生体分子科学 (改訂 4c 版) 京都大学低温物質科学研究センター 佐藤 i 智 目 次 はじめに 1. ii~iv 第一部 生命を組上げる原子と分子 I 生体分子を構成する元素 II 細胞の高分子 1 12 2. 第二部 生体分子とエネルギー 25 3. 第三部 生体分子に作用する力 37 4. 第四部 細胞のなかのタンパク質 55 5. 第五部 細胞膜と脂質二重層構造 72 6. 第六部 細胞生体膜の脂質 84 7. 第七部 生体膜のタンパク質構成 95 8. 第八部 生体膜とイオン 121 9. 第九部 生体膜の生命活動 132 補足 タンパク質ドメイン超入門 147 補足 タンパク質相互作用の見つけ方 156 補足 タンパク質構造の決め方 161 はじめの一歩 (終) 163 ii はじめに この「生体分子科学」は、2005 度から提供された本学部 2 回生むけの講義です。2015 年度は、 栃尾豪人(理学研究科)と佐藤智(低温物質科学研究センター)が担当します。この講義は、将来 生物学分野にたずさわろうという人のみならず、広く生物学に興味がある人の糧になればとよいと 考えから提供しています。ここにアップロードした文章は、佐藤担当分の講義全体の下敷きになっ ている事柄を解説したものです。全部で九部と補足で構成されています。 生命細胞体を構成している生体分子系では、生体高分子がホストとなる他の分子を特定し相互 作用することから機能を発揮します。驚くべき長距離作用すら起こります。また同じ分子でも、周囲 環境や履歴で全く異なった振舞をすることがあります。さらに生命細胞体は状況の感知・応答能力、 その伝達・継承能力も備わっています。これを説明しようとする試みには、しばしば「情報」という言 葉が現れますが、これには二つのタイプがあります。一つは DNA や RNA に代表されるような高分 子内部構造にそなわっている情報です。もう一つには、多数の生体分子の集合体の相互作用パタ ーンが備える情報です。 そこで、この「生体分子科学」の講義では、細胞による情報処理の仕組みを理解するために、基 礎となる生体分子とその集合体の特徴の解説に力点をおきます。もうひとつ、この講義には高校で 物理、化学を中心に勉強してきた学生に大学生物科学を理解する基礎を、生物を中心に学習した 学生には今後最低限必要な物理学・化学の概念/用語を知らしめる意図も込められています。そこ で、大学レベルの化学や物理学、数学知識は特には要求しません。ただし、私は、従来の大学生 物学入門書がわざと物理・化学の論理を離れている感を持ち、これには距離を持ちたいと考えて います。とういのも、このことが生物学の重要なコンセプトと物質科学・エネルギー科学の世界像と の関係を分かりにくくしているのではないか思うからです。本講義が自然科学のある分野を一生懸 命勉強してきた考える意欲のある学生に資する、あるいは将来生物学あるいは関連した研究分野 にたずさわるのに資する知見を提供することになればと考える次第です。 さて、本文の第一部では、生体分子を組上げる原子と化学結合、炭素化合物の特徴、高分子 化合物を見ていきます。特にアミノ酸とタンパク質の現代的な姿も紹介したいと思います。そのため の化学基礎を必要に応じ確認したいとも思います。ついで第二部「生体分子とエネルギー」では、 生体分子間の相互作用を特定しその意義を明らかにするために、物理学的なエネルギー概念が 生命現象理解にも有効であることを紹介します。また、生命活動のエネルギーがいかに獲得され 使われるかを考察します。第三部「生体分子に作用する力」では、生体分子内あるいは分子間の 相互作用を解説します。特に水の関与によって生命現象が複雑にも魅力的にもなっていることを、 双極子相互作用、水素結合、イオン化、水和、疎水性相互作用、親水性相互作用などから見てい きます。ここまでの講義に出てくる理屈は超「古典的」ですが、物理・化学からの生命へのアプロー チの大切な「はじめの一歩」です。物理学・化学を学習した人、しつつある人は、自分の学習内容と の整合性を検討するのもよいと思います。 第四部「細胞のなかのタンパク質」では、媒質の中の分子・粒子の運動・分散系・集合体形成と iii いった生体分子が関連する特徴を学びそれをもとに細胞にあるタンパク質の構造・機能の物質科 学的なものをふくむ特徴を考察します。細胞内部環境は、従来の物質科学が前提としていたものと は異なり、極めて特殊です。特に、生体膜という容器にはいっている細胞質はとても濃厚な液であ り、そこでは高分子クラウディング効果という特徴があらわれます。この影響下で、多種多様なタン パク質が組織的機能体系、いわば interactome network を構成していることを指摘しようと思います。 第五部「細胞膜と脂質二重層構造」では両親媒性分子であるリン脂質分子の疎水性相互作用によ っておこる非常にユニークで興味深い集合体形成のルールを解説します。ついで、第六部「細胞 生体膜の脂質」では、生体膜に認められる、リン脂質のナノレベル=分子・原子スケールを含めた 構造特徴を解説します。これら二章は、ソフトマター物理学の入門になるかもしれません。第七部 「生体膜のタンパク質構成」では、膜タンパク質の構造特徴を相互作用構造体形成との関連から解 説します。これら三章をふまえ、第八部「生体膜とイオン」では、細胞が接するほとんどの環境情報 (物理的作用=力、圧力、温度、光等々、や化学物質、生物の産生する情報伝達分子)を感知する ために用いられるイオン透過の仕組みを解説しています。電荷は帯びるが非常に高性能の絶縁体 であるリン脂質二重層膜、一定の電気化学ポテンシャル場を形成するイオンポンプやチャネルなど が登場します。第九部「生体膜の生命活動」では細胞内における生体膜の動きを、特に小胞輸送 とオルガネラ間脂質交換に焦点をしぼって解説します。これらによって複数の情報が混乱なく生命 活動のプログラムのなかで扱われます。ヴァイタル vital(生命的、重要)な、細胞活動における生命の デザイン原理を理解する手掛かりになることを期待しています。 本稿の第一部から第三部は生体分子一般を理解するための基礎という見方もできます。第四 部、五部の内容は、生体分子集合体が生命となるための特性を理解するためには必要です。本書 の記述では、理論的洗練よりは細胞分子集合系に固有の事実(=最新のもの)をもとに妥当なモデ ルを扱うことを意識しています。第六部から九部は、「肩の力」をぬいて読んでください。だんだん 分かってきますから。また、「タンパク質ドメイン超入門」、「タンパク質間相互作用の見つけ方」、「タ ンパク質構造の決め方:はじめの一歩」、を補足しました。ただ、実は、六部から九部に関連して、 従来の観念を改めるような報告が昨年いくつかなされました。現在、その後の成り行きを含め、改 定を検討中です。間に合いましたら、該当部分を差し替えようと思います。 皆さんの中には高校のとき生物をやらなかったため、大学の生物講義がまるで「外国語のレッス ン」に感じている方がいるかも知れません。そうならないよう配慮します。ただ、「外国」旅行は楽し いものだし、暮らしているうちに慣れてくるものです。生物学に限らず、ものの見方はどんどん変わ るものですので、深すぎる「追い込み」はかえって誤解に終わってしまう危惧がついてまわります。 むしろ、不慣れな状況を「楽しむ」ことで、「未知との遭遇」の仕方をスマートに体験してください。本 文で用いた図は、いくつかオリジナルなものもありますが、研究者のウェブサイトを訪問したり研究 論文等から借用したりしたものが少なくありません。特に名前を記さないものにも深く感謝いたしま す。なお、内容をパスワード保護いたしました。パスワードは講義中にお知らせします。 2015.年 4 月 京都大学低温物質科学研究センター 佐藤 智 iv PS 生物学全体の関連する情報を参照する目的の参考書として、以下の本をあげておきます。理学部 中央図書室などで接してください。 レーヴン・ジョンソン生物学(原書 7 版の訳、上=細胞レベル ISBN4563077969、下=マクロレベル 4563077976〉培風館 2006/2007 高校生物をやってこなかった人でも肩の力を抜いて読める本です。 最新バージョン(10th ed) もあります(Glencoe/McGraw-Hill 0073383074 英文)。 タンパク質については、 Lesk ” Introduction to protein science” 2nd ed, 0199541302 Oxford がいいと思います。 大学院レベルでは Kassel “Introduction to Proteins: Structure, Function, and Motion” (Chapman & Hall/CRC Mathematical and Computational Biology) CRC press 1439810710 がよいと思います。 膜に関しては Luckey Membrane structural biology : With Biochemical and Biophysical Foundations Cambridge 1107030633 がよいでしょう。 v
© Copyright 2024 ExpyDoc