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167
Chapter
7
ファイマン則
場の量子論の巧妙な数学はファイマン則と呼ばれる一連の操作に蒸留され
る.この規則は場の量子論の過程の全ての手法を説明する処方箋と考えら
れ,図形的な形で表される.有名なファイマンダイアグラムである.この章
ではファイマン則を発展させ,どのようにしてファイマンダイアグラムを構
成するのかを示す.最終目標は様々な粒子相互作用における物理パラメータ
を計算することである.ここではこれらを議論する.
量子論では起こる過程の確率振幅を計算することによって,実験予測をす
る.これは場の量子論においても正しく,崩壊や散乱事象などの粒子相互
作用の振幅を計算する.そのような計算を実行するために使われる基本的
な道具は S 行列として知られている.どんな与えられた物理過程も始状態
|i⟩ = |α(t0 )⟩ から |f ⟩ = |α(t)⟩ で表される最終出力状態への遷移として考え
られる.すなわち,
|i⟩ → |f ⟩
である.この遷移はユニタリ演算子 S 行列の作用を介して起こる.
|f ⟩ = S|i⟩
ここで S は散乱(英語で Scattering )の略語である.S 行列がユニタリであ
168
第7章
ファイマン則
ることより,それは
S † S = SS † = I
を満たす.通常の量子力学より,我々は状態の時間発展はユニタリな時間発
展演算子 U (t, t0 ) を使って記述されることを知っている.すると,時刻 t0
のとき |αI (t0 )⟩ からより後の時刻 t の終状態 |αF (t)⟩ に発展する振幅は
⟨αF (t)|U (t, kt0 )|αI (t0 )⟩
(7.1)
になる.初期及び終状態は t = −∞ にやってきて,相互作用し,t = ∞ に
異なる自由粒子として飛び去る自由粒子を含む.S 行列の要素は式 (7.1) の
極限
SF I =
lim ⟨αF (t)|U (t, kt0 )|αI (t0 )⟩
t0 →−∞
t→+∞
(7.2)
である.運動量空間では S 行列は次のように与えられた過程が起こるため
の振幅 MF I に比例する.
SF I ∝ −i(2π)4 δ(pF − pI )MF I
(7.3)
ここで pF は出力された状態の全 4 元運動量で,入力された運動量について
も同様である.ディラックのデルタ関数がこの過程における運動量の保存を
強制する.ファイマン則は各々の起こりうる物理過程のファイマンダイアグ
ラムとして知られる図形的表現を使って,この過程の振幅 MF I を計算する
のをより簡単にする.振幅 MF I は摂動的過程を使って計算される.ある過
程の確率振幅をとったものと想像し,級数展開をしよう.摂動展開の各々の
項に対し 1 つのファイマンダイアグラムが存在する.そして,それらを足し
合わせると全体の振幅が得られる.M を与えられた事象の振幅と仮定しよ
う.同じ初期及び最終粒子状態は各々の振幅が Mi の過程の集まりとなるだ
ろう.全振幅は
169
相互作用描像
Mtotal =
n
∑
g ki Mi
(7.4)
i=0
となる.ここで g ki は各 Mi の結合定数である.この和の中の各項 Mi に対
してそれぞれ 1 つのファイマンダイアグラムが存在する.各々の振幅に掛け
られる g で表される結合定数は相互作用の強さを記述し,k は相互作用の次
数を記述する.1 次の過程には k = 1 で,2 次の過程には k = 2 のように.
式 (7.4) の高い次数の項はより多くの g の因子を持つ. したがって,もし g
が小さいなら,i が大きくなるにしたがって,すなわち,和 (7.4) でより多く
の項をとるなら,高次の項はだんだん無視してもよくなり,次のように程よ
い振幅の見積もりを得るためにある n で和をとるのを止めることができる.
M=
n
∑
g ki Mi
i=0
例えば,量子電磁力学(QED)では,結合定数は α = 1/137 ≈ 0.0073 に比
例し,これは小さい数である.2 次の確率は α2 ≈ 0.000053 に比例する.そ
れ故,結合定数が積として現れる因子に対しては,項は十分小さく,それら
を計算上無視してかまわない.これは,振幅を導く計算を明示的に行うとき
に,より大きな意味を持つ.この章では,抽象的であるが有益である散乱と
崩壊事象を理解するために,手順を単純で簡単なもので例示する.次章から
は QED を試すときに,物理的過程の学習を開始する.
場の量子論において系の発展を式 (7.4) の振幅を生み出す相互作用描像を
使って確認することが有益である.それ故,ここでは,量子力学における相
互作用を見直すことから始める.
相互作用描像
この節では,量子力学を 3 つの異なる描像で描く.最初の 2 つはシュレ
ディンガー描像と 2 番目は相互作用描像である.その間のがハイゼンベルク
170
第7章
ファイマン則
描像である.2 つの描像で状態と演算子を区別するために,我々は添字 S を
シュレディンガー描像に,添字 I を相互作用描像に使う.
量子論で相互作用描像に移行するためにハミルトニアンを時間に独立な自
由場ハミルトニアン H0 と,時間に依存する相互作用ハミルトニアン HI の
2 つの部分に分ける.
H = H0 + HI
(7.5)
シュレディンガー描像では,状態と演算子は添字 S を付けて表そう.例え
ば,シュレディンガー描像では,状態ベクトルは |α⟩S と書かれ,演算子は
AS と表される.この描像では,演算子は固定され状態は時間に従って
i
∂
|α(t)⟩S = H|α(t)⟩S
∂t
(7.6)
と発展する.ここで H は完全なハミルトニアンである.相互作用描像にお
ける状態ベクトル |α(t)⟩I は自由部分のハミルトニアンの働きによってシュ
レディンガー描像における状態ベクトルと関係している.
|α(t)⟩I = eiH0 t |α(t)⟩S
(7.7)
さて,相互作用描像を使って,我々は状態から演算子まで時間発展をさせる
シュレディンガー描像とハイゼンベルク描像の中間の表示を採用する.す
なわち,相互作用描像において,演算子もまた時間発展する.相互作用描
像の演算子 AI は次のようにしてシュレディンガー描像の演算子と関係して
いる.
AI = eiH0 t AS e−iH0 t
(7.8)
さて,今から式 (7.7) を微分し,式 (7.6) を使って状態の動的方程式に次の
ようにしてたどり着く.
171
相互作用描像
∂
∂
|α(t)⟩I = (eiH0 t |α(t)⟩S )
∂t
∂t
∂
|α(t)⟩S
∂t
=iH0 eiH0 t |α(t)⟩S + eiH0 t (−iH|α(t)⟩S )
=iH0 eiH0 t |α(t)⟩S + eiH0 t
=iH0 eiH0 t |α(t)⟩S + eiH0 t (−iH0 − iHI |α(t)⟩S )
= − iHI eiH0 t |α(t)⟩S
= − iHI |α(t)⟩I
したがって,相互作用描像における状態の時間発展は
i
∂
|α(t)⟩I = H|α(t)⟩I
∂t
(7.9)
となることが結論付けられる.これは状態の時間発展がハミルトニアンの相
互作用部分によって決定されることを教えてくれる.さて,今から,相互作
用描像の演算子がどのように時間発展するのか見ていこう.これは式 (7.8)
を微分することによって行う.
∂
∂
AI = (eiH0 t AS e−iH0 t )
∂t
∂t
=iH0 e
iH0 t
AS e
−iH0 t
+e
(
iH0 t
∂AS
∂t
)
e−iH0 t − ieiH0 t AS H0 e−iH0 t
=iH0 eiH0 t AS e−iH0 t − ieiH0 t AS H0 e−iH0 t
=iH0 AI − iAI H0
=i[H0 , AI ]
すなわち,相互作用描像における演算子の時間発展はハミルトニアンの自由
部分によって決定される.
∂
AI = i[H0 , AI ]
∂t
(7.10)
相互作用描像でハミルトニアンが時間発展にどのように影響を与えるかまと
めてみよう:
172
第7章
ファイマン則
H0 (自由) 演算子の時間発展に影響する
HI (相互作用) 状態の時間発展に影響する
我々は,場の量子論では場それ自体が演算子であることを見てきた.式
(7.10) は場の時間発展が自由場ハミルトニアンによって特徴づけられること
を示唆している.
摂動論
さて,我々は量子力学における時間発展がユニタリ演算子 U (t, t0 ) によっ
ても記述できることを知っている.
|α(t)⟩I = U (t, t0 )|α(t0 )⟩I
(7.11)
この式の両辺を微分してみよう.左辺は
∂
|α(t)⟩I = −iHI |α(t)⟩I = −iHI U (t, t0 )|α(t0 )⟩I
∂t
となる.一方,右辺は
∂
U (t, t0 )|α(t0 )⟩I
∂t
(7.12)
を得る.それ故 U (t, t0 ) の時間発展は式
i
∂U
= HI U
∂t
(7.13)
によって記述される.さて,式 (7.11) に t = t0 を代入するならば,現在の
系の変化が分かる.この瞬間の U 演算子の形を計算しよう.すると,
|α(t0 )⟩I = U (t0 , t0 )|α(t0 )⟩I
が得られる.したがって,
173
摂動論
U (t0 , t0 ) = 1
でなければならない.恒等写像は経過時間 0 では系が変化しないことを意味
する.これを式 (7.13) の初期条件として積分すると
∫
t
U (t, t0 ) = 1 − i
HI (t′ )U (t′ , t0 )dt′
(7.14)
t0
が得られる.これは,どのように演算子 U が時刻 t0 から t に従って変化す
るのかを記述する積分方程式である.これはただちに演算子 U を一連の小
さな工程の計算に改善する反復近似を示唆する.
例として,我々は U0 と呼ぶ大雑把な近似解から始めよう.最初の改善は
U1 であり,それは,
∫
t
U1 (t, t0 ) = 1 − i
HI (τ )U0 (τ, t0 )dτ
t0
によって与えられる.しかし,U0 から U1 に移行するには大きな変動があ
り,まだまだ計算の改善が必要である.したがって,出力 U1 を使って U2
を計算する.
∫
t
U2 (t, t0 ) = 1 − i
HI (τ )U1 (τ, t0 )dτ
t0
これらの改善は次のようなぞっとする表式を生成する.
U (t, t0 )
(
∫ t
∫
′
=1 − i
HI (t ) 1 − i
∫
t0
t
=1 − i
t0
t0
dt′ HI (t′ ) + (−i)2
∫
t
+ (−i)n
t0
dt′
∫
)
t′
′′
′′
HI (t )U (t , t0 )dt
∫
t
dt′
∫
t0
t′
t0
dt′′ · · ·
∫
t(n−1)
t0
t′
′′
dt′
dt′′ HI (t′ )HI (t′′ ) + · · ·
t0
dt(n) HI (t′ )HI (t′′ ) · · · HI (t(n) )
174
第7章
ファイマン則
これは t > t′ > t′′ > · · · > t(n) を満たしているので,この n 番目の項は
∫
t
n
(−i)
′
∫
=
(−i)
n!
∫
∫
′′
t0
t
t0
dt′
t(n−1)
dt · · ·
dt
t0
n
t′
∫
t
dt′′ · · ·
t0
∫
t0
t
{
}
dt(n) T HI (t′ )HI (t′′ ) · · · HI (t(n) )
{
}
dt(n) T HI (t′ )HI (t′′ ) · · · HI (t(n) )
t0
となる.ここで T は時間順序演算子である.すると,これらの項を足し合わ
せると,ダイソン級数を得る.この展開式を適当な項までで切り捨てると,
近似解を求めることができる.
さて,状態の話に戻ろう.解くべき式は
i
∂
|α(t)⟩ = HI |α(t)⟩
∂t
である*1 .ここでハミルトニアン HI は時間に依存する.この式の形に注意
しよう.もし,相互作用 HI が 0 になったら,状態は時間に関して変化しな
い定数である.このことは,どのような状態の遷移も相互作用に依存すると
いうことを教えてくれる.記号を簡単にするために,時刻 t0 での系の始状
態を
|α(t0 )⟩ = |i⟩
と表そう.系の始状態 |i⟩ は散乱事象が起こる前の系の状態である.言い換
えれば t → −∞ の系の状態である.これは,散乱事象の前の,粒子の相互
作用をしていない状態である.終状態,つまり散乱事象が起こってから長い
時間がたった後の状態は limt→∞ |α(t)⟩ = S|i⟩ である.我々はある特定の
終状態 |f ⟩ で終わるこの状態の系の振幅を計算したい.
⟨f |S|i⟩ = Sf i
*1
訳注:ここから相互作用描像の状態 |α(t)⟩I の I を省略する.
175
摂動論
これは,S 行列の成分である.それ故,状態 |i⟩ から始まり,終状態 |f ⟩ で
終わる S によって記述される相互作用を経過した系の確率 Pf i は
Pf i = |⟨f |S|i⟩|2 = Sf i Sf∗i
となる.時刻 t での系の状態はダイソン級数で使った反復表現で書くことが
できる.始状態 |i⟩ に対して,最初の 2 項に対しては
∫
|α(t)⟩ = |i⟩ + (−i)
が成り立つ.Sf i =
t
−∞
HI (t′ )|α(t′ )⟩ dt′
lim ⟨α(t)|U (t, t0 )|α(t0 )⟩ = ⟨f |U (+∞, −∞)|i⟩ であ
t0 →−∞
t→+∞
ること及び U をダイソン級数で書くことができることより,S 行列を級数
で表すことができる.
S=
∞
∑
∫
+∞
(−i)n
n=0
dt′
∫
−∞
t′
−∞
dt′′ · · ·
∫
t(n−1)
−∞
dt(n) HI (t′ )HI (t′′ ) · · · HI (t(n) )
(7.15)
まとめると,振幅 ⟨f |S|i⟩ を計算するには,摂動論を使って適当な次数(許
容できる範囲の誤差)の項を計算すればよい.場の量子論においては,物質
と反物質の生成のような過程を記述しなければならない.
2γ + e− + e− → e− + e− + e+ + e−
読者はどのようにして異なる組の粒子が得られるかを反応前後の状態によっ
て知ることができる.粒子の組が変わるため,始状態から消滅する粒子と終
状態に生成される粒子という用語を使う.混乱しただろうか? 誰がではな
い.幸いにもファイマンはこれら全てを十分よく理解し単純なレシピに蒸留
した.我々は今から今までやってきたことすべてを忘れてファイマン則を
使って振幅を計算する.
176
第7章
ファイマン則
ファイマン則の基本
摂動展開の最も重要な点は次である:計算を改善するのにだんだん小さく
なっていく補正項を使う.重要性の減少は摂動パラメータによって定量化さ
れる.それはこの場合結合の強さである.ある時点で測定するには小さすぎ
る補正項となり,補正項の追加は止めることができる.
そのような摂動展開において,すでに見てきたとおり,与えられた過程の
振幅 M は
M=
∑
g kn Mn
n
の形の展開式を使うことで計算できる.各振幅 Mn はファイマンダイアグ
ラムで描くことができる特定の粒子反応(散乱,崩壊)である.項 Mn の次
数が上がれば,起きる可能性は低くなり,全体の振幅に寄与する割合は低く
なる.項 Mn はそれぞれ同じ入力及び出力粒子を持つ,しかし,異なる中間
状態を表す.そのような中間状態はダイソン級数の項に対応する.各項 Mn
は与えられた相互作用の強さを表す結合定数 g によって見積もられるから,
与えられた相互作用の強さが小さいとき,摂動論を使って解析することがで
きる.
ファイマンダイアグラムは 1 つかより多くの外線があり*2 ,それらは頂点
で接続された入力または出力粒子を表す.時間は下から上に流れるか,左か
ら右に流れることができる.例えば,粒子 A が粒子 B ,C に崩壊する粒子
崩壊過程を想像しよう.
A→B+C
時間の流れを下から上にとると,この過程は図 7.1 のファイマンダイアグラ
ムによって表される.
*2
訳注:外線とはファイマンダイアグラムにおいて 1 つの頂点だけと接続し反対側が外部
に伸びている線のことである.
177
ファイマン則の基本
B
時間
図 7.1
C
A
崩壊過程 A → B + C のファイマンダイアグラム.時間はダイア
グラムの下から上に流れる.
もし,この過程を時間が左から右に流れるようにダイアグラムを描くと図
7.2 のファイマンダイアグラムが得られる.
B
A
C
時間
図 7.2
時間の流れを左から右にとったときの崩壊過程 A → B + C の
ファイマンダイアグラム.
ファイマンダイアグラムは粒子相互作用の質的,記号的表現である.それ
故,ここで考える時間の流れは実際の時間軸と考えるべきではない.通常,
時間の流れる方向はダイアグラムにおいて明示的には示されていない.その
かわりにそれは文脈において理解される.
散乱事象はダイアグラムにおいて頂点と頂点に挟まれた内線で描かれた中
間状態または粒子を含む.粒子 A と B が散乱過程で粒子 C と D に散乱し
たと仮定しよう.そしてこの散乱過程は中間状態 I を含むものとしよう.こ
の散乱事象は
178
第7章
ファイマン則
A+B →C +D
である.これは中間状態 I を持つ内線を含むファイマンダイアグラム図 7.3
で表されている.中間状態の正しい解釈はそれが粒子 A と B の間に働く力
を伝えるその力を伝える粒子であるとするものである.例えば,もしそれが
電磁相互作用だとするならば,例えば,電子と陽電子の散乱だとするなら,
内線は光子である.相互作用の方法は図 7.3 に描かれている.粒子 A と B
は出会い,消滅して状態 I を生成し,それは後の時間で粒子 C と D に崩壊
する.
C
D
I
時間
図 7.3
A
B
反応 A + B → C + D のファイマンダイアグラム.
さて,時間の流れを左から右にとったときの同じ反応を描いてみよう.こ
れは図 7.4 に示す.
179
ファイマン則の基本
C
A
I
B
D
時間
図 7.4
時間の流れを左から右にとったときの過程 A + B → C + D の
ファイマンダイアグラム.
粒子はボゾン(力を伝える粒子)の交換を介して散乱することができる.
散乱事象
C +D →C +D
を表してみよう.ここでこの散乱事象で粒子 C と D はボゾン B の交換を
する.これは図 7.5 に示す.このダイアグラムで時間は下から上に流れる.
粒子 C と D は近寄り,ボゾン B の交換を介して散乱し,また離れていく.
D
C
B
C
D
時間
図 7.5 ボゾン B の交換を伴う散乱事象 C + D → C + D .
さて,我々は場の量子論において,反粒子,及び粒子が様々な過程に係わ
ることを知っている.そこで反粒子にはプライム『′ 』を付けて表そう.した
がって,粒子が A なら,その反粒子は A′ である.ファイマンダイアグラム
において,粒子の線は時間の流れる向きの矢印で指し示される.逆に反粒子
の線は時間の流れる向きとは逆向きの矢印で指し示される.
180
第7章
ファイマン則
A′
A
B
A′
A
時間
図 7.6 粒子を示す矢印は時間の流れる向きとし反粒子を示す矢印は時間
の流れる向きと逆向きにとった散乱事象 A + A′ → A + A′ .
反応
A + A′ → A + A′
を考えよう.ここで A は A′ とボゾン B の交換を介して散乱する.この反
応は,図 7.6 に描いた.
ファイマンの輝かしい観察の一つが,時間を前進する粒子が,時間を後
退する反粒子と等価であるというものである(3 章参照)
.これが,反粒子の
矢印を時間に逆行する向きに進むようにとった理由である.さて,A と A′
が出会って,消滅しボゾン B を生成し,それが A と A′ に崩壊する対消滅
反応を考えよう.この場合の反応 A + A′ → A + A′ は図 7.7 に示す.
A′
A
B
A′
A
時間
図 7.7
反応 A + A′ → A + A′ の別表現.
ファイマンダイアグラムの各々の線は 4 元運動量によって特徴づけられ
る.再び,図 7.6 に示したボゾン B の交換を介して起こる反応 A + A′ →
181
振幅を計算する
A + A′ を仮定しよう.ここでは,各々の入射及び射出粒子の運動量を p で
示した.内部の運動量は q で示した.これは図 7.8 で示した.
A
A′
p3
q
p1
A
B
p4
p2
A′
時間
図 7.8
運動量を表示したファイマンダイアグラム.
振幅を計算する
実際に振幅 M を計算するには,内部の運動量全体に渡って積分する必要
がある.幸いにもその全ての積分はデルタ関数を含むため調べることによっ
て行うことができる.これはデルタ関数のサンプル抽出特性に起因する.す
なわち,
∫
∞
−∞
f (x)δ(x − x′ )dx = f (x′ )
である.以前述べたとおり,デルタ関数が振幅に含まれる理由はエネルギー
と運動量の保存による制約のためである.各頂点において,頂点に流入する
運動量は正の符号,頂点から流出する運動量については負の符号を割り当て
る.例えば,図 7.9 に示す頂点を考えよう.
182
第7章
B
ファイマン則
C
p2
p3
p1
A
図 7.9
頂点に流入及び流出する運動量を示した粒子崩壊.
今考えている相互作用が外部とやり取りしないことより,運動量とエネル
ギーは保存し,変化しない.この保存則は p1 = p2 + p3 と記述され,これは
デルタ関数を使って計算に含める(x1 = x2 のとき以外 δ(x1 − x2 ) = 0 であ
ることを思い出そう.).図 7.9 で示した,頂点においてエネルギーと運動量
の保存を強制するデルタ関数は
(2π)4 δ(p1 − p2 − p3 )
である.積分を実施すると p1 = p2 + p3 のときデルタ関数は 1 と置き換わ
り,それ以外は 0 となる.
矢印の向きは与えられた線が粒子に対するものか,反粒子に対するものか
を示し,運動量の方向には影響を与えない.もし,線が頂点に向かっている
なら運動量は頂点に流入する.
エネルギー運動量保存則は内線を含む頂点においても強制される.図 7.10
で示した頂点を考えよう.ここではボゾン B は運動量 q を持ち去る.
図 7.10 で示した頂点におけるエネルギー運動量保存則を強制するデルタ
関数は
(2π)4 δ(p1 − p3 − q)
である.ここで,内部運動量 q の向きを指定しなければならない.図 7.11
に示すようにこれを行うと,デルタ関数は
183
振幅を構成する手順
δ
(∑
流入する運動量 −
∑
)
流出する運動量
となるべきで,これより,
(2π)4 δ(p2 − p4 + q)
が成り立つ.
A p
3
q
B
A
p1
図 7.10 エネルギー運動量保存則はデルタ関数を使って内線を含む頂点
でも強制される.
A′
q
p4
B
p2
A′
図 7.11 エネルギー運動量保存則はデルタ関数を使って内線を含む頂点
でも強制される.
振幅を構成する手順
ファイマンダイアグラムから振幅を構成する方法は以下の手順を含む:
• 各頂点において,エネルギーと運動量が保存するようにデルタ関数を
書き出す.そしてそれらの項を掛け合わせる.
184
第7章
ファイマン則
• ダイアグラムの各頂点に対して一つづつ結合定数を書く.
• 各内線に対するプロパゲーター(伝搬関数)を書き出す.
• 内部運動量に渡って積分する.
全振幅 M は同じ入射及び射出粒子を持つ特定の起こりうる過程に対する振
幅 Mi 全ての和である.各々の Mi はそれぞれあるファイマンダイアグラム
に対応する.それ故,過程 A + A′ → A + A′ のための全振幅は図 7.6 と図
7.7 によって表される 2 つの振幅の和になる.実はこれらの過程の高次数ダ
イアグラムは異なる中間状態を持つものとして描かれる.さて,いまから,
残りの 2 つの手順,結合定数及びプロパゲーターについて議論しよう.
結合定数
全ての力はある基本的な強さを持ち,力それ自体がファイマン微積分に結
合定数 g として現れる.量子電磁力学においては,例えば,結合定数 ge は
微細構造定数 α と
ge =
√
4πα
(7.16)
の関係にある.微細構造定数は電磁気学に現れる基本定数,素電荷 e,誘電
率,ε0 ,光速度 c,プランク定数 ℏ を含む無次元の数である.
α=
e2
4πε0 ℏc
QED のような良い理論または結合定数が小さい (≪ 1) 任意の相互作用で
は,高い次数のダイアグラムの全振幅に対する寄与はどんどん小さくなって
いく.何故なら高い次数の g の冪を含むからである.これは与えられた過程
を記述するのに必要な正確さが得られるところで級数を打ち切ってしまって
良いことを意味する.
ファイマンダイアグラムの各頂点で次のような結合定数を 1 つ含める.
−ig
185
プロパゲーター(伝搬関数)
プロパゲーター(伝搬関数)
ファイマンダイアグラムにおいて,プロパゲーターは内線と関連付けられ
る.プロパゲーターは 1 つの粒子から別の粒子への運動量の伝搬あるいは転
送を表す因子である.今から,3 種類の粒子に対するプロパゲーターを導入
する.それ以外は後に読者自身がのちに学ぶことになるだろう.
考えられる最も単純な場合がスピン 0 ボゾンを表す内線である.この場
合,プロパゲーターは
i
q 2 − m2
(7.17)
となる.この項における質量は内線に対応する粒子の質量である.ファイマ
ンダイアグラムでは,スピン 0 ボゾンを表す内線は図 7.12 に示すように点
線で表すことができる.
q2
q
i
− m2
図 7.12
スピン 0 ボゾンを表す内線.
スピン 1/2 粒子に対しては外線と同じく粒子に対しては運動量の方向に
向いた矢印のついた実線で表し,反粒子に対しては運動量の逆向きの矢印の
ついた実線で表す.この場合,プロパゲーターは
i
̸q + m
1
=
q 2 − m2
̸q − m
である.ここで
̸ q = γ µ qµ
である.フェルミオンを表す内線は図 7.13 に示した.
(7.18)
186
第7章
ファイマン則
q
i
̸q − m
図 7.13 フェルミオンを表す内線.
光子のプロパゲーターは
i
k2
(
)
k mu k ν
µν
−g + (1 − ζ)
k2
(7.19)
である.ファイマンゲージでは ζ = 1 なので光子のプロパゲーターは単に
−
i µν
g
k2
(7.20)
となる.この章の例では,我々は全ての計算でスピン 0 ボゾンを力を伝える
粒子として使う.何故ならそれらはより単純だからである.
ファイマンダイアグラムから振幅を構成するための手順を再びここに記そ
う.我々は各々の因子をとり,それらを積として掛け合わせる.
• 各頂点に対して因子 −g を書く.ここで g は描かれている相互作用の
結合定数である.
• 運動量を保存するために各頂点でデルタ関数
(2π)4 δ
(∑
流入する運動量 −
∑
)
流出する運動量
を書き出す.
• 各内線に対してプロパゲーターを加える.
次の手順は全ての内部運動量に渡って積分をとることである.各内部運動
量 q に対して,位相空間での正規化を強制する積分の尺度を加える:
1
d4 q
(2π)4
(7.21)
プロパゲーター(伝搬関数)
187
そののち,各内部運動量 q に関して積分する.最終的に外線に関するエネル
ギー運動量保存則を強制する最終的なデルタ関数が残る.この項を単純に切
り捨てると,残った結果は与えられた過程の振幅になる.
例 7.1
粒子 A がその反粒子 A′ と対消滅し,スピン 0 のスカラーボゾンを生成
し,それがまた A と A′ に崩壊したとする.スカラーボゾンの質量を mB と
するとき,図 7.14 に示すこの過程の振幅と確率を計算せよ.
解
規則に従って,各頂点の因子 −ig を書くことから始める.図 7.14 には 2
つの頂点が存在する.それ故 2 つの因子 −ig を得る.
(−ig)(−ig) = −g 2
(7.22)
次に,頂点で 4 元運動量を保存するデルタ関数をこれにかけ合わせる.図
7.14 の下にある最初の頂点に対し,流入する運動量 p1 及び p2 と流出する
運動量 q が得られる.これはデルタ関数
(2π)4 δ(p1 + p2 − q)
によって表される.これに式 (7.22) を掛け合わせると
−g 2 (2π)4 δ(p1 + p2 − q)
(7.23)
が得られる.上の頂点において,流入する運動量は q で流出する運動量は
p3 及び p4 である.これはデルタ関数
(2π)4 δ(q − p3 − p4 )
によって示される.式 (7.23) の積に追加すると,
−g 2 (2π)4 δ(p1 + p2 − q)(2π)4 δ(q − p3 − p4 )
(7.24)
188
第7章
ファイマン則
が得られる.
A′ , p4
A, p3
B, q
A, p1
図 7.14
A′ , p2
スピン 0 ボゾンを伴う対消滅,対生成過程.
次の手順は内線に対するプロパゲーターを追加することである.これがス
ピン 0 ボゾンであることより,使う式は (7.17) になる.これを式 (7.24) に
掛け合わせると
−ig 2
(2π)4 δ(p1 + p2 − q)(2π)4 δ(q − p3 − p4 )
− m2B
q2
が得られる.さて,次にするのは,積分の尺度
1
d4 q
(2π)4
を使って q で積分することである.すると
∫
−ig 2
(2π)4 δ(p1 + p2 − q)δ(q − p3 − p4 )d4 q
q 2 − m2B
が得られる.この積分は調べてみると実行できる.2 つ目のデルタ関数で
q = p3 + p4
と置ける.したがって,この過程の振幅は
189
プロパゲーター(伝搬関数)
∫
−ig 2
(2π)4 δ(p1 + p2 − q)δ(q − p3 − p4 )d4 q
− m2B
q2
=
−ig 2 (2π)4 δ(p1 + p2 − p3 − p4 )
(p3 + p4 )2 − m2B
となる.ここで,残ったデルタ関数
(2π)4 δ(p1 + p2 − p3 − p4 )
は外線におけるエネルギー運動量保存則を強制する項なので切り捨てる*3 .
これより,この過程の起こる確率は M の絶対値の 2 乗になる.すなわち,
|M |2 =
g4
((p3 + p4 )2 − m2B )2
である.
例 7.2
ある粒子が結合定数 gw で
u→w+v
の様に崩壊し,そののち,粒子 w は同じ結合定数によって与えられる強さで
w → v′ + e
と崩壊した.この過程のファイマンダイアグラムを描き,この過程が起こる
振幅を計算せよ.ただし,w 粒子は質量 mw のスピン 0 ボゾンである.
*3
訳注:計算すると常にエネルギー運動量保存則より 0 となる p1 + p2 − p3 − p4 = 0 を
含む項 (2π)4 δ 4 (0) が現れるがこの発散する項は毎回一緒なので確率振幅を計算すると
きにはただ切り捨てるだけで良い.
190
第7章
ファイマン則
解
この過程のファイマンダイアグラムは図 7.15 に示す.
まず各頂点に対して因子 −igw を含める.図 7.15 は 2 つの頂点が存在す
るので,
2
(−igw )2 = −gw
が得られる.
v ′ , p4
e, p3
v, p2
w, q
u, p1
図 7.15
例 7.2 の過程.ここで v ′ が反粒子だからその外線に対する矢印
が逆向きを指していることに注意せよ.
1 つ目の頂点では流入する運動量 p1 と流出する運動量 p2 と q が存在す
る.したがって,
2
−gw
(2π)4 δ(p1 − p2 − q)
なるデルタ関数を含める.粒子 w はその最終的な生成物に崩壊する.した
がって,それは内線によって表される.この粒子のプロパゲーターは
i
q 2 − m2w
191
崩壊率と寿命
2 つ目の頂点では流入する運動量 q と流出する運動量 p3 と p4 が存在する.
したがって,デルタ関数
(2π)4 δ(q − p3 − p4 )
を掛け合わせる.これら全てを一緒にすると
2
−gw
(2π)4 δ(p1 − p2 − q)
i
(2π)4 δ(q − p3 − p4 )
q 2 − m2w
が得られる.すると積分することによって
∫
i
d4 q
4
(2π)
δ(q
−
p
−
p
)
3
4
q 2 − m2w
(2π)4
2
4
ig (2π) δ(p1 − p2 − q3 − p4 )
=− w
(p3 + p4 )2 − m2w
2
−gw
(2π)4 δ(p1 − p2 − q)
が得られる.ここでこの積分の 2 つ目のデルタ関数で q = p3 + p4 となるこ
とを使った.この過程が起こる振幅を求めるには項 (2π)4 δ(p1 −p2 −p3 −p4 )
を切り捨てる.
M =−
2
igw
(p3 + p4 )2 − m2w
崩壊率と寿命
崩壊過程は多くの核子や粒子が不安定(それらは結局は何かに崩壊する)
であることより原子物理学及び素粒子物理学においてとても重要である.実
際,ごくわずかの粒子しか基礎粒子ではなく崩壊に対する免疫を持たない.
それ故崩壊率と寿命は興味のある基礎的な量である.
ある過程の崩壊率は振幅の 2 乗に比例する.
Γ ∝ |M |2
(7.25)
192
第7章
ファイマン則
粒子の寿命は振幅の 2 乗の逆数に比例する.
τ∝
1
|M |2
(7.26)
まとめ
ファイマンダイアグラムは起こりうる過程の振幅を図形で表現すること
を許す.外線は流入または流出する粒子状態を表す.各頂点でデルタ関数に
よってエネルギー運動量の保存が強制される.そして,相互作用の強さは結
合定数に含まれる.内線は力を伝える粒子か最終生成物に自然に崩壊する粒
子を表すことができる.各内線は終状態への運動量の転送を表すプロパゲー
ターを伴う.
章末問題
1. 図 7.16 に示す過程の振幅はどうなるか?
A′ , p4
A, p3
B, q
A, p1
図 7.16
A′ , p2
問 1 のファイマンダイアグラム.
2. 図 7.17 に示す崩壊の寿命を求めよ.
193
章末問題
B, p2
C, p3
g
A, p1
図 7.17
問 1 のファイマンダイアグラム.
3. ある内線は質量 m のスピン 0 ボゾンに対応する.このときプロパ
ゲーターは
̸q + m
である.
q 2 − m2
i
(b) 2
である.
q − m2
i
(c)
である.
̸q − m
(d)δ(q 2 − m2 ) である.
(a)i
4. 相互作用描像では,
(a)状態の時間発展は自由ハミルトニアンに支配される.
(b)状態は一定で,演算子はラグランジアンの相互作用項に従って発
展する.
(c)状態はハミルトニアンの相互作用項に従って発展し,場はハミル
トニアンの自由項に従って発展する.
(d)状態はハイゼンベルクの運動方程式に従う.
5. ファイマンダイアグラムの各頂点に対して,
(a)結合定数からなる一つの因子 −ig を付け加える必要がある.
(b)結合定数からなる一つの因子 −g を付け加える必要がある.
(c)結合定数からなる一つの因子 −ig 2 を付け加える必要がある.
√
(d)結合定数からなる一つの因子 −i g を付け加える必要がある.
194
第7章
6. 量子電磁力学に関する結合定数はいかなる値か?
ファイマン則
195
Chapter
量子電磁力学
8
量子電磁力学または QED は開発された最初の正しい場の量子論である.
名前が示すようにそれは電磁相互作用を記述する場の量子論である.それは
しばしば場の量子論のプロトタイプと呼ばれる.ある意味物理学者は量子電
磁力学のような理論によって全ての物理的相互作用を記述したいと望んで
いる.
量子電磁力学の発達は力を粒子の交換という概念を中心に説明することを
もたらした.量子電磁力学において,電磁力は仮想光子の交換の結果で起こ
る.ここでその光子は直接観測されず,代わりに 2 つの荷電粒子の間で交換
されるため仮想光子と呼ばれる.その光子によって運ばれる運動量は 2 つ
の電子の間の斥力の発生をもたらす反発の原因となる.このような過程は
ファイマンダイアグラムによって描くことができる.交換される粒子,光子
は図 8.1 に示すように波線で表される.光子を示すのには γ を使うこともで
きる.
196
第8章
量子電磁力学
γ
図 8.1 QED 過程のためのファイマンダイアグラムで使われる光子の図
式的表現は波線である.必要なら文字 γ で明示することができる.
図 8.2 では基本的な QED 過程を示す.これは冒頭の一節で述べたとおり
2 つの電子の反発である.このダイアグラムにおいて時間は下から上のむき
に流れる.2 つの電子が近寄り,光子の交換を伴って散乱する.
与えられた相互作用の強さがその結合定数によって記述されることを思い
だそう.QED 過程の結合定数は微細構造定数でそれは α で表される.それ
は値が正確に知られていてその数値は
α = 1/137
である.基本定数で書くとそれは,
α=
e2
4πε0 ℏc
(8.1)
と書かれる*1 .
α ≪ 1 という事実は大変有益である.これは,もしある量を α に関する
冪級数で展開したとき,n が大きくなるにつれて αn → 0 となることより,
高次の項の寄与がどんどん小さくなることを意味する.この事実は QED の
計算に摂動論と特にファイマンダイアグラムを使うことを可能にする.
*1
訳注:MKSA 単位系の場合.自然単位系の場合 ℏ = c = ε0 = 1) となるので(当然こ
のとき µ0 = 1),α =
e2
e2
となる.また CGS ガウス単位系の場合は α =
となる.
4π
ℏc
このように採用する単位系により見た目が大きく変わるが,どの単位系を採用しても無
次元量なので値は変わらない.
197
古典電気力学を再吟味する
e
e
γ
e
e
図 8.2 QED の基本過程:電子同士の反発.2 つの電子が近寄っていき,
光子を交換してまた離れてゆく.
古典電気力学を再吟味する
以前の章で電磁場の相対論的記述に触れた.ここではそれを再吟味して,
光子の偏極をその描像に組み込む.一旦そうするならば,量子電磁力学を開
発させるためにディラック方程式を使って電磁場と電子の記述を統一するこ
とができる.
まず,マクスウェル方程式に戻ろう*2 .
⃗ =ρ
∇·E
⃗
⃗ + ∂B = 0
∇×E
∂t
⃗ =0
∇·B
⃗
⃗ − ∂ E = J⃗
∇×B
∂t
(8.2)
⃗ は電場,B
⃗ は磁場,ρ は電化密度,そして J⃗ は電流密度である.
ここで,E
場の理論では 4 元ベクトルポテンシャル
⃗
Aµ = (ϕ, A)
*2
訳注:ここでは自然単位系 ℏ = c = ε0 = 1 を採用する.
(8.3)
198
第8章
量子電磁力学
を扱う.これは,電場と磁場を
⃗
⃗ = −∇ϕ − ∂ A
E
∂t
⃗ =∇×A
⃗
B
(8.4)
と定義することを許す.電磁場テンソルは
F µν = ∂ µ Aν − ∂ ν Aµ
(8.5)
によって定義され,それは行列で成分表示すれば,

0

Ex
F µν = 
E
 y
Ez
−Ex
−Ey
0
−Bz
Bz
0
−By
Bx
−Ez


By 

−Bx 

0
(8.6)
となる.この形式を使うと,マクスウェル方程式は簡潔に
∂ α F βγ + ∂ γ F αβ + ∂ β F γα = 0
∂µ F µν = J ν
⃗ である.電磁場のラグランジアン
と書くことができる.ここで J µ = (ρ, J)
密度は
1
L = − Fµν F µν − J µ Aµ
4
である.このラグランジアン密度から F µν (x) の正準運動量密度の役割をす
る場は
π µ (x) =
∂L
= −F 0µ (x)
∂(∂0 Aµ )
(8.7)
となる.電荷保存を表す連続の式はこのラグランジアンから普通のやり方で
導け,それは
∂µ J µ = 0
(8.8)
199
古典電気力学を再吟味する
である.ゲージ変換はスカラー場 χ の偏微分を加えることによって 4 元ベ
クトルポテンシャルに適用できる.
A′µ = Aµ + ∂µ χ
(8.9)
このような数学的変換によって場の方程式は不変性を保つ.このことは Aµ
を便利なように選ぶことを許す.例えば,4 元ベクトルポテンシャルの発
散が消えるという要請を課すことができる.この条件をローレンス条件と
呼ぶ.
∂µ Aµ = 0
(8.10)
この方程式は電磁場をクライン-ゴルドン方程式が対処されたのと似たよう
な方法で対応することを許す.古典電気力学において,ベクトルポテンシャ
ルは数学的道具として補助的な役割を果たすに過ぎなかった.しかし QED
では Aµ それ自体を光子の場として扱う.自由空間では電磁場は平面波解
Aµ ∝ e−ip·x εµ (p)
で表せる.ここで例によって
p · x = Et − p⃗ · ⃗x
(8.11)
である.しかし,光子は質量がない粒子だから E = |⃗
p| であり,それ故
pµ pµ = 0
が成り立つ.量 εµ (p) は偏極ベクトルと呼ばれる.このベクトルは光子の波
動関数のスピン部分の役割を果たす.ローレンス条件 ∂µ Aµ = 0 は偏極ベク
トルに制限を与える.
0 =∂µ Aµ = ∂µ e−ip·x εµ (p)
=∂µ e−ipα x εµ (p)
α
= − ipµ ∂µ e−ipα x εµ (p) + e−ipα x ∂µ εµ (p)
α
= − ipµ ∂µ e−ipα x εµ (p)
α
⇒ pµ εµ =0
α
200
第8章
量子電磁力学
この計算をもう一度詳しく追ってみよう.まず,ローレンスゲージ条件から
始める.
∂µ Aµ = 0
次にポテンシャル A の自由空間解の形ををこれに代入して次の微分方程式
を得る.
[
]
α
∂µ e−ipα x εµ (p) = 0
さて,ここで微分の積の法則を適用する.
[
]
α
α
α
∂µ e−ipα x εµ (p) = (−ipµ )e−ipα x εµ (p) + e−ipα x ∂µ εµ (p)
この式で εµ (p) が運動量の関数であり xµ に依存しないから ∂µ εµ (p) = 0 と
なる.これを使うと
[
]
α
α
∂µ e−ipα x εµ (p) = (−ipµ )e−ipα x εµ (p) = 0
が得られる.時空上の位置 xµ が完全に任意であることより,e−ipα x は 0
α
でないように選べる.したがってこの等式が成り立つためには
pµ εµ (p) = 0
でなければならない.偏極ベクトルの形は基準座標系の選び方で決められ,
一般的に z 方向を p
⃗ にとる.
クーロンゲージでは 3 次元ベクトルポテンシャルの発散は 0 である.す
なわち,
⃗=0
∇·A
である.このとき偏極ベクトル(の空間成分)は運動量の空間成分に対して
垂直となる.
201
電磁場を量子化する
⃗ε · p⃗ = 0
これは単に偏極ベクトルは横軸方向になる(偏極ベクトルは場の運動の方
向に垂直な平面に横たわる.)という.質量のないスピン s 粒子は 2 つの可
能なスピン状態を持つ.s = 1 を持つクーロンゲージの光子のスピン状態を
計算してみよう.このゲージで偏極ベクトルの時間成分を 0 にとる.すな
わち,
ε0 = 0
すると,光子の 2 つの偏極状態は
 
0
 
1

ε1 = 
0
 
0
 
0
 
0

ε2 = 
1
 
0
となる.偏極ベクトルの正規化は
εµ · (εν )∗ = g µν
と表される.
電磁場を量子化する
量子化の手続きは古典電気力学を場の理論へと連れていく.電磁場を量子
化するには交換関係を課し場を生成及び消滅演算子で書く.正準同時刻交換
則は
[
]
Aµ (⃗x, t), π ν (⃗y , t) = igµν δ 3 (⃗x − ⃗y )
(8.12)
[
] [
]
Aµ (⃗x, t), Aν (⃗y , t) = πµ (⃗x, t), π ν (⃗y , t) = 0
(8.13)
である.さらに
202
第8章
量子電磁力学
も成り立つ.我々はフーリエモードとして古典自由空間解を眺めることで割
と簡単に電磁場を量子化する.解は次のように ap⃗,λ を複素展開係数として
運動量 p
⃗ と偏極 λ = 1, 2 に渡って和をとったものである.
]
∑ ∑ ελ (⃗
p) [
⃗ = √1
√
A
ap⃗,λ e−i(ωt−⃗p·⃗r) + a∗p⃗,λ ei(ωt−⃗p·⃗r)
2ωp
V p⃗ λ
この場を量子化するには次のように展開係数を生成及び消滅演算子に昇格す
ることである.
ap⃗,λ → a
ˆp⃗,λ
ˆ†p⃗,λ
a∗p⃗,λ → a
†
生成演算子 a
ˆp⃗,λ は運動量 p⃗,偏極 λ の光子を生成し,消滅演算子 a
ˆp⃗,λ はそ
のような光子を破壊する.いま偏極も考慮に入れるのでこれらの演算子は通
常の交換関係に従う.それ故
]
[
p − p⃗ ′ ) = δλλ′ δ(⃗
p − p⃗ ′ )
a
ˆp⃗,λ , a
ˆ†p⃗ ′ ,λ′ = −gλλ′ δ(⃗
であり,場の演算子は
∫
Aµ =
=A+
µ
√
+
d3 p
2p0 (2π)3
∑[
(
)∗
]
α
−ipα xα
eipα x
ap⃗,λ ε(λ)
+ a†p⃗,λ ε(λ)
µ
µ e
λ
A−
µ
となる.ここで
∫
]
∑[
α
d3 p
√
e−ipα x
ap⃗,λ ε(λ)
µ
2p0 (2π)3 λ
∫
)∗
]
∑[ † (
α
d3 p
√
A−
eipα x
ap⃗,λ ε(λ)
µ =
µ
2p0 (2π)3 λ
A+
µ
=
である(演算子のハットを落とし,場を正及び負の振動数成分に分けた.).
ゲージ不変性と QED
203
ゲージ不変性と QED
我々が今扱っているのが QED であるので,ここでこの理論のゲージ不変
性について再吟味しよう.満たすべきゲージ不変性は局所的なもので 3 つ
の要素を含む:電磁場のラグランジアンとディラックラグランジアン(これ
は運動エネルギー項と質量項の 2 つの項を含む),そしてディラック場と電
磁場を結合する相互作用項からなる.電磁場のラグランジアンの運動エネル
ギー部は
1
LEM = − Fµν F µν
4
である.ディラック方程式からは,そのラグランジアンは
LDirac = iΨ γ µ ∂µ Ψ − mΨ Ψ
が得られる.電荷 q を持つ粒子と電磁場の相互作用を表すラグランジアンは
Lint = −qΨ γ µ Ψ Aµ
によって与えられる.これらの項を全て一緒にすることで,電子のような電
磁場とディラック場との相互作用を記述する全体のラグランジアンを構成す
ることができる.
L =LEM + LDirac + Lint
1
= − Fµν F µν + iΨ γ µ ∂µ Ψ − mΨ Ψ − qΨ γ µ Ψ Aµ
4
さて,このラグランジアンのディラック部は全域的 U (1) 対称性の下で不変
である.すなわち,ラグランジアンは
Ψ (x) → eiθ Ψ (x)
のように場を変えても変化しない.またこれはもちろん
204
第8章
量子電磁力学
Ψ → e−iθ Ψ (x)
を意味する.全域的対称性において,θ はただの実パラメータであり,時空
の関数ではないことを思いだそう.これは,∂µ eiθ = 0 を意味する.