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3-4-3 流域森林等の変化をシナリオとしたシミュレーションの実施
(1)大分県松原・下筌ダム流域での事例
本研究では、パラメータ調整を行った水質収支モデルを用いて森林の樹種別面積割合の
変化、点源負荷の変化、粗粒状有機物の変化を想定した6ケースの条件に対してシミュレ
ーションを実施した。具体的には、現況の流域条件をケース0とした。森林の樹種別面積
割合の変化をみるために、流域の土地利用を広葉樹100%とした場合(ケース1)、針葉樹
100%とした場合(ケース2)、および中間の流域条件である広葉樹50%・針葉樹50%とし
た場合(ケース3)を想定した。点源負荷の影響をみるために点源負荷量をなくした場合
(ケース4)を想定した。また、粗粒状有機物の影響をみるために、粗粒状有機物の負荷
量をなくした場合(ケース5)とした。
【負荷量におよぼす影響】
流入負荷量におよぼす流域植生の影響については、溶存態無機栄養塩の貯水池への流入
負荷量は、広葉樹林の面積割合とともに増加する傾向が認められた。溶存態無機栄養塩は
有機物の内部生産(植物プランクトンの増殖)に直接反映されるため、広葉樹流域の拡大
→溶存無機態栄養塩負荷の増加→植物プランクトン(内部生産)の増加→有機物の分解に
ともなう貧酸素化の進行と水質障害の深刻化という水質動態の変化が予想される。一方、
懸濁態栄養塩の流入負荷量に関しては溶存無機態栄養塩の場合ほどケース間の違いはあら
われていなかった。
図中で有機態は懸濁
態、無機態は溶存態
無機と同じ意味で使
用している.
図Ⅲ-4-10 Case0~Case4 栄養塩の流入負荷量累積値FIWQi
264
流出負荷量におよぼす流域植生の影響については、溶存態無機窒素、溶存態無機リン、
懸濁態リンについては広葉樹林流域が大きいほど流出負荷量が大きくなり、懸濁態窒素に
ついては針葉樹林流域が大きいほど流出負荷量が増加するという傾向がみられた。
また、この流入・流出成分を比較した結果、懸濁態窒素に関しては、流入負荷量に比べ
て流出負荷量が小さいことがわかり、このことから貯水池内にかなりの懸濁態窒素が貯留
されているか分解を受け、流出負荷量が減少しているものと考えられる。懸濁態リンを除
けば、いずれの栄養塩成分も貯水池を通過することによってケース間の差が減少しており、
流域条件の影響が貯水池の作用によって減少していることがわかる。溶存態無機リンに関
しては、流入負荷よりも流出負荷の方がやや減少しており、貯水池内の内部生産などに代
謝された可能性が考えられた。
図Ⅲ-4-11 流出負荷量累積値FOWQi
図中で有機態は懸濁態、無機態
は溶存態無機と同じ意味で使
用している.
水質時系列におよぼす流域植生の影響については、広葉樹林の割合が多くなることによ
り、溶存態無機栄養塩の供給量が他よりもかなり多いため、内部生産が富栄養化をかなり
促進するものと推察された。特に春季における適度の水温と十分な栄養塩供給が植物プラ
ンクトンの増殖環境を整えていると考えられ、下筌ダム貯水池においては植生の構成が水
265
質に大きく影響をおよぼすことが確認された。
点源負荷がない場合には、下層の貧酸素化、表層におけるクロロフィルaの増加、下層の
特に溶存態無機栄養塩濃度などが、現況の流域条件の場合と比較してかなり軽減されてい
る。このことから点源負荷は下筌貯水池の水質動態に無視できない影響をもたらしている
ことがわかった。また、粗粒状有機物の負荷がない場合には、下層の酸素消費や溶存態栄
養塩の濃度が、現況の流域条件の場合と比較してやや軽減されており、粗粒状有機物の供
給は富栄養化を促進する方向に作用していることが確認された。
図Ⅲ-4-12 Case-0 における各水質濃度の季節変化
266
図Ⅲ-4-13 Case-1 における各水質濃度の季節変化
267
図Ⅲ-4-14 Case-2 における各水質濃度の季節変化
268
図Ⅲ-4-15 Case-3 における各水質濃度の季節変化
269
図Ⅲ-4-16 Case-4 における各水質濃度の季節変化
270
図Ⅲ-4-17 Case-5 における各水質濃度の季節変化
271
【貯水池への堆積におよぼす影響】
懸濁態窒素の堆積量については、広葉樹林の増加によって粒状有機物の堆積が増加する
ことがわかった。広葉樹林面積が拡大し、貯水池に流入する溶存態無機栄養塩の負荷量が
増加すると植物プランクトンの光合成は促進され、その結果、粒状有機物の沈降量が増加
し、貯水池底へ懸濁態栄養塩が多量に堆積するという水質・生態現象が生じていると推測
される。底層付近の堆積量がそれ以浅ほど大きくない理由としては、光合成によって生産
された懸濁態窒素が底層に沈降するまでに分解されるためと考えられる。
図Ⅲ-4-18 懸濁態栄養塩の堆積量(年間累積量)
【植物プランクトンの動態におよぼす影響】
植物プランクトンは、水域の食物連鎖における一次生産者として生態系全体を支えてい
るが、過剰な栄養塩の供給により植物プランクトンが異常に増殖するとアオコや淡水赤潮
といった水質障害を引き起こすことから、水域環境の重要な評価指標である。クロロフィ
272
ルa濃度に、2~4 月にかけてケース間の顕著な違いが見られた。広葉樹林流域の増加とと
もに補償深度(植物プランクトンによる酸素の生産量と消費量が等しくなる水深)が大き
くなり、生産層の厚さが増加している。当然のことながら、植物プランクトンの増殖に伴
い死滅・分解量も増加するが、それ以上に内部生産が生じているために補償深度が現況よ
りも大きくなっていた。現状に比較して、粗粒状有機物の負荷がない場合においては補償
深度が減少しており、粗粒状有機物が池内の内部生産能力におよぼす影響を無視できない
ことがわかった。
図Ⅲ-4-19 補償深度の季節変化に関するケース間比較
【貯水池流域における森林の役割】
広葉樹林流域が大きいほど、溶存態無機栄養塩の流入負荷量が増加し、貯水池表層にお
ける内部生産を促進するとともに貯水池底への粒状有機物の堆積も増加する。また、流域
の植生構成が溶存態無機・懸濁態栄養塩負荷量の双方に大きく影響しているが、貯水池へ
の堆積粒状有機物に関しては、懸濁態栄養塩そのものの影響よりも、溶存態無機栄養塩の
変化が内部生産量の増減をもたらす結果、粒状有機物の堆積に大きく影響すると考えられ
る。
下筌ダム貯水池の流域は大部分が森林、特に針葉樹林からなるため、面源起因の負荷が貯
水池水質を大きく支配していると考えられるが、点源負荷に関しても面源ほどの影響はな
いにしても内部生産や深水層の貧酸素化など、貯水池の水質特性に及ぼす影響は無視でき
ないと考える。
森林流域から生産される粗粒状有機物の影響についても面源負荷ほどではないが、点源
負荷と同様に貯水池の富栄養化に対して、これを促進する方向に作用することが水質シミ
ュレーションの結果明らかになった。
273
(2)群馬県薗原ダム流域での事例
パラメータを調整して貯水池水環境を再現したモデルを用いて、異なる土地利用形態(ス
キー場、農用地、天然林)の代表的な流域が、薗原ダムの全体の流域の土地利用形態と想
定した場合の水質挙動をシミュレーションによって検討した。感度分析において負荷量を
変化させる入力水質項目としては、溶存態無機窒素(IN)
、懸濁態窒素(ON)、溶存態無機
リン(IP)
、懸濁態リン(OP)
、SS とした。
開発地がスキー場という特徴を持った No.2 土出川では粗粒状有機物の観測が行われてい
たため、粗粒状有機物の負荷量についても変化させた。感度分析の対象とする貯水池水質
としてはクロロフィル a 濃度と溶存酸素濃度を考えた。
クロロフィル a 濃度のシミュレーション結果を図Ⅲ-4-20 に示す。貯水池の初期水質とし
ては、実際の薗原ダムの観測データ(実績値)を与えているため、計算開始直後は現況と
類似の挙動をしているが、薗原ダムの流入点に位置する鳥古井と比較して、3 つの土地利用
形態では水質挙動に顕著な違いが見られた。最もクロロフィル a 濃度が高くなるのは比較
的スキー場の土地利用が多い流域を想定した場合であり、表層では観測値の約 3~5 倍の濃
度を示す極度の富栄養化の進行が懸念される。原因としては、クロロフィル a 濃度の制御
関数となるリンの流入量が多いことや、粗粒状有機物の量が影響したことが考えられる。
農用地への変化を考えた場合には、溶存態無機窒素の負荷量が多いことから貯水池の水
質悪化に大きく影響を及ぼすと推定していたが、スキー場ほどの影響は見られず、上層の
濃度はやや高いものの、中層・下層では実際の流入水質と大差のない結果となった。
最もクロロフィル a 濃度が低く表れるのは、流域全体を森林と仮定した場合であり、流
入負荷がかなり小さく、河川だけではなくダム貯水池への自浄作用の働きが見てとれる。
274
図Ⅲ-4-20 土地利用形態別 Chl-a 濃度 シミュレーション結果
図Ⅲ-4-21 に溶存酸素濃度のシミュレーション結果を示す。上層・中層における溶存酸素
濃度が低く評価され、必ずしも満足のいく再現性を有しているわけではないが、クロロフ
ィル a 濃度を発現したスキー場の多い土地利用の場合には、現況の流入河川でのシミュレ
ーション結果と溶存酸素濃度には大差がない。上層においてはやや溶存酸素濃度が高くな
り、植物プランクトンの生産活動が見られる。
最も溶存酸素濃度が低くなるのは、流域が農用地の場合で、夏期の下層では 2mg/l 以下
まで低下することもある。このことから、この場合には貯水池の深水層が嫌気的環境に至
っていると推定される。
流域全体が森林であると仮定した場合には、溶存酸素濃度が高く、全層にわたり貧酸素
化は発生していない。
275
図Ⅲ-4-21 土地利用形態別 DO 濃度 シミュレーション結果
流域が天然林の場合には、貯水池に流入する栄養塩負荷量は少なく、貯水池内でのクロ
ロフィル a 濃度が低水準で推移し、良好な酸素環境が維持される。一方、流域を開発地の
土地利用形態に変化させると、スキー場の場合には粗粒状有機物の負荷量、リン濃度が卓
越し、クロロフィル a の生産が活発となる。農用地への土地利用転換した場合には、施肥
によって土壌栄養塩濃度が増加し、流入水の溶存態無機窒素濃度が非常に増加するが、ス
キー場の場合ほどの富栄養化は進まない。クロロフィル a 濃度の実績値よりやや高くなる
程度にとどまるが、深層の貧酸素化は進行した。
276
3-4-4 「上流からの流出物質とダム貯水池水質との関係の把握」のまとめ
松原・下筌
・広葉樹林流域が大きいほど、溶存態無機栄養塩の流入負荷量が増加し、貯水池表層にお
ける内部生産を促進するとともに、貯水池底への粒状有機物堆積も増加する。
[p.264,265,272]
・貯水池への粒状有機物堆積に関しては懸濁態栄養塩そのものの影響よりも、溶存態栄養
塩の変化が内部生産量の増減をもたらす結果、粒状有機物の堆積に大きく影響する。
[p.272]
・森林流域から生産される粗粒状有機物の影響については、貯水池の富栄養化に対してこ
れを促進する方向に作用する。[p.266]
薗原
・森林から流出してくる溶存態無機栄養塩類(窒素・リン)濃度は低く、他の土地利用流
域から流出してくる栄養塩類を希釈する方向で寄与していた。その影響で、流域全体が
天然林であると仮定した場合、貯水池内の植物プランクトン(クロロフィル a)の増加が
抑制されていた。[p.274]
・スキー場の土地利用が多い流域を想定した場合は、リンの流出がダム貯水池の富栄養化
を促進し、また、流域全体が農用地の場合は、溶存態無機窒素の流出がダム貯水池内の
富栄養化を介して貧酸素化を招いていた。[p.276]
・流域全体が天然林の場合には溶存酸素濃度が高く、貧酸素化は発生しなかった。[p.275]
277
3-5 成果の要点
本研究により明らかになった事項を、以下に示す。
・森林流域から流出する炭素成分は、広葉樹天然林流域、針葉樹人工林流域のどちらも溶存態の
割合が高く、粗粒状有機物の割合はわずかである。
・渓流沿いに広葉樹の渓畔林がない場合は、渓畔林がある場合よりも粗粒状有機物の割合は低い。
どの流域も粗粒状有機物(枝葉)が炭素流出量全体に占める割合
は少なく、渓流沿いに樹林がある場合>ない場合となっている
100%
90%
80%
流出割合
70%
60%
葉
枝
溶存態
粒子態
50%
40%
30%
20%
10%
0%
A沢
天然林
B沢
C沢
渓畔林付き植林地 渓畔林なし植林地
年間の炭素流出量に占める各炭素成分の割合
・森林流域の硝酸態窒素、総リンの負荷量は,農用地やスキー場を含む開発地流域よりも少ない。
負荷量
(g/sec)
10.00
流量と硝酸態窒素の負荷量(支川:両対数グラフ)
№1
負荷量
(g/sec)
№2
1.000
流量と総リンの負荷量(支川:両対数グラフ)
№1
№3
開発地流域
№4
№5
1.00
№2
№3
0.100
№4
開発地流域
№5
№6
№7
№6
0.010
№7
№8
0.10
森林流域
森林流域
№9
№10
№9
0.001
№10
№11
№11
№12
0.01
0.01
0.10
1.00
森林流域の方が硝酸態
窒素の負荷量が少ない
10.00
流量
100.00(㎥/sec)
№12
0.000
0.01
森林流域の方が総リン
の負荷量が少ない
流量
0.10
1.00
10.00
(㎥/sec)
100.00
●:森林率 97%以上の森林流域
(針葉樹人工林流域)
●:森林率 97%以上の森林流域
(針広天然林流域)
●:開発地率 3%以上の開発地流域
森林流域と開発地流域での栄養塩類負荷量の比較
278
№8
・流量が少ない時には、森林流域の SS の負荷量は農用地やスキー場を含む開発地流域よりも少
ない。
・流量が多くなると、森林流域と開発地流域とで SS 負荷量の差が少なくなる。
負荷量
(g/sec)
流量とSSの負荷量(支川:両対数グラフ)
1,000.00
№1
№2
100.00
№3
№4
開発地流域
10.00
№5
●:森林率 97%以上の森林流域
(針葉樹人工林流域)
●:森林率 97%以上の森林流域
(針広天然林流域)
●:開発地率 3%以上の開発地流
域
№6
№7
1.00
№8
№9
№10
0.10
森林流域
№11
№12
0.01
0.01
0.10
1.00
流量
(㎥/sec)
100.00
10.00
開発地流域と比較すると、森林流域の方が流量の割に SS の負荷量が少ない
・SS の負荷量は、広葉樹天然林流域よりも針葉樹人工林流域の方が、また針葉樹人工林流域の
中では広葉樹の渓畔林がある場合より無い場合の方が多い。このことは、流路沿いに残された
広葉樹の渓畔林が斜面からの土砂流入を抑止していることを示唆している。
同規模の流域で比較すると、SS 流出量は天然林流域<植林地流域(渓
畔林付き)<植林地流域(渓畔林なし)となっている。
10.00
9.00
A沢
B沢
8.00
C沢
流出濃度(mg/l)
7.00
SS 負荷量(g/ha/日)
6.00
5.00
4.00
植林地の林齢
B 沢:11~13 年生
(渓畔林は 40~65 年生)
C 沢:13~14 年生
3.50
3.00
2.00
1.00
1.00
0.50 0.50
0.25
0.75
0.50 0.50
0.00 0.00 0.00
0.00
夏季
秋季
冬季
0.00
春季
調査期間
天然林流域
植林地流域(渓畔林付き)
279
植林地流域(渓畔林なし)
・森林流域からの溶存態無機栄養塩の負荷量は、農用地やスキー場を含む開発地流域よりも少な
い。シミュレーションによると、その少ない森林流域の中でも流域全体が広葉樹天然林である
場合に比べて針葉樹人工林である方が、溶存態無機栄養塩の貯水池への流入負荷量が少なく、
内部生産の増加による富栄養化を抑制することが推測された。
流域全体が広葉樹林の場合、
現況より負荷量が多い
流域全体が針葉樹林の場合、
現況より負荷量が少ない
現況
溶存態無機窒素
溶存態無機リン
溶存態無機栄養塩の流入負荷量累積値
流域全体が針葉樹人工林の場合、広葉樹天然林よりも貯水池内のクロロフィル a 濃度が低い
流域全体が広葉樹林の場合
流域全体が針葉樹林の場合
クロロフィル a 濃度の季節変化
280
・粗粒状有機物は森林流域から流出してくるが、スキー場や集落等の多い流域からも森林と同様
に流出してくることが判明した。シミュレーションによると、粗粒状有機物の供給が増えると、
溶存態無機栄養塩類ほどではないが、富栄養化を促進する方向に作用することが判明した。
粗粒状有機物の負荷がない場合、下層の溶存態無機栄養塩の濃度が現況と比べてやや軽減されてい
る
現況
粗粒状有機物の負荷がない場合
溶存態無機窒素濃度の季節変化
粗粒状有機物の負荷がない場合、下層の酸素消費が現況と比べてやや軽減されている
現況
粗粒状有機物の負荷がない場合
溶存酸素濃度の季節変化
281
・森林から流出する栄養塩類は、スキー場や農地から流出する栄養塩類より負荷が少なく、シミ
ュレーションによると貯水池の富栄養化を抑制することが推測された。
・流域全体が広葉樹もしくは針葉樹という極端な設定をしてダム貯水池の水質を予測してみると、
針葉樹人工林が多い流域である場合、広葉樹天然林が多い場合と比べて富栄養化現象を抑制す
る可能性が高く、ダムを運用する時に注意が必要であると考えられた。
薗原ダムの現況
流域内にスキー場が多いケース
流域全体が天然林の場合は、スキー場や農用地の場合よりも
貯水池内のクロロフィル a 濃度が低い
流域全体が農用地のケース
流域全体が天然林のケース
土地利用形態別クロロフィル a 濃度のシミュレーション結果
282
薗原ダムの現況
流域内にスキー場が多いケース
流域全体が天然林の場合は、スキー場や農用地の場合よりも
貯水池内の溶存酸素濃度が高い
流域全体が農用地のケース
流域全体が天然林のケース
土地利用形態別溶存酸素(DO)濃度のシミュレーション結果
283
・土砂流出の少ない河川を比較した時に、林冠により河床への光が遮断された広葉樹天然
林流域よりも、河床に光が到達し、適度な土砂供給により底質の多様性も増した針葉樹
人工林流域の方が、底生動物の種多様性が高く個体数も多いことが判明した。
種類数
同規模の流域(1 次谷間)で比較すると、種類数、個体数とも天然林流域<植
林地流域(渓畔林付き)<植林地流域(渓畔林なし)となっている。
天然林流域
植林地流域(渓畔林付き)
植林地流域(渓畔林なし)
底生動物群集の種類数・個体数の流域間・微地形間比較
※植林地の林齢は B 沢が 11~13 年生(渓畔林は 40~65 年生)
、C 沢が 13~14 年生
※ここで種類数とは,同定できたタクサ(taxa:科・属・種などの分類カテゴリー)の総数のこと
284
おわりに
-
水と森林の関係 -
水と森林は、自然環境の根幹となって多様な生態系を支え、人間社会の存立基盤を形
成する重要かつ基本的な資源である。また、消費すれば減少する鉱物資源などとは異な
り、水・物質の循環を通じて再生可能な資源でもある。
我が国は、世界の他の国々に比べて降水量の多い国ではあるものの、人口一人当たり
の降水量は世界全体の 5 分の 1 程度であり、また、台風や梅雤など地域的、季節的な変
動が大きく、地形が急峻で河川が短いなどのため、水資源利用の効率は低い。森林につ
いても我が国は面積比率では高いものの、人口一人当たりの森林面積は世界全体の 8 分
の 1 程度しかなく、けっして十分なものではない。
一方、水需要や森林に対する国民の要請は、経済社会活動の進展、生活水準の向上、
ライフスタイルの変化などによって高度化・多様化し、この傾向は今後とも益々増加す
るものと考えられる。
このような水と森林を取り巻く環境が、多様化・複雑化する中で、質・量ともに健全
な水の循環をめざし、また、良質な森林を保全整備していくことは国政上きわめて重要
な点となっている。
水資源開発にとってダム建設は有用な手段であるが、我が国の場合、多くのダムが急
傾斜の森林地域に立地しており、上流森林と一体となって機能していくことが望まれて
いる。森林は林業の場であるとともに多種多様な公益的機能を有しており、特にダム上
流域においては、水源のかん養、土砂流出の防止などの働きによってダムの機能維持に
大きな貢献をしているものと考えられている。
森林がこのような水土保全機能を有することは、古くから経験的に知られているとこ
ろであるが、森林や森林が立地する地形条件はきわめて複雑であり、また降雤が森林や
森林土壌を通過して河川に流出する間のメカニズムも非常に複雑であることから、森林
のもつ水源かん養、水質保全、土砂流出防止、環境保全等の水土保全機能を定量的に説
明することを困難にしている。
-
本概要の総括
-
本概要は、水源地森林機能研究会が平成 8 年度から 21 年度にかけ調査観測を行なっ
た現地観測結果をデータベースとして整理し、その研究成果を概要として取りまとめた
ものである。
水源地森林機能研究会は、水と森林の課題に取り組むため、従来はそれぞれ独自に調
査研究をしてきた国土交通省と林野庁が手をたずさえ、森林科学、河川工学の専門家多
数の参画を得て進められたものであり、両省庁及び両専門家が手を取り合い進めてきた
285
ことに大きな意義がある。
この報告書は、行政的な立場から一歩離れ、学術的な立場にたって本研究会が長年に
わたって研究してきた内容を概説し、現在の研究水準や今後研究を必要とする部分を明
らかにするとともに、水源地の森林や河川管理のあり方の検討に資することを目的にと
りまとめたものである。
本概要の総括としては、ダム貯水池に与える影響等を、シミュレーションモデル等を
用いた研究成果を活用し、成果の要点(p131~137)として整理した。
ここでは、森林に覆われた流域と、他の土地利用に覆われた流域から流出してくる物
質量との比較等から整理を行ない、森林のもつ各種機能と森林の種類の違い等による各
種傾向に要点を絞って補足を行なう。
【森林の水質保全機能】
(1)農用地やスキー場等の開発地が多い流域と比較して、森林で覆われている流域は
栄養塩類の流出が少なく、下流のダム貯水池の水質を清澄に保つ働きをしていた。
・流域内の森林を見た場合、広葉樹天然林で覆われた流域と針葉樹人工林で覆われ
た流域では、地域や樹種の相違により様々な観測結果が得られた。
・広葉樹の優占種が照葉樹(シイ・カシ等)で構成される松原・下筌ダム流域の観
測結果では、きれいな濃度の範囲内ではあるが、広葉樹天然林流域の方が針葉樹
人工林流域に比較し、栄養塩類の濃度が高かった。
・一方、広葉樹の優占種が落葉広葉樹(ブナ・ナラ等)で構成される薗原ダム流域
の観測結果では、やはりきれいな濃度の範囲内ではあるが、針葉樹人工林流域の
方が栄養塩類の濃度が高かった。
・さらに、薗原ダム流域において針葉樹人工林流域を比較すると、常緑針葉樹のス
ギで覆われている流域の方が落葉針葉樹のカラマツで覆われている流域よりも栄
養塩類の濃度が低かった。
(2)従来、貯水池の底泥化を促進するといわれてきた有機物の流出量は、農用地やス
キー場等の開発地が多い流域と、森林で覆われている流域で差異が小さかった。
・薗原ダム流域における観測では、夏場の台風による出水では、農用地やスキー場
等の河川敷から流れ出てくるヨシ・ススキ等の枝葉で構成された粗粒状有機物の
流出量が多かった。
・秋から初冬の落葉季の流出では、森林流域から流れでてきた落ち葉で構成された
粗粒状有機物の流出量が多かった。
・融雪季の出水では、開発地流域や森林流域の区別なく多くの溶存態有機物が流出
してきていた。
286
【森林の土砂流出防止機能】
(1)農用地やスキー場等の開発地が多い流域と比較して、森林で覆われている流域は
懸濁態の微細土砂粒子(SS)の流出が少なく、河川の濁りを軽減させていた。
・薗原ダム流域における観測では、SSの流出は、流域内の森林の種類に関係なく、
流域内が全て森林で覆われていれば流出量が少なかった。
・ただし、僅かな面積でも流域内に土砂の発生源、例えば農用地等の裸地、山腹崩
壊地や渓流荒廃地、雪崩跡地等がある場合は、降雤や融雪による増水時にSSの
流出量が多くなっていた。
【森林等の環境保全機能】
(1)渓流に生息する河川動物(底生動物)の種類数は、植被率(森林や草地による植
生被覆率)の高い流域の方が、低い流域と比較して多かった。
・また、流域内の荒廃率が高くなるほど河川動物(底生動物)の種数が少なくなっ
ていた。なお、森林率を比較すると、森林率の多少による影響はみられなかつた。
・これらのことより、荒廃地における河川動物(底生動物)の多様性には、荒廃地
(裸地)の割合がマイナス要因として働き、草地を含む植生で覆われた植生被覆
率がプラス要因として働いていた。足尾荒廃流域における治山緑化は、最初に荒
廃地(裸地)を草本で緑化し表層土壌の移動を防止した上で、苗木の植栽等を行
ない森林へと導いている。
(2)底生動物の餌となる粗粒状有機物の流出量は、広葉樹の渓畔林がある方が、ない
渓流と比較して多かった。
・湯西川ダム流域における観測では、広葉樹の渓畔林がある渓流は、斜面からの土
砂流入を抑止し、懸濁態の微細土砂粒子(SS)の流出が少なく、渓流の水質が
清澄であった。
・土砂によるかく乱の少ない渓流を比較した結果、渓流に生息する河川動物(底生
動物)の種数は、流域全体が広葉樹の天然林に覆われている流域よりも、広葉樹
の渓畔林がある針葉樹人工林の流域、さらに流域全体が針葉樹の人工林(幼齢林)
で覆われた流域の順に多い結果となった。
・渓床に当たる光の量を測定したところ、広葉樹天然林流域、広葉樹の渓畔林があ
る針葉樹人工林流域、針葉樹人工林流域(幼齢林流域)の順に多くなっていた。
・これらのことより、渓床に適度な光が当たる渓流のほうが、光のほとんど当たら
ない渓流よりも、河川動物(底生動物)の種数が多い傾向が把握された。
以上、本研究会の成果から森林のもつ水土保全機能を述べたが、このことは下流にお
ける水利用に、上流の森林管理や整備が重要であることを物語っており、またダムと上
流森林が一体となって水資源確保を図る上で流域管理が極めて重要になることを示唆
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している。また、河川環境の維持・向上に流域内の森林や渓畔林の存在が大きな役割を
示すことがわかった。
この報告を最後に水源地森林機能研究会は終了する。森林のもつ水土保全機能を定量
的・普遍的に表現するまでには至っていないが、ここでとりあげた現地観測を実施し、
結果を蓄積するとともに、データの分析、関連要因の抽出やその仕組みの把握、ひいて
はそれら仕組みを組み入れたモデル化といった一連のアプローチは定量化・普遍化への
道すじであると同時に、施業とそのレスポンスを見る道具ともなると確信している。今
後とも持続していくべきものと考えている。
長い年月にわたる研究会の委員等関係者の方々の努力と協力にお礼を申し上げ、この
報告のおわりとしたい。
平成 23 年 3 月
水源地森林機能研究会
委員長 池淵周一
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