コーポレートガバナンス改革における社外取締役の重要性

EY Institute
コーポレートガバナンス改革における
社外取締役の重要性
EY総合研究所(株) 未来経営研究部 副主任研究員 西川友恵
• Tomoe Nishikawa
早稲田大学 政治経済学部 卒業。アムステルダム大学 社会行動学部 修了(コミュニケーション学修士)
。日本で専門紙記者、オランダで大
手会計事務所の税務コンサルタント、ジャパンデスクを経て2014年4月より現職。オランダ国税務申告代行業有資格。現在の研究テーマ
は「意思決定プロセスに注目したグループ経営およびグローバル経営」
。
Ⅰ はじめに
「株主等が企業経営者の前向きな取組を積極的に後押
しする」として打ち出して以降、さまざまな制度改革
近年、コーポレートガバナンスをめぐっては、アベ
が進みました。
ノミクス「第三の矢」としての成長戦略における重要
本稿では、特に社外取締役を取り上げます。まず東
テーマとして、多くの改革が矢継ぎ早に実施されてき
京証券取引所(東証)は14年2月、最低1名の社外取
ました。アベノミクス2年目の2015年は、その真価
締役を独立役員に指定する努力義務を上場規程に盛り
=実現力が問われる年ともいえます。今後、コーポ
込みました。さらに、同年6月に成立した改正会社法
レートガバナンスへの注目がさらに高まることは間違
により、上場会社は社外取締役の選任がない場合、株
いないでしょう。
主総会などで「社外取締役を置くことが相当でない理
そこで本稿では、コーポレートガバナンス改革にお
由」の説明義務が発生します。また、現在策定中の
ける社外取締役への期待と現状を取り上げます。まず
コーポレートガバナンス・コード(CGコード)は、社
近年のガバナンス改革のうち、社外取締役に関わる施
外取締役の人数として最低2名、望ましい水準として
策と背景を説明します。次に、社外取締役の活用につ
3分の1を掲げています。これらを受けて対応を迫ら
れる上場会社は相当数あるでしょう。(<表1>参照)
いて、上場企業全体および業種別の状況を確認しま
す。さらに、社外取締役の選任状況と自己資本利益率
(ROE)、株価純資産倍率(PBR)の関係を分析します。
2. 社外取締役に対する期待
日本では従来、経営陣が大部分を占める取締役会が
業務執行の妥当性を判断するなど経営のかじを取る一
Ⅱ コーポレートガバナンス改革と社外取締役
の活用
方、監査役会が取締役会の適法性を監査する体制を
採ってきました。今回の改革における社外取締役関連
の施策の充実には、「業務執行の妥当性」の監督を強
1. アベノミクスの第三の矢
コーポレートガバナンス改革は、一連の経済政策で
める意図があります。経営陣が中心の取締役会では、
この監督機能が十分でないとの批判があるためです。
あるアベノミクスのうち、第一の矢「大胆な金融政
投資家の目に常にさらされ、成長を続けることが求
策」、第二の矢「機動的な財政政策」に続く第三の矢
められる欧米の上場会社にとって、社外取締役の設置
「民間投資を喚起する成長戦略」の施策です。「日本再
は当然のことと考えられています。そこでの社外取締
興戦略 -JAPAN is BACK-」(13年6月14日発表)が
役は、企業関係者と利益相反のない公正な観点で経営
6 情報センサー Vol.102 March 2015
▶表1 社外取締役に関わる具体的な取り決め
適用開始(実務上の適用開始)
2014年2月(適用中)
根拠規制(主体)
上場規程第445条の
4(東証)
主な内容
上場企業は社外取締役のうち最低1名を一般株主と利益相反のない独立役員
として届け出る
2015年5月(2015年総会)
会社法第327条の2
(法務省)
選任がない場合は株主総会で「社外取締役を置くことが相当でない理由」の
説明義務
2015年5月(2016年総会)
会社法第2条15号
(法務省)
社外取締役の定義独立性要件を厳格化
2015年5月(2015年総会の招集
決定が4月中なら2016年総会)
会社法施行規則
74条の2(法務省)
2015年5月(2015年3月期事業報 会社法施行規則
告の作成が4月中なら2016年3月 124条(法務省)
期事業報告)
2015年6月(2015年総会)
社外取締役の選任がない場合は株主総会参考資料に「社外取締役を置くこと
が相当でない理由」の記載義務。社外監査役が2名以上いることは理由にな
らない
社外取締役の選任がない場合は事業報告に「社外取締役を置くことが相当で
ない理由」の記載義務。社外監査役が2名以上いることは理由にならない
CGコードに基づく
独立社外取締役を少なくとも2名選任。企業規模などから独立社外取締役を三
改訂上場規程(東証) 分の一以上にする必要があると考える企業は、そのための取り組み方針を開示
出典:施策主体公表資料などからEY総合研究所(株)作成
* CGコードに関する記載は2014年12月12日公表の原案に基づく。
を監督し透明性を高め、時には積極的にリスクを取る
ません。業種別では、資源・エネルギー、医療医薬・
姿勢を経営陣に促すことが期待されています。
バイオ、物流・運輸などで独立取締役が多い傾向が見
成長戦略(「日本再興戦略」改訂2014)によると、
コーポレートガバナンスの強化に当たって、日本の現
られます。一方、建設・不動産、商社・卸売、外食・飲
食サービスなどでその人数が少ない傾向があります。
況は「コーポレートガバナンスを発揮させる環境を更
に前進させ、企業の『稼ぐ力』の向上を具体的に進め
2. 社外取締役とROE
る段階に来」ています。更に、この「稼ぐ力」の目安
では成長戦略が期待するように、社外取締役の選任
として「グローバル水準のROEの達成」を、成長戦
が多い会社ほど、ROEは高いと言えるのでしょうか。
略は挙げています。また、社外取締役への期待につい
次ページの<図1>では、独立取締役の数に注目して、
ては「社外取締役の積極的な活用を具体的に経営戦略
全業種および業種別にROEとの関係を調べました。
の進化に結びつけていく」としています。成長戦略は、
左端の全業種平均を見ると、独立取締役の数が多
社外取締役の積極的な活用がROEの向上につながる
いとROEも高い傾向が若干あるようです。業種別で
と期待しているといってよいでしょう。
は、前出の<表2>で独立役員数が多い傾向があった
資源・エネルギー、医療医薬・バイオ、物流・運輸な
どで、独立取締役数が多いほどROEが高い傾向が見
Ⅲ 社外取締役数とROE、PBR
られます。一方、外食・飲食サービスやその他サービ
スは逆の傾向が明らかで、業種によってかなりばらつ
1. 業種別に見る社外取締役の選任状況
きがあります。
で は 実 際 に、 社 外 取 締 役 を 積 極 的 に 活 用 す れ ば
以上から、成長戦略の期待どおり社外取締役の活用
ROEの向上につながるのでしょうか。まず、社外取
締役の選任状況を見てみましょう。次ページの<表2>
がROE向上につながる傾向は、全体としては見られ
るものの、業種によって大きな差があるのが実際のよ
は、社外取締役を選任していない上場会社の割合と、
うです。背景として、優良企業が更なるステップアッ
社外取締役を選任している会社において、そのうち独
プを目指すといった前向きな理由で社外取締役を活用
立役員(以下、独立取締役)として届け出のある数が
するケースと、業績悪化や不祥事などに苦しむ会社が
0~3名以上の上場会社の分布を調べたものです。合
計では76 %の会社で社外取締役が選任済みですが、
複数の独立取締役を届け出ている会社は22 %にすぎ
外部の圧力を受けて社外取締役を導入するケースが混
在している可能性も指摘されます。少なくとも現時点
では、成長戦略が期待する「社外取締役の活用による
情報センサー Vol.102 March 2015 7
EY Institute
▶表2 業種別・社外取締役数の分布
業種
社外取締役選任なし
資源・エネルギー
社外取締役のうち
独立取締役0名 同1名
同2名
同3名超
12%
42%
24%
15%
6%
素材
28%
8%
46%
13%
5%
機械・エレクトロニクス
24%
12%
39%
16%
9%
輸送機器
26%
12%
43%
15%
3%
食品
19%
14%
42%
19%
7%
生活
28%
6%
36%
19%
10%
医療医薬・バイオ
18%
12%
35%
17%
18%
建設・不動産
34%
12%
40%
11%
3%
商社・卸売
29%
14%
44%
10%
3%
小売
31%
21%
33%
7%
8%
外食・飲食サービス
33%
7%
53%
7%
0%
9%
7%
54%
15%
16%
物流・運輸
18%
10%
32%
27%
14%
情報・通信・広告
16%
19%
46%
14%
6%
サービス
21%
21%
38%
12%
8%
全業種
24%
12%
42%
14%
8%
金融
出典:東証一部上場企業データから抽出し、EY総合研究所(株)作成(15年1月9日現在)
* 端数処理のため、合計が100とはならない業種を含む。
▶図1 業種別・独立取締役数とROE
(%)
10
5
ス
告
ビ
ー
サ
・
広
輸
報
・
通
信
・
運
融
金
流
情
外
物
ス
食
・
飲
食
サ
ー
ビ
売
小
売
・
卸
産
社
商
設
・
不
イ
バ
建
・
薬
医
医
療
動
オ
活
生
品
食
器
送
輸
ク
ニ
ロ
機
械
・
エ
資
レ
源
・
ク
ト
エ
機
ス
材
素
ー
ギ
ル
ネ
全
業
種
0
0名
1名
2名
3名以上
出典:東証一部上場企業データから抽出し、EY総合研究所(株)作成(15年1月6日現在)
* 社外取締役の選任がある企業からROE -100%~100%でスクリーニングした中央値
ROEの向上」は道半ばといえるでしょう。
独立取締役の関係についても見てみましょう。<図2>
では、全業種および業種別の独立取締役数とPBRの
3. 社外取締役とPBR
関係を調べました。
前述のとおり、成長戦略はROEの向上を掲げていま
全業種の平均を見ると、独立取締役数が多い方が
す。このことから、明記こそされていないものの、成長
PBRが高いという関係が<図1>以上に明確になって
戦略が資本市場の評価を重視していることは明らかで
います。また業種別で見ても、やはりばらつきはあり
す。そこで資本市場の評価(株価バリュエーション)と
ますが、同様の傾向を見て取ることができます。理論
8 情報センサー Vol.102 March 2015
▶図2 業種別・独立取締役数とPBR
(倍)
3
2.5
2
1.5
1
0.5
ス
告
ビ
ー
サ
・
情
報
・
通
信
・
流
広
輸
運
融
物
ー
金
ス
ビ
売
外
食
・
飲
商
食
社
サ
卸
・
小
売
産
不
建
設
・
バ
・
医
療
医
薬
動
オ
イ
活
生
品
機
送
輸
ニ
ロ
食
器
ス
ク
材
素
ト
ク
レ
エ
機
械
・
資
源
・
エ
ネ
全
ル
業
ギ
種
ー
0
0名
1名
2名
3名以上
出典:東証一部上場企業データから抽出し、EY総合研究所(株)
作成(15年1月6日現在)
* 社外取締役の選任がある企業からPBR 0~10倍でスクリーニングした中央値
上、株価は中長期的な業績への期待度も織り込んで形
成されることを考慮すると、一定時期の業績を示す
ROEより、PBRの方がコーポレートガバナンスを反
映するはずです。もちろん、さまざまな解釈が可能で
お問い合わせ先
EY総合研究所(株) 未来経営研究部
E-mail:[email protected]
すが、今回の分析に限って言えば、資本市場はコーポ
レートガバナンスに力を入れる企業の将来性に対して、
より高い期待を与えているとも考えられます。
Ⅳ おわりに
コーポレートガバナンス改革が重視する社外取締役
の活用は、経営における「業務執行の妥当性」の監督
を強化し、経営の透明性とともに企業の成長性を高め
ることを目指すものです。しかし、同改革が期待する
社外取締役の活用によるROE向上は、いまだ明確で
はなく、今後、成果が表れるかを見守る必要がありそ
うです。一方、社外取締役の活用とPBRの関係には、
コーポレートガバナンス改善への期待もうかがえます。
コーポレートガバナンスは、予測が難しい環境変化
やリスクがあふれる世界で、企業価値の向上を継続す
るために生まれました。それぞれの企業は、法改正な
ど規制強化への対症療法ではなく、企業価値を高める
仕組みとして、コーポレートガバナンス改革と向き合
うべきでしょう。
情報センサー Vol.102 March 2015 9