タイトル:疼痛に対するニューロリハビリテーションアプローチ 講師 森岡 周 博士(医学) 畿央大学ニューロリハビリテーションセンター センター長・教授 畿央大学大学院健康科学研究科 主任・教授 講演要旨:例えば、何らかの受傷によって、あるいは整形外科的な固定手法に よって、患肢の不使用が長引くと、感覚入力や運動出力が減少し、それに伴い 対応する脳内の体部位再現領域が狭小化します。実は、この狭小化の程度と疼 痛の強さには相関関係がみられることがいくつかの臨床研究でわかっています。 このように疼痛と脳の機能不全の間には多くのエビデンスが認められ、そのエ ビデンスに基づいた新たな戦略としてのニューロリハビリテーションが積極的 に開発されるようになってきました。 運動器疼痛であってもそれが慢性化すると末梢の原因よりも、脳の機能不全 の様相が強くなることはまぎれもない事実です。これが痛みの認知的あるいは 情動的側面です。例えば頭頂葉が機能不全をきたすと、知覚機能や身体イメー ジに障害が起こり、そして罹患期間が長くなると脳損傷後にみられる身体失認 に類似した neglect-like syndrome を引き起こすことがあります。このような神 経科学的エビデンスから、疼痛に対する認知的なアプローチが開発され、今日 では数多くの臨床的かつ科学的な成果が、我々の研究・臨床グループも含めて 世界規模で蓄積されています。 一方、脳の中でも、島皮質、前帯状回、内側前頭前野の過活動は疼痛の情動 的側面に関与します。こうした情動に関与する脳領域は、疼痛の主観的強度と 強い相関を示すことが明確になっています。さらには、こうした領域が過活動 を起こすと、それを制御する背外側前頭前野の機能不全につながり、それに伴 いうつ等の精神心理症状を引き起こし、それにより慢性化が長引くといった悪 循環が指摘されています。これに決定的に関与しているのがドーパミン作動系 です。鎮痛に関わる物質であるオピオイドの働きは、ドーパミン活性化に基づ くという神経科学的エビデンスがあります。したがって、疼痛に対するリハビ リテーションは、積極的に対象者の報酬学習を引き起こす課題でなければなり ません。 このように疼痛の認知的あるいは情動的側面は、慢性的な脳の機能不全とし て捉えることができます。したがって、これら脳機能を再組織化させて行く臨 床介入が必要であることは言うまでもありません。 本講演では、疼痛および鎮痛の神経メカニズムを詳しく解説し、世界的に広 まりつつある神経科学的エビデンスや臨床エビデンスに基づいた疼痛に対する ニューロリハビリテーションについて紹介します。さらに、最後には実際にリ ハビリテーション介入を行った慢性痛を呈した一症例を提示しながら、多面的 な評価の重要性やクリニカルリーズニングの実際について示したいと思います。 疼痛に関連する最近の業績 1) Katayama O, Iki H, Sawa S, Osumi M, Morioka S. The effect of virtual visual feedback on supernumerary phantom limb pain in a patient with high cervical cord injury: a single-case design study. Neurocase 13:1-7, 2015 [Epub ahead of print] 2) Osumi M, Okuno H, Nishigami T, Ueta K, Morioka S. Tactile localization training for pain, sensory disturbance, and distorted body image: a case study of complex regional pain syndrome. Neurocase 1-7, 2014 [Epub ahead of print] 3) Osumi M, Imai R, Ueta K, Nobusako S, Morioka S. Negative body image associated with changes in the visual body appearance increases pain perception. PLoS One 9: e107376, 2014 4) Hirakawa Y, Hara M, Fujiwara A, Hanada H, Morioka S. The relationship among psychological factors, neglect-like symptoms and postoperative pain after total knee arthroplasty. Pain Res Manag 19: 251-256, 2014 5) Ohmatsu S, Nakano H, Tominaga T, Terakawa Y, Murata T, Morioka S. Activation of the serotonergic system by pedaling exercise changes anterior cingulate cortex activity and improves negative emotion. Behav Brain Res. 270C: 112-117, 2014 6) Osumi M, Imai R, Ueta K, Nakano H, Nobusako S, Morioka S. Factors associated with the modulation of pain by visual distortion of body size. Front Hum Neurosci 8: 00137, 2014 7) Morioka S, Nobusako S, Hirakawa Y, Osumi M, Imai R, Meoka H, Matsuo A. Neurorehabilitation of Chronic Pain: Relationships among Pain, Motion, and Perception. Int J Phys Med Rehabil 1: 1000132, 2013 8) Nobusako S, Matsuo A, Morioka S. Effectiveness of the gaze direction recognition task for chronic neck pain and cervical range of motion: a randomized controlled pilot study. Rehabil Res Pract: 2012:570387, 2012 9) Maeoka H, Matsuo A, Hiyamizu M, Morioka S, Ando H. Influence of transcranial direct current stimulation of the dorsolateral prefrontal cortex on pain related emotions: a study using electroencephalographic power spectrum analysis. Neurosci Lett 512: 12-16, 2012 10) 松原貴子,沖田実,森岡周.ペインリハビリテーション.三輪書店,2011
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