平成25年度一般財団法人広島県環境保全公社提案型調査研究助成事業 廃棄物埋立地への廃カキ殻投入による安定化促進に関する基礎的研究 県立広島大学生命環境学部環境科学科 崎田 省吾,西村 和之,西本 潤 1.はじめに 広島県は日本一のカキの生産量を誇り,年間約 10 万トン(国内シェアの約 50%)を生産してい る。年間の廃カキ殻発生量は 8 万トン程度と推計されており,広島県産品としてのカキのブラン ド強化の推進施策等を考慮すると,今後も廃カキ殻発生量は増えると考えられる。廃カキ殻の有 効利用は,飼料,土壌改良材等,様々な利用形態が提案されているが,近年それらの需要は減少 傾向にあり,新たな市場開拓が求められている。これらは,新たな保管場所の不足によって野積 み状態で放置されている場合もあり,臭気や粉じん等,環境保全上の問題として顕在化すること が懸念されている。 排水処理などにおいて廃カキ殻を活用した事例はいくつもみられるが,廃カキ殻を埋め立てた 際の埋立層への積極的な効果(メリット)については,これまで十分に整理されていない。本研 究では,廃棄物埋立地への廃カキ殻投入が,重金属や栄養塩の除去に及ぼす効果を検討した。ま た,廃カキ殻の微生物付着担体としての機能も検討した。 2.カキ殻の基本物性 カキ殻の主成分は炭酸カルシウムであるが,その外側は柱が並んだような硬い稜柱層,中層は 空洞を有するチョーク層,内側は真珠に似た多層構造であることから 1),無機−有機ハイブリッド 材料としてのポテンシャルを備えている。付着残渣を十分に除去して有機物含有量を下げて埋め 立てると,重金属や有機汚濁物質 1),硫化水素の吸着 2)に効果を発揮することが知られており,ま た,微生物の付着担体としての機能も期待できることから,埋立層の安定化促進に寄与すると考 えられる。 (1)方法 廃カキ殻の基本物性評価として,環境庁告示第 13 号法溶出試験,pH 依存性試験,比表面積試 験を実施した。なお,試料は,廃カキ殻を粗砕してふるい,d<35mm としたものを用いた。 環告 13 号溶出試験は,溶媒と試料を液固比 10 で混合して 6 時間振とう後,1μm メンブレンフ ィルター(MF)でろ過したものを検液とした。測定・分析項目は,pH, EC, Cr, Cu, Pb, Zn, K, Ca, Mg とした。また,溶媒は純水に加え,海水(自然海水)でも実施した。 pH 依存性試験は,カキ殻 15g に純水 150 ml を加え,自動滴定装置(ティトリーノ 702,メトロ ーム・シバタ)を用いて pH4, 7, 9, 12 となるようそれぞれ調整しながら 6 時間撹拌した。撹拌後, 10 分程度静置し,0.45 μm メンブレンフィルターでろ過後,Pb, Zn, Cr, Cu を分析した。 比表面積試験は,カキ殻試料を乳鉢で砕いてセルに約 1~1.7g 入れ,脱気した後(250℃,30 分), BET1 点法により測定した(MONOSORB,ユアサアイオニクス)。 (2)結果 環告 13 号溶出試験の結果を図-1 に示す。溶出試験の結果,対象とした重金属(Cr, Cu, Pb, Zn) はすべて定量下限値未満(<0.005mg/L)であった。また,pH についても,溶出試験後は純水溶媒 で 7.7,海水溶媒で 7.9 であった。したがって,埋立処分に関する判定基準を満たしていたため, 1 平成25年度一般財団法人広島県環境保全公社提案型調査研究助成事業 廃カキ殻を埋立地に直接投入しても問題がないと 3000 考えられた。 2500 各元素の濃度(mg/L) 海水 pH 依存性試験結果より,pH によってカキ殻から 重金属の溶出が若干認められた。埋立基準値と単純 に比較することはできないが,酸性領域(pH 4)で は Pb が基準値を上回っていた。アルカリ性領域で 純水+カキ殻 海水+カキ殻 2000 1500 1000 <0.005mg/L 500 は,基準値を上回ったものはなかった。浸出水は主 0 としてアルカリ性を示すため,カキ殻を埋め立てる K Ca Cu Zn Cr Pb Mg 分析元素 際には,特にアルカリ性で有害物質が溶出しないこ 図-1 環告 13 号溶出試験結果 とが必要である。 廃カキ殻の比表面積測定(5 試料測定)の結果,平均で 1.50 m2/g であった。 3.カキ殻を用いた重金属,無機塩類イオン,COD 成分の除去特性 廃カキ殻の重金属,無機塩類イオン,COD 表-1 重金属の濃度,溶媒種類,および振とう時間 成分の除去特性を,バッチ試験によって検 濃度(mg/L) 溶媒 振とう時間 討した。なお,試料は粗砕した d<35mm の廃 1 純水 10, 30 分,1, 2, 24 時間 カキ殻を用いた。 10 純水 2, 24, 48 時間 浸出水 10, 30 分,2, 24 時間 純水 10, 30 分,1, 2, 24, 48, 72, 168 時間 浸出水 1, 2, 24 時間 3.1 重金属の除去試験 100 1L ポリ瓶にカキ殻 50g と Pb, Cu, Zn, Cr を表-1 に示す初期濃度に調整した溶液 500 1 mL をそれぞれ所定の時間,200 rpm で振とう EC, 各重金属濃度を測定・分析した。なお, 各重金属濃度に調整した溶媒は,純水または 0.8 Pb(mg/g) した。振とう後,1μm MF で吸引ろ過し,pH, 0.6 0.4 0.2 浸出水(1μm MF のろ液)とした。 0 純水または浸出水を溶媒とした際の結果の 0 一例として,単位カキ殻重量あたりの Pb 除去 2000 4000 6000 1mg/L 8000 10mg/L 10000 12000 100mg/L 振とう時間(分) 量(mg/g)を図-2 に示す。どちらも,初期濃 (a)純水溶媒 度を 100mg/L とした場合,破過することはな 1 かったと判断された。また,実験より得られ す。浸出水溶媒の方が,純水溶媒と比べて除 Pb(mg/g) 0.8 た,カキ殻による各重金属除去量を表-2 に示 表-2 カキ殻による各重金属の除去量 重金属 0.4 0.2 除去量(mg/g) 純水溶媒 0.6 0 0 浸出水溶媒 500 1000 10mg/L 100mg/L Pb 0.89 0.26 Cr 0.84 0.33 Cu 0.79 0.45 (b)浸出水溶媒 Zn 0.91 0.70 図-2 カキ殻の Pb 除去量の経時変化 振とう時間(分) 2 1500 平成25年度一般財団法人広島県環境保全公社提案型調査研究助成事業 去量が小さかったのは,溶媒 pH の影響によると考えられた(使用した浸出水の pH は約 10)。 3.2 カキ殻を用いた無機栄養塩の除去特性の評価 アンモニア,リン,硝酸の各イオン溶液を調整し,同様の除去実験を行った。各イオン溶液は, NH4Cl,KH2PO4,および NaNO3 を純水に溶解し,それぞれを混合して PO43--P 濃度が 100 mg-P/L, NH4+-N および NO3--N 濃度が各 50 mg-N/L(合計で 100 mg-N/L)となるように調整した。1L のポ リ瓶にカキ殻 50 g と混合溶液 500 mL を入れ,200 rpm で振とうさせた。振とう時間は,予備実験 の結果を考慮して,10, 30 分,1, 2, 24 時間とした。振とう後,1μm MF で吸引ろ過し,pH, EC, 各 イオン濃度を測定・分析した。各イオン濃度は,PO43--P 濃度を HACH 8190,NH4+-N 濃度を HACH 10031,NO3--N 濃度を HACH 8039 でそれぞれ分析した。なお,吸光度はポータブル水質分析計 (DR/890,HACH)を用いた。 0.25 (mg/g)を図-3 に示す。カキ殻による各イオンの 0.2 一 定 の 除 去 効 果 は 認 め ら れ た が , NH4+-N は - NO3 -N に比べ除去量は小さかった。また,実験よ り得られた,カキ殻による各イオン除去量は, NH4 + -N(mg-N/g) 各イオンの単位カキ殻重量あたりの除去量 0.15 0.1 0.05 PO43--P:0.02 mg/g,NH4+-N:0.06 mg/g,NO3--N: 0 0.21 mg/g であった。 0 500 1000 1500 振とう時間(分) (a)NH4+-N 3.3 カキ殻を用いた COD 成分の除去特性の評価 148 mg/L)を入れ,200 rpm で 24 時間振とうさせ た。振とう後,1μmMF で吸引ろ過し,pH, EC, CODMn 濃度を測定・分析した。実験は,5 回実施 NO3 - -N(mg-N/g) 1L のポリ瓶にカキ殻 50 g と実浸出水(CODMn: 0.25 0.2 0.15 0.1 0.05 した(①~⑤)。CODMn 濃度は,HACH 10067 で 0 分析した。なお,吸光度は DR/890(HACH)ポー 0 500 1000 1500 振とう時間(分) タブル水質分析計を用いた。 (b)NO3--N 図-3 カキ殻の NH4+--N,NO3---N 除去量の 振とう後の溶液の CODMn 濃度を図-4 に示す。 実浸出水に対する COD 成分の除去量は平均で 経時変化 0.64 mg-COD/g であり,除去能が認められた。本 150 実験の液固比 10 の場合,COD 成分の除去率は, 4.カキ殻表面への微生物付着性の評価 カキ殻に微生物が付着すると,水質浄化により CODMn (mg/L) 平均 57%であった。 100 50 寄与しやすくなる。本研究では,アルカリフォス ファターゼ活性(以下,ALP 活性とする)を測 0 ① ② ③ ④ ⑤ 実浸出水 定してカキ殻表面での微生物の存在を検証した。 図-4 振とう後の溶液の CODMn 濃度 3 平成25年度一般財団法人広島県環境保全公社提案型調査研究助成事業 ALP 活性とは,有機態リンの加水分解酵素活性であり,微生物による有機物の分解活性の指標と なる。ここでは,p-ニトロフェニルりん酸基質法による ALP 活性測定キットを用いて,マイクロ プレートリーダーで多検体測定を行った(405nm 吸光度)。 (1)実験方法 d<37.5mm 以下に粗砕した廃カキ殻 50g に,溶媒 500mL を添加した。溶媒は,純水,海水,浸 出水の 3 種を 1μm MF でろ過したものを用いた。各試料および溶媒を 1L ポリ瓶にそれぞれ入れ, 30℃の恒温機内で約 3 ヵ月間静置させた。その際,ブランクとして各溶媒のみ(廃カキ殻を入れ ないもの)も準備した。恒温機内では,ポリ瓶のフタをしたものとしないものを準備し,好気性 または嫌気性の条件とした。ただし,ブランクについては,好気性条件のみとした。 ALP 活性は,p-ニトロフェニルりん酸基質法によるアルカリフォスファターゼ活性測定キット (ラボアッセイ ALP,Wako)を用いた。実験開始から約 3 ヵ月経過後,各ポリ瓶を恒温機から取 り出し,溶媒,カキ殻表面の生物膜を,それぞれ以下の方法で採取し,ALP 活性を測定した。 ①溶媒 溶媒のみ(ブランク),またはカキ殻を取り除いた溶媒,の入ったポリ瓶を超音波振動させ,10 ~20 分程度静置後,必要量を採水した。 ②カキ殻 カキ殻表面に生成した生物膜を超音波振動で剥離させた。カキ殻の一部を取り出し,純水 50mL とともに超音波で 10 分間振動させた。その後,しばらく静置させ,溶媒のみを必要量採水した。 使用したカキ殻は,別に乾燥重量を測定した。 (2)結果 カキ殻表面に付着した生物膜の ALP 活性を図-5 に示す。各溶媒とも,ブランクよりかなり高い ALP 活性を示した。また,好気,嫌気条件については,海水ではあまり差は認められなかったが, 純水,浸出水では好気性条件の方が高い値となった。3.2および3.3で,廃カキ殻による栄 養塩類や COD 成分の除去能が認められたことを考慮すると,微生物付着機能と合わせ,廃カキ殻 は例えば浸出水水質浄化に寄与すると考えられた。 3 2.5 2 1.5 1 0.5 0 3 アルカリフォスファターゼ活性 (mmol/L) アルカリフォスファターゼ活性 (mmol/L) アルカリフォスファターゼ活性 (mmol/L) 3 2.5 2 1.5 1 0.5 0 好気 嫌気 (a)溶媒:純水 2.5 2 1.5 1 0.5 0 好気 嫌気 (b)溶媒:海水 好気 (c)溶媒:浸出水 図-5 カキ殻表面の生物膜の ALP 活性(n=3) 4 嫌気 平成25年度一般財団法人広島県環境保全公社提案型調査研究助成事業 5.本研究のまとめ 本研究のまとめを以下に示す。 (1)廃カキ殻の基本物性を評価した。環告 13 号法溶出試験の結果(溶媒:純水または海水) ,対 象とした重金属(Cr, Cu, Pb, Zn)はすべて定量下限値未満(<0.005 mg/L)であった。また,pH についても,純水溶媒で 7.7,海水溶媒で 7.9 であった。したがって,埋立処分に関する判定 基準を満たしていたため,廃カキ殻を埋立地に直接投入しても問題がないと考えられた。また, pH 依存性試験,比表面積試験をそれぞれ行った。 (2)廃カキ殻による Pb, Cr, Cu, Zn 除去能を評価した。その結果,溶媒を純水または浸出水とし た場合の両方とも,廃カキ殻による重金属除去が認められた。除去量は,純水溶媒で Pb:0.89 mg/g,Cr:0.84 mg/g,Cu:0.79 mg/g,Zn:0.91 mg/g であった。また,浸出水溶媒では,Pb: 0.26 mg/g,Cr:0.33 mg/g,Cu:0.45 mg/g,Zn:0.70 mg/g であり純水溶媒の場合と比べて小さ かった。溶媒である浸出水の pH が影響していると考えられた(使用した浸出水の pH:約 10)。 (3)廃カキ殻による PO43--P, NH4+-N, NO3--N 除去能を評価した。廃カキ殻による一定の除去効果 は認められたが,NH4+-N は NO3--N に比べ除去量は小さかった。カキ殻による各イオン除去量 は,PO43--P:0.02 mg/g,NH4+-N:0.06 mg/g,NO3--N:0.21 mg/g であった。 (4)廃カキ殻による COD 成分除去能を評価した。実浸出水に対する COD 成分の除去量は平均 で 0.64 mg-COD/g であり,除去効果が認められた。液固比 10 の場合,COD 成分の除去率は約 57%であった。 (5)アルカリフォスファターゼ活性(以下,ALP 活性とする)を測定して廃カキ殻表面での微 生物の存在を検証した。約 3 ヵ月間の実験で,廃カキ殻表面に生物膜が生成した。ALP 活性を 測定した結果,廃カキ殻表面から剥離した生物膜に ALP 活性が認められた。また,使用した 浸出水の pH は約 10 であったが,高 pH であっても ALP 活性が高かったことから,廃カキ殻 は,微生物の付着担体として有効であることが示された。 以上の結果より,廃カキ殻には,粉砕しなくとも浸出水中の重金属や COD 成分を含む栄養塩 の除去に一定の効果を有すること,また,微生物付着担体としての機能も有することから,浸出 水水質の改善に有効であると考えられた。なお,重金属等の固定(保持)期間・性能など浸出水の内 部処理機能については更に詳しい検証が求められる。 参考文献 1)西岡ら,環境負荷イオンの除去率を高めるカキ殻熱処理条件の最適化,廃棄物資源循環学会論 文誌,Vol. 22, No. 4, pp. 276-283, 2011. 2) Asaoka et al., Removal of hydrogen sulfide using crushed oyster shell from pore water to remediate organically enriched coastal marine sediments. Bioresource Technology, 100, 4127-4132, 2009. 謝辞 本研究を実施するにあたり,財団法人広島県環境保全公社様に大変お世話になりました。また, 実験用カキ殻は,丸栄株式会社様にご提供いただきました。ここに記して感謝申し上げます。 5
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