Title 連邦主義の理論と実際 : 連邦国家5カ国の比較研究 - HERMES-IR

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連邦主義の理論と実際 : 連邦国家5カ国の比較研究
岩崎, 美紀子
一橋研究, 11(3): 33-48
1986-10-31
Departmental Bulletin Paper
Text Version publisher
URL
http://hdl.handle.net/10086/6119
Right
Hitotsubashi University Repository
33
連邦主義の理論と実際
一連邦国家5力国の比較研究一
岩 崎 美紀子
1 はじめに
主権国家の政治制度は,中央政府と地方政府の関係という観点から見れば,
単一制度と連邦制度の2つのカテゴリーに分類することができる。一般に,前
者は集権化された政治制度,後者は分権化された政治制度であると考えられて
いるが,それはあくまでも相対的なものであり,集権化された連邦国家,分権
化された単一国家も存在する。それでは,連邦国家あるいは単一国家,分権あ
るいは集権は,どのように定義されるのであろうか。
本稿の目的は,まず分権の概念を明らかにし,理論的に連邦主義を定義し,
次に実際に連邦制度をとる西側5力国(オーストラリア,カナダ,アメリカ合
衆国,西ドイツ,スイズ)の比較分析を行うことにより,連邦主義の理論と実
際を概観することにある。
H 連邦主義の概念
連邦制を理解するのに最も重要で根本的なものは,分権の概念である。しか
し,分権は頻繁に使われる用語であるのに,その概念は曖昧である。この曖昧
さは,イブ・メニーによれば次の3つの理由に起因する。
1.分権と地方公務affaires localesの概念を結びつけたこと。
2.分権と民主主義理念を結びつけたこと。
(1)
3.分権を公的機関の組織構造の改革の技術したこと。
分権には,概念的に2っの意味がある。1っは行政,経営の技術としての分
権であり.もう1つは政治理念としての分権である。メニーのあげた分権の曖
昧さの理由の1と3は前者に,2は後者に関連する。以上の3点に留意しなが
ら,分権の概念の明確化を試みてみよう。
34
一橋研究第11巻第3号
分権の概念は,政治的分権political decentralization,行政的分権admini−
strative decentralization,行政権委ik d6concentrationという分権の3つの型
を検討することにより明らかにすることができる。表1は,この3つの分権の
型の比較・対照をまとめたものである。
表1:分権の3つの型
定 義
地方政体の権限の司
D法的基礎
地方政体と中央当局
フ関係
地方政体の財政的裏
テけ
地方政体の地位
地方政治の担当者の
I択の方法
政 治 的 分 権
行政 的 分 権
垂盾撃奄狽奄モ≠戟
≠р高奄獅奄唐狽窒≠狽奄魔?
@decentralization
@decentralization
行政 権 委 譲 ’deconcenちration
中央当局と,中央当
中央当局と,中央当
中央当局に従属した
ヌと優劣関係にない
n方政体の間での権
ヌと優劣関係にある
n方政体の間での権
@関に中央当局のも
ツ権限の一部を委譲
タ分割
タ分割
憲 法
対 等
自 主 財 政*
中 央 当 局
地方政体は,ときと
地方機関は,中央当
オて中央当局に従属
ヌに完全に従属
部分的自主財政
中央当局に対して独
ある程度の自治をも
ァした政体
ツ中央政府の創造物
選 挙
⑥中央
地方
選挙または任命
⑥中央
@ゐ
命令系統**
中 央 当 局
中央当局へ財政依存
中央政府の出先機関
任 命
G
?宦
@ Ψ
地方禽
n方 ④
注:*アンドレ・ラジョワは自主財政(auto−financement)を,管轄権行使に必要な
費用支弁のための収入を確保できる能力と定義している。Andre6 Lajoie,
Les structures adrninistratives rtigionales, Les P resses de 1’Unive−
rsit6 de Montr6al,1968, Montreal, p.6.
**決定者と行動者の間の命令系統のモデルについては,次の著作を参照した。
Vincent Lemieux, Les cheminements de 1’influence, Les Presses
de i’ Universit6 Laval,1979, Quebec.
⑥:決定者 ④:行政執行者
出典:岩崎美紀子,「カナダ連邦制の政治分析』,御茶の水書房,1985年,P.28
この表からわかるように,中央政府と地方政府の非優劣関係が,政治的分権
を決定する最も重要な条件である。この非優劣関係は連邦主義の理念に密接に
連邦主義の理論と実際
35
関連している。アンドレ・ラジョワは「立法権が,中央機関と中央機関に従属
していない地方政体との問で分割されているとき,それは政治的分権,つまり
(2)
連邦主義である」と述べている。単一国家には政治的分権は存在せず,行政的
分権,行政権委譲だけが存在可能であるが,連邦国家では3つの分権の共存が
認められる。しかし,政治的分権こそが連邦主義の要であり,連邦制を他の政
治制度から識別する規準であることに留意したい。
連邦主義を定義するために,いくつかの規準をあげる理論家もいるが,連邦
主義の本質は,前述の政治的分権にあることから,1.連邦政府と連邦構成政
府間での立法権の分割,2.この2っのレベルの政府の非優劣関係,3.与え
られた権限内での各レベルの政府の自治権と主権の3点に要約される。次節で
は,連邦国家5力国の連邦制の実際を,以上の3点に,連邦成立の背景,連邦
レベルでの立法府への地方の代表性などを加え,比較分析してみたい。
(注)
ノ ノ
(1)Yves Meny, Centrαlisαtion et Dθcentrαlisαtion dαns le Dθbαt
ノ ノ
Politique Fran亨ais・1945∼1969・Librairie generale de droit et de
jurisprudence,1974, Paris,p.25
ノ ノ
② Andree Lajoie, Lθs structuresαdministrαtives rtigionαles, Les
ノ ノ
ノ
Presses de r Universite de Montrea1,1968, Montreal,p.5
皿 連邦国家5力国の比較一オーストラリア,カナダ,アメリカ合衆国,
西ドイツ,スイスー
表2は,本稿で対象としている連邦国家5下国それぞれの面積,人口,連邦
成立の年,連邦構成政府(州)の数,公用語といった基礎的な事項の他に,連
邦成立の契機及び背景となる外的要因をまとめたものである。
ウィリアム・ライカーは,連邦成立の条件として,対外的には軍事的脅威,
(3)
対内的には地方への愛着の存在を指摘している。表2からわかるように,軍事
的脅威は,カナダ,アメリカ,スイスにおいて,連邦結成の直接の動機となっ
ている。地方への愛着は,どの連邦国家にも存在するが,文化,言語面で顕著
なのは,公用語の数からわかるように,カナダ,スイスである。以下,ライカ
ーの指摘する2点から,5力国それぞれの連邦成立について分析をすすめてみ
よう。
36
一橋研究 第11巻第3号
表2 連邦国家5力国の基本的事項と連邦成立の背景
オースト
アメリカ “ 畠
カ ナ ダ
@ ラリア
面, 積
@(万㎞)
西ドイツ
@ 合衆国
ス イ ス
768
997
937
25
4
1461.
2434
22650
6166
636
人 口
(万人)
1980年現在
6
州 の 数
連邦成立の
契機
iState)
10
50
11
iprovince)
iState)
i1and)
帝国からの独 帝国からの独 帝国からの独
立
立
立
23
icanton)
多数国家の連 多数国家の連
合から連邦へ 合から連邦へ
帝国主義的膨 アメリカ合衆 イギリスとの ドイツ敗戦に オーストリア
国からの軍事 独立戦争遂行 伴う4力国分 の干渉に対抗
張に対抗する P的脅威に対抗
スめ,とりわ
連邦成立の
翻ヒ見
レ足
(外的要因)
現在の連邦
フ成立の年
公 用 語
フため,その ?搦。と冷戦
キるためカン
後は独立国家 の進展から成
としての対外 立
的統一性のた
め統合の必要
トン間の共同
防衛の同盟と
して成立
け,植民地間
貿易の活発化
という通商上
の理由から植
民地聞の統合
の必要
1するため,英
1901
1867
1788
1949
1848
英
英,仏
英
独
独,仏,伊
領北アメリカ
植民地の統合
の必要
カナダ連邦は,南北戦争を終え強固な連邦共和国となったアメリカ合衆国へ
の併合に対抗するため,英領北アメリカ植民地であったケベック,オンタリオ,
(4)
ニュー・ブランズウィック,ノバ・スコシァの4州が,1867年,自治領Dom−
inion of Canadaを形成したところに,その起源をもつ。 Tメリカからの軍事
的脅威に有効に対抗するため,また,南北戦争の例から,強い中央政府を擁し
ない連邦国家は,分裂の危機にさらされることを目の当たりに見たこと,その
他諸般の事情から,カナダは,単一国家に近いほど多くの重要権限を中央政府
に与えながらも,同時に,植民地時代からの重要問題であったイギリス系とフ
ランス系の対立の融和をはカ∫るために,単一制度ではなく連邦制度を採用した
のである。このように,カナダ連邦成立に際しては,軍事的脅威,地方への愛
着がともに存在していた。
カナダ連邦成立に,直接関係のあったアメリカ合衆国であるが,合衆国自身
連邦主義の理論と実際
37
も,その連邦成立は,イギリスとの独立戦争という軍事的脅威の結果であった。
1776年の独立宣言は,13の植民地がそれぞれ邦(ステート)として独立した
ことを意味しているのであり,13の邦を結ぶものとしては,1781年に批准され
た連合規約Articles of Confederationがある。しかし,この連合規約に基づ
いて結成された大陸会議は,主権をもつ邦のゆるやかな連合であり,このため,
対外的には独立国家として確立した地位を示し得ず,対内的には,財政,社会,
(5)
経済などに関する複雑な問題を解決する力を欠いていた。独立した諸州が集
まった連合か,強力な中央政府をもつ単一国家かという二大潮流に対し,!787
年,フィラデルフィア憲法制定会議において,その中間にあたる連邦憲法を起
算し,翌年,必要各州の批准をもって,現在のアメリカ連邦が成立したのであ
る。このように,アメリカの場合,当初は帝国からの武力的独立という軍事的
理由,その後は各邦の独自性を尊重しながら独立国家として存在していくため
に,連邦制を採用したと言える。
(6)
現存する連邦国家の中で最も古い歴史をもつスイスは,ハプスブルク家に対
抗する各カントン間の共同防衛を目的とした同盟として誕生した。その後,宗
教問題や農村・都市問題など,それぞれの社会事情に起因する語順ントン間の
政策や利害の対立が表面化し内戦にまでいたったが,フランス革命の影響を受
(7)
け一時的に単一国家となった以外は,ゆるやかな連合として生きのびた。現在
のスイス連邦は,1848年目連邦憲法(1874年改正)のもとに改組されたもので
ある。スイスはカナダと同じように多民族国家であり,主としてドイツ系,イ
タリア系,フランス系の人々で構成され,多くの場合,言語,文化により住み
分けが行われている。従って各カントンは,言語,宗教,歴史などの面で非常
に異なっており,住民が自分のカントンにもつ愛着は大きい。このようなカン
トンの自治の上に連邦スイスが存在しているのである。
以上みてきたように,カナダ,アメリカ,スイスの3力国は,その連邦成立
にあたってライカーの指摘する外的軍事的脅威と地方への愛着がともに存在し
ていた。次にみる西ドイツとオーストラリアの場合は,軍事的脅威よりも帝国
の膨張に対して連邦成立が促されたと言えよう。
現在の西ドイツは,1949年に発足したが,その最初の連邦的形態は,1867年
の北ドィッ連邦にある。その後成立したドイツ帝国も連邦制をとっているが,
その成立はプロシアによるドイツ膨張にある。プロシアは,それぞれの地方へ
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一橋研究 第11巻第3号
の愛着が強いドイツを併合するにあたって,力による征服よりも自発的な協力
を求め,連邦の形態をとる帝国を建設したのである。その後のワイマール共和
国も連邦制をとったが,プロシア優位の連邦制であった。現在の西ドイツ(ド
イツ連邦共和国Federal Republic of Germany)は,ドイツ敗戦による4片忌
分割統治と冷戦の中から成立した。4力立は将来,ドイツに中央政府をつくり
これと講和条約を締結するつもりであったが,英,米,仏の西側3力国とソ連
の意見が一致せず,1948年春,前者3戦国はロンドンで会談を行い,西ドイツ
政府樹立などに関する基本方針を決定した。この基本方針に沿って,各ラント
の代表からなる憲法制定会議が憲法草案を採択した。この憲法草案では,将来
(8)
東ドイツが加入できるようになっており,統一ドイツの新しい憲法が施行でき
るようになった時点でその効力を失う過渡的なものであるため,憲法Verfas−
sungではなく,基本法Grundgesetzと呼ばれている。
オーストラリアの場合も,外的軍事的脅威は稀薄であり,19世紀後半からの
帝国主義の膨張に対抗するため植民地間の貿易を活発にするという主として経
済的理由により連邦成立が促進された。各植民地の地方への愛着は,言語・文
化的なものではなく,その植民の歴史,経済発展に基づいたものであり,それ
ほど大きなものではなかった。
上記5力国の連邦国家のうち,旧英植民地であったのは,アメリカ,カナダ,
オーストラリアの3力国である。そのうち,武力を行使して独立を遂行したア
メリカは別としても,カナダ,オーストラリアといった現英連邦の中心的国家
がともに,連邦制を採用し,平和的に独立を獲得した点が注目される。実際,
イギリスはその植民地経営の性格から,またそれぞれの植民地の背景を考慮
し,その植民地が連邦国家として独立することに好意的であった。ここでは
扱っていないが,インド,マレーシアなど多くの旧英植民地でも,その独立に
あたって新しい政治制度として連邦制が採用された。
表3は,連邦国家5力国の,連邦政治レベルでの立法府,その行政府との関
係をそれぞれまとめたものである。この表からわかるように,5力国ともに二
院制をとっている。下院の共通点としては,どの国もその議員は各州の人口に
比例した直接選挙により選出される。任期は,国によって2年∼3年とばらつ
きがある。議員定数について注目されるのは,5力国の中で最も人口の少ない
スイスがオーストラリアよりも多くの議員を下院に送っていること,アメリカ
連邦主義の理論と実際
39
表3 連邦国家5力国の立法府の比較
オースト
@ ラリア
House of
下
名称
qepresenta−
狽奄魔?
院
カ ナ ダ
House of}
bommons
アメリカ
@ 合衆国
西ドイツ
ス イ ス
Bundestag
Nationalrat
.House of
qepresenta−
狽奄魔?
2年
4年
4年
125名
282名
435名
496名*
200名
選出
方法
各州の人口に
比例し,直接
選挙により選
各州の人口に
比例し,直接
選挙により選
各州の人口に
比例し,直接
選挙により選
名称
Senate
Senate
Senate
各州の人口に
比例し,直接
選挙により選
Bundesrat
Standerat
出
R年ごとに半
各州の人口に
比例し,直接
選挙により選
出
6年
任期
出
5年
出
3年
定数
出
任期
6年
75才引退
a・・吉
104名
100名
秤?I
上
定数
64名
オンタリオ,
各州から2名
州政府代表者
各州から2名
ずつが直接選
挙により選出
により構成さ
ずつ(準州か
ずつが直接選
ケベック州は
それぞれ24名
その他の州は
唐ノより選出
D3∼6こ口準
各州から10名
ずつ連邦特別
地区から2名
選出
院
菇@
46名
41名**
Bからは2名
れる。任期,
らは1名)選
選出方法は各
出方法,任期
Bにまかされ
トいる
ヘ各州にまか
ウれている
国家元首は大
統領であるが
実質的権限は
連邦議会にょ
って選ばれた
が内閣の推薦
により総督が
任命
立法府と
s政府の
関係
ヘ議会に対し
下院の多数派
の党首が内閣
を組織し首相
となる。内閣
ヘ議会に対し
モ任を負う。
モ任を負う
下院の多数派
の党首が内閣
を組織し首相
となる。内閣
国家元首かつ
行政府の長で
ある大統領は
国民に対し直
首相にある。
レ責任を負い
ァ法府に対し
トは責任を負
相は大統領 ]議会が内閣
フ指名に基づ フ機能を果た
「て議会によ
わない
り選出,議会
に対し責任を
7名の閣僚が
構成する連邦
キ
負う
*他に表決権をもたない西ベルリン代表22名が加わる。
シに表決権をもたない西ベルリン代表4名が加わる。
**
よりもはるかに人口の少ない西ドイッが,アメリカよりも多くの議員を下院に
選出していることである。これは,文化的,歴史的理由によると推測される。
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一橋研究 第11巻第3号
つまり,アメリカもオーストラリアも支配的にアングロ・サクソン社会であり,
比較的一枚岩的であるのに対し,西ドイツは主として分割統治という特殊事情
から,スイスは文化的,歴史的多様性から,より多くの代表を連邦政治に参加
させ,国の立法に関与させようとする姿勢の表われであると言えよう。
下院が全国を代表するのに対し,上院は地域を代表するため,とりわけ連邦
国家では,上院の機能は重要である。5力国とも,連邦構成単位(州)を代表
するという基本を重視しているが,国により大きな相異点がみられる。5四国
のなかで最も州の代表性を尊重しているのは,オーストラリアとアメリカであ
ろう。この2力国の上院は,人口に関係なく各州から等しい数の代表者によっ
て構成され,選出も住民の直接選挙による。各州から同数の代表という点で
は,スイスもあげられる。スイスの場合は,上院議員の選出方法,任期は各州
の自由な決定にまかされており,歳費も州の費用によってまかなわれている。
西ドイツもスイスと同様上院議員の選出方法,任期は各州にまかされている
コ が,上院は州政府代表者によって構成されている点が注目される。
5力国の中で最も問題の多い上院をもつのはカナダである。カナダの上院は,
次の3点において,連邦国家における立法府第二院の役割を有効に果たしてい
ない。まず第1に,地域の平等な代表性についてである。他の連邦国家が州の
大きさに関わらず,各州同数の上院議員を選出するのとは対照的に,カナダの
場合は,州の大きさによって議席数が異なっている。従って,大きな州は大き
な影響力を持ち,小さな州は小さな影響力しか持てない結果となり,地域代表
性という第二院の機能が著しく損われている。第2点は,上院議員の選出方法
についてである。カナダの上院議員は,内閣の助言に基づき総督が任命すると
いう方式で選出されるため,本来なら上院議員に託せる州の発言力が弱められ
ている。第3点は,上院議員の任期についてである。以前は終身であった任期
を75才までとしたものの,上院議員の流動性は著しく低く,上院の硬直化は免
れえない。
以上みてきたように,5力組すべて立法府は二院制をとり,下院は国全体を
代表し,上院は連邦構成単位である地域を代表するという基本を尊重している
が,とくに上院において,各国間の相違点が顕著であった。
次に,立法府と行政府の関係をみてみよう。オーストラリアとカナダは,旧
英植民地の伝統をひいてイギリス式議院内閣制をとる。下院で多数派を獲得し
連邦主義の理論と実際
41
た政党の党首が内閣を組閣し,行政府の長である首相となるのである。両国と
も国家元首はイギリス国王であるが,実質的な権限は首相が掌握する。閣僚は
議員でなければならず,内閣は議会に対し責任を負う。
同じアングロ・サクソン系ながら,アメリカは大統領制を採用している。国
家元首でありかつ行政府の長である大統領は,選挙委員による間接選挙によっ
て選出される。大統領は国民に対し直接責任を負い,立法府に対しては責任は
負わない。内閣は存在するが大統領に対する助言機関にすぎず,閣僚は議会に
対し責任を負わず,また議席をもっことができない。議院内閣制では立法府と
行政府の接近が避けがたいのにくらべ,このように大統領制では,立法府と行
政府の独立が可能となる。実際アメリカの統治機構は,地域的権力分立として
の連邦制,機能的権力分立としての大統領制の併存により,徹底した権力分立
をはかっている。
大統領をもつにしても,西ドイツの場合はアメリカときわめて異なる。西ド
イツにおいて,大統領は国家元首であるが,実質的権限はもたない。ワイマー
ル時代,大統領は一般投票の絶対多数によって直接選ばれ,その政治的立場は,
小党分立による不安定な連立内閣に依存していた首相よりも上位にあった。し
かし,ワイマール時代の大統領 首相の二重権力構造は政治的不安定を引き
起こしたため,現在の西ドイツは首相の権限を強化したのである。大統領は,
その目的のためにのみ召集される連邦会議Bundesversammlungによって選出
される。首相は,大統領の指名に基づいて,連邦議会Bundestagにより選出さ
れる。閣僚は,首相の指名に基づき,大統領によって任命される。
スイスの場合,その立法府と行政府の関係はきわめて特殊である。内閣の機
(9)
能は,連邦議会によって4年を任期として選ばれた7名の閣僚が構成する連邦
評議会Bundesratが果たす。7名の閣僚はそれぞれ,外務,内務,司法・警察,
国防,財務,経済,運輸・通信・電力の各省の長官をつとめる。連邦大統領に
あたる連邦評議会議長は,この7名の中から1年の任期で,連邦議会によって
選ばれる。
以上,連邦国家5力国の立法府と,その行政府との関係を概観した。各国は
それぞれ,連邦制と議院内閣制,大統領制,評議会制を組み合わせ,歴史的,
社会的背景の特殊性に合わせ統治機構を機能させていると言えよう。
.表4は1連邦制の要とも言える連邦政府と州政府の間での権限分割が,憲法
42
一橋研究第11巻第3号
上どのように行われているかを,5力国それぞれについて示したものである。
表4 連邦国家5力国における連邦一州権限分割(憲法上)
オースト
@ ラリア
カ ナ ダ
アメリカ
@ 合衆国
西ドイツ
Art.8
連邦の
齣ョ的
ァ法権
連邦の
?@ 限
ス イ ス
Art.52
Art.91
Art.1−8
Art.73
Art.75
Art。51
`rt.38
`rt.39
`rt.41
Art.24∼26
Art.28
Art.34
`rt.36
`rt.64
Art.69
Art.85
Art.5
Art.9
Art.114
Art.95
州の権限
Art.107
`rt.112
`rt.113
Art.92
`rt.93
残余権
州
Art.74
Art.27
Art.31
Art.32
Art.37
Art.40
Art.3
州
連邦と州
の競合的
権 限
連邦
州
州
オーストラリア連邦憲法は,その第51条,第52条において,連邦政府の権限
について言及している。第52条では,「オーストラリア連邦の平和,秩序及び
善良な統治のため」連邦政府が有する専属的立法権を明記している。これらの
分野においては,州は,法律を制定する権限は全くない。第51条には,連邦議
会が立法権を有する39事項が列記されている。ここで注目に値するのは,第51
条に明記された事項のいくつかは,実際には州との共有権限となっている事実
である。すなわち,オーストラリア連邦結成当時,連邦憲法とは別に州憲法が
存在し,連邦憲法が州権に直接作用する分野を除いて,州憲法は効力を持ち続
けることになった。このため,連邦政府が第51条に書かれた権限を実際に行使
しなければ,州はその事項に関する権限を持ち続けることができるのである。
連邦主義の理論と実際
43
逆に,第51条に列記された事項のうち,憲法の他の条項と考え合わせれば,連
邦議会が独占的に権限をもつ事項があるのがわかる。まず通商があげられる。
オーストラリア連邦形成の直接の原因のユつである通商問題は,憲法起算の段
階でも重要なポイントとなっていた。第51条1項にあるように,他国間及び州
相互間の通商は連邦政府の権限となり,同2項,3項,12項∼18項,20項は,
連邦政府の通商における権限を強化している。また租税についても,連邦政府
(10)
はほぼ独占的権限を享受している。言うまでもなく,軍備・防衛は連邦政府
(ll)
の専属的権限になっている。外交については,連邦形成後も約40年間は,イギリ
スがオーストラリアの外交権を管掌していたが,ウェストミンスター法批准後
(12)
は,オーストラリア連邦政府が対外関係に関する分野において,独占的権限を
もつにいたった。他にも,郵便・電信・電話などのコミュニケーションは,ラ
ジオ,テレビ放送をも含めて専属的連邦権となっている。
同じ油谷植民地であり,議院内閣制と連邦制を併存させる類似点を持ちなが
ら,カナダの連邦制は,オーストラリアの連邦制と大きく異なる。最も大きな
相異点は,カナダが非常に中央集権化された連邦制度を創設した点にある。カ
ナダの連邦憲法に相当する英領北アメリカ法は,その第91条において連邦議会
の専属的立法権を29事項にわたって列記している。外交,国防,通商,郵便,
通貨及び貨幣,銀行業務などの他,無制限の課税権が連邦に与えられている。
これに対し州は,第92条に列記された16事項と,教育に関して立法権を有する
が,他の連邦国家では州に付与されている残余権は,カナダの場合連邦に属す
るので,州の権限は制限されたものとなっている。また連邦政府には,州の法
律に対する否認権disallowance powerや連邦支出金spending powerによる
州権管轄分野への介入が可能であり,加えて「治安,秩序及び正しい統治のた
(14)
めに」ほぼあらゆる分野への連邦介入が容認されており,憲法を見る限りでは,
(15)
州政府に優越する非常に強力な中央政府が支持されている。カナダがイギリス
からの独立にあたって,強い中央政府と連邦制という一見矛盾する選択をした
理由は前述したが,その出発としては中央集権的であったカナダ連邦は,現在
(16)
では分権化が強力に推進された連邦国家となっている。
カナダの場合と逆なのがアメリカである。アメリカの連邦制は,13州の連合
(コンフェデレーション)に起源をもつことからわかるように,州が強大な権
(17) (18)
限を保有し,連邦政府は憲法に列挙された権限のみを行使できるという州権の
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一橋研究 第11巻第3号
強い連邦制であった。しかし,アメリカを2分した内戦である南北戦争を経験
して以来,国家統一の強化が神聖にして最高の目的となり,州権の行使はこの
目的のもとで制限されたものになった。このため,従来は州の権限であった警
察,厚生,労働,教育などの事項も,連邦政府が競合的に管掌するようになっ
た。また,大恐慌,その対策としてのニューディール政策,2つの世界大戦は,
決定的に連邦政府の権限を拡大させることになり,州の相対的地位は弱化した
ものとなっている。
西ドイツの場合,その連邦制の法的根拠であるドイツ連邦共和国基本法は,
連邦とラント(州)の間の権限分割を次のように行っている。まず,外交,軍
事,郵便,鉄道,通貨,関税,通商,司法,戦争処理など,連邦が専属的立法
権を有する事項が第73条において列記されており,残余権はラントに付与され
ている。権限分割に関してドイツ基本法が他の4力国の連邦憲法に比べて特徴
(19)
を示すのは,連邦とラントの競合的分野が,24項目にわたって明記されている
点である。ラントはこれらの分野において,連邦が立法権を行使しない限り立
12
(20)
法の権限を有するが,連邦は,とくに,
ある事項が個々のラントの立法によっては有効に規律されないとき
ある事項をラントの法律によって規律すると.他のラントまたは全体の
利益を害するおそれがあるとき
3
法の統一または経済の統一を維持するため,とくに1ラントの範囲を越
(21)
えて生活関係の統一を維持する必要があるとき
競合的分野で立法権を行使する。11事項に及ぶ連邦の専属的立法権に加え,競
合的分野においても連邦が優先するため,重要な権限のほとんどが連邦に属す
ることになり,残余権はラントにあるものの,実際にはラントの権限は大きく
制限されている。
西ドイツの連邦制の特殊性は,連邦が制定した法律をラントが執行するケー
スが非常に多い点にある。これは,行政的分権であり,西ドイツでは,「協調
(22)
的連邦主義」と呼ばれている。しかし「協調」といっても実際には連邦が調
整者であり監視者であるきわめて中央集権的な性格を帯びている。西ドィッの
連邦制は,徐々にラントの自治が蚕食されており,統一性と標準化が強調され
(23)
る中央集権性の強い単一的連邦主義unitary federalismと呼ばれるような,本
来の連邦主義とは異なる方向へ移行している。
連邦主義の理論と実際
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スイスにおける連邦とカントン(州)の間の権限分割は,連邦権を明記し,
残余権をカントンに付与する形で行われている。連邦の権限としては,他の連
邦国家と同様,外交,国防,通商,関税,郵便・電信・電話,貨幣,運輸・交
通などがあげられる。以上の事項は,立法,執行ともに専属的に連邦に与えら
れた権限であるが,他に,(1)連邦が立法し,その執行は連邦とカントンの協力
においてされる分野と,②連邦が立法するが,その執行はすべてカントンにま
かされる分野がある。(1)の分野としては,軍制,原子力などがあり,②には,
河川及び森林警察,水力と電力の利用,漁業と狩猟,労働者保護,公共工事,
銀行制度などが含まれる。州は,その主権が連邦憲法において制限されない限
り主権を有し,かつ連邦に委ねられていないすべての権限を行使できるので,
(24)
州の連邦に対する立場は強い。これはスイス連邦の発生の歴史からわかるよう
に,国家連合的性格がいまだ存在し,各カントンは,主権の一部を連邦に委ね
る形で連邦を二次的に形成するという連邦協約federal pactの考えが根強い
ためである。
(注)
(3) William H. Riker, ” Federalism”, in Greenstein and Polsby (ed.),
Governmental Jnstitutions and Prbcesses, Addison−Wesley, Read−
ing, 1975, p. 116
〔4)その後20世紀初頭までには,ほぼ現在の版土となり,1949年にニュープアウン
ドランドが加盟するにあたって,10州から成る現在のカナダ連邦が完成した。
〔5}通貨の不足と市場の供給過多により,通商の危機を迎え,重大な政治問題にま
で発展していた。
〔6)1291年に,3つのカントン(ウリ,シュウィーッ,ウンターワルデン)の永久
同盟として成立した。
(7)1798年,ヘルウェティア共和国憲法によりスイスは単一国家となったが,1802
年連邦制の原則に基づいた調停法が成立し,その後1815年の連邦協約によって州
権は回復した。
{8)『ドイツ連邦共和国基本法』,序文,第23条,第146条。
(9)1州から2名以上の閣僚を選出することは許されず(憲法第96条),各言語グ
ループが適切に代表されるように配慮されている。
ao)『オーストラリア連邦憲法』,第51条2項,第90条。
(11)同上,第51条6項,第114条。
働 同上,第51条10項,27項∼30項
{13)『英領北アメリカ法』,第93条
(1の 同上,第91条1項
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一橋研究 第11巻第3号
(15)ケネス・フェアは,カナダはその政府機能からみれば連邦であるが,憲法上
は州政府が中央政府に従属しているため準連邦quasi−federalにすぎないと説
明している。Kenneth C. Wheare, Federαl Governrnent,4th edition,
1964,0xford University Press, N.Y., p.20
(16)詳細については,岩崎美紀子,『カナダ連邦制の政治分析』,御茶の水書房,
1985年,第1章,第5章を参照のこと。
(17)rアメリカ合衆国憲法』,修正10条
(18)同上,第1条8項
卿 『ドイツ連邦共和国基本法』,第74条
⑳ 同上,第72条ユ項
〔21)同上,第72条2項
22} Edmond Orban, Lα dynαmique de lα(】entrαlisation dαns I’Etαt
ノ
fedθrα1, Quebec/Amerique, Montreal,1984, p,249
ノ ノ ノ ノ
(23) Gunter Kisker, Unitαriαnαn(i Cooperαtive Fe(ierαlism:or chαn−
ging concept of federαlism in West Gerrnαn)ノ, Institute of Inter−
govemmental Relations, Queen’s University,複写版,日付不明, p.17
⑳ 1848年憲法(1874年改正)をもって中央政府の権限が強化され,スイス連邦
の中央集権i化がすすんだと言われるが,それはあくまでもそれ以前のゆるやかな
連合と比較した場合である。
IV まとめ
以上,連邦国家5力国それぞれについて,連邦成立の背景,連邦構成政府の
多様性,連邦政治レベルでの立法府の機能と構成,地方代表性の反映,2つの
レベルの政府間の権限分割を概観し,比較分析を試みた。連邦が成立する誘因
となる外的脅威と地方の多様性は,程度の差はあったが,対象とした5力回す
べてに顕在していた。連邦レベルの立法府は,すべての国で二院制がとられて
いるが,上院の機能について,とくにカナダの場合,多くの問題が提起されて
いる。実際,連邦主義は,「地方政治の自治」と「連邦政治への参加」を同時
に具現するものであり,地方の声を国政に反映させるパイプの健全さが,単一
国家とは違った形で,連邦国家を1つの統一された国家として存続させる重要
なポイントになっている。
2つのレベルの政府の間の権限分割は,カナダ以外の4力国では,残余権を
州に付与する形で行われている。連邦政府の権限が列挙権限に制限され,残余
権が州にある場合,当然ながら州政府の強い連邦国家が推測されるが,実際に
は,オーストラリア,アメリカ合衆国,西ドイツは,残余権が連邦にあるカナ
連邦主義の理論と実際
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ダよりも,はるかに強大な中央政府を持つにいたっている。このパラドックス
は,連邦憲法と機能としての連邦制は別のもので,連邦国家を分析する場合に
おいて,理論と実際の両面から考える必要を示唆している。この文脈において
最も重要なものは,憲法の司法解釈であろう。カナダが中央集権的な憲法をも
ちながら,強い州政府を出現させるにいたった大きな原因の1つは,枢密院司
法委員会による司法解釈であるし,またアメリカが州政府の強い連邦国家とし
て出発しながら,強大な中央政府をもつようになったのも,南北戦争による連
邦の危機を乗り超えた後の司法解釈に依拠するところが大きい。
州政府,連邦政府のいずれに好意的な司法解釈が行われるかは,社会的背景
を考慮に入れ,自由でかつ正統な判決のできる司法の柔軟性による。多様性と
統一性という一見矛盾する二元性を内包した連邦国家にとって,連邦分裂の危
機だけは,何があっても回避することが至上命令である。この意味において,
どの連邦国家でも連邦法は州法に優先し,州権は国家統一の名のもとに制限さ
れる場合が多い。理論のところで,2つのレベルの政府はそれぞれ与えられた
権限の範囲で最高決定者であることが,連邦制の重要なポイントであると述べ
たが,実際には,連邦政府の州権管轄分野への介入は否めない事実である。しか
し少なくとも,連邦権と州権を分けることで権力の集中を否認し,それぞれの
自治を尊重しようとするところが,連邦制度と単一制度の根本的相異点であろ
う。
これからの連邦国家の課題として,次の2点があげられる。まず第1は,国
際関係である。外交,国際関係は,連邦政府の独占的権限であるが,多様化の
すすむ現代世界において,従来の連邦国家の国際関係は変化している。すなわ
ち,国益と益益の相違から,州は直接に外国と交渉する方向に動き出してい
る。教育など州政府に専属的に属する分野における対外関係の場合は,州は独自
にあるいは連邦政府の同意を得て,諸外国と直接協定を結んでいるが,連邦も
州もともに積極的に利害関係を持つ分野においては,連邦政府,州政府,外国
政府の複雑な三者関係となり,国家としての対外的統一性は,蚕食される危険
がある。
第2点は経済についてである。どの連邦国家においても,その連邦憲法が起
草された時代は,現在ほど経済が複雑な問題を提起していなかった。通商,関
税,貨幣,通貨,銀行,課税権など,当時経済に直接関係あると考えられた事項は,
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連邦政府の権限に属した。しかしその後,時代の変化に伴い現われた経済に関
する種々の事項の管轄権が,連邦政府と州政府の間で共有あるいは複雑に分割
されるようになった。このため,地域的経済発展はあっても全国的には経済の
伸び悩み,国家規模の経済政策への州政府の反対,外国資本導入あるいは通商
・貿易における連邦と州の対立など,2つのレベルの政府の間で権限分割が行
われているが故に,有効な経済政策がとり得ないという現象が起こっている。
以上2つの問題の解決にも関連するが,連邦国家が今後も存続していくため
には,連邦制ゆえの権限分割を更直化したものにせず,時代の要請に敏感に対
応できるような調整機能を保有することが重要であろう。
〔筆者の住所:〒305茨城県新治郡桜村並木4丁目405−201〕