日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 4(2015) 教師の経験年数と理科授業の発話に関する研究 Research on teacher years of experience and the utterance of science lessons 嘉戸章人 桐生徹 KATO,Akihito* KIRYU,Toru** 上越教育大学大学院 上越教育大学 * Graduate School of Joetsu University of Education ** Joetsu University of Education >要約@本研究では,中学校理科授業において教師の全発話のうち「指示・確認」の発話数に着 目し,教師と生徒の間で行われた授業内容と関係のない会話やインタビューの分析から,「指 示・確認」の発話数に違いがみられた理由について調査・分析を行ったものである。その結果 熟練教師は,生徒の行動や発言が話題の雑談をし,信頼関係を築きながら子ども理解に努めて いることが明らかとなった。 >キーワード@熟練教師,初任者,授業分析,発話カテゴリー,雑談 ては,教師や子どもたちが,それぞれの「教える」 1.はじめに 年代後半以降,アメリカの指導的な教育研 役割と「教えられる」役割を部分的に交代させて 究者において,授業研究と教師教育とのつながり いたことを明らかにしたものがある(稲垣ら, が強く意識されるようになってきた(吉崎, ) 。 )。また,学びに向かう雰囲気がよい教室の教 これまで教師の力量形成に向け,数多くの授業 師を, のカテゴリーごとに分けた教師の発話数 研究がなされてきた。音楽科教師の力量形成に関 でほかの教師と対比させるなどし,優れた教師の する研究には,新人教師と熟練教師双方に,それ 実践力を考察した研究も見られる(金﨑,) 。 ぞれ 時間の音楽の授業を依頼し,ストップモー このように,教師の発話を分析することは教師の ション方式で分析が行われたものがある。 この際, 力量を明らかにする上で重要であると考えられ 「教師が首をかしげる」といったような些細な行 る。 その中で小学校の熟練教師 名の発話機能に 為までをも教授行動とみなし,それが生じるたび ついての調査では,どのクラスにおいても一番頻 にストップモーションさせている(竹内ら, ) 。 度が高かったのは「指示・確認」であることを明 このように,授業過程の全体を把握するために, らかにしている(岸ら,)。しかし,これら 言語コミュニケーション過程と非言語コミュニケ の言語コミュニケーションに関する研究は,中学 ーション過程の大きく二つの観点から授業研究が 校理科授業において発話に基づき教師の経験年数 なされてきた。 の差による力量の違いを明らかにしたものではな 非言語行動としては,①準言語,②間合い,③ い。 身体動作,④生徒との対人距離,⑤接触行動,⑥ 一方,授業中にみられる子どもの私語について 身体的特徴,⑦人工品を挙げ(大河原,) ,教 の研究では,子どもたちが授業中に私語やふざけ 育心理学や教育工学分野において,こうした非言 た姿を表出している様子を『じゃれあい』と称し, 語コミュニケーション研究が牽引されてきた(大 『じゃれあい』によって班の活動が中断すること 和,) 。 なく,むしろ人間関係を高め合いながら課題を成 言語コミュニケーションの研究では例えば, 「教 立させていたと述べ,『じゃれあい』の重要性を 師の発問:I」, 「子どもの応答:R」 , 「教師の評 明らかにしている(桐生ら,)。しかし,私 価:E」の成分からなるIREと呼ばれる一連の 語に代表されるような雑談と教師の熟達化の関連 発話分析により,コンセプトマップの授業におい を明らかにした研究はみられない。 ― 107 ― 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 4(2015) 2.研究の目的 表2 授業展開 本研究では,岸らの研究でもっとも頻度の高か 初任者 時間 熟練教師 った「指示・確認」の発話数に着目し,中学校理 豆電球の構造と回路 するとともに, 「雑談」の発話にみられる教師と生 電流の単位 徒とのかかわりから「指示・確認」の発話数の違 電流計の使い方 第 1 時 科において,経験年数の異なる教師の授業を比較 電流の単位 電流計の使い方 回路の電流の大きさ いがみられた理由を考察することを目的とする。 前時の復習 3.研究の方法 前時の復習 1)調査期間 回路の電流の大きさ 平成 年9月~ 月 第 2 時 2)単元 調査対象の授業は表1の単元の指導計画に基づ いて実施する。 表1 指導計画(2年「電流の性質」) 回路に流れる電流の大きさを測定すると ともに直列回路を流れる電流の大きさを 測定する。 4 予想 の電流の 実験 大きさ まとめ 並列回路の再実験 電圧の大きさ 電圧の単位 電圧計の使い方 前時の復習 直列回路の再実験 並列回路 予想 の電流の 実験 大きさ まとめ 第 4 時 前時の復習 直列 回路の電圧の 大きさ 考え,電流の流れの規則性を理解する。 電圧の単位 電圧計の使い方を理解し正しく使って, 電圧計の使い方 回路に流れる電圧の大きさを測定すると 電圧の大きさ ともに直列回路に加わる電圧の大きさを 測定する。 直列回路と 並列回路の 電圧の大きさ 並列回路に加わる電圧の大きさを測定 し,直列回路の電流の流れ方と比較して 3)調査対象者とクラス等の関係 考え,電圧の加わり方の規則性を理解す 教職大学院生である初任者は,初めて対面した る。 クラスの子どもと初めて授業する単元となってい 予想 第 5 時 3 し,直列回路の電流の流れ方と比較して 直列回路 第 3 時 並列回路を流れる電流の大きさを測定 2 並列 回路の電流の 前時の復習 前時の復習 おもな学習内容 電流計の使い方を理解し正しく使って, 1 大きさ 大きさ 中学校2年理科「電流の性質」 時間 直列 回路の電流の 前時の復習 並列 回路の電圧の 大きさ 実験 る。教師経験 年目で小学校在籍の熟練教師は, 実際の授業展開は表2の通りで,それぞれ5時 初めて対面したクラスの子どもと初めて中学校で 理科の授業をする。なお,熟練教師は,理科教育 間の授業である。 発話カテゴリー別の発話数は全ての授業を対象 とする。 「雑談」の分析は生徒にはじめて対面した 学を専攻していた。 4)調査方法 ときと授業最終日との違いが明らかとなるよう第 ・ビデオカメラによる授業の録画 1時と第5時を対象に行う。 ・ボイスレコーダーによる授業者インタビュー の記録 ― 108 ― 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 4(2015) 5)分析方法 4.結果と考察 授業中の発話を岸らの8つのカテゴリーにもと 初任者の「指示・確認」の発話数を表4上段に づき分類し,分析を行った。なお,分析に用いた 示す。なお,第1時から第5時まで最も多い発話 発話の単位は,1.教師と生徒での話者の交代, カテゴリーは常に「指示・確認」であった。これ 2.教師の発話に関して,2秒以上の間,3.教 は,岸らの研究結果と同様の結果である。 師の一連の発話において, 発話の機能の変わり目 を基準として区切り,1発話とした。また授業記 表4 「指示・確認」の発話数 録の文字化に際しては下記の凡例に従っている。 ①Tは授業者,Cは生徒を指す。 第1時 第2時 第3時 第4時 第5時 初任者 熟練教師 ②( )は聞き取り不能の箇所を示す。 ③=は,この記号の前後の発話の間にまったくイ 熟練教師の「指示・確認」の発話数を表4下段 ンターバルがないことを示す。 に示す。熟練教師も第2時までは「指示・確認」 ④句点(,)は発話内の1秒以内のインターバル を示す。 の発話カテゴリーが最も多かった。しかし,第3 時以降はそれが3分の1から4分の1程度まで減 ⑤ !!はインターバルが1秒以上あった箇所を 少していったことがわかる。 示す。 !!内の数字は中断した時間(秒)を 示す。 第3時以降に熟練教師の「指示・確認」の発話 数に変化が現れた原因を明らかにするため,生徒 ⑥特徴的な動作が確認できた場合は< >の中に それを書きこむ。 が実験をし, 教師が机間指導をする時間に限定し, 教師と生徒のかかわりに着目する。 ここで, 「雑談」 ⑦「ー」はのびる音を示す。 は「授業内容と関係無い話題全て」の発話である ⑧「!」は活気のある口調を示す。 ため,この前後の発話も含めて考察する。 ⑨下線部は,本研究の内容と密接に関連する箇所 熟練教師が第1時の実験中に机間指導している に引用時に施した強調である。 際にみられた「雑談」の発話は 回である。 ここで「指示・確認」の発話例を表3に示す。 表5の発話は,生徒に電源コードを取りに来さ 「指示・確認」とは,授業関連の指示,促し,確 せたが,箱に納められていたコードが絡まってお 認,問いかけである。 り,それをほどく際のひとり言で,この場面では 表3 「指示・確認」の発話プロトコル 下線部で示した「雑談」の発話が6つある。 表5 熟練教師第1時の「雑談」場面 T1:<スクリーンに回路の写真を示しながら> では,2分ぐらいでこれと同じようなもの作 れますか,作れますかうしろにね,えーっと ありますからそれねこのあと取りに行って, A,Bと書いてあるのは,このあと,ねえー っと電流計を使うために取っときますから ね,では,班の代表の人はじゃ後に行って, 残りの3人の人は残りの部分ちょっと組み 立てて,2分くらいでできるかなではじゃあ お願いしまーす C(数人) : 〈指示に従い席を立ち準備を始める〉 T :もし部品がありませーん,足りませ~ん, という場合は,先生に言ってくださーい T :ではこのあと,コードはまだ持ってませー んというところはそれぞれ,前へ来てコード を取りに来てください,はいどうぞコードを 取 り に 来 ま ー す 3 !! よ い し ょ っ と う お あ!6!!すごいコードでコード縛ってて すごいな3!!いやざんざん斬新すぎるん だけど,ざん4!!よいしょ,あごめんごめ んごめん。 C1:1本くれますか= T :=ほい,あ,ごめんここに二つ,あるなー, はい一つ,一つ2!!んーと一つ= C2:=ありがとうございます! T :はい,一つ ― 109 ― 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 4(2015) また,第1時では表6に示すような,この教師 との関係を築いていた。第1時から子ども理解に 独特のユーモアのある表現が計4場面でみられた。 努め,子どもの実態にあった指導を行った結果, 表6 熟練教師のユーモアのある発話 「指示・確認」が減少した。これは,初任者には みられない熟練教師の特徴である。 C3:できました= T :=おおおはいはいふふふ2!!ちょちょっ とこっちがすごい,こっちはちょっとねはい 5.おわりに はいはいはいはいはいはいはいはいはいは 今後は,全 時間を対象として「雑談」に関 いはい,ありがとうそうすると先生も見やす してインタビューの内容とあわせ,熟練教師が授 いわ2!!よいしょ,あとれちったごめん 業前後どのようなことを考え,どのような変化を ね,よいしょ,はいOKです おこしていったのかについて詳細な分析を行って いくことで,熟練教師の特徴を明らかにする。 これら第1時の発言は,教師自身の行動につい て言葉を付しているにすぎない。一方,第5時で 引用文献 は「雑談」に関する発話は表7に示すように,話 稲垣,山口:理科授業のエスノグラフィー:リソ 題の元は生徒の行動や発言であり,それに対して ースに媒介された教師―子どもの関係性の会話 笑ったりおどけたりする発言が大半を占めるよう 分析的検討,日本理科教育学会研究紀要, () , になった。 ―,. 金﨑鉄也:学習臨床的アプローチによる教師の実 表7 第5時の「雑談」が見られた場面 C4:6.3 T1:6.3!<電源装置の電圧の数値を見る> あーあかっこれは!<生徒と顔を合わせて互 いに苦笑い> T :っさ だいぶいっちゃいましたねこれへっ T :へへへっ C5:や だって壊れてないからいいんじゃない= T :=うん,壊れはしないけど 践力に関する研究―学びを促す教師の発話分析 と学習者の変容の分析から―,日本教師教育学 会年報,,―,. 桐生,西川:異年齢学習形態における学びの成立 に関する研究,臨床教科教育学会誌,(), ―,. 岸,野嶋:小学校国語科授業における教師発話・ 児童発話に基づく授業実践の構造分析,教育心 このように,熟練教師は授業を進める中で子ども 理学研究,() ,―,. と積極的にかかわっていることがわかる。インタ 大河原清:教師の言語行動に伴う身体動作が児 ビューでは第1時の授業直後の発言に, 「各グルー 童・生徒の学習に及ぼす影響,日本教育工学雑 プによってスピードには差があったけど,どの子 誌,() ,―,. もある程度できていたのかなあと思いますが,た 竹内,高見:音楽科教師の力量形成に関する研究 だ 人を全て一瞬で把握するまで目がまだ向い ―教師による「状況把握」を中心として―,兵 ていないなあ。まだまだ3分の1か3分の2ぐら 庫教育大学研究紀要,,―,. いまでしか把握できてないなあっていう感じがし 大和真希子:教師の身体性に関する一考察―非言 ています。 」と述べていることからも,熟練教師は 語コミュニケーションに関する研究レビューか 子ども理解に努めているといえる。 ら―,福井大学教育地域科学部紀要,,― よって,熟練教師は雑談の発話において,はじ ,. め自らの行動に言葉を付したりおどけたりしてい 吉崎静夫:授業研究と教師教育―教師の知識研 るのみであったが,授業が進むにつれて子どもの 究を媒介として―,教育方法学研究,,― 行動や発言を話題とした雑談ができるほど子ども ,. ― 110 ―
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