応度に関する文章による説明
細分化していない会社については、その75%の会社
2)
ある観察可能ではないインプットとその他の観
が、投資不動産の注記において、開示より細分化さ
察可能ではないインプットとの間に相互関係が
れた情報を開示していました。
ある場合には、それが公正価値の変動に与える
また、本調査の対象とした会社おいて、公正価値
の開示のためのアセット・クラスの区分で使用された
カテゴリーをまとめると図表7のとおりでした。
影響についての説明。
なお、上記1)
の説明には、少なくとも開示されて
いる観察可能ではないインプットを含める必要があ
ります。
この感応度分析は定量的な手法で行うことが明
白に求められているわけではありませんが、少なくと
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ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.24
もIAS第1号に従って行われる必 要があります。
図表 8 感応度の開示について
IAS第1号は以下のように規定しています。
( IAS第
1号第125 項 )
「企業は、翌事業年度に資産や負債の帳簿価格に
重要な修正を生じる要因となる著しいリスクを伴う
41%
41%
将来に関して行った仮定、及び報告期間の末日にお
けるその他の見積りの不確実性に関する主な情報を
開示しなければならない。当該の資産及び負債に関
18%
し、注記には次の事項の詳細を記載しなければなら
ない。
1)
その内容
2)
報告期間の期末日現在の帳簿価格」
Same Number of in puts and sensitivities
More sensitivities than inputs disclosed
More inputs than sensitivities disclosed
投資不動産の公正価値を測定するにあたって使用
した仮定がこのIAS第1号に定める重要な仮定に該
応度分析が実施されているものは、開示されている
当する場合には、財務諸表の利用者が、このような
観察可能ではないインプットよりも少ない状況でし
仮定の不確実性の影響を理解できるように、追加的
た。これは、開示されている観察可能ではないイン
な情報が提供される必要があります。また、上記開
プットの全てが IFRS第13 号の文脈での
“ 重要 ”な
示の補足として、IAS第1号第129 項
( b)
において、
ものではないと判断されたためと考えられます。
重要な仮定に対する帳簿価格の感応度は、開示す
るべき事項の例示の一つとされています。
また、41%の会社では、開示されている観察可能
ではないインプットの全てが重要だと考え、感応度
分析をすべてについて実施しています。
本調査の対象とした会社 37 社のうち、23 社は定
残りの18%の会社については、開示されている観
量的な開示を行っており、残りの14 社については定
察可能ではないインプット以上の感応度分析が行わ
性的な開示で対応しています。開示の様式は各社ご
れていました。この分析は要約説明による定性的な
とにかなり差異がありますが、表形式での分析の開
分析として行われていました。なお、このような追加
示を選択した会社と要約した文章による説明方式を
的な分析が行われた理由は必ずしもすべてのケース
採用している会社があります。
において明らかではありません。
前述のとおり、IFRS第13 号では、観測可能では
定性的な感応度分析の方法として最も多かったの
ないインプットの変化に対する感応度についての説
は、当該要因の分析を開示している会社のうち、
明を行う必要があり、最低限、公正価値の測定に使
42%の会社が採用している25 ベーシスポイント変化
用されているものについて行う必要があります。
分析
( イールド及び割引率)および同54%の会社が
調査対象会社について、開示されている重要な観
察可能ではないインプットと感応度分析が行われて
行っている5%変化分析
( インカム)の2 種類の分析
でした。
いるインプットとの比較検討を行いました
(<図表 8
>参照)
。
結果、実際には対象会社のうち41%において、感
March-April 2015
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6.日本基準
7.おわりに
前述のとおり日本では、投資不動産については
本調査の結果を見ると、欧州におけるIFRS 適用
公正価値による評価は採用することはできません
会社の投資不動産の公正価値の開示について、評
が、賃貸等不動産の時価の開示は行われています。
価手法及び開示の方法についてはかなりのばらつき
IFRS第13 号に関連して、日本では企業会計基準委
もあるものの、適用している手法や感応度の開示に
員会から「公正価値測定及びその開示に関する会計
ついては主流となるものの方向性が見えているよう
基準
( 案)
」が 2010 年7月に公表されています。当該
にも思われます。このため今後、IFRSの適用や日
基準案では、賃貸等不動産は公正価値を毎期継続
本基準でも同様の基準ができた場合には適用の際
して注記する資産及び負債として、当該資産及び負
に参考になるものと考えられます。
債に関する貸借対照表の科目等に応じて公正価値の
レベル別の内訳の開示が求められています。ただし
さらに詳細をご覧になりたい方は PwC – In depth
IFRSとのコンバージェンスの流れの中で、当基準案
A look at current financial reporting issues
の適用は、当初予定よりも遅れています。
December 2014 No,INT 2014-12
( IFRS13 European
real estate survey )
をご覧いただければと思います。
しみず たけし
公認会計士、日本証券アナリスト協会検定会員、不動産証券化協会
認定マスター あらた監査法人・プライスウォーターハウスクーパー
ス株式会社パートナー 資産運用インダストリーリーダー 不動産
ファンドおよび運用会社に対して、監査およびアドバイス業務を提
供。
主たる著書として、
「投資信託の計理と決算」
(中央経済社・共著)、
「不動産投信の経理と税務」(中央経済社・共著)、「集団投資スキー
ムの会計と税務」
(中央経済社・共著)等。あらた監査法人の不動
産業・IFRS チャンピオン、および PwC・Global の IFRS・業種
別委員会・不動産部会の委員を務める。
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ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.24
おおた ひでお
公認会計士、あらた監査法人 第3金融部(資産運用)パートナー
不動産運用インダストリー全般、J リートおよび私募不動産ファン
ドなどに対して、監査およびアドバイス業務を提供。主たる著書と
して、
「ファンド投資のモニタリング手法」(中央経済社・共著)
、
「不
動産投資法人 (J リート ) 設立と上場の手引き」
(不動産証券化協会・
共著)、「集団投資スキームの会計と税務」(中央経済社・共著)
、
「投
資信託の計理と決算」(中央経済社・共著)等。不動産証券化協会
IFRS コンバージェンスグループ委員及び日本公認会計協会 投資
信託等専門部会 専門委員。