2013年度 博士学位申請論文 (要 主査 論 小西 文 約) 範幸 題 教授 目 統合財務報告制度の形成 Towards the Development of an Integrated Financial Reporting System 古庄 修 論文要約 古庄 修 本 論 文 (『 統 合 財 務 報 告 制 度 の 形 成 』 中 央 経 済 社 、 2012 年 3 月 刊 行 ) は 、 ナ ラ テ ィ ブ報告をめぐる問題が現代会計学におけるひとつの 重要な研究課題であることを認識 して、ナラティブ報告を基軸として財務報告の範囲と境界をめぐる問題に接近し、そ の制度化の経緯と理論的枠組みを検討した。 本 論 文 は 、第 Ⅰ 部「 M C・O F R・M D & A 開 示 制 度 の 形 成 と 展 開 」と 、第 Ⅱ 部「 財 務報告の境界問題と統合財務報告制度の課題」から構成される。 第Ⅰ部(第 1 章~第 5 章)においては、IASBが提起した経営者による説明(M C )、 英 国 に お け る 営 業 ・ 財 務 概 況 ( O F R )、 お よ び 米 国 に お け る 経 営 者 に よ る 討 議 と分析(MD&A)の開示制度の形成過程やその経路依存性の特徴を、企業報告の漸 進的な発展のなかで捉え、財務諸表の補足機能の拡大および補完機能の変容の観点か ら比較制度論を展開した。 また、第Ⅱ部(第6章~終章)においては、統合報告の制度化をめぐって財務報告 制 度 に お い て も 共 有 し う る 論 点 で あ り な が ら 、そ の 論 点 自 体 が 明 確 に さ れ る こ と な く 、 これまでわが国の会計学研究において必ずしも焦点が当てられてこなかった 問題、す なわち財務報告の境界をめぐって提起された非GAAP測度の会計規制、財務諸表と ナラティブな情報が財務報告の目的および質的特性を共有することの意味、注記とナ ラティブな情報の境界をめぐる配置規準の設定等の課題、ナラティブな情報に係る信 頼性の保証問題およびビジネス・モデルの開示を基礎として財務報告と連係する統合 財務報告制度の形成、および統合報告とナラティブな情報の 位置づけと連係の在り方 に係る類型化に基づく考察が網羅されている。 第 1 章では、これまで財務報告制度に改善を求めて英米において提唱されてきた企 業報告モデルの特徴を概観したうえで、財務諸表と財務諸表外情報の相互関係を概念 フレームワークの共有および財務諸表外情報の補足機能または補完機能の観点から類 型 化 し 、ナ ラ テ ィ ブ 報 告 の 機 能 や 役 割 が 英 米 間 で 異 な る こ と を 明 ら か に す る と と も に 、 統合財務報告制度の形成に係る視点とアプローチの方法について検討した。 ここに財務諸表を補足するという場合、財務諸表上の金額に係る追加的な説明およ び財務諸表上の結果に係る情況や事象を説明することを意味する。また、補完すると は、財務諸表には表示されないような報告実体と業績に関する財務情報および非財務 情報を提供することと定義しうる。両者の概念上の区別は本論文の議論の鍵となる点 1 で重要である。 第 2 章では、財務報告の体系の再編成 をめぐる国際的動向として 、財務報告の枠組 みのなかに財務諸表外情報を明示的に位置づける提案を行ったIASBの実務意見書 の到達点とその公表に至る議論の経緯を詳細に検討し、IASBが提起した財務報告 の範囲とナラティブな情報たるMCの位置づけ、およびIASBが当該開示領域に関 与する際の正統性の根拠を検討し、そのうえで実務意見書の構成と内容を詳説した。 また、このようなIASBの新たな取り組みに対する利害関係者間の財務報告の体系 に係る認識の相違を浮き彫りにしている。特に、わが国の企業会計基準委員会(AS BJ)を始めとする諸機関のコメント・レターを通読することにより、財務報告の範 囲に係る認識はIASBの提案とは対照的であり、IASBがMCに係る開示基準な いし指針の設定に取り組むことに対してASBJの消極的な態度を指摘し、わが国に おいては議論の前提となる財務報告の定義およびその構成要素が明確でないことを明 らかにした。 第 3 章では、IASBのMCに係る議論に重要な影響を与えている 英国におけるO FR開示制度の形成過程について、当初は英国版MD&Aと称され、財務諸表の補足 機能を強調したOFR開示の導入経緯と背景およびその意義を検討するとともに、 2003 年 意 見 書 と 1993 年 意 見 書 と を 比 較 検 討 す る こ と に よ り 、 そ の 後 の 英 国 独 自 の 財 務諸表の補完機能の拡充に伴うOFRの役割期待の変化 を考察した。また、財務報告 の枠組みにおける財務諸表とOFRの関係に焦点をあて、英国では財務報告に係る公 式の概念フレームワークにおいてアニュアル・レポートと概ね同様の財務報告の範囲 を想定して、財務諸表の附属情報として明示的にOFR開示が位置づけられているこ とを明らかにするとともに、補完機能の拡大に伴い、OFRを通じて財務業績の範疇 を超えた業績情報が財務報告の枠組みに介入する可能性―OFRのごみ箱化―を指摘 した。 第 4 章では、特に財務報告と企業統治の関係を財務報告制度の形成を捉える基本的 な視点として示し、IASBが提案するMCが英国モデルを基礎としてそのフレーム ワークを形成している点に注目した。MCと英国のOFRの間には開示基準の形式を 超えて、財務報告の範囲に基本的な相違があることを指摘するとともに、 今日の統合 報告に係る提案の背景には、英国モデルを典型とする財務諸表の補完機能の拡充が、 財務報告の目的に照らして財務報告の枠組みの再編成を促す契機となっていることを 英国会社法に取り込まれたナラティブな情報の開示規定の検討を通じて明らかに した。 第 5 章では、一転して米国におけるMD&A開示制度の 変容について検討した。特 に本章は、MD&A開示制度の導入期を捉えて原初的な財務諸表の補足機能を MD& Aの特徴として説明してきた先行研究の知見に対して、 いわゆるエンロン問題後に制 定されたサーべインズ・オクスリー法(SOX法)を契機とするMD&A開示の制度 的な拡充に焦点をあてることにより、現代会計の変化に歩調を合わせたMD&Aの変 2 容および英国のOFRとの相違点について考察した。具体的に、ひとつはオフバラン ス取引に係るMD&A開示問題として、特別目的事業体(SPE)の連結をめぐる財 務諸表(注記)とMD&Aの相互関係の形成について、もうひとつは公正価値測定 に 係る補足情報として、財務諸表(注記)とMD&Aの関係が変質してきたこと ―MD &Aの注記化および注記のMD&A化―を説明した。また。このような開示に基づく 公正価値測定の信頼性の確保を意図して、開示の局面が重層化するとともに、MD& A自体の信頼性に係る保証の枠組みに変化が生じてきたことを企業組織の在り方に係 る問題とともに指摘した。 第 6 章は、財務報告の境界をめぐる問題のひとつとして、プロフォーマ情報ないし 非GAAP測度と呼ばれる財務諸表外情報の開示問題を取り上げて、こ れをSOX法 を根拠とする米国SECの会計規則の展開として意義づけ、説明した。ここでは、S ECはなぜ非GAAP測度の開示を禁止するには至らなかったのかという点に焦点を あて、実証研究のサーベイをふまえて非GAAP測度に一定の有用性が認められるこ とに注目し、これを排除するのではなく、非GAAP測度の開示の場としてMD&A が制度的に選択されていることの意味を会計規制の外延的な拡大に関連づけて説明し た。 続く第 7 章では、EU市場における非GAAP測度(代替的業績測度 (APM)と いう)の開示実態を捉えて、ヨーロッパ証券規制当局委員会(CESR)のAPMの 開示に係る勧告の特徴を検討した。すなわち、業績報告の在り方についてIASBの 役割を補完するものとみなしうるCESRの勧告は、必ずしもAPMの開示を妨げな い点で米国における開示規制の意図や内容とも相違している。本章では、非GAAP 測度の開示が財務諸表を補完する一定の役割を担うのであれば、非GAAP測度をど のように開示するのが適切であるのかという問題を提起した。すなわち、わが国にお いては公的・強制開示の領域に議論が集中してきたために、そもそもかかる問題にア プローチする視点を欠いており、本章は、EU市場におけるナラティブな情報の開示 を通じたGAAP測度とAPMの共存関係の存在を明示することにより、財務報告の 枠組みと配置の在り方に係る問題の所在を具体的に提起している。 第 8 章では、IASBにおけるMCに係る開示基準ないし指針の設定をめぐる議論 を手がかりとして、財務諸表がMCのようなナラティブな情報と概念フレームワーク を共有することの意味について考察した。とりわけわが国においては、MC、OFR およびMD&Aのようなナラティブな情報を明示的に位置づけて 財務報告に係る概念 フレームワークを検討することがこれまで行われてこなかった。しかし、IASBと 財務会計基準審議会(FASB)の共同プロジェクトを通じて示された概念フレーム ワークにおいては、財務諸表とナラティブな情報が財務報告の目的および財務報告情 報の質的特性を共有すると考えられていることを指摘する必要がある。また、財務報 告 の 構 成 要 素 の 区 分 に 係 る 議 論 と し て 、 財 務 諸 表 (注 記 )と ナ ラ テ ィ ブ な 情 報 の 線 引 き 3 を行う場合の両者の機能の基本的な相違に焦点をあてることにより、注記とナラティ ブな情報を適切に配置するための適用可能な規準―配置規準―の意義と必要性を検討 した。言うまでもなく注記の範囲が決まればそれ以外の開示情報が自動的に財務報告 の枠組みにおけるナラティブな情報として収容されるわけではない。また、財務諸表 の構成要素および認識規準だけでは財務報告の枠組みにおいてナラティブな情報は画 定できず、財務諸表(注記)とナラティブな情報を用いた開示要求にお いて首尾一貫 性の欠如や重複を招来していることを問題点として示した。 第 9 章は、第 4 章において提起したナラティブな情報に係る保証問題を、改めて英 国のOFR開示制度の形成過程をふまえて検討した。英国では会社法の改正論議のな かでOFRに係る信頼性の保証の在り方が議論されてきた経緯がある。本章では、英 国における当該保証問題に係る制度的枠組みの到達点と課題を説明 した。このような 保証問題が監査の問題としてのみ捉えられるのではなく、特に企業組織における 自律 的に形成されるナラティブ報告の作成プロセス(創出機構)の在り方および英国の会 計基準設定主体に組み込まれている監視機能について説明し、今後の研究に向けてそ の基礎となる考察を行った。 第 10 章 で は 、 統 合 財 務 報 告 制 度 の 形 成 を 構 想 し 、 統 合 報 告 と 連 係 し た 財 務 報 告 の 体系的な枠組みを検討する場合、その基礎として両者が共有しうるビジネス・モデル 概念とその開示の意義を先行する英国における動向を中心に考察した。すなわち、金 融危機に対する対応として、最近の金融制度改革と連動した企業統治の改革において ビジネス・モデルに係る説明責任が明確化されて、英国の財務報告制度に位置づけら れていること、またそうした英国における公的・強制開示化の経験がIASBにおけ る財務報告の体系化をめぐる議論にも強い要請となって表れている。本章は、財務諸 表、注記およびナラティブな情報が一体となって財務報告の目的を果たすために、ビ ジネス・モデル自体の開示がそのプラットフォームとなっていわゆる制度化を指向し てきた事実を見出すとともに、ビジネス・モデルを基礎とした統合財務報告制度の形 成に向けて財務報告と統合報告の共通の課題を提起した。 終章は、本論文における議論の到達点を総括するとともに、IIRCが提起した財 務情報および非財務情報の統合を図るとする統合報告の今後の行方について、 環境報 告書、CSR報告書あるいは持続可能性報告書等の独立した非財務報告書と、当該報 告 書 を 源 泉 と し て 統 合 が 意 図 さ れ る 社 会・環 境・ガ バ ナ ン ス( S E G )情 報 の 関 係 が 、 財務報告の枠組みにおけるナラティブな情報とどのように連係し、 位置づけられるの かを類型化の観点から検討した。本章は、統合報告をめぐる議論が財務諸表の限界を 指摘するだけでなく、財務諸表をどのように位置づけ、あるいは吸収しようとしてい るかを明確にしない限り、財務報告の枠組みの側から非財務報告にアプローチするこ とは困難であることを指摘し、本論文の結論に基づき、統合財務報告制度の構築に向 けた課題を明確にした。 4 以上述べたように、 本論文は、現代の財務報告制度において 、ナラティブな情報が 果たすとされてきた財務諸表の補足から、先行業績指標としての非財務情報による財 務諸表の補完へと重点移行が認められ、しかもその補完機能の変容とともに、現在の 会計規制の外延的な拡大に繋がっていることを明らかにした。 また、本論文は、かかる変容の意味を平板なナラティブ報告制度の国際比較論とし てではなく、統合財務報告制度の形成過程に関連づけて考察した。財務報告と統合報 告を対立的に位置づけるのではなく、企業報告の連続的な変化と発展の過程において 財務諸表、統合報告および非財務報告が連係した統合財務報告の制度化を構想し、か かる視座から財務諸表とナラティブな情報との相互関係 を多面的に考察することによ り、本論文が研究課題として提示した統合財務報告に係る制度形成の方向が明らかに されたと考える。 5
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