LIBS(レーザー誘起発光分光)

早稲田大学環境総合研究センター
最終更新日時:
2014 年
3月
29 日
地域資源循環プロジェクトに関する研究
題目
LIBS(レーザー誘起発光分光)ソータ開発に関する基礎研究
著者
大和田秀二
表 2 LIBS 実験条件
3. 検知分析線の選択
上記各種標準試料の LIBS 分析結果より,Al,Mg,Si,Mn,Cu,
Zn の最適分析線の選択を行なった。まず,各元素発光線を発光強
度が大きい順に選出し,他元素の影響が小さい発光線から Al の最
適な内標準線を AlⅠ308.215 nm と決定した。アルミ合金に含まれ
る合金元素については, Al に対する当該元素の濃度比と発光強
度 比 の 相 関 性 の 高 い 発 光 線 と し て , Mg Ⅰ 383.230 nm , Si Ⅰ
615.513 nm , Mn Ⅱ 294.921 nm , Cu Ⅰ 324.754 nm , Zn Ⅰ
330.258 nm と決定した(図 2 参照)。
0.16
R² = 0.9802
c(Si) / c(Al)
0.04
0.03
0.02
0.01
0
0.08
0.04
0
-0.04
0
1
2
R² = 0.9808
0.12
c(Mn) / c(Al)
0.05
c(Mg) / c(Al)
1. はじめに
現状の国内廃自動車の中間処理では,シュレッダーにて破砕後,
磁選・渦電流選別等にて処理し,鉄の回収とミックスメタルの製造が
行なわれているが,ミックスメタル中各種素材の相互分離は経済的
に国内ではできず,人件費の安い海外に流出している。これは国内
資源確保の観点からは大きな問題と考えられる。また,渦電流選別
後の重選等により分離回収されているアルミ合金類も,現状の循環
システムのままではすべてがダイカスト原料となり,展伸材としての
質の高い利用ができない状況である。日本では電力費の高騰によ
りアルミ新地金はごく一部を除き製造されておらず,そのほとんどを
海外からの輸入に頼っており,アルミスクラップを熔解再生するエネ
ルギーは新地金製造の 3~5 %程度であるため,こうしたアルミスク
ラップを国内で水平リサイクリングすることが重要である。
わが研究室では先行研究 1)として,アルミ合金の「展伸材 to 展伸
材」プロセスを XRT・XRF ソーティングを組み合わせて実用化させる
ことに成功したが,同プロセスを用いても,自動車ミックスメタルの
金属種別および合金種別の相互分離は十分なものではなかった。
そこで本報では,従来,ソーティングでの検知には使用されていな
いレーザー誘起発光分光分析(LIBS,Laser Induced Breakdown
Spectroscopy)に注目し,そのソーティングへの適用可能性を検討
する目的で,まずはアルミニウム合金および数種金属元素の標準
試料を対象として,各含有元素の検知に最適な分析線の特定,検
知精度への焦点位置・検出遅延時間等の影響を検討した。
0
0.2
0.4
0.6
ISiⅠ615.513 nm / IAlⅠ308.215 nm
IMgⅠ383.230 nm / IAlⅠ308.215 nm
0.014
R² = 0.9958
0.012
0.01
0.008
0.006
0.004
0.002
0
0
MgⅠ383.230 nm
PC
Mirror
ICCD
detector
Nd:YAG Laser
Plano-convex
lens
Plasma
Sample
z
y
Echelle-type
spectrometer
Optical fiber
3-dimensional
x stage
図 1 LIBS 装置構成の模式図
0
0
0.5
1
1.5
1000
1050
3004
4032
5083
6061
7N01
AC2B
AC4CH
AC8A
ADC12
c(Si) / c(Al)
c(Zn) / c(Al)
0.01
0.06
0.16
R² = 0.9998
R² = 0.8761
0.05
0.12
0.04
0.08
0.03
0.02
0.04
0.01
0
0
0
0.2
0.1
0.2
-0.01 0
-0.04
0.3
0.4
IZnⅠ330.258 nm I/SiⅠ251.611
IAlⅠ308.215nmnm/ IAlⅠ308.215 nm
ICuⅠ324.754 nm / IAlⅠ308.215 nm
CuⅠ324.754 nm
ZnⅠ330.258 nm
図 2 Mg,Si,Mn,Cu,Zn の最適分析における母体元素(Al)に対
する対象元素の発光強度比と元素濃度比の関係
4. 検知に対する焦点位置の影響
焦点位置が分析精度にいかに影響するかを検討するために,Zn
標準試料および 7N01 アルミ合金標準試料に対して,焦点位置を-
16,-8,-4,-2,-1,-0.5,0,0.5,1,2,4,8,16 mm(負値
は焦点位置が試料上部の空間にあることを示す)と変化させ,LIBS
分析を行なった。その結果を図 3 に,焦点位置によるクレーター形
状の様子を図 4 に示す。
焦点位置-1~2 mm 付近で発光強度・S/N 比ともに最大となり,
クレーター形状も安定する結果が得られた。焦点位置正方向では,
試料表面上でのレーザーパワー密度が小さくなるため試料のアブ
レーション量が低下するが,試料上部の雰囲気ガスにエネルギー
が集中することもないため,空気ガスの発光に起因するバックグラ
ウンドが低下し,S/N 比の低下は負方向に比べて小さい。一方,焦
点位置負方向では,ガス部位が焦点位置となり雰囲気ガスにエネ
ルギーが集中してバックグラウンドが増加し S/N 比が急激に低下す
ることが分かる。特に焦点位置-16 mm では,O II 330.506 nm 発
光線が顕著に現れていた。なお,アブレーション量の低下が正方向
に比べて急激なのは,一度焦点を結んだあとではレーザーエネル
ギーの低下が著しいことによると判断された。
12000
6
10000
5
8000
4
6000
3
4000
2
2000
1
0
S/N ratio (-)
Triggering Unit
R² = 0.9934
0.02
-0.01
0.4
MnⅡ294.921 nm
0.03
Emission intensity
(counts)
表 1 アルミニウム合金標準試料の化学組成 (Unit: wt%)
c(Cu) / c(Al)
2. 試料・装置・実験方法
本研究で用いた LIBS 分析装置は LOTIS TII 製の Nd:YAG レー
ザー(LS2137,SHG mode,λ=532 nm),ANDOR 製のエシェル型
分光器(ME5000,検出波長領域:200~975 nm,焦点距離:195
mm ,対物レンズ口径: 195 mm ,分解能: λ/⊿λ=6000 )お よび
ICCD カメラから構成され,その模式図を図 1 に示す。
用いた試料は,各種アルミ合金標準試料およびその他金属(合
金)標準試料である。アルミ合金標準試料の化学組成を表 1 に示
す。その他金属標準試料は,それぞれ純度 99.5 %以上の Al,Mg,
Si,Ti,Cr,Mn,Fe,Ni,Cu,Zn,Zr および Cu 65 %,Zn 35 %の黄
銅を使用した。
LIBS 分析に関しては,Nd:YAG レーザーから発振されたレーザ
ー光をミラーにより反射させ,試料上部から焦点距離 10 cm の平凸
レンズにより試料表面上に集光し,そのプラズマ発光を焦点距離 15
cm の平凸レンズにより光ファイバーに集光後,エシェル型分光器,
ICCD カメラを経て PC で発光スペクトルを解析・表示する。このとき
の実験条件を表 2 に示す。
0.04
0.2
IMnⅡ294.921 nm / IAlⅠ308.215 nm
SiⅠ615.513 nm
0
-20
-10
0
10
Focus position (mm)
20
図 3 焦点位置による ZnⅠ330.258 nm 発光線の発光強度および
S/N 比の変化(Zn 標準試料)
本研究の一部は,「平成 25 年度東北大学希少元素高効率抽出技術拠点事業」の一環として行われました。
早稲田大学環境総合研究センター
最終更新日時:
2014 年
3月
29 日
以上のことから,焦点位置の僅かな変化が分析精度に影響を与
えることが分かり,アルミ合金標準試料の LIBS 分析における最適
焦点位置は-1~2 mm と判断された。
-16 mm
-8 mm
-2 mm
-4 mm
-1 mm
図 6 検出遅延時間による AlⅠ308.215 nm 発光線と ZnⅠ
330.258 nm 発光線の S/N 比および発光強度の変化
-0.5 mm
0 mm
0.5 mm
1 mm
2 mm
1 mm
4 mm
8 mm
16 mm
図 4 レーザー照射後のクレーターの様子(数値は焦点位置)
Emission intensity (counts)
5. 検知に対する遅延時間の影響
図 5 は,レーザー照射後に観測される発光スペクトル強度の経
時変化を模式的に示したものである。プラズマは,レーザーブレイク
ダウンが起こる試料位置の近傍に生成する primary plasma と呼ば
れる部位から,それらが雰囲気ガス方向に膨張してできる
secondary plasma と呼ばれる領域に推移する。primary plasma
部は,レーザーアブレーションにより試料表面から飛び出す原子が
高密度で存在するためその発光強度は高いが,同時に,自己吸収
によりスペクトル線が大きく歪み,高速電子との再結合による連続
スペクトルも重なることから,一般には発光分析には適さず,その寄
与が多い部分は図中実線で表される。一方,secondary plasma 部
は電子密度やガス温度が低下するが,新たに雰囲気ガスとの衝突
等の励起機構により,試料原子が発光する。これは,比較的低いバ
ックグラウンドで線スペクトルが得られるため分光分析に適する領
域であり,その寄与が多い部分は図中実線で表される。したがって,
検出時刻を適切に設定することで精度の高い元素分析が可能とな
る。このような検出手法は時間分解分光法と呼ばれ,特にその検出
時間幅をゲートと呼ぶ。
:primary plasma
:secondary plasma
Gate width time
Time (μs)
Gate delay time
図 5
6. 検知に対するレーザーエネルギーの影響
試料として Zn 含有標準試料(Zn,黄銅,7N01,ADC12)および
Cu 含有標準試料(Cu,黄銅,AC2B,ADC12)を使用し,レーザー
エネルギーを 3,5,10,20,40,80,160 mJ と変化させて LIBS 分
析を行なった。その結果をそれぞれ 図 7,図 8 に示す。ZnⅠ
330.258 nm 発光線に関しては,Zn 標準試料では,レーザーエネル
ギー20 mJ のとき S/N 比が最大となり,それ以上ではほぼ一定とな
った。Zn 含有合金試料においても,S/N 比が最大となるのは 20 mJ
と変わらないが,それ以上のエネルギーでは他元素の影響を受け
るため,発光強度は増加するが,S/N 比は漸減し最終的にほぼ一
定となった。CuⅠ324.754 nm 発光線に関する各種 Cu 含有合金試
料の挙動も,最大 S/N 比を示すレーザーエネルギーが 40 mJ であ
ること以外は,Zn の場合と同様の傾向となった。以上から,レーザ
ーエネルギーを高くすれば発光強度は大きくなるが,ある値を境とし
て当該元素に関する S/N 比は低下することが確認された。すなわち,
各種物質の適切な LIBS 分析に当たって,レーザーエネルギーは,
アブレーションに必要な最小エネルギー2)以上であることに加えて,
S/N 比が最大となる適切なエネルギーの選択が必要であることが
確認された。
primary plasma と secondary plasma 経時変化の概念図
図 7 ZnⅠ330.258 nm におけるレーザーエネルギーと S/N 比およ
び発光強度の関係(Zn 含有標準試料)
試料として 7N01 アルミ合金標準試料を用い,検出遅延時間( )
を 0.125,0.25,0.5,1,2,4,8,16,32,64 μs と変化させて LIBS
分析を行なった結果を図 6 に示す。AlⅠ308.215 nm 発光線では,
ゲート遅延時間,
で S/N 比が最大となっている。
で
は primary plasma の減衰率が高いため,ゲート遅延時間の増加と
ともに発光強度が急激に減少,S/N 比が急激に増加し,
で
は primary plasma と secondary plasma の減衰率の大小関係が
逆転するため,発光強度と S/N 比の減衰傾向が類似する。同様に,
7N01 アルミ合金の主要合金元素である ZnⅠ330.258 nm でも
前後で同様の傾向が見られた。以上より,最適のゲート遅
延時間が元素ごとに異なることが判明し,検知対象元素ごとにそれ
らを適切に設定する必要性が確認された。
図 8 CuⅠ324.754 nm におけるレーザーエネルギーと S/N 比およ
び発光強度の関係(Cu 含有標準試料)
7. まとめ
アルミ合金および各種金属の標準試料を用いて LIBS 分析を行う
ことにより,Al,Mg,Si,Mn,Cu,Zn の最適分析線がそれぞれ Al
本研究の一部は,「平成 25 年度東北大学希少元素高効率抽出技術拠点事業」の一環として行われました。
早稲田大学環境総合研究センター
最終更新日時:
Ⅰ 308.215 nm ,Mg Ⅰ 383.230 nm ,SiⅠ615.513 nm ,Mn Ⅱ
294.921 nm,CuⅠ324.754 nm,ZnⅠ330.258 nm と決定された。
また,LIBS 分析のソーティングへの応用においては,各種検知元
素に関して,レーザー焦点位置,検出遅延時間,レーザーエネルギ
ーにそれぞれ最適範囲のあることが確認された。
引用文献
1) 土屋一彰,他: 資源・素材学会春季大会講演集(Ⅱ)素材編,
pp.85-86, (2010)
2) R. Noll: Laser-Induced Breakdown Spectroscopy, Springer,
p.7-12, p.75-81, p.83-95, (2012)
3) 香川 喜一郎,I. Nasrullah: プラズマ・核融合学会誌,vol.83,
no.5, pp.401-412, (2007)
本研究の一部は,「平成 25 年度東北大学希少元素高効率抽出技術拠点事業」の一環として行われました。
2014 年
3月
29 日