異次元緩和で増加した中小企業向け貸出;pdf

三井住友信託銀行 調査月報 2015 年 4 月号
経済の動き ~ 異次元緩和で増加した中小企業向け貸出
異次元緩和で増加した中小企業向け貸出
<要旨>
日銀による量的・質的金融緩和(QQE)以降、銀行の大企業向け貸出が伸び悩む一方
で中小企業向け貸出が増加に転じたが、その背景には成長基盤強化支援基金等を利用
した銀行の貸出姿勢の積極化があった。
さらに、中小企業と大企業の違いに注目すると、①キャッシュフローが少ないため資金
需要が出易い、②主な資金調達手段が貸出に限られる、③輸出や対外直接投資を行っ
ている企業の割合が低いため国内経済の動向に左右されやすい、という中小企業の特
徴が内需主導の景気回復局面において貸出好転に繋がったと考えられる。
日本経済は消費税率引き上げ後の失速から持ち直しつつあることから、この先も中小
企業向け貸出の伸びが期待できる。ただし、日本経済が完全に回復する前に QQE が縮
小に向かう場合には、中小企業向け貸出は大企業向け貸出に比べて、銀行の貸出姿勢
の慎重化と国内景気の失速によるマイナスの影響をより強く受けやすいことには注意を
要しよう。
1.中小企業向貸出の増加
日銀の量的・質的金融緩和(QQE)以降、中小企業向けの貸出残高が前年比マイナスからプラ
スに転じた(図表1)。一方、大企業や地方公共団体向けの貸出は QQE 以前から増加が続いてい
たが、足元では伸びが横ばいないし鈍化している。
一般に、QQE は円安を進展させることで、為替差益が生じやすい大企業と、輸入原材料価格の
上昇によって収益が圧迫されやすい中小企業の格差を拡大させたと認識されているが、貸出の動
向を見ると、大企業よりむしろ中小企業の経営環境が上向いているように見える。
本稿では、QQE 以降の金融環境の変化や、中小企業の経営環境を概観し、中小企業向け貸
出がなぜ増加し、また今後どのように推移するか考察する。
図表1 全国銀行の貸出残高
10
(前年比、%)
QQE開始
地方公共団体
8
6
4
大企業
2
中小企業
0
-2
2012
2013
2014
2015(年)
(注)中小企業は資本金3億円以下(卸売業は1億円、小売業、飲食店、各種サービスは50千円)、
または従業員300人以下(卸売業、各種サービスは 50人、小売業、飲食店は 30人)の企業。
(資料)日本銀行「貸出・預金動向」
1
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経済の動き ~ 異次元緩和で増加した中小企業向け貸出
2.量的・質的金融緩和による貸出姿勢の積極化
QQE 以降に金融環境は急変したが、最も大きな変化の一つは金利の低下である。日銀は 2013
年4月に年間約 50 兆円の国債購入を決定、さらに 2014 年 10 月には 30 兆円(合計 80 兆円)の
追加と保有する国債の平均償還年限長期化を決定し、特に長期金利には低下圧力がかかった
(図表2)。
金利の低下に伴い、銀行の貸出金利は低下し続けている(図表3)。貸出金利の低下によって、
企業にとって借入がしやすい環境になっている。しかし、大企業向け貸出の伸びが頭打ちの中で、
なぜ中小企業向け貸出のみが増加に転じたのであろうか。
図表2 日本国債のイールドカーブ
図表3 新規貸出約定金利
(%)
2.0
2.0
(%)
2013年1月(QQE導入前)
1.5
1.5
2014年10月(追加緩和決定前)
1.0
1.0
2015年1月
0.5
0.5
0.0
0.0
2005
2007
2009
2011
(注)後方6カ月移動平均。
(資料)日本銀行
-0.5
1年 2年 3年 4年 5年 6年 7年 8年 9年 10年15年20年
(資料)Bloomberg
2013
2015
(年)
QQE 以降に銀行の貸出運営スタンスは、大企業向け、中小企業向け共に積極化した(図表4)。
しかし、最近では大企業向けは積極化姿勢が和らいでいる一方で、中小企業向けは積極的な
姿勢を維持している。
銀行が貸出運営スタンスを積極化させた理由をみると、成長分野への取り組み強化と他行との
競合激化が重要な理由となっており、大企業向けに比べて中小企業向けでより重要と見なされて
いる(図表5)。
図表4 主要銀行の貸出運営スタンス
25
図表5 貸出運営スタンスを積極化させた理由
(DI、%ポイント)
2.5
QQE開始
20
2.0
積極化
1.5
15
(判断スケール平均値)
中小企業向け
大企業向け
他行との
競合激化
経済見通
しの好転
1.0
10
0.5
慎重化
5
0
0.0
中小企業向け
大企業向け
成長分野への
取り組み強化
2010
2011
2012
2013
2014
2015
(資料)日本銀行「主要銀行貸出動向アンケート調査」 (年)
(注) 重要<3> やや重要<2> 重要でない<1>
(資料)日本銀行「主要銀行貸出動向アンケート調査」
2
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銀行の成長分野への取り組み強化については、制度的な後押しが大きいだろう。実際に、日銀
による成長基盤強化支援資金の貸付残高は、2014 年2月に総枠の拡充や貸付期間の延長が決
定されてから急増している(図表6、7)。
図表6 貸出基盤強化支援資金の貸付残高
図表7 成長基盤強化支援資金供給の内訳
(億円)
合計:94,784億円
50,000
観光事業, 3.4%
40,000
その他, 15.3%
農林水産、農
商工連携事業,
3.7%
地域再生・都
市再生事業,
4.9%
30,000
20,000
環境・エネル
ギー事業,
27.2%
医療・介護・健
康関連事業,
16.5%
研究開発, 5.2%
10,000
事業再編, 5.4%
アジア諸国等
における投資・
事業展開, 9.1%
0
2012
2013
2014
(年)
(注)本則のみの残高。
(資料)日本銀行
社会インフラ
整備高度化,
9.3%
(資料)日本銀行
3.中小企業と大企業の違い
ここからは資金の需要サイドである中小企業と大企業の経営環境の違いに注目して、中小企業
向け貸出が増加した理由を考察する。
まず、中小企業は大企業に比べると手元資金になるキャッシュフローが少ない(図表8)。大企業
はリーマンショック後からキャッシュフローが増えているため借入需要は大きくないが、キャッシュフ
ローが増えていない中小企業には借入需要が存在しており、QQE によって金利が下がったことや
銀行の貸出姿勢が積極化したことで、中小企業の借入に火が付いたと考えられる(図表9)。
図表 8 キャッシュフロー
14
図表 9 中小企業の資金需要内訳
(兆円)
(兆円)
25
12
20
10
15
8
10
6
5
0
運転資金
合計
0
4
2
設備投資
大企業
中小企業
-5
-10
(年)
2000
2005
2010
(注)キャッシュフロー=経常利益×0.5+減価償却費。中小企
業は資本金1億円未満の企業。後方4四半期移動平均。
(資料)財務省「法人企業統計」
3
-15
2010
2011
2012
2013
(資料)財務省「法人企業統計」
2014
(年)
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経済の動き ~ 異次元緩和で増加した中小企業向け貸出
また、中小企業と大企業では資金調達手段の多様性に違いがある。企業全体の資金調達動向
をみると、2013 年の QQE 以降に貸出だけでなく社債による資金調達も増加に転じている(図表 1
0)。QQE では、日銀が直接社債を購入することはないが、国債利回り及び信用リスクプレミアムの
低下によって、社債の利回りも低下しているため、大企業は社債による資金調達を増加させたと予
想される(図表 11)。一方、中小企業の資金調達手段は主に銀行貸出になるため、中小企業で資
金需要が高まった場合は貸出が増えやすいと考えられる。
図表 10 非金融法人企業の資金調達残高
図表 11 社債利回りと国債利回り
(前年比、%)
3.0
2.0
(%)
1.0
貸出
社債
CP
合計
信用リスクプレミアム
0.8
社債( Aa格)利回り
1.0
5年国債利回り
0.6
0.0
-1.0
0.4
-2.0
0.2
-3.0
-4.0
0.0
2010
2011
2012
2013
2014 (年)
(注)社債は事業債と居住者発行外債の合計。
(資料)日本銀行
2010
2011
2012
2013
(注)社債の格付はR&Iによるもの。
(資料)Bloomberg
2014
2015
(年)
QQE 以降に中小企業の景況感が持ち直していることも、貸出増加の一因であろう。業況判断 D
I をみると、中小企業の水準は大企業と比べて低いものの、一時はリーマンショック前の水準を超
えて 22 年ぶりのプラスとなった(図表 12)。他方、大企業の業況判断 DI はリーマンショック前の水
準は越えていない。
中小企業の景況感のみリーマンショック前の水準を超えるまで回復したことは、輸出や海外直接
投資を行っている企業の割合によって説明できよう(図表 13、次頁図表 14)。中小企業は輸出や
海外直接投資を行っている企業の割合が低いため、業績や景況感が国内経済の動向に左右さ
れやすい。したがって、2013 年度に、QQE に加えて消費税率引き上げ前の駆け込み需要によっ
て日本の成長率が高まった影響を中小企業の方が大きく受けたと考えられる。また、2014 年度に
入って駆け込み需要の反動減によって、景気が減速した影響も大きく受けた可能性が高い。
図表 13 実質 GDP 成長率
図表 12 業況判断 DI
30
20
10
0
-10
-20
-30
-40
-50
-60
(DI、良い-悪い)
(前年比、%)
8
6
4
2
0
-2
-4
大企業
-6
中小企業
世界
-8
2002 2004 2006 2008 2010 2012 2014 (年)
(注)大企業は資本金10億円以上、中小企業は 2千万円以上
1億円未満。
(資料)日本銀行「短観」
4
-10
日本
-12
2002 2004 2006
(資料)内閣府、IMF
2008
2010
2012
2014
(年)
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経済の動き ~ 異次元緩和で増加した中小企業向け貸出
経常利益をみても、中小企業の経常利益の伸びは消費税引き上げ前の2014年1-3月期に高ま
った後、駆け込み需要の反動減が起こった4-6月期、7-9月期は鈍化しており、日本の内需と強く
リンクしていることが窺える(図表15)。
したがって、この先海外経済が資源国経済の悪化や欧州の債務問題等の影響で緩慢な状態
が続き、国内経済が順調に回復した場合には、中小企業向け貸出は大企業向け貸出より伸びや
すい状況が続くと言えよう。
図表15 経常利益
図表 14 従業員規模と輸出企業割合
40
(%)
35
25
30
20
25
15
20
15
10
10
5
5
0
-5
300人超
201-300人
101-200人
51-100人
41-50人
31-40人
21-30人
16-20人
11-15人
4-10人
0-3人
0
(前年比、%)
30
中小企業
-10
2012
(資料)経済産業省「平成24年経済センサス 活動調査」
大企業
2013
2014
(年)
(資料)財務省「法人企業統計」
4.まとめ~この先の見通しとリスク
以上みてきたように、QQE 以降に中小企業向けの貸出が増加したのは、成長基盤強化支援基
金等を利用した銀行の貸出姿勢の積極化が一因である。
さらに、中小企業と大企業の違いに注目すると、①手元資金になるキャッシュフローが少ないた
め資金需要が出易い、②主な資金調達手段が貸出に限られる、③輸出や対外直接投資を行って
いる企業の割合が低いため国内経済の動向に左右されやすい、という中小企業の特徴が QQE
以降の内需主導の景気回復局面において貸出の好転に繋がったと考えられる。
日本経済は消費税率引き上げ後の失速から持ち直しつつあることから、この先も中小企業向け
貸出の伸びが期待できる。ただし、日本経済が完全に回復する前に QQE が縮小に向かう場合に
は、中小企業向け貸出は大企業向け貸出に比べて、銀行の貸出姿勢の慎重化と国内景気の失
速によるマイナスの影響をより強く受けやすいことには注意を要しよう。
(経済調査チーム
登地
孝行:[email protected])
※本資料は作成時点で入手可能なデータに基づき経済・金融情報を提供するものであり、投資勧誘を
目的としたものではありません。
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