No.95 2015.1.19 ノイエ・ファーネジャーナル Neue FahneJournal [発行元]株式会社ノイエ・ファーネ 〒101-0043 東京都千代田区神田富山町26-6 ℡.03-5297-1866 http://www.n-fahne.jp 企業が行う人材育成課題とは 広い意味でのリスク管理 ― 人材育成への投資は企業価値を創造する必要なコスト ― 株式会社ノイエ・ファーネ 代表取締役 本間 次郎 (ほんま じろう) 1954年生まれ。大学在学中より出版・編集業務に携わり、卒業と同時に出版・編集業界にて、主に労働経済関係を フィールドとし取材・執筆、編集業務に携わる。中小企業経営者向け経営専門誌の編集、人材教育・研修ツール等 の作成および人事・組織コンサルティング業務を経て㈱ノイエ・ファーネを設立。 [ごあいさつ] 2015年最初の『ノイエ・ファーネジャーナル』をお送りします。今年も人事・組織関係の見解・見識を広く開示していく「場」とし ての役割を果たしていきたいと考えています。合わせて可能な限り人事・労務課題についてのリアルな「寄り合い」的な“場”とし て機能させてきた『ミニ・フォーラム』の開催も企画していきたいと考えています。何卒よろしくお願いします。 うならば各店舗のオペレーションの課 題は、労務管理を含めたリスク管理教 しても“人間の気持ちまではマニュア ル化することはできない”というマニュ 育と同時並行で展開されなければなら ないということだ。 アルの限界を理解しておくことも重要 だ。 リスク管理は全般的なコンプライア ンス意識の強化として位置づけなけれ そこで、発生したミスや事故のリカ バリーを末端組織からどのように展開 で明けた感がある。企業の生殺与奪は 外食に限らず取引先や消費者からのク レームに規定されてしまう時代だ。企 ばならない。そのためにも個々の従業 員に対して発生している事柄に真摯に していくのかという視点が必要になる。 この視点はとりもなおさず人的資源を 向き合い、物事を常識的に判断してい どのように育成・強化していくのかと 業活動において人間がかかわる部門や くいわゆる一般教養(リベラル・アー いうことに直結している。実はこの展 工程が多ければ多いほどミスや事故が ツ)教育を疎かにしてはならないとい 開が人材育成のポイントでなければな つきまとう。そのため事故の発生を前 うことではないか。 人は従来から慣れ親しんできた手法 らないはずだ。つまり、従業員一人ひ とりに“企業には社会的要請への適応 不可欠になる。 事故が起こった後に「想定外」と弁 を変えることに抵抗感もある。新たな が求められている”というコンプライ ことを習得するためには、自分が「学 アンス感覚を要請していくということ 明しても通用せず、常に事故を想定内 とした企業運営が必要だ。そのうえで ばなければならない」というコストが 生じるからだ。経営の側も同様に従来 だ。そしてこれらの感覚は企業人に求 められる「ビジネス一般教養」として 事故というリスクに対しての「管理」 と万が一事故が発生した場合の「移転」 を両軸で考える必要がある。 からの手法変更は有形無形のコストが 伴うものと意識してしまう。新たな手 法の構築に向けての新たに発生する指 位置づけ、職場のOJTを通し形成さ せていかなければならない。 コンプライアンスを単純な「法令順 異物混入問題で感じることは、何事も マネジメントの問題や課題を疎かに 導や育成というコストが発生するから だ。 守」として理解すると「マニュアル対 応」が先行してしまう。確かにマニュ してはならないということだ。問題と すべきは各店舗からの情報を如何にし 今回発生している異物混入に関して アルは必要だがマニュアルの強化に走 仮に原因究明がなされ、現場でのミス ると逆に“書かれていないことはでき て迅速に集約し、ことの問題点がどこ に起因しているのかを追求する姿勢が 対策のための新たなマニュアルなどが 導入されたとする。しかし、発生した ない”という弊害が出てしまう可能性 もある。本来コンプライアンスは何ら 問われているのではないか。一言でい 事柄に対して綿密なマニュアルを作成 かの目的達成のためにあるわけではな 人材育成は リスク管理の基本 2015年は外食産業での異物混入問題 提に発生時の対処策を想定することが - 1 - い。あくまでも“企業が社会に存在す ン」という組織を構成する3要素の弛 足感が強まっている”と分析している。 る理由”という意味で、「企業の社会 緩を招いてしまう危険性もある。その また、「若年や未熟練・中途の採用増 的責任」(CSR)に内包される概念で ある。そこで企業の人材育成は、業務 ため、雇用に関するリスクには当然な がら「管理」するという側面とリスク 加や女性、高齢者、障がい者など多様 な労働力の活用等に伴い、教育訓練投 スキルや職務能力の向上と同時に“健 全な判断を下していくための感性を磨 が発生した場合のリカバリーとしての 「リスク移転」の両軸が不可避となっ 資にも下げ止まりや増加の兆しがうか がえる」と指摘している。 てくる。 労務管理に必要な コンプライアンス意識 現在の雇用過不足感を尋ねたアンケー 「リスク管理」とは「リスクを移転す トに対して、従業員全体に関しては る先」があって初めて機能するものだ。 「不足」が4.8%、「やや不足」が38. そしてリスクの移転先という担保が 1%、「適当」が47.6%で、「やや過 「リスク管理」の効果をあげることに 剰」が7.1%、「過剰」がゼロとのこ く”という課題でもなければならない。 もなる。当然「リスクの移転」にはコ 労務管理においても同様のことがい ストが発生する。しかし、これらは企 と。この数値からアンケート実施者は “不足は計42.9%にのぼり適当に迫る える。一時期ほどではないが、いまだ 業活動にとって「必要経費」である。 勢いであり、雇用の不足感がかなり強 にネット上ではいわゆる「ブラック企 この「コスト」を惜しんでしまうと まっている様子が窺える”と分析する。 業」批判が横行している。劣悪な労働 健全な雇用リスク管理に支障を来す結 この調査はいわゆる大手企業を対象 条件や残業未払いという悪質なケース 果にもなる。企業組織にとって人を雇 にして実施されたものだが、「人手不 は全くの論外として、通常の業務行動 に対してもネット上での批判が後を絶 用することの“自覚と責任”が雇用に 関するリスク管理の前提となるという 足感」は今日の中小企業も同様に発生 している。もちろん、一部の“採用ブ たないのが現実だ。 企業活動において人を雇用する以上 は、労災事故に限らずさまざまな「雇 ことだ。 雇用に関するリスク管理の基本は、 “自社で働いている従業員の生命・安 ランド力の強い企業”以外は企業規模 に関わらず採用難に陥ってしまってい る現状は巷間伝わっている。 用に関わるリスク」を覚悟しなければ ならない。仮に「雇用に関わるリスク」 全・健康をしっかりと管理していく” ということである。従って、雇用管理 もっとも「緩やかな回復基調」とい う分析の是非は別として、企業規模に を恐れていては、人を雇用して事業活 は鋭く企業のコンプライアンス(企業 動を広く展開することは不可能となる。 の社会的責任)という意識を持たなけ 関わりなく押しなべて多くの企業の中 に「人手不足感」が広まっていること 一方で従業員は均一ではなく生まれも、 れば機能しない。企業が行う「雇用に 育ってきた家庭や社会環境が異なる幾 関するリスク管理」とは、一人ひとり は確かだ。現に新卒・中途を問わず採 用難に陥っている企業は多く、企業規 世代もの人間が混在している。そうで あるが故に企業組織には、さまざまな 意識や価値観が存在するという現実か の従業員に対して安全衛生教育、職場 業務改善等々を含めた“広い意味での 職場マネジメント意識を醸成していく” 模に関わらず、一般的に人手不足感は 広まっている。 繰り返しになるが、一部の採用ブラ ら出発しなければならない。 まして、今日では外国人雇用も日常 という育成の視点があって初めて機能 ンド力の強い企業を除いて、多くの企 業で“採用活動を展開しても新卒・中 的になってきている。文化や宗教の差 異や時には軋轢からくるリスクをも想 定しなければならない。古き良き時代 の牧歌的な均一化された意識や行動は 人手不足には “ゼロから教育する” 発想と覚悟で臨む 望むべきではないし、望めないという 実態がある。 雇用に関するリスクに対する管理は、 途に限らず思うように人材を確保でき ない”という状況が顕著になり始めて いる。従来と同様の求人媒体を活用し て人材募集を展開してもこれまでのよ うな結果が得られない企業が多く発生 する。 している。しかも、アルバイトやパー 独立行政法人労働政策研究・研修機 トの採用でも基本的に同様のことが起 従来の単純な労務管理の延長では対応 構は昨年11月10日から11月末にかけて しきれなくなってきている。その証左 2014年・第3四半期の業況実績等に関 そこで、人材不足の中小企業では中 にかつて企業にとってある意味でのガ する「ビジネス・レーバー・モニター 途採用で成果が得られないため、中長 バナンス機能を有していた労働組合の 調査」を実施した。この中で“現状の 期的視点での人材確保に向けて、これ 構成も全就労人口の17%前後という 雇用過不足感はどうか”“人手不足の までハードルが高いと敬遠していた新 状況となっている。従って、雇用に関 今後の影響をどうみるか”というアン 卒採用にトライする中小企業が増えて するリスクに対応するには、「多様性」 ケート調査を行っている。また、関連 いる。しかし、この種の企業にありが への対処=ダイバシティーという概念 して過去10年間、低迷が指摘されてき ちなのが新卒学生に対する誤った認識 が必要となってくる。 た教育訓練投資の今後の見通しについ だ。直裁にいえば新卒学生の中でも一 てアンケート調査も行った。 定のレベルに達しているのは一部の上 ただし、多様性概念も両刃の刃であ るとの認識も必要だ。多様性の強調は その結果からアンケート調査実施者 一歩間違えると「共通の目的」「貢献 は、“景気が「緩やかな回復基調」を 意欲=協働」そして「コミュニケーショ 続けている中で多くの企業には人手不 - 2 - こっている。 位校に位置づけられる学生の中の一部 に過ぎないということだ。 この種に分類されない学生は非常に 乱暴な表現だが、現実的には「学校間 通用するはずだ」という“思い込み” しを尋ねるアンケートでは正規・非正 の格差」や「学生間の格差」の関係で、 にも繋がる。現実には学力やスキルは 即戦力として機能するとはいいがたい。 高いが当然身につけているはずの「社 規従業員ともに「増加・横ばい傾向が 増大する見通し」との回答結果となっ そして上位校の学生は一般的には“ブ ランド力の弱い”中小企業に興味を持 会人基礎力」に劣る人材も溢れている。 ている。そして、少なくとも正規従業 採用する人材に最初から経営者の思い 員については、過去10年間は減少傾向 たず触手が動かない。にもかかわらず、 (意識)との同一性を求めることも無 “ブランド力の弱い”企業でも“優秀 理なことだ。 としてきた企業が今後、増加・横ばい 学生”への願望が非常に強い。 今も昔も“採用ブランド力の強い” そこで新卒採用ではあくまでも一人 ひとりを“原石”と捉えて「教え、育 企業が圧倒的に新卒採用に当たっては む」ことを前提にして、自社に貢献で げ止まりの兆しと分析している。 さらに製造業ではとくに正規従業員 で、教育訓練投資の減少が下げ止まり 有利である現実に変わりがない。従っ て、“ブランド力の弱い”企業は、新 きるように成長させていくという“投 資”として位置付けることが必要だ。 傾向にある。非製造業ではとくに正規 卒採用の現場で“採用ブランド力”の ある有名企業と同じフィールドで競っ もちろん“投資”である以上は失敗も 覚悟する必要がある。 る見通しとなっている。正規・非正規 ても全く意味がない。極端な言い方を すれば“ブランド力の弱い”企業は 先ほど触れた「ビジネス・レーバー・ モニター調査」では、企業における人 傾向」で推移すると回答した企業はそ の理由として①「商品・サービスの高 「採用する側」という発想から「求職 者から選択される側」であるという逆 転の発想が必要だ。 材への教育訓練投資の過去10年の推移 付加価値化(他社との差別化の追求)」 を踏まえて今後の動向を分析している。 の目的が(73.9%)②「管理職のマネ その中で従業員に対する教育訓練投資 ジメント力(人材育成力)の低下」 もちろん、これは求職者に対して企 業の側が卑屈に対応するという意味で は過去10年間で正規従業員については 増加傾向が優勢、非正規従業員は横這 (69.6%)③新規学卒など若年採用の 増加(43.5%)④女性や高齢者、障が は決してない。人材不足という現状で “ブランド力の弱い”企業は自社の立 い傾向が優勢で、全体としては増加 (45.2%)~横ばい傾向(38.1%)で い者など多様な労働力の活用(39.1%) ⑤(人手不足に伴う)未熟練・中途採 ち位置をしっかりと認識し、「学校間 の格差」や「学生間の格差」という現 推移しているとのことだ。 過去10年間で教育訓練投資が「概ね 用の増加⑤省力化(生産性向上)の追 求(同率の34.8%)をあげている。 実を受け入れて“無いものねだり”を 横這い」あるいは「減少傾向」にあっ してはならないということだ。そして、 た企業の理由は、①景気の動向(デフ 「管理職のマネジメント力の低下」や 「商品・サービスの高付加価値化の追 求職者や採用者に過度の期待を持つこ となく採用した者達を「ゼロから教育 する」という発想と覚悟で臨む必要が レ経済、業績の低迷等)(70.6%)② 要員縮小・業務の多忙化に伴う時間的 な余裕の不足(35.3%)③教育訓練投 求」「省力化」や「未熟練・中途採用 の増加」への対応は企業にとって死活 問題だ。また、製造業にとって「若年 ある。これも採用面での「リスク管理」 資の対象者限定・重点配分化(29.4%) ④新規学卒など若年採用の減少(17.6 採用の増加」や「多様な労働力の活用」 は急務の課題だ。 企業価値に直結する 人材育成は コストではない %)⑤中途・戦力採用の増加(11.8%) とのことだ。 企業が行う人材育成は単純なスキル アップにとどまらず、健全な帰属意識 この他にも「非正規従業員の増加」 「IT化・自働化等による省力化の進 の醸成にも繋がっている。これまでも 展」「再雇用者の増加に伴う人件費の 圧迫」「教育訓練を受ける従業員側の は認識されてきた。そこで、改めて企 現状で“ブランド力の弱い”企業の 意欲低下」「教育訓練の自己責任化」 ないと割り切り、中長期的なリターン 人材採用にあたっては、最初から「打 に向けた「我慢」も必要になる。 てば響く」ような“優秀人材”として 「事業の不確実性の高まり等に伴う育 成内容の見極めにくさ」「教育訓練の の資質や能力を採用基準とすることは 外部委託、または企業内実施への切り “従業員の成長を促す”という自信や 無意味である。企業の側の“優秀人材 換えによる教育訓練投資の圧縮」との 誇りを持つことだ。この“矜持”が必 への憧れ”は、優秀な学歴やキャリア 理由があがっている。 ず企業価値の向上に直結することにな にほかならない。 を有してさえいれば、「即戦力として しかし、今後の教育訓練投資の見通 傾向に転じており、教育訓練投資の下 従業員について教育訓練投資が増加す 従業員を問わず教育訓練投資が「増加 人材の育成は企業活動の根幹であると 業が行う人材育成への投資は投機では 企業は自社の行う人材育成は、必ず る。 『 Act 』(アクト) 社内での新入社員、若手社員研修用テキストとしてご好評を頂いています。是非ご活用ください。 これまでの働き方、仕事の仕方、ものの見方を検証し「仕事の進め方」の指針となる社員育成 のための冊子シリーズ『 Act 』(アクト)。 「vol.1」「vol.2」「vol.3」発売中 vol. 1 『常に忘れてはならない仕事の進め方』 vol. 2 『反復して身につける会社での仕事常識』 vol. 3 『“学びの姿勢”を貪欲に貫く』 - 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