マヤ低地における定住共同体の発展 : グアテマラ共和国;pdf

PNAS 誌成果発表記者会見・報道向け資料
2015 年 3 月 17 日
報道解禁日時:
米国東部標準時 2015 年 3 月 23 日(月)午後 3 時
日本標準時 2015 年 3 月 24 日(火)午前 4 時
Development of Sedentary Communities in the Maya Lowlands:
Co-existing Mobile Groups and Public Ceremonies at Ceibal,
Guatemala
マヤ低地における定住共同体の発展:グアテマラ共和国セイバル遺
跡で共存した定住・非定住集団と公共祭祀
猪俣健*1, ジェシカ・マクレラン*1, ダニエラ・トリアダン*1, ジェシカ・マンソン*2, メリッサ・バーハ
ム*1, 青山和夫*3, 那須浩郎*4, フローリー・ピンソン*5, 米延仁志*6
*1
アリゾナ大学, *2カリフォルニア大学デービス校, *3茨城大学, *4総合研究大学院大学, *5セイバル・ペテ
シュバトゥン考古学プロジェクト, *6鳴門教育大学
研究成果の概要:マヤ文明の定住生活の進化
本研究によると、マヤ低地で先土器時代(前 1000 年以前)に居住地の移動を繰り返していた狩猟採集
民の集団が、定住共同体を確立するというプロセスにおいて、グアテマラのセイバル遺跡では居住の定
住性と移動の度合いが異なる多様な集団が参加して前 1000 年頃から公共祭祀建築や公共広場を建設し、
公共祭祀を執り行った。従来の研究よりも精密な本研究の編年によれば、マヤ低地のセイバルの共同体
は前 1000 年頃に確立されたが、セイバルの大部分の住民は前 700 年頃まで地面の上に柱を立てた非恒久
的な住居に住み、居住地を移動し続けた。前 700 年頃には、支配層は石造の基壇を有する恒久性の高い
大きな住居に居住した。恒久性の高い住居を同じ場所に増改築して、住居の床下に死者を埋葬する習慣
は、前 500 年頃までに一部の住民の間で取り入れられ、前 300 年頃までにセイバルの住民の間で一般的
になり、全社会階層に定住生活が確立した。先古典期中期(前 1000 年~前 350 年)の公共祭祀建築は、
マヤ低地の一部の重要な共同体だけで建設された。このことは、重要な共同体に定住性の度合いが異な
る様々な集団が参加して、公共祭祀を執り行ったことを示唆する。
本研究により、多様な集団が共同体の公共祭祀を行い、またそのために公共広場を建設・増改築する
といった共同作業を通して社会的な結束やアイデンティティーを固め、マヤ文明の定住共同体が発展し
ていったことが明らかになった。世界の様々な地域の考古学調査によれば、定住という新たな生活様式
は全ての社会集団の間で必ずしも同時に起こらなかった。本研究は文明が形成されるための重要なプロ
セスを実証的に提示したものである。
セイバル遺跡
セイバル遺跡は、グアテマラを代表する国宝級の
大都市遺跡であり、国立遺跡公園に指定されている。
このマヤ都市は、ジャングルの真っただ中を流れる
パシオン川を望む、比高 100m の丘陵上に立地した。
ハーバード大学の調査団が、1964 年から 1968 年ま
でセイバル遺跡を調査しており、マヤ考古学の研究
史においても世界的に有名である。ハーバード大学
の調査では、古典期マヤ文明(後 250-900 年)の研
1
PNAS 誌成果発表記者会見・報道向け資料
2015 年 3 月 17 日
究に重点が置かれた。そのために、セイバルにおけるマヤ文明の起源と先古典期マヤ文明(前 1000-後
250 年)の盛衰に関するデータが不足していた。
セイバル遺跡の再調査
団長の猪俣、3 人の共同団長のトリアダン、青山とピンソンは、グアテマラ、アメリカ、スイス、フラ
ンス、カナダ、ロシアの研究者と共に多国籍チームを編成して、2005 年からセイバル遺跡で学際的な調
査を実施している。ハーバード大学に続き、約 40 年ぶりに調査を再開したのである。調査は、青山が領
域代表を務めた科学研究費補助金新学術領域研究「環太平洋の環境文明史」
(平成 21-25 年度)と引き
続き青山が領域代表を務める科学研究費補助金新学術領域研究「古代アメリカの比較文明論」(平成 26
-30 年度)の一環としても実施し、植物考古学の那須や年代学の米延らが加わった。調査の目的として
は、2000 年にわたるマヤ文明の盛衰の通時的研究、すなわち、マヤ文明の起源、定住共同体の発展、王
権や都市の盛衰、マヤ文明の盛衰と環境の変化などが挙げられる。私たちは、セイバル遺跡中心部の神
殿ピラミッド、中央広場、王宮や住居跡だけでなく、遺跡周辺部の住居跡などに広い発掘区を設定して、
先古典期(前 1000~後 250 年)と古典期(後 250~1000 年)の全社会階層を研究した。そして地表面か
ら 10m 以上も下にある自然の地盤まで数年かけて掘り下げるという、多大な労力と時間を要する大規模
で層位的な発掘調査に挑んだ。
研究成果の意義:マヤ文明の起源と定住共同体の発展
グアテマラにあるセイバル遺跡の中心部と周辺部における大規模で精密な層位的な発掘調査、土器編
年の細分化をはじめとする詳細な遺物の分析及びマヤ考古学では例外的に豊富な試料の放射性炭素(14C)
年代による詳細な編年の結果、①定住という新たな生活様式は、ある地域の全ての社会集団の間で必ず
しも同時に起こらなかった、②大規模な公共祭祀建築は、定住共同体が確立された後ではなく、それ以
前に建設されることもあった、という実証的なデータを世界の考古学に加えた。従来の研究では、定住
集団と非定住集団は、それぞれ別の共同体を形成したと解釈されてきたが、本研究は居住の定住性の度
合いが異なる多様な集団が、共同体の公共祭祀及び公共建設の共同作業に携わったことを示唆する。定
住共同体の発展は、多様な集団が相互に影響した複雑なプロセスであった。共同体の公共祭祀及び公共
建設の共同作業は、社会的な結束を促進し、マヤ文明の定住共同体の発展に重要な役割を果たしたこと
が明らかになった。
マヤ文明とは
前 1000 年頃から、現在のメキシコ南東部からグアテマラ、ベリーズ、ホンジュラス西部にかけて興隆
したモンゴロイド先住民による石器を主要利器とした都市文明。マヤの支配層は、コロンブス以前のア
メリカ大陸において、文字、暦、天文学を最も発達させた。マヤ文明は、16 世紀のスペイン人の侵略に
よって破壊されたが、800 万人を超えるその末裔たちは、現代マヤ文化を力強く創造し続けている。
本研究での年代決定について
14
C年代測定法は考古学で最もよく用いられる年代測定法である。ただし、この年代値は、そのままで
は人類史の年代(暦年代)とは一致しないため、Intcalと呼ばれる大気中14C濃度の標準変動曲線を用いた
較正が必要である。現在、Intcalは 2013 年版が最新であり(Intcal13)、今回の研究成果ではこれを使用し
ている。これは、2012 年 10 月 19 日にScience誌で成果を発表した「水月湖堆積物による世界最高の年代
目盛り」
(Bronk Ramsey et. al., 2012)を導入したものである。
本研究では、多数の14C年代を用いて、セイバル遺跡の高精度編年を確立した。考古遺物の14C年代測定
では留意すべき点がいくつかある。
(1) 測定:試料の化学処理が適切になされ、できるだけ小さな誤差で14C年代が得られていることが
必要である。
 本研究では日本の(株)パレオ・ラボ、米国・アリゾナ大学AMS laboratory、ポーランド・Poznan
2
PNAS 誌成果発表記者会見・報道向け資料
2015 年 3 月 17 日
Radiocarbon Laboratoryに加速器質量分析法(AMS)による年代測定を依頼し、生14C年代値が得
られた。
(2) 試料の環境情報・生物学的情報:貝殻・魚骨など海洋・河川等由来の試料では年代にズレが生
じる。現代の試料を用いた基礎研究から、中低緯度地域の海洋試料ではこのずれは約 400 年と
されるが、地域差・時代差に関する知見が十分ではない。また魚類を主食としたヒトの骨では、
年代が古くなることが指摘されている(食物連鎖)
。そのため考古分野の14C年代測定では陸生植
物由来の試料が好適とされるが、老齢樹木の中心部や転用された古材のように、使われた時代
(=本来の考古年代)と明らかなずれが生じる(古材効果、old wood effect)可能性がある。
 本研究では、魚骨・人骨試料を対象から外し、陸生試料に絞った。古材効果は避けがたいため、
多数の試料を測定することで考古学的文脈としての適否を客観的に判断できるようにした。ま
た古材効果が想定される年代値についても正直に公表した。
(3) 考古学的情報:遺構の考古学的層序、碑文記録などの情報が豊富に得られることが望ましい。
すなわち近年の14C年代の測定誤差は±20~30 年程度と非常に小さくなっているが、較正の結果、
数百年という大きな年代幅となってしまうことがある。また同一遺構でも後代の工事による試
料の移動、貝塚等では複数時代区分の遺物の混在が想定され、こうしたものは自然科学的知見
では排除できない。
 本研究では、研究の初期から考古チームと自然科学チームが協調して計画を推進してきた。こ
うした共同作業は、新学術領域研究「古代アメリカの比較文明論」の南米アンデスの考古調査
でも同様に行われている。セイバル遺跡では多数の年代値と詳細な発掘情報を組み合わせ、ベ
イズ推定という統計的な手法で遺構の層位・年代の関係をモデル化することで、マヤ文明のセ
イバル遺跡の高精度な編年を確立することに成功した。
3
PNAS 誌成果発表記者会見・報道向け資料
2015 年 3 月 17 日
著者略歴
猪俣健(Takeshi Inomata)1988 年東京大学文化人類学部修士課程修了。1995
年ヴァンダービルト大学人類学部博士課程修了。イェール大学人類学部助
教授を経て、現在、アリゾナ大学人類学部教授。グアテマラのアグアテカ
遺跡、セイバル遺跡の発掘調査を通して、マヤ文明における社会変化を研
究している。
ダニエラ・トリアダン(Daniela Triadan)1995 年ベルリン自由大学博士課
程修了。アリゾナ大学人類学部准教授。アグアテカ遺跡、セイバル遺跡等
で発掘調査を行う。専門は土器の化学的分析。
青山和夫(Kazuo Aoyama)1985 年東北大学文学部卒業。1996 年ピッツバ
ーグ大学人類学部博士課程修了。現在、茨城大学人文学部教授。専門分野
はマヤ文明学、メソアメリカ考古学。1986 年以来、ホンジュラスとグア
テマラでマヤ文明を調査。2009 年より科研費・新学術領域研究「環太平
洋の環境文明史」領域代表、2014 年より科研費・新学術領域研究「古代
アメリカの比較文明論」領域代表。
那須浩郎(Hiroo Nasu)2004 年総合研究大学院大学博士課程修了。現在、
総合研究大学院大学助教。2009 年より科研費・新学術領域研究「環太平
洋の環境文明史」
、2014 年より科研費・新学術領域研究「古代アメリカの
比較文明論」の研究助成を受け、セイバル遺跡の植物遺体の分析などを行
なっている。
米延仁志(Hitoshi Yonenobu)1988 年名古屋大学農学部卒業、同大学院で
加速器質量分析法による14C測定に従事し、1994 年博士(農学)。1999 年
ハンブルク大学木材生物学研究所研究員を経て、現在、鳴門教育大学准教
授。2009 年より科研費・新学術領域研究「環太平洋の環境文明史」、2014
年より科研費・新学術領域研究「古代アメリカの比較文明論」の研究助成
を受け、マヤ文明などの盛衰と環境変動との相互関係を探っている。
ジェシカ・マクレラン(Jessica MacLellan), メリッサ・バーハム(Melissa Burham)
:アリゾナ大学人
類学部博士課程院生
ジェシカ・マンソン(Jessica Munson)
:カリフォルニア大学デービス校研究員
フローリー・ピンソン(Flory Pinzón)
:セイバル・ペテシュバトゥン考古学プロジェクト共同調査団長
4
PNAS 誌成果発表記者会見・報道向け資料
2015 年 3 月 17 日
日本での関連記者会見について
報道関係者各位
本研究に関して、報道解禁日時が設定された記者会見が以下の要領で開催される予定です。
日
時:2015 年 3 月 23 日(月)午後 1:30~3:00(日本時間)
会
場:都道府県会館 4 階 410 号室(東京都千代田区平河町 2-6-3)
アクセス: 地下鉄 有楽町線・半蔵門線[永田町駅」5 番出口から地下鉄連絡通路を経て徒歩約1
分
出 席 者:青山和夫(茨城大学)
,米延仁志(鳴門教育大学)
、五反田克也(千葉商科大学)
論文は 2015 年 3 月 24 日に Proceedings of the National Academy of Sciences USA (PNAS)誌で公表されます。
記者会見で公開された内容の報道については、米国東部標準時 2015 年 3 月 23 日(月)午後 3 時(日本
時間 2015 年 3 月 24 日午前 4 時)まで一切禁止されます。
記者会見に関するお問合せは以下にお願いします。
*研究に関するお問合せ
青山和夫(茨城大学・教授)
E-mail: [email protected]
Tel.: 029-228-8429
米延仁志(鳴門教育大学・准教授)
E-mail: [email protected]
Tel.: 088-687-6556
*開催に関するお問合せ
鳴門教育大学・科研プロジェクト室
E-mail: [email protected]
Tel/Fax: 088-687-6411
5