5-10 X線と電子顕微鏡技術の融合によりナノ領域の分析に挑む

量子ビーム応用研究
5 - 10 X線と電子顕微鏡技術の融合によりナノ領域の分析に挑む
-電子顕微鏡に搭載するためのX線多層膜回折格子分光器の開発-
(a)
(b)
(c)
10
溝の深さ3 nm
ほかの B4C の
厚さの 2 倍
W/B4C 多層膜
B4C
金単層膜
W
(厚さ約 50 nm)
W/B4C 多層膜回折格子
回
1
折
効
率
0.1
(%)
10倍
200倍
金単層膜回折格子
5.6 nm
0.01
回折格子
回折格子
2000
2500
3000
3500
エネルギー
(eV)
4000
図 5-28 (a)金単層膜回折格子(b)W/B4C 多層膜回折格子の模式図(c)回折効率の測定結果
W/B4C 多層膜回折格子は、上から 2 番目の B4C をほかの B4C に比べ 2 倍厚くすることで、2000 ∼ 4000 eV 領域の全域
で一様な回折効率を示すのが分かります。
(d)
(e)
X線多層膜回折格子分光器
電子ビーム
1
In-Lα
In-Lβ1
In-Lβ4
In-Lβ3
In-Lβ2,15
強
度
(a.u.)
検出器
光源点
(試料位置)
多層膜回折格子
X線発光
多層膜回折格子分光器
従来の分光装置
ITO
電子顕微鏡
0
3000
Sn-Lα
3200
3400
Sn-Lβ1
3600
3800
(Terauchi, M. et al., JEM,
vol.62, issue 3, 2013, p.391-395.,
より転載)
4000
エネルギー(eV)
図 5-29 (d)電顕に搭載されたX線多層膜回折格子分光器の概観(e)ITO からの発光スペクトルの測定結果
多層膜回折格子分光器によって、In と Sn の発光スペクトルの微細構造を明瞭に計測できるようになりました。
電子顕微鏡(以下、電顕)は、観察したい物質に電子
ビームを照射することでナノスケールでの原子配列や結
晶構造等の観察を可能にする装置で、新しい材料の研究
開発などに有用です。また、電子ビームが照射された物
質からはX線が発生し、これを回折格子分光器(マイク
ロメートル幅の細い溝が多数刻線された光学素子
(回折
格子)
を搭載した装置)でエネルギーごとの強度分布に
分けること
(X線分光)
で物質の性質を決めている電子の
状態
(電子構造)
を分析することができます。しかし、こ
れまでの回折格子は、表面の反射物質が金単層膜であっ
たために、吸収端(約 2200 eV)を超える高エネルギー
のX線分光は困難でした。この問題を解決するために、
金単層膜に代わり新たに考案したタングステン
(W)
と炭
化ホウ素
(B4C)
からなる W/B4C 多層膜を反射物質とす
る 2000 ∼ 4000 eV 領域用多層膜回折格子を搭載した
電顕用X線多層膜回折格子分光器を開発しました。
図 5-28 は、矩形状溝の回折格子の反射物質として、
(a)
金単層膜回折格子(b)
W/B4C 多層膜回折格子の模
式図(c)
回折格子の性能(回折効率)の測定結果です。
多層膜回折格子の場合、全エネルギー領域で一様に高い
回折効率を達成し、金単層膜回折格子に比べて著しく性
能が向上しているのが分かります
(2100 eV では 10 倍、
4000 eV では 200 倍)
。これは、図 5-28
(b)
に示すよう
に、上から 2 番目の B4C の厚さをほかの B4C に比べ 2 倍
厚くした効果(積分反射率の最大化)によるものです。
図 5-29 は
(d)
電顕に搭載された多層膜回折格子分光
器の概観と
(e)
タッチパネル等の電極材料として知られ
る酸化インジウムスズ
(ITO)
からの発光スペクトルの測
定結果です。多層膜回折格子分光器の場合、これまで困
難であったエネルギーが極めて近接したインジウム
(In)
とスズ
(Sn)のスペクトル
(例えば、Sn-Lα と In-Lβ1)
を明瞭に分離して計測できることが分かります。
このように、X線分光器と電顕の融合技術によってこ
れまで計測が困難であった電子構造や元素分布を定量で
きることから、私たちの身の周りの電子機器等の性能向
上につながる知見が得られると期待されます。
本研究は、独立行政法人科学技術振興機構(JST)の
産学共同シーズイノベーション化事業(育成ステージ)
「ナノスケール軟X線発光分析システムの開発」
(2008 ∼
2011 年度)の成果の一部です。
●参考文献
今園孝志, 50 ∼ 4000 eV 領域の軟 X 線平面結像型分光器の開発と電子顕微鏡への応用, 応用物理, vol.83, no.4, 2014, p.288-292.
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原子力機構の研究開発成果 2014