霊長類進化の科学

KURENAI : Kyoto University Research Information Repository
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霊長類進化の科学( p. 421 )
京都大学霊長類研究所; 松沢, 哲郎; 髙井, 正成; 平井, 啓久;
國松, 豊; 相見, 滿; 遠藤, 秀紀; 毛利, 俊雄; 濱田, 穣; 渡邊,
邦夫; 杉浦, 秀樹; 下岡, ゆき子; 半谷, 吾郎; 室山, 泰之; 鈴
木, 克哉; HUFFMAN, M. A.; 橋本, 千絵; 香田, 啓貴; 正高,
信男; 田中, 正之; 友永, 雅己; 林, 美里; 佐藤, 弥; 松井, 智子;
林, 基治; 大石, 高生; 三上, 章允; 宮地, 重弘; 脇田, 真清; 松
林清明; 榎本, 知郎; 清水, 慶子; 鈴木, 樹理; 宮部, 貴子; 中
村, 伸; 浅岡, 一雄; 上野, 吉一; 景山, 節; 川本, 芳; 田中, 洋
之; 今井, 啓雄
京都大学学術出版会. (2007)
2007-06
http://hdl.handle.net/2433/192771
Right
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Kyoto University
第 VI 部
ゲノムをみる
DNA 二重鎖
第 I 部から始まっている本書もこの VI 部ではミクロのレベルになりゲ
ノムや生体分子の科学が述べられている。学問的分野から言えば分子生物
学,生化学,遺伝学といったところである。ゲノムの研究はこの 10 年で
急速に進展してきた。特に塩基配列決定の自動化が改良され,いつまでか
かるのか分からなかった巨大ゲノムも次々に決定されることになった。霊
長類では 2001 年にヒトゲノムの全容が報告された。ヒトへの進化を分子
から考えるとき,その最終対象物がまず決まったことになる。つづいてチ
ンパンジー,アカゲザルなど霊長類の主要な種でゲノム解析が進められて
いる。このゲノムの解析はサルからヒトへと言う進化の大枠を間違いない
ものにするであろう。ヒトに最も近縁なのはチンパンジーで,ゴリラ,オ
ランウータンと遠ざかる。これらのうちのどれが近いかといった議論はす
でに過去のものとなった。
いっぽう生物の大きな特徴としてゲノムの多様性がある。地球のすみず
みのいたるところの環境に適応して様々な生物が生息している。このよう
な適応性をもつことがわれわれを今日に至らしめているものであろう。原
始的なサルから今日のヒトに至る霊長類の進化の過程は,昔の地球環境を
いかに乗り越えて来たかにある。環境適応にともない霊長類はゲノムを多
様化させ自らを変化させた。このようなゲノム多様化の道筋を明らかにし
ていくことが,分子レベルでの霊長類の進化あるいはヒトへの進化の科学
である。
第 VI 部の前半にはテナガザルとニホンザルのゲノム多様性がまず述べ
られている。ゲノムの集合体である染色体,あるいはゲノムの特定の配列
を用いて,これらの種がその昔に東南アジアの島々や日本列島に広がって
いった過程が推測されている。ゲノムの変化は単に塩基配列だけの変化で
はない。遺伝子が丸ごとなくなる欠損や,逆に数が増える重複がある。特
に重複はバクテリアのような小さなゲノムからヒトのような大きなゲノム
に変わっていくのに重要な変化である。もっとゲノムの広範囲でおこれば
染色体の一部や染色体そのものの欠損や重複になる。多様性や適応による
進化の歴史はこのようなゲノムのミクロあるいはマクロな変化の繰り返し
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第Ⅵ部 ゲノムをみる
である。テナガザルで染色体の変化が予想外に大きいことは,ゲノムの変
化が重層的であること,すなわち細かな塩基配列置換と大きな染色体その
ものの変化が同時に起こることの典型的な例であり,進化のモデルとして
興味深い。いっぽう,テナガザルとニホンザルでミトコンドリア DNA を
調べた研究は,染色体と逆に塩基配列を用いた最もミクロな面から霊長類
の種内分化を明らかにしたものである。これは集団遺伝学的な研究と言え
るが,個体や集団の違いを調べるにはゲノムの変化の大きいところを調べ
るのがよく,ミトコンドリアの一部の領域が選ばれており,両種のサルに
ついて種内分化の興味深い結果が述べられている。これらのことはゲノム
を調べるにはさまざまな観点からのアプローチがあり,目的にふさわしい
やり方を選ぶことが必要であることを示している。
第 VI 部の後半には生体分子としてのタンパク質について述べられてい
る。ゲノムの情報は生体内ではタンパク質に翻訳されて働くことになるか
ら,霊長類の特徴あるいは霊長類と他の動物との違いはタンパク質の機能
の違いにあらわれると言ってよい。このようなことから体を構成するタン
パク質や酵素を調べることが重要になる。タンパク質など霊長類の体の中
の物質を調べる研究では試料を集めることが非常に大変である。霊長類を
飼育するコストがマウスやラットなどに比べ非常に高価であること,また
倫理的な問題をクリアしなければいけないなどいろいろな制限があること
によっている。第 VI 部には,消化酵素,視覚タンパク質の例があげられ
ているが,いずれも試料の問題を乗り越えてきたものであり,霊長類でど
のように機能しているか述べられている。ゲノムを扱う技術が進歩し,現
在ではタンパク質の研究は試料の採取が少なくてすむようになった。ゲノ
ムの産物であるタンパク質を遺伝子工学で大腸菌や酵母でつくることがで
きるようになったからである。タンパク質の研究は霊長類の特色を分子か
ら明らかにするのに重要であり,今後も生体試料への依存を減らす手法の
開発により機能の探索が進むと予想される。
ゲノムあるいは生体分子の研究はテーマを選ぶことと最も適切な研究対
象生物を選ぶことにより大きく発展する。
ゲノム研究とショウジョウバエ,
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線虫,マウスなどはその例である。霊長類はこれらの研究では必ずしも適
切な対象とは言えない。しかしながら,われわれヒトがいかなる生物か,
どのようにして今日に至っているかを明らかにしていくにはなくてはなら
ない研究対象である。したがってゲノム・生体分子研究でも霊長類で最も
ふさわしいテーマを常に探求していくことが必要であろう。
[景山 節]
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第Ⅵ部 ゲノムをみる