多様な神経細胞を生み分けるための 新たな神経幹細胞制御機構を解明

多様な神経細胞を生み分けるための
新たな神経幹細胞制御機構を解明
独立行政法人
国立精神・神経医療研究センター神経研究所病態生化学研究部
(星野幹雄部長)は、神経幹細胞の「時間形質」を制御することによって、多
様な神経細胞を生み分ける新たな仕組みを明らかにした。この成果は、科学雑
誌「Nature Communications(ネイチャー・コミュニケーションズ)」にオンライ
ン版で平成 26 年 2 月 18 日に発表される。
小脳は性質の異なる数種類の神経細胞から構成されているが、それぞれが適
切な数だけ、適切な機能を付与されて生み分けられることが、健全な小脳の働
きにとって必須である。かつて星野らは、発生途上の小脳の特定の場所に存在
する神経幹細胞が抑制性神経細胞を生みだすということを明らかにした(参考
文献1)。今回の研究において、星野らは、抑制性神経細胞を生み出す神経幹細
胞が、初期ではプルキンエ細胞(抑制性神経細胞の一種)を生む性質を持つの
に、時間の経過と共に別の種類の抑制性神経細胞(インターニューロン)を生
む性質へと変化することを見いだした。また、この神経幹細胞の性質の時間軸
に沿った変化(時間形質の変化)が、Olig2 という分子で減速され、また Gsx1
という分子によって加速されることも明らかにした。さらに、この制御機構が
破綻するとそれぞれの種類の神経細胞の産生数に異常をきたすことを見いだし
た。以上から、二種類の分子により神経幹細胞の時間形質の変化を制御するこ
とによって、小脳の多様な神経細胞が適切に生み出されているということがわ
かった。
これまでにも、ほ乳類の脳形成において神経幹細胞の「空間形質」を扱う研
究はいくつかなされてきたが、本研究は神経幹細胞の「時間形質」の制御機構
を明らかにしたという点で極めてユニークである。今後は神経幹細胞形質の「時
空間」制御機構を研究することによって、総合的に「多様な神経細胞の生み分
け機構」が明らかにされていくと思われる。さらに、本研究は小脳の各種神経
細胞の数のコントロール機構も明らかにしているため、小脳運動失調や、小脳
機能異常が原因となる一部の自閉症および認知障害などの病態の理解にもつな
がるであろうと期待される。
研究の背景
脳内には数千種類もの性質の異なる神経細胞が存在すると言われているが、そ
れぞれが適切な機能を持って適切な数だけ生み出されることが高次な脳機能の
発揮のために重要である。しかしながら、その分子機構は不明な点が多い。ほ
とんどの神経細胞は神経幹細胞(神経上皮細胞)から生み出されるが、どのよ
うな性質を持つ神経細胞になるのかは神経幹細胞の時期にその方向性が決まっ
ていると考えられている。すなわち、それぞれの神経幹細胞いかにして様々な
神経細胞を生み出す「形質」を獲得するのか、を明らかにすることができれば、
多様な神経細胞を生み分けるしくみを理解できるということになる。
小脳は比較的少ない種類(8〜9種類)の神経細胞から構成されるため、こ
の「多様な神経細胞種の生み分け機構」を研究するのにはとても優れた実験系
である。一般に、神経細胞は、脳活動を促進する興奮性神経細胞と、それを抑
制する抑制性神経細胞とに大別されるが、小脳にもそれぞれ複数種類の興奮性
および抑制性神経細胞が存在する。今までに、星野らを含む複数の研究チーム
が、小脳原基の異なる場所の神経幹細胞から、それぞれ興奮性神経細胞と抑制
性神経細胞が生み出されるということ、そしてそこに関わる分子機構を明らか
にしている(参考文献2)。しかしながら、例えば小脳の抑制性神経細胞と言っ
てもプルキンエ細胞やインターニューロンが含まれるのだが、これら性質の異
なる神経細胞がいかにして同じ場所の神経幹細胞から生み出されるのかについ
ては、全くわかっていなかった。
今回の論文の概要(図参照)
星野らは、以前、Ptf1a という転写因子を発現する神経幹細胞から、全ての種類
の抑制性神経細胞が生み出されるということを報告した(参考文献1)。今回の
研究において、その神経幹細胞の中に、Olig2 または Gsx1 という転写因子を発
現する細胞群が存在するということが見いだされた。特殊な遺伝子改変マウス
を作製することで、それぞれの群から生み出される神経細胞を調べたところ、
Olig2 を発現するものが「プルキンエ細胞を生み出す神経幹細胞」であり、Gsx1
を発現するものが「インターニューロンを生み出す神経幹細胞」であることが
わかった。さらに、脳発達の初期には大部分が「プルキンエ細胞を生み出す神
経幹細胞」であるのに、それらが徐々に「インターニューロンを生み出す神経
幹細胞」へとその形質を変化させるということがわかった。また、様々な遺伝
子改変マウスの解析から、この「神経幹細胞の時間形質の変化」が、Gsx1 によ
って加速され、Olig2 によって減速されるということも見いだされた。これらの
遺伝子機能が、増大あるいは減少すると、プルキンエ細胞およびインターニュ
ーロンの産生比率に大きな異常をきたしたことから、これら転写因子による「神
経幹細胞の時間形質の変化」の制御機構が、小脳の適切な発達に重要であるこ
とが示された。
本研究の意義と今後期待できる成果
これまでにも、ほ乳類の脳形成において神経幹細胞の「空間形質」を扱う研究
はいくつかなされてきたが、本研究は神経幹細胞の「時間形質」の制御機構を
明らかにしたという点で極めてユニークであり、脳形成および神経幹細胞研究
に大きく貢献すると考えられる。さらに、本研究は小脳の各種神経細胞の数の
コントロール機構も明らかにしているため、小脳運動失調や小脳機能異常が原
因となる一部の自閉症および認知障害などの病態の理解にもつながるであろう
と期待される。また、本研究の成果を取り入れれば、培養皿で増殖させた神経
幹細胞をそれぞれ個別の小脳神経細胞へと分化誘導することが可能となるかも
しれず、将来の小脳変成疾患、小脳梗塞などに対する細胞移植治療にも道が開
けるかもしれない。
本研究は、株式会社カン研究所神経分化・発生グループの尾野雄一主幹研究
員との共同研究として行われた。また、文部科学省科学研究費補助金新学術領
域「シナプス病態」および「メゾ神経回路」の支援を受けて行われた。
発表論文
Temporal identity transition from Purkinje cell progenitors to GABAergic
interneuron progenitors in the cerebellum.
Seto Y, Nakatani T, Masuyama N, Taya S, Mumai M, Minaki Y, Hamaguchi A, Inoue YU,
Miyashita S, Fujiyama T, Yamada M, Chapman H, Campbell KJ, Magnuson MA, Wright
VW, Kawaguchi Y, Ikenaka K, Takebayashi H, Ishiwata S, Ono Y, Hoshino M:
Nature Communications, DOI; 10.1038/ncomms4337
参考文献1(原著)
Ptf1a, a bHLH transcriptional gene, defines GABAergic neuronal fates in cerebellum.
Hoshino M, Nakamura S, Mori K, Kawauchi T, Terao M, Nishimura YV, Fukuda A, Fuse
T, Matsuo N, Sone M, Watanabe M, Bito H, Terashima T, Wright CVE, Kawaguchi Y,
Nakao K, Nabeshima Y:
Neuron 47, 201-213, 2005
参考文献2(総説)
Neuronal subtype specification in the cerebellum and dorsal hindbrain.
Hoshino M:
Dev Growth Differ, 54, 317-326, 2012