慢性疼痛~心・体・脳の変化~ - 生体機能理学療法解析学研究室

慢性疼痛~心・体・脳の変化~
D グループ:加茂智彦 高橋大生 高間則昭
はじめに
平成 22 年国民生活基礎調査によると、わが国での有訴受診率は男性1位、女性2位
が腰痛であり、その 40%が医療機関を受診すると報告されている。米国でも、腰痛は
医療施設受診原因の第 5 位を占める(Chou R, et al 2007)
下肢症状を伴わない急性腰痛患者の経過は、患者の 60%は受傷 3 か月以内に症状は
軽快するが、
12 か月の期間で患者の平均 73%が再発を経験するという報告がある(4)。
また、経過観察期間が 12 ヶ月以上の 36 論文を検討したレビュー(Hestbaek L, et
al.2003)では、腰痛発症の 12 ヵ月後も腰痛を有している患者は 62%、腰痛の再発を
経験する患者は 60%であると報告している。なぜこのように多くの方が慢性腰痛や再
発を起こしているのか「恐怖回避信念(fear-avoidance beliefs)」で説明している
(Vlaeyen JW ,2000)。その中でも本稿では「痛みへの恐怖」「過度な運動回避による
廃用」
「身体機能障害」について述べていく。
【痛みへの恐怖】
痛みの過程が繰り返され学習・強化されることで、痛み行動が維持・増悪してオペラ
ント型疼痛が生み出される。この痛みを持続・増悪させる悪循環モデルは
「fear-avoidance model」
(図1)で説明されている。
痛みへの恐怖が運動と結びつくと、痛みから逃れようと運動自体を避けるようになる。
それが痛みへの過剰な警戒と不安を助長して、悪循環を形成する。「痛みへの恐怖」が
強い患者ほど慢性痛に移行しやすく(Burton AK.1995)
、運動機能や ADL、就業率の
低下が「痛みへの恐怖」の強さと関連することが知られている(Jensen JN.2010)
。
「運動に伴う痛みへの条件付け」に最も近い実験として固有受容性刺激を用いた痛み
の恐怖条件付けが行われている。(Meulders 2011)らは、一定方向の運動だけに侵害
刺激を与えた被験者は、その運動方向に対してより強い恐怖を訴えたと報告している。
さらに、運動に結びついた痛みの恐怖は、痛みを伴わない同じ運動の繰り返しによって
軽減できることを示した(Meulders 2012)
。この結果は運動器の慢性痛にたいする重要
性を示唆する結果いえる。
図1.恐怖回避信念モデル(fear-avoidance model)
【過度な運動回避による廃用】
腰痛発症から 4 日以上安静にしてしまうと、その後 1 年以上も痛みをはじめとした
機能障害が残存すると述べており、患部の過度の安静が廃用の惹起、慢性の運動器疼痛
に発展するリスクファクターになることも指摘している(Verbunt JA, et al: 2008)
。
廃用による痛覚閾値の変化について、健常人の前腕を 4 週間ギプス固定したところ、
約 52%に冷痛覚閾値の低下、約 36%に熱痛覚閾値の低下を認めたと報告している
(Butler SH:2001)。さらに、4 週間のギプス固定解除直後、3日後、28 日後において
も痛覚閾値お低下があったと報告している(Terkelsen AJ, et al,2008)
。ラットを用い
た研究において、2週後から痛覚閾値の低下を認め、4 週間、8 週間とギプス固定期間
に準拠して痛覚閾値の低下が顕著であった。またギプス固定 4 週間の場合、ギプス固定
解除後 4 週間で回復を認めたが、8 週間のギプス固定解除後は回復に 14 週を要したと
報告している(Hamaue Y, et al: 2013) 。以上から身体一部の廃用によって痛みが発生
し、廃用の期間が長期化すると慢性痛へ移行する可能性が高いことが示唆されている。
このように何らかの原因によって痛みが生じると身体の局所的、または全身を動かすこ
とが困難になるなど、動かすことを避けるようになることが廃用の一因と考えられてい
る。
慢性疼痛はしばしば組織損傷から疼痛受容器が刺激されることや生体の化学状態の
変化に直接関連して生じるのではなく、CNS の再編成(中枢神経因性疼痛)によって
も生じる為、非特異的腰痛の原因が脳皮質の可塑的変化が問題である可能性もある
(Wand BM. 2008)。中枢神経の変化として、慢性疼痛患者においては、罹患部位に対
応した1次体性感覚野と2次体性感覚野の萎縮による2点識別覚の低下と、1次体性感
覚野、2次体性感覚野、前帯状回、島皮質、視床の機能変化に伴う痛覚過敏が認められ
る。慢性疼痛患者において感覚受容野の変化に影響するような求心性入力の減少はない
が、温度刺激や触刺激に対する感度が減少していることを報告している(Vartiainen N,
et al: 2009)。慢性腰痛患者と健常者の触覚閾値、2 点識別、自己身体描写を比較したと
ころ触覚閾値は変化がなく、2 点識別距離が大きい部位で輪郭が上手く書けなかったと
報告しており、2 点識別覚が低下している部位は、身体イメージも低下していると報告
している。
(Moseley GL, 2008)
したがって、運動実行による求心性入力の低下というよりも、受動的な感覚刺激に対
する感受性の低下による影響が示唆される。
【身体機能障害】
腰痛に関するメカニカルストレス減少に、腹横筋や横隔膜が関与していることが報告
されている。腰部安定化に重要となる筋として、横隔膜、腹横筋、多裂筋、骨盤底筋が
ある。速い肩関節の屈曲運動を行った場合、運動が起こる約 30ms 前に横隔膜と腹横筋
が働く(Hodges PW et al,1997)。その結果、腹横筋と横隔膜が収縮する事で腹腔内圧
(intra-abdominal pressure: IAP)が上昇、腹壁の筋の張力を上げ、その結果として体
幹の安定性が高まる。しかし、腰痛患者において腹横筋の姿勢保持のためのフィードフ
ォワード機能の遅延が確認されている(Hodges PW. 1996)
。
次に姿勢不良と腰痛による腹横筋、横隔膜の機能障害の関係について述べる。
「呼吸機能は姿勢維持機能に勝る」
(O’sullivan P et al. 2002)と述べられており、横
隔膜が呼吸機能への需要が高まることで姿勢維持への貢献度が低下し、これを補うため
に他の体幹筋群が姿勢維持へ動員される。円背のような不良姿勢(胸郭の拡張が制限さ
れた状態)で呼吸運動を行った場合、呼吸補助筋である頚部や胸郭の筋群(斜角筋群、
胸鎖乳突筋、僧帽筋上部線維など)への依存性が増すことによる筋の過緊張が起こり、
常に胸郭が挙上している姿勢をとりやすくなる。健常人においても立位姿勢を胸椎後弯
姿勢に矯正すると胸椎可動性、%肺活量、%努力肺活量が低下したという報告がある(中
保 徹、2006)。その理由としては①胸椎後弯増大により肋椎関節が前方回旋位で固定
されることにより、吸気の際に起こる肋骨の後方回旋運動が制限される。②肋骨が前方
へ下垂することによって、そこに付着している横隔膜前方部も垂れ下がり呼吸時の横隔
膜活動性が低下。③前面の腹筋群が弛緩することで強制呼気時の腹筋群の収縮が制限さ
れ、横隔膜拳上の動きが不十分となることが要因となっている。
多くの腰痛患者は腰部の不安定性から腰痛コルセットを用いるが、慢性腰痛に対する
腰椎コルセットは無治療と比較して疼痛および機能改善に効果が認められていない
(van Duijvenbode.2008)。
【課題】
慢性腰痛には社会的要因として、痛みへの恐怖、身体機能障害、仕事、収入、家族関
係やうつ症状など原因は多岐にわたる。その中で理学療法士はどの要因が影響するか、
多角的に評価する能力が必要となる。また現在の腰痛研究では疾患や姿勢制御、理学療
法介入の違いなどでデータが変化するので結果が異なる文献が散見される。今後は各要
因の更なる根拠の高い研究と、各要因の関連についてデータを蓄積していく必要がある。
文献(合計 IF 68.49)
・Burton AK, et al: Psychosocial predictors of outcome in acute and subchronic low back
trouble. Spine, 20(6): 722-728,1995. (Impact Factor: 2.45)
・Butler SH: Disuse and CRPS. In : Harden RN, et al, Complex Regional Pain Syndrome,
Progress in Pain Research and Management 22, pp.141-150, IASP Press, 2001.
・Chou R, Qaseem A, Snow V, et al : Diagnosis and treatment of low back pain: A joint
clinical practice guideline from the American College of Physicians and the American
Pain Society. Ann Intern Med 147(7): 478-491,2007 (Impact Factor: 16.1).
・Hamaue Y, et al: Immobilization-induced hypersensitivity associated with spinal cord
sensitization during cast immobilization and after cast removal in rats. J Physiol Sci,
63: 401-408, 2013(Impact Factor: 1.25).
・Hestbaek L, Leboeuf-Yde C, Manniche C: Low back pain: What is the long-term
course? A review of studies of general patient population. Eur Spine J 12(2):
149-165.2003
・Jensen JN, et al: Do fear-avoidance beliefs play a role on the association between low
back pain and sickness absence? A prospective cohort study among female health care
workers. J Occup Environ Med, 52(1):85-90,2010. (Impact Factor: 1.88).
・Meulders A, et al: The acquisition of fear of movement-related pain and associative
learning: a novel pain-relevant human fear conditioning paradigm. Pain, 152(11):
2460-2469, 2011. (Impact Factor: 5.64).
・Meulders A, et al: Reduction of fear of movement-related pain and pain-related
anxiety: An associative learning approach using a voluntary movement paradigm.
Pain,153(7): 1504-1513,2012. (Impact Factor: 5.64).
・Moseley GL, I can’t find it! Distorted body image and tactile dysfunction in patients
with chronic back pain. Pain 140: 239-243, 2008.(Impact Factor: 5.64).
・中保
徹、柿崎藤泰、根本信洋、他:立位姿勢の変化が胸郭可動性に与える影響、理学
療法学 33:415.2006
・O’sullivan P et al. The effect of different standing and sitting postures on trunk muscle
activity in a pain-free population.spin 2002.1238-1244(Impact Factor: 2.45).
・Terkelsen AJ, et al: Experimental forearm immobilization in humans induces cold and
mechanical hyperalgesia. Anesthesiology, 109: 297-307, 2008.(Impact Factor: 6.17)
・van Duijvenbode IC, jellema P, van poppel MN, et al: Lumbar supports for prevention
and treatment of low back pain. Cochrane database of systematic reviews 2008
(Impact Factor: 5.94)
・Vartiainen N, et al: Cortical reorganization in primary somatosensory cortex in
patients with unilateral chronic pain. J Pain 10: 854-859, 2009.(Impact Factor: 4.22).
・Verbunt JA, et al: A new episode of low back pain: who relies on bed rest ?. Eur J Pain,
12: 508-516, 2008. (Impact Factor: 3.37)
・Vlaeyen JW, linton sj, fear-avoidance and its consequences in chronic musculoskeletal
pain: a state of the art. Pain, 85: 317-332, 2000. (Impact Factor: 5.84)
・ Wand BM, et al: Chronic non-specific low back pain-sub grouping or a single
mechanism? BMC Musculoskelet Disord 9: 11, 2008. (Impact Factor: 1.90)