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2015年3月
米国の製造業における 1980 年代~90 年代の経営改革
日本銀行調査統計局
通傳
友浩
西岡
慎一
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でご相談ください。
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2015 年 3 月
日本銀行調査統計局
通傳友浩
西岡慎一
米 国 の 製 造 業 に お け る 1980 年 代 ~ 90 年 代 の 経 営 改 革
■要
†
‡
*
旨■
1990 年 代 に 低 下 し た わ が 国 製 造 業 の 収 益 力 は 、2000 年 代 以 降 、回 復
傾向にあるが、収益率の水準は、米国の製造業などと比べるとなお低
位 で あ る 。一 方 、米 国 の 製 造 業 は 1970 年 代 を 中 心 に 収 益 力 の 低 下 に 直
面 し た が 、 1980 年 代 か ら 90 年 代 に か け て 、 多 方 面 に わ た る 経 営 改 革
を行い、収益力を向上させた。この経営改革の主なものとして次が挙
げ ら れ る 。① 1970 年 代 に か け て 採 ら れ た 多 角 化 戦 略 が 非 効 率 経 営 を 招
いた点を踏まえ、選択と集中を徹底したほか、アウトソーシングや海
外生産シフトなどの活用を進めた。②経営陣を内部昇格者から外部
CEO・ 社 外 取 締 役 に シ フ ト さ せ る な ど 、 ガ バ ナ ン ス 構 造 を 変 化 さ せ た 。
上記の経営改革は、企業経営に大きな変化をもたらしたほか、米国
の経済全体にも影響が及んだ。その主なものとして次の 3 点を指摘で
きる。①製造業の雇用吸収力は低下したものの人材の高度化が進めら
れ、収益力は向上した。収益力向上は、株価の上昇や配当の増加につ
ながり、国内需要の喚起に一定の貢献を果たした。②不採算分野から
の撤退や新規分野の創出が行われるなかで、製造業内での産業構造が
変化し、コンピュータ関連など高付加価値分野がシェアを伸ばした。
③米国の産業構造の変化に合わせ、輸出における主力品目も変化し、
海外生産シフトが進みつつも、米国輸出は比較的高い伸びを保った。
わが国製造業においても、当時の米国と同様の取り組みが行われて
きているが、収益力の一段の向上を目指す観点からは、事業の選択と
集中やガバナンス改革などの面で大胆な経営改革を実施してきた米国
製造業の事例が、ひとつの参考となり得る。
†
日 本 銀 行 調 査 統 計 局 < E-mail: [email protected]>
日 本 銀 行 調 査 統 計 局 < E-mail: [email protected]>
* 本稿の作成にあたっては、日本銀行スタッフから有益なコメントを得た。本
稿の内容と意見は筆者ら個人に属するものであり、日本銀行の公式見解を示す
ものではない。
‡
1
[目
次]
1.はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3
2 .1980 年 代 か ら 90 年 代 に お け る 米 国 製 造 業 の 経 営 改 革・・・4
2-1 多角化戦略の行き詰まりと経営合理化・・・・・・・5
2 - 2 経 営 者 へ の 規 律 づ け の 弱 さ ・・・・・・・・・・・・ 13
3 . 米 国 経 済 へ の 影 響 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 15
3 - 1 収 益 力 と 株 価 ・ ・ ・ ・ ・・ ・ ・ ・・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・・ 16
3 - 2 産 業 構 造 の 変 化 ・ ・・ ・ ・ ・・ ・ ・・ ・ ・・ ・・ ・ ・ 17
3 - 3 輸 出 へ の 影 響 ・ ・ ・ ・ ・・ ・ ・ ・・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・・ 18
4 . わ が 国 製 造 業 の 取 り 組 み と の 対 比 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 21
4 - 1 選 択 と 集 中 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 21
4 - 2 海 外 生 産 シ フ ト ・ ・・ ・ ・ ・・ ・ ・・ ・ ・・ ・・ ・ ・ 23
4 - 3 ガ バ ナ ン ス ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 24
5 . ま と め ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 25
参 考 文 献 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 26
2
1.はじめに
わ が 国 製 造 業 の 収 益 力 は 、1990 年 代 に 低 下 し た あ と 、2000 年 代 以 降 、
回 復 傾 向 に あ る ( 図 表 1)。 し か し 、米 国 の 製 造 業 な ど と 比 較 す る と 収
益率の水準はなお低位であり、収益力の向上は、わが国の経済成長を
展 望 す る う え で も 、引 き 続 き 重 要 な 課 題 の ひ と つ と な っ て い る 。一 方 、
米 国 の 製 造 業 も 、歴 史 を さ か の ぼ れ ば 、1970 年 代 を 中 心 に 収 益 力 の 低
下 に 直 面 し た が 、1980 年 代 か ら 90 年 代 に か け て 、事 業 の 選 択 と 集 中 、
海 外 生 産 シ フ ト 、ガ バ ナ ン ス 改 革 な ど 多 方 面 に わ た る 経 営 改 革 を 行 い 、
収 益 力 の 回 復 を 実 現 し た と い わ れ て い る 。ま た 、こ う し た 経 営 改 革 は 、
株価の上昇や産業構造の転換などを通じて、米国経済全体にも広く影
響を及ぼしたと考えられる。
図表1
8
製造業の売上高収益率
(%)
日本
7
米国
6
5
4
3
2
1
0
60 年65
70
75
80
85
90
95
00
05
10
( 注 ) 米 国 は SNA、 日 本 は 法 人 年 報 ベ ー ス 。 米 国 は 年 、
日本は年度ベース。
( 資 料 ) U.S. BEA、 財 務 省 「 法 人 企 業 統 計 年 報 」
これらを踏まえると、米国における当時の経営改革の内容やそのイ
ンパクトを整理することは、近年のわが国製造業の収益力向上に向け
た 取 り 組 み を 評 価 す る う え で 一 定 の 意 義 が あ る と 思 わ れ る 。本 稿 で は 、
わが国製造業における収益力向上に向けた取り組みとの対比を念頭に
置 き つ つ 、 米 国 の 製 造 業 が 、 1980 年 代 か ら 90 年 代 を 中 心 に 行 っ た 経
営 改 革 の 概 要 と 、そ れ が 企 業 収 益 や 米 国 経 済 に 及 ぼ し た 影 響 に つ い て 、
簡単な事実整理や関連する既存研究の紹介を行う。本稿は、扱うテー
マや論点が広範囲に及ぶ反面、ポイントを絞ったコンパクトな整理を
3
心がけたため、取りあげる事実や既存研究をある程度限定した点はあ
らかじめ留意されたい。
以下では、まず 2 節で米国製造業が直面していた主な経営課題とそ
の解決に向けた取り組みを整理する。次に、3 節でこれらの取り組み
が米国製造業の収益力や産業構造などに及ぼした影響について述べる。
4 節では、米国製造業の経験を踏まえつつ、近年のわが国製造業の取
り組みとの対比を行う。5 節はまとめである。
2 . 1980 年 代 か ら 90 年 代 に お け る 米 国 製 造 業 の 経 営 改 革
1970 年 代 に か け て 、ド イ ツ や 日 本 の 輸 出 に お け る 世 界 シ ェ ア が 上 昇
する一方、米国のシェアは低下しており、欧州や日本の製造業が成長
する中で、米国製造業は国際競争力を低下させたことがうかがわれる
( 図 表 2)。 こ の も と で 、 総 資 産 収 益 率( ROA)や 売 上 高 収 益 率 で み た
米 国 製 造 業 の 収 益 率 は 、1970 年 代 に か け て 低 下 し た 。こ れ に は 、外 的
環境の変化も含め様々な要因が複合的に影響したことが背景にあると
みられるが、本稿では、この中でも重要度が高いと考えられる、①多
角化戦略の行き詰まりと②経営者への規律づけの弱さを取りあげる
1, 2
。以 下 で は 、そ の 概 要 と こ れ ら の 問 題 に 対 す る 企 業 の 対 応 に つ い て
述べる。
1
当 時 の 米 国 企 業 の 経 営 問 題 に つ い て は 、日 本 銀 行 調 査 統 計 局( 1987)、春 田 ・
鈴 木 ( 1998)、 河 村 ( 2003)、 萩 原 ・ 中 本 ( 2005)、 田 村 ( 2005)、 宮 本 ( 2006)、
中 本 他 ( 2006) な ど が 詳 し い 。
2
収益力の低下の背景として、この 2 点以外に、労務管理を巡る問題を挙げる
向 き も 多 い( 河 村( 2003)な ど を 参 照 )。こ れ は 、米 国 製 造 業 で は 、戦 後 、一 貫
して労働コストが上昇し、競争力を低下させる大きな要因となったというもの
で あ る 。労 働 コ ス ト の 上 昇 は 、① 交 渉 力 が 強 い 労 働 組 合 が 存 在 し た こ と 、② 1970
年 代 に か け て イ ン フ レ に 連 動 す る 賃 金 決 定 方 式 ( 生 計 費 調 整 条 項 : COLA ) が
広く採用されたこと、③労働者の規律やモラルが低下したことなどが指摘され
て い る 。こ れ を 受 け て 、1980 年 代 以 降 、労 使 協 調 路 線 へ の 転 換 が 進 め ら れ 、企
業 の 労 働 コ ス ト 負 担 の 抑 制 や 生 産 性 向 上 に 向 け た 取 り 組 み が 実 施 さ れ た 。一 方 、
こうした取り組みは、業績連動型賃金の普及や非正規雇用の増加など雇用慣行
を変化させ、将来所得の不確実性の高まりや賃金格差の拡大につながるという
一面もあった。
4
図表2
米国製造業の収益率と輸出の世界シェア
①製造業の収益率
30
②輸出の世界シェア
(%)
(%)
9
18
8
16
7
14
6
12
5
10
4
8
3
6
2
4
1
2
0
0
(%)
米国
日本
ドイツ
中国
25
20
15
10
5
ROA(左目盛)
売上高収益率(右目盛)
0
55 60
年
70
80
90
00
55 60
年
10
70
80
90
00
10
( 注 ) ① の ROA は 、 税 引 前 利 益 ( 減 価 償 却 と 在 庫 価 格 調 整 後 ) を 民 間 固 定
資産残高で割ったもの。売上高収益率は、売上高で割ったもの。
( 資 料 ) U.S. BEA、 IMF、 White House
2-1 多角化戦略の行き詰まりと経営合理化
( 1 ) 1970 年 代 ま で の 状 況
米 国 製 造 業 で は 、1970 年 代 ま で に 進 め ら れ た 事 業 の 多 角 化( コ ン グ
ロマリット化)が収益力の低下を招いたと指摘されることが多い。河
村 ( 2003) な ど に よ れ ば 、 多 角 化 が 収 益 力 低 下 に つ な が っ た 背 景 と し
て、①多角化により取り込まれた多くの事業が経営者にとって専門外
であったこと、②多角化とそれによる規模拡大に伴って、分権的な事
業本部制が定着したが、これは、組織の複雑化や非効率な経営資源の
配分を招き、経営効率の低下をもたらしたこと、③中間管理層の増加
により労働コストが上昇したこと、などが挙げられる。
多角化が進められた背景のひとつとして、独占禁止法が厳格に運用
さ れ て き た こ と を 指 摘 す る 向 き が 多 い 3 。戦 後 の 米 国 で は 、経 済 が 成 長
するにつれて、多くの分野で寡占化が生じたため、政府は独占禁止法
の 運 用 を 強 化 し た 4 。こ れ に よ り 本 業 で の 事 業 拡 大 が 難 し く な っ た 大 企
3
た と え ば 、 前 出 の 河 村 ( 2003)、 早 川 ( 1980)、 Rhoades (1983) な ど を 参 照 。
4
1950 年 に 反 ト ラ ス ト 法 で あ る ク レ イ ト ン 法 第 7 条 が 強 化 さ れ 、競 争 を 阻 害 す
る場合、これまでの合併や株式取得の規制に加えて、他企業の物的資産の獲得
5
業は、本業とは関連のない事業を立ち上げることで規模を拡大する戦
略 を 採 る 傾 向 が み ら れ た 。実 際 、戦 後 か ら 1960 年 代 に か け て 事 業 の 多
角 化 を 目 的 と し た 企 業 買 収 が 大 き く 増 加 し た ( 図 表 3)。
図表3
80
M&A の 目 的 別 構 成 比
(%)
60
多角化型
垂直型
水平型
40
20
0
1926~30
40~47
年
48~53
54~59
60~64
(注)水平型は同一業種内の企業との合併、垂直型は川
上 部 門( 原 材 料 、部 品 な ど )や 川 下 部 門( 販 売 な ど )
の企業との合併を指す
( 資 料 ) 安 部 ・ 壽 永 ・ 山 口 ( 2002) を も と に 作 成 。
( 2 ) 1980 年 代 か ら 90 年 代 に お け る 事 業 再 構 築
米 国 製 造 業 で は 、 1980 年 代 か ら 90 年 代 に か け て 、 多 角 化 戦 略 に よ
って増加した不採算事業からの撤退が進められ、事業の選択と集中が
行 わ れ た こ と が 前 出 の 河 村 ( 2003) や 田 村 ( 2005) な ど で 指 摘 さ れ て
い る ( 図 表 4)。同 時 に 、 ア ウ ト ソ ー シ ン グ や オ フ シ ョ ア リ ン グ を 活 用
しながら、経営資源を収益性の高い工程に再配分したほか、生産拠点
の海外シフトによって、安価な労働コストの実現や現地需要の取り込
みを図ったことも指摘されている。以下ではこれらの点について、や
や詳しくみていく。
も新たに禁止されることとなった。
6
図表4 経営合理化の概要
1970年代までの状況
1980年代以降の状況
事業A
事業B
事業C
事業A
事業C
強化
製品開発部門→
プ
ロ
セ
ス
事業B
製造部門→
移転
間接部門→
委託
マーケティング
→
部門
強化
M&Aにより取得
海外移転・
アウトソーシング
(非正規化・IT投資)
売却
経営資源の再配分
事業の選択と集中
①事業の選択と集中
米 国 製 造 業 は 、1980 年 代 以 降 、採 算 性 の 低 い 分 野 か ら 撤 退 し て 、成
長分野や優位分野に事業をシフトさせる選択と集中を活発化させた。
事業の選択と集中の代表的な事例をいくつか挙げると、電気メーカー
で は 、GE が 戦 略 的 事 業 を 絞 り 込 ん で 事 業 買 収 と 売 却 を 進 め た ほ か 、イ
ン テ ル は 、日 本 企 業 と の 競 争 が 激 化 し た DRAM 事 業 か ら 撤 退 し 、CPU
事 業 に シ フ ト し た ( 図 表 5)。ま た 、モ ン サ ン ト や デ ュ ポ ン と い っ た 化
学 メ ー カ ー で は 、 1990 年 代 に 従 来 の 汎 用 化 学 製 品 部 門 な ど を 縮 小 し 、
バイオ部門や電子部品部門への集中度を高めた。最近では、いわゆる
「シェール革命」に伴って高採算分野に集中する動きもみられ、たと
えば石油精製会社のバレロは、価格競争力が高まった軽油等の輸出部
門を強化する一方、成熟期にある国内向けのガソリン精製部門を縮小
した。
7
図表5
事業の選択と集中の事例
企業名
拡大・縮小した部門
GE
低収益・低成長事業を売却
↓
戦略事業 3 分野に集中
インテル
IBM
モンサント
概要
・80 年 代 初 よ り 、戦 略 的 事 業 を テ ク ノ ロ
ジー、サービス、コアの 3 分野に設定
して事業買収と売却を実施。
・80 年 代 半 ば 、DRAM 事 業 で 、日 本 企 業
と の 競 合 が 激 化 し た こ と を 受 け 、 CPU
部門に集中。
DRAM 事 業 か ら 撤 退
↓
CPU 部 門 に 集 中
製造部門を縮小
↓
システム部門に注力
汎用化学製品部門を縮小
↓
バイオ部門に注力
デュポン
石油化学部門等を整理
↓
高 R&D 集 約 部 門 に 集 中
バレロ
ガソリン小売部門切り離し
↓
輸出向石油精製部門増強
・80 年 代 後 半 以 降 、選 択 と 集 中 を 本 格 化 。
同時に間接部門も削減。
・ 90 年 代 以 降 、バ イ オ 部 門 を 強 化 し 、遺
伝子組み換え穀物種子などを開発、販
売。
・ 90 年 代 以 降 、 ア ジ ア 勢 の 台 頭 に 伴 い 、
石油化学等の収益環境が悪化。液晶等
の 電 子 材 料 や バ イ オ 部 門 な ど R&D 集
約度の高い部門に集中。
・近年、シェール資源関連に集中投資。
・価格競争力が高まった軽油等の輸出拡
大。国内向けガソリン精製を縮小、小
売部門を切り離し。
( 資 料 ) 中 本 他 ( 2006)、 Burgelman( 2002)、 加 藤 ( 1995)、 関 下 ・ 坂 井 ( 2000)、
み ず ほ 銀 行 産 業 調 査 部 ( 2014)、 石 油 エ ネ ル ギ ー 技 術 セ ン タ ー ( 2013)
多角化には、事業間のシナジー効果やリスク分散効果といったメリ
ットがあると考えられる。ただし、収益性の面では、事業を多角化す
るよりも、コア分野に経営資源を集中した方が、収益や株価が高まり
や す い と の 研 究 結 果 が 多 い 5 。た と え ば 、Berger and Ofek (1995) で は 、
1986 年 か ら 1991 年 の 3,659 社 の 米 国 企 業 を 対 象 に 、多 角 化 し て い る 企
業としていない企業の企業価値を比較し、多角化していない企業の方
が 、 有 意 に 企 業 価 値 が 高 い こ と を 示 し て い る 。 ま た 、 Bernard, Redding
and Schott (2010) は 、1987 年 か ら 1997 年 の 間 、米 国 企 業 が 生 産 す る 製
品 を 産 業 分 類 に も と づ き 1,440 品 目 に 分 類 し た と こ ろ 、 半 数 以 上 の 米
国企業が、数年のうちに品目の転換を行っていることを示し、企業の
参入・退出と並んで、既存企業による選択と集中を通じた製品転換が
5
事 業 の 多 角 化 が 収 益 性 や 株 価 の 低 下 を 招 く 現 象 は 、「 多 角 化 デ ィ ス カ ウ ン ト 」
として知られている。ただし、多角化ディスカウントの存在に否定的な研究も
み ら れ る 点 に は 留 意 を 要 す る 。 た と え ば 、 Villalonga (2004) は 多 角 化 デ ィ ス カ
ウントは先行研究で広く使用されるセグメントデータの不正確性によってもた
らされているとし、別のデータベースを使用すると、多角化企業の方が収益性
が 高 い と の 結 果 を 示 し て い る 。 こ の 点 は 花 崎 ・ 松 下 ( 2014) の サ ー ベ イ が 詳 し
い。
8
経営資源の効率的な活用に寄与した点を指摘している。
②経営資源の再配分
同 様 に 1980 年 代 以 降 、米 国 製 造 業 で は 、コ ス ト の 削 減 や 製 品 の 高 付
加価値化を図る観点から、製造工程における人員配置が見直された点
が 指 摘 さ れ て い る 。 た と え ば 、 前 出 の 田 村 ( 2005) や 中 本 他 ( 2006)
に よ れ ば 、米 国 製 造 業 は 、製 造 過 程 の 上 流 に 位 置 す る 設 計 や 研 究 開 発 、
下流に位置するアフターサービスやソリューションといった生産性が
高い工程に人員を手厚く配置する一方、生産性が低いとされる組立の
人 員 を 可 能 な 限 り 絞 っ た ( 図 表 6)。 製 造 工 程 の 人 員 絞 り 込 み は 、派 遣
労働者を活用したアウトソーシング、海外生産シフトやオフショアリ
ン グ を 通 じ て 行 わ れ た 。ま た 、外 部 の 企 業 や 労 働 者 を 活 用 す る 動 き は 、
製造現場に限らず、事務職、コールセンター、ソフトウエアのプログ
ラミング、給与計算、研究開発など幅広い分野にわたって実施された
と指摘されている。
図表6
事業プロセスごとの付加価値率(概念図)
コソ
ンリ
サュ
ル
ア流 テシ
フ通 ィョ
タ
ンン
グ
サ
ー
付
加
価
値
率
ー
研究
開発
素材
ー
組立
ビ
ス
上流
製造業の事業プロセス
下流
( 資 料 ) 田 村 ( 2005) を も と に 作 成 。
実際、製造業における職種構成をみると「組立・加工・肉体労働関
連職」といったブルーカラーのウエイトが低下したほか、こうしたブ
ルーカラーでは派遣労働者が増加するなど、人員配置の見直しが進め
ら れ た こ と が わ か る( 図 表 7)。ま た 、米 国 製 造 業 は 、1980 年 代 に 入 っ
て 研 究 開 発 ( R&D) 投 資 を 急 速 に 伸 ば し て お り 、 高 付 加 価 値 化 を 図 る
べ く 研 究 開 発 に 注 力 し た 様 子 も う か が わ れ る ( 図 表 8)。 研 究 開 発 は 、
1980 年 代 で は 輸 送 機 械 や 電 気 機 械 分 野 で 、1990 年 代 か ら は 化 学 分 野 で
よ り 積 極 的 に 行 わ れ 、収 益 の 伸 び に 貢 献 し た 可 能 性 が あ る 。実 際 、Lev
and Sougiannis (1996) は 、 1975~ 1991 年 ま で の 米 国 企 業 の デ ー タ を も
9
と に 、R&D 投 資 対 売 上 高 比 率 の 増 加 が 営 業 利 益 率 の 上 昇 に 寄 与 し た こ
とを示している。
こ の よ う な 経 営 資 源 の 再 配 置 は 、本 社 機 能( 調 査・企 画 、研 究 開 発 、
情報処理、マーケティング、財務、人的資源管理など)の強化につな
が り 、生 産 性 を 向 上 さ せ る 一 因 と な っ た 可 能 性 が あ る 。た と え ば 、Foss
(1997) は 、 本 社 は 、 モ ニ タ リ ン グ 機 能 だ け で は な く 、 部 署 間 の シ ナ ジ
ー効果の獲得など付加価値創出の源泉である点を指摘しているほか、
Young et al. (2000) や Collis, Young and Goold (2007) は 、 本 社 規 模 と 資
本 収 益 率 ( ROE) に は 有 意 な 関 係 が あ る こ と を 示 し て い る 6 。
図表7
職種別労働者数の動き
①製造業の職種別労働者数の変化
150
②派遣業労働者数
(5年前差、万人)
2,500
その他
組立、加工、肉体労働関連職
事務等支援業務
経営・管理
100
(%)
(千人)
25
派遣業労働者数(左目盛)
2,000
20
派遣業に占めるブルーカラーの
比率(右目盛)
50
1,500
15
1,000
10
0
-50
500
-100
-150
5
0
80-85 年
85-90
90-95
95-00
0
83 年
85
87
89
91
93
( 資 料 ) U.S. BLS、 ② は Segal and Sullivan (1995) を も と に 作 成 。
6
こ れ ら の 点 は 森 川 ( 2014) の サ ー ベ イ を 参 照 。 同 じ く 森 川 ( 2014) は 、 日 本
企 業 を 対 象 に 、2001 年 ~ 2011 年 の 個 社 デ ー タ を 用 い て 、本 社 機 能 の 大 き さ は 生
産 性 に 正 の 影 響 を 及 ぼ す こ と な ど を 示 し て い る 。 ま た 、 中 島 ( 2001) は 日 本 に
お い て 、 間 接 部 門 に 従 事 す る ホ ワ イ ト カ ラ ー が 、 全 要 素 生 産 性 ( TFP ) の 向 上
に寄与したことを示している。
10
図表8
R&D 投 資
① 製 造 業 の R&D 投 資 ( 対 売 上 高 比 率 ) ② 製 造 業 に お け る 業 種 別 構 成 比
4.5
(%)
100
90
4.0
(%)
その他
一般機械
80
航空機等
70
3.5
60
自動車
50
3.0
40
電気機械
30
2.5
20
素材
10
化学
0
2.0
75
年
80
85
90
95
00
05
75 年 80
10
85
90
95
00
05
10
( 資 料 ) OECD
③海外への生産シフト
米 国 製 造 業 は 、1980 年 代 以 降 、生 産 拠 点 の 海 外 シ フ ト を 活 発 化 さ せ
た ( 図 表 9① )。海 外 生 産 シ フ ト に 伴 い 、米 国 の 多 国 籍 企 業 に お け る 海
外 売 上 高 の シ ェ ア は 拡 大 し 、 1980 年 代 前 半 の 20% 台 か ら 1990 年 代 に
は 30% 台 に 上 昇 し た ( 図 表 10① )。 な お 、2000 年 代 入 り 後 も こ の 流 れ
は 継 続 し 、海 外 売 上 高 シ ェ ア は 、2000 年 代 後 半 に は 40% 近 く に 達 し た 。
こうした海外生産シフトは、安い労働力の活用や現地需要の取り込
みを目的にした面が強いと考えられる。実際、海外への移管先には、
NIEs や ASEAN、 中 国 な ど 、 労 働 コ ス ト が 低 く 、 先 行 き の 成 長 が 見 込
ま れ た ア ジ ア 諸 国 が 中 心 で あ っ た( 図 表 9② )。ま た 、海 外 売 上 高 シ ェ
ア の 要 因 を 推 計 す る と 、労 働 コ ス ト の 国 内・海 外 比 率 と GDP の 国 内 ・
海外比率がともに、海外売上高シェアを高める方向に寄与しており、
コストの抑制や現地需要の取り込みを目的に海外生産シフトが進んだ
様 子 が う か が わ れ る ( 図 表 10② )。
11
図表9
製造業の海外直接投資
①国別残高
②国別残高の構成比
(10億ドル)
600
100
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
ヨーロッパ
500
アジア・太平洋
400
カナダ
300
ラテンアメリカ
200
その他
100
0
60 年
70
80
90
00
(%)
60 年 70
10
80
90
00
10
( 注 )ア ジ ア・太 平 洋 は 中 東 、オ ー ス ト ラ リ ア 、ニ ュ ー ジ ー ラ ン ド を 含 ま な い 。
( 資 料 ) U.S. Census
図 表 10
多国籍企業の海外子会社の売上高比率
①海外子会社の売上高比率
45
②売上高比率の要因分解
(%)
20
(1982年=0, 累積変化幅, %p)
残差
海外GDP/国内GDP
海外ULC/国内ULC
実績
実績値
40
15
推計値
35
10
30
5
25
0
-5
20
82 年85
90
95
00
05
82 年85
10
90
95
00
05
10
(注)海外子会社の売上高比率は、多国籍企業の売上高に占める海外子会社の
売 上 比 率 。 ② は 以 下 の 推 計 式 に よ り 算 出 。 ULC( unit labor cost) は 単 位
労働コストを指す。
海 外 子 会 社 売 上 高 比 率 = 2 4.7- 1 7.3( 海 外 ULC/国 内 ULC)+ 6 .8( 海 外 GDP /国 内 GDP)
( 6 .5)( 3.9)
( 0 .9)
推 計 期 間 : 1982 年 ~ 2 01 2 年 、 修 正 決 定 係 数 : 0 .88、 括 弧 内 は 標 準 偏 差 ( Ne we y- West)
( 資 料 ) U.S. BEA、 IMF
多国籍企業の売上高収益率をみると、国内の親会社よりも海外子会
社の方が総じて高く、国内拠点の収益性よりも海外拠点の収益性の方
が 高 い 傾 向 に あ る と み ら れ る ( 図 表 11)。 海 外 拠 点 に お け る 収 益 性 の
高さは、海外展開を積極的に進めた多国籍企業におけるグループ全体
の収益力の向上に貢献したと考えられる。
12
図 表 11
25
多 国 籍 企 業 の 売 上 高 収 益 率 (製 造 業 )
(%)
海外進出企業(親会社)
20
15
海外進出企業(海外子会社)
製造業
10
5
0
90
82 年 85
95
(注)収益は税引後利益。
( 資 料 ) U.S. BEA
00
05
10
2-2 経営者への規律づけの弱さ
( 1 ) 1970 年 ご ろ ま で の 状 況
1970 年 代 ご ろ ま で の 米 国 で は 、経 営 者 に 対 す る 企 業 内 部 の 規 律 づ け
が現在よりも弱く、収益性よりも規模の拡大が志向されやすかったと
考えられる。当時の米国では個人株主が多数を占めており、支配株主
は 少 数 で あ っ た ほ か 、Gordon (2007) の 試 算 に よ れ ば 、取 締 役 に は 内 部
昇進者が多く、社外取締役もその企業のかつての社員など企業関係者
が 多 か っ た こ と が う か が わ れ る ( 図 表 12① ③ )。 こ の よ う な ガ バ ナ ン
ス 構 造 の も と で 、 Rhoades (1983) は 、 当 時 の 経 営 者 は 自 身 の 報 酬 や 社
会的名声を高めることを目的に、規模の拡大を追求しがちで、これが
多角化戦略の採用へとつながっていった面があったことを、具体的事
例を挙げつつ指摘している。したがって、先に述べた事業の多角化の
中には、経営者への規律づけが弱いガバナンス構造と密接に関連して
いたものもあったといえる。
13
図 表 12
100
①株式の保有比率
② 外 部 CEO の 登 用 率
(%)
(%)
40
90
機関投資家
50
40
90
80
30
70
個人
30
60
20
50
15
40
20
10
0
0
0
45 年55 65 75 85 95 05
内部取締役
社外取締役(関係者)
社外取締役(独立)
30
5
10
(%)
70
25
10
20
③取締役の構成
100
35
80
60
ガバナンス構造
2002年
1980年代
50 年60
70
80
90
00
( 注 ) 1. ① の 機 関 投 資 家 は 、 保 険 、 年 金 基 金 、 投 資 信 託 会 社 の 合 計 。
2. ② は Fortune1000( 米 国 企 業 で 税 な ど を 調 整 し た ベ ー ス の 売 上 高 上 位
企 業 ) 掲 載 企 業 に お け る CEO の 外 部 か ら の 登 用 比 率 。
3.③ の 社 外 取 締 役( 関 係 者 )は 、退 社 し た も し く は 業 務 上 関 連 し た 企 業
に所属していた社外取締役。
( 資 料 ) Jackson (2010)、 ジ ャ コ ビ ィ ( 2007)、 Gordon (2007) を も と に 作 成 。
(2)ガバナンス構造の変化
1970 年 代 に か け て 、社 会 保 障 の 充 実 化 な ど に 伴 い 年 金 基 金 の 株 式 投
資が増加したこともあって、資本市場における機関投資家のプレゼン
ス が 高 ま っ た ( 前 掲 図 表 12① )。 こ れ が 、 資 本 市 場 か ら 経 営 者 へ の 圧
力 を 高 め る ひ と つ の 要 因 と な っ た と 考 え ら れ る 。ま た 、M&A に よ る 敵
対的買収の脅威が高まったことも、経営者への規律づけを強化するこ
と に つ な が っ た 点 が 前 出 の 宮 本 ( 2006) な ど で 指 摘 さ れ て い る 。 こ う
した規律づけの強まりは、経営者に収益力向上を重視するよう働きか
け、大胆な経営改革の実行を促した面があったと考えられる。
ガ バ ナ ン ス 構 造 の 変 化 は 、企 業 の 経 営 層 の 変 化 に も 表 れ て い る 。1970
年 代 ま で 内 部 昇 進 者 で 占 め ら れ て い た 経 営 者 や 取 締 役 は 、1980 年 代 以
降 、社 外 出 身 者 に 取 っ て 代 わ ら れ た 。た と え ば 、米 国 大 企 業 で 1980 年
代 に 5% に 過 ぎ な か っ た 外 部 CEO の 登 用 比 率 は 、2002 年 に は 3 割 半 ば
に ま で 上 昇 し た ( 図 表 12② )。 ま た 、 1970 年 代 ま で 2 割 程 度 で あ っ た
独 立 系 の 社 外 取 締 役 の 登 用 比 率 は 、2005 年 に は 7 割 に 達 し た( 前 掲 図
表 12③ )。 社 外 出 身 者 に よ る 経 営 層 の 拡 充 は 、 過 去 の 経 緯 に 捉 わ れ な
い大胆な意思決定を行う意味で有用であったと考えられる。
14
既存の実証研究からは、ガバナンスの変化が収益力の向上につなが
っ た 可 能 性 が 示 唆 さ れ る( 図 表 13)。ガ バ ナ ン ス と 企 業 業 績 の 関 係 は 、
企業の属性などによって変わり得るため、一概にはいえない面がある
が、成熟した大企業などでは、社外取締役の比率が高い方が収益面で
望ましいとの結果がみられる。また、社外取締役の比率が高い企業ほ
ど、業績が悪化した場合に、経営改善を図るべく社長を交代させる傾
向にあるとの実証結果も報告されており、ガバナンスの変化が企業業
績の改善を促したことがうかがわれる。
図 表 13
効果
社外取締役と企業パフォーマンスの関係
論文
Weisbach
(1988)
正
負
ケース・
バイ・
ケース、
逆の因果
関係
Baysinger and
Butler
(1985)
Boone et al.
(2007)
Duchin,
Matsusaka and
Ozbas (2010)
Coles, Daniel
and Naveen
(2008)
Bhagat and
Black
(2002)
概要
・社外取締役が過半数以上を占めると、
業績悪化時に経営者を罷免する確率が
高い。
・70 年 に 独 立 取 締 役 比 率 が 高 か っ た 企 業
は 、 80 年 の ROE が 良 好 。
・ROA と 外 部 取 締 役 比 率 に は 負 の 相 関 関
係が存在。
・ ケ ー ス に よ っ て 、プ ラ ス と マ イ ナ ス が
逆転。成熟した大企業など企業情報の
取得が容易な場合、社外取締役の増加
が業績を改善。
・ 組 織 が 複 雑 な 企 業 や R&D 集 約 度 が 高
い企業では、社外取締役の比率が小さ
いほど企業価値が高い。
・外部取締役比率の業績への影響は不明
確 。 逆 の 因 果 ( 業 績 悪 化 →外 部 取 締 役
増)がある可能性。
対象期間
1977- 1980 年
1970- 1980 年
1988- 1992 年
1996- 2005 年
1992- 2001 年
1985- 1995 年
3.米国経済への影響
上記の取り組みも含め、米国製造業の様々な経営改革は、最終的に
米 国 経 済 に プ ラ ス の 影 響 を 及 ぼ し た と 考 え ら れ る 7 。た と え ば 、経 営 改
革の実行は、米国製造業の収益力や株価の上昇につながり、消費や設
備投資など国内需要を喚起した可能性がある。また、経営改革は産業
構造の変化も促し、輸出の伸びを支えた可能性も指摘できる。これら
の点を以下で順に述べる。
7
前節で述べた企業の取り組み以外にも、脚注 2 で言及した労使関係の改善や
イ ン タ ー ネ ッ ト の 民 間 転 用 を は じ め と す る IT 技 術 の 普 及 な ど 様 々 な 要 素 が 企
業 収 益 や 米 国 経 済 に 影 響 を 及 ぼ し た と 考 え ら れ る 。 河 村 ( 2003) な ど を 参 照 。
15
3-1 収益力と株価
米 国 製 造 業 の 売 上 高 収 益 率 は 、1980 年 代 後 半 の 4% 程 度 か ら 1990 年
代 、2000 年 代 へ と 上 昇 を 続 け 、足 も と で は 7% 弱 ま で に 高 ま っ て お り 、
非 製 造 業 よ り も 高 め に 推 移 し て い る ( 図 表 14① )。 こ の 背 景 に は 、 既
に述べたとおり、事業の選択と集中、研究開発を含む経営資源の再配
置、海外生産シフト、ガバナンス改革など、様々な経営改革が複合的
に作用した結果と考えられる。
図 表 14
売上高収益率と株価
①売上高収益率
8
7
②株価
(%)
4,000
製造業
(1981年=100)
3,500
非製造業
製造業
3,000
6
非製造業
2,500
5
2,000
4
1,500
3
1,000
2
500
0
1
87年 90
95
00
05
81 年 85
10
90
95
00
05
10
(注)①の収益は減価償却と在庫価格を調整した税引前利益。②は本社が米国
に 存 在 し 、 SIC ( 米 国 標 準 産 業 分 類 ) コ ー ド お よ び 時 価 総 額 が 取 得 可 能
な企業。前年と当年の数値がある企業の時価総額の伸び率により算出。
( 資 料 ) U.S. BEA、 Bloomberg
収益力の向上は、株価の上昇につながったとみられる。米国株式市
場における個別銘柄を業種分類して株価を算出すると、製造業の株価
は 、1980 年 代 以 降 、 上 昇 し て お り 、非 製 造 業 の 株 価 を ア ウ ト パ フ ォ ー
ム す る 傾 向 に あ る ( 図 表 14② )。 ま た 、 株 式 時 価 総 額 に お け る 製 造 業
の シ ェ ア は 40% 台 半 ば と な っ て お り 、GDP や 雇 用 者 数 の シ ェ ア が 10%
台にとどまる点を勘案すると、株式市場における製造業のプレゼンス
は 相 応 に 高 い と い え る ( 図 表 15① )。 製 造 業 で は 、 事 業 の 選 択 と 集 中
や 海 外 生 産 シ フ ト が 進 め ら れ る 中 で 、 米 国 内 の GDP、 雇 用 者 数 、 売 上
高 の シ ェ ア が 低 下 す る な ど 、国 内 の プ レ ゼ ン ス は 低 下 方 向 に あ る 一 方 、
海 外 拠 点 を 含 め た 売 上 高 シ ェ ア は 一 定 の 水 準 を 保 っ て い る( 図 表 15②
③ )。海 外 拠 点 の 収 益 性 の 高 さ も 踏 ま え る と 、グ ロ ー バ ル な 経 済 活 動 が
企業グループ全体の収益性を高め、これが株式時価総額のシェアの大
16
きさにつながっていると考えられる。
図 表 15
①時価総額等
50
(%)
全体に占める製造業のシェア
② 雇 用 者 数 ・ 名 目 GDP
20
(%)
③売上高
35
(%)
雇用者数
40
18
30
16
20
14
10
12
0
10
名目GDP
30
25
20
米国内+海外
米国内
時価総額 米国内
売上高
GDP 雇用者数
15
90
年
95
00
05
10
80年 85 90 95 00 05 10
( 注 ) 1. ① の 時 価 総 額 は 、 S&P500 構 成 銘 柄 の 時 価 総 額 の う ち 、 SIC コ ー ド が
製 造 業 に あ た る 企 業 分 ( 2014 年 11 月 28 日 時 点 )。 売 上 高 、 GDP は
2013 年 、 雇 用 者 数 は 2012 年 の 値 で 、 政 府 を 除 く ベ ー ス 。
2. ② は 、 政 府 を 除 く ベ ー ス 。
3.① ③ の 米 国 内 売 上 高 は SNA の 国 内 総 産 出 、③ の 海 外 売 上 高 は BEA の
海 外 子 会 社 売 上 高 。海 外 子 会 社 は 、経 営 権 の 過 半 数 を 米 国 親 会 社 が 持
っており、親会社の業種区分が製造業である企業。
( 資 料 ) U.S. BEA、 Bloomberg
3-2 産業構造の変化
米 国 で は 、 1980 年 代 以 降 、 産 業 の サ ー ビ ス 化 が 進 み 、 名 目 GDP や
雇用者数に占めるサービス業のシェアが上昇したが、これと同時に、
製造業内部でも産業構造の変化が生じた。
や や 詳 し く 述 べ る と 、 1980 年 代 か ら 90 年 代 に か け て 、 コ ン ピ ュ ー
タ・電気機械における付加価値シェアが上昇しており、中でも半導体
などの電子部品やパソコンなどの通信機器といった技術集約的な分野
で シ ェ ア が 上 昇 し た ( 図 表 16)。 な お 、 2000 年 代 以 降 は 、 コ ン ピ ュ ー
タ・電気機械が引き続きシェアを高めたほか、化学や石油製品のシェ
アが大きく上昇した。このシェア上昇には、原油価格の上昇が寄与し
た面も大きいと考えられるが、バイオ関連分野やエネルギー関連分野
におけるイノベーションの創出も一定の貢献を果たしたと考えられる。
この間、世界的な競争が激化した自動車や、鉄鋼などを含む素材など
17
のシェアは低下した。
図 表 16
製造業内の付加価値シェア
①付加価値シェア(7 業種)
100
②累積変化幅
(%)
(1972年からの累積シェア変化)
20
その他
90
15
80
一般機械
70
10
航空機等
自動車
60
5
コンピュータ・電気機械
50
0
40
-5
素材
30
-10
20
化学、石油
石炭等
10
-15
0
-20
80
年
90
00
10
14
80
年
90
00
10
14
③ 付 加 価 値 シ ェ ア の 伸 び が 大 き い 業 種 ( 80 業 種 )
1位
2位
3位
4位
5位
197 0 年 代
198 0 年 代
石油製品
自動車
1990 年 代
半導体
その他電子部品
電子機器製造(探
電子機器製造(探
通信機器
査 、精 密 、医 療 等 ) 査 、精 密 、医 療 等 )
コンピュータ
医薬品
医薬品
及び周辺機器
半導体
航空宇宙
自動車部品
その他電子部品
半導体
タバコ
プラスチック製品
その他電子部品
2000 年 以 降
石油製品
基礎化学品
航空宇宙
医薬品
農業、建設、
鉱業用機械
( 注 )1.① ② は 米 国 鉱 工 業 生 産 指 数 ベ ー ス 。北 米 産 業 分 類 3 桁 を も と に 7 業 種
に分類。化学、石油石炭等は化学、医薬品、石油石炭、ゴム・プラス
チック製品。素材は金属、木材・紙パルプ、繊維。一般機械は電気設
備 、そ の 他 機 械 。航 空 機 等 は 自 動 車 を 除 く そ の 他 の 輸 送 機 械 。2014 年
の 値 は 、 1~ 9 月 の 値 の 平 均 値 。
2. ③ は 北 米 産 業 分 類 4 桁 で 80 業 種 に 分 類 。
( 資 料 ) FRB
3-3 輸出への影響
米国輸出は、概ね海外経済の伸び率を上回って推移している(図表
17① )。 海 外 GDP と 為 替 レ ー ト を 用 い て 輸 出 の 長 期 均 衡 値 を 試 算 す る
と 、国 際 競 争 力 が 低 下 し た 1980 年 代 半 ば に か け て 、輸 出 は 長 期 均 衡 値
と の 対 比 で 弱 め に 推 移 し た が 、 1990 年 代 に 入 る と 、 強 い 伸 び を 示 し 、
18
長 期 均 衡 値 を 上 回 っ て 推 移 し た ( 図 表 17② )。 な お 、 2000 年 代 以 降 、
輸出はほぼ長期均衡値なみの水準で推移しており、海外生産シフトが
一段と進むなかで、輸出は海外経済や為替レートに見合った水準を維
持してきたことが示唆される。
図 表 17
輸出の動きと長期均衡値からの乖離
① 実 質 輸 出 と 海 外 GDP
25
②輸出の長期均衡値からの乖離
(%)
実質輸出
20
(%)
20
15
海外GDP
10
15
5
10
0
5
-5
-10
0
-15
-5
-20
-10
-25
70
年
80
90
00
10
70 年
80
90
00
10
(注)②の長期均衡値からの乖離は実績値から長期均衡値を引いたもの。長期
均衡値は以下の式から算出。
lo g(実 質 輸 出 )=−0.47+1.69×log(海 外 GDP)+0.02× log(実 質 実 効 為 替 )
(0 .7 4) (0 .0 2)
(0.13)
推 計 期 間:1 968 /1 Q~ 20 14 /1 Q、修 正 決 定 係 数:0 .99、括 弧 内 は 標 準 偏 差( Newe y- West)
( 資 料 ) FRB/US
1980 年 代 か ら 90 年 代 に お け る 国 内 産 業 構 造 の 変 化 に 沿 っ て 輸 出 品
目の構成が変化したことが、当時の米国輸出の伸びを支えるひとつの
要 因 と な っ た と み ら れ る 。 実 際 、 1980 年 代 か ら 1990 年 代 に か け て 、
電 気・光 学 機 器 の シ ェ ア が 拡 大 し た ほ か 、R& D 集 約 的 な 財 や ハ イ テ ク
財の輸出が増加するなど、高付加価値製品の伸びが米国輸出を牽引し
た こ と が う か が わ れ る ( 図 表 18、 19)。
以 上 、 3- 1 節 か ら 3- 3 節 を 勘 案 す る と 、 米 国 製 造 業 は 、 事 業 の 選
択と集中や海外生産シフトなど様々な経営改革を進める過程で、雇用
吸収力を低下させたものの、収益力の向上や株価の上昇により消費や
設備投資など国内需要の喚起に寄与した可能性がある。また、こうし
た経営改革は、新たな製品の創出を促し、産業構造の変化や輸出の伸
びにつながった点で、米国経済の下支えに一定の貢献を果たした可能
性もある。
19
図 表 18
輸出における構成比変化
(%p,1980年からの累積変化率)
20
輸送機械
15
10
電気・光学機器
5
化学、石油製品等
0
素材
-5
一般機械
-10
-15
-20
飲食料品、その他
-25
80
年
90
00
10
(注)国際標準産業分類に基づき、製造業を 6 産業に分類。
( 資 料 ) OECD
図 表 19
R&D 集 約 財 、「 ハ イ テ ク 財 」 の 輸 出 シ ェ ア 等
① R&D 集 約 財 の 輸 出 シェア
② ハイテク財 の 輸 出
(%)
(1997年基準10億ドル)
40
1,000
35
800
30
600
25
400
20
200
15
0
アメリカ
日本
ドイツ
70 75 80 85 90 95 00 05
年
80
年
85
90
95
00
05
10
( 注 )1.① は 製 造 業 を 18 業 種 に 分 類 し 、R&D 対 売 上 高 比 率 が 高 い 上 位 5 業 種
の 輸 出 シ ェ ア( 1970~ 1985 年:輸 送 機 械 < 自 動 車 を 除 く > 、オ フ ィ ス
機 器 、通 信 機 器 、電 子 機 器 、医 薬 品 、1990~ 2005 年 は 輸 送 機 械 < 自 動
車 を 除 く > 、 オ フ ィ ス 機 器 、 通 信 機 器 、 医 療 用 機 器 、 医 薬 品 )。
2. ② の ハ イ テ ク 財 は 、 米 国 科 学 財 団 の 定 義 に よ り 、 1993~ 95 年 の 調 査
に お い て R&D に 関 わ る 就 業 者 の 割 合 が 全 産 業 平 均 の 2 倍 を 超 え る 業
種 の 財 。 ド イ ツ の 2002 年 以 降 に つ い て は 、 EU の 伸 び 率 で 延 長 。
( 資 料 ) OECD、 UN、 U.S. NSF
20
4.わが国製造業の取り組みとの対比
わ が 国 製 造 業 の 収 益 力 は 、1990 年 代 に 低 下 し た あ と 、2000 年 代 に 回
復傾向にあるが、米国製造業と比較すると依然として低位である(前
掲 図 表 1)。わ が 国 の 製 造 業 に お い て も 、経 営 改 善 に 向 け て 数 々 の 取 り
組みを行ってきており、その中には、かつての米国と類似したものも
少なくない。ただし、以下にみるとおり、たとえば、事業の選択と集
中や外部出身者によるガバナンスの度合いが米国製造業よりも低位に
とどまる傾向がみられる。
4-1 選択と集中
1970 年 代 に か け て の 米 国 製 造 業 と 同 様 に 、わ が 国 製 造 業 に お い て も 、
1980 年 代 後 半 か ら 本 格 化 さ せ た 事 業 の 多 角 化 が 、バ ブ ル 崩 壊 後 、不 採
算事業の増加につながり、収益力を低下させる一因となったことが指
摘 さ れ て い る 。 た と え ば 、 宮 島 ・ 稲 垣 ( 2003) の 実 証 研 究 で は 、 1990
年代前半、成熟企業を中心に収益性の低い多角化事業に投資が実施さ
れ、収益力を押し下げるなど「多角化ディスカウント」の存在を指摘
し て い る 。 ま た 、 青 木 ・ 宮 島 ( 2010) や 内 閣 府 ( 2008) の 上 場 企 業 決
算のセグメント情報をもとにした試算によれば、企業が抱える事業数
は 、1990 年 代 に 増 加 し た あ と 、2000 年 代 は 横 ば い な い し は 緩 や か に 増
加している。したがって、事業数の観点から、多角化傾向は一服した
と は い え 、全 体 と し て 選 択 と 集 中 が 進 ん だ か ど う か は 不 明 確 と い え る 。
ま た 、 金 ・ 長 岡 ( 2012) は 、 米 国 企 業 よ り も 日 本 企 業 の 方 が 、 事 業 部
門数が多く、ハーフィンダール指数でみた事業の集中度が低いことを
報告しており、米国と比べて、事業の選択と集中の度合いが低い可能
性 が 示 唆 さ れ る ( 図 表 20)。
21
図 表 20
わが国企業の事業部門数等
①1 社あたりの事業部門数
(事業部門数)
②特定事業への集中度
120
3
100
80
2
(%)
集中度が高い
↑
↓
集中度が低い
60
1
40
20
0
0
日本
米国
日本
米国
(注)値はサンプルの中央値。サンプル数は米国企業
2810 社 、日 本 企 業 997 社 。2006 年 の 値 。② は 事 業
部門別売上高のハーフィンダール指数。
( 資 料 ) 金 ・ 長 岡 ( 2012) を も と に 作 成 。
さらに、業績不振企業の退出や不採算事業からの撤退が活発とはい
えない点が、製造業全体の生産性を押し下げる方向に作用しているこ
と が 複 数 の 研 究 で 指 摘 さ れ て い る 。 権 ・ 金 ・ 深 尾 ( 2008) の 試 算 に よ
れば、生産性に及ぼす退出効果は負となっている。これは、業績不振
企業の退出や不採算事業からの撤退による生産性押し上げ効果が、高
生産性企業の海外移転による生産性押し下げ効果を下回っていること
が影響している可能性が指摘されている。このほか、前出の内閣府
( 2008) で は 、 上 場 企 業 決 算 の セ グ メ ン ト 情 報 か ら 業 績 不 振 事 業 か ら
の 撤 退 が 遅 れ て い る 可 能 性 を 示 し て い る 。さ ら に 、川 上・宮 川( 2013)
は、経済産業省「工業統計表」の個票データから、労働生産性の成長
は、企業の参入・退出効果よりも既存企業の製品転換効果の方が大き
い と し た う え で 、5 年 間 で 製 品 構 成 を 変 化 さ せ な か っ た 企 業 は 67%と 、
米 国 ( 32%) と 比 較 し て 大 き い と の 結 果 を 示 し て お り 、 選 択 と 集 中 を
通じた新製品の創出が米国よりも小さい可能性が示唆される 8。
8
わ が 国 に お け る 製 品 構 成 を 変 化 さ せ な か っ た 企 業 の 割 合 は 、1998 年 ~ 2003 年
の デ ー タ を 用 い て 計 測 さ れ て い る 一 方 、米 国 で は 、1987 年 ~ 1997 年 と な っ て お
り、両者の計測期間は一致しない点に留意が必要。
22
4-2 海外生産シフト
わ が 国 に お い て も 、近 年 、海 外 生 産 シ フ ト が 進 め ら れ て い る 。近 藤 ・
中 浜 ・ 一 瀬 ( 2014) が 指 摘 す る と お り 、 海 外 生 産 シ フ ト が 企 業 グ ル ー
プ全体の収益力向上に寄与している可能性がある。実際、わが国の海
外 直 接 投 資 収 益 率 は 、2000 年 以 降 、上 昇 す る 傾 向 に あ る が 、米 国 と 比
べ る と 幾 分 低 い 水 準 と な っ て い る ( 図 表 21)。 ま た 、 わ が 国 の 海 外 直
接 投 資 残 高 ( 対 GDP 比 率 ) が 大 き く 増 加 す る の は 2000 年 代 に 入 っ て
からであり、海外展開の本格化が他の先進国と比べて遅れた面は否め
な い ( 図 表 22① )。 こ の た め 、 海 外 展 開 の 度 合 い は 米 国 を は じ め 諸 外
国 よ り も 小 さ い も の に と ど ま っ て い る ( 図 表 22② )。
図 表 21
海外直接投資収益率
①わが国の海外直接投資収益率
10
②各国の海外投資収益率
(%)
10
(%)
9
8
8
7
6
6
4
5
4
2
3
イタリア
フランス
10
ドイツ
05
日本
00
英国
97 年
米国
0
2
( 注 )1.直 接 投 資 収 益 率 は そ の 年 の 直 接 投 資 収 益( 受 取 )を 前 年 末 お よ び 当 年
末 の 対 外 直 接 投 資 残 高 の 平 均 で 割 っ た も の 。 ② は 2000 年 ~ 2013 年 の
平均値。
2. 2006 年 以 降 は 、 IMF マ ニ ュ ア ル 第 6 版 ベ ー ス 、 2005 年 以 前 は 、 IMF
マニュアル第 5 版ベースに準拠。
( 資 料 ) IMF
23
図 表 22
海外直接投資残高
① 海 外 直 接 投 資 残 高 ( 対 GDP 比 ) ② 各 国 の 海 外 直 接 投 資 残 高 ( 対 GDP 比 )
25
(%)
80
(%、%p)
①1990年
20
60
②2012年
差分(②-①)
15
40
10
20
5
日本
平均
G20
豪州
10
米国
05
カナダ
00
ドイツ
年
95
フランス
0
90
英国
0
( 資 料 ) OECD
4-3 ガバナンス
ガ バ ナ ン ス の 面 で も 、多 く の 企 業 で 改 革 が 進 め ら れ て い る と は い え 、
取 締 役 や 最 高 経 営 責 任 者 ( CEO) の 外 部 登 用 比 率 が 米 国 対 比 で 低 い 点
が 指 摘 さ れ て い る 。 外 部 取 締 役 の 比 率 は 、1990 年 代 以 降 、一 貫 し て 上
昇 し て お り 、 2008 年 に は 10% 程 度 に 達 し て い る も の の 、 米 国 ( 85% )
と 比 べ て か な り 低 い ( 図 表 23① ② )。 ま た 、 外 部 か ら 登 用 さ れ た CEO
は 2012 年 時 点 で 3% ( 米 国 ・ カ ナ ダ : 22% ) に と ど ま る な ど 、 内 部 昇
進者中心の経営陣である企業が多く、大胆な経営改革を進めやすい形
態 と は な っ て い な い 可 能 性 が あ る ( 図 表 23③ )。
2- 2 節 で 指 摘 し た と お り 、米 国 企 業 を 対 象 と し た 実 証 研 究 に よ れ ば 、
企業によっては外部取締役の増員が収益性の観点で正の影響を及ぼす
可 能 性 が あ る 。 わ が 国 に お い て は 、 森 川 ( 2012) は 、 社 外 取 締 役 を 増
員すると生産性に正の効果があることを指摘している。また、宮島・
小 川 ( 2012) で は 、 企 業 情 報 の 取 得 が 容 易 で な い 企 業 で は 、 社 外 取 締
役の選任が企業パフォーマンスに有意な効果を持たない一方、成熟し
た大企業など企業情報の取得が容易な企業では正の効果を持つとの米
国の研究と類似の結果を導出している。これらを踏まえると、企業に
よっては、業績改善に向けてガバナンス体制を変化させる余地があり
得る。
24
図 表 23
わが国の社外取締役比率等
①わが国の社外取締役比率
12
(%)
90
②社外取締役比率
(%)
③ CEO の 外 部 登 用 比 率
25
(%)
80
10
20
70
60
8
15
50
6
85%
40
4
30
22%
10
7%
3%
20
5
2
10
0
0
0
97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08
年
日本
米国
日本
米国・カナダ
( 注 ) 1. ① は 上 場 企 業 に お け る 社 外 取 締 役 が 全 取 締 役 に 占 め る 比 率 。
2. ② は 2005 年 時 点 。 ③ は 2012 年 時 点 。
( 資 料 ) 齋 藤 ( 2011)、 Gordon (2007)、 Strategy& (2013)を も と に 作 成 。
5.まとめ
収 益 力 の 低 下 に 直 面 し た 米 国 製 造 業 で は 、 1980 年 代 か ら 90 年 代 に
かけて多方面にわたる経営改革を行い、収益力の向上を実現した。事
業の選択と集中や海外生産シフトを進める過程で、製造業の雇用吸収
力は低下したものの、収益力の向上は株価の上昇につながり、これを
通じた国内需要の喚起に一定の貢献を果たしたと考えられる。また、
こうした経営改革は、競争力の高い新たな製品や産業を生みだす原動
力にもなり、産業構造の速やかな転換や輸出の伸びにつながった可能
性がある。
わが国の製造業においても、米国と類似した経営改革が行われてき
ているが、企業によっては、選択と集中、海外進出、外部出身者によ
るガバナンスの度合いなどが米国製造業よりも低いものにとどまって
いる可能性がある。これが、製造業の収益力の抜本的な向上を阻み、
産業構造の転換スピードを緩慢なものとするひとつの要因となってい
る可能性を否定できない。収益力の一段の向上を目指す観点からは、
事業の選択と集中やガバナンス改革など、かつての米国製造業が行っ
た取り組み事例がひとつの参考となり得る。
以
25
上
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