論文要旨 - 日本医科大学

論 文 内 容 の 要 旨
Effects of aging and acid reflux on esophageal motility
加齢と酸逆流の食道運動機能に及ぼす影響について
日本医科大学大学院医学研究科
研究生
Digestion
消化器内科学分野
川見典之
2014 年掲載予定
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【背景・目的】
加齢により逆流性食道炎の罹患率が増加する原因の一つとして、加齢による食道運動機
能低下が考えられる。一方で逆流性食道炎患者では逆流性食道炎が重症になるに従って食
道運動機能が低下する報告があり、逆流自体が運動機能を低下させる可能性もある。食道
運動機能に与える加齢や酸逆流の影響については一定の見解が得られておらず、本研究の
目的は high-resolution manometry (HRM) を用いて加齢と酸逆流が食道運動機能に与え
る影響を明らかにすることである。
【対象】
対象は 45 歳以下の若年健常者 40 例 (男性 23 例、median 37.0 歳)、65 歳以上の高齢健
常者 40 例 (男性 18 例、74.0 歳)、逆流症状を有する 65 歳以上の Los Angels 分類 Grade A
又は B の高齢逆流性食道炎患者 40 例 (男性 17 例、70.0 歳)である。健常者は胸やけ、呑
酸などの逆流症状を有さず上部消化管内視鏡検査にて食道粘膜傷害を認めず、また食道運
動機能に影響を与える薬剤の服用歴や膠原病、糖尿病、神経疾患などの既往がない者とし
た。若年健常者と高齢健常者間、また高齢健常者と高齢逆流性食道炎患者間の body mass
index に差はなく、上部消化管内視鏡検査にて 2 例の高齢健常者、5 例の高齢逆流性食道
炎患者に 2cm 以上の滑脱型食道裂孔ヘルニアを認めたが、若年健常者では食道裂孔ヘルニ
アは認めなかった。
【方法】
HRM 検査は 21 チャンネルの内圧カテーテルを使用し、infused catheter 法にて測定し
た。胃近位部から下部食道は 1cm 間隔の 10 個のチャンネルで測定、下部食道から上部食
道は 2cm 間隔、上部食道から咽頭は 3~4cm 間隔で測定した。測定項目は LES (lower
esophageal sphincter) 静止圧、一次蠕動波の出現率と収縮力、二次蠕動波の出現率と収縮
力である。内圧カテーテル挿入後、10 分の安静後、LES 静止圧の測定を開始した。LES 静
止圧は胃内圧を基準とした呼気終末の LES 静止圧を 1 分毎に 10 回測定し平均とした。食
道体部運動は、30 秒間隔で 10 回、水 5ml を嚥下させ、正常な一次蠕動波の出現率、蠕動
波の収縮力を評価した。正常な蠕動波の定義は、出現した収縮波高が上部食道で 12mmHg
以上、中部~下部食道で 25mmHg 以上であり、収縮波の伝達速度が 6cm/second 以下の場
合とした。収縮の強さは distal contractile integral (DCI:蠕動波の平滑筋領域を 20mmHg
の等圧線で囲んだ際の volume [mmHg-s-cm]) を用いて評価した。二次蠕動波は 20 秒間隔
で 5 回、食道中部に 20ml の空気を注入し、空気注入後の二次蠕動波の出現率と収縮力を検
討した。
【結果】
1) 食道運動機能に及ぼす加齢の影響(若年健常者と高齢健常者を比較)
LES 静止圧 (若年健常者 10.6 mmHg [8.0-13.4]、median [interquartile range]、高齢健
常者 12.0 [9.4-14.7])、一次蠕動波出現率 (若年健常者 90 % [50-100]、高齢健常者 90
[65-100]])、一次蠕動波の DCI (若年健常者 805 mmHg-s-cm [388-1176]、高齢健常者 782
2
[387-1227])、二次蠕動波の DCI (若年健常者 714 [438-1121]、高齢健常者 720 [393-1601])
は両群に差はみられなかった。二次蠕動波出現率は高齢健常者 (40 [20-80]) では若年健常
者 (80 [60-100]) に比べ有意に (P < 0.001) 低率であった。
2) 食道運動機能に及ぼす逆流の影響(高齢健常者と高齢逆流性食道炎患者を比較)
LES 静止圧 (高齢健常者 12.0 [9.4-14.7]、高齢逆流性食道炎患者 10.3 [8.1-17.2])、一次
蠕動波出現率 (高齢健常者 90 [65-100]、高齢逆流性食道炎患者 80 [60-100])、二次蠕動波
出現率 (高齢健常者 40 [20-80]、高齢逆流性食道炎患者 40 [20-60]) は両群間に差はみられ
なかったが、高齢逆流性食道炎患者の一次蠕動波 (357 [261-662]) と二次蠕動波 (557
[329-684]) の DCI は、高齢健常者 (一次蠕動波:782 [387-1227]、P = 0.0029、二次蠕動
波:720 [393-1601]、P = 0.0277)に比べ有意に低下していた。
【考察】
若年健常者と高齢健常者を比較したところ、両群の唯一の違いは高齢健常者における二
次蠕動波出現率の低下であり、二次蠕動波出現率の低下は加齢による影響が考えられた。
若年健常者と高齢健常者で DCI に差がみられなかったことより二次蠕動波出現率低下の原
因は運動神経や食道筋自体ではなく、末梢での知覚や中枢での認識処理の問題が考えられ
た。以前剖検例の検討であるが食道筋層神経叢の神経細胞数が若年者に比べ高齢者で減少
している報告があり、高齢者では神経細胞数が減少しているために伸展刺激に対する知覚
が低下し二次蠕動波出現率が低下している可能性が考えられた。
高齢健常者と高齢逆流性食道炎患者を比較したところ、高齢逆流性食道炎患者は高齢健
常者に比べ一次・二次蠕動波ともに DCI の有意な低下を認め、DCI の低下は逆流自体によ
る影響が考えられた。以前の報告で逆流性食道炎患者の食道運動機能を治療前後で比較し
たところ、LES 静止圧、一次蠕動波出現率、蠕動波高が治療後に上昇した報告があり、ま
た動物実験で食道炎発生後に LES 静止圧や食道蠕動波高が低下した報告もあり、これらは
逆流自体が食道運動機能に影響を及ぼすことを示唆するものであり我々の結果と一致する。
【結語】
二次蠕動波出現率の低下は加齢の影響が、一次・二次蠕動波の DCI 低下は逆流自体の影
響が考えられた。
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