2 稚魚の生息環境復元 1 産卵環境の復元に続き、ここでは卵孵化後のステージである稚魚期の生息環境の復元 について報告する。稚魚期、特に浮上直後は遊泳能力が低く、生残率は物理的環境および 餌環境に大きく左右される。そのため、稚魚期の生息環境を定量化し、その復元を試みた。 また、流下生物を定期的に採集、同定し、自然河川との比較により人工産卵河川における 稚魚期の餌環境を評価した。 方法 (1) 稚魚生息場所の選好性 平成 22(2010)年 3 月に、稚魚の生息環境調査を行った。3 月 14 日に人工産卵河川お よびその 2,400m 下流に位置する小武川の小支流の最下流部、及び上来沢の任意の各 10 箇所、計 30 箇所の淵において、潜水目視により稚魚のいた地点を確認し、ペグを河床に うち記録した(図 9)。潜水調査の直後に降雨があったため、平水に戻った 3 月 23 日に、 稚魚が観察された地点と、観察されなかった地点(淵を縦横に 4 等分した交点である 3×3 の 9 点)、において、水深(cm)、流速(cm/s)、底質(Bain et al, 1985 による 1:泥~6: 岩盤のカテゴリー)、枝葉の堆積の有無を測定した。また、淵ごとに、1 歳魚以上の個体 の有無、最大水深(cm)、淵面積(m2, 流程×平均川幅)、河岸のカバー(胴長靴を履いた 足先がくるぶしまで入る奥行きの「えぐれ」)の総延長(cm)についても測定した。これ らの環境要因によって、稚魚が観察された地点と、観察されなかった地点を判別すること ができるか、判別分析を用いて解析を行った。 図9 稚魚の生息環境調査区間 117 (2)稚魚生息場所の復元 平成 22(2010)年 9 月 27 日に、人工産卵河川において稚魚の生息環境改善のためのメ ンテナンスを行った。また小支流では成魚による稚魚の捕食の影響が懸念されるため(河 合 2005; 上野ら 2009)、人工産卵河川で冬季の成魚の定位場所となっている岸際のカバー (えぐれ)をこぶし大の石で埋め、産卵後も人工産卵河川内に成魚が居つかないよう努め た。 平成 22(2010)年 10 月 4~5 日、8 日に人工産卵河川の 2,400m 下流に位置する小武川 の小支流の最下流部の平瀬 2 区間に、稚魚生息場所を造成した(図 10, 上流区、下流区)。 現地にて調達した直径 15cm 程度の倒木を川幅に合わせて切断し、1 区間に付き 2 本の 倒木を投入した。投入した倒木は、流程およそ 3m 間隔で流れに直角となるように配置し、 杭で固定することで、浅い淵を造成した(図 11,15)。 なお、造成前の川幅は上流区が平均 2.3m、下流区が 2.5m、流量は約 100L/sec.、河床 勾配はいずれも 1/50 であった。 図 10 図 11 造成した稚魚生息場所の位置 造成後に行った環境測定の様子 (1 プールにつき 50cm 間隔で 6~7 トランセクト測定) 118 倒木の設置前後に、50cm 間隔のトランセクト上で 10cm ごとに水深、流速を測定した ( 図 11 )。 得 ら れ た デ ー タ 及 び 平 板 測 量 に よ る 測 量 図 を も と に 、 グ ラ フ 作 成 ソ フ ト (OriginPro 7.5J, OriginLab corp.)を用いて等深図、流速分布図を作成した。 これらの図をもとに、実際に稚魚が観察された地点の環境条件を満たす条件をあてはめ、 生息の適否別に色分けした生息適地分布図を作成し、画像解析ソフト(imageJ 1.44, NIH, http://rsbweb.nih.gov/ij/)を用いて面積を算出し、造成前後で比較した。 (3)流下生物調査 平成 22(2010)年 2 月から 5 月の毎月 1 回、25 日前後に、人工産卵河川(以下、人工 区と称する)とその 2,400m 下流に位置する小武川の小支流の最下流部(以下、自然区① と称する)及び上来沢(以下、自然区②と称する)のにおいて(図 11)、小型プランクト ンネット(口径 20cm,NXX13,離合社)を用いて流下生物の採集を行った(各 1t×5 回 採集)。採集したサンプルは 10%ホルマリン固定して持ち帰り、後日、種の同定と計数を 行った。 図 12 流下生物採集地点 結果および考察 (1) 稚魚生息場所の選好性 環境要因稚魚の生息場所の選好性を調べるため、稚魚が観察された地点と、観察されな かった地点の環境要因について判別分析を行ったところ、稚魚が観察された地点、されな かった地点を判別するための変数として、枝葉の堆積の有無、水深、流速、底質、淵 ID が選択された(表 4)。すなわち、稚魚が観察された淵、されなかった淵といった淵ごとの 違いはあるものの、稚魚は水深が浅く、流速が遅く、底質が砂礫程度と細かく、枝葉が堆 積している場所を好むことが明らかになった(図 13)。 119 表4 判別分析による稚魚の生息場所選好性についての解析結果 分析内の変数 ステップ 1 2 3 4 5 枝葉有無 枝葉有無 水深 枝葉有無 水深 流速 枝葉有無 水深 流速 底質 枝葉有無 水深 流速 底質 淵ID 削除するた めの F 値 394.077 418.484 25.110 331.314 24.887 18.976 301.117 19.676 10.652 6.896 304.968 10.575 10.952 7.340 5.526 許容度 1.000 .967 .967 .960 .967 .991 .956 .944 .900 .887 .949 .830 .899 .885 .857 20 .967 .482 .818 .457 .451 .769 .443 .433 .428 .763 .426 .426 .422 .420 40 18 30 流速(cm / sec.) 水深(cm) Wilks のラムダ 16 14 20 10 12 10 0 稚魚が観察された点 観察されなかった点 図 13 稚魚が観察された点 観察されなかった点 1 3 2 1 観察されなかった点 枝葉の堆積がみられた割合 底質カテゴリー 4 稚魚が観察された点 稚魚が観察された点 0 観察されなかった点 稚魚が観察された地点と観察されなかった地点の河川環境(エラーバーは 95%信 頼区間, 枝葉の堆積がみられた割合の信頼区間については二項分布を仮定して算 出) 120 (2) 稚魚生息場所の復元 (1)稚魚生息場所の選好性の結果をうけ、人工産卵河川において落ち葉が堆積するような 浅く流速の遅いエリアができるよう、深い淵を中心に直径およそ 30mm の小礫を河床に敷 いた。また、冬季の成魚の定位場所となっている人工産卵河川の岸際のカバー(えぐれ) を石で埋めた(図 14)。 自然河川において倒木設置による稚魚生息場所の造成の効果を定量的に評価した(図 15)。(1)稚魚生息場所の選好性の調査で、稚魚が観察された地点の環境を生息条件とした (図 16)。なお、全長 5cm 程度の早期に孵化したと思われるアマゴの当歳魚がみられたが、 浮上直後の遊泳力が低いステージではないため、これらの個体のデータは除外し、水深 25cm 未満, 流速 20cm/s 未満を稚魚の生息適地とした。この基準を満たす面積は、倒木設 置により 2 区間とも 4 倍以上に増加し(図 17, 18)、枝葉の堆積もみられた。 121 図 14 人工産卵河川における河岸のカバー(えぐれ)の位置と改良の状況.(写真上:カ バーに潜む成魚(2010 年 1 月)中:作業風景 122 下:礫を詰めたカバー) 図 15 造成前(全景) 造成後(全景) 造成前(拡大) 造成後(拡大) 湿地 生息適地 の出現 稚魚生息場所造成前後の様子(いずれも上流区,上段:全景,下段:造成箇所拡大) 30 30 浮上直後 アマゴ5cm 25 20 個体数 20 個体数 浮上直後 アマゴ5cm 25 15 10 5 15 10 5 0 0 0 5 10 15 20 25 30 水深(cm) 図 16 0 10 20 30 40 流速(cm/sec.) 稚魚が確認された地点の水深と流速 123 50 60
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