メカトロニクス

第
1章
メカトロニクス
〜メカトロニクスとは〜
1.1 メカトロニクスの分野
メカトロニクス(Mechatronics)とは,機械工学(メカニクス,Mechanics)
と電子工学(エレクトロニクス,Electronics)の合成語であり,機械を電子回
路によって制御することを意味する.メカトロニクスを短くしたメカトロという
言葉もよく使われる.
メカトロニクスは,機械工学と電子工学をその基礎としている.さらに最近
のメカトロニクスでは,機械工学,電子工学とともに情報工学(informatics)
を含めて,その基礎が形成されている.
機械工学としては,より具体的には,機械力学,材料力学,熱力学,流体力
学,機構学,制御工学,システム工学,設計工学,ロボット工学などが関連し
ている.電子工学としては,電磁気学,電気工学,半導体工学,通信工学,計
測工学,無線工学などが関連している.さらに情報工学においては,計算機工
学,ソフトウェア工学,ネットワーク工学などが関連している.このように,
広い分野の知見が活かされてメカトロニクス領域が構成されている.
メカトロニクスの関連する分野も,多岐にわたる.例えば産業分野を列挙す
ると,情報・通信,家電,医療福祉,精密機械,自動車,産業機械,建設・土
木,航空・宇宙,重電と,軽いものから重いものまで,メカトロニクスの関連
しない機械を探すのが難しいほどである.
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第 1 章 メカトロニクス∼メカトロニクスとは∼
1.2 メカトロニクスの効果
従来メカニカルに動いていた機器が,メカトロニクス化された例は多い.身
近なものでも,タイプライタからプリンタへ,フィルムからデジタルカメラへ,
機械時計からクオーツ時計へ,バネばかりから電子天秤へ,などがある.自動
車は,メカトロニクス化が進んでいる最先端製品であろう.また最近現れた機
器,例えば情報機器やロボットなどは,初めからメカトロニクス製品として設
計されている.
メカトロニクス化することの効果は,以下の通りである.
1)柔軟性の向上
機器の特性を変更することができ,また一つの機器で多種多様な動作が実現
できる.
2)小型軽量化
プログラムで多様な動きが実現でき,複雑な機構が不要となるため,装置の
小型軽量化につながる.
3)高精度化
フィードバック制御により,誤差の低減,動作の高精度化,直線性の向上が
実現できる.また制御的に剛性を上げることができる.
4)高速化
フィードバック制御により,追従帯域を拡大することができ,動作の高速化
が実現できる.
5)信頼性の向上
機器の精度のばらつきを抑え,特性を均一化することができる.機械的摺動
部をなくすことで,信頼性の向上や長寿命化につながる.
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1.4 本書の内容
1.3 メカトロニクス機器の開発
メカトロニクス機器は,電子回路で制御された機械である.またその回路は,
近年ではほとんど回路上のマイクロコンピュータのソフトウェアにより制御さ
れている.したがってメカトロニクス機器は,機械(メカ)
,電子回路(エレキ)
,
プログラム(ソフト)の 3 つにより構成されていると言ってよい.メカトロニ
クス機器の開発では,機械技術担当,電子技術担当,プログラム担当の技術者
が協力することになり,それぞれ俗な言い方でメカ屋,エレキ屋,ソフト屋と
も呼ばれる.
製品を設計するに当たっては,メカ,エレキ,ソフトの 3 つが,それぞれど
の範囲をカバーするのか,最適な配分設計が必要である.例えばある動きを実
現する場合,カムやリンクを組み合わせて機械的に行う方式と,モータの回転
数を制御して制御的に行う方式が考えられる.フィードバック制御を行う場合,
アナログ回路で実現する方式と,ソフトウェアでデジタル制御を行う方式が考
えられる.必要な機能,コスト,設計の容易さ,保守性など,多くの要因を考
えてカバー範囲を決定する必要がある.メカ屋,エレキ屋,ソフト屋と守備範
囲を決めるのでなく,全体を理解しておかないと,これには対応できない.
本書は,特にメカ,エレキに関連する分野について,全体を俯瞰できる技術
者になって欲しいと,期待して書かれている.
1.4 本書の内容
メカトロニクス機器は,原理や設計の内容を理解しないとまず動かない.逆
に動かない機器でも,原理や設計の内容を理解して端からチェックすれば,必
ず動作する.本書は,その理解のための基礎知識を身に付けてもらうことを目
的としている.
メカトロニクスは,対象となる機器やシステムの状態を計測し,それを我々
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第 1 章 メカトロニクス∼メカトロニクスとは∼
の望むように制御することである.従って本書で扱う内容も,対象を計測する
技術と,計測した情報を用いて対象を制御する技術となる.
対象となる機器やシステムの特性を理解しようとするとき,最も直観的にわ
かりやすく基本となるのは,線形システムの考え方,その中で特に周波数応答
の考え方であると筆者は考えている.周波数応答とは,機器やシステムにある
周波数の入力があったときに,出力の振幅と位相がどう変わるか,を記述した
ものである.通常我々が扱う波形は,正弦波の重ね合わせで表すことができる.
そのため,周波数応答がわかっていれば,任意の入力信号が入ったときのシス
テムの出力を予測できる.ボード線図で表せば,その機器やシステムの周波数
特性が一目でわかる.本書では,ボード線図を用いて周波数特性をビジュアル
に確認しながら,周波数領域で設計する,ということを基本スタンスとしてい
る.
1.5 本書の構成
本書の構成は,以下の通りである.第 2 章では,連続時間(アナログ)系で
のシステムの考え方の基本を述べる.第 3 章では,計測の基本事項と,計測の
結果である信号の評価について述べる.第 4 章では,信号を処理するためのさ
まざざまな技術について述べる.第 5 章では,離散時間(デジタル)系でのシ
ステムの考え方の基本を述べる.第 6 章では,メカトロニクスの重要な要素で
あるセンサとアクチュエータの原理について述べる.第 7 章では,フィードバ
ック制御の基本について述べる.第 8 章では,メカトロ機器について,フィー
ドバック制御の実例を紹介する.本書の章立ては,この順に読んでいくと理解
しやすい,という順となっている.
図 1.1 は,メカトロニクスシステムの構成要素と,本書の章の関係である.
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1.5 本書の構成
第2章
第 3 ,6 章
第 3 ,4 章
アナログ
信号処理
センサ
制御対象
フィードバック
第 7 ,8 章
アクチュ
エータ
ソフトウエア
デジタル
信号処理
第5章
第 2 ,6 章
図 1.1 メカトロニクスの構成要素と本書の章関係
アナログ信号による計測までが必要なら第 2,3,4 章,フィードバック制御
が必要ならさらに第 7 章を読んでいただきたい.またデジタル信号で信号処理
を行うなら第 5 章を読んでいただきたい.実際のメカトロに出てくるデバイス
は第 6 章,実際の制御の例は第 8 章に記載されている.
よもやま話
フィードバックの出自
フィードバックの概念の出自は,メカの世界とエレクトロニクスの世界とでは異なっ
ている.メカの世界では,Watt の蒸気機関の遠心調速機(ガバナ)の発明にさかのぼる.
この調速機の安定性の解析から,自動制御の理論につながっている.それに対してエレ
クトロニクスの世界では,電話中継のための高性能増幅器から始まっている.非線形で
特性のバラツキや変動のある真空管を用いて,直線性が良くひずみが少ない増幅器を構
成するため,負帰還の考えが使われた.
感覚的な表現であるが,メカの世界でフィードバック制御をするときには,制御対象
の状態を一定に保つことや目標に追従させる,といったことを目的としている.それに
対しエレクトロニクスの世界でのフィードバック制御は,デバイスの特性のバラツキを
抑圧することや直線性を確保すること,を目的としている.実際には両者は同じことな
のであるが.
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第 1 章 メカトロニクス∼メカトロニクスとは∼
よもやま話
テスターを使ってはいけない
研究室に入ってきた新人には,いつもこう言っている.
計測では,刻々と変化していく信号が意味を持っている.どんな周波数成分なのか,
ノイズはどれくらいか,ドリフトがあるのか….しかしテスターでは,この信号の動的
な変化が全くわからない.特に針式のアナログテスターより,最近のデジタルテスター
が最悪である.
信号のチェック,回路のチェックには,必ずオシロスコープを使うよう,口うるさく
言っている.オシロスコープでは,信号の動的な振る舞いが一目瞭然だからである.し
かしオシロスコープを使うのは面倒らしく,なかなか使ってくれない.ふと見ると,み
んなテスターを手にしている.
しょうがないので「実験室にあるテスターは全部捨てよう」と主張しているのだが,
学生さんたちの強硬な反対にあって未だ実現できていない.
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