[日本経済新聞電子版 2015 年 2 月 26 日配信] [エネルギー] 余剰電力、住宅間で融通 ソニー描く「エネルギー未来図」 「実験用としては、極めて高い完成度」。ソニーコンピューターサイエンス研究所(ソニーCSL)のフ ァウンダーで、ソニーの上席常務などを歴任した所眞理雄氏が自信を深めている技術がある。 それは、太陽電池と蓄電池を組み合わせた分散電源による新しいタイプの家庭用エネルギーシステム である。分散電源を複数の住宅に設置し、住宅同士を自営線で結んで直流電力をやり取りする。 2013 年に沖縄科学技術大学院大学(OIST、沖縄県恩納村)や沖創工(那覇市)、ソニーグループと共 同で始めた開発プロジェクトで生まれた技術である。現在は OIST のキャンパス内にある教員住宅で実証 実験が進行中だ。2015 年 2 月 2~3 日には、OIST で開催した「第 2 回オープンエネルギーシス テム国際 シンポジウム」で成果を披露した。 分散電源システムの実証実験の場になった OIST の教員住宅(写真:OIST) 「これから 1~2 年で商用化できる水準」と所氏が胸を張る分散電源の特徴は、各住宅で発電した電力 を管理するシステムにある。キーワードは、「オープン」だ。 ■太陽光発電の余剰電力を“お隣さん”と融通 現在、家庭用の太陽光発電システムでは、発電した電力の余剰分を電力会社に売る仕組みを取り入れ ていることが多い。固定価格買取制度(FIT)に基づく売電である。 所氏はシンポジウムの講演で、実際の電力融通の様子をリアルタイムに表示してみせた。緑色の部分は 各住居の蓄電システムの充電状況。点線で結ばれた住居で電力がやり取りされている。住居を特定でき ないようランダムに表示している ソニーCSL などが分散電源システムで取り入れた仕組みは、この FIT の発想とは対極にある。電力会 社の電力系統との連携や FIT には、ほとんど焦点を当てていないからだ。では、余った電力はどうする のか――。蓄電池に蓄えた電力の余剰分は、各住宅間で融通し合うのである。 例えば、晴天の昼間に留守でほとんど電力を使っていない家庭があるとしよう。何も策を講じなけれ ば蓄電システムはフル充電となり、太陽光発電パネルの発電能力を生かし切れなくなる。 一方で住宅内で活発に電力を使い、電力が不足気味の家庭もあるだろう。今回開発した分散電源シス テムでは、蓄電システムからあふれた余剰電力が電力不足の家庭へと流れていく。これが「融通」の意 味である。 仮に、夜間に蓄電システムが空になってしまった場合の保険として、電力会社の商用電源に無瞬断で 切り替えて、電力を確保する仕組みも取り入れた。これらを実現することで、コミュニティーの中で「電 力をみんなでつくり、みんなで使う」システムの構築を目指している。 ■蓄電池容量 75%超で融通開始 ちょうど 1 年前。同じように OIST で開催された第 1 回シンポジウムで実証実験用の分散電源システム を公開した時点では、相互につながり電力を融通し合う住宅の数は 3 棟だけだった。1 年間でその数は 19 棟に増えた。 実験で導入した太陽光発電パネルはパナソニック製で、2.8kW のシステムが 10 棟、4.2kW システムが 9 棟の合計 65.8kW。各住宅に設置した蓄電 システム「エネルギーサーバー」は 48V 電源で動作し、制御 用のコントローラーや蓄電池、双方向の DC-DC(直流-直流)コンバーター、家電用の DC- AC(直流-交 流)コンバーターなどから成る。蓄電池には、容量が 4.8kWh のソニー製のリチウムイオン二次電池を用 いた。 実証実験を行った教員住宅と太陽光発電パネル(左)。実験で用いた分散電源システムの住居内の 構成(中央)と、住居間のシステム構成(右) もちろん、今回の成果は住宅の数を増やしただけではない。その仕組みは大きく進化している。各住 宅間で自律的に電力を融通する仕組みを新たに取り入れたのだ。1 年前は手動で電力融通を切り替えてい た。 電力を自動で融通し合う仕組みは、主に三つの条件を基に制御している。最大の条件は、蓄電池の使 用状況が容量の 75%を超えたらほかの住宅に融通を開始すること。このほか、各家庭の過去の使用パタ ーンと、コミュニティー内に設置した気象監視システムからの情報を組み合わせて電力融通の判断条件 を算出してい るという。 実証実験に用いた蓄電システム(左)。エネルギー管理システム、四つのリチウムイオン二次電池(容 量 1.2kWh)、DC-DC コンバーターなどを内蔵している(中央、右) ■夏の電力自給率は約 8 割に この自動化の仕組みがうまく動いたことが、所氏の手応えにつながっている。「今回のシステムは実 験のためではなく、実際に使ってもらうために開発した。現 在は、人が介入せずに動作している。安全 で信頼性も高い。生活者が日常生活で今回のような分散電源システムを使用している場所は、世界でも 例を見ない」 (同氏)。 ソ ニーCSL などによる電力自給率の実測値とシミュレーション結果。中央の棒グラフが今回の分散電源 システムである。水色の「Winter(冬)」のグラフ の下部にある色が濃い部分が実測値。太陽光発電パ ネルの発電量と蓄電池の容量を 2 倍にすると仮定したシミュレーションでは、夏季には自給率が 95%に 達す る見込みという 実際、19 棟の住宅における分散電源システムの実測では、2014 年 12 月 24 日~2015 年 1 月 23 日の 1 カ月間の電力自給率(=[電力消費量 - 不足電力量]/電力消費量)が 52%になった。 ソニーCSL によれば、この自給率は大規模太陽光発電所(メガソーラー)のような中央集中型の太陽光 発電システムよりも 4%ほど低いが、スタンドアローン型の太陽光発電システムよりも 9%ほど高い結果 という。 これは、日照量が少ない冬季の値である。シミュレーション結果に基づく夏季の分散電源システムの 自給率は 73%に達すると推定している。ちなみに、同じ条件のシミュレーションで中央集中型の自給率 は 78%、スタンドアローン型は 59%である。 実験で導入している太陽光発電パネルの発電量と蓄電池の容量を 2 倍にすると仮定したシミュレーショ ンでは、夏の分散電源システムの自給率は 95%と、中央集中型とほぼ同程度になるという。 「今回開発した分散電源システムは、中央集中型とスタンドアローン型のいいところ取りができる」 と、所氏は言う。実は、同氏による冒頭の「極めて高い完成 度」という自信の発言には、もう一つの裏 付けがある。それは、実証実験を通じて得た分散電源システムを運営するノウハウの蓄積である。 ■通常より安全性高い電力管理 今回の分散電源シ ステムでは、住宅間で 350V と高電圧の直流電力をやり取りする。蓄電システムの 内部も高電圧の電力を扱う。このため、これまでの電力管理とは異なる水準 の安全性の確保が不可欠だ。 ソニーCSL などは、電力管理会社や住人などに向けて、分散電源システムで不測の事態が起きたときの対 処方法を電気設備の設計 や管理を手掛ける沖創工などと検討し、マニュアル化した。 2014 年 12 月の 19 棟による自動運転の実験開始後、このマ ニュアルの整備が功を奏したケースがこれ までに 2 度あったという。 「工事のために電力会社の商用電力が一時的に届かなくなるケースもあった。 それでも、き ちんと対処することで分散電源システムは止まることなく、停電することなく電力を供給 し続けた」と所氏は振り返る。 実験を行っている沖縄は、台風による自然災害で停電が発生しやすい地域。今回のシステムは実際の 台風シーズンをまだ経験していないものの、「我々のシステムは、効果的に働くだろう」と所氏は話す。 ■本当に電力を必要としている地域から導入 今回沖縄を選んだ理由は、亜熱帯島しょ型の気候に対応できるかを確かめるためでもある。それを乗 り越えることで、世界に散らばる離島や、電力供給が不安定 な地域、さらには電力供給のないへき地で のビジネスの可能性が開けてくる。経済成長の真っただ中にあり、これから電化が本格化する途上国の 市場は大きい。 実証実験の公開では、モデル住居でダイキン工業が直流電力に対応したエアコンの試作機を展示した。 エアコンの既存製品を改造して直流での動作を実現している。「直流駆動の方が効率が高くなる」(同 社の担当者)という もちろん、商用化に向けた課題は少なくない。例えば、蓄電システムの価格だ。太陽光発電パネルの 価格は下落しているものの、蓄電池にはさらなるコスト低下のブレークスルーが必要だろう。それでも、 所氏は楽観的に見ている。 「今回のシステムは、1 棟から導入して、少しずつ参加住居を増やしていくことが可能なボトムアップ 型。地産地消で 小さく始められて、大きいシステムにも対応できる。まずは本当に電力を必要としてい る地域からこうしたシステムの導入を始めることで、導入コストは下がっていくだろう。5~10 年後には 都市部で導入例が出てきてもおかしくはない。それを積み重ねていくと、巨大な送配電網は必要なくな るかもしれない」(同 氏)。 分散電源の普及の先には、直流による電力供給が当たり前になる世界がある。「家電など家庭内のす べてを直流化してゆくことが、私の夢」と所氏は力を込める。1~2 年後という目標に向けて、実証実験 による技術面、運用面での蓄積を商用システムとして昇華できるか。電力業 界の従来の常識にくさびを 打ち込む取り組みが問われている。 (日経テクノロジーオンライン 高橋史忠) [日経テクノロジーオンライン 2015 年2月5日付の記事を基に再構成
© Copyright 2024 ExpyDoc