PNAS 誌成果発表記者会見・報道向け資料 2017 年1 月23 日 報道解禁日時: 米国東部標準時2017 年1 月23 日(月)午後3 時 日本標準時2017 年1 月24 日(火)午前5 時 High-precision radiocarbon dating of political collapse and dynastic origins at the Maya site of Ceibal, Guatemala グアテマラ、マヤ文明のセイバル遺跡における政治的衰退と王朝の 起源の高精度放射性炭素年代測定 猪俣健* 1 , ダニエラ・トリアダン*1 , ジェシカ・マクレラン*1 , メリッサ・バーハム*1 , 青山和夫*2 , フア ン・マヌエル・パロモ*1, 米延仁志*3, フローリー・ピンソン*4 , 那須浩郎*5 アリゾナ大学, *2 茨城大学, *3 鳴門教育大学, * 4 セイバル・ペテシュバトゥン考古学プロジェクト, *5 総合研究大学院大学 * 1 Proceedings of the National Academy of Sciences USA (PNAS) 研究成果の概要:マヤ文明の政治的衰退と王朝の起源 グアテマラ共和国に立地するマヤ文明のセイバルは、先古典期中期(前1000-前700 年)から古典期終末 期(810-950 年)という、マヤ文明の都市遺跡としては例外的に長期間にわたって継続的に居住された。 セイバル・ペテシュバトゥン考古学プロジェクトは、2005 年からセイバル遺跡の考古学調査を実施し、計154 点の試料の放射性炭素(14 C)年代を測定した。これはマヤ文明の1 遺跡当たり最多の測定数である。セイバ ル遺跡の中心部と周辺部における大規模で精密な層位的な発掘調査、土器編年の細分化をはじめとする詳細 な遺物の分析及びマヤ考古学では例外的に豊富な試料の放射性炭素年代を組み合わせて、セイバル遺跡の高 精度編年を確立した。この高精度編年によって、先古典期の衰退(150-300 年頃)と古典期の衰退(800-950 年 頃)のプロセスを検証した。セイバルでは前75 年頃と735 年頃から戦争が激化して都市が衰退し始めた。マ ヤ低地では、諸都市が150 年頃と810 年頃に衰退した。セイバルの都市人口はこれらの時期に減少し、都市 は300 年頃と900 年頃に衰退した。この2つの衰退期では、1 回目の衰退期に神聖王を頂点とするセイバル王 朝が発展したが、900 年以降にセイバルの都市が放棄された。セイバル王朝は、先古典期の衰退後の都市人 口が低い時期に、マヤ文明の他の王朝の影響あるいは内政干渉によって成立したと考えられる。 セイバル遺跡の層位的な発掘調査(青山和夫撮影) 1 PNAS 誌成果発表記者会見・報道向け資料 2017 年1 月23 日 セイバル遺跡 セイバル遺跡は、グアテマラを代表する国宝級の大都市遺跡であり、国立遺跡公園に指定されている。 このマヤ都市は、ジャングルの真っただ中を流れるパシオン川を望む、比高100m の丘陵上に立地した。 ハーバード大学の調査団が、1964 年から1968 年までセイバル遺跡を調査しており、マヤ考古学の研究史 においても世界的に有名である。ハーバード大学の調査では、古典期マヤ文明(175-950 年)の研究に重点 が置かれた。そのために、セイバルにおける先古典期マヤ文明(前1000-後175 年)の盛衰に関するデータ が不足していた。 セイバル遺跡の再調査 セイバル・ペテシュバトゥン考古学プロジェクト団長の猪俣、3 人の共同団長のトリアダン、青山とピ ンソンは、グアテマラ、アメリカ、スイス、フランス、カナダ、ロシアの研究者と共に多国籍チームを編 成して、2005 年からセイバル遺跡で学際的な調査を実施している。ハーバード大学に続き、約40 年ぶり に調査を再開したのである。調査は、青山が領域代表を務める科学研究費補助金新学術領域研究「古代ア メリカの比較文明論」(平成26-30 年度)の一環としても実施し、年代学の米延や植物考古学の那須らが加 わった。調査の目的としては、約2000 年にわたるマヤ文明の盛衰の通時的研究、すなわち、マヤ文明の起 源、王権や都市の盛衰、マヤ文明の盛衰と環境の変化などが挙げられる。私たちは、セイバル遺跡中心部 の神殿ピラミッド、中央広場、王宮や住居跡だけでなく、遺跡周辺部の住居跡などに広い発掘区を設定し て、先古典期と古典期の全社会階層を研究した。そして地表面から10m 以上も下にある自然の地盤まで数 年かけて掘り下げるという、多大な労力と時間を要する大規模で層位的な発掘調査に挑んだ。さらにマヤ 文明の1 遺跡当たり最多の計154 点の試料の放射性炭素年代を測定した。 研究成果の意義:高精度編年による先古典期と古典期の衰退のプロセスの詳細な解明 過去の社会の変動を研究する上で、精度の高い編年によって政治的な変化を検証することが重要である。 精度の粗い編年はゆるやかに社会が変動したような間違った印象を与えるが、より精度の高い編年は短時 間に起こった急激な政治的な変化の数々を実証的に明らかにできる。豊富な試料の放射性炭素年代と詳細 な土器分析を組み合わせた高精度編年は、マヤ文字の暦が未発達の先古典期の衰退を研究する上で特に重 要である。セイバル遺跡の高精度編年は、精度の粗い従来のマヤ文明の編年では復元できない先古典期の 衰退と古典期の衰退のプロセスを詳細に明らかにした。この2つの衰退のプロセスに関する研究成果は、マ ヤ文明の政治組織の脆弱性とレジリアンス(回復力)を検証する上で根本となるデータを提供する。本研 究は、マヤ文明の盛衰の重要なプロセスを実証的に解明したものである。 マヤ文明とは 前1000 年頃から、現在のメキシコ南東部からグアテマラ、ベリーズ、ホンジュラス西部にかけて興隆し たモンゴロイド先住民による石器を主要利器とした都市文明。古典期マヤ文明の支配層は、コロンブス以 前のアメリカ大陸において、文字、暦、天文学を最も発達させた。マヤ文明は、16 世紀のスペイン人の侵 略によって破壊されたが、800 万人を超えるその末裔たちは、現代マヤ文化を力強く創造し続けている。 2 PNAS 誌成果発表記者会見・報道向け資料 2017 年1 月23 日 本研究での年代決定について C 年代測定法は、考古学で最もよく用いられる年代測定法である。ただし、この年代値は、そのままで は人類史の年代(暦年代)とは一致しないため、Intcal と呼ばれる大気中14 C 濃度の標準変動曲線を用いた 較正が必要である。Intcal は福井県水月湖堆積物(世界最高の年代目盛り, Science, 2012)が導入された2013 年版が最新であり(Intcal13)、今回の研究成果でもこれを使用している。 我々の研究グループでは、セイバル遺跡及びその他のマヤ文明の遺跡の編年体系をより精緻にするため 14 に C 年代測定を継続してきた。2013 年のScience 誌では54 点という当時では破格の点数の14 C 年代を用 いたが、本研究ではさらにデータ点数を増強して、計154 点という、マヤ文明だけでなく世界中の多くの 古代文明の遺跡の中でも例外的に豊富な14 C 年代で高精度の編年を行った。 さらに本研究では、豊富な14 C 年代と精密な通時的な考古学層序に対して、土器分類の細分化とセイバ ル遺跡全史を通した時期毎の出現頻度の数値指標を統合的に用いることで、セイバル遺跡の文化的変遷や 盛衰に関する画期を実証的に把握するという斬新な試みに成功した。 考古学試料の14C 年代測定において正確な編年体系を確立するためには、種子、木材や炭など陸域産試 料が望ましい(注1)。こうした試料を用いてセイバル遺跡の編年を確立したが、本研究では初めて意図的に 水産物(川魚)を栄養源とした人骨の14 C 年代の編年への組み込みが試みられた。人骨試料の正確な時代 区分への帰属は考古学的にも重要であり、セイバルで居住した人々の生活史などマヤ文明史研究に新たな 展望を切り開く可能性が高い。 なお本研究では、日本の(株)パレオ・ラボ、米国・アリゾナ大学AMS laboratory、ポーランド・Poznan Radiocarbon Laboratory に加速器質量分析法(AMS)において年代測定を実施した。 14 注1:貝殻・魚骨など海洋・河川などに由来する試料では、年代にズレが生じる。現代の試料を用いた基 礎研究から、中低緯度地域の海洋試料ではこのずれは約400 年とされるが、地域差・時代差に関する知見 が十分ではない。また魚類を主食としたヒトの骨でも年代が古くなることが指摘されている(食物 連鎖)。そのため考古学分野の14 C 年代測定では、陸生植物由来の試料が好適とされる。しかし、それで もなお老齢樹木の中心部や転用された古材のように、使われた時代(=本来の考古年代)と明らかなズレ が生じる(古材効果)可能性がある。本研究では、精緻な発掘調査で得られた多数の試料の年代を用いて 正確で信頼性の高い編年を確立した。さらに人骨試料の年代測定も試み、その外れ値分析から魚食 の多寡による年代のズレが時代によってどの程度異なるかを分析した。 3 PNAS 誌成果発表記者会見・報道向け資料 2017 年1 月23 日 著者略歴 猪俣健(Takeshi Inomata)1988 年東京大学文化人類学部修士課程修了。1995 年ヴァンダービルト大学大学院人類学部博士課程修了。イェール大学人類 学部助教授を経て、現在、アリゾナ大学人類学部教授。グアテマラのアグ アテカ遺跡、セイバル遺跡の発掘調査を通して、マヤ文明における社会変 化を研究している。 ダニエラ・トリアダン(Daniela Triadan)1995 年ベルリン自由大学博士課 程修了。アリゾナ大学大学院人類学部教授。アグアテカ遺跡、セイバル遺 跡などで発掘調査を行う。専門は土器の化学的分析。 青山和夫(Kazuo Aoyama)1985 年東北大学文学部卒業。1996 年ピッツバ ーグ大学大学院人類学部博士課程修了。現在、茨城大学人文学部教授。専 門分野はマヤ文明学、メソアメリカ考古学。1986 年以来、ホンジュラスと グアテマラでマヤ文明を調査。2009 年より科研費・新学術領域研究「環太 平洋の環境文明史」領域代表、2014 年より科研費・新学術領域研究「古代 アメリカの比較文明論」領域代表。 米延仁志(Hitoshi Yonenobu)1988 年名古屋大学農学部卒業、同大学院で加 速器質量分析法による14C 測定に従事し、1994 年博士(農学)。1999 年ハ ンブルク大学木材生物学研究所研究員を経て、現在、鳴門教育大学教授。 2009 年より科研費・新学術領域研究「環太平洋の環境文明史」、2014 年 より科研費・新学術領域研究「古代アメリカの比較文明論」の研究助成を 受け、マヤ文明やアンデス文明などの盛衰と環境変動との相互関係を探っ ている。 那須浩郎(Hiroo Nasu)2004 年総合研究大学院大学博士課程修了。現在、総 合研究大学院大学助教。2009 年より科研費・新学術領域研究「環太平洋の 環境文明史」、2014 年より科研費・新学術領域研究「古代アメリカの比較 文明論」の研究助成を受け、セイバル遺跡の植物遺体の分析などを行なって いる。 ジェシカ・マクレラン(Jessica MacLellan), メリッサ・バーハム(Melissa Burham), フアン・マヌエル・ パロモ(Juan Manuel Palomo):アリゾナ大学大学院人類学部博士課程院生 フローリー・ピンソン(Flory Pinzón):セイバル・ペテシュバトゥン考古学プロジェクト共同調査団長 4
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