町並みの景観評価に及ぼす色彩の影響について (II)

49
総 合 都 市 研 究 第 60号 1996
町並みの景観評価に及ぼす色彩の影響について (
I
I
)
1
. はじめに
2
. 実験
3
.結果
4
. まとめ
市原
茂
本
増 山 英 太 郎H
要 約
住宅街の景観評価に及ぼす建物の外壁の色彩の影響について検討した。洋風住宅街と和
風住宅街を取り上げ、それらを写した写真にコンビュータによる画像処理を加えることで
一つの建物とそれを取り巻く建物群の色彩を統制し、景観評価を行ってもらった。その結
果、不調和感を感じ始める建物の外壁の彩度の値がそれぞれの色彰条件ごとに明らかにさ
れた。そして、建物の彩度が増すと町並み全体の不調和感が増大するということがわかっ
た。特に、周囲の建物の明度が全体に低い場合には、不調和を感じ始める彩度が低くなる
ことが明らかにされた。また、特に、中心の建物の色相が赤と紫の場合、彩度 8以上にな
ると景観として耐え難い配色であるという反応が多くなった。
以上より、建物の外壁の色彩を決定する際には、周囲の建物の色彩を考慮することが重
要で、しかも、高彩度の外壁は避けるべきであるとの結論に達した。
そこで、今回は、中心の建物だけではなく周囲
1.はじめに
の建物の色彩も統制して、周囲の建物と調和する
色彩を探ることにした。市原・増山(1995)では、
本論文は、町並みとして調和する外壁の色彩は
ビビッドトーンよりもライトトーンの方が評価が
いかにあるべきかを探るものである。市原・増山
高いという結果を得たので、今回は、中心建物の
(1995) は、住宅街とビル街の写真をコンビュータ
彩度に着目し、不調和な印象を与える彩度値をそ
で画像処理し、その中の中心に位置する建物の色
れぞれの色相ごとに求めた。また、周辺の建物に
彩を様々に変化させ、それらの画像を SD法により
ついては、色相は青と茶の 2条件とし、明度は、高
評価させた。その結果、評価に強く影響したのは、
明度と低明度の 2段階とした。
中心に位置する建物の色相よりはむしろトーンで
あった。一般的にライトトーンの建物の方がビビ
2
.実 験
ッドトーンの場合よりも高い評価を得ることがわ
こ
。
かっ f
*東京都立大学人文学部
付拓殖大学工学部
目 的
コンビュータのディスプレイ上に呈示さ
総合都市研究第 6
0号 1
9
9
6
5
0
れる様々な色彩の町並みを評価させることにより、
相が 5R、58、5Pのときは明度は 4、5Gのときは
周囲の建物と色彩的に調和する建物の外壁の色は、
5、5Yのときは 8に固定した。周囲の建物の外壁
どうあるべきなのかを探る。その際に、中心とな
の色彩は、同ーの色に統一し、色相と明度をそれ
る建物と周囲の建物の色相や彩度を様々に組み合
5YR)と青 (
5
8
)
ぞれ 2条件に設定した。色相は櫨 (
わせ、それらの効果をみる。
で、明度は低明度と高明度の 2条件であった。周囲
の建物の色彩は、計 4条件ということになる。その
マンセル値は、色相が燈で低明度のとき、 5YR3/
方法
実験刺激
神戸の西神ニュータウン内の洋風住
4、同じく高明度のとき、 5YR7/4、色相が青で
宅街のー画と和風住宅街のー画を写真に撮り(図
低明度のとき、 584/4、同じく高明度のとき、 588
1参照)、それをカラースキャナー (EPSON GT
/2であった。以上、中心建物 26色×周囲の建物
9
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)でコンビュータ (
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の色 4色×住宅街(洋風・和風)の 2タイプの計 2
08
に 取 り 込 み 画 像 処 理 ソ フ ト ウ ェ ア (Adobe
パターンを実験刺激として用いた。刺激は、すべ
Photoshop) により、建物の外壁の色彩を変化さ
てコンビュータのディスプレイ上に呈示された。刺
せた。なお、今回検討した洋風住宅街というのは、
2.5cm、横 17.5cmであった。
激面の大きさは、縦 1
アメリカの輸入住宅をアメリカ人のビルダーに建
てさせたもので、町全体の雰囲気がアメリカの住
手続き
蛍光灯照明された薄暗い部屋で実験を行
宅地を訪併とさせるものである。建物と建物の聞
った。ディスプレイが置かれているテーブルの上
に塀がなく、電線も地下に埋められており、電柱
e
.
Xであった。被験者
で測定した部屋の照度は、 150
がない。一方、和風住宅街は、同じニュータウン
は
、 120cmの距離からディスプレイに呈示される
内にある公団の一般的な戸建て住宅街の一つであ
住宅街の刺激パターンを観察し、以下の 2点に関し
I
Sの色見本表 (
J
I
S Z 8721
る。建物の色彩は、 J
て用紙に記入することで答えてもらった。
1958準拠標準色票)をもとにして、カラーマッ
つまり、
チングを行い決定した。中心建物の色相は、 5R、
1)町並み全体の調和感について:町並みの印象が
5Y、5G、58、5Pの 5色相、彩度は、 2から 1
2ま
全体的にどれくらい自然な感じがするか。まった
で
、 2ステップで変化させた。ただ、色相により、
、非常に自然な感じがし
く不自然な感じがしたら 1
2まで作れず、 5Gおよび 58の場合は、
最大彩度が 1
たら 7として、 7段階で評定する。
最大で 8であった。明度に関しては、それぞれの色
2
)色彩的に景観として耐え難いというものには、
相で、最大の彩度が得られる値を選んだ。即ち、色
×印をつける。
(
a
) 和風住宅街
(
b
) 洋風住宅街
図 1 実験刺激(図中の矢印は、中心建物を示す。)
市原・増山:町並みの景観評価に及ぼす色彩の影響について(1)
被 験 者 被 験 者 は 大 学 生 28名で、 2グループに分
5
1
明度の方が彩度の不調和闘が高く、低明度条件に
かれ、一方は和風の町並みを評価し、他方は、洋
くらべて彩度が高くても不調和感が生じにくいこ
風の町並みを評価した。
とがわかった。和風の場合には、高明度条件・低
明度条件のいずれにおいても、中心建物の色彩や
3
.結 果
周囲の建物の色彩の違いによる差はあまり顕著に
みられなかった。一方、洋風の場合には、それら
まず、調和感について各刺激ノ fターンごとに平
の色彩による差が顕著にみられた。洋風で周囲の
均評定値を求めた。図 2は、洋風住宅で中心建物の
建物の色相が低明度の青の場合、中心建物の色相
色相が 5Yの場合の平均評定値を示したものである。
が 5Bの不調和闘が高く、 5Rと 5Pの不調和闘が低
図 2より、中心建物の彩度が増すにつれて調和感が
かった。また、洋風で周囲の建物の色相が低明度
減少することが見て取れる。その他の刺激ノ fター
の燈の場合、中心建物の色相が 5Gの不調和闘が低
ンにおいても同様の結果であった。そこで、それ
い傾向がみられた。洋風で周囲の建物の色相が高
ぞれのパターンに関して、平均評定値が 4に相当す
明度の青の場合、中心建物の色相が 5R、 5G、5B
る彰度を直線補間法によって求め、パターン聞の
の不調和闘が 5Y、5Pにくらべて低かった。特に、
比較を行うことにした。例えば、図 2を例に取れば、
5Bの場合、低明度条件の不調和関よりも低い値で
それぞれの折れ線グラフと平均評定値が 4の水平線
あった。洋風で周囲の建物の色相が高明度の樟の
とが交差する場所を求め、その交差する点に対応
場合、中心建物の色相が 5G、5Bの不調和闘が 5R、
する彩度の値を読みとった。ここで求めた彩度値
5Y、 5Pにくらべて低かった。
は、主観的には調和でも不調和でもない中性点で
背景の色相の違いの効果についてみると、特に
あり、それよりも彩度が高くなると不自然な印象
洋風の場合、周囲の色が櫨の場合には、青の場合
が生じてしまう境目の値(以後、これを不調和聞
よりも中心建物の色相が 5Rと 5Yの不調和闘が高
と呼ぶことにする)ということになる。つまり、不
い傾向がみられた。一方、中心建物が 5Bの場合、
調和闘が高いものほど建物の色彩が高彩度になっ
特に洋風低明度条件の時に、周囲の建物の色相が
ても不調和を感じにくいということになる。
青の場合の方が樟の場合よりも不調和闘が高かっ
図 3a-dは、このようにして求めた不調和闘を示
したものである。和風、洋風とも周囲の建物が高
系色の場合には、中心建物の彩度が多少高くても
許容されるということを示すものと思われる。
7
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61
民-4
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た。これらの結果は、中心建物と周囲の建物が同
Bー低明度
1e- B一高明度
次に色彩的に景観として耐え難いと答えた回答
率を各刺激条件ごとに求め、図示した。図 4a-e
は、和風住宅に対する回答率を示したものである。
た弓ふる
ー
静
・ YRー高明度
この場合も、中心建物の彩度が増すにつれて耐え
難いという回答が多くなった。特に 5Rの場合、彩
度が 10ないしは 12になると 50%以上の人が耐え
3
難いと回答し、 5Pの場合には、彩度が 8ないしは
10になると 50%以上の人が耐え難いと回答した。
2
5Y、5G、5Bの場合は、 5Rや 5Pに比べて耐え難
C2
C4
C6
C8
Cl0 C12
影Lt
いと回答する比率は少なかった。また、 5Rと5Pの
場合には、周囲の建物の明度が低い場合の方が耐
え難いと回答する比率が高い傾向がみられた。
図2 中心建物の彩度と調和感平均評定値
(中心建物の色相が 5Yの場合)
図中の記号は、周辺建物の色彩条件を示す。
和風の場合、不調和闘に関しては、色相による
効果に差がなかったのに対し、今回は、明らかに、
5
2
総合都市研究第 6
0号 1
9
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中心建物の色栂
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-B低明度
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総
曲
副
鑑
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(
b
) 和風住宅街、周辺建物高明度
(
a
) 和風住宅街、周辺建物低明度
6
B
G
中心建物の色相
樹
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中心建物の色相
G
B
P
中心建物の色栂
(
c
) 洋風住宅街、周辺建物低明度
(
d
) 洋風住宅街、周辺建物高明度
図3 中心建物の色相と不調和閤
5Rと 5Pの高彩度の色が耐え難し、という反応が多
かった。不調和感を感じ始める彩度については、色
4
. まとめ
相による差はなくとも、 5Rと 5Pの場合には、彩
度上昇にともなって急激に不調和感が増したもの
と思われる。
a
e
)。
洋風の場合もほぼ同様の結果であった(図 5
今回の実験により、不調和感を感じ始める彩度
の値が明らかにされ、建物の彩度が増すと町並み
全体の不調和感が増大するということがわかった。
和風との違いは、洋風の方が、 5Pに関してやや受
特に、周囲の建物の明度が全体に低 L、場合には、不
容的で、高彩度の建物に対して拒絶の度合いが少
調和を感じ始める彩度が低く、全体的には彩度 4以
ないようであった。
上になると不調和を感じる度合いが増すことがわ
こ
。
かっ f
市原・増山:町並みの景観評価に及ぼす色彩の影響について (
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(
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) 中心建物の色相 5R
(
b
) 中心建物の色相 5Y
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) 中心建物の色相 5G
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d
) 中心建物の色相 58
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(
e
) 中心建物の色相 5P
図 4 中心建物の彩度と「色彩的に耐えがたい」
と回答した比率(和風住宅)
図中の記号は、周辺建物の色彩条件を示す。
総合都市研究第 60号 1
9
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彩度
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(
b
) 中心建物の色相 5Y
(
a
) 中心建物の色相 5R
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彩度
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彩度
(
c
) 中心建物の色相 5G
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d
) 中心建物の色相 5B
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YR-高明度
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彩度
(
e
) 中心建物の色相 5P
図 5 中心建物の彩度と「色彩的に耐えがたい」
と回答した比率(洋風住宅)
図中の記号は、周辺建物の色彩条件を示す。
市原・増山:町並みの景観評価に及ぼす色彩の影響について(I
O
また、それが耐え難くなるのは、中心建物の色
参考文献
相により若干傾向が異なり、 5Rや 5Pでは、彩度
8以上になると耐え難いという反応が多くなった。
以上より、建物の外壁の色彩を決定する際には、
周囲の建物の色彩を考慮することが重要で、しか
も、高彩度の外壁は避けるべきであるとの結論に
達した。
5
5
市原茂・増山英太郎「町並みの景観評価に及ぼす色彩の
影響について J
. W総合都市研究~ 56.p.47-53. 1995.
稲垣卓造「色彩を刺激要因に含んだ街路景観の評価につ
. W 日本色彩学会誌~ 1
4
.p
.1
22-130. 1
9
9
0
.
いて J
増山英太郎・市原茂「都市の景観評価 J
.W
総合都市研究』
5
3
.p
. 41-5
6
.1
9
9
4
.
柳瀬徹夫ほか「街並みイメージ空間構造と色彩の効果に
関する研究 J
. W 日本色彩学会誌~ 9
.p
.2
6-2
7
.1
9
8
5
.
Key Words (キー・ワード)
Townscape (都市景観). Colour Evaluation (色彩評価). Hue (色相). Value (
明
度). Chroma (彩度). Colour Harmony (色彩調和)
5
6
総合都市研究第 6
0号 1
9
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