シャットダウン・アンサーズ;pdf

シャットダウン・アンサーズ
幅守ごろり
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︻小説タイトル︼
シャットダウン・アンサーズ
︻Nコード︼
N8319CD
︻作者名︼
幅守ごろり
﹁これは愛を知らない少年と愛を忘れてしまった少女の物語﹂
︻あらすじ︼
どこかの世界のいつかの時代、日本の四季市に猛想主義者︻アンチ
リアル︼と呼ばれる者達がいた。﹁人間負神﹂の少年九十九歩亜郎
もまた猛想主義者であった。歩亜郎は12月25日に三角巾をつけ
た少女と出会う。そしてここから始まる、一つの物語が⋮。
1
シャットダウン・アンサーズキャラクター紹介︵前書き︶
﹁シャットダウン・アンサーズ﹂の登場人物紹介です。少しずつ更
新していくので、読んでいる途中で何かあったらここを読むべしで
す。
2
シャットダウン・アンサーズキャラクター紹介
ツクモポアロウ
九十九歩亜郎
データなし。
サツガミイブ
殺神伊舞
銀髪ロング、アホ毛二本。目は水色。いつも三角巾をつけている。
敬語で話す。身長154cm。高校1年生↓高校2年生。猛想主義
者。
記憶喪失の少女。12月25日に四季市の中心にある塔フォーエス
タワーより落下。偶然下にいた九十九歩亜郎に発見される。その後
病院で目覚めるが、一般教養を除いた記憶を失ってしまっていた。
的当に誘われて問題解決部に入
なりゆきで歩亜郎の保護者である九十九に引き取られる。上手曰く、
猛想主義者らしいが猛想は不明。
部する。アンサーズNo4。
ハザマチョウミ
間蝶実
猛想主義者。18歳↓19歳。九十九教会のメイド。メイドといっ
ても教会の家事を手伝っているだけで、普段は大学に通っている。
眼鏡をかけたショートヘア。本人曰くメイドは趣味らしい。だから
たまに素が出てしまう。大学の先輩に憧れを抱いているらしい。
紅茶を淹れるのが得意。
タチガミハコ
絶神葉子
猛想主義者。11歳↓12歳。金髪ツインテールの眼帯少女。眼帯
は医療用ではなく海賊がつけるようなやつである。コンビニが好き。
周りの言うことを聞かず自分中心の生活を送っており、学校にもま
ともに通っていない。
3
つくもふりこ
九十九振子
歩亜郎の保護者の女性。行く当てのない伊舞を引き取ることにする。
ゴーストーク
猛想主義者である。分類は霊媒者。識別名は﹃ファントムマスター﹄
。猛想は﹁霧霊通話﹂。霊的な存在を自身の魔勇気とリンクさせ操
ることができる。ただし、魔勇気を持たない者にはこの霊的な存在
が見えない。心霊系猛想主義者の中でもトップの実力を持っている。
そのため世界の心霊現象を解決しに行っているため家にいないとき
がある。古ぼけた教会に住んでおり、歩亜郎達を引き取るなど謎の
人物。魔勇気指数387。
かみてはさめ
上手破雨
もんだいかいけつぶ
四季市W地区の病院の医師。只者。猛想主義者担当の医者。九十九
ぶかつどう
とは昔からの知り合い。
そげきまとあて
どっかの
狙夏木的当
扉家野学園の秘密組織の一つである、問題解決部の部長。猛想主義
者である。所持する魔勇気は橙色ノ魔勇気で左目が染まる。魔勇気
指数は392。分類は狙撃者で識別名は﹃鹿威し﹄。これは彼の放
プア
つ弾の音がまるで鹿威しのようだったことが由来である。彼の実力
ライフル
は日本の猛想主義者の狙撃者の中でもトップである。猛操は﹃下手
ナ鉄砲﹄。スナイパーライフル型の猛操で装填する弾を変えること
で様々な効果を得られる能力を持つ。割り箸で作られた輪ゴム鉄砲
を大切にしている。なぜ彼が問題解決部に入部したかはわからない。
またなぜ歩亜郎や伊舞を勧誘したのかもわからない。身長は歩亜郎
より高い。アンサーズNo1。
マスクメロン
問題解決部の部員の一人で副部長。猛想主義者らしいが猛操、猛装、
猛想についての詳細は不明で本名も不明。ただ、識別名も﹃マスク
メロン﹄ということはわかっている。いつも大きなメロンの被り物
4
をしているため素顔も不明。身長は的当より少し低いが歩亜郎より
も高い。何やら事情があるようだが・・・。しょことは幼馴染。し
ょこ様と呼ぶ。日本茶を淹れるのが得意。アンサーズNo3。
うさみすなお
兎耳砂雄
伊舞のクラスメイトであり、問題解決部の新入部員の一人。楽天家
であり、飄々としているが素直な性格の持ち主。両親が﹁とにかく
イ
素直に育ってほしい﹂という想いをこめて名づけた。その甲斐あっ
マジネイター
てか素直さが要因となって現想を使えるようになってしまった。現
ほるほるほーる
想主義者。茶色ノ魔勇気の所持者で魔勇気指数は421。現想は﹃
掘々穴﹄で瞬時に穴を掘ったり、穴と穴を繋げたりする空間系能力。
しょこのことが好きで日々アプローチしているが、相手にされない。
アンサーズNo6。
よみがみ
読神しょこ
伊舞のクラスメイトであり、問題解決部の新入部員の一人︵活動の
監視目的︶。
図書委員の副委員長を務めていて、問題解決部の活動にはあまり参
加できないが、その本の知識を生かして部員をサポートする。只者
であり、猛想は使えないが、護身用として当たると痛い丈夫な栞を
持っている。実家は神社らしい。メロンとは昔からの幼馴染。︵し
ょこもメロンの本名は知らない。︶アンサーズNo7。
5
6
シャットダウン・アンサーズ用語解説︵前書き︶
﹁シャットダウン・アンサーズ﹂特有の用語などの解説ページです。
少しずつ更新していくので困ったら読むべしです。
7
シャットダウン・アンサーズ用語解説
アンチリアル
猛想主義者
まゆげ
昔からいたのではないかとされる人種。普段は只者と変わりはない
が、その大きな違いは未知のエネルギー﹁魔勇気﹂を所持し、使用
しているということ。
これを用いて自身の妄想を操ると言われていた。なぜ言われていた
なのかというと、昔は猛想主義者の妄想、﹁猛想﹂が只者には見え
なかったため、幻覚症状などで処理されていたからである。最近に
なって、只者でも猛想が見えるようになる機械が開発されたため、
コードネーム
猛想が存在することが世間で認められたことになった。猛想主義者
ごとに分類されていて、中には識別名を所持する者もいる。猛想主
イマジネイター
義者だからといって必ずしも猛想を所持したりするわけではない。
猛想主義者は魔勇気指数400以上で現想化し、現想主義者となる。
現想主義者は自身の妄想を現実に反映することができる。ただしそ
れにはそれなりの魔勇気が必要。
まゆげ
魔勇気
中々研究の進まない未知のエネルギー。唯一確定していることは人
ただもの
々の妄想に反応するということ。これを所持する者が猛想主義者。
しない者が只者と言われている。︵只者は俗称。︶猛想主義者はこ
れを心やら魂やら体内やらに所持している。ちなみに名称は﹁妄想
することで得られる魔法のような勇気﹂の略からきている。
もうそう
猛想
猛想主義者が自身の魔勇気と妄想をリンクさせることによって発現
する所謂異能力ようなもの。飽くまで妄想なので、相手が只者だと
効かない、逆に猛想は対異能力兵器などの効果を受けないという特
徴がある。猛想主義者が魔勇気指数400以上になると現想化し、
8
げんそう
猛想は現想になる。現想は猛想を現実に反映できるようにした物で
ある。
まゆげしすう
魔勇気指数
アンチリアル
イ
猛想主義者が所持する魔勇気の総合評価を数字で表した物。一般的
マジネイター
に魔勇気指数が1~399の者が猛想主義者、400~500が現
想主義者とされている。なお今まで魔勇気指数500の壁を超えた
者は観測されていない。簡単に言えばIQの魔勇気版。ちなみに指
数がマイナスになると・・・。
アンチリアルとくべつほごとしプロジェクト
猛想主義者特別保護都市計画
20年前に国連が立案・実行した計画。猛想主義者と只者の共存・
相互理解のために世界各地で実行された。日本の四季市などがそう
である。住人はIDカードと呼ばれるカードを所持しなければいけ
ない義務があり、それ以外は特に他の市と変わらない。
もうそう
猛操
猛想主義者が魔勇気指数350以上で顕現させることができる装備。
猛想主義者によって特徴、能力は様々である。現想主義者の場合は
現操と呼ぶ。
もうそう
猛装
猛想主義者が魔勇気指数350以上で顕現させることができる妄想
の衣。猛想主義者によって特徴、能力は様々である。現想主義者の
場合は現装と呼ぶ。猛装、現装の名前は大体猛想主義者、現想主義
者の識別名と同じである。
9
猛想、現想、必殺技集︵前書き︶
﹁シャットダウン・アンサーズ﹂の猛想、現想、必殺技についての
解説ページです。
10
猛想、現想、必殺技集
ファイナルアンサー
最終怪答
答えを出す猛想。与えられた情報などから考え、自分なりの答えを
出すただそれだけの猛想。飽くまで自分なりの答えなので、答えは
必ずしも正解ではない。所有者は九十九歩亜郎。
かいげき
解撃のインパクトストライク
九十九歩亜郎の必殺技。右手に﹁紅ノ魔勇気﹂を集中させ、相手の
心を殴りつける。それによって相手の魔勇気の発生を一時的に停止
させ、無力化することができる。一発目で突き指、二発目で腕を骨
折、三発目で肩を外す危険な技である。
ゴーストーク
霧霊通話
霊的な存在を操る猛想。ただし操るにはその霊と契約しなければな
らない。
所有者は九十九振子。
11
カタリハジメ
今日もこの世界に夜がやってきた。おとぎ話ならフクロウが出て
くる時間である。その闇の中に一つの灯、私はある家庭を訪れてい
た。
部屋のベッドに三人。二人は子供で、一人は母親なのだろう、女
性である。何だか賑やかそうだ、耳を傾けてみよう。
﹁ねえ、お母さん。今日はどんなお話をしてくれるの?﹂
と女の子が元気に言った。男の子は
﹁⋮僕も気になります。﹂
とやや控えめに言った。
﹁今日はサンタさんとシンデレラのお話です。﹂
﹁サンタさんと?﹂
﹁シンデレラ?﹂
子供達が不思議そうにしている。無理もない、私もどのような話
かわからない。
﹁どんなお話なの?﹂
女の子も男の子も結局は興味をもっている。子供は好奇心の塊だ
からな。
﹁読んでからのお楽しみです。﹂
﹁はやく、はやく!!﹂
子供達が急かす。ふふ、今夜は眠れないようだ。私も、母親のお
話とやらを聴かせてもらおうかな。
﹁はいはい、わかりましたよ。﹂
いよいよか⋮。
今、私は興奮している。やはり初めて出会う物語というのはいい
ものだ。心で聴くと誓おうではないか。
そうしている間に母親は﹁オトギバナシ﹂を語り始めるのだった。
12
13
第7ワその1
雪ノチ嫁︵ユキノチヒロイン︶
ーこれは愛を知らない少年と
愛を忘れてしまった少女の物語ー
どこかの世界のいつかの時代、日本に四季市という街がありまし
た。この街は元々は小さな四つの市でしたが、合併して一つの大き
な都市になったのです。
今日は十二月二十五日、皆大好きクリスマスの日です。子供達は
プレゼントを望み、良い子でいるために寝ています。
﹁︵いよいよだ。︶﹂
そんな中一人の少年が目を覚ましました。時間は午前一時三十分。
何故、少年はこんな時間に起きたのでしょう。
この少年は所謂メルヘンチックな子でクリスマスの日にサンタク
ロースを一目見ようとしていたのでした。
少年はサンタクロースを見るために街の中心にある高い塔へ向か
いました。
﹁︵わあい。雪だあ。︶﹂
人見知りでもある少年は普段は外に出ません。ですが、今日は不思
議なことに外に人がいません。深夜だからでしょうか。少年はあま
り遊ぶ機会の無い雪で遊びながら塔へ向かいました。
しばらくして少年は塔の下まで来ました。
﹁︵ハッ!︶﹂
しかしここで少年は愕然としました。少年は高所恐怖症なのです、
にも関わらず高所でサンタクロースを見ようとしていたのです。な
んということでしょう。少年は困ってしまいました。
﹁︵うひゃあああああああああ!︶﹂
この少年は一度パニックになると中々冷静になれません。サンタ
を見たい、しかし高いのは嫌だ。そんな想いが少年の中を這いずり
14
回りました。時間は午前三時。サンタクロースが来てしまいます。
その時です。
﹁︵ああああああああ⋮うひゃ?︶﹂
少年が塔の上の方を見ると三角巾をつけた一人のかわいい少女が
落ちてくるではありませんか。
﹁︵お、親方あ!親方あ!空から人が!︶﹂
この時かっこいいヒーローなら体を張って助けるでしょう。しかし
少年はヒーローではありません。ただ、少女が落ちていくのを慌て
て見ていることしかできなかったのです。
どすん。
大きいような小さいような音がしました。少女は動きません。
﹁︵あゝどうしよう!人が!人が!やばいやばいやばい。このま
まだと僕が殺したかと思われてしまう!そうだ!これはイチゴシロ
ップだ。うん!そう!きっと!︶﹂
少年は赤く染まっていく雪を見ていました。あまりにもパニックだ
ったので、頭にはイチゴシロップかき氷のことしか浮かびませんで
した。
﹁︵あゝそうだ!きゅきゅきゅ、救急車あっ!︶﹂
少年の保護者が誰か倒れたら救急車を呼ぶように言っていたこと
を思い出し、呼びました。
﹁も、もしもし救急車さんですかあ。場、場所はフォ、ふぉーえ
すたわーです。︵落ちつけ落ちつけ落ちつけ落ちつけ落ちつけ落ち
つけ落ちつけ落ちつけ落ちつけ落ちつけ落ちつけ落ちつけ落ちつけ
落ちつけ落ちつけ落ちつけ落ちつけ落ちつけ落ちつけ落ちつけ落ち
つけ落ちつけ落ちつけ落ちつけ落ちつけ落ち⋮︶﹂
しかしパニックだったので正確に場所を言えてません。それでも頑
張って救急車を呼びました。
﹁︵ん?︶﹂
15
連絡し終わった時、少女の体がピクリと動きました。
﹁︵い、生きてるぅ!?︶﹂
それを見た少年が近づいていくと、少女が突然むくりと立ち上がり、
どこからか大きな南瓜を取り出して自らにトドメを刺そうとしまし
た。
﹁︵⋮な、何をしているっ!︶﹂
それを見た少年は自分の持つ腕力を振り絞って少女の腕を掴み止
ものがたり
めようとしました。しかし少年の握力と腕力は弱く、長時間は少女
の腕を掴んでられません。その時少年は言いました。
﹁⋮お前に何があったかは知らない。だがお前はまだ見ぬ世界を
読まずに死ぬつもりかあ!﹂
﹁⋮!!﹂
その声を聞いた少女はおとなしくなりました。
どれだけの時間がたったでしょう。
向こうから救急車のサイレンが聞こえてきました。
﹁ば、ばたんきゅう。﹂
人見知りの少年は救急隊員に事情を説明し終わるとストレスで倒れ
てしまいました。
少年は救急車を呼んだつもりが自分も搬送されるとは思ってませ
んでした。
16
第7ワその2
ー二月十五日ー
覚醒きてますか?
﹁⋮ここは?﹂
少女の目が覚める。ハッキリしない意識で周りを見渡す。窓から
の光が眩しい。そして白い壁、白いベッド、点滴と心電図これらが
示す答えは⋮。
﹁病院⋮ですか?﹂
少女は呟く。自分は何故病院にいるのだろう、その疑問が浮かぶ。
とりあえずナースコールを押そうと思い、手を延ばす⋮が。
﹁痛っ!﹂
少女の体に激痛が走る。起き上がれない少女。この時自分の体中
に巻かれた包帯に気づく。
﹁そのうち⋮人が来ますよね。﹂
少女はそう考え、ベッドでおとなしくしていることにした。
がらっ。
しばらくして病室の扉が開いた。若そうな男性医師が入ってくる。
年齢は二十代後半から三十代前半くらいか。
﹁目が覚めたんだネ。ハッハ。うん。心肺に異常なし心配なーし。
ハーイよろしい。﹂
おちゃらけている医師。
﹁早速だけどいくつか質問するよ。これ何本に見える?﹂
医師は手を見せて来た。指は五本、少女はそう答える。
﹁うん。問題なーし。﹂
﹁すみません。﹂
少女が尋ねる。
﹁うーん?﹂
医師は診察を続ける。
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﹁私に何があったんですか?ここはどこですか?﹂
﹁ここはネ、四季市の病院だよ。君は実に一ヶ月半程眠っていた
んだよ。しかし君もすごいよネ。あのフォーエスタワーの展望台か
ら落ちて生きてるんだもんネ。﹂
医師はまるで自分のことのように話す。
﹁四季市?フォーエスタワー?⋮わ、私は⋮誰ですか?﹂
﹁うーん!?記憶が無い!?全然よろしくないよーっ!﹂
慌てる医師。
﹁あの⋮。﹂
﹁うーん?君の名前ネ。君が搬送された後服のポケットから君の
IDカードが見つかってネ。﹂
﹁IDカード?﹂
さつがみいぶ
﹁うーん?それも忘れちゃった?困ったなあ。まあそれは後で話
そう。それより君の名前はネ、IDカードによると殺神伊舞という
名前らしい。﹂
﹁サツガミ⋮イブ⋮。﹂
かみて
﹁詳しいことはもうちょっと落ち着いてから話そうかな。今日は
まだゆっくりしていてよ。ああっ!ボクの名前はね上手。君の担当
医だよ。何かあったらすぐに言ってね。ナースが行くから。﹂
上手はそう言ってナースコールを指差す。
﹁わかりました。﹂
﹁じゃあ夕方くらいにまたくるよ。﹂
そう言って上手は病室を出て行った。
伊舞は自分の状況をゆっくり考えながら再び眠りについた。
がたっ。
﹁⋮?﹂
18
ー午後三時ー
伊舞はベッドで安静にしていた。ナースに頼んでベッドの角度を
調節してもらい、起き上がっていた。
こんこん、がらっ。
﹁失礼するよー。﹂
上手が入って来た。
﹁そろそろ君にいろいろ説明した方がいいと思ってネ。もう少し
したら君を助けてくれた人にも来てもらうことになってるから。﹂
﹁はい。すみません。﹂
﹁何、気にすることはないさ。ではまず四季市について説明しよ
うかな。﹂
﹁この街は一体?﹂
﹁⋮まず<このこと>について説明しなければならないネ。﹂
その時。
こんこん、がらっ。
﹁失礼しちゃうよ。﹂
病室に一人の女性が入ってきた。外見は上手と同じくらいの年齢
だ。
﹁おや、来たのかい九十九さん。あれ、歩亜郎は?﹂
﹁アイツは部屋に居なかったよ。どこ行ってんのかねぇ。だから
アタシだけ来た。﹂
﹁うーん?相変わらず人見知りだね。まあいいや。殺神さん、紹
介するよ。君を助けてくれた子の保護者の⋮﹂
﹁九十九だ。よろしく。﹂
19
﹁初めまして。殺神?と申します。﹂
伊舞は自信なさそうに名乗った。まだ自分が本当に殺神伊舞だと
確信を持ててないのだろう。
﹁それで先生。<このこと>とは何ですか?﹂
﹁じゃあ説明を始めるよ。﹂
上手は語り始めた。
アンチリアル
﹁猛想主義者って覚えている?﹂
20
第7ワその3
アンチリアル
覚醒きてますか?2
﹁猛想主義者?⋮⋮っ!!﹂
その時伊舞の頭に激痛が走る。
﹁大丈夫かい!﹂
アンチリアル
上手が慌てる。冷静になれ、医師よ。
﹁大丈夫⋮です。続けてください。猛想主義者とは一体?﹂
アンチリアル
伊舞は問う。
﹁猛想主義者は文字通り妄想に生きる者達のことだよ。﹂
上手は続ける。
まゆげ
﹁昔からいたのではないかと言われていてネ。妄想をすることに
よって自身の持つエネルギー﹃魔勇気﹄を利用し、一般人より優れ
た才能を発揮したりできる、と言われていた。﹂
﹁言われていた?﹂
伊舞は疑問に思った。何故言われていたなのか、見たことがなか
ったのか、と。
﹁実は見えなかったんだよ。彼らが何をしていたのか。一般人か
らしたら彼らが見えない何かに立ち向かったり、わけのわからない
ことを言っているようにしか見えなかったんだよ。﹂
﹁ようするに中二病患者とか、痛い人にしか見えないんだ。﹂
九十九が補足する。
アンチリアル
﹁別にそれだけだったら問題なかったんだよ。ただネ⋮問題が起
きた。﹂
アンチリアル
﹁問題⋮ですか?﹂
﹁それはね。猛想主義者の現想化だよ。﹂
アンチリアル
﹁現想化⋮。﹂
アンチリアル
﹁猛想主義者が自身の妄想力を高めることによって猛想主義者の
妄想が現実に具現化してしまうことだよ。猛想主義者全員ができる
わけではないんだけどネ。これによって世界中の政府が困惑した。
21
アンチリアル
アンチリアル
地球が猛想主義者に支配されると思ったからだよ。﹂
アンチリアル
﹁ちなみに猛想主義者の存在が国連に認知されたのは第二次世界
大戦の二十年後くらいだ。人類は魔勇気を持つ猛想主義者と持たな
アンチリアル
い一般人、﹃只者﹄に分かれた。﹂
九十九が言った。
アンチリアル
﹁そこで一般人と猛想主義者の共存が求められた。これを進める
アンチリアル
のは大変だった。反対する者もいたし、猛想主義者が蔑称として使
われたりした時もあった。それに対して猛想主義者が事件を起こし
たりした。﹂
アンチリアル
﹁国連はどうにかしようと、︻猛想主義者特別保護都市計画︼を
進めた。世界にいくつか猛想主義者が住みやすく、そして一般人も
住みやすいように共存できる都市を開発する計画だ。﹂
﹁そして二十年前についに計画が実行されたんだよ。﹂
﹁そのうちの一つがここ、四季市だ。﹂
上手と九十九は語るのをやめた。あまり長話をしても伊舞の頭が
混乱するからだ。
﹁四季市がどのような街かはわかりました。でも⋮﹂
﹁でも?﹂
﹁結局猛想って何ですか?﹂
﹁うーん?﹂
上手はしばらく考えてから言った。
﹁見た方が早い。九十九さんの方を見て。﹂
伊舞は九十九の方を向いた。
﹁えっ⋮!﹂
アンチリアル
九十九の方を見るとさっきまでいなかった人がいた。一人ではな
い。二人三人と次々人が現れる。
﹁その反応、見えるんだネ。﹂
﹁はい。﹂
﹁これではっきりしたよ。殺神さん、君も猛想主義者だネ。ボク
には見えない何かが君に見えてるのが何よりの証拠だよ。﹂
22
アンチリアル
﹁私が⋮猛想主義者⋮。﹂
アンチリアル
伊舞は不思議とその事実を受け入れられた。
﹁このように猛想主義者の妄想によって発動する能力を一般的な
妄想と区別するために︻猛想︼と言うんだよ。﹂
ゴーストーク
﹁アタシの猛想は簡単に言えば幽霊を操る猛想さ。地縛霊とか物
に宿った魂とか。猛想名は︻霧霊通話︼。さっきのは医療機器に宿
った霊達だ。悪霊ではない、むしろ患者達の回復を願っている霊達
さ。﹂
﹁そうなんですか。﹂
アンチリアル
伊舞は自分のはどんな猛想なのかと思っていた。
﹁といっても最近は猛想主義者の猛想に反応する機器も開発され
ているんだけどネ。さて今日はもうゆっくりしていいよ。診察おし
まい。女同士話でもどうぞ。﹂
﹁ありがとうございました。﹂
﹁困ったらナースコール忘れずにネ。﹂
そう言いながら上手は出て行った。
﹁さて、伊舞っていったけ?おまえ行くとこあるのか?﹂
﹁さあ⋮私にはわかりません。﹂
伊舞はまだ記憶を失ってから幾日も経ってない。これからどうす
るのか。入院費は誰が払うのかそんなことはわからなかった。
﹁良かったらアタシんとこくるか?まだ部屋はあるし。﹂
﹁えっ、でも悪いです。﹂
﹁気にすることはないさ。アタシ以外にも何人か住んでるから友
達も出来るだろ。﹂
﹁何から何までありがとうございます。﹂
﹁これも何かの縁さ。﹂
そう言いながら九十九は煙草に火を付ける。病室で煙草はいいのだ
ろうか。
﹁ーさて、わかってんだ、出てきな。﹂
23
突然九十九がそう言った。伊舞は病室を見渡したが誰もいない。
が。
がたっ。
と音がした。音源は部屋の隅にある掃除用具入れだ。九十九が扉
を開けた。
﹁⋮。︵チッ。︶﹂
中に人がいた。伊舞より背の高い、といっても10cm程しか変
わらないくらいだ。顔はよく見えない。男か女か。
ばたんっ。
扉が閉まる。
がちゃり。
九十九が開ける。
ばたんっ。
また閉まる。
がちゃり。
ばたんっ。
がちゃり。
ばたんっ。
がちゃり。ばたんっ。
がちゃり。ばたんっ。がちゃり。ばたんっ。がちゃり。ばたんっ。
がちゃり。ばたんっ。がちゃり。ばたんっ。がちゃり。
﹁⋮いい加減にしろクソババア!﹂
﹁こっちのセリフだクソニート!くらえ!﹂
そう言って九十九が中の人の頭を触る。すると。
﹁うひゃー。﹂
人がおとなしくなった。
﹁手こずりさせやがって。﹂
九十九が人を掃除用具入れから引っ張りだした。伊舞と同い年く
らいの少年だった。服装は赤いコートに黒いパンツ、赤いスニーカ
24
ー、黒い手袋そして黒いハット帽。髪が尻の位置より長い。白のマ
つくもぽあろう
アンチリアル
スクをつけ、深く帽子をかぶっているため顔はよく見えない。
﹁こいつは九十九歩亜郎。うちにいるニート猛想主義者だ。一応
おまえを助けた張本人だ。﹂
﹁えっ、そうなんですか?じゃあお礼を言わないと⋮。﹂
﹁今は無理だ。﹂
﹁どうしてですか?﹂
﹁⋮その、事情があってな。﹂
顔は無表情なのに何故か嬉しそうに見える少年を見ながら九十九
が言った。
﹁事情⋮ですか。﹂
﹁そうだ、気にしない方がいい。というわけだ、こいつにお礼を
言うついでにうちに住んじまえ。﹂
﹁⋮わかりました。ありがとうございます。﹂
伊舞は気の毒そうに少年を見ながら言った。
ー三月十五日ー
ついに伊舞の退院の日がやってきた。目が覚めてから二週間でベ
ッドから起き上がることができた。それから三週間必死にリハビリ
をこなし、歩けるくらいには回復した。九十九の呼び出した霊達の
祈りのおかげだろうか。入院中は何回か九十九が見舞いに来た。上
ア
手のテストをやったりした。伊舞は記憶を失っているものの、勉学
ンチリアル
や日常生活に支障はないらしい。忘れているのは自分のことと、猛
想主義者についてぐらいだ。いつも伊舞が寝た後、病室の掃除用具
25
入れから音がしたのはたぶん聞き間違いだろう。
﹁上手先生。ナースのみなさん。本当にありがとうございました。
﹂
伊舞は深々とお辞儀をした。
﹁どういたしまして。﹂
病院前で九十九が待っていた。
﹁行くか、伊舞。﹂
﹁はい。﹂
こうして少女の新しい生活が始まる。
26
第7ワその4
九十九教会
伊舞は病院を出て九十九の車に乗った。向かうは九十九の家であ
る。窓から見える景色は流れていく。伊舞にとって初めての⋮久し
ぶりの景色だった。
﹁九十九さんの家は何処にあるんですか?﹂
伊舞が尋ねる。
﹁四季市のS地区にあるのさ。と言っても四季市について話さなき
ゃな。伊舞、四季市は大きく分けてW、A、N、Sの四つの地区に
分かれていることは入院中に聞いたな?﹂
﹁はい、聞きました。﹂
﹁四季市ってのはフォーエスタワーが中心にあってタワーに近いほ
ど賑やかで高層ビルが建っている。S地区は四つの地区の中でも比
アンチリアル
較的穏やかな雰囲気で自然もある地区だな。そこには地図に載って
ない不思議な森があるんだ。﹂
﹁どういうことなんですか?﹂
伊舞は疑問に思った。
﹁不思議と言われても、こんくらいで不思議だったら、猛想主義者
の猛想なんか不思議だらけでビビっちまう。いいか、その森はな、
いつの間にか入ってしまう森なんだ。木々が生い茂る中、先へ進む
と教会がある。それがアタシ達の家。﹂
﹁教会⋮。﹂
﹁まあ教会っていっても中は一般家庭と変わらない。緊張すること
はない。﹂
車は進む。
四季市S地区、そこにある謎の教会を目指し車は進む。
彼女を待つ新生活へと車は進む。
27
がたっ。
28
第7ワその5
木。木。木。
九十九教会2
気がついたら例の教会に着いていた。
四季市S地区の街中を車で走行していたのに気がついたら例の教会
ツクモチャーチ
に着いていた。伊舞は周りを見渡した。周りには木々が生い茂って
ツクモチャーチ
おり、その中心に草原が広がっていた。九十九教会はその草原にあ
った。
﹁ここが⋮。﹂
ツクモチャーチ
﹁そうここがアタシ達の家九十九教会だ。﹂
九十九教会の見た目はしっかりとした教会だった。
がちゃり。
扉が開く。
﹁お帰りなさいませ、九十九さま。﹂
そう九十九に挨拶をしてきた人物はメイドの格好をしていた。
﹁帰ったぞ、蝶実。﹂
ツクモチャーチ
﹁昼食の準備は出来ております。九十九さま。そちらが今日からこ
ハザマチョウミ
こに住むことになった殺神さまですか?﹂
﹁ああ、そうだ。伊舞、こいつは間蝶実。九十九教会のメイドであ
り、家族の一人だ。﹂
﹁はじめまして、間蝶実と申します。﹂
蝶実は伊舞より少し年上くらいの外見だった。眼鏡をかけたショー
トヘアだ。頭にはヘッドドレスをつけておりいかにもメイドという
感じである。外見は一般人と変わらないのに謎の教会に住んでおり、
メイドまでいる九十九はただ者ではない。
﹁こ、こちらこそよろしくお願いします。﹂
伊舞は緊張しながら挨拶した。
﹁伊舞、中入れよ。﹂
29
﹁中へどうぞ。﹂
九十九と蝶実が伊舞を案内する。
﹁⋮お邪魔します。﹂
伊舞が申し訳なさそうに言った。
﹁今日からはただいまでいいのさ。﹂
九十九はニヒっと笑い伊舞に言った。
﹁ただいまです!﹂
がさり。
がちゃ。
ばたん。
﹁︵⋮ふう、見つからなかったな。︶﹂
伊舞達が居なくなった教会の入口に一人の少年が立っていた。
﹁︵⋮あいつが殺神伊舞。一応僕が助けたことになっているらしい。
しかしあの時のことはあまり覚えてない、こっちもパニックに陥っ
ていたからな。︶﹂
少年の眉毛が動く。
﹁︵⋮これもまた物語の一つか。︶﹂
少年は空を見上げ、一瞥すると、表情を変えずに教会へ入っていっ
た。
30
第7ワその6
九十九教会3
教会の中はいたって普通だった。入ってすぐ目の前には礼拝堂が
あり、上を見ると二階があった。右の方には食堂があり左の方には
部屋がいくつもあった。
﹁で、伊舞。腹減ったか?飯にするか?﹂
九十九が尋ねる。
﹁まずはお部屋へお連れするのが先です、九十九様。さあ殺神様こ
ちらへ。﹂
蝶実が伊舞を連れて行く。
﹁じゃあ飯はあいつに連れてってもらえ。歩亜郎の野郎にな。・・・
ん?﹂
がちゃ。
数多ある部屋の一つが開いた。その中から一人の少女が出てきた。
﹁おい、葉子。どこ行くんだ。﹂
﹁あたいがどこに行こうがいいじゃない。﹂
アンチリアル
葉子と呼ばれた金髪ツインテールの少女はぶっきらぼうに答えた。
左目の眼帯が彼女の機嫌の悪さを物語っていた。
がちゃ。
葉子が教会を出て行く。
﹁あ、おい・・・。ったく、ハア。﹂
九十九は溜息をついた。
﹁今の方は?﹂
たちがみ はこ
伊舞が尋ねる。
﹁あいつは絶神葉子。半年前からこの教会に住んでいる猛想主義者
さ。引き取り手がいないんで、アタシが引き取った。﹂
﹁そうなんですか。﹂
九十九は面倒見のいい女だった。
﹁ま、コンビニでも行ったんだろう。﹂
31
﹁葉子様はコンブ煮・・・失礼。コンビニ好きですからね。﹂
噛んでしまった蝶実もまた大層乙であった。
﹁じゃあ蝶実。後はまかせた。アタシはこれから仕事だから。﹂
﹁かしこまりました。﹂
九十九が出て行く。
﹁九十九さんって何のお仕事されているんですか?﹂
伊舞は蝶実に尋ねた。
ゴース トーク
﹁九十九様の猛想はすでにご存知でしょうか?﹂
﹁はい。﹂
﹁九十九様は猛想、﹃霧霊通話﹄を使い世界各地の心霊現象の解決
をしていらっしゃいます。九十九様は心霊系猛想主義者の中でも世
界トップクラスなんですよ。本気を出せば現想化も可能かと。﹂
﹁ええっ!そんなにすごい人だったんですか!﹂
﹁まあ、トップクラスといっても心霊系猛想主義者の数そのものが
少ないのですが。﹂
そんな雑談をしながら少女達は教会の廊下を進んでいく。
わたくし
﹁こちらが殺神様のお部屋でございます。近くには私の部屋があり
ますので、何なりとお申し付けください。﹂
案内された部屋はすごく広いわけではないが、一人で使うには充分
すぎる広さだった。
﹁ありがとうございます。あの。﹂
﹁はい?﹂
﹁私のことは伊舞でいいですよ。﹂
﹁では伊舞様。12時になったら駅前へ向かいますので準備を。二
階にある歩亜郎様の部屋の前に集合ということで。﹂
﹁はい!﹂
思えばこの少女、殺神伊舞はまだ自分の命の恩人である九十九歩亜
郎にお礼をしていなかった。まだ見ぬ少年は何者なのか。
32
第7ワその7
九十九教会4
伊舞は自分の荷物を整理した後、蝶実と共に自分の命の恩人であ
る少年九十九歩亜郎の部屋の前に来ていた。なぜか蝶実の顔色が良
くない。伊舞は尋ねた。
﹁あの・・・蝶実さん、顔色があまりよろしくなさそうですけど?﹂
﹁別に体調が悪いわけではありません。ただ・・・。﹂
﹁ただ?﹂
﹁・・・伊舞様。この部屋に入る前に一つだけ約束してください。
この先何があってもオーバーリアクションをとらないと。﹂
オーバーリアクションをとるとどうなってしまうのだろう。伊舞
は蝶実と約束をした。
﹁では行きますよ。﹂
こんこん。
ノックされた扉は至って普通の扉だった。
﹁歩亜郎様、蝶実です。入りますよ?﹂
がちゃり。
開く扉。この先に何が・・・。
蝶実と伊舞が歩亜郎の部屋に入った。結論を言おう。そこに九十
九歩亜郎はいなかった。
﹁歩亜郎様?﹂
部屋は普通の部屋だった。しかし普通の部屋といっていいのか?
入ってすぐ右には犬のゲージがある。しかし犬はいない。すぐ左
手前には本棚があり、本でいっぱいだった。部屋の左にはベッドが
ありぬいぐるみでいっぱいである。右には薄型テレビとゲーム機が
あり部屋の正面奥には勉強机とパソコンデスクがあった。これらだ
けなら普通の部屋といってもいいのかもしれない。
問題はそこではない。ここにあった。
33
部屋の四隅と中心に掃除用具入れがあったのだ。
一体誰が、何のために?伊舞は驚きの表情を隠せなかった。同時
にこの部屋は普通ではないと思った。
﹁伊舞様。﹂
蝶実に小声で呼ばれ伊舞は例の約束を思い出した。できるだけ平
常心になる。
そのとき伊舞は視線を感じた。部屋の右手前の掃除用具入れから
である。伊舞は近づいた。
﹁伊舞様。歩亜郎様を見つけたのですか?待ってください。不用意
に近づいてはなりません。﹂
蝶実は忠告をした。しかし伊舞は止まらなかった。なんとなく自
分が開けた方がいいような気がしたからである。そして。
がちゃ。
﹁・・・あれ?﹂
﹁︵・・・。︶﹂
案の定、掃除用具入れの中には九十九歩亜郎がいた。腕にミニチ
ュアダックスフントを抱えながら。
﹁歩亜郎様、そこにいらしたんですね。﹂
﹁︵・・・。︶﹂
蝶実が話しかけるが歩亜郎は黙ったままだった。
﹁can。﹂
変わりに犬が答えた。
﹁カイワレ様ではございません。﹂
この犬の名はカイワレというらしい。やたら発音のいい犬だ。
﹁歩亜郎様、歩亜郎様が昨年の12月25日にお助けになった殺神
伊舞様です。九十九様からの伝言です。伊舞様を街へ案内しますよ。
﹂
﹁︵・・・。︶﹂
歩亜郎は答えない。
すたすた。
34
がちゃ。
ばたん。
・・・無言で掃除用具入れから出て行き、今度は部屋の中心にあ
る掃除用具入れへ入っていった。
﹁・・・歩亜郎のバカあああああああああああああ!!うわーん!
!﹂
蝶実が泣きながら部屋を飛び出していった。オーバーリアクショ
ンをしてはいけないのではなかったのか?
伊舞を部屋に残したまま、蝶実は廊下を走っていった。
35
第7ワその8
九十九教会5
﹁蝶実さん行ってしまいました・・・。﹂
伊舞は廊下を見ながらそう呟いた。一応この教会のメイドである
蝶実の第一印象はしっかりしたメイドだったが、そんな彼女も人間
なので素に戻る時もあるのである。伊舞はなんとなく蝶実と仲良く
なれそうな気がした。
﹁あの・・・。﹂
伊舞は掃除用具入れの中の歩亜郎に話かけた。
﹁︵・・・。︶﹂
しかし返事はない。伊舞は話を続けた。
﹁私今日からこの教会に住むことになった殺神伊舞です。ずっとあ
なたにお礼がしたかったんです。私を助けてくれてありがとうござ
いました。﹂
﹁︵・・・銀髪。︶﹂
返事はない。
﹁私記憶喪失でこの街のことわからないんです。九十九さんがあな
たが案内してくれるって言ってました。お願いします。私を案内し
てください!!﹂
﹁︵・・・ポニーテール。︶﹂
返事はない。
﹁あの!!﹂
﹁︵・・・三角巾。︶﹂
返事はない。
﹁聞こえてますか?﹂
﹁︵・・・アホ毛。︶﹂
返事はない。
﹁?﹂
伊舞はさっきから歩亜郎に必死に話しかけているが、返事がない。
36
伊舞は心配になり掃除用具入れの扉に手をかけた。そのとき。
がっちゃーん!!!!!!!
突然勢いよく掃除用具入れの扉が開いた。少年の姿が遂に現れる。
その姿は病院で初めて見た姿とほとんど変わらなかった。服の色合
いは赤と黒で統一され、赤いパーカーが目立っている。前回とは違
ファイナル
アンサー
い髪が短くなっていたが、中性的な顔立ちから性別が一瞬わからな
かった。相変わらず眉毛の目立つ少年だった。
﹁やっと出てきてくれたんですね!﹂
伊舞が喜びの表情をつくる。
﹁︵・・・笑顔。︶﹂
どくんっ。
歩亜郎の眉毛が突然上がり目が大きくなり紅く輝く。
﹁︵・・・銀髪↓ポニーテール↓三角巾↓アホ毛↓笑顔↓最終怪答
↓かわいい。︶﹂
だんっ。
歩亜郎が床を蹴り、飛び上がった。
﹁!?﹂
伊舞は驚き、歩亜郎から離れた。
﹁・・・かわいい!!﹂
歩亜郎が叫んだ。
﹁・・・・・・・えっ?﹂
﹁・・・。﹂
・・・今のは何だったのだろう。
﹁︵・・・やってしまった。︶﹂
すたすた。
歩亜郎は抱えていたカイワレをゲージに戻すとまた掃除用具入れ
に入って行った。
がちゃ。
しくしく。
伊舞は驚いたまましばらくその場から動けなかった。
37
38
第7ワその9
九十九教会6
九十九歩亜郎は再び掃除用具入れに閉じこもってしまった。しく
しくと泣き声が聞こえるが、よく聴いてみるとただ口でしくしくと
言っているだけに聴こえる。しかし嘘泣きとは思えなかった。伊舞
はゆっくりと掃除用具入れの扉を開けた。
﹁あの・・・九十九さん?﹂
返事がない。歩亜郎の眉毛はさっきと違い上がっておらず、元の
位置に戻っていた。目はうつろであり、光がなかった。表情は全く
変わっていない。歩亜郎は無表情のままただ涙を流していただけだ
った。それを泣いていると表現するには何かが足りなかった。口は
しくしくと呟き続けるだけ。少し奇妙だった。飼い主がこんな状態
なのにゲージで寝ているカイワレはのんきである。
ツクモ
チャーチ
今までのことをまとめてみよう。三角巾の少女、殺神伊舞は自分
の身元引き受け人である九十九に言われ、九十九教会のメイドであ
る間蝶実と共に自分の命の恩人である九十九歩亜郎を外に連れ出し
四季市を案内してもらうつもりだった。が、間蝶実は急に泣きだし、
走ってどこかに行ってしまった。残された伊舞は一人で歩亜郎との
コンタクトを試みるが、返事はなかった。すると急に歩亜郎が﹁か
わいい﹂と言いながら飛び出してきた。そして我に返った歩亜郎は
また掃除用具入れに入って行ってしまった。伊舞は記憶喪失者なの
で猛想主義者がどんな者なのかわからない。いろいろなことが起き
すぎて伊舞はチンプンカンプンであろう。特に九十九歩亜郎。この
少年奇妙すぎる。間蝶実の奇行の正体は﹁九十九歩亜郎が間蝶実の
呼びかけに応じず無視したため沈黙に耐え切られずに逃げた﹂とい
う理由からであろうが、九十九歩亜郎の奇行は﹁掃除用具入れに無
言で入り続けたかと思えば、急に殺神伊舞にかわいいと言いながら
飛び出す﹂というものでありこの部分だけ聞けば全員が﹁九十九歩
亜郎は変人である﹂という答えにたどり着くであろう。
39
では当事者である殺神伊舞は九十九歩亜郎に対しどんな印象を抱
いたのか?
﹁九十九・・・歩亜郎さん?﹂
伊舞は呼び続ける。
﹁︵・・・またやってしまった。僕はかわいいものを見るといつも
こうなってしまう。︶﹂
歩亜郎はメルヘン少年である。伊舞を助けることになったのも元を
辿ればメルヘンな理由だった。
﹁歩亜郎さん?﹂
﹁︵・・・かわいいと言いながら飛び出す⇒奇行⇒変人認定⇒嫌わ
れる⇒嫌われる⇒嫌われる嫌われる嫌わ︶﹂
伊舞は呼び続けるが歩亜郎はうつろな目でぼそぼそとつぶやくだ
け。その目は蒼く輝いており、睫毛が微妙に伸びているような気が
する。
このままでは危険だ。
伊舞の中で誰かがそうつぶやいた。
﹁︵・・・嫌われる嫌われる嫌われる嫌われる嫌われる嫌われる嫌
われる嫌われる嫌われる嫌われる嫌われる嫌われる嫌われる嫌われ
る嫌わ︶﹂
﹁ポアロくん!!﹂
伊舞がそう叫び歩亜郎の頭を撫でた。初対面の変人の少年の頭を
急に撫で始めるなんてついにこの少女まで奇行に走ったというのか。
頭を撫でると伊舞の中に何やら温かい何かが流れ込んできた。伊舞
は不思議に思ったが考えるのをやめて撫でるのに集中した。
﹁︵・・・なんだろう懐かしい感じがする。落ち着く・・・。︶﹂
歩亜郎は徐々に落ち着きを取り戻していった。それどころか寝て
しまった。
﹁寝てしまいました。﹂
伊舞はそうつぶやいた。
﹁ポアロくんの寝顔、かわいいですよ。﹂
40
第7ワその10
九十九教会7
歩亜郎が寝てしまったあと伊舞は蝶実と歩亜郎について話をするた
わたくし
めに食堂に行くことにした。なぜ彼があそこまで情緒不安定なのか
を知るためである。
わたくし
﹁蝶実さん、ポアロくんは昔からあのような状態なのですか?﹂
﹁はい、歩亜郎様は私より先にこの教会に住んでいるのですが、私
がこちらでお世話になり始めた時にはすでにこのような状態でした。
﹂
聞けば蝶実もまだこの教会に住み始めてから一年半程しか経ってい
ないのだという。
﹁それよりこれからどうしましょう?﹂
街へ行くつもりが歩亜郎が寝てしまった。起こすか起こさないか。
二人は選択を迫られた。なぜここまで悩まなければいけないのか?
蝶実は次のように述べた。
﹁歩亜郎様を起こすのは非常に危険だからです。起こさないでくだ
さいませ。絶対に。﹂
伊舞は言葉にならない何かを感じたので、それ以上は詮索しなかっ
た。
そうして悩んでいるうちに昼になった。そのとき。
がちゃり
食堂の扉が開き少年が入ってきた。そう、九十九歩亜郎である。先
程とは違いマスクをつけている。
﹁︵・・・。︶﹂
﹁歩亜郎様、もう大丈夫なのですか!?﹂
蝶実が驚く。歩亜郎はこんなに堂々と部屋に入ってくるような男で
はないからである。珍しく歩亜郎が人前に出た理由とは・・・。
歩亜郎が重い口を開いた。
﹁・・・昼食はまだか?︵お腹へったよ∼。︶﹂
41
そう!少年は腹が減っていたのである。ただそれだけ。
わたくし
﹁では歩亜郎様、伊舞様を街に連れて行ってください。安心してく
ださい、昼食代は私が出します。﹂
﹁・・・理解した。︵わあいラーメン食べようっと!!︶﹂
この少年九十九歩亜郎、さっきあれだけ周りに迷惑をかけたにも関
わらず、飯をおごってもらうだけで元気になるとは・・・現金な奴
である。
﹁・・・行くぞ。︵ラーメンラーメン。︶﹂
﹁えっ・・・は、はいっ。﹂
伊舞は歩亜郎のテンションの変化に戸惑いつつ返事をするのであっ
た。
42
第7ワその11
九十九教会8
歩亜郎と伊舞は教会の外へ出た。
﹁あの・・・街案内よろしくお願いします。﹂
伊舞は今からこの不思議な少年と街へ向かうことになったのである。
﹁・・・勘違いするな。僕はただラーメンを食べたいだけだ。︵今
日も豚骨醤油にしよう。︶﹂
歩亜郎はどこか捻くれている少年だった。
﹁・・・ちょっと待ってろ。﹂
﹁?﹂
伊舞は歩亜郎にそう言われ少し離れた。歩亜郎は大きく息を吸って
叫んだ。
﹁・・・出でよっ!!ドルチェノフ!!﹂
すると空から一台のセグウェイが降ってきた。
﹁あの、これは?﹂
伊舞は尋ねた。あたりまえだ。空からセグウェイが降ってくるなん
て非常識にも程がある。
﹁・・・こいつは僕の相棒、ドルチェノフだ。僕だけは四季市でセ
グウェイに乗っていいことになっている。というか僕がそうした。﹂
九十九歩亜郎、一体何者なのだろう。たかが一般人が街のルールを
変えられるとは思えない。
﹁何で空から降ってくるんですか!!﹂
﹁・・・ドルチェノフだものしかたない。︵理由になっていないよ
ね。︶﹂
﹁はあ・・・。﹂
伊舞は驚くことが多すぎて困っていた。
﹁・・・さて行くか。まずはラーメン屋だ。﹂
歩亜郎はそう言うと伊舞をセグウェイの後ろに乗せた。
やっと街へ向かって出発した。
43
第7ワその12
街案内1∼到着コンビーフ商店街∼
歩亜郎と伊舞はセグウェイに乗りながら四季市S地区の市街地へ向
かう。九十九教会は森の中に存在していたが、市街地はそんなとこ
ろにはない。向かうに連れて周りはにぎやかになっていく。四季市
S地区は他の三地区と比べると自然豊かでありそこまで大都会では
ないが、この地区でしか採れない農作物があり、一番自給自足がで
おはなし
きている地区である。そして国内でも有名な農業高校があるが、そ
れはまた別の世界。
しばらく住宅街を走ると商店街が見えてきた。
﹁あの、ここは?﹂
アンチリアルとくべつ
﹁・・・僕の記憶によると、ここは四季市四商店街の一つ﹃コンビ
ほごとしプロジェクト
ーフ商店街﹄。昔はシャッター商店街だったが、猛想主義者特別保
護都市計画により四季市が誕生した時にまた昔の活気を取り戻した・
・・らしい。﹂
﹁そうなんですか。﹂
珍しく歩亜郎が長く話した。しかし名前がコンビーフとは名付け親
は何を考えてこういう名前にしたのだろうか。
﹁・・・降りろ。商店街はセグウェイ禁止だ。﹂
歩亜郎がそう言ったので伊舞はセグウェイから降りた。
44
第7ワその13
﹁・・・。﹂
﹁・・・。﹂
街案内2∼ラーメン屋豚々拍子∼
コンビーフ商店街を歩く歩亜郎と伊舞。しかし会話は続かない。
︵ポアロくんって何者なんでしょうか。悪い人には見えませんけど・
・・。︶
伊舞は歩亜郎について少し疑問を抱いていた。
しばらく商店街を歩くと急に歩亜郎が足を止めた。その店の名は﹃
豚々拍子﹄。
歩亜郎が店に入っていく。伊舞も後に続く。
﹁ヘイらっしゃいっ。﹂
豚々拍子はラーメン屋だった。歩亜郎は店主の方を見向きもせずに
券売機で食券を購入し、カウンターの一番奥の人気の無い所へ座っ
た。
伊舞は店内を見渡した。この時間は客が少ないらしい。昼にも関わ
らず。それともこの店は普段から客が少ないのだろうか。伊舞も食
券を買い、歩亜郎の隣に座った。すると
﹁・・・なぜ隣に座る。﹂
ディティクティブ
と言われたのでしかたなく伊舞は歩亜郎の隣の隣の席に座った。
﹁﹃迷探偵﹄さんはいつもの奴ね。﹂
いつものということは歩亜郎は頻繁に来るのだろうか。
﹁ん?見ない顔だね。探偵さんのコレか?﹂
そう言って店主は小指を立てた。
﹁え、えっと・・・。﹂
﹁・・・。︵こんなに可愛い娘が僕の彼女のわけないだろ失礼だぞ。
︶﹂
伊舞が困惑していると歩亜郎が無表情で店主をにらみつけた。
﹁ハハ・・・悪いな嬢ちゃん。チャーシューサービスするよ。﹂
45
﹁いえ。﹂
ディティクティブ
店主がラーメンを作り始めると伊舞は歩亜郎に尋ねた。
﹁あの、店主さんがさっき言ってた﹃迷探偵﹄とは一体?﹂
﹁・・・。﹂
しかし歩亜郎は答えない。そしてしばらく沈黙が続いた。
﹁カイワレ味玉豚骨醤油ラーメンと醤油ラーメンお待ち。﹂
コードネーム
沈黙を破るように店主の威勢の良い声が店内に響き渡った。
﹁嬢ちゃん。﹃迷探偵﹄ってのはこの坊主の識別名のことさ。﹂
﹁識別名?﹂
﹁そうさ。俺も詳しくは知らんがな。﹂
歩亜郎に目をやると無言で手を合わせラーメンを食べ始めていた。
スープから飲み始めたのは彼なりのポリシーだろうか。どちらかと
いうと食べるスピードは遅かった。
伊舞もラーメンを食べ始めた。記憶喪失後初のラーメンはそれなり
に美味しかった。
また歩亜郎に目をやるといつのまにか食べ終わっていた。無表情だ
ったが頬が桃色に染まり、どこか満足そうだった。
﹁ありあとしたー。﹂
二人は豚々拍子をでた。
﹁次はどこのお店へ連れて行ってくれるんですか?﹂
伊舞は歩亜郎に尋ねた。
﹁・・・はあ?﹂
相変わらず無表情な歩亜郎が返したのは素っ頓狂な声だった。
﹁・・・お前、まだ食べるのかよ。﹂
﹁まだ食べたりないのは事実ですが、それより街案内の続きをして
いただきたいのですが。﹂
そうである。この二人はまだ街探索の途中だったのである。
﹁・・・僕はラーメンを食べにきただけだからもう帰るが?﹂
九十九歩亜郎、非情な男である。
﹁そんな・・・。﹂
46
そのとき歩亜郎のスマートフォンが鳴った。
﹁・・・はいこちらドレミピザ四季店。﹂
﹃嘘つくな嘘。アタシだ﹄
﹁・・・何のようだ保護者。︵チッ。︶﹂
﹃お前、伊舞おいて帰ろうとしただろ。﹄
﹁・・・気のせいだろ。︵チッ。︶﹂
﹃伊舞のIDカードはまだ上手が持ってんだ。だから新しいIDカ
ードを発行しにW地区に行け。﹄
﹁・・・そんくらいそっちで用意しろ。︵チッ。︶﹂
﹃文句があるなら保護者やめちゃうよ?ん?ん?﹄
﹁・・・。︵チッ。︶﹂
﹃あとさっきからの舌打ち聞こえているから、じゃ。﹄
電話が切れた。歩亜郎もキレた。
﹁︵あんのババア。いつか絶対土下座させる・・・!!︶﹂
﹁あの・・・。﹂
﹁あゝっ!!﹂
歩亜郎がきれていたので伊舞は歩亜郎の頭をなでた。
﹁うひゃー。﹂
すると怒りが納まった。同時に歩亜郎から力も抜けてしまった。そ
れでも歩亜郎はなんとか持ちこたえた。
﹁・・・W地区に行くぞ。﹂
こうして歩亜郎と伊舞はW地区へ向かった。
47
第7ワその14
街案内3∼S地区駅下にて∼
﹁・・・まずはモノレールに乗るぞ。﹂
商店街をぬけた二人は四季市のシンボルフォーエスタワーの手前︵
といってもフォーエスタワーはまだ遠い︶、商店街を出てすぐの駅
下へ来た。フォーエスタワーの周りを走るモノレール﹃フォーエス
フォーシーズン
号﹄に乗るためである。ちなみにフォーエスタワーお高さは444.
4mらしい。名前の由来は四季からきているとか。
﹁あの、ドルチェノフさんはどうするんですか?﹂
セグウェイのことである。
﹁・・・どうもしないさ。﹂
歩亜郎はドルチェノフから降りるとその場に乗り捨てた。
﹁いいんですか!?﹂
﹁・・・いいんだ。﹂
するとドルチェノフがひとりでに動き出し、どこかへ走り去ってい
った。
﹁・・・いいから乗るぞ。﹂
駅のエスカレータに乗り、ホームに着いた。ちょうどフォーエス号
が来ていたのですぐに乗った。
﹁・・・フォーエス号の駅は全部で4つ。S地区からW地区までは
一駅だ。﹂
﹁列車はこれしかないんですか?﹂
﹁・・・外観をよくするためにこの街の列車のほとんどが地下を走
っている。︵僕はフォーエス号の方が好きだが。︶﹂
﹁そうなんですか。﹂
こうして列車は走り出す。
しかし伊舞は知らなかった。
まさかあんなことが起こるとは・・・。
48
第7ワその15
街案内4∼W地区、IDカード管理局にて∼
﹃次はW地区ーW地区ー。お忘れ物ございませんようにお願いしま
す。﹄
モノレールはゆっくりと走り、7分かけてW地区の駅に着いた。な
ぜゆっくり走るのか?理由はゆっくり走ることで窓からの景色を堪
能してもらってほしいからだそうだ。だから一駅でも7分かかるら
しい。伊舞は景色を楽しみ、満足げだった。
﹁・・・まずはIDカード管理局へ行くぞ。﹂
IDカード管理局はその名のとおりIDカードを管理する場所であ
る。IDカードは案外簡単に作れるが、その分大切に扱わなければ
後悔することになるらしい。
﹁・・・殺神サンは自分の猛想について何か知っているのか?﹂
﹁いえ。﹂
﹁・・・そこからか。﹂
そうである。伊舞はまだ自分の猛想についてよく知らないのである。
アンチリアル
﹁・・・いつか魔勇気指数を測って猛想も検査してもらうか。﹂
﹁魔勇気指数って猛想主義者のIQみたいな物ですよね。﹂
﹁・・・そうだ。﹂
﹁ポアロくんの魔勇気指数はいくつなんですか?﹂
﹁・・・1。﹂
﹁え?﹂
﹁・・・1だ。﹂
魔勇気指数1ということは歩亜郎は猛想を所持していないのだろう
か。伊舞はこれ以上詮索するのはなんだか失礼な気がしたのでやめ
た。
﹁・・・着いたぞ。﹂
いつのまにかIDカード管理局に着いていた。中に入る。
﹁・・・あゝ、疲れた。﹂
49
入ってすぐ歩亜郎は椅子に座った。普段家から出ていないのにここ
まで来るにはスタミナ不足だったからである。
﹁・・・殺神サン、悪いけど細かい手続きはわからないから一人で
やって。﹂
﹁ポアロくん!!それはあんまりですよ。私は記憶喪失なんですよ。
お願いしますよ。﹂
﹁・・・わかった。﹂
歩亜郎はしぶしぶ承諾した。また九十九から電話が掛かってきそう
だったからである。といっても隣で手続きの様子を見ているだけだ
が。
﹁本日はどういったご用件でしょうか?﹂
受付嬢が尋ねてきた。
﹁IDカードを作りたいのですが。﹂
﹁では、お名前、生年月日、住所、猛想主義者か否か、その他この
書類に沿ってお書きください。﹂
伊舞は受付嬢から書類を渡された。住所は九十九から聞いていたの
で、書くのに困らなかった。だが疑問に思うところがある。
﹁・・・殺神サン、自分の生年月日って知っているのか?﹂
そうである。伊舞は記憶喪失なので自分の生年月日を知らないはず
だ。病室で起きた時名前も思い出せなかったはずなのに。
﹁大丈夫ですよポアロくん。九十九さん達がどこかで私の個人情報
を調べてくれましたから。﹂
﹁・・・どこかってどこだよ。﹂
﹁それはわかりません。﹂
伊舞は書類を書き進める。
﹁あ。﹂
受付嬢が何かに気づいた。
﹁すみません。妄想主義者か否かの証明には特定の機関からの証明
書が必要なんですが。﹂
﹁え、そうなんですか?﹂
50
そういうことは先に言ってほしいものである。この受付嬢、新人だ
ろうか。
﹁・・・殺神サン、上手サンのところで入院していた時にそういう
検査はしなかったのか?﹂
﹁しましたけど、そういう証明書は・・・。﹂
﹁でしたら今日は仮登録ということにしましょう。﹂
受付嬢が仮登録を勧めてきた。
﹁仮登録・・・ですか?﹂
﹁はい。仮登録なら今日から二週間はこの街に滞在できます。二週
間を過ぎると不法滞在となってしまいますので注意してください。﹂
聞けば、観光客などは皆IDカードの仮登録をして観光するらしい。
﹁・・・保護者もそういう紙くらい渡しとけっての。﹂
﹁ポアロくんは証明書が必要って知らなかったんですか?﹂
﹁・・・僕がIDカード作ったときは全部人任せだったから。﹂
﹁・・・そうなんですか。﹂
伊舞は歩亜郎に少し呆れながらそう言ったのだった。
51
第7ワその16
街案内5∼事件発生∼
しばらくすると伊舞が戻ってきた。
﹁ポアロくん、見てください。私のIDカードですよ。﹂
﹁・・・仮登録だけどな。﹂
二人は管理局を出る。
﹁・・・猛想については今後上手の診察で診てもらえ。あいつは猛
想主義者担当だから。﹂
﹁わかりました。﹂
﹁・・・次は銀行に行って口座を作るぞ。﹂
﹁はい。﹂
歩く歩く。
﹁・・・ここが銀行のW地区店だ。S地区の駅前にもあるから。﹂
そう言うと歩亜郎はどこかへ行こうとした。
﹁どこに行くんですか?﹂
﹁・・・お手洗いだ。﹂
伊舞は椅子に座って待つことにした。
その時だった。
﹁全員手を上げろ!!﹂
突然銃を持った覆面グループが店に入ってきた。数は7人。
﹁金をだせっ!!早くしろっ!!サツには連絡するなよっ!!﹂
その正体は言うまでもなく銀行強盗だった。
52
第7ワその17
MAYUGAUGEシステム、起動
﹁動くんじゃねえ!!﹂
強盗は銃を持ち出し怒鳴り散らした。
﹁こいつはおもちゃじゃねえぜ、本物だ!!﹂
どうやら銃は本物らしい。
﹁とっととこの袋の中に金を詰めろ。急げよ、じゃねえと・・・﹂
﹁ガア!!﹂
﹁店長!!﹂
銃声が鳴り響き、店長と思わしき人が撃たれた。
﹁だめだよお店長さんよお。警察なんかに通報したりしちゃあ。﹂
どうやら店長は警察に通報したらしい。ということはすぐに警察が
来るということである。なのに強盗たちは余裕を見せ笑っている。
アンチリアル
・・・この余裕はどこからくるのか。
﹁おれたちゃあ猛想主義者だ!!銃も持っている!!魔勇気指数も
全員270越えだ!!ということはサツもヒーロー気取りの猛想主
義者も怖くないってことだ!!﹂
﹁流石っす!!リーダー!!﹂
どうやら全員猛想主義者らしい。
﹁待ってください!!﹂
伊舞が立ち上がった。
﹁ああ?﹂
﹁なんで強盗なんてするんですか!!そんなの私が許しませんよ!
!﹂
﹁あのね嬢ちゃん。こっちもビジネスなんだ。大人の仕事を邪魔す
ると・・・﹂
リーダーが伊舞に銃口を向けた。
﹁こうなっちゃうよ?﹂
﹁きゃあああ!!﹂
53
伊舞の足を銃弾がかすめる。
﹁くううううう!!可愛い声で鳴くねえ嬢ちゃんよお。﹂
そういってリーダーは伊舞の頭をつかんだ。
﹁な・・何するんですか。﹂
﹁何って、人質だけどお?﹂
伊舞が人質になってしまった。
﹁離してください!!﹂
﹁うるせえ!!全員に告ぐ。変な気を起こそうというならこの嬢ち
ゃんの頭をぶち抜く。わかったな?﹂
﹁・・・わかりませーん。だって僕馬鹿だもの。﹂
強盗の言葉にのんきに返事をした者がいた。
﹁そこ動くんじゃねえ。こいつがどうなってもいいのか?﹂
﹁・・・いやだね。だってせっかく可愛い娘なのに頭がトマトにな
るのは見たくないもん。僕はグロいの苦手だし。﹂
そう言いながら少年は強盗に向かって歩く。
﹁貴様。只者ではないな。何者だ?﹂
リーダーが少年に尋ねる。
﹁僕は・・・解明者だ!!﹂
マスクを外し、少年ー九十九歩亜郎は宣言した。
﹁MAYUGAUGEシステム、起動。﹂
ワイズ・
マン
その瞬間、歩亜郎の眉毛が上がり、右目が紅く、左目が虹色に染ま
る。
﹁出でよ賢者ノ鏡!!﹂
歩亜郎の右手に人の背丈より巨大なルーペが現れた。
﹁賢者ノ鏡!!真実を映せ!!﹂
そう言いながら歩亜郎は賢者ノ鏡を上に投げた。すると賢者ノ鏡の
ディティクティブ
レンズの部分が輝きながら縦回転をし始めた。
﹁猛装、迷探偵!!﹂
歩亜郎の体が光り輝いていく。歩亜郎が纏うのは妄想の衣、﹃猛装﹄
である。
54
﹁かまうな撃てえ!!﹂
強盗たちが歩亜郎を撃った、だが無駄だった。どこからか飛んでき
たハット帽が銃弾をすべて弾いたからである。そして帽子は歩亜郎
の周りをくるくる回った後、頭に納まった。
ファイナルアンサー
そして歩亜郎はこう言った。
﹁最終怪答。お前等ここでシャットダウンだ!!﹂
55
第7ワその18
MAYUGAUGEシステム、起動2
ディティクティブ
﹁解明者の迷探偵・・・だと?﹂
強盗のリーダーがつぶやく。
ディティクティブ
コードネーム
﹁解明者なんて分類聞いたことないな。﹂
さんしたアンチリアル
﹁それに迷探偵っていう識別名も聞いたことないな。﹂
﹁もしかしてたいしたことない三下猛想主義者なんじゃねえの?﹂
﹁ちげえねえ。﹂
ハハハと下品な笑い声をあげる強盗達。
﹁・・・。︵この僕が三下呼ばわりされただと?ほう。︶﹂
歩亜郎は強盗達をにらみつけこう言った。
﹁・・・おまえら魔勇気指数いくつ?﹂
﹁あ?何言ってんだこいつ?﹂
﹁279だよ。﹂
﹁俺は281。﹂
﹁285。﹂
﹁273。﹂
﹁271ざんす。﹂
﹁283だよ。﹂
﹁そして俺が321だ。﹂
﹁・・・ほう。﹂
歩亜郎は相変わらずの無表情でこう言い放った。
﹁・・・どいつもこいつも保護者以下か!!愚かな。﹂
﹁てめえ、黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって、おい殺れ。﹂
歩亜郎に銃の照準が合わせられる。しかし歩亜郎は動じない。
﹁死にな!!﹂
ついにその引き金が引かれた。だが
﹁・・・MAYUGAUGE、Dセンサー。﹂
歩亜郎は一瞬でそれを避けた。
56
﹁え?﹂
﹁?﹂
その場にいた誰しもが驚いた。人が銃弾を避けたのだ。訓練も受け
ていないただの猛想主義者が。
﹁なんだと!?貴様速度系の猛想を使ったのか?﹂
﹁・・・そんな猛想、僕は持っていない。﹂
﹁ちっ、構わん撃ち続けろ!!﹂
リーダーが指示をし、下っ端達が銃を乱射する。だがやはり歩亜郎
は避けてしまう。
﹁避けるな止まれ!!﹂
﹁・・・そう言われてもこれは自動で発動するから。﹂
﹁畜生!!化け物が。﹂
﹁お互い猛想主義者なのにその言い方はないんじゃないの?あと、
僕は化け物じゃない。言うならクレイジーに訂正してもらえるかな
?﹂
どうやら歩亜郎はクレイジーに拘りがあるらしい。
﹁おい、こいつがどうなっぐへっ﹂
ワイズ・
マン
強盗の一人が伊舞に銃を突きつけて歩亜郎を脅迫したが、言い終え
る前に猛操﹃賢者ノ鏡﹄を歩亜郎が投げつけたことにより気絶して
しまった。
﹁・・・突撃タイム。﹂
歩亜郎はそうつぶやくと強盗達に向かって突撃を開始した。強盗は
残り6人。
まず1人目。
﹁てめえ!!﹂
強盗がナイフを持って襲いかかってくる。
ファイナルアンサー
その瞬間歩亜郎の左目が虹色から紅色に変わった。
﹁︵・・・ナイフ攻撃↓最終怪答↓Dセンサーで避けて賢者ノ鏡で
殴る。︶﹂
﹁ぐへあ。﹂
57
2人目、3人目。
﹁この化け物があああああああ!!﹂
﹁くらいやがれえええええええ!!﹂
一人がマシンガン、もう一人がハンドガンで攻撃してくる。
﹁︵・・・銃弾攻撃↓イナバウアーで避ける↓そのままリンボーダ
ンスで接近↓最終怪答↓バク宙しつつハイキック!!︶﹂
﹁あがひゃ。﹂
﹁ぽてとっ。﹂
4人目、5人目。
﹁いくざんす。﹂
﹁くそ、当たれええ!!﹂
﹁・・・よいしょっと。﹂
答えを出すまでもなく、歩亜郎が賢者ノ鏡を投げた。
﹁ざん・・・す。﹂
﹁ぶべらっ。﹂
残ったのはリーダーただ一人。
﹁く、くそ。こうなったら。﹂
リーダーが最後の手段に移った。
﹁おい、探偵教えてやるよ。俺の分類は岩固者。そして猛想は身体
を岩のように硬くする効果がある。﹂
﹁・・・ほう。﹂
﹁お前の猛操じゃ傷一つつかねえぜ!!﹂
﹁・・・猛操も、猛装も顕現できないやつが何を言っている。知っ
いわゆるクレイジーチャイルド
ているか。猛操と猛装は基本的には魔勇気指数350以上じゃなき
ゃ展開できないんだ。﹂
﹁それがどうした。﹂
﹁・・・つまりこの状況からわかるようにお前達は所謂人間負神
である僕以下ということだ。今の僕の魔勇気指数は363だ。﹂
﹁今の・・・だと?﹂
強盗リーダーは疑問に思った。本来魔勇気指数は変動しないはずで
58
ある。だが歩亜郎は﹃今の魔勇気指数﹄と言った。
﹁・・・知りたいなら教えてやる、そして理解しろ。﹂
歩亜郎が右手をぎゅっと握った。
﹁・・・うひゃあああああああああああああ・・・﹂
歩亜郎が右手に魔勇気を集中させる。
﹁な、なんだこの魔勇気のパワーは!?﹂
﹁391、394、399!!﹂
﹁く、くそ。﹂
くれない
嫌な予感がしたリーダーが銃を乱射するが、歩亜郎のハット帽がす
べてはじいてしまう。
﹁さあ、理解しろ。これが僕の紅ノ魔勇気の力だ。﹂
歩亜郎が右手を構える。
﹁解撃のインパクトストライク!!﹂
そして
﹁全力で吹き飛べええええええ!!﹂
リーダーの鳩尾に拳がヒットし、銀行の窓を突き破り道路へ吹き飛
んだ。
﹁ぐ、ぐへ、へ・・・。﹂
強盗リーダーの意識はここで終わりを迎えた。
59
第7ワその19
MAYUGAUGEシステム、起動3
﹁・・・右手やっちまったな。﹂
歩亜郎はそうつぶやいた。その右手からは血が流れている。先程の
技で、手に怪我をしたようだ。
﹁ポアロくん!!﹂
伊舞が泣きながら歩亜郎に飛びついた。無理もない。普通の女の子
はあのような銃撃戦を目の前で繰り広げられたら、号泣ものである。
﹁・・・大丈夫だったか?そんなわけないか。﹂
歩亜郎は伊舞に抱きつかれながらそう言った。
﹁ポアロくん・・・その格好は?﹂
伊舞は歩亜郎の猛装を見てそう言った。
﹁・・・。﹂
歩亜郎は猛装を解除し、マスクをつける。ハット帽もどこかへいっ
てしまった。
﹁・・・もうすぐ警察がくる。面倒だから逃げるぞ。ドルチェノフ
!!﹂
歩亜郎がそう叫ぶとすぐにセグウェイが現れた。
﹁・・・説明は教会に戻ってからだ。乗れ。﹂
﹁え、でも。﹂
﹁・・・いいから。﹂
歩亜郎が催促してくる。しかし彼の右手はぼろぼろ。運転できるの
だろうか。
伊舞はしぶしぶドルチェノフに乗り込んだ。
﹁・・・行くぞ。﹂
歩亜郎達はS地区へ向けて走りだした。
60
﹁で、私が来る前に強盗達を片付けた者がいると。﹂
現場に駆けつけた警官が言った。
﹁はい。でも私は猛想主義者ではないので様子がよくわかりません
でしたが。﹂
銀行員の女性がそう答えた。
歩亜郎達が去った後、しばらくして警察がきた。四季市の警察署は
W地区にはない。N地区とA地区にしかないのだ。一番乗りである
W地区駅前交番の警官が事情聴取を進めていた。ちなみに銀行の支
店長は無事である。軽傷で済んだ。
﹁つまり、その者は猛想主義者だったんですね。﹂
﹁はい。﹂
﹁確かここの防犯カメラは魔勇気に反応するタイプでしたよね。確
認させていただきますよ?﹂
﹁わかりました。こちらへ。﹂
警官は銀行員に連れられ防犯カメラをチェックしに行く。
﹁そういえば。﹂
﹁ん?なんですか?﹂
﹁彼、自分の分類と識別名を言ってたんですよ。﹂
﹁本当ですか。聞かせてください。﹂
警官は防犯カメラをチェックしながら話を聞いている。
﹁解明者の迷探偵・・・って言っていました。﹂
﹁解明者・・・ねえ。なんだこれは!!﹂
﹁どうしましたか?﹂
﹁データが・・・消えている!!﹂
防犯カメラには解明者﹃迷探偵﹄の姿は残されていなかった。
61
第7ワその20
﹁・・・。﹂
﹁・・・。﹂
MAYUGAUGEシステム、起動4
歩亜郎達は教会へ戻ってきた。しかし二人の間には沈黙が漂ってい
た。
今日だけでいろいろなことがあった。掃除用具入れからでてこない
迷探偵を説得したり、ラーメンを食べたり、モノレールに乗ったり、
そして銀行強盗。記憶喪失の伊舞には堪えるものだった。
ディティクティブ
﹁ポアロくん、説明してもらいますよ。あなたの猛想はなんなんで
すか。そして﹃迷探偵﹄とは何ですか?﹂
﹁・・・なぜ説明しなくてはならないんだ。お前が知る義務がどこ
にある。﹂
﹁それは・・・。﹂
﹁・・・ようするにそういうことだ。僕は部屋に戻る。﹂
歩亜郎は二階に行ってしまった。
伊舞はその場に留まった。果たして九十九歩亜郎は何者なのか?
がちゃり
教会の扉が開いた。
﹁帰っていらしたんですね。お帰りなさいませ。﹂
そう言って入ってきたのは九十九教会のメイド間蝶実だった。
﹁・・・蝶実さん。﹂
﹁はい。何ですか伊舞様。﹂
﹁九十九歩亜郎について教えてください。﹂
﹁それはいけません。﹂
﹁何でですか?私だってこの九十九教会の一員です。﹂
﹁一員でも、です。本人が言いたくないことを他人がおいそれと口
にしていいものではないからです。﹂
﹁それでも!!私は知らなくちゃいけない、そんな気がするんです。
62
﹂
﹁伊舞様・・・。﹂
蝶実は少し考えながらこう答えた。
﹁わかりました。伊舞様。あなたにも九十九教会の一人として知っ
ていただきます。九十九歩亜郎について。﹂
一方その頃。
﹁・・・はいこちらドレミピザ四季店。﹂
﹁アタシだ。﹂
﹁・・・なんだ。﹂
﹁今日は大変だったそうじゃないか。﹂
﹁・・・別に。﹂
﹁その腕を見込んで頼みがある。﹂
﹁・・・?﹂
﹁記憶喪失の伊舞のボディーガードになってくれないか。﹂
﹁・・・なんで僕が。﹂
﹁報酬は弾むぞ。﹂
﹁・・・そんなものに興味はない。﹂
﹁実はまだ伊舞についてまだわかっていないことがあるんだ。だか
らそれまでだけでも頼む。﹂
﹁・・・お前が僕に頼みごとねえ。﹂
﹁やんないと・・・保護者やめちゃうよ?ん?﹂
﹁・・・ちっ。理解した。ラーメン20杯で手をうとう。﹂
﹁お茶がはいりました。﹂
ここは蝶実の部屋。入ってすぐ前の壁には世界地図が貼ってある。
そして壁にはたくさんの時計が掛けられており、一つ一つが国ごと
の時間を表している。そんな少し異質な部屋だった。
63
﹁ありがとうございます。﹂
伊舞は紅茶に口をつけた。アールグレイだろうか。
﹁美味しいです。﹂
﹁いえいえ。﹂
そして蝶実は本題に入った。
﹁まず伊舞様。歩亜郎様について知っている事は?﹂
蝶実が尋ねる。
﹁ラーメンが好きなことしか・・・。﹂
伊舞が申し訳なさそうに答える。
﹁無理もありません。歩亜郎様は自分について他人に語ったりしな
い方なので。﹂
わたくし
蝶実は深呼吸をするとこう言った。
﹁実は私も葉子様も歩亜郎様についてはあまり知らないんです。で
ディティクティブ
すが猛想主義者の分類、識別名について、そして猛想についてなら
お教えできます。﹂
蝶実は語り始める。
﹁まず歩亜郎様は﹃迷探偵﹄という識別名で、﹃解明者﹄に分類さ
れ﹂
﹁・・・待て、その先は僕が説明する。﹂
唐突に現れたのは件の探偵九十九歩亜郎だった。
﹁・・・他人に自分について語られるのは癪に触る。﹂
﹁歩亜郎様・・・。﹂
﹁ポアロくん。右手の怪我は大丈夫なんですか!?﹂
﹁・・・軽く突き指して血がでただけだ。それよりも殺神サン。こ
ういう人の秘密を暴こうとするのは本人にバレないように努力しろ。
﹂
﹁ごめんなさい。でも!!﹂
﹁・・・でもなんだ。﹂
歩亜郎は無表情でにらみつける。
﹁私ポアロくんについて知らなきゃいけない、そんな気がするんで
64
す。﹂
﹁・・・ほう。おもしろいことを言う。﹂
歩亜郎はため息をついた。
﹁・・・いいだろう教えてやる。蝶実、僕にも紅茶。ミルクティー
で。﹂
﹁かしこまりました。﹂
﹁・・・すまんな。﹂
そして探偵は重い口を開いた。
﹁・・・僕は解明者迷探偵。普段の魔勇気指数は1のしがない猛想
主義者さ。﹂
﹁普段は?﹂
﹁・・・それについては順を追って話す。﹂
﹁歩亜郎様どうぞ。﹂
わたくし
﹁・・・美味なり。﹂
﹁では私は失礼します。﹂
ファイナルアンサー
歩亜郎はミルクティーを飲んだ。そして
﹁・・・僕の猛想は﹃最終怪答﹄っていうんだ。﹂
﹁最終・・・怪答?﹂
﹁・・・能力についてはあまり話したくないが、なぜだろう。お前
には話してもいいような気がした。だから話す。そもそも妄想主義
くれない
者の魔勇気は個々によって性質が違うのは知っているな。﹂
﹁はい。﹂
﹁・・・僕の持つ魔勇気は紅ノ魔勇気っていう魔勇気なんだ。﹂
﹁紅ノ魔勇気・・・。﹂
﹁・・・いいかこれは他言無用だ。猛想主義者にとって自身の魔勇
気や猛想についての情報はプライバシーなんだ。お前も猛想主義者
なら覚えといたほうがいい。﹂
﹁わかりました。﹂
﹁・・・最終怪答は答えを出す猛想。自身の状況や与えられた情報
から自分なりの答えを出す。その答えをどう使うかは僕次第。ただ
65
し答えは合っているかどうか誰にも解らない。そして。﹂
歩亜郎は再び紅茶に口をつけた。
﹁・・・僕だけが持つ猛想とは別の概念、それがMAYUGAUG
Eシステム。これによって僕の魔勇気指数は大きく変動する。そし
てこれがなければ僕は猛想を発動できない。﹂
﹁そんな猛想主義者がいたなんて・・・。﹂
﹁・・・そんな猛想主義者で悪かったな。﹂
﹁そんな・・・悪いだなんて言ってません。﹂
伊舞は首をぶんぶんと振る。
﹁・・・わかったろ。これ以上僕は話すことはない。自分の猛想に
ついては今度上手に聞いて来い。﹂
そう言って歩亜郎は席を立つ。
﹁あの・・・最後にいいですか?﹂
﹁・・・なんだ。﹂
﹁あのポアロくんは・・・﹂
そして伊舞は深呼吸をしてこう言った。蝶実は今この部屋にはいな
い。歩亜郎本人に聞くなら今しかない。
﹁どうしてポアロくんの心に槍が刺さっているんですか。﹂
﹁・・・お前なんで・・・僕しか知らないことを・・・。﹂
66
﹁やあ振子さん。どうしたんだい。﹂
かみてはさめ
四季市W地区にある病院の猛想主義者担当の医師、上手破雨はそう
言った。
﹁やあ振子さん、じゃない。破雨。それより伊舞のIDカードにつ
いてだ。﹂
﹁それならもう作っといたよ。ボクとしたことが伊舞ちゃんに証明
書を渡し忘れてたなんてネ。﹂
﹁その件じゃない。元々伊舞が持っていたほうのIDカードのこと
だ。﹂
﹁そうだネ。何でだろうネ。﹂
上手はため息をついてこう言った。
﹁IDカードの発行日は今日。だけど伊舞ちゃんが持っていたカー
ドの発行日も今日。去年の12月24日に保護された娘のカードが
今日のはずがない。﹂
﹁今日は3月14日・・・。﹂
﹁これって一体・・・。﹂
67
何者かの日記その1
3月14日
。一切泣かなかった。私の涙は の物。午後カラオケについ
て行っ
3月15日
這い ニャ さ 完結。衝撃のラスト。もしかしたらニャ
3月16日
最近、k y作品の ゲーのすばらしさに涙がでる。
3月17日
ズド というものにはまる。
3月18日
校に入学するのが4月 日。4月 日から 泊 日で新 に行かなくてはならない。 たくない。理由は だ。個人
ならいいが、団体 は だ。私は 問わず人に を見られ
るのが嫌いだ。それに絶対 の話になる。入学早々変な を流
されるのはごめんだ。
そういえばこの日記のタイトル﹁ ﹂になってるけど本来は
﹁ ﹂らしい。 だからあえて﹁ ﹂これでいい。今後も
そうする。
3月19日
まずい。明日 の が終わらない。
あーあ。
68
3月20日
で があった。
終わった後、 に行った。
前を歩いていた奴がとても の だった。
が心配だ。
に入ろう。
・・・ところどころ字がかすれて読めない。
69
あゝ異常。
70
第7ワその21
ー四月八日ー
﹁おはよう。﹂
﹁おっはー。﹂
転校生、殺神伊舞
どっかの
周りからおはようと挨拶が聞こえる。今は朝の八時十五分である。
学生達が集まるこの場所は四季市W地区にある学園﹃扉家野学園高
等学校﹄だ。今日はこの学校の始業式。四季の特徴が明確な街であ
る四季市らしく、桜の花はまだ散っていない。むしろ新たなる年度
を迎える学生達を歓迎している。
﹁ここが扉家野学園ですか・・・。﹂
さつがみ いぶ
そして今ここに一人の少女が新たなる一歩を踏もうとしていた。そ
つくもチャーチ
の少女の名は殺神伊舞。昨年の十二月二十四日に起きたフォーエス
アンチリ
タワー転落事故の被害者であり、S地区にある九十九教会に身を寄
アル
せている彼女だが記憶を喪失している。そして彼女もまた猛想主義
者である。
まゆげ
猛想主義者とは未知のエネルギーである、まるで魔法のような勇気
﹃魔勇気﹄を所持し、操り、妄想に生きる者達のことである。
美しい銀色の長髪が似合う彼女だが、なぜこの学園の正門前にいる
のか。
話は二週間前に遡る。
ー三月二十五日ー
﹁ところで伊舞、学校はどうするんだ。﹂
71
伊舞の保護者である女性九十九振子が伊舞に話しかけてきた。
﹁学校ですか。﹂
﹁ほら、伊舞はさ一応戸籍上では今年で十七歳ってことはまだ学生
だろ?﹂
﹁そうですが、私学校に通っていた記憶はありませんよ?﹂
﹁学費のことは心配しなくていいからさ、行きたいなら行っていい
んだぜ。﹂
﹁それは通えるなら通いたいですけど・・・。﹂
伊舞はなにやら遠慮している。
﹁W地区にさ扉家野学園っていう面白い名前の学校があってさ、そ
こは全国でもトップクラスの猛想主義者対応の学校なんだ。只者も
イ
通っていて猛想主義者と只者の共存を目指している学校なんだけど
マジネイター
なんと猛想主義者の場合魔勇気指数次第で学費が安くなるんだ。現
想主義者だとタダだし。﹂
﹁現想主義者ですか?﹂
伊舞が首をかしげる。
﹁あれ、上手から聞いていなかったか?現想主義者ってのは魔勇気
指数が
400以上になると猛想主義者が現想化してなれるヤツだよ。﹂
それについては上手医師から少し聞いたような気がするが、伊舞も
入院中はかなり忙しかったのですっかり忘れていた。
﹁アタシももう少しで現想主義者になれそうだけどさ。それより。﹂
九十九は話を戻す。
﹁アタシも仕事で何回か行ったことがあるが、あの学園はすごいぞ。
設備はいいし、学食は美味いし、あとあそこの校長がなんとアタシ
が学生の頃の担任なんだぜ。五年前にあの学園に配属されたんだと
よ。﹂
今思ったが、九十九振子は何歳なのだろう。上手医師と同い年らし
いが。
﹁少し考えさせてください。﹂
72
伊舞はそう言った。なぜ考える必要があったのか。
それは彼女の命の恩人である少年、九十九歩亜郎のことが気になっ
たからである。
﹁少し席をはずします。﹂
そう言って伊舞は立ち上がった。
﹁ポアロくん、入りますよ。﹂
伊舞は歩亜郎の部屋に入った。そこは相変わらず掃除用具入れが置
いてあった。
しかしその中には歩亜郎はいないと一目でわかった。なぜなら。
﹁・・・。﹂
少年、九十九歩亜郎は普通に部屋の真ん中に座って本を読んでいた
からである。
﹁ポアロくん。﹂
﹁・・・なんだ。﹂
相変わらずの無表情で歩亜郎は答えた。
﹁九十九さんが学校に通っていいと言ってきたんですけど・・・。﹂
﹁・・・イインじゃないかな。﹂
﹁あの・・・ポアロくんは扉家野学園に通っているんですか?﹂
伊舞が尋ねる。
﹁・・・学籍はある。﹂
学籍はある、とは妙な言い方だった。恐らく通ってはいないのだろ
う。
クレイジーチャイルド
﹁通っていないんですか・・・。﹂
﹁・・・言っただろう、人間負神だって。まあ、負けたつもりはな
いがな。とにかくお前には関係のないことだ。僕がいようがいまい
が通うのはお前だ。﹂
﹁なんで通ってないんですか。﹂
73
﹁・・・だから関係ないだろう。﹂
﹁せっかくですし、私といっしょに通いましょうよ。﹂
伊舞は銀行強盗に遭遇したあの日、歩亜郎の秘密を知ってから何か
歩亜郎の力になれないかとコンタクトをとり続けているが全て失敗
していた。
﹁・・・いやだ。﹂
﹁なんでですか。行きましょうよ。﹂
﹁・・・怖いから。﹂
﹁え?﹂
﹁・・・他人が怖いから。﹂
歩亜郎はそう言うと立ち上がった。
﹁・・・とにかく今は読書の途中だ邪魔しないでくれ。﹂
﹁えっ、あっ、ちょっと。﹂
歩亜郎は伊舞の背中を押して部屋の隅まで追い込み、また元の場所
に戻って本を読み始めた。追い出さなかったのは彼なりのやさしさ
だろうか。
﹁・・・まったく。︵学園か、しばらく通っていないよなア。いい
機会だオレといっしょに暴れようぜエ、ウヒャヒャ。︶﹂
歩亜郎の左目が虹色に輝く。
﹁・・・五月蝿い。︵そうかよ、ウヒャヒャ︶﹂
﹁ポアロくん?何か言いましたか?﹂
﹁・・・いや、別に。﹂
歩亜郎は本を読みながらこう言った。
﹁通いたいなら、通えばいいんじゃない。﹂
﹁わかりました。相談にのってくださってありがとうございます。﹂
伊舞は笑顔でそう言うと、部屋を出て行った。
﹁︵素直じゃねえなテメエ。︶・・・五月蝿いな。﹂
すると突然歩亜郎のスマートフォンが鳴った。
ディティクティブ
﹁・・・はい、こちらドレミピザ四季店。﹂
﹁迷探偵くん、久しぶりだね。先日は派手にやってくれたそうじゃ
74
ないか。﹂
電話は50代くらいの男性からだった。
﹁・・・用件はなんだ。﹂
﹁おいおい、君と僕の仲じゃないか。そんなに無愛想にしないでさ。
スマイルだよスマイル。﹂
﹁・・・お前と仲良くなんかない。﹂
歩亜郎は率直に答えた。
﹁・・・用件を言え。﹂
﹁怖いねえ。仕事だよ仕事。報酬はおまけ付けとくからさ。隠密に
頼むよ。﹂
﹁・・・理解した。﹂
﹁九十九さん。﹂
﹁おお、伊舞。どうだ。決まったか?﹂
﹁はい。私決めました。﹂
伊舞は深呼吸した。
﹁私、扉家野学園に転校します!!﹂
75
第7ワその22
ー四月八日ー
転校生、殺神伊舞2
以上の経緯から少女、殺神伊舞はこの扉家野学園に来ていたのだっ
た。
﹁それにしても・・・大きいです。﹂
そう、この学園とても大きいのである。W地区の端の方にあるこの
学園。生徒数は一クラス男女合わせて五十人。クラスは十二クラス
あり一学年六百人、三学年で千八百人である。教職員は七十人。そ
の中には教師だけでなく校医や猛想主義者のための心理カウンセラ
ーも含まれている。敷地面積は高校ではなく大学ではないかという
くらいの大きさ・・・いやそれ以上ではないかというくらいだった。
﹁まずは職員室へ・・・ってどこにあるんでしょう。﹂
大きな学園なので迷うのも無理はない。伊舞が困っていると、
﹁やあ、見ない顔だね。もしかして転校生?どうしたの?迷ったの
?案内してあげよっか?﹂
ここの学生だろうか一人の少年が話しかけてきた。
﹁ええっと・・・。﹂
伊舞が困っていると。
﹁何してんのよ馬鹿。﹂
と言いながら一人の少女が少年の顔に本の栞をメンコのように叩き
つけた。
﹁痛いよっ。﹂
﹁大丈夫ですか!!﹂
﹁いいのよ。それよりあなたこそ大丈夫?こいつになんかされなか
った?﹂
﹁ええ、まあ・・・。﹂
突然現れた少年と少女に戸惑う伊舞。この二人は何者なのか。
76
よみがみ
﹁・・・あなたたちは?﹂
うさみ すなお
﹁私の名前は読神しょこ。この学園の図書委員の副委員長をしてい
るのよ。で、こっちでぶっ倒れているのが兎耳砂雄。﹂
﹁ど、どうもです・・・。﹂
伊舞は登場の仕方もあってこの二人への警戒を解いていなかった。
また先日の強盗のような猛想主義者の場合今の自分では立ち向かえ
ないからである。
﹁べ、別に怪しい者じゃないわよ!!私はこいつがあなたに変なこ
とされていると思っただけよ。﹂
しょこは伊舞の怪しい何かを見る視線に気づいたのか、急いで弁解
した。
﹁ちょっと、僕何もしてないんですけど。﹂
﹁でもナンパ目的だったんでしょう。進級記念に彼女でもとか思っ
たんでしょう?﹂
﹁はいそうです!!申し訳ございませんでしたあああああああああ
!!﹂
砂雄はすぐにその場で土下座した。
﹁まあいいわ。何もしなかったのは事実だしね。﹂
﹁ありがとうございます!!しょこさん愛してます!!﹂
﹁ところで、あなた迷ってるんでしょう?どこへ行きたいの?﹂
しょこは砂雄の告白をスルーして伊舞に問いかけた。
﹁職員室なんですけど。﹂
﹁わかったわ、付いて来て。﹂
こうして伊舞の学園生活第一歩が踏まれることとなった。
﹁あの女子・・・ロックオンだな。﹂
不穏な影?があるとは知らずに・・・。
77
﹁ん?自主休学はもうやめたのかい?﹂
ここは扉家野学園第七相談室。猛想主義者だけでなく、只者のカウ
ひゆうが ぼうし
ンセリングも行っている場所である。そこの室長であるカウンセラ
ーである婆さん、日向帽子は突然の来客に驚きもせずそう言った。
﹁・・・あゝ。﹂
来客は答えた。
﹁君と会話するのも半年ぶりだねえ。元気だった?﹂
﹁・・・元気じゃなかった。﹂
﹁どうしたの急に?まあいつきてもいいんだけどさ。﹂
そう言って帽子はお茶に口をつけた。
﹁・・・保護者にある少女の護衛を頼まれた。そしてそれを引き受
けた。﹂
﹁珍しいね。君が振子さんの言うことを聞くなんて。﹂
﹁・・・金ももらえるし、護衛対象は可愛いからな。﹂
少年は答える。
﹁本当はそれ以外にも理由があるんじゃないの?﹂
﹁・・・まあな。﹂
珍しく少年が素直に答えた。
﹁・・・これから面白いことが起こりそうな気がするんだ。﹂
﹁君のモットー、何だっけ?﹂
ファイナルアンサー
帽子が質問する。
﹁・・・最終怪答、﹃イベントは好きだがトラブルが嫌い﹄
これが僕のモットーだ。いい加減理解しろ。︵モットーなのか、こ
れ。︶﹂
﹁まあ、カウンセラーとして君が学園に来るのは喜ばしいよ、迷探
偵さん。﹂
そう言って帽子はまたお茶に口をつけるのだった。
78
79
第7ワその23
転校生、殺神伊舞3
﹁ここが職員室よ。﹂
しょこ達に連れられて職員室にたどり着いた。
﹁ありがとうございます。﹂
伊舞はお礼を言った。
﹁別にいいわよ。﹂
しょこは穏やかにそう言った。
そのときだった。
﹁おお、君が殺神か。待っていたぞ。﹂
職員室の扉が開き、中から若い女性が出てきた。何者なのか。
﹁はい、私が殺神です。はじめまして。﹂
はんだしゅん
伊舞は丁寧に挨拶をした。歩亜郎とは大違いである。
﹁はじめまして。私の名は半田筍。君のクラスの担任だ。今からク
ラス分けが発表される。その後は始業式だ。大変だとは思うがまあ
頑張ってくれ。﹂
﹁はい。﹂
﹁では、また後で。﹂
半田先生はクラスでの準備でもあるのか、それとも始業式の準備で
もあるのか、何処かへ行ってしまった。
﹁殺神さん、同じクラスになれるといいね。﹂
砂雄がにこりと笑いながらそう言った。
始業式が終わり教室へ向かう。始業式でわかったことは表向きはこ
の学園は只者と猛想主義者の共存ができているということ。表向き
80
こうりやま ながまさ
は。では裏ではどうなのか。
学園長の名は校利山長政。いかにも学園長らしい名前だった。
伊舞のクラスは2−B。しょこと砂雄もいっしょだった。
﹁よし、お前ら席着け。出席をとるぞ。﹂
全員が席に着く。一クラス五十人なのだが、廊下側の列の一番後ろ
の席だけ空いていた。あの席は誰の席なのか。
たけのこ
﹁全員いるな。よし。これから自己紹介を始める。まずは私からだ。
﹂
全員いるだと?
﹁私は半田筍。筍っていった奴は赤点だ。ちなみにキノコのほうが
好きだ。お菓子もな。﹂
﹁はい。質問。﹂
一人の女子が挙手をした。
﹁彼氏いるんですか?﹂
﹁いない。﹂
﹁おい、フリーだってよ。﹂
﹁俺、アタックしちゃおっかな。﹂
教室の男子が騒ぎ始める。こう見えて半田先生は美人だった。生徒
からの人気もあるようだった。
﹁じゃあこの席から自己紹介開始な。﹂
指示された席の生徒が自己紹介を始める。伊舞の席は三列目の一番
前だった。
自己紹介まで時間があったので、謎の空席について考えることにし
たが、何か事情があるのだろうと思い、やめた。そうしている間に
自分の番が近づいてきた。
そのとき、伊舞の視界にメロンが映った。そう、メロンである。
﹁拙者の名は・・・訳あって明かせなゐでござる。だからマスクメ
ロンとでも呼んでほしゐでござる。好物はメロンでござる。﹂
・・・そこには大きなメロンの被り物をした少年がいた。顔は見え
ないのでどんな表情をしているかはわからない。身長は歩亜郎より
81
高かった。明らかに不審人物なのに誰も質問をせずにメロンの自己
紹介は終わった。この学園では珍しくないのだろうか。
そうして伊舞の番がやってきた。
﹁殺神伊舞です。よろしくお願いします。﹂
伊舞の自己紹介はシンプルだった。
﹁殺神は転校してきたばかりでわからないことも多いと思うから、
皆助けてやってくれ。﹂
半田先生が生徒達に口添えした。
そげき
まとあて
自己紹介は進んでいく。
﹁俺は狙夏木的当。趣味は狙撃すること。﹂
・・・何やら物騒な少年がいた。
﹁君のハートをバキューン。﹂
あゝ、そういう狙撃ね。
﹁問題解決部の部長をやっている。何か問題が起きたらいつでも相
談待ってるぞ。﹂
少年は中々のイケメンだった。歩亜郎より背は高い。というか歩亜
郎の背が低い。
しかし、問題解決部とは何なのか。
こうして自己紹介は進んでいったのだった。
82
第7ワその24
転校生、殺神伊舞4
自己紹介も終わり、教室内は騒がしくなり始めた。
﹁静かに。ホームルームを終了する。クラス委員長はまた今度決め
るから今日は帰ってよし。﹂
ホームルームが終わり生徒達が談笑し始めた。伊舞の下に誰か転校
前のことなど質問しにくる者がいると思っていたが、誰もこなかっ
た。転校生という者は転校直後は周りの注目を浴びるものなのでは
ないか。しかし伊舞はそんなことを気にもせず、歩亜郎の待ってい
る九十九教会へ帰ろうとした。
﹁殺神さん、一年間よろしくね。﹂
突然砂雄が話しかけてきたので少し驚いたが、伊舞も
﹁こちらこそよろしくお願いします。﹂
と返した。
﹁伊舞はこの後用事あるの?﹂
しょこも話しかけてきた。
﹁ありませんけど・・・あります。﹂
伊舞は今日も懲りずに歩亜郎にコンタクトをとろうとしていた。
﹁そっか。用事あるならしょうがないわね。﹂
﹁はい。では失礼します。﹂
そう言って伊舞は帰ろうとした。
そのときだった。
﹁殺神、ちょっといいか。﹂
帰ろうとした伊舞の前に人影が現れた。その正体はクラスメイトの
狙夏木的当だった。
﹁やあ的当。どうしたんだい?殺神さんは用事があるそうだよ。後、
自己紹介のときのきめ台詞、すべっていたよ。﹂
砂雄が素直にそう言った。
﹁なんですか?﹂
83
伊舞は首をかしげた。この少年と自分には接点がないはず。それと
も記憶喪失前に会ったことがあるのだろうか。
﹁お前に頼みがあるんだ。﹂
的当は真剣な眼差しでそう言った。
﹁問題解決部に入ってほしい・・・ですか。﹂
的当の頼みとは伊舞に問題解決部に入部してほしいということだっ
た。なんというか、急な話だった。
伊舞達は廊下を話しながら進む。
﹁ああそうだ。﹂
的当は答えた。
﹁でもさ、的当。なんで殺神さんなのさ?﹂
砂雄が質問をする。
﹁ぶっちゃけ。﹂
﹁ぶっちゃけ?﹂
﹁転校生だからだ。﹂
それだけだった。理由はそれだけ。しかし的当の表情は真剣だった。
その想いが伝わったのだろうか。
﹁・・・わかりました。﹂
﹁決断はやいですね・・・。﹂
伊舞の決断の早さに砂雄は驚いた。
﹁伊舞!こんな訳わかんない部に入らずに私といっしょに図書委員
やろうよ。﹂
しょこが抗議の声を挙げる。
﹁読神、図書委員はクラスで男女一人ずつだ。﹂
的当が反論した。
﹁ただし条件があります。﹂
84
﹁なんだ。﹂
﹁一つ、私はまだこの学園についてほとんど知りません。だから学
園についての情報を教えてください。﹂
﹁わかった。﹂
﹁二つ、問題解決部とは何かについても教えてください。﹂
﹁着いたら教えよう。﹂
﹁そして三つ目。﹂
伊舞は一呼吸してからこう言った。
﹁あなた達は猛想主義者ですか?それとも只者ですか?﹂
そうである。ここにいる全員はまだ猛想主義者なのか只者なのかわ
からない者達ばかりなのである。伊舞は学園に通う前に歩亜郎に忠
告されていた。猛想主義者か只者か素性のわからない人間とは関わ
るなと。
﹁・・・わかった。それも教えよう。﹂
的当は承諾した。
そして歩くこと数分。
﹁着いたぞ。ここが俺の部室だ。﹂
その場所には﹃第七相談室﹄の文字が。
﹁失礼する。﹂
部屋に入るとそこには一人の女性がいた。
﹁日向さん。いつもの部屋つかうぜ。﹂
﹁はいはい。﹂
伊舞は相談室の中を見渡した。部屋の中にはテーブルとパイプ椅子
が置いてあった。さらに小部屋が三つあり入ってすぐ左にある小部
屋に的当が入っていった。残りの二つの小部屋は何なのか。聞けば
二つのうち入って右奥の部屋は相談用らしい。ではもう一つの左奥
の部屋は何なのだろうか。
﹁こっちだ。﹂
的当に呼ばれたので伊舞は考えるのをやめ、部屋に向かった。小部
屋はそこそこ広い部屋でテーブルとパイプ椅子、そして大きな薄型
85
テレビがあった。そして人影もあった。
﹁ゐらっしゃゐでござる。﹂
人影の正体はメロンだった。
﹁メロン、きていたのか。﹂
的当が驚く。
﹁話は全部聞ゐたでござるよ。この部について殺神殿に説明するで
ござるな。﹂
﹁・・・メロン、あいつは来ているか?﹂
的当がメロンに耳打ちする。
﹁そこの部屋にゐるでござるよ。﹂
﹁わかった。サンキュー。﹂
そして的当は全員が席に着いたのを見計らって口を開いたのだった。
86
第7ワその25
転校生、殺神伊舞5
﹁まずはこの学園について説明させてもらう。﹂
そういって的当がホワイトボードに何やら書き込みながら説明を始
めた。
﹁僕もこの学園について改めて知るいい機会だと思うよ。﹂
どっかの
砂雄がわくわくしながら的当の方を向いた。
﹁この学園、扉家野学園はふざけた名前とは裏腹にちゃんとした目
的があって設立された。それはこの街と同じで猛想主義者と只者の
共存だ。﹂
的当はバシッとホワイトボードに手を叩きつけてみせた。ホワイト
ボードには﹃共存﹄と大きな文字で書かれていて、丸で囲まれてい
た。
﹁この学園には様々な施設が用意されている。猛想主義者も只者も
ストレスが溜まらないようにな。﹂
聞けば、スポーツジムや各スポーツのスタジアム、さらにそれとは
別で全校生徒が収容可能なアリーナまで用意されているらしい。そ
こでは猛想主義者が自身の猛想を駆使してストレスを発散している
らしい。
﹁あの・・・。﹂
﹁どうした殺神。﹂
伊舞が挙手をした。
﹁いくら猛想主義者と只者の共存が目的でも、ちょっと猛想主義者
が優遇されすぎじゃないですか?現想主義者だと学費は無料なんで
すよね。いくらなんでもそれは・・・。﹂
そうである。いくらなんでも猛想主義者が優遇されすぎである。後、
バーサーカー
これだけの施設を維持するだけの資金はどこから出ているのだろう。
﹁殺神、お前は暴想主義者を知っているか?﹂
﹁暴想主義者ですか?﹂
87
伊舞は新たな単語に疑問を覚えた。猛想主義者や現想主義者なら知
っているが。
﹁暴想主義者っていうのは俺も詳しくは知らないが、噂で聞いた。
簡単に言えば猛想主義者のマイナスバージョンだ。負の感情をエネ
ルギーにしている。猛想主義者とちょっとだけ違う存在らしい。表
に出せない情報だから市から公表されないらしい。つまり暴想主義
者が暴れないように適度にストレスを発散させるためにこれだけの
良い設備がこの学園には揃っているってわけだ。﹂
的当はホワイトボードに﹃暴想主義者﹄と書き込んだ。
﹁暴想主義者は猛想主義者の魔勇気とは違う何かのエネルギーを使
っているらしい。まあそんなわけで猛想主義者などのメンタルケア
のためにこの学園にはカウンセラーのいる相談室が10部屋ある。
そしてここがそのうちの一つの第七相談室だ。﹂
的当はいつのまにか用意されていたお茶に口をつけた。どうやらメ
ロンが用意したらしい。
﹁そしてこの学園の校則は無いに等しい。やってはいけないのは法
律違反だけ。出席日数は成績に関係ない。テストでいい点さえとれ
ば卒業できる。これは様々な事情を持つ生徒たちのためにできたこ
の学園の校風だ。﹂
﹁だから廊下でたまに制服じゃない人とすれ違ったんですね。﹂
﹁そうだ。この学園は必ずとも制服を着なきゃいけないわけじゃな
い。まあ制服のデザインが好評でほとんどの生徒が制服を着用して
いるけどな。﹂
﹁だが、一見明るく平和なこの学園にも闇とゐうものが存在するで
ござる。﹂
メロンが突然口を開いた。
﹁人間生きる途中で様々な問題を抱えるものだ。この学園で生活す
るにも問題が発生するだろう。そんな問題を解決するのが俺達問題
解決部ってわけだ。﹂
的当とメロンが決めポーズをとった。
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﹁ちなみにこの学園はいくらでも自分で部を作ることができるでご
ぶかつどう
ざる。部員数、顧問に特に規定はなゐでござる。﹂
﹁そういった理由からこの学園では部活動は﹃秘密組織﹄と呼ばれ
ている。﹂
﹁秘密組織・・・。﹂
なぜ秘密組織なのだろう。名付け親誰だ。
﹁各部にはそれぞれ通称がある。有名なのは﹃ボンバーズ﹄だな。﹂
﹁ボンバーズ?﹂
﹁男女交際応援部、通称ボンバーズ。まあそのうち会うことになる
だろう。﹂
男女交際を応援するのになぜボンバーズなのだろう。
﹁そしてこの学園では表向き誰が猛想主義者で誰が只者というのは
あまり気にしないやつらばかりだ。だから教えよう俺は猛想主義者
だ。﹂
﹁拙者もでござる。﹂
﹁僕もだよ。﹂
﹁私は違うわ。﹂
的当、メロン、砂雄、しょこがそれぞれ自分は猛想主義者だと口に
した。
﹁私も猛想主義者です。猛想はまだわかりませんけど・・・。﹂
﹁猛想がわからない?どういうことだそれは。﹂
﹁私の猛想がどんなものかまだ検査結果がでていないんです。﹂
﹁ああ、そういうこと。﹂
的当がお茶を飲み干す。
﹁あなた達の猛想は何ですか?﹂
﹁それはだな・・・。﹂
そのとき部屋の戸が開き、一人の男子生徒が入ってきた。
﹁助けてください!!友達がN地区の不良にからまれているんです
!!﹂
男子生徒は助けを求めていた。
89
﹁N地区だと・・・?なんでそいつらがW地区に?﹂
的当が顔をしかめる。
﹁殺神、話は後だ。まずは。﹂
﹁現場へ行く・・・ですよね。﹂
﹁そうだ。行くぞ皆ついてこい。﹂
﹁もちろんでござる。﹂
﹁僕も行くよ。﹂
﹁とりあえず私も。﹂
﹁場所は?﹂
﹁W地区駅前のゲームセンターです!!﹂
問題解決部が出動した瞬間であった。
﹁・・・問題解決部、余計なことをしてくれたな。﹂
第七相談室の左奥の部屋から人がでてきた。少年である。
﹁・・・トラブルは嫌いだが、殺神サンのために行くか。﹂
﹁どこか行くのかい?﹂
帽子が尋ねる。
﹁・・・ちょっとな。﹂
少年は人に気づかれないように校舎から出た。
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﹁・・・来い、ドルチェノフ!!﹂
少年は相棒のセグウェイを駆り、走り去った。
91
第7ワその26
転校生、殺神伊舞6
ワル
ここは、フォーエス号W地区駅前にある、とあるゲームセンター。
普段はそれなりに平和な場所だが、今日は違かった。
﹁おい。お前、俺様に何やってくれちゃってんの?﹂
声の正体は不良だった。決して正義の不良とかではなく、本物の悪
である。
﹁ひぃぃぃ、そんなぁぁ。そっちが順番を守らなかったんじゃない
ですかぁ。それに先に手を出したのもそっちじゃないですかぁ。﹂
どうやらこちらもあちらも猛想主義者らしい。
﹁うるせえな。だからトイレに行ってただけだって言ってるじゃね
えか・・・よお!!﹂
﹁ごふっ。﹂
不良が少年の腹を蹴る。少年は痛さのあまり起き上がれない。
﹁ほらほらどうしたあ!!もう終わりかよお﹂
﹁ぐっ﹂
﹁おいお前らもやっちまえよ﹂
﹁へへっ。いいんですかい。﹂
下っ端と思わしき不良達が次々と襲い掛かろうとしたその時だった。
﹁そこまでだ!!﹂
入り口から複数の人間が入ってきた。的当たち問題解決部with
その他である。
﹁あん?誰だおめえら?﹂
﹁名乗る義務がどこにある!!いいからそいつを放せ!!﹂
﹁嫌だと言ったら?﹂
不良が質問をした。
﹁だったらお前に衝撃の結末を味わせてやる!!砂雄!!﹂
すると今まさに襲われそうになっていた少年の下に穴が開いた。
﹁えっ?﹂
92
少年が穴に吸い込まれていく。
﹁な、何い。﹂
不良は驚愕した。
﹁?﹂
伊舞が不思議そうにしていると足下から振動が伝わってきた。
﹁よいしょお。﹂
するとまた穴が開き中から砂雄と少年が出てきた。二人が出たあと
穴はふさがってしまった。
﹁どういうことだ。お前らが猛想主義者だとしても猛想は現実には
干渉できないはず・・・できるのは現想主義者だけのはずだ。﹂
不良は冷静に分析した。
﹁じゃあ、僕が現想主義者だって言ったら?﹂
そう言った砂雄の目の色は鮮やかな茶色に変わっていた。そして。
﹁うわああああああああああああああああ!!﹂
次々と出現した穴に落ちていく不良達。
﹁ここじゃゲームセンターに迷惑がかかるからね。﹂
﹁グッジョブだ砂雄。﹂
的当たちも現れた穴に入って行った。
さらにもう一人も・・・。
﹁ここは?﹂
伊舞が呟いた。
﹁ここはS地区の空き地だよ。ここなら誰にも迷惑が掛からないか
93
らね。﹂
砂雄が答えた。
﹁しかし便利だよな。お前の現想。﹂
的当がそう言ったとき伊舞はハッとなり砂雄を問い詰めた。
﹁兎耳くんは現想主義者だったんですね。﹂
ホルホルホール
﹁そうだよ。僕は現想主義者。現想は穴を瞬時に掘ったり、穴と穴
を繋げたりする能力を持っていて名前は﹃掘々穴﹄って言うんだ。﹂
﹁・・・どおりで現実に干渉できるワケだ。﹂
落ちた衝撃で意識を失いかけた不良はやっと答えが出せたようだ。
﹁で、どうするんだ。まだやるのか。﹂
的当が不良に問いかけた。
﹁やるも何も運がいいのはこっちのようだぜ。おい。﹂
不良が指示をすると下っ端が一人の女性を連れてきた。
﹁離しなさいよ!!﹂
見るとしょこが捕まっていた。落下したとき一人だけ不良達の方へ
落ちたのだろう。どおりでさっきから何も発言しなかったわけであ
る。
﹁こいつがどうなってもいいのかなあ?﹂
最近の悪党の間では人質がブームなんだろうか。
﹁しょこちゃん!!﹂
﹁しょこ様!!﹂
伊舞は激しく動揺し、不良たちの方へ立ち向かっていったがあっけ
なく捕まってしまった。哀れである。
﹁卑怯だぞ!!﹂
的当が叫ぶ。
﹁卑怯?それは敗者の言い訳だ。おいお前ら足止めしとけ。俺はこ
の身体で楽しませてもらうからよお。﹂
不良が立ち去ろうとしたそのとき。
﹁・・・楽しむのは僕だ。﹂
﹁ポアロくん!?どうしてここに!?﹂
94
﹁ぐへえっ。﹂
下っ端の一人が悲鳴を上げた。見るとハット帽が宙に浮かんでいた。
そして持ち主の下へ帰っていった。
﹁なんだこれは?﹂
﹁今よ!!﹂
﹁はいっ!!﹂
しょこが本の栞を不良に叩きつけた。
﹁あ!!お前ら!!﹂
この隙に二人は不良の下から脱出した。
﹁やはり来ていたか。﹂
的当はあたかも予知していたかのように言った。
﹁︵・・・僕の保護対象が危険↓僕が怒られる↓僕は怒られたくな
い↓ではどうすればいいか↓︶﹂
ファイナルアンサー
九十九歩亜郎は両目を紅くしてこう言った。
﹁最終壊答、お前はここでシャットダウンだ!!﹂
﹁貴様、只者ではないな。何者だ?﹂
不良が問いかけた。
﹁・・・僕は解明者だ!!MAYUGAUGEシステム起動!!﹂
歩亜郎がそう言うと強盗のときと同じように巨大なルーペが現れ、
光り輝き、ハット帽が身体の周りを回転した。そして歩亜郎の身体
は猛装に包まれた。
﹁お前も猛想主義者か!!﹂
そう言った不良も猛装を纏った。
﹁あゐつ、魔勇気指数350以上でござる!!﹂
メロンは驚きを隠せなかった。いかにも妄想と縁のないような不良
が猛装を顕現させたのだから。
﹁おいおい、俺を忘れてもらっちゃ困るぜ。﹂
左目を橙色に染めた的当が前へ出る。人質が解放されたことで調子
を取り戻したようだった。
﹁お前も猛想主義者か!!﹂
95
﹁そう、分類は狙撃者。﹂
ナイパー
ス
そう言って的当も猛装を顕現させた。歩亜郎の探偵服とは違い、狙
撃者の格好をしている。そんな猛装だった。
﹁もう一度言う、お前らに衝撃の結末を味わせてやる。﹂
﹁的当、九十九、ここはおぬしらにまかせるぞ!!﹂
﹁ああっ!!﹂
﹁・・・。﹂
メロンと砂雄が他の皆を連れて掘々穴で学園に戻った。帰るくらい
なら、最初から不良だけをここに転移させればよかったのに・・・。
猛想主義者は戦う気持ちが強いのだろうか・・・。
﹁一瞬でケリをつけるぜ!!九十九。﹂
﹁・・・殺神サンの無事は確認したから帰る。﹂
歩亜郎が戦いを放棄して帰ろうとした。
﹁ちょっと待てよ!!お前この状況で帰るか普通!?﹂
﹁・・・僕は普通ではないから普通がわからない。﹂
的当と歩亜郎が言い争っていると。
﹁おーい腰抜け帰んのかよ。たいしたこと無い奴だな。﹂
不良が歩亜郎を挑発した。
﹁・・・。﹂
﹁知っているぞ!!解明者の迷探偵!!お前がくだらない理由で学
園を休学しているとな。お前の学園の奴から聞いたぜ!!﹂
﹁・・・!!なぜそれを。﹂
歩亜郎が動揺した。
﹁聞けばお前はー﹂
﹁・・・僕を挑発したな。お前﹃九十九歩亜郎を挑発してはいけな
い﹄って学校で習わなかったのか?﹂
歩亜郎の左目が虹色に輝く。
︵なんだこの負の感情は・・・!!︶
的当は恐怖した。この得体の知れない負のエネルギーに。
﹁・・・ショーゲキサン。﹂
96
﹁な、なんだ。﹂
﹁・・・まずショーゲキサンが猛操であいつらを狙ってください。
反撃は僕が受けます。﹂
﹁それに何の意味が?﹂
的当は恐る恐る聞いた。
﹁・・・昔小学校の先生が言ってました。﹃先に手を出す方が悪い﹄
って。﹂
﹁なるほど。﹂
プア
ライフル
そう言って的当は猛操を顕現させた。ライフル型の銃である。
﹁﹃下手ナ鉄砲﹄、行くぜ!!﹂
的当が狙いを定める。
﹁こいつは拡散型だぜ!!﹂
的当が弾を発射した。すると
﹁ぐへえっ。﹂
﹁やりやがったな。﹂
不良達が反撃を開始した。
﹁・・・!!﹂
歩亜郎が魔勇気を察知してDセンサーで避けた。
﹁・・・お前ら先に手をだしたな。﹂
﹁先に撃ってきたのはそっちだろ。﹂
﹁・・・こっちだけど僕じゃない。なあお前ら。﹂
歩亜郎が静かにこう言った。
﹁﹃後手必勝﹄って知っているか。﹂
歩亜郎の左目が紫色に染まった。
その場にいた全員が恐怖を覚えた瞬間だった。
97
﹁やめ、やめてください。命だけは﹂
一人の少年が命乞いをする。不良であった。
周りをみると他の不良達は半殺し状態であった。
そう、戦いは一瞬で終わったのである。
﹁・・・あゝ?﹂
ナニカを殴る音が空き地に響く。
﹁おい、もうそのへんにしとけ!!本当に死んじまうぞ!!﹂
的当が歩亜郎を止めに掛かる。
﹁・・・死ぬ?そうかこいつら死ぬのか。じゃあやめるか。﹂
そう言って歩亜郎は殴るのを止めた。歩亜郎の身体もボロボロだっ
た。肩が外れ身体のあちこちから出血。
﹁・・・んじゃ最後に。﹂
歩亜郎の左目が藍色に輝く。
﹁何をする気だ。﹂
﹁・・・こうするのさ。﹂
イレイサー
アンインストール
歩亜郎がどこからかハンドガンを取り出し不良達に狙いを定めた。
﹁﹃自動消銃﹄、完全消去。﹂
銃声が響いた。
﹁!?おい殺したのか!!﹂
﹁・・・よくみてみろショーゲキサン。﹂
みると不良達から傷が消えていく。
﹁・・・こいつらの記憶と怪我を消去した。︵ついでに僕について
の記憶もな︶﹂
そう言って歩亜郎はセグウェイに乗る。
﹁・・・帰るぞ。﹂
そう言って歩亜郎は学園に向かって行った。
︵九十九歩亜郎・・・マジで何者なんだ・・・。︶
狙夏木的当の疑問を残して。
98
99
第7ワその27
﹁・・・。﹂
転校生、殺神伊舞7
﹁おお、的当戻ってきたか。﹂
部室に戻った的当を待っていたのはメロン達だった。しかし学園に
戻っているはずの歩亜郎はその場にいなかった。また例の部屋にい
るのだろう、そう思い的当は気持ちを切り替えた。
﹁依頼者は?﹂
﹁さっきお礼を言って帰ったでござる。それより・・・。﹂
メロンが真剣な眼差しで問いかけた。
﹁九十九はどうしたでござるか?﹂
﹁あいつならここにいるはずだがな・・・気配はどうだ。﹂
﹁感じないでござる。﹂
﹁そうか・・・。﹂
学園のどこか別の場所にいるのだろう。もっとも歩亜郎がいる場所
は限られてくるが。
﹁ポアロくんのこと知っているんですか?﹂
伊舞が的当に問いかけた。
﹁殺神、お前こそ九十九のこと知っているのか?﹂
的当は驚きの表情を隠せない。
﹁知っているも何もいっしょに住んでいるんですよ?﹂
伊舞は不思議そうな顔をしてそう言った。
﹁いっしょに!?﹂
﹁住んでるー!?﹂
その場にいた全員が驚き叫んだ。
﹁いっしょに住んでるってどういうこと伊舞。﹂
﹁私訳あってポアロくんの実家に居候させていただいているんです
よ。﹂
﹁そうなんだ。ってポアロくんって誰よ?さっきの男子?﹂
100
﹁はい。そうですよ。可愛いですよね。﹂
︵可愛い・・・?︶
その場にいた全員は疑問の表情を浮かべた。
﹁・・・とにかく九十九歩亜郎のことはこの学園の水面下の人間な
ら知らぬものはいない有名人・・・のはずだ。﹂
的当が自信なさそうに言った。
﹁あいつも問題解決部に入ってくれないかと思っているんだがな。﹂
﹁どうしてですか?﹂
﹁ミステリアスなやつってなんかいいじゃん?﹂
的当が自信ありげに言った。
﹁んでどうするんだ殺神。我が問題解決部通称﹃アンサーズ﹄に入
部してくれるか?﹂
﹁的当・・・おぬし今考えたでござるな。﹂
突然の話題転換に驚いた伊舞だったが、真剣に考えた。もしかした
らこの部は自分の記憶喪失という問題を解決してくれるのではない
かと・・・。
﹁入部すればいろいろ私の問題が解決しそうな気がするんです・・・
。だから・・・ぜひ入部させてください!!﹂
伊舞のアホ毛が元気に動き伊舞はそう言った。
﹁よしっ!!よろしく。お前をアンサーズNo4に任命する。﹂﹂
的当と伊舞は握手を交わす。
﹁お前らはどうする?砂雄、読神?﹂
﹁やることもないしこの際僕も入っちゃおうかな。﹂
﹁よしっお前はNo6だ。﹂
﹁私も男共の中で伊舞一人だと心配だから入る。といっても図書委
員の仕事で忙しいからあまり来れないけど。﹂
﹁わかった。お前をNo7に任命する。﹂
リーダー
そして的当はホワイトボードの前に立った。
﹁改めてよろしく頼む。部長の狙夏木的当だ!!﹂
﹁副部長のマスクメロンでござる。﹂
101
﹁問題解決部、アンサーズ行くぜ!!﹂
問題解決部﹃アンサーズ﹄が始動した瞬間であった。
そよ風が吹く学園の一角。桜吹雪の舞う中、一人の少年が自動販売
機のミルクティーを飲んでいた。
﹁ここにいたのか九十九。﹂
﹁・・・狙夏木的当。﹂
少年の空間に的当がやってきた。
﹁殺神伊舞は問題解決部に入ったぞ。お前はどうするんだ。﹂
的当は問う。
﹁・・・僕はトラブルが嫌いだ。﹂
﹁そうか・・・だが俺はお前を待っている。お前の休学の理由を決
してくだらないと思ったりしない。﹂
﹁・・・それじゃだめなんだよショーゲキサン。﹂
﹁?﹂
﹁あれは﹃くだらない理由﹄なんだよ。﹂
﹁・・・。﹂
﹁・・・とにかく僕は僕なりの手段でやらせてもらう。団体行動よ
り個人行動の方が得意なんでね。﹂
﹁そうか・・・だがNo5はお前のものだ。覚えておけ。﹂
的当が立ち去る。
102
﹁︵喰いごたえのありそうなやつだな相変わらず。︶・・・黙れ。
僕は優秀なリーダーの下でしか動きたくないんだ、それに。﹂
歩亜郎は左腕を押さえ込む。右目が徐々に紫に染まってゆく。
﹁・・・お前になにがわかる。︵わかるかよ。オレはただ喰えれば
それでいいんだぜ。︶﹂
﹁・・・五月蝿い黙れ。︵そんなこと言っていいのかよ。てめえ今
日オレが喰わなかったらどうなっていたことやら。︶﹂
﹁・・・それは・・・。︵さらにオレだけでなく劣化とはいえあい
つの現想まで使いやがったじゃねえか。︶
﹁・・・くっ。︵否定する力まで使っててめえは何を望む?︶﹂
﹁・・・﹃完全消去﹄!!︵無駄だ。喰っちまったよオ!!︶﹂
そのとき歩亜郎の携帯に着信がきた。
﹁︵チッ。喰い損ねたぜ。︶・・・はい。こちらドレミピザ四季店。
﹂
﹁あ、もしもし歩亜郎?ボクだけど、今大丈夫?﹂
﹁・・・はい。大丈夫です。﹂
﹁今度伊舞ちゃんを病院に連れてきてほしいんだけどネ。﹂
﹁・・・わかりました。﹂
﹁君の薬も渡したいからネ。それより君の﹃心の秘密﹄が伊舞ちゃ
んにバレたって本当かい?﹂
﹁・・・はい。知られてしまいました。こっちは一切言っていない
のに。﹂
﹁もしかしたらそれが伊舞ちゃんの猛想、いや現想なのかもしれな
いネ。﹂
﹁・・・現想?﹂
﹁推定魔勇気指数がネ・・・なんと。﹂
上手が歩亜郎に伊舞の魔勇気指数を言った。
﹁・・・そんな。︵へえ、こいつも喰いごたえがありそうだな︶﹂
﹁・・・黙れ!!﹂
﹁?どうかした歩亜郎?﹂
103
﹁・・・いえなんでもありませんわかりました。では来週の土曜日
の午後行きます。﹂
﹁うん、よろしくネ。﹂
アン
サ
ーズ
歩亜郎は電話を切った。
﹁・・・答えを求めし者達・・・か。﹂
104
何者かの日記その2
四月八日
私は だった。
早速 があった。
ダメだった。
四月九日
が の影響で止まった。
でも に間に合った。
まで で行ったから。
四月十日
今日から だが、行ってない。
が優れない。
と に行きたくない。
と に行きたくない。
は以上。
四月十一日
今日 で することになった。
最初は大丈夫だったが、途中で に
来た とかいう はとても
﹁ の じゃねえの?﹂と思った。
四月十二日
昨日 になり を し忘れてしまった。
の朝早く に行かなくては。
105
とりあえず。
もう も できない。
特に 奴らには の最高の で をしてやる。
知っているか。
の というのは
怖い だそうだ。
フフフ。
ハハハ。
四月十三日
何を よいのでしょうか。
全て のような気がしてきた。
というか だ。
に なんぞいなかったのだ。
の 達は といい何もかもが
周りと違う。しかし は周りを する を
持っているのだ。 にはあるのだろうか。
とりあえず をがんばろう。
そういえば私は だそうだ。
はいないがな。
とっとと﹁ ﹂とやらに入りたい。
はどこですか。
四月十四日
計画とは狂うものである。
四月十五日
があった。
106
になった。
とても嫌だった。
問わず に を見られるのは
すごく だ。
ちなみに。
だった。
いいのか。
わるいのか。
の ガラ悪い。
・・・ところどころ字がかすれて読めない。
あゝ異常。 107
108
第7ワその28
四月十八日
暇を持て余した狙撃者
﹁暇だな・・・。﹂
﹁でござるな。﹂
的当とメロンは午前中で授業が終わったことをいいことにのんびり
していた。せっかく結成した問題解決部通称﹃アンサーズ﹄であっ
たが、依頼がこないのだ。先週はは新しいクラスに戸惑いを感じる
者や、入学したてで右も左もわからない者などが依頼をしにきたが
どれも的当にとってぱっとしない依頼ばかりでありそんな依頼です
らも徐々に減ってきたのだ。
アンチリアル
﹁どうせなら大きな仕事したいよなあ・・・。﹂
イマジネイター
猛想主義者である的当はやはり戦いたい気持ちを抑えられないので
あろう。猛想主義者、現想主義者は自身の力を定期的に発散させな
ければならないらしい。でないと妄想にとり憑かれてしまうとのこ
と。とり憑かれてしまうとどうなるのか?
﹁まあ平和なのはいいことでござるよ。﹂
メロンがお茶を淹れた。
﹁おお、サンキュー。んく。﹂
的当がお茶を淹れているとコンコンとドアをノックする音が聞こえ
た。可愛らしい音が響き渡る。
﹁どうぞでござる。﹂
﹁皆さんこんにちは。﹂
伊舞である。
﹁お二人だけですか?﹂
﹁ああ、読神は図書委員の仕事。砂雄はそれのオッカケ。﹂
﹁依頼もこないし、今日はこれで終わりにするか。﹂
﹁ええっ!?せっかく私来たのにですか!?といっても私これから
109
用事があるんですけどね。﹂
﹁そうなのか?﹂
そう言って的当が席を立とうとした瞬間。
がちゃ。
突然部屋にあった掃除用具入れの扉が開き中から人影が現れた。
﹁お前・・・!!九十九。﹂
﹁・・・。﹂
﹁え?ポアロくん?﹂
歩亜郎は他の二人に目もくれず、伊舞の下へ歩いてきた。
﹁・・・殺神サン、時間だ。﹂
﹁はいわかってます。病院ですよね。﹂
﹁・・・あゝ、そうだ。﹂
﹁というわけで私病院に行ってきますので、ここで失礼します。﹂
﹁ああ、お大事に。﹂
﹁別に体調が悪いわけではありませんけどね。﹂
そう言って、伊舞達は部室から出て行った。
﹁暇だな・・・。﹂
﹁でござるな。﹂
﹁やっぱり今日もう終わりにしようぜ。﹂
﹁しかし、もしかしたら依頼者が来るかもしれないでござるよ。﹂
﹁猛想主義者の問題は猛想主義者で解決するそれがこの街のルール
だもんな。﹂
猛想主義者の事件などの問題は警察も猛想主義者の捜査員が捜査す
るふうになっている。なぜなら猛想は只者には認知できないからで
ある。
﹁暇だ・・・。﹂
そのときドアをノックする音が聞こえた。上品な音が響き渡る。
﹁どうぞでござる。﹂
﹁すみません。こちらに伊舞様はいらっしゃいますか?﹂
メイドが入ってきた。見覚えのあるメイドだった。
110
わたくし
﹁私、間蝶実と申します。九十九教会のメイドを勤めております。﹂
﹁はあ、どうも。﹂
﹁殺神様はどこに?﹂
﹁殺神なら九十九といっしょに病院に向かいましたが?﹂
﹁そうですか。伊舞様に保険証を渡すのを忘れてしまいまして。﹂
﹁それは大変ですね。﹂
﹁急いで追いかけないと。それでは失礼します。﹂
そう言って蝶実は部室を出て行った。
﹁暇だな・・・。﹂
﹁でござるな。﹂
﹁俺もう寮に帰っていいかな。﹂
﹁今みたゐに人が来るかもでござるよ。暇なら拙者が話しでするで
ござる。﹂
メロンは勝手に話し始めた。
﹁扉家野学園七不思議のひとつでござる。深夜音楽室で・・・。﹂
﹁なあ、そういう話は皆いるときにしないか。そのほうが盛り上が
るだろ?﹂
﹁そうでござるな。﹂
﹁暇だな・・・。﹂
﹁でござるな。﹂
﹁オセロでもやるか?﹂
﹁今はそんな気分でないでござる。﹂
﹁暇だな・・・。﹂
﹁でござるな。﹂
﹁そういえばお前のべるのことはいいのか?﹂
﹁のべる様は今日も元気でござるよ。﹂
﹁今日は非番なのか。﹂
﹁そうでござる。﹂
﹁そうか。﹂
﹁暇だな・・・。﹂
111
﹁でござるな。﹂
﹁五月病患者とか相談にこないかな。﹂
﹁そうゐう人たちは普通に相談室を利用するでござるよ。﹂
﹁そうか。んく。﹂
的当はお茶を飲んだ。
﹁しりとりでもやるでござるか?﹂
﹁やらん。﹂
﹁そうでござるか・・・。﹂
﹁暇だな・・・。﹂
﹁でござるな。﹂
こうして狙撃者の暇を持て余した日は続いた。
112
113
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第7ワその29
暇を持て余さない解明者
﹁ドルチェノフさんありがとうございました。﹂
さつがみいぶ
無口なセグウェイにお礼を言う少女が一人。彼女の名は殺神伊舞。
昨年の十二月二十五日にフォーエスタワーから落下し、記憶を失っ
ている。今日はその経過報告と自身の猛想についての結果が出たの
アンチリアル
でそれを聞きに主治医、上手破雨のいるここ四季病院にやってきた
のであった。
﹁ポアロくんも運転お疲れ様でした。﹂
つくもぽあろう
﹁・・・あゝ。﹂
ディティクティブ
コードネーム
つくもふりこ
彼の名は九十九歩亜郎。﹃解明者﹄に分類される猛想主義者であり、
﹃迷探偵﹄の識別名を持つ少年である。保護者である九十九振子に
頼まれて伊舞の護衛をしているのだ。
﹁・・・IDカード、ちゃんと持っているか?﹂
歩亜郎が尋ねる。
ツクモチャーチ
﹁ふふん。ちゃんと持ってきてますよ。﹂
上機嫌に答える伊舞。
﹁・・・保険証は?﹂
﹁・・・・・・。﹂
﹁・・・そうか忘れたのか。﹂
﹁わざとではないんですよ?﹂
﹁・・・わざとだったら困る。﹂
その時。
﹁歩亜郎様ー。伊舞様ー。﹂
こちらに走ってくる人影が一つ。
﹁・・・蝶実か。﹂
はざまちょうみ
﹁蝶実さん。﹂
彼女の名は間蝶実。歩亜郎達の住む九十九教会のメイドである。教
会と言っても、建物が教会なだけで、中は一般家庭と変わらないが。
115
﹁伊舞様、お忘れ物の保険証です。﹂
﹁ありがとうございます。助かりました。﹂
わたくし
伊舞は蝶実から保険証を受け取った。
﹁では私は夕食の買出しがあるのでこれで。﹂
そう言って蝶実は去っていった。
﹁・・・今度は忘れないようにしろよ。﹂
﹁もちろんです。﹂
そう言って病院に入っていく二人であった。
﹁やあ、久しぶりだネ。﹂
上手医師が二人を迎え入れた。
﹁こんにちは。﹂
﹁・・・どうも。﹂
伊舞は至って普通に、歩亜郎は少し暗めに挨拶をした。
﹁今日は体調どう?﹂
﹁悪くはありません。﹂
﹁最近何か変わったことはあった?﹂
﹁特にはありません。ただ最近いろんな猛想主義者や現想主義者を
見て少し驚いています。﹂
﹁そう。﹂
診察は進む。
﹁じゃあ今日の診察は終わりネ。後は・・・。﹂
上手が真剣な表情をする。
﹁君の猛想についてだネ。﹂
伊舞は息を呑んだ。
﹁まず、君の魔勇気指数だけどネ。なんと。﹂
溜める上手。
﹁492だ。﹂
116
﹁え?﹂
﹁492だ。﹂
イマジネイター
診断書をみるとそこには確かに492の数字が記されていた。
﹁つまり君は現想主義者だ。それもかなり上位のネ。﹂
まゆげしすう
﹁私が・・・現想主義者?﹂
まゆげ
魔勇気指数とは猛想主義者、現想主義者のIQみたいなものであり、
所持している魔勇気の総合評価である。
﹁え、でも、492って?﹂
﹁かなり上位のレベルだネ・・・。世界でも490台の魔勇気指数
を持つ現想主義者なんて数えるほどしかいない。伊舞ちゃん、この
指数については誰にも言わないほうがいい。間違いなく君は狙われ
る!!﹂
﹁狙われるって?﹂
﹁世界中の猛想主義者の結社やら何やらに決まっているよ!!今日
だって、診察始める前に盗聴器の検査したんだからネ!!﹂
﹁あったんですか?﹂
﹁なかったけどネ。﹂
伊舞はホッとした。
﹁そして君の現想と現操と現装。これについては今日実際にやって
もらうしかないネ。﹂
﹁現想・・・。﹂
伊舞は不思議に思った。これだけの魔勇気を持ちながら自身の現想
について何も分かっていないからである。
﹁歩亜郎によると、ある一定の条件を満たしているときに歩亜郎の
MAYUGAUGEシステムのDセンサー︵デリケイトセンサー︶
で魔勇気を感知したらしいネ。﹂
﹁そうなんですか?ポアロくん?﹂
伊舞は歩亜郎の方を見る。
﹁・・・あゝ。﹂
﹁そもそもDセンサーって何ですか?
117
﹁・・・Dセンサー。僕のMAYUGAUGEシステムに搭載され
ている機能の一つで、一定の範囲内の魔勇気を感知して身体が自動
でそれを避けたりするそういうやつだ。﹂
﹁あの時の銀行強盗の撃った弾を避けたのにはこういうトリックが
あったんですね。﹂
﹁・・・銀行強盗は猛想主義者で、猛想を発動しなくても無意識に
魔勇気を弾に添えてしまっていたのだろう。﹂
伊舞は納得した。
﹁それで一定の条件というのは?﹂
﹁・・・なでなでだ。﹂
﹁え?﹂
﹁・・・殺神サンが僕の頭をなでなでしてくれた時だ。﹂
歩亜郎は無表情にだが、恥ずかしそうにそう言った。
﹁え、あの時ですか?﹂
﹁歩亜郎はそのとき伊舞ちゃんに﹃心の秘密﹄を少し見られたそう
だネ。何の秘密かは知らないけどネ。﹂
﹃心の秘密﹄というのは歩亜郎の心に刺さっている槍のことであろ
う。
﹁ちょっと歩亜郎の頭を撫でてみて。﹂
﹁こう・・・ですか?﹂
伊舞が撫でた。すると。
﹁うひゃー。﹂
歩亜郎の目が棒みたいに細くなりリラックスし始めたかと思えば、
急に倒れてしまった。
﹁え、ちょっと、ポアロくん大丈夫ですか!?﹂
﹁歩亜郎は女性に頭を撫でられると倒れてしまうんだよ。﹂
﹁うひゃー。︵・・・余計なこと言うな。︶﹂
﹁そうなんですか。﹂
﹁それでどうだった?﹂
﹁何かが頭に・・・いえ心に流れてきました。あと、﹃余計なこと
118
言うな﹄って。﹂
伊舞は正直に正確に説明する。
﹁そうか・・・。﹂
上手が考え込む。
﹁これは仮説なんだけどネ。伊舞ちゃんの現想は﹃相手の頭を撫で
ることでリラックスさせ、心の扉を強制的に開かせる﹄という効果
を持っていると思うんだよネ。﹂
﹁心の扉?﹂
伊舞は聞きなれない単語を不思議に思った。
﹁心の扉というのは喩えだよ。よく心を閉ざすとか言うでしょ。ア
レだよ。だから歩亜郎の考えていることが分かったんだよ。﹂
クローズロック
上手は床で寝ている歩亜郎を確認してこう言った。
﹁歩亜郎は普段から心が﹃閉鎖状態﹄と呼ばれる現象を引き起こし
ているんだ。﹂
﹁閉鎖状態?﹂
﹁心の扉を閉ざしている状態のことだよ。だから歩亜郎は誰とも心
を交わさないんだ。おおっと。患者のプライバシーは守らないと。
これでこの話はおしまい。﹂
上手は席を立つ。
﹁現操、現装についてはまた今度でいいかな。伊舞ちゃん、現装を
顕現させる方法は歩亜郎に聞いてネ。ほら歩亜郎起きて。﹂
上手が歩亜郎を起こす。
﹁いーやーだー!!男に起こされるなんて!!女の子じゃなきゃ嫌
だ!!﹂
﹁・・・なんですかこれ?﹂
﹁振子さんが言うには歩亜郎は寝起きの機嫌がとても悪いそうだネ。
﹂
﹁こういう時は・・・。﹂
上手が突然液状糊を取り出した。そしてそれを歩亜郎に握らせた。
﹁・・・これは!!ハラビックムサシの感触だ!!﹂
119
歩亜郎がガバっと起きた。
﹁歩亜郎はこの糊が大好きでネ。﹂
そういう問題ではない気がする。そういえば歩亜郎の部屋に大量に
飾ってあった。
﹁じゃあ、またネ。﹂
わざわざ病院玄関まで送りに来てくれた上手医師に別れを告げ、伊
舞達はフォーエス号の駅前までやってきた。そういえば歩亜郎が何
か上手から受け取っていたが、なんだろうか?
﹁これからどうします?﹂
﹁・・・帰る。﹂
即答であった。
﹁せっかくですし少し駅前を探索しましょうよ。﹂
﹁・・・やだ。﹂
﹁ポアロくん、たまには歩いた方がいいですよ。﹂
﹁・・・なぜ?﹂
﹁それは・・・。﹂
伊舞は少し考えたあと笑顔でこう言った。
﹁太るからです!!﹂
﹁・・・太るのは嫌だ。歩こう、歩こう、アルコールランプ。﹂
おかしな歌を歌いながら二人は歩き始めた。
﹁ポアロくん!!見てください!!カボッチャマですよ!!﹂
120
伊舞はやたらハイテンションで歩亜郎の下に戻ってきた。
ここはW地区のショッピングモール。そこを歩きまわっていた伊舞
達であったが、伊舞は何かを見つけるとそこに行ってしまったのだ。
﹁・・・なんだそれは。﹂
﹁カボッチャマですよ!!知らないんですか?﹃ぱんぷきんぐだむ
!﹄っていうアニメ。ポアロくんもアニメ好きですよね?﹂
﹁・・・夕方アニメは知らん。﹂
﹁主人公のカボッチャマですよ!!可愛いですよね?﹂
﹁・・・可愛いな。﹂
﹁これ買ってきますね。﹂
﹁・・・あゝ。﹂
﹁・・・!!﹂
﹁あ、ハラビックムサシの安売りしてますね。買うんですか。﹂
﹁・・・もちろん。﹂
いつもより少し、いやかなりテンションが高くなっている歩亜郎で
あった。
﹁え?そんなに買うんですか?﹂
﹁・・・五本パックを10パック買いは﹃普通﹄じゃないのか。﹂
﹁いえ、別に、その。﹂
﹁・・・ならいいじゃないか。﹂
こうして伊舞達の買い物時間は過ぎていく。
﹁少しどこかでお茶しませんか?﹂
﹁・・・それならいいところがある。﹂
糊を買っていつもより機嫌のいい歩亜郎であった。
121
S地区に戻った伊舞達はコンビーフ商店街の二階に向かった。
﹁・・・ここだ。﹂
﹁ここですか。﹂
そこにあったのは喫茶店だった。名は﹃アポカリプス﹄。
中に入るといたのは歩亜郎に引けをとらない無口なマスターだった。
他に客はいなかった。
﹁・・・ヘイマスター、ミルクティー。﹂
﹁私もミルクティーで。﹂
﹁・・・。﹂
マスターは無言で準備を始めた。
﹁よくくるんですか?﹂
﹁・・・あゝ。﹂
﹁・・・。﹂
﹁・・・。﹂
会話が続かない。
﹁あの、現装ってどうすれば顕現できるんですか?﹂
歩亜郎は他に客がいないことを再度確認した。
﹁・・・魔勇気×妄想力=猛想という式を頭に入れておけ。そうす
れば顕現する。現装だけでなく現操もな。﹂
﹁そうなんですか?﹂
﹁・・・大切なのは妄想力だ。どんなにいい魔勇気を持ってても妄
想力がなければ猛想は発動できない。これは猛操も猛装にも言える
ことだ。逆もまたしかり。﹂
いつのまにか置かれていたミルクティーを歩亜郎は飲んだ。
﹁・・・殺神サン、現想の名前決めたのか?﹂
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﹁いえ、まだです。良かったらポアロくんが考えてくれませんか。﹂
﹁・・・いいのか?﹂
﹁はい。﹂
こうして解明者の暇を持て余さない日が終わった。
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PDF小説ネット発足にあたって
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シャットダウン・アンサーズ
2015年3月31日18時02分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
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