シロウリガイ飼育水槽中の底泥環境における微生物相解析

シロウリガイ飼育水槽中の底泥環境における微生物相解析 ○吉成麻有・三宅裕志(北里大学院), 根本卓・杉村誠(新江ノ島水族館), 加藤千明(海洋研究開発機構) 深海には、表層域や陸域に存在する太陽の光エネルギーによる光合成生態系とは異なる生態系が存
在する。そこでは海底下から湧き出す化学物質を出発点として化学合成微生物が有機物合成を行い、
一次生産者としての役割を担う。そのような生態系を化学合成生態系と呼び、こうした生態系に暮ら
す大型の無脊椎動物の多くは化学合成を担うバクテリアと共生して、微生物が化学合成によって作り
出す有機物を栄養源として生きている。こういった生物の調査を行うためには現場での観察や実験は
重要であるが、その生息域の地理的な特徴から現場での作業や生物サンプルを入手することには、コ
ストや時間的な面で様々な制限がある。そこで、採取した貴重な生物サンプルをできるだけ良い状態
で、生きたまま陸上で長期間維持する技術が求められており、北里大学・新江ノ島水族館・海洋研究
開発機構では協力して長期飼育技術の開発、実験に取り組んでいる。その中で、新江ノ島水族館では
化学合成生態系の環境を再現した水槽を構築し、相模湾で採取されたシロウリガイ類の長期飼育実験
を行い、北里大学、海洋研究開発機構ではその生物の生息環境や飼育個体の生理状態などの調査を行
っている。シロウリガイ類は大型の二枚貝で、深海の湧水域に大規模なコロニーを形成する化学合成
生態系を代表する生物の一つであるが、そのエラに化学合成バクテリアであるイオウ酸化細菌を細胞
内共生させ、海底下に存在する硫化水素を利用して共生菌が作り出す有機物を得て生きていると考え
られている。そのため、これらシロウリガイ類を水槽中で飼育するには水槽底泥中に硫化水素を供給
する必要があり、天然の生息域では湧水中に含まれる硫化水素が効率的に供給されるが、水槽中では
この代わりとして有機物を混ぜた泥を水槽の底に沈め、微生物のはたらきを利用することによって水
槽底泥中に硫化水素を発生させるシステムを構築した。その結果、長期飼育が難しいと考えられてい
たシロウリガイ類の 150 日を超える飼育に成功した(北嶋ら,2013)。これには有機物を用いた硫化水
素生成システムが何らかの形で貢献していると推察されるが、その詳細は不明のままである。長期飼
育技術の確立を目指し、今後さらなる安定した飼育システムを構築するためにも、微生物学的な観点
から水槽内の詳細な状態を把握することが求められる。そこで本研究において、水槽底泥中の微生物
相を調査し、微生物学的多様性解析を行うとともに該当生物の生息環境との比較を行い、微生物学的
な観点から本化学合成生態系水槽の飼育システムの評価を行った。 新江ノ島水族館にある水量 2.88t の化学合成生態系水槽 (特願 2009-505195)から、底泥サンプリン
グ用に製作したアクリルパイプ(内径1cm、長さ1m)を用いて底泥サンプルを採取した。また、
コントロールとして水槽底泥の供給元になっている有明海干潟産の泥サンプルを用いた。これらの泥
サンプルから直接 DNA を抽出し、バクテリアとアーキアの 16S rRNA 遺伝子をターゲットに、tRFLP 群
集解析とクローン解析とを併用して微生物学的多様性解析を行った。また水槽飼育シロウリガイの天
然の生息域である相模湾で行われた過去の調査・解析データを用いて、天然環境との微生物相の比較
を行った。 水槽底泥中において、バクテリアでは硫化水素の供給に必須であると考えられる硫酸還元菌(SRB)
と、イオウ酸化細菌(SOx)と思われる微生物群集が確認された。またアーキアでは、底泥中のより深
い部分で嫌気的環境と推測される層から、メタン生成アーキア(Met)と嫌気的メタン酸化アーキア
(ANME)の群集が確認された。系統解析の結果、水槽底泥中で検出された SOx, Met, また ANME にお
いて、天然環境である相模湾のものとは異なったグループに位置していた。しかし、こうした性質を
持つ微生物群集は相模湾のシロウリガイ生息域や他の海底湧水環境でも見られることから、これらの
群集間に系統的な違いはあるものの、ある程度は水槽中で湧水環境を再現できているものと考えられ
る。またこれらの微生物群集の存在から、水槽底泥中での硫化水素生成についても示唆され、実際あ
る程度の濃度の硫化水素の存在が確認されている。また、水槽底泥の供給元である有明海干潟産の泥
においては SRB 以外の微生物群集は確認されず、水槽に入れる前の状態では上記のようなメタン生成
やイオウ酸化還元に関わる微生物群集が優占して存在してはいないことが推察されたが、これらの泥
を水槽に入れることによって、水槽環境や有機物の混入という人工的な環境変化の影響を受けて微生
物相がそのように変化したと思われる。しかしながら、これらの微生物学的な環境が水槽中の飼育生
物に与える影響については、今後さらなる調査が必要である。 新江ノ島水族館化学合成生態系水槽 サンプリングの様子