新たな収益認識基準の概要

IFRS実務講座
新たな収益認識基準の概要
第2 回
ステップ2:履行義務の識別
IFRSデスク 米国公認会計士 下村昌子
• Masako Shimomura
2006年、EYロンドン事務所駐在を経て、08年からIFRS関連業務に従事。EYグローバルIFRS論点グループメンバー。主な著書(共著)
、
『完全比較 国際会計基準と日本基準』
『国際会計基準
に『IFRS 国際会計の実務 International GAAP』(レクシスネクシス・ジャパン)
表示・開示の実務』
(清文社)などがある。
Ⅰ はじめに
る黙示的な約束(例えば製品販売に際し提供される1年
間の無償保守サービス)も考慮することが必要です。
収益認識新基準に関する本実務講座の第2回は、
「ス
テップ2:履行義務の識別」について解説します。な
お、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であること
をお断りします。
2. 個別に会計処理すべき履行義務の識別
契約内の全ての財又はサービスが識別されたら、次
に、それらの中でどれが履行義務に該当するのかを判
断しなければなりません。この判断は「区別可能性」
という概念に基づき行われ、財又はサービスは、以下
Ⅱ ステップ2:履行義務の識別
の両方のステップの要件を満たす場合に区別できると
されています。
新たな収益認識モデルのステップ2では、顧客との
契約に含まれる財又はサービスのうち個別に会計処理
すべき財又はサービス(履行義務)を識別します。履
行義務の適切な識別は当該モデルの重要な要素です。
(1)ステップ1:個々の財又はサービスのレベルでの
区別可能性
ステップ1では、各財又はサービスの特徴に着目し、
というのも、契約対価は各履行義務に配分され、各履
それらを使用、消費又は売却することにより顧客が経
行義務が充足された時点で当該配分金額で収益が認識
済的便益を得られるか否かを検討します。
されるからです。すなわち、履行義務はIFRS第15号
を適用する際の会計単位であり、この判断により収益
認識の時期と金額に影響が及ぶことになります。
1. 契約に含まれる全ての財又はサービスの特定
IFRS第15号では、履行義務とは区別できる財又は
サービスを移転するという顧客との契約における約束
と定義されています。
IFRS第15号では、以下の要件を満たす場合、その
財又はサービスは区分できるとされています。
顧客が財又はサービスからの便益をそれ単独で
又は容易に入手可能な他の資源と一緒にして得る
ことができる
なお、市場で経常的に単独で販売されている財又は
サービスは、通常この要件を満たすと考えられます。
企業は契約開始時点で契約を分析し、契約内の全て
また、容易に入手可能な他の資源としては、市場で個
の財又はサービスを識別しなければなりません。この
別に販売されている又は顧客が当該契約の下ですでに
際、契約上明示された約束だけでなく、商慣習などによ
取得済みの財又はサービスなどが該当します。
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(2)ステップ2:契約の観点からの区別可能性
ステップ2では、ステップ1の要件を満たす財又は
サービスが、契約の観点から契約内の他の財又はサー
ビスから区別して識別できるか否かを判断します。こ
こでは、顧客の観点から契約対象物が何であるのかを
考えていきます。
IFRS第15号では、この判断に際し検討すべき要因
として以下の三つを挙げており、これらの要因が存在
する場合、当該財又はサービスは契約内の他の財又は
サービスから区別して識別できることが示唆されます。
• 契約対象物を創出するために、当該財又はサー
ビスを契約内の他の財又はサービスと統合する
重要なサービスが提供されていない。
• 当該財又はサービスは、契約内の他の財又はサー
単一の製造ラインとして稼働するように当該機械をB社工
場の他の機械等と統合することが含まれる。なお、複数の
企業が同様の据付サービスを提供している。
当該契約には1年間の保守サービスも含まれるが、1年間
につき10万円で延長できる。
この契約には、機械、据付サービス及び保守サービ
スの三つの要素が含まれていますが、<表1><表2>
でそれぞれが区別できるか否かを検討します。
▶表1 ステップ1:個々の財又はサービスのレベル
での区別可能性
財又はサービス
機械
分析
区別可能性
据付を行わないと使用できないが、
他の企業から据付サービスを購入す
ることにより使用可能
○
ビスを著しく改変又はカスタマイズしない。
据付サービス
他の企業が個別に販売
○
• 当該財及びサービスは、契約内の他の財又はサー
保守サービス
年間10万円で契約更新が可能であ
り、A社により個別に販売
○
ビスと相互関連性又は相互依存性が高くない。
一つ目の要因について、例えば本社ビルの請負建設
工事を考えてみると、当該契約の下では建設資材や躯
▶表2 ステップ2:契約の観点からの区別可能性
財又はサービス
機械
据付サービス
上記参照
保守サービス
機械は保守サービスがなくとも使用
でき、両者の相互関連性は低い
の顧客に対する主な約束は、これらの財又はサービスを
契約対象物(顧客仕様の本社ビル)に確実に統合するこ
とにあり、その過程でこれらはインプットとして使用さ
れているにすぎず、互いから区別して識別できません。
区別可能性
据付サービスにより当該機械とB社
×
工場のその他の機械等が顧客仕様の
単一の製造ラインに統合されており、 据付サービス
その過程で当該機械は大幅にカスタ との組合せ
マイズされている
体工事など、その特徴に基づけば区別できる数多くの
財又はサービスが顧客に提供されます。しかし、企業
分析
上記参照
○
二つ目に関しては、例えば企業が顧客にソフトウエ
アと顧客の既存システム・インフラで機能するように
特にステップ2における契約内の複数の財又はサー
当該ソフトウエアをカスタマイズするサービスを提供
ビスの相互関連性とその程度の評価が、それらが区別
する場合、ソフトウエア及びカスタマイズサービスは
できるのか否かの判断に際し、非常に重要であり、当
契約対象物(統合システム)を創出するためのイン
該評価により類似の契約であっても、その結論が変わ
プットとして使用され、結合されます。そのため、これ
る可能性があります。
らを移転する約束は互いから区別して識別できません。
最後の要因は、例えば顧客が契約内の他の財又は
サービスに重要な影響を与えることなく、ある財又は
Ⅲ おわりに
サービスを購入しないことを選択できないような場
合、通常それらの相互関連性や相互依存性が高く、互
いから区分して識別できません。
• 設例 区別できる財又はサービス
【前提】
A社はB社と機械の製造販売とその据付を行う契約を締結
する。
A社は常に機械と据付サービスをセットで販売している。
機械は据付を行わないと使用できない。据付サービスには、
複数要素契約において各要素を個別に会計処理すべ
きか否かは、現行IFRSではほとんどガイダンスが提
供されておらず、実務上ばらつきが生じている分野と
いえます。区別可能性という新たな概念の適用により、
現行実務とは異なる履行義務が識別されることになる
可能性があり、履行義務の識別は新基準の適用により
最も大きな影響が生じ得る領域の一つと考えられます。
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